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平成 30 7 6 4 年生地域口腔保健学 講義資料(安細 担当) 1 【健康格差と社会的要因、地域保健の課題と展望】 12 次健康日本 21 の中で『健康寿命の延伸』と『健康格差の縮小』という目標がかかげ られた。その背景には第1次健康日本 21 の取り組みが『個人の生活習慣に着目して作ら れたため、社会環境の観点が希薄』であった点がある。個人の健康と社会環境の整備は車 の両輪のようにいずれも必要であり、社会環境に関する課題を明確にすべき、とされ『会環境の質の向上』の重要性も謳われるようになった。 『健康格差』とは、地域や社会経済状況の違いによる集団における健康状態の差のこと。 2.健康は遺伝子や生活習慣だけでなく、その人の社会経済的な地位をはじめとする社会的要 因によっても決定されている。 社会環境の質を決めるものが『健康の社会的決定要因 social determinants of health)である。 (厚労省の資料より) 2.WHO の報告書: 『健康の社会的決定要因に関する委員会』の最終報告書が 2008 年に出された。 そこでの3つの勧告とは: 1保健医療政策だけでなく、子どもの頃からの日常生活に関わる諸条件の改善を図ること。 →子どもの頃の環境がその後の健康状態と関連があることがわかってきた(ライフコース [U][C/ nl5l;:< emifo\[cd gf['Y #[8 9 [*[ 91[' 2-@$[' nkfdjbdhm[.o 2-@$3[ 64GlF4 G 92- *A[> %l 91[D[ 2-[D[ [!l)[? +(,VT`EZ_a7= W[,RZ&POM^QX"BQZ2-XSa-Na9[0 H L J K I

平成30年7月6日 4年生地域口腔保健学 講義資料(安細 担当) 1 【健康格差と社会的要因、地域保健の課題と展望】 1.第2次健康日本21の中で『健康寿命の延伸』と『健康格差の縮小』という目標がかかげ

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平成 30年 7月 6日 4年生地域口腔保健学 講義資料(安細 担当)

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【健康格差と社会的要因、地域保健の課題と展望】 1. 第 2次健康日本 21の中で『健康寿命の延伸』と『健康格差の縮小』という目標がかかげられた。その背景には第1次健康日本 21の取り組みが『個人の生活習慣に着目して作ら

れたため、社会環境の観点が希薄』であった点がある。個人の健康と社会環境の整備は車

の両輪のようにいずれも必要であり、社会環境に関する課題を明確にすべき、とされ『社

会環境の質の向上』の重要性も謳われるようになった。

※『健康格差』とは、地域や社会経済状況の違いによる集団における健康状態の差のこと。

2.健康は遺伝子や生活習慣だけでなく、その人の社会経済的な地位をはじめとする社会的要

因によっても決定されている。社会環境の質を決めるものが『健康の社会的決定要因(social determinants of health)である。

(厚労省の資料より)

2.WHOの報告書: 『健康の社会的決定要因に関する委員会』の最終報告書が 2008年に出された。

そこでの3つの勧告とは: 1) 保健医療政策だけでなく、子どもの頃からの日常生活に関わる諸条件の改善を図ること。 →子どもの頃の環境がその後の健康状態と関連があることがわかってきた(ライフコース

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疫学の蓄積による) 2) 権力、金銭、資源の不公正な分布を是正すること。 3) 健康格差を測定し、より深く理解し、政策のインパクトを予測評価すること。健康格差や

健康の社会的決定要因をモニタリングするサーベイランスシステムの構築も重要。 →WHO の最終報告書の勧告や英国、スウェーデン等のヨーロッパ諸国での動向に比べるとわが国の取り組みは 10年以上遅れている。

1.なぜ健康の社会的決定要因が注目されるのか

1)医学・医療技術の限界

費用が高かったり、提供してくれるところが近くにないなどアクセスの問題で受診

できない人がいる。貧困や低所得、失業や非正規雇用など社会階層の低い人などに

なる。保険証がない、あっても窓口で自己負担額が払えないからと受診を我慢した

り、無料や安価な健診制度があっても情報を知らなかったり、日々の生活に追われ

て利用しない人がいるのも事実。いくら技術が開発されても、それにアクセスでき

ず、利用できなければ効果はない。

→アクセスや利用においてバリアになっている社会経済的な要因を除去する必要が

ある。 2)生活習慣変容の難しさ

NCDは、健康に好ましくない生活習慣の蓄積によるので、健康教育等により行動変容が起きて生活習慣が変わらなければ効果はない。しかし、情報提供・健康教育中

心の行動変容アプローチが届きにくい人がいる。その中心には社会階層の低い人が

いる。 3)健康格差

無視できない社会階層間における健康格差が、国際間だけでなく、一つの国の中で

もみられる。基本的人権である『いのち』まで小さくない格差が存在すること、し

かもそれが拡大していることがわかってきた。 →健康問題の根本的な原因として、『健康の社会的決定要因』を避けては通れない課題になっ

ている。 →パブリックヘルスの分野において、プライマリ・ヘルスケアやヘルスプロモーションに匹

敵するレベルで重要な位置づけとなっている。

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【健康の社会的決定要因】

図 健康の社会的決定要因(WHO 2011より)

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(提言 わが国の健康の社会格差の現状理解とその改善に向けて 日本学術会議、平成 23年

より)

1. 社会経済的状況(socioeconomic status, SES):収入、教育歴、職業(職の有無、職場で

のポジションを含む)などのこと。

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※生涯を通じた利点や不利な条件の蓄積の結果として健康の不平等が起こると考えら

れている。

図 わが国における最終学歴と死亡の関係(FujinoYetal.PrevMed,2005)

高卒相当(18歳以上)に比べて死亡率が何倍高まるかを相対リスクで示した。上が男性、下

が女性。

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図 地域・性別にみた公衆衛生課題の頻度(英国の健康調査結果より、2011年)

2. ソーシャル・キャピタル:社会関係資本のこと。社会の信頼関係、規範、ネットワーク

などの重要性を説く概念であり、水平的な人間関係や地域全体のつながりを意味する。

→人々が信頼しあって協力しあうような社会では健康が良好で、ソーシャル・キャピタ

ルが低い地域では不健康なことが多い、というデータがある。

1)個人レベルのソーシャルキャピタル:個人に着目し、その人がもつ人々のつながり

(ネットワーク)の豊かさなど(個人の特徴として捉える)

2)地域(社会)レベルのソーシャルキャピタル:地域や社会、組織内部におけるボラ

ンティア組織の数など(凝集性の度合いや特徴として捉える)

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※人々の健康は坂道を登って右側に移動するほど良好になる。しかし、人によって押してい

る玉の大きさ(個人レベルの特性)が異なる。保健行動を行うだけの時間や金銭的余裕がな

ければ玉が大きくなる。一方、地域により、坂道の角度(地域の特性)が異なる。

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(厚労省資料より)

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【歯科疾患における健康格差】

(九州地方を拡大すると)

※全国でみると、北海道、東北、四国、九州を中心に有病者率が高い地域がみられた。

※九州でみると、福岡県とその周辺は20〜40%くらいの有病率だが、九州中央部を中心にし

て50%以上(高い地域では60%以上)となっている。

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※統計学的解析の結果、『大学卒業者の割合』が最も大きく地域差に寄与しており、高学歴

者が多い地域ほどう蝕が少なかった。

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図 オーストラリア成人の社会的状況、絶対的物質的基盤別にみた歯の状態

【口腔保健にみる不平等】

口腔保健に関する社会経済的な不平等は、日本を含む先進国ならびに発展途上国にもみら

れる。例えば、う蝕と社会経済的な特性の関連についてのシステマティック・レビューによ

ると、教育、収入、職業、社会階層、地域レベルの社会・経済条件などの指標に関して社会

的勾配がみられることが示されている。ライフコースの観点でみると、幼年期の社会経済条

件が生涯にわたる影響を及ぼすことが示唆されている。

図 教育年数、1人あたり所得別にみた現在歯数19本以下の者の割合

【参考文献】

1.日本公衆衛生協会 編:健康の社会的決定要因—疾患・状態別健康格差レビュー,2013.

2.Sheiham,A.(新庄文明 訳)21世紀の口腔保健戦略.歯界展望、2013年1月号〜2014年12

月号.