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リガクジャーナル 50(1) 2019 1 X 線散乱パターンを用いた PDF 解析~理論と実際~ 白又 勇士 * ,吉元 政嗣 ** 1. はじめに 最近の学会で良く見受けられる PDF 解析もしくは RDF 解析と呼ばれる手法をご存じだろうか.PDF Pair Distribution Function (二体分布関数), RDF Radial Distribution Function (動径分布関数) と称される.PDF 解析の歴史は意外にも古く 1927 年に F. Zernike らに よって実験で測定した構造因子が二体分布関数に直接 対応していることが報告されている 1PDF 解析は, 放射光ではよく測定・解析されている手法であり,物 質の結晶性にかかわらず原子間距離と配位数の情報を 散乱パターンから引き出すことができる.非晶質の解 析例を見てみよう.図 1 は結晶質および非晶質のカー ボンの X 線散乱パターンである 非晶質カーボンの X 線散乱パターンは,結晶質カー ボンの回折パターンに比較してブロードなピークが観 測される.このピークの正体は,試料内(原子間結合 レベルのミクロな視点)に様々な距離の C–C 結合が 存在し,各結合距離に対応した散乱 X 線が互いに干渉 したため観測される.従って得られた散乱パターンを フーリエ変換することで,実空間の情報を直接求める ことができる.得られた実空間の情報は,縦軸は配位 数や存在確率,横軸は原子間距離 r で表すことができ る.実際に縦軸に RDF(配位数),横軸に原子間距離 でプロットした図 2 を示す.ピーク位置が平均原子間 距離,ピーク面積が配位数に関係する.図 3 に示す通 り,炭素の構造モデルを平面として考えると(実際に 3 次元空間の情報が導出される),それぞれのピー ク位置から第 1, 2, 3…隣接距離が求まる.この性質を 利用することで,非晶質系の短距離構造解析,結晶質 系の局所構造の乱れ解析などに応用できるため,様々 な分野での活躍が期待できる手法と言えよう.本稿で は,押さえるべき PDF 解析の理論,測定光学系,実 際のアプリケーション事例を紹介する. 東京理科大学 駒場研究室 久保田先生ご提供) 2. 理論 X 線によって散乱された強度 I obs は,大まかに式 1 示す 3 つの成分で構成されている.物質の構造由来の 干渉性(コヒーレント)散乱 I coh ,物質の構成原子由 来から現れるコンプトン散乱として非干渉性(インコ * 株式会社リガク X 線機器事業部 応用技術センター ** 株式会社リガク X 線研究所 1. 結晶質および非晶質カーボンのX 線回折パターン. Technical note

X線散乱パターンを用いたPDF解析~理論と実際~...X線散乱パターンを用いたPDF解析~理論と実際~ リガクジャーナル 50(1) 2019 2 ヒーレント)散乱I

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  • リガクジャーナル 50(1) 2019 1

    X線散乱パターンを用いたPDF解析~理論と実際~

    白又 勇士*,吉元 政嗣**

    1. はじめに最近の学会で良く見受けられるPDF解析もしくは

    RDF解析と呼ばれる手法をご存じだろうか.PDFはPair Distribution Function(二体分布関数), RDF は Radial Distribution Function (動径分布関数) と称される.PDF解析の歴史は意外にも古く 1927年にF. Zernikeらによって実験で測定した構造因子が二体分布関数に直接対応していることが報告されている(1).PDF解析は,放射光ではよく測定・解析されている手法であり,物質の結晶性にかかわらず原子間距離と配位数の情報を散乱パターンから引き出すことができる.非晶質の解析例を見てみよう.図1は結晶質および非晶質のカーボンのX線散乱パターンである†.非晶質カーボンのX線散乱パターンは,結晶質カーボンの回折パターンに比較してブロードなピークが観測される.このピークの正体は,試料内(原子間結合レベルのミクロな視点)に様々な距離のC–C結合が存在し,各結合距離に対応した散乱X線が互いに干渉したため観測される.従って得られた散乱パターンをフーリエ変換することで,実空間の情報を直接求める

    ことができる.得られた実空間の情報は,縦軸は配位数や存在確率,横軸は原子間距離 rで表すことができる.実際に縦軸にRDF(配位数),横軸に原子間距離でプロットした図2を示す.ピーク位置が平均原子間距離,ピーク面積が配位数に関係する.図3に示す通り,炭素の構造モデルを平面として考えると(実際には3次元空間の情報が導出される),それぞれのピーク位置から第1, 2, 3…隣接距離が求まる.この性質を利用することで,非晶質系の短距離構造解析,結晶質系の局所構造の乱れ解析などに応用できるため,様々な分野での活躍が期待できる手法と言えよう.本稿では,押さえるべきPDF解析の理論,測定光学系,実際のアプリケーション事例を紹介する.(†東京理科大学 駒場研究室 久保田先生ご提供)

    2. 理論X線によって散乱された強度 Iobsは,大まかに式1に示す3つの成分で構成されている.物質の構造由来の干渉性(コヒーレント)散乱 Icoh,物質の構成原子由来から現れるコンプトン散乱として非干渉性(インコ

    *株式会社リガク X線機器事業部 応用技術センター**株式会社リガク X線研究所

    図1. 結晶質および非晶質カーボンのX線回折パターン.

    Technical note

  • X 線散乱パターンを用いた PDF 解析~理論と実際~

    リガクジャーナル 50(1) 2019 2

    ヒーレント)散乱 Iincoh,物質の構成元素と入射X線のエネルギーの組み合わせにより発生する蛍光X線 IXRFである.

    Iobs=Icoh + Iincoh + IXRF (1)

    PDF解析で必要な強度は,干渉性散乱強度 Icohであるため,非干渉性散乱 Iincohは理論計算から,蛍光X線IXRFは検出器のディスクリミネーターや結晶モノクロメーターにより差し引く(除去)必要がある.Icohは式2で表される.式2内のQ(Å-1)は散乱ベクトルであり式3で定義される.

    coh1 1

    sin∑∑

    N Nij

    i jiji j

    QrI f f

    Qr= == (2)

    4πsinθ

    λ=Q (3)

    ここで,Nは系内の原子の個数,fi, fjはそれぞれ i番目,

    j番目の原子の原子散乱因子,rijは i–j原子間の距離である.式2式はDebyeの散乱式と呼ばれる(2).ここで,ある任意の原子に着目し距離 rにおける原子密度を ρ(r)とすれば,r ~ r + drの半径の球殻内にある原子の数は4πr2 ρ(r)drである(4πr2は球の表面積).さらに式2は以下のように書き直すことができる(3).

    ( )2 2coh0

    sin1 4

    QrI Nf r r dr

    Qr

    π ρ= + (4)

    本式に試料全体に関する原子の平均密度をρ0とすると,

    ( )( )2 2coh 00

    20

    0

    sin1 4

    sin4

    QrI Nf r r dr

    Qr

    Qrr dr

    Qr

    -π ρ ρ

    πρ

    = +

    (5)

    さらに第3項は空間に一様な平均原子分布からの散乱であり,無視することができる.すなわち,

    ( )( )coh 2 2 00

    sin1 4

    I Qrf r r dr

    N Qr

    -π ρ ρ= + (6)

    次に構造因子S(Q)を導入する.S(Q)は下記の式であらわされる.

    ( ) coh2I

    S QNf=

    (7)

    S(Q)は生データから非干渉性散乱を差し引き,原子散乱因子で規格化したデータで,例としてAgKα (λ= 0.561 Å, QMAX=22 Å-1)で測定したシリカガラスのX線散乱パターンとS(Q)を図4に示す.先ほどの式6にS(Q)を導入すれば,

    ( ) ( ) 00

    1 4 sinQ S Q r r Qr dr∞

    - -π ρ ρ= (8)従って,

    ( ) ( )

    ( )

    2

    20

    0

    4

    24 1 sin

    π ρ

    π ρπ

    -N r r r

    rr Q S Q Qr dQ

    = + (9)

    となる.ここで N(r)=4πr2 ρ(r)は RDF(Radial Distribution

    Function, 動径分布関数)と呼ばれる.またPDF g(r)は,下記の式で定義される.

    図3. カーボンをc軸から見た1層目の結晶構造配列.

    図2. 非晶質カーボンから得られたRDFパターンN(r).

  • X 線散乱パターンを用いた PDF 解析~理論と実際~

    リガクジャーナル 50(1) 2019 3

    ( ) ( )0

    ρρ

    ρρ =g (10)

    g(r)は距離 rにおける局所密度 ρ(r)を系内の平均密度ρ0で規格化した分布関数である.式9に式10を組み合わせることで,実験値からg(r)を算出することができる.

    ( ) ( )20

    0

    11 1 sin

    2r Q S Q Qr dQ

    r

    -π ρ= +g (11)となる.式から分かるように距離 rが大きくなるにつれてg(r)→1となる.さらに,結晶質の材料評価においては,G(r)と呼ばれる分布関数が用いられることが多い.

    ( ) ( )

    ( )( )0

    21 sin

    4 1

    G r Q S Q Qr dQ

    r r

    --

    π

    π

    = g

    (12)

    このようにg(r)とG(r)は式11および12から定義が異なるため,混同しないようにしなければならない.これらのN(r), g(r), G(r)は,それぞれ容易に変換

    することが可能である.実際に,シリカ(SiO2)ガラスに対するN(r), g(r),

    G(r)を比較してみよう(図5).N(r)は,4πr2ρ0の赤色で示した点線の周りに振動しており,右肩上がりのパターンになっていることが分かる.これは長距離側において,配位数が増えていることを示している.配位数は,ガウシアンフィッティングの結果から算出できる.g(r)は,1の中心で振動する分布関数である.こ

    れはそれぞれの原子間距離において平均密度を1としたときの密度差を表している.特定の原子間距離で相関がある場合,平均密度よりも高くなる.一方で,g(r)が1を下回る場合は,局所密度が平均密度よりも低いことを意味しており,その領域に原子が全く存在しないわけではない.また秩序性がなくなってくると, ρ(r)は平均密度に近づきg(r)→1となる.

    G(r)はより長距離側のピーク位置が見やすくなるため,結晶の局所構造の評価に応用しやすい.このように解析の目的に合わせて,N(r), g(r), G(r)

    を使い分けると良い.

    図4. SiO2ガラスのX線散乱パターンと導出されたS(Q).

    図5. SiO2ガラスのN(r), g(r), G(r)の比較.

  • X 線散乱パターンを用いた PDF 解析~理論と実際~

    リガクジャーナル 50(1) 2019 4

    3. 測定3.1. X線源PDF解析では,広いQ範囲が必要になってくるため,実験室系X線回折装置においてはMoKα (λ= 0.711 Å, QMAX=17 Å-1)や AgKα (λ=0.561 Å, QMAX=22 Å-1)のような短波長のX線源を使用し高角度側(2θ<160°)まで測定したほうが良い.ここでフーリエ変換して得られる分布関数の実空間分解能Δrは,

    max

    πΔ

    =r Q (13)

    と表現できる.測定した構造因子のQ範囲が狭いほど,フーリエ変換して得られる分布関数の実空間分解能が低くなることが分かる.また,実測のデータは有限の値でありフーリエ変換時に打ち切り誤差(リップルまたはゴーストピーク)を生じてしまう.打ち切り誤差を少なくするためにも,広いQ範囲の測定が必要となる.各特性X線源を用いて測定したシリカガラスのX線散乱パターンと得られたRDFの結果を図6にSiO2の結晶構造情報を図7に示す.測定できるQ範囲はCuKα<MoKα<AgKαの順で広くなっている.RDFから,CuKα (λ=1.545 Å, QMAX=8 Å-1)では実空間分解能が低いために,O–Oのピークが明瞭に区別できておらず,構造解析に向いていないことは明白である.より広いQ範囲を測定可能な放射光は構造解析にとって良い線源であることは明白である.しかしながら,実験室系X線回折装置の測定できるQ範囲のデータを用いても,放射光と同程度の結果を得ることができるようになってきた.ここで,放射光 (61 keV, λ=0.203 Å)と実験室系X線回折装置SmartLab (λ=0.561 Å)で測定したシリカガラスのS(Q)とg(r)を図8に示す.先ほど式13で述べた実空間分解能の違いから,

    ピークの半値全幅はブロードになっているものの,ピーク位置やピーク面積など放射光と遜色ないg(r)が得られている.またSmartLab (図9) では,は60 kV–150 mA (9.0 kW),

    AgKαは60 kV–100 mA (6.0 kW)まで印加できるため,MoKα封入管出力(MoKα: (3.0 kW),AgKα: (2.16 kW))の数倍の散乱強度でプロファイル測定できる.

    3.2. 光学系光学系は,反射 /透過の光学系が利用可能である.短波長のX線源を使用しているため,試料以外からの寄生散乱に十分注意しなければならない.反射法では通常のBragg–Brentanoの疑似集中法光学系を用いているが,試料への侵入深さが大きいので,基本的にはアルミの打ち抜き試料板に充填した粉末や,バルク体のサンプルを測定する.対して透過法では,キャピラリーに液体や粉末を充填し測定する.市販されているガラス製のキャピラリーの中でも,リンデマンガラスやボロシリケイトガラス製のキャピラリーはバックグ

    図6. Cu, Mo, Ag波長のパターンから得られたSiO2ガラスのX線回折パターンとN(r)(オフセット処理後).

    図7. SiO2の結晶構造情報.

  • X 線散乱パターンを用いた PDF 解析~理論と実際~

    リガクジャーナル 50(1) 2019 5

    ラウンドが低く,利用に適している.勿論,各種キャピラリーを使用した場合,キャピラリーのパターンをバックグランドとして測定パターンから差し引かなければいけない.

    3.3. 光学素子および検出器SmartLab(図9)では,短波長対応した光学素子の

    ミラーを用いることで,平行ビームおよび集光ビームを作り出すことが容易に可能である.平行ビームは薄膜のような試料を測定するときに用いる.集光ビームは検出器上にビームが集光し,強度や分解能が得られることから透過法に用いる.検出器は,従来SCにモノクロメーターを組み合わせた光学系であったが,良質なパターンを得るために非常に長い測定時間を要していた.近年の検出器は,半導体式が主流であり独立でエネルギーを弁別できる機構を備えているため,半導体検出器を用いても問題なくパターンを測定可能である.さらに高エネルギー対応した検出器も用意されており,通常の検出器に対して数倍の強度を得ることができる.

    4. 測定から解析の流れ実際の測定から解析の流れを具体的に示す.① 反射法あるいは透過法にて測定する.バックグラウンドは,反射の場合には空気とする.② 構造因子S(Q)(吸収補正・偏光補正・非干渉性散乱補正・原子散乱因子)を算出する.③ S(Q)のフーリエ変換により,N(r), g(r), G(r)を算出する.

    ④ 求めたN(r), g(r), G(r)の逆フーリエ変換により,算出したS(Q)に戻ることを確認する.⑤ 場合によっては,PDFGUIやRMCProfileを用いて構造解析を行う.またリガク製のソフトウェアSmartLab Studio IIの

    PDF Pluginでは,①(測定)から②~④(解析)をサポートしている.続いて,PDFGUIとRMCProfileソフトウェアについて,簡単に紹介する.

    4.1. PDFGUI(4)

    C. L. Farrowらによって開発されたソフトウェアで,結晶から得られたPDF用のフィッティングソフトウェアである.cifファイルから読み込んだ結晶構造情報を元にシミュレーションPDFパターンを計算し実測PDFパターンとの最小二乗法によるフィッティングから実測の結晶構造情報を算出する.得られるパラメータは,格子定数・座標・占有率などである.

    4.2. RMC Profile(5)

    M. Tuckerらによって開発されたソフトウェアでRMC法(Reverse Monte Carlo(6))を用いている.RMC法は実験で得たPDFやS(Q)といった1次元の構造情報から3次元の構造モデルを構築するモデリング方法であり,結晶・非晶質の短距離構造解析に非常に強力なツールである.RMC法の良いところは,実験では分離できない成分別の相関(SiO2の場合は,Si–Si, Si–O, O–O)を分離できることである.RMC法の基本原理は,セル内の原子を乱数により移動させ,PDF(フィッティング方法によってはS(Q))を再現する構造モデルを構築していく.また対応しているデータ系は,X線のデータだけでなくEXAFS, 中性子など多岐にわたる.

    5. 測定例5.1. シリカガラスの構造解析シリカは,SiO2四面体を最小単位として,長距離構

    造(いわゆる周期構造)がある場合には,石英やクリストバライトなどの結晶となる.一方,短距離構造は認められるものの長距離構造が認められない構造を持っている場合,シリカガラスとして認められる.

    図8. シリカガラスの放射光と実験室系X線回折装置SmartLabから得られたS(Q)およびg(r)(オフセット処理後).

    図9. SmartLabのゴニオメーター.

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    リガクジャーナル 50(1) 2019 6

    シリカガラスの構造については,幾つかの議論があるもののW. H. Zachariasenによって提唱された不規則編目構造が有名である(7).図10にシリカとシリカガラスの平面構造図を示す.結晶シリカのSi原子同士では6員環(O原子を含むと12員環)を形成している.シリカガラスのSi原子は6員環以外の環構造も形成している.この短距離構造を導出するため,実測X線散乱パ

    ターンから得られたG(r)を基にRMCProfileを用いてシミュレーション解析を行った.シリカガラスの原子数密度を考慮し,一辺約35 Åの立方体セルに,ランダムに生成した総数3000個のSi原子およびO原子の位置を初期配置とした.図 11に実測G(r)(赤色で示したプロファイル)と

    RMCにより計算されたG(r)(青色で示したプロファイル),図12に得られたシリカガラスの構造,図13にシリカのn員環数と個数分率をプロットした結果を示す.図11から,RMCで再現した構造モデルは実験値を良く再現している.RMCから得られたシリカガラスの構造モデル(図12)に対して,n員環を数えると図13に示す通り,6員環を中心に,複数のn員環が存在していることが分かる(8).n員環数の計算は,ソフト

    ウェア ISAACS(9)を用いGuttman(10)の手法を用いた.このようにPDFパターンをRMCで解析することによって,短距離の原子間相関の分離だけでなく,環構造などといった局所構造を解き明かすことができる.

    5.2. チタン酸バリウムの結晶構造解析チタン酸バリウムは,強誘電体を示す試料として幅広く知られており,チタン酸バリウムの誘電性は粒径に依存することが報告されている(11).さらに,チタン酸バリウム粒子の粒径が小さくなると,正方晶から立方晶に近づくことが報告されている(12).またチタ

    図11. シリカガラスの実測G(r)とRMCから得られた計算G(r).

    図12. RMCから得られたシリカガラスの構造(総原子数3000個).

    図13. Si–Siのn員環数.

    図10. シリカとシリカガラスの結晶構造(平面).

  • X 線散乱パターンを用いた PDF 解析~理論と実際~

    リガクジャーナル 50(1) 2019 7

    ン酸バリウムの粒子モデルは,室温において,立方晶+正方晶のコアシェルモデルが提唱されている(11).図14に示す通り,粒径が小さくなるに従い,正方

    性(tetragonality=c/a, a及びcは格子定数)が1に近づく.そのため,Rietveld解析では正方晶と立方晶の区別が困難であることに加え,コアシェルモデルも判別することができない.実際に50 nmのチタン酸バリウムに対して得られた

    X線回折パターンと,各モデルでRietveld解析の結果を図15に示す.Rietveld解析は,3つのモデルで信頼度因子Rwpがほぼ同一の値を示しているため,どのモデルが良いか断定が難しい.このようなケースでは,PDF解析が威力を発揮する.原子間距離を反映したパターンG(r)に対して,PDFGUIを用いて結晶構造からシミュレーションされるG(r)をフィッティングすることで,結合距離のズレに敏感な解析を行うことができる.先ほどの3つの

    モデルでフィッティングを行い比較した結果を図16に示す.立方晶のみと正方晶のみのモデルを比較すると,圧倒的に正方晶のみのモデルが良い一致を示した.また,正方晶と立方晶のモデルを組み合わせて解析すると正方晶のみのモデルよりも良い一致となった.PDFGUIを用いた構造解析からもコアシェルモデル構造を支持する結果となった.

    6. まとめPDF解析は以前からある手法であったが,PDFを算出するまでの補正手順が煩わしく敬遠されている分野でもあった.しかし,解析理論や手法が確立してきたことに加え,測定装置やコンピューターの性能の向上により,実験室系X線回折装置でも放射光で測定した構造因子や二体分布関数と遜色ないデータを取得可能となった.本稿に記載した通り,PDF解析は非晶質や結晶の局

    粒径と誘電率の関係性(11) 粒径と格子定数の関係性(12) ナノ粒径のコンポジットモデル(11)

    図14. 論文で報告されているBaTiO3の情報.

    図15. 各モデルにおけるRietveld解析結果.

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    所構造解析など幅広く応用できる.結晶構造解析が困難だった材料に対し一度PDF解析を検討してみてはいかがだろうか.

    7. 謝辞東京理科大学駒場研究室久保田圭先生には,サンプルを快くご提供いただき,深く感謝いたします.データ使用にご快諾いただいた応用技術センターの金廷恩氏,有意義な議論およびアドバイスを賜りましたX線機器事業部XRDアプリケーションソフトウェア開発部理論研究グループ室山知宏氏に改めて感謝いたします.

    参 考 文 献

    ( 1) F. Zernike and J. A. Prins: Z. Phys., 41(1927), 184–194.

    ( 2) P. Debye: Ann. Physik., 46(1915), 809–823.( 3) H. Ohno, K. Igarashi, N. Umesaki and K. Furukawa:

    X-ray Diffraction Analysis of Ionic Liquids, Molten Salt Forum 3, Trans Tech Publication, (1994).

    ( 4) P. Juhás, C. L. Farrow, X. Yang, K. R. Knox and S. J. L. Billinge: Acta Crystallogr., A71(2015), 562–568.

    ( 5) M. G. Tucker, D. A. Keen, M. T. Dove, A. L. Good-win and Q. Hui: J Phys., 19(2007), 335218.

    ( 6) R. L. McGreevy and L. Pusztai: Molecular Simula-tion, 1(1988), 359–367.

    ( 7) W. H. Zachariasen: J. Am. Chem. Soc., 54(1932), 3841–3851.

    ( 8) S. Kohara, J. Akola, H. Morita, K. Suzuya, J. K. R. Weber, M. C. Wilding and C. J. Benmore: Proc. Nat. Acad. Sci., 108(2011), 14780.

    ( 9) S. Le Roux and V. Petkov: J. Appl. Cryst., 43(2010), 181–185.

    (10) L. Guttman: J. Non-Cryst. Solids, 116(1990), 145–147.

    (11) T. Hoshina: J. Ceram. Soc. Japan, 121(2013), 156–161.

    (12) T. Yamamoto, H. Niori and H. Moriwake: Jpn. J. Appl. Phys., 39(2000), 5683–5686.

    図16. 各モデルにおけるPDFパターンのフィッティング結果.

    2019年10月改訂版