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2 SWOT 要因を整理する 本節のテーマは「事業ドメインの定義の支援」です。言い換えれば「事業ビジョン(経 営ビジョン)案の策定」です。前節は、IST 社から「大阪事業部を改革して儲かる事業構 造にしたいので、事業戦略の策定を支援してもらえないか」との依頼を受け、 IT コーディ ネータが大阪事業部長の山田氏にインタビューし、企業プロフィールとマーケティング 環境を洗い出すところまでお話ししました。そして、営業課長の中川氏、 SE 課長の上野 氏というプロジェクトメンバーと「事業ビジョン(経営ビジョン)案の策定」を進めていくこと になりました。 策定する事業ビジョンは、「儲かる事業のしくみ」を実現するものでなくてはなりません。 本節ではその最初のステップとして、事業の内外経営環境要因を整理します。 IT コー ディネータとしては、事業ビジョンを策定するところまでの作業を見通しておくことが必要 です。 本著では、架空の中堅 IT ベンダーIST 社をモデルに、プロジェクトメンバー(事業部長 の山田氏、営業課長の中川氏、SE 課長の上野氏)と IT コーディネータ(私)との対話を 通して、大阪事業部を「儲かる事業」にする“ IT 経営”企画を進めています。プロジェクト を推進する上で前提となっているのは、IT コーディネータ試験の出題範囲にも含まれる IT コーディネータ プロセスガイドライン 2.0」です。 1. 「儲かる事業のしくみ」を編み出す 3 つのステップ はじめに、事業戦略を策定する作業を整理しておきましょう。この作業は次の 3 つのス テップからなります。概要を説明します。 第1ステップ:儲かる事業シナリオを構想する 経営者が内外環境の変化を迅速に察知し、新たな事業シナリオを構想し、提示す るステップです。経営者が見極めるべき外部環境としては、競合企業や経営環境の 変化などがあります。内部環境としては、社内の「ヒト、モノ、カネ」の経営資源や事業 を遂行するための組織機能要因の変化などが挙げられます。さらに、事業領域にお ける商品・サービス、顧客(市場)、ニーズを定義し、事業目標を設定します。そこから

第 2 節 SWOT 要因を整理する - IT経営研修・コンサル … “儲かる事業”を実現するための成功要因を発想し、その障害となるであろう課題の解

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Page 1: 第 2 節 SWOT 要因を整理する - IT経営研修・コンサル … “儲かる事業”を実現するための成功要因を発想し、その障害となるであろう課題の解

第 2 節 SWOT 要因を整理する

本節のテーマは「事業ドメインの定義の支援」です。言い換えれば「事業ビジョン(経

営ビジョン)案の策定」です。前節は、IST 社から「大阪事業部を改革して儲かる事業構

造にしたいので、事業戦略の策定を支援してもらえないか」との依頼を受け、ITコーディ

ネータが大阪事業部長の山田氏にインタビューし、企業プロフィールとマーケティング

環境を洗い出すところまでお話ししました。そして、営業課長の中川氏、SE 課長の上野

氏というプロジェクトメンバーと「事業ビジョン(経営ビジョン)案の策定」を進めていくこと

になりました。

策定する事業ビジョンは、「儲かる事業のしくみ」を実現するものでなくてはなりません。

本節ではその最初のステップとして、事業の内外経営環境要因を整理します。IT コー

ディネータとしては、事業ビジョンを策定するところまでの作業を見通しておくことが必要

です。

本著では、架空の中堅 ITベンダーIST社をモデルに、プロジェクトメンバー(事業部長

の山田氏、営業課長の中川氏、SE課長の上野氏)と IT コーディネータ(私)との対話を

通して、大阪事業部を「儲かる事業」にする“IT 経営”企画を進めています。プロジェクト

を推進する上で前提となっているのは、IT コーディネータ試験の出題範囲にも含まれる

「IT コーディネータ プロセスガイドライン 2.0」です。

1. 「儲かる事業のしくみ」を編み出す 3 つのステップ

はじめに、事業戦略を策定する作業を整理しておきましょう。この作業は次の 3 つのス

テップからなります。概要を説明します。

第1ステップ:儲かる事業シナリオを構想する

経営者が内外環境の変化を迅速に察知し、新たな事業シナリオを構想し、提示す

るステップです。経営者が見極めるべき外部環境としては、競合企業や経営環境の

変化などがあります。内部環境としては、社内の「ヒト、モノ、カネ」の経営資源や事業

を遂行するための組織機能要因の変化などが挙げられます。さらに、事業領域にお

ける商品・サービス、顧客(市場)、ニーズを定義し、事業目標を設定します。そこから

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“儲かる事業”を実現するための成功要因を発想し、その障害となるであろう課題の解

決シナリオを作ることになります。

第 2 ステップ:SWOT 要因を整理しビジネスモデルを特定する

経営者が提示した事業シナリオの構想をより確かなものとするために、第 2 ステップ

では内外環境要因を含めた事業成功要因を整理・検証します。さらに、儲かる事業と

なる事業領域と事業成功要因を特定し、ビジネスモデル(事業の儲かる仕組み)を考

えます。特定する事業領域の要因としては、「商品・サービス」「顧客(市場)」「ニーズ」

に加え、“事業成功の決定的な要因”となる「CSF(Critical Success Factor)」を策定し

ます。

第 3 ステップ:事業ビジョン(経営ビジョン)を確定する

儲かる事業と CSF を基に事業ビジョンを確定するのが第 3 ステップです。事業ビジ

ョンの実現に向けて、CSF を事業戦略に変換します。投資対効果が見える事業戦

略/施策に落とし込むことで、事業目標をより実現可能な目標にブレークダウンし、

事業ビジョンを作ります。ここで考慮すべき点としては、BCP(事業継続計画)、セキ

ュリティ対策といった経営リスクへの対策や、経営成熟度(経営戦略や経営施策を

遂行する能力レベル)などが挙げられます。

2. SWOT 要因整理の検討会議

◆そもそも、経営戦略とは何?

私(ITコーディネータ)が IST社大阪事業部のプロジェクト室を訪れたとき、プロジェクト

メンバーはすでに議論を始めていました。彼らは私の顔を見るなり、質問してきました。

営業課長の中川氏:「経営戦略」とは、実際の経営の中でどんな風に位置づけるのでし

ょうか。頭では理解しているつもりだったし、酒の席では「ああだ、こうだ」と話題にして

いるのですが、実際に経営戦略策定に関わってみると、全然うまくイメージできず、

自信がなくなってしまいました…。

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私:よくあることです。基本的なスキルがなくて経営戦略を考えるのは難しいでしょう。

戦略とは、もともと戦争用語ですね。相手を打ち負かすための兵隊、武器の配置と

後方支援に関する方策を言いました。この戦略をビジネス分野に置き換えた言葉が

経営戦略です。経営戦略は、経営ビジョンのもとに「同業他社よりビジネス上の優位に

立つための経営資源の最適活用法」といえます。

中川氏:今、「経営ビジョン」と言われましたが、その他に「経営理念」「経営方針」といっ

た言葉があります。これらの違いは何ですか?

私:そうですね。整理しておきましょう。まず経営理念について説明します。

経営理念とは「自社は何のために社会に存在するか」を定義したものです。企業経

営において最上位または企業存在の根底にある概念です。御社では、社是に「信用

を重んじ、着実を旨とする」とありますね。この意味は「お客様から信用を得る商品・サ

ービスを提供し、顧客の満足を得ることを第一に企業の成長はその結果として生ずる

ものである」という姿勢を表明しているのですから経営理念に該当します。

経営ビジョン(事業ビジョン)はこの理念のもとに策定します。経営ビジョンは、中長期

における自社のあるべき姿です。経営理念を持ち、社会に貢献しようとしても、その企

業自身が倒産しては何の意味もありません。したがって、同業他社に対して優位に立

ち、企業を存続させるための経営ビジョン(事業ビジョン)を作り、目標を設定すること

が必要になります。ですから、経営ビジョンには 3年後に「どういった事業形態であるべ

きか」を示す事業の定義と、事業目標である売上高や利益高などを定義します。

中川氏:分かりました。では、経営戦略と経営方針は?

私:経営ビジョンとして、将来のあるべき姿としての事業を定義したら、次に経営ビジョン

を実現するための方策を作る必要があります。

ここで「同業他社に対して競争優位に立つために経営資源を最適配分する方策」を

経営戦略といいます。具体的には、「ヒト、モノ、カネ」といった有限の経営資源を、競

争優位に立てるように最適化して投入する作戦のことです。例えば、東京地区の営業

力を強化したり、東北工場の生産能力を強化したり、本社間接部門の生産性を向上

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したりすることが経営戦略(事業戦略)になります。

事業戦略が出来上がったら、社員や利害関係者が理解しやすいように、その基本方

針を簡潔なメッセージとして打ち出す必要があります。これが、経営方針(事業方針)

です。

大阪事業部長の山田氏:なるほど、経営戦略は効果的な経営活動のための要(かなめ)

になっているのですね。

私:その通りです。すばらしい経営ビジョンを掲げる企業はたくさんありますが、企業の

優劣を決めるのは「経営資源の最適配分を行う経営戦略」なのだと言っても過言では

ないでしょうね。

SE 課長の上野氏:ところで今回の討議は、経営トップが示した事業シナリオ(グランドデ

ザイン)を改善する作業ですか?

私:グランドデザインは経営トップの意向です。詳細なデータで裏付けし、検証すること

で、より具体的で実態に合った事業ビジョンにしなければなりません。その成果物とし

て改善報告書を提出することもあります。

中川氏:分かりました。さて、何の作業から開始しましょうか。

というわけで、プロジェクトメンバーの間で基本的な経営用語の理解が進んだようで

す。経営者と対話するのに不可欠な言葉ですし、IT 経営の実現に必要な考え方の基

礎知識ですので、しっかり理解しておくことが必要です。

さて、プロジェクト室では、経営環境の要因分析から始めることになりました。SE 課長

の上野氏から、「事業領域(事業ドメイン)定義までの主要成果物を WBS(Work

Breakdown Structure)で作成しましたので、原案として討議していただけませんか?」

と動議がありました。

◆CSF の策定に向けて SWOT 要因を整理する

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上野氏:事業ドメインを定義するまでのステップを 4 つに分けて、成果物を考えてみまし

た。4 つのステップとは、(1)強み・弱み要因、機会・脅威要因を整理した SWOT 分析

表を作成する、(2)SWOT 要因から CSF 案を作成する、(3)CSF 案を選定する、最後

に(4)事業ドメインを定義し、事業を選定する、です。

私:よく勉強なさってますね。この手順で進めていけばよいと思います。まずは、SWOT

分析表の作成ですね。ところで、グランドデザインした時の資料に経営環境要因や

CSF 案があると思いますが。

山田氏:あります。経営トップとグランドデザインを行った時の経営環境要因や CSF 案

のメモがあります。CSF 案には「クラウドシステムの技術整備ができること」や「ERP ビジ

ネスができる開発環境があること」などがあります。

私:そうですか。それでは経営環境要因データを整理することから始めましょう。SWOT

要因である強み・弱み要因、機会・脅威要因の整理基準をまとめておきましょう。

上野氏:強み要因については、目標企業や目標企業グループを設定し、それらに対し

て差別化できる、あるいは優位性のある経営資源や経営機能要因が強み要因になっ

ていました。つまり、「目標企業の設定」が整理基準の前提になります。

中川氏:そうすると、弊社の目標企業は IMB社ですね。「最新の PCやサーバーをネット

ワーク化するスキル」「導入機器やシステムに対するヘルプデスクを組織化している」と

いう点で弊社は IMB 社と差別化ができていますので、これらは強み要因ということでし

ょうか。

私:そうです。スキルや組織機能は強みになります。差別化でき、ビジネスを獲得できる

競争優位に立てるからです。機会・脅威要因の整理基準も整理しておきましょう。

中川氏:機会・脅威要因は、自社ではコントロールできない外部環境要因ですから、業

界のミクロ環境と時流を作るマクロ環境要因をとらえることでしたね…。

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上野氏:ミクロ環境およびマクロ環境要因の中で、機会要因はビジネスチャンスになる

要因を指し、脅威要因はビジネスの撤退につながるような要因でしたね。それでは、

「IMB 社がプライベートクラウドサービスを開始した」というのは、脅威要因ですか?

山田氏:弊社もクラウドをやる予定だし、あまり脅威でもないように思うが。

私:そうです。その SWOT の機会・脅威要因の整理では、「脅威要因」に注目してくださ

い。山田氏も言われているように、自社で対応できない要因を脅威要因としてください。

つまり、自社の体力で対処できず、事業の転換や撤退を考慮せざるを得ない要因で

す。

山田氏:なるほど、機会・脅威の整理基準は「自社の体力で対処できず、事業の転換・

撤退を考慮せざるを得ないか否か」ですね。そうすると、「IMB社がプライベートクラウド

事業を開始した」というのは脅威要因ではなく、機会要因と見るべきですか。

私:そう考えたほうがいいと思います。自社体力で対処できるということは、ビジネスチャ

ンスがあると捉えられますから、機会要因と考えていいでしょう。

山田氏:よし、整理基準は分かった。グランドデザインの SWOT 要因メモの検証と整理

をしてみよう!

みんな:了解。

ここでプロジェクトメンバーは SWOT要因を整理・検証する作業に取りかかった。グラン

ドデザインのメモに記された様々な要因をメンバーで検討し、追加要因も考慮して

SWOT 分析表が出来上がった(図表 1-2-1)。

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◆成功に導く“決定的な要因”を明確に

山田氏:さて、SWOT 要因が整理できたので、大阪事業部を儲かる構造にする CSF 案

の策定と検証をしましょう。どんな手順で進めましょうか。

上野氏:CSF の基本は、「強み要因を機会要因に合わせてより強くする」「弱み要因を

機会要因に合わせて強化する」ための“決定的要因”でしたね。

私:CSFを発案する方法は上野さんの指摘でよいと思います。ただ、SWOT要因は 4分

類されていますので、組み合わせが(1)強み・機会象限、(2)強み・脅威象限、(3)弱

み・機会象限、(4)弱み・脅

威象限の 4 象限になります

(図 1-2-2)。このそれぞれの

象限で、発案する CSF 案が

違ってくるので注意してくだ

さい。

中川氏:CSF発案を SWOT要

因で 4 つの象限を作るとは、

どういうことですか?

SWOT分析表(強み・弱み要因)

SWOT

区分SWOT要因

「強み」要因

◆主要外資メーカーの有力ディーラーである◆常駐デスクを設置しリレーション強化が図られている◆重要な顧客20社に対して、ユーザー会を開催している◆顧客の部課長に対する信頼関係がある◆大規模ITインフラ構築プロジェクトのスキルがある◆IT関連であれば、全ての商品を調達できる◆大手顧客への特設の技術相談サービス体制がある◆顧客からの発注の進捗状況と納入予定をwebサービスで提供している◆基幹業務(生産、販売)を開発・導入経験がある◆本社のERPビジネスが定着してきた◆中堅企業向けERPの導入実績と販売ディーラーである◆webやCRM関係の開発で地場のITソフト開発ベンダーと密接な関係がある◆大阪府のIT指定業者である

「弱み」

要因

◆部課長のペネトレーションは強いがTOPアプローチは弱い◆新ソフトウエア技術(スマートフォン、通信技術等)が弱い◆有力ベンダーとしての知名度は低い◆ITメーカーのPC・サーバーの仕切り値が高い◆業者として価格競争となると主導権がとれない◆開発のPMを実施する要員が少ない◆顧客の指示・要求待ちの受注がほとんどである

◆資金力が弱く全国版顧客への迅速な対応が出来ない

SWOT分析表(機会・脅威要因)

SWOT

区分環境要因

SWOT要因

「機会」要因

ミクロ環境

◆ IMB社はプライベートクラウドのサービスを開始した。

◆自社顧客は基幹業務以外はアウトソーシングする方向にある

◆ビジネス上、インターネットインフラは定着化した

マクロ環境

◆公的資格(PMP、 ISMS等)のもとでのビジネス発注傾向が定着しつつある

◆IT活用には「所有」から「利用」への流れがある

◆携帯電話とITの融合化技術(スマートフォン等)が進展している

◆オープンリソース(LINUX、業務アプリ等)によるサービスが拡大している

◆ITメーカーはサービスへのシフト戦略(アウトソーシング等) を打ち出している

「脅威」要因

ミクロ環境

◆競合メーカーの方がITインフラ、保守サービス提案価格は安くなっている◆ディーラーのITインフラ技術相談サービスにメーカーが参入している◆特に大手顧客はIT所有に関してTCO削減傾向にある◆中堅企業でのPC購入はディスカウントショップで購入の傾向が出ている

マクロ環境

◆PC販売に関しアジア系のITメーカー進出が急伸している◆パブリッククラウドサービスは特定企業の寡占が進行している◆スクラッチ開発が減少の傾向にある

図表1-2-1 SWOT分析表

新規事業のCSF

事業転換のCSF

事業拡大のCSF

事業撤退のCSF

強み弱み

機会

脅威

内部環境の視点

外部環境の視点

図表1-2-2 SWOT分析によるCSF発案象限

出典:「新IT経営の最新知識」 ISM研

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私:そうですね。SWOT 要因に立ち戻って少し考察しましょう。「強み・機会象限」は、現

在の組織機能(事業機能)で同業者に対して競争優位を保っている強み要因がある

のですから、機会要因に沿った CSFを発案すれば事業を拡大できる分野になります。

一方、「強み・脅威象限」ですと、現在は競争優位を保っているが、将来的には事業

形態を転換しないと事業の将来性がないことを表しています。

「弱み・機会象限」は、現在の組織機能(事業機能)では同業者に対して競争優位を

保てないか、あるいはその事業機能そのものがない、という状態です。

ただし、ビジネスチャンス(機会)が見えているのですから、新しいビジネスに向けた

CSF を発想すれば事業として成り立つことになります。一方、「弱み・脅威象限」は、自

社体力で対応できない脅威があるのですから、早急にそのビジネスから撤退する CSF

を発案する必要があります。

中川氏:そうすると、強み・機会象限では「事業拡大」のための発案、強み・脅威象限は

「事業転換」の発案、弱み・機会象限では「新規事業の立ち上げ」に向けた発案、そし

て弱み・脅威象限では、「事業撤退」の発想をするということですね。

私:そうです。CSF の焦点が絞れ、発案も容易になります。

上野氏:説明の中にビジネスと事業と言う言葉が混同しますが、同じですか?

私:基本的には同じです。事業部と言う時には、収益(売上高や利益)を計上できる部

門に対して使います。そうすると、当事業部は、IT を「販売するビジネス」「導入するビ

ジネス」「技術相談サービスを提供するビジネス」で構成されることになります。ビジネス

という表現は、事業の下位表現と言ってもいいですね。ビジネス量の大きさや事業の

構成要素か否かで事業とビジネスを使い分けています。

山田氏:それでは次回は、CSF の導出(注)と検証を始めましょうか。

(注)PGL では、CSF の発案を「CSF の導出」という。

みんな:了解。

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3.IT コーディネータ プロセスガイドライン(PGL)を活用しよう

そろそろ IT コーディネータ試験の試験範囲は IT コーディネータ プロセスガイドライン

(PGL)に記述されている「基本原則」と「プロセス」です。本著はこの PGLに則ってストー

リーを進めていますので、テーマごとに PGL のポイントを解説していきます。今回の主な

テーマは PGL の「IT 経営認識プロセス」における「変革認識フェーズ」に関することでし

た(図 1-2-3)。

PGLでは、経営環境を認識し、経

営改革に反映するプロセスとして

「IT 経営認識プロセス」を定義して

います。そこでは、経営環境の変

化について、経営者も従業員も含

めた「全社的な認識を生み出す仕

組みづくり」が欠かせないと述べて

います。初めに取り組むことは、「危

機感や問題意識を経営者や従業員で共有し、環境変化に気づき、変革の方向性を経

営者が判断することで、IT 経営改革と重要な業務改善の開始表明をすること」です。こ

れが IT 経営認識プロセスの「変革認識フェーズ」です。

「IT 経営に取り組んでいるが、効果が薄い」という事例を分析すると、その多くは IT

経営認識プロセスの重要性がよく理解されてなくて全社的な取り組みが弱く共通認識

が得られていなかったというのが実情です。プロジェクトの序盤とはいえ、非常に重要な

プロセスなので、決して甘く見てはいけません。

IST社の今回のストーリーでは、事業戦略策定の第1ステップとして「儲かる事業シナ

リオを構想する」という作業を進めています。ここで検討されている内容が、「危機感や

問題意識を経営者や従業員で共有し、環境変化に気づき、変革の方向性を経営者が

判断することで、IT経営改革と重要な業務改善を開始すること」であった点をよく理解し

てください。

IST 社のプロジェクト室は、経営者から提出された変革認識フェーズの成果物「変革

構想書」を IT 経営実現プロセスの「経営戦略フェーズ」に引き渡して、これから経営戦

略策定を開始する段階に進むところです。

経営者は意思表示として経営課題解決シナリオである「グランドデザイン」、そしてそ

図表1-2-3 変革認識フェーズの位置づけ

出典:ITCプロセスガイドラインVer.2.0

略(策定)

IT戦略策定

プロセス&プロジェクトマネジメントモニタリング&コントロール

コミュニケーション

IT資源調達

IT導入

ITサ|ビス活用

IT化実行プロジェクト

IT経営実現プロセス

IT経営共通プロセス

是正認識フェーズ

変革認識フェーズ

IT経営認識プロセス

経営戦略(計画・準備・実行)/(評価)

持続的成長認識フェーズ

変革構想書

経営環境の変化

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の内容をまとめた「変革構想書」を経営戦略フェーズへのメッセージとして提出します。

その変革構想書には、以下の内容が記述されます。要点を説明しましょう。

◆「IT 経営推進の判断」の事項

目指すべき目標、IT経営の成熟度、課題解決策(提案概要、スケジュール、体制、概

算費用、投資効果など)、制約条件(自社の経営資源、市場環境、投資予算、経営リス

クなど)があります。

◆IT 経営の成熟度の 4 視点への戦略方針

4 つの視点から IT 経営の成熟度向上に関する戦略方針を策定する。4 つの視点に

基づく方針には、IT 経営マインド方針、IT 経営ガバナンス方針、IT 環境方針(IT 化戦

略方針)、IT サービス利活用方針(情報戦略方針)があります。

◆IT 経営認識プロセスでのコントロール条件(中止・撤退)

是正条件には撤退や中止の条項も含まれる。その条件を設定します。

◆目標達成のためのスローガン

全従業員の力を結集するには、容易にその意図を理解できるスローガンが必要になり

ます。

本節はこれで終了します。次章では「経営戦略企画書に作り上げる」をテーマに取り上

げます。