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植物性自然毒による食中毒は,高等植物に起因するものと,キノコに起因するものの二群に大別される.特に高等植物による食中毒は近年増加傾向にあり,食用にできる植物と有毒な植物との誤認防止について,全国各地で注意喚起が行われている.北海道では,平成28年に植物性自然毒による食中毒が10件発生し,うち5件が高等植物に起因するものであった(表1)1).本報では,北海道保健福祉部食品衛生課から依頼を受けて,当所で原因植物の同定等を行った当該食中毒事例5件について報告する.

事例1:イヌサフラン(推定)による食中毒

1)事件の概要

平成28年4月21日,旭川市在住の男女(70代)2名が屋外で採取したと思われる植物の葉をギョウジャニンニクと誤認し,卵とじにして喫食した.1時間後,男性が嘔吐,下痢,頭痛の症状を呈し,医療機関へ緊急搬送された.また,女性も喫食3時間後に同様の症状を呈した.男性は一

時帰宅し,自宅療養を行っていたが,体調不良が継続したため,別の医療機関で治療を受けたが,その後死亡した.旭川市保健所が患者宅の家庭菜園の現地確認を行ったと

ころ,本食中毒の原因と疑われる球根2個を土中から発見した.2)検体

保健所が現地の家庭菜園で採取した植物の球根2検体(写真1).3)原因食品の探索

一般的に球根や鱗茎には植物種による特徴が少ないため,形態学的な情報から植物の推定は困難である.本事例で搬入された検体は褐色の薄皮を有しており,この特徴をもとに当所薬用植物園に植栽のイヌサフランと直接比較した結果,形態の類似性が認められた.有毒成分を確認するため,イヌサフランに含まれる毒成分コルヒチンの分析を既報2)

に準じて行ったところ,検体1から0.36mg/g,検体2から0.17mg/gのコルヒチンが検出された.

道衛研所報 Rep. Hokkaido Inst. Pub. Health,67,99―102(2017)

道内における植物性自然毒による食中毒事例(平成28年)

Case Reports on Food Poisoning by Plant Toxins in Hokkaido,2016

�橋 正幸 藤本 啓 武内 伸冶佐藤 正幸 小島 弘幸

Masayuki TAKAHASHI, Toru FUJIMOTO, Shinji TAKEUCHI,Masayuki SATO and Hiroyuki KOJIMA

Key Words:natural toxin(自然毒);plant toxin(植物毒);food poisoning(食中毒)

表1.平成28年度に発生した植物性自然毒による食中毒の概要

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検体の形態学的特徴及びコルヒチンが検出されたことから,搬入された検体はイヌサフランであると同定した.旭川市保健所は,本同定結果を踏まえ,患者家族の情報からギョウジャニンニクと誤りイヌサフランを喫食した可能性があること,患者の症状がイヌサフランによるものと一致したこと等から,イヌサフラン(推定)を原因食品とする食中毒と判断した.

事例2:バイケイソウ類による食中毒

1)事件の概要

平成28年4月28日,上川郡下川町在住の女性(70代)が自宅付近の山でギョウジャニンニクと誤認して野草を採取し,焼きそばに加え,息子である男性(40代)と喫食した.2時間後,二人は頭痛,吐き気,嘔吐の症状を呈したため医療機関を受診した.その後男性は症状が軽快したため同日帰宅したが,女性は血圧低下が認められたため,5日間の入院治療を行った後退院した.2)検体

喫食者が病院へ持参した野草2検体(写真2).3)原因食品の探索

搬入された2検体は,いずれも葉脈は葉の付け根から先端に平行に並び,葉の基部は鞘になって茎を囲んでいた.また,ギョウジャニンニクに特有のニンニク臭は認められなかった.これらの特徴をもとに当所薬用植物園に植栽のバイケイソウと直接比較した結果,形態が一致した.有毒成分を確認するため,バイケイソウ類に含まれる毒成分ジェルビン及び11―デオキソジェルビンの分析を行った.試験

溶液の調製は既報3)に準じて行った.既報では試験溶液の分析を HPLCならびに LC−MSにより行っているが,今回は LC−MS/MSを用いた.その結果,検体1及び2からともにジェルビン及び11―デオキソジェルビンが検出された(表2).以上のことから,搬入された検体はバイケイソウ類であ

ると同定した.名寄保健所は,本同定結果を踏まえ,バイケイソウ類による食中毒の潜伏期間(10分~3時間)4)と患者の症状が一致したこと等から,バイケイソウ類を原因食品とする食中毒と判断した.

事例3:イヌサフランによる食中毒

1)事件の概要

平成28年5月13日,上川郡剣淵町にて,男性(50代)が自宅隣の空き家の庭の花壇に生えていた植物をギョウジャニンニクと誤認して採取し,茹でて喫食した.4時間後,男性は下痢,嘔吐の症状を呈したため医療機関を受診した.また,受診時には顔面蒼白及び不整脈も伴っていた.経過観察の診断により男性は帰宅したが,当該植物がイヌサフランと疑われ,喫食24時間後以降の症状の増悪5,6)が懸念されたことから他院へ搬送された.搬送先にて白血球数減少,腎機能・肝機能障害が認められたため,計8日間入院した後に退院となった.2)検体

患者及び名寄保健所が現地の花壇から採取した植物3検体(写真3).3)原因食品の探索

搬入された3検体は長楕円形の基部葉で光沢が有り,葉が3~6枚付いていた.また,ギョウジャニンニクに特有のニンニク臭は認められなかった.これらの特徴をもとに当所薬用植物園に植栽のイヌサフランと直接比較した結果,形態が一致した.有毒成分を確認するため,イヌサフランに含まれる毒成分コルヒチンの定性及び定量分析を前述の事例1と同様,既報1)に準じて行ったところ,それぞれ0.59mg/g,0.74mg/g,0.71mg/gのコルヒチンが検出された.以上のことから,搬入された検体はいずれもイヌサフラ

ンであると同定した.名寄保健所は,本同定結果を踏まえ,患者の症状がイヌサフランによるものと一致したこと等か

写真2 検体(事例2)写真1 検体(事例1)

表2.検体中の毒成分含有量(事例2)

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ら,イヌサフランを原因食品とする食中毒と判断した.

事例4:スイセン類による食中毒

1)事件の概要

平成28年5月29日,室蘭市内に在住の男性(60代)が自宅敷地内に自生していた植物をニラと誤認して採取し,炒めて喫食した.3時間後,男性は下痢,嘔吐の症状を呈し,翌日医療機関へ救急搬送されたが,数日後容態が急変し死亡した.室蘭保健所は,男性宅の現地確認により自宅敷地内に生

えていた植物を採取し,当時入院中の男性に喫食したものと同一であることを確認した.2)検体

自宅敷地内に生えていた植物5検体(写真4)3)原因食品の探索

搬入された検体の葉はいずれも中央部に浅いくぼみを有していた.検体1~3は卵状の鱗茎を有しており,外皮は黒く,下方に白色のひげ根を出していた.これらの特徴をもとに当所薬用植物園に植栽のスイセンと直接比較した結果,形態が一致した.また,いずれの検体からもニラ特有の臭気は認められなかった.有毒成分を確認するため,スイセンに含まれる毒成分リコリン及びガランタミンの分析を行った.試験溶液は既報7)に準じて調製し,LC−MS/MS

分析を行ったところ,ガランタミンが検出された.一方,リコリンは検出限界(0.1μg/g)以下だった(表3).以上のことから,搬入された検体はスイセン類(ヒガン

バナ科)であると同定した.室蘭保健所は,本同定結果を

踏まえ,男性からの聞き取り情報及び当該植物からガランタミンが検出されたこと等から,スイセンを原因とする食中毒と判断した.

事例5:ジャガイモによる食中毒

1)事件の概要

平成28年11月17日,江別保健所管内の小学校で行われた調理実習において,学校菜園で栽培したジャガイモを茹で,「ジャガバター」を調理し,1年生,6年生及び教職員の計102名が一人当たりジャガイモ1/2個を喫食した.約30分後,1年生4名,6年生3名の計7名が喉の痛みや違和感,腹痛,吐き気,下痢の症状を呈した.2)検体

学校に保管されていた大小様々なジャガイモの残品31個を大中小の3群に分け(写真5),各群のジャガイモを細切し均質化した3検体.3)原因食品の探索

ジャガイモは目立った傷や芽が出ているものは確認されなかったが,多くのジャガイモで表皮の明らかな緑化や切断面の表皮付近での緑化が確認された.有毒成分を確認するため,ジャガイモに含まれる毒成分 α―ソラニン及び α―チャコニンの含有量を既報8)に準じて分析したところ,通常のジャガイモに含まれる濃度9)よりも高濃度の α―ソラニン及び α―チャコニンが検出された(表4).江別保健所は,当所の検査により緑化したジャガイモか

ら通常よりも高濃度のソラニン類が検出されたこと,ならびに喫食者の共通食や症状,潜伏期間がソラニン類による食中毒と一致したこと等から,ゆでたジャガイモを原因とする植物性自然毒による食中毒と判断した.

平成28年,北海道内では死者を伴う高等植物に起因した食中毒事例が2件発生した.イヌサフランの誤食による食中毒では2年連続で死者が発生しており,あらためて本植物による食中毒は重篤化する傾向が強いことが示唆された.スイセンの喫食による死亡については,医療機関への受診が遅れたことが死亡に至った要因の一つと考えられている10).有毒植物の誤食は命を落とす危険性があることから,異常を感じた際には一刻も早く医療機関を受診するこ

写真3 検体(事例3) 写真4 検体(事例4)

表3.検体中の毒成分含有量(事例4)

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とが重要である.バイケイソウによる食中毒は全国的に発生件数が多いが,

北海道においては初の事例であった.道内ではバイケイソウの毒草としての認知度が低く判別方法が浸透していないことが懸念されることから,今後バイケイソウに関する注意喚起及び情報提供を積極的に行う必要がある.ジャガイモによる食中毒は,昭和30年以降,北海道で

2例目であるが8,11),全国のジャガイモによる食中毒事例12)

と同様に,自然教育の一環として学校の敷地内の菜園で栽培されたジャガイモの喫食が原因であった.学校での食中毒は集団食中毒となる危険性が高く,栽培方法や保管方法,調理方法などあらためて注意すべき点が挙げられた.今後も植物性自然毒による食中毒の発生を防止するため,

有毒植物に関する注意喚起及び知識の普及啓発を効果的に行うとともに,食中毒の発生時に原因究明等が迅速に行えるよう検査体制の一層の充実強化を図ることが必要である.

最後に,今回の事例に携わった北海道保健福祉部健康安全局食品衛生課ならびに各関連の保健所関係者のご協力に感謝申し上げます.

文 献

1)北海道ホームページ:平成28年の北海道における食中毒発生状況,http://www.pref.hokkaido.lg.jp/hf/kse/syoku28joukyou.pdf(確認:2017年5月29日)

2)佐藤正幸,姉帯正樹,南 収:イヌサフラン(コルチカム)誤食による中毒事例.道衛研所報,53,82―83(2003)

3)佐藤正幸,姉帯正樹:有毒植物バイケイソウ調理品中のジェルビン及び11―デオキソジェルビン残留量.道衛研所報,62,49―54(2012)

4)日本食品衛生学会編集:バイケイソウ.食品安全の事典,朝倉書店,東京,2009,p.198

5)会沢佳昭,斉藤仁喜,本多敏郎,金野宏泰,鈴木章彦,井上幹朗,山本宏司,渡辺尚吉,黒田練介,姉帯正樹,武内守:イヌサフラン中毒により顆粒球,血小板減少をきたした一例.岩見沢市立総合病院医誌,20,83―86(1994)

6)亀上 隆,丸藤 哲,五十嵐みゆき,牧瀬 博,松原 泉:急速に多臓器機能不全症候群に陥った重症コルヒチン中毒の1症例.日本集中治療医学会雑誌,4,215―219(1997)

7)藤本 啓,�橋正幸,佐藤正幸:スイセン調理品中の毒成分残留量.日本薬学会第136年会 DVD要旨集,29AB−am398(2016)

8)藤本 啓,佐藤正幸,�橋正幸,山中恭史,内山康裕,北村 剛:2014年道内小学校で発生したジャガイモ喫食による植物性自然毒の食中毒事例について.北海道公衆衛生学雑誌,29,147―150(2015)

9)大垣市民病院薬剤部 森 博美,山崎 太:ジャガイモ.急性中毒情報ファイル第4版,広川書店,東京,2008,p.675

10)大久保由香,大指ちなみ,水戸智文,望月 新,氏井まゆみ,佐藤恵子,鹿野健治,�橋正幸,藤本 啓,小島弘幸:スイセンによる食中毒事例と今後の取り組み.平成28年度全道食品環境衛生研究発表会講演集,32―35(2016)

11)藤本 啓,�橋正幸,佐藤正幸,姉帯正樹:北海道内における有毒植物による食中毒発生状況(平成17~28年春期).北海道公衆衛生学雑誌,30,123―128(2017)

12)登田美桜,畝山智香子,春日文子:過去50年間のわが国の高等植物による食中毒事例の傾向.食衛誌,55,55―63(2014)

表4.検体中の毒成分含有量(事例5)

写真5 検体(事例5)

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