Transcript
Page 1: 胎児期に体内時計が形成される仕組みを解明...2010)(PNAS, 2014)。一方で、個体レベルにおいても体内時計は胎児期に形成されることが示唆されて

[PRESS RELEASE]

平 成 2 9 年 8 月 1 7 日

胎児期に体内時計が形成される仕組みを解明

1 概 要

本研究成果のポイント

○ これまで哺乳類の体内時計は細胞分化と関連することを明らかにしてきたが、個体発生における

胎児の体内時計形成メカニズムは不明であった。

○ 胎生早期のマウス胎児には体内時計が無く、母胎内でも概日リズムが極めて弱いことを発見。

○ 胎生後期のマウス胎児では体内時計が形成されるのみならず、概日リズムの母子同調も確立して

いることを確認。

○ マウス胚性幹細胞(ES 細胞)や胎生早期の胎児の細胞では転写後制御によって必須の時計タンパ

ク質である CLOCK の発現が抑制されていることを発見。

○ 胎児の体内時計の形成には、第一段階として細胞分化、そして第二段階として転写後制御による

CLOCK タンパク質の発現が必要であることを示し、体内時計の発生メカニズムを解明。

京都府立医科大学 大学院医学研究科 八木田和弘(やぎたかずひろ)教授、梅村康浩(うめむらや

すひろ)助教、小池宣也(こいけのぶや)講師らの研究グループは、体内時計が胎児期に形成される仕

組みを解明しました。 これまで、八木田教授らは、マウス胚性幹細胞(ES細胞)には体内時計がなく、分化誘導することにより培養皿上で約24時間周期を刻む体内時計の発生を再現することに成功していました。さらに、体

内時計が形成されている分化した細胞をリプログラミングにより iPS細胞に脱分化させることで体内時計が再び消失することを発見し、体内時計が細胞分化と密接に関連することを明らかにしました(PNAS, 2010)(PNAS, 2014)。一方で、個体レベルにおいても体内時計は胎児期に形成されることが示唆されていましたが、そのメカニズムはほとんど分かっておらず、胎児期の体内時計および概日リズムの実態は

謎に包まれた状態でした。 今回、胎生早期(妊娠早期)及び胎生後期(妊娠後期)のマウス胎児、マウス ES細胞を用いて、哺乳類の個体発生過程における体内時計および概日リズムの形成メカニズムについて、次世代シーケンサー

による網羅的遺伝子発現解析や、マウス ES細胞の分化誘導培養系などを用いて詳細に検討しました。 本研究では、マウス ES細胞の分化誘導系とマウス胎児の発生過程で共通の分子メカニズムが体内時計の形成を司っていることを解明しました。それは、まず細胞分化が進み、続いて必須の時計タンパク質

CLOCKが転写後制御によって発現する、という2段階での体内時計形成の仕組みです。また、本研究で、マウス胎児において、体内時計の形成に伴い母体の概日リズムが胎児に伝播される母子同調も成立

することが確認できました。これらの成果は、赤ちゃんが母親の胎内にいるときの母子関係に新しい視

Page 2: 胎児期に体内時計が形成される仕組みを解明...2010)(PNAS, 2014)。一方で、個体レベルにおいても体内時計は胎児期に形成されることが示唆されて

点を提供し、本研究成果をもとに胎児の機能発生に関する研究がより一層進むことが期待されます。 本研究成果は、2017年 8月 21日(月)(アメリカ東部時間)に「アメリカ科学アカデミー紀要(Proceedings National Academy of Science U.S.A.)誌」のオンライン速報版に掲載されました。 2 研究の背景 地球上のほとんどの生物に備わる体内時計(生物時計・概日時計)は、「昼と夜」という地球の環境周

期を予測し、これに先んじて身体の機能を適応させることで生体機能を維持する役割を担っています。

ヒトをはじめとする哺乳類では、睡眠覚醒リズムのみならず、内分泌やエネルギー代謝、循環器機能や

消化器機能など様々な生理機能の約24時間周期のリズム(概日リズム)を生み出し、心身の健康維持

に必須の生命機能です。シフトワーカーなど、不規則な生活を長年続けることによる体内時計の乱れは、

様々な健康問題を引き起こすことが分かっています。 哺乳類の体内時計は、司令塔である視交叉上核のみならず全身のほとんどの細胞に備わっている、普

遍的な細胞機能でもあります。体内時計は一生にわたって時を刻み続けますが、最初から備わっている

わけではなく、発生過程を通して形成されることがわかっています。八木田教授は、これまで、哺乳類

体内時計の発生メカニズム研究を通して、発生に伴う細胞分化と体内時計の形成に密接な関連があるこ

とを発見してきました(Yagita et al, PNAS, 2010; Umemura et al, PNAS, 2014)。自閉症スペクトラム等の発達障害に概日リズム障害が多く見られることに加え、胎児期の概日リズム障害がこれらの疾患と

関連する可能性まで指摘されるようになってきており、個体発生過程での体内時計形成メカニズムの解

明およびそこから導き出される母体と胎児の関係性の理解は、極めて重要な医学生物学上の課題です。

しかし、その実体はほとんど分かっておらず、メカニズムの解明が待たれていました。 3 研究の内容 まず、マウス胎児を用い、体内時計の形成前と形成後で母体内における胎児の概日リズムがどのよう

に変化するかを検討するため、胎生10日齢および17日齢から2日間に渡って4時間毎にマウス胎児

の心臓組織を採取し、次世代シーケンサーを用いて網羅的遺伝子発現の継時的変化を解析しました(図

1)。その結果、体内時計形成前の胎生10日齢マウス胎児組織では、胎生17日齢や成体マウスの心臓

組織での結果と比較して、母体内にいるにもかかわらず約24時間周期で発現リズムを示す遺伝子が極

めて少ないことがわかりました(図2)。これは予想外の結果で、母親の概日リズムが胎生10日齢マウ

ス胎児にはほとんど伝わっていないことを示唆しています。これまでは、妊娠中のいずれの時期でも母

親の概日リズムが胎児に伝わり受動的なリズムを引き起こすことで体内時計形成が遅い哺乳類の胎児で

も問題なく発育すると考えられていました。一方で、胎生17日齢のマウス胎児では、全発現遺伝子の

4%程度(484遺伝子)に母体の概日リズムに非常によく同調した発現リズムが認められました。このことから、妊娠早期の胎児では、胎児細胞の体内時計が機能していないだけでなく、母体の概日リズム

の影響も含め、概日リズムが生じない仕組みが存在する可能性が考えられました。

Page 3: 胎児期に体内時計が形成される仕組みを解明...2010)(PNAS, 2014)。一方で、個体レベルにおいても体内時計は胎児期に形成されることが示唆されて

これらの結果を受けて、体内時計の発生制御はこれまで考えられている以上に重要な生理的意義があ

ることが明らかとなり、胎生早期で体内時計が機能せず、発生が進むとともに体内時計が駆動し始める

分子メカニズムについて検討しました。その結果、マウス ES細胞のみならず、他の多能性幹細胞である

Page 4: 胎児期に体内時計が形成される仕組みを解明...2010)(PNAS, 2014)。一方で、個体レベルにおいても体内時計は胎児期に形成されることが示唆されて

iPS細胞や多能性生殖幹細胞(mGS細胞)にも共通して、体内時計のリズム発振に必須の CLOCKタンパク質の発現が見られないこと、しかし Clock mRNAはいずれの細胞にも発現していること、細胞分化に伴う体内時計リズム出現と一致して CLOCKタンパク質も出現してくること、を明らかにしました。これは、mRNAは発現しているにもかかわらずタンパク質に翻訳するところでブレーキがかかる「転写後制御機構」によるメカニズムが寄与することを示唆しています。転写後制御の一つマイクロ RNA の生合成を司る鍵因子 DICERや DGCR8が欠損した ES細胞では、CLOCKタンパク質の発現が見られたことから、ES細胞の分化に伴う体内時計の形成では転写後制御による CLOCKタンパク質発現が重要な役割を果たしていることが明らかとなりました(図3)。

さらに、同じメカニズムがマウスの個体発生過程における体内時計形成も制御しているのかを確かめ

るため、マウス胎生 6.5日齢、胎生 10日齢、胎生17日齢の胚および胎児組織で CLOCKタンパク質の発現を解析したところ、体内時計が形成されていない 6.5日齢と 10日齢では CLOCKタンパク質の発現が見られず、体内時計がリズム発振を始めている 17日齢や母体組織では明瞭な CLOCKタンパク質の発現が認められました(図4)。次世代シーケンサー解析により、胎生10日齢でも17日齢でも Clock mRNAの発現量には大きな違いがないことが確認されていることから、マウス胎児の発生過程においても転写後制御による CLOCKタンパク質の発現制御が体内時計形成の鍵を握る仕組みの一つであることが明らかとなりました。 さらに詳細な解析から、転写後制御による CLOCKタンパク質発現制御には、miR-1306や miR-17hgクラスターなどのマイクロ RNA、および Clock mRNAの細胞内局在などが関わっていることが示唆されましたが、いずれにしても DICERおよび DGCR8依存的なメカニズムによるものです。これらの RNAによる機能制御機構には未知なことも多く、今後の研究によりさらに理解が進むことが期待されます。

Page 5: 胎児期に体内時計が形成される仕組みを解明...2010)(PNAS, 2014)。一方で、個体レベルにおいても体内時計は胎児期に形成されることが示唆されて

以上のように、我々は、ES細胞の分化過程およびマウス胎児発生過程に共通の体内時計の形成のしくみを明らかにしました。哺乳類の全身の細胞に広く存在する体内時計は、細胞分化の開始によるエピジ

ェネティック・プログラム(第一段階)と、転写後制御による CLOCKタンパク質発現調節などの遺伝子発現振動機構の形成(第二段階)という、連続的に起こる二つの段階によって制御されていることが

わかりました(図5)。

Page 6: 胎児期に体内時計が形成される仕組みを解明...2010)(PNAS, 2014)。一方で、個体レベルにおいても体内時計は胎児期に形成されることが示唆されて

4 まとめと今後の展開

本研究により、胎児期に体内時計の形成を通し胎児と母親の関係性がダイナミックに変化することが

わかりました。体内時計は代謝制御など基本的な生命機能の多くを調節しており、胎児期の環境や母親

の生活スタイルなどが胎児の体内時計形成過程に作用することで、出生後もなんらかの生理機能に影響

する可能性も考えられます。妊娠中の母子にとって心身ともに健やかで過ごせる環境について、より一

層深い理解が必要であり、体内時計の視点からもさらなる研究の進展が期待されます。 [語句説明]

体内時計:地球上のほとんどの生物が持つ約24時間周期を生み出す生物装置。 概日リズム:サーカディアン・リズムとも呼ばれる、約1日周期の生体リズム。体内時計の働きによ

り、睡眠覚醒や自律神経活動リズムなど、多くの生理機能に概日リズムが生まれる。 時計遺伝子:Clock, Bmal1, Per, Cryなど体内時計を構成する一連の遺伝子群。 多能性幹細胞:ES細胞、iPS細胞、mGS細胞など、生体を構成するあらゆる細胞に分化できる性質を持つ未分化な細胞。

Page 7: 胎児期に体内時計が形成される仕組みを解明...2010)(PNAS, 2014)。一方で、個体レベルにおいても体内時計は胎児期に形成されることが示唆されて

発表雑誌

1)掲載雑誌名

PNAS 誌(アメリカ科学アカデミー紀要)

[米国東部時間 2017 年 8 月 21 日の週にオンライン速報版掲載予定]

※出版社からの報道解禁日

米国東部時間 2017 年 8 月 21 日(月)15:00/日本時間 8 月 22 日(火)5:00

2)論文タイトル

“Involvement of post-transcriptional regulation of Clock in the emergence of circadian clock

oscillation during mouse development”

by Umemura et al.

問い合わせ先

【研究に関すること】

京都府立医科大学 統合生理学教室 教授 八木田和弘

(電話) 075-251-5313 e-mail: [email protected]

【その他(広報に関する事)】

京都府立医科大学 広報センター

[事務局:研究支援課] 中尾

(電話)075-251-5275


Recommended