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1 第49回 日本学生経済ゼミナール日本福祉大学・名城大学大会 5 2002年12月22日(日) 会場 日本福祉大学 部門番号20-04 10 部門テーマ SCM 「SCMの『理念型』」 15 ―日本自動車産業における 中小部品メーカーの利益獲得と自動車メーカーの競争力の両立― 20 中央大学 河邑ゼミナール第5期生SCM研究班 班長 金内 健介 伊藤絵里香 宇山 25

「SCMの『理念型』」 - C-faculty -教員用Webサー …c-faculty.chuo-u.ac.jp/~hjm_kwmr/9/past/group-SCM.pdf2 はじめに 2002年現在、日本の多くの企業はアメリカからサプライ・チェーン・マネジメント

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第49回 日本学生経済ゼミナール日本福祉大学・名城大学大会 5

2002年12月22日(日) 会場 日本福祉大学 部門番号20-04 10 部門テーマ SCM

「SCMの『理念型』」 15

―日本自動車産業における

中小部品メーカーの利益獲得と自動車メーカーの競争力の両立―

20

中央大学 河邑ゼミナール第5期生SCM研究班 班長 金内 健介

伊藤絵里香 宇山 通 25

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2

はじめに

2002年現在、日本の多くの企業はアメリカからサプライ・チェーン・マネジメント

(以下SCM)を取り入れているが、効果がでているところもあれば、でていないところ

もある。そのSCMとは、最終組立メーカーが、原料や部品の供給から消費者までの企業5 間分業構造を管理し、モノの流れを全体として管理することだと私たちは認識している。

しかし、実際にはSCMを取り入れている企業は、やっていることがまちまちで何がSC

Mなのかまったく決まっていない。さらに各企業の分業構造はさまざまで、それらのこと

からSCMには明確なひとつのシステムは存在しない。そこでこの論文では、SCMが一

様に効果を発揮しないことを証明することから、SCMが全体最適というスローガンとし10 てしか存在していないことをつきとめる。その上で、全体最適をうたっているSCMが、

実際にはメーカー主導であり、調達先に在庫を押し付けている現状について批判していく。

しかし、スローガンとしてのSCMを批判することは構造がないために難しく、また意

味のないものになってしまう。そこで、私たちはSCMの原点であるトヨタ生産システム

をとりあげる。SCMのもとになったといわれるトヨタ生産システムは2001年度3月15 期連結決算で1兆円を超える利益を出したことから、競争力を持っていることは確かであ

ろう。しかしその一方、1兆円の利益を生み出したもう一つの要因であるコスト削減は、

下請企業からの「収奪」によって達成されてきた。雑誌『経済』2002年11月号によ

ると、トヨタは部品のコスト削減を目指すCCT21(総原価低減活動)により、グルー

プ・系列・下請各社に30%のコストダウンを押し付けているという。ある下請部品メー20 カーでは、JITのために単価20円のものでも、3~5個を納期にあわせて納入するや

り方になっている。最末端の零細企業では、トヨタの30%削減の大きな影響を受け、治

具、工具の業者では、月末に受注先から工賃を5%削って請求してくれといわれる。これ

らは「収奪」の一つの例である。私たちはそのトヨタ生産システムに「収奪」が存在する

ことを証明し、それがなぜ発生するのか要因を探り、複雑な分業構造の上に成り立ってい25 るトヨタ生産システムが競争力を失わずに「収奪」のない分業構造を作り出せる形―SC

Mの理念型―を提案していく。

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<目次>

はじめに…………………………………………………………………………………………p.2

第1章 SCMの事例研究……………………………………………………………………p.6 5 はじめに………………………………………………………………………………………p.7 第1節 SCM導入事例……………………………………………………………………p.7 第2節 SCMという概念…………………………………………………………………p.20 第1項 米国における SCM という概念 第2項 日本における SCM という概念 10

補説……………………………………………………………………………………………p.24 第2章 SCMの起源………………………………………………………………………p.56

はじめに―SCMの提唱者、語源を探る―……………………………………………p.57 第 1 節 IMVPのリーン生産システムについての評価………………………………p.58 15 第 1 項 IMVP の問題意識・研究の視点 第 2 項 IMVP の生産システム分類 第2節 リーン生産システムの特徴(Ⅰ)組立工場のシステムにおける特徴………p.62 第1項 生産性、品質、作業スペース、在庫量 第2項 段取り替え時間 20 第3項 労使関係 第 4 項 品質管理・設備保全と改善 第 3 節 リーン生産システムの特徴(Ⅱ)製品開発における特徴……………………p.65 第 1 項 製品多様化とモデルの寿命 第 2 項 製品開発とエンジニアリング 25 第 4 節 リーン生産システムの特徴(Ⅲ)販売における特徴…………………………p.68 第 1 項 大量生産メーカー、ディーラー、消費者の関係 第 2 項 リーンなメーカー、ディーラー、消費者の関係 第 5 節 リーン生産システムの特徴(Ⅳ)サプライヤシステムにおける特徴………p.70 第 1 項 日米分業構造の特徴(外注比率・サプライヤ数) 30 第 2 項 日本の一次サプライヤの役割 第 3 項 日本の二次サプライヤの役割 第 4 項 完成車メーカーと部品サプライヤの結合関係 第 5 項 リーンな部品供給の特徴(Ⅰ)「コスト・品質面での優位」 第 6 項 リーンな部品供給の特徴(Ⅱ)「部品業者団体」 35 第 7 項 リーンなサプライヤシステムのまとめ

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第 6 節 IMVP 報告の限界と SCM 研究班の問題意識…………………………………p.77 第 1 項 リーン生産方式のモデルと現実の生産構造のギャップ 第 2 項 現実の生産構造を反映した日本的生産システム

第3章 SCMの評価………………………………………………………………………p.81 5 はじめに……………………………………………………………………………………p.81 第1節 リーン生産システムとSCMの特徴…………………………………………p.82 第1項 リーン生産システムの特徴 第2項 リーンに対応するSCMの特徴

第2節 SCMの評価……………………………………………………………………p.84 10 第1項 各特徴のSCMの評価 第2項 SCMの評価

第4章 日本的生産システムの競争力……………………………………………………p.86

はじめに……………………………………………………………………………………p.87 15 第 1 節 現在の日本自動車産業の競争力…………………………………………………p.88 第 1 項 競争力の定義 第 2 項 競争の結果を示す指標 第2節 競争力を構成する要因……………………………………………………………p.94 第 1 項 競争力を構築する要因(高い生産性・高品質・製品多様性の同時達成) 20 第 2 項 高い生産性 第 3 項 高品質 第 4 項 製品多様性 第3節 日本的生産システムの定義………………………………………………………p.98 第 1 項 「生産システム」の定義 25 第 2 項 「日本的」の定義 第 3 項 「日本的生産システム」の定義 第4節 日本的生産システムが競争力を作り出す原理(Ⅰ)…………………………p.100

―完成車メーカー内の生産システム(狭義の日本的生産システム)と競争力― 第 1 項 JIT 生産システム 30 第 2 項 日本的労働編成 第 3 項 狭義の日本的生産システム 第 4 項 狭義の日本的生産システムが生み出す競争力 第 5 項 小括(概念図のみ) 第 5 節 日本的生産システムが競争力を作り出す原理(Ⅱ)…………………………p.133 35 ―サプライヤシステムと競争力―

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第 1 項 日本の自動車産業のサプライヤ構造 第 2 項 サプライヤシステムが生み出す競争力―機能論的な説明― 第 6 節 日本的生産システムが競争力を作り出す原理(Ⅲ)………………………p.141 ―広義の日本的生産システムと競争力― 第 7 節 日本的生産システムの競争力は正当に評価できるのか……………………p.142 5

―下請「収奪」の可能性― 第5章 「収奪」される下請企業…………………………………………………………p.146

はじめに……………………………………………………………………………………p.147 第1節 現在の自動車産業における「収奪」…………………………………………p.148 10 第2節 「収奪」とは……………………………………………………………………p.150 第1項 「収奪」という用語 第2項 「収奪」とは

第3節 日本機械工業における下請……………………………………………………p.157 第1項 下請の意味 15 第2項 下請制の歴史

第4節 過去の下請論からの考察………………………………………………………p.169 第5節 日本的生産システムが「収奪」を生み出す原理……………………………p.176

―過去の下請論からの考察― 第1項 現在の下請分業構造 20 第2項 日本的生産システムが「収奪」を生み出す原理

―過去の下請論からの考察― 第6章 競争力と「収奪」を生み出す日本的生産システム……………………………p.180

はじめに……………………………………………………………………………………p.180 25 第1節 競争力を生み出す「収奪」……………………………………………………p.181 第1項 単価引き下げによるコスト削減 第2項 規模別賃金格差を利用したコスト削減 第3項 下請を景気変動のバッファーとして利用することによるコスト削減 第4項 専門的な下請企業を利用する事によるコスト削減、高品質、製品多様性 30 第5項 親企業のやり方の強制によるコスト削減、高品質、製品多様性

第7章 日本自動車産業におけるSCMの理念型………………………………………p.183

おわりに………………………………………………………………………………………p.185 35

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第1章 SCMの事例研究

<目次>

はじめに 5 第 1 節 SCM 導入事例 第2節 SCM という概念 第1項 米国における SCM という概念

1.米国における SCM 導入事例の特徴 2.SCM の発展プロセス -起源から米国における SCM 導入― 10

3.米国における SCM の本質 第2項 日本における SCM という概念 1.SCM の発展プロセス ―米国から日本における SCM 導入― 2.日本における SCM の本質

補説 15

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はじめに

SCM の導入事例を研究していく事で、以下の三点を検証していきたいと思う。

第一に、SCM について。 5

SCM の概念は、様々な文献から読みとることができるが、果たして今多くの企業で取り

いれている SCM に共通性があるのだろうか。その共通性を見出した上で、SCM の概念を

検証していく。 第二に、SCM の有効性について。 SCM は、企業ごとに導入目的が異なるように、SCM の具体的活動も多岐にわたっている。10 しかし、SCM 導入において何かしらの共通項目があるのではないかと思う。そこで、SCM導入の共通項目を見出した上で、SCM の有効性を検証していく。 第三に、SCM の起源とのつながりについて。 我々は、SCM の起源をリーン生産システムにあると導き出した。では、今多くの企業が

取り入れている SCM にリーン生産システムの特徴が見出せるのだろうか。また、リーン15 生産システムとの相違点は何であろうか。両側面を検証していく。 第1節 SCM導入事例1

今回、SCM 導入事例を研究した目的は、SCM という概念を見つけ出すことにあった。20 そこで、日本と米国における SCM 導入事例の結果を目的、活動、成果別にまとめてみた。 研究結果については、第 2 節で詳しく説明していくものとする。また、各企業の具体的内

容については補節にのせてある。 ここでは、SCM 導入時期について分かった事を説明していく。 25 SCM は、1990年代に米国で誕生したことからわかるように、日本企業が SCM を取り

入れた時期は1990年代後半に多く見られた。しかし、あまり多くの企業が SCM 導入

時期を明らかにしていないことも分かった。それについては、第 2 節でどのように SCMが誕生して、どのよう日本に取り入れられたのかという説明により明らかになるが、結論

を述べてしまうと、日本企業にとって SCM は目新しいものではなかったのである。 30 表1-1 日本企業における SCM 導入事例

業種 企業名 SCM 導入時期 誰が「SCM導入」を認識しているか。

企業内 企業外

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電気機器 シャープ 1999年 ○ ○ NEC 1996年 ○ ○ 東芝 1994年 ○ ○ 松下電器産業 1999年 ○ ○ ソニー 不明 ○ ○ 三洋電機 不明 ○ ○ 星和電機 不明 ○ ○ 日本ビクター 不明 ○ ○ 日立製作所 1997年 ○ ○ 三菱電機 不明 ○ ○ 富士通 不明 ○ ○ 富士電機 不明 ○ ○ 松下電工 不明 ○ ○ 沖電気工業 不明 ○ ○ カシオ計算機 1999年 ○ ○ 食品 アサヒ飲料 1985年 ○ ○ 味の素 不明 ○ ○ キーコーヒー 不明 ○ ○ キッコーマン 1999年 ○ ○ キューピー 不明 ○ ○ 麒麟ビール 不明 ○ ○ 昭和産業 不明 ○ ○ 宝酒造 不明 ○ ○ 日本製粉グループ 不明 ○ ○ 食品 ポッカコーポレー

ション 不明 ○ ○

富士コカコーラ 2000年 ○ ○ 繊維 ワコール 不明 ○ ○ 化学工業 旭化成 不明 ○ ○ 花王 不明 ○ ○ 関西ペイント 不明 ○ ○ 資生堂 不明 ○ ○ 住友ベークライト 不明 ○ ○ 日本酵素 不明 ○ ○ 三井化学 不明 ○ ○

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オリンパス 光学工業

不明 ○ ○

大阪ガス 不明 ○ ○ 医薬品 藤沢薬品工業 不明 ○ ○ ゴム 住友ゴム工業 不明 ○ ○ 窯業 日本板硝子 不明 ○ ○ 鉄鋼 川崎製鉄 不明 ○ ○ 新日本製鐵 不明 ○ ○ 社会法人

鋼材倶楽部 不明 ○ ○

サカタウエアハウ

ス 不明 不明 ○

非鉄金属・金

属製品 住友金属工業 不明 ○ ○

日用雑貨 ライオン株式会社

家庭品営業本部 不明 ○ ○

ライオン株式会社 LOCOS 推進部

不明 ○ ○

機械 住友重機械工業 不明 ○ ○ ダイフク 不明 ○ ○ 椿本チェーン 不明 ○ ○ 日立建機 不明 ○ ○ その他の輸送

機器 石川島播磨重工 不明 ○ ○

精密機器 シチズン時計 不明 ○ ○ スター精密 不明 ○ ○

小売 エフピコ 不明 ○ ○ イオン 不明 ○ ○ ジャスコ 不明 不明 ○ ユニクロ 不明 ○ ○

作成 ) 伊

表1-2 米国企業における SCM 導入事例

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10

業種 企業名 SCM 導入時期 誰が「SCM導入」を認識しているか。

企業内 企業外 電気機器 DELL 不明 ○ ○ HP 不明 ○ ○ メーカーA 社 不明 ○ ○ メーカーE 社 不明 ○ ○ メーカーB 社 不明 ○ 自動車 メーカーH 社 不明 ○ ○ メーカーF 社 不明 ○ ○ メーカーG 社 不明 ○ ○ ネットディーラー

I社 不明 ○ ○

鉄鋼 ティンケンスチー

ル 不明 不明 ○

食品 ハイネケン 不明 不明 ○ ナビスコ 不明 不明 ○ ロース&ハーム 不明 不明 ○

ジョンソン& ジョンソン

不明 不明 ○

小売 ギャップ 不明 ○ ○ リミテッド 不明 不明 ○ 輸送 Fedex 不明 不明 ○

作成)伊藤 注)○は、SCMとして認識していることを示す。 表1-3 日本企業における SCM 導入の目的

目的 全体最適 顧客満足

の向上

需要変動の

迅速な対応

在庫削減 コスト削

シャープ × × ○ ○ ×

NEC × × ○ × ×

東芝 × ○ × × ○

松下電器産業 × × × × ○

ソニー × ○ ○ × ×

三洋電機 × ○ ○ × ×

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11

星和電機 × ○ × × ○

電気機器 日本ビクター × × × ○ ×

日立製作所 × ○ × × ×

三菱電機 × × ○ × ×

松下電工 × × ○ × ×

沖電気工業 × × × × ×

富士電機 × × × × ○

富士通 × × × × ○

カシオ計算機 ○ × × × ×

アサヒ飲料 × × × × ×

味の素 × ○ × × ×

キーコーヒー × × × ○ ×

キッコーマン × × ○ × ○

昭和産業 × ○ × × ○

食品 麒麟ビール × × × × ○

宝酒造 × ○ × × ○

日本製粉グループ × ○ × × ○

ヤクルト × × × ○ ×

ポッカ・コーポレーショ

× × × ○ ×

富士・コカコーラ × × × ○ ○

繊維 ワコール × × × ○ ○

旭化成 ○ × × × ×

花王 × × ○ × ×

関西ペイント ○ × × × ×

化学 住友ベークライト × × ○ × ×

日本酸素 × × × × ○

資生堂 × × ○ × ×

三井化学 × × ○ ○ ○

オリンパス光学 × × ○ × ×

大阪ガス × × ○ × ×

ゴム 住友ゴム工業 × ○ × × ×

薬品 藤沢薬品工業 × × × ○ ○

窯業 日本板硝子 × × × × ○

日用品 社会法人鋼材倶楽部 × × ○ × ×

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12

ライオン株式会社

家庭品営業本部

× × ○ × ×

ライオン株式会社

LOCOS推進部

× × ○ × ×

ダン × × ○ × ×

日立建機 × × × × ○

プラザー工業 × ○ ○ × ×

機械 住友重機械工業 × ○ × ○ ×

ダイフク × ○ × × ○

椿本チェーン × × × ○ ×

非鉄金属 住友金属工業 × × × × ×

金属製品 日立金属 × × × × ×

精密機械 スター精密 × × × ○ ×

シチズン時計 × × ○ × ×

輸送機器 石川島播磨

重工業

× × × × ×

その他の

製造業

エフピコ × × ○ × ×

小売 イオン × × × × ○

ユニクロ ○ × × × ×

全体に占める○の割合(%) 7% 23% 36% 21% 34%

目的

情報シス

テム

の構築

キャッシ

ュフロー

の増加 売上拡大

シャープ ○ × ×

NEC × × ×

東芝 × × ×

松下電器産業 × ○ ×

ソニー × × ×

三洋電機 × × ×

星和電機 × × ×

電気機器 日本ビクター × ○ ×

日立製作所 × × ×

三菱電機 × × ×

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13

松下電工 × × ×

沖電気工業 × × ○

富士電機 × ○ ×

富士通 × × ×

カシオ計算機 × × ×

アサヒ飲料 × × ○

味の素 × × ×

キーコーヒー × × ×

キッコーマン × × ×

昭和産業 × × ×

食品 麒麟ビール × × ○

宝酒造 × × ×

日本製粉グループ × × ×

ヤクルト × × ×

ポッカ・コーポレーション × × ×

富士・コカコーラ × × ×

繊維 ワコール × × ×

旭化成 × × ×

花王 × × ×

関西ペイント × × ×

化学 住友ベークライト × × ×

日本酸素 × × ×

資生堂 × × ×

三井化学 ○ × ×

オリンパス光学 × × ×

大阪ガス ○ × ×

ゴム 住友ゴム工業 × ○

薬品 藤沢薬品工業 × × ×

窯業 日本板硝子 × × ×

日用品 社会法人鋼材倶楽部 ○ × ×

ライオン株式会社

家庭品営業本部 × × ×

ライオン株式会社

LOCOS 推進部 × × ×

ダン × × ×

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14

日立建機 × × ×

プラザー工業 × × ×

機械 住友重機械工業 × × ×

ダイフク × × ×

椿本チェーン × × ×

非鉄金属 住友金属工業 ○ × ×

金属製品 日立金属 × ○ ×

精密機械 スター精密 × × ○

シチズン時計 × × ×

輸送機器

石川島播磨

重工業 ○ × ×

その他の

製造業 エフピコ ○ × ×

小売 イオン × × ×

ユニクロ × × ×

全体に占める○の割合(%) 13% 9% 7%

表1-4 米国企業におけるSCM導入の目的

目的 顧客満足 SCの効率化 需要変動の

迅速な対応

DELL ○ × ×

電気機器 HP ○ × ×

メーカーA社 × ○ ×

メーカーB社 × ○ ×

メーカーE社 × × ○

メーカーH社 × ○ ×

自動車 メーカーF社 ○ ○ ×

メーカーG社 × ○ ×

ネットディーラーI社 × × ○

小売 GAP ○ × ○

リミテッド × × ○

ウォルマート × × ×

輸送 Fedex ○ × ×

全体に占める○の割合(%) 38% 38% 31%

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15

作成)

伊藤

表1-5 日本企業におけるSCMの具体的活動

活動 需要予測 受注生産 直接販売 セル生産 JIT調達 在庫補充の

の自動化

シャープ ○ × × × × ×

NEC × ○ × ○ ○ ×

東芝 ○ × × × × ×

電気機器 松下電器産業 × × × × × ×

ソニー ○ ○ × ○ × ×

三洋電機 ○ × × ○ × ×

日立製作所 ○ × × × × ×

富士通 ○ × × × × ×

カシオ計算機 ○ × × × × ×

アサヒ飲料 ○ × × × × ×

キッコーマン ○ × × × × ×

食品 麒麟ビール ○ × × × × ×

宝酒造 × × × × × ×

富士・コカコーラ ○ × × × × ×

花王 ○ × × × × ×

資生堂 ○ × × × × ×

化学工業 三井化学 ○ × × × × ×

オリンパス光学 ○ × × × × ○

大阪ガス ○ × × × × ×

窯業 日本板硝子 ○ × × × × ×

社会法人鋼材倶楽部 ○ × × × × ×

ライオン株式会社 ○ × × × × ×

日用品 家庭品営業本部

ライオン株式会社 ○ × × × × ×

LOCOS推進部

ダン ○ × × × × ×

機械 日立建機 × × × × × ×

精密機器 シチズン時計 × × × × × ×

小売 イオン ○ × ○ × × ×

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ユニクロ ○ × × × × ×

全体に占める○の数の割合

(%)

82% 7% 4% 11% 4% 4%

活動 組織の

情報共有

化 IT

フラット

シャープ × × ×

NEC × × ×

東芝 ○ × ×

電気機器 松下電器産業 × ○ ○

ソニー × ○ ×

三洋電機 × × ○

日立製作所 × × ×

富士通 × ○ ×

カシオ計算機 × × ○

アサヒ飲料 × ○ ○

キッコーマン × ○ ×

食品 麒麟ビール × × ○

宝酒造 ○ ○ ×

富士・コカコーラ × × ×

花王 × × ×

資生堂 × × ×

化学工業 三井化学 × ○ ×

オリンパス光学 × × ×

大阪ガス × ○ ×

窯業 日本板硝子 × ○ ×

社会法人鋼材倶楽部 × ○ ×

ライオン株式会社 × × ×

日用品 家庭品営業本部

ライオン株式会社 × × ×

LOCOS 推進部

ダン × × ×

機械 日立建機 × ○ ×

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17

精密機器 シチズン時計 × × ○

小売 イオン × × ×

ユニクロ × × ×

全体に占める○の数の割合(%) 7% 39% 21%

表1-6 米国企業におけるSCM導入の具体的

活動

活動 受注生産 直接販売 顧客 アウト サプライヤと

IT

サービス ソーシン

連携強化

DELL ○ ○ ○ × × ×

電気機器 HP × × × × × ○

メーカーA社 ○ ○ × × ○ ×

メーカーB社 × × × ○ ○ ○

メーカーE社 × × × ○ ○ ○

メーカーH社 × × × ○ ○ ○

自動車 メーカーF社 ○ ○ × × ○ ×

メーカーG社 × × × × ○ ○

ネットディーラーI

○ × × × ○ ×

GAP × × × × × ×

小売 リミテッド × × × × × ○

ウォルマート × × × × × ×

輸送 Fedex × × ○ × × ○

全体に占める丸の割合(%) 31% 23% 15% 23% 54% 54%

作成) 伊藤

表1―7 日本企業における SCM 導入事例の成果

成果 在庫削減 コスト削

納期短縮 廃棄削減

シャープ ○ × ○ ×

NEC × × × ×

東芝 × × ○ ×

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18

松下電器産業 × × × ×

電気機器 ソニー × ○ ○ ×

三洋電機 ○ ○ ○ ○

日立製作所 × ○ ○ ○

富士通 × ○ ○ ○

カシオ計算機 × × × ×

アサヒ飲料 × × ○ ×

キッコーマン ○ × × ×

食品 麒麟ビール × × × ×

宝酒造 × × × ×

富士・コカコーラ ○ ○ × ×

花王 ○ × × ×

資生堂 × × × ×

化学工業 三井化学 × × × ×

オリンパス光学 ○ × × ×

大阪ガス × × × ×

窯業 日本板硝子 × × × ×

社会法人鋼材倶楽部 × × × ×

日用品 ライオン株式会社

家庭品営業本部

○ × × ×

ライオン株式会社

LOCOS推進部

○ × × ×

ダン × × × ×

機械 日立建機 × × × ×

精密機械 シチズン時計 × × × ×

小売 イオン ○ × × ×

ユニクロ × × × ×

全体に占める○の割合(%) 32% 18% 25% 11%

表1-8 米国企業における SCM 導入の成果

成果 在庫削減 納期短縮 調達の

オンライン化

需要情報の

可視性向上

DELL ○ ○ × ×

HP × × × ×

電気機器 メーカーA社 ○ × ○ ×

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19

メーカーB社 × × × ○

メーカーE社 × × × ○

メーカーH社 × × × ×

自動車 メーカーF社 × × × ×

メーカーG社 × ○ × ×

ネットディーラーI

× × × ×

GAP × × × ×

小売 リミテッド × × × ×

ウォルマート ○ × ○ ×

輸送 Fedex ○ × × ○

全体に占める○の割合(%) 30% 30% 15% 23%

5

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第2節 SCMという概念

第1項 米国における SCM という概念 1.米国における SCM 導入事例の特徴 5 現在、多くの日本企業が SCM を取り入れているが、その経営手法は元来米国で作られ、

そして日本に入ってきたものである。そこで、米国における SCM 導入事例を追求してい

くことで、SCM という概念を導き出していく。 10 米国企業の SCM 導入の目的として、顧客満足、SC の効率化、需要変動の迅速な対応の

3点を挙げていた。また、これらの目的は全体に占める割合が高いことから、米国企業の

目的として欠かせないものだといえよう。(表1-4)そして、これらを達成させるための

活動として、サプライヤとの連携強化と IT 導入が上位を占めており(表 1-6)、成果とし

ては在庫削減と需要情報の可視性向上があがった。(表1-8) 15 では、この繋がりについて考えていきたい。 いかなる企業においても顧客満足を得ることを経営戦力としてあげていることと思う。そ

こで、顧客満足を原点におき説明していく。企業が顧客満足を得るためには、需要変動に

迅速に対応出来ることが求められる。そして、その需要変動に迅速に対応していく為にま20 ず求められるのは、SC 内外の状況を「見える」ようにすることである。つまり、SC とい

う分業の効率化である。具体的には、販売実績や顧客注文などの需要情報、自社工場内の

生産状況や在庫、サプライヤの工場内の生産状況、在庫などの供給情報を迅速につかみ、

それを SC 全体で共有することが必要になり、その結果、企業がサプライヤと連携を強め

る活動を行っていくのである。具体的には、サプライヤとの協同設計やオンライン部品調25 達システムなどがある。また、米国では IT を利用し、SC の最適化を目指す「e-SCM」

の取り組みが数多く行われている。これは、IT を利用し、他企業と協同で予測を行う、あ

るいは生産計画等の情報を共有するといったものだけでなく、それによりアウトソーシン

グや他企業の人材育成をするというものである。そして、こういったサプライヤとの連携

を強化する活動から在庫削減や需要情報の可視性向上という成果を得られるのである。 30 しかし、SCM も顧客満足を得るためのものであるならば、他の経営手法とはどこが違

うのだろうか。そこで、研究していった結果見つけたことは「迅速」という言葉である。

米国企業の SCM 導入目的として、需要変動の迅速な対応があがったように、あえて「迅

速」という言葉を付け足していることに、何か意味があるのではないか。勿論、SCM を35 取り入れることで「迅速」だけを追求するわけではないはずである。高い生産性や高品質、

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製品多様性をも実現目標としているはずである。そこで、第2項において、我々が導き出

したプロセスについて説明していく。 2. SCM 発展のプロセス 5 (1)米国の危機感が SCM を作り出した SCM の発展系譜については様々な意見がある。「100年にわたってのプロセス化の流

れの先端に SCM がある」2という意見を述べている人もいる。しかし、様々な意見を統合

してみると1990年代の米国で誕生したといえそうだ。1980年代の米国産業は、日10 本自動車業界の台頭があり、国際競争に苦しんでいた。そこで、これを契機に IMVP3に

より日本的生産システムの研究が始まったのである。 (2)日本的生産システムの歴史 15 1970年代、二度に渡る石油危機の影響で、インフレーション(物価上昇)と不況が

共存するスタグフレーション4という不況に陥った。 こういった景気低迷により、19

70年代の自動車業界は、モデルチェンジのスピード強化とモデル数の増加という戦略で

市場の需要を満たそうとした。しかし、一時期その戦略が悪循環を引き起こしていたので

ある。モデルチェンジのスピード強化とモデル数の増加により、その時点における市場の20 需要は獲得出来るが、市場はそういった自動車業界の取り組みにより、更なる需要を満た

そうとするのである。すると、自動車業界はその市場の需要にこたえるべく動き出すので

ある。しかし、このような市場の需要に対する過剰な適応により、製品の種類の増大を招

き、需給調整の困難に陥ったのである。そこで、市場の需要に対する変動に迅速に行う生

産体制の構築が必要になった。そして、このとき日本的生産システムにより日本企業の生25 産体制が有効に機能し、1980年代日本の自動車産業が世界市場において競争力を獲得

したのである。 3.米国における SCM の本質 30 リーン生産方式とは、米国において IMVP が1980年代後半に高い競争力を持ってい

た日本の自動車産業を研究することで考え出したものである。また、SCM とは、このリ

ーン生産方式を自動車産業以外でもとりいれられるように、リ―ン生産方式を曖昧かつ漠

然とした概念としてとらえた経営手法である。つまり、SCM とは日本的生産システムを

単純化させ、曖昧かつ漠然とした概念として模倣したものといえよう。 35 それでは、日本的生産システムの何を取り入れたのであろうか。それは、当時の米国企

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業にはなく、日本企業において優れていた分業構造の構築である。つまり、サプライヤと

の連携強化において競争力を生み出そうというものである。そうやって日本企業は、最終

的な顧客満足を満たすために需要変動に迅速に対応する必要性を求め、そしてその需要変

動に迅速に対応するために SC の効率化を達成していたのである。なお、米国企業が SCMを取り入れることで、“迅速”だけを追求するわけではないことに注意が必要である。日本5 的生産システムの強い競争力の要因である高い生産性や高品質、製品多様性をも実現目標

としていることであろう。 つまり、米国における SCM とは、優れた分業構造を構築することで1980年代の日

本の自動車産業のような高い競争力を獲得しようという経営手法である。また、SCM は、10 目標は出ているもののリ―ン生産方式として具体的な活動もしめされておらず、その結果

当然として成果も上がっていない。単なるスローガンにすぎないのである。(表1-8) 第2項 日本における SCM という概念 15 1.SCM 発展のプロセス

SCM 発展のプロセスについては、第 1 節の第 2 項で説明したので、ここでは SCM が今

日、日本の多くの企業で取り入れられている背景を説明していく。 SCM の起源から明らかなように、日本の自動車業界は米国産業を凌ぐような高い競争20

力を持っていた。しかし、1990年代になり日本産業は長期の不況に陥ってしまったの

である。その背景として、1980年代後半から1990年代前半におきた急激な円高や

バブル崩壊があるが、それにより、高い競争力を失ってしまった日本産業は、当時高い競

争力を持っていた米国産業の経営手法を取り入れることにしたのである。それが、今日、

日本でも多くの企業がとりいれている SCM である。 25 2.日本における SCM の本質 企業が経営をするにおいて、顧客満足の獲得を目的にあげることは当然だが、米国企業

はこの顧客満足を得るために、需要変動に迅速に対応することを必要とした。(表1-4)30 そして、その需要変動に迅速に対応する手段として、日本から取り入れた、優れた分業構

造―サプライヤとの連携強化―をあげ、在庫削減という成果をあげた。しかし、大量生産

である米国企業にとって、在庫削減という成果は簡単に現れる。また、SC の効率化とい

うような具体的な活動が事例研究では明らかにならなかったので、この成果からでは米国

企業が日本的生産システムを活用できているとは言い難い。 35 しかし、活動はともあれ、米国企業は SCM という経営手法により在庫削減という成果

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をあげたので、日本企業も再び高い競争力を獲得するために、米国企業の SCM という経

営手法を取り入れた。米国企業にとって SCM で一番重要な要素は、SC の効率化をなしえ

るサプライヤとの連携活動である。しかし、サプライヤとの連携は、1980年代に日本

自動車業界が高い競争力を持っていたことから、米国企業が学んで、取り入れたことであ

った。そのため、日本企業ではサプライヤとの連携は当然のこととして行っており、SCM5 をとりいれるさいにその点に目がいかなかったのである。そこで、日本企業は、米国企業

が SCM により達成したといっている在庫削減と SCM 導入目的である需要への迅速な対

応に注目し、米国企業の SCM の成果を目的としてあげ、米国企業の SCM 導入の目的を

手段とした。 その為、多くの日本企業が SCM の具体的活動として需要予測を行っているというわけで10 ある。(表 1-5) つまり、日本における SCM とは、需要予測により在庫削減を目標にした経営手法にす

ぎないのである。だから、日本企業が出している成果は SCM 導入によるものとは言えず、

元々、日本企業が取り入れるべき SCM など存在しないのである。 15

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補説

日本企業におけるSCM導入事例 電気機器 5 ①シャープ5 SCM の導入時期 1998年に SCM プロジェクトを立ち上げ、199

9年10月以降導入展開を行った。 SCM の導入目的 需要変動の俊敏な対応を図るとともに、徹底的な在庫

削減を図る情報システムの全面再構築 SCM の具体的活動 ① 需要予測のプロセスを月次から週次への変更。

(APO の導入) ② 専任のフォーキャスターによる需要予測 従来の担当者・・・営業担当者 SCM 導入後の担当者・・・専任のフォーキャスター 従来、営業担当者の売上げ見込みの集計で管理してき

たが、各担当者の思惑による数値の影響で実売りとの

ズレが発生し、売上げ機会損失や在庫ロスコストの増

加に繋がった。そこで、専任者に任せ、それを各営業

担当者と情報を共有する事で各営業担当者の出す売

上げ見込み値とのギャップをどう埋めるかを重視す

るプロセスに変更した。 ③予測手法 製品ごとにライフサイクルを設定し、製品カテゴリー

の性質に応じて異なる予測手法をとっている。予測手

法は、週1回行っている。(平成13年) ③ 補修部品グローバルシステム 95%の部品が24時間以内に販売店に届けられる

システム。 SCM の導入成果 ① リードタイム短縮化

当初3ヶ月から、30日、15日と手配~納入のリー

ドタイムを短縮化した。 ②不良在庫の顕在化と削減効果 従来の在庫管理・・・デイリーバッチ処理 SCM 導入後・・・受け払い

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結果、倉庫/生産現場/協力会社それぞれの部品・製品

在庫がリアルで見る事が出来るようになり、過剰部品

が顕在化した。また、これにより現地法人の意識が変

わり、様々な業務改善がなされた。 ②NEC6 SCM の導入時期 1996年末頃(企業外の報告による) SCM の導入目的 市場の需要変動にいかに速やかに追従し、市場の売れ

の状況にあわせた事業体質の構築 SCM の具体的活動 ①JIT 調達

②受注生産 1997年にデスクトップPCから開始した ③セル生産 一人または数人で生産する。

SCM の導入成果 不明 ③東芝7 5 SCM の導入時期 1994年に SCM の発端がある。 SCM の導入目的 顧客満足の向上とコスト削減 SCM の具体的活動 ① 需給調製業務に関わる組織のフラット化

オーダーと需要の流れをディーラーと本社の中間に

ある支社を通さないことによる時間の短縮化。 (図1-1)

②生産調整業務 営業情報から時期別の見込み数を計画し、工場の生産

能力を考慮したうえで生産要求を工場に提示する。 ③SCR(サプライチェーン・プランニング・パッケ

-ジ)システム 受注情報を処理し、生産能力を加味しながら納期を

割り当てるシステム SCM の導入成果 ①全ての製品について期限内の納期回答が可能にな

った。 納期回答率が100%になる(1997年) ②生産リードタイムが平均5日に短縮し、開発リード

タイムがほぼ半減した (2001年)

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図1-1 SCM の具体的活動 「変革前の需要調整」 「変革後の需要調整」 5

*本社にて部門単位で配分 *本社にて一次顧客単位に配分 作成)伊藤一部改訂(2002年)

出所)『日経情報ストラテジー』 10 ④松下電器産業8 SCM の導入時期 1999年度に四大経営方針の一つとして取り上げ

た SCM の導入目的 調達経費削減とキャッシュフローの増加 SCM の具体的活動 ① 情報共有化による調達プロセス

購入先に生産情報、在庫情報公開 ②契約ワークフロー 購入品の見積もり単価決済業務の電子商取引化 ③一貫 EDI 受注発注企業間の見積もりから請求支払いまでの資

材調達業務の完全電子商取引化 ④Web-EDI Web 上で購入先と一貫 EDI を実施

SCM の導入成果 「SCMが全く機能していなかった。」(松下電器産業

中村社長)

ディーラー

支社

配分 配分

本社 配分

ディーラー

本社 配分

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⑤ソニー9 SCM の導入時期 不明 SCM の導入目的 効率化とサービス化 SCM の具体的活動 ASCA(Advanced Supply Chain Architecture)

①注文生産(BTO) 製造、営業、統括部門とのシステム連結強化 ② 工場の生産数と販売店の販売数をコントロール

する機能 ③ 営業戦略の意思決定支援機能 ④ I-ASCA 営業担当者が在庫やオーダー、売上げ状況をⅰ-mode経由で見れる。 ⑥セル生産方式(97年にベルトコンベアを全廃し

た。) SCM の導入成果 ①棚卸資産 2001年 3 月末に7910億円から

2002年 5 月の5134億円に減少。 ②リードタイムが 4 ヶ月(92年)から 2 週間(2

001年)に短縮。 在庫も4分の 1 になった。 ③購入プロセスの簡素化 ④納品スピード UP ⑤販売レートの拡大

⑥三洋電機 10 SCM の導入時期 不明 SCM の導入目的 顧客からの注文に素早く対応し、顧客満足度の向上 SCM の具体的活動 PIMAP(生産革新活動)

①連結セル生産(U 字ライン+工程連結) 同一オペレーターが最初から最後まで生産担当する

為、40~80秒のタクトタイムとなる。 ②e-SCM 300社にも及ぶパートナー企業間の膨大な情報を

リアルタイムで共有する。 ③生産計画の立案サイクルを月次から週次サイクル

へ。 SCM の導入成果 ①4ヵ月後との機種切り替えに対し、レイアウトの変

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更可能。 ②在庫日数、リードタイムの短縮化、コスト削減、欠

品による販売機の損失防止 ⑦星和電機 11 SCM の導入時期 不明 SCM の導入目的 顧客対応力の向上と物流費削減 SCM の具体的活動 不明 SCM の導入成果 不明 ⑧日本ビクター12 SCM の導入時期 不明 SCM の導入目的 在庫削減とキャッシュフローの増大 SCM の具体的活動 不明 SCM の導入成果 不明 5 ⑨日立製作所13 SCM の導入時期 1997年開始 SCM の導入目的 効果的顧客レスポンス(=顧客満足度の最大化) SCM の具体的活動 「SPIRITS21」

①状況変化の把握 製品、部品在庫の状況、需要(受注量)の変動、生産

進捗、調達遅延、設計変更、不良状況をつかむ。 ②影響の即時把握 部品在庫状況、調達品の納入等の遅れ等の変更がどの

製品の生産に対してどのような影響がでるかといっ

た項目を即時に把握すること。 ③瞬時の即時立案 変動に即応して正確な納期回答を行うとともに、納

期や製品変更、流用に伴う生産計画、調達・手配計

画再立案を行う。 ④SCPLAN(Manufacturing Resource Planningの高

速化)システム a)対話型計画調整機能 工程日設計、生産量変更、残業設定、工程変更の内

容を調製する。

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b)自動計画調整機能 部品流用、工完日変更の内容を調整する。 c)複数製造拠点間の負荷自動配分 d)生産日程計画作成

SCM の導入成果 1997~1999年において生産リードタイム

53%減少し、棚卸回転数が1.4倍、棚卸残高33%

減少 ⑩三菱電機 14 SCM の導入時期 不明 SCM の導入目的 経営のスピード向上 SCM の具体的活動 不明 SCM の導入成果 不明 ⑪富士通 15 SCM の導入時期 1992年に発足した生販流統合システムが発端 SCM の導入目的 棚卸資産の50%削減、納期対応力の強化 SCM の具体的活動 ① SEEP(Speedy and Efficient Procurement

Progra ②Manugistics5(供給プランニング)機能 顧客から調達までの相互に関連した制約条件を考慮

し、ユーザーが定義する情報に基づいて同期化した供

給計画を生成する。 ③戦略立案(中・長期計画) ⑤ 戦術立案(月次計画・予算計画) ⑥運用計画(実行計画)

SCM の導入成果 不明 5 ⑫富士電機 16 SCM の導入時期 不明 SCM の導入目的 在庫削減、キャッシュフローの改善 SCM の具体的活動 不明 SCM の導入成果 不明

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⑬松下電工 17 SCM の導入時期 不明 SCM の導入目的 受発注業務の効率化 SCM の具体的活動 不明 SCM の導入成果 不明 ⑭沖電気工業 18 SCM の導入時期 不明 SCM の導入目的 納期を半減、収益力の向上 SCM の具体的活動 不明 SCM の導入成果 不明 5 ⑮カシオ計算機 SCM の導入時期 1999年4月(電卓部門) SCM の導入目的 部分最適化から全体最適化へ SCM の具体的活動 ①ⅰ2テクノロジーの RHYTHM と HP~UX のソフ

ト導入 ②計画系の業務を月次から週次単位に変更。

SCM の導入成果 2000年時点では、顕著な成果は現れていなかっ

た。 食品

①アサヒ飲料 20 10 SCM の導入時期 1985年に SCM の発端があるという(企業外の報

告による) SCM の導入目的 作りたてのおいしさをお客様に=リード短縮 SCM の具体的活動 (1)フレッシュマネジメント活動(1992年開始)

① アサヒスーパーネット

資材発注や売上、生産計画や、小売からの POS デー

タなどが照会出来る。

② 一貫システム

営業、生産、物流、資材の各部門はまず、3ヶ月のお

およその需要予測を立てる。その後は、各部門ごとに

動く。

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生産部門…この需要予測をもとに、必要生産量を全

国9工場に分ける。

物流部門…需要予測と生産計画から地域ブロック

単位での配送計画とともに、ブロック間の転送計画を

作成する。

資材部門…需要予測に基づいて、資材調達・配送計

画を作成し、3ヶ月先までの資材調達計画を資材メー

カーに伝える。

全国9工場…生産計画に基づいて、いつ、どこで、

何が、どれだけ必要なのか、納入依頼を資材メーカー

に送る。

③ Web EDI(電子商取引)の採用(1997年7

月開始) これにより、約9割の資財が発注・納入されてい

る。(1998年11月) (2)トータルフレッシュマネジメント活動 (1998年開始) SC における流通チャネル各層と一体になって、総

合的に鮮度を追求する。 SCM の導入成果 ① 製造から社外出荷まで5日間、製造から店頭出荷

まで8日間で商品を届けることが可能になった

(1997年) ② 1998年では、更に 1 日間短縮した。

②味の素 21 SCM の導入時期 不明 SCM の導入目的 効果的な消費者対応の実現 SCM の具体的活動 ① 受発注から配送までの効率化

②需要予測 SCM の導入成果 不明 ③キーコーヒー20 SCM の導入時期 不明 SCM の導入目的 在庫削減・鮮度向上 SCM の具体的活動 不明 SCM の導入成果 不明

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④キッコーマン21 SCM の導入時期 1999年 SCM の導入目的 物流効率化・経費削減 SCM の具体的活動 ① 月次から週次の製版計画サイクルに変更。

②受注処理の変更 全国の各営業で受け付けていたオーダーを東西二つ

に集約。 ③在庫自動補充システム「KOLS」(Kikko Man Order less System)を1998年に導入 ④野田工場以外は在庫を持たない。

SCM の導入成果 在庫の最適化 ⑤キューピー22 5 SCM の導入時期 不明 SCM の導入目的 鮮度管理の推進・コスト削減 SCM の具体的活動 不明 SCM の導入成果 不明 ⑥麒麟ビール 23 SCM の導入時期 不明 SCM の導入目的 売上の拡大とコスト構造の変革 SCM の具体的活動 ①需要業務

13工場を含む全国ブロックごとに、それぞれのブロ

ック完結で鮮度を在庫日数4日台でコントロールす

る。 ②新物流システム(1998年開始) 受注出荷、在庫管理などの電子化 ② 出荷予測システム「Beer Das」 出荷量を旬や日単位で2ヶ月先までシュミレーショ

ンする。 SCM の導入成果 不明 ⑦昭和産業 24 SCM の導入時期 不明

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SCM の導入目的 顧客対応力の向上と物流コストの10%削減 SCM の具体的活動 不明 SCM の導入成果 不明 ⑧宝酒造 25 SCM の導入時期 不明 SCM の導入目的 コスト削減と消費者への還元 SCM の具体的活動 ① グループマネージャーには、開発から販売まで全

てを担当させ、利益に責任をもたせる。 ② 品質保証グループは商品本部から独立させ、品質

保証の強化。 ③アイテム統廃合、工場再編、原材料単価削減による

コスト削減 ④本社だけでなく、支社や工場においても組織のフラ

ット化(部化制からグループ制に)や帳簿の形式一本

化 SCM の導入成果 不明 ⑨日本製粉グループ 26 SCM の導入時期 不明 SCM の導入目的 顧客サービスの向上とコスト削減 SCM の具体的活動 不明 SCM の導入成果 不明 5 ⑩ヤクルト27 SCM の導入時期 不明 SCM の導入目的 在庫の適正化とリードタイムの短縮 SCM の具体的活動 不明 SCM の導入成果 不明 ⑪ポッカコーポレーション 28 SCM の導入時期 不明 SCM の導入目的 在庫20%削減・欠品防止 SCM の具体的活動 不明 SCM の導入成果 不明

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⑫富士コカ・コーラ 29 SCM の導入時期 2002年4月 SCM の導入目的 以下の目的達成実現

①物流センターへの製品送り込みを全拠点で実施 ②在庫日数を11日以下にする。 ③納期遵守率100%達成。機械ロスをゼロにする。 ④廃棄コスト20%削減

SCM の具体的活動 ① 需要予測 週単位に予測を行う。また、物流拠点別に階層化構造

をする。 ②出荷計画 在庫管理を本社で一括管理し、需要変動を考慮して在

庫水準を決定する。 ③生産計画 需要予測を元に、在庫、生産サイクル、資産リードタ

イムを考慮し、火曜日に翌週の計画、金曜日に見直し

を行う。 SCM の導入成果 在庫削減

目標値「在庫日数11日以下」に対し、数量ベースで

すでに達成。金額ベースでも13.2日まできている。 繊維 ①ワコール 30 5 SCM の導入時期 不明 SCM の導入目的 在庫削減・物流費削減 SCM の具体的活動 不明 SCM の導入成果 不明 化学工業 ①旭化成 31 10 SCM の導入時期 不明 SCM の導入目的 商品(製品供給)の全体最適化実現 SCM の具体的活動 不明

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SCM の導入成果 不明 ②花王 32 SCM の導入時期 不明 SCM の導入目的 需要予測に基づいた全体最適 SCM の具体的活動 ① 販社制度

花王製品だけを取り扱う流通制度。(図 1-2) ②自社供給体制(図 1-3) ③需要予測方法 商品の出荷特性や予測の基となる過去データ有無

(期間)に基づき、生産計画を行う。 ④輸送の ABC(Activity Based Costing) コストを製品アイテムごとに輸送距離や輸送数量

などのデータ-で要因別に分解・管理し、輸送ルート

の最適化を測る。 SCM の導入成果 需要予測をする事で、新製品の在庫を70%削減し

た。

図1-2 花王の販社制度 5 「花王の流通チャネル」 「一般的な流通チャネル」

* 花王と小売店の直結が可能になった。

花王

花王家庭品販売会社

代行店

小売店

消費者

受注

データ

メーカー

一次卸店

二次三次卸店

小売店

消費者

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作成) 伊藤 出所)『郵政研究所月報』

図 1-3 販社制度

5 商品設計~原材料調達~生産~配送間で製品出荷情報や生産計画などの情報を随時分か

るようにする。 作成) 伊藤

出所)『郵政研究所月報』 ③関西ペイント 33 10 SCM の導入時期 不明 SCM の導入目的 グループ全体の業務効率化とコスト削減 SCM の具体的活動 不明 SCM の導入成果 不明 ④資生堂 34 SCM の導入時期 不明 SCM の導入目的 店頭基点・偏在在庫ゼロ SCM の具体的活動 ① 販社制度

②チェーン制度 ③花椿クラブ ④パートナー21 全国に約2万5000店ある取引先小売店に POS レ

ジシステムの導入 SCM の導入成果 不明 ⑤住友ベークライト 35 SCM の導入時期 不明

原材料メーカー

工場(8工場)

物流拠点(33箇所)

小売店

小売店

消費者

チェーン

共配センター

24時間配送

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SCM の導入目的 納期短縮による顧客の信頼度の向上 SCM の具体的活動 不明 SCM の導入成果 不明 ⑥日本酸素 36 SCM の導入時期 不明 SCM の導入目的 納期確約・内部コスト削減 SCM の具体的活動 不明 SCM の導入成果 不明 ⑦三井化学 37 SCM の導入時期 2001年4月、ポリエチレンとウレタン事業を対象 SCM の導入目的 業務の標準化・効率化・質的向上 SCM の具体的活動 「マニュジスティックス NETWORKS」

「需要計画」、工場ごとの「生産・充填計画」、工場か

ら各物流拠点に対する「在庫配置・転送計画」のシス

テムの一貫性と、最適化や仮説検証などのシュミレー

ションが出来る仕組み。 SCM の導入成果 需要計画シュミレーションが20分で出来る(200

2年4月) 5 ⑧オリンパス光学工業 38 SCM の導入時期 不明 SCM の導入目的 効率 UP SCM の具体的活動 「MARS」

全拠点の計画をひとつに統合し、週単位で計画を作成

し、生産に反映できるようにした。 ①取引先への在庫補充を自動化

SCM の導入成果 ① 2000年度実績に比べて、連結ベースで在庫5

0%削減 ② 市場ニーズへの対応 30%改善 *①と②実現のメドがたった。

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⑨大阪ガス 39 SCM の導入時期 不明 SCM の導入目的 上流(小売)から下流(生産)までの情報一元化・同

期化 SCM の具体的活動 ① POSS システム

売れた分を売れただけ自動発注する常備品自動発注

システム。 *暖冷房機器のように1年のうちごくわずかの期間

のみ集中生産する商品は、POSS 適用が出来ず見込み

生産をしていたので、非 POSS 領域には、科学的手

法の発注支援システムを導入した。 ②生産支援情報システム 迅速生産の為、販売関連情報をメーカーに提供するシ

ステム ③受注生産品納期在庫拡大システム 受注生産品のメーカー在庫数や納期を販売店に情報

公開するシステム ④クロスドッキング配送 メーカーが受注生産品と常備品を一緒に大阪ガス

の物流センターへ一括納入し、大阪ガスでは格納せず

に一晩預かり、翌朝大阪ガスの自動搬送便に混載し

て、販売店へ配送する仕組み。(図 1-4) SCM の導入成果 不明 図 1-4 クロスドッキング配送の仕組み

一括納入 混載配送 作成) 伊藤 5 出所) 福島美明『日本型サプライチェーン経営への挑戦』

日本プラントメンテナンス協会 1999 年 3 月 31 日 第 1 版発行

メーカー

メーカー

メーカー

クロスドッキング (1日だけ預かり)

販売店

販売店

販売店

大阪ガス

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利点:メーカー…直送が不要になり、大阪ガスでの横もちコストを負担しても、トータル

コストの削減になる。 大阪ガス…直送の拡大=在庫減 販売店…直送分の部品がメーカーごとでなく、一日一回で済む。 5 医薬品 ①藤沢薬品工業 40 SCM の導入時期 不明 SCM の導入目的 品切れゼロと在庫削減・物流費削減 SCM の具体的活動 不明 SCM の導入成果 不明 ゴム 10 ①住友ゴム工業 41 SCM の導入時期 不明 SCM の導入目的 顧客満足度の向上・キャッシュフローの改善 SCM の具体的活動 不明 SCM の導入成果 不明 窯業 15 ①日本板硝子 42 SCM の導入時期 不明 SCM の導入目的 コスト削減・社内業務改革 SCM の具体的活動 Business Object

①営業意思決定支援システム ②財務意思決定支援システム 今まで、財務データを意思決定に役立てる為には、開

発とメンテナンスに膨大な工数が必要だった。例え

ば、売上総利益を分析する際借方・貸方の概念を理解

し、適切に足し算・引き算をプログラミングする必要

があり、日常的にも消費者の需要に応じて、そのつど

開発が必要だった。これをセマンティックレイヤー43

上ニ設定するだけで、自動的に分析結果が導き出せる

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ようになった。 SCM の導入成果 不明 鉄鋼業 ①川崎製鉄 44 SCM の導入時期 不明 SCM の導入目的 最適生産、最適供給によるロスの排除 SCM の具体的活動 不明 SCM の導入成果 不明 5 ②新日本製鐵 45 SCM の導入時期 不明 SCM の導入目的 不明 SCM の具体的活動 不明 SCM の導入成果 不明 ③社会法人鋼材倶楽部 45 SCM の導入時期 不明(参考資料時には、まだ SCM 導入以前だった。) SCM の導入目的 ① 鋼材流通における関係企業相互の情報共有化実

現 ②企業間ビジネスの合理化 ③様々な変動に対する迅速な対応 ④情報共有のための業界共通の仕組みを安価に提供

SCM の具体的活動 図 1-5 SCM の導入成果 不明(参考資料時には、まだ SCM 導入以前だった。)

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図 1-5 サプライチェーン構成

作成)伊藤一部改改訂 出所) 研究団体 電子商取引推進協議会、ビジネスモデル WG、SCM ビジネスモデル

SWG p.60

データ更新 データ照合 5 商社・・・需要家からの生産計画に基づき、仕入計画を立て、鋼材メーカーへ発注する。 鋼材メーカー・・・鋼材を母材と呼ばれる、10トン、20トン単位のコイル材に加工し、

出荷する。 コイルセンター・・・母材を各需要家の要求に合わせた形状に加工成形し、出荷する。 10 需要家・・・自動車メーカー、電機メーカー、建設業者等、最終メーカー 非鉄金属・金属製品 ①住友金属工業 46 15 SCM の導入時期 不明 SCM の導入目的 取引先ユーザーとの情報共有 SCM の具体的活動 不明 SCM の導入成果 不明 ②日立金属 47 SCM の導入時期 不明 SCM の導入目的 キャッシュフローの増大、開発期間の短縮 SCM の具体的活動 不明 SCM の導入成果 不明

企業別開示情報 商社

鉄鋼メーカー

インターネット

データベース 物商流情報 注文進捗 在庫情報 検査成績 母材在庫 製品在庫 発注計画 使用予定

コイルセンター

需要家

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日用品 ①ライオン株式会社 家庭品営業本部 48 SCM の導入時期 1989年ごろ検討、1997年岡山県で実験、19

98年岡山において本格稼動開始 SCM の導入目的 物流の効率化をはかり、ビジネススピードの向上 SCM の具体的活動 ① 需要予測は、流通センター別に行う。

②需要予測の算出方法 過去の実績と定例的情報をも基に予測値を出し、補給

担当者の判断により、予測計算を行う。 ③車両管理については、品別・品名別・着地別・発地

別に行う SCM の導入成果 在庫管理の削減 ②ライオン株式会社 LOCOS 推進部 49 5 SCM の導入時期 単純な在庫管理は、1990~1991年に開発 SCM の導入目的 物流の効率化を図り、ビジネススピードを向上させる SCM の具体的活動 在庫管理機能及び生産管理、購買管理、車両管理

①需要予測は、流通センター別に行う。 ②過去の実績値と定性的情報を元に予測値をはじき

出す。 ③全流通センターへの補給コントロールは、補給担当

者3名で行う。 ④車両管理については、日別、品名別、着地別、ハッ

チ別に行う。 SCM の導入成果 在庫削減(在庫責任は営業部門が持っているため、過

剰な在庫は持たないようになってきている。) ③ダン(靴下製造販売)50 10 SCM の導入時期 元々、SCM という言葉自体使わない。“サムライチェ

ーンマネジメント”である。(=志を同じくする侍が

いて初めて成功するネットワークと20年間苦労を

ともにしてきた共栄会に感謝の念をこめた)

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SCM の導入目的 寿命の短い流行に即応できる生産・納品体制 SCM の具体的活動 POS システム

工場は売れ筋商品を製造し、売れない商品の生産を停

止する。最短2日で店頭の売れ筋に沿った製品を納入

できる。

SCM の導入成果 不明 機械 ①住友重機械工業51 SCM の導入時期 不明 SCM の導入目的 顧客対応力の向上・在庫削減 SCM の具体的活動 不明 SCM の導入成果 不明 ②ダイフク 52 5 SCM の導入時期 不明 SCM の導入目的 CS の向上・間接経費の削減 SCM の具体的活動 不明 SCM の導入成果 不明 ③椿本チェーン 53 SCM の導入時期 不明 SCM の導入目的 発注リードタイム短縮・トータル在庫削減 SCM の具体的活動 不明 SCM の導入成果 不明 ④日立建機~山形~54 SCM の導入時期 1999年 SCM の導入目的 グループ全体での財務体質改善と棚卸資産の圧縮 SCM の具体的活動 Oracle Application(1999年導入)

情報が全て日立建機のビジネスフロンティアへアウ

トソーシングされ、山形日立建機にあるクライアント

PC約100台はネットワーク経由のプラウザベース

で活用されている。

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SCM の導入成果 不明 ⑤ブラザー工業 55 SCM の導入時期 不明 SCM の導入目的 市場に俊敏に対応し、質の高い顧客満足の提供の実現 SCM の具体的活動 不明 SCM の導入成果 不明 その他の輸送機器 5 ①石川島播磨重工 56 SCM の導入時期 不明 SCM の導入目的 設計~工場現場の情報共有化により、人・物・金が「見

える」工場の実現 SCM の具体的活動 不明 SCM の導入成果 不明 精密機器 10 ①シチズン時計 57 SCM の導入時期 2000年10月 SCM の導入目的 優れた製品をコンスタンとに提供する SCM の具体的活動 Procure MART

a)EDI 導入 発注から納品・検収までの作業の電子化(サプライヤ

ー間の取引の電子化) b)IDC(Internet Date Center)を利用したアウ

トソーシングサービス SCM の導入成果 不明 ②スター精密 58 SCM の導入時期 不明 SCM の導入目的 納期・在庫量の半減 SCM の具体的活動 不明

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SCM の導入成果 不明 その他製造業 ①エフピコ 59 SCM の導入時期 不明 SCM の導入目的 生産計画や資材の調達・配送計画などの一元化 SCM の具体的活動 不明 SCM の導入成果 不明 5 小売業 ①イオン 60 SCM の導入時期 不明 SCM の導入目的 コスト削減 SCM の具体的活動 ①需要予測に基づいた半自動の受発注システム

② メーカーとの直販 メーカーと小売の間に必ず存在していた卸をはずす。 2002年2月期の計画では、3カ年計画で126箇

所に散在していた物流システムを19箇所、39施設

に置き換える予定。 SCM の導入成果 この一年間で約50億円もメンズ衣料の在庫が削減

した。(2002年6月の在庫は130億円。) ②ジャスコ 61 10 SCM の導入時期 不明 SCM の導入目的 メーカーとの直接取引 SCM の具体的活動 不明 SCM の導入成果 不明 ③ユニクロ 62 SCM の導入時期 不明 SCM の導入目的 全体最適化(小売チェーンだけでなく、取引先も利益

を高めるような最適化 SCM の具体的活動 委託工場の絞込み

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工場との関連性を深めるために、自社社員を常駐させ

る。 SCM の導入成果 不明 米国企業における SCM 導入事例 電気機器 5 ①DELL63 SCM の導入時期 不明 SCM の導入目的 製品の品質・性能・価格・納期・サービスなどあらゆ

る面において常に最高の価値をお客様に提供する。 SCM の具体的活動 ① 直接販売

販売店やディーラーなどの既存の流通を介さず販売

する。 ②注文生産 ③サービス・サポート 1 台 1 台仕様が異なるデルコンピュータの製品情報

は、受注と同時に社内のデータベースに蓄積され、そ

の製品・顧客データベースに基づいてきめ細かいサポ

ートを提供する。 SCM の導入成果 ① 納期5日を実現している。かつて70日あった在

庫日数もわずか7日に縮まり、現在は在庫日数1

日以内を目指している(平成13年3月) ②発注から出荷まで、1996年は40日間であった

のが2001年は12日間。 ③在庫は、3.8日分。(2002年6月)

②HP64

SCM の導入時期 不明 SCM の導入目的 顧客利益の創出(最終目的。当時の目的は、管理可能

な状況の構成であ

った。) SCM の具体的活動 ① SCM ソフトの利用

シンガポール拠点において、アジアにある 11 の販売

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代理店が持つ在庫を管理している。

→しかし、販売代理店が自社の在庫や販売情報を他社

と共有する事に抵抗を感じていて、あまり積極的にな

らないという「IT カルチャーショック」が生じてい

る。

②ポータルサイト“TradeingHubs“

外部向け SCM サービスとして、オークションや市場

の提供サイト SCM の導入成果 不明 ②電気機器メーカーA 社 65 SCM の導入時期 不明 SCM の導入目的 サプライヤチェーン・プロセス(在庫管理・予測・計

画と実行)の更なる効率化 SCM の具体的活動 ① 注文生産

②販売サイトとバックエンドプロセスとの統合 ③協働設計 サプライヤと設計変更情報のリアルタイム共有等を

通じ、協働設計を行う。 ③ サプライヤの管理・支援 3 ヶ月に 1 度、設定した指標(品質等)により評価し、

サプライヤ向けサイトで評価している。 また、サプライヤに対する教育も行っている。

SCM の導入成果 ① 調達のオンライン化 サプライヤからの部品調達の90%がオンライン化

された ②部品在庫の可視性向上と在庫削減 工場内での在庫は、2時間程度である。

③電気機器メーカーE 社 66 SCM の導入時期 不明 SCM の導入目的 変化の厳しい市場のスピードへの対応 SCM の具体的活動 ① アウトソーシング戦略

開発スピードをあげるために、自社内で取り組む事業

と外部に委託する事業の区別。 ②e―マーケットプレースの設立

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需要計画、SCP(Supply Chain Planning)、基準

生産計画などの領域でのコラボレーションの実現 SCM の導入成果 製造要求に対するサプライヤのレスポンス向上

④電気機器メーカーB社 67(EMS業社C社・マザーボード組立、半導体部品メーカーD社との共同で行っている。) SCM の導入時期 不明 SCM の導入目的 情報のリアルタイム共有・効率化 SCM の具体的活動 ① プライベート型マーケットプレース

リアルタイムに単一データベース上で、各企業間の製

造要求や確約などを参照できる。 ② 協働設計 ③組織・体制・アプローチ方法 B 社には C 社社員が数十人常駐していて、製品デー

タ管理等のシステムへのアクセスを許可している。 ④IT の利用

SCM の導入成果 3社間の需要情報の可視性が向上した。 自動車メーカー 5 ①自動車メーカーH 社 68 SCM の導入時期 不明 SCM の導入目的 サプライヤの管理・統制 SCM の具体的活動 ① 部品のモジュール化

②「ジャスト・イン・シークエンス」 モジュール化は、自動車の製造工程の合理化に寄与す

る反面、非常にかさばる為在庫リスクが大きい。その

改善策として、自動車メーカー側の車体の製造と同時

進行でモジュールの製造及び搬送を行う仕組み ③e-マッケットプレースを利用した調達

SCM の導入成果 具体的には、示されていない。

②自動車メーカーF 社 44 SCM の導入時期 不明 SCM の導入目的 サプライチェーン内の可視性を高め、顧客に対して入

手可能性の確約性を行う。

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SCM の具体的活動 ① 注文生産 ②サイトを利用した直販 デルコンピューター社を手本にした ② サプライヤ内の可視性向上 需要側の情報をリアルタイムに伝える ③ Glass Pipeline ディーラー間との情報共有を行う仕組み ⑤サプライヤとの連携強化 オンラインの部品調達システムによりプラスチック

やネジなどの小物部品を対象に、世界のサプライヤ間

で品質と価格を競わせる「オンライン競争入札」を開

始する予定。しかし、2000年 2 月世界の大手自動

車メーカーにより世界最大の自動車部品調達システ

ム「COVISINIT」が設立された事で、部品調達用の

e-マーケットプレースを統合する予定。 SCM の導入成果 SCM に取り組んでいる段階にあるため、明らかな効

果は示されてない。 ③自動車メーカーG 社 69 SCM の導入時期 不明 SCM の導入目的 可視性の高いサプライチェーンの構築 SCM の具体的活動 ① ネット販売サイトの設立

2000年8月時に1ヶ月の訪問者数が100万人

を超え、自動車メーカーサイトでトップになった他、

2000年4月のサイトリニューアルにより在庫検

索数が130%、ディーラーへの問い合わせが85% 増加した。 ②OTD(Order To Delivery)プロジェクト 納期遵守率85%とリードタイムの半減(デリバリー

で7日、注文から製造で7日)を目指す。 a)このために G 社は、ディーラーを起点に、製造

の各段階での入手可能性の確約(Available To Promise)を保証する仕組みを目指している。 b)パターン化されたデザインの適用やモジュール化

された部品を活用する事で生産方式を単純化してい

る。

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③注文生産 ④COVISINIT を利用した企業間コラボレーション

への期待 COVISINIT は、汎用部品の取引を中心に行うe-マ

ーケットプレース SCM の導入成果 納期遵守率は、85%まで上がった。(2000年) ④自動車ネットディーラーI 社 70 SCM の導入時期 不明 SCM の導入目的 市場動向の把握 SCM の具体的活動 ① 注文生産(BTO)

一週間以内に顧客の元に届ける事を最終目標にして

いる。 ②在庫配置の最適化(Locate To Order) 顧客の動向や嗜好などを分析し、その分析情報を自動

車メーカーに提供している。そして、自動車メーカー

はコノ情報に基づき、売れ筋の自動車を配置する事が

できると同時に、この情報と提携先ディーラーの在庫

情報とを比較し、在庫配置の最適化の実現を目指して

いる。 SCM の導入成果 不明(参考資料時には、まだ SCM テスト段階であっ

た。) 小売り ①ギャップ 71 5 SCM の導入時期 不明 SCM の導入目的 顧客が望んでいる商品を適所、適時に配送する SCM の具体的活動 配送システム

各店の発注量を工場段階で梱方(こんほう)し、出荷

する方式 SCM の導入成果 不明

②リミテッド 72 SCM の導入時期 不明

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SCM の導入目的 不明 SCM の具体的活動 情報システムと物流システムをバランスよく組み合

わせる SCM の導入成果 商品企画から店頭に出荷されるまで、約6週間という

短期間で供給(1996年時点) ③ウォルマート 73 SCM の導入時期 不明 SCM の導入目的 コスト削減 SCM の具体的活動 物流の合理化、情報の共有化 SCM の導入成果 ①在庫削減

特に、物流コストについては、他社よりも売上高費で

約1%下回る。 ②調達のオンライン化

輸送 ① Fedex74 5 SCM の導入時期 不明 SCM の導入目的 顧客サービスの実現 SCM の具体的活動 ① 輸送ネットワーク

世界210カ国で毎日330万個の貨物を取り合い、

660機意研究レポート 以上の自社運航機と4万5500台の輸送車両がネ

ットワークを形成する。 ②ロジスティック・ネットワーク パッケージングサービスなどの機能を備えている。 ③IT ネットワーク ④EC インベントリー・ビジビリティー・システム

Fedex に保管された自社製品(部品)の在庫管理をあ

たかも自社の独自製品であるかのように行う。 ⑤EC ウェアハウス・マネジメント ④に対して、規定の在庫数を下回ると荷主企業に通

知する。 SCM の導入成果 顧客企業の固定費削減

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1 (1)雑誌・記事検索 検索エンジン:日外 Web キーワード:SCM、サプライチェ

ーンマネジメント、SCM 導入事例、日本企業の SCM、米国企業の SCM (2)雑誌:『週刊ダイヤモンド』 1999年1月号~2002年12月号 『エコノミスト』2000年1月号~2002年12月号 『東洋経済』2001年1月号~2002年12月号 『日経ビジネス』2002年1月号~2002年12月号 2 福島美明『日本型サプライチェーン経営への挑戦』 日本プラントメンテナンス協会 1999年3月30日

3 アメリカの MIT(マサチューセッツ)大学の研究グループ The International Motor Program 4 stagnation(停滞)と inflation(インフレーション)の合成語。経済活動が停滞して

いるにもかかわらず、インフレが進む状態。(『新辞林 三省堂』) 5 研究レポート『国内の SCM 導入事例調査』

研究団体 電子商取引推進協議会、ビジネスモデル WG、SCM ビジネスモデル SWG 6 福島美明 『日本型サプライチェーン経営への挑戦』 日本プラントメンテナンス協会

1999年3月 30 日 7 福島美明 『日本型サプライチェーン経営への挑戦』 日本プラントメンテナンス 1999年3月 30 日 『週刊ダイヤモンド』ダイヤモンド社 2001年6月9日 p.134

8 『週刊ダイヤモンド』ダイヤモンド社 2001年8月25日号 p.28 『松下電器産業資料』)

9 『エコノミスト』毎日新聞社 2002年5月21日 p.88 『週刊ダイヤモンド』ダイヤモンド社 2001年6月9日 p.129 10 HP『三洋電機』

研究レポート『国内の SCM 導入事例調査』 研究団体 電子商取引推進協議会、ビジネスモデル WG、SCM ビジネスモデル SWG

11 研究レポート『国内の SCM 導入事例調査』 研究団体 電子商取引推進協議会、ビジネスモデル WG、SCM ビジネスモデル SWG

12

研究レポート『国内の SCM 導入事例調査』 研究団体 電子商取引推進協議会、ビジネスモデル WG、SCM ビジネスモデル SWG

13 HP『SCMリサーチレビュー』の中で日立製作所の研究員が語る 14 HP『SCM リサーチレビュー』

URL https://www.fuji-keizai.co.jo/report/index/150205810.html 15 HP『富士通』URL http://fenics.hujitsu.com/featurestory/020909) 16 HP『SCM リサーチレビュー』

URL https://www.fuji-keizai.co.jo/report/index/150205810.html 17 HP『SCM リサーチレビュー』

URL https://www.fuji-keizai.co.jo/report/index/150205810.html 18 HP『SCM リサーチレビュー』

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URL https://www.fuji-keizai.co.jo/report/index/150205810.html 21 HP『キッコーマンの物流革新』 URL http://www.itssp.gr.jp/MEMBER/SCM_JIREI/5-58kikkouman/scm_5-58kikkouman.htm

渡瀬正美『Computopia』 コンピューターエージ社 2002年3月号 20 HP『SCM リサーチレビュー』 URL https://www.fuji-keizai.co.jo/report/index/150205810.html 22 HP『SCM リサーチレビュー』 URL https://www.fuji-keizai.co.jo/report/index/150205810.html 23 HP『SCM リサーチレビュー』

URL https://www.fuji-keizai.co.jo/report/index/150205810.html 24 HP『SCM リサーチレビュー』

URL https://www.fuji-keizai.co.jo/report/index/150205810.html 25 『日経ビジネス』日経 BP 社 26 HP『SCM リサーチレビュー』

URL https://www.fuji-keizai.co.jo/report/index/150205810.html 27 HP『SCM リサーチレビュー』

URL https://www.fuji-keizai.co.jo/report/index/150205810.html 28 HP『SCM リサーチレビュー』

URL https://www.fuji-keizai.co.jo/report/index/150205810.html 29研究レポート『国内の SCM 導入事例調査』 研究団体 電子商取引推進協議会、ビジネスモデル WG、SCM ビジネスモデル SWG

30 HP『SCM リサーチレビュー』 URL https://www.fuji-keizai.co.jo/report/index/150205810.html

31 HP『SCM リサーチレビュー』 URL https://www.fuji-keizai.co.jo/report/index/150205810.html

32 HP『IT&Wireless NEWS』 URL http://www.hurunosystems.co.jp/it_news/news_01_7_8.html

『週刊ダイヤモンド』ダイヤモンド社 2001年7月21日 p.30 33 HP『SCM リサーチレビュー』

URL https://www.fuji-keizai.co.jo/report/index/150205810.html 34 HP『SCM リサーチレビュー』

URL https://www.fuji-keizai.co.jo/report/index/150205810.html 35 HP『SCM リサーチレビュー』

URL https://www.fuji-keizai.co.jo/report/index/150205810.html

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36 HP『SCM リサーチレビュー』

URL https://www.fuji-keizai.co.jo/report/index/150205810.html 37 HP『SCM リサーチレビュー』

URL https://www.fuji-keizai.co.jo/report/index/150205810.html 38 『日経ビジネス』 日経 BP 社 39 福島美明 『日本型サプライチェーン経営への挑戦』 日本プラントメンテナンス協会

1999年3月 30 日 40 HP『SCM リサーチレビュー』

URL https://www.fuji-keizai.co.jo/report/index/150205810.html 41 HP『SCM リサーチレビュー』

URL https://www.fuji-keizai.co.jo/report/index/150205810.html 42 HP『SCM リサーチレビュー』

URL https://www.fuji-keizai.co.jo/report/index/150205810.html 43 44 HP『SCM リサーチレビュー』

URL https://www.fuji-keizai.co.jo/report/index/150205810.html 45 HP『SCM リサーチレビュー』

URL https://www.fuji-keizai.co.jo/report/index/150205810.html 45 46 HP『SCM リサーチレビュー』

URL https://www.fuji-keizai.co.jo/report/index/150205810.html 47 HP『SCM リサーチレビュー』

URL https://www.fuji-keizai.co.jo/report/index/150205810.html 48 研究レポート『国内の SCM 導入事例調査』

研究団体 電子商取引推進協議会、ビジネスモデル WG、SCM ビジネスモデル SWG 49 研究レポート『国内の SCM 導入事例調査』 研究団体 電子商取引推進協議会、ビジネスモデル WG、SCM ビジネスモデル SWG

50 『日経ビジネス』日経 BP 社 51 HP『SCM リサーチレビュー』

URL https://www.fuji-keizai.co.jo/report/index/150205810.html 52 HP『SCM リサーチレビュー』

URL https://www.fuji-keizai.co.jo/report/index/150205810.html 53 HP『SCM リサーチレビュー』

URL https://www.fuji-keizai.co.jo/report/index/150205810.html 54 研究レポート『国内の SCM 導入事例調査』 研究団体 電子商取引推進協議会、ビジネスモデル WG、SCM ビジネスモデル SWG HP『SCM リサーチレビュー』 URL https://www.fuji-keizai.co.jo/report/index/150205810.html

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55

55 HP『SCM リサーチレビュー』

URL https://www.fuji-keizai.co.jo/report/index/150205810.html 56 HP『SCM リサーチレビュー』

URL https://www.fuji-keizai.co.jo/report/index/150205810.html 57 HP『富士通』 58 HP『SCM リサーチレビュー』

URL https://www.fuji-keizai.co.jo/report/index/150205810.html 59 HP『SCM リサーチレビュー』

URL https://www.fuji-keizai.co.jo/report/index/150205810.html 60 寺山正一 『日経ビジネス』 日経 BP 社 2002年8月19日 p.24~42 61 HP『SCM リサーチレビュー』 URL https://www.fuji-keizai.co.jo/report/index/150205810.html 62 『日経ビジネス』 日経 BP 社 63 伊藤邦雄『コンポーレントグランド経営』 経営日本経済新聞社 2000年3月6日 『日経ビジネス』 日経 BP 社 2002年6月10日号 p.43~44 HP『DELL』 URL http://www .ric.co.jp/sol/pdf/0207SCM.pdf 64 HP 『企業間取引の事例』Ms.Barbare E.Beebe 等による1999年12月3日の

ヒアリング調査 65 研究レポート 『欧米の SCM 導入事例調査』電子商取引推進協議会、ビジネスモデル

WG、SCM ビジネスモデル SWG 平成13年 66 研究レポート 『欧米の SCM 導入事例調査』電子商取引推進協議会、ビジネスモデル

WG、SCM ビジネスモデル SWG 平成13年 67 研究レポート 『欧米の SCM 導入事例調査』電子商取引推進協議会、ビジネスモデル

WG、SCM ビジネスモデル SWG 平成13年 68 44研究レポート 『欧米の SCM 導入事例調査』電子商取引推進協議会、ビジネスモデ

ル WG、SCM ビジネスモデル SWG 平成13年 69 研究レポート 『欧米の SCM 導入事例調査』電子商取引推進協議会、ビジネスモデル

WG、SCM ビジネスモデル SWG 平成13年 70 研究レポート 『欧米の SCM 導入事例調査』電子商取引推進協議会、ビジネスモデル

WG、SCM ビジネスモデル SWG 平成13年 71菅原正博 HP『研究レポート 次世代型リテール SCM 戦略の展望』 72菅原正博 HP『研究レポート 次世代型リテール SCM 戦略の展望』菅原正博 73 HP『ウォルマートの競争力の源泉』 URL http://www.ndic.jp/topics/rjjvqh000000rmwe.html 74 『日経ビジネス』 日経 BP 社

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第 2 章 SCM の起源 ―リーン生産システム・日本的生産システム―

<目次>

はじめに―SCM の提唱者、語源を探る― 5 第 1 節 IMVP のリーン生産システムについての評価 第 1 項 IMVP の問題意識・研究の視点 第 2 項 IMVP の生産システム分類 第 2 節 リーン生産システムの特徴(Ⅰ)組立工場のシステムにおける特徴 第1項 生産性、品質、作業スペース、在庫量 10 第2項 段取り替え時間 第3項 労使関係 第 4 項 品質管理・設備保全と改善 第 3 節 リーン生産システムの特徴(Ⅱ)製品開発における特徴 第 1 項 製品多様化とモデルの寿命 15 第 2 項 製品開発とエンジニアリング 第 4 節 リーン生産システムの特徴(Ⅲ)販売における特徴 第 1 項 大量生産メーカー、ディーラー、消費者の関係 第 2 項 リーンなメーカー、ディーラー、消費者の関係 第 5 節 リーン生産システムの特徴(Ⅳ)サプライヤシステムにおける特徴 20 第 1 項 日米分業構造の特徴(外注比率・サプライヤ数) 第 2 項 日本の一次サプライヤの役割 第 3 項 日本の二次サプライヤの役割 第 4 項 完成車メーカーと部品サプライヤの結合関係 第 5 項 リーンな部品供給の特徴(Ⅰ)「コスト・品質面での優位」 25 第 6 項 リーンな部品供給の特徴(Ⅱ)「部品業者団体」 第 7 項 リーンなサプライヤシステムのまとめ 第 6 節 IMVP 報告の限界と SCM 研究班の問題意識 第 1 項 リーン生産方式のモデルと現実の生産構造のギャップ 第 2 項 現実の生産構造を反映した日本的生産システム 30

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はじめに―SCM の提唱者、語源を探る―

我々は、SCM の提唱者探しを行った。この際に、SCMの提唱者、語源が掲載されてい

そうな、学術書を探すために、「CHOIS蔵書検索」を用いて検索。この検索に用いたキ

ーワードは、「SCM」、「サプライチェーンマネジメント」、「SC」、「分業構造」、「産業集5 積」、「下請」、「供給連鎖」、「系列」、「リーン生産システム」、「MIT」、「藤本隆宏」、「植

田浩史」、「渡辺幸雄」であった。

「雑誌記事索引」を使い、新聞記事や雑誌、文献などをあたり、SCMと記述のある最

も古いものを探していった。使った検索エンジンは、「日外Web雑誌記事索引」1、「in

genta」2、「日経テレコン21」3である。1番古かったもので、93年に日経新聞の10 ネスレの記事で、「サプライチェーンマネジメント本部長」という記述を見つけた。つまり

93年には「SCM」という言葉が存在していたと考えられる。

その後も様々な文献をあたったが、93年以前の記事では、SCMという記述が見つか

らなかった。

途中から、リーン生産システムとの関わりで考えた。90年、リーン生産方式は大量生15 産方式よりも競争力を生み出すことが、MITの報告により明らかとなった。リーン生産

システムという名称はMITがつけた。90年当時、アメリカ人は、系列が競争力を生み

出すとは思っていなかったが、MITは系列が競争力を生み出すと考えた。

米国自動車メーカーは、リーン生産方式のなかの供給連鎖に注目したのではないか。リ

ーン生産方式…自動車産業だけで使われる(MIT報告時ではそうである)。SCMは自動20 車産業以外でも使えるようにしたもので、英語で分業構造をあらわす「SC」という言葉

に「M」をくっつけただけではないのか4。 70年代から80年代にかけて米国自動車産業は、日本自動車産業によって壊滅的なダ

メージを受けた。日本自動車産業が持つ競争力を解き明かすために、MITによる日本自

動車産業のベンチマーキングが行われた。結果、リーン生産方式が日本自動車産業の競争25 力を生み出す源であるとの見解を示めすに至った。リーン生産方式では系列が非常に重要

な要素である。米国(自動車産業)は、系列(サプライチェーン)を重視していなかった

が、系列を管理(マネジメント)することの重要性を認識した。米国の産業、企業が、各々

に合うよう、サプライチェーン管理手法を作り上げていった。この各産業、企業に適合さ

せようと作り上げていったサプライチェーン管理の手法こそがSCMである。ゆえにはっ30 きりとした定義もなく、人によって解釈も取り扱う範囲もバラバラなのではないか。

SCMソフトは、企業の要求から自然とあらわれたもの。

日本の文献にSCMという理論を扱ったものがないのは、日本企業の生産システムでは

系列の存在がもともと当たり前だったから、系列と同様な意味を持つSCMという新たな

言葉を用いようとは思わなかったのではないか。ただ、物流業者にとっては新しく感じら35 れたものだったから、物流を多く取り上げたSCMの本が出ているのではないだろうか。

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第 1 節 IMVP のリーン生産システムについての評価

「リーン生産方式」は MIT の IMVP5が名づけた生産システムの名称である。 リーン生産システムの全貌を明らかにするためには、まず、彼らがどのような問題意識

に基づいてリーンなシステム解明に動いていたのかを知る必要がある。なぜなら、1 つの5 システムを研究し明らかにする行為は、研究者の問題意識を出発点としているために、そ

の問題意識が研究の視点(範囲)、過程、結果、評価に非常に大きい影響を及ぼすためであ

る。 本節では、IMVP の問題意識と研究の視点を示し、彼らのリーン生産方式に対する評価

を明らかにする。なぜ第 1 節で評価を記すのかといえば、我々は、彼らの評価が一面的で10 あると考えており、その後のリーンプロダクションに関する彼らの見解を批判的な視点で

検討できるようにするためである。 第 1項 IMVP の問題意識・研究の視点

15 第 1 項では、IMVP がリーン生産方式を調査・研究するにいたった、彼らの問題意識を

明らかにし、さらに彼らがどうのような視点でリーンプロダクションのモデル化を行った

のかを示す。 1.リーン生産システムについての IMVP の評価 20 (1)IMVP はリーン生産方式について積極的評価をしている。

「リーンな生産は人間がものを作る方法として非常にすぐれているということだ。

リーンな生産によって、多種多様なすぐれた製品を低コストで製造することができる。25 また、工場から経営幹部まで、あらゆるレベルの従業員が仕事にやりがいと満足感を

感じられる、ということも同じように重要である。したがって、全世界の企業はリー

ンな生産をなるべく早く取り入れるべきなのである。」6

「われわれは、リーンな生産があらゆる地域でできるだけ早く導入されることが誰30 にとっても有益なのは明らかだと思う。理想的には、この 10 年以内に実現するのが

望ましい。」7

「リーンな生産は手作り生産と大量生産のそれぞれの最良の部分を結び合わせてい

る。それは、製造単価を下げると同時に品質を著しく向上させ、製品の多様性を広げ35 ながら仕事をやりがい

....のあるものにしていく。」8

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(2)IMVP はリーン生産方式が普遍的な生産方式であるとも述べている。9

「われわれは 5 年の歳月を費やして、自動車産業における大量生産とリーンな生産

との相違を調べてきた。ある時は膨大な内部情報を入手したり業界首脳本人と接触し5 たりできる部内者として、ある時は幅広い視点から現状を批判する部外者として研究

してきた。その結果、リーンな生産原理は世界中のあらゆる産業に適用可能であり、

この生産方式への転換が人間社会に大きな―文字通り世界を変えるほどの―影響を及

ぼすものであることを確信した。」10 10

「われわれの見方によれば、リーンな生産の基本思想は普遍的なものであり、事実、

日本以外の企業でこの方式を学んでいるところも多い。」11 2.IMVP の問題意識 15 IMVP は、リーンな生産システムを積極的に学ぼうとせず、リーンな企業との競争を避

けようとしていた欧米企業に問題意識をいだいた。

「北米や欧州の自動車産業はいまだにヘンリー・フォードの時代とほとんど変わら

ない大量生産システムに依存しており、新たな生産方法(当時はまだ決まった呼び方20 もなかった)を開拓した日本企業にはとても太刀打ちできない―これがわれわれの結

論だった。シェアを拡大していく日本企業には政治的な風当たりが強まっていったが、

同時に欧米企業には日本のライバルに学ぶ気がないように思えた。むしろ、欧米企業

は、貿易障壁などの競争阻害要因を必死で築こうとしていた。これでは、真の問題に

取り組むのが遅れるだけだ。次に景気後退に見舞われたなら、北米や欧州は日本を自25 国の市場から完全に締め出してしまうおそれがあった。そして繁栄への道と、新しい

生産方式が生み出す実り多きビジネスへのチャンスを自ら閉ざしてしまいかねなかっ

た。こうした事態を防ぐには、世界中の自動車メーカーと協力しながら日本の生産方

式―後に昔ながらの大量生産方式に対して、「リーンな(ぜい肉をそぎ落とした)」生

産(Lean Production)と名づけられた―を詳細に研究するのが最も建設的なやり方30 だと我々は考えた。」12

3.IMVP の研究の視点、研究範囲 IMVP は、組立工場の生産システムだけでなく、部品サプライヤとの関係や、販売のや35 り方、製品開発についても研究の範囲とした。組立工場だけを視るのではなく、より広い

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視点でリーン生産方式を捉えている。

「まずわれわれは、自動車生産に必要なすべての作業を調べた。市場調査、デザイ

ン、設計、部品メーカーとの調整、工場の製造工程、そして完成品の販売ならびにサ

ービスである。これまでも自動車産業を理解しようとする試みは多くあったが、工場5 の外にほとんど目を向けなかったために失敗している。確かに製造工程は重要だが、

自動車生産のシステム全体の中では小さな一部分にすぎない。」13 第 2項 IMVP の生産システム分類

10 IMVP はリーン生産システムという生産システムの概念を用いる以上、他の生産システ

ムとの区別の上で、「リーン生産方式」というシステムを捉えているはずである。第 2 項

では彼らの生産方式の分類の仕方をみてみよう。もちろん、これも研究の視点である。 15 (1)IMVP は手作り生産システム、大量生産システムとの関係で、リーン生産システム

の位置づけをしている。これらの関係を図で示せば、図 2-114のようになる。

出所)川上義明「リーン概念の再検討(Ⅱ-2)―MIT・IMVP の研究の検討を通じて―」

『福岡大学商学論叢』第 41 巻 第 4号 p.624 第 2-1 図を借用。一部変更。 20 (2)手作り生産システム、大量生産システム、リーン生産システムとそれぞれの生産形

態は表 2-115のようになる。 表 2-1 各生産システムと生産形態

少量生産、受注生産 中量生産 大量生産、多量生産(※1)

手作り生産システム ○

リーン生産システム ○(※2) ○ ○

1880 年

1950 年

1910 年

手作り生産システム

大量生産システム

リーン生産システム

図 2-1 手作り生産システム、リーン生産システム、大量生産システムの相互関係

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大量生産システム ○

(※1)IMVP の研究者たちは大量生産企業とリーン生産企業を含む概念として多量生産

企業という用語を使用している。 (※2)一品生産が含まれるかどうかは不明(←原注) 出所)川上義明「リーン概念の再検討(Ⅱ-2)―MIT・IMVP の研究の検討を通じて―」

『福岡大学商学論叢』第 41 巻 第 4号 p.626 第 2-1 表を借用。一部変更。 5

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第 2 節 リーン生産システムの特徴(Ⅰ)組立工場のシステムにおける特徴

第 2 節では、リーンプロダクションの特徴の第一番目として組立工場における特徴をあ

げる。IMVP も指摘しているように16、組立工場における生産システムは生産システムに

おける一部分に過ぎない。しかし、組立工場における研究は、多くの研究者によってなさ5 れており、システムを明瞭に示すことが(他の、サプライヤシステム等と比較して)容易

であり、また、「自動車産業の仕事の大部分は組立作業である」17し、「現在の乗用車及び

軽トラックの組立技術は事実上どこでも同じようなものであり、(中略)生産されている車

種が違っても、日本の工場をカナダや西ドイツや中国と比較する意味がある」18。さらに

「北米と欧州に控除を建設することによってリーンな生産を広めようとする日本の自動車10 メーカーが、まず最終組立工場を進出させたという事実がある」19のであるため、組立工

場のシステムを第一に研究することには大きな意義があると考えられる。 第1項 リーン企業の生産性、品質、作業スペース、在庫量

15 IMVP は大量生産方式とリーン生産方式の一つの比較結果として、表 2-220にあるような

指標を出した。日本の生産システム(IMVP が言うリーン生産システム)の生産性、品質

の有効性は明らかであろう。リーンな工場の例としてあがっているトヨタ高岡工場の一時

間あたり生産台数が 16 台なのに対し、大量生産型工場の例としてあがっている GM フレ

ミンハム工場は 31 台であり、明確な生産性の差あらわれている。品質に関しては、10020 台あたり欠陥箇所数の比較で、高岡工場が 45 箇所であるのに対し、フレミンハムは 135箇所であった。 また表 2-321は、生産性と品質以外にもさまざまな面から世界の量販車メーカーについて

IMVP が調査した結果である。この表から、例えばチーム編成率を見てみると、リーンな

自動車産業とそうでないものの大きな違いが分かることだろう(チーム編成がリーンな自25 動車産業にとってなぜ重要なのかは、第 3 節で述べる)。 表 2-2 GM フレミンハム工場とトヨタ高岡工場とフリーモント工場の比較(1987 年)

GM

フレミンハム工場

トヨタ

高岡工場

NUMMI

フリーモント工場

組立時間/台 31 16 19

欠陥箇所数/100 台 135 45 45

作業スペース/台 8.1 4.8 7.0

平均部品在庫 2 週 2 時間 2 日

原注)作業スペースの単位は平方フィート 出所)ジェームズ・P・ウォマック他『リーン生産方式が、世界の自動車産業をこう変え30

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る。』p.104 図 3-2 を借用、経済界、1990 年 1 月 7 日第 1 刷発行 原書)IMVP World Assembly Plant Survey

表 2-3 量販社メーカーにおける組立工場特性 5

日本にある日

本車工場

北米にある

日本車工場

北米にある

米国車工場 欧州全体

生産性(時間/台) 16.8 21.2 25.1 36.2 実績

品質(欠陥数/100 台) 60.0 65.0 82.3 97.0

スペース(平方フィート/台/年) 5.7 9.1 7.8 7.8

手直し部の広さ(組立部の面積に対する %) 4.1 4.9 12.9 14.4 工場レイ

アウト 在庫(日、サンプル部品は 8 種類) 0.2 1.6 2.9 2.0

チーム編成率(%) 69.3 71.3 17.3 0.6

交代制(0=ナシ、4=頻繁) 3.0 2.7 0.9 1.9

指示回数(回/人) 61.6 1.4 0.4 0.4

職階数 11.9 8.7 67.1 14.8

新人訓練(時間) 380.3 370.0 46.4 173.3

労働者

欠勤数 5.0 4.8 11.7 12.1

溶接(全工程に占める%) 86.2 85.0 76.2 76.6

塗装(全工程に占める%) 54.6 40.7 33.6 38.2 自動化

率 組立(全工程に占める%) 1.7 1.1 1.2 3.1

出所)ジェームズ・P・ウォマック他 前掲書 p.116 図 3-7 を借用、一部変更。 原書)IMVP World Assembly Plant Survey, 1989, and J.D.Power Initial Quality Survey, 1989 第2項 リーン企業の段取り替え時間 10 IMVP は、リーン生産システムの特徴を説明する際に、プレス工程の金型の段取り替え

時間に着目している。これは大量生産方式とリーン生産方式の差異がこの金型交換に強く

出ているからである。 15

「大野は米国製の中古プレス機を買って 1940 年代末からひたすら実験を続け、つ

いに型を素早く換える技術を完成させた。1950 年代末には、かつて一日仕事だった型

の交換が実に 3 分やれるようになり、交換の専門家もいらなくなっていった。」22 第3項 リーン企業の労使関係 20

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リーン生産方式には、生産の柔軟性を高めるための従業員との良好な関係がある。

「従業員はトヨタ・コミュニティの一員になった。十分な権利を認められ、終身雇

用を保証され、社宅やレクリエーション施設など会社所有の施設を利用できた。それ5 は欧米の大量生産型企業の労組が勝ち得ていたものをはるかに超えていた。代わりに

トヨタは、従業員の大半が定年までこの会社にいてくれるものと当てにできるように

なった。」23 第 4項 リーン企業の品質管理・設備保全と改善 10 不良品、設備故障等の発生をなくすよう、製品品質を管理し、設備を保全していくこと。

問題の発生原因みつけ解決すること。この問題発見へのアプローチは、トヨタ自動車にお

ける「5W1H」24である。 15

「作業員が欠陥部品を見つけると、彼(日本のトヨタの工場では女性は全くいない)

はタグをつけて品質管理部門に送り、代替部品を受け取る。品質管理部門では欠陥部

品が届くと、その部品をトヨタが「五つのなぜ」と呼ぶものにかける。「五つのなぜ」

は、前章でも述べたとおり、欠陥の発生原因を徹底してつきとめるための手段だ。(中

略)ラインにいる各作業員は問題を発見すると、持ち場の真上にあるコードを引っ張20 ってラインを止める。(中略)高岡工場では、各作業員がラインを止められるが、ライ

ンがとまることはまずない。問題が事前に解決されており、同じ問題は二度と起こら

ないからである。」25

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第 3 節 リーン生産システムの特徴(Ⅱ)製品開発における特徴

IMVP が調査していた時点では、日本企業はまだ製品の多様性を急速に増加させていた

のである。 5 第 1項 製品多様化とモデルの寿命

リーン企業の製品多様化は、以下の引用で示すように、大量生産のそれとは大きく異な

るものであった。 10

「日本ではモデルの寿命が約 4 年だが、欧米では 10 年近い。そのため、あるモデ

ルが誕生してから消えるまでに日本のメーカーは 50 万台(12 万台×4 年)を作るが、

欧米のメーカーはその 4 倍の 2000 万台(20 万台×10 年)を作ることになる。」26

「日本メーカーはリーンな生産の利点を使って、急速に製品範囲を拡張しており、15 4 年ごとにモデルを更新している。1982 年~90 年の間に、実に 47 モデルから 84 モ

デルへと 2 倍近くに増やしたのである。」27 第 2項 製品開発とエンジニアリング

20 1.リーダーシップ リーンな企業では、強い権限を持ち、製品開発に関わる全技術者を指揮できる「主査」

システムを取り入れている(トヨタ以外のメーカーも同様のシステムを持っている)。 25

「リーンなメーカーは、トヨタが始めた『主査』システムのバリエーションを必ず採

用している。(中略)『主査』は(中略)自動車のような素晴らしく複雑に作られた製

品を創造するのに必要な技術者をすべて指揮するのだから、こんな素晴らしい地位は

他にない。 一人の人間が習得しえないほど多様になってしまった技能を要するプロセスを一人30 で指揮する『超職人』が主査である、とも言える。」28

2.チームワーク 大半の欧米企業と比較して、少人数で開発に専念したチームが編成され、製品開発をし35 ている。

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表 2-4 開発チームに必要なメンバー(平均)

欧米の典型的な開発プロジェクト 900 人

欧米の最もチーム力の弱い開発プロジェクト 1412 人

日本の典型的な開発プロジェクト 485 人

日本の「主査」システムを採用している開発プロジェクト 333 人

出所)ジェームズ・P・ウォマック他 前掲書 p.143 より作成

「リーンな開発プロセスにおいては、『主査』が小チームを編成し、以後そのチームは5 開発計画に専念する。(中略)日本の開発チームの理論的一貫性は、クラークと藤本の

調査結果に現れている。二人は、米国または欧州メーカーの典型的なプロジェクトに

おいては、その存続期間中に約 900 人のエンジニアが関係するが、日本の典型的なチ

ームは四八五人程度しかチームに参加しないことを発見した。『主査』システム(中略)

を採用している日本企業は、平均で 333 人のメンバーしか必要としていない。(中略)10 日本メーカーのチームの人数が少ないのは、一つには組織が効率的なので少数の人間

しか必要としないこともあるが、人事異動によるチームの再編成が非常に少ないこと

もあげられる。」29 3.コミュニケーション 15 リーンな企業では、人材、資金と優先順位の問題を、メンバーが対立しながらも解決し

ていく。そのため、この問題を先延ばしする欧米よりも少ない努力で高い品質を得ること

が出来る。 20

「クラークと藤本は、欧米の場合、設計上の重要な決定が遅くなってから下されるこ

とが多いことを発見した。米国の場合、チーム・メンバーが対立を嫌うということが、

その一因となっている。(中略)日本では、チーム・メンバーはグループとして全員が

承諾したことを正確に行う。だから、プロセスの最後ではなく、最初に、人材や資金

と優先順位に関して対立が起きる。(中略)日本のリーンなプロジェクトでは、関係者25 の数は計画発足当初が最も多い。関係する専門家が全員勢ぞろいし、『主査』は意見統

一を図る必要のある難しい問題をすべてグループの前に出す。開発計画が進行し、市

場評価及び製品計画といった専門家が必要ではなくなるにつれて関係者の数は減って

いくのである。 逆に、大量生産における設計では、関係者は当初ごく少数だが、新車発表が間近に30 なると最も多くなり、最初に明確にしておくべきだった諸問題を解決するために数百

どころか数千人の余分な人間が投入される。(中略)リーンなメーカーでは、問題が増

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殖しないうちに修正する努力を惜しまず、結果として努力の総量ははるかに少なくて

済み、高い品質を得られる。」30 4.同時開発 5 開発を同時に行う(例えば下の引用のような自動車用パネルと金型)ことで、短い製品

ライフサイクルに対応できるようになる。

「大量生産の金型製造の方法は単純だった。製品設計者がプレス部分の正確な仕様書

を渡すまで待ったのである。(中略)製品設計者が新しい金型一式を注文した最初の日10 から、金型が自動車用パネルのプレスを開始するまでの全開発期間は約 2 年である。 対照的に、最良のリーンなメーカーは、ボディ設計と同時に金型生産を開始する。

(中略)金型設計者とボディ設計者が直接顔を合わせて仕事をしている(中略)最良

のリーンなメーカーは、1 年で新車用の生産体制の整った完全な金型一式を生産でき

る。これは典型的な大量生産方メーカーが金型製造に要する期間の半分である。また、15 この工程に要する工具の数も在庫も少なく人的努力が少ないのも当然といえる。」31

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第 4 節 リーン生産システムの特徴(Ⅲ)販売における特徴

大量生産企業におけるメーカー、ディーラー、消費者の関係は、リーンな企業における

それらの関係と全くの反対であった。 5 第 1項 大量生産メーカー、ディーラー、消費者の関係

1.大量生産メーカーとディーラーの関係 大量生産企業とディーラーとの関係は敵対的であった。 10

「米国においては当初から自動車市場の需要に大きな変動がたびたび起こ

った。そのためメーカーには、生産を増減させる必要が生じた際の緩衝材機

能をディーラーに求める傾向があった。」32 15 2.ディーラーと消費者の関係 ディーラーと消費者の関係も敵対敵であった。 「ディーラーと顧客の間にも緊張があった。ディーラーが価格を上下させて「交渉」に及20

んだからである。(中略)ディーラーと顧客は決して長くつきあわない。

そのためお互いに信頼感がなかった。交渉をできるだけ有利に運ぼうと、

どちらも情報を出し惜しむ。ディーラーは製品に関する情報を、消費者

は自分の希望をはっきりと言わない。結局は、どちらも損をすることに

なる。」33 25 第 2項 リーンなメーカー、ディーラー、消費者の関係

1.能動的な販売システム 30

「ディーラーの社員が定期的に、サービスエリア内のすべての世帯を訪問する。売

り上げが落ち込んだり、セールスマンの勤務時間が長くなったり、工場がもはや生産

を維持するのに充分な注文を確保できないほど販売成績が落ち込んでしまった場合に

は、生産スタッフが販売員として狩り出されることもある(中略)リーンな販売シス

テムは、日本市場のほぼすべての消費者を定期的に調査しているので、製品開発シス35 テムの第一段階と言える。」34

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2.購入者の情報(車の買い替え予定時期等)を製品開発にフィードバックさせるシステ

「カローラ・ルートは、製品開発工程と直接結びついており、このルートでの販売5 が予定される新車の開発期間中、この販売チャネルのスタッフも開発チームに狩り出

される。実際、こうしたスタッフは製品開発に非常に貴重な貢献をする立場にいる。

(中略)真にリーンな流通システムは、おそらく、市場の実態に根ざした、あるいは

それと非常に密接な関係を保った生産システムを必要としている。」35 10 3.余分な在庫のないシステム

「流通システム全体でも三週間分の完成車しか抱えておらず、その大部分はすでに売

約済みである。(中略)リーンな販売システムによって、在庫コストは大幅に削減され、

工場内の生産の流れは円滑となる。」36 15 4.顧客を囲い込むシステム

「日本のシステムでは、一人の顧客から長期にわたって最大限の売り上げを得ること

を目的としている。(中略)リーンな販売システムは購入者に販売店への忠誠心を植え20 付け、シェアの維持がはかられる。」37

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第 5 節 リーン生産システムの特徴(Ⅳ)サプライヤ・システムにおける特徴

大量生産型の自動車メーカーと部品サプライヤの関係とリーンなそれらの間の関係では

性格が異なる。大量生産型のメーカーとサプライヤの関係が敵対的であるのに対し、リー

ンな自動車メーカーと部品サプライヤは協調体制にある。 5 第 1項 日米分業構造の特徴(外注比率・サプライヤ数)

1.日米部品外注比率 10 日本の自動車企業の外製比率(製造コストに占める部品・材料・外注費用の割合)は平

均すれば 70%以上で、米国自動車産業などに比べて高い傾向があったことが知られている。

フォードのルージュ工場のように、かつて大量生産型の完成車企業は垂直統合を強め、

部品などのない成果を 100%近くにまで進めたことがある。だが、近年では、企業によって

違いがあるもののビッグ・スリーはサプライヤへの依存度を高めつつある(表 2-538参照) 15

表 2-5 ビッグ・スリーと日本企業における部品の外注比率比較(推定)

GM 30% (43%)

フォード社 50% (55%)

クライスラー 70% (75%)

日本企業 約 75%

原注)( )カッコ内は別の推定

出所)川上義明「リーン概念の再検討(Ⅱ-2)―MIT・IMVP の研究の検討を通じて―」

(『福岡大学商学論叢』第 41 巻 第 4号 p.820) 20 原書)総合研究開発機構『米国製造業の復活に関する調査研究』1995 年, p.53 2.日米サプライヤ数比較

日本の完成車メーカーが直接取引している企業の方がビッグ・スリーが直接取引きして25 いる部品企業よりはるかに少ない(表 2-639参照) 「[リーンな企業は]大量生産型企業と比較すると、取引業者数は、約 3 分の 1 から 8分の 1 である。その理由は、リーンな企業はシートならシート全体を一括して第一列の納

入業者に発注するからだ。」40 30

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表 2-6 ビッグ・スリーとトヨタ自動車のサプライヤ数比較

GM 6,000 社

フォード社 50,000 社

クライスラー 3,000 社

トヨタ自動車 約 300 社(225 社)

原注)( )内は協豊会企業

出所)川上義明 前掲書 p.825

原書)総合研究開発機構『米国製造業の復活に関する調査研究』1995 年, p.54,69,および

その他の資料 5 第 2項 日本の一次サプライヤの役割

「トヨタは第一列の部品メーカーに対し、お互いに協力して設計過程の改善策を探

るように働きかけた。たいていの部品メーカーは一種類の部品を専門に作っていたか10 ら、同列のメーカーと競合関係にはなかった。そのため情報を交換しても支障がない

ばかりか、お互いの利益になった。」41

「第一列の業者は、通常、第二列の業者―特定の部品だけを製造している独立した

企業―のチームを抱えている。またこれらの企業も、部品供給ピラミッドの第三層あ15 るいは第四層の業者を抱えている。最後の層の企業群は、第二列の業者から渡された

図面に従って各部品の製造を行うだけである(中略)。 第一列の業者は、企画直後から製造開始の 2,3 年後まで、メーカーの開発チーム

に社員技術者を常駐させる。こうした部品メーカーの技術者にも助けられて製品企画

が完了すると、自動車のさまざまな部品―サスペンション、電気系統、ライト、シー20 ト、ステアリングなど―の案はその部分の専門業者に引き渡され、設計の詰めに回さ

れる。そうした過程を経て、第一列の部品業者は契約に見合った性能を持つ完成車の

部品について、設計・製造両面の全責任を負うことになる。 こうした供給体制をとると、メーカーはある種の部品やシステムに関して、実際に

は比較的少ない知識しか持っていないことになる。(中略) 25 [だが、]リーンな企業は、自動車の成功のカギとなる部品に関しては、その詳細な

設計を部品メーカーに依頼したりしない。特許のからむ部分や、消費者の目につきや

すい部分がそうだ。通常、自動車メーカー自身が内部で生産する主な部品は、エンジ

ン、トランスミッション、ボディパネルであるが、多機能な電子システムもそうなる

傾向にある。 30 自動車メーカーが技術面にあまり精通しておらず、もっぱら外部の単一業者に依頼

しているような部品に関しても、リーンな自動車メーカーは、部品メーカーの生産コ

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ストや品質に関してできるだけ多くの情報を得ようとする。 (中略)[部品の生産コストや品質に関する機密情報の、自動車メーカーと部品メー

カー間での交換を可能にする]システムは、コスト、価格、利益を決定するための合

理的なフレームワーク[いわゆる基本契約]が存在するがゆえに有効に働く。このフレ

ームワークのおかげで、両当事者は、お互いに腹のさぐり合いをするよりも、お互い5 の利益のために協調体制を望むようになる。」42

第 3項 日本の二次サプライヤの役割

「第二列のメーカーの任務は第一列の部品メーカーが必要とする部品の組立である。10 第二列の部品メーカーは製造段階に特化していて、製品設計には弱くても、製造技術

と工程運用の経験には優れていた。」43

「第二列のメーカーは製造工程のスペシャリストで、特定の部品で競合する立場に

はない。そのため、各メーカーの横のつながりを作るのは簡単だった。各メーカーは15 新しい製造技術に関する情報を交換できるようになった。」44

第 4項 完成車メーカーと部品サプライヤの結合関係

(1)リーンな企業は、部品サプライヤを垂直統合しない。また、部品サプライヤを市場20 関係のみによって結びつけ、完全に独立した企業にしておくこともしない。トヨタ自動車

が、部品を発注する一次サプライヤと資本的な結合関係を結び、ついでこのサプライヤ間

で株式の持合が行われるようになった。 (2)トヨタ自動車では、一次サプライヤに対して、新製品開発に必要な機械の購入資金25 を貸すことも多い。 (3)トヨタ自動車は、2 通りの方法で部品サプライヤグループと人的関係を持った。1つは、作業量が増えたときのワーカー派遣であり、もう 1 つは、トヨタ自動車でトップに

つけない幹部を部品サプライヤの幹部につけることである。 30 第 5項 リーンな部品供給の特徴(Ⅰ)「コスト・品質面での優位」

1.価格決定とコスト分析 35 (1)開発・設計段階

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自動車メーカーが完成車の目標価格を決定して、自動車メーカーと一次サプライヤがその

目標価格内で完成車を製造し、両者に適当な利益がでるように、生産の各段階のコストを

分析し、各部品のコスト削減を可能にする要素を特定する(「価格に部品メーカーのコスト

を足す」という発想から、「製品価格をいかに安くしていくか」という発想への転換)。そ

して一次サプライヤと自動車メーカーの取引に入る(価格交渉ではなく、目標達成と受注5 側の利潤確保をはかるための取引)。 (2)生産段階 さらなるコスト削減をするために、各生産段階のコストを詳細に分析し、コスト切り下

げ可能な限界を割り出し、それをコスト削減の目標に設定する。この目標は、新しい機械10 設備の導入、部品の再設計など漸次改善をはかることによって達成される。 (3)コスト分析の厳密さ 生産設備の起動がすぐできる。頻繁かつ短時間、中断なしに作業が行われる。それによ

って、正確なデータがすぐ手に入るのである。 15 2.低下し続ける部品価格(同一モデル存続中) (1)学習曲線 原料コストや賃金が多少上昇したとしても、学習によるコスト削減効果がそれを上回り20 部品価格を低くできる。また、生産工程に改善を重ねることによって、ずっと学習曲線の

勾配はさらに急になる。 (2)利益の配分方法

自動車メーカーと一次サプライヤ双方の努力でコスト削減を実現した場合、これは両者

で分配し、一次サプライヤのみの努力でコスト削減を実現した場合は、一次サプライヤが25 その利益をすべてもらえるようになっている。 (3)ランニング・チェンジとコスト リーン生産方式では、新しいモデルでも最初から期待通りの性能を示すことが多いので、

あまりランニング・チェンジを行わずにすむ。それにより、ランニング・チェンジによっ30 て生ずる価格調整もしなくともすむようになる。 3. 部品の納入方法 (1)JIT 生産方式 35

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「膨大な数の部品メーカーを、ヘンリー・フォードのハイランドパーク工場のよう

な 1 つの大きな機械に仕立てようと考えた。各工程に対し、後工程の要請があってか

ら部品を作るように指示したのである。このシステムは、後工程に部品を運ぶコンテ

ナによって機能していた。つまり空のコンテナが前工程に戻ってくることが、部品を

作れという合図になった。」45 5 (2)生産の平準化

「リーンな生産の特徴は、生産する製品の種類の変更が驚くほどの融通性で行われ、

しかもわずか数時間前の通知で済む点である。一方で、このシステムは、生産される10 自動車の総数の変動に非常に敏感である。従業員が固定コストとなっている(雇用保

障のため)場合、この種の変動に適応するのは非常に難しい。」46 (3)生産量の変更がある場合 15

「日本では、発注者が部品業者に対し、生産量の変更を前もって知らせている。い

つまでも変更が続くようなら、発注側は部品業者とともに改善策を考える。欧米の自

動車メーカーと違って、おいしい部分を社内で独占しようとはしない。日本では、い

い時と同じように悪いときも分かち合うというのが週間だ。部品業者は、自動車メー

カー自身の従業員と同様に固定コストと考えられている。」47 20 (4)サプライヤの品質管理

「部品業者は、多くの場合、工場内にトラブルを処理するための常駐技師を配置し

ている。その技師が欠陥を解決できない場合には、自動車メーカー側の技術者にも来25 てもらう。しかし、この出張は取り調べのためではなく、むしろ両者の問題解決使節

としての意味合いが濃い。」48 第 6項 リーンな部品供給の特徴(Ⅱ)「部品業者団体」

30 1. 一次サプライヤ間の情報の共有 部品業者団体は、同じ自動車メーカーに部品供給を行う一次サプライヤで構成されてい

る。一次サプライヤの中には、二次サプライヤの団体を備えているところも多い。これら

の組織は、より優れた部品生産方法に関する新たな情報を分け合うことを目的としている。 35

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2.自動車メーカーと取引するサプライヤ数 自動車メーカーと取引するサプライヤ数は、高価な機械設備を必要とする大規模で複雑

な部品例えば燃料タンクなどを作るサプライヤでは一社であるのに対し、単純な部品を作5 るサプライヤでは複数社ある。 ではなぜ複数の部品業者に発注するのだろうか。それは価格の引き下げではなく、(価格

は入札ではなく、メーカーと業者の間で最初から決まっている)品質を落としたり、納品

を遅らせたりさせないためであり、自動車メーカーは、サプライヤが品質を落としたりし

た場合には、ペナルティ(一定期間、当該部品に関する取引量を一部他の業者へ移すこと)10 を与えている。これがすべての業者を緊張させ、長期的関係を維持させることに大きな効

果を発揮しているのだ。

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第 7項 リーンなサプライヤシステムのまとめ

リーンな自動車メーカーは比較的少数の一次サプライヤと長期契約を結ぶことによって、

コスト分析や価格設定、利益分配の合理的な枠組みをとっている。同様の契約は 1960 年

以降、一次サプライヤと二次サプライヤの間にも見られる。日本におけるサプライヤとメ5 ーカーとの関係は信頼ではなく、主に、ゲームのルールに秘められた相互依存なのである。 IMVP がいうリーン企業は図 2-249における最上層の完成車メーカーの視点からモデル

化したものであり、完成車メーカーと一次メーカーの関係を中心に調査、報告されている。

図 2-2 日本のサプライヤシステム 10

出所)川上義明「リーン概念の再検討(Ⅱ-2)―MIT・IMVP の研究の検討を通じて―」

『福岡大学商学論叢』第 41 巻 第 4号 p.852 第 2-1 図を借用。一部変更。

原注)(1)縦斜め線(実線)は資本的結合関係と取引関係があることを示す。

(2)縦斜め線(点線)は取引関係があることを示す。 15 (3)水平線(直線・曲線)は資本的結合関係があることを示す。

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第 6 節 IMVP 報告の限界と SCM 研究班の問題意識

第 1項 リーン生産方式のモデルと現実

IMVP はリーン生産方式とは究極的にはトヨタ生産方式であると述べている。50また、5

リーン生産方式は「普遍的」な生産方式51であるとも述べている。 (1)「リーン生産方式とは究極的にはトヨタ生産方式(TPS)である」は正しいか。

IMVP はトヨタ生産方式の競争力の構成要因を完全に把握し、その競争力構成要因を余10 すことなく報告することで、「リーン=TPS」ということができるが、彼らは TPS の競争

力構成要因を完全に把握していない。彼らが把握していない TPS の特質は2つある。1 つ

は、社会的枠組みとしての日本特有のサプライヤ構造を把握していない。もう 1 つは日本

的経営の特殊性である。 日本特有のサプライヤ構造とは、アメリカのような一次、二次サプライヤしかない構造15

とはことなり、三次、四次のサプライヤも存在する。少数一次サプライヤの有効競争52や、

完成車メーカーとの長期継続取引を可能にしているのは、この日本的なサプライヤ構造な

のである。 では、日本的経営の特殊性とは何か。簡単に言えば、終身雇用制や、あいまいな責任、

狭隘な製品市場のことである。例えば、あいまいな責任が多工程持ちを可能にし、狭隘な20 製品市場が、多品種生産を要求するのである。 (2)リーン生産方式は「普遍的」な生産方式である」は正しいか。

(1)より、IMVP 報告によるリーン生産方式が TPS や JPS(日本的生産システム)25

を 100%反映した生産方式ではないことがわかった。したがって IMVP 報告のリーン生産

システムは国際移転可能な、「普遍的」な生産システムであるといえるが、実際の日本の生

産方式をあらわしたものではない。 第 2項 現実を反映した日本的生産システム 30 「リーン」ではなく、「日本的」といった方が、日本に特殊的な生産の要素も入ると考え

られるので、「日本的生産システム」とよんだほうが、「リーン生産システム」とよぶより

もより現実を反映していると考えられる。 35

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1 「日外Web雑誌記事索引」は、国内で刊行され、国立国会図書館が収集した雑誌のう

ち、記事採録の対象として指定する雑誌に掲載された記事に関するデータを収録したもの。

1975年より現在までに掲載された330万件の記事情報が載っている。収録誌は学術

誌、大学紀要、専門誌と中心として、人文・科学・技術・医学・薬学を網羅している。 2 「ingenta」は、1988年から現在までの25000タイトルのさまざまな分

野の洋雑誌の目次データが検索できる 3 「日経テレコン21」は、1975年から前日までの日経4誌(日本経済新聞、日経産

業新聞、日経金融新聞、日経流通新聞)の記事の全文を収録している。 4 英語の雑誌で Managing the supply chain という記述があった。(「Emerald」という雑誌

の1994年9月6日の記事 5 IMVP(International Motor Vehicle Program)国際自動車プログラム

6 ジェームズ・P・ウォマック他『リーン生産方式が、世界の自動車産業をこう変える。』

p.276、経済界、1990 年 1 月 7 日第 1 刷発行 7 ジェームズ・P・ウォマック他 前掲書 p.319 (宇山が漢数字を数字に変換している。

以下も同様に漢数字を数字に直しているが、この変換に関する注は省略する) 8 ジェームズ・P・ウォマック他 前掲書 pp.348-349 9 リーン生産方式が「普遍的」か「特殊的」という問題については、リーン生産方式=ト

ヨタ生産方式と認識するならば、「特殊的」であると考える。詳しくは第 7 節において検

討する。「普遍性」、「特殊性」についての問題にひとつの解答を出しているものに、林正樹

「日本的生産方式の競争力と国際移転可能性」(『商学論纂』第 34 巻 第 5・6 号、1993 年

7 月 20 日印刷)がある。 10 ジェームズ・P・ウォマック他 前掲書 p.20 11 ジェームズ・P・ウォマック他 前掲書 p.22 12 ジェームズ・P・ウォマック他 前掲書 pp.15-16 13 ジェームズ・P・ウォマック他 前掲書 p.17 14 川上義明「リーン概念の再検討(Ⅱ-2)―MIT・IMVP の研究の検討を通じて―」(『福

岡大学商学論叢』第 41 巻 第 4号 p.624 第 2-1 図を借用、一部変更。)

15 川上義明 前掲書 p.626 第 2-1 表を借用、一部変更。

16 ジェームズ・P・ウォマック他 前掲書 p.94 「自動車生産といえば誰でもすぐに思い浮

かべるのが、全ての部品が一緒になって完成車が生まれる組立工場である。この製造工程

の最終段階は重要だが、自動車生産に含まれる人的努力の合計の 15%を占めるにすぎな

い。」

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17 ジェームズ・P・ウォマック他 前掲書 p.96 18 ジェームズ・P・ウォマック他 前掲書 p.96 19 ジェームズ・P・ウォマック他 前掲書 p.96 20 ジェームズ・P・ウォマック他 前掲書 p.104 21 ジェームズ・P・ウォマック他 前掲書 p.116 図 3-7 を借用、一部変更。 22 ジェームズ・P・ウォマック他 前掲書 p.71 23 ジェームズ・P・ウォマック他 前掲書 p.73 24 大野耐一『トヨタ生産方式―脱規模の経営をめざして―』pp.33-35,219。トヨタ生産シ

ステムにおいて、5W というのは、5 つの why であり、「なぜ」を 5 回繰り返すことで、

どうすればよいか(How)もわかってくる。 25 ジェームズ・P・ウォマック他 前掲書 p.100 26 ジェームズ・P・ウォマック他 前掲書 p.87 27 ジェームズ・P・ウォマック他 前掲書 p.150 28 ジェームズ・P・ウォマック他 前掲書 p.140,141 29 ジェームズ・P・ウォマック他 前掲書 p.142,143 30 ジェームズ・P・ウォマック他 前掲書 p.144,145 31 ジェームズ・P・ウォマック他 前掲書 p.146,147 32 ジェームズ・P・ウォマック他 前掲書 p.88 33 ジェームズ・P・ウォマック他 前掲書 p.88,89 34 ジェームズ・P・ウォマック他 前掲書 p.231,233 35 ジェームズ・P・ウォマック他 前掲書 p.223,236 36 ジェームズ・P・ウォマック他 前掲書 p.223,236 37 ジェームズ・P・ウォマック他 前掲書 p.227,233 38 川上義明 前掲書 p.820

39 川上義明 前掲書 p.825

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40 ジェームズ・P・ウォマック他 前掲書 p.181 [ ]内は、本章担当者による。 41 ジェームズ・P・ウォマック他 前掲書 p.81 42 ジェームズ・P・ウォマック他 前掲書 p.181-182 [ ]内は、本章担当者による。 43 ジェームズ・P・ウォマック他 前掲書 p.81 44 ジェームズ・P・ウォマック他 前掲書 p.82 45 ジェームズ・P・ウォマック他 前掲書 p.83 46 ジェームズ・P・ウォマック他 前掲書 p.186,187 47 ジェームズ・P・ウォマック他 前掲書 p.187 48 ジェームズ・P・ウォマック他 前掲書 p.188 49 川上義明 前掲書 p.852 50 ジェームズ・P・ウォマック他 前掲書 p.67 51 ジェームズ・P・ウォマック他 前掲書 p.22 「リーンな生産の基本思想は普遍的なもの

であり、事実、日本以外の企業でこの方式を学んでいるところも多い」 52 たとえば伊丹敬之の「見える手による競争」等。伊丹敬之他(『競争と革新―自動車産

業の企業成長』p.160,161、 1988 年 12 月 22 日発行)。

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第3章 SCMの評価

<目次> はじめに 5 第1節 リーン生産システムとSCMの特徴 第1項 リーン生産システムの特徴 第2項 リーンに対応するSCMの特徴

第2節 SCMの評価 第1項 各特徴のSCMの評価 10 1.提唱者、位置付け 2.システムの分類 3.具体的な企業行動 4.過去の生産システムの研究 5.調査対象、適応範囲 15

第2項 SCMの評価 はじめに 20 私たちは、SCMという経営手法が単純化された概念でしかないことを、第1章におい

て導入事例から導き出した。また、第2章においてはリーン生産システムがSCMの起源

であり、そのリーン生産システムはどのようなものであるかを説明してきた。それらをふ

まえ、リーン生産システムとSCMを比較してSCMとは積極的に評価できるものである

のかを考えていきたい。 25 この章では、SCMを評価するにあたって、リーン生産システムに見られた特徴と比較

していく。それらの特徴がSCMへと変化していくなかで積極的に評価できるようになっ

たのか、それとも単純化とともにその意味を失ってしまったのかを考える。そのため、は

じめにリーン生産システムとそれに対応するSCMの特徴を説明する。そしてその後でそ

れらについて評価し、最後にSCMに対する評価を述べていく。 30

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第1節 リーン生産システムとSCMの特徴 第1項 リーン生産システムの特徴 リーン生産システムにおいて見られる特徴は以下のとおりである。 5 (1)提唱者は存在する…IMVP(5年間と莫大な資金をかけて日本自動車産業を調査) (2)彼らはリーン生産システムの位置付けをしている (3)特徴をシステムの分類ごとに示している (4)具体的な企業行動が書かれている 10 (5)過去の生産システムを十分に研究したもの (6)調査対象は日本自動車産業 (7)リーン生産システムの適応範囲は無限 リーン生産システムは、1980年代に米国において日本企業の攻勢が強くなり、米国15 企業が下向いたときに、特に勢いに差のあった自動車産業において、日本企業はどのよう

にその強さを得ているのかをIMVPが研究したものである。そのために、彼らは5年間

もの時間と莫大な資金をかけ、日本自動車産業を調査した。その結果として、リーン生産

システムというものを発案したのである。ゆえにリーン生産システムの提唱者はIMVP

である。彼らはリーン生産システムを手作り生産と大量生産の間に1950年代ごろ発生20 してきたものであると位置付けもしている。 IMVPはリーン生産システムの特徴を「完成車工場システム」、「販売システム」、「開

発システム」、「サプライヤシステム」の4つの項目に分けて説明している。そして、その

分類ごとに、リーンな企業の具体的な企業行動を示している。もちろんそれは過去の日本

的生産システムを十分研究し、検討したものである。 25 彼らが調査したのは日本の自動車産業であり、その研究を十分ふまえたものであるが、

リーン生産システムの適応範囲は無限にあると主張している。ただし、それについては実

証がまだなされていない状態である。 以上がリーン生産システムの特徴であるが、IMVPが日本の自動車産業を研究し、そ

こから発案したものであるために全体を通して具体的に書かれている。リーン生産システ30 ムも一つの生産システムとして成り立っているのである。 第2項 リーンに対応するSCMの特徴 リーン生産システムに対応するSCMの特徴は以下のとおりである。 35

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(1)提唱者は存在しない(もちろん調査などない) (2)提唱者がいないので位置付けもない (3)特徴をシステムの分類なしに示している (4)具体的な企業行動がない (5)リーン生産システムを単純化したものである 5 (6)調査はしていない (7)SCMの適応範囲は言及すべき人物がいない SCMは、リーン生産システムがIMVPによって公表された後に、それをふまえて取

り入れやすく単純化して自然発生した概念である。ゆえに、提唱者は存在せず、生産シス10 テムのどこに位置付けられるのかもなされていない。 リーン生産システムを単純化したものであるので、そこに見られたような4つの分類は

なく、突然目標や行動が示されている。自然発生した概念であるため、過去の生産システ

ムの研究を調査した人物もなく、適応範囲なども言及すべき人物は存在しない。 以上がSCMのリーン生産システムに対応する特徴であるが、リーン生産システムが単15 純化されただけの概念であり、提唱者もいないことから具体的な経営手法ではなく、生産

システムとして成り立っているとはいえない。

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第2節 SCMの評価 第1項 各特徴のSCMの評価 1.提唱者、位置付け 5 SCMには提唱者は存在せず、SCMという経営手法として提案するための調査も行な

われたわけではない。もちろん生産システムとしての位置付けもされていないのである。

SCMがしっかりとした研究の上に成り立っているわけではないことは評価することはで

きない。 10 2.システムの分類 SCMはシステムの分類をせずに特徴を出しているが、それでは具体的な特徴が示せる

わけがない。かつ全く示されていない。よって、システムの分類をしていないことは評価15 でいない。 3.具体的な企業行動 リーン生産システムに示されているような具体的な企業行動は、SCMにおいて企業レ20 ベルにおいて示されているだけであって、他の産業レベルや生産システムとしては全く示

されていないことから、企業レベルでは評価できるが他のレベルでは評価することはでき

ない。 4.過去の生産システムの研究 25 SCMは過去の生産システムを十分に研究し、検討されて発案された経営手法ではない。

リーン生産システムを単純化して概念化したものである。スローガンとしてしか存在しな

いSCMは評価できるものなのであろうか。 社会科学において学術的には評価できるものではない。なぜなら全く研究せずに示され30 ている経営手法だからである。しかし、取り入れている企業が多く存在するということは

経営者にとっては必要なものなのであろうか。 米国では大量生産方式が主流なために、SCMによってJITの真似事のようなことを

しただけですぐにある程度の効果が示されるのだと考えられる。実際に、米国企業ではそ

れなりに効果が出ているようである。 35 ゆえにスローガンとなっていることによる取り入れやすさについては評価できるだろう。

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また、米国において大量生産方式を行なっている経営者にとっては効果があると評価でき

る。しかし、大量生産ではなく、すでにサプライヤとの協力体制を築いている日本企業の

経営者にとっては意味のないものであろう。 5.調査対象、適応範囲 5 過去の生産システムの調査対象については、調査した人物も存在せず、調査自体が存在

しないのでSCMを評価することはできない。SCMの適応範囲については、取り入れて

いるという企業は多いが、それが無限に広まるものなのかどうか、言及すべき人物も存在

せず、現実の企業においても導入され始めた段階であるために解明されておらず、これら10 も評価することはできない。 第2項 SCMの評価 リーン生産システムとの比較で、SCMを細かく積極的に評価できるかどうかを説明し15 てきたが、基本的にはしっかりとした研究がなされたわけではなく、誰かが提案したもの

でもないためにSCMを積極的に評価することはできない。しかし、スローガンとして曖

昧であるがためにさまざまな企業において簡単にその概念を取り入れることができる。そ

の取り入れやすさについては他の経営手法よりも優れているのではないだろうか。ただ、

取り入れやすい差はあっても米国において大量生産をしているような企業にしか効果はな20 いだろうと考えられるため、全体としてはそれほど積極的に評価できる経営手法とはいえ

ない。

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第4章 日本的生産システムの競争力

<目次>

はじめに 第 1 節 現在の日本自動車産業の競争力 5 第 1 項 競争力の定義 第 2 項 競争の結果を示す指標 第 2 節 競争力を構成する要因 第 1 項 競争力を構築する要因(高い生産性・高品質・製品多様性の同時達成) 第 2 項 高い生産性 10 第 3 項 高品質 第 4 項 製品多様性 第 3 節 日本的生産システムの定義 第 1 項 「生産システム」の定義 第 2 項 「日本的」の定義 15 第 3 項 「日本的生産システム」の定義 第 4 節 日本的生産システムが競争力を作り出す原理(Ⅰ)

―完成車メーカー内の生産システム(狭義の日本的生産システム)と競争力― 第 1 項 JIT 生産システム 1.後工程引き取り方式 20 2.品質管理・設備保全 3.生産の平準化・小ロット生産 4.小ロット生産・段取り替え時間の短縮 5.運搬ロットの縮小 6.少量生産ライン・レイアウト(⊃U字型ライン) 25 7.JIT 生産システムを支える諸技術 第 2 項 日本的労働編成 1.アメリカ的労働編成 2.日本的労働編成 第 3 項 狭義の日本的生産システム 30 1.JIT 生産システムと日本的労働編成の結合 2.狭義の日本的生産システムの構造 第 4 項 狭義の日本的生産システムが生み出す競争力 1.JIT 生産システムにおける生産性・コストと品質 2.日本的労働編成における生産性・コストと品質 35 3.狭義の日本的生産システムにおける製品多様性と生産性・コスト

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―両者のトレードオフ関係を弱める仕組み― 4.狭義の日本的生産システムにおける製品多様性と品質 ―両者のトレードオフ関係を弱める仕組み― 5.製品多様性と在庫リスク 第 5 項 小括(概念図のみ) 5 第 5 節 日本的生産システムが競争力を作り出す原理(Ⅱ) ―サプライヤシステムと競争力― 第 1 項 日本の自動車産業のサプライヤ構造 1.サプライヤの多層性と各階層の特徴 2.日本のサプライヤ構造が生み出す競争力 10 第 2 項 サプライヤシステムが生み出す競争力―機能論的な説明― 1.長期継続取引 2.少数サプライヤ間の有効競争 3.「まとめてまかせること」の効用 4.機能的な相互補完性 15 第 6 節 日本的生産システムが競争力を作り出す原理(Ⅲ) ―広義の日本的生産システムと競争力― 第 7 節 日本的生産システムの競争力は正当に評価できるのか―下請「収奪」の可能性― 20 はじめに

1970 年代以降、日本自動車産業は強い国際競争力をつけてきた。現在においてもトヨタ、

ホンダ等の自動車メーカーは高い競争力を発揮しているようである。しかし、競争力があ

るか否かをどのようにして判断したらよいのか、また、競争力とはそもそもどのような概25 念なのか。本章では、競争力の概念規定から論じはじめ、現在の日本自動車産業に競争力

があることを示す。 次に日本自動車産業にみられる競争力がいかなるシステムの下に構成されているのかを

明らかにする。この際、自動車メーカー内の生産システム(狭義の日本的生産システム)

とサプライヤシステムを研究対象としている。 30 最後に日本的生産システムが競争力を作る一方で、サプライヤを「収奪」している可能

性を示唆する。

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第 1 節 現在の自動車産業の競争力

第 1 項 競争力の定義 5 競争力とは、企業が為替レートの変化、石油価格の高騰といったマクロレベルの外的要

因の変化の中にあって、生産性、品質等のミクロレベルの生産システムを向上、変化させ

ていくことにより競争を勝ち抜いていく能力であると定義する。 10 ただ単に、売上高や、利益、販売シェア等の指標が大きいだけでは、競争力があるとは

考えない。なぜなら競争力は指標で単純に表すことができないからである。競争力の概念

を決めるのは、最終的には製品を購入する顧客である以上、競争力を明確に、具体的に定

義することは困難である。同様の見解として、藤本隆宏、武石彰の意見を記しておこう。 「製品の「競争力」とは、究極のところは顧客(まだ買っていない潜在顧客とすで15 に買っている既存顧客)からみたその製品の魅力度のことであり、その意味で主観的

かつ多面的な概念である。競争力は結局のところ顧客の脳裏で起こる複雑な現象であ

る。したがって、競争力を単純かつ客観的な数値指標で直接測定できるという幻想は

持つべきではない」1 このように、競争力を明確に判断することは、ただ単に指標を分析しても出来ないこと20 を示したのであるが、大まかな、ある程度の競争力は指標でもって判断できると考えたい。

トヨタが 2002 年、1 兆円以上の利益を出したことから、トヨタに競争力があると判断す

ることはおそらく正しい。 25 第 2 項 競争の結果を示す指標

日本の自動車産業の競争力をある程度判断できる指標を示そう。まず、図 4-12であるが、30 これは日本自動車産業の競争力が注目されはじめた 1970 年代からの日米自動車生産台数

の比較である。1979 年末に起こった第二次オイルショックの影響を受けて、日本の自動車

生産台数は、アメリカのそれを上回ったわけであるが、その後も、1993 年まで日本の方が

生産台数で上回っている。 図 4-23は、トヨタ・日産・本田の日本 3 社とビッグスリーの株式時価総額を 99 年から35 2002 年 12 月 6 日までの期間で比較したものであり、現在の日本自動車産業の競争力をあ

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る程度しめしている指標といってよいだろう。 今、トヨタ・日産・本田の 3 社だけを取り上げたのは、日本自動車メーカー全体が競争

力を有しているわけではないからである。また、トヨタ・日産・本田の中でもトヨタの競

争力は群を抜いていると考えられる。これを示すのが、図 4-34である。我々がトヨタを中

心に論文を作っているのも、トヨタが圧倒的な競争力を有している(強烈な「収奪」を発5 生させている可能性がある)からである。 10

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図 4-1 日米自動車生産台数(1970‐1999 年)

―日本的生産システムの有効性―

日米自動車生産台数

0

2,000,000

4,000,000

6,000,000

8,000,000

10,000,000

12,000,000

14,000,000

16,000,000

1970 1975 1980 1985 1990 1995

台数

日本

アメリカ

年 日本 アメリカ 年 日本 アメリカ

1970 5,289,157 8,283,949 1985 12,271,095 11,652,743

1971 5,810,774 10,671,654 1986 12,259,817 11,334,775

1972 6,294,438 11,310,708 1987 12,249,174 10,924,686

1973 7,082,757 12,681,513 1988 12,699,807 11,213,687

1974 6,551,840 10,071,042 1989 13,025,735 10,874,032

1975 6,941,591 8,986,513 1990 13,486,796 9,782,997

1976 7,841,447 11,497,596 1991 13,245,432 8,810,521

1977 8,514,522 12,702,782 1992 12,499,284 9,728,790

1978 9,269,153 12,899,202 1993 11,227,545 10,897,666

1979 9,635,546 11,479,993 1994 10,554,119 12,262,737

1980 11,042,884 8,009,841 1995 10,195,536 11,985,457

1981 11,179,962 7,942,916 1996 10,346,699 11,832,637

1982 10,731,794 6,985,595 1997 10,975,087 12,123,935

1983 11,111,659 9,224,821 1998 10,049,792 12,002,663

1984 11,464,920 10,924,781 1999 9,895,476 13,024,835

作成)宇山(2002) 5 出所)『2000 年 自動車統計年報』 日本自動車工業会

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図 4-2 日本自動車メーカー上位 3社とビッグスリーの株式時価総額

―現在の日本自動車産業の競争力証明―

(2002 年 12 月 6 日現在) トヨタ自動車 11 兆 4797 億円

本田 4 兆 4823 億円

日産自動車 4 兆 3545 億円

ダイムラークライスラー 4 兆 2696 億円

ゼネラル・モーラーズ 2 兆 5840 億円

フォード・モーター 2 兆 1430 億円

5 出展)『日本経済新聞』2002 年 12 月 8 日付

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図 4-3 日本メーカー別生産台数

―トヨタの競争力の証明―

会社別自動車生産台数 日本(1999)

32.35%

13.46%

10.09%

8.10%

2.63%

12.23%

0.45%

9.11%

6.56%

4.79%

0.24%

0.00% トヨタ

日産

三菱

マツダ

いすゞ

本田

日野

スズキ

ダイハツ

富士重工

日産ディーゼル

その他

会社別自動車生産台数 日本(1975-99)

0

500,000

1,000,000

1,500,000

2,000,000

2,500,000

3,000,000

3,500,000

4,000,000

4,500,000

1975 1990 1995

生産

台数

トヨタ

日産

三菱

マツダ

いすゞ

本田

日野

スズキ

ダイハツ

富士重工

日産ディーゼル

その他

5

※ 横軸の目盛りは、1975,80,85,88,89-99 年となっている。

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年 トヨタ 日産 三菱 マツダ いすゞ 本田 日野

1975 2,377,986 2,111,957 533,041 680,726 271,390 445,420 60,472

1980 3,272,090 2,648,674 1,124,213 1,148,755 474,522 991,127 74,611

1985 3,675,185 2,438,520 1,188,636 1,212,681 603,634 1,168,261 71,283

1988 3,980,948 2,239,280 1,253,360 1,225,552 583,682 1,313,991 84,233

1989 3,984,713 2,371,769 1,253,676 1,312,055 546,853 1,375,408 93,759

1990 4,223,371 2,379,634 1,366,508 1,434,787 548,740 1,375,236 101,125

1991 4,050,219 2,323,720 1,407,801 1,381,431 464,503 1,330,648 86,348

1992 3,902,916 2,036,664 1,406,525 1,248,296 458,111 1,196,885 78,091

1993 3,459,840 1,749,814 1,325,407 981,961 376,663 1,126,572 67,063

1994 3,502,212 1,589,393 1,349,636 930,974 384,788 982,124 81,471

1995 3,174,300 1,676,947 1,284,343 770,567 344,302 955,660 80,865

1996 3,500,782 1,662,776 1,221,171 781,363 334,898 1,153,796 81,336

1997 3,421,729 1,671,510 1,175,282 873,127 358,482 1,324,661 66,853

1998 3,086,559 1,528,461 1,092,612 818,476 302,813 1,218,535 32,378

1999 3,212,630 1,336,918 1,001,742 804,891 260,832 1,214,645 44,705

年 スズキ ダイハツ 富士重工 日産ディーゼル その他 合計

1975 180,242 252,072 190,921 26,450 322 7,130,999

1980 503,390 449,867 440,329 47,210 840 11,175,628

1985 824,664 584,908 611,575 36,339 1,055 12,416,741

1988 850,879 654,547 581,932 50,392 521 12,819,317

1989 840,034 609,501 508,412 57,008 602 12,953,790

1990 861,359 691,208 545,606 63,506 629 13,591,709

1991 863,249 664,271 515,653 57,346 557 13,145,746

1992 833,591 603,339 517,554 52,590 437 12,334,999

1993 769,944 527,616 420,580 45,046 362 10,850,868

1994 809,185 480,878 449,429 56,099 392 10,616,581

1995 854,022 486,157 407,146 50,996 345 10,085,650

1996 845,477 555,774 422,964 52,186 440 10,612,963

1997 880,897 536,627 423,117 43,706 401 10,776,392

1998 812,218 602,605 447,196 26,152 435 9,968,440

1999 904,881 651,130 476,107 23,420 432 9,932,333

作成)宇山(2002) 出所)『2000 年 自動車統計年報』 日本自動車工業会

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94

第 2 節 競争力を構成する要因

第 1 項 競争力を構築する要因(高い生産性・高品質・製品多様性の同時達成) 5 自動車産業の高い国際競争力は、どのような要因によって構成されているのだろうか。

よく言われるのは、「高い生産性(コスト)・高品質・納期の速さ」5の3つであるが、「納

期の速さ」は、「製品多様性」という競争力構成要因の一部にすぎない。したがって、本章10 担当者としては、「高い生産性(コスト)・高品質・製品多様性」6を競争力構成要因として

あげる。まずはこれら3つの要因が、どのようにして競争力を構築するのかを考察するこ

とからはじめよう。 15 第 2 項 高い生産性について

ある 2 種類の製品があり、それらの価格以外の条件がすべて同じであるならば、低価格

な製品つまり低コストの製品の方に競争力があることは、間違いないであろう。コスト優

位を作り出すのは、労働生産性の高さ、資材・部品供給の低廉性、低賃金の3つの要因で20 ある。3つ目の要因である低賃金であるが、これは 1980 年代後半には、円高の影響を強

く受け、表 4-17にあるよう、コスト要因として低賃金をあげることは適当ではないだろう。

したがって、コスト要因として残ったのは、労働生産性の高さと、資材・部品供給の低廉

性であるが、後者は低賃金と労働生産性によって決定され、低賃金がコスト要因ではない

以上、結局コスト要因として残るのは、高い生産性だけなのである。 25

表 4-1 自動車産業の賃金率の国際比較

為替変動ケース 80 年 85 年 86 年 87 年

120 円/$ 100 円/$

アメリカ 15.9 19.7 19.9 20.2 20.2 20.2 自動車

日本 7.0 9.6 15.7 18.9 22.6 27.2

原注)フリンジ・ベネフィットを含む。日本は間接含む。 出所)鈴木良始『日本的生産システムと企業社会』p.8 を元に変更し作成、1994 年 3 月 25日第 1 刷発行、北海道大学図書刊行会 30 原書)『財界観測』53-3、1988 年

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95

では、日本自動車産業の生産性の高さ、または、日本的な生産方式を用いた自動車産業

の生産性の高さは実際どの程度なのだろうか。 前章で詳しくみたように、トヨタのような日本企業をベンチマークしそこの生産方式を

モデル化したものが IMVP のいうリーン生産方式であった。IMVP のリーン生産システム

に関する報告は、欧米にリーンな生産システムを学ばせるためのものであった。したがっ5 て、IMVP の調査の出発点ともいうべき、彼らの問題意識にもあるように、1990 年の IMVP報告以前には、緻密かつ膨大な調査に基づく日本的生産システムの紹介は米国自動車業界

になかったといっても過言ではない。 欧米自動車産業がリーンな生産システムについて学んだとするならば、IMVP 報告後で

ある 1990 年以降であれば、リーン生産方式を学習する以前よりも高い生産効果、成果を10 あげられるようになっているはずであり、また実際に、欧米企業はリーン生産方式を導入

するための改善活動を実施してきたのである。図 4-48をみればわかるように、生産性にお

いて欧米自動車産業は、1989 年の調査のときよりも 1993 年の調査時のほうがより高い生

産性を発揮できている。すなわち、日本的な生産方式を導入している自動車メーカーの生

産性は高い数値を示しているのである。 15

図 4-4 組立工場の生産性推移、比較

組立工場の生産性推移、比較

16.8

21.825.1

36.7

16.217.8

22.925.6

0

5

10

15

20

25

30

35

40

日本(日本) 日本(北米) 米(北米) 欧州(欧州)

生産

性(時

間/

台)

1989年調査

1993年調査

注)( )外は親会社所在地、( )内は工場所在地 出所)藤本隆宏、武石彰『自動車産業 21 世紀へのシナリオ~成長型システムからバラン20 スが型システムへの転換~』p.34、1994 年 10 月 27 日 第 1 刷、生産性出版 原書)J.P マクダフィ助教授を中心とした調査結果 第 2 項 高品質について 25

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96

生産性が高いからといって、それだけが当該製品の競争力要因になるとは考えにくい。

例えば、85 年以降の円高不況期に、日本からの輸出車が強く選好されたのは、当時日米自

動車間にあった圧倒的な品質格差によるものであったといってよいだろう。 では、日本自動車産業の品質の高さ、または、日本的な生産方式を用いた自動車産業5

の品質の高さは実際どの程度なのだろうか。図 4-59を見れば分かるように、日本的な生産

システムを導入している自動車メーカーの品質は高くなっているのである。

図 4-5 組立工場の生産性推移、比較

組立工場の生産性推移、比較

16.8

21.825.1

36.7

16.217.8

22.925.6

0

5

10

15

20

25

30

35

40

日本(日本) 日本(北米) 米(北米) 欧州(欧州)

生産

性(時

間/

台)

1989年調査

1993年調査

10 注)( )外は親会社所在地、( )内は工場所在地 出所)藤本隆宏、武石彰『自動車産業 21 世紀へのシナリオ~成長型システムからバラン

スが型システムへの転換~』p.38、1994 年 10 月 27 日 第 1 刷、生産性出版 原書)J.P マクダフィ助教授を中心とした調査結果 15 第 3 項 製品多様性について

1970 年代以降市場の相対的な停滞化のなかでの企業の競争努力が、モデルチェンジのス20 ピードアップ、モデル数の増加、モデル内の選択幅の拡大を進展させた。この企業の製品

多様化への動きに対する市場の反応が、より一層企業に製品多様化の方向への努力をさせ

ることになった。このように企業と市場の相互作用により、需要はさらに多様化したので

ある。 高度成長期が終わり、「売れない」時代、熾烈な競争のなかで、機能や外観の異なったよ25 り多様な製品を供給し、頻繁に変化させる企業が優位にたったのであった。

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97

第 3 節 日本的生産システムの定義

第 1 項 「生産システム」の定義 5 国際競争力のある日本自動車産業における研究の視点は、完成車メーカーの工場内生産

システムに関するものと、完成車メーカーと一次サプライヤの取引関係に関するものが多

い。「日本的生産システム」は、そういった限定的な....

研究視点によって現実の生産体系を理10 論化したものである。 第 3 章でも言及したが日本自動車産業のサプライヤ構造は、アメリカのそれとくらべ多

層的であった。「多層性」という現実の構造を考慮せず、トヨタに代表されるような日本自

動車産業の競争力を論ずることは、三次サプライヤや、四次サプライヤが完成車メーカー

の競争力になんら貢献しないという前提の元で意味をなす。では、実際に下層のサプライ15 ヤが日本自動車産業の国際競争力に貢献したのか、しなかったのだろうか。結論としては

「貢献した」と考えられる。図 4-2-1、4-2-2 において、日本にある日本の自動車メーカー

の工場と、北米にある日本の自動車メーカーの工場で、なぜ生産性と品質に差が生じるの

だろうか。これは単純に、完成車メーカーの工場内生産システムが効率的に機能し、完成

車メーカーと一次サプライヤの取引が可能10であっても、それら以外のシステム、多層性20 のあるサプライヤシステム等が機能していないからではないか。つまり、「日本的生産シス

テム」としてモデル化された生産方式は、競争力構成要因をすべて反映したものではない

のではないか。 本章ではこのような推論から競争力構成要因として、サプライヤシステムを含めた「広

義の日本的生産システム」が競争力を作り出すメカニズムについて考察していく。なお、25 完成車メーカーの工場内生産システムを中心とした生産システムを「狭義の生産システム」

としている。 2.「日本的」の定義 30 本章で使われる「日本的」という言葉を定義しておこう。「日本的」とは、生産構造的側

面11からみたときに日本に特徴な性質、つまりサプライヤの多層性、製品市場の狭隘さ、

組織における個人責任・権限の不明確さ等を意味している。 35

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98

3.「日本的生産システム」の定義

製品市場の狭隘さ等の生産構造によって規定される完成車メーカー内の生産システム

(狭義の日本的生産システム)と、同様の条件によって規定されるサプライヤシステム。5 狭義の日本的生産システムとサプライヤシステムを合わせて日本的生産システムとする。

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99

第 4 節 日本的生産システムが競争力を作り出す原理(Ⅰ)

―完成車メーカー内の生産システム(狭義の日本的生産システム)と競争力―

5

トヨタ生産方式をまとめ上げた大野耐一氏によれば、JIT 生産システムとは次の引用に

あるよう生産諸過程において無在庫を達成するためのシステムである。 「たとえば、一台の自動車を流れ作業で組み上げてゆく過程で、組付けに必要な部

品が、必要なときにそのつど、必要なだけ、生産ラインのわきに到着するということ

である。その状態が全社的に実現されれば、少なくともトヨタ自工においては、物理10 的にも経営を圧迫する「在庫」をゼロに近づけることができるであろうと考えたので

ある。」12 JIT 生産システムは多くの研究者によって、そのシステムの機能や効果について説明さ

れてきている。しかしながら JIT の生産諸過程の連関を無在庫へ接近させるための諸手法

として体系化し、説明した論文は、私の知る限りあまり見受けられない。本項では JIT 生15 産システムを「無在庫を志向する」という 1 つの方向で、関連するすべての手法を体系化

した鈴木良始氏の考察を基本に論文を作成している。鈴木氏の考察が不十分である箇所に

は、他の研究者の見解を参考にしている。 では、日本的労働編成についてはどうか。鈴木氏によれば日本的な労働編成は、JIT 生

産システムによって初めて合理的要請となる。そこで本論文における日本的労働編成につ20 いても、やはり鈴木氏の考察を基本にしている。

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100

第 1 項 JIT 生産システム

1.後工程引き取り方式

5 工程間の供給連鎖においては、予想の狂い、事務管理上のミス、不良品の発生、設備の

故障等さまざまな要因によって工程間のバランスは崩れる。例えば、後工程においてトラ

ブルが発生した際に、前工程が通常通り生産を続けた場合には、不必要な在庫が発生する

ことになる。このような前工程のトラブルによる在庫の発生を避け、各工程が後工程が必

要とするものを、必要とするときに、必要なだけ生産するようにするために、各工程は後10 工程が引き取った量だけを生産し、それ以上は生産しないようにシステム化すること、こ

れを「後工程引き取り方式」という。図 4-6 はこれを概念して表したものである。 この後工程引き取り方式を可能にするための手段が、いわゆる「カンバン」である。カ

ンバンとは、各工程の生産量を円滑に管理していくための情報システムである。 15

「かんばんは通常、長方形のビニールに入ったカードの形をしている。かんばんと

しては、主に 2 種類が利用されている。すなわち、引き取りかんばんと生産指示かん

ばんである。 このうち「引き取りかんばん」は、後工程が引き取るべき品物の種類と量を指定し

ている。一方、これに対して「生産指示かんばん」は、前工程が生産すべき品物とそ20 の量を示している。」13

システムの概念だけをみるならば、カンバン方式は容易に導入でき活用できるかのよう

な印象を与えてしまうかもしれない。しかしながら、カンバンを調整することは困難であ

ると言及しておこう。完成車メーカーT 社の「???」は次のように発言している。 25 「トヨタは、まず、年初に、今年何台生産しますということを社長や(×)部品会

社に公表する。そうすることによって部品会社は、トヨタは今年コレだけ作るんだ来

年コレだけ作るんだ、だから人とかや設備とかを整えるんですね。それを 3 ヶ月に一

回見直しますさらに一ヶ月前に出る数字が内需で発注するわけです。ところがトヨタ30 はロット生産していないのでつまり注文生産ですね。全部受注に基づいている。そう

すると、それでオーダーを 10 日単位にまとめて平準化するわけです。つまり今日の

生産が100で、 明日が200だと(×)それをならしていく。ところが 10 日単

位でまとめるんだけど、日々の生産はずれますよね。つまり月の発注額が決まっても、

日々の生産はずれますからそれを調整するのがカンバンです。だから作る量が増えれ35 ば看板を増発するし、減ればカンバンを抜くということです。なかなかカンバン方式

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101

を入れてもうまくいかなのは、いったんカンバンを入れると効率が上がったように見

えるんですけど、看板を減らすことができない場所が多くて、そういうフレキシブル

に対応できないので、カンバンがうまくいかない。いれたとたんはなんかJITぽく

なるんだけど、結局生産の変動をどうね、カンバンが調整できるかってことなんだよ

ね。」14 5

図 4-6 後工程引き取り方式

作成)宇山(2002) 出所)鈴木良始『日本的生産システムと企業社会』p.50,51 を元に作成 10

通常の生産方式

A 全工程に生産計

画が示される

B その計画通りに

生産を行う

後工程引き取り方式

生産と実際の

計画にズレが

生じる

C 生産を阻害する

無数の要因

全工程に修正計画をズレが

生じる度に指示することは

不可能

後工程のトラブル発生にか

かわりなく前工程は計画通

り生産する

不必要な在庫発生

A 全工程に生産計

画が示される

B 最終的な生産指示を後工

程の進捗度に連結させる

前工程と後工

程の生産リズ

ムが一致

不必要な在庫が発生

しない

※ 通常の生産方式でも後工程引き取り方式でも A までは同様である。B の実際の生産に移り違

いが現れる。なお、後工程引き取り方式において、C は B によって解消される。

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102

2.品質管理・設備保全 前工程のトラブルによる欠品が後工程の生産停止に繋がる。このような事態は通常の生

産管理方式では緩衝在庫によって回避されるが、在庫を最低必要限度まで圧縮する JIT 生

産システムにおいては、欠品や不良品は直ちに問題として顕在化する。というのも、在庫5 水準が通常の生産方式と比較して極端に低いため、わずかの不良品やごく短時間の設備故

障が後工程の生産を停止させるのである。これに対し、通常の大量生産方式では、数日分

から数週間分の大量な在庫をバッファーとしているため、前工程のこうした問題が実際に

生産上の問題として認識されることはほとんどないのである。JIT システムは、むしろこ

の問題顕在化の機能によって、欠品の原因となる前工程での不良品発生・設備故障等の諸10 原因自体を、問題発生を契機に極力縮減する方向を追及することになり、これを保証する

体制をシステムの不可欠の一環として要求することになる。このようにして JIT システム

にとっては、仕掛品・購入品の高品質・機械設備の安定性等を生産の全連鎖において保証

する体制が不可欠な要素となる。なお図 4-7 は、JIT 生産システムにおける品質管理・設

備保全の機能を明確化させるために、大量生産方式と比較したときの概念図である。 15

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図 4-7 品質管理・設備保全

作成)宇山(2002) 出所)鈴木良始 前掲書 p.51 を元に作成 5 3.生産の平準化・小ロット生産

前工程 後工程

部品Xを30個使える 部品Xを100個生産

不良品、設備故障等発生

前工程 後工程

部品Xを30個使用した 部品Xを30個生産

不良品、設備故障等発生なし

部品Xを30個使える

大量生産方式

JIT 生産方式

(例)後工程で部品Xを30個使うものとすると、

最低30個の生産ですむが、10

0個作ることで、不良品等が発生

した場合のバッファーとした

不良品、設備故障等発生を防ぐ

バッファーストックがない

設備故障等問題が顕在化する

設備故障、不良品発生等の問題を顕

在化させることにより、このような

問題の縮減を追及させることを保障

する体制をシステムの一環として要

求する

(例)後工程で部品Xを30個使ったとすると、

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後工程引取り方式では、前工程は後工程が引き取った量だけを生産するため、後工程が

引き取る量、品目にばらつきが大きいとき、それは前工程の生産に影響を与える。生産の

変動がお起きと、それに随時応えるためには、前もって前工程が在庫を積んだり、時間当

たり最大要求量に対応可能な設備や要因を過剰に用意しなければならない。このような悪5 影響は順次前工程へと波及していくこととなる。この問題を回避するためには、結局、後

工程が引き取る量や品目を平準化しなければならず、これを「生産の平準化」、「平準化生

産」という。平準化生産は、後工程引き取り方式の性格上、順次繰り下がって、結局、完

成品を生産する最終工程から平準化されることとなる。これを図で示したのが、図 4-8 で

ある。 10 このような最終工程における生産の平準化は、前工程の在庫の圧縮にのみ意味を持つの

ではなく、最終製品需要との対応での製品在庫の縮減という意義も担っている。この最終

製品需要に対応させることは、生産品目の頻繁な切り替え(可能ならば一個ごとの切り替

え、一個流しの混流生産、小ロット生産)により可能となる。 これを完成車メーカーT 社の T 工場の内の第 3 組立工場での実地調査15を例にとり説明15

しよう。この組立工場では、作業者は側面につけたパネルの色で車種を判断し、組付ける

べき部品を車体に取り付けており、通常「Y→O→Y→O→Y→O→Y→Y→O→Y→O→O→Y→Y(※

Y…黄色、O…オレンジ)」といような一個流しの混流生産であった(側面につけたパネルが

同色で合っても、オプション等が異なる場合がある)。 この一個流しの混流生産、平準化生産は組立ラインだけで見られるものではなかった。20 我々は完成車メーカーT 社 K 工場の実地調査において、第 9 機械工場におけるシリンダー

ブロックの加工ラインで「… 1NZ → 2NZ → 2NZ → 1NZ → 2NZ → 1NZ …(※1NZ,2NZ

は排気量の違いを意味する)」の順序でシリンダーが流れていたことを確認している。

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105

図 4-8 生産の平準化・小ロット生産

作成)宇山(2002)

解決策

(ⅰ) JIT 生産方式の a だけを防ぐ場合、前工程と後工程の生産速度を同期化させればよい。

(ⅱ) JIT 生産方式の d だけを防ぐ場合、後工程で生産品目の使用回数をそろえればよい。ただし、

製品Xを最初に大量に作り、次に製品Yを大量に作るとしたならば、最終工程において製品Xの在庫

が大量に出てしまう。そこで、製品Xを1個作ったら次に製品Yを1個作り、そしてまた製品Xを1

個作り…、というような1個流しの混流生産が求められる。(一個流しはあくまで理想である。実際

には少量のロット生産となる。)

(ⅲ) JIT 生産方式の a と d の両方を防ぐ場合、小ロット生産が求められる

前工程 JIT 生産方式の場合

後工程引き取り方式のため、

a 前工程生産量<後工程使用量の場合

バッファーストックがないため、後工程

は生産に移れない。

b 前工程生産量=後工程使用量の場合

問題ナシ

c 前工程生産量>後工程使用量の場合

この場合はあり得ない

前工程 大量生産方式の場合

前工程→後工程の順序で生産するため、

a 前工程生産量<後工程使用量の場合

在庫がバッファーとなるため、後工程の

生産を阻害しない

b 前工程生産量=後工程使用量の場合

問題ナシ

c 前工程生産量>後工程使用量の場合

在庫の発生

後工程において、生産量にバラツキが大きい

後工程において、生産品目数にバラツキが大きい

前工程 大量生産方式の場合

前工程→後工程の順序で生産するため、

前工程の生産品目が後工程の生産品目と

一致するため、なんら問題は発生しない

前工程 JIT 生産方式の場合

後工程引き取り方式のため、

d 前工程生産品目数<後工程使用品目数の場合

バッファーストックがないため、後工程は生産

に移れない。

e 前工程生産品目数=後工程使用品目数の場合

問題ナシ

f 前工程生産品目数>後工程使用品目数の場合

この場合はあり得ない

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106

出所)鈴木良始 前掲書 p.52,53 を元に作成 4.小ロット生産・段取り替え時間の短縮 5 最終工程の生産の平準化は、後工程引き取り方式によって、上流工程に遡ってその各工

程に多様な部品の平準化された生産を要求するが、上流工程が単一部品の生産を行う専用

機・専用ラインであれば、平準化への対応は後工程の要求する作業タクトと同期化される

かどうか、および運搬ロットの縮小が問題となるのみである。だが、それ以外の生産工程

の大半は複数種類の部品を同一設備で生産するため、そこにおいては平準化に対応して生10 産品目の頻繁な切り替えによる生産の小ロット化が、つまりそれが可能になる条件設備が

必要になる。この点は、平準化の出発点である最終完成品工程でも同様である。 生産品目の切り替えとは生産設備の稼動を停止して段取り替えを行うことを意味する。

この段取り替えに時間がかかれば、小ロット生産は困難となる。切り替え頻度の増加につ

れて全体としての設備稼働時間が急速に低下するからである。設備停止時間の増加、稼働15 時間の減少は、生産される部品一個当たりの設備費や労務費の点で大幅なコスト上昇をも

たらすことは明らかである。ここから、大量生産の考え方においては、設備が効果で段取

り替えに手間がかかる工程ほど、ロットサイズを大きくすることで生産物当たりの段取り

替えコストの低減を図ること(大ロット生産)が常識であった。しかし、ロットサイズを

大きくすれば工程間仕掛かり在庫の膨張は避けられない。最終工程でも上流の工程でも、20 大量生産方式は、量産による効率を志向し、在庫を許容する生産方式という特徴づけがで

きる。これに対し、無在庫を志向する JIT 生産システムでは、量産効率を考えて作りだめ

するよりも頻繁な品目切り替え、段取り換えを選択するシステムである。最終工程の平準

化生産、生産品目切り替えの極度追及に対応して、後工程の必要なものを、必要なときに、

必要なだけ生産するためには、上流の諸工程での頻繁な段取り替えは避けられない。そし25 て、上流工程のトラブルに対するバッファー在庫を選択するのではなく品質と設備信頼性

の追及を志向したのと同様に、ここで JIT システムは大ロット志向ではなく、逆に段取り

替え時間の短縮を志向するわけである。以上を概念図としたのが、図 4-9 である。

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107

図 4-9 小ロット生産・段取り替え時間の短縮

作成)宇山(2002) 出所)鈴木良始 前掲書 pp.53-56 を元に作成 5 5.運搬ロットの縮小 運搬ロットの縮小は、在庫縮減、生産の流れの確保にとって生産ロットの縮小と同様の10 意義を有する。ラインないし工程を小ロットあるいは一個流し生産にしても、次工程への

運搬ロットが大きければ、ロット単位に達するまで運搬待ち在庫や次工程へ運搬後の加工

待ち在庫が避けられない。それゆえ JIT 生産システムでは、生産ロット同様、運搬ロット

も小ロット化すなわち次工程への多頻度搬送(あるいは一個流し)が追及される。多頻度

運送のため、運搬コストの低減が必要となってくる。そのため、工程間、工場間の近接、15 隣接が志向されるのである(これを概念図としたのが、図 4-10 である)。なお、完成車メ

ーカーT 社の T 工場では、シートを 11tトラックで 12 台分を 30 分に一回ずつ搬送して

いる。16

大量生産 生産の連続性(効率性)を重視 大ロット生産 大量在庫発生

JIT 生産 在庫縮減を重視 小ロット生産 段取り替え発生

段取り替え時間短縮が必要

吸収

吸収

段取り替え時間短縮に成功

トヨタ自動車のプレス段取り替え時間

1950 年代 2~3時間 1962 年までに15分 1971 年3分

段取り替えコスト(段取り時間÷ロットサイズ)で国際優位が実現

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108

図 4-10 運搬ロットの縮小

作成)宇山(2002) 出所)鈴木良始 前掲書 p.56 を元に作成 5 6.少量生産ライン・レイアウト(⊃U字型ライン) 一般的なライン・レイアウト(専用ライン)において、機械設備は特定生産物のために10 専用化されるのであるから、設備コストの経済性からいってある規模を超える生産量がひ

つようとされる。そのため中小量加工物は、いわゆるジョブショップ方式で生産されるこ

ととなる(一般的なライン・レイアウト、ジョブショップ方式の仕組みは図 4-11、図 4-12で示している)。 ジョブショップ方式の積極面と(大量生産)ライン・レイアウトの積極面を有し、両者15 の消極面を解消した生産方式が少量生産ライン・レイアウトである。ではよく言われるU

字型ラインと、少量生産ライン・レイアウトは何が異なるのか。鈴木氏の意見は次のよう

になっている。

「「U字型ライン=多工程持ち」のその他の[少量生産ライン・レイアウトにはない]20 構成要素はどのような意味をもっているのであろうか。それは、以上の JIT 生産シス

前工程から後工程へ生産物を運搬する場合に…

運搬ロットが大きい

運搬ロットが小さい

運搬後に加工待ち在庫発生

多頻度運送が要求される 運搬コストがかさむ

運搬コストの低減が必要

工程間の近接・隣接

レイアウトが志向さ

れる

工場間の近接立地

が志向される

小ロット生産による在

庫スペース縮減がコレ..

を可能にしている

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109

テムのシステム特性そのもの..........

の達成にとってではなく、ライン労働生産性の著しい上.............

昇.という点にある。ライン労働生産性という点では、単なるライン・レイアウト化を

超えて「U 字型ライン」による「多工程持ち」が意味を持ってくる。」17 鈴木氏はこのように「U 字型」に対し「ライン労働生産性の著しい上昇

..............」という批判的5

な評価をしているが、「U 字型」に対する積極的な評価はしていない。 我々が実地調査した完成車メーカーT 社 K 工場の第 9 機械工場においても U 字型ライ

ンを導入していたが、U 字型である理由として「作業者がお互いにコミュニケーションを

取れる」という説明がなされた18。これは「U 字型」を積極的に評価できる 1 つの点であ

ろう。 10

図 4-11 一般的なライン・レイアウト

作成)宇山 出所)鈴木良始 前掲書 pp.56-60 を元に作成 15

原料X 製品X…… 製品X用機械設備3 製品X用機械設備2製品X用機械設備1

製品X用の加工工程

◆1 一般的なライン・レイアウト―大量生産によってメリットが得られる―

メリット (ⅰ) 一個流しで一連の加工ができる ⇒リードタイムが短い、仕掛かり在庫がでない

(ⅱ) ラインで製品を作っていくため運搬費がかからない

デメリット 原料Yを製品Yにかえるためには、Xの場合と同様に専用ラインが必要である

⇒設備コストが高いため、ある一定規模を超える生産量が必要とされる

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110

図 4-12 ジョブショップ方式

作成)宇山(2002) 出所)鈴木良始 前掲書 pp.56-60 を元に作成 5

◆2 ジョブショップ―中小量生産でもメリットが得られる生産レイアウト―

加工 a 用機械設備を

集中設置した職場A

加工 b 用機械設備を

集中設置した職場B

加工 c 用機械設備を

集中設置した職場C

加工 d 用機械設備を

集中設置した職場D

原料X

原料Y

製品X

製品Y

メリット 汎用的な各職場が多種類の加工物によって共同使用される

⇒各々の加工物の年間生産量は少量であっても全体として設備コストの経済性を実現する

デメリット 職場間運搬費と各職場の加工経済性を考えると、

⇒ロット単位の生産と運搬が必要

⇒仕掛かり在庫が大量に発生 リードタイムが長期化する

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図 4-13 ジョブショップ方式から少量生産ライン・レイアウトへ

作成)宇山(2002) 出所)鈴木良始 前掲書 pp.56-60 を元に作成 5

◆3 ジョブショップから少量生産ライン・レイアウトへ―ジョブショップのデメリットを解消する

ジョブショップ方式をライン・レイアウト化することが困難な理由

職場A、B、Cがそれぞれ加工速度の高い機械設備を追及する

工程間バランスではなく、個別工程の効率追求 機械が高価である

(ⅰ) 加工速度の同期化困難 (ⅱ) その機械を特定製品の少量生産

に使用することは経済的に困難である

少量生産のライン・レイアウト化は困難

(ⅰ)、(ⅱ)を解決すれば、少量生産のライン・レイアウト化は可能となる

(ⅰ) の解決方法

低速かつ単純な機械を導入

(ⅱ) の解決方法

a.低速かつ単純かつ汎用性が高い単能機に、加工

物に合わせた取り付け具を装着

b.段取り替え時間の短縮(a.により可能となる)

少量生産のライン・レイアウト化

JIT 生産システムそのものにとっての「U字型ライン」の意義は、ジョブショップからライン・

レイアウトへの展開である。その他(JIT 生産システムそのもの以外)にとっての「U字型ラ

イン」の意義はライン労働生産性の著しい上昇という点にある。⇒日本的労働編成の問題

少量生産は困難 ライン・レイアウト化は困難

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7.JIT 生産システムを支える諸技術 さて、以上みてきたように、JIT 生産システムは、アメリカ的大量生産システムとはそ

の考え方において著しい対象をなしていた。しかし、システムの違いは単に志向の違いに

終わらない。システムを構築する諸要素がそれぞれ、さまざまな技術支えられているので5 ある。一般に JIT 生産方式が言及される場合、それは単に以上に述べたような日本独特の

生産管理方式としてイメージされがちだが、生産方式、生産システムとは生産管理の考え

方・手法であるとともに、それに適合的なかたちでシステムを支えるハードな諸技術の体

系でもあるはずである。 これらの諸技術について考察していくまえに、JIT システムを支える技術の特徴につい10 て記しておこう。JIT システムにおける技術は、実に見栄えがしない、目立たない、細部

の個別的な改良・工夫の集積である。 (1)段取り時間短縮を支える技術 15 はじめに段取り時間短縮を支える技術(手法)についてみてみよう。 ① 外段取りの作業を標準化する

「金型や工具や材料を用意する作業が十分に手順化され、かつ、また標準化されな20 くてはならない。このように標準化された作業は、紙に書いて、作業者がいつでも見

られるように壁に貼っておく必要がある。作業者はその手順をマスターするため、自

ら訓練しなければならない。」19 ② 当該機械の必要部分だけを標準化する 25

「かりに、あらゆる金型の大きさと形が完全に標準化されれば、段取り替え時間は

大きく短縮する。しかし、これには多大なコストがかかる。したがって、段取り替え

に必要な機能だけを標準化することになる。」20 30 ③ スピード締め具を使用する

「通常は、ボルトがもっとも一般的な占め具である。しかし、ボルトはナットを回

しきった最後の一回転で緩むものなので、ナットをひと回しするだけで、ことが足り

るような便利な締め具を考案することが必要である。(中略)ダルマ孔、U 字型のワ35 ッシャー、ネジ山の一部を削ったナットとボルトの使用がそうした例である。」21

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④ 補助用具を使用する

「金型や刃具をプレスや旋盤のつかみに直接装着させようとすると、大変な時間が

かかる。そこで、外段取りの段階で補助用具に金型や刃具を装着させておくようにす5 ればよい。そうすると、内段取りの段階で、この補助用具をワンタッチで機会に嵌め

込むことが可能になる。この方法を取るには、補助用具を標準化しておかなくてはな

らない。」22 ⑤ 並行作業を進める 10

「大型のパンチプレス機や成型機には、左右前後に多くの接合部分がある。このよ

うな機械の段取り替え作業を一人の作業者でやろうとすると、長い時間が必要になる。 しかし、二人の作業者による並行作業がこの種の機械の段取り替えに適用されれば、

ムダな動きを排除し、段取り替え時間を短縮できる。 15 この場合、段取り換えに要した総労働時間は変わらないが、機械の実稼動時間数は

増大する。もし、一時間の段取り換え時間が三分に減れば、第二の作業者もわずか三

分間しかこの段取り替えに時間をとられない。したがって、段取り換え作業のスペシ

ャリストが、パンチプレス機で訓練され、動機のオペレータと協力するわけだ。」23 20 ⑥ 機械を利用した自働段取り替え方式を使う

「金型を取り付ける際、ワンタッチ方式で一度に数ヵ所を締めるのに油圧や気圧を

利用することができる。また、パンチプレスの金型の高さは、電動メカニズムで調整

できる。しかし、こうしたメカニズムは、確かに非常に便利だが、これに多大な投資25 をするのは「本末転倒」というものである。 トヨタは段取り換え時間を 10 分間以下に減らしたが、減らした時間というのは、

もっぱら打ち段取りの時間のほうである。トヨタでさえ、外段取り替えには依然 30分、ないしは 1 時間かかる。これだけの時間幅がなければ、次のロット生産のための

金型に取り替えられない。」24 30 (2)加工速度の同期化を支える技術(設備の性格) 機械の生産能力は、JIT システムの下では、結局、次工程の要求タクトに同期化できる

こと、あるいは段取り替えが容易なことが重要なのであって、これに合致する限りは安価35 な低速機で十分であり、高価・高性能の専用機や高速・大量生産設備を要求しない。そう

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した設備はむしろ高価な設備費の回収や所期の能力を引き出すために能力いっぱいの大量

生産を要求し、それによって工程間バランスを無視した大量在庫をもたらし、生産の流れ

を阻害してしまうのである。 5 (3)品質管理・設備保全を支える技術 品質管理・設備保全を支える技術には、誤作業(部品の取り間違い等)を機構的に防止

する各種多様なバカヨケ(ポカヨケ)25や、生産設備・治工具の各所に不良発生率減少た

めの技術的改良の 2 点があげられる。 10 (4)U字型ライン=多工程持ちを支える技術 (※ 正確には、JIT ではなく日本的労働編成を支える技術である)

「U字型ライン=多工程持ちを支える技術」には「自働化」技術があげられる。「自働化」

を取り入れることにより、第一に作業内容が単純化される。第二に作業者と機械が分離さ15 れることで、人作業時間が増加し、それによってサイクルタイム内の受け持ち可能工程数

が増加する。作業内容が単純化され、また、タクトの受け持ち工程数が増加することで、

多工程持ちが可能となるのである(図 4-14 参照)。

次の引用は、大野耐一氏の「ニンベンのある自働化」に対する考え方である。

20 「「ニンベンのある自働化」の意味は、トヨタでは「自動停止装置付きの機械」をい

う。トヨタのどこの工場においても、ほとんどの機械設備には、それが新しい機械で

あれ古い機械であれ、自動停止装置が付いている。たとえば、「定位置停止方式」とか、

「フルワーク・システム」とか、「バカヨケ」その他、もろもろの安全装置が付加され

ている。機械に人間の知恵がつけられているのだ。 25 この自動機にニンベンをつけることは、管理という意味も大きく変えるのである。

すなわち人は正常に機械が動いているときはいらずに、異常でストップしたときに初

めてそこへ行けばよいからである。だから一人で何台もの機械が持てるようになり、

工数低減が進み、生産効率は飛躍的に向上する。

これを別な面からみてみると人が常についていて異常のときに機械の代わりをする30 ことは、いつまでたっても異常がなくならないということである。(中略)異常があれ

ば機械をとめるということは問題を明らかにするということでもある。問題がはっき

りすれば改善もすすむ。

したがって私はこの考え方を発展させて、人手作業による生産ラインでも異常があ

れば、作業者自身がストップボタンを押してラインを止めるようにした。」26 35

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このように、「自働化」は起動と加工物の着脱および異常の修復処置を作業者に残したた

め「自動化」としては不完全ではあったが、高い効果を発揮した27。また異常検知方法も

高価なメカニズムを避けたため、安価であった。なお、「自働化」は積極的な面だけでなく、

消極的な面も有している。「自働化」を考える際に注意すべき点は、「自働化」は労働生産

性を著しく引き上げる働きをすることにある。 5

「「自働化」(中略)は、(中略)在庫を減らして生産に流れを作り出すために必要と

いうよりも、むしろラインの労働生産性を著しく引き上げるところに最大のメリット

がある。その点では、厳密にいうと、この技術は JIT そのものというよりむしろ(中

略)日本的労働編成とかかわり合う技術という方が適切である。」28 10

図 4-14 U字型ライン=多工程持ちを支える技術と「自働化」の関係

作成)宇山(2002) 出所)鈴木良始 前掲書 p.65,66 を元に作成 15

自働化 自動加工 加工異常の検知・自動停止 加工終了の検知・自動停止+ +=

作業者と機械の分離

人作業時間の短縮

サイクルタイム内の受け持ち

可能工程数増加

作業内容単純化

多工程持ち

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第 2 項 日本的労働編成

第 2 項では、日本的な労働編成を明確にするために、アメリカ的な労働編成との比較を

行う。両者の労働編成は極めて対照的であった。 5 1.アメリカ的労働編成

アメリカ的労働編成の特徴として、職務の細分化、作業者の専用性、個人責任主義の 3点があげられる。この 3 点はアメリカにおいて、大量生産において適合した労働編成であ

ったのだが、なぜ適合したのかをみていきたい。 10 (1)職務の細分化 アメリカ的な労働編成の第一の特徴として職務の細分化があげられよう。まず、マネー

ジャーの管理的意図として、熟練を基礎とした職種別労働組合弱体化の追求、細分化=単15 純化による賃金効率の追求、移民労働者を中心した労働の質を前提にそれを有効に組織す

るための対処の3つがあった。 次に、労働運動の反作用として、職務配置・賃率管理の恣意性に対するマギレなき制度

を追求したことによって、職務に対応する賃率と職務変更基準における先任権制度の求め

たことがあげられる。 20 この管理的意図と労働運動の反作用が複合した結果が、職務の細分化であった。 (2)作業者の硬直性 アメリカ的生産、大量生産方式では、同一製品の生産継続=大ロット主義を志向した。25 そのため、生産における技術面の性格は、大量性、高速性、専用性といった硬直的、専用

的であった。この技術的な性格と同様に、大ロット主義を志向にあうよう、労働編成も大

量性、高速性、専用性といった特徴を持ち、硬直的性格を有していた。 この労働編成の硬直的、専用的な性格は、技術が同一製品、同一作業の大量生産に適合

的であったが、短期的な変化に対して柔軟性が硬直的であったのと同様に、大量生産を前30 提とすることで機能するのである。これがアメリカ的労働編成第 2 の特徴である。 (3)個人責任主義 アメリカ的労働編成の第 3 の特徴として個人責任主義があげられる。作業者の各職務に35 は権限と責任が明確に与えられており、また、個々の職務には個々の作業者が対応してい

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た。そのため、ある作業者は、他の作業者の職務遂行に無関係であり、口出し・手出しし

ないし、できない状況にある。さらに職場全体の作業進度は管理者の責任事項であったた

めに、相互援助や集団責任等の職場集団性の契機は入り込む余地はなかったのである(個

人責任主義)。 5 2.日本的労働編成 日本的な労働編成の特徴としては、労働の包括性、作業者の汎用性、手段責任主義の 3点があげられる。 10 (1)労働の包括性 個々の作業者に対応する仕事の内容は、包括的であり、狭く細分化されて配分されては

いない。いわゆる多能工といわれる日本の労働編成の特質は、水平的にみた相対的な包括

性を示す。熟練が機械化によって解体され単純化された後に個々の作業が分析されて標準15 化されていることは、アメリカ的方式と変わらないが、それら細分化された仕事が包括的

に作業者に担われている。なお、包括性は、多能工のような直接作業のみを意味するので

はなく、改善や、品質管理活動等の間接作業も意味する。 20 (2)作業者の汎用性 日本的労働編成は、日本的生産システムが志向する多品種少量性、在庫縮減性、汎用性

に適合するよう、柔軟性のある労働編成となっている。なお、この柔軟性は属人給によっ

て可能となっている。 柔軟な労働編成は、多品種少量生産に適合的で、短期的な変化に対して柔軟性が高い。 25

(3)集団責任性 作業者の分担職務の広がりと、変化への柔軟性による作業者間の仕事遂行の重複関係に

よって、集団責任に個人の責任が媒介され、個人の責任意識は、自身の所属する職場集団30 に対する配慮という社会的要因を含有する。 以上、日本とアメリカの労働編成をまとめたものが表 4-2 である。

表 4-2 日本的労働編成とアメリカ的労働編成の比較(結論) 35 日本的労働編成 アメリカ的労働編成

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(Ⅰ) 労働の包括性 (Ⅰ) 職務の細分化

(Ⅱ) 作業者の汎用性(柔軟性) (Ⅱ) 作業者の専用性(硬直性)

(Ⅲ) 集団責任主義(責任主義に媒介された個人責任) (Ⅲ) 個人責任主義

出所)鈴木良始 前掲書 p.77 表 1-7 を借用。一部変更。 第 3 項 狭義の日本的生産システム 5 1.JIT 生産システムと日本的労働編成の結合 日本的労働編成は、JIT 生産システムとどのように関連しあって(狭義の)日本的生産

システムを構成するのだろうか。結合点のみを先に記しておこう。それは JIT 生産システ10 ムを支える諸技術と、設備保全と品質管理である。 (1)JIT 生産システムを支える諸技術と日本的労働編成の結合 JIT 生産システムを支える諸技術は、その多くが目立たない、個別的な改良・工夫の集15 積からなっていることを指摘した。このような技術の多くは、技術開発をその任務とする

専門の技術者・研究者の活動のみから生まれるのではなく、現場労働の包括性の産物であ

る。個の場合の労働の包括性は、現場労働者によるいわゆる改善活動だけではなく、他の

浮こうとしての作業範囲・作業知識・生産への感心の相対的な広がり、品質管理(点検)・

保守活動の包括、それへの関心という側面までも含む。要するに、日本的な労働の広がり20 から生ずる経験的観測に基礎をおいている。段取り替え時間短縮のための様々な改善や、

多様なポカヨケなどの改善には、現場の観察と経験による生きた知識が役に立つ。役に立

つのは、「どのようにすれば」という技術的着想においてだけではない。むしろ、そもそも

どこを改善するか、現場で隘路となっている問題は何か、どのような状況でどのような問

題が起きるのか、という改善対象の発見・設定においてそうである。こうしたところには25 現場から離れた専門技術者には着想しえない現場知識の強みがある。また品質不良原因除

去のための設備・治工具等の改善には、その性質上それぞれ個別具体的な、品質不良等の

異常の発生箇所・発生メカニズムの認知、あるいは考えうる発生要因の列挙というプロセ

スが必要であり、それには現場の多面的な実践的知識が役に立つ。以上のような作業者の

観察・知識は、労働の日本的な広がりに関連している。 30 もちろん現場の知識の重要な役割を強調することは、さまざまな改善がすべて現場の知

識だけで遂行されるということを意味しない。専門的知識との共同作業がしばしば必要に

なる。両者の知識と経験の融合によって、現場作業者は対応しうる問題の範囲を広げ、技

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術スタッフ側は専門知識ではカバーされない現場の観察、問題指摘に接することができる。

この側面には、技術者の側も現場に密着し現場を尊重するという非権威主義的な日本的特

徴がかかわっている。これをまとめたものが、図 4-15 である。

4-15 JIT 生産システムを支える諸技術と日本的労働編成の結合 5

作成)宇山(2002) 出所)鈴木良始 前掲書 p.77,78 を元に作成 10 (2)品質管理・設備保全と日本的労働編成の結合 日本的労働の包括性が、高品質と設備保全を大きくかかわっていく。 ① 品質管理 品質管理は、「品質検査」と「品質の作り込み」によってなされる。 15

まず、「品質検査」について。品質検査の日本的特質のひとつは、不良発生工程もしくは

それに近い工程で品質検査を実施する体制は、もちろんポカヨケ等の生産過程の随所に設

JIT システムを支

える諸技術

目立たない、個別的な

改良・工夫の集積

現場労働者の包括性

の産物 b~d

(ⅰ) 段取り時間短縮のための技術の改善

(ⅱ)生産の平準化のための技術の改善

(ⅲ)ポカヨケの改善

= =

a 改善方法 ←技術者の知識

b 改善対象の発見・設定 ←現場の知識

(ⅳ) 不良原因除去のための設備・治工具の

改善

c 個別具体的な改善対象の発見・設定

現場の多面的な実践的知識

(ⅴ) U字型ライン=多工程持ち

※ 厳密には日本的労働編成を支える技術d 多能工

(ⅰ)~(ⅴ) すべての技術

技術者が現場を尊重し、現場に密着す

る。現場知識と専門的知識の融合。

※「3.日本的労働編成」では言及し

ていない

JIT 生産システムを支える諸技術 日本的労働編成

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けられた物理的検知手段によって支えられている。しかし、例えば細かな傷、塗装の微妙

な異常などのように、物理的検知手段では技術的もしくはコスト的に対応できないものも

少なくない。ここに、物理的検知手段を補完するものとして、次工程の作業者が前工程の

結果を検査する「順次点検」、あるいは自工程の結果の自主点検など、作業者自身が直接作

業と並行して品質検査労働を行うことの JIT 生産方式における意味がある。 5 次に「品質の作り込み」について。品質管理はさらに、以上のような品質検査体制を

通じて高い精度で検出される不良が、その原因に遡及して除去されること、こうして作ら

れた不良をださない生産工程、いわゆる「品質の作りこみ」によっても支えられている。

不良を出さない生産工程の要素は、設備・治工具・金型等の技術、作業方法、部品・素材

の品質である。 10 ② 設備保全 設備保全は、「予防保全活動」と「軽微な異常の復旧作業」によってなされる。 まず、「予防保全」について。高品質体制を維持していくためには、現場作業者が機械設

備・治工具について習熟していて、日常的な整理清掃と点検、給油等の作業にあたり、品15 質不要に導く様々な要因を事前にコントロールするとともに、作業中の異音・発熱等に注

意してなるたけ早く対応する、このような予防保全活動が必要となる。こうした作業は、

その多様性・細部性・日常継続性といった性格からして、またどこが保全のポイントかを

知りうるには現場の日常継続性といった性格からして、またどこが保全のポイントである

かを知るためには現場の日常観察がひつようであることからしても、現場作業者にゆだね20 るほうが合理的である。 次に「軽微な異常の復旧作業」について。現場作業者による設備異常への臨機応変的な

対応は、設備の稼動を保証することによって、高品質と同じ意味で、JIT を維持する不可

欠の条件である。現場で復旧ができるということは、専門の保全要因を待つ必要もなく、

復旧が早急にすむからである。このような活動は、予防保全活動とともに設備のダウンタ25 イムを全体として低水準に維持し、JIT 生産システムを支えている。

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2.狭義の日本的生産システムの構造 図 4-16 完成車メーカー内の生産システム(狭義の日本的生産システム)全体像

作成)宇山(2002) 出所)鈴木良始 前掲書 pp.45-82 を元に作成 5

JIT 生産システムの基本特性

生産諸過程で無在庫生産を志向する

1 後工程引き取り方式

後工程からの生産指示(量・品

目)に従って前工程は生産する

生産の平準化=小ロット生産

前工程生産量(品目数)<後工程使用

量(品目数)⇒解決策 小ロット生産

段取り替え時間短縮

段取り替え時間短縮により生

産効率を下げないようにする

品質管理・設備保全

バッファーストックがない

→不良品・設備故障等の問題が顕在化する

→顕在化した問題の解決が要求される

→品質管理、設備保全を行う

→不良品、設備故障等の問題がなくなる

2 小ロット運搬

運搬待ち在庫、加工待ち在庫を防ぐ

3 少量生産ライン・レイアウト

ジョブショップ方式で発生する在

庫を防ぐ

市場からの制約:少量生産

日本的労働編成

1 労働の包括性 2 作業者の汎用性(柔軟性) 3 集団責任主義

現場の知識 多能工

段取り替え時間短縮を支

える技術

生産の平準化を支

える技術

品質管理・設備保全を

支える技術

自働化 U字型ライン=多工程持ち

JIT と日本

的 労 働 編

成 の 結 合

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第 4 項 狭義の日本的生産システムが生み出す競争力 本項では、第 4 節の第 1 項から 3 項でみてきた(狭義の)日本的生産システムがどのよ

うにして競争力を生みだしているのか、つまり、高い生産性・高品質・製品多様性をどの

ようにして作り出しているのか、また、これらを同時に達成させる要因は何かを考察して

いく。その際に、JIT 生産システムと、日本的労働編成はお互いに絡み合っているため、5 両者を明確に分けてそれぞれ独立に競争力との関連を論ずるということはできない。しか

し、両者を全く区別せず、論ずることは論点を曖昧にしてしまう。例えば、JIT 生産シス

テムと結合しない場合でも、日本的な労働編成それ自体が競争力の諸側面とかかわりうる

ものであることが見失われてしまう。そこで以下では、JIT 生産システムと競争力の関連

を論じる場合も必要に応じて日本的労働編成の役割に言及し、また日本的な労働編成の特10 質と競争力の関連を論じながら JIT 生産システムに立ち戻るというように、一応の区別を

しながらも同時に両面に目配りをするという形で論を進める。 また、高品質という競争力要因生産性・低コストと密接な関係にあるため、生産システ

ムと高品質との関連を独立の項目を立てて考察することはせず、生産性・コストとあわせ

て同時に考えるものとする。 15 1.JIT 生産システムにおける生産性・コストと品質 JIT 生産システムの諸側面と生産性との関連は、表 4-3 のようになっている。①低在庫20 レベルと生産の流れの形成、②段取り替え時間の短縮、③高品質、④高稼働率、⑤U 字型

ライン・レイアウトの5つの要素に分類して考えることができる。では①の「低在庫レベ

ルと流れの形成」から順をおってみていこう。

表 4-3 JIT システムにおける生産性・コストと品質の関係 25 JIT システムの要素 効果 備考

① 低在庫レベルと

流れの形成

a 生産管理要員の減少 生産性

b 作業サイクルの強制性 生産性

b-1 標準作業の継続を保証

b-2 監督労働の減少

c 在庫投資金融費用の減少 低コスト

d 倉庫・運搬設備/保管・運搬作業の減少

低コスト・生産性

②~⑤に支えられる

② 段取り替え時間

の短縮

a 実質的生産時間の増加 生産性

b 生産物あたりの減価償却費の低下 低コスト

段取り替え時間短縮技術

の生成における日本的労

働編成との相互関係

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③ 高品質 a 高歩留りによる「産出高÷労働時間」増加 生産性

b 高歩留りによる廃棄品減少 低コスト

c 販売後の品質保証費用の減少 低コスト

d 品質検査要員、手直し要員の減少 生産性

・日本的労働編成との相互

関係

・購入部品の品質による影

響あり

④ 高稼働率 a 「産出高÷労働時間」の上昇 生産性

b 生産物あたりの減価償却コストの低下 低コスト

日本的労働編成との相互

関係

⑤ U字型ライン a 在庫減、高い同期化 ①a~d

b 手待ち減少 生産性

b 日本的労働編成に依存

出所)鈴木良始 前掲書 p.90 表 2-1 を借用。一部変更。 ① 低在庫レベルと流れの形成 低在庫レベルと生産の流れの形成はシステムの特性そのものである。JIT 生産システム

は工程間の在庫の圧縮をシステムの本質としている。それは、前項までに確認してきた諸5 条件によって支えられ実現している。これを前提として、生産の流れが形成された場合、

一体どのようなことが起こるだろうか。 第一に、各工程間の生産進捗状況や保有在庫量の監視と管理的調整、予期せぬトラブル

に対する各工程間をつないでいるカンバンの自立的調整にゆだねられ、在庫管理・生産管

理の管理工数と管理要員は、アメリカ的大量生産方式と比較して極端に少なくて済むよう10 になる。 第二に、JIT 生産システムでは生産の流れによる自律的な労務管理が素材から最終完成

品にいたる全工程に及んでいる。JIT 生産システムの下では、作業者はベルトコンベア労

働かい否かの区別なく、押しなべてベルトコンベア労働に特徴的なストレス、「強制」を常

時受けていることになる。このようにして、生産の律動のつながりを全工程へ拡張するの15 である。 では低在庫が直接もたらす効果は何か。それは在庫投資資金を抑えること、したがって、

その金融費用が低く抑えられるのである。また、在庫補完用地、倉庫の建設維持、搬入・

搬出設備、在庫の保管・運搬作業要員など、追加費用と追加労働、これらに必要なコスト

も低くおさえられる。 20 ② 短い段取り替え時間 段取り替え時間の短縮は、そのまま設備稼働率の増加となり、労働者一日あたり生産量、

つまり労働生産性を大幅に引き上げるということである。 25 ③ 高い品質水準 高品質のもたらす生産性・低コスト効果は、第一に手直し要員が極端に少ないこと(生

産性)、第二に廃棄品が少ないこと(低コスト)、第三に、廃棄品が少ないことの裏返しと

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124

して歩留り率が高く、労働時間当たりの良品生産量が多いこと(生産性)、第四に品質検査

要員が少なくなること(生産性)、である。 ④ 低い設備故障率 これは設備故障が少なくなることで欠品による後工程への影響がすくなくなることの指5 標である。この高稼働率の生産性効果は、既述の段取り替え時間の短縮の生産性効果と形

式は同じである。ダウンタイム(故障による稼動停止時間)が少なくなれば、一日の生産

量は上昇し、労働時間(稼働時間)あたり生産量の増加、すなわち高い労働生産性に帰結

する。同時に、生産物あたりの設備費も低下する。 10 ⑤ U 字型ライン U 字型ラインは低在庫を実現するという点で JIT 生産システムの構成要素であり、①の

効果と同様の効果をもたらす。この他に多工程持ちによる手待ち時間の減少があげられる

だろう。 15 2.日本的労働編成における生産性・コストと品質 日本的労働編成の諸側面と生産性との関連は、表 4-4-2 のようになっている。①作業者

による品質点検、②改善、③多能工、④作業者による保全、4つの要素に分類して考える20 ことができる。では先ほど同様、①の「作業者による品質点検」から順をおってみていこ

う。

表 4-4 日本的労働編成における生産性・コストと品質の関係

日本的労働編成の

要素

効果 備考

① 作業者による品

質点検

a 高歩留りによる「産出高÷労働時間」増加 生産性

b 高歩留りによる廃棄品減少 低コスト

c 販売後の品質保証費用の減少 低コスト

d 品質検査要員、手直し要員の減少 生産性

JIT システムとの相互関

② 改善 a 改善 →高品質 →生産性・低コスト

b 改善 →高稼働率 →生産性・低コスト

c 改善 →生産性 …省人化に媒介される

a,b JIT システムとの相互

関係

c 労働コミットメントの

高いレベルが必要

③ 多能工 a 作業者編成の柔軟性 生産性

b 多台持ち、多工程持ち 生産性

b 労働コミットメントの

高いレベルが必要

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125

④ 作業者による保

a 予防保全 →チョコ停などの減少 生産性・低コスト

b 異常の迅速な修復 →稼働率上昇 生産性・低コスト

・労働コミットメントの高

さ、そのための枠組みが必

・JIT システムとの相互関

出所)鈴木良始 前掲書 p.98 表 2-4 を借用。一部変更。 ① 作業者による品質点検 高品質がもたらす生産性・コスト効果は、「JIT 生産システムの③」においてすでに言及

している。 5 ② 改善 改善については、高品質を媒介とした「改善→高品質→生産性・低コスト」というプロ

セスと、「設備故障を引き起こしやすい諸要因の摘出・改善→高稼働率→生産性・低コスト」

というプロセス、さらに改善が省人化を媒介とし、直接生産性の向上に結びつく「改善→10 生産性・低コスト」のプロセスの 3 点が考えられる。省人化を媒介とした生産性をあげる

プロセスは、「作業者の多能工化とそれを前提に可能になる作業の集団的補完という日本邸

ナ労働の包括性・柔軟性が前提とされねばならない」29。さらに、「第一に労働内容の包括

性・柔軟性という日本的形態を条件とするだけでなく、第二にそのプロセスを受容して積

極的にかかわる労働者を(あるいはそれを強制ないし受容させる社会的もしくは管理的枠15 組みを)条件とする」30。 ③ 多能工 まず、a の作業者編成の柔軟性について説明しよう。多能工の下では、各作業者の労働

内容は必要に応じて柔軟に再編され、各作業者に極端な「手待ち」は発生しない。これが20 生産性へつながるのである。 つぎに、b の多台持ち、多工程持ちについて説明しよう。JIT を支える諸技術のところ

ですでに言及したように、「自働化」による機会監視労働の不要化=作業者と機会の密着関

係の分離は、機会の隣接配置、および日本的な多能工化と相まって、多台持ち、多工程持

ちを可能にする。 25 ④ 作業者による保全 いかに設備の改善を行っていったとしても、100%故障がない機会など存在しない。機械

が故障してしまう前に予防保全をすることで、チョコ停などを減少させることが出来るの

である。 30 また、簡単な故障であれば保全工等をいちいち待たず、作業者が直接修復した方が高い

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126

稼働率を保てるのである。31 3.狭義の日本的生産システムにおける製品多様性と生産性・コスト

―両者のトレードオフ関係を弱める仕組み― 5 (1)JIT 生産システムの柔軟な技術とこれを補完する労働編成 前述したように JIT 生産方式においては、頻繁な段取り替えにもかかわらず、大幅な段

取り替え時間短縮が達成できるようなシステムがある。また、少量生産ライン・レイアウ10 ト(⊃U 字型ライン)が少量生産で在庫が出ないような性格を有しているために、製品多

様化による生産性低下・コスト増加を弱めることができる。さらに、日本的労働編成にお

いては、稼働率の予期せぬ大幅な低下があったとしても現場の作業者が復旧にあたること

ができるのであった。これを通常の生産方式、大量生産方式との比較で概念図化したもの

が図 4-17 である。 15

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127

図 4-17 製品多様性と生産性・コストのトレードオフ関係を弱める要素①

―JIT 生産システムの柔軟な技術とこれを補完する労働編成―

作成)宇山(2002)

通常の生産方式

製品多様性 頻繁な段取り替え

ジョブショップ …在庫発生

(一般的なライン・レイアウト …少量・多品種生産に不向き)

JIT 生産方式

少量生産ライン・レイアウト(⊃U字型ライン)…少量生産で在庫が出ない

段取り替え時間短縮

段取り替え時間増加 生産性低下・コスト増加

製品多様性 頻繁な段取り替え 段取り替え時間増加

が抑えられる

A 生産性低下・コスト

増加が弱まる ×

アメリカ的労働編成

日本的労働編成

生産品目の切り替えに

対して柔軟性のない自

動化度の高い設備

稼働率の予期せ

ぬ大幅な低下

現場の修正ナシ

自動化がかえって硬

直性を高めてしまう

生産品目の切り替えに

対して柔軟性のある自

動化度の高い設備

稼働率の予期せ

ぬ大幅な低下

現場の修正アリ

B この設備の高い稼働

率と柔軟性の実現・維持

A,B …製品多様性と生産性・コストのトレードオフを弱める要因①

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128

出所)鈴木良始 前掲書 pp.117-120 を元に作成 (2)在庫・生産管理工数増加による生産性・コストへの悪影響の度合いが低い JIT 生産システムの後工程引き取り方式では、その後工程が前工程に最終的な生産指示5 を出すという自立的性格から、製品多様化をしたとしても、在庫増加を低い水準に留める

ことができ、生産管理工数を増加させずにすむのである。よって、生産性低下・コスト増

加をよくせいすることが可能である。これを概念図として示したものが図 4-18 である。

図 4-18 製品多様性と生産性・コストのトレードオフ関係を弱める要素② 10 ―在庫・生産管理工数増加による生産性・コストへの悪影響の度合いが低さ―

作成)宇山(2002) 出所)鈴木良始 前掲書 pp.117-120 を元に作成 15 (3)日本的生産システムが生産品目の増加に伴う品質悪化を抑制する 日本的生産システムにおいては、既述のように高品質を達成できる。そしてこの高品質

は高い生産性・低コストをもたらすのであった。このこと自体が多様な製品に伴う低い生20 産性・高コストを抑制する働きがある。

大量生産システム

JIT 生産システム

製品多様化

在庫増加が低い水

準にとどまる

生産管理工数がほ

とんど増加しない

製品多様化

在庫の急増

生産管理工数の増加

後工程引き取り方式の自律的性格

生産性低下・

コスト増加

生産性低下・コスト

増加が抑制される

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4.狭義の日本的生産システムにおける製品多様性と品質

―両者のトレードオフ関係を弱める仕組み― 製品多様化に伴う作業ミス→品質悪化をどうのようにして防いだのだろうか。 5 (1)品質検査 JIT 生産システムはその性質上作用ミスが発生工程かそれに近い箇所で発見される体制

を保証しているし、日本的労働編成では作業者に品質検査システムへの関与を要請してい

るのである。 10 (2)改善活動 作業ミスの発生原因そのものを排除する手だてを客体化している

(3)作業者の特別の労働負担 15 日本企業の製品多様化が品質問題を解決する現実のありようは、生産システムの優位性

ばかりではなく、現場作業者の働き方に影響を与える労使関係や管理制度にも依存してい

る。 20 5.製品多様性と在庫リスク 製品多様化に伴い、需給乖離の可能性が高まり、不良在庫の増加、値引き販売等の在庫

リスクが高まる。JIT 生産システムにおける生産期間の短縮は、見込み生産部分を少なく

することにつながり、在庫リスクを減らすことになる。(図 4-19 参照) 25

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130

図 4-19 製品多様性と在庫リスク

作成)宇山(2002) 出所)鈴木良始 前掲書 pp.117-120 を元に作成

納期 ① 生産期間 ② 完成から納

品までの期間 ③ 受注処理期間+ +≦

※ 納期…取引慣行として通常許される受注から納品までの期間

(ⅰ)

すべての生産の受注生産化が可能である

納期 ① 生産期間 ② 完成から納

品までの期間 ③ 受注処理期間+ +>(ⅱ)

納期を上回った時間分、見込み生産をする

製品多様化 需給乖離の可能性が大きい

製品多様化 需給乖離の可能性がナイ

見込み生産

受注生産

a 不良在庫の増加

b 値引き販売 etc (ⅲ)

(ⅲ)より、(ⅱ)よりも(ⅰ)の方が、メーカーにとって好ましい。が、(ⅰ)は一般的ではない。そこで、

(ⅱ)の場合で、生産期間を短くすることが志向される(⇒JIT システムでは極めて短い)。JIT 生産システム

による生産期間の短縮は、(ⅲ)の a,b を防ぎ、製品多様化能力を高める。

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131

第 5 項 小括(概念図のみ) 図 4-20 狭義の日本的生産システムと競争力の関係

作成)宇山(2002) 出所)鈴木良始 前掲書 pp.1-126 を元に作成 5

低在庫レベルと流れの形成

段取り替え時間短縮

高品質

高稼働率

U字型ライン a

ライン・レイアウト

作業者による品質点検

多能工(直接作業)

改善

作業者による保全

U字型ライン b

多工程持ち

無在庫志向

労働コミットメントの高いレベルが必要

JIT 生産システム 日本的労働編成 現場の知識

<本章担当者の見解>

生産性・コストで競争上優位に。品質は、生産性・コストに転化し、それそのものが競

争力となっているわけではないように思われる。だが、高品質は、たとえ最終的に高生

産性・低コストに変わるとしても、その時点でそれそのものが競争力を有しているとい

えるのではないか。

製品多様性 生産性低下・コスト増加 ×

段取り替え時間短縮

少量生産ライン・レイアウト

現場の修正

後工程引き取り方式

の自立的性格

高品質

抑制

品質検査・改善活動

作業者の特別の労働負担トレードオフ抑制

JIT 生産システム 生産期間短縮需給乖離リスク 弱める

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132

第 5 節 日本的生産システムが競争力を作り出す原理(Ⅱ)

―サプライヤシステムと競争力―

5 第 1 項 日本自動車産業のサプライヤ構造

1.サプライヤの多層性と各階層の特徴 10 日本の自動車部品メーカーは、アメリカのそれと比較して、多層的であるといえる。ま

た、階層ごとに特徴があり、一次と二次サプライヤ、二次と三次サプライやでは規模等に

大きな差がある。図 4-2132は日本自動車産業のサプライヤ構造の全体像を示したものであ

り、この図をより細かくしましているのが表 4-533である。 図 4-21 日本自動車産業のサプライヤ構造の全体像 15

原注)ここでは単純化のため、自動車メーカーは 1 社のみとなっているが、実際には一次

サプライヤー、二次サプライヤーは多数の自動車メーカーと取引関係を持っている。数値

は神奈川県自動車関連工業アンケート調査(1992 年 9 月)による。 出所)藤本隆宏、武石彰『自動車産業 21 世紀へのシナリオ~成長型システムからバラン20 スが型システムへの転換~』p.250、1994 年 10 月 27 日 第 1 刷、生産性出版 原書)神奈川県自動車関連工業アンケート調査(1992 年 9 月)

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133

表 4-5 日本のサプライヤ構造、階層別特徴

一次メーカー 二次メーカー 三次以下メーカー コメント

従業員平

均総数 大規模(1198 人) 中規模(69 人) 小・零細規模(10 人)

明確な規模の階

層性あり。

従業員平

均年齢 低(39 歳) 中(42 歳) 高(46 歳) 「上層」ほど若い。

企業概要

生産部門

従業員の

構成

― ―

家族、女子、高齢

者、期間工、パート、

外国人、工程外注等

の比率最も高い。

三次以下は非若

年男子労働者の

比率高く、多様な

労働力構成。

取引先

自動車メーカー、一

次メーカー中心だが

二次、三次もあり。

一次、二次メーカー

中心だが、自動車メ

ーカーもあり。

二次、三次メーカー

中心だが一次もあ

り。

垂直取引主体だ

がその他多様な

取引関係あり。

製品が最

終的に使

用されてい

る自動車メ

ーカー

日産、いすゞ、三菱

自工、日産ディーゼ

ル中心だが、トヨタも

含めて多様。

日産、いすゞ、三菱

自工、日産ディーゼ

ル中心だが、トヨタも

含めて多様。

日産、三菱自工、い

すゞ中心で他メーカ

ーは少ない(マツダ、

ダイハツはゼロ)。

三次以下は特定

メーカーに、依存

するローカルな取

引関係主体。 取引構造

製品が最

終的に使

用されてい

る自動車メ

ーカー数

平均

5.3 社 4.5 社 2.5 社 「上層」ほど多い。

主要取引

先との取

引開始時

1950 年代(45%)中心

1960 年代(32%)中

心、次いで 70 年代

(24%)、80 年代

(20%)。

1970 年代(47%)80 年

代(42%)が中心。

「下層」ほど取引

の歴史が浅い。

取引先と

の関係

主要取引

先の協力・

下請組織

への加入

状況

79%が加入。 70%が加入。

30%が加入。45%は組

織自体が存在しな

い。

協力会に参加して

いるのは二次ま

で。三次以下を対

象とする組織は少

ない。

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134

主要取引

先から受

けている援

資本参加(41%)、役

員・管理職派遣

(33%)、経営指導

(21%)、機械・設備

の貸与(25%)、特に

ない(38%)。

機械・設備の貸与

(25%)、機械加工技

術指導(19%)、特に

ない(54%)

機械加工技術指導

(11%)、機会・設備

の貸与(11%)、特に

ない(79%)。

一次メーカーは、

資本参加、役員

派遣、経営指導な

ど強固な支援を受

けている。三次以

下に対しては援助

少ない。

事業内容

(工程)

組立、プレス、切削、

溶接主体。

組立、プレス、切削、

溶接主体。

溶接加工が主体。そ

の他プレス、切削な

ど。

三次メーカーは溶

接主体。一次、二

次は組立中心に

多様。

月産個数 大規模(454 万個) 中規模(53 万個) 小規模(14 万個) 「上層」ほど大規

模生産。

製品種類 多品種(594 種類) 中品種(107 種類) 少品種(35 種類) 「上層」ほど製品

種類多い。

製品種類

当たり月産

個数

多(7651 個) 中(4977 個) 小(4040 個) 「上層」ほど量産

型。

設計分担

自社独自(27%)、納

入先基本設計・自社

詳細設計(32%)、納

入先設計(42%)

自社独自(7%)、納入

先基本設計・自社詳

細設計(16%)、納入

先設計(77%)

納入先設計(100%)

一次メーカーは設

計能力があるが、

二次は少なく、三

次以下は皆無。

納入単価

変化率(※)微増(0.7%) 低下(-2.6%) 低下(-6.6%)

「下層」ほど引き

下げ率高い。

外注・委託

加工単価

変化率(※)

若干上昇(0.5%) 若干上昇(0.1%) 横ばい(0%) 「上層」ほど外注

単価上昇。

製造コスト

変化率(※)最も上昇(3.2%) 次に上昇(2.3%)

上昇率最も低い

(1.4%)

「上層」ほど製造

コスト上昇。

主力製品

取引状況

発注量変

化率(※) 増加(4.1%) 微増(0.3%) 縮小(-21.0%)

三次以下のみ発

注最大幅減少。

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135

事業環境

で影響大

きいもの

(現在)(上

位 4 項目)

受注量減少、製造コ

スト上昇、単価引き

下げ、品質要求高度

化。

受注量減少、単価引

き下げ、受注量変

動、労働力不足(熟

練・多能工)。

受注量減少、受注量

ロット小規模化、単

価引き下げ、後継者

不足、発注先内製

化)。

受注量減少が共

通の問題、三次

以下は後継者不

足、発注先内製

化が問題。

事業環境

で影響大

きいもの

(将来)(上

位 4 項目)

受注単価引き下げ、

受注量減少、品質要

求高度化、時短要

請。

受注量減少、受注量

変動、受注単価引き

下げ、品質要求高度

化。

受注量減少、受注量

変動、単価引き下

げ、受注ロット小規

模化。

一次は量減少より

単価引き下げ、三

次以下は量の問

題を懸念。

今後の事

業環境悪

化への対

応策(上位

4 項目)

生産合理化、自動

化、既存取引先との

関係強化、自動車製

品多角化。

既存取引先との関係

強化、生産合理化、

自動化、新規取引先

開拓。

既存取引先との関係

強化、生産合理化、

自動化、新規取引先

開拓。

一次は生産部門

強化、二次、三次

以下は既存取引

先との関係強化

重視。

事業環境

経営方針

今後の経

営方針

自動車部門強化、非

自動車部門への多

角化、現状維持、海

外現地生産。

非自動車部門への

多角化、自動車部門

強化、現状維持、海

外現地生産。

非自動車部門への

多角化、現状維持、

非自動車部門への

転換、自動車部門強

化。

一次は自動車部

門強化、三次は

多角化、非自動

車への転換を重

視。

原注)サンプル数は項目によって若干異なるが、おおよそ、一次が 40 社、二次が 60 社、

三次以下が 20 社である。(※)変化率は、いずれも 1990 年度から 92 年 8 月にかけての

変化率。 出所)藤本隆宏、武石彰『自動車産業 21 世紀へのシナリオ~成長型システムからバラン

スが型システムへの転換~』p.246,247、1994 年 10 月 27 日 第 1 刷、生産性出版 5 原書)神奈川県自動車関連工業アンケート調査(1992 年 9 月) 2.日本のサプライヤ構造作り出す競争力

10 では、図、表にしめされている日本のサプライヤ構造は完成車メーカーの競争力にどの

ような点で貢献しているのだろうか。完成車メーカー側からの視点で、サプライヤシステ

ムの構造から競争力を考察することには限界がある。したがって、第 4章での指摘は次の

引用のみとし、サプライヤ構造の競争力分析に関しては、第 5章「「収奪」される下請企業」

で下請の理論と実態を考察した後、第 6章において、「収奪」と競争力の関係を考察するの15 でその際に主に行うこととする。

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136

「藤本・清・武石(1994)によれば、下位の階層にいる小規模部品メーカーは単に

より小さな構成要素の生産を担当しているだけでなく、量産規模の小さな部品の生産

を請け負うという機能ももっている。日米の自動車製造業の全体像を比較した研究は

ないが、多品種少量生産を得意とする日本の自動車メーカーは、底辺で少量の部品を5 低コストで生産できる小規模な部品メーカーによって支えられており、こうした構造

は量産を重視する米国ではみられないパターンではないかと推測される。」34

第 2 項 サプライヤシステムが生み出す競争力―機能論的な説明― 10

1.長期継続取引 日本のサプライヤシステムには内部組織と市場競争の中間にあるような取引形態が広範

にみられる。このことを用いて、日本の自動車サプライヤシステムを説明しようとする立15 場が多く見られる。例えば、継続取引がもたらす機能として、協調的関係の形成と取引企

業間の情報共有がある。ひとつの取引相手を裏切ることで他の報復が持つ抑止力が協調関

係を安定的なものとし、また情報共有がカンバンなどの競争上有利なシステムの導入を可

能にする。また、取引相手の長期的な能力(例えば継続的改善能力等)を評価することで、

モラル・ハザードを回避できるようになる。 20 長期的に取引を継続することで、完成車メーカーは競争力を構築できたのだろうか。長

期的取引を結び、サプライヤにカンバンを導入したならば、そのサプライヤは無在庫志向

の生産プロセスを構築せざるを得なくなるのではないだろうか。カンバンを使った後工程

引き取り方式によって、品質管理・設備保全が要請され、徹底したカイゼンをせざるをえ

なくなることだろう。したがって、カンバン導入を契機とした在庫縮減・生産の流れの形25 成が起こるはずである。とすれば、完成車メーカー内の生産システムが、その部品サプラ

イヤへコピーされることになり、完成車メーカー内で見られた競争力構成要因「高い生産

性・高品質・製品多様性」は部品サプライヤにも見られるはずである。これは、完成車メ

ーカーへ、低コストで高品質、さらに多様な部品を納入できることを意味するのでなかろ

うか。 30 2.少数サプライヤ間の有効競争 ここでは、伊丹敬之の「見える手による競争」を取り上げて、少数サプライヤ間の有効35 競争について見てみよう。

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137

「ふつう、市場で実際に競争する企業の数(顕在的競争者の数)が少なくなると、

競争が有効に機能しない危険が生まれると考えられる。だからこそ、完全競争に見ら

れるように、多数の競争者を仮定した議論をすることが暗黙のうちに多くなる。しか

し、なぜ多数がひつようなのか。なぜ少数では競争が有効にならない危惧が生まれる5 のか。 その理由はおそらく三つほど考えられる。第一は、比較の対象と情報の問題である。

(中略)優劣比較ということがその[勝ち負けの]根底にある。(中略) 競争者の数が少ないということは、比較対象になる企業の数が少ないことを意味す

る。それは、いわば比較の回数が少なくなることを意味し、また優劣比較のための情10 報の総量が小さくなることを意味する。そのために、優劣判定の厳しさが減る危険が

ある。それゆえ、競争は有効性を減じる危険性が出てくる。 (中略)第二の理由は、共謀が発生しやすくなることである。(中略) (中略)第三の理由は、退出という規律のメカニズムの真の脅威の問題である。競

争者の数が多ければ、一人の競争者を切る(つまり自社への納入という取引から退出15 させ)ことが切る側にとっても大きな支障がなくなる。代替的な供給者をすぐに見つ

けられるからである。しかし、競争者の数が少ないと、代替的な供給の確保に不安が

生じる可能性がある。とすれば、売り手は買い手を簡単に切ることはできなくなる。

交渉力の上で、買い手の立場は弱くなるのである。そうなると、退出させるという脅

威は弱くなり、退出という規律のメカニズムは機能しない危険がある。競争の有効さ20 が小さくなるのである。 こうして少数者による競争は一方で危険をもつのだが、他方では一人ひとりの供給

者が規模の利益を享受できる可能性が大きくなるというメリットもある。したがって、

そういうメリットを享受しながら少数者の競争の有効性を高めるためには、さまざま

な手段を講じうる必要が出てくる。(中略) 25 第三の退出の脅威の確保の問題は、おそらく最も本質的な問題である。それにたい

する見える手による競争における買い手の対応は基本的に二つありうる。一つは代替

的な供給能力をもつ顕在的競争者の確保である。複社発注がそのもっとも直接的な手

段の例である。顕在的脅威といってもよい。もう一つの対応は、潜在的に供給能力を

もつ人(つまり潜在的参入者)を常に用意しておく(中略)。つまり、潜在的な脅威を30 顕在化している競争者に与えるのである。」35

伊丹が言うような、少数サプライヤ間の有効競争が現実を反映したものならば、これも

完成車メーカーの競争力を構築する要因といえる。サプライヤ間に競争の原理を適応しな

がらも、競争しているサプライヤ間での情報交換を可能にするということは、低コスト・35 高品質な部品を完成車メーカーに納入することになるからである。

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3.「まとめてまかせること」の効用 (1)承認図方式 承認図とは、「完成車メーカー大まかな仕様を提示し、その仕様に適合するような部品を5 サプライヤーの側が開発する場合、完成車メーカーは、その図面を提出させて検討し、承

認を与えることを部品発注の前提条件とし」、「この承認を済ませた図面」を指す。これに

より、部品サプライヤ(一次あるいは二次)は設計に対する自由裁量の余地を得ることが

でき、「それにより、作りやすさと低いコストを達成できる。 これにより、低コストで高品質な部品を自動車メーカーに納入できるのではないだろう10 か。 (2)サブアッセンブリー納入36 企業間での開発・生産活動の分業つまり、内外製区分は、生産工程での企業間での配分

を指す。その際、部品メーカー側で部品を集精度の高いモジュールでサプライヤに外注し、15 納入させることを、サブアッセンブリー納入という。 このサブアッセンブリー納入が日本の自動車メーカーに競争力をもたらすのかどうかは

現在のところ判断しかねる。 (3)無検査納入 20 無検査納入とは、元請が下請から納入された部品に対し、部品の抜き取り検査は行わず、

品質についてはサプライヤの管理にゆだねられること。部品が組み込まれた最終製品出荷

後でも、サプライヤは部品の品質欠陥責任を負わなければならない。 これによって、自動車メーカーは高品質の部品を納入できるようになり、競争力を高め

ることができるだろう。 25 4.機能的な相互補完性 以上みてきたサプライヤシステムの3つの特徴には相互補完性がある。比較的少数の取30 引相手との継続的関係は取引主体間の活動調整を促進し、関連しあった業務の一括発注は

受注側企業でのない部活動調整を容易にする。そして「顔の見える競争」は少数のメーカ

ーに一括して長期発注することによる売手寡占の弊害を防止することによって、全体とし

て自動車産業の競争力に貢献してきたといえよう。

35

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図 4-22 サプライヤシステム 3つの特性とその関係

5 出所)藤本隆宏「サプライヤー・システムの構造・機能・発生」(『リーディングス サプラ

イヤー・システム 新しい企業間関係を創る』p.62) 作成)宇山(2002)

相互補完的

長期的に取引をする

取引主体間の活動調整促進

少数下請と元請が取引する

資産の取引特殊性を高める

一括発注型の分業パターン 少数業者間の有効競争

長期継続取引

売り手寡占の弊害防止

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第 6 節 日本的生産システムが競争力を作り出す原理(Ⅲ)

―広義の日本的生産システムと競争力―

第4節において、完成車メーカー内の生産システムは JIT 生産システムとそれが要請す

る日本的労働編成によって構築されていたことを確認した。それらが、高品質・生産性・

製品多様性を作りだしたメカニズムも明らかにした。そして、完成車メーカーをひとたび5 離れ、第5節では、サプライヤシステムとそれが生み出す競争力について考察した。サプ

ライヤの構造面を完成車メーカーの視点からでは競争力を構成する要因を導けなかった。

機能的な面から競争力を導き出すことは、理論的には正しいのかもしれないが、それを実

証するデータが欠けている。 10

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第 7 節 日本的生産システムの競争力は正当に評価できるのか―下請「収奪」

の可能性―

以上、日本的生産システムとそれが作り出す競争力の関係について論じてきたわけであ

るが、この競争力は積極的に評価できるものなのであろうか。評価する際の基準は、サプ

ライヤを「収奪」してその上で競争力をこうちくしているのか、どうかにある。 5 本章であがった自動車メーカーの「収奪」の可能性を、3つほどあげよう。 第一に、二次、三次サプライヤを含む生産の全工程に見えないコンベア(カンバン)を

導入することで、生産の同期化を「強制」する。これにより、下層サプライヤは、小さな

部品ですら小ロット納入を「強制」させられる可能性がある。 第二に、中小企業の過当競争という社会的枠組みにより、省人化を媒介とした高作業密10 度を現実には伴うカイゼンが下請企業にも強制される可能性がある。 第三に、完成車メーカーは、製品多様化による在庫リスク(不良在庫の増加、値引き販

売等)を防ぐための一つの方法として、サプライヤに対し納入にかかる時間を削減させよ

うとしている可能性がある。 これら 3 つの「収奪」の可能性について、本当に起きているのかどうかを明確に示すた15 めに第 5 章において下請企業と「収奪」について考察している。 1 藤本隆宏、武石彰『自動車産業 21 世紀へのシナリオ~成長型システムからバランスが型

システムへの転換~』(p.29 1994 年 10 月 27 日 第 1 刷 生産性出版)。 2 日本自動車工業会『2000 年 自動車統計年報』。 3『日本経済新聞』2002 年 12 月 8 日付。 4 日本自動車工業会『2000 年 自動車統計年報』。 5 例えば、林正樹「日本的生産システムの競争力と国際移転可能性」(『商学論纂』、p.359、第 34 巻 第 5・6 号、1993 年 7 月 20 日印刷)によると、「企業の競争力を直接規定する要

因は、先ず、資本、労働、技術、および経営管理である。今これを製品の競争力という、

やや具体的なレベルで分析すれば、製品の価格(その裏面のコスト)の低さと、(特定の性

能を有する製品の)品質の高さ、およびユーザーへの配送としての納期の速さと確実性で

ある」。 6 鈴木良始『日本的生産システムと企業社会。 鈴木氏は強くこの 3 点を主張している。 7 鈴木良始 前掲書(p.8 を元に変更し作成。1994 年 3 月 25 日第 1 刷発行 北海道大学図

書刊行会)。 8 藤本隆宏、武石彰 前掲書 p.34。

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9 藤本隆宏、武石彰 前掲書 p.38。 10 日本の一次サプライヤは、完成車メーカーの海外移転に合わせておなじように海外移転

している。 11 坂本清「生産システムの日本的展開と現代企業」(『日本企業の生産システム』1998 年

12 月 25 日初版発行 中央経済社 pp.2-4)。坂本氏によれば、生産システムの生産構造的側

面からの理解とは次のような意味をなしている。「「生産システム」という用語法は、主体

的・客体的条件のもとにおける企業の生産活動にかかわる諸要素を統合的に理解する場合

の表現で、概念的に捉えるならば、これを生産要素的側面、生産循環的側面、および生産

構造的側面の3種の側面から理解することが可能である。第1に、生産要素的側面からの

理解である。これは、原材料、技術(生産設備・機械)、労働力、情報、管理という生産と

労働に関わる生産諸要素の結合システムとして理解する捉え方で、時間、品質、コストを

基準に、何を、いつまでに、どのように作るかの「物づくりのシステム」として理解する

捉え方と、こうした生産の技法的側面のみでなく物づくりを具体的に担当する「生きた労

働」者の「労働のシステム」の側面との総体として理解する捉え方とができる。いわば、

生産システムを単に「機能」として見るだけでなくこれの具体的「展開」として見る場合

に、その根底に「生きた労働」者と労働力の「占有権」を有する経営者との間の労使関係

が生産システムの質に重要な意義を持つという視角から、労務管理、労使関係的側面を重

視する捉え方である。 第2に、生産循環的側面からの理解である。これは製品開発、受注、調達、製造、流通、

販売という、経営循環過程における諸機能、いわば生産過程・流通過程の循環システムと

して理解する捉え方である。(中略) 第3に、生産構造的側面からの理解である。これは第1・第2の主体的側面、いわば「機

能」が現実に「展開」する客体的条件を規定するシステムで、市場、産業、労働、社会と

いう4種の構造が考えられる。(中略) 以上のように、生産システムは、第3の側面に条件づけられながら、第1・第2の側面

が空間的(地域的)・時間的(歴史的)に多様な展開を示すものとして理解されるが、生産

システム研究においては、以上の 3 種の側面をいかなるアプローチから捉えるか、あるい

はどの側面に重点を置くかによって、生産システム概念について狭義的・広義的に多様な

理解がなされていることはいうまでもない。」 12 大野耐一『トヨタ生産方式―脱規模の経営をめざして―』(p.9 1978 年 5 月 25 日初版

発行 ダイヤモンド社)。 13 門田安弘『新トヨタシステム』(p.50,51 1991 年 6 月 12 日第1刷発行 株式会社講談社)

門田氏は、この他にもさまざまな種類のカンバンをあげているが、カンバンシステムとし

ての基礎を成すのは、「引き取りかんばん」と「生産指示かんばん」の2つである。 14 完成車メーカーT 社のヒアリング調査、2002 年 9 月 25 日、(×)は録音の関係で音声

不良により聞き取れなかったことを意味している。 15 完成車メーカーT 社の T 工場の内の第 3 組立工場での実地調査、2002 年 9 月 23 日。 16 完成車メーカーT 社のヒアリング調査、2002 年 9 月 25 日。 17 鈴木良始 前掲書 p.59 [ ]は本章担当者による。

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18 完成車メーカーT 社の K 工場の内の第9機械工場での実地調査、2002 年 9 月 25 日。 19 門田安弘 前掲書 p.228。 20 門田安弘 前掲書 p.229。 21 門田安弘 前掲書 p.229。 22 門田安弘 前掲書 p.231,232。 23 門田安弘 前掲書 p.232。 24 門田安弘 前掲書 p.232。 25 大野耐一 前掲書 p.221。大野氏は、バカヨケを次のように説明している。「生産工程内

で 100 パーセント良品をつくるためには、冶工具・取付具にいろいろ工夫して、不良品の

発生を未然に防ぐ仕組みが必要である。これを「バカヨケ」という。「バカヨケ」にはたと

えばつぎのような仕組みがある。①作業ミスがあれば、品物が冶具に取り付かない仕組み。

②品物に不具合があれば、機械が加工を始めない仕組み。③作業ミスがあれば、機械が加

工を始めない仕組み。④作業ミス、動作ミスを自然に修正して、加工を進める仕組み。⑤

前工程の不具合を後工程で調べて、不良を止める仕組み。⑥作業忘れがあれば、つぎの工

程が始まらない仕組み―などである」。 26大野耐一 前掲書 p.15,16。 27 新郷重夫『トヨタ生産方式のIE的考察』(p.84 日刊工業新聞社)によると、通常の自

動化の 90%程度の効果は得られていたようである。 28 鈴木良始 前掲書 p.65,66 29 鈴木良始 前掲書 p.104 30 鈴木良始 前掲書 p.106 31 江口英一「下請生産構造のもとでの熟練・技能の社会的性格」(『自動車産業の国際化と

生産システム』p.139 中央大学経済研究所編 1990 年 9 月 30 日発行 中央大学出版部)。

江口氏の行った、自動車一次サプライヤでのヒアリング調査を記しておく。「大きな故障と

かは、分からなくなると技術の人を呼んでということになりますね。日常茶飯事に起きる

ちょっとした故障は、そんなものは自分達で直せるように、そういう状態までしないと動

きませんからね、ラインは。いちいち読んで待っていると時間もかかりますから、できる

だけ、機械の稼働率を高めるということですね。どうしても故障が多いんですよね。100%時間から時間まで 7 時間半動いている機械なんてそんなにないですね。どっかしか、例え

ば刃物を交換するとか、ちょっと寸法がくるったとか、機械の調子が悪いなんてことは、

ただ見ているだけでは分からないんじゃないですか。」

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32 藤本隆宏、武石彰 前掲書 p.250 33 藤本隆宏、武石彰 前掲書 p.246,247 34 武石彰「自動車産業のサプライヤー・システムに関する研究:成果と課題」(『社会科学

研究』 第 52 巻 第 1 号 p.37) 35 伊丹敬之「見える手による競争:部品供給体制の効率性」(『競争と革新―自動車産業の

企業成長』p.160,161、 1988 年 12 月 22 日発行)。 36 藤本隆宏「日本型サプライヤー・システムとモジュール化―自動車産業を事例として」

(『モジュール化 新しい産業アーキテクチャの本質』p.186 2002 年 3 月 1 日第1刷発行 東洋経済新報社)

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第5章 「収奪」される下請企業 <目次>

はじめに 第1節 現在の自動車産業における「収奪」 5 第2節 「収奪」とは 第1項 「収奪」という用語 1.「収奪」という用語 2.「収奪」以外の用語 3.「収奪」の特性 10

第2項 「収奪」とは 第3節 日本機械工業における下請 第1項 下請の意味 1.下請とは 2.下請に外注する理由 15

第2項 下請制の歴史 1.大恐慌以前(~1930年) 2.戦前、戦中(1931年~1945年) 3.戦後復興期、高度成長期(1946年~1972年) 4.オイルショック、円高不況期(1973年~1987年) 20 5.バブル経済期(1988年~1990年) 6.平成不況期(1991年~)

第4節 過去の下請論からの考察 1.大恐慌以前(~1930年) 2.戦前、戦中(1931年~1945年) 25 3.戦後復興期、高度成長期(1946年~1972年) 4.オイルショック、円高不況期(1973年~1987年) 5.バブル経済期(1988年~1990年)

第5節 日本的生産システムが「収奪」を生み出す原理―過去の下請論からの考察― 第1項 現在の下請分業構造 30 1.下請取引の新しい動き 2.現在の下請分業構造

第2項 日本的生産システムが「収奪」を生み出す原理―過去の下請論からの考察―

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はじめに ここまで、SCMが概念としてしか存在しないこと。それを批判するためには実際に構

造を持つ生産システムを批判しなければならないが、その対象が日本的生産システムで適

当であることを説明してきた。 5 この章では、いよいよ論文の問題意識である「収奪」について考察していく。まず、第

1節では私たちの問題意識を生んだ自動車産業における「収奪」を紹介する。日本の下請

制の中に存在する「収奪」の例として、特に今回私たちがSCMの「理念型」を提案する

対象として、日本の自動車産業における「収奪」の例を紹介する。それを確認することで

私たちの問題意識を確認してほしい。 10 第2節では「収奪」とは何か、すでになされている研究をふまえ私たちなりに定義する。

日本の下請制の研究においては70年前から「収奪」という問題が研究されてきた。そこ

で実際に使われている「収奪」という言葉についてもう一度考え直していきたい。 第3節では日本機械工業における下請制とは何か、その本質と形成された歴史を説明す

る。日本機械工業の企業の競争力には、日本機械工業において前提となっている下請制が15 大きく関係していると考えられてきた。そのため、その後に紹介する下請制に対する各研

究者の評価は、日本経済の景気の動きと対応しているので第4節を理解するためにも必要

な説である。また、下請企業が親企業から「収奪」される原因もつきとめるために必要な

説である。 第4節では、下請制に対して各研究者がどのような評価をしているのか、特に「収奪」20 についてどう考えているのかを紹介する。そのため、数多くいる研究者の名でも「収奪」

にあまりこだわっていない研究者は省かせていただいた。取り上げるのは「収奪」が存在

するという研究者と「収奪」は存在しないと言っている研究者である。それは、なぜ「収

奪」が起こるのかを考える際の参考とするためにも理解する必要がある。日本においては、

その蓄積がかなりあるので、それを確認していくのである。 25 最後に第5節において、これまでの研究をもとに私たちなりに下請制の本質を把握し、

現在の下請制において「収奪」の起こる要因をつきとめて次の章へつなげていく。「収奪」

をなくそうと考えるなら、なぜ「収奪」が起こるのか、その原因をつきとめなければなら

ない。その要因分析をなすこの論文において重要な説である。 30

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第1節 現在の自動車産業における「収奪」 はじめに現在の日本自動車産業に存在する「収奪」を雑誌や新聞記事などに掲載されて

いたものを中心に紹介する。1その途中で、「収奪」の例については下請取引をする際に特

に問題となるであろう(1)部品単価関連、(2)下請代金支払関連、(3)下請取引の継5 続関連、(4)その他で分別した。下請企業が不平等な取引を押し付けられていることが事

例によって理解できる。この論文の問題意識をもう一度確認してほしい。この事例のなか

で日本自動車産業の特徴として、支払については問題としてあまりあがってきていないこ

とがわかる。他の機械工業では支払を遅らせたり、長期の手形で払ったりと「収奪」と取

れる事例があったのだが、自動車産業においては見当たらなかった。 10 (1)部品単価関連 a)トヨタはグループ・系列・下請各社に30%のコストダウンを押し付けている。 ある下請企業はそれに対応するため、人件費を削減して正社員を数十人きった。 15 別の下請企業では、コスト削減のために社長がベトナムへ行って労働者を探している。2

b)トヨタ関連の工作機械メーカーでは、2004年開始のポーランド工場のための72

台の注文は注文段階ですでに赤字であった。3 c)分業構造の最末端に位置する零細企業や家内労働のところでは、トヨタの30%削減

がもろに影響を与え、工賃が徹底して削られている。4 20 d)冶具、工具の業者では、月末に工賃5%削って請求してくれといわれる。専用機製造

の下請業者は92年に1億円あった売上が今は半分になり、従業員や自分の報酬も減らし

ている。5 e)トヨタは1ドル=80円でやれる工賃でと下請企業にコスト削減をいってきた。それ

に協力してきたが、会社は1兆円の利益を上げ、円は120円になったのにまだコスト削25 減を求めている。6 f)日産自動車の2002年3月期の利益は下請企業を切り捨て、2450億円の購買コ

スト削減をしたことによる。7 g)円高が急進してから、親会社に納める部品の単価を半分に引き下げられた。「同じ収入

を得るのに、二倍作らなければいけなくなったのです。」関東地方のある自動車部品製造の30 下請業者は、最近の親会社との取引の激変ぶりをそう嘆く。8 h)ある日突然、「お宅が作る部品は、海外での現地調達の対象になった。これからでも一

緒に行くか。あるいは30%値下げをするか。それとも契約をやめますか。」といってくる。

9 35 (2)下請代金支払関連

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特に目立ったものはなかった。 (3)下請取引の継続関連 5 a)日産は、系列部品メーカー(1145社)を40%削減し、700社にしたと言って

いる。部品・資材供給企業1145社を600社に、設備サービス企業6900社を34

00社に半減する。10 b)浜松のある内装部品メーカーでは、設計担当者や契約担当者と話し合いを重ね、その

ための設計図を通って届けたがいつまでたっても注文がこない。問い合わせると、図面を10 見せたらお宅より4割も安く加工してくれる会社があるのでそっちにしたといわれる。11 (4)その他 a)ある下請部品メーカーでは、JIT納入も以前は100個単位のものが、3~5個を15 納期に間に合わせて納入するやりかたになっている。12 b)トヨタ輸送の下請企業では、輸送コストを20%削減できない会社は業界ではやって

いけないといわれ、そのため今は職場での、賃金の減額、勤務加給の廃止、定年退職年齢

の引き下げなど労使協定無視の不当労働行為が続いている。13 c)日産自動車が打ち出した座間工場の閉鎖は、部品メーカーにもリストラクチャリング20 (事業の再構築)を迫っている。シートメーカーの池田物産は、来年五月から一年かけ神

奈川県綾瀬市にある本社工場からシート生産の五割を福岡県の子会社に移管する。本社工

場はもともと座間工場でつくる「サニー」向けに建設したものだが、サニー生産は九州に

集約されるからだ。14 25

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第2節 「収奪」とは 私たちは問題意識として「収奪」という用語を論文に使うにあたって、その定義ははっ

きりさせなければいけない。そのために「収奪」という用語がどこからきたものなのか、

その言葉の意味するものは何なのかをこの節ではっきりさせる。 5 第1項 「収奪」という用語 1.「収奪」という用語 10 (1)「収奪」という用語の始まり 「収奪」という言葉はいつから使われ始めたのであろうか、それを日本機械工業の下請

制の研究をはじめて行なった藤田・小宮山論争までさかのぼって確認する。 15 日本機械工業における下請論の始まりは、藤田敬三氏と小宮山琢二氏の論争から始まっ

た。その一方の藤田氏は、下請制は商業資本的性格の意味では以前からある問屋制と変わ

らず、労働者に対する「収奪」が下請制にも包摂されると議論を展開している。つまり藤

田氏は日本機械工業における下請取引の「収奪」という側面をはじめて取り扱った人物だ

といえる。その著書の中にも「収奪」という言葉が出てくることなどから、彼が日本機械20 工業における下請取引において、「収奪」という言葉を用いた最初の発言者ではないかと考

えられる。 「日本の資本が、労働者を収奪する最も特異な仕方としての下請制なる仕組みの中で、

いかに巧妙に中小企業を利用しつつあるかを見るために、…(略)…。」15 「だからこの研究の究極目標は、本論における労働者大衆を牽制し、収奪するための25 手段と化している下請制的な中小企業の役割そのものの中にある。」16 「ところで下請制での元方資本は、それが依然として商業資本たると、その一部が既

に産業資本化している場合たると、完全な元方資本たるとを問わず、より劣位にある

工業、すなわち既にみずから賃労働者を雇い入れて自己の責任において生産を営みつ

つある相対的に弱小な企業を、資本や、市場や、技術の優位の面から支配することに30 よって、その企業の労働者を収奪するのみならず、これら下請工場の労働者の低賃金

を持って自家工場の労働者の賃金の上昇とその団結力の増大とを牽制しようとするの

を常とする。」17 以上のように、藤田氏は下請制における「収奪」とは下請制を媒介として労働者を「収

奪」することであると定義している。藤田氏による「収奪」の定義が労働者の「収奪」に35 とどまっていることから、現在のさまざまな「収奪」の形態は、すべてここに当てはまる

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のである。 (2)「収奪」という用語を用いた見解 藤田氏以外の下請制の研究者は「収奪」という用語をどのような意味で用いているので5 あろうか。ここで、「収奪」という用語を自分の理論で展開している論者の主張を紹介する。 ①藤田敬三氏 「収奪」とは、元請企業が下請制を媒介として下請中小企業を支配し、そこにいる労働

者を収奪することと主張している。藤田氏の主張ではあくまで下請制は、労働者を収奪す10 るための媒介に過ぎないのである。 ②金鍾碩氏 下請制は中小企業の労働をその社会的価値よりも低い価値で表すこととなり、中小企業

に対する価値収奪の原因となると主張する。そのような下請制度の広範な利用によってそ15 のような収奪機構が固定化されると、独立の比較的進んだ生産力を有する中小企業の商品

に対してもそのような価値決定が強制されるとしている。金氏は下請企業の製品の価値設

定に注目し、「最も一般的、かつ基本的な形態は不等価交換」18であると主張している。 ③佐藤芳雄氏 20 「問題の核心は、資本対資本の抗争関係、資本による資本の収奪関係である」19と主張

する。つまり、下請取引関係自体は資本と資本の抗争であり、「収奪」とは資本が資本に抑

圧と専横をすることなのである。そもそも中小企業問題は、労働力が過剰となって大工業

にのまわりに周辺化された人々の最終避難所である工場が、非人間的な労働搾取の場とな

っていたことが収奪される資本(企業)の資本家(経営者)たちの悲痛な叫びとしてもと25 もとあったが、恒常的大量現象として「資本による資本の収奪関係」20として意識化され

るようになったことが、佐藤氏が言うところの下請問題の核心なのである。 ④永山利和 下請制の論点は「諸形態をとって機能する中小企業の多くが独占資本・大企業のもとで、30 労働者や中小企業経営者家族までも広く収奪の対象とされてきたメカニズムの解明」21に

あると主張する。「収奪」と下請制の論点は、広く中小企業の労働者までも対象としている

ことを再度確認している。 以上、数人の下請制研究者の「収奪」についての理解を示してきたが、最終的に下請中35 小企業にいる労働者を搾取するということでは、最初の藤田氏から大きな変化は見られな

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い。 しかし、他の下請制研究者は「収奪」という言葉をあまり使っておらず、中小企業庁や

公正取引委員会も使っていない。そのうえ新聞にも載っていないのである。藤田氏と何人

かの研究者がその著書や雑誌での投稿でとりあげているものを除けば、社会的に広く認識

されている言葉とはいえないであろう。下請制研究者の論文や著書には「しわ寄せ」のほ5 うがよく使われているようである。しかし、「しわ寄せ」というと企業間の取引で一方的に

親企業が下請企業にコスト削減や納期短縮を押し付けているという行動のレベルでのイメ

ージしかわかない。本当の意味で、下請企業にいる労働者が搾取されていることを伝える

には「収奪」のほうが正確な表現だといえる。この論文では「しわ寄せ」なども「収奪」

に含めて考えるので、それらの言葉についても検討し、それらも包括した「収奪」を検討10 していくことにする。 2.「収奪」以外の用語 「収奪」以外に下請制で親企業が下請企業に不平等な取引を押し付けていることを示す15 言葉は2つある。多くの下請研究者も使っている「しわ寄せ」と、新聞などで使われてい

る「下請いじめ」の2つである。 「しわ寄せ」は、下請の研究者や公正取引委員会が使っている。その「しわ寄せ」につ

いて、公正取引委員会と佐々木昭三氏の2つの例を紹介する。まず公正取引委員会では、

「『親企業が消費税分の負担を下請業者に不当にしわ寄せすることのないよう求める要請20 書』を、中小企業団体などに送った。」22という記事があった。つまり、公正取引委員会で

は親企業が本来は自社で負担しなければいけない何らかの負担を下請企業に不当に『しわ

寄せ』することを「しわ寄せ」と呼んでいるのである。 もう一例の佐々木氏は、雑誌の投稿で「しわ寄せ」という言葉を用いている。

「そのため、その『しわ寄せ』を労働者・国民や地域経済を守るルールの弱い(な25 い)日本で工場閉鎖や解雇を強行する横暴きわまりない多国籍企業戦略として展開し

ているのである。」23 佐々木氏は多国籍企業が日本の労働者・国民を犠牲にして、工場閉鎖や大量解雇などの

多国籍企業の利益を最優先する戦略を行なうために、下請企業やそこに

いる労働者に解雇などの負担を負わせることというように定義している30 ようである。

「下請いじめ」については、基本的には新聞や雑誌などの報道で使われることが多かっ

た。おそらく、「収奪」よりも柔らかい言葉なのが使いやすさにつながっているのだろう。 雑誌に投稿していた中沢孝雄氏の例をとってみる。中沢氏の主張は、協力会社間の信頼

関係の崩壊を招くような悪質な取引を親企業が下請企業に押し付けることである。 35 「完成品メーカーと一次メーカーとの関係は、人的にも資本取引においてもいきな

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りドライな関係に置き換わることはないが、一次と二次の関係、二次と三次の関係と、

下がってくるに従って、一種のいじめではないかと思えるほど取引関係の内容がひど

くなってきている。」24 その他に、読売新聞では常に「下請いじめ」と書いていた。日経新聞でもわずかながら

載っている記事があった。そこでの「下請いじめ」の定義は、円高や不況で収益の悪化し5 た親企業が、下請会社に対して支払の遅延や買いたたきを強いることとされている。 その他に中小企業庁の記事が乗っていた。中小企業庁が下請取引のどこに問題を認識し

ているかはわかるが、おそらく「下請いじめ」という言葉は新聞社が使っているものであ

ろう。 「親会社が下請け会社への支払いを遅らせたりするいわゆる“下請いじめ”の件数10 が減少傾向にあることが、公正取引委員会が15日発表した下請代金支払遅延防止法

の運用状況で明らかになった。」25 「親企業が下請企業の製品を買いたたいたり、支払を遅らせる“下請いじめ”…」26 「円高不況で収益が悪化している親企業が、下請企業に犠牲を強いる『下請いじめ』

を防止するための…」27 15 中小企業庁では、「調査で買いたたき、返品要求、消費税の延べ払いなど不当取引が判明

すれば、親会社に対して断固としたそちをとる。」それについて1989

年3月17日付で電気、建設など約850の業界団体に通達を出してい

る。28以上から親企業と下請企業との間で、親企業の都合により不当な

取引を行なわされることに問題を認識していることがわかる。 20 「下請いじめ」は、社会的にやわらかい言葉に直したものであり、論文に使うのに適切

ではないと判断してこの論文では使わない。また、「しわ寄せ」は「収奪」を行なう手段と

して「収奪」よりも少し具体的にかつ限定的に述べられている。「しわ寄せ」は親企業が負

担すべきものを下請企業に押し付けた場合に用いられる言葉であり、下請企業にいる労働25 者を搾取する意味はない。つまり「しわ寄せ」は直接親企業が下請企業に対して行う行動

を示しており、あくまで企業と企業の関係を表したものである。したがって以上で紹介し

た「しわ寄せ」や下請いじめでは下請問題の本質である最終的に労働者を「収奪」してい

ることまで問題とすることができないのである。ゆえにこの論文では「収奪」という言葉

をあえて用いることにする。 30 3.「収奪」の特性 「収奪」というのは今まで見てきたところ、親企業が一方的に下請企業へ不当な取引を

押し付けていることだと考えることもできる。そのようなことから下請企業の立場を守る35 ために「下請代金支払遅延等防止法」という法律がある。そこには一種の「収奪」と取れ

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るようなことが規制されている。また、「収奪」は親企業の負担を押し付けるという「しわ

寄せ」の意味も含んでいる。円高や景気停滞期に「収奪」が増えると中小企業庁は問題視

していることもあり、この法に対する違反の処理件数を調べることで、マクロ経済と「収

奪」との関係を確認する。 5 (1)「下請代金支払遅延等防止法」 「下請代金支払遅延等防止法」(以下下請法)は、1956年に制定され、過去に2回改

定されて現在に至っている。そこでは、下請取引において親企業がしなければいけない義

務や禁止事項がかかれている。毎年書面調査などの調査が行なわれ違反を見つけている。10 また、下請企業からの告発により違反と判断された例もある。そして違反した親企業には

公正取引委員会から罰金や勧告が行なわれることになっている。29 (2)違反の実績 15 下請法の違反実績により、「収奪」が不況や円高のときにおこるという中小企業庁の認識

を確認する。 違反実績を線グラフで表す(図5-1、表5-1)と、山が4つあることが確認できる。

1986年は一見普通の件数に見えるが、調査方法が各事業所に対する書面調査から、本

社へ書類を送りそこから各事業所へ確認を取るという形になり、違反件数が減ったためと20 思われる。実際に表にはないが86年の変更前の時期においてだけで前年を上回る数を記

録していた。 1つ目と2つ目、4つ目の山は日本経済が低迷した1979年の第2次オイルショック、

85年のプラザ合意後の円高不況期、そして平成不況期である。それで説明できないバブ

ル期の山は、円高の影響だと考えられる。グラフでは円レートも重ねているが、それは「収25 奪」の違反への処理件数と円レートは逆に動くことからもわかる。「収奪」は親企業の業績

がまたは、コストに対して親企業にとって不利な条件が起きたときに対応して増加するも

のなのである。 30

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出展)「平成3年度における下請法の運用状況及び下請代金の支払状況」(平成13年まで) 『公正取引』公正取引委員会 作成)金内(2002)

(表5-1)下請穂違反処理件数と円レート 5

出展)公正取引委員会 前掲書 作成)金内(2002)

年度 処理件数 円レート 年度 処理件数 円レート 年度 処理件数 円レート

1956年 65 1971年 544 335.27 1986年 1397 159.83

1957年 123 1972年 625 297.06 1987年 1470 138.33

1958年 154 1973年 716 273.88 1988年 1559 128.27

1959年 126 1974年 842 292.7 1989年 2579 142.82

1960年 58 1975年 961 299.06 1990年 2314 141.3

1961年 95 1976年 1173 292.35 1991年 1593 133.18

1962年 196 1977年 1303 256.53 1992年 2065 124.8

1963年 259 1978年 1329 201.4 1993年 2707 107.84

1964年 298 1979年 894 299.66 1994年 1819 99.39

1965年 301 1980年 1357 217.6 1995年 1692 96.44

1966年 424 1981年 1185 227.52 1996年 226 112.64

1967年 561 1982年 1289 249.64 1997年 269 122.7

1968年 596 1983年 1436 236.33 1998年 226 128.02

1969年 704 1984年 1917 244.19 1999年 234 111.54

1970年 486 360 1985年 1671 221.09 2000年 230

2001年 335

(図5―1)下請法違反件数と円レート

0

500

1000

1500

2000

2500

3000

1956年

1961年

1966年

1971年

1976年

1981年

1986年

1991年

1996年

2001年

件数

050100150200250300350400

円(=1$)

処理件数

円レート

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第2項 「収奪」とは 以上のことをふまえて、私たちがこの論文を書くにあたって認識している「収奪」の定

義を示す。 「収奪」というからには何かを奪い取っていることを指している。それを私たちは中小5 企業の労働者と認識している。具体的には親大企業が下請取引を媒介にして下請中小企業

にいる労働者を支配し、不当に利用することである。具体的には、親企業の都合にあわせ

て一方的に下請企業への支払を遅らせたり、部品単価を買いたたいたりすることである。

場合によっては取引を突然断絶することもある。これらは企業と企業の関係としてまとめ

ることもできるが、実際に苦しめられているのは下請企業にいる労働者であり、下請制に10 おける「収奪」の本質は、下請企業に対する「しわ寄せ」に隠れて大企業が下請企業にい

る労働者を支配し、不当に利用することなのである。ゆえに、大企業の調子が下向く、景

気停滞期や円高が起こったときに「収奪」が増加するのである。 それをふまえて、この論文では、円高や景気の停滞などにより、親企業が製品の国際競

争力の低下や生産の縮小を迫られる。そんな時に親企業自身が安定した経営を続けるため、15 また製品の国際競争力を維持するために、下請企業に対して一方的に支払の遅延や部品単

価の買いたたきを迫る。場合によっては取引を断つこともある。そのような行動を通して、

下請中小企業にいる労働者を実質的に自社の支配下に置き、利用することを「収奪」と呼

ぶ。 20

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第3節 日本機械工業における下請 第1項 下請の意味 1.下請とは 5 (1)下請の由来 下請という言葉は、「『下請』は『下請負』ないし『下請負契約』の略。原点の用語は、

江戸時代の『下請人』や『下細工・下仕事・下職』といった問屋制生産に関わる職人世界の10 伝統的用語。明治になり民法制定のとき『請負契約』が規定され、『下請負契約』と訳され

て、建設業等で一般化した。」30のが始まりである。 機械工業で使われ始めたのは、昭和10年代(1930年ごろ)であり、当時の文献に

は、「ところでわが国における『下請』なる言葉がいわゆる下請工業の意味において散見す

るにいたったのは比較的最近の事実である。」31とかかれている。そのことから、機械工業15 では、1930年代ごろから下請という言葉を利用し始めたと考えられる。 (2)下請関係とは 一般には、「規模の大きい企業(親企業)から規模の小さい企業(下請企業)への物品等20 の製造、加工、修理等の委託関係を指している。」32という。それを構成しているものは、

規模の格差に代表される取引当事者の力関係と委託関係によって表現される両社の密着し

た関係である。 その後者の委託関係とは、「特定の親企業の仕様等に応じて物品等も製造する関係であり、

通常の市販品を購入する行為と異なり親企業は相手方(下請企業)の製品製造工程に密接25 に関与していくこととなり、逆に下請企業からみれば、そもそも受注生産であるからして

その製品の市場は、親事業者だけということになり、そこには、対等な取引関係が育ちに

くい環境がある。」33ような関係と考えられている。 そのようなことから、下請という用語には、労働条件や経営内容、生産性、技術水準な

どの格差や、厳しい取引関係を強いられているというイメージが強いために、近年では下30 請という用語は意識的に避けられている。その代わりに、「サプライヤ」が使われているの

である。 2.下請に外注する理由 35 しかし、なぜ親企業は下請に外注するのであろうか。そのアンケートを取ったデータが

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あったので以下で紹介する。(表5-2)

(表5-2)下請取引の存立理由(単位:%) 親企業 下請企業

専門的技術及び特殊設備を有してい

るため 47.0 42.3 受注販売活動の必要がなく生産部門

に集中できるため 発注ロットが小さく、下請生産のほう

が合理的であるため 36.1 34.1 下請取引の方が収益はともかく仕事

量が安定しているため 人件費が安く、製品単価が安くあがる

ため 31.0 20.5 貸倒れの懸念がないため

発注量の変動に弾力的に対応できる

ため 29.9 13.6 下請取引の方が仕事量、収益とも安定

しているため 設備投資などの資本節約が可能にな

るため 26.8 10.1 親企業の購買管理の標準が高く設

計・品質・生産能力の向上の刺激とな

るため 納期・品質が安定していて無理がきく

ため 7.0 8.9 親企業の技術やノウハウを吸収でき

るため 資本的・人的つながりが強いため 4.6 8.6 親企業から金融・経営・技術について

の情報・指導援助を受けられるため その他 4.2 10.7 その他 注)複数回答のため合計は100を超える 出所)横堀恵一「下請企業の現状と問題点」(『通産ジャーナル』1980年11月号)P.126 5 資料)中小企業庁『下請企業調査実態調査』1979年11月 この結果から、親企業が下請を利用する理由は、専門的技術や特殊設備を利用すること

で、その設備を設置するための資本の節約も兼ね、かつ自分たちの製品の品質を向上でき

るというメリットを手に入れられること。中小企業は大企業よりも人件費が安く、その人10 件費の安さ(企業規模別賃金格差)をコスト削減として利用することができること。景気

変動に対応するために利用する。といったことがあげられる。大企業にとってはリスク面、

コスト面でのメリットが多いのである。 第2項 下請制の歴史 15 では、この下請制はどのような背景から生まれてきたのであろうか。後の下請制の研究

を理解するためにも歴史を確認する。

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1.大恐慌以前(~1930年) 19世紀の日本の労働市場では、地域間の労働者移動が比較的まれであったことにより、

地域間賃金格差が大きかった。しかし、20世紀初頭になり、労働移動性が高まることで

熟練工の賃金格差が縮小する。それぞれに多様な技能をもつ労働者たちが、市場の状況と5 自分の技能の許す範囲内でよりよい労働条件を求め、次々に雇い主を変え、頻繁に移動す

る慣行が日本にも出来上がっていたのである。また、熟練工が頻繁に仕事を変えていたと

いう事実から、企業間の労働条件の違いはさほど大きくなかったことがわかる。 そして1920年代になり、船舶需要の世界的減少と1921~22のワシントン軍縮

会議による軍用艦建造制限によって、日本の造船業は深刻な景気停滞に陥る。それに鉄鋼10 などの関連産業もつられ、日本は景気の停滞期を向かえる。1920年以前の日本企業は、

効果的な労働力調整のメカニズムがなかったために、その規模に関係なく景気変動に翻弄

されたのである。その不況により、労働人口のかなりの部分が中小企業へ周辺化すること

になる。また、この当時の余剰労働市場の人々は周辺化とともに、自ら商売をはじめたの

が特徴であった。 15 その反対に、大企業内では企業専門的な労働者を作ろうとした。中核労働者の質の向上

をはかる企業の戦略であった。それを達成するために年功制や退職金制度が導入され、そ

れにより大規模製造業部門で離職率が下がることになる。 不景気による解雇と、大企業内での内部労働市場の発生が、日本の労働市場を二分する

ことになった。そこに大恐慌(1929年)が、周辺労働者の賃金低下に拍車をかけ、差20 は広がっていった。 日本の機械工業の労働市場は、このような二重構造の出現により、中核経済の大手メー

カーが利得を得るのに理想的なかたちになったのである。1920年代の景気後退期を通

じて経済がこのように再編成されたことは1930年代以降日本において下請システムが

急速に普及する基礎となったのである。34 25 2.戦前、戦中(1931年~1945年) ①下請制発生の前提 30

「ところでわが国における『下請』なる言葉がいわゆる下請工業の意味において散

見するに至ったのは比較的最近の事実である。しかし工業経営における下請なる事象

そのものは、もちろん今に始まったことではない。」35 この時期に下請制が発生する要因となったの前提は、1920年代までの経済の再編成、35 経済的要因としてこの時期の軍需の拡大、技術的要因として中小企業の技術力向上、イン

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フラストラクチャー整備があげられる。 まず、1920年代までの経済の再編成については先に触れたので省略させていただく。

安価な労働力の利用可能性と、中小企業数の増加が主な特徴である。 経済的要因としての軍需の拡大は、既存の大手メーカーの生産能力だけでは、軍需を満

たせないほどに拡大した。しかし当時、周辺経済には中小企業の起業が多かったために労5 働力には余剰能力があり、かつ中核大企業と周辺中小企業の賃金格差は大きかった。さら

にこの時期、大企業には数年前の不況が設備投資を思いとどまらせたのである。そこで急

増した軍需と不安定な供給のギャップを埋めるのに都合のいい手段として下請の利用が浮

上したのである。また、戦時経済体制として、戦時生産の増強のため、政策として多くの

中小企業が下請として動員された。中小企業も統制が強化される中で、生き残るために軍10 需部門の下請となる以外に道はなかったのである。36親大企業と下請中小企業の思惑の一

致により、下請制が発生したのである。 技術的要因である中小企業の技術力向上は、この時期になると中小企業は旧式とはいえ、

ガソリン式の小型原動機や旋盤などは備えるようになっていたことである。37工作機械の

技術的進歩もあいまって、機械加工などの単純作業がそれら自体分離しえるものとして再15 編成され始めたのもこの時期である。 インフラストラクチャー整備は、国全体にわたる輸送・通信システム・電力の普及・拡

大である。それらは、元請・下請間でなしえる分業に対する地理的障害を取り除いき、小

規模な下請でも、生産品を市場に出す機会が増すことになったのである。 20 ②政府政策 政府は戦争により工作機械などの輸入を制限した。しかし、工作機械の産業基盤は心許

なく、質のよいものは作られず、スクラップばかりが作られた。工作機械がそのような状

況であるため、ほかの産業も同じ状態であった。 25 この状況を改善しようと、政府は1940年12月に『機械鉄鋼製品工業整備要綱』を

交付する。それは、(ⅰ)品質を改善し輸入の落ち込みを埋め合わせるために、生産分野を、

必要とされる固有の専門技術に従って区分。(部品専門メーカーに奨励→主要メーカー同士

の部品製造の重複は解消させる)さらに主要メーカーは、下請製造・加工に適したものに

ついては出来得る限り下請企業を利用すること。(2)下請企業を指定制にする。優良な専30 門技術・設備を有する指定下請企業は、民間セクターの特定「親」会社と相互に関連する

諸機能を常日頃保持し、これに専属するものとする。一方で、「親」会社は下請企業に対し

技術・経営・財務上の援助を行ない、定期的な発注を義務付けられる。(必要な場合は、元

請企業と複数の下請企業の共同経営も可)下請企業の協力会も確立され、元請企業の管理

化に置くための準備もされた。 35 しかし、それでも満足しなかった政府は、1944年に企業系列を整備させる。系列下

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請企業(主要な設備機械10台以上のもの)は可能な限り「専属」でなければならず、専

属の度合いに応じて分類すると規定する。当時、下請企業の技術が不十分で部品は輸入し

たほうが自動車は故障しなかったが、戦争のために政府はそれを制限した。 しかし、当時の規制の結果、下請企業が特定の元請企業に専属したことによる当然の帰

結として後者から全社への広範な技術移転が行なわれた。下請企業の技術レベルは、特殊5 専門技術の獲得にしたがって向上したのである。階層制組織である系列の普及にともない、

顕著なピラミッド型の下請形態が出現する。頂点の大企業がアセンブラーで、下請企業は

部品ないし加工の専門メーカーである。 3.戦後復興期、高度成長期(1946年~1972年) 10 ①概況 高度成長期は、日本の巨大企業は技術的遅れの克服のため、先進国から技術導入を積極

的に行なった時期である。その結果、巨大企業自体の技術水準は向上した。日本の機械工15 業全体が技術的に遅れており、その克服が大企業をはじめ日本機械工業全体の緊急課題で

あったのである。その中心的な戦略的に重要な部分の技術については大企業自身が、海外

からの技術導入を中心に、内部での育成努力をしたのである。 しかし、生産上の直接的関連を持った中小企業の問題が残った。中核的技術の導入とそ

の生産への具体化に精一杯であった大企業は、周辺的な部分については外部企業に依存せ20 ざるをえなかった。同時に日本国内には中小企業の技術力が問題となる「二重の隔絶性」38

が残っていた。そのため、大企業は自分たちよりさらに遅れた企業しか外注先として利用

可能ではなかったのである。 しかし、高度成長により増産は続き、大企業は自らの生産のための必要に迫られ、既存

の下請中小企業を選抜し、重点的に技術援助や資金援助を行なうことで、それを育成しよ25 うとした。それも単なる量的確保ではなくて、周辺的部分とはいえ、常に技術的高度化を

ともないながらの量的供給能力の拡大を求めたのである。その結果、育成対象とされた企

業の技術力の生産力が、ある程度巨大企業の技術力向上に対応しうる形で、急速に向上し

たのである。このような育成と選抜を繰り返す下請再編成を大企業は繰り返したのである。

育成対象とされた中小企業は、資本的つながりがないため求められた成果を少なくとも一30 定の猶予期間内で実現しなければ、育成対象からはずされるという競争にさらされ、技術

力の向上を達成しようと努めた。その繰り返しによって、育成対象として残った企業とは、

かなり長期的かつ継続的な関係が維持されたのである。 ②大企業にとっての下請制の意味 35

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高度成長の上では、工業生産が4、5年で倍増する。当時の大企業にとって高度成長過

程の生産拡大と技術水準高度化のもとでの量的・質的両面での生産能力の確保が必要であ

った。(表5-3)

(表5-3)製造業の製造品出荷額 5

0

50,000

100,000

150,000

200,000

1948年

1949年

1950年

1951年

1952年

1953年

1954年

1955年

1956年

1957年

1958年

1959年

1960年年

(億円)

出所)日本経済新聞社『昭和の歩み②日本の産業』 1

988年6月3日 1版1刷発行 原書)通産省『工業統計調査』 10 作成)金内(2002) 大企業内では自社の戦略的中核部分の生産能力拡大で手一杯の状況だったので、周辺的

な部品や加工の生産能力は慢性的な不足の状態にあった。その状況で高度成長の需要の増

大に対応するために下請企業への外注が必要不可欠だった。そのため、周辺的な生産部分15 の優先的な生産供給源を確保することが求められていたのである。また、当時の発注側企

業による受注生産型中小企業の理由の1つが資金不足のものでの「資本節約」の手段とし

ても認識されていた。 また、大企業により選抜され育成されたが、その中小企業は大企業に囲い込まれ、完全

に専属化はしなくとも、大企業の直接のライバル社への取引は厳しく制限されていた。大20 企業が国内企業間での激しい寡占間競争のもと、育成した優良な中小企業を排他的に利用

することにより、海外技術導入のもとで同様な形で技術高度化をはかる企業間での競争上

で優位にたとうとしたためであった。しかも当時は、大企業も同一の部門で急成長してい

るので、中小企業を系列化し専属的に囲い込んでも、下請系列中小企業の側に十分な市場

拡大の機会を与えられたのである。 25 ③下請企業にとっての下請制の意味

年 製造品出荷額(億円)

1948年 8,748

1949年 15,079

1950年 23,721

1951年 41,475

1952年 47,601

1953年 58,769

1954年 62,472

1955年 67,695

1956年 86,919

1957年 104,577

1958年 101,123

1959年 121,286

1960年 155,786

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この当時の相対的に優良な中小企業も大企業との従属的下請取引関係を受け入れた理由

には、中小企業間の激しい競争の存在があった。戦中、大企業では大量の技術者・労働者

の育成が行なわれたが、戦後軍需生産から民需生産に転換し生産が縮小し、それらの技術

者・技能者の多くが解雇され失業した。それらの人々の多くは、他での就業が困難なこと5 から、自ら開業する道を選択し、あるいは開業できる機会を常に求めていた。そのため、

大量の中小企業を存在させ、その大量の中小企業の存在が激しい中小企業間の競争をもた

らしたのである。 そのなかで生き残るには、成長市場の確保と技術水準向上の機会が必要であった。その

ために選んだ道が大企業の下請系列企業化だったのである。当時の中小企業は実質的に経10 営権の一部を譲渡する引き換えに、育成の対象となり、技術力の向上をより速やかに実現

し、同時に成長市場を確保したのである。 4.オイルショック、円高不況期(1973年~1987年) 15 ①概況 2度にわたる高度成長を経験し、日本の機械工業は生産の急激な拡大と技術力の急上昇

を経験した後である。その過程をふまえた日本の機械工業は、1970年代には多くの分

野で、先進工業国企業との国際競争に耐えうる状況となったのである。中小企業において20 も、下請中心企業は特定の狭い分野については、親企業とほぼ同水準の技術力を持つに至

ったと確信する企業が多くなった。これは、戦前から日本で問題となっていた小宮山氏の

「二重の隔絶性」の克服が達成されたことを意味するのである。そのため、下請取引関係

をめぐる問題性の一方である下請中小企業の技術的遅れについては、大企業の国際競争力

で妨げにならないといえる水準で解決したのである。 25 しかしこの当時、従来のような高度成長を実現できなくなった。また、地域間分業構造

と下請系列関係を取り巻く日本経済の環境条件は大きく変化したのである。 当時の環境変化の1つとして、日本機械工業の国際競争力の形成がある。機械工業製品

としては、もともと船舶やカメラ、時計と言う精密機械が国際競争力を持つ機械工業製品30 として輸出されていた。それに加えて、この時期前後から、カラーテレビを中心とした家

電製品や乗用車の輸出が本格化し、国際競争力を持つ商品となってきた。技術導入を通じ

て国際競争力のある機械工業製品を作り出すという産業政策の目標は達成されたのである。 また、優良な受注生産型中小企業における技術水準に関する自信も形成された。 さらに、産業インフラストラクチャーの整備として、物流面での高速道の完備や、情報35 流の面でのファックス通信の普及などが進んだ。その結果、企業立地条件を大きく変える

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ことになる。京浜地域を中心とした大都市圏工業集積地域の一般的立地条件が、急速に悪

化したのである。大都市では中小企業を中心に若年労働力の確保が困難となり、労働力不

足の本格化し、土地価格の高騰が進展した。広域的地域分業、または従来の大都市圏工業

集積地域を超えた地域分業の形成が必要となったが、インフラストラクチャー整備向上は

この地域分業の形成を可能にしたのである。 5 インフラストラクチャー整備と大都市圏工業集積地域の一般的立地条件の悪化により、

国内地域分業構造が大きく変化した。なかでも、最も機械工業が集積し、多様な部門の数

多くの製品メーカーが存立し、地域内において山脈構造型社会的分業構造を形成していた

京浜地域が、影響を最も激しく受けた。量産工場を中心に京浜地域外の周辺地域へと工場

立地を展開したのである。しかし、生産機能が全面的に移転したのではなく、量産機能を10 中心とした特定機能だけが周辺地域に転出したのであり、他の生産機能は京浜地域内に残

った。量産機械分野では開発・試作機能といった変化・変動の激しい生産機能が京浜地域

で拡大し、これまで量産機能を担った工場は開発母工場化した。少量生産で変動や変化が

激しい産業機械や重電機器では、開発のみならず生産機能も京浜地域に残ったのである。

結果、京浜地域を核にした機械工業の地域分業構造が東日本全体を覆う形で広域機械工業15 圏を形成したのである。 大都市圏外の企業城下町型工業集積では、優良な製品メーカー大手企業が依然主導して

いた。一般的立地条件の悪化があまり見られず、既存工業集積地域内で主導する製品メー

カーの拡大や多角化が生じた。そして特定企業にもっぱら依存する工業集積が再生産され

た。企業城下町型工業集積内の下請系列中小企業も、大企業の側の拡大や多角化に合わせ、20 量的な拡大や、質的な水準向上を特定大企業の要請にしたがう形で行なったのである。同

時に量的拡張面で限界にきた一部の量産機能は、企業城下町型工業集積外へ転出した。 どちらの工業集積においてもインフラストラクチャー整備を背景に、既存工業集積地域

から転出する量産型大規模工場の進出が続出した。孤立立地可能な量産型工場か、少なく

とも少数の関連分野の工場が同時に進出するだけで十分に集団立地の可能な量産型工場が25 周辺地域へと進出したのである。結果として、下請取引関係が広域化し、広域機械工業圏

が形成されたのである。大都市圏工業集積地域に限られていた山脈構造型社会的分業構造

が、特定地域に限定されず、広く各広域機械工業圏を覆うことにより、国内の多くの地域

を覆ったのはこの時期である。 30 ②親企業にとっての下請制の意味 優良な中小企業を従属的に利用する必要性は変化した。受注生産型中小企業層全体の技

術水準上昇により、自らの技術的高度化に対応できる中小企業を自分で育成する必要性は

弱まったからである。通常の加工技術では、大企業が指導せずにすぐさま利用できる受注35 生産型中小企業層が分厚く形成されたのだ。また、大企業の生産の伸びも高度成長期と比

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べれば鈍くなった。(表5-4)そのため、通常の加工に関して、量的な意味で供給を確保

するための、受注生産型中小企業を系列として囲い込む必要性は、需要と供給の両側面か

らかなり弱化した。

(表5-4)鉱工業生産指数 5

-15.0

-10.0

-5.0

0.0

5.0

10.0

15.0

20.0

1970 1975 1980 1985 1990 1995

(%)

年 鉱工業生産指数(%) 年 鉱工業生産指数(%)

1970 10.8 1985 2.5

1971 2.0 1986 -0.2

1972 10.8 1987 5.9

1973 14.8 1988 8.9

1974 -9.7 1989 4.3

1975 -4.4 1990 5.0

1976 10.8 1991 -0.7

1977 3.2 1992 -6.3

1978 7.0 1993 -4.0

1979 8.0 1994 3.0

1980 2.2 1995 2.1

1981 2.0 1996 3.4

1982 -0.6 1997 1.1

1983 6.4 1998 -7.0

1984 8.4 1999 3.3

作成)宇山(2002)

出所)『平成 13 年版経済財政白書』

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またこの時期、機械工業の大手完成品メーカーの多くは乗用車や家電生産部門を中心に、

既存の製品、特に量産製品について、高品質化・低コスト化を目指し、海外技術依存では

ない自前技術での革新に乗り出していた。高度成長期と異なり、独自の生産技術や管理技

術を、受注生産型中小企業を含め、本格的に開発し普及させる努力を行なったのだ。日本

の中小企業は、先進工業国の中小企業としてある程度十分な技術力を持った。しかし、そ5 のような大企業にとっては、中小企業に対して大企業が自ら追求する独自の革新的技術に

関連して指導し育成する必要性が依然として存在したのである。 ③下請企業にとっての下請制の意味 10 山脈構造型社会的分業構造が広域化し、広域機械工業圏を覆う中、中小企業のあり方も

大きく変わった。 高度成長期と異なり、大企業の間にも急成長を持続する企業とかなり成長率を鈍化させ

る企業とが生じ始めた。中小企業からみて、成長市場として魅力のある大企業とそうでな

い大企業とが存在し始めたのである。取引関係が広域化し、多様な分野の企業との取引が15 可能となり、相互の競争が激しくなると同時に、戦略的に取引形態を選択する余地が拡大

した。 同時に、特定の技術においては大企業に追いつき、場合によっては大企業以上の水準に

あると自覚し始めた。39より一層の技術発展をはかるためには、大企業経由の技術導入で

はなく、自前のルートによる技術力向上が必要となった。技術ソースとしての大企業の重20 要性は顕著に低下したのである。 5.バブル経済期(1988年~1991年) 2度の石油危機を乗り越えて、日本の機械工業の国際競争力がより一層強固なものにな25 る。リードしたのは、機械工業である。輸出産業の中心であり、量産型機械工業の自動車

工業や民生用電子機器産業が含まれ、工作機械をはじめとする各種産業機器、多様な産業

用専用機器や精密機器の製造業等も含まれている。そしてこの時期、国際競争力をもたら

したものとして、下請構造や下請系列関係が注目される 30 6.平成不況期(1992年~) ①概況 これまでの枠組みであった国内完結型の生産体制というものが崩れていった。より一層35 の円高を中心とした国内立地条件の悪化と、東アジアでの政治的安定、インフラストラク

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チャー整備によって、東アジアを範囲とする生産体制に変化し始めた。いわゆる産業空洞

化である。 また、日本機械工業の先進国へのキャッチアップ過程が最終的に完了した。1990年

代には、欧米から方向付けを与えられる状況ではなくなったのである。自前で製造業発展

の方向を見いだし、製造業のレベルの向上を目指すことが必要なフロントランナーとなっ5 たのである。さらなる中小企業の技術力の向上も進んだ。大企業・中小企業とも海外から

導入する技術が存在しなくなったのである。大企業にとっても、中小企業にとっても、海

外から技術を導入して自分たちの技術レベルの向上をはかることはできなくなった。 機械工業分野での需要のあり方が大きく変化したこと。これまでは輸出競争力をつけれ

ば市場は拡大するのが一般的であった。しかし、他国の機械工業を上回る品質と低価格を10 実現し、国際市場でのシェアを拡大した日本企業は、さらなるシェアの拡大が以前よりも

難しいものになった。 そして、近年大きな環境変化は、国内完結型の地域分業構造が東アジアを範囲とするも

のへと添加しつつある点である。国内全域が円高の中で、一般的立地条件では周辺諸国と

比較して最悪の状況になったこと。東アジア諸国のインフラストラクチャーはアジアNI15 Es諸国をはじめ、ASEANそして中国へと整備されつつあること。これらの要素から、

国境を越える問題はまだありながらも、日本機械工業企業の地域分業の範囲が、従来の日

本国内を範囲とするものから、東アジアを範囲とするものへと大きく変化したのである。

この状況変化により、従来、日本国内で完結した分業構造を形成していた日本の製造業が、

日本企業の東アジアでの生産拠点からの部品等の原材料調達を通じて、東アジアを範囲と20 する社会的分業構造の形成へと向かっているのである。 ②大企業にとっての下請制の意味 中小企業を下請関係の下に置く必要性が弱くなり、育成する余裕がなくなり、従属を維25 持する力も必要性もなくなっている。中小企業には、大企業にはないものを提案できる企

業層が形成され、発注側の製品メーカーにとって、これらの中小企業層を利用することが

自社の競争上の優位につながる。そのため、それぞれの分野で独自技術を持っている中小

企業を見いだし、利用することが基本的な戦略となってきた。今までと異なり、自らの業

務内容が大きく変化することが常態となってきた。そのたびに従属的下請を変化させてい30 たのでは他の企業に大幅に遅れをとってしまう。量的制約がとれ、育成による質的確保の

必要がなくなれば、大企業は必要なとき、必要なだけ、必要な水準のものを迅速に調達す

ることこそがもっとも大事な購買戦略上の要素となる。このような企業行動が有利な戦略

的選択となってきた。必要に応じて、もっとも優秀な中小企業を選択することが可能であ

り、それが競争上必要であれば、従属的下請関係の安定的維持は重荷以外の何者でもない。35 もちろん、最も優れた受注生産型の中小企業を従属的に必要なときだけ利用できれば最も

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有利な条件であるが、大企業間の競争から、必要な時に育成の手間をかけないですぐに利

用できる企業を確保することと、従属的関係に中小企業を囲い込むことは、ほとんど両立

不可能となった。 ③中小企業にとっての下請制の意味 5 超優良製品メーカーを含め、企業の特定分野での成長見通しは不確定となった。従属す

るほどの魅力的な市場ではなくなった。中小企業の技術水準は一層向上し、発注側企業の

指導に依存した中小企業では、中小企業間の受注競争に後れをとる状況となった。優良な

中小企業にとって、発注側企業による技術指導は、従属的下請取引関係を結ぶことを甘受10 する理由とはならなくなったのである。

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第4節 過去の下請論の紹介 1.大恐慌以前(~1930年) 下請論はまだ存在しない。 5 2.戦前、戦中(1931年~1945年) この当時の議論は、下請中小企業が、支配従属されることと技術的な側面をくっつけて

考えている。また、「収奪」という、下請中小企業に存在する問題を取り上げたことは評価10 される。 (1)藤田敬三氏(戦前・戦中):「収奪」はある 下請中小企業の存立形態の分類は、支配的資本(商業資本)による下位資本(中小企業15 資本)支配の形態であり、問屋商業資本の工業支配形態と位置付けた。a)問屋制家内工

業、b)問屋制下請、c)工場下請の3つに分類したのである。 商業資本的工業支配とは、元方たる大工場(親工場)が中小の工場を支配する場合に限

って、これを下請制工業となすことは、工場同士のつながりではなく、商業的な外注関係

であるとした。ゆえに下請工業の中の問屋制工業的経営との基本的性格の共通性(商業資20 本的)に注目している。 下請工業は「労働とその真実の支配者とを仲介する役割を果すにすぎず」40親企業にと

って、労働者の抵抗力を分散させ、固定資本の負担を軽減し、生産の拡縮を自在なものと

させるような存在に過ぎない。 また、下請工業での親企業と下請企業との関係が保守的であり、「例えば下請工業に対す25 る技術的指導のごとき画如何に強化されようとも、その本質的な生産技術の進歩には自ず

から限界があること…(略)…真に本格的な技術の発展は正に外業部が本質上外業部でな

くなったときに始まる」41ことを強調した。 (2)小宮山琢二氏:「収奪」はない 30 下請中小企業の存立形態の分類42は、a)中小工業の独立形態、b)中小工業の従属形

態に分け、後者は①支配者が問屋あるいは商業資本、輸出貿易資本、百貨店資本たる場合

(問屋制工業)と②支配者が大工業あるいは工業資本たる場合(下請工業)とを区別した。 1940年当時の日本金属機械工業の状況に、「二重の隔絶性」43を把握している。 35

a)「国の最大の関心と出費によって、世界水準を凌駕するまでに維持発展せしめられ

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た国内軍需工業、国の手厚き育成によって辛くも存続せしめられ世界水準より遥か低

位にある民間重工業―この構築こそ日本重工業の基本的構築性なのである。」44 b)「だが、このような経済的技術的隔絶は国営軍需工業と民間工業の間よりはむしろ

民間大事業と中小工業との間において救い難きまでに深刻なのだ。」45 そして、下請制による技術移転によって中小工業の生産力拡充による近代化への道を見い5 だそうとした。下請工場の生産を部分肯定へと特化させ、大工場の生産過程と有機的関連

を持たせる。下請制のもとでは、親向上と下請工場とが生産工程上の関係を持って、多か

れ少なかれ有機的に結合し、従って、その生産分化が社会的分業ないしは一生産部門内の

特殊分業である限り、その生産物は「価値どおりに」交換されうる。つまり等価交換の可

能性・必然性を示している。 10 「下請工業は現実にはいわゆる中小工業の大工業への従属依存のかたちで多く問題

とされているが、今それが最も純粋に現われた場合を想定して下請工業の属性を拾っ

てみると、 (ⅰ)支配者たる大工業は生産の内部的主導者であり下請は生産工程そのものの中

での係り合いであること、 15 (ⅱ)支配の根源が生産外の前期的収奪ではなく巨大資本による小資本の圧倒であ

ること、 (ⅲ)親工場と下請工場とが生産工程上の関係をもって多かれ少なかれ有機的に結

合すること、 (ⅳ)従ってその生産分野が社会的分業あるいは一生産部門内の特殊分業の実現で20

あり、生産物は価値どおりに交換されうること、 等をあげることができよう。 親工場たる大工業が生産者としての地位を保つために生産者的良心を要求されるこ

とから、問屋のごとく低コスト一点張りではなく下請工場の技術を考慮して、リーズ

ナブルな下請単価を決めざるを得ない場合、…(略)…等々、問屋制工業においては25 見られなかった新しい現象は下請工業の右の如き属性からのみ理解しうるであろう。」

46 また、「有機的下請」とは、「親工場の生産範囲内に属するも製作数量加工精度納期等の

関係から各種部品の一部又は全部の加工あるいは工作を下請せしめる場合。親工場が各種

部分品の仕上焼入等に先立つ荒削り程度の作業を外部に下請せしめているのがこの典例で30 あって、この場合下請工場の製品あるいは作業は多かれ少なかれ親工場の生産と有機的関

係にたち、それ自身としては全く市場性を持たないものを一般とする。」47と位置付けてい

る。 しかし、商業資本的立場についても著書の中で認めている。将来の反動期不況期に備え

る警戒と低コスト追及から部分品を外部の中小工場に下請せしめ、自らは作業拡充を手控35 えにすること。その場合の下請工場の立場は、下請が複次的になり、中間者が入り込んで

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くることになる。 「下請は普通三次くらいまでの階層を持ち、…(略)。 第二次以下になると、業者も労働者に近くて大工場と直接結びつく機会が少なくブ

ローカーの機能を果たす第一次下請工場あるいはその地位にある職業的ブローカー、

その何れかから仕事を下請するわけであるが、下請が加工するたびに下請単価が不当5 に切下げられ、大工場が単価一円で出したものが第三次下請工場の手に渡る頃は頭を

刎ねられ五十銭位になっている場合が少なくない。…(略)…生産上の根源よりむし

ろ大工場と下請中小工場とが直接結びつかない結果として下請の仕組みが複次的に幾

段にもなり、「中間搾取」の行なわれる点を注目すべきだ。」48 小宮山氏は、「収奪」はないと主張しているが、「中間搾取」という言葉で、「収奪」の起10 こる可能性を書いている。 そもそも「収奪」のおこらない原因が「生産者的良心」に求

めていて根拠のない議論になっている。 3.戦後復興期、高度成長期(1946年~1972年) 15 下請論の議論の中心は、当時進んでいた下請系列化である。 (1)藤田敬三氏(戦後復興期):「収奪」はある 戦前の自身の主張をふまえ、下請系列は「従来の下請的な経営構造の全面的な改装」49で20 あると主張する。a)企業系列化は景気変動への適応体制であり又その節約の機構である

こと。b)相対的に少ない資本の犠牲において強力な支配力を発揮しえる機構そのもの。 といった点では下請制と変わらず、単なる下請制の延長上のものとする。c)系列内工場

においてはさらに高品質と連繋の恒常性が要求せられ有機的に組織されること一方では単

なる下請のように一時的・個別的な連携ではなく、比較的長期の安定した企業間結合では25 ある。d)他方では持ち株会社とその子会社のように一体化したものではなく、その時々

の経済情勢と共通利害の変動如何によって随時結合解消しうるもの。e)技術的経営合理

化の線に副って計画的に作られたものであること。経営面・技術面における親企業と系列

企業との密接な関係は、当然人的、技術的、資本的つながりを相当強化させる傾向をもち、

この限りにおいて、系列企業は下請制のあたかの完全な反対物である。 30 (2)中村秀一郎氏(戦後復興期~高度成長期):「収奪」はある 中村秀一郎氏は北原氏の下請取引関係の規定である「対等ならざる外注関係」50を積極

的に評価した上で、下請取引関係の根本を、「独占資本の購入独占による中小企業に対する35 不等価交換。」51とした。中村秀一郎氏は、「日本では、低賃金基盤―中小企業過度競争―

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独占収奪の関連に基づく資本の分裂・分散の強い傾向が、社会的分業の発展過程で資本の

集中を停滞させ、技術進歩を阻止し、その結果として専門化の発展をはばみ、中小企業の

個々の独占・大企業への直接的な従属を強めた」52とし、系列化について、「特定の親企業

への従属はただちに収奪の強化を意味しない。収奪の程度は専属的か浮動的かによるので

はなく、かかる中小企業をめぐる独占間の競争と、当該業種相互間の競争の程度に依存す5 る。」53と主張。下請への「収奪」は中小企業の過当競争が原因であるとしている。 しかし、中村秀一郎氏は、1970年代になって下請企業の技術力の向上が現われてく

ると「収奪」の存在を自ら否定するようになる。 4.オイルショック、円高不況期(1973年~1987年) 10 下請中小企業の技術的向上が下請取引に与える影響が議論されている。 (1)中村秀一郎、清成忠男両氏(1970年代):「収奪」はない 15 下請問題の主要2側面である、下請中小企業の技術等の遅れという問題と、下請関係を

通じる「収奪」や「しわ寄せ」あるいは親企業への従属といった問題のいずれについても、

それらの問題の重要性ばかりではなく、そのような問題の存在そのものをも否定してしま

った。 「わが国では下請制といえば、日本特有の大企業と中小企業との二重構造の産物で20 大企業による立ち遅れた中小企業の収奪のシステムであり、日本経済の後進性の一表

現とみなされてきている。だが、はたしてそうであろうか。今日、日本の産業の実態

をよく知っている外国人は、逆に、日本産業の系列下請制度こそ、日本独特の競争力

の根源とみなしている。それは『中小企業の低賃金利用』といった次元の話ではない。」

54 25 零細下請企業の場合でも、近代化が企業交代を通じて進行し、使用設備の近代化やソフ

トな技術の蓄積が生じ、全体の生産が多種少量ないし多種生産に変化しているなかで、多

種生産を効率的に処理する能力を持つ存在として存立基盤を拡大している状況を前提とし、

低賃金に依存しがちであった在来型下請企業とは異質の、多様な専門加工能力をノウハウ

として持つ「専門加工企業」55ともいうべき層であり、これらを含めて高度な社会的分業30 が形成されていると主張する。「二重構造の産物で大企業による立ち遅れた中小企業の収奪

システムであり、日本経済の後進性の一表現」56として下請性を見ることに大きな疑問を

提示している。 まさに、下請中小企業の技術水準の向上を軸に、従来の下請問題視点を全面的に否定す

る視点が提出されている。 35 しかし、中村秀一郎、清成両氏は「収奪」を親企業の外注依存度の拡大、低賃金の利用

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としかとらえていない。従属についても触れておらず、最終的な被「収奪」者である専門

加工能力のないもっと深層の下請零細企業が議論の対象となっていない。しかも、そのよ

うな零細企業の存在は、「もちろんすべての下請中小企業が中堅専門メーカーに成長したわ

けではなく、限界生産者型の便利屋的存在である下請企業が消滅したわけでもない。」57と

いう文章で認めている。 5 (2)中央大学経済研究所:「収奪」はある 日立市周辺地域における数次の階層構造を持つ、日立製作所の下請分業構造の具体的な

解明が行われた。具体的な事例から「収奪」の存在を明らかにしたのである。解明を通し10 て、下請階層構造の底辺をなす下請中小企業が、農村地帯の停滞的過剰人口により多く依

存する存在であることが示されている。また頂点に立つ巨大独占企業の下請中小企業「収

奪」が、受注分単価の極端な階層的構造によって象徴的に示されることを明らかにし、経

済的な支配従属の関係がそこに依然として貫徹していることを事実でもって示したのであ

る。 15 (3)佐藤芳雄氏:「収奪」はある 下請取引関係における「収奪」を、競争の視点から理論的に説明する試みがなされた。

購買寡占市場での購買寡占大企業と競争的下請中小企業の取引関係として、下請取引関係20 を把握することにより、「収奪」関係としての下請取引関係を理論的に説明した。 前提として、寡占=大企業。非寡占=中小企業。と位置付けた。その前提の上で、寡占

と非寡占が直接的競争にある場合。各グループとして両者が相当程度の相互依存関係にあ

る場合。について、理論を展開している。 まず、寡占と非寡占が直接的競争にある場合には、a)寡占同士は共同的に利潤極大化25 政策をする。非寡占は相互依存性を欠き、独立して価格や生産量を決める。b)寡占同士

は非寡占を協力してその圧倒的な市場占有率により「封じこめて」58しまおうとする。c)

非寡占のほうは、コストや製品差別化において競走上の不利益を持ち、双方は差別化をは

かる。d)「平和共存」59というかたちで両者は存在する。 次に、各グループとして両者が相当程度の相互依存関係にある場合は、下請取引関係に30 ある下請中小企業は、たとえほかの下請中小企業より優秀な技術を持っていたとしても、

それによる超過利潤を獲得できず、その部分を購買独占企業により「収奪」される。根拠

は、特定大企業との取引関係から離脱することが困難な状況の存在である。専属的下請関

係に下請中小企業があるがゆえに、優秀な下請中小企業でも、退出能力に欠け、「収奪」関

係のもとに存立することを甘んじざるを得ない状況を説明する理論。 35

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5.バブル経済期(1988年~1990年) 下請制は日本企業の強さをもたらすという前提の上に議論が行われている。 (1)永山利和氏 5 下請企業が階層的に「収奪」される階層的分業構造の中にあるゆえ、下請分業構造全体

として効率性を発揮すると主張している。 下請関係の「収奪」関係以外の側面を重視して効率性等について考察することを批判し、

かつてのように「収奪」関係を軸に現代日本の下請関係の意義、効率性をもたらす所以を10 明らかにしようとする。 下請関係が生じる根拠を、ひとつのまとまった生産工程の特定部分が外部に離脱、剥離

している関係の中で把握し、下請関係を再生産論的視点からも相互依存・補完関係にある

関係とする。つまり、下請制は具体的労働、技術的において特殊な依存関係である。一般

の外注関係とは異なる。そのため、社会市場機構(普通の市場原理)を介して配分されな15 い。そのために「特定資本の特定資本に対する収奪」60となる。藤田氏の商業資本たる外

業部支配の延長に位置付けている。 (2)浅沼萬里氏 20 前提として自動車産業の1次サプライヤ(「基幹的サプライヤ」61)のみを対象としてい

る。 日本機械工業の受注・発注制度、特に大企業とそれに納入する受注生産型中小企業との

取引関係に着目し、他国にないその関係の独自性に注目する。発注側親企業と受注側中小

企業との取引上の力関係に不均衡があり、このため、受注・発注関係は対等な取引関係で25 はなく、「収奪」そして従属が一般的に伴われるというのが、これまでの下請関係をめぐる

議論の前提であった。浅沼氏は、この力関係の不均衡を議論の前提とせず、あるいは前提

とすることを積極的に否定する。あくまでも個別の取引関係の内容や在り方に着目し、分

業システムといった把握をしない。 継続的部品取引を統御する「契約的枠組み」62。そこにはどんな経済メカニズムがある30 のかを追求している。まず、「調整」である。長期雇用によって、ほかの部署へ「応援」に

行くことができる。次に、b)革新的適応について、下請とのつながりで生まれるが、ま

だ解明していない。c)価格調整は、長期の取引関係により、日本は価格がフレキシブル

に動く。そしてモデルチェンジの時(4年ごと)に単価を決定する。その価格は他のサプ

ライヤとの競争のために納得するしかないのだと主張する。 35 この議論については、植田浩史氏による批判がなされている。まず、日本の下位自動車

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メーカーの1次サプライヤでは取引が長期にわたって安定的に行われていないこと。また、

2次以下のサプライヤについてまったく見ていないこと。(浅沼氏は一応見ようとはしてい

た) 5

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第5節 日本的生産システムが収奪を生み出す原理―過去の下請論からの考察― 実際に「収奪」と呼べる事実が起こっていることから、日本の下請中小企業の特質は、「収

奪」の起こりうる構造を有していると考えられる。その構造がどのような経緯で発生してき

たのか、またどうして「収奪」を生み出すのかはすでに述べてきた。ここではその特質を5 検討する。 第1項 現在の下請分業構造 まず、円高によって親企業の海外直接投資が進んでいること。国内の需要が成熟化して10 しまっていること。親企業によって、下請分業構造のスリム化が進んでいる。具体的には、

下請企業のさらなる選別や、部品のユニット納入などがあたる。貿易摩擦解消のための部

品の輸入が増えていること。親企業の戦略として、世界最適調達を目指す国際分業が進ん

でいること。など、下請分業構造の変化が進んでいる。 総合して、基本的には日本国内にあった分業構造が海外へ広がっているのが現状である。15 これまでの枠組みであった国内完結型の生産体制が崩れているのである。それは、より一

層の円高を中心とした国内立地条件の悪化と、東アジアでの政治的安定、インフラストラ

クチャー整備がそれを促進している。そして、東アジアを範囲とする生産体制に変化し始

めているのである。最近の日本の製造業そして機械工業についての構造変化が「産業空洞

化」と呼ばれ、大きな問題となっている。 20 第2項 日本的生産システムが「収奪」を生み出す理由―過去の下請論からの考察― 現在の下請構造のそのような環境変化をふまえた上で、過去の下請論から現在の下請企

業に対して収奪が起こる原因を考察する。 25 まず、階層的な分業構造があげられる。複数の層に分かれていることから「中間搾取」

が起こることが小宮山氏によって示されている。 専属的な加工技術によって他出能力がなくなること。それは戦時中の政策や急激に成長

させたことによって始まったわけであるが、それが寡占状態を生むことが佐藤氏によって30 明らかにされている。 1次サプライヤが巨大であること。まず、組立メーカーが自分たちの経営を安定させる

ために下請企業への外注を増減させている。さらに、1次サプライヤが巨大であることに

よって1次サプライヤの仕事が増減したときに2次以下のサプライヤを生産変動のバッフ

ァーとして使うことができる。なぜなら、巨大であることによって、多様な加工組立がで35 きるサプライヤ層であるからである。実際に、見学で見てきたT社系の1次部品メーカー

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A社ではモジュール化を進めていた。かつ、中小企業庁の調査でモジュール化が2次以下

のサプライヤの仕事量を減らす事が報告されている。 近年の安価なアジアの労働力との比較をうけること。それが買いたたきなどの原因とな

っている。 しかし、私たちは全ての「収奪」の原因となっているものに、日本の「社会的枠組み」5 として存在する、中小企業の過剰な存在による中小企業間の過当競争をあげる。(表5-5)

そのために、受注量の確保にあせり、親企業から提示される不利益な条件も飲まなければ

いけないのである。中小企業庁の調査で下請企業がそのために下請に入っていることが明

らかにされている。近年は、親企業の国際分業化にともなって、さらにライバルの数が増

えている状況なのである。 10 (表5-5)大企業と中小企業の事業所数と従業者数

大企業と中小企業 事業所数 従業者数

大企業 2,140 2,030

中小企業 169,941 2,746

出展)『事業所・企業統計調査』P.174 作成)金内(2002) 1 a)雑誌記事検索:日外web 期間:1990年~ キーワード:下請企業、中小企

業、下請 b)新聞記事検索:①日経テレコン21 期間:1975年~2002年12

月3日 キーワード:下請企業、収奪、下請いじめ、中小企業・下請 範囲:日本経済新

聞、日経産業新聞、日経金融新聞、日経流通新聞の全文 ②読売YOMIDAS 期間:

1986年9月~ キーワード:収奪(78件)、下請(46件)、中小企業・いじめ(7

7件) 2 佐々木昭三「自動車多国籍資本の戦略と『空洞化』」(『経済』2002年11月号) 3 佐々木昭三 前掲書 4 佐々木昭三 前掲書 5 佐々木昭三 前掲書 6 佐々木昭三 前掲書 7 佐々木昭三 前掲書 8 『読売新聞』 1993年11月6日 9 中沢孝雄「身勝手な下請いじめが横行する」(『エコノミスト』1996年5月14日)

P.67 10 佐々木昭三 前掲書 11 中沢孝雄 前掲書 P.67 12 佐々木昭三 前掲書 13 佐々木昭三 前掲書 14 『日本経済新聞』 1993年9月3日朝刊 15 藤田敬三 前掲書 はしがき P.2 16 藤田敬三 前掲書 はしがき P.2 17 藤田敬三 前掲書 P.30 18 金鍾碩「現代資本主義の下での下請制度と不等価交換」(『熊本商大論集』第29巻第3

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号 昭和58年(1983年)5月20日発行)P.692 19 佐藤芳雄『寡占体制と中小企業』 株式会社有斐閣 1976年3月10日初版第1刷

発行 P.13 20 佐藤芳雄 前掲書 P.12 21 永山利和「下請制の経済理論に関する試論」(『中小企業季報』1988年No.1 1

988年5月発行)P.8 22 『読売新聞』 1997年3月1日朝刊 23 佐々木昭三 前掲書 P.75 24 中沢孝雄 前掲書 P.67 25 『読売新聞』 1996年5月16日朝刊 26 『読売新聞』 1993年5月22日朝刊 27 『読売新聞』 1987年3月25日朝刊 28 『日経新聞』 1989年4月19日 29 親企業の義務は、①注文書の交付、②書類の作成・保存、③下請代金の支払期日の設定、

④支払遅延利息の支払。親企業の禁止事項は、①下請事業者からの給付の受領拒否、②下

請代金の支払遅延、③下請代金の減額、④不当な返品、⑤買いたたき、⑥購入強制、⑦報

復措置、⑧優勝支給原材料等の対価の早期決済、⑨割引困難な手形の交付。公正取引委員

会と中小企業庁が書面調査・立入検査等を行ない、違反があれば公正取引委員会が処理を

する。 30 佐藤芳雄「日本の下請問題……何が変わり、何が変わらないのか…」(『公正取引』 公

正取引委員会 No.549 1996年7月号) 31 藤田敬三『日本産業構造と中小企業』株式会社岩波書店 1969年8月30日第3刷

発行 P.34(ただこの文章は昭和11年の著書から抜き出している) 32 横堀恵一「下請中小企業の現状と問題点」(『通産ジャーナル』1980年11月号)

P.124 33 横堀恵一 前掲書 P.124 34 西口敏宏 前掲書 P.41 35 藤田敬三『日本産業構造と中小企業』 株式会社岩波書店 1969年8月30日第3

刷発行 P.34 l.5 36 植田浩史「中小企業とサプライヤ・システム」(『企業環境研究年報』No.4 P.3 19

99年11月号) 37 藤田敬三 前掲書 P.60 38 小宮山琢二『日本中小企業研究』 中央公論社 1941年7月15日発行 P.38 39 渡辺幸男『日本機械工業の社会的分業構造』 ミネルヴァ書房 1999年12月30

日初版第2刷発行 P.292 40 藤田敬三『下請制工業』 株式会社有斐閣 1943年発行 P.308 41 藤田敬三 前掲書 P.310 42 小宮山琢二 前掲書 P.7 43 小宮山琢二 前掲書 P.38 44 小宮山琢二 前掲書 P.39 45 小宮山琢二 前掲書 P.40 46 小宮山琢二 前掲書 P.30 47 小宮山琢二 前掲書 P.33 48 小宮山琢二 前掲書 P.214 49 藤田敬三「日本産業における企業系列」(『経営研究』29号 1957年7月)P.16 50 北原勇『中小企業問題―本質把握への一視角』 慶應義塾大学院経済学研究科修士論文

1955年発行 P.358

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51 中村秀一郎『日本の中小企業問題』 合同出版社 1961年発行 P.233 52 中村秀一郎 前掲書 P.238 53 中村秀一郎 前掲書 P.250 54 中村秀一郎・秋谷重男・清成忠男・山崎充・坂東輝夫『現代中小企業史』日本経済新聞

社 1981年発行 P.214 55 中村秀一郎 前掲書 P.215 56 中村秀一郎・秋谷重男・清成忠男・山崎充・坂東輝夫 前掲書 P.214 57 中村秀一郎 前掲書 P.215 58 佐藤芳雄『寡占体制と中小企業』 株式会社有斐閣 1976年3月10日初版第1刷

発行 P.32 59 佐藤芳雄 前掲書 P.33 60 永山利和 前掲書 P.12 61 浅沼萬里 前掲書 P.170 62 浅沼萬利 前掲書 P.166

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第6章 競争力と「収奪」を生み出す日本的生産システム 目次 はじめに 5 第1節 競争力を生み出す「収奪」 第1項 単価引き下げによるコスト削減 第2項 規模別賃金格差を利用したコスト削減 第3項 下請を景気変動のバッファーとして利用することによるコスト削減 第4項 専門的な下請企業を利用する事によるコスト削減、高品質、製品多様性 10 第5項 親企業のやり方の強制によるコスト削減、高品質、製品多様性 1.JITの押し付けによるコスト削減、製品多様性 2.改善の強制による高品質、製品多様性

15 はじめに 第4章において、競争力を得るためには、コスト削減、高品質、製品多様性を達成する

ことであることを説明した。また、第5章において「収奪」とは何かを説明してきた。こ

の章では、日本企業の競争力が「収奪」によって導き出されている部分に注目する。 20 この章では、「収奪」によって競争力が生まれてくると考えられる項目について、説明し

ていく。

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第1節 競争力を生み出す「収奪」 第1項 単価引き下げによるコスト削減 外注単価を引き下げることで、親企業の外注費用を低減することができる。親企業は、5 下請中小企業同士または、海外の安い労働力を比較して、下請企業に単価の引き下げを迫

っている。 第2項 規模別賃金格差を利用したコスト削減 10 大企業よりも安価な労働力を持つ中小企業へ外注することによって、肯定全体の人件費

を下げて、コスト削減を目指している。これについても、親企業はアジアの安価な労働力

と比較し、妥当とはいえないほどの低賃金を中小企業に迫ることで、コスト削減を可能に

している。 15 第3項 下請を景気変動のバッファーとして利用することによるコスト削減 景気変動の緩衝として下請企業への外注を利用する事によって、景気がよくなったとき

も余計な人員を雇う必要がなく、コスト削減を図ることができる。これは、歴史的な背景

から生まれてきたことである。 20 第4項 専門的な下請企業を利用する事によるコスト削減、高品質、製品多様性 専門的に特化し、そこについては世界に通用する技術を有している中小企業を、必要な

ときだけ利用することで、コスト削減、高品質、製品多様性を達成しようというものであ25 る。専門的な機械設備を投入する必要もそのために労働者を教育する必要もなく、親企業

はコスト削減をはかることができる。品質についても、必要な時に必要な能力を持ってい

る中小企業を利用することで、高品質を達成するのである。また、少量しか必要のない利

益の出づらい作業は外注することで、製品の多様性も達成することができるのである。 30 第5項 親企業のやり方の強制によるコスト削減、高品質、製品多様性 親企業のやり方を、中小企業にも強制することでコスト削減や、高品質、製品多様性を

達成できることを説明する。 35 1.JITの押し付けによるコスト削減、高品質、製品多様性

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親企業はJITを行なうことで在庫コストなどを下げることができる。そして、JIT

を可能にするためには下請企業も含めた肯定全体でJITを行なわなければいけない。「収

奪」の事例として、3~5個ずつの小ロットで納品させるとあったのがここにあたる。小

さな部品についてはある程度の量を一度に持っていったほうが効率的であるはずであるが、5 それでも小ロットの納入を迫っている。実際に工場見学では、T社には1つの部品に部品

を入れるかごは1つしかなかったのに対し、T社系の1次部品メーカーA社においてはか

ごが積んである場所が存在した。1つの部品に10個くらいのかごが準備されていた。さ

らに2次部品メーカーK社においては、生産自体はある程度まとめてかごに入れた状態で

次の工程へと運んでいた。つまり実際には、親企業にあるべき在庫を下請企業へ押し付け10 ているのである。 また、小ロットずつのJIT納入なので、無検査納入を迫られ、品質改善に努めなけれ

ばいけない。 2.改善の強制による高品質、製品多様性 15 中小企業の過当競争は、中小企業が確実に受注を確保できるという保証を存在させない

日本における「社会的枠組み」である。中小企業は受注を確保するために改善を行ない、

自社の品質や生産性の向上をはからなければならない。実際に調査を行なった、T社系の

2次部品メーカーK社においてはバイトの改善などにより自社の競争力を向上させていた。 20 以上、下請企業に対する「収奪」によって親企業の競争力を生み出している構造を説明

した。実際には、競争力が欲しいから下請企業に対して「収奪」を迫るのであり、「収奪」

そのものが競争力につながっていると考えられる。次章では、これらの「収奪」をなくし25 たとしても競争力を維持したままでいるためにはどうすればよいかを提案していく。しか

し、親企業にとってはわざわざ「収奪」をなくして競争力を維持しようとする動きが出て

くることはないだろう。私たちの提案も下請中小企業がどのような活動をし得いけばよい

かを提案する。 30

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第 7 章 日本自動車産業における SCM の「理念型」

なぜ下請企業が「収奪」されるのかといえば、原因は中小企業の過剰な存在による過当

競争という社会的枠組みの問題にあった。中間搾取や買いたたきは中小企業が過当競争す

ることより生じた「収奪」であり、「収奪」が起こる根本的な原因は中小企業同士の過当競5 争にこそある。したがって、下請の「収奪」を解消することは、本質的には「過当競争と

いう社会的枠組み」をなくすことに他ならない。 一方、1970 年代から、当時極めて画期的な生産方式であった日本的生産システムによっ

て国際競争力を高めていった日本自動車メーカーであったが、その競争力の構成要因は「高

い生産性(低コスト)、高品質、製品多様性」これら 3 点の同時達成であると考えられた。10 日本の自動車メーカーはこれら 3 点をより高いレベルで同時達成しようとしのぎを削って

いる。この姿勢はとうぜん部品調達、購買管理においても見られ、本論文の冒頭で紹介し

たような「血の付いた乾いたタオルを搾り取るような部品コスト削減」や、第 4 章におけ

る「多品種少量生産の内の少量生産を下層のサプライヤに行わせることで、多品種生産を

可能にする」こと、さらに第 5 章における「買いたたき」など、完成車メーカーの競争力15 構築のためにサプライヤ、なかでも力のないサプライヤが「過当競争という社会的枠組み」

のなかで利用されていたのだった。 すなわち、完成車メーカーとサプライヤの取引とは、「(中小企業の)過当競争という社

会的枠組み」のなかで完成車メーカーが「高い生産性(低コスト)、高品質、製品多様性」

を同時に達成するために行う購買管理に他ならない(一次サプライヤと二次サプライヤの20 取引の場合も基本的に変わらない)。したがって、我々の目標である「完成車メーカーの競

争力の維持と下請「収奪」の解消」を成し遂げるためには、「過当競争という社会的枠組み」

の構造を変えることと、構造的に変更した「社会的枠組み」の中で、サプライヤが「高い

生産性・高品質・製品多様性」を従来と同じか、それ以上に発揮していかなければならな

いのである。 25 では、このような競争力を維持する、あるいは高める「社会的枠組み」の構造を変える

ことは可能なのか。結論を先に示せば、「社会的枠組み」の構造を「過当競争」から相互に

依存する中小企業の有機的結合体である産業集積に変えることによって、完成車メーカー

の競争力をさらに高めることは可能である。 このような中小企業の有機的結合体である産業集積がどのようにして完成車メーカーの30 競争力を高めるのかについて考察しよう。まず納入する部品の高生産性・低コストをどう

実現するかについて。自動車メーカーは製品の高品質、高い生産性・低コストを志向する

ため、JIT で部品を納入する(たとえば、JIT による低在庫レベルが作業サイクルを強制

させ、生産性を高めることや、JIT による段取替え時間の短縮による生産性を増加させる

ことなど)。一方、部品メーカー側からすれば、これは小ロットで部品を搬送することとな35 り大きな負担となる(これについては第 6 章で詳しく検討した)。もし、力のないサプラ

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イヤ同士が集積し、同じトラックならトラックで搬送できるならば、小ロット納入はなん

の問題もなくなる。 次に自動車メーカーに納入する部品の品質を、産業集積を通してどのようにして上げる

のかについて考察しよう。中小企業間で過当競争をしている場合、少ない受注を得るため

に各零細な下請企業は争っているために、お互いの技術に関する情報を明かすことは難し5 いが、産業集積として 1 つの企業であるかのごとく経営しているのならば、お互いに情報

交換することが容易である。いわゆるカイゼンを産業集積全体として行うことが出来るの

ではなかろうか。 最後に製品多様性を、産業集積としてどうすれば高められるのかについて考えたい。自

動車メーカーが製品を多様化することは、部品メーカーも全体としてみれば製品の多様化10 を迫られる。だが、製品の多様化は、需給乖離の危険性等の在庫リスクを常に持っている。

我々はこれの解決策として、産業集積全体として多品種生産に応えていくことを提案する。

つまり、各サプライヤに特定の部品を作らせ、その部品の受注が打ち切られたとしても、

他のあらたな受注がくることで、産業集積全体として均して見れば、実は受注量が変わっ

ていないはずである。 15 このように過当競争から脱した有機的結合体である産業集積という中小企業の形態こそ

が、私たちの提案する SCM の理念型である。

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おわりに

この論文は、第49回インター・ゼミナール大会に出場した論文である。大学3年生の

私たちにとって、自分たちの論文を発表する初めての機会の大会である。今、論文を書き

終わって大会を迎えようとしているときにこの文章を書いているのだが、私たちはすでに5 他の大学に対し、この論文の内容が圧倒的に優れていることを確信している。それは、私

たちが明らかにしたものは何なのか、この論文のどこが優れているのかが明確だからであ

る。また、私たちが何を明らかにできず、何を明らかにしていかなければならないかも認

識しているからである。 私たちの論文大会のパートのテーマはSCMである。しかし、このSCMはかなり曖昧10 に認識されている経営手法であり、それ自体、誰が言い出したものなのかも明らかではな

く、経営手法であるにもかかわらず企業が具体的に行っていく行動も示されていない。し

かし、私達は日本と米国における数多くの事例や、新聞や雑誌、文献などに載っているS

CMという記述から、SCMの起源、そして本当の姿を明らかにすることができた。この

時点で私達はすでに他の大学の論文を超えているのである。もちろん、すべての企業、す15 べての論文、すべての新聞・雑誌を確認できたわけではないが、SCMとは何なのかを追

求することができるだけの根拠となる資料は十分ふまえている。 また、この論文はSCMとは何なのかを明らかにするだけにとどまらず、日本の機械工

業にもともと存在する「収奪」という問題についても取り上げることができた。競争力や

「収奪」などは、その定義や具体的な事例など明確に示すことができたと認識している。20 さらに、その片方だけに固執するのではなく、その両方を両立させて考えることができた

ことがこの論文の良さであったと思う。また、それらについては工場調査で得た知識も利

用し、過去の研究者の研究も十分踏まえたことで、より広い視点から考察することができ

たと感じている。ただ競争力や「収奪」については、工場調査についてはもっと見学した

ことを前面に出す論文にすべきであったし、下請制や系列の研究者の論文なども、類似し25 ているものや「収奪」に関係ないものについては省かせていただいた。自分たちも研究を

他人の前で発表するならば、自分たちが明らかにしたことや過去の研究はすべて把握して

いる状況でなければならないであろう。その点において、まだ不完全であったと感じてい

る。 最後の提言については、研究してきたことを生かすことはできているだろう。工場調査30 で調べたことを競争力と「収奪」の関係を証明するために使うこともでき、過去の研究者

が明らかにしたことも十分ふまえることができたと感じている。しかし、私たちの提言は

それを考えたプロセスとの関係でいささか理論的に導き出したところが大きい。提言の根

拠となるような現実や具体的な企業のレベルまで到達することができなかった。産業集積

は理論的に、「収奪」の原因となっている中小企業の過剰な存在や、競争力の要素となる低35 コスト、高品質、製品多様性を生むことができるが、現実のレベルでどうすれば産業集積

Page 185: 「SCMの『理念型』」 - C-faculty -教員用Webサー …c-faculty.chuo-u.ac.jp/~hjm_kwmr/9/past/group-SCM.pdf2 はじめに 2002年現在、日本の多くの企業はアメリカからサプライ・チェーン・マネジメント

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を構築することができ、どうすればそれがうまくいくのかそこまで追求できなかったこと

がこの論文の到達できなかった点である。 この論文は大学3年生の段階で書いた論文であり、私たちには残り1年間残されている。

来年の卒論では、同じテーマを扱わなくとも、今回どこまで追求することができたのか、

そして何が足りなかったのか、それをふまえたもう1段階上を目指した論文を書いていき5 たい。