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第 15回

注目の学部・学科

 2010 年度学校基本調査によると、経済学部は全学部の中で最も多くの 168 大学に設置されており、所属学生数も工学部に次いで多く、大学において最も広く教育・研究されている学問の一つである。 経済学は、経済の仕組みの解明や、経済活動の分析、経済政策の立案などに大きな知見を提供する学問であるが、経済は社会の発展に伴って刻々と変化し、

また経済の捉え方そのものも変化していくため、経済学は 300 年の歴史を重ねてなお、常に「今の」学問であり続けている。経済学のこうした性質を反映して、大学における経済学の教育・研究内容は、常に見直しが行われている。 今回は、経済学の近年の変化を概観した上で、4つの分野について、詳細を紹介する。

◆概説伝統的な学問分野の融合で総合的な視点の重要性が高まり、経済学の前提さえも研究対象に 早稲田大学 鈴村興太郎教授

◆入試情報◆国際経済学

名古屋大学 多和田眞教授

◆行動経済学大阪大学 大竹文雄教授

◆厚生経済学一橋大学 蓼沼宏一教授

◆経済物理学東京工業大学 高安美佐子准教授

◆授業・ゼミ紹介近畿大学 谷口和久教授

◆卒業後の進路

CONTENTS

………………………………………………p53

…………………………………………p56

……………………………………p58

………………………………………p60

………………………………………p62

………………………………………p64

………………………………p66

…………………………………p68

[シリーズ]

経済学注目の学部・学科 経済学

概説

伝統的な学問分野の融合で 総合的な視点の重要性が高まり 経済学の前提さえも研究対象に

は、歴史上何度も起こっています。これがグローバル化の本質であり、現代に特有の現象ではありません。しかし、近年のグローバル化はある特定の文化の『強制』の面も見られるようになり、問題となっています。例えば、ギリシャに対する財政支援に関しても、その前提として民主的に選ばれた政権に IMF流の財政規律を強制することに、すべての経済学者が同意しているわけではないのです」

 現実の経済現象に対応するため  枠組みの変化が進む経済学部

 経済学は、具体的な経済現象を探究する学問である。そこで、まずは近年の経済の課題について見ていこう。近年の経済の特徴の一つとして、グローバル化が挙げられる。ソ連崩壊以後、世界のほとんどの国や地域が市場経済に移行し、人、モノ、カネ、情報の流れが加速しているのだ。 しかし、早稲田大学の鈴村興太郎教授は、グローバル化を考える際には注意が必要だという。  「アラビア諸国がもたらした数学に代表されるように、ある国の文化が『受容』によって他国に広がっていく現象

―――早稲田大学 政治経済学術院 鈴村 興太郎 教授に聞く

概説

入試情報

国際経済学

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注目の学部・学科 経済学

 日本経済に目を向ければ、新しい経済モデルの構築が課題である。日本経済の転換点は大きく、明治維新、第二次世界大戦後の戦後改革、バブル崩壊後の「失われた 20 年」が挙げられ、明治維新や戦後改革の時期には、他国の経済モデルを導入することで日本経済が発展してきた。 「『失われた 20 年』が長引いているのは、発展のモデルが外国にもない上に、既得権益を持った人たちに、経済モデルを変えるインセンティブ(注 1)がなかったからです。日本経済を良くしていくためには、自分たちで新しいモデルを見出し、変えることが必要です。そのとき、新しいモデルをデザインし、そのモデルがうまく働くような条件を考えることも、経済学の役割です」(鈴村教授) 経済学は古くから大学で教育・研究が行われてきたが、以上の2例を初めとして、探究の対象となる経済現象は常に変化している。そして、経済の変化に呼応し、近年は経済学にも新たなアプローチの研究分野が生まれている。

 伝統的な「理論」「歴史」「政策」を 融合した枠組みでの研究が進展

 経済学部の教育は、伝統的には大きく「理論系」「歴史系」「政策系」に分かれる。理論系は、経済に関する現象がどのように起こっているのかといった法則を、経済を変化させるさまざまな要因に注目しながら、論理的に追究していく分野である。歴史系は、日本、アジア、西洋などの地域ごとに、経済現象が歴史の中でどのように起こってきたのかを分析する。政策系は、具体的で実行可能な経済政策を立案、提言する分野として、実社会の制度設計に深く関わる。従来は、これらの分野でそれぞれ別々に研究を進めてきたが、現在では個別の分野だけで経済現象を理解することは不可能になってきた。 「その典型例が、理論系と政策系の融合に表れています。政策は基本的には世の中を良くするために立案するものです。しかし、どんな政策を「良い」政策と考えるかの基準は、人によって異なるため、誰にとって「良い」政策を選べば社会がより幸福になるのかは大きな問題です。そして、より望ましい選択をする方法を考えることは、理論的な問題です。現代では個人の価値観が多様化し価値の問題を避けて通れなくなってきたことから、理論系と政策系の融合が進んでいるのです。こうした、経済政策と価値に関わる思索を深める分野は、『厚生経済学』(→ p62)『公共財政学』あるいは『公共哲学』などの名称で、授業科目として開設する大学も増えてきています」(鈴村教授)

 理論系と歴史系も融合し始めている。このような研究はJ・R・ヒックス(注 2)の著書「経済史の理論」から始まった。

「彼は、経済理論を経済活動の歴史の理解のために活用して、経済の歴史的進化のパターンを経済学のロジックに即して理解する試みを進めました。それまでは経済理論と経済史は別々のもとのとして研究されてきましたから、彼は制度を研究する経済学者にとって画期的な視点を提供したといっていいでしょう」(鈴村教授)

 「マクロ経済学のミクロ的基礎」に  注目した研究が大きな流れに

 理論経済学は、伝統的にミクロ経済学とマクロ経済学に大きく二分される。ミクロ経済学が個人や個々の企業の消費活動、生産活動を分析対象としているのに対し、マクロ経済学はそうした個々の動きではなく、国や経済圏といった大きな単位で経済活動を分析する。その視点の違いから、現在でも経済学部の授業などでは明確に二分されているが、学問の世界では、ミクロとマクロの両方の視点を取り入れて経済を理解しようとする研究が生まれている。  「マクロ経済学は、生産物の価値や消費の価値、輸出の価値などを『国』や『経済圏』などの大きな単位で論じます。しかし、実際には経済行動を行うのはミクロの単位である個人や個別の企業です。そうであれば、ミクロの経済活動の括り方がミクロ経済学の基礎に立脚していることが必要です。一方、ミクロ経済学にしても、個々人の行動それ自体ではなく、その人を代表とする個々の行動の結果が経済全体にどう反映するのかに関心があるはずです。こうしたことから、現在では『マクロ経済学のミクロ的基礎』の探究が大きな学問的テーマになっているのです」(鈴村教授)

 経済制度は与えられたものではなく 自ら設計し選択したものだという認識が登場

 経済学の常識を覆すような新しい試みも始まっている。以前は経済を研究する場合、研究領域である「日本経済」や「資本主義経済」「社会主義経済」などの制度が、既に存在している「前提」として捉えられており、それを疑うことはなかった。しかし、制度は人間が作りだしたものであり、時間軸を長くとれば、制度は決して一定ではない。例えば社会主義経済という制度は、1917 年のロシア革命により、それまでに存在していた経済システムとはまったく異なるものとして、人間の手によって作られている。

(注 1)インセンティブ… 人の意欲を引き出すために外部から与える刺激(注 2)J・R・ヒックス(1904-1989)… イギリスの経済学者。ミクロ経済学の現代的な体系化に貢献したことが評価され、ケネス・アロー教授と同時に                   ノーベル経済学賞を受賞。「経済史の理論」は 1969 年著。

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 「ここで重要なことは、同じ名前を付けられた制度でも、仕組みの内部はすべて違うということです。同じ社会主義経済といっても、旧ソ連と中国では中身はまったく異なっていました。旧ソ連で生まれた制度であっても、中国でそれが根付くには、中国の土壌に合ったものでなければなりません。東ヨーロッパの旧社会主義国家でも同様です。制度は、設計され、それを受け入れる国の民族や文化に合った形となって、初めて制度として運営可能になります。市場経済も同じで、制度の設計と変革は今後もずっと続いていきます。そのため近年では、制度自体も分析の対象になっています。これまで前提条件とされていたものを研究対象にすること、すなわち、経済は自ら設計して選択したものだという認識の登場は、経済学にとって重要な転換点だといえるでしょう」(鈴村教授)

 他の学問領域との交流により  多彩な経済学の考え方が生まれる

 自然科学の手法に依拠した経済学の研究も目立つ。かつて社会科学は、一度きりの事象しか扱えず、検証可能な実験ができない点が自然科学との違いだとされてきたが、現在では経済学においても実験が盛んに行われている。このような分野が「実験経済学」だ。 例えば、オークションに関する実験では、被験者には実験の目的に沿った行動をとらせるようなインセンティブを与えた上で、入札者の人数や入札に参加するためにかかる費用などの条件を変えて繰り返し実験を行うことで、それぞれの条件がどのように落札価格に影響を与えるのかを求める。こうした実験に基づき、経済理論を形成するほか、政策形成にも関わることもある。アメリカのカリフォルニア州で電波の周波数をうまく割り当てる方法を模索するにあたって経済学実験を行い、従来のくじ引きからオークションの一種に転換したことは、その一例だ。 心理学などの知見を応用した「行動経済学」(→ p60)も出てきた。従来の経済学では、人間は常に合理的な行動をするという前提に立って研究を進めてきたが、実際の人間は、いつも合理的に行動するとは限らず、従来の経済学の理論では予測できないことも多い。そこで、心理学などの知見を応用して、現実の人間の行動に即した形で経済合理性に関する仮説を作り直すような研究が行われている。  物理学や脳科学に基づいた研究も生まれている。例えば

「経済物理学」(→ p64)は、大量のデータの処理や数理モデルの考案に長けた物理学の発想で仮説を立て、経済現象

をうまく説明しようとする領域だ。また、人間の経済的な行動を、脳科学から解明しようする「神経経済学」などの試みも始まっている。  さらに法学との連携も始まっている。法の経済効果をミクロ経済学の手法を活用して分析する「法と経済学」という学問領域も立ち上がりつつあるのだ。

 知らない相手と相互依存が成り立つ不思議  この謎を理解することが経済学の課題

 経済学の教育は、一般的には1~2年次で経済学の基礎を網羅的に学び、3~4年次で各論を学ぶという流れになっている。最も基本的な科目であるミクロ経済学やマクロ経済学については、多くの大学が、4年間を通じて何らかの形で学べるようなカリキュラムを採用している。これまでに紹介してきたような新しい研究分野は、3~4年次、もしくは大学院で学ぶことが多いようだ。つまり経済学は、基礎から先端へという、積み上げが重視されている学問なのだ。 鈴村教授は、大学において経済学を学ぶ魅力を、次のように語る。 「これだけ大勢の人間がいても、自給自足の生活をしている人はおらず、まったく見ず知らずの相手との相互依存が成り立っています。誰かの管理や指揮があるわけでもありません。考えてみれば、これは本当に不思議なことで、アダム・スミスが『神の見えざる手』と呼んだ市場の調整機能は、永遠の謎ともいえます。その謎を理解すること、そして、より良い社会をつくるにはどうしたらいいのかを考えること、これが経済学の課題なのです。経済学は、即物的な学問に見られがちですが、実は、この簡単には目に見えないものに挑み、この永遠の謎に少しずつ迫って行くことにその本質があり、またそれが経済学部で学ぶ魅力なのです」 次のページからは、注目されている分野や新しく登場してきた経済学を中心に、特色ある教育や研究を紹介する。

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注目の学部・学科 経済学

入試情報 ここでは、経済学が学べる学科について国公立大・私

立大の入試の特徴を見ていく。

 国公立大・私立大ともに人気は低下傾向

 河合塾による集計では、経済学を学べる大学(募集区分)

は国立大で 31 大学(65 件)、公立大で 12 大学(32 件)、

私立大で 103 大学(445 件)である。

 まずは、これらの学科について近年の入試状況を見て

いこう。<図表1>は国公立大前期日程の経済学系の志

願者数と、国公立大前期日程全体における経済学系志願

者の割合(占有率)を表したものである。志願者数は、

国公立大志願者数自体が大幅に増加した 2010 年度を除い

て減少が続いている。占有率を見ても近年低下が続き、

特に 2010 年度以降2年連続で大きく低下している。これ

は、不況や学生の就職難が伝えられる中、資格を取得で

きる学部の人気が上昇した一方で、この経済学系を含め

た社会科学系全体の人気が低下したためである。

 私立大(一般方式+センター利用方式)においても、

2009 年度をピークにここ2年は連続して志願者数・占有

率ともに大きく減少している<図表2>。国公立大同様、

資格志向による社会科学系の人気低下によるものである。

 国公立大は7科目中心 2次試験では英語・数学必須が目立つ

 続いて入試科目の特徴を見ていく。国公立大前期日程

のセンター試験科目数を見ると、国立大では約8割の大

学で7科目を課している。一方、公立大ではほとんどの

大学が5科目以下で受験可能であり、7科目を課す大学

は大阪市立大のみ、また6科目を課す大学は兵庫県立大

のみとなっている。

 <図表3>は、2次試験の試験科目をまとめたもので

ある。前期日程については、2~3教科を課す大学が一

般的で、中でも英語・数学を必須とする大学が多いこと

が経済学系の特徴だろう。英語を必須とする大学は約7

割、数学を必須とする大学は約5割ある。数学の出題科

目は多くの大学が数学Ⅱ・数学Bまでだが、京都大では

理系生を対象とした数学Ⅲ・数学Cを課す出題パターン

も設定されている。

 後期日程では小論文のみを課す大学が最も多く、次い

で英語のみを課す大学、2次試験を課さない大学が続い

ている。なお、学科試験を課す大学は、約4割にとどまっ

ている。

<図表1>国公立大 経済学系志願者数推移

<図表2>私立大 経済学系志願者数推移

<図表3>国公立大 経済学系2次試験教科パターン

※ 前期日程について集計前期日程 中・後期日程

2次教科パターン 件数 2次教科パターン 件数【英、数、国】 11 【小】 16【英、数】 9 【英】 5《英、数⇒1》 5 課さない 5【英、国】 4 【英、数】 4【英】 4 【数】 3【小】 3 【総】 3《英、数、国⇒2》 2 【英】《数、国⇒1》 2【英】《数、国⇒1》 2 【面】 2課さない 2 【小】《英、数⇒1》 1

《英、小⇒1》 1 《英、小⇒1》 1《英、数、国、地、公⇒2》 1 《英、数⇒1》 1《英、数、国⇒1》 1 【英、国】《数、地、公⇒1》 1【英、国、小】 1 【英】《数、国、理、地、公⇒2》 1【英、数、国】《地歴》 1 《英、数、国、理、地、公⇒3》 1【英、数、国】《地、公》 1 その他 1【英、数、国】《地歴⇒2》 1 合計 47【数、国】 1合計 50

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Kawaijuku Guideline 2011.9 57

なく得意科目での受験

ができることから、得

点率 70%~ 80%の層

に募集区分のほぼ半数

が集中している<図表

7>。しかし、一般方

式においてはボーダー

ライン( 偏 差 値 )が

50.0 未満の募集区分が

約6割と、狙いやすい

大学が多いことが分か

る。

 私立大は英語・国語必須の大学が多い

 <図表4>は私立大経済学系の一般方式の募集区分数

を教科パターン別に集計したものである。3教科で受験

できる大学が約5割、次いで2教科で受験できる大学が

約4割を占めている。教科パターンを見ると、国公立大

とは異なり英語・国語を必須とする大学が約6割となっ

ており、数学を必須としている大学は少ない。

 センター利用方式は、学習院大、慶應義塾大、上智大、

千葉経済大の4大学を除く全ての大学で実施されており、

2または3科目型が中心である。科目パターンも一般入

試と同様に、英語・国語を必須とする大学が目立つ。

 国公立大ではセンター試験得点率6割が目安

 最後に入試難易度について見ていこう。<図表5>は

国公立大前期日程の今春入試におけるセンター試験の

ボーダー得点率を、経済学系と法・政治学系とで比較し

たものである。経済学系は左側を中心とした分布となっ

ており、法、政治学系と比べて合格しやすいことが見て

とれる。また、ボーダー得点率 60%の層に募集区分が集

中しているため、このラインが合格の目安と言えるだろ

う。2次試験のボーダー偏差値の分布も見てみると、こ

ちらも幅広く分布しているが偏差値 50.0 がひとつの目安

と言えそうだ<図表6>。

 一方、私立大センター利用方式においては、科目数が少

<図表4>私立大 経済学系一般方式教科パターン教科数 教科パターン 募集区分数4教科 【英、数】《数、国⇒1》《理、地、公⇒1》 1

3教科

【英、国】《数、地、公⇒1》 88【英、国】《数、地⇒1》 24【英】《数、国、地、公⇒2》 4《英、数、国、地、公⇒3》 3《英、数、国、理、地、公⇒3》 3上記以外 6

2教科

【英、国】 20《英、数、国、地、公⇒2》 19【英】《数、国⇒1》 8【英】《数、国、地、公⇒1》 7《英、数、国⇒2》 6【英】《数、国、地⇒1》 5【英、数】 4上記以外 28

1教科

《英、国⇒1》 2《英、数、国⇒1》 2《英、数、国、地、公⇒1》 1上記以外 3

教科なし 【小】 1合計 235

※ 前期日程について集計

<図表5>国公立大 経済学系、法・政治学系の入試難易度比較

偏差値 募集区分数70.0 167.5 465.0 162.5 360.0 357.5 855.0 352.5 450.0 947.5 445.0 5

ランクなし (2 次または教科試験を課さない) 5

合計 50

<図表6>国公立大経済学系ボーダーライン別募集区分数

※ 前期日程について集計

<図表7>私立大 経済学系ボーダーライン別募集区分数センター利用方式 一般方式

ボーダー得点率 募集区分数 偏差値 募集区分数

90.0%~ 1 67.5 2

85.0%~ 89.9% 3 65.0 2

80.0%~ 84.9% 26 62.5 3

75.0%~ 79.9% 33 60.0 13

70.0%~ 74.9% 37 57.5 16

65.0%~ 69.9% 23 55.0 20

60.0%~ 64.9.% 18 52.5 13

55.0%~ 59.9% 17 50.0 16

50.0%~ 54.9% 10 47.5 18

45.0%~ 49.9% 17 45.0 15

40.0%~ 44.9% 25 42.5 21

合計 210 40.0 21

37.5 14

35.0 45

BF(ボーダーフリー) 15

ランクなし(教科試験を課さない) 1

合計 235

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注目の学部・学科 経済学

 財やサービスの国際取引量の拡大とともに  外貨の交換や金融の国際間取引も活発化

 経済のグローバル化を加速させたのはインターネットを中心とした情報技術革命です。情報技術の進展に伴い、これまで知ることのできなかったさまざまな情報を、世界中から大量に入手できるようになりました。その結果、利益拡大や、新たな市場開拓などを目指し、国外に経済活動を求める傾向が強まったのです。また資本主義市場経済が世界の主流になったことにより、その中心国である、アメリカの市場経済のルールがグローバルスタンダードとして、世界の経済の基本ルールになりました。ルールが1つになれば、グローバル化はさらに加速します。近年話題となっている「経済のグローバル化」とは、アメリカのルールに基づいた市場経済の拡大という意味で使われることが多いのです。 日本では、1980 年代からアジアからの外国人労働者の流入が増えている一方、観光やビジネス、勉学などのために海外に出る日本人も増加しています。製造業を中心に、企業が労働賃金の安価な国外に生産拠点を移す動きも加速しています。こうした動きは世界中にあり、人や企業の国際間の移動が増大しています。 また、カネの動き、すなわち国際間の金融取引も活発になり、円とドルの交換量も飛躍的に増加しています。外国通貨との交換は、従来なら輸出入に伴う財やサービスの売買に必要な程度でした。しかし、1973 年に主要通貨が変動為替相場制に移行してからは、為替レートが刻々と変化するようになり、そのレートの差による利益(為替差益)を得る目的で、通貨を売買する動き(投機)が増えてきました。現在では、財やサービスの購入に伴って必要になる通貨取

引量よりも、投機目的の通貨取引量の方がはるかに多くなっています。  モノの動きに関しても、貿易によってできるだけ世界の人々が豊かになるようにと、貿易の自由化が進められてきました。その結果、世界中の食品や製品が国内で簡単に手に入られるようになり、貿易によって、全体的には我々の生活は豊かになってきていると考えられています。

 モデル化や制度歴史系の分析手法を活用し  国際貿易論と国際金融論の2分野を追求

 国際経済学は、このように推移してきた現実の国際経済を扱う学問であり、大きく国際貿易論と国際金融論の2分野で構成されています。   国際貿易論は、モノの国際間の取引や、ヒトや企業などの国際間の移動など、実物的な国際間の動きを研究対象とする分野です。なぜ国際間で貿易が起こり得るのか、どの国がどの財を輸出するのか、などの問題は、貿易パターンの問題と呼ばれます。それらの背景を考え、さらに貿易がその国の経済にどのような影響をもたらすか、などを解明していきます。ちなみに、国際貿易論では経済学の基礎知識であるミクロ経済学が必要になります。   一方、国際金融論が扱うのは、金融面における国際間取引です。通貨は各国で異なるため、まず為替レートが問題になります。どのようなメカニズムで日々の為替レートの水準が決まるのか、円高ドル安あるいはドル高円安はなぜ起こり、経済にどのような影響を与えるのか、為替差益を利用した投機的取引にはどのようなものがあるのか、などのテーマを追究していきます。 金融取引の規模が拡大すると、為替や金利の変化などによる金融取引のリスクが高まります。そこで、そうしたリ

グローバル化した市場経済社会における国際取引に関する経済法則の解明を目指す国際経済学

 国際経済学の研究対象は、ヒト、モノ、カネが国際間を移動して起こる経済現象だ。特に 1990 年前後に相次いだ社会主義体制の崩壊と、そこから急速に動き出した世界的な市場主義経済化に端を発する、経済のグローバル化は、今日の国際経済の中心的な研究テーマである。輸入品を日常的に消費し、輸出企業が経済を支える現代日本では、国際経済のメカニズムを理解することがますます重要になっている。

名古屋大学経済学部長・大学院経済学研究科長多和田 眞 教授

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(注 1) 東アジア金融危機…1997 年にタイの通貨バーツの大暴落が引き起こした、東アジア諸国全体の通貨価値の下落。東アジアに積極的に投資していた海外の            投機マネーが加熱するタイの経済に危機感を抱き、一斉に資本を引き上げたことから発生した。

(注 2) サブプライムローン問題…住宅価格の上昇を見込んだアメリカの低所得者向けの住宅ローンが不良債権化した問題。大手証券会社リーマン・ブラザーズが               破綻(リーマン・ショック)し、大規模な信用収縮により、世界の金融市場が冷え込んだ。

スクをヘッジ(回避)するために、先物取引やオプション取引、スワップ取引などさまざまなデリバティブ(金融派生商品)が考案されています。ところが、国際金融市場では、デリバティブを利用した投機マネーの大規模移動が、東アジア金融危機(注 1)やサブプライムローン問題(注 2)などを引き起し、今後も各国経済や世界経済に大きな打撃を与える危険性が高いため、これらの現象も重要な研究対象になっています。なお、国際金融論はマクロ経済学を基礎としています。 国際経済学の研究手法は大きく3つに分かれます。1つは、経済モデルを分析する方法です。経済モデルとは、ある条件が変化することが経済にどう影響するかを表したもので、通常は数式で示します。そうしたモデルを作成し、分析することで国際経済で扱う経済現象の法則性を見つけようとするものです。2つ目は、データを用いる手法です。過去の統計データの時間的推移や地理的分布を分析して、貿易や金融の取引の動きを記述しようとするものです。理論と現実の間の整合性を図るため、一般的には、1つ目に挙げたモデル分析の研究者と、このデータ分析の研究者は協力して議論を展開します。3つ目の方法は、過去から現在に至る経済の制度・歴史の歩みの中から、経済の法則性を見出だそうとする研究手法です。例えば為替制度の歴史的変遷を追うことによっての現代経済にとって望ましい為替制度を論じることや、先進国が経験した経済発展過程から途上国の経済発展を考察することなどです。

 交通インフラなどの公共財に着目して  新たな国際貿易の可能性を検証する

 私の専門は、国際貿易の理論的研究です<図表1>。ど

の国がどんな財を輸出すれば対象の国が豊かになるのかを理論的に検証していくもので、国際貿易論の基本的かつ中心的なテーマです。古くはリカードの「比較優位」<図表2>や「ヘクシャー=オリーン・モデル」などがよく知られており、現代では「不完全競争」の概念や「産業内貿易」の考え方などが提唱されています。これらの一連の理論を簡単に紹介すると、貿易を行う国家間に技術的な差がある場合、技術は同程度だが国内で利用できる生産要素に差がある場合、世界の市場が寡占的である場合、同一産業内の商品にバラエティがある場合などを想定し、どのような貿易が起こるか分析するものです。私の研究もこの枠組みの中にありますが、近年では少数の企業が互いに相手の行動を見ながら戦略的に企業行動を決めている状況下での貿易など、さらに詳細な想定下での理論の開発にも、多くの研究者が取り組んでいます。 私自身が近年最も関心を抱いているテーマは、公共財と貿易の関連性です。新幹線や高速鉄道などの交通インフラをはじめとする公共財が、貿易にどのような影響を及ぼすかを考察する研究です。新幹線はすでに輸出可能な公共財となっていますし、高速道路網で極東とヨーロッパを結ぶ、現代版シルクロードともいえる「アジアハイウェイ」構想や、日本と東アジアを交通と情報通信のネットワークで結ぶシームレスアジア構想なども立ち上がっています。交通インフラの整備は輸送コストの削減につながり、貿易上の戦略としても重要であることから、この問題に大きな関心を持って研究を続けています。   現代生活は国際経済と深く関わっています。国際経済学を学ぶことは、現在の世界の仕組みを学ぶことであり、実生活に欠かせない知識を身に付けることができるのです。

グローバル化した市場経済社会における国際取引に関する経済法則の解明を目指す

<図表1>多和田先生の最近の研究領域 <図表2>リカードの「比較優位」

(多和田先生提供) (多和田先生提供)

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60 Kawaijuku Guideline 2011.9

 経済学が前提としていた「合理的な人」モデルで 説明できなかった、経済事象の解明に挑む

 多くの学問は、対象とする世の中の現象をできるだけ単純な原理で説明しようとします。そのため、経済学では人間を狭い意味での「合理的な人」に単純化してきました。ここでいう「合理的な人」とは、行動に合理性があって矛盾がない人という設定のモデルを指します。もちろん、人間が常に合理的に行動するわけではないことは誰でも知っています。しかし、非合理な行動は競争社会の中でやがて淘汰されていくため、経済全体の動きを考える際には、人間は合理的に行動するという前提に立って議論を進めても、現実の多くの経済現象をうまく説明できます。 ところが近年、こうした伝統的な狭い意味での「合理的な人」モデルではうまく説明できないような現象が顕在化してきました。例えば、消費者ローンによる多重債務問題は、利子を払っても返済が可能だから借りるという「合理的な人」ではありえない現象です。煙草を止めたいと思いながら吸っている人や、肥満なのでダイエットをして痩せたいと思いながら食べる人も同じです。これらは個人の資質で片づけるには、あまりに大きな社会現象といえます。長引く不況も、「合理的な人」が集まっている社会を前提としたモデルでは説明できません。物が売れなくなると、価格が下がり再び売れるようになるはずですが、そうはならずに不況が続いているからです。 人の行動には、個人の心理が影響しますが、心理には価値観も大きく作用します。人はこうあるべきだという価値観が深く浸透していれば、非合

理的であってもその価値観に沿った行動をとることが多くなります。例えば「男性が女性を養うべきだ」という価値観は、非正規労働者の男性に恋愛・結婚行動を躊躇させる可能性があると想像できます。このように「合理的な人」を前提とした伝統的な経済学で説明が難しいような現象を、心理学や社会学、脳科学などと協力しながら、現実の人の行動に基づいて考えようとするのが行動経済学です<図表1>。

 一度所有したものに価値を見出し 将来よりも現在を重視する非合理な傾向が明らかに

 行動経済学は、経済学が前提とする合理性を満たさない場合があることを示した、カーネマンとトバースキーの行った各種の実験をきっかけとして発展してきました。中でもマグカップ実験は有名です。半数の人にマグカップを与え、残り半数にマグカップの価値と同程度の現金を渡して売買を持ちかけると、マグカップを所有した瞬間から、人はそのマグカップの価値以上の売値をつけることが明ら

心理学や社会学、脳科学などの分野と協力して伝統的な経済学では説明が困難な現象の解明を目指す

 人は合理的に行動する場合もあれば、そうでない場合もある。しかし経済学は、人が合理的に行動することを前提として理論を組み立て、全体として大きな成功を収めてきた。ただ、中には伝統的な経済理論モデルでは説明できない事象もある。それを解明しようと生まれた学問が行動経済学だ。人間の合理的でない行動が大きな影響を及ぼす事象について、現実の人間行動に基づいてそのメカニズムを明らかにしようとしている。

大阪大学社会経済研究所大竹 文雄 教授

行動経済学

注目の学部・学科 経済学

出典:http://www.iser.osaka-u.ac.jp/coe/intro/intro.html

<図表1>行動経済学の概要

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Kawaijuku Guideline 2011.9 61

かになったのです。誰がどこで実験しても同じような結果が出ます。つまり、一度所有したものや、近くにあるものには本来の価値以上の価値を見出すという、伝統的な経済学が前提としていた合理性から外れた行動をとることがわかったのです。これを「保有効果」といいます。 また、人間は同じ出来事でも、今すぐ起こる場合より将来起こる場合の価値を低く見る傾向があります。その比率のことを「時間割引率」と言います。伝統的な経済学では、その割引率は一定と考えます。すなわち、今1万円もらうことと1週間後に1万1千円もらうことが同じ満足度だとすると、割引率は約1割であり、1年後と、1年と1週間後でも同じ約1割の割引率が適用されるという前提に立ちます。しかし、各種の実験によれば、人は現在に近いほど割引率が高く、比較する2点間の時間の長さだけでなく、基点となる時期が現在からどれくらい先のことかという視点も、分析に必要だとわかってきました<図表2>。 確率計算においても、人間は合理的ではない行動をします。リスクは一般に確率で表されますが、リスクに対しては非日常的な事象の場合、合理的な判断がしづらいことが知られています。煙草の副流煙と、放射線の発がんリスクを比べた場合、実際には前者の方が高くても、多くの人は後者を危険と感じることでも明らかです。

 競争に対する態度を分析することで 雇用問題の実態解明や解決に利用

 人間の行動特性を明らかにしていくことは、認知心理学や社会心理学などの領域とも重なり合っていますが、行動経済学は、そうした行動特性を経済問題や雇用などに結びつけて考える点に特色があります。 私は近年、人間の競争に対する態度を明らかにする研究を続けています。簡単な作業を行ってもらい、全員に出来高

に応じて報酬が支払われる場合と、グループで1位の成績を収めるとより多額の報酬が支払われる場合のいずれかを選択してもらいます。この実験で得られる競争に対する態度のデータは「昇進競争」の分析に役立つと考えています。 中でも特に関心を持っているのは男女差です。なぜ企業の経営者や管理職には男性が多いのでしょうか。能力の優劣のみで決まるなら、男女半々になるはずです。実際には雇用機会の男女差など、前提条件に複数の差異がありますが、それらがすべて解消されれば、本当に男女半々になるのでしょうか。そこで着目したのが競争心です。もし、女性に競争が嫌いという特性があるとすれば、女性は最初から昇進競争から降りているわけで、仮に雇用の段階で男女平等が実現しても、経営者や管理職は男性ばかりになります。 しかし、社会的には男女を問わず優秀な人が采配を振る方が、圧倒的にメリットが大きいわけですから、もし女性が競争を嫌うということが判明すれば、その原因を追求して解決する必要があります。生物学的要因ならば、優秀な女性が経営者や管理職になるような環境作りが必要ですし、教育や文化が原因ならば、そこを変えていけばいいのです。 従来の経済学では、競争心のような要素はあまり入っていませんでした。経済の国際的な違いを説明する時には、「好み」の違いなどより、制度の違いを理由として説明することが一般的でした。しかし、それでは国の違いや時代の差などを上手く説明できません。男性の非正規労働者の増加が社会問題だとすれば、その背後にある好みや文化の要素もきちんと分析しなければ議論はできません。行動経済学はこのような問題に知見を提供しているのです。

 人間、経済、社会を一体的に理解できる魅力

 行動経済学は、伝統的な経済学と対立するものではなく、経済学の枠組みの中の一分野として捉えることができます。従来の理論で説明できる現象はその理論で分析すればいいし、狭い意味での「合理的な人」の枠組みから外れるような研究対象では行動経済学の手法を使えばいいのです。経済学の魅力は、人の行動を単純化して規則性を見出すことで社会を貫く原理を発見することです。そのことで社会の見通しは良くなりますが、人間をロボットのように捉えてしまいがちです。それを再び人間に戻そうとするのが行動経済学だといえます。人間、経済、社会を一体的に理解できる点が行動経済学のメリットであり、実務にも十分に役立てることができる魅力的な学問分野だと思います。

<図表2>行動経済学的な心理的特性の例

A: ①今日 10,000 円受け取る

②1週間後に 11,000 円受け取る

B: ①1年後に 10,000 円受け取る

②1年と1週間後に 11,000 円受け取る

 多くの人が、Aでは①を選択し、Bでは②を選択する。ところが、

1年経過後に改めて、「今日 10,000 円を受け取るか、1週間後に

11,000 円を受け取るか」を問うと、今日の 10,000 円を選択する

ケースが多い。1年前に聞いたことと矛盾するが、現在に近い方

ほど高く評価しがちだという人間の行動特性がよく表れている。

(大竹先生提供)

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62 Kawaijuku Guideline 2011.9

 望ましい社会の基礎となる「人の福祉」とは何かを考える

 「厚生」とは、福祉 ( 注 ) や幸せなどと同じ意味の言葉であり、「人の福祉」を基礎に、望ましい社会とは何かを考えるのが厚生経済学です。厚生経済学では一人ひとりの人間の置かれている状態に焦点を当て、それを積み上げることで社会の厚生を考えていきます。 まず、「幸せとは何か」「何を基準に人の生活状態のよしあしを測るか」という問題を考えなければなりません。お金があれば幸せだと考える人がいるかもしれません。しかし、お金があっても、社会の中で孤立していたりすれば幸せとは言えません。モノやお金は幸せに関係しますが、それ自体を人の置かれている状態のよしあしの基準にすることはできないのです。 一方で、自分の欲望がどれだけ充足できていると感じているかという度合いを「効用」と定義し、効用が大きければよりよい状態だとする、「功利主義」と呼ばれる考え方が古くからあります。ところが、個人の感情はその人の置かれた社会的状況に大きく左右されます。例えば、最貧国に暮らしていて僅かなモノでも欲望を満たせる人と、先進国での豊かな生活に慣れていて、少しでもモノが不足すると欲望が満たされずに不満を持つ人がいるとしましょう。その場合、後者の方が前者よりも明らかに生活水準は高いにもかかわらず、後者の方が効用は低いということが起こり得ます。そうすると、効用と人の実際の状態のよさの間にズレが生じてしまいます。 この功利主義の欠点を克服するために提唱されたのが、「機能」という考え方です。例えば、自転車があったとしても、足に障碍

がい

があれば乗り回すことは

できませんし、健康状態の悪い人が多い国にいくら食糧を援助しても、医療や公衆衛生が改善されなければ、その国の人たちの健康状態は向上しません。そこで、「自由に移動できる」「伝染病から守られている」など、その人が置かれている社会的・経済的環境の中で「実際になし得ること、なり得ること」を基準として、人の状態のよさを測らなければなりません。これを「機能」と呼びます。人の状態がどれだけよいかは、さまざまな機能の達成水準によって評価されます<図表1>。

 「効率性」と「衡平性」という2つの基準によって 社会の望ましいあり方を評価する

 「経済」とはモノやサービスを生産し分配し消費する仕組みであり、それは人々がよりよい状態を達成するためにあります。経済システムの社会的な望ましさは、「効率

「人の福祉」を基礎に、望ましい社会とは何かを考え社会経済システムの在り方を追求

 経済学には大きく2つの理論がある。1つは現実の経済がどのような法則やメカニズムで動いているかを説明する理論であり、もう1つは、どういう経済の仕組みや資源配分が社会にとって望ましいのかを追求する規範的な理論である。実は、経済学の父と呼ばれるアダム・スミスは哲学者でもあり、経済学は当初から規範論を含んでいた。現在では、この規範論としての経済学は、厚生経済学と呼ばれている。

一橋大学経済学部長蓼沼 宏一 教授

厚生経済学

<図表1>モノ・サービス、特性、機能、および効用の間の関係

労働

効用(幸福、 欲望充足)

社会的環境(インフラ、慣習、差別、宗教等)

モノ・サービスの特性(characteristics)

消費・労働に関する選好順序または評価順序

機能に関する評価順序

モノ・サービス

個人的属性(健康、障がい等)

機能(functionings)(なし得ること、 なり得るもの)

効率的な資源配分の集合

独占配分 完全平等配分

効率的かつ衡平な配分

●●

● 衡平な資源配分  の集合

(注)福祉… 幸せの意。英語では well-being または welfare が対応する。日本では公的扶助による生活充足という意味でよく使われるが、本稿では本来の意味で使っている。

蓼沼先生提供

注目の学部・学科 経済学

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Kawaijuku Guideline 2011.9 63

性」と「衡平性」という基準によって評価します。 効率性とは、ある目的を実現するための方法や手段に無駄がないという意味です。経済システムに無駄があるのは、「もっと工夫して生産や分配を行えば、誰の状態も悪くせずに、誰かの状態をより良くできるのに、それを実行していないとき」です。このように「誰の状態も悪くせずに、誰かの状態をより良くする」ことで無駄を減らすことを、その概念を提起した学者の名前から「パレート改善」といい、この意味で無駄を減らす余地のない状態を「パレート効率的」といいます。ところが、パレート改善だけで社会状態を評価すると問題が出てきます。 例えば、皇帝が莫大な消費をし、国民が貧窮している帝国を考えてみましょう。皇帝から国民にモノを分配し直せば、よりよい社会状態が実現できると言えるでしょうか。この再分配によって皇帝の消費は減り、当初より悪い状態になるのですから、「誰の状態も悪くせずに、誰かの状態をより良くする」というパレート改善ではありません。つまり、パレート改善の基準では、皇帝から国民に資源を分配することは正当化できないのです。 この問題を解決するためには「衡平性」の概念を合わせて考えなければなりません。衡平とは、人々の状態に格差がなく、釣り合いがとれているさまのことをいいます。ひとつの考え方は、誰もが「自分の状態が他人と比べて悪くない」と判断しているならば、衡平な社会状態であるとするものです。先の帝国の例で言えば、皇帝以外の人々は皇帝に比べて自分の状態が悪いと評価しますので、衡平な社会状態とはいえません。そうすると、皇帝から国民に資源を分配することが正当となります。 資源配分に当たっては、この2つの基準に照らして行うべきですが、現実の資源配分が効率性と衡平性を満たしていることはまれです。そこで、「不完全なもの同士だが、比較的よいもの」を選ぶ基準が必要です。そのためには、まずその人の置かれている状態のよしあしを測る尺度を決めます。例えば、自分よりもよい状態にあると判断される他人の数を基準とすると、その数が少ない人ほど、相対的に恵まれているといえます。 このようにして各個人の状態のよしあし(福祉水準)が数値として表現できたならば、衡平性の観点からは、福祉水準が最も低い人の水準が、より高い方が社会的により望ましい状態であるといえます。この考え方は「マクシミン(maximin)原理」(maximin =最小のものを最大にすること)と呼ばれています。

 このように、厚生経済学では、個人の状態のよしあし、さらには社会の状態の望ましさを測る基準をきちんと定義し、評価しようとします。その上で、望ましい社会経済の仕組みを造っていくためには、どのように改善していけばよいのかを考えていきます。厚生経済学は、社会の規範的な問題の考え方を示す学問であり、経済学の中では哲学や倫理学との隣接領域にある学問なのです。

 「効率性」と「衡平性」を実現する具体的な メカニズムを考える

 最近の厚生経済学では、より具体的な経済モデルの中で、資源配分の望ましさの順序をどう付けるかという研究が盛んになっています。私も、資源配分の順序をつける場合に、各個人の好みに関する情報は最低限どれだけ必要なのかについて研究し、新たな結果を得ています。 厚生経済学には、さまざまな関連分野があります。資源配分の望ましさの順序を付けた上で、可能な限り望ましい状態が実現されるように課税の方法を考える「最適課税論」もそのひとつです。また、効率性や衡平性の概念を提示するだけでなく、それを実際に実現する方法・メカニズムを考える「メカニズム・デザイン論」とも深い関係があります。この分野は、例えば絵画のような分割できない財を、効率的で衡平に配分する手段としてのオークションのシステムづくりなどにも応用されています。さらに、政治学の重要なテーマでもある、選挙や投票のルールなどの社会的意思決定の方法を考察する「社会的選択理論」は、厚生経済学と一対をなす分野です。 厚生経済学を学ぶときには、言葉の意味を厳密に定義しながら、論理に矛盾がないように理論化していくことが多くなります。抽象度が高く、最初はとっつきにくく感じるかもしれませんが、物事の本質を理解したいと考えている人には興味深い分野だと思います。

<図表 2>効率性と衡平性の関係

<図表1>モノ・サービス、特性、機能、および効用の間の関係

労働

効用(幸福、 欲望充足)

社会的環境(インフラ、慣習、差別、宗教等)

モノ・サービスの特性(characteristics)

消費・労働に関する選好順序または評価順序

機能に関する評価順序

モノ・サービス

個人的属性(健康、障がい等)

機能(functionings)(なし得ること、 なり得るもの)

効率的な資源配分の集合

独占配分 完全平等配分

効率的かつ衡平な配分

●●

● 衡平な資源配分  の集合

蓼沼先生提供

○今回の内容は蓼沼先生の著書『幸せのための経済学 ― 効率と衡平の考え方 ( 岩波ジュニア新書 〈知の航海〉シリーズ )』(岩波書店、2011)に詳しく紹介  されている。

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64 Kawaijuku Guideline 2011.9

 複雑系の現象に対する数理モデルを 経済現象や人間の行動に適用

 経済物理学は、経済現象を物理学の研究手法を使って解き明かそうとする学問です。その出発点は、複雑系を扱う物理学の研究にありました。複雑系とは、あるシステムに多くの要素が含まれており、それぞれが複雑に相互作用しているために、個々の要素の動きから全体の振る舞いを予測することができない一つのまとまりのことです。20 世紀末頃には複雑系を単純な数式で表現するモデル化が可能になり、物理現象の他にこうしたモデルが適用できる現象の探索が始まりました。すると、細胞の相互作用、タンパク質の相互作用、人間の相互作用、情報の相互作用など、多くの現象が見つかってきました。その結果、主に生物学と経済学の領域で、数理モデルを適用した研究が行われるようになり、後者が経済物理学として発展してきたのです。 経済物理学が発展した背景には、コンピュータの発達により、相互作用に関わる大量のデータの取得や、その高速処理が可能になってきたことが挙げられます。とりわけ経済学の場合は、電子商取引やインターネットの普及により、対象とするデータがコンピュータサーバー上に膨大に蓄積されています。例えば、「どの商品が、どの売り場で、いつ、どれだけ売れたか」を示す POS データは、120 万種類もの商品の売買データが記録されています。金融市場でも、1つの商品について1日1万回程度の取引があり、それが 10 年分以上蓄積されています。それらの膨大なデータはこれまであまり解析されていませんでした。 物理学者は、物質の構造や惑星の運動の解明など、大量のデータを必要とする研究に慣れています。気候変動のシミュ

レーションなどでは、スーパーコンピュータを何カ月も動かすような計算をします。数理モデルを作り、膨大なデータを解析することは得意です。こうした物理学の数理センスを経済学に応用した学問が経済物理学なのです。

 予測不能な株式市場の値動きや流行も 単純な物理法則が支配する

 経済物理学が対象とする経済現象は多岐にわたっており、私の研究室でもさまざまな研究を進めています。中でも株式市場や金融市場の価格変動の解析は代表的な分野です。従来より、金融工学の研究者が市場の価格変動を分析してきましたが、バブルや大暴落、クライシスといった、時折発生する異常事態についてはうまく説明できませんでした。金融工学では価格変動のパターンが正規分布に従うとの前提に立っていましたが、経済物理学の発展により、実際のデータは正規分布ではなく、ベキ分布に従っていることがわかってきたからです<図表1>。

経済現象の原動力である人間行動をシンプルな数理法則として理解する経済物理学

<図表1>正規分布とベキ分布

注目の学部・学科 経済学

 物理学は素粒子のような微小世界から宇宙のように巨大な世界まで、全ての事象を記述できる基本的な原理を追究する。一方、経済学は損得も含め複雑な感情で動く人間世界の現象を扱う。両者の接点は薄いと考えがちだが、近年、その接点を広げる学問領域が注目を集めている。それが経済物理学だ。コンピュータと数理科学の力を使えば、複雑な経済現象も単純な数式で表すことができるという。

東京工業大学大学院総合理工学研究科知能システム科学専攻高安 美佐子 准教授

ベキ分布の例

平均値平均値

正規分布の例

 正規分布とは、ある標本集団のばらつきが、その平均値を境として前後同じ程度にばらついている状態を示す。平均値の周辺にサンプルが多く集まり、値が大小の左右の裾野に向かうとサンプル数が急激に減る。 一方、ベキ分布とは、極端な値をとるサンプルの数が正規分布より多く、そのため大きな値の方向に向かって曲線は長くなだらかに裾野を伸ばしていく。

2010 年度版 国民生活白書(内閣府)より作成

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Kawaijuku Guideline 2011.9 65

(注) ハイパーインフレーション…物価上昇(通貨価値の下落)の速度が激しいインフレーション

 例えば円ドルレート取引では、ディーラーは値動きを見ながら数秒ごとに売買注文を出します。1回1回の取引が分かるように時間ごとに区切ってみると、価格の変動は完全にランダムに起こっているわけではないことがわかってきました。ある回数続けて価格が上がり続けると、その時点から価格上昇の確率が急激に高くなるのです。私たちの研究では取引回数で8回、時間にして1分間ほど価格上昇が続くと、一気に価格は上昇に転じることがわかりました。これは「トレンドフォロー」が要因です。買い手は価格が上がっている様子を見て、何か理由があるはずだと思い、その流行に乗り遅れまいと一斉に買い注文を出すわけです。つまりベキ分布は、トレンドフォローが生み出していたのです。 トレンドフォローは、群集心理ともいうべき、人間の本能に近い心理状態です。そのため、市場だけでなくさまざまな社会現象に見られます。そこで、私たちの研究室ではインターネットのブログなどに登場する言葉の頻度についても研究しています。テレビドラマの予告が始まると徐々にそのタイトルが増え始め、ピークを迎える初回放送日の直前から急上昇を見せますが、すぐに落ち着き、最終回で再びピークを迎えて収束していきます<図表2>。これはハイパーインフレーション ( 注 ) と同じような関数です<図表3>。日記ブログなどで使われる単語も、その人がよく使う言葉を順に並べると、人によって使う言葉は違うものの、使用頻度の分布はほとんど同じになります。これらはいずれもベキ分布を示します。 トレンドフォローは相互作用によってもたらされます。ディーラーは画面の価格情報を共有することで、ネット利用者は飛び交う言葉の情報を共有することで、互いに影響を及ぼし合っているからです。

 制御や予測が可能なようにモデル化し 現実の世界での活用を目指す

 経済物理学の研究は、膨大なデータの中から普遍的だと思われる法則を抽出することから始まります。次に、そこから数理モデルを導き、観測結果とすり合わせながら調整します。目指すのは、現実の世界を制御したり、予測できるようなモデルを追究していくことです。 物理学のモデルは現実世界の真の理解を求めるものですが、経済学のモデルは現実の世の中を良くするためのものでもあります。例えば、アイスクリームの売り上げと気温が

連動していることは感覚としては分かりますが、大量のPOS データを解析すると、気温と売り上げがきれいな指数関数として表現できます。すると、気温に応じた最適な仕入れにつなげられるわけです。トレンドフォローのモデル化は、新しいブームを作り出したり、広告戦略やマーケティングに応用できます。 こうしたビジネスへの応用だけでなく、他の学問分野の研究にも貢献する可能性があります。気温に対する人間行動のモデルは、皮膚の感覚器官の研究ともつながりますし、言葉の使用頻度のモデルは、人間の長期記憶のメカニズムとも関係してくるからです。 一見複雑で、どこから手をつけていいか分からないような人間世界の現象も、単純な行動のレベルまで下げて、数理的に処理して分析すれば、その現象を矛盾なく説明できるモデルを作ることができます。その意味で、コンピュータや情報技術がさらに進展していく今後の世の中では、文系・理系の枠を超え、どの分野に進むにしろ、数理的な理解力が要求されるようになってくるはずです。経済物理学はその可能性を示す学問分野でもあるのです。

経済現象の原動力である人間行動をシンプルな数理法則として理解する

(高安先生提供)

(高安先生提供)

5000

4000

3000

2000

1000

00      50      100     150

初回 放送期間最終回

制作発表Num

ber

Day

<図表2>テレビドラマ「華麗なる一族」のタイトルが、     ネット上に登場する頻度

85.1.1 90.1.1 95.1.1 00.1.1 05.1.1 date

1029

1025

1021

1017

1013

109

105

101

Pric

e(1s

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<図表3>ジンバブエ・ドルのハイパーインフレーション

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66 Kawaijuku Guideline 2011.9

 20 分で投資行動の結果が判明し 教育・研究に活用できる U-Mart 

 市場は、経済学では最も重要な概念の1つであり、現実の世界においても、証券市場や為替市場で無数の取引が行われ、日々莫大な額の資金が動いている。経済学部では市場の仕組みやメカニズム、社会への影響などについて学び、金融市場についても「証券市場論」などの科目で詳しく勉強する。しかし、実際の取引が具体的にどのように行われているかを知る機会は少ない。 そこで登場するのが人工市場(注1)だ。コンピュータによって市場の動きをシミュレートするもので、実際の市場取引を体感できる。U-Mart(Unreal Market as an Artificial Research Testbed)もそうした人工市場システムの1つで、コンピュータ・ネットワーク上に仮想市場を構築したものだ。例えば 100 万円を当初の資金として持ち、各自が一定の取引期間内に自由に売買を行う。その結果が資金の増減として表示される仕組みだ。仮想市場にはあらかじめマシン・エージェント(注2)が組み込まれており、1人でも取引が可能だ。複数の人間が参加することも、人間だけが参加して取引することも出来る。 「現実の証券会社でも顧客獲得のためのツールとしてバーチャル投資システムを設置し、一般に開放しています。ただしこれらのシステムは実時間で運用され、決済まで、例えば半年ほど時間がかかる上に、1人ひとりの具体的な投資行動をすべて開示してはいません。しかし、U-Mart を使えば 90 日間相当の取引を 20 分程度に短縮できるため、授業時間内に投資の結果が出ます。またマシン・エージェントも含め、取引に参加した全ての人の売買記

録を後で追跡できるため、投資行動を詳細に分析できます。そのため、市場の仕組みを学ぶ学生には最適な教育ツールといえます」と谷口教授は語る。 U-Mart は、全国で 20 ほどの大学が参加する教育研究プロジェクトだ。国内外で開催される大会など、他大学の学生とともに学ぶ機会もある。U-Mart には経済系だけでなく、工学系の研究室もかかわっている。マシン・エージェントのプログラミングが学生のスキルアップに役立つからだ。また取引に関するさまざまなルールや手続き、情報公開の度合いなどの条件を変更して運用できるため、金融市場の制度デザインなどに取り組む研究者の共通の基盤としても利用されている<図表1>。

 狙いは投資による金儲けではなく 現象の奥にあるメカニズムの理解

 U-Mart で扱っているのは株価指数の先物取引(注3)だ。株価指数とは、一定の基準で選択した複数の企業の株価を、計算式で指数化したり、平均株価として示したもので、相場や経済の動向を示す指標として利用される。日本で

仮想市場での取引を通じて市場や経済の仕組みを体験的に理解する授業・

ゼミ紹介

注目の学部・学科 経済学

 経済学部の教育は、講義と演習(ゼミ)で構成される。大教室で行われることも多い講義と違い、少人数制のゼミでは、学生が自ら追求したいテーマについて、調査、発表、討論を繰り返しながら理解を深めていく。近畿大学経済学部の谷口和久ゼミでは、こうした従来のゼミ活動に加え、バーチャルな先物市場で株価指数を取引するシステム U-Mart を活用し、証券市場のメカニズムや人間の投資・投機行動などを体験的に理解できる教育を展開している。

近畿大学経済学部谷口 和久 教授

(注1)人工市場については谷口先生の著書『生産と市場の進化経済学』(共立出版・2011)や、ゼミのテキストでもある『人工市場で学ぶマーケットメカニズム』 のシリーズ(共立出版)に詳しい説明がある。

(注2) マシン・エージェント…あらかじめ設定された投資戦略に基づいて売買の指示を出すプログラム。谷口ゼミで利用するU-Martには19パターンのマシン・エー            ジェントが組み込まれている。

研 究

教 育 イベント

コースウェア

テキスト

教育プログラム

開発・分析ツール

研究参加者

マシン/エージェント開発・分析ツール

研究参加者

ヒューマンエージェント

ルール、設定

目的や性格

モチベーション

開発ツール、参加者

<図表1>U-Mart プロジェクトの概念図

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Kawaijuku Guideline 2011.9 67

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旭川医科大学

卒業後の進路

は TOPIX や日経 225 がよく知られており、これらの企業の株価を原資とした株価指数の先物取引も、現実に行われている。 U-Mart は、かつて毎日新聞社が公表していた株価指数である J30 をベースにその先物取引を行えるよう設計している。このように現実に近いバーチャルな金融市場を活用して教育を行うことには、金儲けのノウハウを教えているようなイメージを持たれやすい。しかし、谷口教授はきっぱりと否定する。 「狙いはあくまでも証券市場の取引の仕組みを勉強することにあります。U-Mart では、決済の時点で当初資金より儲かったか儲からなかったかが明らかになり、勝ち負けがつきます。金銭のやり取りこそありませんが、学生は負けると悔しいので、次回は負けないようにと自発的に勉強します。それが結局は、金額の増減という表面的な現象の奥にある、証券市場の仕組みやメカニズムなどを学ぶことにつながり、ひいては経済全体に対する理解を深めていくのです」(谷口教授) 演習での U-Mart の利用は、理論経済学者として市場を研究している谷口教授の研究とも関わりが深い。 「人間の能力には限界があり、市場の働きをすべて知ることはできません。その前提の上に経済学という学問があります。能力に限界のある人間がどのように取引を行っているのか、またそれを可能にする市場がどのように生まれ進化してきたのか、さらに、その市場が現在どう働いているのかを研究する必要がありますが、これまでの数理モデルによる研究では現象が複雑で手が出ないものでした。しかし、近年、マルチエージェント・ベーズド・シミュレーション(注4)によって徐々に研究が進んできています。U-Mart システムによる研究もそのうちのひとつです」(谷口教授)

 プレゼミ・サブゼミを活用して 問題を発見、解決する姿勢を育成

 谷口ゼミでは、毎年 U-Mart の大会に参加しており、これが学生にとっては勉強の大きな動機になっている。ゼミの前半は U-Mart の大会に向けてのシミュレーションを行う。後半では、前半 U-Mart を通じて学習した市場の動きを踏まえた上で、自分たちが興味を持ったテーマを調べ発表する、一般的なゼミ活動に移行する<図表2>。 近畿大学では通常、ゼミに所属するのは 3 年次からだが、

谷口ゼミでは所属が決まった2年次の学生に対してプレゼミの参加を義務づけ、週 1 回の演習(本ゼミ)のほかに、週2~3回のサブゼミ<図表3>も課している。プレゼミ・サブゼミは3~5人のグループで構成され、各グループとも発表者、討論者(コメンテーター)、座長の役割を決めてテーマを追究し、結果をウェブ上の会議室に報告することになっている。 「あるテーマについて調べ、まとめて発表し、人と意見を聞くという技術や能力は極めて重要ですが、その力を獲得するにはトレーニングが必要です。通常のゼミでは、半年に数回程度しか発表の機会がなく、スキルアップが難しいので、できるだけ多くのトレーニングができる環境作りをしています。就職活動などでも、この経験が生きているようです。経済学は金儲けのための学問ではなく、医学と同じように、社会の病気(問題点)を診断し治療することを目指す学問です。このゼミでは、U-Mart実験を含めたさまざまな活動を通して、社会にどのような問題があり、それをどうすれば解決できるのかを真剣に考える時間にしたいと考えています」(谷口教授)

仮想市場での取引を通じて市場や経済の仕組みを体験的に理解する

日程 内容4/9~4/30 プレゼミ課題の報告とディスカッション5/7 U-Mart 板寄せ(※①)予備実験5/14、21、28 板寄せ本実験1~36/4 ザラバ(※②)予備実験6/18、25、7/2 ザラバ本実験1~37/9 実験課題報告8月 合宿。卒業生と交流9/17、24 合同ゼミ準備9/26 U-Mart2010 大会、中央大学有賀ゼミと合同ゼミ10/1~1/14 個別の課題発表とディスカッション

テーマ 発表内容

企業と金融 ・金融の働きと経済

・金融商品による個人資産運用

・企業の流動資産運用

・キャッシュフロー経営

企業活動の実際 ・世界で活躍する中小企業

・視聴率と経済の関係

・ポイント制度と経済活動について

<図表 2>谷口ゼミのスケジュール年間予定例(2010 年度)

<図表3>サブゼミ報告内容例(2010 年度)

※ ①板寄せ→定時までに出た全ての注文の一覧から、注文を順次突合せ、   単一約定値段を決めて売買を成立させる方式。※ ②ザラバ→売り手と買い手の値が合致するごとに売買が成立する方式。

(注3)株価指数の先物取引…先物取引は将来の売買について先に価格や数量などを取り決め、契約日が来た時点で売買を行う取引。株価指数の場合、将来の特定           の日時の株価指数の数値を予測し、その時点が来た時に現在の数値との差額分の金銭の授受を行う。

(注4)マルチエージェント・ベーズド・シミュレーション…多数の独立した意思決定を行う経済主体が参加して行われるシミュレーション。

概説

入試情報

国際経済学

名古屋大学

行動経済学

大阪大学

経済物理学

東京工業大学

厚生経済学

一橋大学

授業・ゼミ紹介

近畿大学

卒業後の進路

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68 Kawaijuku Guideline 2011.9

注目の学部・学科 経済学

就職志向が強く、幅広い分野に進出卒業後の進路

 ここでは経済学部と関連する学部も合わせ、経済・経営・商学系の学生の学部卒業後の進路状況について紹介する。 経済・経営・商学系の出身者は、他の人文科学・社会科学系と同様、学部卒業後に就職する割合が高い。就職先を見ると、金融・保険業などに就職する割合が他の系統と比べて高いものの、幅広い産業に進出しているといえる。関連する資格も多様にある。資格取得を目指す受験生は、試験の概要や資格を生かした就職の状況とともに、各大学による資格試験受験者への支援の状況についても確認したい。

 就職率が高く、大学院等進学率が低い 

 経済学は現実の経済現象を探究する学問である。そのため、学部卒業時の就職志向が高い。 「ひらく 日本の大学」調査(→ p 2)によると、2010年度の経済・経営・商学系の卒業者数に対する就職者数の割合(就職率)は 69.2%と、文系の他系統と比べて高い。一方で、大学院等への進学率は 5.3%となっており、文系の他系統と比べて低い。経済、経営、商学系の卒業後の進路、設置者別に見ると、就職率、大学院等進学率ともに国公立大で割合が高いことがわかる<図表1>。なお、修士課程・博士課程(前期)修了後の進路を見ると、大学院等進学率が 10.3%と、学部卒業時と比べて高まる。

 金融・保険業などを中心に幅広い業種に進出 職種は事務・販売で就職者の8割を占める

 <図表2><図表3>は人文科学系・社会科学系の学部卒業者の就職先を産業別、職業別に示したものである。 経済・経営・商学系について産業別に見ると、他の文系の学部・学科と同様、幅広い産業に進出している。大阪大の大竹先生は経済学を学ぶ意義を「お金儲けに関する知識以上に、人間・社会・経済と立体的に世の中を理

解でき、そのような視点で世の中の仕組みづくりにかかわれる能力が身に付く」と語っており、幅広い分野で活躍できる人として企業等から高く評価されていると考えられる。 産業別就職先としては卸売・小売業(24.0%)と金融・保険業(15.5%)の割合が高いことが経済・経営・商学系の特徴である<図表2>。ただし設置者ごとに傾向は異なり、それぞれ割合の高い産業を3つずつ並べると国立大(金融・保険業 27.9%、公務 14.3%、製造業 14.2%)、公立大(金融・保険業 22.8%、卸売・小売業 18.4%、製造業 12.5%)、私立大(卸売・小売業 26.4%、金融・保険業13.2%、製造業 13.0%)となっている。 職業別に見ると、事務が 42.4%、販売が 37.4%とそれぞれ多く、この2つで就職者の8割程度を占め、文系の中でも高い割合になっている<図表3>。設置者にかかわらずこの2つが上位となっているが、その内訳は国立大

(事務 68.4%、販売 15.6%)、公立大(事務 59.6%、販売23.8%)、私立大(事務 38.1%、販売 40.9%)と、異なる。

    専門に関連した多様な資格があり    各大学で取得支援を行う

    経済・経営・商学系の学生が取得を目指す国家資格の一つに、監査・会計・税務を総合的に担う専門家である公認会計士がある。公認会計士になるには多くの段階があり、ここでは代表的な例を紹介する。まず金融庁の公認会計士・監査審査会が実施する短答式と論文式の2回の試験に合格し、会計士補となる。その後、監査法人や公認会計士事務所に就職し、実務経験(業務補助等)と実務補習を合わせて3年以上受け、日本公認会計士協会の修了考査に合格することで、公認会計士として登録できる。 なお、公認会計士・監査審査会発行の「2010 年公認会計士試験合格者調」によると、公認会計士試

0 20 40 60 80 100

国立大

公立大

私立大

就職者

大学院等進学者

進路未決定者

73.5% 10.1% 16.5%

73.3% 5.9% 20.7%

68.4% 4.7% 26.9%

69.2% 5.3% 25.6%

(%)

経済・経営・商学全体

<図表1>経済・経営・商学系の設置者別卒業後の進路

朝日新聞社 × 河合塾「ひらく 日本の大学」調査より

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Kawaijuku Guideline 2011.9 69

年度願書

提出者論文式受験者 合格者 合格率

(A) (B) (C) (C/A) (C/B)

2001 12,073 3,336 961 8.0% 28.8%

2002 13,389 3,414 1,148 8.6% 33.6%

2003 14,978 3,404 1,262 8.4% 37.1%

2004 16,310 3,278 1,378 8.4% 42.0%

2005 15,332 3,548 1,308 8.5% 36.9%

2006 20,796 9,617 3,108 14.9% 32.3%

2007 20,926 9,026 4,041 19.3% 44.8%

2008 21,168 8,463 3,625 17.1% 42.8%

2009 21,255 6,173 2,229 10.5% 36.1%

2010 25,648 5,512 2,041 8.0% 37.0%

<図表2>2010年度学部卒業者の就職先の産業別割合

<図表3>2010年度学部卒業者の就職先の職業別割合

験に合格し、会計士補となれる割合は、出願者に対して8.0%だった<図表4>。その上、監査法人や公認会計士事務所の採用が抑制されていることから、会計士補として実務経験が積めず、公認会計士となれない人も多い。こうした公認会計士志望者の就職難に対応するため、近年では試験制度の見直しも含めて検討を進める動きがある。 公認会計士以外にも、税理士、社会保険労務士、中小企業診断士、宅地建物取引主任者、日商簿記検定、経済学検定、ファイナンシャルプランナーなど、経済・経営・

商学系の学びに関連する資格や検定は数多くある。公務員試験や TOEFL なども含めて、これらの試験を伴う資格の取得については、課外講座などを設けて支援している大学も多いので、資格を生かした就職を考える受験生は、各大学がどのような体制を整えているのか、ホームページなどで確認してみよう。 大学の科目を履修して取得できる資格としては、学芸員、司書のほか、中学校社会、高等学校公民・商業などの教員免許が挙げられる。一橋大経済学部のように、数学の教員免許を取得できる大学もある。

系統経済・経営・

商法・政治 社会・国際 文・人文

教育(教員養成課程)

全体

農業・林業・漁業 0.3% 0.1% 0.2% 0.1% 0.0% 0.3%

鉱業・採石業・砂利採取業 0.0% 0.0% 0.0% 0.0% 0.0% 0.0%

建設業 3.5% 2.9% 1.9% 1.9% 0.3% 4.6%

製造業 13.1% 11.6% 9.0% 9.8% 2.9% 13.4%

電気・ガス・熱供給・水道業 0.6% 0.7% 0.4% 0.3% 0.0% 0.5%

情報通信業 5.9% 6.4% 5.2% 5.9% 2.0% 6.7%

運輸業・郵便業 4.3% 3.7% 3.2% 4.0% 0.8% 3.0%

卸売業・小売業 24.0% 16.2% 17.2% 18.7% 5.2% 15.5%

金融業・保険業 15.5% 16.2% 7.4% 8.9% 4.9% 8.1%

不動産業・物品賃貸業 3.5% 3.3% 2.3% 2.1% 0.1% 2.1%

学術研究、専門・技術サービス業 2.5% 3.3% 1.8% 2.4% 0.7% 3.0%

宿泊業・飲食サービス業 3.0% 1.7% 3.5% 3.5% 1.3% 2.6%

生活関連サービス業・娯楽業 3.3% 2.5% 4.2% 4.1% 1.7% 3.0%

教育・学習支援業 1.8% 2.4% 6.3% 14.2% 65.2% 9.2%

医療・福祉 2.5% 2.2% 24.6% 9.2% 1.5% 12.6%

複合サービス事業 2.2% 1.9% 2.0% 1.7% 1.4% 1.6%

サービス業(他に分類されないもの) 4.8% 4.8% 4.4% 5.9% 2.5% 5.0%

公務 6.3% 17.4% 5.5% 5.4% 9.1% 6.7%

上記以外 2.9% 2.5% 0.8% 1.9% 0.3% 2.0%

系統 経済・経営・商 法・政治 社会・国際 文・人文 教育(教員

養成課程) 全体

専門的・技術的職業 5.1% 5.3% 24.1% 22.0% 63.6% 35.0%

管理的職業 0.8% 2.1% 0.3% 0.9% 0.4% 0.7%

事務 42.4% 52.7% 29.5% 40.9% 24.3% 30.1%

販売 37.4% 24.6% 26.4% 23.2% 5.7% 21.5%

サービス職業 6.1% 3.5% 14.0% 8.3% 2.1% 6.1%

保安職業 3.0% 7.5% 2.0% 1.5% 3.0% 2.5%

農林漁業 0.1% 0.1% 0.1% 0.1% 0.0% 0.2%

輸送・機械運転 0.5% 0.4% 0.3% 0.3% 0.0% 0.4%

生産工程 0.7% 0.3% 0.4% 0.3% 0.0% 0.5%

建設・採掘・運搬・清掃等

0.1% 0.0% 0.1% 0.0% 0.0% 0.1%

上記以外 3.6% 3.5% 3.0% 2.4% 0.9% 2.9%

朝日新聞社 × 河合塾「ひらく 日本の大学」調査より

<図表4>公認会計士試験年度別合格者数

朝日新聞社 × 河合塾「ひらく 日本の大学」調査より

2010 年公認会計士試験合格者調より

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