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30 ANSYS Advantage Volume VIII, Issue 1, 2014 RUN LIKE THE WIND 通常のジェットエンジンでは,最初にタービン駆動圧縮機で空 気を圧縮してから,燃料を燃焼させます.その後,この燃焼で生 じた排ガスでタービンを回し,ノズルから推力を発生させて飛行 機を前進させます.ラムジェットエンジンでは,圧縮機の代わり に,前方に開けられた特殊な形状のダクトで航空機の前進運動を 利用して,空気を圧縮する仕組みになっており,可動部品を必要 としません.燃料を気流に噴霧して,この混合ガスを着火するラ ムジェットエンジンの燃焼は亜音速で行われますが,排ガスは超 音速まで加速します.また,ラムジェットエンジンはマッハ 1 を 上回る速度でしか機能しないため,このエンジンを搭載した航空 機は,他の何らかの推進方法を使用して,この速度に達しなけれ ばなりません.一方,ターボラムジェットエンジンには,亜音速・ 低超音速で飛行する際に利用されるターボジェットエンジンと, 高超音速マッハ数で飛行機の巡航を維持する際に使われるラム ジェットエンジンが内蔵されています.このエンジンを搭載した 超音速旅客機 Concorde や戦略偵察機 Lockheed SR-71 Blackbird などの飛行機は,最大マッハ 3 ~ 4 で飛行します.スクラムジェッ トエンジン(超音速燃焼ラムジェットエンジン)は,ラムジェッ スクラムジェットエンジンの解析を風洞試験に代わって実現 V. Babu(インド チェンナイ,インド工科大学マドラス校,機械工学科教授) 数値流体力学を仮想風洞として利用し, スクラムジェットエンジン(最大速度マッハ 6.5)の設計を最適化 流体・熱システムの研究

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30 ANSYS Advantage • Volume VIII, Issue 1, 2014

RUn likeThe Wind

通常のジェットエンジンでは,最初にタービン駆動圧縮機で空気を圧縮してから,燃料を燃焼させます.その後,この燃焼で生じた排ガスでタービンを回し,ノズルから推力を発生させて飛行機を前進させます.ラムジェットエンジンでは,圧縮機の代わりに,前方に開けられた特殊な形状のダクトで航空機の前進運動を利用して,空気を圧縮する仕組みになっており,可動部品を必要としません.燃料を気流に噴霧して,この混合ガスを着火するラムジェットエンジンの燃焼は亜音速で行われますが,排ガスは超音速まで加速します.また,ラムジェットエンジンはマッハ 1 を

上回る速度でしか機能しないため,このエンジンを搭載した航空機は,他の何らかの推進方法を使用して,この速度に達しなければなりません.一方,ターボラムジェットエンジンには,亜音速・低超音速で飛行する際に利用されるターボジェットエンジンと,高超音速マッハ数で飛行機の巡航を維持する際に使われるラムジェットエンジンが内蔵されています.このエンジンを搭載した超音速旅客機 Concorde や戦略偵察機 Lockheed SR-71 Blackbirdなどの飛行機は,最大マッハ 3 ~ 4 で飛行します.スクラムジェットエンジン(超音速燃焼ラムジェットエンジン)は,ラムジェッ

スクラムジェットエンジンの解析を風洞試験に代わって実現James M. Sorokes(米国 オーリアン,Dresser-Rand,主席エンジニア),Jorge E. Pacheco(米国 オーリアン,Dresser-Rand, 空力/熱設計エンジニアリング担当マネージャー),Kalyan C. Malnedi(米国 オーリアン,Dresser-Rand,固体力学グループ担当マネージャー)

V. Babu(インド チェンナイ,インド工科大学マドラス校,機械工学科教授)

数値流体力学を仮想風洞として利用し,スクラムジェットエンジン(最大速度マッハ 6.5)の設計を最適化

流体・熱システムの研究

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ANSYS Advantage • Volume VIII, Issue 1, 2014 31

トエンジンと似ていますが,超音速で燃料を燃焼させる点が異なります.この方法を採用しているスクラムジェットエンジンは,理論上最大でマッハ 24(18,000mph)に達します.スクラムジェットエンジン技術の研究は 50 年以上前から行われてきましたが,スクラムジェットエンジンによる動力飛行が成功したのは,ごく最近のことです.

スクラムジェットエンジンの設計上の問題

スクラムジェットエンジンは,入口で圧縮されて減速する空気,燃焼器内で大

▲ 縮小サイズのインテークの CFD シミュレーション

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スクラムジェットエンジン(超音速燃焼ラムジェットエンジン)は,ラムジェットエンジンと似ていますが,超音速で燃料を燃焼させる点が異なります.

▲ 縮小サイズのインテークの場合は,シミュレーションと物理実験の結果が一致した.インテークは,ramp(下側)と cowl(上側)の 2 つの要素で構成されており,上図に示したインテークの cowl は,ヒンジによる可動部(前部)と固定部(後部)に分かれている.上の 4 つのグラフは,cowl の前部を 4 つの異なる方向に向けてシミュレーションと物理実験を行った結果を示したもの.

気酸素によって燃焼して熱を発生させる気体または液体燃料,ノズルから推力を発生させるために加速される加熱空気の 3つの基本成分で構成されます.このエンジンの概念は単純ですが,実用化を図るには,極めて技術的な問題を克服する必要があります.たとえば,飛行速度がマッハ 5 を超え,燃焼器に入る空気の温度が非常に高くなった後に亜音速に減速させると,燃焼によって生じた熱で空気が解離するだけで,推力が発生しません.このため,燃焼前に空気の速度を一般的にはマッハ数 2 ~ 2.5 まで減速させます.

また,長さが約 1m の燃焼器に入った空気は約 1.2km/ 秒の速度で移動するため,燃料の噴射から,混合,着火,燃焼までを約 1 ミリ秒以内に終わらせなければなりませんが,その際には,空気が水平方向に高速に移動しているため,燃料を垂直方向と横方向に拡散させることは容易ではありません.現在では,いくつかのスクラムジェットエンジン開発チームが,空気と短時間で混合し燃焼する水素などの気体燃料の使用を考えていますが,密度が高く,小型の燃料タンクで十分なケロシンなどの液体燃料を利用しようとしているチームもあります.しかし,

液体燃料は,気化しないと燃焼しないため,もう 1 つの時間的要因が加わり,燃焼の問題が増えてしまいます.燃焼器入口のマッハ数を大きくすれば,加熱量を増加させてエンジンの出力を向上させることができますが,マッハ数を大きくすると,安定燃焼を維持することが困難になります.

フルスケールの燃焼器の地上試験を行うことは非常に困難です.これは,最大高度 32.5km(20 マイル)でマッハ 5 を超える速度を再現することが容易ではないからです.スクラムジェットエンジンの試験は,高エンタルピー風洞で行われますが,この風洞は世界に数台しかありません.また,スクラムジェットエンジンの試験では,1 秒当たり約 10kg の空気が必要になります.通常,この試験を行う場合には,燃焼加熱(酸素が除去される)によって,空気を圧縮してから,燃料を噴射して空気中で燃焼させることで,試験に必要な温度と圧力を確保しますが,これによって,燃焼加熱された空気が大気と異なる特性を持ち,飛行条件への外挿が難しくなるため,複雑さが増すことになります.もう 1 つの問題は,スクラムジェットエンジン燃焼器の環境が計装と測定に適さないということです.

スクラムジェットエンジンの シミュレーション

現在,インド工科大学(IIT)マドラス校の研究チームは,防衛研究所の HSTDV

(Hypersonic Technology Demonstrator Vehicle)の研究に取り組んでいます.HSTDV は,マッハ 6.5 の極超音速で飛行する無人のスクラムジェットエンジン実証機です.この研究チームは最初に,風洞試験の結果が公開文献で公表されていた縮小サイズのインテーク設計を ANSYS Fluent でシミュレーションし,このソフトウェアが HSTDV のスクラムジェットエンジンの設計予測を正確に行うことができるかを評価しました.このシミュレーションの結果は,風洞試験の結果に示されていた複雑な細部(衝突波に起因する境界層の剥離および再付着など)も正確に捉えていました.この CFD シミュレーションでは,流れが不始動状態になるこ

流体・熱システムの研究

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シミュレーションを利用すれば,重要な性能指標を予測することができます.

▲ フルスケールの燃焼器の初期設計のシミュレーション

▲ フルスケールの燃焼器の CFD シミュレーション(粒子追跡法を使用)

とで燃焼器内の圧力上昇が大きくなり,その結果,入口から十分な空気が入らずに火炎が消えてしまう動作条件だけでなく,インテーク部の圧力も正確に予測することができました.また,同様の調査を実施し,モデルのスクラムジェットエンジン燃焼器で様々な燃料(流体燃料と気体燃料の両方)の超音速燃焼を予測した結果も検証しました.この検証調査で自信を得た IIT の研究チームは,HSTDVのフルスケールのインテークをシミュレーションし,あらゆる動作条件下(様々な迎え角など)で流入空気がインテークに衝突した際に発生する衝撃波反射を確認しました.

次に,IITチームは,CFDシミュレーションを利用して,様々な噴射機構を評価し,HSTDV のスクラムジェットエンジン燃焼器の設計を最適化しました.フルスケールの燃焼器の計算に 200 万セルのメッシュを適用しました.これらのモデルには,フル 3D の化学反応の生じる圧縮性乱流を使用し,衝撃波を十分に解像できるように,勾配アダプションを適用させた間隔 0.1mm 未満の精細なメッシュを用いました.燃料の超音速燃焼のモデリングに,水素燃料の場合には化学種数 8 と反応数37 の機構と,簡略化した機構や単段反応を,エチレン燃料の場合には化学種数 9と反応数 20 の機構を,ケロシン燃料の場合には単段反応を利用しました.これらのモデルには,Spalart–Allmaras 1 方程式乱流モデルと SSTk-ω2 方程式乱流モデルを組み込みました.以上の結果の一部は,フルスケールのスクラムジェットエンジン燃焼器の初のシミュレーション結果として公開文献に記載されるべきものです.フルスケールのスクラムジェットエンジン燃焼器に対応できる風洞が世界に数台しかないため,CFD シミュレーションはこの設計の最適化に極めて重要な役割を果たします.一から始めたこれらのシミュレーションでは,所望のレベルまで収束させるのに約 4 ~ 5 ヵ月かかりました.

設計の最適化次に,この研究チームは CFD を利用し

て燃焼器全体をシミュレーションしました.この燃焼器には,それぞれ 22 個の噴射装置が組み込まれた 5 つのストラット

(火炎を安定化させる V 字型溝付き)が設けられており,これらのストラットが,燃焼器の断面全体に燃料が行き渡るように千鳥状に配置されています.このシミュレーションによって,各ストラットから噴射される液滴を表現してから,粒子追

0.60.340.07

Z

Y

X

Constant areasection

Ramps 4 deg divergentsection

Cavity

7.4 deg divergentsection

1 deg divergentsection

Ramps onsidewall

ramp 4°の角度を持つ領域部

角度が一定の領域部

側壁上のramp

7.4°の角度を持つ領域部

キャビティ

1°の角度を持つ領域部

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▲ フルスケールの燃焼器の設計修正後のシミュレーション結果

▲ フルスケールの燃焼器の検証調査を実施したところ,シミュレーションと実験の結果がよく一致することが分かった.

跡法(DPM)を用いて,これらの液滴の動きを追跡したところ,液滴が完全に気化した時点で,この飛跡が見えなくなりました.このように燃焼器内で燃料を完全に気化させて,できるだけ万遍なく混合するには,様々な噴射方式を評価する必要がありますが,CFD を利用したことで,この作業を簡単に行うことができました.シミュレーションにより,初期設計で大量の熱があまりにも速く放出されることも判明したため,新しい設計案ではストラットを燃焼器の下流に移動しました.シミュレーションを使用して,この設計を最適化したことで,燃焼器に対するケロシンの充填率を 95% にすることもできました.さらに,シミュレーションを終えた後に,この設計の試作品を作成して試験したところ,この実験結果がシミュレーションによる予測結果と測定誤差の範囲内で一致しました.

IIT の研究チームは,シミュレーションを利用したことで,様々な燃料と噴射方式を考慮に入れて,モデルの燃焼器内の流れをかなり正確に予測することができました.シミュレーションを使用すれば,混合・燃焼効率,混合度,全圧損失などの重要な性能指標を予測することもできます.このため,IIT の研究チームは現在,ANSYS Fluent を仮想風洞として利用し,初期設計を評価して設計を絞り込んでから,製作と試験を行っています.多大な費用と時間のかかる風洞試験は主に CFDシミュレーションの結果を検証するために実施しています.

0.60.330.06

Z

Y

X

IITの研究チームは 現在,ANSYS Fluentを仮想風洞として利用しています.

ANSYS Fluent の分散相モデルに対応する ユーザー定義関数(英語)ansys.com/81run

Constant areasection

Ramps 4 deg divergentsection

Cavity

7.4 deg divergentsection

1 deg divergentsection

Ramps onsidewall

流体・熱システムの研究

追加資料

ramp 4°の角度を持つ領域部

側壁上のramp

7.4°の角度を持つ領域部

キャビティ

角度が一定の領域部

1°の角度を持つ領域部