はじめに 日本には古来、山岳を畏怖すべき森羅万象の地として信仰の対象とする宗 教があった。この原始信仰は、外来の宗教の影響を受けて、自然と一体化し 神々の存在を実感するために自ら険しい山々を抖 する人々を生み出す。や がて形成されていく修験道では、山伏が、峰入りに際して死を意味する儀礼 を行い、他界の地とされる山中で修行することによって霊的な生命力を取り 戻していく。修験道の山岳修行には、象徴的な死とそれに続く苦行によって 仏となり生まれ変わるという「擬死再生」の考え方が見られる。 大峰山中での修験行者が修得すべき秘伝を集録した、学峰雲外(~一六九 一~)の『峰中秘伝』(元禄七年・一六九四・刊)の冒頭、総説にあたる部 分は、次のようにして始まる (注1) 。 夫佛道修行 ハ 区別 マチマチニシテ 。頓證菩提 ノ 法雖 二 品多 一 。即身成佛 ノ 教 ハ 獨自 二 山伏 ノ 密教 一 起 ル 。 胎内修行 ヲ 為 二 根本 一 。阿字本不生 ノ 理三世諸佛 ノ 妙體一切衆生 ノ 本性也。本有内 證九識之心佛智 ノ 能生萬法 ノ 總體也。胎内者 トハ 縁 二 起 シテ 阿 ノ 心地 ニ 一 十三大院三十七 尊一切諸尊住 シ レ 内 ニ 給 フコト 。不變眞如 ノ 姿。萬法 ノ 種子也。出 二 言語 一 開 レ 口。乾坤普 烈響是大日 ノ 御音 コエ 也。是 ニ 住 ス 二 心佛如来 一 也。 修験道において峰中で重んじられる修行法に、人を含む一切のものが、地 獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天・声聞・縁覚・仏という十界を互いに具え ているという真如を悟り即身成仏するという十界修行がある。そこでは、母 胎に擬えた宿房を道場とし、床堅・懺悔・業秤・水断・閼伽・相撲・延年・ 小木・穀断・正灌頂という十種の修行が行われる。この十種修行について諸 経諸論を引いての説明を載せる『峰中十種修行作法』は、「凡入峰 ノ 修行者 トハ 。 十界一如 ノ 観門。即身即佛 ノ 極位也」とする (注2) 。そして、この十界一如という真如 観に至る修験道独自の修行法を、学峰は「胎内修行」という言葉で捉える。 修行者が、儀礼によって死者となった後、峰中でふたたび一個の人として新 たに自己を形成していく過程が、母胎内での成長に擬せられる。胎内は、一 切諸法の根源で本来的に存在する阿字より起こり、そこには、胎蔵界と金剛 界の一切の諸仏が住する。胎内とは、「不変真如」(永遠不動の真理)を表す ものであり、また、「萬法種子」(ありとあらゆる存在を生ずる力)を有する。 胎内で育まれた修行者は、「我 カ 五體 ハ 者本有本来佛身」(尊海『修験常用秘法集』 「火生三昧耶之大事」)であることを身を以て悟る (注3) 。 峰入りを胎内修行とする修験道では、修行者を胎児と見なし、これが段階 を踏んで成長する。玄奘訳の『阿毘達磨倶舎論』第九巻では、胎児の変化が 羯頼藍(かららん)・ 部曇(あぶどん)・閇尸(へいし)・健南(けんなん) ・鉢羅奢 (はらしゃきゃ)という五つの分位として胎生学的に捉えられて いる (注4) 。修験道の教義書では、修行者が擬死の後、胎児として新たな生命を受 ― ― 21 東京成徳短期大学 紀要 第三十八号 二〇〇五年 修験道〈五體本有本来佛身〉説 その教理としての〈胎内五位〉とその展開 山 下 巳