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-104 -
加圧ストッキングが“低血圧に伴う女性のめまい”に
及ぼす影響
愛知医科大学
(共同研究者)愛知学院大学
愛知医科大学
同
徹 至孝
川 藤
谷 佐
田
植
中
田
弘
広
Effects of Compression Stockings on the Feeling of Dizziness
in Female Patients with Hypotension
by
Tohru Tanigawa, Hirokazu Tanaka, Hiromi Ueda
DepaΓtment of otolaΓyngology,
Aichiルledicalびniversity
Takashi Sato
£)ep・artment ofotolaりngolθgy>
Aichi Gakuinびniversity
ABSTRACT
一
海
Introduction : Recently , the number of female patients complaining of dizziness
caused by hypotension have been rapidly increasing . Howeve !there is no effective
treatment for managing such symptoms . KAATSU training could improve circulatory
dynamics of the patients and reduce their dizziness . The purpose of this study is
to investigate the benefits of wearing compression stockings on patient ’s dizziness
accompanying hypotension ・
Materials and Methods : Compression stockings were used therapeutically 丘)r seven
females complaining of dizziness with hypotension for 8 hours per day ・ Symptoms
were evaluated by the visual analog scale (VAS ). The objective outcome was also
デサントスポーツ科学Vol . 33
evaluated by the surface area in posturography・
Results: The intensity of dizziness was significantly improved in five (71 %)of seven
patients. Surface area in posturography was reduced in three of five patients. Moreover,
hypotension itself improved in patient l and the orthostatic hypotension improved in
patient 7, ∧
Conclusions : These findings indicate that wearing compression stockings is effective
for managing dizzy patients with hypotension.
要 旨
目的:低血圧によるめまい,ふらつきを訴え
る女性が急増している.しかし,このような女
性に対して有効な治療戦略はないのが現状であ
る.近年普及し始めた加圧トレーニングは,循
環動態を改善し,“低血圧によるめまい”ふらつ
きを改善させる可能性がある.そこで本研究で
は,加圧ストッキング着用が“低血圧に伴う女
性のめまい”に及ぼす影響について調査するこ
とを目的とした.
対象と方法:低血圧に伴う女性のめまい患者7
名に1 日8 時間,加圧ストッキングを着用させた.
めまいの改善評価にはVAS 法(自覚症状)と重
心動揺検査(外周面積の変化)を用いた.
結果:7 例中5 例で自覚症状の改善が見られ,
VAS スコア平均でも,着用開始前5 .4±0.8から
着用継続後2 .3±0.9と,有意な改善が得られた
(対応のあるt 検定:p<0.05).重心動揺検査でも
5 例中3 例で改善が見られた.さらに,症例1 で
は低血圧自体が改善し,症例7 では起立性の血
圧低下が改善した.
結論:以上の事実は,加圧ストッキングの着
用が低血圧に伴う女性のめまいに有効である可
能性を示している.
1.はじめに
筆者の所属する愛知医科大学は名古屋市の東
デサントスポーツ科学Vol. 33
105
に位置する全国でも有数の神経耳科学専門病院
である.多くのめまい患者を診察しているうち
に,低血圧によるめまい,ふらつきを訴える女性
の症例が増加していることに気づかされた.し
かし,このような女性に対して有効な治療戦略
はないのが現状であった.
最近,東京大学で起立性の低血圧患者に加圧ト
レーニングを実施する試みが開始された1).加圧
トレーニングは低血圧に伴うめまい患者の内耳
や脳における循環動態を改善し,めまいやふら
つ きを軽減させる可能性がある.しかし,80ヘ
クトパスカル(hpa)と高圧をかけて血流を遮断
するため,専門の指導員による監視のもとでト
レーニングを施行する必要があり,時間や費用
がかさむことが難点となる.そこで我々は,市
販の加圧ストッキング着用でも,長期にわたり
改善しなかった女性の低血圧に伴うめまい,ふ
らつき,むくみが短期間で消失するのではない
かとの仮説を立てたよ
症例提示
症例:21歳女性 卜
主訴:2 年間ふらつきが続く
検査結果:聴力検査では異常を認めず,また眼
振(眼の異常なけいれんで,医者のほうからめ
まいがしているのが見える)も見られなかった.
MRI でも異常なく,心理テストも正常範囲内で
あった.一方,血圧が93/67 mmHg と低値を示し,
-106 -
表1 症例一覧
1234567
21284823
肘こ4133
155
156
161
164
156
159
47494751464945
99/63
80/43
99/60
92/52
122/67 (96/67)
110/67
し
し
な
な
9676
夕
夕6
一 一
デ
デ
正常
CMI; H, SRQ-D;13
CMI; 11正常正常
湖
卵一
作一
作丿
作一
低血圧に伴うめまい,ふらつきと診断した.
経過:昇圧剤の内服など,投薬を拒否されたた
め,下半身への加圧を目的に日中の加圧ストッキ
ングの着用と,1 日5000 歩をめどにした歩行運
動を行うよう指導した.1 ヶ月後,自覚的なふら
つきは完全に消失していた.血圧は93/63 mmHg
から111/65 mmHg まで改善し,3 ヶ月後に診察
を終了とした.
以上の事実に基づき,j‘加圧ストッキング着用
が低血圧に伴う女性のめまいに及ぼす影響”に
ついて前向きに調査し,加圧のメリットを最大
限にいかした治療方法を決め,有効性のメカニ
ズムを解明することを目的とし研究をスタート
させた.
2 .対象と方法
対象 \ 卜
諸検査の結果,低血圧によるめまいと考えられ
た7 例(全例女性)を対象とした.年齢は21-48
歳であった. j
治療方法
1 日8 時間,日中に加圧ストッキングを着用さ
せた 症例1 から4 では,加圧が12 から24 hPa
となるストッキングを,症例5 から7 では加圧
が24 から40 hPa となるストッキングを使用した
評価方法 .・
自覚症状の評価方法としては,ふらつきの程
度をVisual analog scale (VAS )法で定量化 し,
加療前後で評価した.他覚所見の評価のために,
ふらつき,すなわち動揺の大きさの程度を評価
可能な重心動揺計を使用した.そのほか,血圧,
脈拍,サーモグラフィーを用い,ストッキング
の着用開始前と着用継続終了後(データ取得時
はストヅキング着用なし)前後で比較検討を行っ
た
倫理的配慮 \ レ
本研究は愛知医科大学医学部倫理員会の承認
を受けた.
3 .結 果
表1 に全症例7 例の特徴を示す.慢性の低血
圧が5 例,起立性の低血圧が1 例,両者の合併
が1 例であった.不安神経症やうつ病のスクリー
ニングに使われる心理検査では,症例3 と4 で
陽性を示していた.ストッキングの着用期間は2
週間が4 例(症例4 ~7 )で,残りの3 例(症例
1~3 )は2 ~5 ヶ月間であったレ
図1 に自覚症状の改善度を示す.縦軸はめまい,
ふらつきの程度を示しており,10 点が最もひど
い状態を示している.7 例中5 例で自覚症状の改
善が見られ, VAS スコア平均でも加療前5 .4±0.8
から加療後2 .3±0.9と,有意な改善が得られた(対
応のあるt 検定:p<0.05).
09876543210
1
邸
似
絮
皿
p<0.05
着用前後
図1 結果(自覚症状)
→ -1
-●●・2
-●-3
4 ←4
→ -5
冖卜6
-←7
デサントスポーツ科学Vol .33
着用前
00000000000
54321 12345
一
‘
-
’S
重心軌跡(開眼)Y{mm ) m ’し` 判1・回り |刑 口沢ノ
丶 心 4 ♂. 1 y S X
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¥ ゝ 嵋丶 凡 儿 丶 J 4 ¶ 心 丶- i 「 〃a ・4 ふ4Qax ~ ~ A χ
-50 -30 -10 10 30
着 用2W 後
50
40
30201001020304050
゛
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-
重心軌跡 澗 眼)
-50 -30 -10 10
50
30
図2
一総合
×(mm )
一総合
50
X(mm )
重心軌跡(閉眼)。。Y (mm ) じ 苓` 以Jぃl 冂゙jl阿ノ
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20
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-50 -30 -10 10 30
重心動揺検査(症例4 )の結果
図2 に 実際の重心動揺図の結果(症例4 )を
示す.着用2 週間でふらつき(動揺)が開眼,閉
眼時とも明らかに改善していた.さらに 重心
動揺図の外周面積の変化を図3 に示す.5 例中3
例(症例3-5)で改善の傾向が見られた.
咒
`
一w50
一w50
咒
一一
〇
43322 11
ぞEE
)亟
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氈
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ヤベ宍 - =51
前 卜 後……:=.・着用前後
‘図3 Jy重心動揺の変化
123456
言
言
{
血圧の変化については,症例1 で収縮期,拡張
期血圧ともに改善が見られた(図4 ).症例7 で
は起立性の低血圧の状態が改善していた.脈拍
については,大きな変化が観察されたのは症例1
デサントスポーツ科学Vol.33
×(mm )
……一総 合
X(mm )
50
-107 -
のみであった(図5 ).
以上の結果をまとめたものを表2 に示す.自
覚症状は症例1 ~5 で改善がみられ,重心動揺検
査では症例3 ~5 で改善していた. さらに,症
例1 では低血圧が改善し,症例7 で は起立性の
血圧低下が改善した.
4.考 察
今回の検討で,低血圧による女性のめまいに対
して加圧ストッキングを使用し,7例中5 例(71%)
で自覚症状(めまい・ふらつき)の改善が得られ
た.さらに,検討項目以外で,頭痛や足めむくみ,
疲労感も減少した症例も見られた. ふらつきの
程度を客観的に評価できる重心動揺検査でも,5
例中3 例で改善を認めた.我々の調べた範囲では,
めまい,ふらつきに対する加圧スト ッぐキングの
効果を検討した報告は他に見当たらなかった.
加圧ストッキングの有効性に関するメカニズ
-108 一一
120
10作一90807060
(国目肓匐疆)亟個G出目
2=謡と き だ ノ
こ :ぶ ここt ==1:
ぎ ‾ ‾ ‾‾了着用前後
→41
峭卜2
や龠-3
←4
→ - ア
9080706050403020100
(出蜩賢蝋鑷)が徊G
出嫻
図4 血圧の変化
ムについては,現在のところ明らかになっていな
い.最も可能性のあるメカニズムとしては,下
肢の静脈血=,リンパ液のうっ滞を防ぎレ 心臓へ
の静脈還流量を促進させた結果,内耳や脳への
循環動態を改善させたことが考えられる广
実際,症例3 でストッキングの着用前と30 分
後に サーモ グラフィー検査を実施したところ,
140
120
000000
08642
1
ポ似G
撫幽
表2 結果のまとめ
鰺 白 石 |:
FT_。。。__
瀋着用 前後
/
1;・ 些・lii ::1
ノ 着用前後
図5 脈拍の変化
-←1
・睾≒2
-彌冖3
-髀-4
←7
や・←
~僣9
¬舮・
-←
亠←
12347
症例
I
公 3 4 5
G 7
自覚症状の変化
(前) (後)
8 5 8 3 4
4
6
0 2 4 0 0 4
戸り
外周面積(開眼時)の変化㈲ )
75.3
160.4
679.6
324
112
(後)-
データなし コ
177.5
り亠
7 7 n
乙
厂D
オt
り乙
广D
り乙
1 n
/`
り/』
↑よ
デ ー タ な し
血 圧
(前卜
-
99/63
80 /43
99 /60
92 /52
122 /67
(96 /67)
110 /67
106 /68
(81 /49)
ダ ( 後 )二
-
亅11 /65
84 /55
97 /64
86 /48
デ ー タ な し
デ ー-・夕 な し
107 /79 ぐ
(109 /76)
㈲ )
″0 3
。 O O
9
″h) 7
戸り
脈 拍
( 後 )
四 ・ ← I I I W M I I U ` M
1 1 5
75 7462
データなし データなし
データなし データなし
/ 69 六 卜 63(77) (66)
一 一 -O 内は起立直後のデータ
着用前 \ ..I ヶ 着 用30 分 後…… … 1 ・●● ・● ●. ●:
図6 サ ー モ グ ラ フ ィ ー (顔 面 ) の 変 化
顔面 (前額部) の血流が 増加した結果,皮膚温が上昇したと思 われる ‥‥ ‥ , ‥‥ :
デ サ ント ス ポ ーツ 科 学Vol . 33
着用 前
図7 サーモ グラフィー(趾頭)の変化
顔 面や頚部の皮膚 温度が わずかながら増加 して
い た「図6 ト ストッキング着用により内耳を含
めた頭部や顔面の血流が増加した結果,皮膚温度
が」こ昇したと考えられる.さらに,図7 に示す
ように足先の温度 も上昇 していたことから,平
井ら2卜 も述べている ように,加圧 ストッキング
には微小循環を改善する作用もあ り2),その結果,
足 先の深部知 覚が より鋭敏となり, ふらつ きが
減少した可能性がある.
症例数が少 ないため更なる検討を必要とする
が,今回の検討では,加圧が24 ~40hpa となる
ストッキングを2 週間用い加療した症例5 ~7 に
比べて加圧 が12 ヤ24hpa となるストッキングを
2 ヶ月以上着用した症例1 ~3 の方が自覚症状の
改 善度が良好であ った. 弱圧で も継続して二定
期間負荷(数ヶ月間)をかけることでし
め まい,
ふ らつ きに対してより優 れた改善効果 を認めた
と考えられた.
症例1 で は低 血圧 その ものが改善 し, 症例7
で は起立性低血圧の状 態が改 善していた,過去
の報告では, ストッキングを着用 させ るこ とに
より,透析中の血圧低下が予防できたとする も
の3 )や長時開立位作業者の血圧低下に対して加
圧 ストッキングが有効であったとするもの4 )が
あ る.加部ら4)は,ストッキング着用に よる血
デサントスポーツ科学Vol .33
着用30 分後
-109 -
圧低下予防の機序についてレ 下肢のうっ血を防
ぐことで静脈環流量を保持する作用だけでなく,
自律神経系のバランスを調節する機構の関与を
推察している.
加圧ストッキング療法の問題点で跟大のもの
に 圧迫による締め付け感がある/実際,提示
した7 症例の他に2 名の女性にスト ッキング着
用を指導したが,圧迫感を理由に拒 否された.
つま先部分の締め付けがないタイプ も発売され
てはいるか,広く普及していない.なお,ストッ
キング療法は痛み等の異常を認識でき.ない可能
性のある糖尿病患者への使用は禁忌であり,神
経障害や血行障害を起こす可能性を考慮し,足
部皮膚の変イ匕を十分に観察する必要があること
は言うまでもない5).
今後の課題としては,症例数を増やし更なる
検討を加えるとともに ストッキングの着用を
休止した場合,症状が再発するかどうかや,中
年以降の女性に対する効果について も検討を加
えたい.さらに快適性を重視した新 たな加圧ス
ト ッキングの開発も視野にいれているので,ご
協力いただける場合はぜひご連絡をいただきた
いと考えている.
110
謝 辞 \ \ 卜 ‥‥‥
公益財団法人石本記念デサントスポーツ科学
振興財団より助成を受けレ 非常に有意義な研究
ができました.財団の関係者の皆様に心から感
謝いたします. △ 卜
文 献・.・・.. ・・ .
・・ .・・・
1)東京大学耳鼻咽喉科ホームページ … … ………
2)平井正文,岩井武尚,星野俊一:弾性ストッキン
グコンダクター(改定第3 版). ヘルス出版(2006)
3)駒形玲子,渡辺宏美,新保憲一,他:透析中の血圧
低下を予防する為の弾性ストッキング着用の有
用性/成人看38 ,15卜3 (2007)
4)加藤勇,鶴岡寛子,徳地谷洋子,他:女性の静止立
位作業による血圧低下の実態調査.産衛誌, 49,
122 - 6(2007) し
5)田中文子,梅島洋子,茂木キョエ,他:起立性低血
圧の顕著な糖尿病性腎不全 透析患 者に対する弾
性包帯ならびに弾性ストッキング着用の効果.臨
床看護研究. 12,1434- 8(1986)
デサントスポーツ科学Vol . 33