日 本 看 護 科 学 会 誌J. Jpn, Acad. Nurs. Sci., Vol.24, No.3, pp.30-38, 2004

原 著

出産ス トレスと初乳中S-lgA濃 度に関する

精神神経免疫学的研究

Childbirth Stress and Psychoneuroimmunologic Implications of

Secretory Immunoglobulin-A in Breast Milk

立岡弓子

Yumiko Tateoka

キー ワー ド:出 産ス トレス,分 泌型lgA,精 神神 経免 疫学

Key words: childbirth stress, secretory immunoglobulin-A, psychoneuroimmunology

Abstract

The purpose of this study was to examine the influence of the stress of childbearing on

individual differences in the level of S-IgA in the colostrum, in relation to the stress system

theory and the cognitive evaluation theory established by Lazarus et al. based on

psychoneurological-immunological knowledge. The levels of stress-related hormones in the colostrum were also determined based on a knowledge of the in-vivo stress reaction pathways, for

the purpose of objectively evaluating whether the level of S-IgA in the colostrum would be

reflective of the stress of childbearing. The subjects were 62 mothers, consisting of both primipar-

ous women and multiparous women. The analysis indicated that "behavior to cope with some-

thing", one of the psychosocial factors assessed based on the theories propounded by Lazarus et

al., was the most important factor that influenced the local colostrum immunity. The time to

delivery, a physical stressor, indirectly influenced the colostrum S-IgA level mediated by adrenal

cortisol secretion. Furthermore, the serum cortisol and CgA levels showed a strong correlation

with the colostrum S-IgA level measured 60 minutes after delivery. Thus, it is clear that the

colostrum level of S-IgA is an immune substance reflective of the stress of childbearing stress.

The knowledge gained from such a study could pave the way for a new approach to early

lactation plans by midwives, from an immunological standpoint, based on scientific evidence.

要 旨

本研究の目的は,出 産ス トレスが初乳中S-IgA濃 度の個人差 に及ぼす影響 について,精 神神経免疫

学の知見 を基盤 とし,Lazarusら のス トレスシステム理論 ・認知評価理論から関連検証することであ

る.ま た,生 体内ス トレス反応経路の知見か らス トレス関連ホルモンを測定 し,初 乳中S-IgA濃 度が

出産ス トレスを反映する物質であるかを客観的に評価 した.対 象は,初 産 ・経産婦を含めた62名 の母

親である.パ ス解析から,Lazarusら の理論に基づ く心理社会的要因では,「対処行動」が初乳免疫 に

与える影響要因であること,身 体的ストレッサーである分娩所要時間が,副 腎系cortisolを 介する初乳

受 付 日:2003年9月25日 受 理 日:2004年7月5日

静 岡 県 立 大 学 看 護 学 部School of Nursing, University of Shizuoka

30 日本看護科学会誌24巻3号(2004)

出産ス トレス と初乳中S-IgA濃 度 のPNI研 究

中S-lgA濃 度 へ の間 接 的 効 果 で あ る こ と,分 娩 後60分cortiso1濃 度 ・CgA濃 度 が初 乳 中S-lgA濃 度

と強 い因 果 関係 が あ る こ とが 示 され た.し た が って,初 乳 中S-IgA濃 度 は,出 産 ス トレス を反 映 す る

免 疫 物 質 で あ る こ とが 明 らか とな り,こ の 知 見 は,科 学 的 根拠 に基 づ く免疫 学 的視 点 か ら,助 産 師 の早

期 授 乳 計 画 へ の新 しい ア プ ロー チ とな る こ とが 示 さ れ た.

I.は じ め に

母乳,特 に初乳 には免疫物質が豊富 に含 まれてお

り,免 疫産生能力が未熟な新生児が摂取する意義は大

きいが,Lewisら(1985)は,分 娩後72時 間以内の初

乳中分泌型免疫グロブリンA(secretory immunog-

lobulin A;以 下S-IgAと 記す)濃度には個人差が大

きいことを報告している.

人がス トレスを認知すると,〔大脳皮質―視床下部

―下垂体―副腎皮質系〕と〔大脳皮質―視床下部―交感

神経―副腎髄質系〕の2つ の生体内経路が反応する.

前者 は内分泌系,後 者には自律神経系が関与 し,免 疫

系に影響を与える.こ れ らの知見に併せて,Lazarus

ら(1984)の ス トレス認知評価理論を用い,出 産ストレ

ス反応による初乳中S-IgA濃 度の個人差を評価 した.

Lazarusら(1984)の 認知評価理論には,3段 階の過

程がある.一 次評価は,個 人がストレッサーの印象を

判断し,生 じた感情を評価する.二 次評価は,ス トレ

ッサーに対する個人の対処行動の評価を行 う.一 次評

価 と二次評価には,経 時的相互作用があり過程 となっ

て経験される.再 評価は,二 次評価の対処行動後に生

じた状況 を評価する.Lazarusら は,再 評価後の感

情が心理的ス トレスであると述べている.そ して,ス

トレス過程の本質には,影 響を与え合う多数の変数が

存在するス トレスシステム理論についても提唱してい

る.

精神神経免疫学(psychoneuroimmunology,以 下

PNIと 記す)は,心 理社会的ス トレス要因が免疫系 ・

神経系に影響を及ぼす〈こころ〉と〈からだ〉の因果

関係を評価する学問である.助 産師にとって,早 期新

生児が母親からの受動免疫をより豊富に与 えられると

する知見を得ることは大切なことである.初 乳中S-

IgA濃 度の個人差の影響要因を,母 親の〈こころ〉

と〈からだ〉の理解をもとに,助 産師が科学的に実証

する研究を行 うことは重要な課題であると考え研究に

取 り組んだ.

II.研 究 目 的

1.PNIの 知見 を基に,初 乳中S-lgA濃 度の個人

差を認知評価理論.ス トレスシステム理論を用いた母

親の出産ス トレス反応過程から評価する.

2.初 乳中のS-IgAの 分泌が,出 産ス トレスを反映

することを実証するために,大 脳皮質―副腎系―免疫

系のス トレス関連ホルモンを科学的裏づけとして検証

する.

III.研 究 方 法

1.概 念枠組 み:「 出産 ス トレス反応過 程 に おけ

る初 乳中S-lgA濃 度 の変化」(図1参 照)

出産ス トレス反応過程 をLazaruSら(1984)の ス ト

レスシステム理論に従い,因 果関係の変数,媒 介過程

の変数,直 接効果の変数の多変量的な過程から生 じる

システムとして枠組みする.因 果関係の変数は,媒 介

過程の変数に影響を及ぼす個人的 ・社会的特性 とし,

年齢 ・妊娠歴 ・出産準備教育 ・社会支援 ・妊娠の受

容 ・性格 とした.媒 介過程の変数 は,出 産ス トレス

の〈こころの反応〉とし,出 産前後の出産ス トレス感

情 と対処行動による認知評価 とした.ま た,主 観的産

痛評価 も加えた.直 接効果の変数は〈からだの反応〉

とし,内 分泌系 と免疫系の生理的変化で評価 した.さ

らに,立 岡(2001)が 初乳中S-IgA濃 度 との関連性 を

示唆した分娩所要時間と分娩時出血量を身体的ス トレ

ッサー とした.

内分泌系への影響は,〔大脳皮質―視床下部―交感

神経―副腎髄質系〕から分泌されるCgA濃 度 と〔大脳

皮質―視床下部―下垂体―副腎皮質系〕か ら分泌 され

るcortisol濃 度で縦断的に測定 し,初 乳中S-IgA濃

度 との関連を評価する.

2.用 語 の 操 作 的 定 義

1)出 産 ス トレス

出 産 とい う ス トレ ッサ ー に対 し て 起 こ る,〈 こ こ

ろ 〉 と〈 か らだ 〉の ス トレ ス反 応 で あ る.ス トレス 反

J. Jpn. Acad. Nurs. Sci., Vol.24, No.3, 2004 31

応は,時 間的経過の中で連続的様相を示す.

2)因 果関係の変数

出産 というス トレッサーを経験する母親の基礎情報

であり,年 齢 ・妊娠歴 ・出産準備教育 ・社会支援 ・妊

娠の受容 ・性格を含む.

3)媒 介過程の変数

認知評価理論を用いた出産感情 と対処行動を測定す

る.

(1)一次評価;出 産がス トレスな事柄かどうかの感

情評価であり,妊 娠末期に実施する.本 研究では研究

者自身が作成 し,信 頼性 ・妥当性が検証 された「出産

ス トレス感情測定スケール」を用いた.こ のスケール

は,岩 下(1996)のSemantic Differential Method(意

味の差の検出法;以 下SD法 と記す)の手順に従い,

100名 の妊産褥婦へのインタビューから,出 産に対す

る感情をイメージした形容詞で作 られ,7件 法で12

項目より測定される.

(2)二次評価;出 産に対する対処行動を測定する.

尾関 ら(1994)の 対処スケールを用い分娩後3日 目に実

施する.「問題焦点型」「情動焦点型」「回避 ・逃避型」に

分類する.

(3)再評価;出 産体験後の感情から心理的ス トレス

を測定する.一 次評価 と同様のスケールを用いて分娩

後3日 に評価する.一 次評価 と再評価の点数差か ら,

心理的ス トレス反応を評価する.

4)直 接 効 果 の 変 数

出産 に対 す る〈 か らだ 〉の反 応 で あ り,ス トレス 関

連 ホル モ ン(唾 液 中cortisol濃 度 ・CgA濃 度)と 分 娩

後72時 間 の初 乳 中S-IgA濃 度 か ら評 価 す る.

3.仮 説

仮説1)出 産ス トレス反応過程の因果関係の変数は,

媒介過程の変数に影響を与 える.

仮説2)出 産ス トレス反応過程の媒介過程の変数 は,

直接効果の変数である初乳中S-IgA濃 度 と関連があ

る.

仮説3)身 体的ス トレッサーは,直 接効果の変数で

あるス トレス関連ホルモンを介 して,初 乳中S-IgA

濃度 と有意な関連がある.

4.デ ザイ ン

縦断的デザインによる実験 ・調査方法を用いた関連

検証型研究.

5.対 象 ・調査施設 ・サ ンプ リング

1)対象;初 産婦 ・経産婦を間わず,妊 娠 ・分娩経過

に異常のない,研 究の主旨に同意の得 られた母親80

図1本 研究の概念枠組み「出産ストレス反応過程における初乳中S-IgA量 の変化」

32 日本看護科学会誌24巻3号(2004)

出産 ス トレス と初 乳 中S-IgA濃 度 のPNI研 究

名.研 究 期 間 は,2001年5月 ～2002年2 月.

2)調査施設;静 岡県内のS市 立清水病院産婦人科

外来,産 婦人科病棟.

3)サ ンプリング

妊娠末期,分 娩入院時,分 娩後60分,分 娩後3 日

に縦 断 的 に,表1に 示 す 手順 で調 査 ・試 料収 集 を行 っ

た.初 乳 中S-IgA濃 度,唾 液 中cortisol濃 度,唾 液

中CgA濃 度 は,研 究者 自身 が 酵 素 免 疫 測 定 法 で 測 定

した.

6. 倫理的配慮

対象者には,研 究の主旨について十分に説明を行

い,研 究協力の承諾を得た.特 に,唾 液 ・母乳採取に

際しては,検 診や分娩後のケアを受けることを最優先

とし,配 慮に努めた.本 研究の研究計画書 と質問紙

は,北 里大学大学院看護学研究科研究倫理委員会 と協

力施設での審査において承認された.

7. 統計学的解析

SPSS Ver.11を 用 い て,基 礎 統 計,Spearman 相

関 係 数,Friedman検 定,Wilcoxon符 号 付 順 位 検 定

を,Amos4.0で パ ス解 析 を行 った.

IV. 研 究 結 果

1. 基礎統計

1)因 果関係の変数 と身体的ス トレッサー

(表2参 照)

研究に参加 した80名 の母親のうち,す べての測定

指標が揃えられた者は,62名 であった.

2)媒 介過程の変数

(1)出産ストレス感情測定スケール

ス ケ ー ル のCronbach'sα 係 数 は0 .78で あ り, 内

的一 貫 性 を確 認 し た.総 得 点 は,12～84点 の 範 囲 で

表1 調査の流れと測定指標

表2 因果関係の変数(個 人的・社会的特性)と

身体的ストレッサー表3 分娩後3日 目初乳 中S-IgA濃 度

J. Jpn. Acad. Nurs. Sci., Vol.24, No.3, 2004 33

あ った.平 均得 点 は,再 評 価 得 点 が一 次 評価 得 点 よ り

も高 く,出 産 にnegativeな 感 情 を抱 い た母 親 が 多 か

っ たが,統 計 学 的有 意 差 はな か った.

(2)出 産 対 処 行 動 測 定

対 処 行 動 型 別 のCronbach's α係 数 は,「 問題 焦 点

型 」0.67,「 情 動 焦 点 型 」0.59,「 回 避 ・逃 避 型 」0.61 で

あ り,内 的 一 貫 性 を確 認 した.型 別 で は,「 回避 ・逃

避型 」42名,「 問 題 焦 点 型 」13名,「 情 動 焦 点 型 」7名 と

「情 動 焦 点 型 」が 少 数 の た め,尾 関 ら(1994)に 従 い,

「問題 焦 点 型 」と併 せ 「積 極 的 コー ピ ン グ」と した.「 回

避 ・逃 避 型 」は 「消 極 的 コー ピ ング」とグ ル ー プ化 した.

(3)産 痛 スケ ー ル(0-100 Numeric Scale)

「産 痛 を 我 慢 で き な い」が53名(85.5%),「 ま あ ま

あ痛 い」が7名(11%),「 あ ま り痛 くな い」が2名( 3.5

%)で あった.

3)直 接効果の変数

(1)初乳中S-IgA濃 度(表3参 照)

平均よりも標準偏差の大きいばらつきのあるデータ

であり,個 人差を示 した.

(2)唾液中cortisol濃 度(図2参 照)

妊娠末期 に比べ分娩入院時に上昇 し,さ らに分娩後

60分 では著明な増加がみられた.分 娩後3日 目は妊

娠末期よりも減少し,妊 娠末期から分娩後3日 にかけ

て有意な経時的変化が示された.

(3)唾液中CgA濃 度(図3参 照)

妊娠末期に比べ分娩入院時は約2倍 の濃度の上昇が

示された.分 娩後60分 は妊娠末期の濃度に減少し,

分娩後3日 目はさらに減少 した.妊 娠末期から分娩後

3日 にかけて有意な経時的変化が示された.

2. 多変量解析

「出産ストレスが初乳中S-IgA濃 度へ及ぼす影響の

パス図」(図4参 照)を作成 し,パ ス解析(最尤推定法)

を行 った.パ ス係 数 が0.15未 満 で有 意 確 率 が0.05 以

上 の 変 数 は 削除 し,部 分 最 適 化 につ とめ た.

媒 介 過程 の変 数 で は,一 次 評 価 と再 評 価 のパ ス 係 数

は,0.5で あ った.二 次評 価 と一 次評 価 ・再 評 価 の 因

果 関 係 は削除 され た.一 次 評 価,二 次評 価,再 評価 の

出産 認 知評 価 過 程 として の 因果 関 係 も削除 され た.二

次 評 価 の対 処 行 動 と初 乳 中S-IgA濃 度 のパ ス係 数 は,

積 極 的 コ ー ピ ン グ が 一〇.26,消 極 的 コ ー ピ ン グ が

0.15と 有 意 な 因 果 関 係 を 示 した が,唾 液 中cortisol

濃 度 ・CgA濃 度 とは,有 意 で な く削 除 さ れ た.産 痛

ス ケ ー ル と一 次 評 価 が0.22,再 評 価 が0.24で あ り,

主 観 的 産痛 と出産 感 情 との 因果 関 係 を認 め た.産 痛 と

Friedman検 定 統 計 量 カ イ2乗177.8 p=0.000

Wilcoxon符 号 付 順 位 検 定 に て**;p=0.000<α= 0.05/4

図2 唾液中cortisol濃 度の経 時的変化

34 日本看護科学会誌24巻3号 (2004)

出産ス トレスと初乳中S-IgA濃 度 のPNI研 究

分娩所要時間のパス係数は0.24で あり,分 娩所要時

間が出産感情に影響を与 える産痛への間接的効果の変

数であることが示された.

身体的ス トレッサーでは,分 娩所要時間と分娩後

60分 唾液中cortisol濃 度がパス係数0.37,分 娩所要

時間と産痛で0.24と 有意な因果関係を認めた.

唾液中cortisol濃 度は妊娠末期から分娩後3日 で,

唾液中CgA濃 度は分娩入院時 と分娩後60分 で有意

な経時的変化 を認めた.初 乳中S-IgA濃 度では,そ

れぞれ分娩後60分 唾液中cortisol濃 度 とCgA濃 度

で,パ ス係数が0.55,0.29と 有意であ り,分 娩後60

分cortisol濃 度のほうが強い因果関係 を示 した.ま

た,分 娩所要時間は初乳中S-IgA濃 度への間接的効

果変数であることが示された.

3.仮 説の検証

仮説1)出 産ス トレス反応過程の因果関係の変数 と

媒介過程の変数に因果関係を認めないことから,却 下

された.

仮説2)媒 介過程の変数では,対 処行動が初乳中S-

IgA濃 度 と有意な関連性 を認め,一 部が承認 された.

仮説3)分 娩所要時間の延長は,副 腎皮質系cortisol

の分泌を亢進させ,初 乳中S-IgAの 産生を促すこと

が明らかとなり,仮 設3は 承認された.

V.考 察

1.直 接効果 の変数

本研究で採取した初乳中S-IgA濃 度 は個人差が大

きく,分 娩後72時 間以内の乳汁 は,出 産時に乳腺小

葉 内で合成 ・産生 されて い るこ とか ら(William,

1989),出 産時点の母親の心身状態を反映していると

考えられる.

柳沼ら(1984)は,血 清中cortisol濃 度が娩出期に最

高値を示すという,分 娩経過による変化を報告した.

Alehagenら(2001)も,尿 ・唾液試料か らcortisol濃

度が妊娠末期か ら娩出期に有意に上昇すること,分 娩

後2日 目には有意に減少することを明らかにした.本

研究の唾液中cortisol濃 度 も,分 娩後60分 は妊娠末

期の約7倍 に上昇しており,前 述の研究報告 と同様な

経時的変化が示された.cortisolの 唾液腺への分泌の

半減期は70分 であり,分 娩後60分 の値は,出 産時の

身体ス トレス反応を反映 している.

産科領域 でCgA濃 度 を測定 した研究は,数 少な

い.立 岡 ら(2003)は,妊 娠期の唾液中CgA濃 度の変

化はないが,正 常な人の濃度に比べて高いことを報告

した.今 回,妊 娠末期の濃度は,Nakaneら(1998)の

緊張状態にある人の濃度の近似値 を示 し,分 娩入院時

は妊娠末期の約2倍 の上昇を認 めた.唾 液中CgAは

Friedman検 定 統 計 量 カ イ2乗=248 p=0.000

Wilcoxon符 号 付 順 位 検 定 に て**;p=0.000<α<0.05/4

図3唾 液中09A濃 度の経時的変化

J. Jpn. Acad. Nurs. Sci., Vol.24, No.3, 2004 35

自律神経の興奮や情動発現の場である大脳辺縁系の働

きを反映する交感神経活動指標物質であり,身 体的ス

トレス負荷に変化を示さないが,精 神的ス トレス状況

を察知する段階で,濃 度の上昇を認める(Nakaneら,

2001).し たが って,本 研究の分娩入院時のCgA濃

度の上昇は,分 娩に臨む母親の精神的緊張感を反映 し

ていると考えられる.

ス トレス関連ホルモンと初乳中S-lgA濃 度

分娩後60分 唾液中cortisol濃 度 と分娩入院時.分

娩後60分 唾液 中CgA濃 度 が高ければ,初 乳 中S-

IgA濃 度が高 くなる とい う因果関係 と副腎皮質 系

cortisolが 副腎髄質系CgAよ りも,初 乳中S-IgA濃

度への影響が強いことが示された.急 性の身体的ス ト

レ ッサ ー が生 体 に加 わ る と,副 腎 皮 質刺 激 ホル モ ン放

出 ホル モ ンに よ り下 垂体 副 腎皮 質 刺 激 ホ ル モ ン とグル

コ コル チ コイ ドの分 泌 が充 進 し,副 腎 ・内分 泌 系 が 活

性 化 され る.し たが って,副 腎 皮 質 系cortisolの 増加

は急 性 の 身体 的 ス トレス 反 応 を示 す こ とに な り,cor-

tisol濃 度 と強 い因 果 関 係 を認 め た初 乳 中S-IgAは,

急 性 ス トレ ッサ ーで あ る出産 に よ る身体 的 ス トレス 反

応 を反 映 す る免 疫 物 質 で あ る と考 え られ た.

2.身 体 的 ス ト レ ッ サ ー と 直 接 効 果 の 変 数 に つ

い て

分 娩 所 要 時 間 とい う身体 的 ス トレ ッサ ー が,分 娩 後

60分cortisol濃 度 と直 接 効 果 の 関 係 性 が あ り,初 乳

中S-IgA濃 度 に は間 接効 果 と して 作 用 して い る こ と,

図4出 産ストレスと初乳中S-lgA濃 度への影響における構造方程式モデル

36 日本看護科学会誌24巻3号(2004)

出産ス トレス と初乳中S-IgA濃 度のPNI研 究

これら3変 数には総合効果 としての因果関係が存在 し

ていることが示された.人 がス トレスを受けると,副

腎からス トレス関連ホルモンが産生され,リ ンパ球が

活性化される.初 乳中S-IgAは,Bリ ンパ球がIgA

産生細胞に分化し合成 されるため,分 娩所要時間の延

長という身体的ス トレッサーにより,副 腎皮質が刺激

されcortisolの 分泌を促 し血中Bリ ンパ球 を活性化

することで,よ りIgA産 生細胞 を産生する様相が考

えられた.

3.媒 介過程の変数 について

出産認知評価過程では,再 評価において出産に対し

ストレス感情を抱いた母親 は少なかった.二 次評価の

出産に対する対処行動では,消 極的コーピング行動を

とった母親が多く,出 産に前向きで挑戦的に臨む積極

的コーピング行動をとった母親は少なかった.

高木(1988)は,産 痛 という"痛 み"の 測定は,非 常

に困難であり痛みの感じ方には個人差が大きいと述べ

ている.今 回,主 観的産痛スケール得点 と出産ス トレ

ス感情測定スケールの得点間に有意な因果関係 を認

め,陣 痛の痛みを強 く感じた母親は,出 産ス トレスを

感 じやす くなること,分 娩所要時間が産痛スケールの

得点に影響を及ぼす因子であり,分 娩所要時間が長 く

なれば産痛スケールの得点が高 くなることが示され

た.

4.媒 介過程 の変 数 と直接効果の変数

パス解析より,出 産を前向きに捉え,ス トレスの強

い状況を克服する努力行動をとった母親の初乳中S-

IgA濃 度 は低濃度であ り,状 況 をうまくコントロー

ルできなかった母親の初乳中S-IgA濃 度は高濃度で

あることが示された.媒 介過程の変数の出産認知評価

過程の中では,二 次評価の対処行動が初乳中S-IgA

濃度へ影響を与 える心理的要因 として明 らか となっ

た.対 処行動の意識は,心 理的ストレス状態に対して

行われる努力行動であり,分 娩経過中の精神的強さの

評価 に値する.対 処行動をとっている時期が,初 乳中

S-IgAの 合成 と同時期であることから,関 連性が検

証できたことは,分 娩経過中の心理的要因が初乳免疫

産生過程に影響を与えていることを示すものである.

しか し,唾 液中CgA濃 度 との因果関係はなかった.

さらなる課題 として,CgAの 半減期 を明 らかにし,

唾液採取時期を再検討したい.

主観的産痛評価 と直接効果の変数 との因果関係は示

されなかった.Alehagenら(2001)は,内 分泌 と陣痛

の関連を検証しcortisol濃 度と痛みとの関連性に否定

的見解 を示したが,柳 沼ら(1984)は,血 清中cortisol

濃度 と痛みの関連を肯定した.cortiso1は 自然陣痛の

発来に関与するステロイドホルモンであることから,

今回の唾液中cortisol濃 度の経時的変化は,陣 痛を反

映した動態であると考えられる.し たがって,今 後は

子宮内圧測定などの客観的な産痛指標を用いて,cor-

tisolとの関連を再検証する必要性がある.

5.因 果関係 の変数 と媒介過程の変数 につ いて

今回,媒 介過程の変数 と出産認知評価に影響を与え

る因果関係の変数 との関連を検証することはできなか

った.Lazarusら(1984)の ス トレスシステム理論で

は,因 果関係の変数には人的変数 と環境変数が含まれ

る.こ れらは,人 の本質や役割機能を捉えることを意

味し,ス トレスの持続期間に左右される.ス トレスの

持続時間の限定された出産 という急性ス トレス過程に

は,因 果関係の変数の与える影響は少ないと考えられ

た.

6.本 研 究の看護実践への示唆

本研究により〈こころ〉と〈からだ〉の出産ス トレ

ス反応が大きかった母親は,授 乳によりわが子に免疫

学的恩恵が与えられるという新たな知見を科学的根拠

に基づいて得ることができた.臨 床において,早 期授

乳の看護計画立案時の視点 として,出 産ストレス状態

のアセスメントが加えられる必要性の示唆を得たと考

える.

VI.結 論

出産 ス トレス 反 応 に お け る 〈 こ こ ろ〉 の反 応 で は対

処 行 動 と分 娩 入 院 時 の精 神 的 緊 張 が,〈 か らだ 〉 の 反

応 で は分 娩 所 要 時 間 の 延 長 が,初 乳 中S-IgAの 分 泌

に影響 を与 え るス トレ ッサー で あ る こ とが示 され た.

また,初 乳 中S-IgA濃 度 は,ス トレ ス 関 連 ホ ル モ ン

を科 学 的根 拠 として 出産 ス トレス を反映 す る免 疫 物 質

で あ る こ とが 示 され た.

謝辞:本 研究への協力を承諾 して くだ さい ましたお母様 方

に感謝 申し上 げます.ま た,デ ー タ収集 にご協力いただ きま

した静 岡市立清水病院重野光次 院長,北 山み ゑ子看護部長,

産婦人科医師,助 産師の皆様 に深 くお礼 申し上げ ます.

J. Jpn. Acad. Nurs. Sci., Vol. 24, No. 3, 2004 37

本論文 は,北 里大学大学院看護学研究科博士後期課程 にお

いて看護学博士号の申請のために提 出した内容 を一部修正 し

た ものです.高 橋真理教授 には,終 始 熱心 で温 かい,き め細

やかな御指導 と御尽力 を賜 りました.

文 献

Alehagen S., Wijima K., Lundberg U., et al. (2001):

Catecholamine and cortisol reaction to childbirth, Inter. J.Behay. Medic., 8(1), 50-65.

岩 下豊 彦(1996):SD法 に よ るイ メ ー ジ の 測 定,川 島 書 店,

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