3
7 地図を見ながら東南アジア世界の歴史を学ぶ いきいき授業実践 平成23年度 『明解新世界史A 新訂版』 地図帳を活用した世界史授業へのアプローチ 平成23年度『地歴高等地図 最新版』 神奈川県高等学校教諭 地図帳を活用した世界史授業へのアプローチ 世界史の授業では、世界各地の国名・地名などが出て くるため、その位置などを確認させるように資料集を使 いながら説明することがある。生徒も資料集を見ながら 確認するなどしているが、国名さえも実際によくわかっ ていないということは、地図を使った作業などをさせる とよくわかってくる。 地図帳まで使って世界史授業を展開することは、時間 の制約がある中、できる余裕があるとはなかなかいえな い。現在、私は平成25年度から実施の新学習指導要領に ある世界史学習の目標を意識しつつ、授業プリントの中 に地図を入れて作業の時間を設けている。この授業では、 少しでも生徒が授業に主体的に関わることができる時間 ができないかという考えに基づき行っているが、それは 現時点では資料集の活用にとどまっている。そこで、さ らに地図帳を使って世界史授業をやるとしたらどのよう なことができるのかについて探ってみたい。 ここでは東南アジア世界を中心にその歴史的な役割を 考えながら、『明解新世界史A新訂版』(以下、教科書) と『地歴高等地図最新版』(以下、地図帳)を使ってど のような授業展開ができるかについて考えてみる。 まず、教科書の中で東南アジア世界を 扱っている箇所を確認する。該当する のは、1部では3章「東南アジア世界」、 7章「ユーラシアの交流圏」である。ま た、2部では、2章「大航海時代を迎え るヨーロッパ」の「4 アジアの交易に 参入するヨーロッパ」に東南アジア世界 のことがふれられている。この部分を学 習する場合に地図帳をどこで活用するか ということになるが、ここでは3章「東 南アジア世界」を中心に、地図帳の中に ある情報を生徒にどのように読みとらせ、 授業展開を進めることができるかについ て、その可能性を探ってみることにする。 (1)導入の方法 ここでは諸地域世界とその交流について理解させる。 東南アジア世界の文化が歴史的にどのように形成され、 ほかの地域世界とどのような交流を行っていったかを考 えさせるものである。おそらく最初に東南アジアを扱う 場面となるため、授業を進める導入としては、まず東 南アジアとはどの地域をさすかというところを生徒に理 解させることが前提となってくる。教科書では、p.28〜 29に「⑥東南アジアの風土」がある(図1)。これを生 徒に見せて大まかなイメージをもってもらうことになる。 そのあとに生徒に配布する授業プリントには、この東南 アジア地域の地図を入れ、現在ある国名を入れる作業が できる。ただ、この作業を行うには、地図帳p.23〜24()を参照した方がよい。また、この地図の中から、世 界文化遺産に指定されている「ボロブドゥール」や「ア ンコール ワット」などを探させて、地図の中に書き込 む作業もできる。日本史との関連で日本人町のおかれた 「アユタヤ」などの場所を探させて、書き込ませる作業 もできるだろう。これらの作業が終わったところで、現 在の東南アジア情勢やニュースの話題などを紹介し、生 徒の関心を集めるとよい。教科書p.198にはスマトラ沖 1.はじめに 2.教科書における東南アジア世界の記述 3.1部3章「東南アジア世界」での扱い 図1  『明解新世界史A 新訂版』p.28〜29「東南アジアの風土」

地図を見ながら東南アジア世界の歴史を学ぶ...7 地図を見ながら東南アジア世界の歴史を学ぶ いきいき授業実践 平成23年度『明解新世界史A新訂版』

  • Upload
    others

  • View
    2

  • Download
    0

Embed Size (px)

Citation preview

Page 1: 地図を見ながら東南アジア世界の歴史を学ぶ...7 地図を見ながら東南アジア世界の歴史を学ぶ いきいき授業実践 平成23年度『明解新世界史A新訂版』

7

地図を見ながら東南アジア世界の歴史を学ぶ

いきいき授業実践� 平成23年度�『明解新世界史A 新訂版』

地図帳を活用した世界史授業へのアプローチ� 平成23年度『地歴高等地図 最新版』

神奈川県高等学校教諭

地図帳を活用した世界史授業へのアプローチ

 世界史の授業では、世界各地の国名・地名などが出て

くるため、その位置などを確認させるように資料集を使

いながら説明することがある。生徒も資料集を見ながら

確認するなどしているが、国名さえも実際によくわかっ

ていないということは、地図を使った作業などをさせる

とよくわかってくる。

 地図帳まで使って世界史授業を展開することは、時間

の制約がある中、できる余裕があるとはなかなかいえな

い。現在、私は平成25年度から実施の新学習指導要領に

ある世界史学習の目標を意識しつつ、授業プリントの中

に地図を入れて作業の時間を設けている。この授業では、

少しでも生徒が授業に主体的に関わることができる時間

ができないかという考えに基づき行っているが、それは

現時点では資料集の活用にとどまっている。そこで、さ

らに地図帳を使って世界史授業をやるとしたらどのよう

なことができるのかについて探ってみたい。

 ここでは東南アジア世界を中心にその歴史的な役割を

考えながら、『明解新世界史A 新訂版』(以下、教科書)

と『地歴高等地図 最新版』(以下、地図帳)を使ってど

のような授業展開ができるかについて考えてみる。

 まず、教科書の中で東南アジア世界を

扱っている箇所を確認する。該当する

のは、1部では3章「東南アジア世界」、

7章「ユーラシアの交流圏」である。ま

た、2部では、2章「大航海時代を迎え

るヨーロッパ」の「4 アジアの交易に

参入するヨーロッパ」に東南アジア世界

のことがふれられている。この部分を学

習する場合に地図帳をどこで活用するか

ということになるが、ここでは3章「東

南アジア世界」を中心に、地図帳の中に

ある情報を生徒にどのように読みとらせ、

授業展開を進めることができるかについ

て、その可能性を探ってみることにする。

(1)導入の方法

 ここでは諸地域世界とその交流について理解させる。

東南アジア世界の文化が歴史的にどのように形成され、

ほかの地域世界とどのような交流を行っていったかを考

えさせるものである。おそらく最初に東南アジアを扱う

場面となるため、授業を進める導入としては、まず東

南アジアとはどの地域をさすかというところを生徒に理

解させることが前提となってくる。教科書では、p.28〜

29に「⑥東南アジアの風土」がある(図1)。これを生

徒に見せて大まかなイメージをもってもらうことになる。

そのあとに生徒に配布する授業プリントには、この東南

アジア地域の地図を入れ、現在ある国名を入れる作業が

できる。ただ、この作業を行うには、地図帳p.23〜24(図

2)を参照した方がよい。また、この地図の中から、世

界文化遺産に指定されている「ボロブドゥール」や「ア

ンコール=ワット」などを探させて、地図の中に書き込

む作業もできる。日本史との関連で日本人町のおかれた

「アユタヤ」などの場所を探させて、書き込ませる作業

もできるだろう。これらの作業が終わったところで、現

在の東南アジア情勢やニュースの話題などを紹介し、生

徒の関心を集めるとよい。教科書p.198にはスマトラ沖

1.はじめに

2.教科書における東南アジア世界の記述

3.1部3章「東南アジア世界」での扱い

図1 『明解新世界史A 新訂版』p.28〜29「⑥東南アジアの風土」

Page 2: 地図を見ながら東南アジア世界の歴史を学ぶ...7 地図を見ながら東南アジア世界の歴史を学ぶ いきいき授業実践 平成23年度『明解新世界史A新訂版』

8

地震のことが取り上げられている。地図帳

p.23〜24(図2)にその震源地が示されて

いるので、このことにふれることもできる。

また、日本史学習との関連から日本人町に

ついて解説してみるのもよい。こうした作

業を通し、地理的な特徴にも目を向かせた

い。東南アジア世界が半島部と島嶼部に大

きく区分され、熱帯気候に属することや、

東アジア世界と南アジア世界を結ぶ中間に

あり、交易上も重要な位置にあったことを

地図から理解させたい。

 とはいえ、なじみのない東南アジア世界

に生徒が関心をもつことはなかなか難しい

ことである。私は授業プリントを配る際に

民族音楽を流すことで少しでも生徒が関心をもつように

と努力をしている。東南アジアの民族音楽も多様ではあ

るが、代表的なものはジャワのガムランやケチャがある。

ケチャについては「ラーマーヤナ」の物語を使っている

点でヒンドゥー文化との関係の一例としてふれることも

できる。ミャンマーには「ミャンマーの多民族は仲良く

しよう」という曲があり、この曲からは東南アジアの民

族の多様性を読みとることもできる。ここから地図帳

p.25の「②東南アジアの言語」(図3)の分布図を見させ、

視覚的に理解させるのもよい。また、ベトナムの民族音

楽を流して、中国音楽と共通した部分を見つけさせ、中

国文化の影響を感じさせることもできるだろう。

(2)展開の方法

 次に、教科書のp.30〜31の内容に入る。歴史では、大

陸部では海上交易とともにさまざまな宗教が伝播したこ

とを学習する。したがって、ここでは宗教の多様性を

視覚的にとらえるために、まず地図帳p.25にある「③東

南アジアの宗教」(図4)を使いたい。そして、仏教や

ヒンドゥー教などのインド文化が海上交易を通して受

容されていったことを理解させ、アンコール=ワットを

例にとりながら、最初ヒンドゥー教の寺院として建造さ

れたこの寺院が、ジャヤヴァルマン7世の時に仏教寺院

となったことを紹介したい。彼が亡くなったあとに即位

したジャヤヴァルマン8世の時、ヒンドゥー教勢力が盛

り返し、アンコール=ワットを舞台に、仏教勢力とヒン

ドゥー教勢力の対立があったことをエピソード的にふれ

てもよい。また、ビルマでは上座仏教が栄えたことを王

朝の変遷とともに簡単に紹介してもよい。

 地図帳のp.25にある「④アンコール=ワット周辺」の

図(図5)は、教科書p.31にあるものと同じではあるが、

そのどちらかの図を活用し、アンコール=ワットが単な

る宗教施設ではなく、乾季の水を確保するためにつくら

れた貯水池であったことにも気づかせたい。

図2 『地歴高等地図 最新版』p.23〜24「①東南アジア」

図3 『地歴高等地図 最新版』p.25「②東南アジアの言語」

図4 『地歴高等地図 最新版』p.25「③東南アジアの宗教」

ミャンマー

タイ

カンボジアカンボジア

中華人民共和国中華人民共和国

スラオス

図5 『地歴高等地図 最新版』p.25「④アンコール=ワット周辺」

シエムリエプ川シエムリエプ川

池水貯

東バライ

( 池水貯

東バライ

池水貯

西バライ

( 池水貯

西バライ

トンレサップ湖トンレサップ湖(満水時)(満水時)

Page 3: 地図を見ながら東南アジア世界の歴史を学ぶ...7 地図を見ながら東南アジア世界の歴史を学ぶ いきいき授業実践 平成23年度『明解新世界史A新訂版』

9

 このような学習を進める中で、生徒に

注目させたいのは交易路である。地図帳

p.23〜24(図2)にある青と赤(図2で

は黒と赤)で示された交易路である。青

い線が6世紀までの交易路であり、赤い

線が10世紀から15世紀の交易路である。

ここでは、6世紀まではマレー半島を南

下し、シンガポールを経由して北上する

よりは、マレー半島を横断する方法がと

られたことが、地図上のタッコラやケ

ダーの地名のあるところからわかる。扶

南王が家臣をインドに派遣する際に使っ

た経路として、マレー半島北部のクラ地

峡を横断し、現在のタクアパもしくはトランあたりに出

て、3世紀頃インドに向かった記録が中国の史料に残さ

れていることから、マレー半島を南下する航路は避けら

れていたことがわかる。ただし、10世紀以降は航海技術

の発達もあってか、マレー半島を南下する航路が使われ

るようになった。地図を生徒に見せながら、そのような

おもな交易路の変化を気づかせることも大切であろう。

 地図帳にはいろいろな情報が組み込まれていることを

生徒にわからせる努力も必要である。たとえば、東南ア

ジアの交易品を生徒に探させたい。作業として地図帳

p.23〜24(図2)の中にある凡例の「おもな交易・特産品」

が地図中のどこにあるかを調べさせ、生徒にその結果を

答えさせる場面を用意するとよい。タイには象牙、マレー

半島にはべっこう、マルク諸島にはこしょう、バンダ諸

島にはナツメグを確認することができる。このような交

易品をあげてもらい、7章「ユーラシアの交流圏」につ

なげていくやりかたもあるだろう。教科書p.56〜57にあ

る地図(図6)につなげて、香辛料を求めてムスリム商

人が東南アジアに向かったこともふれてもよい。島嶼部

の歴史について、教科書のp.31では、港市国家のことと

イスラーム化について説明されている。港市国家とは、

港町を中心に交易活動をし、それを国家形成の基盤とし

た国家(シュリーヴィジャヤやマラッカ王国、アチェ王

国などがこれにあたる)であり、シュリーヴィジャヤの

時代に大乗仏教が伝わったことは、地図帳p.11の「②仏

教の伝播」(図7)を見せながら確認ができる。そのあ

と香辛料を求めて東南アジアに来たムスリム商人により、

イスラームが伝わったが、これについては、教科書p.31

の「⑥東南アジアの宗教」にある。その伝わった地域を

確認させ、その一例として14世紀末に建国したマラッカ

王国が、イスラームを受容した最初の国家であったこと

を理解させたい。

 世界史授業で地理的な要素をもち込むことにより、か

かる時間が増えることは覚悟しないといけないが、授業

ノートに地図を入れて生徒に作業をさせると、コミュニ

ケーションを通して普段把握できない生徒の学習の実態

を知ることができる。実際に現在やっているのはどこの

地域の歴史なのかをわからないで、生徒が授業を聞いて

いると思うと、世界史学習では地理的な学習もあわせて

必要であると実感する。

 とくに東南アジア地域は生徒にはなじみの薄い地域で

ある。このような場合、歴史についてだけを話しても生

徒の関心を集めることはできない。今後も授業実践の中

で、このような地図をプリントに取り入れた授業を行い、

よりよい方法について、研究を深めていきたい。

図6 『明解新世界史A 新訂版』p.56〜57

図7 『地歴高等地図 最新版』p.11「②仏教の伝播」

4.おわりに