10
1 Simulink 環境における小規模マイクログリッドのシミュレーション 第 2 報 - フェーザー法による 24 時間のシミュレーション - 三田 宇洋, テクニカルコンサルティング部, MathWorks Japan 1. 導入 文献 [1] では、実用的な時間でシミュレーションを行う小規模のマイクログリッドのシミュレーションモ デルを紹介した。モデルはコンバータやインバータとそのスイッチング制御を省略し、電源、負荷を電 流源扱いとしたことで、シミュレーションを高速化し、数十秒規模のシミュレーションを行った。 さて、太陽光発電は、太陽を含めた外的環境により発電量が変動する。太陽光発電がマイクログリッ ドに及ぼす影響を太陽の挙動のサイクルで見るためには、評価する時間を少なくとも 24 時間としてシミ ュレーションを実行する必要がある。24 時間規模のシミュレーションを現実的な時間で行うためには、 上記のモデルとシミュレーション手法では難しい。 Simulink ® の電気系ブロックライブラリの SimPowerSystems TM は、シミュレーションの方法として、 システムの特定周波数(例えば系統周波数 50[Hz])の振幅と位相に注目するフェーザー法を提供する。フ ェーザー法は、 SimPowerSystems のブロックにおいて振幅と位相以外の情報はシミュレーションから除 外されるので、大幅なシミュレーション時間の改善が期待できる。本報告では、先報 [1] のモデルをフェー ザー法に変更し、24 時間のシミュレーションを実行する。シミュレーションでは、マイクログリッドの 各要素の供給/消費電力、蓄電池の使用量及び系統に売電できる金額を定量化する。以下にモデルとシミ ュレーションについて報告する。 2. モデル化するマイクログリッド 1 に想定するモデル化用のマイクログリッドを示す。マイクログリッドは文献 [1] と同様である。単相 交流(200[V])の電力ネットワークをマイクログリッドとする。再生可能エネルギーとして、太陽光発電を 想定する。電力源は、系統電力、太陽光発電及び蓄電池である。蓄電池はマイクログリッド内の余剰電 力の吸収/不足電力の供給を行う。電力を消費する負荷は一般家庭 3 軒である。マイクログリッドは系統 1 (柱上変圧器)で接続する。マイクログリッドの定格を表 1 に示す。 系統電力は、三相交流の電圧源(66[kV])が変圧器(66[kV]/6.6[kV])に接続する。高圧(66[kV])の電力は 変圧器で降圧(6.6[kV])される。伝送路を介して、柱上変圧器(6.6[kV]/200[V])により、単相交流(200[V]) に変換される。交流周波数は 50[Hz] とする。 単相交流の電力ネットワークに、電力源の太陽光発電(直流)及び蓄電池(直流)が接続される。

Simulink 環境における小規模マイクログリッドのシ … · 1 Simulink 環境における小規模マイクログリッドのシミュレーション 第2 報 - フェーザー法による24

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1

Simulink環境における小規模マイクログリッドのシミュレーション 第 2報

- フェーザー法による 24時間のシミュレーション -

三田 宇洋, テクニカルコンサルティング部, MathWorks Japan

1. 導入

文献[1]では、実用的な時間でシミュレーションを行う小規模のマイクログリッドのシミュレーションモ

デルを紹介した。モデルはコンバータやインバータとそのスイッチング制御を省略し、電源、負荷を電

流源扱いとしたことで、シミュレーションを高速化し、数十秒規模のシミュレーションを行った。

さて、太陽光発電は、太陽を含めた外的環境により発電量が変動する。太陽光発電がマイクログリッ

ドに及ぼす影響を太陽の挙動のサイクルで見るためには、評価する時間を少なくとも 24時間としてシミ

ュレーションを実行する必要がある。24 時間規模のシミュレーションを現実的な時間で行うためには、

上記のモデルとシミュレーション手法では難しい。

Simulink®の電気系ブロックライブラリの SimPowerSystemsTMは、シミュレーションの方法として、

システムの特定周波数(例えば系統周波数 50[Hz])の振幅と位相に注目するフェーザー法を提供する。フ

ェーザー法は、SimPowerSystemsのブロックにおいて振幅と位相以外の情報はシミュレーションから除

外されるので、大幅なシミュレーション時間の改善が期待できる。本報告では、先報[1]のモデルをフェー

ザー法に変更し、24 時間のシミュレーションを実行する。シミュレーションでは、マイクログリッドの

各要素の供給/消費電力、蓄電池の使用量及び系統に売電できる金額を定量化する。以下にモデルとシミ

ュレーションについて報告する。

2. モデル化するマイクログリッド

図 1に想定するモデル化用のマイクログリッドを示す。マイクログリッドは文献[1]と同様である。単相

交流(200[V])の電力ネットワークをマイクログリッドとする。再生可能エネルギーとして、太陽光発電を

想定する。電力源は、系統電力、太陽光発電及び蓄電池である。蓄電池はマイクログリッド内の余剰電

力の吸収/不足電力の供給を行う。電力を消費する負荷は一般家庭 3 軒である。マイクログリッドは系統

と 1点(柱上変圧器)で接続する。マイクログリッドの定格を表 1に示す。

系統電力は、三相交流の電圧源(66[kV])が変圧器(66[kV]/6.6[kV])に接続する。高圧(66[kV])の電力は

変圧器で降圧(6.6[kV])される。伝送路を介して、柱上変圧器(6.6[kV]/200[V])により、単相交流(200[V])

に変換される。交流周波数は 50[Hz] とする。

単相交流の電力ネットワークに、電力源の太陽光発電(直流)及び蓄電池(直流)が接続される。

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2

一般家庭1

太陽光発電

蓄電池

系統電力

IT制御システム

:電力供給網(単相AC)

:分散配置をつなぐネットワーク

マイクログリッド

一般家庭3

一般家庭2

:系統電源(三相AC)

単相AC 200[V]

三相AC 6.6k[V]

三相AC 66k[V]

柱上変圧器

変圧器

三相電圧源

伝送路

図 1 小規模マイクログリッド[1]

表 1 定格

施設 定格

太陽光発電 1台 最大 5000[W]

蓄電池 1台 容量 1000[Ah]

一般家庭 3軒 最大 2500[W]/1軒

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3

3. シミュレーションモデル

シミュレーションモデルを図 2に示す。シミュレーションモデルの骨格は文献[1]とほぼ同様である。

電流の向きは以下とする。

・太陽光発電 マイクログリッドへの流入:正

・蓄電池 マイクログリッドへの流入:正

・一般家庭 1,2,3 電力を消費する方向:正

・柱上変圧器 2次側:系統へ流出する方向:正

文献[1]と異なる変更点について説明する。

【変更点】

(1) シミュレーションモードをフェーザー法に変更

(2) シミュレーション時間を 24時間に変更

(3) (2)に伴いシミュレーションのシナリオを変更

(4) 蓄電池のモデルを変更

[1] 系統

[2] 柱上変圧器 [3] 太陽光発電の電流注入 [4] 蓄電池の

放電/充電

[6] 一般家庭1

[5] 蓄電池の特性

[7] 一般家庭2

[8] 一般家庭3

[10]注入電流量計算(Phasor法)

[9]蓄電池制御器

図 2 モデルの全体図

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4

【変更点】

(1) シミュレーションモードをフェーザー法に変更

フェーザー法に対応するよう、電圧と電流の信号を振幅と位相から複素数表現に変換する(図 3参照)。

(a) 太陽光発電電流値

(c) 負荷1 電流値

(d) 負荷2 電流値

(e) 負荷3 電流値

(b) 蓄電池電流値

(a) 太陽光発電電流値流入

(b) 蓄電池電流値流入

(c) 負荷1 電流値流入

(d) 負荷2 電流値流入

(e) 負荷3 電流値流入

フェーザー法で扱うため交流電流信号を複素数に変換

図 3 フェーザー法への信号変換

(2) シミュレーション時間を 24時間に変更

(3) (2)に伴いシミュレーションのシナリオを変更

想定する太陽光発電の時系列データを図 4 に示す。一般家庭の負荷の時系列データを図 5 に示す。3

軒の一般家庭の負荷は、3軒とも同様に図 5の負荷変動をとるものとする。これらの時系列データがシミ

ュレーションモデルに与えられる。図 4, 図 5の形状は文献[2]を参考にする。

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5

0 5 10 15 20 25

0

500

1000

1500

2000

2500

3000

3500

4000

4500

5000

5500

Sol

ar P

ow

er[W

]

Time[Hour]

図 4 一日の太陽光発電の時系列データ

0 5 10 15 20 250

500

1000

1500

2000

2500

Loa

d P

ow

er[W

]

Time[Hour]

図 5 一日の一般家庭の負荷変動

(4) 蓄電池のモデルを変更

SimPowerSystemsで提供される Battery Blockは、フェーザー法に対応しない。そこで、蓄電池の充

電状態を示す SOC(State Of Charge)と蓄電池の放電容量[Ah]を示す簡単なモデルを Simulinkで作成し

使用する。モデルを図 6に示す。

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6

3600*

0100[%]

3600

0

0

Q

qdttiSOC

dttiAhAh

t

t

容量

注:下記モデルではSOCの初期値=80[%]にするよう、q(0)=Q*3600*0.2とした。

0

0

0

t

dttiq

注:

Q:最大蓄電池容量[Ah]

図 6 蓄電池の容量と SOCを表現する簡易モデル

4. シミュレーションのシナリオについて

図 7 に一般家庭の総負荷と太陽光発電量を示す。区間(0)では、太陽光発電量が一般家庭の総負荷を上

回る。区間(0)近傍の 12時から 18時まで(区間(1))と区間(1)以外で分け、以下の異なる制御則を適用する。

【制御則】

[1] 12時から 18時まで(区間(1))

以下[2]の蓄電池制御を実行しない。蓄電池が余剰電力の吸収/不足電力の放出をしないので、太陽光発

電と系統電力で負荷の需要をまかなう。つまり、系統との売電/買電を行う。マイクログリッドに余剰電

力がある場合、系統に電力が流出し、マイクログリッドの電力が不足する場合、系統から電力を吸収す

る。

[2] 区間(1)以外

蓄電池制御を実行する。蓄電池制御はマイクログリッドと電力系統間で流入/流出する有効電力を 0 に

追従させる制御である。太陽光発電と蓄電池の電力で、負荷の需要をまかなう。つまり、系統との売電/

買電を行わない。

太陽光発電の電力>負荷の電力の場合、余剰電力が発生する。蓄電池が余剰電力を吸収する。

太陽光発電の電力<負荷の電力の場合、負荷の電力が不足する。蓄電池が不足電力を放出する。

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7

0 5 10 15 20 25-1000

0

1000

2000

3000

4000

5000

6000

7000

8000

Time [h]

Pow

er [W

]

Total Power of LoadSolar

余剰電力

区間(0)

区間(1)

不足電力

図 7 一般家庭分の総負荷と太陽光発電量

5. シミュレーション結果

シミュレーション結果を図 8 に示す。このときの蓄電池のステータスを図 9 に示す。図 8、図 9 の各

データについて、表 2に説明を示す。

なお、シミュレーション時間は以下の環境で次を得た。

アクセラレータモード:39分

【環境】

プロセッサ:CoreTMi7-2640M CPU @ 2.80GHz 2.80GHz

RAM: 8.00GB

System: 64 bit operating system

OS: Windows 7 Enterprise

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8

0 5 10 15 20 25-5000

0

5000

10000

Time [h]

Pow

er [W

]

0 5 10 15 20 25-5000

0

5000

10000

Pow

er [W

]

0 5 10 15 20 25-5000

0

5000

Util

ity P

ower

[W

]

0 5 10 15 20 25-5

0

5

10

15

Sum

(Util

ity P

ower

)[kW

h]

0 5 10 15 20 25-200

0

200

400

600

Pow

er P

rice[

JPYE

N]

Time [h]

一般家庭 総負荷太陽光発電

蓄電池

系統

系統電力積算

金額

区間(1)

売電(2)

買電(3)

12.3[kWh]

517[円]

放電

充電

図 8 シミュレーション結果

0 5 10 15 20 250

50

100

150

200

250

300

Ah積

算 [

Ah]

0 5 10 15 20 2550

55

60

65

70

75

80

Time [h]

SO

C [

%]

Ah積算

SOC

区間(1)

図 9 蓄電池のステータス

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9

表 2 図 8、図 9の説明

名称 説明

蓄電池 区間(1)では蓄電池制御が実行されず、蓄電池の電力は 0となる。区間(1)以外で

は、一般家庭の総負荷と太陽光発電の大小に応じて、マイクログリッドの余剰/

不足電力を充電/放電する。

系統 区間(1)では蓄電池制御が実行されず、系統が余剰/不足電力を補償する。

売電(2) では、太陽光発電>一般家庭の総負荷となり、余剰電力が系統に流出す

る。買電(3) では、太陽光発電<一般家庭の総負荷となり、不足電力が系統から

流入する。

系統電力積算 系統電力は 24時間で 12.3[kWh]となる。

金額 売電金額は 24時間で 517円となる。

但し売電単価=42[円/kWh]とする。

Ah積算 蓄電池がどれだけの電流を放出したかの指標である。24 時間で積算量は

250[Ah]となる。

SOC SOC は時刻 0の初期値 80[%]から、24時間で 55[%]程度まで低下する。

6. 使用ツール

本モデル作成に使用したMATLABプロダクトを表 3に示す。

表 3 ツールの役割

ツール(Version:R2012a) 役割

Simulink シミュレーション基本環境、制御器モデリング

MATLAB® 基本環境

SimPowerSystems 系統システム、電流源で表現した太陽光発電/蓄電池、

電気系機器のモデリング

SimscapeTM 物理モデリングツールの基本環境

7. 結語

太陽光発電、蓄電池を系に含む小規模マイクログリッドのモデルの 24時間のシミュレーションを紹介

した。モデルは SimPowerSystems により作成し、フェーザー法を適用する。

太陽光発電量が大な 12時から 18時は売電し、太陽光発電量が小な時間(0時から 12時、18時から 24

時)は蓄電池が系の不足電力を供給する簡単な制御則により、蓄電池の充電/放電を制御する。

蓄電池はフェーザー法で使える簡易なモデルを作り、放出電流の積算値(Ah)や SOCを計算する。

シミュレーションでは、マイクログリッドに接続する電源・負荷の供給/消費電力、蓄電池の使用量及び

系統に売電できる金額が定量化された。これらの値は物理的に妥当な値が得られ、シミュレーション実

行時間は実用に耐えうることが確認された。

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8. 付録

フェーザー法について[3]

線形回路において、電圧や電流の振幅や位相の変化だけに注目したい場合がある。この場合、R(レジ

スタンス)、L(インダクタンス)、C(キャパシタンス) の素子間での相互作用から得られる微分方程式 (状

態空間モデル) をすべて解く必要はない。代わりに、電圧と電流の複素表現を使った簡単な代数方程式系

を解くだけでよい。これを、フェーザー法と呼ぶ。フェーザー法では電圧と電流を複素表現で計算する。

ある周波数における一定の周期性 (正弦波、余弦波) をもつ電圧と電流を複素数で表現する。これらは、

また直交座標系 (実数部と虚数部) でも、極座標系 (大きさと位相) でも表現することが可能である。フ

ェーザー法では、電気系の状態量は無視されるので、システムの電気部品個々の動作をシミュレーショ

ンする必要はない。そのため、このシミュレーションの実行は高速になる。ただし、フェーザー法は、

ある 1 つの周波数についてだけの解を得るものである。また回路のスイッチング等の非線形要素には対

応しない。

9. 参考文献

[1] 三田,Simulink 環境における小規模マイクログリッドのシミュレーション ,技術資料,MathWorks

Japan,2012

[2] 太陽生活ドットコム, http://taiyoseikatsu.com/, 2012

[3] SimPowerSystems User ’s guide,R2011b, pp.1-42, MathWorks ,2011