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ESRI Discussion Paper Series No.210 日本の医療サービスの生産性:病院の全要素生産性と DEA 分析 by 元橋一之 March 2009 内閣府経済社会総合研究所 Economic and Social Research Institute Cabinet Office Tokyo, Japan

日本の医療サービスの生産性:病院の全要素生産性 …日本の医療サービスの生産性:病院の全要素生産性とDEA分析1 東京大学工学系研究科教授

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Page 1: 日本の医療サービスの生産性:病院の全要素生産性 …日本の医療サービスの生産性:病院の全要素生産性とDEA分析1 東京大学工学系研究科教授

ESRI Discussion Paper Series No.210

日本の医療サービスの生産性:病院の全要素生産性と DEA 分析

by

元橋一之

March 2009

内閣府経済社会総合研究所 Economic and Social Research Institute

Cabinet Office Tokyo, Japan

Page 2: 日本の医療サービスの生産性:病院の全要素生産性 …日本の医療サービスの生産性:病院の全要素生産性とDEA分析1 東京大学工学系研究科教授

ESRIディスカッション・ペーパー・シリーズは、内閣府経済社会総合研究所の研

究者および外部研究者によって行われた研究成果をとりまとめたものです。学界、研究

機関等の関係する方々から幅広くコメントを頂き、今後の研究に役立てることを意図し

て発表しております。 論文は、すべて研究者個人の責任で執筆されており、内閣府経済社会総合研究所の見

解を示すものではありません。 The views expressed in “ESRI Discussion Papers” are those of the authors and not those

of the Economic and Social Research Institute, the Cabinet Office, or the Government of Japan.

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日本の医療サービスの生産性:病院の全要素生産性と DEA 分析1

東京大学工学系研究科教授 内閣府経済社会総合研究所客員主任研究官

元橋一之

1 本稿は内閣府経済社会総合研究所における「サービス部門の生産性の研究」の一環として

行った成果を基にしたものである。DP 検討会において討論者をお願いした野口晴子氏(国

立社会保障・人口問題研究所第二室長)、経済社会総合研究所における岩田一政所長、中島

隆信主任研究員をはじめとした参加者から貴重なコメントを頂いた。ここに感謝の意を表

したい。また、本稿における見解は著者個人のものであり、その所属する機関のものでは

ないことに留意されたい。

Page 4: 日本の医療サービスの生産性:病院の全要素生産性 …日本の医療サービスの生産性:病院の全要素生産性とDEA分析1 東京大学工学系研究科教授

要旨

本稿においては 2005 年と 2008 年の「病院年鑑」(株式会社アールアンドディ)のデー

タを用いて、日本の病院に関する全要素生産性と DEA(Data Envelope Analysis)による

効率性に関する分析を行った。約 9000 の全国のほとんどの病院をカバーするデータで

開設者別の生産性に関する分析を行ったところ、国や都道府県が行う公立病院の生産性

は医療法人と比べて高いことがわかった。また、DEA による効率性について都道府県

別の平均を見たところ、人口密度が高い都心部において必ずしも効率性が高いとは言え

ないことが分かった。

キーワード:医療サービス、全要素生産性、DEA、地域格差

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Abstract In this paper, productivity and DEA (Data Envelope Analysis) efficiency analysis is provided for

Japanese hospitals by using “Byoin Nenkan (Hospital Yearbook)” published by R&D Incorporated. Based on the data analysis covering almost all hospitals (about 9,000) in Japan, we have found that public hospitals operated national and local governments are higher in efficiency as compared private ones. It is also found that hospitals in highly populated area (such as Tokyo) are not always efficient in operation.

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はじめに 平成 18 年度の国民医療費 33 兆円 1289 億円となっており、国民所得の 8.88%を占め

るようになっている。今後、少子・高齢化が進むことによって、国民一人あたりの医療

費負担が増加することは間違いなく、現行の医療システムを維持していくためには医療

サービスの生産性向上を図っていくことは喫緊の課題となっている。 また、日本の医療サービスの生産性は米国と比べて約 75%であるという分析結果が

存在し、その原因としては、(1)患者あたりの入院日数が長いこと、(2)外来患者に対す

るサービスの質が低いこと(診療にあたって長時間待たされることや診療時間が短いこ

となど)、(3)医薬品に過剰投与が行われていること、などが挙げられている。(MGI、2000)。 日本の医療サービスの特徴として、欧米諸国と比べて入院患者の平均在院日数が欧米

諸国と比べて長いことや単位人口あたりの病床数が多いことは国際機関の調査によっ

ても明らかになっている(OECD、2007)。また、最近では医療サービスの地域間格差

が大きな問題として取り上げられるようになっている。地方部においては都市部と比べ

てより急速に高齢化が進み、医療サービスのニーズに増加に供給体制が追いついていな

いことが大きな原因と考えられている(厚生労働省、2007)。 医療サービスの供給について、地域的なバランスも考慮しながら生産性を上げていく

ことは政策的にも重要な課題となっており、さまざまな観点から医療構造改革が進めら

れているところである。政府・与党医療改革協議会で取りまとめられた「医療制度改革

大綱」を受けて、2006 年には医療構造改革関連法案が可決し、医療・健康・介護の関

連分野における一体的な改革を行っていく方針が定まった。2007 年には「医療・介護

サービスの質向上・効率化プログラム」が策定され、2008 年から 2012 年までの 5 年間

を基本期間とした具体的な政策目標と手段が明記された。医療供給体制については、「診

療所と病院の役割の明確化」、「保険医療分野での情報化の推進」、「医療機関間の有機的

連携」などを実現するための施策が盛られている。 このように日本の医療サービスを巡る様々な課題を解決するための政策的な取り組

みが進んでいるものの、それを評価するための定量的な分析は遅れている。特に医療サ

ービス全体に関するマクロな観点から議論については、医療費の総額を管理すべきかど

うかといったコスト面の議論が中心であり、生産性に関する検討は十分行われてきてい

ない。このような問題意識から、ここでは「病院年鑑」(株式会社アールアンドディ)

のデータを用いて、日本の病院に関する全要素生産性と DEA に関する分析を行った。

ただし、供述するように医療サービスのアウトプットの計測にあたってはさまざまな課

題が存在し、病院単位で厳密な計測を行うことは難しい。また、医療サービスは、専門

分野や特定の役割(例えば救急病院や臨床研修病院などの指定)によって極めて異質性

の高いアクティビティの集合体である。従って、本稿における病院単位の生産性の計測

結果は医療サービスの生産性の問題を検討する上でのファーストステップという位置

づけであることに留意されたい。

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本稿の構成は以下のとおりである。まず、次節においては、医療サービスの生産性(ア

ウトプット)を計測するための概念整理とこれまでの分析結果について述べる。医療サ

ービスのアウトプットを算出するためには、医療行為による効果(健康状態への回復、

延命効果など)をいかに計測するかが論点となる。この分野の研究においては米国が最

も進んでいるが(Cutter and Berndt、2001)、日本においてもいくつかの成果が見られる

(野口・益田、2003 など)。第 3 節では日本の医療提供機能(病院と診療所など)につ

いて解説するとともに、病院単位での生産性分析を行った文献に関するサーベイを行う。

第 4 節は、「病院年鑑」のデータを用いた分析結果について述べる。ここでは全要素生

産性と DEA(Data Envelope Analysis)法による計測結果の両者を比較検討するとともに、

病院の経営形態(国、都道府県、医療法人など)や都道府県別に生産性の比較を行う。

最後に分析結果のまとめと今後の課題について述べる。

1. 医療サービスの生産性計測に関する論点 医療サービス活動の計測については、国際的なガイドラインとして SHA(System

Health Account)が用意されている。SHA は、医療サービス活動の概念定義、分類(ICHA: International Classification of Health Accounts)、支出額の計測、財政支出の計測などの項

目から構成されており、生産性計測にあたっては「価格と量の計測」(Ver1.0 では第 7章、OECD、2000)が重要である。2

医療サービスの価格は市場取引によってではなく、たとえば日本の場合は診療報酬

制度に基づく点数によって決まっている。このように多くの国において医療サービスは

Non Market サービスであり、サービスの質によって価格が変化することがないため、観

測される価格データを、生産性に用いるアウトプットを算出するためのデフレータとし

て使うのは不適切である。このような点に鑑み、SHA では医療サービスの支出額を価

格×サービスの質×数量に分解して、サービスの質をアウトプットに勘案する(アウト

プット=サービスの質×数量)ことを推奨している。ここでのアウトプットの質として、

以下のような医療サービスのアウトカム指標を参考にすることが考えられる。 ・ 病気からの回復率、延命効果などの医療効果を表す指標 ・ フォローアップ検査における治療適合率(例えば、臓器移植手術) ・ (手術などによって確認された)医師の診療結果の正しさ ただし、これらの指標は診療領域や患者のタイプによって異なる。従って、病気の

種類や治療の内容、患者の年齢や性別などについて、医療サービス活動についてある程

度同質のグループ(DRG:Diagnosis Related Group)を定義することが重要となる。病

気の種類については ICD(International Classification of Diseases)という分類が用意され

ており、これに病院における診療内容や患者の年齢性別などの情報によって、医療サー

ビスの内容をデータベース化する作業は欧州各国を中心に行われている(OECD、2007)。 2 OECD においては現在 SHA の改定が行われているところである(OECD、2007)。

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このように医療サービスのアウトプットを計測するためのフレームワークについて

は整備されつつあるが、アウトカムベースのアウトプット指標(価格データ)の計測に

ついてはまだ研究途上の段階といえる。研究者レベルでは米国 NBER において研究が

進んでおり、医療サービスのアウトプットや生産性に関する研究についてはワーキング

ペーパーや出版物(代表的なものとしては Cutler and Berndt, 2001)として公表されてい

る。NBER グループにおける医療サービスの生産性計測については大きく2つのグルー

プに分けることができる。一つは費用便益分析によって医療費の投入に対してそれに対

する便益を算出し効率性について検討する方法、もう一つは個々の医療行為(インシデ

ント)のデータを用いて治療方法の変化によって医療サービスの質の向上を勘案した価

格指数を算出する方法である(Culter and McClelallan, 2001)。 まず、最初のアプローチの事例として Cutler and McClellan(2001)は乳がんに関す

る研究を行っている。データとして用いられているのは Medicaire の請求が行われた診

療データである。原理的としては、乳がんの治療をうけることによる延命効果を受けて

いない女性と比較して、その効果とコストのトレードオフを見ることである。1985 年

時点で平均コスト 14,809 ドルに対して延命効果が 8 年 5 か月であったのが、1991 年に

は 20,160 ドルに対して、効果は 9 年 1 か月に伸びている。従って、5,351 ドルのコスト

上昇に対して、8 か月(1 年間の効果を 75,000 ドル(現在価値)として、34,886 ドル換

算)の効果が表れており、生産性は上昇していると考えられる。ただし、乳がんの検知

能力があがり、早期検知が可能になったというサンプルバイアスをコントロールする

(つまり治療を受けた人のサンプルをより後期がんの人に限る)と、コスト上昇額は

8,872 ドルで延命効果は 2 か月(10,977 ドル換算)となる。この方式の場合、生産性が

上昇したとは言い切れない。同様の方式によって、Heidenreich and McClellan (2001)やCulter(2007)は心臓麻痺について分析を行っている。

この方式は患者の便益にたった生産性の動向を直接把握することが可能であるが、

生産性の計測に用いられる価格やアウトプットのデータとは分析結果が結び付かない。

もう一つの方法である医療サービスの質を計測するアプローチでは、質の向上を勘案し

た価格指数の作成まで行っている。Berndt et. al (2005)は、これまで行われてきた精神病

関係の分析結果3を用いて精神病に関する医療サービスの価格指数を算出し、公式統計

(CPI や PPI)と比較している。その結果、医療サービスの質の向上を十分に勘案して

いない公式統計には上方バイアスがあり、このデータでデフレートした固定価格のアウ

トプットは 1992 年~97 年の 5 年間で 16%~17%しか上昇していないのに対して、推計

された価格指数を用いると 66%~70%伸びていることが分かった。価格指数の算出方

法は、うつ病、そううつ病、精神分裂症などの症状によって異なるが、共通的なのは治

療行為のサービスミックスに着目している点である。例えばうつ病については、もとも

3 精神病を分裂症、うつ病、そううつ病、精神不安症に分類し、それぞれについて分析を行

った Berndt et. al (2002)、Frank et. al (2004)、Ling et. al (2004)などの結果を用いている。

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とサイコセラピーによって治療を行うのが一般的であったが、神経伝達物質であるドー

パミンに作用する抗精神病薬が開発されたことによって、薬の投与とセラピーの組み合

わせで行われるようになった。ここでは、この治療方法の変化によって、同じ効果をも

たらすためのコスト削減効果をもって医療サービスの質を勘案した価格指数としてい

る。同様のアプローチを用いたものとしては白内障の手術について研究を行った

Shapiro(2001)などがある。このアプローチは治療の効果が短期的に見られる病気に対し

ては有効であるが、ガンや心臓病のように長期的な効果を測る必要があるものに対して

は使いにくいという欠点がある。 これらのアウトカムベースのアプローチによるアウトプットの把握方法に共通して

いるのは、細かな診療領域ごとにミクロなデータを用いた膨大な作業を必要とする点で

ある。また、治療の効果についてはエキスパートビューという定性的な情報も入れてお

り、医療サービスに関する公式統計にはなじまない。米国における医療サービスの公式

価格指数は CPI(消費者物価指数)と PPI(生産者価格指数)が存在するが、前者につ

いては利用者における医療サービス価格、後者については入院患者数、外来患者数、外

診訪問数、処方箋の数などのインプットをベースとしたアウトプットから価格指数が算

出されている。これらの指数を担当する BLS(Bureau of Labor Statistics)は、DRG に従っ

て上がってくるデータを用いて PPI の改良を行うなどの対策を行っているが、Berndt et. al(2005)で見たとおり、サービスの質の向上を把握できていないことによって無視でき

ない上方バイアスが含まれている可能性が大きい。 日本においては、米国において進んでいる研究者レベルにおける活動についてもほ

とんど行われていないというのが現状である。その背景には、詳細な診療データが利用

可能になっていないというデータの制約が大きい(開原・鴇田、2003)。これまで見て

きた米国の分析事例は、主に CMS(Center for Medicaire and Medicade Services)から提

供されるメディケアーやメディケイドに申請があった診療単位の個票データを用いて

いる。一方で日本においてはこれに相当するデータは病院単位でしか存在しない。米国

と同様の方法で行われた数少ない分析事例としては、心臓カテーテル手術の質の計測を

行った野口・益田(2003)が存在するが、これも特定の病院との連携によって限定的な

サンプルを対象として行ったものである。レセプトの電子化が始まってデータベース化

されることが期待されるが、患者の病歴や性別・年齢などの個人情報は入っていないの

で、まずデータベースの整備と研究者への開放が必要となっている。 なお、SHA に従った医療費の把握については医療経済研究機構(HIEP)において研

究が行われており、公式価格データについては総務省が公表している CPI(消費者物価

指数)のみである。CPI は医療サービスの利用者における価格を一定の方法によって算

出するモデル方式がとられており、たとえば健康保険の加入者負担割合が増えたことに

よって価格指数が大きく上昇するということがおきている。米国にように供給サイドの

PPI は算出されておらず、医療サービスの生産性を計測するためのデフレータが公式統

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計としては存在しないというのが現状である。

2. 医療サービスの供給構造と病院の生産性 ここでは医療サービスの供給サイド(病院や診療所)に着目して、医療サービスの

生産性の計測に関する問題をより掘り下げてみたい。前節では患者に対する医療行為と

いうアクティビティに着目して、サービスの質の計測にフォーカスした議論を行ったが、

医療サービスのインプットは医師、看護師などの労働投入、病床や医療機器といった資

本投入など、病院単位で計測される。総合病院となると多様な診療領域に対応し、外来

患者や入院患者に対する診察、医薬品の処方、手術、検査など多様な活動を行っている。

これらの活動については DRG 単位で計測が可能であるが、医師や看護婦は多様な活動

に対応しているため、生産性を計測するユニットとしては個々の病院とすることが適当

である。4 これまで述べてきたように病院の開設や活動には厳しい規制が設けられて

おり、生産性の分析を行うためにはまず、その制度的側面について理解することが重要

である。従って、医療サービスの提供体制についてレビューを行い、その上で病院の生

産性を測定するための手法について記述する。 まず、医療サービスの提供主体は医療法によって、病院(20 床以上)と一般診療所

(19 床以下)に分類される。図1は両者の数に関するトレンドを見たものである。2005年時点で病院の数が 9,026 施設、一般診療所の数は 97,442 施設となっている。一般診療

所のほとんどが、外来患者のみに対応する無床診療所(83,965 施設)であり、有床診療

所の数は減少してきている。病院の数は 80 年代までは増加傾向にあったが 90 年代以降

は減少してきている。これは 1985 年の医療法改正によって病床数の増加を規制する「医

療計画」が導入されたことによる。具体的には各都道府県が 2 次医療圏(全国を約 350の地区に分割)ごとに基準病床数を定めた医療計画を策定し、病床数に不足がある場合

のみ病院の新設や病床数の増加が認められるという制度である。日本における国民 1000人当たりの病床数は欧米諸国と比べても非常に大きい数字となっており、政策的には病

床数を押さえて外来による対応か在宅診療を促進する方向で調整が行われている。

4 製造業の生産性をミクロに分析する際に工業統計調査を用いると 6 桁分類の詳細な製品

出荷に関する情報が事業所単位で入手可能である。しかし、従業員や固定資産などのイン

プットに関する情報は個別の品目ごとに分割できないので、生産性計測のユニットは個別

の品目ではなく事業所単位になるのと同様である。

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図1:一般診療所と病院数の推移

6,0947,0477,974

8,2948,580

9,2249,574

9,84110,096

9,8449,490

9,2869,187

9,026

59,00864,524

68,99773,114

75,47977,909

78,33279,134

80,85284,128

87,909

91,50094,819

97,442

0

10,000

20,000

30,000

40,000

50,000

60,000

70,000

80,000

90,000

100,000

1960

1965

1970

1975

1978

1981

1984

1987

1990

1993

1996

1999

2002

2005

病院 一般診療所

(出典)「医療施設調査」(厚生労働省)

入院から外来・在宅療養へという流れとともに政策的な方向性として重要なのは医療

提供期間の機能分担の明確化である。一般診療所と病院の機能は、前者が外来、後者が

入院機能を持つという分担になっているが、病院の中で機能分担が明確になっていない

ところがある。例えば、一般の病院と比べて高度な医療が提供できるということで認め

られた特定機能病院は、一般の病院では対応できないより専門的な医療サービスを行う

ことが期待されているが、一般の患者も受け入れており役割分担がなされていない。ま

た、患者サイドにおいても「遠くても大きな病院や専門病院」を希望する人が多く、大

病院に医療サービスのニーズが偏在しているという問題がある(厚生労働省、2007)。病院間の機能分化を推進するためには、患者の紹介制度の充実や「特定機能病院」の制

度化や医療法上の総合病院制度の廃止などが行われている。また、医療法の診療報酬分

類として、病床について(1)精神病床、(2)結核病床、(3)感染病床、(4)一般病床及び(5)療養病床の区分が設けられており、一般病床は減少傾向にあり、その一方で療養病床の

数が増加している。 病院はその開設母体についても多様性がある。国や都道府県が運営する国公立病院、

学校法人が運営する大学病院など公的な病院の他、公益法人、各種共済組合、厚生会な

どさまざまな種類の病院が存在する。その中でも最も数が多いのが医療法人で、2005年 10 月時点で 9026 施設ある病院のうち半数以上の 5695 施設がこの分類に当てはまる

(表1)。病院数全体としては減少傾向にあるが、医療法人の数は増加しており、一方

で個人が所有する病院数が減少している。また、国立病院の数も減少傾向にあり、最近

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では独立行政法人の整理・統合が行われてきている。

表1:開設母体別病院数(上段:件数、下段:件数シェア)

1984 1987 1990 1993 1996 1999 2002 2005371 335 332 328 322 309 279 245

3.9% 3.4% 3.3% 3.3% 3.4% 3.3% 3.0% 2.7%1366 1369 1371 1378 1368 1368 1377 1362

14.3% 13.9% 13.6% 14.0% 14.4% 14.7% 15.0% 15.1%145 154 156 160 160 159 158 151

1.5% 1.6% 1.5% 1.6% 1.7% 1.7% 1.7% 1.7%384 405 411 404 400 394 400 402

4.0% 4.1% 4.1% 4.1% 4.2% 4.2% 4.4% 4.5%3356 3680 4245 4550 4873 5299 5533 5695

35.1% 37.4% 42.0% 46.2% 51.3% 57.1% 60.2% 63.1%3468 3400 3081 2530 1875 1281 954 677

36.2% 34.5% 30.5% 25.7% 19.8% 13.8% 10.4% 7.5%484 498 500 494 492 476 486 494

5.1% 5.1% 5.0% 5.0% 5.2% 5.1% 5.3% 5.5%合計 9574 9841 10096 9844 9490 9286 9187 9026

医療法人

個人

その他

都道府県+市町村

国立大学法人+学校法人

国(独法含む)

公益法人

(出典)「医療施設調査」(厚生労働省)

医療機関の組織形態については、株式会社の参入を認めるかどうかについて規制改革

会議と厚生労働省との間で議論があった。その発端としては、医療法人が非営利組織に

はなっているものの法人解散時の残余財産に関する持分を残すことが可能で、ほとんど

の法人が持分ありの方式で設立されていることによる。また、非営利とはいえ、医師な

どに高額の給料を支払うということで実質的な営利性を追求することができ、実際、医

療法人の従業員に対する平均給与は他の法人と比べて高いという分析結果もある(山内、

2000)。このように医療法人が営利法人に近い形態でも運営されているのであれば、よ

り経営の透明性が担保されている株式会社が医療サービスへ参入することは認めても

いいのではないか、という議論である。これに対して厚生労働省は平成 19 年「医療法

人の解散時の残余財産の帰属先制限」、「法人内部の管理体制の明確化と情報開示の徹

底」、「社会医療法人制度の創設」などを盛り込んだ医療法改正を行い、医療法人をより

公的な色彩の強い組織形態として位置づけ直した。また、厚生労働省によると、持分の

ある医療法人も 5 年間の経過措置期間において持分のない特定医療法人か社会医療法

人に移行することが前提になっているということである(医療科学研究所、2008)。一

方、株式会社については、構造改革特区において限定的な医療サービスへの参入が可能

になった。いずれにしても、組織形態とそのガバナンス構造、生産性などのパフォーマ

ンスに関係について分析を行うことはこのような政策的議論を行っていく上でも重要

である。 このように病院には、多種多様な組織形態が存在し、その機能分化が進むことによっ

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て、活動内容の異質性が高まっている。また、公的なサービスを提供しているという色

彩が強いということも生産性分析を行う上で重要な留意点となる。病院の生産性を計測

する手法としては、主に全要素生産性による方法と DEA(Data Envelope Analysis)法の

2つが考えられる。 まず、全要素生産性は、トランスログ型生産関数をベースとしてアウトプットとイン

プットをそれぞれファクターシェアで集計し、その比率をとったものである。一方で

DEA 法は線形計画法の応用によって生産フロンティアの包絡線(Envelope)を作成し、

そこからの乖離度を不効率性の指標として推計する方法である。2つの手法については

中島・駒村・磯崎(2000)において詳細に比較されているが、大きな違いは、(1)全要

素生産性の推計には価格データが必要となるのに対して、DEA 法では必要ないこと、

及び(2)全要素生産性については、生産関数の形状をあらかじめ前提にして推計を行

うことに対して、DEA ではノンパラパラメトリックに生産フロンティアを決めること、

である。DEA では観測値を使って生産フロンティアを決めるので、観測値が少ない場

合はほとんどの観測値が生産フロンティア上にあり、不効率性=0 となるという欠点が

ある(中島・駒形・磯崎、2000)。ただし、全要素生産性は市場取引が行われる財・サ

ービスの価格・数量をベースとした生産関数に関する理論を前提としているので、ノン

マーケットサービスである医療サービスに応用するのは適当ではない。 病院の生産性(効率性)に関する分析事例として、海外のものは DEA 法を用いたも

のが多い。やはり病院の組織形態(Public か Private か)と生産性の関係について分析し

たものがほとんでであるが、例えば Rebba and Rizzi (2006)は北イタリアの病院に関する

データを用いて、州立病院は私立病院より非効率的であるという結論を導き出している。

しかし、Steinmann and Zweifel (2003)は、スイスにおいては両者の DEA 法による効率性

には差がないという結果を示している。医療制度は国によっても異なるため、これらの

分析結果についてはそれぞれの国の事情に照らし合わせて解釈することが必要である。

日本においては、中島・駒形・磯村(2000)が全要素生産性の計測によって、公私病院

のサービス供給構造に関する比較分析を行っている。その結果によると国公立病院は私

立病院と比べて資本投入が過剰になっていることから、全要素生産性が低いレベルにと

どまっているということである。また、内閣府(2003)はセミパラメトリックに生産フ

ロンティア関数を推計して、やはり公私病院の比較を行い、平均的には私的病院の生産

性の方が高いことを示している。一方で青木・漆(1994)は DEA によって公私病院の効

率性比較を行っており、公立病院の効率性は私立病院と比べて低くないことを示してい

る。このように日本においても公立病院と私立病院のどちらが効率的かという問題に対

して決着がついていないというのが現状である。河口(2008)は DEA や清さんフロンテ

ィア関数の他、BSC(バランスト・スコア・カード)や病院経営に関する CI(Composite Index)といった様々な効率性指標の比較検討を行っている。データの特性や手法によ

っておかれている仮定が異なることから、単一の手法ではなく複数の指標で効率性を比

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9

較することの重要性を示している。

3. 日本の病院の生産性と効率性に関する分析 本節においては「病院年鑑」にデータを用いた日本の病院の生産性と効率性に関する

分析結果を示す。「病院年鑑」は民間調査会社アールアンドディが出版している病院に

関するデータベースであり、基本的にはウェブページなどの公開情報がベースになって

いる。本稿で用いたのは 2005 年版と 2008 年版の 2 冊であり、売上などの財務データに

ついてはそれぞれ 2004 年度、2007 年度の数字、従業員数やベッド数などについては直

近の時点である 2005 年及び 2008 年のデータが集約されている。両年のサンプル数の状

況を表2にまとめた。2005 年版のデータ数は 9028 施設であり、厚生労働省の医療施設

調査による病院数をほぼ同数となっている。表2においては開設者別のサンプル数を示

しているが、この分布状況も表 1 とほぼ同様である。従って、病院についてはカバレッ

ジが高いデータであるといえる。なお、2008 年までの間に施設数は減少しており、国

公立の病院や個人病院が減少していることが影響している。その一方で医療法人は増加

傾向にある。

表 2:病院年鑑(2005 年版と 2008 年版)のサンプル数

2005 (シェア) 2008 (シェア) 合計 (シェア)

国・独立行政法人 248 (2.7%) 231 (2.6%) 479 (2.7%)地方自治体 1,066 (11.8%) 1,025 (11.6%) 2,091 (11.7%)国立大学法人 49 (0.5%) 49 (0.6%) 98 (0.5%)学校法人 103 (1.1%) 105 (1.2%) 208 (1.2%)医療法人 5,646 (62.6%) 5,711 (64.5%) 11,357 (63.5%)公益法人 408 (4.5%) 409 (4.6%) 817 (4.6%)会社 56 (0.6%) 68 (0.8%) 124 (0.7%)個人 727 (8.1%) 529 (6.0%) 1,256 (7.0%)その他 723 (8.0%) 732 (8.3%) 1,455 (8.1%)合計 9,026 8,859 17,885

病院年鑑には、病院毎の医療サービスに関するインプット(従業員数、医師数、病床

数、医薬品購入額など)やアウトプット(入院、外来の患者数、処方箋の数など)の情

報が掲載されている。しかし、多くの項目で欠損値となっているためデータ分析に用い

る際には注意を要する。表 3 は、2008 年版の主だった項目について有効なデータが入

っているサンプル数を示したものである。ここでは生産性に関する分析を行うため、前

述した医療サービスのインプットとアウトプットを示す指標が中心となるが、売上高、

医薬品や医療用具の購入額、従業員数、医師の数、病床数については、ほぼすべての病

院においてデータが入っている。しかし、入院患者数や外来患者数、処方箋数といった

項目については利用可能なサンプルが総数 9000施設弱のうち 2000施設前後に減ってし

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まう。5

表3:項目別データ収録の状況

施設数 売上 医薬品 医療 従業員 医師数 病床数 入院 外来 処方箋

用品 患者数 患者数 数

国・独立行政法人 231 231 231 231 226 215 231 93 96 42地方自治体 1,025 1,025 1,025 1,025 1,017 976 1,025 962 964 435国立大学法人 49 49 49 49 49 47 49 37 38 15学校法人 105 105 104 104 104 99 105 67 67 11医療法人 5,711 5,710 5,694 5,693 5,505 4,780 5,711 1,007 1,025 682公益法人 409 409 409 408 400 376 409 129 131 74会社 68 68 68 68 68 62 68 21 21 7個人 529 529 529 529 485 379 529 58 61 42その他 732 732 728 728 712 658 732 353 356 139合計 8,859 8,858 8,837 8,835 8,566 7,592 8,859 2,727 2,759 1,447

表 4 はほとんどの病院において利用可能なデータ項目を用いて、開設者別、病院タイ

プ別の状況について医療サービスのインプットの状況についてまとめたものである。ま

ず、開設者別にみると国立大学法人と学校法人が開設する病院(いわゆる大学病院)は

他のカテゴリーとくらべて規模も大きく、従業員に占める医師の割合も高い。また、医

薬・医療用品の購入費が売上高に占める割合も高く、高度な医療活動が行われていると

考えられる。一方、国や地方公共団体が開設する公立病院は、医療法人などと比べてそ

の規模はやや大きいものの、医薬・医療用品の投入比率にそう大きな違いはない。ただ

し、医療法人や公益法人において一般病床が総病床数に占める割合が低くなっており、

その一方で療養病床の割合が高くなっている。病院のタイプ別にみると一般病院の数が

3,262 施設と全体の 3 割以上を占めており、次に療養型病院、精神科病院の数が多くな

っている。病院の機能分化については、療養型病院と精神科病院が専門化しており、そ

れ以外の領域においては総合的なサービスを提供している病院が多いのが現状である。

なお、療養型病院と精神科病院は一般病床比率や医薬・医療用品について、その他の病

院と比べて非常に低い値となっており、極めて異質性が高い医療サービスであると考え

られる。

(表4) 5 病院年鑑においては、これら以外にも医業収益、経常収益などの収益データや放射線数や

検査件数などの医療行為に関する詳細データも収録されているが、これらのデータの収録

状況は更に悪く地方公共団体が開設した 900強の病院についてのみ利用可能となっている。

開設者別の生産性比較分析を行うことができないため、本稿ではこれらのデータは利用し

なかった。

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生産性に関する分析を行うためには、なるべく均質なサービスを行っている病院間で

そのパフォーマンスを比較することが適当である。従って、ここでは異質性が高いと考

えられる国立大学法人と学校法人をサンプルからのぞき、更に一般病院のみを取り出し

て分析に用いることとする。サンプル数は、2005 年版で 3,179 施設、2008 年版で 3,135施設となった。 まず、全要素生産性に関する分析であるが、病院の売上高をアウトプットとしたコブ

ラグラス型生産関数を推計し、開設者のダミー変数(医療法人をベース)の推計結果を

見ることによって、開設者別の全要素生産性の比較を行った。インプットとして用いた

のは、中間投入として医療医薬品の購入額、労働投入として医師数と医師以外の総従業

員数、資本投入として総病床を用いた。また、ベッドのタイプをコントロールするため

に一般病床数の割合と精神病床数の割合(のこりは療養病床)を説明変数として加えた。

2005 年と 2008 年の2時点のパネルデータを用いた推計を行い、その結果を表5に示す。

(表5)

モデル1は OLS による推計結果であり、モデル2とモデル3はランダム効果モデル

による推計(モデル3は病床数 100 以上の中規模以上の病院に限った推計)、モデル4

とモデル5は固定効果モデルによる推計(モデル5は病床数 100 以上のサンプル)結果

である。OLS やランダム効果モデルによる推計結果は、全要素生産性のレベルについて

分析を行ったものと考えていい。国立ダミーと都道府県ダミーの計数が正で統計的優位

になっていることから、これらの国公立病院は医療法人と比較して生産性のレベルが高

いということである。一方、個人病院は医療法人よりも生産性が低いという結果になっ

た。固定効果モデルについては、開設者別ダミーにタイムトレンドをかけたものを説明

変数にいれて推計を行ったので、開設者別の生産性の伸びを比較していることとなる。

国立病院は医療法人と比べて 2005 年から 2008 年の間の生産性の伸びが高いが、それ以

外の設立形態の病院については優位な差が見られなかった。 中島・駒形・磯崎(2000)や内閣府(2003)は、公立病院は私立病院(医療法人や個

人病院)よりも生産性が低いという結果を示しており、今回はこの逆の結果を得た。そ

の要因としては、これまでの分析は 1990 年代の状況について分析しているのに対して、

本稿では 2005 年以降と対象となる期間が異なる。また、本稿の分析は、日本のほとん

どの病院をカバーしており、データの範囲が異なる。一方で、本稿における分析の欠点

としては、データの制約から中間投入や資本投入の内容が不完全であることである。中

間投入については医療サービスの直接的なコストのみとなっており、病院経営に必要な

間接コスト(光熱費、情報化投資など)は勘案されていない。資本投入については、病

床数のみで建物施設、医療機器などの状況は無視されている。

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このように全要素生産性分析は、病院年鑑のデータの制約から推計結果に問題がある

可能性があることから、DEA による効率性の推計を行って結果を比較した。表6は、

外来患者数と入院患者数をアウトプット、医師数、医師以外の従業員数、医薬品医療用

品の購入額、病床数をインプットとして病院ごとの効率性を算出し、その結果を開設者

別ダミーと一般病床比率、精神病床比率で回帰分析を行ったものである。なお、全要素

生産性に関する分析と整合性を持たすため、インプットとアウトプットはそれぞれ対数

をとったものを用いた。

(表6)

モデル(1)は OLS によるもの、モデル(2)は中規模以上の病院を対象としたも

の、モデル(3)は小規模病院を対象としたもの、モデル(4)はランダム効果モデル

で推計を行ったものである。モデル(4)の推計結果をみると都道府県立病院で医療法

人と比べて効率性が高くなっており、個人病院で低くなっている。国立病院については、

統計的に優位な係数が得られなかったが、全要素生産性分析とおおむね整合的な結果が

得られた。なお、これらの分析は効率性のレベルについてみたものであるが、DEA に

よる Malmqiust TFP 指標(Fare et. al, 1994)を算出することによって、効率性の変化に

ついても見た。Malmquist TFP 指標は 2 時点の DEA 指標を組み合わせたものであり、以

下のとおり導かれる。

2/1

0,01

0,00

1,11

1,10

)()()()(

⎥⎥⎦

⎢⎢⎣

•=

xydxydxydxyd

MTFP

ここで例えば )( 1,10 xyd は t期の技術フロンティアをベースに t+1期のデータで効率性

の評価を行ったものである。以下同様の4つの DEA による効率性指標を用いて、t 期か

ら t+1 期の間の効率性の変化を見る指標であり、効率性が向上している場合は指数の値

が 1 以上となる。この結果をは表7のとおりである。

(表7)

特に病床数 99 以下の都道府県立病院で効率性の上昇率が医療法人よりも低いという

結果が得られた。都道府県立病院は 2005 年において効率性のレベルは高かったが、3年間の間に医療法人にキャッチアップされてきているということである。なお、

Malmquist 指数については欠損値の問題から対象となるサンプル数が少なくなってしま

っている。従って、表5モデル(4)と直接的な比較ができないため、MTFP の算出対

象となっているサンプルについて、固定効果モデルで生産関数の推計を行った結果を表

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7のモデル(4)に示した。係数の符号がおおむねモデル(1)と同じになっており、

DEA による分析結果と整合的な内容である。しかし、表5モデル(4)の結果とはか

なり内容に相違がみられ、生産性や効率性に関する分析はサンプルの内容によってその

結果が異なることに留意することが必要である。 なお、DEA による分析については、効率性指標は都道府県ごとの医療計画や医療サ

ービスに関するデマンドの状況によっても影響を受けることから都道府県ダミーをい

れて行っている。それでは都道府県別に効率性の指標はどのようになっているだろう

か?図2は都道府県別の平均を降順に並べたものである。秋田県、青森県、岐阜県など

の順番となっており、必ずしも人口密度が高い都心において効率性が高いわけではない。

(図 2)

4. 結論 本稿においては 2005 年と 2008 年の「病院年鑑」(株式会社アールアンドディ)のデ

ータを用いて、日本の病院に関する全要素生産性と DEA(Data Envelope Analysis)によ

る効率性に関する分析を行った。約 9000 の全国のほとんどの病院をカバーするデータ

で開設者別の生産性に関する分析を行ったところ、国や都道府県が行う公立病院の生産

性は医療法人と比べて高いことがわかった。また、DEA による効率性について都道府

県別の平均を見たところ、人口密度が高い都心部において必ずしも効率性が高いとは言

えないことが分かった。ただし、市販のデータベースを用いていることから、データの

制約が大きい中で行った分析結果であるが、全要素生産性と DEA による分析結果は概

ね整合的な結果が得られた。また、サンプル数によって結果が大きく変わるので、全国

レベルで病院の生産性を計測するためにはデータのカバレッジにも注意を払うことが

必要であることが分かった。 「病院年鑑」は全国の病院のほとんどを網羅したカバレッジの点ではすぐれたデータ

であるが、公表されている情報をベースに構築されているため欠損値が多いという欠点

がある。また、医療機器などの施設に関する情報や診療領域ごとの患者数、入院数など、

多様性のある医療サービスの活動を詳細に把握することができないという問題がある。

今回得られた生産性に関する結果についても、開設者別の医療サービスの異質性を示し

ているだけで真の効率性比較を行っていない可能性は否定できない。この点については、

厚生労働省の「医療施設静態調査(病院票)」の個票データを用いることによってより

詳細な情報を用いた分析が可能である。 また、株式会社の医療サービス参入に見られる医療法人改革に関する議論を掘り下げ

るためには、病院のガバナンスと生産性の関係について分析を行うことが必要である。

厚生労働省は現状の「持ち分あり」の医療法人をより公的な法人としての位置づけを強

める方向性で改革を進めているが、医療サービスに営利法人の考えを持ち込むことによ

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ってサービスの質にどのような影響を与えるのかについて客観的な分析を行うことが

重要である。その際には、病院ごとの経営形態について詳細な情報が必要となるととも

に公的な色彩が強い医療サービスにおけるガバナンス構造をどのように考えるべきか

コンセプチャルな整理を行うことが必要である。 更に病院の効率性の地域間比較分析については、より詳細な地域的な特性を勘案しな

がら行っていくことが必要である。本稿では医療計画の作成主体である都道府県ベース

で効率性の比較を行ったが、より詳細な 2 次医療圏を用いて分析を行うという考え方も

ある。また、人口の分布や病院までの物理的・時間的距離などの需要サイドのより詳細

な情報を勘案することによって、地域特性に応じた医療計画を策定するにあたって貴重

な情報がえられる可能性が高い。ただし、このような地域面での詳細な分析については、

特定の地域のフォーカスしたケーススタディを併せて行うことが適当であると考える。

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表 4:開設者別、病院タイプ別の記述統計

施設数 従業員 医師数 病床数 一般病床 医薬・医療

平均 平均   割合 割合

国・独立行政法人 231 357 47 387 87.2% 18.7%地方自治体 1,025 274 35 240 80.5% 19.9%国立大学法人 49 1051 361 669 94.6% 35.4%学校法人 105 873 215 521 94.6% 30.4%医療法人 5,711 145 11 149 43.0% 14.0%公益法人 409 260 25 235 54.9% 17.4%会社 68 269 39 204 92.9% 21.9%個人 529 82 7 92 51.7% 15.0%その他 732 333 38 260 77.8% 21.2%一般病院 3,262 304 44 234 94.5% 23.0%内科・胃腸科 106 72 7 60 90.9% 22.1%循環器科 62 182 22 129 85.5% 34.0%小児科 26 275 43 177 90.5% 18.8%精神科 262 224 13 327 7.1% 10.9%外科 45 75 8 67 84.8% 13.8%整形外科 172 85 8 69 74.0% 14.8%脳神経外科 95 131 10 97 88.3% 20.2%産婦人科 125 62 6 43 98.7% 9.6%眼科 32 98 10 43 100.0% 7.5%耳鼻咽喉科 6 47 5 38 100.0% 12.8%皮膚泌尿器科 26 70 5 45 100.0% 21.7%歯科 21 309 196 38 100.0% 20.9%リハビリ 178 170 9 148 29.9% 8.0%整肢療育 121 138 8 111 87.9% 5.3%がんセンター 16 538 90 428 98.4% 27.3%成人病 13 233 33 175 90.2% 25.5%精神科病院 1,073 153 9 241 0.0% 7.5%結核病院 8 83 7 126 20.4% 13.8%ハンセン病 13 306 11 564 100.0% 3.8%療養・一般 1,493 139 11 130 49.9% 17.0%療養型 1,704 110 6 123 4.5% 8.7%

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表 5:生産関数推計結果

(1) (2) (3) (4) (5)

OLS RANDOM RANDOM FE FE100病床↑ 100病床↑

ln(医薬・医療用品費) 0.450 0.434 0.378 0.371 0.358(65.97)** (62.47)** (47.59)** (35.38)** (27.55)**

ln(医師数) 0.119 0.114 0.116 0.031 0.044(15.25)** (13.59)** (11.66)** (2.09)* (2.43)*

ln(医師以外の従業員数) 0.311 0.267 0.273 0.064 0.099(29.00)** (22.82)** (19.13)** (3.05)** (3.76)**

ln(総ベッド数) 0.089 0.157 0.237 0.219 0.289(8.65)** (13.07)** (14.86)** (6.07)** (6.35)**

一般病床割合 0.121 0.126 0.156 -0.053 0.015(3.95)** (3.61)** (4.83)** (0.72) (0.20)

精神病床割合 0.075 0.051 0.000 -0.168 0.224(1.26) (0.69) (0.01) (0.70) (0.67)

国立ダミー 0.094 0.059 0.051 0.034 0.034(7.69)** (3.82)** (3.67)** (2.95)** (3.19)**

都道府県立ダミー 0.069 0.060 0.089 0.004 0.001(9.38)** (6.42)** (9.73)** (0.70) (0.15)

公益法人ダミー -0.013 -0.012 -0.005 -0.015 -0.011(1.07) (0.81) (0.35) (1.23) (0.92)

会社ダミー -0.028 0.023 0.007 0.018 0.013(1.42) (1.01) (0.32) (0.93) (0.61)

個人ダミー -0.079 -0.073 -0.088 0.008 0.022(5.89)** (4.78)** (3.62)** (0.53) (0.72)

その他ダミー -0.020 -0.020 0.001 -0.005 -0.009(2.30)* (1.84) (0.09) (0.70) (1.35)

Constant 2.463 2.454 2.311 4.009 3.546(54.79)** (48.36)** (37.24)** (19.70)** (13.61)**

Yearダミー YES YES - - -Observations 5498 5498 3720 5498 3720R-squared 0.96 - - 0.39 0.40Number of id - 3007 2000 3007 2000Absolute value of t statistics in parentheses* significant at 5%; ** significant at 1%

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表 6:DEA 効率性に関する分析結果

(1) (2) (3) (4)DEA DEA DEA RANDOM

100病床↑ 99病床↓

国立ダミー 0.032 0.028 -0.078 -0.005(8.05)** (7.82)** (4.21)** (0.25)

都道府県立ダミー 0.026 0.021 0.019 0.067(12.86)** (10.44)** (3.17)** (5.91)**

公益法人ダミー 0.012 0.008 -0.015 -0.016(3.05)** (2.33)* (0.93) (0.83)

会社ダミー 0.029 0.021 0.028 -0.054(4.00)** (3.24)** (1.09) (1.60)

個人ダミー -0.025 -0.022 -0.016 -0.115(3.89)** (2.22)* (1.51) (3.84)**

その他ダミー 0.027 0.018 0.040 0.001(11.06)** (7.81)** (3.18)** (0.09)

一般病床割合 -0.001 0.019 0.011 0.091(0.11) (2.33)* (0.30) (1.91)

精神病床割合 0.107 0.106 0.000 -0.007(7.08)** (8.10)** (.) (0.09)

Constant 0.906 0.904 0.839 2.725(73.38)** (63.84)** (13.58)** (31.83)**

Yearダミー YES YES YES YES都道府県ダミー YES YES YES YESObservations 2456 1945 536 850R-squared 0.20 0.20 0.24 0.09Absolute value of t statistics in parentheses* significant at 5%; ** significant at 1%

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表7:DEA による Malmquist TFP 指数に関する分析結果

(1) (2) (3) (4)MTFP MTFP MTFP FE

100病床↑ 99病床↓

国立ダミー -0.004 0.000 -0.013 -0.062(0.65) (0.05) (0.53) (0.72)

都道府県立ダミー -0.009 -0.005 -0.029 -0.026(3.18)** (1.63) (2.77)** (0.16)

公益法人ダミー -0.006 -0.001 -0.025 -0.085(1.03) (0.16) (0.72) (0.54)

会社ダミー -0.001 0.002 0.000 0.000(0.11) (0.17) (.) (.)

個人ダミー -0.004 0.007 -0.022 -0.004(0.48) (0.64) (1.29) (0.07)

その他ダミー -0.004 0.000 0.005 -0.057(1.02) (0.10) (0.20) (0.47)

一般病床割合 -0.006 -0.013 0.017 -0.046(0.48) (1.22) (0.30) (0.37)

精神病床割合 -0.016 -0.025 0.000 0.263(0.82) (1.50) (.) (0.79)

Constant 1.012 1.009 0.987 5.194(50.23)** (60.48)** (13.59)** (10.90)**

Yearダミー YES YES YES YES都道府県ダミー YES YES YES YESObservations 850 676 180 2456R-squared 0.09 0.12 0.23 0.30Absolute value of t statistics in parentheses* significant at 5%; ** significant at 1%

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図2 都道府県別の DEA 効率性指数

0.88 0.89 0.9 0.91 0.92 0.93 0.94 0.95 0.96

佐賀県大分県山梨県徳島県長崎県奈良県京都府高知県群馬県広島県熊本県

鹿児島県兵庫県千葉県福岡県岡山県

和歌山県埼玉県

神奈川県福島県宮城県東京都滋賀県長野県茨城県愛媛県岩手県大阪府香川県富山県静岡県宮崎県沖縄県北海道山口県福井県愛知県新潟県島根県栃木県三重県石川県山形県鳥取県岐阜県青森県秋田県