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令和2年 1月30日(木) 晴れのち曇り 令和2年になったと思ったら、もう1ヶ月が経つ。 まさしく、光陰矢の如しかな。Time flies like an arrow. そんなことを考えていたら、時々、自分の人生は生まれた時からもう決まっていたのだ ろうかと思うことがある。 今、こう考えることも、今まで通ってきた道筋も、ずっと以前から実はもう決まってい たのかもしれない。 いろいろな分岐点で、悩み、もがき、そして決断をし、選択していく。その過程も、結 果も、もうすでに生まれた時に決まっていたのかもしれない。 だからこうなっていくのだろう。しかしもしここでこうしなかったらどうなるのだろう と思ったとしたら、実はそう考えて行動するということもわかっていたことなのだろうか。 などと、いろいろと考えていくと混乱してくるが、このように、この時期にこう考える ということがすでに分かっていたことなのだろうか? 堂々巡りだ。 話は変わりますが、親の虐待は殴る蹴るといったわかりやすい形だけでなく、傍から見 れば大事に育てているようでも、目に見えない毒をその言動に忍ばせているケースも多い。 子どもは親の所有物じゃない。親は、親として欠点だらけでも、『いつでも子どもの味方 になってやること』、世間や社会が『お前はダメだ』といったとしても、親だけは『すばら しい』と言ってあげられる、そんな親でありたいな。 令和2年 1月29日(水) 雨のち晴れ 朝、雨が降っていた。でもすぐ止み、晴れた。天候がいいと気持ちがいい。洗濯物が乾 くもんね。 “自閉症者が人類社会に「不可欠」である理由、実は障害ではない”と京都大学霊長類 研究所認知神経科学の正高信男教授が提言している。 以下は教授の話である。 自閉症スペクトラムと呼ばれているような障害は、実は障害でない。生物としての人類

1月令和2年 1月 7日(火) 曇りのち雨 朝から曇っている。 気持ちも晴れないが気力でカバーかな。 いよいよ今日から始業です。 近隣のある学校では昨日が始業日だったとか。

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Page 1: 1月令和2年 1月 7日(火) 曇りのち雨 朝から曇っている。 気持ちも晴れないが気力でカバーかな。 いよいよ今日から始業です。 近隣のある学校では昨日が始業日だったとか。

令和2年 1月30日(木) 晴れのち曇り

令和2年になったと思ったら、もう1ヶ月が経つ。

まさしく、光陰矢の如しかな。Time flies like an arrow.

そんなことを考えていたら、時々、自分の人生は生まれた時からもう決まっていたのだ

ろうかと思うことがある。

今、こう考えることも、今まで通ってきた道筋も、ずっと以前から実はもう決まってい

たのかもしれない。

いろいろな分岐点で、悩み、もがき、そして決断をし、選択していく。その過程も、結

果も、もうすでに生まれた時に決まっていたのかもしれない。

だからこうなっていくのだろう。しかしもしここでこうしなかったらどうなるのだろう

と思ったとしたら、実はそう考えて行動するということもわかっていたことなのだろうか。

などと、いろいろと考えていくと混乱してくるが、このように、この時期にこう考える

ということがすでに分かっていたことなのだろうか? 堂々巡りだ。

話は変わりますが、親の虐待は殴る蹴るといったわかりやすい形だけでなく、傍から見

れば大事に育てているようでも、目に見えない毒をその言動に忍ばせているケースも多い。

子どもは親の所有物じゃない。親は、親として欠点だらけでも、『いつでも子どもの味方

になってやること』、世間や社会が『お前はダメだ』といったとしても、親だけは『すばら

しい』と言ってあげられる、そんな親でありたいな。

令和2年 1月29日(水) 雨のち晴れ

朝、雨が降っていた。でもすぐ止み、晴れた。天候がいいと気持ちがいい。洗濯物が乾

くもんね。

“自閉症者が人類社会に「不可欠」である理由、実は障害ではない”と京都大学霊長類

研究所認知神経科学の正高信男教授が提言している。

以下は教授の話である。

自閉症スペクトラムと呼ばれているような障害は、実は障害でない。生物としての人類

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のバリエーション(変異)の一つである。自閉症スペクトラムは、本来は人類の、生息環

境に対する適応の一つのあり方だというのが、ニューロダイバーシテイ(脳多様性)とい

う考え方。

なぜ自閉症はこれほど多いのか。自閉症スペクトラムというものの実態は、(1)コミュ

ニケーションが不得手で、(2)興味・関心の幅が著しく限られていたり、こだわりが激し

いという2点を特徴とする。

この「障害」は遺伝的要因によって生ずると大方考えられている。発症率はどんなに少

なく見積もっても1~2%。25人に1人と主張する研究者もいる。この値は、通常は1

万分の1とか、2万分の1とかが普通である他の大抵の遺伝的障害に比べて極端に大きい。

ではどうして自閉症スペクトラムの人間だけがこれほど多いのか?

もしもこの「障害」が本当に生きていく上で障害となるのなら、その人が子孫を残す確

率は小さくなり、ダーウィン流の淘汰が働くはずである。しかしそうはならなかった。

自閉症スペクトラムには他の多くの遺伝的障害のようには、淘汰圧がかからなかったの

だ。つまり存在意義があったと考える方が、自然ということになってくる。

それでは、どんな意義があるのかということを研究してきた。そこで明らかになったの

は、自閉症者はそうでない人と認識世界が何がしか異なる。一般に言われているように、

自閉症者は他人の心がわからないとか、共感能力に欠けるというのは誤解であり、むしろ

自閉症者は「自然」に、そうでない人は「社会」にウエイトを置くという点で決定的に両

者は異なるのだ。要は生活のスタンスが異なるのである。

社会がこれほど産業化する以前の人類の生活を考えた場合、今日なお数理的な思考や生

物に非常な関心を示し、学校でも優れた成績を残すことからも伺える自閉症者のスタンス

と、そうでない人のスタンスのいずれが欠けたとしても、人類の今日の繁栄はなかったの

かもしれない。

ニホンザルの近縁であるアカゲザルの群れでも、集団外の脅威にもっぱら注意を払うサ

ルと、仲間同士の社会的交流の調整にエネルギーを注ぐサルがいて、しかもサルがどちら

の役割を果たすかは遺伝的にきまっていることが報告されているが、人間にもこうした特

徴は受け継がれているらしい。

社会的周縁に存在し、自然界のなかで自分たちがどう生きていくかに思いをめぐらす人

物と、集団・社会内で互いの利益を調整し、どう上手くやっていくかに思いをめぐらす人

物がいる。(前者こそが自閉症者である)

先史時代、我々の祖先が狩猟採集に依存した生活を送っていた頃、天候の変化を読んだ

り、動物の習性を知ったり、あるいは簡便な道具を作成したりするための「ナチュラリス

トとしての才覚」に長けていた存在と、社交に長けた存在が相補的に機能することが、人

類の地球上での生活圏の拡大に多大の貢献を果たしたと考えられる。

生物が同一の空間・場所にあってもその認識する世界は種によって多様である。例えば

チョウは人間には不可視の紫外線を見ることができるし、ニホンザルの可聴域は我々のそ

れをはるかに超える超音波を聞いている。生物の世界がそういう多種による多様性、つま

りバイオダイバーシテイ(生物多様性)によって成立しているように、人間の世界も遺伝

的に異なる多様な存在がそれぞれ微妙に異なる脳神経システムを発達させることを介して、

多様性を構成しているのである、これがニューロダイバーシテイという発想である。

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令和2年 1月28日(火) 曇り

あまり天候がよくない。

気持ちもなぜかグレー。

赤ちゃんが笑顔を見せるとき、何の曇りもない笑顔に心を洗われる思いがする。

大人になるにつれ純真無垢な心に邪まな心が入り込むのかな?

ところで、子どもを育てるとき、「ほめること」も「叱ること」も、親が子どもに伝える

大切なメッセージだが、改めて考えると、どちらも非常に難しいものだ。

親として新米の頃は、ほめなければいけないと思ってほめたり、「周りの手前、叱ってお

かなければ」という気持ちから叱ったりすることもある。「叱る」というのは、子どもが問

題行動を取っているときに、「やめないといけないよ」というメッセージを伝えるためにす

ることだが、子どもの立場で考えてみると、叱られれば叱られるほど、「やめなければいけ

ない行動をどうやめるか」より、「叱られている状態からどう抜け出すか」が意識されてし

まうと思う。また、何をしても同じくらい叱られていると、何が一番大切なことなのか、

子どもはわからなくなる。そうなると、本来のメッセージが伝わらない。

叱るときには、その子が叱られっぱなしにならないようなバランス感覚が必要かと思う。

「服装の乱れは、心の乱れ」などとよく言われますが、本当にそうかな?

服装、頭髪は国や文化によって変わるし、髪の毛が茶色でも、パーマがかかっていても、

上履きのかかとがつぶれていても、大した問題ではない。

高校生らしくと言われるが、高校生らしいとはどんな感じかわかりますか?

清楚な服装とか、華美でない服装ってわかりますか?

人によって判断基準が異なることに対して私はなかなか叱れない。

そういった些細なことよりも、命に関わること、人権に関わることで生徒が問題を起こ

したときは、厳しく叱らなければいけないと私は思っています。

叱る内容に優先順位があるような気がします。

家庭でも同様に、優先順位の低いことであれば、過剰に口を出さず、何を優先的に叱る

かは、各家庭によって異なると思う。服を泥まみれにしてくると叱られる家庭もあれば、

むしろ喜ばれる家庭もある。どちらが正しい、間違っているということではなく、親が気

にすることが、その家の概念となっていくのではないでしょうか。

叱るときの基準について、大切なのは、叱るときに「親基準」にしてはいけないことだ。

親が自分の中で、勝手に「ここまでは許す」「ここからは許せない」と線引きをして、そ

の線を越えたら子どもを叱るというやり方をするとどこかでひずみが出ると思う。たとえ

ば、2人兄弟の家庭の場合。 「親基準の線引き」で叱る、叱らないを考えると、兄弟でも

能力差はあり、できること、できないことに個人差がある。もし片方の子だけできないこ

とが多かったとすれば、一方だけがやたらと叱られ続けるということになりかねない。ま

た、発達に特性のある子どもは、感情のコントロールが他の子どもたちよりも苦手なこと

が多いのに、「親基準の線引き」で判断すると、その子は叱られ続けることになってしまう。

自分の子どもにはついつい感情的になってしまったり、その感情を引きずったりしてし

まうという人もいるだろう。小さなことではあまり怒らず、本当に叱らなければならない

ことで叱りたいものです。とはいうものの、感情で怒ってしまうこともよくあった自分は

今、反省です。後悔は先に立たず…。怒ると叱るの違いを意識しましょう。

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令和2年 1月27日(月) 曇りのち雨

あまり天候がよくない。

コロナウィルスが猛威を振るっている。

旧正月で中国から大移動するのを中国政府は制限した。

武漢には1週間で病院が建てられるそうだ。

国力を掛けて制圧しようとしている。

すごい国だ。

令和2年 1月20日(月)~24日(金)

ヴェトナムは若い国だ。

国民の平均年齢がヴェトナムは30.8歳、日本は48歳。

ちょうど、太平洋戦争が終わり、朝鮮戦争の特需もあり、喧騒とした高度経済成長の中、

1964年のオリンピックを迎え、さらにイケイケどんどんの状態だった日本を彷彿とさ

せる勢いを感じた。

政治は共産党の一党独裁ながら、経済は資本主義をとっている。共産主義であり今でも

学生はロシアや中国に留学するものが多いと聞いた。

だから、経済政策や政治などは、日本以上に方向が一つに定まるのは早いが、それが必

ずしも良い方向に行くのかどうかはわからない。ただ日本より決定は早いと思う。

これから10年後ぐらいには日本はこの国に抜かれてしまうのではないかとさえ思われ

る。しかし、国としての成熟度はまだまだなので想像が使いない。交通事情もバイク中心

で交通ルールを守らない。信号があってないようなもの。新しい交差点はロータリー式で

合流と離脱が信号なしでスムーズだが、よく大事故が起きないものだと感心する。

車社会になりつつあるが、収入が日本の半分以下なのに、車の価格は税金が100パー

セントかかるなど日本以上に高価格。車を買うのにどのような方法を使っているのだろう

か不思議だ。バイクも高額なのに人口の半分の4000万台が稼働している。

街中には人々はすぐにごみを捨てる。町の溝や川はどぶのような臭いがする。ずっと以

前の日本のような気がする。上下水道を完備し、川をきれいにする努力をしないと町はハ

ード面で成熟しない。

また、夜になるとごみを集める人が働く。仕事を与えるためだが、それでは心が貧しい

ままだ。その意識が変わらない限り人々の心はソフト面でも成熟しないので、結果として、

このままでは、都市としては一流になれないと思う。

さらに高齢化は世界の潮流に飲まれて日本以上に加速しているので日本を追い越す勢い

で成長しても、あっという間に減速する感じがする。

行ってみて感じたことだが、水道の蛇口をひねれば生水をそのまま飲める日本は何と素

晴らしいことか。

水は購入するしかないとか、場所によって値段が違うとか、そんなこと考えずに水が飲

めるって素晴らしい。日本では食事に水のお変わりが無料なんてすごいことだ。

宿泊したホテルはいずれもきれいではなかった。きれいなところははるかに値段が高い。

建付けが悪く、シャワーが曲がってつけられていたり、床板がはがれていたり、きれい

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に清掃してなかったりと、人をもてなすというイメージがない。

これを考えただけでも、どのような人もゲストというイメージをもって人を迎えること

がなければ一見様になってしまい、リピーターにはならない。

これは援助と同じ。

多くの中国資本や韓国資本など外国の資本が入って援助しているが、日本の援助が一番

素晴らしいらしい。世界の多くの国々が日本に援助を求めている。

援助とは、その国に何をもたらすかだ。

水を提供するとき、水を与えるのではなく、自分たちで井戸を掘って水を得るように自

立する技術を与え、援助が切れたとき、自分たちで水を得ることができるようにならなけ

ればならない。

中国の援助は最終的には自分たちの利益につながり、金が入って来なければ、すべてを

没収して自分たちのものにしてしまう。これが世界に蔓延しているので、中国からの援助

を拒否する国が増えているのは火を見るより明らかだ。物より技術を残すべきだ。そうい

う意味では日本の援助は成熟していると思う。

旅行は物見遊山で構わない。

いろいろな経験を見て感じることは必要だ。研修だからとあれこれ詰め込まなくともよ

い。その研修で、何か一つその場所に行かなければ感じられないことを感じてほしい。

だから、高校生で行く修学旅行は海外も含めて、物見遊山で何も悪いことはない。

一時期、研修旅行だからとして、その場でいろいろな研修を盛り込むことが流行ったこ

とがある。4日間観光地を回るだけでも十分にその場所でしかわからないことを感じれば

よい。

何の理由もなくてもいい。

あなたに問う。

あなたが存在するために何か理由がいりますか?

この世に生まれてきて、そして生きているだけで十分意義があると私は思います。

私は○○をするために生まれてきたなんて理由がある人はきっと多くはいない。

“生まれてきてくれただけでいい。生きていてくれるだけでいい。”と私はいつも思う。

令和2年 1月17日(金) 曇り

朝から曇っているが雲のお陰で少しは昨日より暖かいかな?

でも冬らしく寒い。

明日明後日とセンター試験。

明日は雪が降る所もあるらしい。受験生は1時間前には着いているようにできるといい

と思う。不測の事態が起きても対処できる余裕を持ちたい。

以前、ドロシー・ロー・ノルト博士の言葉を紹介しました。

彼女の著書、『10代の子どもが育つ魔法の言葉』に次のような詩が紹介されています。

参考にしてみてください。自分の中のもう一人の自分を、“子ども”と仮定して。

こどもの声に耳を澄ましてください。

プレッシャーをかけすぎると、子どもは疲れてしまう。

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厳しいルールを押しつければ、子どもはルールを破る方法を探す。

好き勝手にさせると、子どもは、人の気持ちに鈍感になる。

失敗を繰り返すと、子どもは自信を失う。

約束を破られると、子どもは失望を味わう。

否定されると、子どもは苦しむ。

ひとりの人間として大切にされれば、子どもは思い遣りのある人間になる。

親を信頼できる子どもは、本当のことを話してくれる。

大らかな家庭に育てば、子どもは考える力を育む。

先のことを考えて行動できれば、自分の行くべき道が見える。

責任感を育てれば、子どもは自分で考えて行動できるようになる。

親が身体にいい習慣をもっていれば、子どもも自分の身体を大切にする。

支えてあげれば、子どもは自分に自信を持つようになる。

表現できる場を持てば、子どもは本当の自分を出せる。

愛してあげれば、子どもは、人を愛することを学ぶ。

子どもを信じて見守れば、子どもはよりよい世界を目指して歩いてゆける。

令和2年 1月16日(木) 晴れ

朝から晴れ。寒い。

この 1 年、大学入試制度改革を巡って教育現場が混乱したし、まだしている。背景には

政権と民間の教育産業との結びつきがあるのではないかと私は疑っている。

いずれにせよ、当事者である受験生が置き去りになっている。

ところで、「受験料」って何であんなに高いんだろう?

何を根拠に決められているのだろう?

現在行われている大学入試では、国公立大学や一部の私立大学受験に必要なセンター試

験の受験料は、1万8000円(2科目以下の受験の場合は1万2000円)。そして、二

次試験は、1万7000円。また、私立大学の受験料は、おおむね3万5000円(医学部

は6万円から10万円)。

国公立大学2校受験の場合は5万2000円掛かり、もし、私立大学を10校受験すれ

ば、受験料だけで35万円の費用が必要、さらに遠くの大学を受験すれば、旅費や宿泊費

が伴う。ここまでして大学へ行かなければならないものか? 経費はそんなに掛かってい

るのかな?

センター試験自体は、多分、数千円で実施可能ではないかと私は思う。

私立大学の受験料は、ほとんどの大学にとって、入学試験の収益が1年間の大学運営の

根幹を支えている。つまり、多くの入学できない、しない生徒たちから大学の運営資金を

“ぼったくっている”ということだ。

生徒たちの一生を左右する大学入試を、大学や関係機関の一つの営利行為とするのでは

なく、実費で行うことにすべきだと私は思う。

入社試験で受験料を徴収する企業があるかな?

また、今回国が行おうとしていた大学入試制度改革は、英語の試験への民間の参入、他

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の教科での論文試験の実施など、さらに多額の費用負担を、受験生たちに強いようとして

いた。これは民間との癒着以外の何物でもないと私は推測する。

いったい誰が得するのでしょうか。それは多分、“お代官様”でしょう。

私は、大学入試に関しては、それぞれの大学が独自に、その大学での学習を求める生徒

たちに対して行う適性試験とし、入りやすく、授業料も安くするべきだと思う。

そうやって入学してきた原石の生徒たちを、大学は4年間なり6年間掛けて、特色ある

このような学生に育てましたという実績を示せばよい。それを受験生やその保護者が判断

して、“この大学はうちの子どもに合っている”と思えばその大学を選べばいい。

大学の受験料は、それぞれの大学のかけた経費負担だけでいいではないか。さらに言う

と、その経費を国が負担することになれば、受験生たちは、無料で受験することができる

から、貧しくても高等教育は広く受けられるはずだ。経費なんて大したことはないと思う。

大学が、受験で儲けようとするから受験料や学費が高くなるのだと思う。

大学というところは、そこまで高いお金を払って行かなければならないところだろうか。

令和2年 1月15日(水) 晴れ一時雨

朝から霧が出ている。晴れるのかな?雨の予報もあるし、南岸低気圧もいるし…。

今週末のセンター試験には雪にならないか心配です。

いわゆる、“ハッピーマンデー法”が成立する前までは、成人の日は1月15日でした。

ちなみに2000年から成人の日は1月の第2月曜日になっています。これも“成人”な

んですね。

子どもたちのいいところを伸ばそうといろいろ働きかけても、ぐんぐん伸びていく子と、

あんまり伸びない子がいる。その場合の多くは、学校でいくらほめて帰しても、家で叱ら

れ続けている親が多い場合がある。

人格否定の言葉を使わなければいくら叱ってもいいというのは間違い。

もちろん、“人格否定”っていうのは最悪。相手の能力や人格をまるごと否定する言い方

をするのは絶対によくない。“存在否定”はそれ以上に悪い。言われるとトラウマになる。

どちらの否定も、子どもの立場になってみれば結論は同じ。

何度も言われ続けると自己肯定感がなくなり、何をするにも、「わたしはできそうだ」と

思えなくなり、やる気が出てこないからチャレンジしなくなる。挑戦してもちょっと壁が

あるとすぐ諦める。

逆に、自己肯定感がある子は、何事においてもできそうだと思えるから、チャレンジを

する。ちょっと壁があっても乗り越えられるから、どんどん伸びていける。

自己肯定感があるかないかは非常に大きな差だ。

「叱る」の弊害はたくさんある。

子どもは親に対して不安でたまらなくなり、愛情を確認するために親にわざと心配をか

けるようなことばかりするようになる。危険なこと、反社会的なことをやると親が心配す

るから。その姿を見て、自分は愛されてるんだと確認して、安心するのはないか。

子どもは、言うことは聞かないけれど、親や大人のやることは真似る。

叱ってばかりいると、何かをできていない友達を見つけて、とがめたり責めたりするよ

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うになる。

また、忘れ物する子は叱っても直らない。

子どもが忘れ物をしても、放っておけばいいとか、困ったほうが、自分で懲りて直るか

らという人もいるが、忘れ物が直るのは簡単な話ではない。自己管理力が必要だし、整理

整頓能力、段取り力、意思力とか、いろんな能力が総合的に必要だ。何よりも本人が、「忘

れ物しちゃいけない!」って強烈に思うことも必要だと思う。

放っておいて直るとしたら、もっとずっと大きくなってからだと思う。でも、習慣づけ

られていないから、まず期待できないだろう。

忘れ物が多い子の親は手伝ってあげよう。何でもそうだが、最初は親がいっしょに準備

をしてやり方を教える。大人が見本を見せてあげる。次に自分でさせて横で見ていて、最

終チェックをしてあげる。次の段階は、決まった時間が来たら自分で準備をさせる。少し

ずつ。それでもなかなか直らない子はいるかな。

放っておけば直るってことだけは絶対にない。「真似る」から「学ぶ」へ気長に。

令和2年 1月14日(火) 晴れのち曇り

朝から晴れて気持ちがいい。でも夜には雨かな。低気圧が通過するとき初雪が降るかも

との予測です。

今日、3年生の欠席が多かった。理由がない‥‥。

予想だが、この時期によくあることだ。病気ではなく、きっと、センター試験が近いか

らだろう。学校にいても、思うように勉強がはかどらないと思ってのことだろう。間違っ

ていたらごめんなさい。

勉強って、ここまでやればいいという限界はない。不安だろうな。入試を経験したもの

でないとこの気持ちはわからないかもしれないですね。

経験上、家の中で、悶々と勉強していても、よくないことや悪い方向へ気持ちが傾きか

ねない。

学校に来られる日は限られている。卒業すれば来られなくなる。

学校に来て気分を紛らわせるか、今萎えている気持ちを他の生徒さんが頑張っている姿

を見ることで鼓舞だってできる。自由登校中も、そして卒業式を終えた後も、まだ、入試

が残っていたら、学校に来て構わない。先生を利用しよう。学校を利用しよう。最後まで

手を抜かず、気を抜かず、有終の美を飾れるようにしたい。

もし、自分の思い通りの成果が出なくても諦めることはない。

その時はその時の生き方がある。人生捨てたもんじゃない。

いつも言っているが、自分にとって、その時、失敗だったと思っていたことが、実はそ

うではない人生のための足掛かりであるなんてことはいっぱいある。

とにかく何事にも精いっぱい頑張ってみよう。

それで自分の思い通りの結果が出なくても仕方ない。

結果は結果として受け止め、次に向かおう。

長い目で見たら誰のものでもない、自分の人生。こっちでよかったと思えることに出会

えることが多い。

とにかく、生きていられることが、何でも出会えるチャンス。

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辛いこと、悲しいこと、嬉しいこと、楽しいこと、これはすべて自分の心の感じること。

生きていられることに感謝、生かされている自分に感謝して、毎日をポジティブに生き

て行きたい。

そうすれば道はおのずと開かれる。

その道は誰も通ったことのない道。

君たち一人ひとりの道。

唯一無二。

自分が人生を切り開いているという自覚をもって雄々しく生きよう。

令和2年 1月10日(金) 晴れ

朝から晴れて気持ちがいい。

自分の価値観で人を責めてはいけない。

むしろ、その価値観が世間の常識から外れていないか否かを、常に問える自分でありた

い。

いろいろな人の意見を聞こう。

自分の意見も大切だが、自分の意見に酔ってはいけない。

自分が話しているとき、自分の話し方やその話に陶酔している人いませんか?

気を付けたいですね。

自分の言いたいことやその話が人に伝わらなければ、ただの自己満足です。

自分の言いたいことが相手に伝わってこそ、ツールとしての会話です。

何を言っているのかわからないとか、相手に伝わっていないのは、話し手の自己満足で

しかなく、独り言のようなもの。会話ではない。

相手に話すとき、相手の立場になってみて、「わかってくれているのかな?」「自分の思

っていることが伝わっているのかな?」と、常に感じながら話したいものです。

令和2年 1月 9日(木) 晴れ

朝から晴れて気持ちがいい。

国語の問題を解くとき、「作者の考えを述べよ。」とあることが多い。しかし、本当に作

者はそう考えているのか疑わしいといつも思っている。むしろ、出題者がどう答えて欲し

いかだから、「どう読み取れるか述べよ。」が正しいのではないかと思う。

こんな文章を読んだので紹介します。端折りました。

設問者が聞いているのは、著者の本当の考えなどではない。著者なんてどうでもいい。

この「問題を作った人」が何を考えているのか、ただそれだけを考えて読めばいい。だか

ら著者本人が正解できないことがあると思う。

著者の考えは「遠い風景」であって、それより近い場所に出題者がいて、その風景を勝

手に切り取って、その一部分だけを見せる。出題者は意図をもって切り取り、一部分しか

見せてくれない。そして「何が見えますか」と聞いてくるのだ。

これが読解問題である。それとは別にもうひとつルールがある。問題文の文章だけを根

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拠にするという明確なルールがある。それをもとにゲームが始められている。今、見せら

れている文章がすべてである。そこに書いてあること以外は一切想像もしないし、新しい

可能性を考えてもいけない。

問題文を今一度精読する。一種の捜査である。選択肢を踏まえたうえで、それと同じ意

味の文章が本文中にあるかどうかを探す。そういうゲームだし、そういうゲームでしかな

い。受験参考書などには、このことについて、「答えは問題文の中にある」と解説している。

わかりやすくいうなら、類推の禁止、想像の禁止である。

この作者なら、こういうことを考えそうだと想像してはいけない。本文中に明確に書い

てあることだけ、そこだけからしか答えない。ただ、選択肢の文章は、本文とまったく同

じ文章ではない。必ず言い換えがしてある。語順が逆だったり、論理的展開を結論から述

べさせようとしたりする。同じ意味の違う言葉に変えてあったりもする。その「言い換え」

を見破るゲームでもある。

記述式の場合は、本文の文章をそのまま使って書く。だから短い文字数の記述文は、ほ

ぼ必ず同じになる。「本文中に使われてる言葉」で「本文の論旨にのっとって」要約する作

業なので、まずブレない。記述式というと幅広い回答があるように夢想してしまうが、ル

ールを守っているかぎり、そんな文章は書かれない。ルールが明文化されてないだけだ。

書いてあるか書いてないかをチェックするだけのゲームだ。

そんな問題を解いて、文章力が育まれるのか、というのは別の問題である。

この先、入試改革によって解答方法などが変わってくるようだが、基本ルールは同じ。

どんな問題だろうと、問題文に書かれてることだけから答えないといけない。

書かれてないことを根拠にしてはいけない。それは変わらない。ただ、これからは、そ

の先を求められていくようだ。

この手順を済ませたあと、その先でまだ論理的な意見を組み立てないといけなくなると

いうのがこれからの入試改革のようだ。しかも問題文が複数だったりするらしい。手順が

かなり増える。とはいえ、解答は、ある程度パターン化したものを書けばいいはずだが、

手順が増えるのはたしかである。正解への階段数が増えてしまう。

これからはそういう思考方法ができる人しか生き残れない、という未来予測なのだろう。

試験問題というのは、多くの人間が同じ問題を読んで、ルールを理解してそのルールに

沿って解けば同じ答えにたどりつく。そういうものが作られている。

読解力の問題は、そういうルールの存在に気づいているか、自分のなかでそういうルー

ル作りをしてきたのか、ということも問われているのだ。

ただ、このコツだけで解けるわけではない。その前段階の読解訓練をしていないと役に

立たない。たとえば、文章を早く読もうとするクセがついていると難しい。とくに飛ばし

読みをする人は完全にアウトである。一言一句を逃さないよう、すべての言葉のつながり

を読み落とさないよう、全神経を集中して本文に読み切るようにしないと、このコツは使

えない。息を詰めてあらゆるものを遮断して、本文を読み、切り取られている意図を考え

ながら、読む。運動部の練習のようなものである。

令和2年 1月 8日(水) 雨のち晴れ

朝から雨。

まだ冬至から日が経っていないのか日が明けるのが遅い。

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元日の朝日新聞などに掲載された、そごう・西武の全面広告「さ、ひっくり返そう。」

まず読んでみてください。

大逆転は、起こりうる。

わたしは、その言葉を信じない。

どうせ奇跡なんて起こらない。

それでも人々は無責任に言うだろう。

小さな者でも大きな相手に立ち向かえ。

誰とも違う発想や工夫を駆使して闘え。

今こそ自分を貫くときだ。

しかし、そんな考え方は馬鹿げている。

勝ち目のない勝負はあきらめるのが賢明だ。

わたしはただ、為す術もなく押し込まれる。

土俵際、もはや絶体絶命。

そのまま読むとネガティブな文章。

ここで、「ここまで読んでくださったあなたへ。文章を下から上へ、一行ずつ読んでみて

ください。逆転劇が始まります」とある。

一行ずつ逆さに読んでみると、先ほどとは正反対のポジティブな内容に変わる。

広告に込めた思いについて、そごう・西武の広報担当者はこう話す。

逆風下にあるといわれる百貨店業界で働く自分たちも、ひるむことなく前向きに新しい

戦略をすすめていきたいと。また、炎鵬関を起用した理由については、現在、幕内で最軽

量の力士。ご自身曰く、“小兵であることをハンデと思わず、むしろ強みとしてポジティブ

にとらえている”と。その姿が、今回のコピーの内容にぴったりだという点から、出演を

お願いしたとのこと。

タイトルである「さ、ひっくり返そう。」を効果的に表現する手法として、ひっくり返し

て読むと、まったく違う意味になるこの広告。逆境も、視点を変えると違った様相に見え

るという点に共感していただけたならば、大変嬉しいとのことです。

視点を変えるって、立場を置き換えるって、いろいろな方向から見方を変えるって大切

なことだなって、改めて思わされました。

令和2年 1月 7日(火) 曇りのち雨

朝から曇っている。

気持ちも晴れないが気力でカバーかな。

いよいよ今日から始業です。

近隣のある学校では昨日が始業日だったとか。

人は「心的に安全な状態」でないと、自分の脳内のコントロールなどがうまくできなく

なり、叱責すればするほど悪循環に陥るだけで、いい結果をもたらすことは稀だ。

うまくいかないことや失敗を叱られ続けた子どもの多くは、挑戦をしなくなっていくと

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思う。子どもが新しいこと、今までの自分がやってこなかったことに挑戦していこうとす

る力は、「失敗しても大丈夫」という安心な環境があってこそ大きく成長すると思う。

人はそれぞれ違う。同じ屋根の下で育った兄弟でも、まったく性格が違うというのはよ

くあること。親は子どもを他人と比べないで、その子のありのままを受け入れる努力をし、

どう支えていくかを考えたいものだ。

令和2年 1月 6日(月) 晴れ

朝から晴れて気持ちがいい。

令和も2年になりました。

今年もよろしくお願いします。

令和元年12月27日(金) 雨のち曇り

未明には雨が降っていた。

朝からなかなか晴れない。気持ちも晴れない。

今日は仕事納め。

次に書くのは令和2年。年月の経つのは早いなあ。

令和元年12月26日(木) 曇り時々雨

朝からどんよりと曇っている。

今日の午後、本校で県内のSGH校(県立岐阜商業高校、斐太高校、多治見北高校、関

高校)の4校が集まって交流し、発表やプレゼンの講習を受けました。

子どもたちを見ていると明るい未来が想像され、若いっていいなって思いました。

順応性が高く、自分が高校生の時とは大違い。すごいなあ。

でも、高校生のうちからいろんなことが見えて、できていたらすごいけど、発達段階が

あって、いきなりできるわけではない。少しずつできるようになっていくのが成長段階。

背伸びせず、諦めもせず、一生懸命頑張ってくれればいい。

一生懸命頑張ることは、キラキラ輝いていて、周りに好感をもたらす。かっこいいんだ

よね。それが。

令和元年12月25日(水) 晴れ

晴れて気持ちがいい。

昨日のいじめのことでの続き。

いじめは些細なことから始まる。ここからいじめですなんてない。でも今回いじめられ

る側は、「死にたい」と思うまで追い詰められた。

学校でのいじめは、卒業しても心の奥にトラウマとなり、その後の人生に様々な影響を

与える。だからいじめで思い悩み命を絶ってしまう子がいるという事実は今後も変わらな

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いだろう。いじめるやつらがいる限り。

ひどいいじめは決して特別なことではなく、どこにでもある。むしろ、当たり前のよう

にあるものだという意識を持たないといけない。その意識がないと取り返しのつかないこ

とになってしまう。常に危機意識をもち、包み隠さないことが重要だ。

大人の社会だっていじめの社会だ。パワハラ、セクハラと言われているがいじめだ。

いじめという言葉がなくならない限り、いじめはあるということ。差別という言葉が消

えない限り、差別はあるということ。平等という言葉が無くならない限り、不平等が存在

するということ。

子どもは、自分がいじめられているとは決して言わない。親には心配をかけるから言え

ないし、言いたくないし、知られたくないし、限界まで我慢する。自分もそうだった。辛

かったことを思い出す。

クラスでのいじめは表面だけを見ているとなかなか分からない。例えば、中学や高校で

は授業以外の時間、先生は教室にいないことが多い。その先生がいない10分の休み時間

とか、他の教室への移動時間にこそいじめは起きることがある。もしその間にいじめがあ

ったら、その時あったことを生徒が先生に教えてくれたらこんな有難いことはない。その

情報を生かさなければいけない。それをこんな些細なことと気に留めなかったり、意識し

ないことが事を大きくする。いじめのきっかけは、些細なことから始まるから。

そんな嫌な思いをした学校時代の同窓会に、いじめられた子は行きたいと思いますか?

絶対に行きたくないはずだ。当時のことを思い出したくないから。

そんなもん、行かなきゃいい。行く必要はない。全ての同窓会に行くなと言っているわ

けではない。学生生活で一番楽しかった時代。そういう同窓会はどんどん行けばいい。で

も、嫌な人と会う同窓会なんて行く必要ない。

同窓会も忘年会も嫌なら「スルー」で構わない。

同窓会というのは、会いたくない人とわざわざ会う場所だったと判断するのなら、行く

必要はない。気の合わない人と会うことになる同窓会も、パワハラ・セクハラし放題の場

と化す可能性のある忘年会も、嫌なら行かなくていい。今、若者に多い忘年会スルーって

やつ。

大人の中には「いじめは卒業すれば終わる」と思っている人もいるが、いじめられたダ

メージは一生付きまとう。いじめと関係のない環境になっても、いじめられた経験がフラ

ッシュバックして思い出すことがある。心の傷は一生消えない。

いじめに悩んでいる子ども達。どんな闇にも光は差し込む。止まない雨はない。

いじめられているときは将来のことなんて考える余裕はない。

その場をどう切り抜けるかで精いっぱい。

でも、今いじめられている人は何とか生きて、生きて、生き延びて行ってほしい。

いじめている奴ら以上に生き抜いて見返してやれ。

いつか、生きていてよかったという時が必ずある。

生きていること自体を楽しもう。

令和元年12月24日(火) 晴れ

晴れて気持ちがいい。

クリスマスイブ。子どもが小さいときはプレゼントを何しようかと、迷いながらもワク

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ワクした気持ちがあったが、その時が懐かしい。

今日は終業日。と言っても、午前中授業があり、午後から大掃除の後、終業式を行いま

す。

今日の新聞に、岐阜市の中学校三年生のいじめ自殺の第三者委員会の報告が載っていた。

どういうような意見が出ようが、亡くなった命は戻ってこない。

それにしてもいじめをしていたやつらは、いま、どういう気持ちでいるのだろう。他人

事なんだろうか?どんなに悔いたって亡くなった命は戻ってこない。取り返しのつかない

ことをしてしまったんだ。

いじめを受けていた子はこの地獄から逃れるために死を選ぶしかなかった。そこまで追

いやった加害者たちは今どんな気持ちで生きているんだろう。そいつらに悔悟の気持ちが

あるならいじめなどするはずもないだろうけど。

死んだ人は名前もさらされ、その人が亡くなったら、生きている人でないから、人権は

なくなるのか? そうだったらひどい。

いじめるものにその子をいじめる権利などない。何様のつもりだ。

いじめられたことがあるものにしか、いじめられた辛さはわからない。毎日が本当に辛

い。学校に行きたくないけれど親に心配をかけるから黙っている。されたものにしかこの

気持ちはわかるまい。

今、この世の、この場所で出会っていることは、本当に奇跡だ。

どんな人も自分にとって大切な人であるという認識を持ち、縁あって出会えた奇跡だと

感じ、常にどんな人も敬う気持ちで謙虚に生きて行きたいと思う。

令和元年12月23日(月) 晴れ

晴れて気持ちがいい。

昨年度までは天皇誕生日でした。

善いことをすれば、それは自分のものになる

人のためになることをすれば、いつか必ず自分に返ってくる。

一日努力すれば、一日の成長がある。

一年努力すれば、一年の成長がある。

一年前の自分と随分変わって、心身ともに大きくなっていることだろう。

何かに踏み出して挑戦すれば、成功も失敗もある。

でも、成功も失敗も、何かをしようとした証だ。

挑戦し続けよ。

努力を怠るな。

常にアグレッシブに!

そしてポジティブに!

明日は終業日。

そして、いよいよ令和2年です。

1月からは、1年生は2年生の0学期です。2年生は3年生の0学期。

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3年生は、卒業時に有終の美が飾れるように最後の締めくくりの時です。

みんな、頑張れ!

令和元年12月20日(金) 晴れ

晴れて気持ちがいい。

親の背中を見て子は育つと言われるが、一緒に生活していることでその価値観が自然に

伝わるのだと思う。子のために、良かれとして子をかばったことが、実は、子のために何

にもなっていないということがある。子のために何かをするとき、冷静に考えて、自分と

しては理不尽かもと思われても、この前では決して言わない方がいいときがある。気を付

けなければいけない。

令和元年12月19日(木) 晴れ

晴れて気持ちがいい。

こんなニュースを見ました。

来年から年収が減少する正社員サラリーマンが増加するだろう。働き方改革関連法が来

年4月から本格的に施行され、影響が大きいのが同一労働同一賃金だ。これは同じ仕事を

している社員については、正社員と非正規社員との間で原則として待遇格差を設けてはい

けないというもの。同一労働同一賃金が導入されれば、格差を是正する方法は、非正規社

員の賃金を上げるか、正社員の賃金を下げるしか方法はなく、現実にはその両方が実施さ

れると思われるが、今、賃下げのターゲットは、正社員の各種手当。

継続派遣された社員の賃金が上がるのは間違いない。企業は総人件費の上昇を抑えるた

め、非正規社員の賃金が増えた分は、正社員の賃下げで対応するしかない。賃下げといっ

ても基本給を減らすわけにはいかないので、ターゲットとなるのは各種手当。正社員には、

さまざまな手当が支給されているが、時代や環境の変化で必ずしも必要ないものもある。

企業は利益を最優先するので基本給の昇給には応じない。基本給は退職金の算定などにも

影響するので手当で調整する。消費者物価指数は上昇を続けており、1万円で買える物の

量は、毎年、着実に減っている。支出の切り詰めには限りがある。収入を増やす方法とし

ては副業などを考えるべきか? 公務員はできないが。

令和元年12月19日(木) 晴れ

晴れて気持ちいい。寒い。冬だなあ。

部屋のシクラメンが咲いた。昨年に恵那農業高校か

ら販売に来ていただき、買ったもの。

一冬越して咲いた。なんかうれしくなった。

12月17日(火)に文科大臣が、共通テストの記述

式を見送ると記者発表した。

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予想通りの展開だが振り回されるのは受験生。結局、英語の外部試験も延期、記述式も

見送りと何ら今までと変わりない。それでいい。コロコロ変わって迷惑がかかるのはされ

る側。行政はしっかりしてくれ。

令和元年12月18日(水) 雨のち曇り

2日続けて朝から雨。午後から上がるかな?

受験生こそたっぷり寝るべき。

授業や学習でインプットした知識は、睡眠中に脳内で整理整頓されて、必要なものだけ

残され、記憶として定着。長時間勉強をして大量のインプットをしても、しっかりと睡眠

をとらなければ脳に定着しない。

適切な睡眠時間には個人差があるが7、8時間、少なくとも6時間以上は睡眠をとろう。

睡眠中は深い睡眠(ノンレム睡眠)と浅い睡眠(レム睡眠)を繰り返す。記憶の定着に最も関

係しているのはレム睡眠。ノンレム睡眠とレム睡眠1セットはおよそ90分。学習の定着

にはそのサイクルを4セット以上、即ち6時間以上は睡眠をとるとよいらしい。

睡眠が大事な理由は、ストレスに強くなれるとのこと。受験には大量の学習が重圧とな

り、合格できるかどうかという不安もつきまとうが、少ない勉強時間で人の2倍集中する

と決め、総時間数は気にしないようにし、自分の生活スタイルを崩さずに勉強をしていた

ら絶対に受かるんだと信じよう。

その生活スタイルは、夜早く寝るのではなく、朝早く起きるようにしたい。いきなり早

寝しようとしても簡単には寝付けないし、勉強していないことが不安になり、寝ることが

ストレスになってしまう。夜の12時に寝る人であれば、まず朝6時に起きてみる。授業

中は居眠りせず、昼寝もせず、眠気に耐える。そうすると夜は12時よりも早く眠くなり、

睡眠の習慣がだんだん身に付く。人によって必要な睡眠時間は違うので、基本は6時間以

上だと理解した上で、自分に合う睡眠時間を探そう。それは短くても長くてもよい。また、

朝起きたら顔を洗い身体をシャキッとさせ、温かい飲み物を飲む。それでも眠いときは、

シャワーを浴びたり、軽い運動をして体を目覚めさせよう。眠れないときは、ふくらはぎ

や足の裏、太腿などの脚をマッサージして温めるとよい。夕ごはんは、野菜などを中心に

軽めにとり、朝ごはんにボリュームのある食事を取るように心がけるとよいらしい。一度

お試しあれ。

令和元年12月17日(火) 雨

朝から雨。これから上がるかな?

以前、ある学校で、朝の音楽や楽器を鳴らすことは、夜勤明けでこれから寝ようとして

いるのでうるさいからやめて欲しいと言われたことがある。

年に1度だが、まもなく迎える大晦日で鳴り響く除夜の鐘。

ある寺では5年前から止めたところがあるとのこと。近隣から苦情が来て裁判所で調停

が開かれ、100万円かかる防音パネルを設置しなくてはならなくなったが、音が遠くま

で聞こえなくなるし不自然なので、やめたとのこと。

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一方で、同じく住民の抗議を受けながら、鐘を復活させた寺もある。

180度発想を変え、正午から除夜の鐘を突く。日が高いうちに鳴らしたところ、好評

で近隣から苦情も来なくなった。昼間の方が明るいし寒くないので、今まで足を運び辛か

ったお年寄りや子どもたちも気軽に鐘を突けるようになった。昼間に着く除夜の鐘は、お

手伝いに来る婦人の方たちにも好評で、夕方は家でおせちの準備ができると喜んでいるそ

うな。まさに「災い転じて福と為す」だ。

今後、夜に鐘の音を聞きながら年越し蕎麦を啜る光景が今後は見られなくなるかも。世

間を覆う禁止拡大の波は、これからますますいろいろなところに波及する。

これでいい。暮らしていくのは人。時代は変わる。変えて行けばいい。伝統にこだわる

ことはない。暮らしにくければ廃止すればいい。

令和元年12月16日(月) 晴れ

朝から晴れて、気持ちがいい。でも、底冷えがする。昼間は暖かいようなので過ごしや

すいかも。

以前、NHKに「プロフェッショナル仕事の流儀」という番組で、生命の起源を探る研

究をしている生物学者、長沼毅さんが「思い込みを捨て思い付きを拾う」と言っていた。

思い込みをすると、我々が何かを得るチャンスを減らしてしまう。何かが、直観がアイ

デアを支えているのに、最初に決めたことしかやらなくなってしまう。大事なことを見過

ごしてしまう、見落としてしまう。これはもったいない気がするとのこと。

すなわち、思い込みがあると、あらかじめ決められたことしかできず、チャンスを見失

うことになる。思い付きは過去の経験が自分の中で熟成してふと飛び出してくるもので、

理由があるもの。もちろん思いつきのすべてが有効であるわけではない。

良い思い付きは、多様な知識と経験の中から生まれてくるのではないかと思います。

過去にとらわれず、拘らず、新しいことに常に取り組みたい。それにはいろいろな邪魔

が入り、否定されるかもしれないが、失敗してもいい。やっちゃえ!

令和元年12月13日(金) 晴れ

朝から晴れて、気持ちがいい。

農林水産省の元事務次官熊沢英昭被告(76)が44歳の息子を殺害した事件の裁判で、

被告人質問が行われた。証言台で、被告は、「毎日、反省と後悔。息子には寄り添ってきた

つもりだったが、息子にはつらい人生を送らせてしまった」と、涙ながらに息子への思い

を語ったそうだ。裁判で明らかになったのは、家族を巻き込んだ壮絶な歩み。

被告の妻への、息子の壮絶な家庭内暴力。肋骨にヒビが入ったり、顔に青痣、鉛筆の芯

を思い切り手に突き刺したり、さらには、この息子が原因でその妹(娘)の縁談があっても

全部消え、それで娘は絶望して自殺した。 娘の自殺や妻への暴力。追い詰められた被告は、

殺害に及んだのだ。

こんなコメントが載っていました。

「辛かったでしょう。お父様の気持ちよく判ります。私にも発達障害の息子が居ます。

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殺しちゃう。殺される。という言葉を平気で使います。我が家は、同じ障害だと思われ

る父親が言葉の暴力、体罰を幼い頃からしていて息子から、泣きながら、「このままパパと

一緒にいたら刺しちゃうから、離婚して。」とお願いされて子供達と逃げて離婚しました。

見ていて、他の子供達もいつか本当に警察沙汰になると常々感じていました。離婚した後

は、やはり、息子が、弟に暴力を振るう様になった。本人は、兄弟喧嘩で暴力は当たり前

だ。と何度注意しても治らない。カウンセラーや精神科の先生は24時間いてくださる訳

ではありませんし。その場にいない方には、中々話しても伝わらない物なのです。奥様や

他のお子様、息子さんに関わるその他の方を守る為に行った事で寛大な処分になる事を祈

ってます。」と。

この事件を思うと、人は評論家のようにいろいろと言えますが、本当に困っていたこの

被告のことをとやかく言うことは難しい。殺してはいけないことは当たり前だが、そこに

至るまでの苦悩は本人でしかわからない。親の立場、この立場などいろいろな立場に自分

を置き換えて考えなければいけないですね。

令和元年12月12日(木) 晴れ時々曇り

朝、晴れていた。でも時々曇っている。

占いに科学的根拠はまったくない。血液型占いも星座占いも、当たったり、当たらなか

ったりする。そもそも誰にでも当てはまるようなことしか言わないし、書かれていない。

でも、人は占いが大好きで、時に神頼みのような気持ちで頼ることがある。

占いは「プラシーボ」のようなものなのだろう。プラシーボ効果とは偽薬効果とも言い、

「この薬効くよ!」と言って、何でも無い砂糖の塊などを患者に与えると、なぜか本当に

効果が出てしまうというもの。

プラシーボ効果は本当に存在するらしい。根拠が無いという点では砂糖の塊も占いも同

じだ。それでも本人が信じることでプラシーボ効果が生まれ、効果が期待できればいい。

例えば、血液型A型でがさつでずぼらな人がいたとし、でも内心ではその短所を直したい

と思っているとする。「あなたは几帳面な人です」という占いの文章を見て「そうか、僕は

A型なんだから、本当は几帳面にだってできるはずなんだ!」と思い込み、よりよく生き

ようとするようになればいい。占いにはそんな効能が期待できるのではないか。また、プ

ラシーボ効果は、信じていればいるほど高まることがわかっているので、占いを信じてい

る人のほうが、そうじゃない人よりも効果が期待できるらしい。ただ、明らかに現実にあ

わないのに、占いの結果ばかりを優先して物事を決めてしまうのは良いことではないと思

うが。

令和元年12月11日(水) 晴れ

朝から晴れて気持ちがいい。車で走っているとフロントガラスに露がつき、ワイパーで

拭った。多分、一日天気がいいだろなって思わせる朝だった。

計画を立てて、実行をする。以前、PDCAというやつだ。

ただ、計画は立てたけど、なかなか実行に踏み切れないことがあり、それが良くない。

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以前の学校で、外国人生徒をALTとして授業に派遣したいと小中学校に投げたがなか

なか返事がなかった。こちらから問い合わせると「きちんとした計画が立ててないので踏

み出せない。」とのことだった。

そのやり取りが 1 年続き、結局、何もできなかった。

業を煮やして、次の年、いきなり、アポなしで外国人生徒を連れて、ある小学校に尋ね

た。

その小学校に来ているALTと連れて行った外国人生徒との掛け合い、それを聞いてい

た小学生が目を輝かせていた、あっという間の1時間の授業。

特にきちんとした計画でもなかったが、授業を受けていた子どもたちの充実した 1時間

だった。“お兄ちゃん(連れて行った外国人生徒)は5か国語しか話せないって言ってたけ

ど、僕は日本語もしっかり話せないから、お兄ちゃんはすごい!”という感想。まさしく

多文化共生子どもたちにとっては目から鱗の話。

計画のための計画をするのではなく、まずやってみたい。失敗を恐れていては何もでき

ない。結果として完璧であるはずもない。その方が困る。当然、改善点は出てくる。それ

を修正しながら、舵を取っていき、その事業を継続して生きながらえさせていくことが重

要だ。まさしく持続可能な事業にするのだ。“SDGs”だ。(オリンピックでも金メダル

を取ってしまうとそこで引退してしまう選手が多くいるが、金メダルが取れなくて、結果

として選手生活を続ける選手もいて、その人の方が選手生命を永らえることになる。)

よく政策を押し付けてくる事業団体は、自分たちが作った事業として、自慢気に押し付

け、目玉事業のように言ってきて煽る。

しかし、所詮、それは事業。長くて3年で切れると思わなければならない。継続しても

6年。

そんな事業に振り回されるより、お金は降って湧いてこないから、お金がかからなくて、

細く、長く続けて行けるものを工夫していきたい。押し付けられていないから、縛りもな

く、自分たちの思惑で、続けることも、辞めることもできる。

以前から、事業団体の思惑に乗せられて、振り回されて、挙句の果てに、梯子を外され

たことはいっぱいある。だから、おいしい話には必ず裏があると思って疑ってかからない

と痛い目に合う。常に目を光らせ、判断材料になるような情報を取り、痛い目に合わない

ように心掛けたい。

令和元年12月10日(火) 晴れ

朝から晴れ。気持ちがいい。でも、日が短い。

そういえば、カメムシ多いなあと思っていたので、雪はいつもより降るかも…?

季節は必ず廻ってくる。そういえば、彼岸になると、いつから芽が出てたのというくら

い、急に彼岸花が咲いている。春分の日、秋分の日前後で必ず真っ赤に咲く。

自然ってすごいなあ。地球ってすごいですね。四季を味わえる日本って最高です。日本

に生れてよかった。

辛いこと、悲しいこと、嬉しいこと、楽しいこと、いろいろなことが生きていれば巡り

合える。やまぬ雨はない。

人生万事塞翁が馬。

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いろんなこともひっくるめて、生きているって素晴らしいことなんだ。生きているから

こそ多くのことを経験できる。

私たちは何のために生まれてきたのかという問いの答えは簡単です。

その答えは、生まれてきただけでいいのです。何のためにではなく、生まれてきただけ

で尊いのです。

生きているからこそ、すべてを前向きにとらえ、前を向いて常に前進したいと言い聞か

せた朝であった。

令和元年12月 9日(月) 晴れ

朝から晴れて、寒い。

12月7日は大雪だった。

次の24節気は冬至。この日から太陽が出ている時間が伸びていく。

春に向かいます。

月日はあっという間に過ぎて行きます。

5月1日に令和元年になってすでに12月になりました。

令和になって、もうずいぶん時間が経ったように思うのは私だけでしょうか?

この間、自分は何ができたんだろう。

世間の子どもたちを見ると、今年早々に生まれた子はもう歩いている。

早い子は言葉を発している。

最近生まれた子も日々何かができるようになって、成長していることが周りにはわかる。

振り返って私はどうか?

何ができるようになったのか?

若いっていうのはうらやましい。何にでもなれるし、夢はいっぱいだ。

生きているということは常に成長できるということ。

だから、どんどん挑戦し、失敗したら、何度でも、転んでも転んでも立ち上がり、常に

挑戦し続けてほしい。

命あれば何でもできるのだよ。

令和元年12月 6日(金) 晴れ

朝から晴れた。寒い。

岐阜市の自殺した中3生が、自殺の前日に和式トイレに頭を突っ込む形で土下座させら

れていたことがニュースに上がっていた。

いじめた加害者の責任を問うべきじゃないの?

その保護者に責任を問うべきじゃないの?

ただ、問うたところで人の命は蘇らない。悔しい。

私もいじめられたことがあるから、余計に憤りを感じる。

いじめたやつらが表立って糾弾されていないのはおかしいと思う。

結局、学校の問題にすり替えられている。

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いじめられたものはトラウマになって引きずっているのに、多分、いじめたやつは、そ

のことすら忘れていると思う。

いじめを乗り越えたある人がこんなことを言っているのを聞いた。

“悩んでいる時間は無駄じゃなくて、いつか生きてきてよかったと思える瞬間で上書き

できることもある。年を経てやっとそう思えるようになったかもしれない。涙も別れもた

くさんある。だからこそ人生って尊い。小さい頃は必死に今の環境と戦うことしかできな

いから分からなかったけど。”

でも、これは乗り越えられたからいいようなものの、乗り越えられず、引きこもったり、

自殺してしまった方もいる。いつも、松谷みよ子さんの「私のいもうと」を思い出します。

(平成30年5月28日のところに書きました)

人権週間です。

どの人も、誰もが尊い命です。お互いを大切に思い、相手に嫌な思いをさせていないか

とか、ひどい言葉を発していないのかなど、今一度自分の生活を振り返ってみたいもので

す。そして、今いる場所が暖かい場所で、自分にとっても他の人にとっても居易い場所に

なるように、お互いが気遣えるといいですね。

令和元年12月 5日(木) 晴れ

朝から晴れた。予報では午前中雨。この天気は何だ。

廊下の寒暖計が10℃を切るとストーブがつけられる。

ところが、最近、いつ見ても10.5℃ぐらい。針って動くのかなと疑問に思っていた。

なかなか動いていないようだった。叩いてみたら、針が動いた。

部屋に入れてストーブで温めたら16℃まで上がった。動くじゃないか。

廊下に戻した。9℃になった。寒さで固まっていたのかな?

まともに動いていなかったものを判断基準にしていたこと、これは正しいと思い込んで

いたことがおかしいとおもった。10℃を切っていないからストーブはつけなかったけれ

ど、判断するべきものに信頼度がなかったのか?こんなものに振り回されていたのかと思

った。

判断基準にするもののしっかりとした根拠、エビデンスを明確にし、使わないととんで

もないことになる。

同様に、何の理由もなく続けられている“伝統”。

何の根拠もなしに踏襲していると、最初にできた時の思惑と違ってくることがある。

いつも言うが、長く続いている伝統的なことは、その時代にそぐわなく、意味をなさな

いのなら、なくなっても構わないと思う。それが時代の流れだと思う。

他にすることのない田舎の、祭りとかしきたりとか、それは、それ以外にすることがな

いから残っているのだと思う。それを続けなければならないという縛りに、若者はこれか

ら辟易とするはずだ。

因習や慣習にこだわることなくとらわれることなく、思いきって、若者や、外から入っ

てきた人間が、スパッと英断を下すべきだと思う。

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令和元年12月 4日(水) 晴れ

朝から晴れ。少し、雨がパラパラとしました。冬らしいな。日本海側では雪が降ってい

る。

抜粋ですが、こんな記事を目にしました。

急速に経済発展を遂げた中国では生活が非常に便利になっている。しかし、便利ではあ

るが、日本の生活にあって中国にはないものが「信用」だそうだ。

たとえば、中国では、窓に格子を付けることは必須であり、格子がないと安心して暮ら

せない。格子がないのに安心してベランダを開けられるという日本はすばらしく、「心が解

放されていく」のを感じるとのこと。

日本において、人と人との基本的な信用は生活のあらゆるところに表れていて、ホテル

に宿泊するのに保証金を支払う必要はなく、チェックアウトでも部屋の確認をせずにその

まま退室でき、また、路上で財布を落としても、通ってきた道をたどれば財布を見つけら

れる。マンションのベランダも、隣家との間に「簡単な薄い板」があるだけだが、それで

も人を常に疑わないで済むということが「心が解放される」のだという。

信用のある社会の利点については、精神面以外にも「生活のコストの安さ」があげられ

る。中国のように、防犯対策として格子や防犯フェンス、二重扉などを付けるのはコスト

がかかり、「互いに信用があれば、生活はずっと便利になる」とし、日本で生活するのはい

かに居心地が良いかがわかる。

相互に信用できる社会というのは、本来こうあるべきなのではないだろうか。

経済的には豊かになった中国だが、他の面での豊かさはこれからであると思う。

令和元年12月 3日(火) 晴れ

朝から晴れ。でも、時々曇って、よくわからない天気です。

少し前の話であるが、こんな話を聞いた。

ある満員電車で、小学生の女の子たちが乗ってきた。その中の一人が、「私の友達は心臓

にペースメーカーを付けています。携帯電話の電源をオフにしてください。」と大きな声で

言った。

電車の中は一瞬静まりかえった。が、すぐに乗客の誰かが、「携帯の電源を切りましょう。」

と言って、女の子たちは「ありがとうございます。」と言った。

電車の中の乗り合わせた乗客の心にほんわかとしたものが残ったとのこと。

最近は、2013年から携帯の電波がペースメーカーに影響を与えないとのことなので

切らなくてもよいが、混雑時のみ電源をオフにするようにしている会社もあるそうだ。

公共の乗り物や施設を使う際、マナーに気を遣うが、それよりも、“身の回りに大変な思

いをしている人はいないかと想像力を働かせて心遣いができる思い遣りを持つことと、女

子のように大勢の前できちんと言える勇気が大事だ”と思います。友達のための声を出し

た前述の女の子や、それに応えた大人たちのようでありたいですね。

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令和元年12月 2日(月) 雨

朝から雨。外は暗い。気持ちも晴れないが、一日は一日。悔いのないように送りたい。

いよいよ師走。2019年の最後。

でも、年度終わりはあと4ヶ月。一日一日経つのが早い。地に足付けて行かないとね。

“拘る”と“囚われる”の違い分かりますか?

どちらも同じことだと思いますが、“こだわる”のは能動的、“とらわれる”のは受動的

ではないかと私は思います。誰しもありますよね。極端でなく、何でもほどほどがいいね。

こだわりが強い人っていませんか?伝統にとらわれると言いますよね。伝統にこだわる

というのは自らが固執すること。とらわれるのは、縛られて身動きできないことかな?

新しいことをしようとするとき、過去のしがらみを払拭したい。過去に縛られると、結

局、前例踏襲になる。

心を自由にしたい。過去のしがらみから逃れて、新しい価値観で改革したい。そのため

にもやめるべきことはやめたいのだが、いろいろなしがらみを思い切って断ち切れないこ

とが多い。外野からの声が届いたり、声なき声が聞こえてきたりと、難しい。

令和元年11月29日(金) 晴れ

朝から晴れて気持ちがいい。

21世紀半ばにはすべての都道府県で総人口が減少し、最も人口減少率の高い秋田県は

2人に1人は65歳以上の高齢者にで、人口は現在の約100万人から60万人になる予

測。

人口減少と高齢化が同時進行すれば、おそらく労働力の取り合いが起き、飲食・宿泊業

や建設、農業などでは今でも人手不足が深刻になっているが、当然、今後、公的分野にも

人手不足の波が襲いかかる。

治安を維持するための消防、警察、自衛隊の人手も不足する

人口が減少すると、上下水道や道路などの土木インフラや小学校のような教育施設を維

持することも危うくなる。

ある銀行の推計によると、21世紀半ばには水道料金を6割以上値上げしないと、独立

採算の公営企業として運営されている水道事業は経常赤字に陥る。

また、1 学級あたりの児童生徒数(40人)や学校あたりの学級数(12学級以上18

学級以下)といった学校施設設置基準で試算すると、児童生徒数が3割減少する約30年

後には学校がゼロとなる「ゼロ自治体」が、小学校で約850校、中学校で約1000校

発生するとのこと。現在、市区町村数は約1800弱あるので、半分程度に相当する。

一方、社会保障給付費は21世紀半ばには200兆円規模に膨れ上がるそうだ。

毎年巨額の財政赤字をつくり、入ってくる税金以上に予算を組み、支出していることは

ある意味おかしい。“身の丈”で、支出を切り詰めないと行かない。家庭でもお金が入って

こなかったら買うものを控えるはずだ

財務省の公表によると21世紀半ばには対GDP比の債務残高は500%まで膨張し、

借金は永遠に返済できなくなるとの予測もある。この予測に対して何らかの手を打たない

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といけない。評論家であってはいけない。今に目をつむって先送りし、何か手を打たない

と、どうにもならない事態になってしまうことは目に見えている。国民である私たちはど

うしたらいいのだろうか。

令和元年11月28日(木) 曇り

朝から曇っている。

気持ちが明るくなるといいですが。

26日(火)、考査終了後、小中学校の授業アシスタントに、40数名の生徒が参加して

くれました。また、ご対応いただいた各小中学校の先生方ありがとうございました。毎回

違った感想とともに、生徒が生き生きと活動してきた様子がうかがえます。少しでもこの

地域の教員の成り手が増えてくれることを期待しています。

令和元年11月27日(水) 曇り

朝から曇っている。

今朝、各教室のストーブの試運転をしました。

冬支度ですね。

各家庭には文化があり、またその家族の中でも一人ひとりの個性は皆異なる。親子は、

顔は似ていても個性や価値観がまったく同じではない。子どもも独立したひとつの人格で

あり、親とは別の価値観がある。親の考えが正しいと思っても、親子の価値観が違えば納

得してもらえないこともある。

親から強制されたことに対しては、反発すると叱られるので、表面的に従っているよう

に見せて本心では従っていないこともある。また、親がやれといって従っていると、言わ

れたことはやれるけど、自主的に行える人間にはなれない。

生活習慣や道徳、倫理的問題については、「こうしなさい」と言うことはある程度必要だ

が、“やりたくなるような環境をつくる”ことのほうが望ましいと思う。そのためにも、親

が日々楽しんで生活している姿を見せることが重要だと思う。

どのようなことにも見方はひとつではない。プラスもあれば、マイナスもある。それを

理解したうえで、親が何でも楽しんでやろうとすると、子どもはその雰囲気にいつしか包

まれ、活動することを楽しむようになる。その延長線上に、勉強などのやるべき事柄の活

動があればいい。

「子どもは、親の言うことはやらないが、親がやることを真似する」

令和元年11月26日(火) 曇り

朝から曇っている。寒くなるようで冬近し。

今日は、考査最終日です。テスト終了後、授業アシスタントで多くの生徒が各小中学校

に出向きます。定期考査が終わった後ですが、頑張ってきてください。

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暴力事件を起こしたりしたが、立ち直り、議員をしている人が、今いる。

議員などやって欲しくない。

この人に暴力を振るわれた人は、今、どう思っているのだろう。

暴力を受けたという事実をもみ消すことはできない。

された側が私なら、一生恨むだろうな。

よく、悪さしても立ち直ったと武勇伝のように自慢げに言う人がいるが、他人に実害、

危害を与えておいて、その傷は一生消えないのに、よく言うなあと思っている。

された、物理的な傷や、受けた、心の傷は一生残り㎏言えない。償えない。タトゥと同

じ。それは取り返しがつかないことだと思う。

まじめに生きることが大事だ。まじめは人に迷惑を掛けない。

令和元年11月25日(月) 曇り

朝から雨が降ると言いながら降らずに済んでいる。

はじめてすることには反対が多い。非難もされることが多い。でも、誰が何と言おうが

貫いていこう。新しい何かが見えてくる。

今日は考査三日目。

明日で最後。頑張れ!

令和元年11月22日(金) 曇りのち雨

早いうちから雨が降るという予報だ。また日曜日も雨が降るようだ。一日毎に冬になっ

ていくんですね。

冒頭から暗い話で申し訳ない。

先日、ある新聞の読者が投稿していた。

「自分が亡くなって、葬儀の時、いっぱいの花と多くの人に囲まれて見送られたい」と

あった。

葬儀のためにわざわざ自分のところへ来て欲しいというのですね。

私は違う。

私が死んだら、見送られもせず、家族も迷惑だと思うなら、法律に触れないように処分

してくれればいいと思っている。家族が葬儀を拒否したらしなくてもいいとも思う。死ん

でからも人に迷惑を掛けたくない。葬儀のお別れというけど、亡くなった時点でもうお別

れしてる。亡骸にもう心はない。人に忍んでいただかなくてもいい。自分はそっと旅立て

ばいいと思う。

私が中学生の時に母親が亡くなり、「こんな寒いときに亡くなって葬儀って大変だ。」と、

私が近くにいることも知らないで言っていたのだろうか。辛かった。

父が亡くなった時、聞かれていないとでも思ったのだろうか、「ゴールデンウィークなの

に予定が狂った。」とか言われた。

そりゃそうだ。予定が立たないのが葬儀。だから、来なければならないという義務感を

負うのなら来なくてもいいと思う。

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無理しなくていい。

いっそ、葬儀なんてなくてもいいとも思っている。

葬儀のために足を運んでもらわなくてもいい。

皆には予定があるのだからそれを優先すればいい。

礼儀もわきまえず、ひどい奴だと思われるかもしれないが、ごめんなさい。

令和元年11月21日(木) 晴れ

朝、フロントガラスが凍っていた。一気に気持ちが冬になった。

スイミーという絵本というか話、知っていますか。

私は、その中の、「ぼくが目になろう」というフレーズに、いつも背中を押してもらって

います。何かしようとしたり、何かしなければならなくて、踏み出す勇気がないとき、ふ

と、このフレーズが浮かんできます。

先日もある会で、いろんな役や長を決めなければならなかったとき、会のメンバーはず

っと黙っている。時間が過ぎるだけ。それがたまらなく嫌だった。会を取り仕切っている

のは自分なので、「じゃ、これ、僕やります。」と言って、いくつか引き受けてしまった。

年度の始めもそうだ。なかなか引き受けてくれない。皆がどこかの長なのに。生徒と同

じでその場は生徒の立場なのか、じっと黙っている。時間が過ぎて誰かがやりますという

のを待っているのだろう。

誰かがやらなければならないのなら、それを「自分がやります」と自分のこととしてと

らえてくれないだろうか?

今朝、娘を送ってアパートに行ったら、玄関にチラシを捨てるための箱が置いてあった。

確かに、以前、チラシが散乱していた。それを誰かが見かねたのだろう。箱を用意して、

その中にチラシが入れてあった。でも、そのチラシを片付ける誰かがいる。その誰かが自

分だったらどうするかと考えたい。

スイミーの気持ちだ。

そんな話を娘としていたら、同じ職場で同期の4人がいて、何かをしようとすると、じ

っと黙って、嫌なことが自分に降りかかってこないようにしていると聞いた。娘はその時

間が嫌で、結局、自分が手を挙げ、いつも、やることになるそうだ。

そのくせ、決まった後は、横から文句を言うらしい。文句を言うなら自分がやればいい

のにと思いませんか。自分でやらないで文句だけは言う。多くのものがそうじゃないかな。

手を挙げないのなら黙って従えと言いたい。文句があるなら自分が積極的にやれよ、関わ

れよと言いたい。

ぜひ、それをするのが自分だったらという前向きで生きたい。

「ぼくが目になろう」という気持ちで。

令和元年11月20日(水) 晴れ

朝から晴れている。気持ちがいい。

明日から後期中間、学年末定期テスト。

3年生の人、入試には関係ないからと手を抜こうとしてはいけない。どんなものにも全

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力を尽くそう。

校則のことでいろいろと言われている。

規則は誰のためにあるのか。法律でもそうだ。

規則は、皆が生活しやすいように運用すればいい。だから、時代とともに変わっていっ

てもいい、いや、変わらなければいけない。規則というのはそういうものだ。昔ながらの

固定観念を捨て、心を自由に持たねばいけない。

よく、高校生らしくとか華美でない服装とか言われるけど、価値観が人によって異なる

ものは、規則としてなじむものなのかと、ときどき思う。

肌色って言われるとどういう色を想像しますか?

日本が“単一民族国家”と言われていたときのことなら、皆、同じような価値観が得ら

れたかもしれないが、今や多くの外国の方々もいて、肌の色も異なり“多民族国家”にな

っているから、肌色の概念は人によって異なる。自分お肌の色が肌色ではないのかな。

だから、2000年頃から、日本人が抱いていた肌色の絵具やクレヨンの“肌色”は“う

すだいだい”とか“ペールオレンジ”というように変わってきている。

もし、校則で、“肌色”って言われたら、それはどんな色ですか?って反論してもいいか

な? 皆が一様の肌の色なら通用するがそうでなければ、規則を変えなければいけない。

いつも言っているが、受ける側、される側の視点で考えなければいけない。

例えば、授業を受ける側、つまり生徒の側の立場で授業を展開しなければいけない。だ

から、先生の授業のしやすさではなく、生徒が授業を受けていていかにわかりやすく、か

つ、教えられたことを定着させてくれているかである。

校則や規則も同じ。

校則を守る側、すなわち生徒側が生活しにくければ改善すればいい。だから、生活する

上でその規則が時代錯誤なら、それを察知して、生徒から言われる前に学校側が率先して

変えなければならない。生徒目線で常に生徒や保護者からの情報を得るようにしないとい

けないと思う。

令和元年11月19日(火) 晴れ

朝から晴れて、気持ちがいい。

昨日の故郷に戻るということに関しての続き。

岐阜と愛知は、県庁所在地間が電車で20分と、全国で一番近い。

だから、岐阜から労働人口が愛知に流れる。これは仕方のないこと。居住は岐阜県で、

仕事は名古屋という人は多いのではないか。それを故郷のとどめようとするのは居住権、

自由権の侵害だ。自ら選んで地元に戻る、残るならいいが。

故郷に住んで、故郷で生活となれば、故郷の岐阜に戻り、岐阜で仕事をし、岐阜で生活

していけるような施策を、行政は打たなければならない。

ところが、戻ってきて、生活しようにも、戻ってきたら、賃金は低くなり、働く場所は

思ったほどなく、都会より不便になれば、戻りたくないのは必然か?

戻ってきて欲しいなら、行政は、戻って来たくなるような施策を打たなければ。

それを他人から知恵をもらうのではなく、自分たちで知恵を絞るのだ。そのための給料

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をもらっているのだろ。高校生からのアイデアを募るな。高校生は給料をもらってないぞ。

為政者は失敗を恐れず、どんどん攻めて行かねばならない。

お金がないから節約するばかりではダメ。企業を誘致し、労働者を雇える環境を整えな

いと人は出て行くばかり。そのための施策をどんどん打とう。失敗したらそこで考えれば

いい。企業もどんどんPRしよう。PRしないと自分の存在を認めてもらえなくなる。黙

って仕事していても、見ている人はいると悠長なことは言ってはいられない。今や、土俵

はその地域ではない。世界なのだ。どんどん打って出なければ流れから乗り遅れる。失敗

したら次の手を打てばいい。また失敗したらその次の手を打てばいい。ずっと失敗続きで

もいい。必ず前へ進んでいる。後ろに進んでもいい。これは後退とは違う、後進なのだ。

一番ダメなのは何もしないこと。何もせず、節約しろとだけ言っていては、いつかは枯

渇するのみ。絶えず攻めの姿勢を貫かねばいけない。

現状維持は後退である。

若年寄になるな。

常に気持ちを若くして、果敢に攻めていきたいですね。

令和元年11月18日(月) 晴れのち雨

今、晴れていますが、昼過ぎに雨が降って来るそうです。

こんな話を読みました。

ある田舎町のこと。私と夫は小中高と同じ学校。狭い町なので、高校までほとんど同じ

顔ぶれ。町の誰かが亡くなると、町内のスピーカーから放送される田舎。高校卒業して数

年後に夫と結婚。自分の人生に何の違和感も抱いていなかった。平凡だけど、穏やかな幸

せを感じていた B さん。ところが、子どもの保護者会で、とんでもない事件が起きた。

ある保護者が、『私の鞄の中から、財布がなくなってる!』と言い出した。その人は、地

元ではいわゆる名家の女性だったので一同大騒ぎ。そして、誰とはなしに、『あの人が泥棒

に違いない』と、普段から“よそ者”と、地元民からは冷たい扱いを受けているA子さん

が犯人に仕立て上げられた。A子さんは温和で良い人なのですが、東京から嫁いできた、

ただそれだけのことで嫌われていた。そのこと自体どうかと思っていたが、ましてや泥棒

扱いするなんてとんでもない。『A子さんが盗んだ証拠もないのに、泥棒扱いはヒドすぎる。

警察に任せるべきでは?』と提案したが、『あなたは地元の人なのに、よそ者の味方をする

の!?』と、皆に責め立てられ、結局、A子さんが泥棒ということにされたまま、警察に

は届けないという後味の悪い結果になった。

そしてその後、A子さんを取り巻く状況は悪化していった。A子さんは、いわゆる村八

分状態にされてしまった。無視やヒソヒソ話をされることはもちろん、町内会からも追い

出されてしまった。一番ヒドかったのは、『泥棒の子ども』として、子どもまでいじめの対

象になった。

A子さんは泣きながら、自分が泥棒扱いされることよりも、お子さんがいじめを受けて

いることのほうがよりつらいと言っていた。

そんな状況が数ヶ月間続き、B さんはA子さんから、「離婚してでも子どもと東京に戻り

たい」と相談を受けた。

しかし、とんでもない形でA子さんの悩みが解決することとなった。

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例の、A子さんを泥棒扱いした女性がスーパーで万引きをし、警察沙汰になった。今ま

では名家の出身だからと大目に見られていたが、常習犯であり、店側も警察に通報するし

かなかった。

そのことはすぐに町内中に広まり、『町の面汚し』『元から態度が大きくて嫌いだった』

などと、今までチヤホヤしていた人たちが、手のひらを返した。A子さんに対して、『あの

ときはごめんね、でも悪いのはあの面汚しだから』と言ってきた人もいたそう。A子さん

のお子さんへのいじめもなくなり、次のターゲットは、名家の女性のお子さんだった。A

子さんは『もう誰を信じていいのかわからない』と、呆れ果てた。

ますます後味の悪い結果となったわけだが、A子さん以上に、町に呆れたのは B さん。

育った町に愛着はあったが、子どもが『こんな町に暮らしていたらおかしくなりそう』

と言い出すようになり、思い切って首都圏に移住した。都会の人は冷たいとか言いますが、

田舎のように監視しあっているような環境より、よっぽど過ごし易い。相変わらず、元い

た町ではくだらない揉め事ばかり起きているようだ。

必ずしも田舎自体が悪いというわけではない。ただ、B さんの話を聞くと、このような

トラブルが起きた際は、他県へ引っ越しすることしか根本的な解決法がないのかと考えさ

せられる。

以前にここにも書いたが、“地の人間”以外はよそ者で、学校の役員や地域の役員にもさ

せない、地域の仲間にも入れないという慣習がまだ残っているところがある。こどもの時

にいい思いをしていない“よそ者”の子どもたちに、そんな故郷へ戻って来いと言えるの

かな?

故郷へ戻って来る、来ないは、子どもたちに考させればいい。故郷に愛着を持てという

のはいいが、戻ってきたくなるような、そして、生活をしていけるような施策を打つのは

行政ではないのだろうか? 昔と何も変わらないのに、いったん外へ出て便利で快適な生

活をしてきた者が戻るのだろうか? 生活ができる、便利である、安心して住める、そん

な実利がないと人は戻ってこない。

いくら故郷はいいと言って教育で洗脳したとしても化けの皮ははがれる。

だって、今、田舎では、子どもが少ないから、男は戻ってきたらすぐ消防団が待ってい

る、その消防団も後釜を探してこない限り辞められないから長年勤めている人が多い。ま

た、地域の役員が待っている、祭りを仕切る役が待っている・・・。と、昔の人たちが大変

だったころと何も変わっていないのに、戻ったら大変なことになることがわかっていると

ころへ、子どもは戻ってきたいと思うでしょうか?

令和元年11月15日(金) 晴れ

週末は晴れ。でもまた来週早々雨らしい。徐々に気温は下がり冬に向かっている。

大学定員=大学合格者数ではない。

私立大学は併願で、当然、合格即入学とは行かないから、多めに合格者を出す。

ただ合格者をたくさん出し過ぎて、その合格者がそのまま入学してしまうと、定員超過

過多になり、国からの補助金をカットされる。

だから、合格者がどのくらい入学するのかという歩留まりを想定するのは、過去の実績

とカンが頼り。そこが入試委員の腕の見せ所かな?

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合格したら入学する確率が高い国公立大学でも、実はある大学は、入学辞退者が定員の

約5割のところがある。各大学について軒並み調べてみると面白い。

それによってその大学の層がどこの私立大学と併願し、その私立大学が受かったら辞退

されるかという流れが見られる。

東京大学でさえ辞退者がいる。

理系学部、特に医学部医学科は国からの補助金も多く、その関係で、必ず定員まで追加

合格を出しているようだ。

だから、心配するな。高校と違って、定員以上に合格者が必ず出る。

自分の希望をもって、諦めず突き進め。

来年度から共通テスト。だから、今年の内に絶対に受かっておかなければいけないと考

え、安全策を取り、ランキングを下げようとするのは、多くの受験生の考えそうなこと。

そうすると、受かるであろうと言われたところに人が集まり、そこが合格難関になってし

まう。

ならば、いっそのこと、あえて、自分の目標に掲げたところを初志貫徹しよう。

ランキングを下げず、とことん自分を信じて夢に向かえ。

そこに向かって今以上に努力してみよう。

自分の思っていた以上の力が湧いてくるかもしれないぞ。

令和元年11月14日(木) 雨のち晴れ

朝から暗くて雨。東北、北海道では暴風雪のところもあるようだ。冬に向かっているん

ですね。前線が通り過ぎてこれから晴れていく模様です。

こんな話を読みました。

ある店にいつもくる小さな子。

その子は生まれつき目が見えないらしく、白い杖をつき母親と一緒に週に二、三度うち

の店を訪れる客だった。

ある日、その子が一人で入口の前に立っている。

入口のドアを引くタイプだったので、店員がドアを開けてあげようとした。

その瞬間、同年代らしき子ども2人が

「お前さぁ、目見えねぇんだろ? 素直に親帰ってくるまで家でおとなしく留守番でもし

てろよ。バカだなぁ」と言った。

店員がその2人に説教しようと入口に向かったその時、子どもの片方が

「ほら、先に入れよ。ドア開けといてやるからよ。」と言った。

そして、その子の手をつなぎ、「何買いに来たんだ?」

と2人組の片方が言うと、その子は

「お母さんがすごい熱が出てるの。だから水枕に入れる氷買いにきたの。」と言った。

そして、レジまで氷を持ってきた子どもたちに、店員が

「398円です。」と言うと、2人組が

「いいよ。俺が出しといてやるよ! そのかわり、お前のお母ちゃんがよくなったら俺た

ちと遊べよな!」と言い、会計をすました。

そして、きっとその子の家までだと思う。子どもの片方が氷をもち、もう一方は、その

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子の手を繋いで帰っていった。店員は2人組の小さな子ども達に抱いた初めの感情を恥じ

るとともに、子どもたちの友情に感動した。

あなたは、上記のアンダーラインの部分の、発言した子どもの心情をどのように感じ取

りますか?

令和元年11月13日(水) 晴れのち雨

晴れて気持ちがいいが、今日に夜から明日の朝にかけてまた雨が降る予報だ。

昨日は80人ほどの方が本校を訪れてくれました。保護者だけでなくいろいろな方が来

られ、有り難いです。

午後はPTフォーラムで鳥取大学の先生にお話しいただき、保護者30名ほどが参加さ

れました。

先日、英語の民間試験の導入が延期されたばかり。その共通テストには、国語と数学に

記述式の問題が導入されるが、NHKによると、採点を任された民間事業者に、大学入試

センターから問題と正答例が試験を実施する前に知らされる仕組みになっているらしい。

大学入試センターは、採点を迅速に行うためとしているが、漏洩は絶対に起きると思う。

採点は、試験の教材を販売する教育産業であるベネッセの関連会社に委託されたが、そ

の会社に試験を実施する前に、問題と正答例が知らされるのだそうだ。大学入試センター

は、こうした方法でなければ、20日間という短期間で大量の採点を行うことはできない

としているが、問題と解答の漏えいは絶対に起きると誰もが思うはずだ。

このベネッセの関連会社は、およそ1万人を採点者として活用する予定だが、そこには

学生のアルバイトも含まれていて、試験の公正、公平さが確保できるのか、誰もが危惧す

るところだ。

一方で、各大学は、記述式の5段階評価をそれぞれ点数化して合否判定に使うことにな

っているが、東北大学など一部の大学は公平性への懸念などを理由に共通テストの記述式

を合否判定に原則使わないことを公表している。

誰のための入試なのかを考えて欲しい。いつも翻弄されるのは受験生やその保護者、学

校側だ。試験の裏に文科省の天下りや、金銭の授受など裏でやり取りがなかったのかと疑

いたくなる。清廉潔白ならば、堂々と胸を張って説明責任を負って欲しい。

ふと、時代劇によくある、お代官様に黄金色の物が入った菓子箱を送っている場面を想

像したのは私だけでしょうか?

令和元年11月12日(火) 晴れ

晴れた。朝、靄が立ち込め今日は晴れるぞって予感。車で走るとフロントガラスに水滴

がつき、わけわからんけどワクワク?

今日はふるさと週間の一環で、午前中、学校公開日としました。見に来てください。

中学生も来ていいですかと中学校からの問い合わせに、「どうぞ」と言っておきました。

保護者も一緒に来るということなので安心です。

関心を持ってきていただくことは有難いです。

ぜひ、高校入試において、本校を選択の一つに加えて頂けるならば有難いです。

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先日揖斐川マラソンがありました。

よく人生はマラソンにたとえられますが、人生はマラソンのように長く険しいものかも

しれませんが、ゴールは1つではありません。人間の数だけその人生の道程がある。だか

ら、一人一人の人生は唯一無二なんです。だから、自分なりの生き方(行き方)で、自分

だけの道を選び、そしてゴールと思うところに辿り着けるように努力すれば良い。途中で

ゴールが変わったっていい、途中で歩いてもいい、人生は他人との競争することではない

から。

これは私たちが将来に向けて持つ夢と同じだ。

自分に合った将来を見つけるために自分の夢は日々変わってもいい。他人と比較しなく

てもいい。自分のやりたいこと、なりたいことを夢にしよう。他人に何と言われようが、

自分がこうしたいとかああしたいと夢を持つことは、誰にも迷惑かけないし、楽しいし、

生きて行く張り合いなる。大切なのは常に夢を持ち、それを叶えようと努力すること。

さあ、今日も一日頑張るぞ!

令和元年11月12日(火) 晴れ

晴れた。朝、靄が立ち込め今日は晴れるぞって予感。車で走るとフロントガラスに水滴

がつき、わけわからんけどワクワク?

令和元年11月11日(月) 曇りのち雨

曇っている。今週は、好天は見込めないようだ。徐々に冬の向かっているように感じる。

昨日高速バスに乗って帰宅するときのこと。

若い運転手だが、カッターシャツの第2ボタンまで外し、ネクタイはだらりとしている。

腰パンで、髪の毛は長く、顔を半分隠している状態。私の考えが古いのかもしれないが、

およそ社会人としていかがなものかと思った。

運転はきちんとしていたが、ほとんどしゃべらず、よくある、降車の際のコミュニケー

ションがまったくなく、通常の録音された女性の音声のみの挨拶。会社の人手不足なのか

もしれないが、それにしてもこの見た目は会社の品位を下げるものだと思った。この人が

就職試験を受けるとき、面接はしっかりとしていたのかなとも思った。見た目はやはり大

事ですね。特にみられている職業は。

近頃の若い者はという年寄りではなくとも、これはいかがなものかと思ったけど、これ

も今の時代なのかも。でも、自分の子どもがこの運転手のようだったら、きっと親として

注意しただろう。本当はこの人にも私は注意しなければならなかったのかもしれなかった

のかと思いながら、複雑な気持ちで家路につきました。

令和元年11月 8日(金) 晴れ

晴れて暖かい。朝晩寒暖差が大きい。風邪をひいて欠席している生徒もいる。気を付け

ましょう。インフルエンザの予防接種した方がいいね。もうした人もいるかな?

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以前にも書きましたが、幸せのチェーン。

恩返しより恩送り。ことわざでいうと「情けは人のためならず(人には親切にしておけ、

必ず回り回って自分の所にも帰ってくる)」。親切にされたりお世話になったりした人に直

接何かお返しをするのではなく、関係ない所で同じように人に親切にしておこうという素

晴らしい発想です。

恩返しをするという発想は、恩には必ず恩で返さなければいけないという義務感があり

ます。一見、問題なく見えますが、例えば、Aさんに親切にしたら、Aさんからお返しを

もらえないと、不機嫌になる可能性がやたら増える。また、「昔の恩人」が永遠に味方とは

限らず敵になることもあります。この場合、恩は返すものという発想しかないと苦しくな

る。

ところが、「お返しはどうでもよい。与えることが喜びである。」という贈与の発想でや

っていると、精神的には一切損をしない。

実際やってみてみよう。別に何も損をすることもない。最終的には自己満足でいいじゃ

ない。

利害関係を無視して親切にするという発想は楽しい。恩という債権を回収しなくてはい

けないと思うと辛いが、回収してもしなくてもいいし、思わぬところから何かが帰ってく

るかもしれないというワクワク感もあって、気が楽ですよね。

令和元年11月 7日(木) 晴れ

晴れて暖かい。朝晩寒暖差が大きく、風邪でも引かなければいいですが…。

世の中“不平等”だから、“平等”を声高に言う。

大人の社会は“いじめ”の社会だから、子どもは“いじめ”をしてはいけないという。

コネで入学したり、入社したりしたら、叩かれる。でも、実際は行われていると思う。

以前、若いとき、入社のために、親が自分の上司を使って、自分の子を入社させようと

した親がいた。若かりし頃の自分は腹が立って仕方がなかった。

それから時が経った。

コネがあって使えるなら使えばいいと思うようになった。

コネのないものは逆立ちしても使うことができないし、堂々としていられる。

コネを使って入社し、その有力者がいなくなったら、自分の地位がなくなり、会社を辞

めた教え子もいる。

腹を立てようがコネがないものはとにかくコネはない。

コネがあってそれを使えるなら使えばいい。

ただし、それで損しようが、得しようが、自己責任。自分のせいだ。

そんなこと考えたら、私立大学は自分の大学の教育方針にあった生徒を優先して合格さ

せたって仕方がないと思える。

私立大学の医学部に寄付金1000万以上と唱ってある大学もある。

仕方ない。それが世の中だ。

金のあるものは金に物言わせて、裏口入学させているかもしれない。

金のないものは何も言えないから、“身の丈”にあった進路を考えるしかないか。

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例の“身の丈”発言も、現実の世の中としては仕方がないのかもしれない。ひょっとす

ると、振り上げたこぶしの振り下ろし先がなく、あれは芝居ではなかったのかとさえ思う。

貧乏人もお金持ちも、世の中には存在する。

貧乏人は逆立ちしてもお金持ちにはなれない。

お金持ちは貧乏人になれる。

貧乏人がいろいろ言っても負け犬の遠吠えにしか聞こえないのかな。でもそれが現実だ。

今、ふと高校生の時に同級生に言われたことを思い出した。

「お前のような貧乏人が、予備校や塾にもいかず、俺たちと同じような大学を受けるの

は100年早いわ。自分の身をわきまえよ。」って。

当時、唇噛んで悔しく思ったけど、どう反論したところで貧乏には変わりがない。自分

がどう言われようが自分が今できることしかできないし、そんなことで振り回されていた

って損するだけだからと、冷静になれた。ある意味、そいつに感謝しなければならない。

いろんなことに腹立てるよりも、冷静に物事を見つめて考えるきっかけになれたのだから。

令和元年11月 6日(水) 晴れ

今週も4日間で、一週間が早く感じます。

目標を持って行動することは大切ですが、早く決めなくたっていいし、漠然であっても

いい。ただ、目標が決まった時、その選択肢を選べるような状態を作っておくとよいと思

う。だから、“これはいらない”“これは必要ない”と、どんどん切り捨てていくと自分の

首を絞めることになる。広く浅く、どんな夢や進路にも対応するように幅広く知識と知恵

を付けておきたいものです。

早く目標を定めてもそれに必ずしもなれるわけではないし、自分の思い通りの人生、予

定通りの人生を歩んでいる人はどのくらいいるのだろうかと考えてしまう。むしろ、予定

していたこととは違う人生を歩んでいる人の方が多いのではないでしょうか。その都度、

方向が変わっても、自分の責任において自分が決定した方向へ歩んでいきたい。

話は変わりますが、最近、看護学部がたくさん作られている。女子の希望者が多いこと

と、他の学部に比べ私学では授業料を高く設定しても受験生が集まる人気。だから、私学

はお金を儲けるためにいっぱい作っている。

ところが大学というところは生ぬるい実習体制なので、看護師の国家試験を通った後、

看護師の仕事について3か月以内での離職者がとても多いことを知っていますか?こんな

はずではなかったという声がいっぱい聞こえてきます。病院はブラックな環境です。ブラ

ックだと知って勤めている看護師は続いているが、病院に勤めてはじめて気づいているも

のの多くが辞めている。他の病院に移ろうと思ったり、個人病院に行こうと思っても、看

護師としては一人前ではないので、なかなか再就職先が見つからないから、他の職業に転

職したり、アルバイトをするものも多い。この現実を知ってでもなお看護師を目指すのな

らいい。

流行ではなく自分がなりたいものは、すぐに決めなくてもじっくりと決めたっていいん

じゃないかな。自分の思い通りに人生を歩んでいる人の方が少ない。どのように転んでも

自分の足でしっかりと歩んでいけるようにしたいものです。

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令和元年11月 5日(火) 晴れ

11月になり、途端に冬らしい季節がやってきたようです。北の方では紅葉が一気に来

ているようでした。暗い空と山々が迫って来て、空の面積が少なくなり、夕暮れ時の暗さ

もあり、不安と寂しさを感じました。

令和元年11月 1日(金) 晴れ

11月になりました。秋も晩秋になり、飛騨地方では初雪の便りもそろそろ聞かれそう

ですね。

“こんな変なお弁当つくらないでよ”って文章を読みました。長いので要約して書きま

す。ほっこりしませんか?

筆者が小さい頃、すでに父と母が他界していたため、おばあちゃんが筆者とそのお兄さ

んを育てていました。

遠足などある時はいつもおばあちゃん手作りのお弁当を持って行ったそうです。

でも、当時おばあちゃんが作るお弁当はおにぎり2個だったので、同級生の子達のかわ

いらしいたくさんおかずが入っているお弁当がうらやましかった。

おばあちゃんは銀紙で包んだおにぎり2個。

「こんな変なお弁当つくらないでよ」、「はずかしいからいやだ」

と、言ったり、せっかく作ってくれてもわざと持っていかなかったりしたそうだ。

そんな酷い孫に対して、おばあちゃんは決して叱ったりはしなかった。

そんなある日、かわいいスヌーピーのお弁当箱にハンバーグや玉子焼きが入ったお弁当

を作ってくれた。おばあちゃんなりに、他の子達はどんなお弁当を作ってもらっているの

か一生懸命考えて作ってくれたのだそうです。

おばあちゃんは、「ごめんね、かわいいお弁当っておばあちゃんの時代なかったからわか

らなかったのよ。これなら恥ずかしくないかねぇ」と、しわしわのとても暖かな手でお弁

当を手渡してくれました。

今思い出すと、当時、おばあちゃんになんて酷い言葉を吐いていたんだろう、なんて最

低な子供だったんだろうと涙が出てきます。

おばあちゃんのおにぎりだって、本当はとってもとってもおいしかったのに、「おいしか

ったよ」の一言も言わなかった。

今、結婚し、子供にも恵まれ、おばあちゃんに曾孫を抱かしてあげる事ができ、幸せそ

うなおばあちゃんの優しい笑顔を見ると、せめてこれがあの頃の恩返しになれば私も幸せ

に思います。

うちの子はおばあちゃんの作るおにぎりが大好物だし、もちろん私もです。

ありがとうおばあちゃん。ずっとずっと長生きして下さい。大好きです。

令和元年10月31日(木) 晴れ

晴れて気持ちがいい。爽やかな秋らしさですね。

今日は10月の晦日。明日から11月。月日は早いものであっという間に過ぎていく。

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他人の子が大きくなったなあと感じるけど、同時に自分もその分、年齢を重ねているの

だから自分も年を取っているんですよね。

今日はハロウィン。日本人は、クリスマスやら、お盆やら、ハロウィンやら、宗教色に

特にこだわりがない人が多い。お祭りに格好つけて、騒ぎたいだけかな?

時が経ってその行事が続けられていくと、その出来事やお祭りのできた経緯も、やがて

忘れ去られていく。

でも、それ自体の本来の意味が変わったとしても、生きながらえて継続していくのなら、

またそれも歴史だと思うし、伝統ともいえる。拘ることはない。皆がそれを受け入れて、

楽しくできればよい。それに縛られて、その行事を伝統通りにしなければならないとなる

と、継いでいく者が大変だ。

人はどんどん少なくなっていく。田舎で親とともに住んで子育てしたいと思う人もいる

だろう。でも、田舎に帰ればいろいろなことが待っている。

だから、田舎から外に出たものは、なかなか田舎に戻ってこない。田舎に残っている風

習を継ぐ者がいなくなるのは自然の摂理。また、人が少なくなり、田舎に戻ってきたら、

一挙にいろんなことを背負うことになりかねない。だから人は田舎に帰ってこない。また、

男にとって、ネックとなっているものの一つに、消防団組織があると思う。

田舎に帰ってきたら、たぶん消防団に加入しなければならないだろう。都会では消防団

加入なんてことはなかったが、田舎に帰れば必ず待っている。操法訓練の後の夜遅くまで

の飲み会に付き合うのが嫌だから入りたくないし、人が少ないから、消防団に入ったら、

5年6年と続けて、挙句に次の人がいないからと言ってやめられない。だからずっと続け

ざるを得ない。地域を守るという大義名分もあるが、それよりも自分の家庭を守り続けら

れるのか。それに、仕事の勤務地がそもそも家の近くではないことも多いはずだから、何

かあった時、駆け付けられるわけがない。大変だ。

だから戻ってくることに躊躇うものも多いと思う。地元に戻るメリットは何だろうと考

えてしまう。

令和元年10月30日(水) 晴れ

晴れて気持ちがいいです。

関高校のOB展が文化会館でありました。卒業生から現役の高校生まで多くの出品作品

100余点。もっと出品されたそうだが、街中で行われる老人クラブの文化祭レベルでは

いけないと選考されたそうです。ぜひ一度足を運んでみてください。

令和元年10月29日(火) 雨

雨が降りました。全国的に雨です。

先日の被災地にも降っています。災害の追い打ちだけは避けられるといいがと祈るばか

りです。

今日は武儀高女のOGの座談会がありました。

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戦時中は勉強など何もせず、農作業に動員されたり、工場へ勤労奉仕に行かれたりした

そうだ。食料事情は悪く、自作農でも米を作ってもその白米は食せず、国に供出し、大豆

や粟などの雑穀がたくさん入っていたそうだ。だから好き嫌いなどあるはずもなかったと

も聞く。

ある人の話を聞いていると、関から各務原まで徒歩で毎日行ったのだろうかと思ったり

もした。

勉強するために学校に来たのに勉強ができないということは辛いことだ。

今、自分のペースで勉強ができる幸せを感じて欲しいな。今でも、生活のために働きな

がら勉強している同い年の子もいる。今、思い撮りに自分の時間が使えている人は、今あ

る環境に感謝したいですね。

そんなことを感じた一日でした。

令和元年10月25日(金) 曇りのち雨

2年生理系は大宰府と九州国立博物館。文系は柳川下りをしました。

そして、関へ帰ってきました。

令和元年10月24日(木) 晴れ

2年生は選択別研修。午前中はペーロンか九十九島、軍艦島のどれかのコース。雨を心

配しましたが、合間を縫ってどれもできました。

午後からハウステンボス。夜9時まで。夜のライトアップはきれいでした。

1 年生は校外研修で、各方面の大学へ行っています。最終的には名古屋集合。

令和元年10月23日(水) 晴れ

2年生の修学旅行。今日は平和講演と長崎の原爆資料館見学、午後から市内見学です。

雨が降りましたが、何とかできました。

令和元年10月22日(火) 雨のち晴れ

今日から2年生は修学旅行で長崎に行きます。

令和元年10月21日(月) 曇りのち雨

台風20号、21号が発生した。大きな災害にならなければいいけれど。

明日から本校の2年生は修学旅行です。

どんなことも、力を伸ばすには「続ける」ことがとても大事だ。

続ければ、いいか悪いかは別にして、必ず成果は出る。

子どもたちにはその成果を出すために、成功体験、失敗体験をたくさんさせるべきだと

思う。それが自信や自己肯定感、自発的な意欲、学習習慣につながると思う。

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でも、継続することは難しい。

やろうと決めたはずなのに三日坊主に終わることよくありませんか?

そんな事、山ほどあるという人がほとんどじゃないかな?

ある70歳の老人が、朝晩100回の腹筋を日課しておられると聞き、やってみたら1

0回しかできなかったある50代の男性。

これはまずいと思い、少しずつやっていたら、2ヶ月間続き、成果が出た実感がわき、

さらに根を詰めてやっているそうです。

スポーツや楽器を毎日する人は、やらないと落ち着かないという話を聞く。

学問を学ぶことも同じだ。

佐藤一斎が「老いて学べば、則ち死して朽ちず。」と言っている。

朽ちてもいいが、知らないことを何でも知りたい“何知りな ん し り

“にはなりたいな。

今まで苦手意識を持っていたことに挑戦したり、新しいことに踏み出してみてもいい。

その際、あまり高いハードルを設けず、ノルマも思いっきり低くしてみよう。

例えば1日やれなくてもまっいいかというぐらい軽い気持ちでいたい。

1日20分ぐらいがちょうどいいかな?

継続することを大前提にしたい。

子どもに学べというのだから大人だって学ばなければ!

令和元年10月18日(金) 雨

曇天の後、雨が降ってきました。場所によっては大雨になるところもあるそうで、先週

の台風19号の爪痕もある中での被災地にもし雨が降れば、また災害が起きるかもしれな

いですね。

アメリカで行われた心理学の研究によると、人は 1 日に6万回の思考を行っており、そ

のうちの約80%の約4万5千回は、ネガティブな思考すなわち自己肯定感が低くなる時が

あるのだそうです。

この自己肯定感が低い人には、5つの特徴があるそうです。

① 過去の失敗へのこだわりやトラウマがある

失敗した経験は強く印象に残り、同じ失敗を繰り返したくないという意識が高まる。

② 他人との比較や劣等感の意識が強い

自分の劣っている点を探して自己否定してしまう。

③ いつも「できない」と思ってしまう

何かを始めても、すぐに「できない」と思い、消極的になり、途中で諦めてしまう。

④ 周囲への依存度が強い

失敗を他人のせいにする傾向が強まり、何かを決断しなければならないときに躊躇する。

⑤ 人のために頑張ることができない

「自己有用感」が低いと、それを実感できないために力を出せず、継続力もなくなる。

「なぜ、自分がこう感じているのか」を客観視し自覚する「自己認知」がうまくできて

いると、自己肯定感が落ちていることを客観視でき、その自己肯定感は訓練で高めること

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ができるそうです。

それは自分をほめる「セルフハグ」だそうです。

リラックスして、右手で左肩を、左手で右肩をぐっと8秒間抱きしめる。そして、「がん

ばっているぞ、俺」「うまくいってるよ、私」と自分を褒めるのだそうです。人に見られる

とちょっと恥ずかしいので一人でするといいかな。

3大神経伝達物質である、心の安らぎに与えるセロトニン、脳内モルヒネであるエンド

ルフィン、愛情や精神的安心感のホルモンであるオキシトシンが分泌され、自分に優しく

なれるのだそうです。一度お試しあれ。

令和元年10月17日(木) 晴れ

朝、寒い。夕方から雨が降って、明日はもっと雨かも?

夢って?

このホームページ内の「活躍する卒業生」第79号より。

「私からお伝えしたいことは、将来の夢や目標がなくても人生なんとかなります。努力

した経験がなくても、一生懸命頑張らなくても、生きていけます。やりたい事は、これか

らの生活の中で、のんびり見つけていけば良いのではないでしょうか。無理に周りとスピ

ードを合わせる必要もなく、無理にチャレンジする必要もないと思います。努力や諦めな

い心が美徳 とされる世の中は、変だなぁと私は思います。私には夢や目標はありませんし、

努力した経験も成功体験もありません。しかし、毎日美味しいご飯が食べられますし、働

ける環境があり、家族がいて、充実した日々を過ごすことができています。」

ホッとさせてくれる文章です。

子どもが中学生のとき、“目標を早く定めて、その目標に向けて頑張るんだ”という話を

聞いてきたことがある。目標がなかったらいけないのかな?目標が見つかった時、その目

標をあきらめなければならないことにならないように、そこそこやっていくのもありじゃ

ないかなとも思った。

ある中学校で、「君は農業を将来やりたいのだから、〇〇農業高校に行くべきだ。」と言

われ、定員をオーバーしていたので、残念ながら不合格であった。二次募集で、隣りの普

通科が空いていたので、受けて合格した。合格した学校は、その子の両親の母校で、親は

喜んだ。その子は、3年後農学部に受かって、今も農業の勉強をしている。

先日、中日新聞の読者の投稿の中で、小学生の子が、「早く夢を見つけて、それに向かっ

て頑張れれば、早めの準備をすることで人生楽しめるので、速く夢を決めたい。」というよ

うなことを書いていた。でも、目標のない子っていっぱいいるし、無理しなくていいと思

うな。

“夢が見つかって、その時、諦めなくても済むように学習だけは怠らない“という気持

ちでもいい。

とにかく、今、歩いている人生を、酸いも甘いも、楽しんで欲しい。命ある限り。そし

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て、こうしなければいけないとか、こうならなければならないとか、拘らず、とらわれず、

人生そのものを謳歌できるといいですね。

令和元年10月16日(水) 晴れ

朝は寒く震えました。一気に冬に近づいていませんか?

昨日、帰宅途中に、“月”が大きいなと感慨にふけった。

“月”の年齢は45億歳。

“月”が1月1日にできたと仮定して、すなわち45億年を1年とすると、実際の1年

はどのくらいの長さになるのかと考えてみた。

(365日×24時間×60分×60秒)÷45億年=0.007秒

仏教用語に“刹那”という時間単位がある。これは0.013秒ぐらいだと聞く。

1刹那より短い時間。

もし、私たちが100年生きたとしたら、0.7秒。

“月”の生きてきた時間からすれば、ほんの一瞬。

その中に悲喜こもごもの人生があり、出会いや別れがある。

私たちはそんな短い時間の中で色濃い人生を送っているのだなとしみじみ思った。

100年前、私はいなかった。

100年後、私はいない。

それぞれの短い人生の中で、この時間帯、この世で出会い、この地で出会うというのは、

本当にまれなことであり、奇跡なんですよね。

そういえば、担任をしている時、LHRで、自分の一生を1日で例えると、今何時だろ

うかというのをやったことがある。

当時、計算しやすいように寿命を72歳にしてみたと思う。

1時間が3歳だから36歳で昼の12時。48歳では午後4時、60歳で午後8時なん

てやりました。高校生の16から18歳は、まだ朝が明けたばかりなんて言ってたことが

あります。

今の寿命の延びを考えると、高校生にとっては、1歳が4時間でもいいのかな?

16歳から18歳はまだ朝も明けぬ4時過ぎ。50歳でもお昼をちょっと回ったころ。

60歳は午後3時。人生まだまだ楽しめますね。

これからどんな人生、いいことも悪いこともひっくるめて生きていること自体を楽しん

でいきましょう。

令和元年10月15日(火) 晴れ

晴れました。

先週末の台風は多くのところに被害をもたらした。

幸い、岐阜県には大きな被害はなかったと思うが、被害のあったところにはお見舞いを

申し上げます。

秋なのに朝から暑かったです。

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仕事のできる人の習慣。

① 「メモ」の習慣

メモを取る練習は学校で習ったことありますか?どこでもしてくれないような気がしま

す。

メモをとる場合、5W1Hでメモを取るといいらしい。

「今日中に○○を頼むよ」と言われたら、具体的な時間を確認したり、「これ、会議で使

うから印刷しておいて」と言われたら、「何部印刷するのか?」とか「カラーか白黒かなど?」

を聞いて、5W1Hの視点で抜け漏れを確認するようにしたい。

② 「お礼」の習慣

“人が教えたくなるような教わり方”をしたい。つまり、教えていただいたことに常に

感謝を示すこと。

教えてもらったことに対して感謝できる人には、いろいろと教えたくなるもの。

例えば「おはようございます」「こんにちは」などのあいさつの後で、「この前は○○に

ついて教えてくださりありがとうございました」「先日はお時間をいただき、ありがとうご

ざいました。またいろいろと教えてください」などの感謝の言葉を添えられると、「じゃあ、

また教えてあげよう」と思いたくなりませんか?

③ 「助けて」と言える習慣

困っていることや悩んでいることを打ち明けよう。助けを求めることは、恥ずかしいこ

とではない。

SOSが発信できないタイプの人は、どちらかというと人の目を気にしたり、失敗を極

度に恐れたりする慎重派に多く見られ、また、プライドが高く、大きな失敗をしてこなか

ったタイプも、質問や相談ができず、1人で悩みを抱えてしまったりする。

これら3つの習慣を実行できるようになると、さらに、より多くの人に関わってもらえ

るようになる。教えたことをきちんとメモしてくれて、お礼を言ってくれて、トラブルが

発生したら適宜報告してくれる人だったら、直接の指導者でなくても、周囲のみんなが「面

倒を見てあげよう」と思うものだ。

一度、実践してみたらいかがでしょう?

令和元年10月11日(金) 曇りのち雨

台風が近づいているのか蒸し暑い。

今度の台風も、ものすごく勢力が強く、心配です。

皆が無事でありますように。

明日、明後日と模試がありましたが、急遽、昨日、一昨日とで終えられました。

皆が無事で15日に来られますように。

令和元年10月10日(木) 秋晴れ

朝から気持ちよく晴れている。明日から下り坂。

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以前、10月10日は、昭和39年の東京オリンピック開会式記念日で、体育の日とい

う祝日であった。でも今はハッピーマンデー制度により、法律上10月の第二月曜日にな

っている。ただし、次年度は東京オリンピック2020のために、7月24日に“スポー

ツの日”となっている。

話は変わりますが、小学校の時、娘が一人でぽつんとしていたのか、担任の先生が、「〇

〇ちゃんと友達になれば」と言われた。幸い、その子と馬があったのか、先生に紹介して

もらって、その後今でも友達付き合いをしている。

でもよく考えてみると、大きなお世話かもしれない。

友達というのは自然に話があったり、波長があったり合わなかったりして、くっついた

り離れたりする。

一人でいたい人だっている。

親や教師などの大人が、友達を決めるなどと口出しすることではないと思う。

“一人でいたら、声を掛けるのが当然で、声を掛けてくれないのは冷たい”とか、“察し

て欲しい”と親がいうのは、あくまでも主語が自分の子どもであって、他人のことなどは

どうでもいいということなのかと思う。

「何様のつもりだ」と言いたい。

子どもが、自分から声をかけられないのなら声がかかるのを待つか、黙って一人でいる

しかない。それを、親がしゃしゃり出て、“声を掛けないやつが悪い”とか“冷たい人間だ”

と非難するのもおかしい。

親は、いつまでも子どものそばにいてやれない。

年齢からすれば、親が子より先に死ぬのは世の常。

だから、我が子は、自分一人で立って歩き、世間に迷惑を掛けず、税金を払って社会に

貢献していけるようにしてやる義務が親にはあると思う。

いつまでも親が付き添ってやってやるわけにはいかないから、何事も自分の責任におい

て、子どもが自分で踏み出すように仕向けて行かないといけない。

子どもは自分を周りの者にさらけ出し、それを受け入れてくれるならいいが、そうでな

かったら、自分一人ででも生きて行けるように、親は子どもを教えていかねばならない。

それを、“うちの子は一人ではいられないから、一緒にいてやって欲しい”と他人に要求

してはいけない。その子にも自由があるはずだ。

以前、私が小学生の頃、好きな子同士のグループを作先生が作り、そのとき溢れた子た

ちの長になってもらえないかと言われた時のことを思い出した。

(このダイアリーの、平成30年8月30日に書いたものを見てください)

子どもはへその緒が切れた時から、自分の力で生きて行こうとしている。

それを阻害して、いつまでも子どもだと思って、親が手助けばかりしていると、子ども

は自分で立って歩くことができず、いつまでも親を頼ってばかりになる。

年相応に反抗期を迎え、年相応に、親離れ、子離れをしないといけないですね。

令和元年10月 9日(水) 爽やかな秋晴れ

朝から気持ちよく晴れている。

朝ひんやりとして冬に近づいているのかなとちょっぴり思う今日この頃である。

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昨日、国語の授業を用いて、羅生門の下人と老婆を題材に模擬裁判を行った。朝日、中

日、岐阜各新聞にも掲載してもらいました。

生徒の迫真ある演技、そして、加害者の心情、被害者の心情など、子どもたちなりに深

く読み取っていました。

すごい。

いろいろな経験、体験を通して、生きる力、いや、生きて行く力、生き抜いていく力を

養って、雄々しく生きて行って欲しいです。

それにしても超巨大な台風19号の動きが気になります。

令和元年10月 8日(火) 雨時々曇り

朝から曇ったり、雨が降ったり。

超巨大な台風19号が発生し、この連休に日本に上陸しそうだ。

ところで、温暖化でホッキョクグマがやせて餓死し、絶滅危惧になっているって話、知

っていますか?

夏から秋にかけてホッキョクグマはほぼ絶食状態で暮らすそうです。

冬眠しないで、その冬のためにあらゆるエネルギーを節約するそうです。

冬に氷が張らないと絶食状態が長く続き、やせ細るのだそうです。

氷が張れば、氷の中からアザラシが呼吸のために出てきたところを襲ったり、氷の上で

休んでいるところを襲うので、だから氷が張らないと狩りができず、体重が年々減り、餓

死するのだそうです。

また、母親は十分お乳が出ず子どもも餓死し、絶滅に瀕しているそうです。

こんなところにも温暖化の影響があるんですね。

令和元年10月 7日(月) 晴れ

朝から天気良さそうだが、台風19号が発生し、雲行きが怪しくなりつつある。

「本が好き=国語ができる」とは限らない

小さい頃から本が好きで、本を読む子は、イメージ力、語彙力、読解力が自然と高まり、

読書する子にはメリットがたくさんあると言われます。

しかし、「本をたくさん読んでいれば国語ができるだろう」という勘違いがあり、もちろ

ん、できる子もいますが、できない子も当然います。

とくに本好きの子に多いのですが、本が好きでこれまでたくさん読書をしてきたのに急

に国語の点数が上がらず、ただ活字に抵抗感がなかった程度だったのかもしれないと思わ

れることが考えられます。かくいう私もそうだ。

読書好きでも国語ができる子とできない子を比べるとこんな傾向があると書いてあった。

100%そうとは言い切れないが、

<読書好きでも国語ができない子のケース>

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本の種類が小説・物語系に大きく偏っている

<読書好きで国語ができる子のケース>

本の種類が説明文・論説系のものも読んでいる

現代国語の分野では、「小説・物語系」と「説明文・論説系」でそれぞれ1つは出され、

なぜ、2種類のタイプを出すのかは、思考のプロセスが異なるからだそうです。

以下は受け売りです。

1)物語・小説系の文章構造

・時系列(過去・現在・未来)

・5W1H(いつ、どこで、だれが、何をしたか、なぜそう感じたか、どのように感じたか)

単純化すると、上記の構造だそうです。基本的に時間軸に沿って書かれ、登場する人物

たちに出来事が起こり、心情が変化するという成り立ちです。物語・小説ばかり読んでい

ると、この思考パターンが身につく。

2)説明文・論説系の文章構造

序論(だいたいこんな話)

本論(詳しく言うとこんな話)

結論(要するにこう言うこと)

基本的に3つの構造によって成り立ち、論理的展開が明確。すべての文がこのようにな

っているとは限りませんが、入試で出題される問題文はこのような構造になっている部分

が選ばれて出される可能性が高いので、大方この構造になっていると予め知っておくと考

えるコツがわかる。

中学で扱う「説明文・論説系の国語」は論理力がなくても感覚で解ける。しかし、高校

の国語になるとまったく次元が異なる。

「説明文・論説系の国語」は構造分析ができるようになると読解ができるようになる。

量ではなく質を高めることで読解力はついていくのだそうです。

そこで、具体的対策としては2つ。

① 説明文・論説系の国語の問題集(受験用基礎)をやってみよう。問題集を選ぶポイ

ントは解説が詳しいこと。そして高 1国語ではなく、高校受験用の基礎がいい。そのほう

が、内容が充実しているケースが多い。

② 学校の先生に、文章の分析方法を教えてもらう。説明文・論説系の国語はあえて理

系の先生に聞いてみるのもいい。理系の先生の説明のほうがわかりやすい場合がある。

令和元年10月 4日(金) 雨のち晴れ

朝から蒸し暑い。朝方雨がすごく降った。警報でも出るのかなと思ったが出なくてホッ

としたが、東濃地方では出ていた。秋なのに 30℃になりそう。秋の深まりはなく一気に冬

になるのかな?

この異常ともいえる気象。温暖化が目に見えて進行していると私は実感しているのです

が、何処かの誰かは、「温暖化など戯言だ」と言っている。

異常気象が今後続くだろう。

温暖化ではないとすると、この原因が何なのか突き止める努力をしてほしい。自国の利

益のみを追求し、他国のことなど考えない愚かな指導者。

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今にも、世界中の海抜数メートルの国が水没していってしまう懸念があちこちでささや

かれている。

自分の身に振りかかっている問題ではない、ある国の指導者にとって、その国ファース

トなので知ったこっちゃないかもしれないが、指導者こそ、ワールドワイドな視点でいて

くれないと多くの国が迷惑を被る。

つくづく指導者がダメだと、国は間違った方向に進んでいるということを知らしめる事

例が、このところやたら多いと感じるのは私だけだろうか。

視野を広く、先を見据えて、いろいろな立場に身を置いて考え、行動できる人間であり

たい。自分にとってベストかもしれないこと、それを押し通すことで全体が被害を受ける

のならそれはやめるべきだ。自分の立ち位置を見て、何をしたら全体がうまくいくのかを

考え、それが先ほどの、自分のとってのベストなことが阻害していたら、躊躇なく諦め、

一歩引いて、ベターである選択を選べる人間になりたいと思う。

令和元年10月 3日(木) 曇り時々晴れ

朝から蒸し暑い。台風18号は勢力が落ち、やがて温帯低気圧のなりそうだが、影響は

急になくなるものではないので注意は必要だ。

国語力を高めることが大切だ。

アウトプットすることを常に意識し、今聞いていることはそのためのインプットだと考

えよう。

聞いたことを後で人に話すつもりで聞こう。

聞いた内容を、自分の言葉で言い換えられたら、初めて自分が理解できたということ。

さらにそれを相手にきちんと伝えられ、相手が理解してくれればそれは伝わったというこ

とであり、コミュニケーションの完成だ。

授業中きれいにノートをとって、授業を受けた気になってはいまいか。それは自己満足

にほかならない。それよりも、そのノートを使って、どういう授業を受け、何を学び、何

を理解したかを、他人に要約して話せないと授業を理解したことにはならないと思う。人

に教えよう。それで深まる。

要約するために、キーワードを意識しよう。

今日の授業のキーワードは何か。一時間の中にポイントはたくさんあっては、逆にその

授業の論点もボケる。だから、その授業では1持間で何ができるようになるかという目標

が一つあって、明確な授業であれば、それがいい授業だと思う。

その授業中のキーワードを探す旅を1時間しよう。

人に説明し、相手が理解してくれて、さらにできるようになったらしめたもの。また、

得た知識を最大限に発揮できるのが練習、演習、試験。つまりインプットしたものをアウ

トプットするチャンス。

要するに一言で言うと“何”を、意識すること。

キーワードは“何”を、意識すること。

「まとめるとこうだ」と話されると、聴き手にとっても時間の節約になる。

意識してキーワード、犯人捜しをしながら読み、要約できれば、その本を読みこんだこ

とになる。

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そのキーワード探しは、何度も出て来る人物や言葉を怪しむこと。それが主人公だ。

主人公が 1 回しか出てこない話は珍しい。何度も出てきているということは、それだけ

著者、筆者が大切だと考えているということ。キーワードがわかりにくい文章もあるが、

実際には私たちが気づかないだけで、主人公は変装しながら文章の中にいると思う。文章

の中で何度も出てくる言葉や、そのバリエーションを探すことで、主人公は簡単に見つけ

られると思う。

令和元年10月 2日(水) 曇り時々晴れ

朝から曇りがち。台風18号の影響か蒸し暑い。

頭の回転が速い人は分類能力に長けていると思う。

そのような人は、与えられた課題のポイントを素早く見つけ、それと共通点がある話を

瞬時にたくさん頭に思い描き、整理できている。後はその中から話すことをピックアップ

するだけだ。また、“情報を分類して、共通点を探し出す意識”する力もきっとあるだろう

から、覚えるものがたくさんあっても情報量を圧縮でき、覚える量が少なくなるので、記

憶しやすくなる利点もある。また、情報を整理してあるので、人に伝えるのに的確であり、

アウトプット能力も飛躍的に向上することが期待される。

また、人が短期間で記憶できる情報量は大体決まっているので、情報は圧縮して覚えた

ほうがたくさん記憶できる。また共通点で分類すると、それぞれのグループに見出しがつ

くので、思い出すときに役立つ。頭に入れるときに分類しておけば、時間をかけなくても

すぐに思い出せると思う。

さらに、記憶には、“分散効果”という性質があって、例えば英単語100個を4時間で

覚えようとしたとき、4時間かけて1日で覚えた人と、1日1時間で全体をざっくりと覚

えるのを4日繰り返した人では、一般的に長く記憶に残せるのは後者だそうです。つまり

同じ時間を費やすなら読むスピードを速くするほうが一石二鳥だ。

読むスピードが遅いという人は意識して読む速度を普段の倍にしてみよう。

今一度、脳の力を鍛えてみてはいかが?

令和元年10月 1日(火) 晴れ

今日から後期が始まりました。

目標に向かって邁進しよう。

PDCAならぬ、DCAPで行きましょう。

一度、計画を立てたら、小修正しながら、A(Action)よりも I(Improve)で。

努力は裏切りません。

どんなこともこつこつとやりましょう。

努力しても必ずしもうまくいくとは限りませんが、努力しなければ絶対にうまくいきま

せん。もし、努力せずにうまくいっていても必ずボロが出ます。

いつかはとてつもない高いハードルが、目の前に立ちはだかることでしょう。

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どんどん失敗しましょう。

失敗したり倒れたりしたとき、その人がどのように起き上がるかで、その人の真価が問

われると思います。

模試でできなかったところを必ずできるようにしておきましょう。

ビギナーズラックで、たまたまできた問題は、後で同じ問題が出た時はうまくいかない

場合が多いと思います。

一つひとつ、自分のものにしていこう。

一日24時間はみな平等に与えられています。努力を惜しむな。

人より時間がかかれば時間をかけよう。

いよいよ後半だけど、あと3ヶ月もすればジングルベルが鳴り、ハッピーニューイヤー

となる。

後半3か月はあっという間でおちおちしておれない。じっくりできるのは前半の3ヶ月

だ。さあ、新たな気持ちで頑張りましょう。

令和元年 9月30日(月) 晴れ

今日はキッズウィークに関する休日として休業にしました。夏休みを一日ここに持って

きたものですが、以前の学期間の休業日です。

でも、前期期末考査を途中で欠席した生徒の試験や、SGHリサーチツアー、授業アシ

スタント、部活動遠征など多くの生徒はゆっくりしていません。先生方も採点とその処理

で大忙しです。

台風が発生しました。今週が山です。心配です。

昨日、娘を送って下宿まで行った時のこと。

そこから自転車で通っているのですが、送り届けて帰り際、自転車のキーがないと言わ

れ、焦った。

いろいろ探すも、ない。

実家かもしれないし、でも、鍵に着けてある鈴など鳴ったことがなかったと言った。

困った。

下宿の部屋を出て、エレベーターで一階まで下りた。エレベーターのドアが開いて、た

またま、入り口にあった箱の上に視線が行った。

なんと、鍵だ。探していた鍵があった。

ホッとするとともに、きっと、このアパートの方が拾って、箱の上にそっと置いておい

てくれたのかな?と思うと嬉しさがこみ上げてきました。その優しさに胸をなでおろしま

した。

でも、鍵がないと娘が言った瞬間、いろいろなことが頭を巡りました。

鍵を落としたけど、自転車の鍵は掛かっている。ひょっとしたら、拾った人がその自転

車を使っているのかも? とか、付いていた鍵取って、鍵をかけてそれを捨ててしまった

のではないかとか、よくない事ばかり考えてしまった。

でも、親切な人がそっと置いておいてくれた。醜い妄想に自己嫌悪になった。

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誰かわからないけどありがとうございました。

今度はこの親切を誰かに繋いでいかないとと思いました。

親切のチェーンだ。

平成30年6月14日に書いてあるので読み返しました。

令和元年 9月27日(金) 曇り

今日は前期期末考査最終日。

精一杯頑張ってください。

授業アシスタントに行く23名の生徒諸君、しっかりとお願いします。

9月30日には、残り60名の生徒が行きます。

各小中学校の先生方よろしくお願いします。

秋、ある父親のAさんが、子どもの運動会が平日に行われ、そのために休みを取った。

すると上司のBさんが、

「たかが子どもの運動会に有給を使うの? 奥さんだけ行けばいいだろ」

「社会人として自覚が足りないんじゃないか」

と、バカにしたように言われたそうです。

私は、その発言した上司であるBさんは、上に立つ器ではないと考えます。

そのAさんの妻によれば、夫は今までほとんど有休を使っておらず、仕事も熱心に取り

組み、子どもの運動会を楽しみにしていたとのこと。

随分前は、父親が子どもの行事に来ることはほとんどなかったが、時代は変わり、むし

ろ今は、お父さんが場所取りやビデオ撮影、親子競技に励んでいるケースが多い。

結局、Aさんは、堂々と運動会に行くことを表明。さらに、「悪いことをしてないから嘘

なんかつかない。今後も堂々と子どもの成長を見届けるためにこれからも有休を使う」と

言われたそうです。

実は私も、参観日や運動会など、学校の行事に行けるときは行っていました。

参観日には、廊下でぺちゃくちゃしゃべって、授業中の子どもを見ていない保護者の方

も見えましたが、私はしっかりと参観できました。

そのあとの学級懇談会では参加者が少なく、さらには、父親が私一人という時が良くあ

りました。

ある時、学級委員長さんが、「教育は嫁に任せているので子どものことはよくわからない」

と堂々と言われたときに、つい意見を言ってしまったことがあります。

すると次の年、“教育に熱心な父親”ということで、学級委員に投票されて、なってしま

い、さらには学年委員長になってしまったことが2回ほどありました。

でも、参観日などの学校行事に参加することは子どもの成長を垣間見るいいチャンスで、

楽しかったし、自分の授業改善にもなりました。

保護者懇談会もよく行きました。

高校などは同僚の先生方なので、お互い気まずい部分もありましたが、そこは子どもか

らきつく言われていたので、保護者に徹し発言しないように、聞いていました。でも、私

が行くことには、どの子どもも嫌がらなかったということは、ある意味、肯定されていた

のかとホッとしています。

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子育ての時間はあっという間です。

他人の子どもの成長を早く感じる今日この頃なんですが、それと同じ時間が経っている

ということは、同じ時間だけ、自分も年を取っていることなのですね。

子育てをしている時はいろんなことを自分なりにやってきましたが、今振り返ると自分

の子どもたちに随分理不尽なことも言ってきたのかもしれないと今は反省しきりです。で

きれば子育てをやり直したいのですが、時すでに遅し。

子育てしている時は、今思うと楽しかったです。でも、子どもは大人になっても、やは

りいつまでも子ども。行く末を案じたり、今を案じたり、生きている限りずっと心配し続

けるのですね。

でも、心配できる子どもがいることが有難いですね。

子どもが幸せに暮らしていってさえくれれば、それは親の喜びです。

令和元年 9月26日(木) 晴れ

今日は前期期末考査3日目。

精一杯頑張ってください。

小学校5年生の男の子が夏休みの宿題を提出したところ、筆算の横線が手書きだったと

して、担任に「書き直し」を命じられたという。

これっておかしいよな。筆算の線って定規で引かなければならないなんて誰が決めた

の?

その担任は日ごろから定規を使うように指導していて、男の子は疑問を抱きつつも注意

されるのが嫌で基本的にしたがってきたそうだ。今回、この子は、「別にいいだろう」と自

分で判断し、手書きで線を引いたという。すると、担任から保護者に書き直しを求める電

話があったそうで、理由を尋ねると「計算ミスが減るし、みんなにやらせている」とのこ

と。さらに、「手書きより見直しやすいし、面倒くさがらずにやる子の方が学力は伸びる」

と説明されたそうだ。それって、本当?

筆算の目的は何?

線を定規で引くことなの?

筆算で、計算ができるようになること、計算が好きになることではないのかな?縦に並

ぶ数字がきちんと並んでいなくて、間違いの原因ならそこを正さなくてはいけないが、定

規で引いてないことを注意するとは本質を見誤っていないだろうか。筆算の目的は、定規

がうまく使えるようになり、きれいに線が引けるようになることなの?

どこかおかしいと思ったのは私だけでしょうか?

令和元年 9月25日(水) 秋晴れ

朝晩少し冷えてきました。暑さ寒さも彼岸までと言いますが、そのとおりですね。

今日は前期期末考査2日目。できはいかがでしょうか?

精一杯頑張ってください。

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話は変わりますが、「新卒採用では大学ではなく高校の偏差値を見るべき! “地頭じあたま

”の

良し悪しは高校入試でこそ出る」という記事を前に見たことがある。出所を忘れてしまっ

たが…。

現在、企業の多くは学生の"出身大学"を採用基準の一つにしていて、学歴フィルターで

「一定の偏差値以下の大学生とは面接すらしない」という企業も珍しくないと聞く。

しかし、昨今の学生は売り手市場なので、採用担当者が出身大学を基準にして採用する

ことはとても危険だそうだ。

大学はいろいろな方法で入学できるので、「頭の回転が早い人」が欲しいなら、大学の偏

差値に固執すると痛い目に合うとのこと。大学の偏差値に見合って入学しているものばか

りではない。

そこで、多くの企業は、「頭の回転が早く、要領の良い学生」を採用したいとの趣旨から

「高校の偏差値」がクローズアップされるのだそうだ。

AO入試の学生は基礎学力が低いケースもある。文部科学省の資料によると、2018

年度の全大学の入学者のうち、半分近くの学生が推薦入試・AO入試で入学しているそう

だ。推薦入試やAO入試で偏差値の高い大学に入った学生の中には、基礎学力が低く、知

的好奇心の少ない人も多く、高学歴だからと言って必ずしも優秀だとは限らない。

一方、高校の入試は一般入試の割合が高く、また受験勉強の時間も大学入試と比べて短

い傾向にあり、ほとんどが現役で入学するため、「浪人して偏差値の高い高校に行く」とい

うケースもほぼない。このような現状をみると、大学名よりも高校名の方が、より正確に

地頭じあたま

の良さを反映していることが多いという企業の判断なのだ。

今、高校への進学率は97%を超える一方で、大学への進学率はまだ半数。つまり、大

学進学を見ていると残りの半数の学生を逃すことになる。半数は大学に行かなかった、行

けなかった場合であり、大学卒ではないが能力の高い学生に出会える可能性も高いのでは

ないかという考え方だ。

「大学に行かなかった半数の生徒の中に優秀な学生はいない」と思うかもしれないが、

大学に言ったものが必ずしも優秀だとは限らない。大学は無駄・ ・

に・

お金も時間もかかるため、

家庭の都合や学校で学びたいことがない場合、進学を選ばない優秀な学生もいるはずでだ。

大学に行かなければ取れない資格がある大学に通っているものもいるが、無駄・ ・

に・

お金を捨

てているかと思うような学生もいる。

高卒採用はある意味、チャンスかもしれない。高校の偏差値が高いからといって、必ず

しも優秀な学生に巡り合えるわけではないが、ほかの会社と同じことをしていては競争に

勝てないという企業の発想。面白いですね。人手不足をどう補うか、一つの選択肢でもあ

るのかな。

令和元年 9月24日(火) 晴れ時々曇り

台風17号が大きな影響もなく温帯低気圧に変わりました。

今日から前期期末考査。精一杯頑張ってください。

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乳幼児期の環境が子どもの将来を決めるとのこと。

愛着は母親との関係だけでなく、すべての対人関係の土台となり、一歳半までの愛着パ

ターンは大人になってからも7割の人で同じ傾向が認められるというデータがあった。

でも、愛着が本当に重要なのは、その後の情緒的、認知的、行動的、社会的発達にも影

響が出ることだ。時として、愛着障がいか発達障がいと見誤られてしまうこともある。

安定した愛着を後ろ盾に、子どもは様々なことを学び、吸収し、自らを育んでいく。い

ざというときには、100%安心して頼ることができる存在との絆によって守られ、支え

られているからこそ、子どもは外界に目を向け、新たなことを体験したり、挑戦すること

ができるのだ。愛着がしっかりしていると、子どもはさまざまな行動に積極的になり、新

しい知識や体験を増やしていき、情緒や社会性の面だけでなく知的発達さえも促す効果も

ある。実際、母親との愛着が不安定な場合には、子どもの知能が低い傾向がみられるデー

タもある。また、養育環境に恵まれていれば、もっと伸びたであろうというケースもある。

愛着は心理的だけでなく、生理的な反応にも影響するらしい。たとえば、ストレスに敏

感な体質になったり、将来、うつや不安障がいになったり、高血圧や過敏性大腸症候群に

なったりするリスクも、愛着の不安定が影響することもあるらしい。

様々な事情により親からの愛情や関心が不足する中で育った子どもは、安定した愛着を

育むことができず、不安定な愛着はその後の発達全般、さらには、その後の生き方や病気

のリスク、老化の速度や寿命にまで影響が及ぶのだそうだ。その意味で、愛着は、「第二の

遺伝子」と言っても過言ではないとのこと。

子どもの発達にとって、虐待やネグレクトのケースでは、むしろ守られるべき親が危険

なものとなり深刻な影響が生じる。対人関係の面や発達の面で障害を抱えやすくなるだけ

でなく、心身の健康も脅かされやすくなり、その影響は生涯にわたって続く。

不安定な愛着の問題は、最近は、普通の家庭で育った子どもにも、かなりの割合で認め

られるそうだ。虐待と気づかずに普通の家庭でも起きやすい問題は、過度の支配と否定的

な言葉による虐待である。良かれと思って、子どもの主体性を押しのけて親がすべてを支

配し、子どもに親が最善と考えることを強いてしまうと、子どもには強制収容所を体験し

たような効果が現れ、結果的に虐待になってしまう。親が何気なく使う否定的な言葉も、

子どもの自己肯定感を打ち砕く。これもまたイジメと変わらない。そうした親の“癖”は、

親自身の愛着スタイルと関係しており、過去の否定的体験に根ざしていることが多い。そ

の不幸の連鎖を断ち切るためにも、まず親はその“癖”を自覚して、止めることだと思う。

成人し、中年となった段階でも、およそ3割の大人が、不安定型愛着スタイルを示すそ

うだ。つまり、幼い頃の不安定な愛着を、ほとんどの人が大人になっても引きずり続けて

いるということである。

三つ子の魂百まで。私には時すでに遅し。でも、今後、子どもを育てるであろう生徒諸

君には警鐘としたい。

令和元年 9月20日(金) 晴れ

台風17号が発生しました。

先日の台風15号は関東地方特に千葉県に多大な被害を及ぼし、今なお復旧途中である

ことは皆さんもご存じのとおりです。

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自然の一撃で、人の生活は一変。

自然の前に人間は無力だ。

よく、「オール電化にしませんか」という勧誘の電話が掛かってくる。

すべて電気にしたら、基本料金や施設設備が集約されて安くて便利になると言われる。

しかし、その電気だけだと、その一系統がダメになったら、生活は終わりだ。

ガスなどの他の系統もバックアップとして持っておいた方がいい。常に危機意識を持っ

ていないといけない。便利だからといって飛びついたら痛い目に合う。

話は変わりますが、三者懇談会での一コマ。

「うちは金がないから国公立大学しか行かせられない。私立大学は無理だ。ましてや専

門学校なんてお金払うだけで無駄だ。」と言われたことがあった。当の言われた子どもは横

で、懇談中、なすすべなくうなだれていた。

私は、「お母さん、国公立大学と言っても、ずっと昔ならはるかに授業料が安かったけれ

ど、今は私立大学とものすごく大きい差があるとは思われないような気がします。お子さ

んの成績が上がらないとして、また、行きたい学部が私立にしかないとき、どこまではお

金出せますか?」と聞いたことがある。子どもは上目遣いで私の方を見た。

後日、その方からは、懇談では言えなかったが、本人にやる気を出させるために言った

のだと聞いた。でも、子どもにすれば、成績のこと、家計のこと、受験を迎えていること

など、自分ではどうしようもなく苦しい状態で、さらに親が追い打ちをかけるようにお金

がないから国公立大学しかダメという親の発言。親の思っている大学が、その子どもの手

の届きそうな所ならいいが、はるかに成績の面では無理かなと思われる。

その時思った。親は子どもを追い詰めるような発言は避けなければいけないと。

また、こんなこともあった。

国公立大学志向の強い父親。私立大学は絶対に受験させない。とにかくお金がないの一

点張り。

同じような資格が取れる専門学校も受けておいたらというと世間体が良くないという始

末。

その子どもは浪人した。成績面で、せざるを得ないと思った。

予備校の国公立大学受験のコースしか親は認めなかった。

(あれっ?予備校に行かせられるお金あるやないか、お金がなかったんじゃないのか?)

でも、本人は父親に内緒で、志望を私立大学文系に決め、予備校に通っていた。

ある日、私に相談に来た。

「親には反対されるけど国公立大学は受ける気はない。私立大学の〇〇大学一本にした。

だから、先生応援して。親が何か言ってきたら、一緒に助けて?」と親でない私に助けを

求めてきた。

「お金は出してやれないけど、お父さんに話すときに一緒にいてあげるよ。」というよう

なことを言ったと思うが、本人は笑顔で帰っていったことを今でも思い出す。

いざ受験の時が近づいてきた。

本人は、父親に、「滑り止めに(本命の)私立大学を受けさせてくれ。」と言った。

父親は、「受かっても行かせない。」と強硬に反対するも、しぶしぶ受験を認めた。

国公立大学受験の日は、本人は受ける大学の方面に遊び・ ・

に行った。

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はなから受けるつもりはない。

受けた私立大学の合格発表を迎えた。

なんと!合格していた。本人は大喜び。

国公立大学発表の日、当然不合格。親は激怒。

でも、その受かっていた私立大学に対する評価を近所の人から聞いたら、受けた国公立

大学よりも評判が良かったので許してくれたそうだ。

“?”

大学って何?

親のメンツ?

幸せは偏差値で決まるの?

人生において幸せの価値観、思いは一人ひとり違う。

だから、それでいいと思う。

お金をいっぱい持っていても不平不満ばかり言っていたら、それは幸せだろうか?

お金はないよりあるに越したことはないが、毎日平凡に生きていられることに幸せを感

じている人もいうるだろう。

幸せの価値観、上級学校へ行く意味って人それぞれでいいと思う。

こんなこともあった。

話していると、「うちの子、でき・ ・

が・

悪い・ ・

で、私立大学しか行けん。」とか、「大学行けんで、

専門学校。」という言葉を時々耳にしたことがあった。

国公立大学の方が上なの?私立大学や専門学校へ行くことは恥ずかしいの?

その学校へ行きたいと思ってその学校に行くことがいい。その子どもが思い描いた道を

行こうとしているのなら、大手を振って応援してあげるのが親であると思う。

どこの学校にも卒業生がいて、その学校を誇りに思っている子も多くいる。それを否定

してはいけない。

以前にも書いたが、偏差値の高い大学へ行くことが目的なのかな?

行くだけで目的は果たせるの?

目的は、大学へ行って何をするかであり、その後、自分がどのようにして人生を歩いて

いくかであると思う。“入ればいい”ではないと思う。

偏差値の高い大学へ行った方が偏差値の低い大学へ行くより幸せなの?

何をもって幸せを決めるの?

進路を決めて生きて行こうとするその子どもが納得しているのなら、それでいいではな

いかと思う。

親は子どもの人生を代わってやれないし、そんなことしてはいけない。

その子にはその子の人生がある。

親は、子どもが進む道をサポートすればいい。代わりに生きて行くわけではない。

子どもが歩いているとき、時には後悔することもあるだろう。失敗して学べばいい。

人生やり直したりリセットしたりできることであるなら、させてやればいい。

親の敷いたレールに乗っかって思い通りに生きてくれたなら、親は安心ですか?

でも、親はその子の人生にずっと責任をもって行くことはできません。

子どもは自分の足で立って歩いて行ってくれれば、親の務めを果たしたことになりませ

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んか。

親はいつか死にます。多分自分の子より。

子どもが自らの意志で、立って歩いていけるようになればそれでいいじゃないかな。

小さいときは、何から何まで子どもの面倒を見ることが必要かもしれませんが、大人に

なるにつれ、子どもが自立していこうとするなら、親は子どもの面倒見から手を引いて、

サポーターに徹していきたいものです。

「助けて」と言われたら助けてやればいい。SOSを出さなければ、出すまで見ていて

やればいい。

親という字は、“木”の上に“立”って子どもを“見”ると書く。親というものは、まさ

しく漢字どおりではないかと思う。

産まれてから大きくなるまで、手をかけて育てさせてもらっていた時が懐かしく、そし

て、手が離れていく時はとても寂しい気持ちです。

でも、これが、親離れ子離れ。自然の摂理。

やがて、子も親になったとき、この気持ちを理解してくれる時が来てくれると有難い。

でも、多分その時、私たち親はこの世にいないことが多い。

育てさせてもらえる機会を神様からいただけて、私はとても幸せだったと述懐している。

令和元年 9月19日(木) 晴れ

台風が発生しました。週末は荒れ模様?

9月24日に尾を引かないように祈りたい。

二つの話。

〇 あるラーメン店での話。

ラーメンを注文した客の携帯電話が鳴った。込み入った内容らしい。客は話しながら店

の外へ。出来上がったラーメンが席に置かれたが、客はなかなか戻ってこない。

しばらくして席に着いた客がラーメンに手を伸ばそうとしたその時、店主はさっとラー

メンの器を引いて、湯気の立つ、作りたてに取り換えた。驚く客に、

「お客さんに、冷めたラーメンは食べさせられませんから」

会計で、「2杯分の料金を」との客からの申し出を若い店主は固辞。

〇 ある路線バス。停留所に止まるたび、運転手が車内アナウンス。

バスを降りるお年寄りには「寒いですから気を付けて」「自転車にご注意ください」。

週末には「1週間、お疲れさまでした。」

学生たちが「ありがとうございました」と笑顔で降りていく。

ラーメン店主とバスの運転手。仕事は違えど、心を込めた最良のサービスを提供しよう

とするプロ意識には何か通じるものがあります。周りの心がほんわかとしませんか?

令和元年 9月18日(水) 晴れ

夜にも台風が発生しそうです。

その台風が、今週末の土曜日から月曜日にかけて日本列島に接近するかもしれません。

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天気予報に注意していましょう。

令和元年 9月17日(火) 晴れ

暑い空気が涼しい秋の空気に替わってきたのかな。朝晩涼しくなっている。

最近、「思考力」を問う問題が増えている。日常生活のすべてが教科書だ。

AIで仕事がなくなってしまうという時代において、自分の頭で考える思考力が必要に

なる。誰かの言う通りに動くだけであればロボットでもいい。自分の頭で考えて行動する

力が必要だ。知識量を問うセンター試験は廃止され、2021年度の入試から思考力を問

う問題の出題が増えると言われている。

思考力とはいったいどのような力なのか?

思考力は、日常に転がっているから、誰でも身に付けられると思う。

常に、“なぜ?”と考える癖をつけよう。

思考力というのは、自分の身の回りのことと自分が学んでいる勉強とを結び付けること

で鍛えられる。自分が持っている知識や学んだことを、自分の身の回りのことに応用させ

て、より自分の身の回りのことを理解しやすくする。

日常生活の何げない事柄の中から、「なぜ?」「どうして?」と常に考え、学んだ事柄を

結び付け、答えを導こうと“思考する”こと。

どうしてそうなったのか?

なぜそうなっているのか?

いつでもどこでも、机に向かっていない時でも、普段から「これってなんでだろう?」

「どうしてこうなっているんだろう?」と常に考えれば、机に向かっていなくても自分の

頭をよくすることができるのかな。

「この問題、教科書に載ってない」と言う人いませんか?

でも、実はそうではない。教科書の知識と、日常にある題材とを結び付ければ答えがお

のずとわかることもある。

センター試験は今まで、「教科書に書いてある知識」をそのまま問う問題が主流だったが、

近年は、「教科書に書いてあること」を、「日常にある普通の物事と結び付ける」という能

力がないと答えられない問題が増えていると思う。

だから、授業で習ったことを生活の中で意識する癖をつけるとよいと思う。

今度の高校のカリキュラムが、2022年には日本史と世界史が一緒になって「歴史総

合」という科目が作られ、「地理」が必修科目になることが決定している。今までの歴史科

目は、歴史上の事実を覚えることに終始しており、ただ丸暗記しようと試みていることに

他ならなかったが、丸暗記では思考力は身に付かない。大切なのは、なぜその年に起こっ

たのか?その場所なのか?という歴史の必然性ではないか。

常に、日常生活から学ぼうとする姿勢が大切だ。思考力というのは日常生活や出来事に

対して「なぜ?」という目線を向け、学んだことや教科書に書いてある知識と結び付けて

解を導く能力のことであり、そのためには日常生活から学ぼうとする姿勢が必要だという

ことです。その知識を統合して生きて行く知恵とするのです。

“生きる力”を養い、“生きて行く力”を付けて、“生き抜いて行こう”。

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令和元年 9月13日(金) 曇り

朝から曇っていて少し涼しい。秋の気配。中秋の名月近しかな?。

昨日の7時間目に2年生の修学旅行に先立って中部学院大学の杉原先生に平和講話をし

ていただいた。

自分たちにとって、戦争の話は未知の話かもしれませんが、数十年前に現実に起こった

こと。

目を背けてはいけないことだと思います。

難しいとかわからないとかで聞かせないのではなく、聞いてもらって、考えてもらわな

ければならないということです。

話を聞いたとき、聞き手はどう受け止めるか、それはその個人の問題です。でもそれが、

自分の身に降りかかったとしたら、どう対処すればよいのか、そして、戦争という行為に

対して、全力で反対しなければなりません。、

数十年前に起こった戦争ですが、ひょっとしたら、その戦争は何が引き金で起きるかも

わかりません。

戦争をすることは愚かなことであり、皆が不幸になるということを理解してほしい。

何かを感じ、そして戦争に断固反対し、そして何よりも皆の命を守ることを常に考えて

いて欲しいと願っています。

私たちは大人として、子どもたちに過去の忌まわしい出来事をしっかりとつたえていか

ねばなりません。これが未来へつなぐということだと思います。

それが私たちの責務だと思います。

令和元年 9月12日(木) 晴れ

朝から暑い。

でも、夕方は秋の風が入って来るらしい?ので、涼しくならないかな?

以前、挨拶のことを書きました。

先日、“挨拶は先にしたもん勝ち”という言葉を聞きました。

なんか納得しちゃいました。その通りだなって。

挨拶はしてもらうものでなく、こちらからすればいいじゃない?

相手より先に言ったら、“よしっ!勝った”って心の中でガッツポーズ。

勝ち負けじゃないので、不謹慎かもしれませんが、挨拶を杓子定規にとらえるのではな

く、言ったもん勝ちで、秘かに喜んでみよう。先に言われてしまったら、残念。今度こそ、

こちらが先にいうぞっていう具合でもいいのかな?って思いました。

令和元年 9月11日(水) 晴れ

朝から暑い。

夕方雷が鳴りました。雨雲や雷が予想される雲がないことを確認して、部活をやめ、6

限終了後すぐに帰宅するように連絡しました。それにしても、自然お前には人間は無力で

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す。防戦一方ですね。

今日は9月11日。

2001年9月11日にアメリカ合衆国で同時多発的テロが起きた。もう18年が経っ

た。今でも世界貿易センタービルに飛行機が突っ込んで行く映像が目に焼きついている。

イスラム過激派テロ組織アルカイダによるもの。一連のテロ攻撃による死者は約3000

人、負傷者は6000人以上。インフラ等への損害被害額は最低でも100億ドルとされ

ているそうだ。

ある学校での話。

ALT(外国語指導助手)がその学校に常駐していた。

ある年、“あなたの学校は大学入試センター試験をほとんどの生徒が受けていないから、

次年度からALTを引き上げる”と言われた。ALTが必要な理由は、それっ?て思った。

奇しくもその直後に赴任してくれたALTは初めての海外生活で、来てからすぐにホー

ムシックにかかった。

夏休み中で先生も生徒もほとんどいなかったので、ますます孤独感が彼女を襲った。そ

の時、外国人生徒が時々学校に来てくれて、入れ代わり立ち代わり、職員室でそのALT

と話をし、ALTの彼女を立ち直らせた。

ALTの出身地と同じ出身の生徒も多く、本人もその学校にずっといたがっていた。

でも、“センター試験をほとんど受けていないからALTはその学校からは引き上げる”

って言われた。

ALTは何のために必要なのかな? センター試験を受験する生徒が多くいる学校に必

要なの? ALTがいる目的ってそれなの? って思った。

ALTを引き上げられた後は学校にはALTは常駐していないので、必要になると他校

へALTの派遣を要請しなければならない。しかし、ALTの常駐する学校に要請はする

ものの、すでに年間の予定の授業などに組み込まれ、なかなか思い通りの日程のところに

は派遣してもらえなかった。

悔しかった。

ALTの派遣がままならないし、してもらえないケースが増えた。

もう当てにしないことに決めた。

要請なんかするものかと決めた。

逆に外国人生徒が多いというのをチャンスに変えられないかと考えた。生徒にネイティ

ブが多くいるので、その子が授業中に英語の先生とやりとりをして、ALTの代わりにな

らないかと。ただ、英語の授業を私はしていないから、実際に行われたかは定かではない。

それから、彼らを小学校や中学校にALT代わりに派遣してみたら、小中学生の子ども

たちも喜ぶのではないかと思い、何の案もなく、いきなり小学校へ連れて行ってみた。

大正解だった。

小中学生だけでなく高校生も大喜び。高校生の自己有用感が半端なく、またやりたいと

言っていた。今も続けていてくれると嬉しいが。

実は、ALTの派遣要請をしなくなってしばらくして、ALTが常駐している他校で、

ALTを返上したことを聞いた。もっと早く言ってくれればALTの常駐を頼んだのにと

臍をかんだが、時すでに遅しの状態だった。

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転勤した。

今度はALT常駐の学校だった。

今、他校からの派遣要請を受けたら、できるだけ都合をつけて行っていただくようにし

ている。そして、“センター試験を受けていない学校”にも積極的に声を掛けている。

令和元年 9月10日(火) 晴れ

朝から暑い。もう秋だというのに。台風15号が行ってしまったけれど、暑い空気を運

んできていたのか、残暑のぶり返し?昨日猛暑日だったが、今日もしかりだそうです。

日本の四季はどこへ行ってしまったのかなあ。

立場が変わっても、相手に対しては丁寧に、真摯に向き合わなければならない。

天に唾すれば必ず自分にかかる。気を付けたい。

若かりし頃、ある学校で3年生の担任をした時のこと。

旧知の仲であるA先生と進学説明会で顔を合わせた。

そこへある受験企業の進路担当Bが近づいてきた。A先生は進学校と言われる学校で、

難関校と言われる大学に多数生徒が合格している学校の先生。Bが手を擦り、歩み寄って

A先生に話をしに来た。その隣にいる私。Bは私に対してほとんど会話がない。A先生の

学校ほどの実績はないが私は進学校だと自負していた。

ところが、時間が経つにつれ、A先生に対する発言や態度と、私に対する態度が違って

いることに嫌気がさしてきたことを私は覚えた。

その時思った。私たちは県立高校の教員だから転勤があり、A先生と私の立場が変わる

こともある。人に対して、立場に対して態度を変えられるのはいい気持ちはしないなあ。

どんな人に対しても、横柄でなく真摯に丁寧に接しなければいけないなって思いました。

自分も人にそういう接し方してないかなとわが身を振り返りました。

令和元年 9月 9日(月) 晴れ

台風15号が今朝、関東に上陸し、通過しています。

この辺りは被害もなく、ニュースを見ている他人事のいようなのですが、関東に住んで

いる人たちは大変な思いをしているかと思うと複雑です。いつも思うのですが、自分でな

ければホッとしている自分がいて、何という薄情者だと自己嫌悪になることもあります。

ところで、報道を見ていると、なぜ未成年であっても、亡くなった被害者は「実名」、生

きている加害者は「匿名」なのかって疑問に思ったことないですか?加害者の人権が守ら

れ過ぎていないかと思ったことありませんか。被害者の方が報道被害にあっていそうな感

がある。

そもそもメディアの報道というのは、原則「実名」だそうです。

加害者とか被害者とかあんまり考えてなく、ニュースは実名が基本だそうです。

メディアだとかマスコミだとか、その立ち位置は、国民の「知る権利」のためにあるの

だそうです。国民は日本中毎日見回してる訳ではなく、沖縄の人が北海道のニュースを普

通ではなかなか知ることができない。例えば、沖縄県に住むAさんが不幸な事件に巻き込

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まれたとして、そのAさんのご友人が北海道に住んでいる可能性がある。そんな遠く離れ

た地にでも、沖縄で起きた事実が届くように、Aさんのご友人がその不幸をいち早く耳に

することが出来るようにって。基本はすべての報道を実名でするのがそもそも原則だとか。

加害者について、容疑者が未成年だったら、少年法61条があり、匿名なのだそうです。

個人的には、未成年であってもそこに悲劇はあるし悲しみはあるので、なんでそんなに

守らないといけないかという思いもあるが、少年法がある以上仕方がないのか。

どこか腑に落ちない。

被害者で死んだしまったら、“人権”ってないのかな? 死人に口なし? 加害者が守ら

れるってあり?それは生きているから?・・・。

どんなことをしてでも生き延びなければならないなって私は思います。

令和元年 9月 6日(金) 晴れ

台風13号、15号が日本近海にいます。

15号はこの8日から9日にかけて北上し、接近しようとしています。特に9日月曜日

が心配です。8日には3年生の模試があります。受けられるといいが…。

童話「アリとキリギリス」って知っていると思います。

イソップ童話のひとつである「アリとキリギリス」。もともとは「アリとセミ」というタ

イトルだったが、セミがヨーロッパの北部ではなじみのない昆虫だったため、翻訳してい

るうちにキリギリスに改変されていったそうです。

現在一般的に広まっている日本のもののあらすじだとこんなようではなかったか。

ある夏の日、キリギリスはバイオリンを弾き、歌を歌って過ごしていた。その一方で、

アリは来たる冬のために食料を一生懸命家に運んでいる。キリギリスは「食料をわざわざ

運ばなくても、たくさんあるじゃないか」とアリに言う。アリは「今はたくさんあるけど、

冬になると食べ物はなくなってしまうよ」と。しかし、キリギリスは「まだ夏は始まった

ばかり。楽しく歌って過ごせばいいのに」とアリをからかう。

やがて秋になっても、キリギリスは遊んで暮らし、冬がやってきた。

キリギリスは食料を探すものの周りには何もない。お腹がすいて困り果てたキリギリス

は、アリが食料を集めていたことを思い出し、分けてもらおうとアリの家を訪ねた。

キリギリスは、夏の間に働いていたアリをからかってしまったことを思い出し、食料を

分けてもらえないのではと思っていたが、アリは「どうぞ食べてください。その代わり、

キリギリスさんのバイオリンを聞かせてください」と言ってくれたのです。

キリギリスは涙を流して喜び、張り切ってバイオリンを弾き、次の年の夏からは、真面

目に働くようになったとのこと。結末をハッピーエンドにし、めでたし、めでたしとして

いる。

これは、困った人を助ける優しい人になるべきであるという教訓が込められている。

キリギリスが助かる結末では、夏にからかわれたにも関わらずキリギリスに手を差し伸

べることができるアリの優しさがわかる。特に日本で広まっている物語では、キリギリス

が泣いて感謝し、翌年から勤勉に働くようになったことから、優しさが相手を変えること

ができるということも伝わってくる。

また、後先を考えずに過ごすと後で困るよという教訓でもある。

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夏に遊んで暮らしていたキリギリスは、結局冬に困ることになり、過去のおこないを後

悔することになり、目の前の楽しさに溺れ、先のことを考えないと後で苦しむことになる。

もともとのものは、キリギリスが「食料を分けてほしい」とアリの家を訪ねると、アリ

は「夏は歌って過ごしていたのだから、冬は踊って過ごせばいいんじゃない?」と言い、

扉を閉めて追い返してしまい、キリギリスは、そのままアリの家の前で凍え死んでしまう。

夏に馬鹿にされたことを根にもっていたのか、皮肉でやり返したアリ。キリギリスはそ

のまま死んでしまうらしい。それを、日本では子ども向けの童話としてはそぐわないので、

キリギリスが改心するストーリーに改変されているのだろう。

童話寓話の類は、実は結末は残酷な場合が多い。

こんな結末もあるそうだ。

冬が来て食料が無くなり困っているキリギリスに、アリは「夏も歌って過ごしていたの

だから、冬も歌えばいいんじゃない?」と言う。するとキリギリスは、

「もう歌うべき歌はすべて歌った。君は僕の亡骸を食べて生き延びればいいよ」

後先を考えずに遊んでいるだけに見えたキリギリスでしたが、実はすべて見据えたうえで、

生きている時間を命がけで楽しんでいた。冬に死んだとしても、夏を陽気に過ごせるほう

が幸せなのかもしれないという価値観。幸せの尺度は個人によって異なり、それぞれの生

き方があることを示しているのかもしれない。

なぜここにこんなものを出してきたかというと、ある夫婦の話。

夫は給料が入ればあるだけ使ってしまう。“貯蓄”という概念がない。あるだけ使ってし

まうから、いつもお金がない。

妻は倹約家。こつこつとお金を節約している。だから困ったときにお金が出てくる。

夫にしてみれば打ち出の小づちでも持っているのではないかと思っているらしい。

実はそれぞれの育てられた環境が違うのだ。

夫の親は飲んだくれ、借金をしても飲む。貯蓄という概念がない。その背中を見て育っ

てきた。

妻の親はつましく生活し、節約し、そのことを娘にいつも言ってきたそうだ。お金は湧

いてくるものではない。健康で働けるうちにしっかりと貯めておかねばと。

まさしくアリとキリギリス。

この二人が夫婦になった。この二人の子どもは、この妻に価値観を教えられて育って欲

しいと私は思う。

令和元年 9月 5日(木) 雨のち曇り

朝、大雨注意報が出ていますが、天候が回復し、グランド状態を見て、昨日の体育祭を

続行の予定でした。

10時からスタートし、12時40分には解散。

2日間かかったけれど、やり終えられてよかったです。

朝、雨でぬかるんでいるところを、早く登校した生徒が自主的に水を吸い取ったり、整

地したりしてくれました。今、何をすべきかを考えた、自主的な行動に感動しました。

文化祭は、特に賞があるわけでもないし、順位がつくわけでもないけれど、ゴールのた

めに、自分たちの達成感のために、各クラスとも余念がなかった。まさしくこれぞ、“文化

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祭”だと思います。

体育祭は競争だから順位はつけられて、結果も出ますが、出た結果よりもそのプロセス

に、ひたむきで、一生懸命な姿に感動させてもらえました。

学校祭そのものを終えた時、なぜか心地よい、ほんわかとしたものが心に残りました

感動をありがとう。

令和元年 9月 4日(水) 雨のち晴れのち雷雨

朝から雨が降り、でも学校が始まる頃には止む予報なので、体育祭はできますね。

ただ、湿度が高くなるので熱中症に注意して、適度に休息を取ったり、日陰に移動した

りと自分で体調を考えて行動してください。もし、苦しくなったら遠慮なくSOSを出せ

るように。皆の無事を確認しながら本日の体育祭を乗り切りましょう。

関高生のいいところはひたむきに一生懸命頑張るところ。結果を気にせず一生懸命やっ

た後には心地よい達成感を持ってくれたらいいな。順位をつけるものがあれば、一位があ

るなら最下位だってある。臆することなく一生懸命やっても思い通りの結果にならなくと

も達成感、成就感があれば良しとしたい。

怪我無く、終わった時に皆の晴れやかな笑顔を期待します。

ところが、午後、各分団の応援の後、1種目行った後、雷が鳴り、中止にしました。突

然雨も降ってきて早く中止にして避難させて正解でした。

協議の結果、明日、その続きを行います。できれば朝から行いたいですが、天気はどう

なるかわかりませんから、月曜日課の時間割と昼食の用意をしてきてもらうように生徒さ

んには連絡し、メールも流しました。

明日は朝からできることを期待したいです。

令和元年 9月 3日(火) 曇り

朝から曇っていますが、雨ではない。でも、蒸し暑い。台風13号が週末に近づく予報。

そのため湿った空気が流れ込んでいるのであろうか?

昨日無事 1 日目が終了。

PTAのバザーも好評でした。当日販売のチケットも完売でした。皆さまの協力が有難

かった。ボランティアで参加の保護者の皆さまも生き生きとしていました。子どもたちと

関われる時間はあっという間に過ぎて行きます。自分の子どもだけでなく、他の生徒さん

たちとの交流が一服の清涼剤になってくれればいいですね。

今日は2日目。午前中に終了し、午後からは明日の体育祭の準備。明日は予定通りでき

るといいですね。天気だけが心配ですが・・・・。

昨日、学校評議員会を開催しました。いろいろなご意見をいただきました。ありがとう

ございました。

令和元年 9月 2日(月) 曇り

朝から曇っていますが、雨ではない。晴れてはきたもののひどく暑いわけではない。

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今週は学校祭日和かな?

今日、明日と文化祭、4日は体育祭。

無事行えるといいな。

手作り感満載で、文化祭らしいもの。とても落ち着きます。

令和元年 8月30日(金) 雨

朝から雨。警報が出ていなかったので、最後の準備はできそうだね。

最近流行っている、タピオカって何?

タピオカの原料は「キャッサバ」という南米原産のイモの一種。

タピオカは、キャッサバの根茎から製造されたデンプン。

なぜ、キャッサバデンプンを「タピオカ」と呼ぶのかと言うと、デンプンの製造法をブ

ラジルの先住民のトゥピ語で「tipi'óka」と呼ぶことに由来するのだそうです。

日本では「タピオカティー」が主流。

タピオカティーは、ミルクティーに大粒のタピオカ粒を入れた台湾発祥の飲み物。

通常、煮戻したタピオカは透明~半透明ですが、タピオカティーに入っているタピオカ

の多くはカラメルなどで着色しており、黒のほかにも色とりどりのタピオカも販売されて

いるそうだ。

タピオカにはどんな栄養効果があるのかというと、タピオカはイモのデンプンだから、

主成分は炭水化物。炭水化物は体を動かすエネルギー源となり、その分カロリーも高め。

乾燥させたタピオカ粒は、100g あたり355Kcal、ごはんは100g あたり、16

8Kcal だから、約2倍の高カロリー。ただ、ゆでると水分を吸って膨張し、炭水化物がゆ

で汁のなかに流出するため、カロリーはぐっと下がって100g あたり62Kcal にある。

でも、カロリーが低いからと言って、一日に何倍も飲むと糖質過多になる。ただ、タピオ

カは腹持ちもよいため、間食や夕食前に食べると、その後の食事での食べ過ぎ防止にも期

待ができる。

皆が飲むタピオカジュース一杯は100gではないし、砂糖たっぷりの甘いミルクティ

ーとあわせると思わぬ高カロリーな飲み物となるのでご用心。

令和元年 8月29日(木) 晴れのち雨

朝から雨かと思ったらそうでもなく学校祭の準備はできそう。

昨日は空振りでした。すみません。

子どもには言ってはいけない言葉。反省!反省!

1.何やってんの

子どもは大人にとって理解できない行動や非常識な行動をするもの。そんなとき、

つい口に出してしまうこの言葉。

2.何回言ったらわかるの

前に注意したことをまたやったとき、ついこの言葉を口に出てしまう。

しかし、大人でも一回聞いただけで理解できるわけがない。

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3.誰がそんなことしていいって言ったの

「何やってんの」につなげて出やすい言葉。実は身近な親の行動を見てマネをして

いることが多いそうです。

4.余計なことするんじゃない

これもまた、1と3につながってくる言葉。でも、余計なこととは言っている人に

とってであって、子どもにとっては無関係。

5.も~っ!

疲れてくると出てくる。もはや言葉ではなく感情を吐き出して怒っているだけかな。

6.わかった! わかった! わかったから!

コミュニケーションを図ろうとする気がなくなった次の段階には、この言葉を使っ

てシャットダウン。子どもの話を聞かず、親側の都合によってコミュニケーション

の断絶が行われる。何度も言うところにいやらしさがあり、ムッとする。

7.早くしなさい

大人の都合に合わせてくれないとき、つい口に出してしまいがちなこの言葉。

親の望むように早くなることはない。

8.もう知らない!

最終手段の言葉。親的には「私のせいじゃない!」という気持ちがある。

でも、子育ての結果は親のあなたの責任です。

すべての基本である「家庭」での躾を今以上にしっかりとしたものにしていくためには、

「ルール」をつくるといいですね。

ただし、細かくルールを設定しすぎると、子どもの自立を邪魔することになるから、子

どもの実情に合わせましょう。無理せず、やりやすいように。

「自分は叱られて育ったから、子どもをほめるのが苦手」という方は少なくない。しか

し、子どもの長所を見つけたければ、まずは親が自身の長所を見つけるべきかな。自分自

身の長所を探し当てたうえで子どもを見てみれば、その子ならではの魅力や成長が確認で

きるものではないでしょうか。

だからこそ、ほめることに慣れていないという人こそ、まず、自分の長所探しと子ども

を褒めるところから始めてみましょう。

令和元年 8月28日(水) 雨

雨が降っている。九州では災害級だ。

今週はずっと雨が降りそうだ。

来週もかな? 来週は学校祭がある。心配だ。

本日、警報が出そうだったので、午後2時で完全下校にしました。空振りになるかもし

れませんが、公共交通機関が止まったらいけないし(夕方までバスがない場合もありました。

すみません)、郡上や中津川など県内で積算降水量が多くなっているところもあり、安全を

第一に考えました。何もなかったら笑ってやってください。

以前に聞いた話です。

高校入学と同時に両親が離婚したため、Aさんは父親と離れて暮らすことになってしま

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ったものの、母や祖父母に囲まれとても幸せに暮らしていたそうです。

しかし、ある日のこと。

ディスカッション形式の授業中に、

Bさん「それってこういうことじゃない?」

Aさん「わっ!天才じゃん」と、他の子より大きな声を上げてしまった。

C先生「ちょっと。Aさん。うるさいわよ。」

Aさん「えっ?あっ、すみません。」

C先生「何?不服なの?」

C先生「はあ?やっぱり片親の子は高校生になっても、授業中の声のボリュームもわか

らないのね。ちゃんと躾されてこなかったしょうこなのよね。まあ、父親から

の愛情が不足しているわけだものね。だからそうやってわざとめだつことして

きにかけてもらいたいんでしょ?どっちにしろ、授業が嫌なら学校辞めて働き

なさい。その方が経済的にもお母様、助かるんじゃない?」

Aさんはあまりの言われように唖然とした。悔しさ、怒り、悲しさ、何が何だかわから

ないが体がぶるぶると震え、収まらなかった。偏見に満ちた言葉を突然ぶつけられて、身

体が震えて仕方がありませんでした。

Aさんは、“何か、何か言わなきゃ。何か言わなきゃ、何か言い返さなきゃ・・・・・”と思

っていた。

すると親友のDさんが一言。

Dさん「はーあ! こういうのが一番困るのよね。こんな貧相な尺度でしかものを考え

られない人が私たちの先生だなんて。偏った情報でしか人のことを見られない

んだ。あんたもあんたの子どもも私たちもみんなかわいそうだ。A,行こ!こ

んな人の授業なんか受けなくたっていいよ。」

C先生「ちょっ、ちょっと待ちなさい!!」

E君「先生には二人を止める資格はないと思います。あなたの言葉は人としてあり得な

い、許されないですよ。」

C先生「い、いや、私は、その・・・」

Dさん「屋上まで来ちゃったね。」

Aさん「ありがとね。」

Dさん「授業サボるってなんかドキドキしちゃうね」

Aさん「うん」

このような偏見は、今も根付いています。

でも、C先生の言葉が間違っていることを、クラスの生徒はきちんと分かっていて、声

を上げてくれた。親友はもちろん、そのほかの子たちもAさんを守ってくれたのです。

偏見をなくすことは、一筋縄ではいきません。未だに偏見が無くならないということは、

この先も困難だと思われます。でも、そんな偏見に同調せず、「間違っている」と声を上げ

続けなければ何も変わりません。

私も、父にはさんざん言われてきました。

口を開けば、「片親だから躾られていないとか、非常識だとか、愛情不足だとか、だらし

ないとか、とにかく後ろ指さされないようにしろ」と言われ続けました。

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時々、「片親のくせに」とも言われたこともあります。

その都度、悔しくて唇をかみました。でも、悔しがったところで、何を言われようとも、

死んだ者は帰ってこないし、いないものはいない。

だから、何を言われても我慢することにしました。自分の気持ちは自分にしかわからな

いから、あえて理解してもらわなくてもいいやとも思うようになりました。

だから何か行動を起こすときにためらいます。人の目を気にしすぎるところもあります。

令和元年 8月27日(火) 雨

今週は雨が降りそうだ。今日は15時過ぎから降る予報。

でも来週、学校祭の天気が雨でなければいい。

ピンポイントで言うと、体育祭に雨でなければいいかな。

「人を怒らせることばかりする」と言って、怒っている人を観たことがありませんか?

よく考えてみると、怒るか怒らないかは、怒る人の心の持ち方だ。その人の怒るハード

ルが低いか高いかによると思う。低いほど怒りやすいし、他人のせいにばかりしていると

思う。

要するに怒る人が他人のせいにしてるだけで、アンガーマネジメントができてないだけ

だと思う。そういう人を見ていると自分に甘いなあって思う。

「何でそんなに不機嫌そうな顔をするんや」と言っているのを聞いたことがある。

言われた本人は、不機嫌でも何でもなかったそうだが、そう思われたらしい。

外見上、表面上、不機嫌そうに見えたかもしれないが、実は内面はそうでもないのに、

見た目だけで勝手に判断されただけだった。

見た目だけですぐに判断するのはよくない。

自分の価値観のみで人を判断するのはよくない。

怒っているのはあなたです。そう思っているのはあなたです。

その人がわざと怒らせているわけではなく、怒っている人の癇に障って、勝手にその人

が腹を立てているだけで、すべての人の癇に障っているわけではない。

もっと大人にならないとね。

大したことではないのなら怒らないこと。

怒って解決するなら、皆怒るはず。怒ったって解決しない。

泣いて解決するなら皆泣くよ。泣いたって解決しない。

叩かれてわかるなら皆叩く。でも、きっと、そういう時は、叩かれたという行為しか覚

えてないよ。

むしろ悪い方向に進むだけ。

怒らない、怒らない。

心を落ち着け、じっくりと物事を見てみると、ほとんどのことが大したことないなとい

うことばかりだよ。だから怒りたくなったり、感情がむき出しになるなと感じたら、一息

ぐっと飲みこもう。心を落ち着かせよう。

話は変わりますが、どの学校でもよくあることだが、「うちの学校の生徒は挨拶がない」

と言われることってありませんか? そういうことを言う人って、その学校の生徒全員を

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とらえて言っているわけではないと思う。その人がそのとき出会った“〇〇さん”が挨拶

をしなかったのかな? たった一人、いや、数人のしなかったことを称して“うちの生徒

は挨拶をしない”と言っているのではないですか。

挨拶って、相手がしてくれなくても、自分がすればいいではないですか?

自分からすればいいし、返ってこなくたって、自分がしたら気持ちよかったというとこ

ろでいいじゃないのかな。

あなたは何様ですか?

挨拶は相手がしてくれなくても自分がする“自己満足”でいいと思う。人にしてもらわ

なくとも、自分がすればそれでいいじゃない。

挨拶は返してもらうためにするものではないと思いませんか?

これはお祝いをするときでも同じだと思う。相手への好意としての贈り物をするのがお

祝いであって、返礼を期待して行う行為ではないと思う。

挨拶もお祝いも自分が気持ちよくすればいい。

それに相手が答えてくれたらいいな、もし返礼がなかったらなかったで構わないと言う

意識でいいと思いたい。

“挨拶をしてくれないからなっとらん”というのは奢っている。あなたはどういう立場

の人ですかと言いたい。

挨拶させてもらうだけで、自分が気分良くなればそれでいいじゃないですか?

親孝行についても同じだと思います。

親は、子どもに孝行してもらおうなどとは思ってはいけないと思う。

子どもは親の面倒を見るべきだという意識で子どもを育ててはいけない。

“親が年老いた時、親を面倒見るのが親孝行だ”と、刷り込むように育てられると、子

どもはそれに縛られて生きて行くことになる。子どもの、夢ある未来を限定することにな

る。

親は子どもを持てたら、子どもを育てさせてもらえるだけでありがたいと思う。

子どもの重荷にはならぬようにそっと見守られる親でありたい。

子どもをサポートしてあげられることが幸せである存在でいい。

その子どもがやがて親になり、自分たちの子どもたちを一生懸命育てていてくれれば、

それが親孝行になりうると私は思います。

親に返すのではなく、自分の子どもに繋ぐのです。

子どもを育てた見返りを求めないことも、挨拶やお祝いに通ずると、私は思います。

令和元年 8月26日(月) 雨

朝から秋の気配を感じた。今週は雨らしい。来週が学校祭だ。どうなるか心配です。

知識の再現することしか学んでこなかったものは生きる力がない。いや、“生きて行く力”

がなくなる。試行錯誤して考えながら工夫していく態度が大切である。トライアンドエラ

ーの繰り返し。いくら知識を持っていてもそれが使えなければ何もならない。知識を活用

して生きて行く力とし、知恵を付けて欲しい。

ある高等学校で授業中のこと。

電卓に数字を入れて、√のキーを何回も叩くとやがて1になることをどうしてか考えて

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いる生徒がいた。この生徒は数学の成績はよくないけれど一生懸命考えていた。ヒントを

与えてあげて、しばらくして自分の中で解決したようだった。嬉しそうだった。

理屈を言えば、これは数学Ⅲの極限である“収束”に繋がる。これは何回もキーをたた

くというのが“無限に繰り返す”(電卓の機能では有限だが)という意味だ。

これは小学生でもできること。

世の中にはいろんなことが転がっている。どんなことでも興味をもってやってみれば新

たな展開が見える。興味を持つか持たないかで自分の目の前のことに広がりが出るか出な

いかであり、知恵がつくかつかないかでもある。

無関心でただ何となく過ごしていてはもったいないと思う。

令和元年 8月23日(金) 雨

雨がひどくて、警報が出ているところがある。登校は警報の場合の基準にしたがい、判

断しよう。

話は変わりますが、花に水を遣るとき、どうしてますか?

温かい声をかけて育てるときれいに咲くそうですよ。

人も同じだと思う。温かい言葉、誉め言葉で人はどんどん伸びるし、自己肯定感が増す。

それから、人の話を聞くときは、「でも」とか「しかし」を使わないようにしたい。心を

傾けて聞く、「傾聴」を心掛けたいものだ。

話す人は結論を求めているのではなく、聞いてほしいのだと思う。

そして、その人は話しているうちに自分で解決していくものではないかと思う。

他人に優しく、自分に厳しく。

小学生の時、ちょっとしたことで無視されたことがあった。無視されたとき、何で無視

されるかわからなかったけど、近寄っていくと、蜘蛛の子を散らすようにそいつらが去っ

ていったことがある。辛かった。

今なら思う。嫌えばいい。近寄っていって去るなら、どんどん、こちらから近づいてや

ればいいと思った。嫌った仕返しでいい。おもしろいぞ。きっとそいつらは疲れるだろう。

仲間と歩調を合わせないといけないから。

私は泣き虫で弱い人間だったけれど、そいつらのお陰で心は強くなったかな?

しばらくして、この状況は自然に収まった。

無視されなくなった時に、なぜあのとき無視したのか聞ける機会があった。

単純なことだった。彼らは、私ができないと思っていたのに、彼らより点数がちょっと

高かったために腹が立ったそうだ。

そんな些細なことで私が何で苦しんでいたのかと悲しくなった。

今、その時の当事者に合うとそんなこと忘れてしまっている。

そうなんです。した側は覚えていないことが多いのです。

される側はいろいろと考え、自分の非を探すものです。自分の何が悪いんだろうとか。

でも、原因は想像すらつかないことが多いのかもしれない。

他人が自分のことをどう思っているのだろうかなど、他人の心の中はわからない。だか

ら、他人の顔色を窺って生きているのは馬鹿らしい。疲れる。

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ふと思うことがある。いじめてくるなら徹底的にやり返してやればいい。そいつらにい

じめる権利なんてない。少々のことでへこたれない、折れない心を養いたい。なにくそっ

て。良くないかな?

金魚の糞になるよりも一匹狼でいい。その方が気が楽だ。集団の中で、人の顔色を伺っ

て生きていると、いつ自分が標的になるかわからない。心が強くなりたい。

だったら一人でいいじゃない。誰にも気兼ねなく。

どう思われたっていいじゃない。どう思うかは自分ではなく他人が思うことだから仕方

ない。他人の目を気にし過ぎて自分が崩壊するぐらいなら、一人で気楽に生きる方がいい

んじゃないかな?

よく、いじめられるやつにも問題があるというやつがいる。

じゃ、何でそいつがいじめてもいいんや?何の権利があるんや?

人の生き方は自由だ。子どもから大人になるにつれて、皆がコミュニケーションをうま

く取れるようになり、互いに大人の対応ができるようになれるようになればいいと私は思

う。

令和元年 8月22日(木) 晴れ

相変わらず、朝からむし暑い。テスト2日目。すぐにエアコン始動。

生徒の引率の時、よく「やかましい」と言われたことがある。

子どもは力で押さえれば静かになるかもしれないが、今、なぜ静かにしなければならな

いかを腹に落とさないといけない。対面だけを気にせず、子どもと面と向かって諭すよう

に話さないといけないですね。

それにしても、「やかましい」ではなく、「引率の先生、大変やな。ご苦労様」という声

を掛けてくれるとホッとしますね。

ところで、こんな話を聞いてふと思い出したことがあります。

埼玉県警は1人がひったくりをした後、他の2人が被害者に声をかけて追いかけるふり

をし、その後、財布を交番に届けて謝礼をもらおうとしたとの報道。発表によると、3人

は共謀し、7月18日夜、戸田市の路上で歩いて帰宅途中の男性会社員に1年生の男子生

徒が自転車で近づき、財布をひったくり、2年生の2人は男性に「何があったのか」など

と声をかけ、1年の男子生徒を追いかけるふりをし、その後JR戸田駅前交番に「犯人が

落とした」として男性の財布を持って現れ、謝礼金を求めたという。現場周辺の防犯カメ

ラ映像などから3人が浮上したそうだ。

実は私も同じような目にあったことがある。

大学生の時、自分の家の近くの店に自転車で買い物をしに行った。その時、前かごに財

布を入れていた。たまたま支払いも兼ねていたのだろう、4万円入っていた財布を自転車

の運転中にかごから落としてしまった。早く漕いでいたので、気がつかなかった。ないこ

とに気づき、慌てて、前来た道を帰ってみると、小学生らしき人物が自転車から降りて、

落ちているものを拾ったような気がした。そして、自転車で一目散に駆けている。ひょっ

としたら、私の財布を拾ったのかもしれない。必死に追いかけたが、かなり離れていてな

かなか追いつけない。「とまれー」と言ったが止まらない。

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でも確信した。私の財布を拾ったのだと。

彼は自転車に乗りなれているようで速い。

着いたところは警察署。遅れて私も着いた。

彼は、きっと、「この財布が落ちていました。」と言っていたのだろう。

私が着いたら、「いい子に拾ってもらえてよかったな。」と警察官に言われた。

「目の前で拾ったところを見たので、呼び止めたが、走って行かれた」と私が言っても

聞いてくれない。

私に「いくら入っている?」と警察官が聞いたので、「4万円です」と答えると、警察官

が小学生に、「通常は1割を謝礼としてもらえるぞ。」と言ったあとで、振り向いて、私に

向かって「いくらお礼するんやね。」と小ばかにしたように言った。1割もらえると小学生

に行っているのだから4000円というしかなかった。(バカなふりして、400円とでも

言っておけばよかったのかな?でも、なぜかできなかった。できないと思われる自分がい

やだったのだろう。4000円と言ってしまった。)

4000円は彼の手に入った。

私は悔しかった。

せめて、「この親に連絡をして、この事実を伝え、私のところへ連絡をしてくれるように

言って欲しい」と警察官に言い、私の連絡先を教えておいたが、夜の何時になっても連絡

はなかった。結局、なしのつぶてで何の連絡もなく、警察官に対する不信感だけが残った。

こういうように正当化してお金をもらう方法があるのかとその時思ってしまった。

感心した。

でも、末恐ろしい小学生だと思うと同時に、彼は一度味をしめていたのだろうか。ひょ

っとしたら、財布を盗んで落ちていましたと届け、誰も出て来なければ6ヶ月以内には必

ずもらえるのでこういう手口で何度となく着服しているのではないかと思ってしまった。

警察官と言えば、こんなこともありました。

大学生の時、朝、横断歩道内・

を斜めに歩いて横断したら青切符を切られました。

納得がいかなかったので、夕方、その警察署に行って、担当した方を呼んでもらったら、

朝切符を切った年配の担当者はいないということだったので、その場にいた若い警察官に

事実を話したら、それならば、「この青切符はもらって破棄する」と言われた。

朝の登校中に嫌な思いをし、そのとき抗議しても受け付けてもらえず、私は一日悶々と

していた。その挙句の果てが、何の誤りもなしに、この青切符をもらって破棄するとのこ

と。私はこの一連の流れにも納得ができず、さらに抗議した。(今ならそんなことはしない

けれど)

すると、「申し訳ない」と謝られた。ならば、なぜさっき謝らなかったのかと問うたら、

私があんまりゴタゴタいうから面倒臭いので謝る趣旨のことを言ってきた。これにも増々

カチンと来て、抗議してたら、課長が出てきた。

上の者が出てこればひるんで、この場が丸く収まるだろうとの思惑がみえみえだった。

そもそも、もし私が黙ったままだったら、警察に言われ損で、抗議してみたら態度が変

わるってどういうことだと思った。

いろいろ話をする中で、警察は事件が起きないと動かないこと、事件が起きそうであっ

ても、証拠がなければ警察は動かないことも知った。このとき、強いものには弱く出て、

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弱い者には強く出るのが警察なのかとも思った。

令和元年 8月21日(水) 晴れ

相変わらず、朝からむし暑い。すぐにエアコン始動。

今日から夏休み明けスタート。県内公立高校では一番早く始業してしまいました。今年

度、祝日休日が増える見込みで授業日を増やした結果、こうなってしまいました。他の学

校はいいのかな?

今日から、まずは9月初めの学校際に向けての始動です。

その手始めに課題実力テストをしました。

ところで、集会ではいつも先生が集合させていましたが、今日は風紀委員の生徒2人に

前に立って、集合整列をしてもらいました。皆の協力もあってうまくいきました。まだぎ

こちないかもしれないけど、すぐに君たちならできるし、誰が前に立ってもできるように

したいと思います。

人が前に立ったら、今、何をするときなのかを意識して行動して欲しいし、先を見通す

力を養ってほしい。それから、結果を見通した後、それを成功させるための段取りをする

力“段取り力”を付けて欲しいです。料理だと分かりやすいですね。この時間にこれが出

来上がっているためにはいつ下ごしらえをしたらよいのかの段取りと同じです。

まずは、今日、皆の元気そうな顔が見られてホッとしました。でも、その表情とは裏腹

に、夏休みは思い通りのことができずに後悔しているかもしれないし、夏休み明けて今日、

家族とけんかして登校しているものがいるかもしれない。笑顔の裏の、表面からは伺えな

いものを、いろいろな仕草、行動、発言などから“察して”あげられる人になって欲しい

です。表面からは見えない、「見えないものを見る力」をぜひつけて欲しいです。、

それから、夏休み思い通りに行かなくても、過去は取り戻せません。過去のこだわるよ

りも、先を見ましょう。未来に夢を馳せ、それを実現させるように努力しましょう。

以前、以下のような文章を見た記憶があったが、定かではありません。何となく覚えて

いるものを書いてみます。

できない人は口ばかりで行動しない。できる人は行動で示す。

できない人は人の話を遮って話したがり、できる人は人の話をしっかりと聞いてくれる。

できない人は物に執着し、できる人は心の成長を求める。

できない人は過去にこだわり、できる人は未来に夢を馳せる。

できない人はすぐにできないと諦め、できる人は可能性を求めて、まずやってみる。

できない人は他人のせいにし、できる人は自分のせいにする

できる人もできない人も能力にほとんど差はないのに、ほんの少しの意識の違いで結果

に差が生まれるのですね。

令和元年 8月20日(火) 雨のち晴れ

体育祭と言えば思い出すことがあります。相変わらずの組み体操のピラミッドやタワー

のこと。

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けが人のみならず、死亡者や、一生のけがを負う子供が出ても、なお、続けなければな

らないものなのでしょうか。

今年の6月。大阪府教育庁が11日、府立学校に原則禁止を通知し、各市町村の教育委

員会にも自粛を求めた。きっかけは5月下旬、東大阪市の小学校運動会での実施をめぐり、

ツイッターから発信されたSOS。これが一気に広がり、議論が再燃した。

こう言う外からの力がかからなければ、現場の教師はわからないのか。

「現場の先生は伝統でやってきたものを続けたい思いがある。学校に任せるのではなく、

教委が判断すべきだ。重大な事故が発生してからでは遅い」と、吉村洋文・大阪府知事は

11日、府教育庁の通知について、そう述べたらしい。

先生がおかしい。大阪府の通知は、高い所から落ちれば重大な事故が起きる可能性があ

るとし、「両足が地面についていない児童生徒の上に乗る技」を府立高校などで原則禁止に

した。言われる前に先生方が判断して欲しかった。

大阪府内の公立学校では昨年度、組み体操で383件の負傷事故が発生したそうで、う

ち骨折が103件。府教育庁は危険な技の再検討や、事故防止を呼びかける通知を強制力

のない「依頼」として送った。

いや、強制力を持たせて、やめさせようよ。何に遠慮して気を遣っているのか分からな

い。とにかく危険なのだからやめさせようよ。

まず、危険なことから避けないと。外から見たらきれいだとか言われても、やっている

本人たちが楽しくなければ意味がない。誰のために危険なことをするの?見せるためな

の?

以前に書いたけど、ピラミッドの一番下の真ん中は死を覚悟します。

見ている人から見てすごいといわせるのはお金を取って見せるもので良い。子どもたち

にさせなければならないものでもない。合唱でもそうだ。聞いているものがよく聞こえる

ためにするものではなく、歌っている者たちが楽しみ、そして、歌っているものと聞いて

いるもの皆が楽しくて、歌ってよかったと思えるものをできるといい。だから皆の知って

いる歌がいいと私は思う。授業でも同じだ。自分が教えていて楽しいと思わなければ教え

てもらえる生徒も面白くない。

令和元年 8月19日(月) 晴れ

相変わらず、朝から暑い。雨が少し降り、一日雨の予報が曇ったり晴れたり。

トーチトワリングって、知ってました?

夏休み中に名古屋市でのこんな話を聞いて、ドキッとしました。

トーチトワリングは名古屋市内の市立中学の2年生が、野外学習で取り組む伝統行事で、

棒の先に固定したタオルを燃やしたものを振り回して演技するものだそうだ。

問題は、市立守山東中学校で火のついたトーチを使う「トーチトワリング」の練習中、

2年の男子生徒が右腕に大やけどをしていたことを、学校はなぜ市教委に報告しなかった

のかということ。練習中、男子生徒の衣服に火が燃え移り、右腕の手首からひじにかけて

やけどをし、男子生徒は重いやけどと診断され、現在も通院中にもなる大半な事故をどう

して黙っていられるのか?

また、事故後に教師が男子生徒に「罰が当たった」との発言をしていたこと。男子生徒

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の家族が今月 7日、教師の発言などへの不満を市教委に訴えるのは当然です。あなたがこ

の子の親なら黙っていられますか?報告しなかったことについて、同校は「失念していた」

などと説明しているがそれでは許されないと思う。その後、野外学習は予定通り行われ、

男子生徒も参加したが、トーチトワリングは見学したという。

これをする意味は本当にあるのかな?

どうしても中学校2年生にしなければならないことなのかな?

これって本当に教育的に意義があるものなのかな?

これを指導する大人たちは、ちゃんと検証しているの?

どうせ誰かが思い付きで初めて、そして次の年に続けられ、3年目には伝統になる。こ

れは私の持論だが、それに皆はとらわれていく。

こんな伝統はやめよう。子供にとって危険なものなのに、伝統という言葉から、誰もや

められなくなる。命より大事なことなのか?

この行事、私なら、中止します。こんな出来事がありながら、実施するという決断をし

た意味が分かりません。当然見合わせるべきだし、今後やめることも視野に入れなければ

ならない事案だと思います。管理職の危機管理意識のなさに残念でなりません。

令和元年 8月 2日(金) 晴れ

相変わらず、朝から暑い。今日も38.0℃を記録。

今日は高校のオープンキャンパス2日目を実施。

今日も生徒の皆さんが素晴らしくいい対応をしてくれました。

中学生やその保護者の方の評判はとても良かったです。

生徒の皆さんに感謝です。

令和元年 8月 1日(木) 晴れ

朝から暑い。昨日は全国でトップとなる38.4℃を記録。

そんな中、高校のオープンキャンパスを実施。

昨年度、午後からの実施であまりにも暑くなり、全体会も長かった。さらに冷房もフル

回転であったが、苦情は多かった。

今年は朝早くのつもりですが、遅いかもしれないけれど、9時過ぎから、体育館で全体

会を30分行いました。朝早くのつもりでもすでに30℃越え。

“熱中症対策はどうなっているのか”と中学生の保護者から言われた。その通り。

来年度もこんなものなら、この時期にオープンキャンパスをするのなら、全体会を体育

館ではもうやってはいけないのかもしれない。でも、生徒と保護者500人全員を集めて

行う場所はない。はじめから分散させて、冷房の効いた部屋でやることを考えないといけ

ないのかな。

ところで、今年は生徒の皆さんのボランティアを募って、生徒の皆さんが前面に立って

のオープンキャンパスをやってみました。

生徒の皆さんが素晴らしくいい対応をしてくれました。

関高校での生活やいろいろな本音など、その場で出てくる質問に真摯に答えてくれて、

中学生やその保護者の方の評判はとても良かったです。

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生徒の皆さんに感謝です。

令和元年 7月31日(水) 晴れ

朝から暑い。昨日は全国でもトップ10に入る最高気温。今日も蒸し暑く、朝から30℃

はあるかな?

今日で補習は最後。明日、明後日と高校のオープンキャンパス。昨年度までとは変えて

午前中だけにしました。

目の前の枝葉末節にこだわらず、本質を見抜く力を養いたい。

これには次の3つ、「普遍性」「不変性」「単純性」の本質を押さえたい。

1 普遍性:普遍性とは応用がきくこと。ある分野についてその本質(原則)をつかん

でしまえば、他の様々な問題は関連づけられ解決できることがある。

2 不変性:本質は時が経っても決して錆びることがない。この答えは、過去、そして

未来永劫に通用する。明日の結論が今日の結論と違うのであれば、まだ思

考が十分ではないという証し。

3 単純性:ものの本質は、いつ何時も、とてもシンプルなもの。これは物事の本質を

理解しようと努めるうえで非常に重要なこと。世の中は複雑そうで実は想

像以上にシンプル。数学や理科の公式などは実にシンプルだ。そうでなけ

れば残らない。

そして、第六感。どこか違和感を感じるということは、まだ核心を突いていないかも。。

思考の後、どこか“気持ち悪いな”と感じたら、「もっと先に本質がある。頑張れ」と教え

てくれていると思いたい。こういう違和感を感じ取る力を養いたい。

モグラ叩きのような対症療法では、「苦労>成果」となる場合が多い。

目の前に見える氷山の下にある、大きな氷の固まりを常に意識したい。

令和元年 7月30日(火) 晴れ

朝から暑い。梅雨明けと同時に、「待ってました」とばかりに、太平洋高気圧とチベット

高気圧の2枚重ねの布団が、日本列島を覆いかぶり、この暑さから逃げられなくなってい

ます。

昼間におもいっきり暑くなり、上昇気流で上空に雨雲が蓄えらて、夕方には雷が鳴る。

局地的に豪雨になる。まるでスコールだ。これがしばらく続くだろう。

昨日、今日と隣の小学校に、泳げない子の水泳教室の助っ人として、本校の水泳部の生

徒が2名、教えに行ってくれている。

彼らが、“先生”と言われて、まんざらでもない様子に喜びとともに感謝です。

泳げない子が泳げるようになった時の、嬉しいけど、はにかむ姿が何とも言えません。

その気持ち、僕もよくわかるよって、一緒に拍手しました。

そういえば、私は小学4年生まで泳げませんでした。水泳の授業のある日は憂鬱でした。

私の通った小学校では、水泳の授業は、1学年3クラス合同。

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まず、授業の初めに、泳げないものが全員の前で泳がされるのです。先生は当然いじめ

のつもりでやっていなかったと思うが、私たちは先生による“さらし者”で、いじめだと

私は思った。できないものをさらし者にして、“さらされることはつらいんだぞ”ってこと

が先生にはわからないのかとも思った。だから、仮病を使って必ず休むやつがいた。でも、

私は体調が悪いと言って嘘をつくのも嫌だし、かといってさらされるのも嫌だったし、と

にかくその場からいつも逃げたかった。

泳げなかった子が25mを泳げたら拍手喝采。泳げなかったものはそそくさと、子ども

用のプールへ行かされる。40㎝くらいしか深さのないところで、どうやって練習すれば

泳げるようになるのか、こんなところでいつまでたっても泳げるようになるわけないと私

は思った。

小学5年生の夏休み。

私はいつもクロールで息継ぎがうまくできずに途中で立ってしまっていた。

ふと、思い立った。そうだ平泳ぎをしてみよう。

平泳ぎで泳いでみた。すると、25mプールの縦約12m?が泳げた。

折り返し、また泳いでみたら、また泳げた。何回か泳いでみたら、ずっと泳げる。

なぜか嬉しい。自信になった。

そこで、今度、クロールをしてみたら、なんと25mが泳げた。

さらに、無謀にも、寝っ転がって、背泳ぎをしてみたら25m 泳げた。

この間、2,3日のこと。

当時、私の小学校では検定制度があった。1級というのは、どの泳法でもいいから30

0m泳げて、他の2泳法は25m泳げればよかった。ちなみに3泳法はクロール、平泳ぎ、

背泳ぎだった。

1級は、水泳の帽子に2センチメートルぐらいの幅の、黒い太い幅広い紐を縫い付ける

ことができる。25m だと 5mmぐらいの幅の赤い紐。いろいろな級と紐があったが、そ

の中でも1級は憧れだった。

でも、私は真っ白な帽子。何もついていない帽子は泳げない子なのだ。

夏休みのプールのある日には、一日の終わりに必ず検定があった。

夏休みのプールがある最後の日。

真っ白な帽子の私は、検定を受けた。監督の先生に、「何級?」と聞かれたけど、「1級」

というのは先生にバカにされそうで、言えなかった。検定を受けると言う勇気だけでも、

当時の私は、“清水の舞台から飛び降りる”ほど、すごい勇気が必要なことだった。

「ま、泳げるところまで泳いだら判断してやるから」というようなことを先生に言われ

たと思うけど、とにかくプールに入った。

泳ぎ始めたら、まず25mが泳げた。そのまま、50m、75mと行ったが苦しくもな

かったので、そのまま300m泳げてしまいました。

見ていてくれた先生もびっくりで褒めてくれました。その先生は、プールが最後の日だ

ったこともあるのでしょう、「ついでに他の2つも泳いでみるか?」と言われた。

私はやってみたくなって、「うん」と言ったと思う。

何と背泳ぎとクロールができた。前にできていたからそんなに驚きはしなかった。

幅の広い、黒い紐をもらって意気揚々と家路についた。

母親が白い帽子に黒い紐を縫ってくれた。嬉しかった。あこがれの一級だもの。

9月の2学期に入った初めてのプール。

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私が泳げないことを知っている、他のクラスの先生がいきなり私の所へ来て、「誰の帽子

を盗んできた」と一言。“借りてきた?”ではなく、“盗んできた?”だった。

ショックだった。「その帽子がお前のものならここで泳いでみろ。」と言われた。多分そ

の先生は泳げないだろうと思っていたに違いない。

泳げないもの全員でなく、私たった一人で5年生全員の前で泳ぐことになった。

でも、本当に泳げていたから、不安もなく泳げた。平泳ぎで300mも。泳げるかどう

かなら25mでやめさせてくれると思うのだけれど、300mを泳がされたということは、

今思うと、先生の沽券にも関わっていたのだろう。300mの手前ででも立っていたら、

きっと、“それ見たことか”と言わんばかりだったのだろうと推測できる。

でも、私は300m泳いだ。

私が300m泳いでいる間、他の同級生はプールサイドで座ってみていた。同級生にと

ってもいい迷惑だったろう。どんな気持ちだったのだろう。

300m泳いだあと、特に先生は私に謝ることもせず、何事もなかったように授業が始

まった。この間、どのくらい時が過ぎて行ったのかを私は忘れてしまった。

でも、その時に泳げた嬉しさよりも、泳げないことで辛い目にあった記憶が鮮明に残っ

ている。

だから、自分の子どもには小さいうちにプールに連れて行き、我流ながら、泳ぎを教え

たりもした。小学校で辛い目に合わないためにもというせめてもの私の務めかと思って。

令和元年 7月29日(月) 晴れ

朝から暑い。

土曜日、台風が東海地方を直撃。と言っても、大きな被害は出なかったようで一安心。

でも、地球温暖化で日本は亜熱帯になっているので、これから台風は日本に上陸する可

能性が高くなる。日本のすぐ南で発生し、そのまま上陸するなんてこともあるのではない

かと心配します。

いつも言っているような言霊になるといけないので、そっとしておきましょう。でも確

実に地球は・・・・。

甲子園への出場をかけた高校野球夏の大会の決勝戦が長良川球場であり、中京学院大学

中京高等学校が3年ぶりに県で優勝、甲子園に出場できることになった。

しかし、酷暑の中、この時期のここでやらなければならないものかとも思う。伝統だか

ら仕方ないのかな?

ナイターでするとか、ドーム球場でするとか、考えて行かないと。でも、甲子園という

聖地なんですよね。他の球場ではダメなんですもんね。

こだわりを捨て、新しい考えで打開できるといいが…。ずっと続いたから、やめられな

いんですよね、変えられないんですよね。

令和元年 7月26日(金) 晴れ

朝から暑い。台風が発生した。東海地方に接近する模様。気を付けなきゃ。

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コツコツ努力をしても成果が出ないことがある。

(1)努力する部分を間違えている

たとえば、問題を、テストによく出る、たまに出る、あまり出ないの、大きく3種類に

分けたとする。テストにあまり出ない問題を勉強しても点数にはつながらない。つまり、

点数に直結する部分から勉強していかないと点数にはつながらないのです。

コツコツと努力する子の典型として、勉強時間数が多いことに満足して、内容面では、

出る、出ない、の区別がついていないということがよくある。もし、これに該当するので

あれば、頻出順に整理して勉強の強弱部分を明確にするとよい。

(2)実は大して勉強していない

机の前に座って勉強していると感じていても、実際は60分のうち半分ぐらいの時間は

ボーっとしていたり、携帯をいじっていたりすることがある。集中できる時間を測り、そ

の時間内で仕上げるように勉強内容を組み立てていくとよい。15分しか集中できないの

であればタイマーをかけて15分で休憩を5分入れるというようにする。30分集中でき

るのなら、30分でタイマーをセットする。終わりの時間を明確にすることで、子どもは

その時間内はやろうという気持ちになるはずです。

(3)勉強方法を間違えている

勉強方法が本人にあっていない場合、いくら努力しても成果につながらない。勉強方法

を試行錯誤で変えながらやってみよう。

また、一般的には、「頑張る=つらいこと」ととらえることが多い。

楽しみを伴った「頑張る」でありたい。言い換えれば、「頑張る=楽しむこと」です。

問題を解くために文章を読むのではなく、自分の知っている現象と文章を重ね合わせて、

内容面に入り問題を解くことがあってもいい。つまり、解くことを楽しんでいればよい。

また、高3から世界史を勉強し、たった 1年でマスターして早稲田大学法学部に合格し

た生徒は、家族や知人、友人を総動員して世界史上の人物を、身近な人に置き換えること

でリアル感を持って“楽しんだ”とのこと。

できる子だから楽しめるのではなく、楽しめる子だから結果としてできるようになって

いったのだ。一見つまらなさそうにみえる勉強を、いかにして楽しめるようにするかとい

うことが重要だ。ただむやみに頑張ればいいというものではない。どうすれば楽しめるの

かを考えて実行するという考え方が、将来にわたって、子どもたちの最大の財産にもなる

のだと思う。

令和元年 7月25日(木) 曇り

今朝は曇っていた。

昨日は、全国の最高気温で、1位が多治見で36℃強、美濃は6位でした。ちなみに岐

阜県内の地域は揖斐川町、岐阜市、美濃加茂市の5つがベスト10に入っていました。こ

んなの入っていても暑いだけだということで、いいことでも何でもないかな。今日も相変

わらず蒸し暑くなりそうです。

野球部は善戦しながらも惜敗でした。しかし、終わってみれば、十分頑張ってくれて、

16年ぶりの3回戦突破、ベスト16でした。

ところで、今日は終業日です。全校集会をしますが、体育館は暑いので早く終わらない

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とね。

“命のリセットはできません。”

ゲームのようにリセットができて、人が生き返ることは絶対に不可能です。

とにかく命を大切にしましょう。命あれば何でもできる、何でも経験できる。

危険から回避する術を身につけましょう。夏は水の事故が多いので、意識して注意して

欲しいです。命あっての物種です。

いつも言っていますが、

① 自分で考え自分で判断し自分で決めて行動をする。この結果はどうであれ、真摯に受

け止めて、自部で責任を取れる大人になっていけるように日々研鑽しましょう。

② 人の気持ちや行動を察してください。どんな人に対しても奢るな、見下すな。丁寧に

接することを心がけましょう。どんな人も自分の先生だと思えるといいです。

③ そして謙虚で、いつも、何事にも、感謝して生きていける大人になるように心を持ち

ましょう。

④ どんな人にも平等に24時間は与えられています。時間を有意義に使いましょう。使

い方一つで充実もするし、浪費したと感じることにもなります。

夏休み明けは8月21日です。26日間の夏季休業に入ります。

元気な笑顔で会いましょう。

夏休みと言っても、文化祭の準備や学校での学習のために多くの生徒は登校してくる

ので、あまり今までと変わらないかもしれませんが、少なくとも授業はありませんから、

普段と違う生活になるということは言えます。

とりあえず一区切りです。充実した夏休みになることを期待しています。

令和元年 7月24日(水) 晴れ

晴れた。梅雨明けのようだと思ったら、台風が発生しそうで、梅雨明けは週明けになり

そうかな。多治見の気温は35℃の予想。酷暑だ。

本校の野球部は長良高校に7対1で勝ち、今日 KYB 球場で岐阜第一高校と10時から試

合があります。可児は多治見の横。吹奏楽部も応援に行きます。生徒たちが熱中症になら

ぬように頑張ってきてください。

話は変わりますが、こんな話を知っていますか?

県内の Y中学校では給食配膳で10分以内に配膳するルールであって、時間をオーバー

すると反省会になるという。通常の学校の配膳時間は平均13分。ちなみに Y 中学校の記

録は4分30秒とのこと。

校長は、「給食も学級づくりの 1 つとして、協力することの大切さを考えてのことだ。」

という。Y 中学校は給食配膳スピードに全力を注ぎ、生徒たちは日本一だと自負し、クラ

スが一丸となって配膳を行う。その様子はまさに戦場のようだ。生徒会長は、「入学した時

は何でやるのかなと思ったが、やっていくうちに団結する。」と言う始末。教頭は、「作り

手さんへの感謝の気持ちだ。」とコメントしていたが、果たしてそうかな?

これっておかしくない? おかしいと思うのは私だけなのだろうか?

給食って、競技なの? 軍隊の練習か? 早く配膳し、給食をお腹に駆け込み入れるこ

とが美徳なの?

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これって、義務教育にとって必要なことなの? 違いませんか?

こんなことよりも、もっと教えなければならないことがあるはずだと思う。

食事はおいしくいただくもの、感謝していただくもの。速さを競うものではない。だか

ら、大切な食事の配膳を丁寧に行うことの方が大切ではないか?

この配膳競争に、もし、足を引っ張るものがいたら、きっと集団で糾弾されるだろう。

全体主義という、一番してはいけないものをしている気がする。それが乗じて、太平洋戦

争に突っ走って行ったという歴史があったじゃないか。子どもたちにそんな事させていい

のか! 絶対にさせてはいけない。

先生たちしっかりしてよ。

そんなことでクラス作りなんて、間違えているよ。勘違いも甚だしい。

管理職! 目を覚ませよ。

誰もおかしいと思わないのか?

いや、おかしいと思っても、言えない雰囲気なのだろう。

そんな学校は変だと私は思う。

どう思いますか?

令和元年 7月23日(火) 晴れ

久しぶりにしっかりと晴れた。

今日、本校の野球部は3回戦の試合を長良川球場で行う。頑張って来いよ!

受動喫煙対策を強化した改正健康増進法が7月から一部施行され、病院や医療施設、学

校などの建物内の完全禁煙がスタートした。

来年4月には、飲食店やホテル、商業施設などでも喫煙が原則禁止になる。

喫煙者に対する風当たりが強くなっているのはわかる。これを機会にタバコをやめたら

どうかと思う。

外から煙草の煙が家の中に入ってくるのは嫌だ。

害虫駆除のために屋外で枯れ草などを燃やしたとしても、たとえ人がそばにいても、警

察などへ通報されて注意を受けることがある。煙が家に入ったり、衣服に着いたりすると

いう苦情だ。タバコはいいのか?これも煙ではないか。

家の中で吸うと、その家族から文句を言われるという人が、ベランダや家の外でタバコ

を吸うことがある。よく、夜にホタルのような光景を見かける。家族に吸わせたくない空

気を、他人には平気で吸わせていいのだろうか。

我が家でも隣に住む人が外で吸っているので、家までタバコの臭いがいつも入ってくる。

タバコは百害あって一利なし。

わざわざ煙を吸ってそれを税金として払ってもらってはいますが、病気にかかるリスク

は高く、かえって国の医療代がかさむことになる。

タバコの臭いが洗濯物にうつり、外に干すのもためらう時がある。窓を閉め切って、洗

濯物を室内に干すしか対策はないのか。

受動喫煙は避けたい。身内への副流煙は気にして、他人の家庭に対しては配慮しないの

は身勝手だ。この世から煙草を無くして欲しいと私は願う。

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令和元年 7月22日(月) 雨

台風5号が離れて行ったが、雨雲を巻き込み、日本列島に引き寄せ、各地で雨が降り、

甚大な被害が出ているところもあります。

この関市も9時に洪水警報が出ました。

4時間目終了後に帰宅させます。

連帯責任という言葉が好きではない。

小学3年生の時、担任は新任の男の先生だった。

ある時、帰りの会で、男子の一部が騒いでいた。

すると、先生は、「男子は全員後ろに一列に並べ!」と言った。

何のことかわからず並んだ。

いきなり一人ずつほっぺたをビンタされた。なぜビンタされたのかわからなかった。

先生が言った。

「騒いでいる男子を注意できなかった他の男子も悪い。男子の連帯責任や!」

私は、そのとき、“連帯責任”という言葉すら知らなかった。

家に帰って、親に話したら、「お前らが悪いんやで仕方ない。」と言われた。

悔しかった。納得がいかなかった。どうして叩かれないかんのやって。

そういえば、こういうこともあった。

小学校の時、班長をしたときのこと。班員の中に、なかなか言うことを聞いてくれない

子がいた。「授業中、席にしっかりと座っていて欲しい」とか、「出歩かないで欲しい」と

か、いろいろと注意しても、なかなか聞いてくれない。

先生は、“班の責任”だと言って、居残り掃除などをさせられ、班長の私が呼ばれてよく

叱られた。他の班の子が、「(その子が)同じ班でなくてよかった。」と言っているのを聞い

た。

注意は、先生がその子にすればいい。それが先生の仕事じゃないのかとその時思った。

子どもに互いに注意させるようにしておいて、それができなかったら、全員の責任って、

自分の仕事を放棄しているのではないかな? 先生は自分の責任から逃げているのだとそ

の時感じた。

連帯責任と言って、自分の責任を他にすり替え、全体を拘束して身動きを取れないよう

にすることはよくない。すると、連帯責任を負わないようにするために、“誰かがいる”か

らとか、“誰かのせいでこうなった”ということになり、その子どもを排除したり、いじめ

たりすることにつながるではないかと案じます。

令和元年 7月19日(金) 曇りのち雨

台風5号が日本列島に近づいています。

なかなか天候が回復しません。あいかわらず雨ですね。

結婚して子どもが生まれると、妻と夫は自然に「母親と父親」になり、それぞれの役割

を果たすようになる。 親にとって、一番大きな仕事は子育て。特に、母親の人生は子ども

の誕生とともに大きく変化すると思う。

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「育児」は「子どもを育てる」という意味だが、実は親にとっては、「育自」、すなわち

「自分を育てる」という意味にもなる。

育児というのは子どもを育てさせてもらいながら、一方で「自分を育てている」のです。

子どもが生まれると、親となった二人の生活は一変する。

小さい頃は、2時間おきにおきておっぱいをほしがり、おむつを変えないと泣く。そん

な生活の中で、母親は必死に子どもを育てていく。少し大きくなると予防接種などがはじ

まり、熱を出せば病院に連れて行くなど、自然に、親としてやらなければならないことを

していくようになる。つまり、子どもと一緒に成長していくのである。

しかし、本当の意味で両親が“自分”を試されるのは、子どもに自我が出てきた時だと

思う。 子どもは自我が育つと個性が出てくるようになり、わがままを言うようにもなる。

「ああしたい、こうしたい」などと言うようになるのだ。

しかし、何でも好きなようにやらせていてはいけない。親は、“いいこと”と“悪いこと”

をしっかりと子どもに伝えなければならない。時には大声をあげることもあるだろうし、

子どもが泣くこともあるかもしれない。でも、子どもの成長は止まってくれない。

親の多くは、こうした子どもたちとのやりとりやしつけの問題の狭間で非常に悩む。 自

分の子どもにいつでも無二の愛情を注いでやれるわけにもいかない。子どもに対する苛立

ち、葛藤、そして子育ての難しさなどなど、子どもが成長するにつれてこれらのことを実

感する機会は増えていく。でも、こうやって悩んで、人は成長していくのである。

母親のおなかの中から生まれた子どもが、毎日少しずつ大きくなっていくように、親も

また、日々成長していくのです。子どもを通して、自分自身が成長していくこと、そして

親としての役割を果たすようになること、こういう「成長」が大切なのだと思う。

親が親としての役割をきちんと果たすことができるようになるのは、子どもが成長させ

てくれるからなのだと実感しています。

令和元年 7月18日(木) 雨

台風5号が日本列島に近づいています。

なかなか天候が回復しません。

次の話、どう思いますか?

2014年に起きた事件。

当時24歳だった女性には、3歳の一人娘がいた。

別れた元夫との子どもである。

同居を始めた別の男性は、徐々にその娘の存在をうるさがるようになっていた。

ある日の午後10時過ぎ。近くの川に架かる橋のそばに車をとめ、娘を両腕に抱いて橋

の欄干に立たせた。

車が通るたび、娘を欄干から降ろしていた。

娘を抱く手を伸ばし、宙に浮く状態にしたとき、娘は、にこっと笑い、突然こう言った

という。

「バイバイ」

これからの自分がどうされるのかを察知していたのだろうか。

女性が手を離し、ドボンという音が聞こえた。

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でも、その女性はその場を離れたくて車まで走ったそうだ。

翌日、橋の約1キロ下流で女の子の遺体が見つかった。

法廷で女性は「最低なママでごめんなさい」と涙を流しながら語った。

女性は懲役9年の判決を受け、服役中とのこと。

でも、謝ったところで、なくなった子どもの命は帰ってこない。

子どもは愛すべき存在、守るべき存在だ。

どんなにうるさがられても、育てなければいけない存在だ。

暴力をふるえば簡単に死んでしまう、か弱い存在だ。

大人になったら、誰もがきっと思うだろう。

誰かに守られて育てててもらったからこそ、今こうして生きていられるのだと。

考えさせられます。

令和元年 7月17日(水) 晴れ

昨夜、雨が降っていました。でも朝起きたら上がっていました。

今ある環境に不満を言っても仕方がない。

「予算がない」「お金がない」「時間がない」「人手がない」「才能がない」「運が悪い」「政治が

悪い」「景気が悪い」と、ナイナイ尽くし。不満を言ったらきりがないし、言うことで、何

か変わるものならどんどん言えばいい。でも単なるはけ口でしかない。できないことや不

満を言うことは、言っている人自体、自分が結果を出せないことに対し、アリバイを探そ

うとしているのではないだろうか。

ピンチであればそれをチャンスに変えるための工夫をしようとしてみたい。

不満からは何も生まれない。工夫してそれを打開しようとする努力をしたい。

工夫は何かを生み出そうとしているから、結果、何かが生まれる。それは前よりもマイ

ナスかもしれないが、少なくとも現状維持ではない。

そのマイナスも、考えようによってはプラスに転じることも可能なことになるかもしれ

ない。

不満は改善への足掛かり。とにかく考え続けよう。走り続けよう。

令和元年 7月16日(火) 曇り

朝、雨が降っていましたが、すぐに上がりました。

昨日、野球部が対麗澤瑞浪高校戦で、4対2のスコアで勝利しました。

夏の大会は実に13年ぶりの勝利だそうです。くじ運や天候など様々な要因があったも

のの気づけば10年以上、勝利から遠ざかっていたのですね。

次戦は21日(日)の12時半から長良川球場で、対長良高校戦です。天気が心配ですが、

試合ができるといいですね。

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令和元年 7月12日(金) 曇り

朝から曇っていて、蒸し暑いです。

ぐずついた天気は相変わらずかな?

根っこは変わらない。親の考えは子どもにそのまま伝わる。

子どもが何かいたずらをしたら、その子のために叱る。もしその子が他の人に叱られた

時、親が素直にその非を認めて謝ることが大切だし、その姿を見せることはその子にとっ

てとても重要だ。

子どもは親の姿、背中を見て育つ。都合のいいところだけを切り取って、子どものため

と言って、実は自分を守るために言い訳をしていると、その子どももそのように育つと思

う。小さいときは何でも思い付いてまま言葉を発し、思い付いたまま行動しても何も言わ

れないことが多い。子どもだからだ。そして、子どもだから許されるのかもしれないが、

その時、ダメなことはダメだときちんと注意する必要がある。

徐々に大人になり、理性と、社会性が付いてくる。思っていても言ってはいけないこと、

してはいけないことをコントロールしていけるようにならなければならない。

言葉は発すれば言霊と言って独り歩きするし、行動は人に迷惑をかけるようになる。

小さな子の時には子どもだからと言って許されていたことが、大きくなれば許されなく

なる。それが大人になるということ。親は、子どものためと言って、子どもをかばいたい

と思うのは親だから仕方がない。しかし、それは本当にこどものためになっているだろう

か?

人としてしてはいけないことであったら、きちんと毅然とした態度で注意しなければな

らない。でもその親に社会常識がなかったら困る。親は親としてしっかりしないといけな

いな。

子どもが生まれたら、物理的に親にはなれるけれど、子どもを育てていくための本当の

親になるには自分をなお磨いていかなければいけないと思う。

自分はどうだったろうか?

子どもに見せられる背中か?態度か?

ひょっとしたら、後の祭りかな?

子どもは皆に迷惑かけていないだろうか。不安です。

令和元年 7月11日(木) 曇り

朝から曇っている。なかなか気が晴れない。

どんな人も敬おう。

自分と他を比べて、自分より弱いものをさげすみ、バカにし、いじるな。

自分より強いと思われるものには巻かれて、手を擦るという、最低な人間になるな。

奢るな、謙虚に生きよ。

どんな人も生きて行く権利はある。

生きているだけで価値はある。

生きて行くことを否定することは誰にもできないし、してはいけない。

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そんな権利などだれにもない。

自分が気に食わないからと、いじめていいという権利などあるはずがない。

すべての人を敬え。そしてどんな人に対しても、丁寧に接しよう。

令和元年 7月10日(水) 曇りのち雨

朝から曇っているが、一日曇りの予報。

でも、蒸し暑い。梅雨明けはまだまだかな?

小中学校の時、よくケンカがあると、先生がけんかしている者たちを呼んで、お互いに

握手して「なかなおり」、ってやってませんでしたか?

実は私事だが、今でも悔しかったことを覚えている。

私が中学3年生のとき、あるやつに「テストの点数を教えろ」と言われた。

言いたくなかったので黙っていたら、いきなり、机を蹴られて、一方的に殴り掛かられ

た。

それを見ていた周りのものが、「けんかしている」と先生に報告した。

先生は飛んできて、私たちを職員室に連れて行った。

そいつに言わせれば、“点数を教えないあいつが悪いから殴りかかった”というようなこ

とをそのとき言っていた。

先生はおかしいと思わなかったのだろうか?

こちらは応戦もしてないのに、そいつは、「殴り返された」とも言った。

先生は、「仲直りの握手をしろ。」と言った。

したくなかった。私は悪くない。何もしていない。

先生はよく調べもせず、仲直りの握手をしろと言った。

こちらは一方的に殴られて、仲直りなんかできるはずがない。

でも、その場は仲直りの握手をしないといけない雰囲気。

仕方なく握手をしたけど、許せなかった。

今もその時のことは覚えている。

やられた側とやった側とを話し合わせて仲直りしろ、なんていうのは無理だと思う。

やった、やられた、という関係での和解なんてありえない。

やった側が呼ばれたとき、やった側がまず思うことは、“どうしてこのことが知られたか”

ということ。誰かが言ったのなら、そいつらが言えないようにし、二度と告げ口させない

ようにする。

だから、やられた側が、この後に聞かれても、「何もありません」としか答えられない。

その中で勇気を出して立ち向かおうとするものがいても、今度はその人が標的になるだけ

だ。だから、関わらないようにするものが出るのは当然だ。

とにかく、いじめるやつが許せない。何の権限があっていじめることができるのか。気

に食わないとか、なんとなくではされる側はたまったもんじゃない。

今、いじめが起きると、学校がいろいろ言われる。でも問われるところはそこじゃない。

いじめていたやつらのことは、どうして、もっと糾弾されないのだろうか?

いじめているやつらがいるから、こういうことが起こったのではないかといつも思う。

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矛先が違うのではないか?

結局、学校をいじめているだけじゃないか。糾弾したところで亡くなった命が戻るわけ

ではない。弱いところや反論してこないところを叩いているとしか思えないと私は思う。

令和元年 7月 9日(火) 曇りのち雨

朝から曇っている。小雨もパラパラ。雷注意報が朝から出ています。

蒸し暑いですね。

以前にも書いたが、過去にこだわって、過去のことに引きずられていてはいけない。特

に学校の生徒は3年しかいない。ましてや、1年生にとって、「昨年はこうやった」と言わ

れても、昨年はいない。

新しく換わってきた人にだってそうだ。

職場を換わるといつも思うことだが、会議のとき、「例年通り」と言われることがある。

例年を知っている人はいいけど、例年を知らない人にとってはとても不親切だといつも感

じていた。

いろいろなことが、ずっと続いていたとしても、それは必ずしも正当な理由があるから

続いているのではないことってありませんか?

今までと変えることに自信がなく、面倒だからと前例踏襲。

しっかり考え、その事柄が、時代とともに消え去ることになったとしても構わないと思

うし、必要なければ、消え去るのが時代の流れなのかもしれない。

いろいろなしがらみで、またはしがらみが、未来の自由度を妨げては何にもならない。

人も変わり、時代も変わる。その場にいる人で変えて行けばいい。長老に意見を聞く時

代は昔のこと。今、いる人たちで、今、生きやすいように、暮らしやすいように変えてい

くことが大切だと思う。「昔はこうやった。」と言われたら、「はい、昔はそうでしたか?で

も、今はこうします。」と言い切りたい。

過去は変えられないが、未来は大いに変えられる。

未来へは、柔軟な態度、心をもって、変わっていかなければならないと思う。

現状維持は後退である。過去に“こだわらず”、過去に”とらわれず”、常に現実を見

て歩を進めたい。

過去のつながりを重視しなければならないのなら、小修正もやむを得ないが、全く同じ

では芸がない。

いつも考えているのは、それを享受する側の立場で常に物事を考えられる人でありたい

ということ。学校で言えば、教育を受けるのは生徒であり、その生徒の責任者は保護者で

ある。その生徒や保護者にとってどう思われるか、不都合はないか、理不尽ではないかな

ど、受ける側、される側の立場で常に考えられる教師でありたいな。

そんなことをふと思った。

令和元年 7月 8日(月) 晴れのち曇り

朝から蒸し暑い。こんな日の午後は雷が鳴りやすい。注意報が出るかな?

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金曜日の実習生の授業の中で、世論を“よろん”や“せろん”と言っていたが、明確に

使い分けているわけではなく、どちらを使ってもいいと聞いていた私としても、どこか気

持ちが悪く落ち着かなかった。

そこで、調べてみると、世論の読み方が「せろん」、「よろん」とで分かれるようになっ

た背景には、もともとあった「輿論(よろん)」という言葉の「輿」という漢字が、昭和2

1年に公布された当用漢字表に含まれておらず、「世論(せろん)」という文字を代用して

使うようになったからなのだそうだ。

だから、「よろん(輿論)」は世間一般の共通意見、「せろん(世論)」は世間のうわさや風

評をあらわす言葉だから、「世論調査」等は「よろん」、世の中のうわさや風評をあらわす

時は「せろん」と使い分けるべきだと考えている人もいます。ただ、日本語は変わってい

くもの。

世論調査と言えば、対象となる人の年齢層や主義主張を唱える層など、聞く対象を意識

することによって操作することができる。意図的に調査結果を自分たちの思うところに持

っていくという操作をしたらその世論調査は意味があるのだろうか?

もうすぐ選挙がある。高校 3 年生でも投票できる生徒がいる。しっかりといろいろな事

柄を見極め、判断して欲しいものです。

令和元年 7月 5日(金) 曇り

朝から蒸し暑い。

今日は双葉中学校の保護者が50名弱来られました。

午後に体育祭結団式あり。

新しく始まる「大学入学共通テスト」には初めて記述式の問題が導入され、その採点に

は、およそ1万人が必要とされ、文科省は」、アルバイトの大学生も認める方針であること

を昨日のニュースで知りました。

大学入試をアルバイト学生に採点させるのっていいの?

共通テストの国語と数学には、従来のマークシート方式に加え、記述式の問題が初めて

導入され、文部科学省は業者に委託して行う採点におよそ1万人が必要だと見込んでいる。

この採点者について、国はアルバイトの大学生も想定しているそうなのだ。

共通テストのプレテストを採点したという大学生は、「採点会場に集まったのは大学生が

多く、途中で居眠りをしないようにという注意もあり、全員が同じようなモラルや責任感

を持って取り組むわけではないし、自分も採点基準がよくわからなかったりして、2割か

ら3割ぐらいは基準どおりに採点できているか自信がない。ただでさえ記述式の採点は個

人の主観が入ってしまう」と話していた。

東北大学は2次試験で記述式の問題を出していることや公平性への懸念などを理由に、

原則、記述式の問題を合否判定に使わないことを公表している。

私も同感だ。

まだまだ不確定な要素がいっぱいなのに、共通テストの実施の時期はすぐに来てしまう。

不安なまま迎える受験生がかわいそうだ。

制度なんか、大きく変えなくてもいい。

英語の4技能の民間試験導入だってそうだ。

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共通テストは、最低限これだけの知識は欲しいというものであって、その後の2次試験

において、各大学が、そこに来て欲しい生徒を選ぶために、いろいろな受験形式を取れば

いい。コロコロと入試制度をいじるより、各大学の中身をいじるべきではないのか?

民間に委ねると受験産業などにお金が流れる。それが狙いなのだろうか?

本当に、大学って、行かなければならないところなの?

行って、魅力のあるところなの?

高いお金を取られても、それに見合うだけの教育がなされているのだろうか?

高い納付金の割には大した教育もしてないところもある。大学が潤うだけ、教授たちが

潤うだけじゃないの?

令和元年 7月 4日(木) 雨のち晴れ

朝から蒸し暑い。

予想より雨が降らなくて安心しましたが、ピンポイントで降っているところもあり、状

況はすべて把握しているわけではありませんが、鹿児島などの九州では災害になっている

ところもあり、心配です。

日本がかつてそうであった、年功序列型の企業は、実はきちんとした組織の縦社会の秩

序を維持していたのかもしれない。

成果主義により昇進していく社会では、その立場で一定の成果を出すと、次の立場に昇

進し、それを繰り返して出世をしていく。

一見、フェアで優秀な社員が育っていく仕組みのように見えるが、実はこれにも問題が

ある。能力主義の企業において、会社員は優秀である限り、出世し続けるが、成果が出せ

なくなるとそれ以上出世しなくなる。これまで順調に出世してきた人が留まり、無能と評

価される。この考え方は変かもしれないが、これが繰り返されていくと、最終的にすべて

の役職の人が無能な人で埋め尽くされてしまうということになる。

“名プレーヤー、必ずしも名監督ならず”とよく言われる。プレーヤーと監督では立場

が違うからだ。今は能力を発揮できていない人でも「昔は優秀だったらしいよ」と言われ

る上司もいる。

日本は降格が積極的に行われない。本来は優秀な人材が、無能な上司によって昇格の邪

魔をしているのかもしれない。自分に合わないと思ったら、「無能」のレッテルを貼られて

職業人生が終わってしまう前に、適任の人間の可能性を広げるためにも、自ら降格を願う

のも一つなのかもしれない。生き生きと仕事をするためにも、問題は仕事内容のマッチン

グではないかと思う。

年功序列と成果主義を融合すればいいのかもしれない。

令和元年 7月 3日(水) 曇りのち雨

朝から蒸し暑い。

今日から明日にかけて大雨が降りそうです。

明日は被害のないことを祈ります。休校にならなければいいですが。

今、九州では大変なことになっている。1ヶ月の降水量が1日で降ったところもあると

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聞く。いのちは自分で守りなさいと言われてもどのように動いていいかわからない。まず

避難と言われても判断に困る人多いよなあ。

ところで、1 時間に 1mmの雨というのは、1 平方メートルつまり 1 メートル四方に、1

リットルの牛乳パックの量の雨のこと。大したことないと思うかもしれませんね。

でも、180mmというと、想像がつかないかもしれませんが、だいたい家庭のお風呂

一杯分が180リットル。1メートル四方に、1時間に風呂桶一杯分の水が降ってくると

考えればよい。しかも、そこだけではなく、その周り一帯に降るということなのでそこら

中に風呂桶に入った水が降ってくることになることを想像してみてください。すごいこと

ですね。

お金持ちだとかそうでないとか関係なく、雨は平等に降ってきますが、どこに降るかは

わかりませんが、自然の前に人は為す術はないのでしょうか?

令和元年 7月 2日(火) 曇り時々晴れ

朝から蒸し暑い。すぐにエアコンを入れました。

教室の中でも熱中症になってしまうと困りますものね。

日本の15歳時点の学力は世界トップレベルだが、「世界大学ランキング」では苦戦して

いる。さらに、大学生の“質の低下”も嘆かれる。

3年に1度、15歳を対象に実施される国際学力テストの PISA。日本はこのテストで毎

回、高い順位をマークしている。ところが、「世界大学ランキング」の上位に日本の大学名

はなく、大学生の「質の低下」も指摘されている。ただ、「世界大学ランキング」は、学生

の能力の高低を表すものではなく、論文の引用数や研究予算が指標なので、PISA の順位と

そのまま比べられない。

また、大学で必要とされる能力は、ペーパーテストに正解できる力ではない。議論をし

たり、新しいアイデアを作ったりする能力のほうが重要なのだ。

日本の子どもたちにこうした力や自信が身につきづらいのは、日本特有の「集団主義」

があるのではないか。例えば、日本の小・中学校では活動のほとんどを「班」単位で行う。

班の仲間と一緒に座り、勉強し、給食を食べ、学校中を掃除する。学習成果は班の努力と

して評価され、個々の生徒のあいだの能力の違いはあまり問題にされない。褒められると

きも、個人ではなく班が褒められる。こうした文化が、“出る杭を伸びにくく”しているこ

とは事実だ。

先生から、繰り返し注意されて、指導されているうちに、子どもたちは自信を失ってし

まうのではないか。

ただ、集団主義には良い面もある。日本の子どもたちはみな礼儀正しく、他者と協調で

きる。それらを生かしたうえで、自分の考えを相手に伝える力を身につけることは可能だ

と思う。

子どもを賢くするだけが、教育の目的ではない。教育はその後の人生に備えるための指

針を示す。

過去に何があり、自分たちがどこから来たのかを知るためには、歴史を学ぶ必要がある。

また、数学や科学の知識は、生活の中で活用することができるものである。

語学を学ぶのは、他者と適切にコミュニケーションを取るためであり、試験に合格する

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ためだけのものではなく、生きるうえで重要なものだ。

子どもたちが良い人間、幸せな人間になるためにも教育が必要だ。そして、失敗や挫折

にどう向き合い、やる気をどのように保っていくのか。こうしたことを教えるのは、決し

て簡単ではない。

教育は社会においてもっとも重要なものであり、国の根幹である。

教育は人づくりであり、国づくりでもある。

令和元年 7月 1日(月) 曇り時々雨

朝から曇っています。雨が降るのかな?不安定な天気です。

いよいよ7月に入りました。今年度の4分の1が終わりました。今月は後半が夏休み。

18日から保護者懇談会なので、1日授業というのは少ないですね。

6月末までの制服(夏服)の移行期間を延ばします。

エアコンを付けると夏服では寒いという人がいます。ベストを着たいという人がいまし

た。でも、暑いという人もいます。

寒いという人に合わせるとエアコンを付けられなくなってしまいます。

暑いという人に合わせ、エアコンを付け、寒い場合はベストや冬用の上着を着てもよい

とすればよいかと思い、変更しました。どうでしょうか?

自分で判断して着こなしをしましょう。

ところで、6月20日の問題のヒントの続き。

イ、エ、カ、クは偶数が入る。また、8の倍数は下3桁が8の倍数であることも考慮す

る。

アイウエ5カはアイウが3の倍数なのでエ5カは3の倍数になる。

ウエが4の倍数なのでエは4と8はだめ。だからエ5カは、258か654。

ここからは、アイウ258キクケか、アイウ654キクケで、ア、イ、ウ、キ、ク、ケ

にいろいろとやってみることかな?

ちなみに、答えは、381654729。

令和元年 6月28日(金) 曇り時々雨

朝から曇っていますが雨も上がってホッとしています。昨夜から今日の朝にかけて、熱

帯低気圧から変わった台風が本州南岸を通りましたが、大きな影響はなくちょっと一安心。

いつもより時期がちょっと早いですね。急な変化に戸惑いを感じます。気候が亜熱帯にな

っているのだろう。今後、台風上陸など今まで以上に起きなければいいなと願うばかりで

す。

今日は美濃地区の子ども応援会議が午後からあり、いろいろな方面の方々約50名ほど

が本校に来られます。授業参観もされ、あとは会議。

放課後には生徒17名も交えてグループでの討議があります。本校の生徒ならきっと周

りの大人に気後れすることなく話してくれることと思います。

ところで、歴史は必燃。その出来事は起こるべくして起こっているのではないかと思う

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ことがある。

だから、歴史を点で、例えば年号と出来事だけを覚えるのではなく、なぜそう起きるに

至ったかを考え、その出来事を含む、連続した線で考えると覚えやすいのではないかとい

つも思う。さらには、もっと言うと平面、空間で。そして、時間軸を入れた4次元で捉え

ていくとよいのではないかと。

でも、そうすると莫大な量のメモリーが必要だ。でも幸い人間の脳はコンパクトにでき

ていて何十兆個の細胞(メモリー)でできている。これを有効に活用できるといいですね。

ところで、歴史は必然であると考えると、今起きていること、これから起きることは、

すでに起きることが決まっていたのだろうか? そうすると、この世に生まれてくること

や、私が、私の両親から生まれてくることも必燃だったのか? そして今起きていること、

起きようとしていることも、歴史の時間軸の中で起こるべくして起きているのか、起きよ

うとしているのか? そう考えると歴史って変えられるものなのだろうか。もし変えよう

とすると、その変えようとすること自体がもう歴史の中に組み込まれているのだろうか?

考えれば考えるほど、深みにはまっていきます。

いずれにせよ、生きて、いろいろと考えることが楽しいと思える人間になりたいなあ。

令和元年 6月27日(木) 雨

朝から雨模様。今日の夜から明日の朝にかけて、熱帯低気圧から勢力を増した台風が本

州南岸を通るらしい。ひょっとすると上陸するかもしれないけれど、いつもより時期がち

ょっと早いね。急な変化に戸惑いを感じます。

また、明日は美濃地区子ども応援会議が午後、本校で行われます。

ただ、この天候で警報でも朝出ていたら心配です。

ところで、「待つ」、「褒める」、「肯定する」。

これは子どもが自信をもって生きて行くために、親がすべきことです。

否定されれば自信がなくなる。

ライオンは子を谷に落とし這い上がってこさせようとするが、今の時代、谷に落ちたら

もう這い上がれない。

褒めて伸ばそう。

自己肯定感を付けてあげよう。

そのためには、できるまで待ってあげよう。

叱ってばかりの親は、きっと自分が子どもの時に、そう、育てられてきてなかったのだ

ろう。

子どもをけなし、叱り、うまくできても褒めない。自信を無くすようにけなしてしまう。

そして否定する。「心では褒めているのだ」というものもいるか漏れないが、目に見えなけ

れば、何にもならない。

同様に、学習しても目に見える形でアウトプットしなければ、何も相手に伝わらない。

「以心伝心」なんていう言葉は、昔の話で、今はきちんと表現して、相手に伝わらなけ

れば意味がないことが多い。

相手の気持ちを察するようにといつも言っている私だが、きちんと相手に伝わるように

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話したりすることも大切なコミュニケーション能力なので、こちらも大切だ。難しいなあ。

もう一つ。

「謝れない」、「言い訳をする」、「他人のせいにする」。

この三つは、私の中で、ある“事柄”の指標にしている。誰にでもあることで、バラン

スを取って、調整しながら生きている。いつも、これに凝り固まらないように注意してい

ます。

だから、失敗したり、迷惑を掛けたら素直に謝れるといいなあ。それに、言い訳をした

からと言って許されるものでもないこともある。ましてや自分が悪いのに、あいつのせい

でこうなったなどと他人のせいにしてはいないだろうかといつも気にしています。気を付

けたいものです。

令和元年 6月26日(水) 晴れ

朝から晴れていて、暑くなりそう。いよいよ朝からエアコンを付けなきゃいけないのだ

ろうか?蒸し暑いし、雨が近づいているのだろうか?

「六りなく(む“り”無く)、三つの“あ”で。」

六つの“り”を無くそう。

六つの“り”とは、「いばり(威張り)」、「いかり(怒り)」、「おごり(傲り」、「あせり(焦

り)」、「くさり(腐り)」「とまり(止まり)」のこと。

はじめの五つは、他人から見れば滑稽で、周囲の人に悪影響を与えるばかりか、決して

何も生み出さない。

最後の一つ、「とまり(止まり)」とは、水も流れず、止まっていれば、水もよどみ、腐

ってしまう。それと同じで、人生は常に止まることなく、継続し続けることが成長につな

がるのだ。

いろいろな事例で、前例踏襲する場合、根拠があってのことならまだしも、何の根拠も

なく、面倒だからと、何の案もないからと行うのは避けたい。現状維持は後退なのである。

三つの“あ”で人生を進みたい。

三つの“あ”とは、“あせらず(焦らず)”、“あきらめず(諦めず)”、一歩一歩、“あゆみ(歩

み)”のこと。歩みを止めることなく、常に反省をして改善点を見極めよう。そして、常に

前向きで、ポジティブに生きましょう。

もっと顔を上げて堂々と歩きましょう。お日様も君を応援してくれているはずだ。

心の持ち方一つで人生が変わります。

毎日を明るく元気にのびのびと。

令和元年 6月25日(火) 晴れ

朝から晴れていて、太陽光が当たって痛い。

挨拶の「挨」は、心を開いて近づくという意味。挨拶の「拶」もどうように、せまる、

近づくという意味がある。つまり、「心を開いて相手に近づく」という意味があるのだ。挨

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拶はコミュニケーションの基本。どんな相手にも丁寧に、「おはよう。」ではなく、心を込

めて会釈をし、「おはようございます。」と言いたいですね。

挨拶は自分を磨く修行でもある。

笑顔で相手に不快感を抱かせてはいないだろうか? 頭こうべ

を垂れることで、相手に敬意と謙

虚な姿勢になり、自己を顧みることができるのだと思う。

「おはようございます。」の一言は、「今日も一日よろしくお願いします。お互いに頑張

りましょう。」という気持ちを持って、発したい。

また、「身だしなみ」は「身をたしなむ」に由来し、相手に不快感を与えないようにする

こと。自分の服装だけでなく、自分の心の身だしなみにも注意を払おう。あなたの、周囲

への配慮や深い教養が試されていると思います。

令和元年 6月24日(月) 曇りのち晴れ

朝からむし暑い。

雨の予報が、降らなかった。九州ではまだ梅雨ではない?

知られていないが、国や自治体からもらえるお金は数多く存在する。役所は聞かれない

限り、わざわざ教えてはくれない。だから小まめに勉強すべきだ。

例えば、確定申告の際に、見落とされがちなのが老人扶養控除。控除とは必要経費とみ

なして収入から引かれる。その引かれた分を所得とみなしてこれに税率をかけるのだから、

控除されるものがあればあるほど税金は少なくて済む。

扶養控除や配偶者控除は知っていても、これを知っている人は少ないとのこと。70歳

以上の親を扶養していた場合に適用され、同居していれば58万円が所得から控除される。

同居していなくても、毎月仕送りをしていたり、老親が入居している施設の費用を支払っ

たりしていれば、一人あたり48万円の控除が認められる。両親の面倒を見ていれば、2

人合わせて96万円だ。仕送り額に決まりはなく、毎月1000円でも生活費の支援をし

ていれば適用されるらしい。親の年金収入が年間158万円以下という条件付きではある

が、控除額が高額なため、知っておくべきだ。

このように使える制度があるのに申請しなければ、税金を取られるばかりで損をするこ

とになる。もらえるものは申請をし、しなければ、期限があればもらえなくなる。だから、

知らないと損をするが、そんな事など、役所は知ったこっちゃない。

支払わなければならないものは、かなり過去にさかのぼって搾り取られる。ずっとしつ

こく請求され、渋っていると延滞金を取られることになる。

令和元年 6月21日(金) 曇りのち雨

朝からむし暑い。

3年生は京都・滋賀方面へ校外研修に行きました。

今、プラごみによる海洋汚染が国際的な問題となっており、このプラごみ削減が課題で

あり、本校の SGH でも課題の一つとして取り上げている。

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実はこのプラごみの削減に、大阪発の細菌が救世主となるかもしれないのである。

朝日新聞デジタルによると、この細菌は堺市内で見つかり、ペットボトルを“食べる”

性質があり、堺市内のペットボトルの処理工場で、当時、京都工芸繊維大の小田耕平教授

(現・名誉教授)らが見つけたそうだ。発見場所にちなんで、2005年に「イデオネラ・

サカイエンシス」と学名がつけられたとのことだ。

その後、当時、慶応大に在籍していた吉田昭介さん(現・奈良先端科学技術大学院大特

任准教授)らの研究で、この細菌は特殊な2種類の酵素を出して、ポリエチレンテレフタ

レート(PET)を分解し、栄養源としていることもわかった。厚さ0・2ミリのPET

を、約1カ月で二酸化炭素と水にまで分解するという画期的なものだそうだ。

昨日の9桁の数字の問題について。

ヒント。

「アイウエオ」は5の倍数なので、オは0か5。1~9までの数字なので、オは5と決

まる。

また、3の倍数は、各桁の数字の和が3の倍数。4の倍数は下2桁が4の倍数である。

令和元年 6月20日(木) 晴れ

朝から暑い。アメダスの美濃では全国5位の32.8℃を記録しました。

昼からエアコンを付けています。これからずっと暑くなっていく。

温暖化はどんどん進んでいる。とにかく手を打っていかなければならない。

呑気なことを言って、自分の気に入らないことは全部フェイクニュースとして片づけて

しまっている、どこかの大統領がいる限り、ますます温暖化に拍車がかかっていく。何と

かして欲しいと思う。

国内では年金のことで揺れている。

これからの子どもは少ない子どもたちの肩に大人が何人か乗っかって、年金支払いのた

めに働かなくてはならない。かわいそうだ。だからこそ、税金などの皆で集めたお金は大

事に使って欲しい。

みんなで出したお金はなのだから使いたい放題というのはいけない。むしろ大切に使わ

なければならない。

自治会長をしていた時、「会長が勝手にルールを決めてお金を集め、使いたい放題使えば

いい。」と言われたことがあったが、それは絶対にしなかったし、したくもなかった。そも

そも、そんな考えがあることが嫌だったし、それも老人だ。きっとその人が会長の時にそ

うしていたのだろう。だからそういう考えになるのだ。

ある地域のまちづくり協議会での話。

無理やり行事を作り、行事をすることで必要経費以上に補助金がもらえ、最後は打ち上

げで、自分たちが飲み食いに使っている話を聞いたことがある。私はそんな協議会なんか

やめちまえと言いたい。大切な税金をそんな輩の飲み代などにしたくない。

補助金とは市からの税金だ。まちづくり協議会には、約300万円の補助金(税金)が

拠出されている。土曜日や日曜日に暇な無職のじいさんばあさんたちが率先して行事を行

えばいいが、役員として駆り出されるのは、仕事をしている人たちで、平日仕事し、休め

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るという休日に駆り出される。誰がそんな役員をやりたいと思うのか?思うはずがないに

決まっている。今は、休日に出勤して平日休みの人も多くいるが、休日の行事にわざわざ

仕事を休んで、その行事のために出ていた人もいたし、いる。

おかしいだろう。だから、そんな集まりはみな辞めていくのだ。

補助金をもらうために、無理やり行事を作って、その行事をすることで補助金がもらえ

るから、それを飲み食いに使っている。それっておかしいと思うのは私だけでしょうか?

そんな協議会には参加したくないし、税金がそれに使われているとしたら反対したい。地

域再生、ふるさと再生と言われるが、そんな再生なら辞めたっていい。なくなるか復活す

るかは自然の流れ。摂理だとも思う。

そういえばこんなこともあった。

“福祉”ということで、月に一回、老人宅への弁当の配達というのがあった。今もある

らしい。それをあてにしている老人もいると聞く。それって、しなければならないことな

の? それって福祉なの?

自分の食い分は自分で賄え。「月に一回ぐらいいいやないか」っていうけど、作るものの

身になれ。これには閉口した。

“地域の老人は地域で面倒を見る”というかっこいい美辞麗句なんて必要ない。

そんな大義名分で動かされるなんて嫌だ

自分の食べる分は自分で調達しろ。それって当たり前じゃないのか?

おかしいと思うのは私だけか。

皆、必死になって、一生懸命食べていくために働いている。老人とて人だ、同じだと思

う。助けが必要ならば助けなければならないが、甘えるのも程がある。

私もやがて老人と呼ばれるが、こういう他人に迷惑をかけて、“やっかい”にはなりたく

ない。“厄介”者にならないように生きて行きたい。

ここで、一息。下の問題解いてみませんか?

1〜9の数字をひとつずつ使った9桁の数字がある。

それを「アイウエオカキクケ」と表現する。

この時、

・最初の1桁”ア”は1で割り切れる

・最初の2桁”アイ”は2で割り切れる

・最初の3桁”アイウ”は3で割り切れる

・最初の4桁”アイウエ”は4で割り切れる

・最初の5桁”アイウエオ E”は5で割り切れる

・・・・

・全9桁”アイウエオカキクケ”は9で割り切れる

という条件が成立するとき、「アイウエオカキクケ」はどんな数字だろうか?

令和元年 6月19日(水) 曇りのち晴れ

涼しげな朝ですが、すぐに暑くなりそう。今日は高温多湿になりそうかな?

昨晩、山形県沖を震源とする強い地震があり、新潟県村上市で震度6強の揺れを観測し、

この地震により、新潟県と山形県で少なくとも13人が重軽傷を負ったそうだ。多くの方

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が眠れない一夜を過ごしたのだと思う。

ふいに来るものには、防ぎようがないから怖いですね。

先日、ある自転車屋さんから聞きました。

最近街がきれいになり、また、工場も金属など細かい切りくずなどのごみも出さなくな

り、自転車のパンクが減ったそうです。確かに、言われてみれば、そんな感じがします。

また、こんなことも言って見えました。

パンクしない自転車(ノーパンク自転車)って知ってますか?って。

ゴムチューブに空気を入れる従来のものではなく、そのチューブをウレタン素材に替え、

釘等が刺さってもパンクしないものです。実際に見せてもらいました。

一見、万能に見えますが、実は空気を入れた方がクッション性も高いのに比べ、ウレタ

ン素材は、空気を入れて圧を高める場合の80%ぐらいにしかならないそうで、ウレタンが

固形なので、長く乗ると変形するそうです。

でも、実はあまり知られていないのですが、もっと大変なのが重量の問題。

チューブ内に空気が入っている場合に比べればはるかにウレタン素材の方が重く、自転

車を漕ぐときには空気チューブよりも漕ぐ力がものすごく必要となる。だから、ノーパン

クタイヤの自転車に乗ることはトレーニングしているようなことになる。「パンクしないか

ら、これはいい。」と言って購入し、通学に使用していても、しばらくすると、また、元の

空気を入れるチューブに戻すものが多いとのことです。

だから、自転車店ではあまり売られていないらしい。ホームセンターなどの量販店など

では修理はせず売りっぱなしなので、長持ちするということを前面に押し出して売りやす

いので、こちらを採用しているところが多い。それから、空気を入れるチューブタイプの

ものより圧が低いので、タイヤの接地面が多く、またタイヤの重量も重いので、地面との

摩擦によって早くすり減ってしまい、かえって、長持ちしないそうです。

便利な部分だけ見ると良さそうに見えてもいろいろと問題はあるようだ。メリット、デ

メリットをよく調べてから使いたいですね。

令和元年 6月18日(火) 晴れ

さわやかな朝。でもすぐに暑くなりそう。高気圧に湿った空気が供給されて蒸し暑くな

る予感。

今日は教育研修課の事業で本校で英語の先生の研究授業が行われます。

先日の国語の示範授業と言い、本校が会場でいろいろとおこなわれます。力量の高い先

生がそろっているということかな?嬉しいです。

令和元年 6月17日(月) 晴れ

さわやかな朝。でもすぐに気温が上昇。

今日から教育実習が始まります。あるものは2週間、あるものは3週間です。いい思い

をしてくれるといいなあ。

昨日は清掃ボランティアに保護者や生徒多数の参加ありがとうございました。この時期

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草の成長との戦いです。おかげできれいになりました。

令和元年 6月14日(金) 晴れのち雨

さわやかな朝。少し朝は肌寒い。夏冬の制服着用移行期間を延長しました。ベストを着

た人、暑がりの人、様々な人の対応するためには制服の移行期間はずっとでもいいかな?

最近、子どもへの虐待で小さな子が亡くなっている。

せっかく生まれてきてくれた命。

子は親を選べないし、親も子を選べない。

でも、この子が私のもとに生まれてきてくれた、私たち夫婦を選んで生まれてきてくれ

たんだ、この子ならこの親に預けてもいいのだと神様が思って授けてくれているのだと、

いつも思っている。どうして、こう、小さな子どもが亡くなるのか?この子たちも。きっ

と辛くて、でも、今は、天国でホッとしているのだろうか?

私はいつも思う。

こうして今、生きていられるのも、自分が赤子の時または幼児の時、親が一生懸命育て

てくれたからこそ、こうやって生きていられるのだと。

もし、途中で不意に落とされていたらとか、気分が面白くないからとサンドバッグのよ

うに叩かれていたら、とっくの昔にこの世に私はいなかっただろう。

私の親はそんな親ではなかったからこそ、こうやって生きている。

いのちは機械で作り出せない。子どもが欲しくてもなかなか授からなく不妊治療をして

いる人も多くいる。

そんなに子どもを虐待するのなら、そんな親には子どもは必要ない。

虐待されて育った子はその育て方しか知らないので、虐待をしてしまうそうだ。

子どもは親の持ち物ではない。

子どもは、社会から預かって育てさせてもらい、社会に返すものだ。そして、その子た

ちがまた親となって、社会から子どもを預かり、子どもを大切に育てさせてもらい、また

社会に返す。この繰り返し。

子どもたちの人生を親の思い通り、自由にしてはいけないし、思い通りになるものでは

ない。

子どもに、親への恩返しだと称して、自分たち親に孝行させようとしてはいけない。

順に先へ送って行くようにさせて欲しい。

子どもを育ててやったのではなく、神様から預かって育てさせてもらえたのです。子ど

もは自分たちの持ち物ではなく、預かりものだという認識で、大切に育てて欲しいと思う。

令和元年 6月13日(木) 晴れ

さわやかな朝。

2022年(令和4年)4月1日から、成人年齢が18歳に引き下げられる。3月31

日までは18歳、19歳だった人もいきなり、4月1日からは成人として扱われる。普通

は20歳の誕生日になり、“成人”おめでとうなのに、この年だけは4月1日になる子も多

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い。そのあとの年からは18歳になったら成人。17歳では少年 Aだったものが、18歳

になったら、実名報道もありとなる。高校では通常は3年生になる学年に成人と子どもが

混在することになる。犯罪を起こした高校生でも成人だったら氏名は明かされることにな

るのかな?

選挙に絡んでのことで、有権者数を増やすことなのだろう。

この年度に、成人式を3年分行うのだろうか?そんな会場用意できるの?

それから、成人になると、扶養が外れる場合がある。自分の責任において契約もできる

し、授業料等の口座も自分名義にして、保護者ではなく生徒個人との取引になるのかな?

学校現場は混乱間違いなしだね。

しかし、成人年齢が18歳に引き下げられても、お酒やギャンブルなど二十歳まではだ

めだと据え置かれるものもある。

おかしなことだ。

子どもたちのことを考えての制度改革なら納得もしたいが、有権者数の確保や世界的趨

勢など“大人の都合”で変えては齟齬が生じる。

制度を受ける一般国民の側、つまり“される側”の立場で物事を考えて行かないといけ

ない。

令和元年 6月12日(水) 晴れのち雨

テスト明け、新たな気持ちで学習に頑張りましょう。毎日受ける授業の疑問はその日に

うちに解決したいなあ。

子どもたちが小さくても既に「自分で考える生き物」だということを、親が認識するの

が少し遅いのではないか。体は小さくてももうりっぱなひとりの人間だ。子どもたちだっ

て自分で“考えたい”のだと思う。

しかし、日々、すべてを先に決められてしまう生活を繰り返していると次第に他に頼る

ようになってしまう。試験問題などの時だけ考えさせようとするのは虫がいい。

他の人に決めてもらう方が楽な時間をたくさん過ごしていた子どもは、こうしたテスト

のような問題の時にでも、自分で決めないですぐに他の誰かを頼るようになる。

親はよかれと思って環境づくりにせっせと励むのだけれど、子どもにとっては何でも勝

手に決めてしまう大人としか映っていなくて素直に従えないのだろう。大人の動きが一歩

速いことが原因ではないか。

これは学校でも同じ。担任の先生がいつも説明調になってしまうクラスは、子どもたち

はいつも自分たちで決められないでいて、ストレスがたまり、次第に受け身になり、覇気

のないクラス集団になると思う。担任はその原因を子どものせいにするが、実はそうでは

ない。こういう悪循環は、もしかしたら職場でも同じではないか。

まずは日々の手伝いや出かける時の小さなことでさえも、子どもたちに試しに「決めさ

せてみよう」「選ばせてみよう」じゃないですか。時間がかかって仕方がないと言われるか

もしれないが、待つことも大事。

たとえば出かける時、丁寧な親は靴まですべて揃えてしまっていないだろうか。たまに

はいじわるして、とってもいい天気なのに長靴を置いてみたりする。我が子がどのように

動くか、少し離れて観察してみると面白い。もしも、何も疑わず、長靴を履いて、天気の

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いい日に出掛けていったとしたら、我が子への接し方を見つめ直した方がいいかもしれな

い。どんなにテストでいい点がとれる子だったとしても、社会を生きていく力としては課

題が残りませんか。もしも、長靴を見て、「お母さん、どうして長靴なの」と尋ねたり、「玄

関のドアをあけて、外を見て「これだと暑いんじゃないの」と言い出したら、自分の子育

てはまだバランスが取れているかなと自信を持とう。たったこれだけでも、子どもとの付

き合い方が変わるきっかけになる。

食事の準備の時に、わざとスプーンや食器を足りなくしておく。手伝ってと言って、“子

どもの数が合わないよ”と言い出したら、「ごめん。じゃあ、お願いしていい?」と頼む。

お客さんが来ていて、人数が多い時ほど面白い。「スプーンは4つでてるから、あと3つ

かな」と、コップの数に対応させたりして、子どもなりの工夫をするだろう。この時も親

は少し引き下がって、わざと準備していたものを一つずつ運んでみせて、忙しくしてみせ

るのも面白い。子どもが「足りないものを数えて、一度に持っていけばいいのに」と言っ

てくれたら、それを頼むのもいい。こんないろいろな場面が毎日の中にはたくさん転がっ

ている。ただし、親が任せたら、ぐっと我慢して、イライラしないことを肝に銘じておか

ないと、せっかくの場面も台無しになるからご用心を。

でも、他人のことならば大人と子どものこうした会話を冷静に見守ることができるが、

自分のこととなるとできないのが人の常。つまり、誰もが評論家のようなコメントはすぐ

に言えるようになる。でもその時、批判だけでなく、自分だったらどうするかなと、いつ

も考えてみるように努めていくと、身の回りは子育てのためのいい教材がたくさんあるこ

とに気がつくだろう。

我が子が考える子になるように、日常の接し方を少しずつ変えていけたら、子どもが知

的に動けるようになると思う。

プリントやワーク問題をいくら得意気にさくさく解いても、生活力のない子のままでは

社会に出て役に立たない。そんな張りぼての様な知識をあわてて詰め込まなくても、毎日

のバランスの良い子どもとの接し方の中で、子どもの考える力はちゃんとつけていきたい。

大切なのは、その子の傍に一番長くいる大人自身のバランス感覚かもしれない。

でも、もう肝心の子どもは大きくなってしまった。もっと早く気が付けばよかったなあ。

令和元年 6月11日(火) 晴れのち雨

さわやかで気持ちの良い朝を迎えましたが、午後から雨の予報です。

昨日、PTA 進路研修ということで、金沢の大学見学に行きました。雨にもかかわらず、

朝早くの集合で、54名ほどの参加でした。子どもたちの進路指導の一助になればと思い

ます。

また、今日は今年度第一回目の授業アシスタントです。84名の参加ですが少しでも教

員になりたいと思う子が増えたら幸いです。教員にはならないけれど、子どもたちと関わ

ることは好きになってくれれば、この先の子育てに活きてくれないかな?

ちょっと書いてみました。面接などで役に立たないかな?

① 要約することを意識し、1分間でまとめる訓練をしてみよう。

「短く伝える」ことがいちばん難しい。長い文章を書いたり、長時間かけて説明したり

する方が意外と楽だ。短くまとめて伝えるほうが、難易度が高いと思う。「短く語れる」と

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いうことは「伝えたいこと」がはっきりしているということにほかならない。

日頃から、『短く語る』訓練をしておこう。難しいことではない。要約力は、訓練すれば

必ず身に付く。多くの人は、やったことがないから、怖気づいてしまうのだと思う。

読んだ本や語りたい内容を 1 分間でまとめる訓練をしてみよう。

長い文章や語りたいことも、1分と決めてタイマーで測って、1分以内で語る練習をし

てみたらどうか。もし可能なら、ほかの人に聞いてもらっていい。何回か繰り返せば、相

手にわかりやすい説明ができるようになると思う。

② つながりを意識できるように、接続詞を多く使ってみよう。ただし、一文は短く。

「高校時代に自分が取り組んだこと」や「自分が社会の中で課題だと感じていること」

「ここで何を学びたいか」など、これらの質問はよくあることだが、話しを単発で終わら

せず、つなげて語ろう。例えば「高校時代に自分が取り組んだこと」に対して、単発で「〇

〇と△△と××をしました!」ではなく、「〇〇をしたことで△△につながって、その中で

見えてきたことをもとに××に挑戦しました」というように、活動の一つひとつがどのよ

うにつながっていて、そして、「その活動が今の自分にどう活かされているのか?」「その

活動を通して、ここでどんなことを学びたいか?」を、将来につながる話や前の質問への

回答とのつながりも意識するとよいのでは。人の話を聞くとき、いろんなことを単発で聞

くよりも、1 つにつながっていた方がその人の「軸」が見えてくる。いわゆる「話の筋が

通る」ということだ。その「筋」または「軸」というのが、「要約」になるのだと思う。「要

するにこういうことがやりたい」「私はこういう人間だ」というものが明確になっているか

らこそ、「だから私はこういう活動をしていて、将来的にはこんなことがやりたい」という

ことが相手にわかりやすく伝えられるのだと思う。そのためには、意識して接続詞を多用

してみよう。「だから」「そこで」「なので」「というわけで」といった、話のつながりがわ

かりやすくなる言葉を意識的に使うと前後の文脈が相手に見えやすい。

③ 未来を見据え、理想の状態(出口)をあらかじめ決めておく。

「未来志向」は大事。過去の自分がどういうことをしてきたかという今までの実績より

も、「将来どういうことをしたいのか?」「未来ではどういう世の中が理想で、そのために

は何が必要なのか?」といった「未来」に力点を置いて話してみよう。

「現実的に可能なのか?」は、抜きにして、長期的で広い視野に立ったとき、どんなこ

とを理想としているのか、大風呂敷な内容であっても語れるのはよいと思う。

これは、「つなげる」の延長線上だ。自分の今までやってきたことが、長期的にはどのよ

うにつながっていくのか? どんな夢や理想を持って、今を生きているのか? 「未来」な

んて予測不可能ではあるが、それでも予測して、理想の状態を語る。夢や理想としている

ことがわかったほうが、人の話は相手にわかりやすく伝わりやすい。

どんなにきれいなプレゼンや華々しい経歴があったとしても、「未来」が一切見えないも

のはまったく伝わらないと思う。夢を語ろう。プレゼンする内容を決める前に、まず出口

をどこにするかを決め、逆算したい。

令和元年 6月10日(月) 雨

朝から雨が降っています。

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蒸し暑い梅雨がこれから始まるのかなあ。でも日本にとっては必要な季節。徐々に亜熱

帯になっていく日本としては四季と寒さはこれからなくなっていくのだろうか?

先日、私の知人の所へこんな手紙が来ました。( 内容は概略です。)

「・・・あなたに赤ちゃんが生まれたので、実家の方へお祝いを持っていったところ、

(あなたが)実家には帰ってきていないということだったので(この手紙を) 郵送しまし

た。 (中略)

しかし、9ヶ月もたっているのに未だにお祝い返しが来てないのだけど、どうなってる

の? 結婚して4年も5年も経って、ようやく子どもができたということなので、高価な物

をお祝いに渡したのに、お祝い返しもないのですか? 主人も、送ってから1,2ヶ月は「ま

だ(お祝い返しは)来んのか。」と毎日のように言っていました。その後は、時々、「相変

わらずいいかげんやなあ」と笑っていました。こんな事、書きたくないけど、非常識と違

うの? 結婚してからも相変わらずいいかげんなんやで。ふざけんといて! こんな事書か

なあかん気持ち考えたら、早くお祝い返しをちょうだい! もしそんな慣習がないというこ

となら、せめてお礼でも言いに顔を出してよ!(後略)」

この手紙をもらった知人から、「どうしたらいい? 」と相談されました。

知人の話では、よく調べてみると、お祝い返しを頼んだ業者が一つだけ、たまたま忘れ

たようで、まだ届いてなく、急遽対応はしてくれましたが、時すでに遅し。

だから責任は業者にあるのですが、私は、「実家の親にお祝い返しにお詫びの品を付けて

持っていってもらって、その後は、もうこれでこの人との縁を切ったら?」と言ってあげ

ました。友達でも、言っていいことと、言ってはいけないことがあると思います。それを

言ってしまった以上、向こうにも、友達として縁を切る覚悟はあるのではないでしょうか?

お祝いはあげた物であって、お返しを期待するものではないと私は思います。期待しな

くても返すのが常識だろうというのが常識なら、そんな文化無くなればいい。

「よかったね、おめでとう。私の気持ちです。」との思いを込めたものであって、そのお

返しを期待してはいけないと思います。それを口に出してしまったら、せっかくの行為が

台無しになってしまうと私は思います。

むしろ、「私は器の小さい人間だ」と暴露しているようなものだと思います。

それともう一つおもしろいと思うのは、ご主人が本当に言ったかどうかは定かではあり

ませんが、夫婦とも同じ次元、同じ価値観だということです。

ご主人が、「おまえ、その考えはちょっと違うぞ。」と反対意見かと思いきや、一緒にな

って言っているということは、同じ価値観なんでしょうね。一緒に生活していると似たも

の夫婦になってくるのでしょうか? いや、元々似ているから惹かれ合うということだも

言えなくはないのかな?

いずれにせよ、どちらが非常識なのでしょうか?

あなたならどちらですか?

令和元年 6月 7日(金) 曇りのち雨

今日は雨が降る予報です。

蒸し暑い梅雨がこれから始まるのかなあ。でも日本にとっては必要な季節。徐々に亜熱

帯になっていく日本としては四季と寒さはこれからなくなっていくのだろうか?

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最近、“発達障害”どころか、“未発達”ではないかと思うことに遭遇することがある。

今はあまり見かけなくなったが、よく小さな子は、自分の言いたいことが表現できずに、

泣きじゃくって床に寝そべることがある。これは小さな子がやるからまだ可愛げもある。

これを外見が大人である人間が行ったらどうだろう。違和感を覚える。

身体と心の成長がバランスよく行われ、大人になっていければよい。

でも、最近、こんなこと大人になってもやるかなということを見かけることがあるのは、

黙っていても遺伝子の設計図通りに行われて年相応に行われるのが身体の成長にたいして、

心の成長が年相応になっていないことが多いからだろう。

心の成長は、社会性が伴い、人との関わり合いの中から成長していくべきものだと思う。

人との関わりの中から、失敗したり、うまくいったりと、人と関わることでしか成長しな

い部分だからであるからだと思う。

今一度、自分は年相応の成長をしているのだろうかと問いてみよう。

令和元年 6月 6日(木) 晴れ

朝はひんやりとし、さわやかだったものの、すぐにむし暑くなりました。

朝からエアコンをオンにしました。梅雨はもう目の前かな?

子どもの躾は難しいが、習慣をきちんとつけることは大切だ。

うちの子どもは前日に時間割をしっかりと合わせ、玄関にランドセルが並んでいた。も

し、次の日の朝、急に思いついて、ばたばたしようものなら、空気がピンと張りつめ、一

日暗い気持ちにならざるを得なかった。だから、前日の夜に玄関にカバンが出てからは、

気が緩んで、ホッとしていたが、でも、すぐに寝ていたかな。

小学校の時の漢字ドリル、計算ドリル。通称「カド」、「ケド」。これは岐阜県が誇るもの

だと思う。これを何周(何回)も行うことで、漢字力や計算力が定着する。学習を定着させ、

段階を踏んで、階段を上らせられるいいツールだ。これを侮ってはいけない。

小学2年生の九九の時間。その時は皆、九九はできる。

しかし、その後はどうか。子どもによっては千差万別。私が以前教えていた高校では、

高校生なのに、7の段、4の段などが不得意だというものもいた。

なぜ、できないのか?

それは、使ってないからだ。今、やっていることはその場でできても、その後、自分の

中に定着して必要なときに引出しから引き出せなければ意味がない。脳細胞は年とともに

死滅していくから、なおさら忘れることも多い。

自分の目の前に立ちはだかる問題を解決するときに、今まで知り得た知識、獲得した経

験を、必要な時に引き出せることが必要であり、それを引き出し、応用する訓練をしたり、

失敗して考えたりする訓練を学校でしたり、家庭でしたりしているのだと思う。

基本を怠るな。基本なくして応用はできない。

基本例題を行って同じ類題を解き、こういう問題はこういうように解くという自分なり

の一つの解法を手に入れる。また、今までに得たいくつかの解法を繋ぎ合わせたり、紐解

いたりして、新しいものを作り出すこともできる。

小さい頃の習慣はその後の人生を形作る。

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我が家は子どもが学校に行っている時はすべてにおいて、学校生活が最優先であった。

何に価値観を求めるかは親の判断だが、私にはできないことがあった。

今、休みがなかなか取れないということで、学校のある平日に家族で旅行するから休む

ということである。当然、夏休みに登校日があったら、そこに旅行はあるはずがなかった。

自分の子どもが、どんな子どもになるのか、また、どんな子供であってほしいのかは、

親それぞれで価値観が違っていいと思う。

ただ、一人の人間として、社会人として、これからの人生、自らの足でしっかりと歩ん

でいく生活を送ってくれるように育てたい。

令和元年 6月 5日(水) 晴れ

むし暑いです。雨が降るかな?いや、もうそこまで梅雨が迫っているのかな?

こんな時こそ、熱中症の危険性がありますよ。

なぜ続く、運動会の巨大組み体操 大阪で「助けて」の声が、5月29日にツイッター

に書き込まれ、「子供の命を助けてほしい」とのメッセージが拡散され、騒動になった。

初夏の運動会シーズンを迎えた大阪府東大阪市で、市立小学校3校が組み体操の演目で

7段ピラミッドや5段タワーを行おうとしていたことがインターネット上で拡散され、問

題となった。過去には大きな事故も起こっており、複数の自治体が段数制限や廃止などの

対策に取り組む一方で、高い段数に挑戦し続ける学校もあると聞く。巨大な組み体操はな

ぜ無くならないのだろうか。

問題になったのは、6月1、2日に運動会を行った東大阪市立小学校3校。いずれも7

段のピラミッドを予定し、1校は5段タワーも練習していたが、意見を求められた吉村洋

文府知事は「重大な事故が起きている。やめるべきだ」と言い、結局、この3校はピラミ

ッドを3~6段に、タワーを3段に減らして実施した。

ある学校の校長は「子供たちには成功させたいという強い思いがあったが、安全面を考

え、やむなく中止にした」と悔しさをにじませる。

「はぁ?」

今時こんなことを言い切る校長がいるかと思うと教育者としては失格だと私は思う。安

全第一。学校の子どもたちを危険から守るのが好調の責務だろう。命の危険にさらすこと

がいいのか?

以前、私は高校の教員だが、小中学校の教員研修で、御岳の山登りの研修をしていたと

き、あわや遭難ということでヘリが捜索に来たことがあった。先生の研修にそんなことす

るのかと思ったが、その担当の指導者曰く、「もし、実際に危険が迫った時のことを考えて、

こういう研修をするんだ」と言い切られたが、私は、「むしろ危険なことが予見されるなら、

その研修自体をするべきではない」と意見したが、聞いてもらえなかったことがあった。

どちらが正しいと思いますか?

結局、大阪の学校には5月27日に「地域はみな怒っている。低い段数で行ってほしい」

との匿名の電話があったらしいが、該当校長は「安全に配慮する」と丁寧に説明した。練

習中も大きなけがはなかったが、運動会3日前の30日時点での完成度を見て校長が「当

日、安全に成功させられそうにない」と判断、児童に減段を伝えたという。

「児童は皆残念がっていたが、皆の安全を考えての決断だと納得してもらった」と校長

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は話す。

本当にそうかな?

私は小学校の時、ピラミッドの一番下の、ど真ん中。逃げられない場所。最後に崩すと

き、いつも死ぬかと思った。子どもたちは何も言わない。子どもたちや保護者が言ってい

るような発言だが、自分の都合のいいところだけ切り取って発言しているとしか思えない。

運動会の目玉演目として、組み体操を支持する声は根強いらしい。

外から見るものがきちんとしていて素晴らしいと思わせることが大事なの?

演技をやっている方にしてみればどう見えているかなどわからない。見ている大人の価

値観だけでやらされるのはいかがなものか?

「全員で組み体操の練習を重ねることで信頼感が醸成され、不登校がちだった生徒が学

校に戻ってきた」という屁理屈を言う校長経験者もいると聞く。

「長年の伝統・ ・

となっており、子供があこがれを持っている。その意欲をくんでやりたい」

と話す教員もいるらしい。

「そうかな?」前にも書いたが、続いているから、ただ、止められないだけじゃないの

か。

「運動会本番、段を積み上げては失敗を繰り返す子供を懸命に応援した。成功したとき

は感動したし、周囲の歓声もすごかった」と振り返る保護者もいるそうだが、これも一部

の意見だ。

岐阜県内でも以前、転落事故があった。

事故が起きていることを問題視しなければならないと思う。

学校は、安全で安心できる教育をしてくれる場所でなくてはならない。

危険な組体操は無しにすればいいと私は思う。

令和元年 6月 4日(火) 晴れ

暑いです。昨日よりは暑くありませんが、少し蒸し暑く、曇っています。

こんな時こそ、熱中症の危険性がありますよ。

毎日新聞より、こんな話を読みました。

5月29日午後6時ごろ、F さんの長男の男子生徒はJR池袋駅の北改札で立ち往生し

ていた。自宅最寄りの北千住駅まで帰るつもりだったが、カード残高が9円しかなかった。

その姿を見た高齢の夫婦が長男に近づき、「これを使って」と1000円札をそっと渡した。

長男がカードのチャージを終えると、既に夫婦の姿はなかったという。母親によると、長

男は自身の状況を言葉で具体的に説明することが苦手だという。

4月に都内の支援学校に入学した長男は電車で通い、母親も付き添っていた。1人での

通学に慣れ始め、下校時に2人が落ち合う場所は校門から最寄り駅の道中に変わっていた。

この日は、普段より1時間早い午後2時半に授業が終わり、下校時間が早まったこともあ

って2人は行き違い、会うことができなかった。長男の携帯電話も、ちょうど解約したば

かりだった。

10日ほど前、母親が冗談半分で「早く授業が終わる日は、池袋に行けたらいいね」と

長男に話したことから、長男は「先に行った恭子さんを追いかけなければ」と思い、自宅

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に帰らずに池袋駅を目指したとみられる。ダウン症の長男は計算が不得意でお金の価値を

しっかりと把握できないので、ICカードに高額の入金をしないようにしている。母親は

残高が数百円?と把握しており、「そろそろチャージしなければ」と思っていた。

長男のかばんには、援助や配慮の必要性を知らせる「ヘルプマーク」が付けられ、道に

迷ったり、はぐれたりしたときは、最寄りの交番に行き、マークに記載された母親の携帯

電話に連絡を頼むよう伝えていた。長男の説明によると、駅周辺で2時間ほど母親を待ち、

疲れたため帰宅しようとした際、夫婦が1000円札を渡してくれたという。そして、長

男は午後7時前に自宅に戻ってきた。

母親は、「長男は失敗と体験を積み重ねて、生活力を身につけており、すてきなご夫婦に

多くのものをいただいた。直接会ってお礼がしたい」と話している。

以前には沖縄で、叔父の葬儀に行くとき、財布を紛失して困っていた高校生に6万円を

渡した医師がいました。結局、叔父の葬儀に間に合い、どこのだれかわからないからと SNS

を使って探したところ、この医師が見つかり、沖縄で高校生がこの医師にお金を返すとと

もに、紛失した財布も手つかずで戻ってきた話がありました。

世の中捨てたもんじゃないですね。

善意の輪が広がり、いたるところで善意の連鎖が続けばとても嬉しいです。

心がほんわかとしますね。

令和元年 6月 3日(月) 晴れ

暑いです。

昼からは風があるとはいえ、暑い空気が回っていました。

熱中症にならないようにしないといけません。授業中にもこまめに水分補給した方がい

いかと思っています。

ところで、本校では、いじめ防止プロジェクト、キャンペーン・ソング『Y の花』の歌

が下校時に流れます。 教育現場の大きな課題、「いじめ」の予防と早期発見のためには、

子どもたちに勇気を出して声を出してもらうこと、 勇気を出して相談してもらうことが必

要。悩み迷っている 子どもたちの背中を押すために、子ぞう・ゆめ花が筆をとった 『勇

気』の文字と『七夕』の星空の絵。この二つの作品をモチーフに 『Y の花』は作詞、作曲

されました。ちなみに“Y”とは、勇気、夢、やさしさ、友情のすべての頭文字)

「Yの花」 (作詞:さいとういんこ 作曲・編曲:佐瀬寿一)

1 すごいね すごいね

なんて 大きいんだろう

とおいね とおいね

この手からは とおすぎるよ

わたしには きっと

無理だから

キミみたいに

強くないから

だけど ずっと想ってる

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勇気 夢 やさしさ 友情

Yの花を 咲かせたいよ

涙 そっと 花びらのうえ

Yの花が 揺れたようで

2 ときどき 心は

風に かき鳴らされ

それでも 未来へ

つづく時を 歩いている

よりそって 手をつないだら

あたたかな 願いあふれて

ほらね 空へ 届いてく

勇気 夢 やさしさ 友情

Yの花を 咲かせようよ

勇気 そっと 声にだしたら

胸のおくで 星が生まれる

勇気 夢 やさしさ 友情

Yの花を 咲かせようよ

勇気 そっと 声にだしたら

胸のおくで 星が生まれる

勇気 夢 やさしさ 友情

Yの花を 咲かせようよ

岐阜県の多くの学校はこの CDを持っているそうです。

一度聞いてみてください。

令和元年 5月31日(金) 曇りのち雨

朝から曇り。どんよりとしていて、すぐにでも雨が降りそう。

今日で5月も終わり。4月からもう2ヶ月が経ってしまった。令和になって1ヶ月。1

か月前の、あの、騒々しさはどこへやらかな?

今日、高等学校 PTA 連合会の岐阜県の総会がありました。

講演は元 NHK の加藤アナウンサーという方でした。

「とる」という言葉だけでもいっぱいあるし、自分の言葉が相手にどういうように伝わ

っているかは、まさしく、コミュニケーション力だなと痛感した。言霊と言って、発せら

れた言葉は自分の意思とは関係なく相手の思うように伝わっていく。だから、しっかりと

自分の思っていることが言葉に乗っかるように取り違えられないように丁寧に発しなけれ

ばいけないですね。あらためて、敬語の使い方、謙譲語の使い方など日本語って難しいな

って思いました。

終わった後、以前一緒に勤めたことのある先生が私に声を掛けてくれました。

声を掛けてもらえるって有難いことですね。

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気軽に声を掛けてもらえるようにいつも接していたいですね。

あの人は声かけづらいとか、声かけたら怒られるかななどと思われないようにしなくて

はいけないと思いました。

令和元年 5月30日(木) 晴れ

朝から晴れて、でも湿度が低いのでさわやかです。

進路指導とは?

いわゆる進学させればよい、就職させればよいだけではなく、進学した後、就職した後

のことも考え、もっと先のことや親の思いなども考慮した進路指導を先生方にお願いした

い。入れればいい、就職してしまえばいいなどと考えてはいまいか?

例えば、4大の看護大学を卒業し国家試験を経て看護師になったものの離職率が高いこ

とを知っているだろうか?学歴や実績の面で看護学校より看護大学を進めるだろうが、果

たしてそうだろうか?

大学によっては、実習で、ベッドメイキングなど実際は先生がしたことを見るだけで学

生はしないこともあると聞く。果たして現場で役に立つのだろうか?

いろいろなことをひっくるめて、先の先を想定しながら、その先など予想だにできない

が、その時点での、その子にとっての人生を先を見据えた“よい”進路を考えられるとい

いですね。

令和元年 5月29日(水) 晴れ

雨が昨日だけ。今日は晴れてさわやかでした。

命を守る訓練があった。さすが手際の良さと整然と行われる訓練は素晴らしかった。

でも、これはあくまでも訓練。

実際の災害が起きた時、思い通りに行動はできないし、想定外なことがいっぱいでてく

るだろう。目の前に突然現れる危険なことや障害物などを、どう回避するか、その場で、

瞬時に判断することが要求される。

命は誰も守ってくれない。自分で守らねばならない。

そのためにもいつも最悪を想定していよう。

例えば、宿に泊まったら、避難経路の確認とともに、この経路が遮断されたとしたら、

他にどの道が空いているかの一つ先を想定しておくことも必要だろう。

いつ何がどこでどう起きるかはわからない。どんなことがあっても動じないような精神

力があればよいが、凡人にはないと痛感している。

令和元年 5月28日(火) 雨

雨が降りました。結構たくさん振りました。だから、昨日までよりはやや涼しく感じら

れました。

今日は本校で県の国語科の初任者の研修がありました。

やはり、初々しいっていいですね。自分もこんな時があったのかなって、ずいぶん前の

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ことを思い出そうとしても小憎たらしい姿しか思い浮かびません。先輩の先生方の、寛い

心の中で転がらせていただいたのでしょう。そのときは、そんなことなど微塵も思わず、

勝手気ままに振舞っていた自分を思うにつけ、今となっては恥ずかしさでいっぱいです。

先生方には、教員という仕事のすばらしさ、生きているからこそいろいろなことに出会

えること、毎日サプライズな事が起きても、どんな辛いことがあっても生きているからこ

そいろんなことが味わえるのだと言うこと、そして、子どもたちに夢を大いに語って欲し

いです。これからの子どもたちの人生に、先生方のちょっとした味付けによって、そして、

先生方と出会えた喜びを感じてもらえるような一助になればいいですね。

今後の先生方の教員生活に幸多からんことを願います。一期一会ながら皆さんの前でお

話しできたことは有難かったです。

令和元年 5月27日(月) 晴れ

暑くなりました。

今日エアコンを試運転しました。

まだフィルターの掃除もしてないところもありますが、とりあえず、動くかどうか確か

めて今後に備えるつもりです。

とにかくまだ5月だというのに随所で猛暑日となっている。

思い通りに行かないことや難しいと思うことに出会うことは、あなたは、のほほんと生

きていない証拠だ。つまり、前に向かって歩いている証拠だ。

失敗したということは、踏み出したという証拠。

なんでも工夫をしてみましょう。

失敗しましょう。その都度打ちのめされても立ち上がりましょう。

工夫とは諦めないことなのです。

ピンチはチャンス。

自分を鍛えるのにちょうどいい。

でもピンチはピンチ。

意識とエネルギーを注入しないと現状は打破できない。

楽なのは現状維持。何も考えず、前例のまま、例年のごとく。

でも、そればかりだと、何も新しいものは生まれない。

思い通りに事が運べば、何のひっかかりもなくておしまいだ。

むしろ、思い通りに行かない方が良いと思う。思い通りに行かず、なぜかと考えるとこ

ろ、どうして失敗したかを考えるところに、新しい発見や発想が生まれ、ややもすると思

った以上にそれが発展するかもしれない。

攻めの姿勢を常に持ちたい。たった一回の人生だもの。

令和元年 5月24日(金) 晴れ

暑くなりました。30℃を超えて真夏日です。

6月は梅雨になりますが、この勢いで行くとすぐに夏ではないでしょうか?

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早めにエアコンの試運転をしなきゃいけないのかな?

令和元年 5月23日(木) 晴れ

相変わらず朝から好天気。

美濃地方では各所で30℃を超えました。

令和元年 5月22日(水) 晴れ

朝から晴れて気温がぐんぐんと昇りました。

今日は球技大会。

何とか無事に終わってくれてホッとしています。

切り替えていきましょう。

賢い人は切り替えのうまい人。

いろいろなことをひきずらないで切り替えて次に進みましょう。

令和元年 5月21日(火) 雨のち晴れ

朝、警報が出るかと心配しましたが、何とか持ちました。午前中には晴れ、暑くなりま

した。明日は球技大会もできそうですね。

日曜日の中日新聞から。

アメリカンフットボールの名門日本大で昨年起きた悪質タックル問題の経緯を見て、そ

の構図が第二次大戦中の「特攻」と重なって見えることに気づいた。

突っ込んだ選手は、強い心理的な圧力を受け、「やります」と言わざるを得ない状況に追

い込まれたことが、本人の告白で判明した。ところが、社会問題化すると、監督もコーチ

も「指示していない」と否定。警察の捜査では「指示はなかった」とされ、真相はなおや

ぶの中にある。

実は、特攻の起源をたどると、「志願だった」という主張と「命令だった」という証言が

混在し、ぶつかりあっている。証言者はいずれも生き残った人々で、「命令だった」との証

言が隊員に多く、「志願だった」との証言が将官に多いのも悪質タックルの構図に似ている。

太平洋戦争の資料はその多くが軍部の証拠隠滅によって失われ、検証を関係者の手記や

聞き書きに頼っている。陸軍の特攻については、戦後の研究として評価の高い防衛庁防衛

研修所戦史部(現防衛省防衛研究所戦史研究センター)に勤務していた生田惇氏が「大陸

命(大本営陸軍部の命令)や大陸指(参謀総長の指示)はない」と断定している。陸軍中

央部での激しい論議の末、「天皇の名において命令するのは適当でなく、第一線指揮官が臨

機に定めた部隊編成にすべきだ」との結論になった、と著書「陸軍航空特別攻撃隊史」(一

九七七年)にあり、統帥権を持つ天皇に責任が及ばないよう、あえてあいまいにされてい

た可能性がある。

終戦の前年、1944年当時、特攻は「体当たり攻撃」と呼ばれ、二月下旬から三月に

かけ陸軍の参謀本部で持ち上がった。しかし、「現場」の航空本部で反対論が根強いため、

参謀本部は人事でことを進め、反対していた技術畑出身の航空部門トップ、航空総監兼航

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空本部長の安田武雄中将を3月28日に多摩技術研究所長に転出させ、後任は参謀次長後

宮淳大将が兼任し、反対論を封じ込めにかかった。

このころ、戦況はさらに悪化し、七月、サイパンが陥落、東条内閣が倒壊した。その一

方で、同月末には、体当たり仕様への機体改造に着手し、参謀本部は特攻計画を着実に進

めた。九月末、参謀本部は特攻隊を差し出すよう命令を下した。航空部門上層の反対派は

排除され、機体も改造。既成事実化が進んでいく状況での命令は、現場にどう伝えられた

のか。

元特攻隊員の大貫健一郎さん(2012年、90歳で死去)1944年8月、大学や専

門学校の卒業者の陸軍特別操縦見習士官(特操)として明野教導飛行師団(三重県)に入

隊し、飛行訓練をしていたある日、司令官から受けた不思議な訓示を記憶していた。

「国家存亡の時、命をお国にささげる時が来た。特殊任務に志願する者は署名して提出

せよ。ただし、これは絶対に生還できない任務である」

この訓示に20歳すぎの操縦士たちの誰もが首をかしげたという。

「まず、特殊任務と言われても、どんな任務か全く分かりゃしない。そこで、仲間の一

人が代表で上層部に聞きに行き、戻ってくると『戦闘機に爆弾をつって敵艦に体当たりす

るそうだ』と言う。こんなばかな作戦、いったい誰が考えたか知らんが、皆仰天していた」

だが、しばらくすると一人が言った。

「俺たち予備役将校とは言っても、国を守るため、学鷲(がくわし)(特操)として出て

きた身じゃないか。この上はその誇りと意地にかけて志願しようじゃないか」

その演説に背中を押され、結局全員が「熱望する」と志願した。だが、それは「志願」

と呼ぶべきものなのか。大貫さんは、

「いまも昔も組織の上の方が考えることは似たり寄ったりですね。ほんとうは命令です

けど、特攻を美化して礼賛して、喜び勇んで出撃した、志願したということにして、上官

たちは自分の責任を転嫁した」

従わざるを得ない空気の中で、「志願する者は申し出ろ」と迫る。それは、命令が志願に

すり替わる瞬間だったのだろう。日大の選手は会見でこう語った。

「本当にやらなくてはいけないのだと追い詰められて悩みました」

命令のない強制力が名目上の「志願」にすり替わり、そして「実行」へと追い立てる。

もしかすると、それは今も変わらない日本特有の現象なのではないか。

歴史は繰り返されるのか?しっかりと見届けて行かねばならない。

ところで、私のおじは20歳で、ミンダナオ島沖で戦死したと墓碑に書いてある。

20歳と言えばこれから前途洋々たる人生が待っているはずだった。まだこれからの人

生にいろいろな夢を持っていたであろうものを、戦争がすべて打ち砕いた。戦火を生き延

びた人たちはこの日本の繁栄を見ることができた。死んで“英霊”になったとして、生き

延びた人がその英霊を奉ろうが、死んでしまった命は戻ってこない。

親は子どもが死ぬのを本当に喜ぶはずがない。死んでお国のために尽くすという建前で

しか生きられなかったのが戦争をしている時代だったのだ。それも現実だ。

とにかく戦争は何のためにもならない。

ある国会議員は戦争で北方領土を取り返そうという発言をした。それも最高学府である

東大出身者だ。そんな奴はいくら学問ができても社会の役に立たない。ましてやそんなも

のが国会議員になって国の政治をつかさどっているうちの一人なんておかしい。辞職すべ

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きなのに固辞している。それを選んだのも国民だが・・・。

戦争をしてはいけない。悲しみしか生まれない。どんなことをしてでも生き延びよう。

生きてこそいろんな人生を謳歌できるのだ。戦争をしようとしだしたら、断固反対しよう。

そういう輩の意見を何としてでも変えさせよう。とにかくいろんな意見が言えて、自由に

行動ができる平和な時代をずっと続けられるように努力しましょう。

令和元年 5月20日(月) 晴れのち曇りのち雨

朝から晴れている。さわやかです。でも。何となく雨が近づいている風が気持ち悪い。

先日16日に、1年生の自転車運転免許講習会があった。交通安全に気を付けて、自転

車を運転してもらいたいですね。

交通安全と言えば、5月15日に放送されたバラエティ番組「家、ついて行ってイイで

すか? 予想外の結末…最後に衝撃告白 SP」(テレビ東京系)で娘を自動車事故で殺され

(・・・)たという話をやっていた。

この日、番組に登場したのは、大宮駅で番組スタッフに声を掛けられた47歳の男性。

家について行くのを快諾し、移動のタクシーの中で「12年前くらいに離婚、娘が2人」

「職業は板前」などと明るく語っていく。

到着した家は、かつては家族と生活していた一軒家。家の中には“とある理由”で閉め

たという、自身が経営していた和食店で使っていた商売道具がたくさん置かれていた。閉

店したのは「3年くらい前」。その理由については「閉めざるを得なかった。ものすごいみ

んなで賑わってたけれど」と語る。

その男性は、離婚した後も数か月に1回のペースで、娘2人と食事や買い物には行って

いたそうで、「それだけが私の楽しみだった」そうだ。

そして、「上の子なんか負けず嫌い。勉学もトップクラスだったな。蕨高校。(次女は)

謙虚なねぇ、奥ゆかしいところある女の子だな」などと嬉しそうに娘の話をしながら、各

部屋を見て回っていると、スタッフが玄関にかかっていたスーツに気が付いた。

なぜ玄関にスーツが?という質問に、男性は「きょう着たの。娘の裁判」と、指さした

先には仏壇が。「娘、事故で亡くしとる。それの民事裁判」と、事故の詳細について語り始

めた。

「3年前、長女が高校1年生のときに、浦和でご老体に後ろから轢かれて亡くなったん

だ。ニュースでもずっとやってた」

「(運転してた人は)当時80歳」

「一生懸命頑張って進学校に入ってくれて。したらその瞬間だからね、命奪われて」

「午後2時 30 分頃かな。横断歩道渡り終えた娘が浦和駅に向かって歩いてたんですよ。

老人が運転する車は、娘に気付かなくて、助手席に奥さんが乗っていて、『危ない!』って

言ったらしいんですよ。それで慌てたのか知らないけど、アクセルとブレーキ踏み間違え

た。」と。

「そのまま壁に向かってうちの娘を押し当てて、5分も6分も10分も降りて来ない。

周りの人間が窓叩いて、それでも本人は降りてこない。

『何やってんだ!お前、早く降りろ!バックしろ!』。それでもその老人はアクセルを踏

み潰してた。

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「娘が『ギャーー!』って言ってる声がマンションの3~4階まで響いてたって」

長女は救急車で病院に運ばれたが、その時点で心肺停止。

開胸して心臓マッサージも行われたものの、「心臓の一番太い血管損傷で、失血で亡くな

った」という。

その日は「たまたま(学校が)休みで、RADWIMPS のコンサートに行く途中でしたね。1

2月23日。あと2日で誕生日ですよ。25日が誕生日だから」。

そのため「12月が来るのが憂鬱でしょうがない」と語る。

刑事裁判の判決は「実刑禁固1年6か月だ。80歳でそういう処分を受けるのは異例と、

当時言われましたけど」。民事裁判の判決は「今度の秋口くらい」に出るそうだが、「ただ、

その加害者、きょう裁判所行ったら、2月7日に死にましたっつうね。ふざけんなって話

だよな。オレ、どこに誰に、何を言えば良いの? それで判決出た、出ない? 冗談じゃな

いよね。お金払う、払わない?。そういう問題じゃないよ。納得なんていくわけないのに、

納得いかされちゃうんだから、判決として」と、男性はやりきれない思いを吐露した。

そして、店を閉めた“とある理由”についても「(娘が亡くなってから)何も手がつかな

いですよ。収入も入らぬまま家賃だけ払って。(店維持するのは)不可能じゃないですか。

だから店を畳んじゃいました」と明かした。

長女の遺影を前に、男性は「悔しくて、無念で仕方がない。何もしてあげられなかった。

抱きしめたいよ……。抱きしめたいよ……。抱きしめたいですよ……」と涙。また、長女

の幼少期の写真を見ながら「こんなちっちゃくて、こんなに……この子がいなくなっちゃ

ったと思ったら、死にてぇよ、オレだって。かわいいだろ? こういう写真見ちゃって、悲

しみが先に来ちゃって前に行けねぇよ」と辛い胸の内を語った。

最後に、スタッフは「お店を再開する気持ちは?」と質問。これに「ありますよ。この

裁判が決着して、私なりにもう一度やれる力があると思えば、決断してやろうかなと思っ

てますよ。そうすれば下の子にもご飯食べさせてあげられるし。僕が作ったものは美味し

いって言ってくれてたから。もう 1回。プロフェッショナルになりますよ。それは……娘

に約束したいかな」と前を向く男性だった。

この放送後、ネットでは「涙が止まらない……」「途中から泣いちゃってちゃんと見てら

れなかった。高齢ドライバー事故の被害者の方の話をこの番組で見るとは思わなかった」

「お父さんの『抱きしめたい』が本当に辛い」「高齢ドライバーの講習に使って欲しいくら

いの、すごく、すごく意味のある回だったと思う」「どうか一人でも多くの人がこれを見て、

考えて欲しいな」など、さまざまな声が上がっていたそうだ。

どう思いますか?

令和元年 5月17日(金) 晴れ

朝から晴れている。さわやかです。

球技大会の練習が行われている。子どもたちの声が聞こえるのはいい。

学校がなくなったところは、この子どもたちの声は聞こえなくなり、やがて活気がなく

なり、たちまち限界集落になっていく。でも、この少子化を止めないと、そこかしこで街

や村が無くなっていき、日本は他の国に乗っ取られるのかな?

話は変わりますが、学校でも、生徒のために身を粉にして、家庭を犠牲にして働くこと

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が素晴らしいと言われてひさしい。

休日の学校に行って、電話が掛かり、ある先生がいなかったら、「何でいないんだ」と言

われたことがあった。そもそも、電話が掛かること自体がおかしいし、いて当たり前だと

いう方もおかしいと思うが。

また、学校に入学させた以上、卒業するまで面倒見るのが教師だと、職員会議や PTA 総

会の場で言われたこともあった。

でも、子どもたちは、学校のすべてを知って入学してくるわけではない。ミスマッチな

んてあるに決まっている。皆、我慢しているだけで、その我慢ができなくなって来られな

いだけなのかもしれない。

私は、この世の中のどこかに自分の安心していられる居場所があればいいと思っている。

入学した学校が自分の居場所でないと感じたら、無理せず替わったっていいし、辞めたっ

ていいと思う。別の居場所を探ればいい。

自分の人生は一度きり。思いっきり、生きたいように生きてもいいではないか。ただし、

その後どういう結果になっても、他人のせいにしてはいけない。自分が決めたのだから。

書いていて、ふと思ったことがある。

ボランティアという美名のもとで行われるイベントもそうだ。

ボランティアをすることはいい。でも、ボランティアを得点化したり、就職のための義

務とするのって、それってボランティアかな?

また、休日に「〇〇部を出演させてくれないかな?ボランティアで」とか、「生徒にお手

伝いをお願いできないかな?ボランティアで」という依頼を多く受けたことが、ある学校

であった。

「一般の人を頼むとお金がかかるから、高校生のボランティアならいいですよね。教育

にもなるし…。」と言われ、安易に依頼されたけれど、参加させて、タダ働きってあり?

学生だって人間だ。都合もある。一般の人にはお金を払うけどというけど、高校生なら

“ただ”なの? そんなイベントなら計画するなと言いたい。一般の人であれ、高校生で

あれ、費用が掛かるという計画で予算化し、イベントをすべきだ。

子どもの“ボランティア”という美名のもとで行われるタダ働き、いわゆる“労働の搾

取”はいけない。

学生のボランティアならタダでいいという発想は、5月15日に書いた、自己犠牲に通

じるものがあると私は思う。

令和元年 5月16日(木) 晴れ

朝から晴れている。さわやかです。

今日は 1年生の自転車運転免許講習会があります。

昨年度、とても多かった自転車事故は、次のようなものでした。

大きな道路の右側(右側を自転車が走ってもよいところ)の歩道を自転車が走っている。

その前方右の細い道路から自動車が左折しようとして止まっている。自転車は止まってく

れているから安心して走っていこうと思う。ところが、その車は、右から来る車が途絶え

た途端、自転車とぶつかる。左の確認をもう一度しなければならないのに怠ったからだ。

また、自転車も自動車が止まってくれているからいいやと思って止まらないというものだ

ろう。大きな事故にはならないが、事故は事故である。そのあと、本校の生徒は警察を呼

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び、事故処理をきちんとしてくれているし、必ず同時に学校への連絡もしてくれているの

でありがたい。ややもすると救急車も自分で呼ぶことがある。

以前、事故直後に「大丈夫か?」と聞かれた子どもが、「大丈夫。」と答えたけれど、そ

の運転手は事故処理をしなかったため、警察ではひき逃げ事案として処理され、自動車の

運転手が逮捕されたこともある。

事故処理をするということは、自動車の免許を取ってからも大事なことなので、その点、

本校の生徒はしっかりとしていて感心です。

午後からは、2年生の進路説明会が今日あります。もう3年生に向けてのスタートです。

令和元年 5月15日(水) 晴れ

暑くなりました。もう夏かと?亜熱帯かな?

千葉県市原市の公園に乗用車が突っ込んだ事故で、保育士が園児をかばい足首の骨を折

る重傷を負った。幼い子どもに被害が及ぶ事故が相次ぐ中、命をかけて園児を守ることが

当然になることを危惧する現役の保育士だという人物の声が注目を集めている。

市原市の事故を伝えるニュースには、「身を呈して園児を守ってくださった保育士さん、

保育士さんの鑑です」「保育士さん体を張って子供を守ってくれてありがとう」「女性保育

士の勇敢さすごくない?」といった感謝や称賛の声が多数寄せられている。保育士の行動

が讃えられる一方で、現役の保育士だという人物はこの事件を受け、「親御さんや世間が『保

育士は命をかけて当然』と思ってしまうこと」が不安だと言う。「僕たちも一人の人間で、

大切な親がいて大切な子供がいる 事故が起きたらきっと咄嗟に盾になる我々ですが、世

間が保育士を『盾』として扱うのはやめてほしい」とも訴えている。

この投稿の反響があり、保育士などの職業についている人からは、「いざって時には盾に

はなるが、しかし、盾になりに仕事に行ってるわけではない」「『保育士いい仕事したな』

というコメントなども目にして、不快です。保育士だって人間なので、安全に過ごしたい」

と賛同の意見が多数あった。また、「“自己犠牲”が美化されるのも違和感ある」「盾にして

子供を守ってくれたヒーローとして報じてしまうメディアもいけないと思います」など

様々な声が寄せられている。

自己犠牲として美化されるけれど、その美化される側の人間に、あなたはなれますか?

この保育士は怪我でよかったものの、もし亡くなっていたら、美化されても命は戻って

きません。命を懸けて他人を助けることは素晴らしいけれど、亡くなった命は戻りません。

複雑です。あなたならどう思いますか?

令和元年 5月14日(火) 曇りのち雨

朝から曇り。

今日も局地的な雨が降る予報も出ています。

今日は3年生の進路説明会があります。

自分が何をするために上級学校に行くのか、また就職するのかを考えたい。それが大学

でも専門学校でも会社でも起業でも何でもいい。考えたい。

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どこの大学を卒業したのではなく、どこの大学で何を学び、何を習得してきたかが問題

だ。わざわざ大金を払って大学に行くのだから、その対価となるようなものを身に着けて

もらえるといい。

結果として、残念ながら自分の思い通りの進路先にならなくとも、それだったからこそ、

出会えること、学べたことがある。自分の進路はそれしかないと思わないこと。まだまだ

自分には何にでもなれる可能性がある。こだわらず、とらわれず、寛い心で物事を見まし

ょう。その時の自分の気持ち、家庭状況、いろんなことを頭に入れて、自分の進路先を自

分で決めましょう。

一度きりの人生。

自分の納得がいき、主体的に生きて行く人生が送れるといいなあ。親や保護者は、それ

を暖かく見守って、応援するしかありませんが。

令和元年 5月13日(月) 晴れ

今日は暑かった。

夕方、雷が鳴り、帰宅しようとしていた生徒を集め、迎えに来てもらうようにしてもら

った。雷はいつ落ちるかわからないので怖いので安全配慮から。そしてその後中濃地方に

大雨警報が出ました。今後、頻繁に出るのかな?

さりげなく人に優しくできるってとてもいいですよね。

「やってあげてます」とか、「してあげた」などと押しつけがましいのでなく、さりげな

くがいいですね。朝から生徒の皆さんとかわす挨拶が私はとても好きです。笑顔でさりげ

ない挨拶。心がほんわかとして朝からとても気分が良くなります。こんな毎日であるのが

とても嬉しい。

そういえば、怒っているのはその人なのに、「何で怒らせるようなことするんや」という

人がいる。勝手に怒っているだけじゃないのかな?たしかに、その人が怒るという地雷が

どこにあるかはわからないが、怒るまでのことでもないのにピリピリしている人がいる。

周りの空気を乱しているのがわからないのだろうか。怒らない怒らない。怒って解決する

のか?泣いて解決するのか?心穏やかにしていれば、腹も立てずに済むのではないかな。

さりげないといえば、俳優反町隆史さんが9日、体調を崩し路上に座り込んでいた女性

を救護していたそうだ。

助けられた女性が、ツイッターで反町さんへの感謝の気持ちをつづり、ネット上で話題

になったらしい。

女性は20代らしく、9日の夕方、体調が悪化し、会社を早退後、東京・大鳥居駅(京

急)のホームで、高熱と手足のしびれで動けなくなり、近くにいた会社員男性に介助され、

自宅に戻ろうとしたとのこと。途中、動けなくなり路上に座り込んだところ、たまたま現

場を通りかかったとみられる反町さんとその知人男性が、会社員と3人で女性を自宅まで

送り、さらに反町さんらが救急車を呼び救急隊到着まで待ったとのこと。

当時、反町さんは名乗ることはせず、女性も、男性の1人が反町さんに反応することは

なかったようだ。名乗らず、さりげなく人助けができる人って、すごい。理屈ではわかっ

ていても、なかなかできないことだ。だが、そんな人になれるといいなあ。

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令和元年 5月10日(金) 晴れ

天気も良く、今日は暑いかな?

衣替えという“伝統”は時代に合わなくなっていないかな?

暑さ寒さは衣服でコントロールすればよい。暑がりの子もいれば寒がりの子もいる。

杓子定規に、暑くても上着を着なければならないことってありますよね。こだわらず、、

どのような格好でもいいと言えるといい。暑いのに汗びっしょりで、汗をダラダラ垂らし

ている方がかえって周りを不快感にさせないだろうか。夏でも寒かったら上着を羽織れば

いい。今はエアコンがあって夏でも吹き出し繰りは寒い。臨機応変に対応ができる大人に

なっていかねばならない。

今まで通りとか、昨年までこうだったとか、以前からこうだとか。

しっかり吟味した結果、やはり依然と同じでよいという結論に達したのならそれでいい

が、何の考えもなしに、以前がこうだったとか、前からこうだとかという前例踏襲は、今、

残っているお祭りや因習のように、もう、止めることができなくなり、やがては自分の首

を絞めることになると思う。前にも書いたが二度続けば、もうそれは伝統になってしまう。

今まで続いてきたことを、今までと変えれば違和感もあり、いろいろと文句も出よう。

でも、すべてそれがデメリットばかりではない。メリットだってある。

時代の流れは、以前の時代の流れより目まぐるしく変わっている。

そんな中で、前例踏襲を維持していっては、時代に置いていかれると思う。考えて少し

づつ修正しながらも、失敗したり、思い通りに行かなかったら、その都度変更していけば

いい。走りながら変えて行けばいい。何の考えもなしに、変えることにためらっていると、

時代に取り残され、昔はこうやったとか、あの時はよかったなどと回顧するだけの人にな

ってしまうような気がする。

絶えず時代の流れにアンテナを張って情報を収集し、常に攻めの姿勢で失敗を恐れず、

果敢に挑戦し続けたいと願う。

令和元年 5月 9日(木) 晴れ

天気も良く、暑すぎず、午前中の身体・体力測定は無事予定通り、いや、予定よりも早

く進行し、さすが関高生だなと感心しました。

令和元年 5月 8日(水) 晴れ

天気も良く、気分は晴れ晴れ。

今日は8の日。

今年も小中学校授業アシスタントを行うことで話を進めています。全校生徒に募ったら

なんと84名もの生徒が参加希望してくれ、23校の小中学校に連絡を入れました。

どの学校も快く引き受けていただきました。感謝です。

令和元年 5月 7日(火) 晴れ

5月1日に令和になり、1週間も経つとその熱もやや冷めているかのようです。

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令和元年度として新たに気を引き締めていきましょう。

昨日の夜、寒冷前線の通過で雨が降ったけれど、朝、起きたら気持ちよく晴れていた。

10連休(中には休みがなかった人もいますが)あったけれど、リスタートで行きましょ

う。

こんな話を読みましたので紹介します。

昨年12月に行われたミス・ユニバース世界大会で、5位に入賞したベトナム代表ヘン・

ニエさん(27)の受賞スピーチは、会場で大きな喝采を浴びた。

非凡なことに挑戦し続ける平凡な存在でありたいと。

「14歳で結婚を勧められ、何者でもなかった私が、今ここにいます。私にはできたし、

あなたにもできます」――。

ヘンさんは、ベトナム中部の貧しい農家の出身だが、強い意思と行動力で道を切り開い

た。現在は、かつての自分と似た境遇にある貧しい子どもたちを支援する。トップモデル

で社会活動家でもある彼女は、貧困に喘ぐ子どもたちのヒロインになった。

ヘン・ニエさんは1992年、ベトナムの中部高原地帯のダックラック省で生まれた。

ベトナムに53ある少数民族のひとつエデ族出身で、実家はコーヒー豆を栽培する貧しい

農家である。モデルとして働くかたわら、昨年12月17日、タイ・バンコクで開かれた

「ミス・ユニバース2018」にベトナム代表として参加し、5位に入賞した。これは同

国代表の過去最高の成績だ。

「世界には私のように、幼いうちに結婚を勧められたり、勉強を途中で諦めなければな

らない少数民族の人たちがまだ多くいます。あの機会に自分のストーリーを語れば、多く

の人に伝わり、大きな励みになるのではないかと思ったんです。偉そうな立場の高い人間

ではなく、平凡な人間の一人として他の人を少しでも元気付けたかった。ミス・ユニバー

スのベトナム代表になることは想像できないほど遠い話でしたが、私にもできた。誰でも

夢に向けて努力すれば、きっとかなえられる日が来るはずだというメッセージを届けたか

ったのです」

故郷は300世帯ほどが暮らす村で、ヘンさんは6人きょうだいの上から3番目として

育った。両親は借金をして肥料などを買い、収穫したコーヒー豆の販売代金でそれを返済

し、次のシーズンでまた借金をするということを繰り返していた。貧しさからいつまでも

抜け出せないスパイラルだった。

豆の仲買人から不利な取引を押しつけられても、知識がないのでどうしようもなかった。

ヘンさんは14歳のとき、結婚を両親に勧められた。

「そんな年齢で娘を結婚させようというのは、田舎ではよくある考え方です。逆に進学

は、お金がかかるから一切考えません。私も親から『結婚しなさい』『畑の仕事を手伝いな

さい』とよく言われましたが、『勉強しなさい』と言われたことはありません。そもそも村

には大学を出た人がいなかったので、教育の素晴らしさを理解できないんですよ」

「でも私は結婚を断りました。まだ幼く、夫と子どもと一緒に生活したり、子どもを育

てて家計のために働いたりという結婚生活が想像できなかったんです。そのときの私の願

いは学校に行くこと。同級生たちと点数を争うことが好きだったんです」

ベトナムには54の民族がいて、国民の9割近くを占めるのがキン族だ。民族衣装のア

オザイなど、私たち日本人が「ベトナム人」と聞いて連想する文化や習慣は、だいたいキ

ン族のものであることが多い。しかしヘンさんのエデ族は習慣・文化がかなり違う。たと

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えば、キン族の名前順は日本と同じ「姓・名」だが、エデ族は「名・姓」になる。母系社

会であるほか、ふだんはエデ族特有の言語で会話する。ヘンさんがベトナム語を学んだの

は、小学校に入ってからだ。「私のベトナム語はいまだに完璧ではない」と彼女は言う。

大学進学について、最終的に母は許してくれた。わずかな身の回りの品と、厳しい家計

から母が捻出してくれた150万ドン(約7200円)だけを持って、ヘンさんはベトナ

ム一の商都・ホーチミンに出た。

「ホーチミンでは、篤志家が貧しい学生用に建てた無料の学生寮に住んでいました。寮

生は最大で 30 人ぐらい、1 部屋を 6、7 人でシェアする形でした。学費は 1 年間で約30

0万ドン(約1万4400円)。生活費は節約して1カ月約50万ドン(約2400円)で

やりくりする生活です。週末はインスタントラーメンで済ませる感じで。寮生はみんな仲

が良くて、寮母のおばあさんも優しかったので、楽しい時間でしたよ」

やがてチラシ配りと家事手伝いのアルバイトを始めた。ベトナム国内の報道では彼女の

苦労話の一つとして紹介されるが、本人は「とんでもない」と否定する。

「チラシは、子ども向けの英語学校に勧誘する内容でした。私は配るのがうまかったん

ですよ。交差点で立って配るだけでなく、『新しくできた英語学校です。子ども向けの面白

いコースがたくさんありますよ』とか、説明をつけて『プロ』のチラシ配りとしてやって

いました」

「家事手伝いは『おしん』みたいな仕事ですね(ベトナムでは日本のドラマ『おしん』

が人気)。でも私には楽で夢のような仕事でした。田舎では、午前中の学校を終えたあと

(注・ベトナムのほとんどの学校は午前・午後の二部制)、午後1時から5時までは畑仕事

の手伝いでとても大変でした。それを思うと、1日2時間の皿洗い、食材の下ごしらえ、

床掃除などの仕事はすごく楽。そのうえお給料は1カ月で200万ドン(約9600円)

もいただけました」

モデルになったきっかけは、テレビのオーディション番組に応募したことだった。数千

人の応募者の中から、ヘンさんは最終選考の8人に残った。

「オーディション番組の Web サイトで、アメリカの元スーパーモデルのタイラ・バンク

スさんが、モデルという仕事について語っていたのを見て感動したんです。『写真撮影では

どうすれば魅力的に見せられるか』『目線はどうするのか』とか、すべてが私にとって興味

深いことで、この仕事にチャレンジしたいと思いました」

モデルの仕事は不安定で、生活苦は続いた。そこでヘンさんが考えたのは、ミス・ユニ

バースのベトナム代表に挑むことだった。ベトナムではミスコンは国民的関心事である。

優勝者は国民のほとんどが知る人気者となり、トップモデルへの道も開ける。

そのときの私の靴は、スニーカー1足とホーチミンの街角で買った10万ドン(約48

0円)のハイヒール1足。コンテストで必要なジーンズもドレスも友人に借りて、足元は

最初から最後まで1足しかないハイヒールで過ごしたんです」

ミスコン審査の期間中に、友人から「100万ドン(約4800円)を貸してもらえな

いか」とメールが来た。だが、彼女は「ごめんなさい、今私のお財布の中には30万ドン

(約1400円)しかありません」と返事するしかなかった。友人の役に立てず、苦しか

ったという。だがあとで、このやりとりが彼女に幸いした。

ミス・ユニバースのベトナム代表に決まったとき、すべての人が彼女に拍手を送ったわ

けではない。ショートカットで色黒という彼女の容姿を問題視する人々もいた。

「ベトナムの伝統的美人はロングヘアの色白で、彼女のような容姿が選ばれるはずがな

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い」「ヘン・ニエはお金で審査員の票を買ったに違いない」

これに敢然と反論したのは、ヘンさんが100万ドンを用立てられなかった友人だった。

彼女はヘンさんからの「30 万ドンしかお財布にない」というメールを SNS にアップして、

「彼女は票を買うことなんてできない」と証言した。

「とても恥ずかしかったけれど、助かりました」とヘンさんは笑う。

このときから、「伝統的美人」ではない少数民族出身で貧しいヘン・ニエはベトナムの人々

の心を掴んだと思う。

そして彼女の挑戦は、ミニ・ユニバース世界大会で5位入賞という大きな結果を残した。

ミス・ベトナムに選ばれたことをきっかけに、ヘンさんは社会活動家としても本格的に

活動を始めた。これまで、貧しい子どもたちへの奨学金支援と図書館建設、少数民族の女

性の起業支援などを手がけてきた。識字教育の普及を目指す国際的な NGO 団体「ルーム・

トゥ・リード」のベトナム大使も務める。その活動はベトナム国内だけでなく、英・仏の

テレビ局に取り上げられるなど、国際的な注目も集めている。

ヘンさんは、ミス・ユニバースの賞金2億ドン(約96万3000円)のうち、税金な

どを除いた全額を寄付した。自分が通っていた小・中・高校への奨学金と、田舎の貧困家

庭への旧正月の贈り物として役立てられた。

「昔、周りには私より勉強ができる友人が多くいました。でも友人たちは貧しさや、ち

ょっとした困難で勉強することを諦めました。今振り返ると、彼女らのことを非常に残念

に思います。後輩や子どもたちには、どんなに貧しくても教育を諦めないでほしい。だか

ら、全ての賞金を寄付することにしたのです」

「エデ族の女性たちが夢を追い続けられるよう、賞金を寄付することは最初から決めて

いました。たしかに2億ドンは簡単に稼げる金額ではありません。でも母も『神様がくれ

たお金だから、自分よりお金が必要な人たちにあげるべき』とアドバイスしてくれました」

今回の取材で、彼女の人気の本質を実感した出来事があった。

ポートレート写真を撮るために近くの市場に移動したときのこと。彼女の知名度からし

て、ある程度の人だかりができることは予想していたが、集まってくる人たちはみな女性

なのだ。それも果物売り場や野菜市場で働いている女性たちだ。

みんな決して豊かではない、体を張って家計を助けている女性たちだ。みんなヘンさん

が子どものころから農園で働き、苦労しながらここまで来たことを知っている。ヘンさん

は彼女らの代表だった。

「ミス・ユニバースに入賞してから、エデ族以外の少数民族の女の子たちからも手紙を

たくさんもらいました。彼女たちの励みになれて嬉しいです」

「うーん。この国ではミス・ベトナムは『オシャレで社会的地位の高い人』と評価され

ますが、そう思ってほしくはありません。私はたまたま幸運にも今の立場になっただけ。

一般の人と違うのは、発言や行動に影響力があることです。今後はそれを生かして、社会

活動やチャリティーに積極的に力を入れていきたいです。私は特別な存在であるより、非

凡なことに挑戦し続ける平凡な存在でありたいのです」

平成31年 4月26日(金) 晴れ

朝、晴れていた。

今日は PTA 総会があります。授業参観もあります。そして今日が終われば10連休。

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高校生活が、やっと軌道に乗ったかという矢先の連休。ただ、課題も出るし、部活動で

は試合も多く組まれている。おちおちと休んでいられませんね。

「アンガーマネジメント」って知ってますか?

普段の生活で、コミュニケーションを円滑に進めるために、自己をコントロールするマ

ネジメントの手法の一つ。その中でも、最近注目を集めているのが「怒り」をコントロー

ルする「アンガーマネジメント」だ。

人と相対する場で常に穏やかな気持ちでいることは望ましい。しかし、どうしても劣等

感や孤独感などのマイナス思考が出て、誰に対する気持ちなのかも判然とせず、自分の中

でとまどい、それが人や物への怒りになることがありませんか?

この複雑な自分の気持ちを整理し、状況を客観的に把握する力を育てることが重要であ

り、そうすれば状況に応じて、感情をコントロールし、適切に問題解決していく道筋を学

ぶのがアンガーマネジメントでもある。

たとえば職場でイライラしている人がいるとする。同僚たちは気を使うし、イライラし

ている本人も周りに嫌な言動をしていることに対しての自己嫌悪を覚える(覚えないもの

も多分にいる)。このイライラをコントロール(アンガーマネジメント)するだけで、職場

の雰囲気はよくなり、それぞれが自分の仕事に専念することができ、結果、職場全体の生

産性も高まるという好循環がうまれる。

また怒りに対する対処法を知っているということは、他人のイライラにも適切な対応が

できるということでもあり、「悔しい」という負の怒りを、モチベーションに変換すること

で、プラスの効果を生み出すこともできる。

アンガ―マネジメントには、主に 3つのテクニックがあるそうだ。

① 衝動のコントロール

「衝動のコントロール」ではまず、「最初の 6 秒をやりすごす」ことが肝要だ。人は怒

りのアドレナリンが強く出るのが最初の 6秒だと言われている。怒りを感じたらまずその

原因について書いてみて、その怒りに 10 段階で点数をつけ、客観的に怒りの分析を行う

こと。

② 思考のコントロール

次に「思考のコントロール」では、相手に求める「~べき」の境界を広げてみること。

相手の価値観は自分とは異なることを今一度認識し、怒る必要がある内容なのかを吟味し、

他者との違いを埋めていく努力がここで必要になる。

③ 行動のコントロール

最後に、できるものだけをコントロールする「行動のコントロール」。まずは最近怒った

ことについて書き出し、それが「いつまでに」「どのように」「どのくらい変わったら」気

が済むかを決めておくことで、怒りをコントロールし、さらにはコントロールできない要

素については放置する、と決めておく。「諦め」とは異なる、「そういうものである」とい

う受け止めの姿勢が何よりも重要なのだ。

いずれにせよ、「怒り」のパワーをプラスに転じることができれば、日々を快適に過ごす

ことができる。

でも、アンガーマネジメントっていうけれど、考えてみれば、少々のことには腹を立て

ず、他人のせいにせず、また、腹を立てたところで何一つ解決に至らないという事実をし

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っかりと認識したい。

少々のことで互いが腹を立てず、お互い様という気持ちで、気兼ねなく、気楽に生きて

行ける世の中だといいなあ。

平成31年 4月25日(木) 雨のち晴れ

朝、雨が。春雨からこのまま梅雨?なんてことはないと思うが、だんだん、日本の気候

は亜熱帯気候になっているような気がする。

今後、台風の上陸も多くなるのではないかと予想されます。

どこかの国の偉い人は、これは温暖化ではないと言っているようだが、どう見ても温暖

化ですよね。生活していく以上、温暖化は防げませんが遅らせることはできます。少しで

も遅らせる時期を逸すると、その後はどう対応しても、焼け石に水になってしまう。地球

的な規模で考えないといけない。一つでも何もしない国があったら、もうダメだ。

自国の利益のためだけに動いていてはいけない。そんな輩がトップになって権力を振り

かざすととんでもないことになる。まさしく今、ある国がそうだと私は確信している。

そういう輩の声は大きい。大きな声を上げてもいいが、私たちはそれに振り回されない

ようにしたい。その大きな声が正当な世論につながるのならよしとするが、そうではない。

自分の言いたいことだけを発し、自分と違う意見や世論は、でまかせだとする。それはた

だのわがままでしかない。ただの大声は周りを不愉快にするだけだ。周りを不愉快にさせ

るくらいなら、黙っていて欲しいが、そういうものこそ気付いていない。今の自分がどう

見られているかを察することのできる人でありたい。空気を読んで欲しい。

“沈黙は金、雄弁は銀”という言葉がある。

人を振り回すような発言は控えたい。それが社会通念上、正しいものならよいが、自分

のためだけに不満を、大きな声で言うのは、周りに不快感をもたらすだけである。本人は

気付かない。黙っている方が皆のためなのに。他者の目から見た自分がどう映っているの

かを俯瞰できる人間になれるといい。わが身を顧みるにつけ、自分がそうなのかと自問す

る。

他人を不愉快にせず、周りに微笑みを与えるような人でありたい。

平成31年 4月24日(水) 雨

朝から雨が降っていました。

昨日に強歩大会が実施できてよかったで

す。

NHKのニュースにも取り上げていただ

き、感謝です。

昼の、NHK名古屋からの放送、そして

6時半からの“ほっとイブニング岐阜”、8

時45分からのニュースでと、3回もの報

道をしていただき、いろいろな方から連絡

をいただきました。

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そういえば、子どもたちに考えさせることって大切であり、勉強もその一つですよね。

「やり方がわからん」とか、「先生、次、何をしたらいいの?」って聞かれることがある。

先生方は親切である。

「これをしましょう」と言って用意してくれる。

いろいろなことを提供して導いてくれている。

先生方も、“してあげる”ことに喜びを感じつつも、激務になっていく。

果たして、これはお互いがウィンウィンなのだろうか?

本当の教育なのだろうか?

勉強は誰のためにするのか?

自分のためだ。それは本当に生徒のためになっているのかを、我々は常に問いたい。

自分でやり方を考えさせるのも勉強なのだ。与えられて、させられているだけでは、ロ

ボットと同じだ。

また、子どものために何でもかんでも手を差し伸べ、「何にもできないんだから、してあ

げないとダメやで」とよく親は言う。

でも、はたして、“させているのだろうか?”。私たちだって、経験してないことはでき

ないし、自信がない。

失敗を恐れてさせてないだけじゃないのか?

自分がいないといけないという、自己満足なのではないかな?

子離れができていないのではないのかな?

などと、自分の今までを反省しています。

どんどん失敗させましょう。

だって、親は普通、子より先に世の中からいなくなります。

子どもが一人で立って生きて行かれるようにしていかねばなりません。

家に帰ったら、このダイアリー、1月15日に書いてある、絵本…「小学生のボクは、

鬼のようなお母さんにナスビを売らされました」をぜひもう一度、読んでみようと思いま

す。

平成31年 4月23日(火) 曇り

朝、曇っていて暑すぎもせず、絶好の“強歩大会”日和。

830 名ほどの生徒のうち 810 名ほどが歩いたり走ったりしています。

NHK の方が来てインタビューしていました。

お昼の放送でも、夕方6時半からのニュースでも流れるそうです。

気を付けて無事にゴールして欲しいです。

走っている途中で、時計を落としたと連絡が入ったが、「時計を拾いました。」と、届け

てくれた生徒がいました。とっても、心がほんわかしました。

平成31年 4月22日(月) 曇りのち晴れ

朝、少し曇りつつも晴れ間が見えていた。

明日、強歩大会があります。できるといいですね。

水木と雨予報なので、明日できるといいですね。

Page 121: 1月令和2年 1月 7日(火) 曇りのち雨 朝から曇っている。 気持ちも晴れないが気力でカバーかな。 いよいよ今日から始業です。 近隣のある学校では昨日が始業日だったとか。

週末は PTA 総会です。そのあと 10 連休。長期休暇になってしまうので、学校にいると

きと同じように生活をするといいですね。課題もあるでしょう。少しずつ片づけましょう。

さて、先週末の答え

〇 次の□の中に+、-、×、÷ のどれかの記号を入れて次の式を完成させよ。

18-3+2-4=13

こんなのもあった。・・・(18×3-2)÷4=13

(かっこを付けたけど。これはいいのかな?)

〇 次の□の中に 1,2,3,4,5,6 の数字を入れて式を完成せよ。ただし一つの□には一つの

数字を入れること。

2+3+4+6=15

〇5回に一回、帽子を置き忘れる Dさん。Aさん宅,B さん宅,C さん宅の順に訪問した。

(1) B さん宅に帽子を忘れる確率は?

(4/5)×(1/5)=4/25

(2) A さん宅,B さん宅,C さん宅の順に訪問した後、帽子がないことに気づいた。

この時、Bさん宅に忘れてきた確率は?

忘れてきたことがポイント。

(Bさん宅で忘れる)/(1-忘れて来ない)

=(4/25)/(1-(4/5)×(4/5)×(4/5))

=(4/25)/(61/125)=20/61

平成31年 4月19日(金) 晴れ

朝、少し曇りつつも晴れ間が見えていた。

暑くもなく寒くもなく、気持ちがいいな。

ところで、1 週間の経つのが早いですね。

来週の火曜日には強歩大会があります。天候が気になりますが決行かな?

週末には PTA 総会があります。

そして、10 連休に突入。5 月 1 日からは令和です。

さて、昨日の問題はエネルギーの問題です。

電力量は W×時間。

1500W×1分=500W×3分=1000W×?

この?を解けばよい。

だから 1.5 分すなわち 1 分 30 秒。

例えば、1kW の電熱器を1時間使ったエネルギーが1kWh です。

あなたのうちの電力量は 1か月どれくらいで、いくらぐらいかかっているのか調べてみ

ましょう。

今日もちょっと一休み。

〇 次の□の中に+、-、×、÷ のどれかの記号を入れて次の式を完成させよ。

18□3□2□4=13

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〇 次の□の中に 1,2,3,4,5,6 の数字を入れて式を完成せよ。ただし一つの□には一つの

数字を入れること。

□+□+□+□=□□

〇5回に一回、帽子を置き忘れる Dさん。Aさん宅,B さん宅,C さん宅の順に訪問した。

(3) B さん宅に帽子を忘れる確率は?

(4) A さん宅,B さん宅,C さん宅の順に訪問した後、帽子がないことに気づいた。

この時、Bさん宅に忘れてきた確率は?

平成31年 4月18日(木) 晴れ

朝、晴れていた。

やはり気持ちがいいな。

昨日は雨天のため掃除の時間の外掃除分担の生徒が廊下側の窓拭きをしてくれた。とて

もきれいになりました。たまに雨が降って、窓を拭いてくれるのもいいですね。きれいに

なってスッキリしました。ありがとう。

ところで、昨日のところに書いてある問題の答えはわかりましたか?

36mです。

40m とした人が多いのではないですか?

実は B がゴールした時に C との差は 20m だが、A がゴールした時は B と C との差は 20m

より短いですよね。Bと Cの差はその時から少し差が開いて、ゴールした時に 20 メートル

になるのですね。速さの比を考えると B は Aの 80/100。同じように Cは、B の 80/100。と

いうことは、C は、A の(80/100)×(80/100)。すなわち、0.64。だから 100m×0.64=64

mとなり、A がゴールした時には 100-64=36m後ろにいるから、A と C との差は 36mとい

うことになります。面白いと思いませんか?

今日、授業アシスタントの応募用紙を配りました。たくさんの生徒が参加してくれると

いいなあ。ちょっとワクワク、ドキドキ。

今日もちょっと一休み。

〇電子レンジで温めるのに、500Wでは 3 分、1,500Wで 1分かかる物がある。1000Wでは

何分かかるでしょう?

平成31年 4月17日(水) 曇りのち雨

朝、晴れていたけれど、雨が降りそうな予感がしたので、除湿器をかけ洗濯物を干して

きました。正解だった。

明日、授業アシスタントの応募用紙を配ります。

たくさんの生徒が参加してくれるといいなあ。

ちょっと一休み。

A、B、C の 3人が同時に 100m を走ります。それぞれは一定の速さで走るとします。

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A がゴールした時、Bはゴールしてなくて、A と B との差は 20m でした。その後、Bがゴ

ールした後、C はまだゴールしてなくて、Bと Cとの差は 20m でした。では、A がゴールし

た時、Aと Cとの差は何mだったでしょうか。

平成31年 4月16日(火) 晴れ

さわやかな朝を迎えました。

昨日、生徒議会、委員会がありました。生徒たちでいろいろなことが運営できるってこ

とは素晴らしいです。

ところで、誰かがやらなければならいないことは、誰かが「やる」と言わなければ先に

進みません。

ある会で役決めをするとき、周りの人たちが、「私がやる」となかなか言わないことがあ

った。時間も経ち、先に進むめどが立たないので、「私がやります」という場面が、往々に

してあったことがあった。

誰かがやらなければならないのなら、そして誰がやったって問題ないのなら、決めてい

る時間がもったいないので、その誰かになればいいやと、いつも思ってしまう自分がいる。

もしうまくいかなかったら、きっと、“手を挙げたくせに会をうまく回せてないやないか”

と、非難されるだろう。そう思うなら、思っているお前がやればいいじゃないか。非難す

るぐらいなら、初めに手を挙げたときに、「こいつに任せてはだめだ」と反対すればいい。

何も言わず、黙っていて了承したおまえにも責任はあるんだぞ。そんなこと、“はじめはわ

からなかった”と言い訳するかもしれないが、しばらくして、“こいつは不適任だ”と思え

ば、改めて手を挙げて、非難したそいつがやればいい。

いつも当事者の気持ちで物事を考えて欲しい。

批判ばっかりして、何の代案も出さず、評論家みたいにはなりたくない。そんな奴の、

言っていることや行動は賛成できないし、そんな輩になりたくない。

自分の言ったこと、したことについては、自分でお尻の拭ける人間でありたいと常々思

っている。

話は変わりますが、以前、皇太子様がドロシー・ロー・ノルトの『子供』という詩を引

用して子育ての考え方について述べられていた。

『子供』という詩から。

親の育て方 → 子どもの育ち方

〇けなされて育つ → 人をけなすようになる

〇とげとげした家庭で育つ → 乱暴になる

〇不安な気持ちで育てる → 不安になる

〇「かわいそうな子だ」と言って育てる → みじめな気持ちになる

〇子どもを馬鹿にする → 引っ込み思案な子になる

〇親が他人を羨んでばかりいる → 人を羨むようになる

〇叱りつけてばかりいる → 「自分は悪い子なんだ」と思ってしまう

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〇励ましてあげる → 自信を持つようになる

〇広い心で接する → キレる子にはならない

〇誉めてあげる → 明るい子に育つ

〇愛してあげる → 人を愛することを学ぶ

〇認めてあげる → 自分が好きになる

〇見つめてあげる → 頑張り屋になる

〇分かち合うことを教える → 思いやりを学ぶ

〇親が正直である → 正直であることの大切さを知る

〇子どもに公平である → 正義感のある子に育つ

〇やさしく、思いやりをもって育てる → やさしい子に育つ

〇守ってあげる → 強い子に育つ

〇和気あいあいとした家庭で育て → この世の中はいいところだと思えるようになる

どう思いますか?

自分の子育てに反省しきりです。

でも、やり直しは効かないもんね。そのしっぺ返しは、巡り巡って、自分に返ってくる

のかな? 首を洗って待っていよう。覚悟しておかないといけないな。

平成31年 4月15日(月) 晴れ

昨日、昼から思った以上に雨が降ったような気がするが、今朝起きたらすでに雨は上が

っていた。

勢いよく、草木が元気になり、春の陽気を満喫している。そろそろ、“草刈りをしろよ”

と促されているようで、気持ちは複雑です。

“してくれない”と嘆くより、“してあげられる”悦びを持ちたい。

「○〇してくれないから腹が立つ」ということをときどき聞く。

挨拶をしてくれないと嘆く人をときどき見かける。目下からの挨拶がないという前に、

目下であろうが目上であろうが、自分が先にすればいいことだろうと思うことがある。

その人が“するかしないか”は、その人の意思であって、私の意志ではないので、ど

うにもできないけれど、“してあげること”は、私の意志なので、どうにでもなる。

人に何かを“してもらおう”と期待するから、“してもらえない”と腹が立つのであろう。

だったら、“してもらえないこと”を当たり前と考えるならば、“してもらえなくたって”

腹も立たない。むしろ、そんなことなんか気にもならないと思う。

それよりも、“してもらえない”と思っていたのに、なぜか、“してもらえた”ら嬉しい

ですよね。“してもらいたい”という期待が大き過ぎたらショックも大きいけれど、期待し

ていなかったら、“してもらえた”ことに悦びと感謝ができる。その方が、心にはとてもよ

いですよね。

“してもらうこと”より“してあげられること”に悦びを見出したいものです。

あくまでも、“してあげたから感謝して欲しい”という見返りは絶対に求めてはいけない。

そうしないと、“してあげたのに何のお礼もない”ときに腹が立つに決まっているし、して

あげたことが台無しになってしまうような気がする。

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こちらが、勝手にさせていただいたんだから、それで十分だ。

その見返りはなくていい。させていただけたことに感謝したい。

そういう心持でいろいろな事に当たれるといいなあ。

平成31年 4月12日(金) 晴れ

朝、曇っていたが少しずつ晴れてきた。

人には必ずその人の歴史がある。唯一無二である。

生き様を知らず、気軽には語れないこともある。

ニコニコ笑顔の隣の人にも、その笑顔の裏には想像のつかない背景があるかもしれない。

そんなことを感じ取れるといいな。

他人の、“目には見えないものを見ようとする”こと、すなわち、“察すること”を常に

心がけたいものです。

隣の笑顔の人はひょっとしたら悲しいことがあるのだが、ぐっと堪えて作り笑いをして

ないかな?その人の仕草、行動、言動から匂いを感じ取ろう。ひょっとしたら、そっとし

て欲しいのかもしれない、いや、そうではなく、声を掛けて欲しいのかもしれません。相

手の気持ちを感じ取れる人、思い遣れる人になりたい。

「関わらんといてくれ。」と言われるかもしれないときには、そっと見守ってあげられる

といいですね。そんなコミュニケーション能力を備えたいですね。

平成31年 4月11日(木) 晴れ

朝から晴れて気分がいいです。

1年生はきっと、毎日ドキドキワクワクして1日を過ごしておるんだろうな。でもすぐ

慣れるよ。新しい環境に。そしてすぐ、我が物顔に学校内を闊歩するんだよ。心配するな。

誰でも初めてなことには出会う。はじめはできなくて当たり前なんだよ。気にしない、

気にしない。

“3日み っ か

、3月み つ き

、3年さんねん

人が新しい環境に慣れ、そして、調子に乗って何かをやらかしたりする。そして慣れて

図々しくなっていく“時”の戒めとして、私はこの言葉を話すことがある。

新しい環境になると不安でいっぱい。でも、3日で慣れて、3ヶ月ぐらいで調子に乗る

から失敗や不注意で何かをしでかす危ない時期。3年もすると、何でも知っていて、ずっ

と前からそこにいるかのような錯覚をし、横着になっていくものだ。だから、その戒めと

して、いつも“初心に帰らなければいけない”と自分に言い聞かせている。

初めてだとその環境の、いろいろなところが目に付く。

その感覚を大事にしたい。

2年目になれば、1年やってきているから前例踏襲が楽だ。何も考えなくても事は足り

る。新鮮な感覚が消えてしまう。でも本当にそれでいいのだろうか?

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どんなことでも、2年続けてあれば、2回続けてあれば、伝統っていうやつになってし

まう。3回目、3年目は、“前回までもこうだったから”と。疑問に思わなければずっと続

いていく。

こんなことが、以前、ある学校であった。

正月に、ある先生が、“(自分が)暇だから自分の学年の生徒を学校に来させよう”とい

うことにした。“正月から勉強させるっていいことだ”という理由をつけて。

その年、ある一定の成果が出た。

次の年、“昨年こんなことをやって成果が出たので今年もします”と。

もうこれで2年続いたので、3年目以降はこれが“伝統”となり、しばらく続いた。

あるところで疑問に感じた人が止めた。

止められたからいいようなものの、今、地域や田舎で残っている伝統というものは、何

の疑問も持たれないまま、ここまで続き過ぎたがゆえに、どういう意味かも分からず続け

られていることが多いのではないかと思う。ずっと続いてきているものは、“止める”と大

英断を下す人がいない限り続くだろう。

以前書いたが、その時の伝統をぶっちぎったものを生贄にして、その者に責任を擦り付

け、伝統を軽視したから祟りがあったと言ってみたり、全員で無視するなど、伝統という

名のもとに行われたことがあった。

また、“昔ながらの”ということで、昔から住んでいるものだけで地域の役員を回す。よ

そから引っ越してきた者はいつまでたってもよそ者であり、地域の中に入れない。都合の

いいときだけ、地域の仲間としていろいろなことを割り当ててくるが、重要な部分ではな

いことがあった。

歴史の中で、本当に必要なら必然的に残る。それが歴史というものではないか。不必要

なら消える。これもまた歴史なのだと私は思う。

平成31年 4月10日(水) 雨

朝から雨の1日です。合羽を着て、かばんにはビニールの袋をかぶせた高校生。おそら

く1年生でしょう。初々しいとともに学校に着いたとき制服が蒸れて不快感がなければい

いのにと願いました。登校中の小学生は長靴を履き、傘を差して、雨を楽しむかのようで

したが、視野が狭くなるので、交通安全にはくれぐれも注意して欲しいですね。

ところで一昨日、入学式を目前に迫った 1時過ぎから約30分間のお電話をいただきま

した。電話の主は70代の男性です。

内容はこうだ。

関高生が二人乗りして横断歩道のないところを直進して行った。しかも、後ろに乗って

いる者がスマホを片手に。

「俺は左折しようとしていて、危うく轢きそうになったんだぞ。俺がその生徒を轢いて

しまったら、手錠がかけられて一巻の終わりだ。先生たちだって、人を撥ねたら先生を続

けられんだろう。関高生は頭がいいからと言って何をしてもいいわけではないだろう。ど

ういう教育をお前らはしとるんや。」という主旨のお叱りを受けました。

そんなこと今まで聞いたことがなかったのでショックでした。関高生がそんなことする

だろうかとも思いました。

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でも、お叱りのあったことは事実なので、昨日対面式の後で水を差すようだったが事実

として皆の前で、こういうお叱りの電話を受けたとの話をしてもらいました。

話を終わったところへ、空かさず生徒が来ました。たまたまその現場には出くわしてそ

れを見ていた生徒だったそうです。

その生徒たちは、「青っぽい制服で、関高の生徒ではなかった。」と報告してくれました。

ホッとしました。

電話のご老人は、“制服は絶対に関高だった”と決めつけて電話をされましたが、未確認

だったんですね。全くの勘違いで、制服を着ているのは関高生だと決めつけての怒りの電

話だったのだ。

「頭が良い関高生なら何をやってもいいのか、どうなっとるんや、どういう教育をして

いるんや。」と、交通ルールを守ることとは無関係なことまで宣われた。

でも、よく考えたら、しっかりと関高の生徒だと確認しての電話ではなかったんですね。

その方が、“ひょっとして違っていたらどうしよう”とは考えなかったのでしょうか?根拠

(エヴィデンス)をもって話さないと、ただのボケた人の戯言ととられかねませんね。

見た目で、“何で不機嫌そうな顔をしているんや”とか、“その態度は何だ”などと言っ

てはいけませんね。自分がそう思って決めつけているだけかもしれません。先入観を抜き

にして、心を自由にして、柔らかい心で物事をとらえなければいけないと感じました。

そういえばこんな事を思い出しました。

元京都大学総長の故平澤興さんは、論語の一節を著作や講演によく引用されています。

以下、平澤さんの解釈にしたがうと、

子貢(しこう)は聞いた。

「先生、たった一語で、一生それを守っておれば間違いのない人生が送れる、そういう

言葉がありますか」

孔子は、

「それは、恕(じょ)かな(其恕可)」と答える。

孔子が「恕なり(其恕也)」と断定せず、「恕か」と曖昧(あいまい)に答えたところに、

なんとも味わい深い孔子の人柄を感じる、と平澤さんは述べている。

“自分がされたくないことは人にはしてはならない、それが恕だ”と孔子は説いたのだ。

つまりは、“思い遣り”ということであろう。

他を受け容れ、認め、許し、その気持を思いやる。

自分のことと同じように他人のことをも考える。

そのことこそ、人生で一番大切なことだと孔子は教えたのではないか。

孔子は、“人生で一番大切なことは、「恕」ではないかな”と言った。

いろいろと大切なものがある中での、悩んで選んだ末の言葉だと思う。

思い遣りがある人は、他人の立場に立つことできる人だと思う。

他人の痛みや、苦しみ、喜びを自分のことのように感じることができる人は素晴らしい。

他人の立場に立つことができる人は、自己肯定ができる人ではないか。

「私ってすごい」とか、「俺っていけてる」と、いくら自分だけで思っても自己肯定には

ならない。

自己肯定とは、“誰かの役に立っている”と思えること。

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“自分は誰かに愛されている”と思えること。

“自分を大事に思ってくれる人がいる”こと。

“自分を必要としてくれるところがある”こと。

自己肯定は、他者からの肯定でもあるのではないか。

自己肯定ができなければ、人を受け入れることも、認めることも、許すこともできない

し、人を思いやる余裕も持てないと思う。

人の役に立つこと、人の喜びのために懸命に働くことを続ければ、誰かに認められ、き

っと必要とされる人となるだろう。

それが、自己肯定への早道。

大切な、「思い遣りの心」を育てたい。

平成31年 4月 9日(火) 晴れ

今日、1年生と2,3年生が揃い834名のスタートとなりました。

生徒会の心温まる歓迎とそれに応えた1年生の言葉。学校は生徒の笑い声や元気な声が

響くからこそ存在価値があるんですね。

学校っていいなあとつくづく感じました。

温かい言葉、プラス思考の言葉っていいな。心がほのぼのとし、生きて行くことに前向

きになれるような気がする。

そういえば、会話の中でできるだけ、否定語でなく肯定語を使いたいね。

※否定語 → ※肯定語

1.すみません → 1.ありがとう

2.疲れた → 2.今日も良く頑張った

3.運がない → 3.いい勉強になった、これから必ずよくなる

4.出来ない → 4.何とかなる、私なら出来る

5.出来ません → 5.私に任せてください

6.いつもすみません → 6.ありがとうございます。

7.難しいかも知れない → 7.はい、喜んで

8.忘れ物しないでね! → 8.全部持ってね!

9.遅れないでね! → 9.間に合うようにね!

10.廊下を走らない → 10.廊下を歩きましょう

11.そんなに買わないの! → 11.必要なものだけ買おうね。

12.休む時に何で連絡しないの?→12.休む時は連絡しましょう。

平成31年 4月 8日(月) 雨のち晴れ

朝、パラパラと雨が降っていたが、すぐに止み、晴れてきました。

今日は始業の日。月曜始まりなので1週間が長く感じると思います。

午前中、新任式、始業式、生徒会役員認証式がありました。

感動したことがありました。生徒会認証式の後、生徒会長の挨拶があり、そのあと、生

徒会の担当の先生をはじめとする先生方に向けて「・・・至らないところもありますが、よ

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ろしくお願いします。」と、言わされたわけではなく、自発的になされた、大人びた挨拶が

とても嬉しかった。感動です。

進級すると一回り大人になったような気がしましたが、心の面でも成長が伺える、微笑

ましい光景でした。

〇考えて行動し、その結果に対して責任の取れる大人になろう。

〇いろいろなことや様子から、察することのできる人になろう。

〇謙虚で感謝して生きて行こう。

〇“現状維持は後退である。”

果敢に攻めよう。失敗をどんどんして、自分の経験値にしよう。倒れたら起き上がれ

ばよい。何度倒れても必ず起き上がればよい。

午後からは入学式でした。

初々しい1年生を見て、つい一か月前までは中学生だったんだと思う反面、3年後には

今の3年生同様、大人として成長していくのかと思うと、この青春の多感な時期の成長の

度合いにはびっくりさせられます。

新入生諸君が本校に来てよかったと思えるように頑張らねばと決意を新たにしました。

平成31年 4月 5日(金) 晴れ

4月8日(月)の始業式、入学式に合わせて、椅子並べなどの準備をしました。部活動の

生徒が多く参加してくれて瞬く間に整然とした式場が完成しました。

いよいよ新年度の幕開けです。8日(月)が待ち遠しいとともに、子どもたちがどんな気

持ちで登校してくれるのか、若干不安なところもありますが、子どもたちのこの先の1年

を見通しながら、できる限り、ポジティブ・シンキングで行きたいと考えています。

平成31年 4月 4日(木) 晴れ

4月8日(月)の始業、入学に合わせて学校は動いてい

ます。入学される保護者の方で前もって学校に知らせて

おいた方が良い情報を伺っています。平成30年度が終

わって一息なんて、悠長なことは言っていられないです

ね。平成30年度の卒業生を送り出したと思ったら、平

成31年度の新入生を迎える。

卒業生を送り新入生を迎えるという年度替わりの、こ

の繰り返し。感傷に浸っている場合ではないですが、複

雑な思いです。

胡蝶蘭を置いてみました。

平成31年 4月 3日(水) 晴れ

新元号“令和”の発表から、余り経っていないのに、世間は少し冷めてしまっていませ

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んか?

この元号表記は5月からしか使ってはいけないとも言われていますが、知っていて明ら

かに5月から使うのに、なんか複雑です。

今日は新一年生が登校しています。4月23日(火)に行われる予定の強歩大会の前の健

康診断と、テストを行いました。

新1年生280名全員が登校しています。学校から地理的に遠い生徒もいます。でも、

遅刻も欠席もありません。すごい。感激しました。

平成31年 4月 2日(火) 晴れ

会議が目白押し。新年度は年度替わりであわただしく、時が過ぎるのも早いですね。

以前にも書きましたが、時が過ぎるのが早いのはときめきがないことだと言われたこと

があります。サプライズなこと、ワクワクすることがあると時が過ぎるのを楽しめるのだ

そうです。そんな気にはなれず目の前にあることをこなすのにいっぱいいっぱいです。

平成31年 4月 1日(月) 雨のち晴れ

4月になりました。

今日は11時41分、5月からの元号が“令和(れいわ)”になると発表されました。

新しい時代の幕開けが始まりそうです。去り行く平成を惜しみながら、4月を過ごしま

す。

今日は辞令交付と各会議が目白押し。

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平成31年 3月29日(金) 晴れ

来週はもう4月です。でも、まだまだ今年度は終わっていません。

残務処理に追われています。

読むに堪えなかったかもしれませんが、1年間ありがとうございました。

平成31年 3月28日(木) 晴れ

季節の変わり目ですね。桜が咲いています。

季節はいつもと同じように巡ってくれています。

少し多いか早いかはあっても。

来年の今日も同じような気持ちでいられるだろうか。

当たり前だと思っていることが実は当たり前ではなく、”有り難い”ことなんだと改め

て感じて生きて行きたいと思った。

平成31年 3月27日(水) 晴れ

新聞報道ですが、発表で先生方の異動が発表されました。

知っている人も多く、春なんだと改めて実感しました。

平成31年 3月26日(火) 晴れ

来年度、いくつかの役をもらうので、その引継ぎをしました。

寂しさとともにあっという間の数十年だったのだと回顧しました。

平成31年 3月25日(月) 晴れ

終業式ならびに離任式を行いました。1 年間の皆勤賞は各学年100名以上もいました。

誰でも参加は可能なので、今年度取れなかった人は、可能な人は来年度取れるといいです

ね。

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ところで、公立学校では、春に定期人事異動があります。

多くの先生が去り、四月にはまた多くの先生を迎えます。

いろいろな思いが交錯する春です。

離任式ではいろいろな思いを話された先生方、関高校の思い出はいかがだったでしょう

か。

平成31年 3月22日(金) 晴れ

晴れて気分よし。

朝からいろいろなことがあったが、切り抜けて OK!

平成31年 3月20日(水) 曇り

晴れて気分よし。

先日、3年生の大学合格者10名が1,2年生に向けて話をしてくれました。話してく

れたみんなが受験を通して大きく成長してくれていることを嬉しく思いました。

そんな中で気が付いた言葉を列挙してみます。相反することもあるかもしれませんが、

自分の琴線に引っかかったものを各自でチョイスしてみてください。参考になれば幸甚で

す。

・得意科目を伸ばす。

・ともに頑張れる仲間を作る。

・予習授業復讐の学習サイクルを確立する。

・小テストを大事にする。

・何事も最後まで諦めない。

・誘惑に負けそうになったら、この後自分がどうなるのかを考え、想像してみると自制

できる。

・結果が思い通りに出ないときでも自分を信じる。

・SGH を生かそう。

・情報収集を怠るな。

・自分で考え、責任は自分で。

・自分が思ったところに必ずしも行けるとは限らないし、どうなるかわからないから、

オープンキャンパスにはいっぱい行っておいた方がよい。

・誘惑に駆られて他ごとをしている時間でも、それも含めて受験勉強だったから、無駄

だと思える時間はない。

・自分の弱点と常に向き合う。

・答えではなくプロセス。

・全力で何事にも取り組む。

・心に余裕を。

・試行錯誤しながら、自分に合う方法を見つける。

・やろうと決めたことはやる。

・悩むよりまず踏み出せ。

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・選択肢を広げておく。

・答案は相手に自分の考えを伝えることができているかを考えよ。

・受かった後のイメージを想像しよう。

・今は知識を貯めることと経験を積むこと。

・新聞・新書を読もう。

・考えながら常に挑戦し続けよう。

・勉強できる今の環境は当たり前ではないから常に感謝しよう。

・もし、不本意な進路になったとしても道が変わっただけである。深く考え込まないこ

と。

・時間をうまく使おう、隙間時間を上手に。

・インプットしたものを、どのようにしてアウトプットするかが鍵。

・自分をよく知る、すなわちしっかりと自己分析をしよう。

・テスト直しも間違えを正解に書き直すだけではなく、なぜ間違ったのかどこがいけな

かったのか考えながら工夫しよう。

など。いかがですか?

平成31年 3月19日(火) 曇り

もうすぐ春分の日。

お彼岸の中日ともいう。

暑さ寒さも彼岸まで。

春はもう来ているね。

平成31年 3月18日(月) 晴れ

今日も登校日。金曜日に続き、模試がありました。

放課後1、2年生に対して、3年生の合格者10人が後輩にメッセージを語ってくれま

した。経験談は沁みますね。

平成31年 3月15日(金) 晴れ

朝から寒い。春が一気に来るのだろうか?

今日は登校日。久しぶりの生徒全員。模試がありました。

平成31年 3月14日(木) 雪のち曇りのち晴れ

朝、車の上に雪が積もっていた。びっくりした。

今日は第 1 次学力選抜の合格発表の日。説明会もあり、長い1日でした。

平成31年 3月13日(水) 曇りのち晴れ

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朝、雨が降っていたが、早々に雨も上がり、良い天気になった。でも、午後、一時的に

みぞれが降り、びっくりした。

ところで、学校の近くに幅員の狭い道がある。そこは歩行者用の信号がない。だから通

常の信号を見なければならない。しかし、その信号は車が通行する側の反対車線上の右上

方にあり、点滅信号なので、自動車の運転をしている方でも、しっかり見ないと見逃して

しまう場合がある。だから、その信号の先にある空き地では、警察の車両が目を光らせて

取り締まっていることがある。

その幅員の狭い道路を横切るとき、歩行者用の信号がない。生徒は、右上方を確認する

ことなど知らないから、当然信号が赤でも通ってしまうことがある。それを見た一般の方

が、“生徒が信号無視をしている”と電話をよくされる。

“目の前に信号があれば生徒は絶対に信号無視はしないはずなので、信号を設置して欲

しい”と掛け合ったが、“作ることは難しい”とのこと。

仕方ないから、生徒に、“この通りはこういう事情なのでしっかりと信号を見て通るよう

に”と説明するしかないのかと思った。

安全に通行し、事故を起こさないように予防措置をして欲しい。

違反しそうな場所を作って、陰に隠れて捕まえるよりも、違反をしないように、させな

いように予防することの方が、人としては正しい行為ではないかと、私は思う。

平成31年 3月12日(火) 晴れ

朝から花粉の勢いがすごい。

久しぶりに生徒が学校に顔を出していた。

子どもの声が聞こえるのはいい。

元気で明るい声は、人を勇気づけてくれる。

“子どもは宝だ”と改めて思った。

先日も布団を干したときのこと。

私は花粉症でないから気持ちよく寝られたが、私の子どもが花粉症なので、花粉に包ま

れて息ができず苦しくて寝られなかったと言っていた。布団を干す時に布団の上にカバー

でもかければよかったのかと反省。自分が花粉症だったらきっと意識しているのにと思う。

それぞれの、いろいろな立場でものを観なければいけないと改めて思った。

いろいろな立場でものを見るというと、学校の場合、保護者の立場、生徒の立場でもの

を考えなければいけないですよね。教育を受ける側、教えられる側の立場で常にものごと

を考えていきたいものです。

“する側の論理”と“される側(受ける側)の論理”とあるけれど、できれば、いつもさ

れる側の立場で物事を考えたい。こんなことされたら嫌だなというのはしてはいけない。

ただ、こんな事をされたら嬉しいなと思うのは、その思っている人の価値観だから、他

人はどう思うかわからないので、押し付けないようにしないといけませんね。

平成31年 3月11日(月) 晴れ

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朝から天気がいい。

8年前の今日、東日本大震災があった。あの時、地面が横に揺れて本当に怖かった。4

階では建物がすごく揺れた。テレビを着けたら、太平洋岸に大きな津波が白い泡を立てな

がら日本列島に近づいている映像が流れた。そして陸地に到達。甚大な被害をもたらした。

もう8年。風化させてはならないから、遺構は残すべきだという意見もあるだろう。かと

いって、遺物をそのまま残しておくことで、悲しい思いをいつも抱く人もいるだろう。難

しですね。いろんな意見があって。

でも一番大切なのは“命”。

自分の命は自分で守るという意識と、いつ何時、何が起きるかわからないという危機意

識を常に持っていたい。

平和ボケしてはいけない。

平和な時にこそなにかが起こった時にはどうしたらよいかと、危機管理意識を常に持っ

ていたい。

平成31年 3月 8日(金) 晴れ

気持ちの良い朝。朝テレビを着けたら、飛騨では雪の画像が映っていました。

まだ春遠からじのところもありますが、全体的には、季節は確実に春です。

花粉症の方々は大変な様子です。

平成31年 3月 7日(木) 雨のち晴れ

夜は雨が降ったようだが、朝、出勤するときは晴れていて気持ちがよかった。

でも花粉がいっぱい飛んでいそうな雰囲気がしました。

今日は高校入試。受検生の皆さんは1日お疲れ様でした。

平成31年 3月 6日(水) 曇り

朝から曇っている。これから雨か?

先日2月27日(水)に、最後の小・中学校アシスタントを行った。

今年、いきなり始めたことで、いろいろとあったけれど、多くの生徒に好感触であって、

個人的にはよかったと思っています。

一人でも多くの生徒が教員になりたいと思ってくれたらいいです。

そうでなくとも、大人になり、何かのきっかけで、“あの時の気持ちが忘れられない”と

思い、その後にでも、教員志望になっても構わない。

教育は国の根幹だ。

人を育てることが国の繁栄につながると信じている。

少子化で子どもが少なくなり、この国の将来が心配です。時は待ってくれない。待った

なしだ。

明日は第一次学力検査いわゆる高校入試です。

頑張れ受検生。

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平成31年 3月 5日(火) 晴れ

つかの間の晴れらしい。今日は中学校の卒業式。晴れて良かったですね。

朝日に向かって出勤すると、なんだか元気をもらっている気がする。今日も一日頑張る

ぞって力がみなぎりました。

生徒から卒業式の日に“感謝の言葉をもらった”と、ある先生が話してくれた。

今でもそうだが自分に自信がないときがある。新任の頃、私の自信のなさを察したのか、

ある生徒が“先生は一生懸命教えてくれるから大丈夫、自信もって”って、生徒に大人目

線でほめられたことを思い出した。どちらが先生なんだって笑ってしまいそうだったけど、

うれしかった。先生だって人間だ。生徒より“上”でなくっちゃいけないと思わなくても

いいと思う。その人らしく、何事にも実直で真摯にいつも向き合っていれば、見ている人

にはちゃんとわかってもらえると信じています。

自分にとって、100の内99の嫌なことや辛いことがあっても、最後にたった一つで

もうれしいことや楽しいことがあったら、それまでの99のことが吹っ飛んでしまうよう

な気がします。

ある学校でのこと。1年生の時からいろいろとあって、何とか進級することができて、

あと首の皮一枚という状態の中で卒業を迎えた生徒がいた。学校の施設の改修もあり、卒

業式が高校から離れた、別の会場で行われました。

卒業式を終えた後、なんとその子は学校へ来てくれました。そして私が帰るのを夕方ま

で待っていてくれたのです。

校門のところでずっと待っていたらしいのですが、そんなことは一言も言わず、いきな

り私に手を出して、握手を求めてきました。「何とか卒業できたのはおまえのおかげや。あ

りがとう。」とはにかみながら言ってくれました。わざわざ担任でもない私を待っていての

話です。嬉しかったなあ。本当にサプライズです。担任ならまだしも。その生徒の3年間

のことが走馬灯のようによみがえり、ウルウルと来てしまいました。

この最後のやり取りで、彼との今までのことがすべて帳消しになりました。いや、むし

ろいい思い出に替わってしまいました。終わり良ければ総て良しかな?

人はいくつになっても褒められたいもの。最近ほめられたことがない自分は少し寂しい

気がするが、どんな人も、いくつになっても褒められればうれしいし、たとえ木に登ろう

とも、おだてられればうれしいですよね。

そんなことを思いながら、毎日、どこでも、少しでも多くの人が笑顔で過ごせるように

なれるといいですね。

ほっこりとした話を聞き、やっぱり教員をやっていてよかったなって思いました。

平成31年 3月 4日(月) 雨

先週の卒業式からそんなに日が経っていないのにずいぶん経っているような気がします。

今日はまた元の日常に戻り、授業があります。

障害者支援のことでこんな文章を読んだ。

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神奈川県の障害者施設「津久井やまゆり園」で2016年7月26日に重い障害のある

19人の命が奪われた事件があった。

兄の障害を意識するまで、滋賀県の特別支援学校教諭、久保田優里(ゆり)さん(28)

は、両親から「障害は忌むべきものではなく、ちょっと不自由な生活を強いられるけど、

ただそれだけなんだよ」と、こう言われて育った。兄の植松暖人(あつひと)さん(31)

は脳性まひで、重い知的・身体障害がある。優里さんは兄を特別視せず、隠すようなこと

もなかった家庭で育った。弟の洸志(こうじ)さん(26)と両親と兄と一緒にデパート

に出かけ、自家用車でキャンプやスキーにも行った。幼い頃は兄の「障害」を意識したこ

とがなかったそうだ。そんな優里さんが、兄の障害を強く認識したのは9歳の時、休日の

午後、兄と留守番をすることになり、二人になってしばらくのこと。「ほんまは話せるけど、

実は隠してるだけなんやろ?」。優里さんはそう兄に耳打ちし、部屋を出て様子を伺った。

「うーっ」。声は聞こえたが、30分間待っても兄は言葉を発しなかった。よだれが兄の首

をつたった。学校で、同級生が不器用な友人をつかまえて、「お前、障害か。何にもできん」

とからかっていたことが頭に浮かび、胸をつかれた。

中学生になると、友人に兄の存在を隠すようになった。その後、好きになった人にもな

ぜか言えなかった。友達には何度か兄の障害のことを話したことはあったのだが、相手が

引いて会話が続かなくなり、悲しい思いをしたことがあった。話した後で、友達に避けら

れるのではないかという気持ちもあった。そして何より、障害を持つ人が周りにいない人

たちに重複障害がある兄の本当の姿を伝える方法がわからなかったこともある。

「勇気のない自分。うしろめたい気持ちがずっとありました」、「家の中では兄と豊かな

会話」ですが、家の中では兄との「豊かな会話」があります。

兄の機嫌が悪くなり大声で騒ぐと、優里さんは「テレビが気になるのかな?」と察して

チャンネルをかえる。兄が笑顔に戻ると、「当たり」。言葉を介するより、時間もエネルギ

ーも費やして兄の表現の奥の部分を探る。「うそは絶対にないし、心が通じてくる」

優里さんは小学校教諭として働き始め、3年前に特別支援学校に移った。障害のある家

族がいることは「普通」じゃないと思い続けているがそのことは、どんなに家族の仲が良

くても兄の存在を否定しているようで口に出すことすらためらわれた。周囲に兄のことは

言えなかった。でも、学校の子どもたちや家族と接する中で、「特別なことではない」と思

うようになった。一昨年秋、優里さんは、同僚の一矢さん(34)と結婚した。お色直しで

退場する際には、兄弟3人で歩こうと決めていた。弟の洸志さんも「任せて」と快諾して

くれた。約100人が集まった披露宴。兄の車いすを二人で押し、参列者に挨拶しながら

歩いた。兄の障害を初めて知った人が多かったそうだ。

両親は涙ぐんでいた。かけよって、兄のよだれをぬぐってくれる同僚もいた。親類も友

人も「感動したよ。よかったね」と言ってくれた。人が大勢いる場所では必ずといってい

いほど騒ぐ兄が、この日はずっとにこにこしていた。「兄は特別な日だと分かっていたんだ

と思う。私は自分が強くなったのかな。私、幸せ者ですね」

母の久仁子さん(60)のもとには、同じく障害児を育てる親から、数多くの反響が寄

せられた。久仁子さん自身も、優里さんの心の奥底の葛藤には気づいていなかった。なぜ

なら、優里さんは、兄との外出も、特別支援学校の行事も一緒に楽しそうにしていたから

だ。今振り返ると、楽しそうにしていたのは、「家族」という理解者がそばにいる時のこと。

一人で、障害に対する社会の冷たい風にさらされる時に、毅然と向き合うことが困難な時

もあるのだと気づいたそうだ。同じきょうだいでもそれぞれ性格は異なる。弟の洸志さん

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は、「気にしなかったし、差別を感じると友達にでも誰にでも、それはおかしいよと伝えて

いた」とのこと。障害のある子だけでなく、そのきょうだいとも1対1の時間を作ること

が大事だ。「あなたも必要な子で、愛している。我慢しすぎないで」と自然な形で伝えるこ

とが必要か。多くの親子と接する中で必要だと感じることは、「家族の中で抱えて、閉じこ

もらなくてもいいような制度整備や周囲の理解」である。

障害がある子どもがいる家族は片時も離れられず、ほっとできる時間がとても少ない。

そして、自分たちが先に逝った時の、子どもの身ときょうだいの負担を案じ続けている。

親たちにスーパーマンになれというのは酷だ。だからこそ、障害者支援だけでなく、家

族、きょうだいのケアを、社会で支援していくことが重要なのだ。

平成31年 3月 1日(金) 晴れ

朝から晴れています。

今日は卒業式。3年生の晴れの門出です。

とても良い式でした。卒業生のこれからに幸多きことを祈っています。

平成31年 2月28日(木) 雨

朝から雨です。

乾燥して花粉もいっぱい飛んでいたが今日は小休止ですかね?

学年末考査も昨日で終わり、今日からテスト返却です。しっかりとできなかったところ

を確認し次の学年に進みましょう。

明日は3月1日で卒業式です。今日はその前日ですのでその予行と各種表彰式がありま

した。さすが関高生です。何度も練習しなくてもできてしまうんですね。

明日は皆にとって良い卒業式になるといいですね。

いよいよ三年生の卒業です。

今年ももう2か月が経ちました。6分の1が終わったのですね。

平成31年 2月27日(水) 晴れ

学年末考査最終日です。

と同時に、第一次選抜変更最終日です。

3年生の早期進路決定者の卒業発表会がありました。

4月からの新たな進路先への不安と期待、そして、まだまだ何にでもなれる可能性と夢

を持っている子どもたちの発表を聞いて、新たなる旅立ちを見送る親の気持ちになりまし

た。ある意味うらやましいですね。若いってことは。できれば時を戻したいが、無理です

ね。

平成31年 2月26日(火) 晴れ

学年末考査3日目です。

国公立大学の二次試験前期日程も二日目のところもあります。頑張ってくださいね。

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人は失敗して成長していくものだ。それを先輩の大人は寛い心で受け止め、待ってあげ

てほしい。鬼の首を取ったかのように相手を責めてどうなる。起きてしまったことはどう

しようもない。それよりも、このあとどう対応するかに真価が問われる。起きてしまった

ことを嘆いたり相手の上げ足を取ったりすることはしたって何の進展もない。転んだ後ど

う起き上がるかで人の価値は決まる。転んだ後どう起き上がるかをフォローできる人間に

なりたい。

失敗したことをなじり、嫌味を言い、とことん落とし、「這い上がって来い」って言うの

はいつの時代のことなのか?

今は通用しない。時代が違うのだ。

今の子どもや大人も含めて、叱られ慣れていない。

人を育てるには、ほめて叱って、なぜそうなったかを考えさせて、次には失敗しないよ

うに、失敗した本人の腹に落とし、実践してくれればいい。

最近、よく言われている“PDCA”よりも、今後は“OODA”というのが主流にな

ると言われているそうだ。

OODAとは、 “Observe (観察)、Orient (状況判断、方向づけ)、 D

ecide(意思決定)、Act (行動)“の頭文字をとったものだそうです。

目標を達成するための要素を4つの段階に分けて成功に導く方法です。

これは私が日頃よく言っていることに通じると確信しました。

周りを察して、状況を確認し、自分でいろんなことをしっかりと考え、それに基づいて

判断し、行動する。そして、その結果がどうなろうとも、他人のせいにせず、自分で責任

の取れる大人になってほしい。

平成31年 2月25日(月) 晴れ

朝の寒さもなく、春です。

はっきりと見えないけれど、花粉が目の前を飛び交っているのかな?

学年末考査2日目です。

国公立大学の二次試験前期日程が始まりました。頑張ってくださいね。

平成31年 2月22日(金) 晴れ

朝から肌寒さもありますが、春の匂いを感じます。

春はそこまで来ています。

今日から学年末考査が始まりました。昨年より早いですが、テスト後に見直す時間をし

っかりと取りました。知識をしっかりと自分の中に定着してもらいたいです。そしてしっ

かりと考える土台を築いてほしいと思います。

余談ですが、探査機「はやぶさ2」は、地球からおよそ3億 km 離れた小惑星「リュウ

グウ」に、昨日の午後から降下を始めていて、半径3メートルの範囲へのピンポイントの

着陸を目指しています。 岩石などの採取にも挑む予定ですが、着陸予定地点は大きな岩に

囲まれていて難易度の高いミッションだそうです。今日の早朝に最終的な着陸の可否が判

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断され、最後は、「はやぶさ2」が地球からの指示なしで自律的に状況を判断して着陸する

のだそうです。ちょっとワクワクしています。それにしてもすごい技術ですね。

ちなみに今日は猫の日だそうです。なぜだかわかりますよね?

平成31年 2月21日(木) 晴れ

朝、少し風はあるものの春めいた風でした。

もう春はそこまで来ています。

あっという間に月日が流れていく。怖いくらい早い。

明日から27日まで学年末考査。27日には4回目、最後の小中学校授業アシスタント

を行います。

今日の正午に第1次選抜の出願締め切りでした。

明日から27日正午まで出願変更があります。

平成31年 2月20日(水) 曇り時々晴れ

今日は今朝から雨も上がり、気温は昨日より高く過ごしやすい一日です。

平成31年 2月19日(火) 曇りのち雨

朝から雨の予報です。

今日は文化会館で SGH の発表会です。午前中ですが、各クラスで選ばれた代表各 1グル

ープ各学年7グループ、2学年で計14組の発表があります。特に2年生は英語でプレゼ

ンをします。それから、イギリス研修、ベトナム研修の報告もあります。

本校は今 SGH の指定により、探究活動を充実させ、今、勢いに乗っています。その勢い

のある探究活動の発表を見ていただきありがとうございました。県内各地からの見学者が

来られ嬉しく思います。

今後、これを核にして、関市が県内の中央に位置していることを背景に、県内の各学校

を繋いでいき、ファシリテーラーとしての役割を持ちたいと考えています。

10年後、20年後の本校卒業生の活躍を乞うご期待ください。

平成31年 2月18日(月) 晴れ

朝から天気がいい。気温集は暖かくなるようだ。明日、明後日と雨らしい。

今日から高校入試の第1次学力選抜の出願が始まります。どのくらいの生徒が出願して

くれるか心配なところです。締め切りは21日の12時までです。

平成31年 2月15日(金) 晴れ

朝から天気がいい。久しぶりに屋外の水道管が凍っていて、朝、水が出なかった。

唐突ですが、道徳とは日々の体験の中で身体化していくもので、教科書で教えて評価す

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るものではないと私は思う。

以前、私の子どもが小学校の時こんなことを言っていた。「学校の道徳の時間は、こうい

う答えをすると先生の思い通りの答えで先生もほめてくれるけど、実際には世の中はこち

らの答えが普通だよね。」と言ったことがある。みんなが一律にベストの答えではなく、社

会の中で生きて行く上において皆が生きやすい生き方はベターな方かもしれない。それが

常識であり社会規範であるのだと思う。

自分が身に付いていないものがあると、学校教育のせいだと文句をいう社会の風潮もあ

る。学校で教えるにも限界がある。家庭教育の一端を学校が担っていると思ってもらわな

いといけないと思う。だからといって学校に責任がないとは言うわけではない。学校教育

に過大な期待をし過ぎだと思う。“教育を変えれば世の中が変わる”とか“教育を変えれば

人間は変わる”というのは間違いではないが実に安易な発想でありやはり家庭が教育の根

本だと私は感じている。

平成31年 2月14日(木) 晴れ

朝から天気がいい。乾燥しているので、風邪ひかないようにマスクなどで加湿しましょ

う。

“躾”と虐待の違いって何だろう。よく、“躾のつもりで叩いた”とか“躾の一環で・・・”

とか言われるけど、やっている本人はそれほどしっかりと思いを込めてしているのかと疑

いたくなる。本人のためだとか言っているくせに、実は自分の感情の赴くままに任せて怒

っているだけじゃないのかと思うことがある。

「子どもがちっとも言うことを聞かない」と言っている親自身も、実は自分の親の言う

ことを聞かなかったことが多いのではないか。

最近よく思う。自分の子どもが親に似てくるのは、育てられたことまでが遺伝子に乗っ

かっていくような気がしてならない。だから、その子供が大人になった時、育てられた結

果がその大人なのであり、わが身に降りかかってくるのだと思ってしまう。だから、“躾て

いる”とか“育てている”とかいう上から目線ではなく、“子どもを通して、自分が親にな

るために育ててもらっているのだ”とか“自分が親に育ててもらったことを追体験させて

もらい自分の人生を回顧し反省させてもらっている”という気にならなければならないの

ではないかと思っている。

「頭で分かっていても、子どもがいるとイライラする。」「気がつくと叩いている。」「何

もする気が起きない。おふろに何日も入れてない。」、「叱っているうちに自分で分からなく

なった」、そんな悩みは誰もが持っている。「叱り方って難しい!」「どこまでが大丈夫な

の?」など、悩みは尽きぬ。

子どもへの「躾」は、子どもに社会のルールやマナーを教えたり、自立して生きていく

ために必要なことなどを教えるのが目的だ。その基本は、愛情をもって、子どもに理解さ

せながら繰り返し教えることで、叱るだけでは身に付かない。それは親の愛情でもあり、

子ども中心に考えて行う行為なので、躾と思って言ったことが少しでも出来たら、必ずほ

めてあげたい。子どもへの躾は、ヒステリックになったり、感情的にどなりつけるもので

なく、子どもの目をしっかりと見て、腹を据えて真剣勝負で「叱る」ことも大切なのだと

思う。

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「虐待」とは 子どもを思うようにコントロールできないことへの親自身の”怒り”や

腹立ちを、躾と称して親が自分の力を悪用して子どもに対して暴力をふるうことだ。こち

らは、親のエゴが中心となっているものだと思う。

確かに、「躾」と「虐待」の境界線はどこなのか、すごく難しい。だからと言って、「躾」

だから暴力をふるっていいというわけではない。最初、躾のつもりで子どもを叩いている

うちにいつの間にか子どもを叩くという行動がくせになり、子どもも叩かれるまで、親の

言うことを聞こうとしなくなるのではないか。叩く行動は絶対にやらないと肝に銘じるこ

とも大切だ。また、親自身が、自分の態度を正当化するために、子どもに対して「お前が

悪い事をしたから。」とか「愛しているから」とか「言うことを聞かないから。」などとい

う理由は、理由にならない。どんな形であれ、子どもにとっては暴力を受けていることに

は変わりはないのだから。

誰もが、子育ても家庭のことも思いどおりにいかないで悩んでいると思う。自分だけで

はないんだと気を楽にしたいものだ。

平成31年 2月13日(水) 晴れ

朝から天気がいい。気持ちいいですね。

成果を出している人には、伝え方が「数学的」であることが多いそうだ。

伝え方が「数学的」とはどういうことか。数学の問題解説には特徴があり、「極めて論理

的」で「これ以上短くすることができない」、つまり“無駄がない”とも言える。

数学の勉強ができるかどうかは問題ではない。伝え方が「数学的」であることが勝負ど

ころで相手に主張が伝わるかどうかを決め、成果に直結しているそうだ。

具体的にいくつかの典型的なフレーズがある。

① 主張するとき、「結論から」述べ、そのあと「なぜならば」で

相手は知りたいことだけを聞きたいはずだ。知りたいことはまず結論、次に根拠。だ

からこの2つだけをこの順序で伝えよう。

② 前に進めるときは、「仮に」

数学でよく使われるのが「仮に」という言葉。仮定して議論を進めることで結論に向

かう。このスタイルはどこでも有効。

③ 整理するとき、「かつ」「または」

数学では複数のものごとを整理して、そのときに使うのが「かつ」や「または」とい

った整理する機能を持つ言葉。例えばいろいろな条件を複数並べたとき、それが「かつ」

なのか「または」なのかをきちんと説明しよう。簡単なことだけど難しいと思う。

④ つなげるとき、「さらに」「ゆえに」「一方で」

きちんと伝わる話し方をする人は接続詞をしっかり使っているらしい。例えば伝える側

が「さらに」と言えば、聞き手は“何か追加の情報を伝えるのだろう”とすぐに察し、伝

える側がそのとおりの内容を話すからわかりやすくなる。数学でもよく使われるこの3つ

の論理表現はコミュニケーションにおいては、「次はこの方向の話をしますよ」というこ

とを事前に教える方向指示器の役割も担っていると思う。

⑤ 本題から逸れるとき、「補足ですが」「たとえば」「余談ですが」

ときには本題から逸れた「脱線」をすることもあるだろう。そんなときも、どの方向

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に話を逸らすのかを明確にしてから脱線しよう。「補足ですが」と言えば相手は、「ああ、

補足する情報をしゃべるのだ」と察する。だから相手はストレスなく聞ける。これもま

た方向指示器の役割を担う言葉だ。

⑥ 終わるとき、「以上です」

「以上、証明終わり」「以上より、求める値は……」。数学で必須。要するに「これで

終わりますよ」というサイン。聞き手があなたの話を聞いているとき、“あなたの話はいつ

終わるの?”と待っている。終わるのを待ってくれている人に「これで終わりますよ」の

一言を添えることも大切な配慮かもしれない。

論理的に話そう、短く簡潔に話そうと考えることも大切ですが、相手に自分の思いを伝

える工夫も必要で、ここぞという勝負どころに使う言葉を変えるといいかもしれませんね。

平成31年 2月12日(火) 晴れ

朝、道が凍っていた。放射冷却なのかすごく寒くて、フロントガラスもバリバリ、下手

の結露もすごかった。

今日から3年生は自宅学習期間に入ります。実質、私立大学の受験で多くの生徒が今月

の初めから登校していないのも事実です。27日までです。28日は3月1日の卒業式の

予行と卒業式にはできない各種の表彰式と同窓会入会式があります。

同窓会の入会というと、卒業したら入るのが同窓会だと私は思っていたら、入学と同時

に同窓会に入る学校もありました。私としてはびっくりでした。中途で退学したとか、ま

た転学したときは、その同窓会のことはどうなるのか興味津々でした。中途退学しても同

窓会には入会しているのだから、会報などの案内や通知はしているのでしょうか? また、

転学したら、この学校と転学した後のその学校の同窓会の二つに入会することになるのか

な? いずれにせよ、同窓会に入会しているのだから、同窓会に関することは連絡しなけ

ればならないと思いますが、しているのかな? していないような気がしますが…。

ただ、同窓会は任意団体なので、自治会などと同じで、加入の可否は本人に問われなけ

ればならないですね。入学時に行うのはおかしいような気がする。それは入会金を集める

ための口実ではないかと邪推してしまうのは私だけか?

平成31年 2月 8日(金) 晴れ

3年生は今日が授業最後の日。長いようで短い、あっという間の1年、いや、3年だっ

たのじゃないかな?

来週からは3年生は自由登校ですが、でも、きっと多くの3年生の生徒は登校するでし

ょうね。頑張れ受験生。

平成31年 2月 7日(木) 晴れのち曇り

朝、晴れていたが昼頃に曇るとの予報。

“言葉は相手に伝わらなければ意味がない。”

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自分の一人よがりに、長々と小難しいことを並べても、相手に自分の意図が伝わらなけ

れば、それは自己満足に終わってしまう。相手に自分の意思をきちんと伝えたいのなら、

“短い言葉”で簡潔に“わかりやすく”、“穏やか”に話したい。

穏やかな話し方は、いさかいは起きにくくし、説得力を増し、味方を増やす効果が期待

できると思う。

穏やかに話すための基本的な注意点は、3つの「り」だと思う。

「ゆっくり、すっきり、はっきり」。

この話しぶりが、“落ち着き”や“誠実さ”をもたらすと思う。

① まず、「ゆっくり」を意識。

人は自分が思う以上に早口で話をしているもの。私のそうだ。特に苦手な人や初対面

の人などを前にすると、普段はゆとりを持って話をしている人でも、焦って余計なこと

や妙なことを口走りがちになる。こういうときは大抵、早口になっている。

人前であがりやすい人は話を始める前に深呼吸し、口角を上げた笑顔を作る習慣をつ

けると落ち着きを保てるそうだ。

② 「すっきり」話すことを意識。

伝えたいことを 1 つに絞る。伝えたいことの優先順位を付けよう。「もう少し話がした

かった」と相手が物足りなさを抱くぐらいがちょうどいいのかな?

余計なことは話さない。会話の中で適度な「間(ま)」も必要。また、相手の話の腰を

折らず、相手の言葉にじっくり耳を傾けよう。

③ 「はっきり」と話そう。

日本語特有のあいまいな表現、「善処する」「視野に入れて」「考えておきます」「また

今度」などは、その場しのぎだとわかってしまう。「語気を強める」のと「はっきり」と

言うのは違う。発声を明確にし、相手が聞き取りやく、短めでシンプルな物言いで、誤

解を生じにくい言葉を優先しよう。

平成31年 2月 6日(水) 晴れ

曇っている。これから雨が降り、夕方には止む予報です。フロントガラスも朝は凍って

いなくてよかった。

唐突ですが、今の日本の子育ては「促成栽培」が主のようです?

子どもたちは早くから優秀であることを求められあらゆる場面で急かされている。早く

から何でもしっかりできることを求められ、できないと叱られ、「自立、自立」と追いまく

られている。勉強や習い事についても、親たちはとにかくわが子を早くから勝ち組路線に

乗せようと一生懸命だ。

でも、何でも早ければよいというものではないと思う。成長が早くて小さい頃は優秀で

目立っていた人も、やがては普通になり、結局はただの人となることなどいくらでもある。

「十で神童 十五で才子 二十過ぎればただの人」ということわざもある。英語では「A

man at five may be a fool at fifteen.」(5 歳で大人並みの子は 15歳で愚か者になると

いうそうだ。)

その反対に、成長が遅くて小さい頃は他の子に後れを取り何かと手がかかって大変だっ

たけど、自分のペースでじっくり成長し、年を追うごとに伸びてやがては大きく花開いた

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という“大器晩成”の例も世の中にはたくさんある。

この“大器晩成”という言葉は中国の老子の言葉だそうだ。英語では、「Great talents

mature late.」「Great talents are slow in maturing.」などだそうだ。そして、そうい

う人のことを「a late bloomer」「a late developer」ともいうらしい。

また、偉大な芸術家、作家、科学者など中には学習障害など何らかの障害のある人たち

がたくさんいたそうだ。

〇アインシュタイン・・・子どもの頃言葉による表現が苦手で、思ったことがうまく話せず、

他の子と遊ぶのが嫌いで、運動など体を動かすことも苦手。単語のスペルを間違えるこ

とが多く、語学や歴史などの暗記科目も超苦手。両親は随分心配していた。

〇エジソン・・・子ども時代に学校にうまく適応できなかった彼は、好奇心が旺盛すぎて常

軌を逸した行動や変な質問ばかりしていたので、小学校を 3カ月で辞めさせられた。と

ころが、彼の母親が彼の好きな科学の実験をとことんやらせてくれ、母親の応援のおか

げで彼は能力を伸ばすことができ、後に発明王と呼ばれるようになった。

〇進化論を打ち立てたダーウィン・・・子どもの頃昆虫採集や狩猟に夢中になり、勉強をま

ったくしなかった。学校の成績はひどくて、「ダーウィン家の恥」とまで言われていた。

〇坂本龍馬・・・小さい頃泣き虫で、近所の子どもたちに毎日泣かされていた。14歳くら

いまでおねしょをしていて親たちは随分心配していた。

〇芸術家の岡本太郎・・・小学校では先生に叱られてばかりで学校になじめず、「先生は自分

の敵」として、授業中はずっと先生をにらみつけていた。1 年生の 1 学期が終わったと

き小学校から追い出され、その後、いくつかの小学校で転入学を繰り返し、最後に慶應

義塾幼稚舎という小学校に入ったが、そこでも成績は 52人中の 52番でした。でも、岡

本のことをよく理解し受け入れてくれた位上清先生のおかげで居場所を見つけた。

〇本田技研工業の創業者・本田宗一郎・・・子どもの頃勉強ができなかった。当然成績も悪

かったので成績表を親に見せず、家の印鑑を自分で作って捺印し学校に提出していた。

〇黒柳徹子・・・幼少期に問題児扱いされて、小学校1年生で退学させられた。その後、一

人ひとりの違いを尊重するトモエ学園に入学し自由で伸び伸びした生活の中で自分を取

り戻した。

目先のことにとらわれてできないことを否定的に叱ってばかりいると、子どもは自己肯

定感が持てなくなる。“自分はダメな人間で、どうせ何をやってもうまくいくはずがない”

と思い込むのではないか。すると、やってみようと思う機会があっても、“やってみたいけ

どどうせダメだろうな”と思い、やらなくなってしまうのではないかと思う。

だから、一人ひとりが違っていいのだという姿勢を常に持ち、親はゆったりと構え、子

どもの資質を長所と受け入れて自己肯定感を育てながら、“待つ”ことが大事だと思う。難

しいけれど、子どもの苦手なことや短所には目をつむり好きなことや長所として伸ばすこ

とを心掛け、よいところを見つけて褒めちぎるということだと思う。実際、先ほど挙げた

大器晩成の人たちもよき理解者によって救われたからこそだと思う。

さて、最後に、まだまだ人生は長い。これからが本番かも?

〇『昆虫記』で有名なファーブルが、実際に『昆虫記』を書き始めたのは60歳から。

〇カーネル・サンダースがケンタッキーフライドチキンを始めたのは62歳から。

〇綾小路きみまろがブレイクしたのは50歳を過ぎてから。

〇伊能忠敬は51歳で天文学を学び始め、全国の地図を作り始めたのは56歳から。

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〇以前、大ブレイクした双子の“きんさんぎんさん”も、ブレイクしたのは100歳。

平成31年 2月 5日(火) 晴れ

朝から晴れて気持ちがいい。

千葉県で小学4年生の女児が亡くなった。

親が子供を虐待する。ひどいの一言。

大人が、今、生きているのは、少なくとも親の虐待によって、“殺されてはいない”とい

うことだ。命を落とすような仕打ちをされたのなら、今、この世にいない。今、この世に

いるということは“大事にされた”と考えてもよいと思う。

子どもも一人の人間だ。親を含めた大人の持ち物ではない。“自分たちの子どもだからど

のようにしようと構わない”などと勝手なことを言ってはいけない。

親は子どもたちを育て、未来へ送る義務がある。父親、母親がいるのが当たり前ではな

いが、いるに越したことはない。

そういえば、私の母が亡くなった時、子ども心に、“父親が亡くなったら僕はこの先どう

なるのだろう?”と不安になったことがある。親って、いくつになっても、どんな時も頼

りにされるものだと思う。そのものに裏切られるって、子どもとしてはショックですよね。

守ってもらえるべき親が自分を守ってくれないって考えると、誰を信用して、誰を頼って

よいのかわからなくなる。

子どもはこの世に生を受けて、その親の元へ、“選ばれて”生まれてきた。

子も親も、お互いを選べないけれど、何かの因果でこの世に生を受け、その親の元に生

まれてきた。そんな偶然を大切にしてもらいたい。

子どもを大切に育て、次の世代へつなぐのが親の務め。そして、それが自分の親に対す

る親孝行でもあると私は考える。

平成31年 2月 4日(月) 雨のち晴れ

朝、雨が降っていたが、7時頃には止み、晴れてきました。

離職率のことで一つ思い出しました。

実は、最近、4年制看護大学が盛んにできています。短大から昇格したものや、新たに

作ったものなど様々ですが、今、ニーズが高いので、看護大学、看護学部を作るのに躍起

になっています。

通常、授業料は、私学文系は120万円程度、私学理系(医療系以外)は150万円程度

に対し、看護系は200万円程度で、ニーズも減らないし、“おいしい”のです。

ところが、大学卒の看護師の離職率が、専門学校卒の看護師のそれよりも、結構高いの

です。

専門学校では実習が多くて、一つひとつの実技演習など、その実習で落とされて留年し

たりもする。そして実習時間が多く割かれているので、病院などの実習先での“ブラック

さ”も知っているから、就職してからも簡単に辞めることはない。

しかし、最近のある4年制大学の実習を聞いたことがあるのですが、例えばベッドメイ

キングにしても、先生が演示して「見ておいてください」というだけで、実際は学生はや

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らないところもあるらしい。再試験も1単位いくらのお金を支払えば割と融通が利くらし

い。それを見て幻滅して大学をやめ、専門学校を受け直した学生さんを知っている。

また、実習先で学生がいろいろと“やらかす”ので、あらを出さないように最低限の実

習で終えたりするという大学があるとも聞いた。だから、4年間ぬくぬくと他の学部生と

同じようにしていて、就職してから、病院の“ブラックさ”を知り、やめてしまうそうだ。

ならば、小さな個人病院に就職しても良さそうだが、個人病院によっては大きな病院を

5年ぐらい経験していないとダメいうところも多々あるそうだ。

国家試験に合格したらすぐに現場で“働ける”かもしれないが、実際に“動けない”の

ならば意味がない。人の命を預かっているのだ。大学側も“もうかる”からだけでと、看

護大学、看護学部を作るのはやめて欲しいと私は願う。

平成31年 2月 1日(金) 晴れ

6月12日に家庭訪問のことに触れたけど、今、企業でもやりはじめているらしい。

「7、5、3」っていう数字はいろいろなところで言われる。通常の753ではなく、

例えば離職率だと。入社後3か月以内でやめるものが、中卒7割、高卒5割、大卒3割。

その離職率を下げるために企業でも家庭訪問を初めてところがあると聞いた。

内定承諾した学生の親に、入社に賛成しているのか確認する“オヤカク”(親に確認?)

を実施する企業が増えているそうだ。“家庭訪問で親の愛情の強さと深さを共有した幹部社

員が、入社後をサポートする”ということだそうだ。

企業が家庭訪問をすると驚かれるらしいが、実際に実施すると、親から“子どもから何

も聞いていないので心配していた”という声も寄せられたという。家庭訪問することで、

入社後に問題が起きた時でも、人事担当者から親に相談がしやすいともいい、“家庭訪問を

通して親が会社を好きになってくれることで、子が迷った時や辛い時に、『もう少し頑張り

なさい』と応援してくれるため、早期離職防止に繋がる”とのことだ。

さらに内定者の幼少期から現在までの様子を親から聞くことで、各々に合う教育方法や

向き合い方を考えられるともいう。

家庭訪問で、子に対する親の愛情の強さと深さを共有した経営幹部社員が、入社後の内

定者の仕事面、精神面、生活面のサポートを行うメンバーにそれを伝えることで、サポー

トメンバーにも引き受ける覚悟と責任感が生まれ、相乗効果をもたらしますとその企業は

メリットを強調している。

幹部社員も、親の、子への思いを感じることで、必ず成長させねばという覚悟が芽生え

るそうだ。家庭訪問を行った社員は、「ものすごく責任の重さを感じます。顔を直接合わせ

ること、親に会社の価値観を知ってもらうことで安心感を与えられている実感がありまし

た」と語っている。

幹部社員も「会社に期待と不安を持たれているようでしたが、この取り組みから私たち

の誠意を感じてくれ、信じてくれることがとても嬉しかった」といい、“親の、子への思い

を感じることで、必ず成長させねばと幹部に覚悟が芽生える”ともしている。

この会社ではさらに4月の入社式に親を招待し、内定者に対するサプライズを計画して

いるとのこと。これが実は離職率を下げることに繋がっていると自負しているそうだ。

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平成31年 1月31日(木) 曇りのち雨

曇りのち雨の予報です。

乾燥していた空気が少し湿って、インフルエンザも少しは終息に向かってくれると嬉し

いです。

今日は 1月のつごもり。もう 1月も終わりです。2019年も12分の1が終わりまし

た。早いものです。

前にも書きましたが、大人になると時が早く過ぎるのは毎日の変化があまりないからだ

そうですが、それにしても早い。1 か月後、3月1日は卒業式。光陰矢の如し。早いなあ。

話は変わりますが、いろいろな悩みは人それぞれ違います。他人からみれば“ちっぽけ

だ”と思うことも、その本人にとっては深刻なこともある。

でも悩めるということは生きている証拠かな。それも私の人生だと思い、生きてみよう。

生きていればどうにかなると思う。

“歳をとればすべてが幸福に感じるようになるから、とにかく生きろ。辛くても、苦し

くても、とにかく生きるべきだ”という言葉を聞いた。

そうだね、自分に置き換えてみると、小さい頃のこと、過去のことを振り返ったとき、

その時に戻りたくないと思うこともあるけど、なぜかオブラートに包まれた記憶がよみが

えってきて、当時ほど深刻ではないことが多いような気がする。

人生は不安だらけだ。でも、生きている。それもまた私の人生だと思って、生きてみよ

う。

何があるかわからないから人生って面白いのかな。いつも言っているように、ワクワク

ドキドキする毎日で、サプライズが楽しめる人になりたいと思うが、私はそこまで人間が

まだできていない。まだまだ修行かな?

平成31年 1月30日(水) 晴れ

晴れて気持ちがいいです。

こんな言葉を目にしました。

どこかのお寺の前に掲げてあった言葉だそうですが、「何とよく当てはまっていること

高いつもりで低い教養

低いつもりで高い気位

きぐらい

深いつもりで浅い知識

浅いつもりで深いのが欲

厚いつもりで薄いのが人情

薄いつもりで厚いのが面 つ

の皮

強いつもりで弱いのが根性

弱いつもりで強いのが我 が

多いつもりで少ないのが分別

少ないつもりで多いのが無駄

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か。」と、思わず頷いてしまいました。

これを、自分のこととして戒めないといけないかな。でも、欲やプライド、我などが全

くないのも困りものですが・・・。ほどほどがよいですね。

昔、詐欺容疑で捕まった「H行(ぎょう)」主宰のF氏の書いた本がたまたまあったので

興味本位で読んでみたことがありました。“言っていることはもっともらしいのですが、何

の根拠も無いのに偉そうなことばかりが書いてある”と、私は思いました。“彼自身実践し

ているのだろうか”とも疑いたくなるところもありました。これに本当にはまってしまう

人は、「不治の病だ」と言われたり、結論が見えず、お先真っ暗になっているところへ藁に

もすがる思いでそれに飛びつくのでしょう。それにつけこんで、“飛んで火に入る夏の虫”

とばかりに、「救ってやる」と甘い声をかけ、不安にさせて金品を”だまし”取る。まさし

く詐欺です。

人を救ってあげるとか、何かを導いてあげると言わなくとも、自分を高め、他人に無理

強いせず、自然体であれば、勧誘せずとも人は自然についてくるのではないでしょうか。

変な勧誘やまやかしに、「おかしい」と言える知識と懐疑心をつけておきたいものです。

平成31年 1月29日(火) 晴れ

晴れて気持ちがいいです。

苦学は美徳。

蛍の光・窓の雪で始まる”蛍の光”は卒業式での歌ですが・・・

明かりがなかった冬に雪明かりで勉強をしたり、夏の暗い夜に蛍をかき集めて勉強した

り、つまり、苦学を尊ぶことなのです。

しかし、最近苦学することよりもお金をかけて効率的に勉強する方が”目の前の”成果

をあげている。

こんな話を聞いたことがあります。

東大生の約7割の家庭が年収3000万円以上で、小さい頃から塾通い。子供のため

に親がせっせとお金をかける。昔の、(勉強したもの)=(苦労して頑張ったもの)という

式が最近では成り立たなくなっているようだ。

今は苦学するよりも効率的、効果的に学習を受けていかに点数を取るかという方に主眼

をおき、それで確かに成果が上がっている。お金のあるものがどんどんと教育を受けられ、

お金のないものが底辺を支える、ずいぶん以前の(太平洋戦争前)、図式になっているよう

な気がします。

でも果たしてこれがこれからもまかり通るのでしょうか?

早熟なものほど得をするようだが、そうは思いたくない。少なくとも一生勉強だと思う

し、こつこつと地道に勉強するものだけがこれからも伸びていき、成果が現れると信じた

い。以前にも書きましたが、私が高校のとき、「予備校の夏期講習を受けないものや、塾に

行っていないものは国立大学へ行けない。」と友人に言われ、すごく悔しい思いをしたこと

があります。さらに、「貧乏人のくせに大学へ行こうなんてずうずうしい。」とまで言われ

たこともあります。

でも本当にそうでしょうか。もし、太平洋戦争前なら、小作農の子は小作農。どんなに

逆立ちしても上の学校には行けなかったでしょう。だって、毎日、生きていくのに精一杯

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で、学校に行ける余裕など無かったのだから。

でも、戦争が終わり、民主主義の時代になって貧しい子でも、医者になったり先生にな

ったり、職業の選択が自由になり、学問を受ける権利も平等に与えられました。だからこ

そ、どんな子でも学問をしていいのです。むしろ、学問をしたいものだけが学問をすれば

よいのだと思います。そうでなくて、遊びに大学へ行くというものは、行くことを許して

くれる親に是非感謝しましょう。ちなみに私が親なら遊びに行かせたくはありませんが。

勉強したいものだけが学問をすればよい。その気持ちがないのに大学へ行くのは考えもの

だと私は思います。自分をよく見つめてもらえるといいなあ。

平成31年 1月28日(月) 曇り一時雪

朝、曇っていましたが、途中から雪が降ってきました。明日の朝は凍っているかもしれ

ないので気を付けたいです。

こんな話を読みました。

“信念”がなければどんな夢もかなわない。

“信念”は主観的です。自分の体験に基づいて、「これはこういうものだ」と定義します。

だから、それは必ずしも「正しい」とは言い切れません。他の人にとっては、そうではな

い場合もあります。かといって誤りでもなく、客観的な正誤の天秤では量れないのが信念

です。

時には一人の“信念”が、大多数の常識を覆して広まることもあります。それが発明や

発見、あるいは夢です。「人間が空を飛べるはずがない」のに飛行機が生まれ、「ただの神

話のはず」のトロイア遺跡が見つかり、「お前がなれるわけないだろう」と馬鹿にされてい

た人間がミュージシャンになります。

言葉は事実を表すだけではありません。赤信号を見て「赤い」と形容するだけでなく、

「赤」からりんご、口紅、フェラーリ、あるいは形のない「情熱」などを連想できます。

そして、それが人を動かします。言葉はラベルの貼られた空き箱です。「夢」と言えば、そ

こに自分の夢が入り始めます。“信念”が未来を引き寄せるのです。

もちろんそのためには自分の過去と結びついてなくてはなりません。“信念”に客観的な

正しさはありません。たとえ誰かが同意しくれたとしても、全員が同意することはありえ

ません。だからこそ過去の体験を根拠にすることが“信念”の必須条件になります。ギタ

ーを触ったこともないのにいきなりギタリストにはなれません。漫画を描いたことがない

のにいきなり漫画家にはなれません。

何かを成し遂げるのはとても不安定な道のりです。上手くいくかもわからないし、上手

くいかないかもわかりません。上手くいくとわかっているなら安心できますし、上手くい

かないとわかっているなら諦められます。そのどちらでもないから、人は、“ああでもない

こうでもない”と悩みます。いわゆる紆余曲折です。

その曲がりくねった道を歩む拠り所は、自分の周囲を照らす“信念”という揺らめくロ

ーソクの炎だけ。それは時に強い風に吹き消されてしまうこともありますが、再び灯すこ

ともできます。そのためにあるのが自分の“信念”を発見するメンタルレコーディングで

す。「どうすればうまくいくのか?」を考えるのが思考の役割です。そうした思考も大切で

すが、その前に“信念”をはっきりさせる必要があります。

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初代 iPhone のプレゼンで、スティーブ・ジョブズは「電話を再発明する」と言いまし

た。電話とカメラと音楽プレーヤーとネット端末を一台に集約するというコンセプトです。

日本では既に同様の機能を持つ i モードや ezweb が普及していて、「iPhone は流行らな

い」と言われていました。しかし今では iPhone が提案したタッチパネル式のスマートフ

ォンがスタンダードになっています。

ビジネスではこうした例がたくさんあります。セブンイレブンはおにぎりを売り始めた

時、「売れるはずがない」と言われていました。セブン銀行を始めた時も、「ATM 手数料が

収入の銀行など成り立たない」と言われていました。誰かの反対を間に受けていたら、何

も始められなくなってしまいます。自分の行く手を遮るのがロジックとは限りません。現

実は理性よりもむしろ心を折ろうとしてきます。

ある男の子が木の棒を振りかざしながら、「これは魔法のステッキだ!」と言いました。

それを隣で見ていた女の子は「違うよ」と返しました。客観的なのは女の子です。しかし

男の子の主観では、それは魔法のステッキだったのです。そこには幼いながらにして、“信

念”が芽生えています。人間は嘘を本当にしようとする時に強く輝きます。それが夢です。

平成31年 1月25日(金) 晴れ

朝から晴れて気分がいい。

今日はプレミアムフライデーらしい。何なの、これ? 何かもう死語になりつつ?

“能ある鷹は爪を隠す”

唐突ですが。

以前、ある学校でこんな話を聞いたことがあります。

あるM先生に向かって、

生徒A「先生。どこの大学出身なんや?」

M先生「○○○(地方の名前)の大学やよ。」

生徒A「そうか。○○○の三流大学か。そんな先生に俺ら教えてもらっとるんかあ。」

M先生「ふうん。」(『おまえらはそんな風にしか人間を評価できんのか。情けない・・・。』)

さらに、

生徒A「先生、三流大学やもんで、普通クラスの副担任なんやね。この学校のお金の支

払いは他の学校よりも高いのは先生の給料が高いからやよ。特別クラスの担任

になれるように頑張って。」と元気づけられました。(『実際は先生の給料はどこ

の学校も同じなのに・・・。そんな風に家庭で話しているのか…』)

数日経って、

生徒A「先生。○○○の大学って言ってたけど、国立の○○○大学やないか。すっげえ

なあ。そんな先生に教えてもらっとたんか。俺たちはラッキーやなあ。」

「それにしても、何ですぐに教えてくれんかったんやあ。」

M先生「特にいうことでもないと思ったから言わなかっただけだよ。」

(『人は出身大学で決まるのか?・・・』)

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私はこれを聞いて残念な気持ちになりました。

人の価値って、出身大学で決まるものなの?

生き方、価値観、人生観、人格などを含めた人物そのものでその人は評価されていいの

ではないかと私は思います。

ところで、そのM先生は難しいことを噛み砕いて次元を下げ、わかりやすく説明するの

で、いい先生と評判がよかったのですが、それ故に、難しいことはあまり知らないと生徒

には思われていたらしいのです。だから、『○○○の大学』って聞いたとたん、『○○○の

三流大学』と、彼らは勝手に判断したらしいのです。

難しいことを難しくないように噛み砕いて簡単に説明することこそ難しいと思います。

簡単なことを難しく言うことは簡単です。さらにそのことの本来の内容を知らなくても、

難しそうな言葉を使って相手を煙に巻くことができるのです。大学の先生などは、やたら

難しい言葉を使って権威づけているのではないかと私は勝手に思っています。

東大閥だとか京大閥だとか、大学によっては、優秀であってもその学閥に属さないが故

に昇進はおろか採用もされない現実がいっぱいあります。

東大の博士課程などは東大の学部へ入るより容易く入れますよ。嘘だと思うなら挑戦し

てみてください。なぜならば東大出身の学生は東大の大学院をあまり受けないから。 だっ

て、キャリアを下げることになるとのこと?だから。東京が大いなる田舎(田舎の人間が

いっぱい集まって都会を形成しているが、真の都会人ではない)であるのと同じように、

東大の博士課程は他大学の出身者が多く、聞いたところによると、東大というブランドを

誇示できるのは東大の学部卒のみだそうです。(東大学部出身者で東大の大学院に行く人は

別ですが…)

出身大学などどこでもいいじゃないですか。要はその人が“大学で何をしてきたか”で

あり、“その人がどんな人であるか”ではないかと思います。

最高学府と言われる大学を出ていても、人間的に品位や教養がなかったり、出身大学を

ひけらかすだけで中身が無く、はったりだけの人もいます。

“この人の言うことは本当なのかどうか”と、常に疑ってかかりましょう。

他人の悪口を言う人は何か人に言えないコンプレックスを持っていると思います。漫才

師などの芸人は、下ネタで笑わせるのは下品で能力がないとされています。他人の悪口を

言うことで他人をおとしめて、自分を、さも高めたように思ったとしても、実は真に高ま

ってはいないのだと思います。それこそ三流漫才師にも劣ります。

“能ある鷹は自分の持っている力を決してひけらかさず、必要なときに真の力を発揮す

るもの”です。

よく人物を見て判断しましょう。

平成31年 1月24日(木) 晴れ

朝から乾燥しています。でも晴れて気分がいい。

センター試験の各大学のボーダーが新聞に掲載されていました。

現実が少しずつ迫っています。

ところで、今朝、校則のことが新聞に載っていました。

県立高校の校則がいろいろあり、こんなことが規定してあるということです。それがで

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きた背景にはいろいろあったと思いますが、やはりいい機会です。この時代にそぐわない

ものは見直さなければいけませんね。

そういえば、以前こんな話を聞いたことがあります。

学校側が、“カーディガンの色を紺または黒にする”と決めました。しかし、生徒たちに

は不満がありました。今まではどんな色でもよかったからです。生徒から、“色を限定する

のは横暴だ。今までよかったのになぜ今後はいけないのか”という意見が出てきました。

ちなみに、そのカーディガンは制服の上に羽織るものだそうです。それって、もう制服

になりませんか? 制服の“中”にカーディガンを着るのならば色はどんなものだって構

わないと私は思いますが、カーディガンを制服の“外”に着るのは、制服が何でもいいと

いうことになってしまうのではないかと私は思います。それなら、むしろ制服の在り方を

問うてはどうかとも思いますが、制服を変えることまでには話が進まなかったそうです。

制服の決まっていない学校もあります。

でも、自由だけど、“高校生らしさ”として、毎日何を着て行こうかと迷ったり、私服の

ために新しい服を買ったりしなくてはいけなくて、それに悩む生徒もいるそうです。

結局、“なんちゃって制服(制服のような、市販されている私服)”に落ち着くらしいと

のこと。学校としても、自由だけれど困っているという生徒のために、標準服として“こ

んなようなものはどうですか”というサンプルを挙げている学校もあると聞きます。

一人一人の意見は違っていいと思います。違って当たり前ですよね。

でも、いつも、全体を俯瞰して物を見る姿勢を、常に持っていて欲しいと思います。

“自分の意見はこうだけど、いろいろな立場、いろいろな人のことを考えると、自分の

意見とは違うけれど、全体から考えると、こちらの方がいいかな。”と思ったら、全体のた

めになる意見を優先して考えてほしいと私は思います。譲ることも大切ですよね。

いろいろな角度から物を見て考えられる大人になっていってほしいと私は願っています。

平成31年 1月23日(水) 晴れ

朝、やや曇っていました。でも、晴れて暖かくなりました。少し気分は春の陽気。

昨日、美濃地区のこども応援会議がありました。乳幼児学級の話を聞きました。赤ちゃ

んや小さい子の養育は母親が中心かもしれませんが、父親にももっと参加させる工夫が欲

しいと思いました。また、そこを利用する方は限られ、利用する方は何度も利用されてお

り、もっと幅広く多くの方が参加して欲しいとも言って見えた。学校で行われるいろいろ

な行事に参加される保護者のかたも同様で、ある学校では行事をどんな日に設定しようが、

どの時間帯に設定しようが、参加される方は参加されるし、参加されない方は参加されな

いようです。幸い、本校の保護者の方は関心が高いので、どの行事のも積極的に参加いた

だいています。感謝です。

親にとって、“その”子どもを育てるのは何番目に生まれた子であろうが、“その”子に

とってはお互いに初めてであり、やり直しがききません。手探りながらも、“その”子に向

き合い、とにかく、失敗を恐れず、一生懸命になることではないかと、私は思います。

ところで、不安で仕方がないという受験生からこんなことを聞きました。

その人が、先日、ある少し年上の先輩と話をしたそうだ。

その人曰く、「私もそうだった。でも、仕事をするときに、あなたのように、いつも最悪

を考えて行動していると失敗はしないよ。この仕事にとって、あなたのように考えて行動

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することが一番大切なことですよ。『このままでも何とかなる』と楽観的にいつも物を見て

いると、今はいいけど実際に仕事をするようになるとポカをすることが多い。そういう点

からも、あなたは仕事に就いてもしっかりやっていけるよ。今、不安で仕方がないかもし

れないけど、こういう時は皆も同じだし、むしろ、その後のことを考えるとあなたは大丈

夫だよ。今、この苦しさから逃げないで、あと少し、死に物狂いで頑張りなさい。」と言わ

れ、安心して前向きになったそうです。

不安になることは必要なこと。ただし、必要以上に不安になりすぎないことかな。

だから、“不安を持ちながらも、安心していいんだよ”という前向きになる良いアドバイ

スを受けて良かったなと思いました。こんなアドバイスを送れる人になりたいです。

平成31年 1月22日(火) 晴れ

朝、少し雨でした。テレビでは飛騨には雪がすごく降っています。日本海側がこれから

吹雪くのかな?

雪との戦い。余分なエネルギーを使いますね。だから、人は生活しやすいところへ流れ

ていくので、過疎になるのかな?

先日、飛騨の萩原で、人口が減っていないところがあると聞きました。小さい頃から、

「お前は長男やで家を守っていくんやよ」って、ずうっと言い聞かせていると聞く。長男

が継げないのならそれ以外の子が「私が継ぐ」と思うのだそうです。その成果ではないか

とも聞きます。

しかし、生きて行くためには稼がねばなりません。生活が不便で、生きにくかったらい

けません。その地域から働いていくことができ、生活することができるならいいが、なか

なか産業は育っていきません。親はやがて死んでいきます。子どもたちが生活するのに生

活していける土壌を親世代が醸成しといてやらないといけません。

何もせず、家を守るためだけに残ってくれでは、その地域はガラパゴスになります。

ある地域へ赴任した時、自分の地域に比べて10年遅れていると思ったとことがありま

す。人が外へどんどん出て行って、残っているのは農協職員、市役所職員、教員ぐらい。

地域も閉鎖的なので住みにくく周りの目も気になる。そして人は出ていく。ますます今後、

人は減るでしょう。地域が外から来た人を受け入れてくれる寛容さも必要だ。私の近隣で

も“地の人間”かどうかで小中学校の PTA 役員にさせるかどうかを決めている閉鎖的なと

ころがある。時代錯誤も甚だしいが、外から来た人にとっては役員をしなくてもよいから

有難い?けど、いつまでたっても“よそ者”扱いされるのもいかがなものかと思う。

伝統も同じです。誰かが始める。次の年続ける。するともうそれが伝統になってしまう。

何でそれがはじめられたのかを検証しなければいけないのではないかと思う。それを検

証して、今後も続けていっていいものならいいが、よくないのなら、即断でやめるべきだ。

一度続くとやめられなくなる。これがよくある、前例踏襲ってやつだ。

以前、私の母校の中学校へ、校長の代わりに体育祭を見に行った時のこと。

校長が自慢気に、「この競技は伝統の行事です。」と胸を張って言われた。

でも、私が中学校の時にはその競技はなかった。むしろ個人競技が多く、団体競技は少

し。楽しくやっていた。「伝統っていつからですか?」って聞いたら、その校長に叱られた

ことを覚えている。

時が経ち、その母校は荒れた。団体競技しかなくなった。伝統っと言われたのはその競

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技の中の一つだ。

私は偏見かもしれないが、体育祭で団体競技のみしかない学校は以前荒れていたのでは

ないかと確信している。

伝統っていうものに縛られなくてもいいと思う。

時代とともに変わっていくものである。その時代にあったものを気楽に行っていけばい

い。昔ながらのものがなくなってしまったとしても仕方がないとも思う。それが時代の流

れなのだ。

伝統に縛られ、自分たちを生きにくくしている伝統ならばむしろなくしてもかまわない

と私は思う。それが、定めならば。過去にとらわれて生きて行くのは時代に逆行していく

のではないかとさえ思う。

誰かが何となく始めたものを、何か“へ理屈”をつけて正当化し、続けられ、それに縛

られていく。後から生まれた人たちにとっては“ど迷惑”な話だ。

もっと、のちの人たちにしてあげられることがあるだろう。もっとのちの人が生きて行

くのに生きやすくしておいてあげられることがあるだろう。

仏教詩人で、「念ずれば花開く」の著者の坂村真民氏の詩を紹介します。

彼の信条は「自分を厳しく律して、周りの人には愛情を持って接する」である。

話は変わりますが、2月27日(水)に今年度4回目、最後の小中学校授業アシスタント

を実施します。

今回は小学校の希望も取りました。8名が行きます。中学校へは24名。計32名の参

加です。

今年度いきなり始めたことでしたが、この4回で、毎回30名から40名ほどが参加し、

4回全部に参加してくれている人もいます。有難い限りです。

少しでも教員になりたいという希望を持ってくれないか、さらには強くしてくれないか

という思いです。

教育は人づくり、将来の国造りです。まずはなりたいという希望を持ってくれること、

子どもと接することが好きになってくれることが第一の願いです。

また、来年度も行います。毎回少しずつ手直ししながら。

あとから来る者のために

あとから来る者のために

田畑を耕し

種を用意しておくのだ

山を

川を

海を

きれいにしておくのだ

ああ

あとから来る者のために

苦労をし

我慢をし

みなそれぞれの力を傾けるのだ

あとからあとから続いてくる

あの可愛い者たちのために

みなそれぞれ自分にできる

なにかをしてゆくのだ

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小学校や中学校の先生方ご協力お願いします。

平成31年 1月21日(月) 晴れ

朝から晴天で気持ちがよいです。

ところで、センター試験の結果はどうでしたか?一昨日、昨日とやった結果が今日すぐ

に自己採点。一喜一憂でしょうか?うまくいったと思っていたら思わぬポカをしていたと

かがっかりしていたけど、意外と思った通りの点数だったとか、浮かれすぎず、落ち込み

過ぎず、できれば平常心で行けるといいですが、難しいですね。

次を考えよう。過ぎてしまったことは仕方がない。先を見よう。前向きに。止まってい

ても進まない。へこみ過ぎず、浮かれ過ぎず、現実を直視して、できることをしよう。時

は皆平等に過ぎていく。

ところで、高校入試の出願がほぼ一か月先になりました。

そこで、中学3年生の皆さんへ一言。

関高校は皆さんの夢を叶えられる学校です。

関高校は、2021年 3月に満 100周年を迎える、歴史と伝統のある中濃地域の

普通科進学校です。

卒業生は約 25000名を数え、国内外の様々な分野で活躍しておられます。

来年 4月からの入学生、すなわち君たちから、進学型単位制普通科高校に変わり

ます。「何が変わるのか」と心配されるかもしれませんが、今までの関高校と何ら

大きくは変わりません。むしろ、より進学実績を挙げ、進学だけでなく将来の立派

な大人になるためのキャリア教育も充実させるために、さらに進化していくつもり

でいます。

現在、1学年7クラス 280 名で 3 学年全校生徒 840 名程の生徒全員が、大学

進学を目指し、半数が国公立大学に進学し、学習だけでなく、学習以外の部活動や

SGH 活動など、とにかく、学習だけでなく学業全般のすべてに全力投球していま

す。本校の生徒は真面目で礼儀正しく、落ち着いていて、どんなことにも貪欲で、

一見、無駄かと思われ、手を抜いてもよさそうなことに対しても、全員が全力で向

かっています。例えば、本校の目玉である SGH 活動も、ややもすると受験にとっ

ては無関係なことのように思われるかもしれませんが、生徒がいろいろなことに視

野を広げることで、それがやがては、“生きて抜いていく力”に繋がっており、広

い意味での学業の一部となっています。

考えてみれば、受験に必要な知識というのは、世の中のいろいろな知識の中のほ

んの一部です。そんなちっぽけなことではなく、本校生徒は、今、現実に目の前に

ある社会問題、これから遭遇しそうな地球的規模(グローバル)な問題、地域的(ロ

ーカル)な社会課題に対して、こちらが敬服するぐらい貪欲に、そして一生懸命に

向き合っています。そして、その成果が徐々に表れており、ちっぽけな学習と言っ

た受験に対しても大きく波及しており、思わぬ効果が上がっています。

今、答えがない問題が世の中に散見しています。でも、私たちは何らかの糸口を

見いだして少しずつ前に進んでいかなければなりません。その解決していく力を本

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校の生徒は着実に身につけています。関高校は SGH を通じて着実にかつ飛躍的に

伸びています。

だから、この先も関高校はずっと SGH を続けていき、ますます進化して行きま

す。100 年の伝統の上にさらに進学型単位制を積み重ね、今まで以上の進学実績

を本校は挙げられると確信しております。単位制と言うと、好きな授業だけを選ん

で、好きな分野だけを学習するのではないかという見方もありますが、本校の単位

制は、今まで通り、できるだけ多くの分野の学習をし、できるだけ多くの体験をす

ることには変わりがありません。それに加えて、より自分が深めたい部分を選択す

ることができるように授業を編成するという本校独自の進学型単位制を目指して

います。これによって、本来の自主性にさらに磨きがかかり、自己実現につなげて

いけると考えています。

関高校はグローカルリーダーの育成に大きな責任を負っています。すなわち、地

域のリーダーシップを発揮できる人材(ローカルリーダー)の育成だけでなく、国

内外におけるリーダー(グローバルリーダー)の育成にも大きな責任があるという

ことです。

自分の将来を考える上でぜひ本校を志望校に加えていただき、関高校でともに学

びましょう。

皆さんが入学してくれることを心待ちにしています。

平成31年 1月18日(金) 晴れ

朝から晴れて気持ちがいい。フロントガラスに着いていた雨粒が触ったら凍っていた。

ワイパーのゴムがガラスにくっついていて無理にとることもはばかり、朝出かけてくるの

が遅くなった。それを見こさなきゃいけなかったと反省。

昨日、センター入試のための3年生の直前指導がありました。皆一様に緊張感が漂い、

あらためてみんな受験生なんだと実感させられた。

いよいよ、明日、明後日と大学入試センター試験があります。

ベストを尽くしてください。

でも、最悪を想定しつつも、し過ぎないように。考えすぎて、負のスパイラルに陥らな

いように適度な緊張感を持続しましょう。

絶対にこうならなければならない人生などありません。これから歩いていく後に、あな

たの人生の通った道ができるのです。自分の思い通り、もしくは思った以上の結果が残せ

れば調子も出よう。そういう時はおおよそ、“調子こいて”次でこける可能性もあります。

身を引き締めて慎重にいきたいものです。想定以上に結果が悪かった時でも、打ちひしが

れず、こだわらず、とらわれず、ひょっとしたら、別の道があって、それが実はその後の

人生にプラスに働くかもしれないと気持ちを切り替え、プラス思考で行きましょう。

現実から逃避したくなるかもしれませんが、あえて直視し、常に前向きに考えましょう。

とにかく、ポジティブシンキングですよ。

今の心境は、“人事を尽くして天命を待つ”かな?

頑張れ、関高生。がんばれ、センター試験を受ける受験生。

受験を経験することで一回りも二回りも成長してください。

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平成31年 1月17日(木) 小雪のち晴れ

平成7年1月17日午前5時46分に阪神淡路大震災が起きてから24年目を迎えまし

た。時の経つのは早いですね。

朝、家を出るとき雪が降っていた。すぐに雨粒になったが、少し白くなった。

雪は平等だ。どんなところにも降る。貧富の差、地位の差など関係なく。どんな人にも

平等に。それと同じように、どんな人にも、老若男女関係なく、同じような対応ができる

といいですね。

ところで、話し合いにおいて、どういうスタンスであれ、その話し合いに有用性を持た

せるには、ただ、結論である、賛成とか反対を述べるだけでは話し合いは進展しないし、

話し合いをしていてもちっとも面白くないと私は思う。話し合いに参加するものが、もっ

と大所高所に立って、全体を俯瞰した意見を述べるとよいと思う。ひょっとすると自分の

主張と異なることになるかもしれない。でも、その方が全体のメリットにつながるのなら、

持論と真逆でもその持論を曲げるのはやむなしだと思います。

全否定せず、「こういう点は賛成だが、この点は反対」などと言ったり、もし、反対なら

ば、「ここをこのように修正してみたらどうだろうか」などという修正案もしくは代替案を

示すと話し合いがより前向きになると思う。そうしないと、〇か×かという結論だけの水

掛け論に終わったり、意見が対立しただけでしこりが残ることもあるのではないでしょう

か。

前向きに考えましょう。ポジティブ・シンキングです。

何かを変えようとすると、大人はどうしても不安が先に立ち、尻込みしてしまう。

特に私のように年を取ると、現状維持が安心であり、その方が楽だと思ってしまう。

でも、現状維持は後退です。

まずはやってみよう。踏み出してみよう。歩きながら修正していこう。時は立ち止まっ

てくれない。

やってみて、すべてダメなら撤退をしても構わない。

でも、どんなことにもメリットデメリットはある。

少しずつ改善しながら前に進もう。

平成31年 1月16日(水) 晴れ

今朝霧が濃くて視界が狭く自動車を運転するのも怖くてドキドキしながらの運転でした。

でも、朝霧は晴れる兆候なのでよしとしましょう。

突然ですが、泣いた赤鬼という話、知ってますか?小さいときに読んで鬼の怖さにドキ

ドキしたことがありますが、改めて大人になって読んでみると深いものがあります。

山の中に、一人の赤鬼が住んでいました。赤鬼は、人間たちとも仲良くしたいと考えて、

自分の家の前に、 「心のやさしい鬼のうちです。どなたでもおいでください。おいしいお

菓子がございます。お茶も沸かしてございます。」

と書いた、立て札を立てました。

けれども、人間は疑って誰一人遊びにきませんでした。赤鬼は悲しみ、信用してもらえ

ないことを口惜しがり、おしまいには腹を立てて、立て札を引き抜いてしまいました。そ

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こへ、友達の青鬼が訪ねて来ました。青鬼は、わけを聞いて、赤鬼のために次のようなこ

とを考えてやりました。

“青鬼が人間の村へ出かけて大暴れをする。そこへ赤鬼が出てきて、青鬼をこらしめる。

そうすれば、人間たちにも、赤鬼がやさしい鬼だということがわかるだろう”と言うので

した。しかし、“それでは青鬼にすまない”としぶる赤鬼を、青鬼は、無理やり引っ張って、

村へ出かけて行きました。

計画は成功して、村の人たちは、安心して赤鬼のところへ遊びにくるようになりました。

毎日、毎日、村から山へ、三人、五人と連れ立って出かけて来ました。こうして、赤鬼に

は人間の友達ができました。赤鬼は、とても喜びました。しかし、日が経つにつれて、気

になってくることがありました。それは、あの日から訪ねて来なくなった、青鬼のことで

した。

ある日、赤鬼は、青鬼の家を訪ねてみました。青鬼の家は、戸が固くしまっていました。

ふと、気がつくと、戸のわきには貼り紙がしてありました。そして、それに何か字が書か

れていました。

「赤鬼くん、人間たちと仲良くして、楽しく暮らしてください。もし、ぼくが、このま

ま君と付き合っていると、君も悪い鬼だと思われるかもしれません。それで、ぼくは、旅

に出るけれども、いつまでも君を忘れません。さようなら、体を大事にしてください。ど

こまでも君の友達、青鬼。」

赤鬼は、黙ってそれを読みました。二度も三度も読みました。戸に手をかけて顔を押し

付け、しくしくと、涙を流して泣きました。

本当の友情とは何か、人間って何? 鬼って? などと、改めて読んでみるといろいろ

と考えさせられます。

担任の時、LHRでこれをもとに話し合ったことを懐かしく思い出しました。

一人一人の感想が違っていていいです。自分に問いかけてもらえれば。

平成31年 1月15日(火) 曇りのち雨

乾燥していますが、午後から雨のようです。慈雨になればいいですが。

金曜日に教育相談の会議がありました。

教育って何?っていうとき、いつも思うのですが、最終的には子どもたちが一人で立っ

て歩いていけるようにしてあげることだと思います。子どもたちが転ぶ前に杖を出し、助

けてあげることは高校の3年間ずっとやっていてはいけない。社会は差別あり、いじめあ

り、そんな社会の中にいきなりポンと出すのではなく、徐々にそういう社会にソフトラン

ディングさせなければならない。高校で言うと1,2年生は暖かく囲って大事に育ててい

てもいいが、3年生ともなれば少々の冷や水をぶっかけられても耐えられるような“レジ

リエンス”を備えさせなければいけないといつも思います。

そこで、ぜひ読んでほしい本を紹介します。

ある一冊の絵本ですが、その絵本の名は…「小学生のボクは、鬼のようなお母さんにナ

スビを売らされました」。というものです。

実はこの絵本は、現在40代の作者の男性が10歳だった頃の実際の体験を元に作られ

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ています。

主人公の剛は、母が40歳、父が50歳の時に生まれました。 母は厳しく、怒ると納屋

に閉じ込められる…その時の母はまるで鬼のようでした。父と母はナスビ農家だったが、

家は貧しく、食卓にはいつも売り物にならないナスビを使ったナスビ料理ばかりが並んだ

そうだ。 剛は、ナスビを見るのもイヤで、ナスビの鬼に追いかけられる夢までみたとのこ

と。そして、剛が10歳の時。 母は突然、市場で売れないナスビを剛に渡し、近くの団地

に売りに行かせられ その時の母の顔は、本当に鬼のようだった。

結局、その日は 1 つも売れなかった。すると母は、厳しく叱責。「何しとんで剛!ちゃ

んと声出したんか!明日は絶対 売って来なアカンでよ!」と怒鳴った。それはまさに、鬼

そのものだった。それからも、剛は知らない団地に売りに行かされた。 剛は、また売れな

かったら母親に怒られると思い、必死に声をあげ、ナスビを売った。 すると…だんだんと

ナスビが売れるようになり、剛も楽しくなってきた。

ところが、ナスビ売りが 1 ヶ月ほど続いた頃…突然団地に行くことはなくなった。 農

作業中に母が倒れ、入院したからだった。 母はそれから4年間、入退院を繰り返した。

そして、剛が14歳になった時。 母は息を引き取った。 白血病だった。

剛は父に、“なぜ母はナスビを売りに行かせたのか”を尋ねた。

すると…実はあの時、剛がナスビを売りに行っている間、母は車でいつも泣いていたと

いう。 母はあの時、自分が近いうちに死ぬことを知り、心を鬼にして、剛に生きる方法を

教えようとしていたのだ。

怒ると剛を納屋に閉じ込めた母。

鬼のような顔でナスビを売りに行かせた母。

全部、剛のためだったのだ。

そして、絵本はこんな言葉で締めくくられています。

「今、大人になったボクは、まだまだ駄目な所もありますが、子供のころにナスビを売

った事があるので、どんなしんどい事も平気です。お母さんが天国から見ていてくれるか

ら、どんな苦しいことも平気です。そして今ボクは…ナスビが大好きです。」

人にはいろいろな生き方がありますが、ぜひ親は“生き抜いていく力”を教えていって

ほしいなと思います。

世の中は、善人ばかりではありません。いじめの社会であり、競争の社会であり、学校

や家庭で守られて囲ってもらっていて、それでいきなり荒波の放り出されても戸惑ってし

まいます。社会は厳しいのだという現実を、子どもたちには社会に出るまでに少しでも味

合わせることも必要です。それを教えてあげることも真の優しさだと思います。倒れそう

になったら杖を差し伸べたくなるのが親ですが、あえて転ばせ、自分の力で立ち上がるよ

うに導くのも親の務めだと思います。子どもが生まれれば物理的に親になれますが、そこ

からが親業としてのスタートです。真の親になれるように子供がいる限り手は抜けません

ね。

平成31年 1月11日(金) 晴れ

晴れました。でも寒いです。

廊下は冷え切っています。

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明後日は美濃地区の成人式が各所で行われます。

成人式と言えば、いつも思い出すことがある。

成人式は、基本、中学校区で集まることが多い。その成人式の夜も、中学校の時の集ま

りで同窓会なるお酒の入った宴会が行われます。皆がアルコールを飲まなければいいので

すが、成人式を迎えて晴れて大手を振ってお酒が飲めるわけだからそんなことはないでし

ょう。

ある高校の同窓会では、成人式後の宴会に補助を出すという規約があります。

その規約には、“成人式当日は中学校の同窓会があるから、その前日に高校の同窓会を行

い、その時当該学年だった担任と副担任などの学年団の先生方を呼ぶこと、そしてそれに

同窓会が補助を出す”という主旨です。

私は、“これっておかしいぞ”って思いました。

というのは、例え成人式と言えども、皆が20歳ではない。成人式はその年度の学年が

対象なので、成人式当日よりも後の誕生日の者もいます。すなわち19歳の者もいるので

す。法律上、飲酒はいけないのではないでしょうか。これに先生が出席し、しかも同窓会

が補助まで出す。なんか変だ。

“これはよくないのではないか”と私は進言しましたが、“おめでたいときだし、特にこ

の地区の警察などは寛容だし、そんな取り締まりなどしない”と却下されました。

でも“問題には絶対にならない”という確たる明白な根拠(エビデンス)はありません。

私自身は卒業生に、“同窓会をするときお酒が入るのなら卒業してすぐの同窓会はやめて

ほしい。19歳の者もいるから1年以上空けて。飲酒がなければ卒業してすぐでもいい。”

と言う主旨のことをいつも言っています。

私の子どもたちも、成人式の時、その夜には中学校の同窓会があり、そこには当時の担

任の先生も来られていた。皆と一緒に集合写真などにも納まっていたことを覚えているし、

当然参加していたいろんな子のSNSにも上がっている。

“19歳の者もいるのに世間に公表されて大丈夫なのか”と冷や冷やしていました。

もし、急性アルコール中毒で救急搬送でもされるなど、何かあった時には、世の中は、

“先生がいるのに…“と言われるだろうし、責任は先生に覆いかぶさってくるような気が

します。

私の考えは間違っているでしょうか?

平成31年 1月10日(木) 曇り

朝から少し曇ってはいますがこの後晴れてくるようです。

唐突ですが、誕生日という日をあなたはどう考えていますか?

「誕生日おめでとう」って言われますが、実はこの世に生んでいただいてありがとうと

感謝する日だと私は思っています。プレゼントは本人に渡すのではなく、本人から周りの

人に「誕生日を迎えられました。皆さんのおかげでここまで生きてこられました。」とお礼

を言ってもいいくらいではないかとも思っています。

どんな子にも、“生まれてきた”ということは、産んでくれた母親がいたということ。

今現在、私には母はもうこの世にいませんが、産んでくれた母親から確実に私は生まれ

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てきたことは事実です。産まれるまで、そして産まれてからも慈しみ大事に育てられたか

らこそ、今の自分があると思うとこの世に産んで育てていただいたことに感謝するしかな

いですね。だから今こうして生きているのですから。

だから、誕生日というのは、この世に生を受け育てていただき、今、こうして命長らえ

ていることに感謝し、これから先も生かさせてくださいとお願いする日でもあると私は思

っています。

平成31年 1月 9日(水) みぞれ雨のち晴れ

朝、みぞれが降っていた。すぐ止んで晴れてきたけれどきっと飛騨の方では雪が降って

いるのだろうなと思った。

今日から授業が本格的に行われます。

ところで、どうでもいいことですが、昨日、この部屋にあるプリンターが動くようにな

りました。

実はこのプリンターは昨年末まで動いていました。年末にコンピュータが新しくなり、

プリンターのドライバーをこのコンピュータにインストールしたのですが、コンピュータ

自身がこのプリンターを認識せずに、なぜかインストールが途中で終わってしまうのでし

た。何度やっても。

コンピュータとプリンターとをつなぐ線なのかといろいろなところからあてはまる線を

持ってきて線を替えてみたものの認識せず、これはもう使えないのかと半ばあきらめかけ

て、年を越しました。

年を越して、“時間が経ったのだから、ひょっとしたらうまくいくのではないか。”など

とわずかな期待を胸に一縷の望みをかけてみましたが、結果、やはりダメでした。

一昨日、ほかの人と話している時、偶然、同じものが他の部屋にあることを知りました。

“そうだ、このプリンターを認識するかもしれない。”

“今、ここにあるプリンターはひょっとすると何かが傷ついている手負いのものかもし

れないが、昨年末まで動いていたという実績がある。もう一つのプリンターを認識させて

インストールさせ、そのあと、プリンターを接続したら動かないだろうか。”と考えてみた。

昨日の朝、ワクワクしつつ試してみた。

考えた通り、別のプリンターを繋いだらコンピュータにドライバーがインストールでき

た。小躍りしてしまった。さあ、元のプリンターが作動出来たらラッキーだ。

繋いで、印刷してみた。ドキドキしたが、プリンター作動!

なんと、うまくいった。コンピュータはうまく騙されてくれた。前のようにプリンター

が動いた。

考えた通りの結果がでて嬉しかった。

年越しで懸案であったことが解決しました。思わず、「よしっ!」とガッツポーズ。自分

で自分を褒めました。うれしくなった朝の出来事でした。

平成31年 1月 8日(火) 晴れ

今日の日程は昨日と同じです。3年生は8時半からすぐ演習があり、1.2年生は課題・

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実力テスト。

昭和64年1月7日は昭和天皇の崩御。次の日、平成に替わりました。

平成時代の30年は4月30日をもって終わります。

正月が明けて学校に来たら、シクラメンが萎れていた。

花は首を垂れ、葉っぱもだらりとしていた。

もうダメかと思ったが、下から水を吸い上げる鉢のタイプではなく普通の鉢のタイプな

ので、“きっと1週間以上水をあげてなかったことによる水不足、いわゆる脱水症状ではな

いか”と考えた。

朝、鉢に溢れるばかりの水をやり、鉢全体を濡らした新聞紙でくるんだ後、それ自体を

大きめの発砲スチロールの容器に入れて鉢を水漬けにし、日陰においてみた。

そんなことすっかり忘れてしまい、次の日の朝を迎えた。

“歩くハイマー”の逆ではないが、歩いていたら、ふと気が付いて、鉢を見に行った。

なんと、花も葉もピンとしているではないか。嬉しかった。小躍りするほどだ。

育てるって、やはり丁寧に面倒見ることで、先を常に見据えていかないといけませんね。

長期間いないのなら、いないときはどうしたらよいかを考えた行動をしなければいけな

いですね。反省です。

平成31年 1月 7日(月) 晴れ

今日は始業日ですが、始業式みたいなものはありません。3年生は8時半からすぐ演習

があり、1.2年生は課題・実力テスト。

いよいよ、新しい学年に向けて始動です。

3年生は有終の美を飾れるように、最後の詰めを怠らないようにしましょう。

平成31年 1月 4日(金) 晴れ

仕事始めです。

平成31年も4月30日をもって終了です。

平成30年12月28日(金) 晴れ

寒波到来かな?大雪注意報ですが降っていない。有難い。

昔、“八”の日なので28日に餅をついていた。八は末広がりの数字で二十八日は縁起が

いい日だということなのだろう。

明日は29日。“苦(九)”をつくから、この日には餅をつかなかった。

こんな“迷信”を信じ、いろいろと行動、言動に制限がつけられていた昔。

迷信ということで思い出した。

四十五年前、新年あけてしばらくして母が亡くなった時、近所の人にいろいろ言われた。

年越しになぜか父が新竹を切ったのが災いしたとか、母が生命保険に入っていないから早

死にしたのだとか、いろいろと、ないことないこと、ぼろくそに言われた。

後で調べると、隣のおじさんが竹を切ったのを父と間違えてたのだったし、母の生命保

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険は少額ながら入っていたなど、多くが“でまかせ”であり、風評被害だった。

世間は他人のうちのことをいろいろと詮索して言いたいのだとあきれた。そんなに他人

のことを気にし、人の不幸を知って自分のところより不幸だと安心したいのか?そんなこ

とを子ども心に感じながら、なんか悲しくなった覚えがあります。

人の家の不幸を聞いて、何か助けられることがないかなと思ってくれるならいいが、人

の家のあらを探している心の狭さ、大人のいやらしさを垣間見て、大人になるのっていや

だなと感じたこともありました。

何か起きようが、何かあろうが、時は過ぎていく。逆戻しはできない。

起きてしまったことは取り返しがつかない。

できればリセットできるといいなということがいっぱいある。

でもできない。

過ぎ去ってしまったこと、起きてしまったことを嘆いても仕方がない。

転んだら、いかに起き上がるか、立ち上がって解決するかを考えるしかない。

前を向いて歩くしかないのだ。

ネガティブに考えてもポジティブに考えても、同じように時は過ぎていく。

ならばポジティブに考えよう。

明るく前向きに生きよう。

どんな人にも平等に1日24時間は与えられている。

やまない雨だってない。

雨や雪だって、金銭のあるなしにかかわらず、皆一様に降ってくれる。

どうせこの世に生を受けて預けられた命なら大切に使いたい、いや、使わせていただか

なければいけない。家族のため、人のため、社会のため。

1 年の締めくくりに際し、こんなことを思いました。

では、よいお年を迎えください。

平成30年12月27日(木) 晴れ

有難い電話を受けました。

12月21日(金)に、1年生の男子生徒が、帰宅途中に交通事故で自動車が燃えている

現場に遭遇しました。

数人の大人が集まって対処していたので、「僕にも何かできることはありますか?」と申

し出ました。事故現場はその脇を車が1台通り抜けるスペースはあったのですが、破裂音

が聞こえたので、迂回路を誘導する必要がありました。

彼は通行する車一台一台に、「この先で交通事故があり、車が炎上していて非常に危険な

ので迂回してください。」と伝え、車を迂回路へ誘導しました。その機転の利く勇気ある行

動のおかげで二次被害と渋滞を緩和できました。

その出来事を、関係された方からからお礼の電話があり、とてもうれしかったです。

こんな仲間が関高校に居て誇らしく感じました。

平成30年12月26日(水) 晴れ

今日が本当の終業日。

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年末年始とゆっくり休養できないかもしれないが、気持ち新たに新しい年を迎えましょ

う。

明日から年末寒波が到来するそうです。家にいるのが一番かな?

平成30年12月25日(火) 晴れ

多くの学校は冬休みに入っている。

でも、本校は明日まで。生徒にはとんだクリスマスプレゼントになってしまった。

冬期講習に行きたかった生徒もいたようで、すみません。

明日まで授業はある。小中学生と同じやないかと言われそう。

1月は7日から。小中学生は8日からだから、弟妹がいる生徒は間違えないように。

以前、他の学校のことですが、そのおかげで3年間皆勤を逃したものがいた。

別の学校でもあった。

気を付けよう。

平成30年12月21日(金) 晴れ

朝から晴れて気持ちがいい。

週末雨が降るようだ。一気に気温が下がるらしい。冬将軍到来ですね。

今日は本来なら年末の終業日です。でも、実際の終業日は26日(火)です。実は7月の

豪雨を含めて警報による休業を余儀なくされたので、授業日数のこともあり、ずっと以前

に25日(火)、26日(水)も授業日にすることを連絡してはいましたが、終業日としての

行事は時間の関係上、今日行います。

ところで、1年を振り返ってどうでしたか。まだ3月まであると思っているかもしれま

せんが、あっという間に時は過ぎてしまいます。一つひとつ確かめながら確実に歩を進め

ましょう。

「大胆でかつ細心であれ」

細心の注意を払って計画をし、行うと決めたら大胆に。

実行していく中で計画と異なる事態に陥ったら、臨機応変に対応できるしなやかさを持

とう。思い通りに何もかもうまく行くはずがない。いや、むしろ思い通りに行かないから

こそ人生なのだと思います。

予定通りでなかったらどうなるのかという選択肢もいっぱい作っておこう。そういう事

態も想定内である計画を作れるとよい。計画はあくまでも計画。予定は未定。

とにかく悩んで埒が明かなくなったら、まず動いてみることも一つだ。動きながら、走

りながら考えてもよい。そういう時にはもっと良い考えが浮かぶことが往々にしてある。

行動を起こそう。じっとしていても事は進まない。さあ、今からでも遅くはない。前に向

かうのみ。

実は失敗と思えることもこの先から後を振り返ってみたら、成功への足掛かりになって

いたのではなかったかと思えることがある。“人生万事塞翁が馬”である。

ものの見方を一方的ではなく多面的にみられる人になりたい。一つひとつのことに一喜

一憂することもあるが、どんなことにも動じない心を育んでいきたい。歳を重ねたがまだ

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まだ人生は長い。

平成30年12月20日(木) 雨のち曇り

朝少し雨。気温も下がり過ぎていない。

大学入試の結果が少しずつ返ってきている。

入試と言えば、私は大学入試よりも高校入試の時のことをいつも思い出す。

お金のなかった私の家では、私立高校に受かったとしても行くことはできないので、受

けるのは無駄だと父は言うので、公立高校一回の受検しかさせてもらえませんでした。

結果論ですが、私立の受験であろう日は、私は、中学校の3年間で初めて風邪で寝込み、

うなって寝てました。だから、結果として受けられたとしても、欠席することになり、か

えって、受検料は無駄になっていたことでしょう。だから、受けなくてもよかったのかな

と思います。ちなみに次の日の月曜日 1 日だけ欠席でした。この一日のことで3ヵ年皆勤

を逃したので、高校には入れたら、3ヵ年皆勤をしようと決めました。

父親は、「公立一回のみでも受けられるだけましやぞ。もし、不合格だったら、就職すれ

ばいい。」と言いました。

でも、今から思うと、落ちてから、就職を探しても簡単に見つかるかなと思い、不安で

仕方がなかったことを、今でも思い出します。子ども心に、不合格だったら、4月からど

うなるのだろうと不安ばかりの一日でした。今の世なら、貧困の始まりになるところだっ

たのかなとも。だから、そのとき、「自分の子どもは、こんな思いをさせたくない。」と思

いました。

受検の当日のこと。

自分と同じ中学校から受検するものが少なく休み時間は一人ぼっち。だから、早くテス

トが始まって早く終わってくれないかと思い、帰りたくて仕方がなかった。その後の合否

の心配よりも、その場から早く去りたかった。そんなことを思って1日過ごしたことを昨

日のことのように思い出す。

弁当は、父が作ってくれたもの。

堂々と食べればよいが、全く見ず知らずのものが前後左右にいて、その弁当は、ここぞ

と言わんばかりに、力の入ったきれいな弁当の数々。中には手紙が入っていて、それを読

んでいる者がいた。きっと、親(たぶん母親?)からの激励だろう。

私の弁当はと言うと、茶色いおかずで見栄えない弁当。蓋で隠して食べました。今思う

と父に申し訳ない。

以前も書いたが、息子が保育園の時、女房が所用でいなかったとき、たまたま弁当の日。

自分なりに弁当を作ってあげたことがあった。

先生が、みんなに、「お母さんの作った弁当、おいしいそうだね。」って言ったそうだ。

息子は、すかさず、「僕のは、お父さんが作ったんだぞ。」って自慢してくれたそうだ。

それに比べたら私の態度はどうだ。父が作ってくれたのにその弁当を隠して食べるという、

情けなくて恥ずかしい姿。はるかに息子の方がえらいじゃないか。高校入試の時と言い、

その後の高校時代も含めて、父の作った弁当を隠して食べていた自分が、今思うと本当に

情けない。自分で作ればいいのに、作ってもらっておいて、隠して食べるなんぞ、その仕

草はアカンやろ。そんな父に謝りたくても、もうこの世にはいない・・・・・。

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平成30年12月19日(水) 晴れ

放射冷却なのか、朝から寒い。

晴れています。朝、霧が出ていてきっと今日は、一日晴れるのかな?

気持ちのいい朝です。

今日は懇談の4日目。

最近特に感じるのは、日が暮れるのも早いし、朝はなかなかお日様が昇ってこないとい

うことだ。よくよく暦を見るともうすぐ24節季の一つ、冬至だ。今年の冬至は12月2

2日の土曜日らしい。なるほど、だんだん日が短くなっていくはずだ。

ところで、冬至にかぼちゃを食べると病気にならないと古くから言われている。かぼち

ゃは本来夏の食べ物である。なぜ1年のうちでもっとも昼が短く、夜が長い冬至の日にか

ぼちゃを食べるようになったのかしらべてみると、冬至にかぼちゃを食べる風習は江戸時

代からあったようだ。単純に「病気にならない」というだけでなく、「中風(脳卒中)」「し

もやけ」「風邪」などにならないとも言われていたようだ。かぼちゃはとても栄養価の高い

野菜で、免疫力を高めるカロテンやビタミン類が豊富に含まれている。中でも多いビタミ

ンEやビタミンAは血行を良くして脳卒中を予防し、肩こりなどの症状を改善する効果も

あるとのこと。

今でこそ野菜は 1 年中食べられるが江戸時代には保存の技術もなかったため、秋を過ぎ

ると食べられる野菜は少なくなっていった。そんな中、長く保存できるかぼちゃは冬に食

べる野菜として重宝されたのでしょう。しかも、多くの野菜は新鮮なほど栄養が多いのだ

が、かぼちゃの場合は鮮度がいいものよりも熟しているほうが甘味も強く、カロテンが豊

富に含まれているのだそうだ。江戸時代の人たちは、こうしたかぼちゃの栄養価について

は知らなかったのだろうが、経験から、栄養の豊富なかぼちゃを冬に食べると体にいいと

いう風習を作り出していったのだろうとのこと。

また、冬至の日には「ん」がつく食品を食べると幸運を得られるという言い伝えがある

ところも。だから、かぼちゃは「南瓜(なんきん)」ということで、「ん」がふたつつくた

めにこの日に食べると縁起がいいとされていた。この言い伝えから、にんじん、れんこん、

ぎんなん、きんかんなども冬至の日に食べるといいとも言われていたそうな。地方によっ

ては冬至の日にかぼちゃとこんにゃくを一緒に食べることがあり、冬至にこんにゃくを食

べることを「砂おろし」というらしい。よく父も言っていた。砂を抜いてくれると。これ

は体内にたまった不純物を排出するということで、かぼちゃと同じように、昔の人はこん

にゃくが便通にいい食べ物ということを経験的に知っていたのだろう。経験するというこ

とは大事なことだ。

平成30年12月18日(火) 晴れ

朝から寒いけど、晴れています。気持ちのいい朝です。

今日は懇談の3日目。

ところで、昨日の続きです。

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セカンドオピニオンと言えば、こんなことを耳にしました。

ある人が嘔吐した。その人は以前、ある急病で早急に対処しないと死に至る寸前で一命

をとりとめた。

その後、再び嘔吐した。ある医院で、その再発ではないかと緊急入院を勧められた。た

だ、その医院は小さな町医者で、CT の装置はあるもののそれ以外の検査する機器はしっか

りと揃っていなかった。その中での診断であった。

急遽、大きな病院へ搬送され、検査の結果、その医師の見立ては間違いであった。実は

軽度の脱水症状からくる嘔吐と判明。

もし、その医院でその医師の見立てで異なった治療をしていたら、どうなったかわから

なかったのだそうだ。

医者といえども、神様ではない。見立ても難しい。今はいろんな検査からの情報で判断

する。これを聞いて、大きな病院でいろんな検査をすることできちんと診断してもらい、

判断してもらった方がよいのだとつくづく思った。一人の医者の意見だけでなく、いろい

ろな医者の見立ても必要なのですね。

平成30年12月17日(月) 雨のち晴れ

未明には雨が降り、朝行くときには雨は上がっていた。

突然ですが、

“次年度4月1日付採用の人は、4月1日の3か月前までに健康診断を受け、診断書を

提出してください。”という文章を読んで、あなたは12月中に健康診断を受けますか、そ

れとも1月以降に受けますか?

この文章を額面通りに受け取ると、4月1日の3か月前までにだから12月までに受け

なさいと取れる。しかし、健康診断とはどういうものかということを考えれば、4月1日

を起点とすると4月1日の3か月前までにということは、4月1日から3か月以内という

ことと同じなので、1月1日以降に受けるべきだと考えられる。

ただ、文章を読んでみてわからなければ、いろいろな人に尋ねてみればいい。セカンド

オピニオンではありませんが、自分が確かだと思えるまで多くの人に聞きまくろう。でも

一番いいのは、その文章を出しているところに直接聞くのが正解ですね。

平成30年12月14日(金) 晴れ

赤穂浪士討ち入りの日。

今日から三者懇談が始まります。期間は12月20日まで。学校での様子や家庭での様

子など、子どもさんの様子を互いにシェアし、よりよい教育環境を作っていきましょう。

また、年末は当初、12月21日(金)を終業日にしていましたが、大雨警報などによ

り休校にした日数が増えたため、終業日の行事はこの日に行いますが、授業日の補填とし

て12月25日(月)、26日(火)の2日間を授業日に変更させてもらいました。

ちなみに、新年は1月7日(月)からです。

実質の冬休みをほとんどなくしてしまい申し訳なく思っています。

この機会に、1年生は2年生の0学期、2年生は3年生の0学期として気持ちを切り替

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えてください。

3年生は受験の佳境を迎えます。悔いのない高校生生活の終わり方ができるよう、有終

の美を飾れるように、ますます気合を入れてください。

平成30年12月13日(木) 晴れ

朝から晴れています。冬らしい空気の冷たさに身震いしました。

あと20日もすると新年を迎えます。光陰矢の如しですね。

ずっと以前に担任をしていた時、クラスの生徒に「君たちの多くは早く成人を迎えたい

と思っているみたいだけど、それを過ぎるとあっという間に、30歳、40歳と瞬く間だ

よ。早く大人になろうとしなくても、時はやってくるから焦らないで。」のようなことを話

したら、「夢を壊すようなこと言わないで。」と、たしなめられたことがあった。

でも、本当に時の過ぎるのは早い。

歳をとればとるほどなぜそう感じるのだろうか?

ある実験結果によると、4~82歳の約3500人を対象として、自分が「3分」と感

じた時点でボタンを押してもらったところ、年齢が高くなるほど実際の3分より長くなる

傾向がみられたのだそうです。70歳代ではほぼ 1 割増、すなわち3分18秒経っていた

とのこと。自分が感じる時間の進み方(心的時計)と実際の時間の進み方(物理的時計)

が異なり、歳をとるほど心的時計の進み方が物理的時計よりも遅くなるからと考えられて

いるからで、そのため、時間が速く過ぎるように感じるのだそうだ。

一般的に「ジャネーの法則」というのがあるそうです。フランスの哲学者ポール・ジャ

ネーとその甥の心理学者ピエール・ジャネーにより提唱された仮設で、「感じられる時間の

長さは、年齢と反比例的な関係にある」というものだそうです。

同じ1年であっても、10歳の子供にとっては人生の10分の1であり、60歳の大人

にとっては60分の1です。年齢に対する比が小さいほど時間が短く感じられるので、加

齢によって時間が短く感じられるようになるということだそうだ。

しかし、この仮説は時間を研究している学者の間では否定的なようです。真偽のほどは

よくわからないとのことです。

他に代謝説というのがあるそうです。身体的代謝が活性化しているときには心的時計が

速く進むのだそうです。たとえば発熱しているときは普段より身体的代謝が亢進している

ため、時間がゆっくり進むように感じられる。かぜで熱があるので床に就いたけれどなか

なか寝付けず、そろそろ夜が明けてしまうのではないかと思って時計を見たら、まだ 1時

間くらいしか経っていなかったというような経験のことだそうです。逆に身体的代謝が落

ちると、それに伴って心的時計の進み方も遅くなるため、加齢により身体的代謝が低下す

ることで物理的時計の方が心的時計よりも速く進み、時間の経過を速く感じるということ

になるのです。

時間経過に注意が向くほど同じ時間がより長く感じられるようです。退屈な会議に出席

していて、“早く終わらないか”と思って何度も時計に注意が向く場合は、時間がなかなか

経たないような気がするのと同じです。一方、楽しく時間を過ごしている場合には時計の

ことなど気になりません。気が付いたらかなりの時間が経っていたということありますよ

ね。

また、子どもと大人の時間の感じ方が違うのは、子供の方が待ち遠しい行事が多いので

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時間がなかなか経たないと感じるのに対し、大人は日常の多くの出来事がルーチンワーク

で待ち遠しいことも子供ほど多くはないので、時間が速く過ぎると感じるのではないでし

ょうか?

加齢に伴って時間が速く過ぎるというのは、歳をとると若い頃に比べて動きが緩慢にな

り、物を見て判断するのにも時間がかかるようになるから、自分ではまだそれほど時間は

経っていないだろうと思っても、実際には物理的時計は心的時計よりも速く進んでいるた

め、あっという間に時間が経ったような気がするということになるのかな?

また、ある特定の時間の範囲内ですべきことが多い場合、しかもそれが自分の能力の限

界に近いほどのペースで作業をこなさなければならない場合には、時間はあっという間に

過ぎるように感じられる。テストがそうかな? 歳をとって身体運動能力が低下すると、

若い頃と同じようなペースではできなくなる。若い頃には10できたものが、歳をとると

7とか8しかできなくなる。このことも時間が速く過ぎるように感じられる一つの理由に

もなるのではないか。

いずれにせよ、歳をとると時間が速く過ぎるということは間違いないようだ。

人生という限られた時間が足早に過ぎ去っていくということは、どうやら自分に残され

た時間はそれほど長くはないのかと、最近よく考えてしまう。

人には寿命があり、いつかお迎えが来ることは確かなので、それまでをどう生きるのか、

生きている今、少しでも充実した時間を過ごしたいと思うのであれば、いろいろな刺激を

受け、常に何かを考えて生きて行きたいと思う。ぼんやりしていたのでは、大事な時間が

あっという間に過ぎてしまうことになる。こんなことをやりたいという何かを持ち、その

優先順位をつけて一つずつやっていけるといいですね。人生は有限なのだから。

平成30年12月12日(水) 雨のち晴れ

私たちは、言葉を話せるようになると「ありがとう」と口にするように教わります。

感謝していることを書き出してみませんか?

ある大学の博士が任意の参加者グループに10週間にわたって、週に一度、「ありがたく

思ったこと」を5つほど書き出してもらい、他のグループには、ちょっとイライラしたこ

とや、あるいはなんでもない日常のできごとを記録してもらったら、研究終了後には、あ

りがたいことをカウントしたほうが25%ほどの幸せを感じていたそうです。

また、2015年に発表された研究では、たった2週間ほど感謝の日記を記した被験者

たちは、よく眠れて、血圧も低く測定されたことがわかったそうです。別の研究では、同

じような日誌をつけたところ、2か月後には日常の喫煙率が40%も下がったという結果も

出ています。さらに別の研究では、初期の心疾患を持つ高齢者が定期的に感謝の日記をつ

けたところ、心拍数がより安定し、病気による炎症レベルも低くなることがわかったとの

ことでう。

こうした結果はすべて、私たちの心と身体には強い関係があることを示しています。た

とえば、仕事のしめきりが迫っていたり、あるいは家族と口げんかをしてうんざりした気

持ちになったりすると、神経系が非常に覚醒した状態になる。この覚醒により、ストレス

ホルモンを大量に分泌して、それがやがて高血圧や炎症といった健康問題を引き起こす可

能性にもなりうる。

私たちがありがたいと感じるときの「つくづく幸せだ」という感覚は、なんの問題もな

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いというメッセージを身体に伝達し、身体を落ち着かせると思います。つまり、感謝の気

持ちは、副交感神経や心を穏やかにする神経系に作用するのではないでしょうか。

感謝することは、セルフコントロールがうまくできるようになり、衝動的な行動を抑え

るのに役立ち、私たちの将来を豊かにするような気がします。

そして、他人に対してするのと同じように、自分自身に対しても感謝の気持ちをもつこ

と。こうしたことも、健康的で幸せな人生を送ることにつながると思います。

感謝をするのに決まった時間はありません。いますぐにでも、そして毎日でもいいです

ね。

平成30年12月11日(火) 晴れのち雨

天候が不安定です。雨は冷たいです。

平成30年12月10日(月) 晴れ

朝から晴れていますが、自動車のフロントガラスが凍っていて、冬らしさを感じました。

道徳に模範解答はあるが、それが模範解答通りに生きていったら命を落とすこともある。

日本は戦争中、「配給制度」をとっていた。米、味噌、醤油、砂糖などのほとんどの日常

品までが配給されていた。各家庭にあらかじめ人数分だけの引換券(切符)が配布され、

これを商品と引き換える方式だ。こうした商品を配給以外の手段で手に入れることは法律

違反だった。

終戦とともにこの配給制度はマヒした。米の配給はわずかで、さつまいもやとうもろこ

しなどの“代用食”が配給になったがそれも満足ではなかった。人々は配給を頼っていて

は、食べるものを手に入れることができなかったので、法律違反とわかっていても、「闇市」

と呼ばれる市場で食料などを手に入れるしかなかった。特に都会の住民が食料を手に入れ

るのは困難で、農村に買い出しに行くことも多かった。それでも現金を持っている人はい

いが、現金がない人は衣類を売って現金に換え、その金で生活物資を買った。着ているも

のを次々に脱いで食べ物に換えていく様子が、タケノコの皮を一枚一枚はがしていくよう

だったので、「タケノコ生活」とも呼ばれたらしい。

1947年(昭和22年)10月、東京地方裁判所の山口良忠判事(34歳)が、栄養失

調のために死亡した。法律違反の闇市で食料を買うことを拒否し、正式な配給の食料だけ

で生きようとしたためだった。山口判事本人は、闇市で食料を売ったり買ったりしている

庶民を「食糧管理法」違反で裁く立場にあり、自分は法律を守る立場から法律違反の闇の

食料に手を出すわけにはいかないと考えたのだった。当時の日本人は配給だけでは生きて

いけず、闇の食料に手を出さなければ死んでいく方が多かったのだ。山口判事は、「たとえ

悪法でも、法律である以上、裁判官の自分は守らなければならない」という意味のメモを

残していた。

道徳を守るがゆえに命を落とす。

何が正しいのでしょうか?

皆さんはこれをどう考えますか?

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平成30年12月 7日(金) 雨

今週は雨がいっぱい。体調を崩す生徒や先生も出ています。気を付けたいものです。

明日明後日は寒くなり、ひょっとしたら初雪になるかもしれませんね。

12月らしいのはいいですが、あと3週間もしたら、新年も迎えます。

光陰矢の如しですね。時が過ぎるのは早いものだと痛感しています。

歳のせいかな?

平成30年12月 6日(木) 雨

今日の雨を境に一気に冬かな?

今日の7限の 1年生の LHR に、岐阜盲学校の山下先生に来ていただきました。先生は生

まれつきの全盲の方で、ほとんどすべてを自分で行われることに感心させられました。明

るくはっきりとお話しされ、わかりやすく、聞き入ってしまいました。その中で、全く見

えない中、180度の方向転換するって難しいですよね。先生は、それを見えているかの

ようにされました。すごいなと感心しましたが、それには工夫があったんです。

それは、足の感覚で、床の板の目を読み取り、方向転換されていたのです。実は、黄色

のブロックで目の見えない歩行者を助けているのですが、すべてにはない。そこで、歩道

の段差や歩道のブロックなど、私たちが普段目にしているものも、目が見えていたら、た

だ存在しているだけなのに、そのような使い方もあるのだと感心させられました。普段何

気ないものの、その存在価値の別の意味にも気づかされました。

周りをみて、考え、常に意識する感覚をもちたい。

いろいろなことを察するためにも、普段気づかないことや場所、物に、感覚を研ぎ澄ま

したいと感じました。

平成30年12月 5日(水) 曇りときどき晴れ

今日、久しぶりのお日様を見た。

なんかうれしい気分になった。暑い。本当に冬かとも疑いたくなる、この陽気。

でも、明日、雨が降った後は、一気に気温が下がるそうです。

私は日曜日に冬用タイヤに替えて万全の態勢です。(ちなみに運転するものが、「まだ早

い。」ということで、我が家は、あと2台残っていますが・・・。)でも、雪が降った時、自

分が備えていても、備えてない人の車が立ち往生したり、ぶつかってきたりしたら困りも

のです。「備えあれば憂いなし」という言葉を、多くの人が胸に刻んでいて欲しいものだと

いつも思っています。

割り算を教えた直後の小学生に、「280 人の生徒がバスに乗って社会見学に出かけます。

利用する高速道路の制限速度は時速 80キロメートルです。バスの運転手さんは 35歳です。

バスは何台必要でしょうか?」という問題を出したら、解答はいかに?

小学校では、必要な数字が問題に与えられているから、すべて使うものだと考える子ど

もが多い。そういう問題も大切だ。でも、世の中は、どれが必要でどれが必要でないかを

まず判断してから考えなければならないことが多い。だから、この問題のように、「これで

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は解けません」という問題は、ゴロゴロとある。「バスは何人乗りのバスですか?」などと

質問してくれたら大したもんだ。こんな生徒を育てたい。

初めて解けない問題に出会ったとき、人は、「そんなはずはない」と、まず数字をいろい

ろいじって、根拠もなく計算する。

世の中には正解のないものはいっぱいある。答えがいくつもあるもの、答えのないもの

もいっぱいある。それをしっかりと見極められる目と思考力・判断力がますます必要にな

っている。

チコちゃんではないが、「ボーっと生きてんじゃねーよ!」って叱られそうだ。

とにかく自分の目で確かめて、しっかりと自分の頭で考えて、自分で結論を出したり、

行動したりしよう。そして、その結果の責任は必ず自分で取りましょう。

平成30年12月 4日(火) 雨

今日も雨です。

一時的に強く降りました。

一層、冬らしくなっていくような気がします。

平成30年12月 3日(月) 雨

今週は雨が降るそうです。でも週末には寒くなり雪の便りも聞かれそうです。私はタイ

ヤを冬用に替えました。4輪ともスタッドレスタイヤです。

12月です。師走となりました。そこかしこでジングルベルが鳴り、子どもでもないの

に、なぜかワクワクしている自分が居ます。何なんだろう。

平成30年11月30日(金) 曇りのち晴れ

朝、曇っている。冬らしい雰囲気の日差し。今日は秋の最後。11月の晦日。

今日は関高校のОB で、近隣で教員をしている若手の先生が、放課後、本校にやってき

て教員としての体験談や、教員になってみてなど、生徒に話をしてくれます。

興味のある生徒は飛び入りでもいいので、たくさん聞いてくれるといいなあ。

話は変わりますが。2年前の今日は、欧米以外の国で初めての発見となり、理化学研究

所の森田浩介博士らの研究グループが発見した113番元素の名称が、正式に『元素名

「nihonium(ニホニウム)」、元素記号「Nh」』に決定した日です。

元素とは、この世の中にあるものの構成要素で、かつては元素を見つける研究でしたが、

今はその存在を確認するために人工的に作り出す研究へと変わっています。

平成28年12月1日、森田博士は記者会見を行い、

「周期表を見た子ども達が、ニホニウムを見て誇らしい気持ちになって、少しでも科学

に興味をもってくれれば意義があると思います。基礎科学を多くの人がやることは国力に

つながると思います。ニホニウムがその一端を担ったことは大変うれしいことです。長年

かかったので、本決まりになってほっとしました。三十数年ニホニウムの研究をやってき

ました。堂々とニホニウムと言える。」と期待を述べられた。

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平成30年11月29日(木) 晴れ

日向は暖かい。冬がそこまで来ているとは思えない。

でも、日陰は寒い。寒暖の差が激しいから体調を崩さないようにしましょう。

平成30年11月28日(水) 晴れのち雨

朝晴れていますが夜には雨らしい。

考査終了したので、今日からテスト返却あり。どうでしたか?

先日、リボ払いで買い物をしようという案内のはがきが来た。

リボ払いって知っていますか?

リボ払いは、毎月あらかじめ指定した一定額を返済してゆく方式。

回数指定の分割払いが、各々の件に個別に指定するものであるのに対し、リボ払いでは

各々の件に対してではなく、残高全体について毎月返済することによって合計残高を減ら

してゆくもの。(「リボルビング」の原型動詞 "revolve" は「回転する」という意味があ

るため(回転式拳銃をリボルバーともいう)、回転信用とも呼ばれるとのこと)

リボルビング払いの問題点は、借入額が増えても、毎月の返済額が変わらないため、借

金をしているという意識が薄れること。その結果、知らず知らずのうちに借入を増やして

しまいがちになるのだ。

借入額が増えると返済期間が長くなり、利息の負担が激増する。そして、返済総額が分

かりにくく、利息の多さが実感できなくなるなどがあげられる。

実際、返済額に対して借入額が多くなると、利息ばかり払い続けて、元本がほとんど減

らないという状況に陥る。

消費者金融で多重債務に陥るのは大半がこのケースである。リボ払いの仕組みにあると

思っている。

つまり、借金まみれになり、泥沼から這い上がれなくなる。今、買わなければならない

ものなのか、今、どうしても必要なものなのかしっかりと考えないといけない。我慢がで

きるのなら、無理しなくてもお金を貯めてからでいい。

だから、私は絶対にリボ払いはしない。それに利息が高すぎる。法外だと個人的には思

う。

お金を貯めるための利息は 0.01%程度などという低金利。リボ払いは、例えば残高に 15%

の利息が付くものもある。

お金を借りるということは怖い。

私はお金を借りることにいつも躊躇する。借りるのは嫌だ。

カードで支払うにしても、一回で支払うようにしている。利息など取られたくない。

お金は噂と同じだ。

いい噂はなかなか伝わらない。お金もなかなか貯まらない。

悪い噂はすぐに伝わり、長いこと根付いてそれを払拭するのに時間がかかる。借金もな

かなか減らず、長く残るものだ。さらに、お金はなかなか貯まらないが、出ていくのは早

い。病気や買い物をすれば、あっという間になくなる。

物を買うとき衝動的に買わず、一度ためらい、間を置き、日にちを置き、それでもなお

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欲しいと思うなら検討し、もう一度自分に問いかけよう。それでもなお欲しいなら買えば

よい。

でも、多くの場合、我慢すればいいことが多いと思う。

お金が必要な時にそれだけ使えるように、いつも蓄えや準備をしている自分になりたい

と思う。

平成30年11月27日(火) 晴れ

考査最終日。

今日は、中学校授業アシスタントの3回目。

教員を目指す生徒が一人でも増えてくれたらいいなあ。

地元に残るには、最適で、福利厚生もしっかりとしているし、特に女性にとって、出産

後育休もしっかりとしていて、復職には持って来い。一生続けるにはいい職業ですよ。

地元に残るといえば、子どもは生まれてきたところにいなければならないことはない。

住む場所を自由に選べる権利がある。

ある家庭でこんな話がされているのを聞いてしまった。

「〇〇は△△家の長男やで、家を継いで家を守って行ってもらわならんで、そこそこの

学歴をつけてもらわなあかん。」

家に縛られるなんて、いつの時代の話か。

米を作って、野菜を作って、農家として生計を立てていける時代ではない。

近くにたまたま勤められればいいが、そう簡単に家から通勤できる仕事に就けるかどう

かわからない。ましてや、田舎に大きな企業があるわけではない。

そんなに働く場所があるのか? 選べるほどの選択肢なんてないと思うよ。それに、こ

の先、今ある職業がどれだけ生き残っているかわからない混とんとした時代に、家を守る

ってどういうこと?

今、思い通りの人生など送っている人がどれほどいるだろうか?

家のしがらみにもまれて、どれほど多くのものが泣いていることか。

その子の人生は、その子のものだ。自由にしてあげてほしい。その中で、「家にいたい。」

と思えば、家を継げばいい。

その子の人生をそっと見守られるサポーターでありたい。そんな親になれるといいなあ。

平成30年11月26日(月) 晴れ

乾燥しているのか喉がいがらっぽい。風邪をひきやすい季節です。うがい手洗いをしっ

かりとしてウィルスなどの外敵を体内に入れないようにしないといけないですね。

話は変わりますが、前に自治会長をやった。2年任期だったが、自治会員のお年寄りに

いじめられた。

あるお年寄りは、私に「会長だから何をしてもよい。私もそうしていた。以前は自治会

費を値上げして、それで飲み食いに使っていた。だから、お前もやりたい放題にやってい

るのだろう。」と直接言われた。そんなことをするなんてひどい奴だと思った。私は何のや

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ましいことなどしていないのに、頭からそのようなことをしていると決めつけた言い方を

された。私は、みんなのお金だからこそ大切に使わなければならないし、説明のつかない

使途はだめだと思っていて、自分のお金以上に他人のお金だからと気を遣っているつもり

だった。

もう一人のお年寄りは、私の前に自治会の役員をやっていて、ある問題(排水管の移行)

の手続きの代行をすると言ってお金をもらっていたが、そのお金の算出根拠がわからない、

説明がつかないのに、数万円のお金を手にしていた。そこで役員も変わったのでその方に

事情をもう一度説明して欲しいと言って、聞いてみるとその説明が曖昧だった。後ろめた

いことがあるようだが、それを問い詰めると、「病気した以前のことだから記憶がない。」

ととぼけた。都合の良いときには「知らない。」ととぼけるのだ。

でも、自分が「こうだ。」と思ったら、朝、早かろうが、夜、遅かろうが自治会長である

我が家にやってきて、玄関のチャイムを鳴らす。

私を呼び出して、1時間以上、ああだ、こうだと文句ばかり宣う。

こんな二人に苦しめられた。

こちらは皆のためにと思い、自治会のために奔走していて、無償のボランティアでやっ

ているにもかかわらず、文句ばかり。

自治会組織なんて、任意団体だからやらなくていいのに、順番だからと仕方なくやって

いるのに、文句言われる筋合いはない。

何で言われなくてはいけないのかという気持ちを抱いてしまった。それに、こんな年寄

りにならないぞとも思った。

いまだに家のチャイムが鳴ったらドキッとしてビクビクしていることがある。

PTSDだ。

そんなこんなで、こんな地域にいたくないと言った自治会の他の方が、最近引っ越され

たり、自治会から脱退されている。まだ他にも自治会から脱退する方がいるようだと聞い

た。

よく、“持ち家”がいいか、“賃貸”がいいかという問題がある。

持ち家を持つということは、その地域に根差すということ。

うまく同化すればよいが、近所づきあいでトラブルを起こしたり出会ったりしたら、そ

の場から引っ越さない限り、逃げられない。

難しい問題だな。

でも、田舎というしがらみがなければ、賃貸の方が、後腐れがないと、私は思う。

平成30年11月22日(木) 晴れ

天気が良かった。

考査2日目。明日から3連休。考査のための勉強にはもってこいかな?

今日は、“いい夫婦”の日。この日に婚姻届けを出す人たちが多いそうです。

話は変わりますが、お笑い芸人のゴルゴ松本さんですが、少年院で講義をされています。

夢を叶えるとはどういうことか?

辛い時、悲しい時に人はどんなことを感じ、どう対応していくべきなのか?

人にとって大事なことは何か?

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そういったことを「漢字」の成り立ちで、少年院の子供に説いています。

一見、こじつけのような説明にも思えますが、素直に心を開いて聞いていると、すっと

心に染み渡るようなお話ばかりです。

「命」など、全力でギャグをするゴルゴ松本さんのイメージが強いですが、別の一面が

垣間見えます。以下はその内容です。

辛いことがあった時、人はグチをこぼす。

マイナスな言葉、弱音を吐く。

「吐」という字は、口へんにプラスマイナス。

嫌なことは吐き出していい。

でも、そこから成功する人、夢を実現する人は少しずつ変化していく。

弱音は吐かない。ボジティブなことだけを言うようにする。

マイナスな事を取っていくと夢は「叶」う。

自分の思っていた到達点に少し足りないと思ったら、軌道修正しながら、最終的な目標

は変えない。

紆余曲折しながら、遠回りしながら、ここまで行けばいい。これは危険だと思ったら回

避する。

危険だと思ったら、逃げていい。

「逃」は、しんにょうに兆し。

そして、また時間をおいて、しんにょうを手ヘンに変えて「挑」。挑戦するんだ。

「幸」と「辛」。

幸せでも、何かが欠けたら辛くなる

辛くても、何かが加われば幸いになる

「苦」、「困」、「災」に「難」を加えると「苦難」、「困難」、「災難」。

こういうことが起こると不幸だと考えてしまう。

「難」が無い人生を「無難」という。

無難な人生なんてありえない。

だから、「難」が有る人生。

それは、「有」、「難」と書いて「有難」し。

「命」は、人を一叩き(ひとたたき)と書く。

殴ったり蹴ったり、人を痛めつけることで命を感じる、のではない。これは大間違い。

寝てる時、無意識の時、今も叩き続けているのは心臓。

心臓の一叩きの連続が、命。

その命を、命懸けで産んだのはお母さん。

そう、女性です。

命の始まりは、“女”なんです。

「女」が、土「台」となって、「始」まりとなる。

俺ら男は、女の人を粗末にしちゃ、絶対にダメなんだ。

君らを産んだお母さんは、命懸けで君らを産んだんだ。

それは間違いない。

命懸けで産んだものが、命なんだ。

人間はそれを何度も繰り返してきた。

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ここからは、皆が命を繋げていく。

ここから出たら、命を広げて行ってください。

心に響いたら、感動の輪を広げていってください。

平成30年11月21日(水) 晴れ

天気が良かった。

今日から3年生は学年末考査。1,2年生は後期中間考査。

体調万全で乗り切ってほしい。

平成30年11月20日(火) 晴れ

天気が良かった。

午後から急に出張が入った。

もう12月が近いというのに、道中の車の中は暖かかった。

今日は教科の研究会に参加。刺激を受けてきました。

あらためて、受験技術とは努力の集積だけではないと感じた。

例えば、英語で言えば単語を覚えるのではなく、問題に知らない単語があった時にそれ

をどう誤魔化すかということ。数学で言えば、問題の解き方を覚えるのではなく、受験場

で解き方のわからない問題に出会ったときにどう対処するかということ。これが受験技術

だと思う。

入試というものは、一般的には、まだ解いたことのない問題、解き方のわからない問題

に取り組むことだ。だから、受験の方が日常の現実に近いということで、受験技術を磨く

ことは人生修行であると思う。

ちなみに、答案は自分のために書く日記ではなく、採点者という他人に読ますものであ

ると思う。だから読み手の気持ちになって、説明は過不足なくするのがよい。

平成30年11月19日(月) 曇り時々雨のち晴れ

朝、雨がぱらついたので、洗濯物を室内の部屋に入れ、除湿器をかけてきました。

でも、今、とても良い天気で、暑い。しまった。外に干してこればよかったと悔やんで

います。

ふと今思い出した。

20年ほど前に担任していたクラス。30人クラスを先取りしていた。

ある授業中、A君がおしっこを漏らした。

そのとき、Bさんがさっと席を立ち、おもむろにバケツと雑巾を持ち、トイレの水場で

水を汲み、戻ってきて、そのおしっこをさっと拭いた。

そして、また、バケツを持って水場に行き、バケツと雑巾を片づけて戻ってきた女子生

徒がいた。あまりの素早い対応と行動で、クラスの皆も唖然とした。

その後は何事もなかったかのように静けさが戻り、そのことには誰も触れようとしなか

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った。

放課後、担任として、A君の家庭を訪問した。

「こんなことあっても、明日、学校へ来いよ。」って。

次の日、A君は学校に来てくれた。学校へ来るには相当の勇気が必要だったに違いない。

有難いことに、周りの者も昨日のことには触れなかった。大人の対応をしてくれたのだと

思う。それが私にはとても嬉しかった。でも、その嬉しいことすら言ってはいけないと思

い、複雑な気持ちだった。

A君は高校生なのだから、トイレに行きたいと言えばいいものを、あとで本人に聞いた

ら、教科担任が怖くて言い出せなかったとのこと。

ちなみに、その時のBさんは今、保育士として頑張っており、その保育園の中心的な役

割を果たしているそうだ。

平成30年11月15日(木) 晴れ

さわやかな朝。きもちいい。そして昼間は暑かった。

瑞浪へ出張。快晴で雲一つなく、南に広がる山々は紅葉し、見ていても飽きなかった。

こんな話を見つけました。教師冥利に尽きる話です。

小学校5年生の担任になったAさんの話。

クラスの生徒の中に勉強ができなくて、服装もだらしない不潔な生徒がいました。その

生徒の通知表には、いつも悪いことを記入していました。

あるとき、この生徒が1年生だった頃の記録を見る機会がありました。

そこには、「明るくて、友達好き、人にも親切。勉強もよくできる」

“あきらかに間違っている”と思った私は、気になって2年生以降の記録も調べてみま

した。

2年生の記録には、「母親が病気になったために世話をしなければならず、ときどき遅刻

する」

3年生の記録には、「母親が死亡、毎日悲しんでいる」

4年生の記録には、「父親が悲しみのあまり、アルコール依存症になってしまった。暴力

をふるわれているかもしれないので注意が必要」

私は反省しました。

『今まで悪いことばかり書いてごめんね』と。

そして急に、この生徒を愛おしく感じました。

悩みながら、一生懸命に生きている姿が浮かびました。

“何かできないか”と思った私はある日の放課後、この生徒に、「先生は夕方まで教室で

仕事をするから、一緒に勉強しない?」

すると男の子は微笑んで、その日から一緒に勉強することになったんです。

6年生になって男の子は私のクラスではなくなったんですが、卒業式の時に「先生は僕

のお母さんのような人です。ありがとうございました。」

と書かれたカードをくれました。

卒業した後も、数年ごとに手紙をくれるんです。

「先生のおかげで大学の医学部に受かって、奨学金をもらって勉強しています。」

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「医者になれたので、患者さんの悲しみを癒せるように頑張ります。」

そして、先日私のもとに届いた手紙は結婚式の招待状でした。

そこにはこう書き添えられていました。

「母の席に座ってください」

平成30年11月14日(水) 晴れ

さわやかな朝。きもちいい。

今日は命を守る訓練があります。

命は自分で守るもの。

石巻市立大川小学校は東日本大震災の本震直後、校舎は割れたガラスが散乱し、余震で

倒壊する恐れもあった。教師らは児童を校庭に集めて点呼を取り、全員の安否を確認した

のちに、避難先について議論を始めた。学校南側の裏山に逃げた児童たちもいたが、教諭

に「戻れ!」と怒られ、連れ戻されたとのこと。地震発生から津波到達まで50分間の時

間があったにもかかわらず、すぐに避難行動をせず校庭に児童を座らせて点呼を取っ手待

機させ、その場で避難先について議論を始めたことも非難を後れさせ、多くの犠牲者を出

すこととなった。

一方、普段から避難に関する教育を徹底し、児童らだけの自主的避難により99.8%

が無事だった釜石の全小中学校や、地震直後より全員高台に避難させ、在校児童が全員無

事だった石巻市立門脇小学校とは対照的であった。

今の学習指導要領では、「生きる力」を育むとなっているが、私は「生きていく力」、も

っと言うと、「生き抜いていく力」を育んでほしい。自分で判断し、行動して、自らの命を

守る。そんな生き方をしてほしいと願っています。

とにかく、どんなことをしてでも生き抜いていってほしい。

生きてさえいれば、未来はやってくる。そして、どんなことにも出会えるから。

平成30年11月13日(火) 曇り

朝から曇っていて気持ちもどんより。

自分でテンションを上げないと誰も上げてくれないな。

今朝、岐阜新聞の記事の“イクメンに社会の壁”の中から、「・・(略、記事を見てみて)・・。

「育児は女性」という日本社会に染み付いた役割意識は想像以上にねぶかいようだ。」を見

て、その通りだと思いました。

以前にも書いたと思いますが、子どもが保育園のとき、ある日、弁当を持っていく日に

妻が所用でいなかったので、わたしが作って持たせることになりました。

その日の保育園でのお昼の時間。

当然、先生たちは、「今日は作ってくれたお母さんのお弁当おいしそうですね。ありがと

うと言って食べましょう。」という趣旨の話をされたそうです。

すかさず、息子は「僕のはお父さんが作ったんだぞ。」と言ったそうな。

また、小学校の運動会の日、妻が所用でいないとき、子どもの分だけでなく、お昼には

訪れるであろう、親戚の分まで作らなければならない時があった。田舎なのでしょうがな

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いが、大変だった。挙句の果てに、妻が作っておいて準備して所用に出かけたという話に

なり、私はただの食べている人に思われた。あえて何も言わなかったが、なぜか悲しくな

った。自分が認めてもらえなかった寂しさなのかな。

母親は家事をするという概念があるのですよね。

最近は、シングルの親が増えてきました。言葉の一つ一つを気にしなければならないで

すね。そして意識も変えていかなければなりません。

男性とか女性とかではなく、差別ではなく区別はしなければならないところもあります。

男子とか女性とかではなく、人として、それぞれお互いが補いながら、家族を作り、社会

を形成していけたらいいですね。

平成30年11月12日(月) 晴れときどき曇り

道路や橋を作るには、予算が建てられてお金が付いてから初めて、作られる。

しかし、教育はいろんな施策がビルドされて膨らみ、予算が新たに建てられないまま仕

事量は増えていく。

予算は付かないけれど仕事が増えるが、そこは、「知恵を使えって乗り切れ。」と言われ

る。

教員の自助努力と献身的で身を削る活動において実践されていき、結果、できてしまう。

そして、「やればできるじゃないか。」と言われ、結局、予算がなくともできてしまうから

予算は付かない。

“対前年比10%減としなさい”と言われ、予算が削られ、実際にできてしまい、事実

としてスリム化させたという評価につながっている。

何かおかしい。

教育は人づくりであり、人づくりは国づくりです。

教育にお金をかけない国は滅びます。

教育界はスクラップアンドビルドではなく、ビルドアンドビルドばかり。

予算もしっかりと付き、人材も豊富にいればいいが、教育はもっとも削られ、切られる

ところのようだ。

スクラップしていきたいけれど、そうしたことで実績が下がったらどうなるといわれる

進学校もあると聞く。ビジネスの考えを多く取り入れたら、学校ではなく、企業になって

しまう。

最近、教員になろうとする若者が、どんどん減少して行っているということに、私は憂

いている。

子どもと接することが楽しく、子どものために頑張れる先生を多く育てたい。そして、

明るく未来を夢見られる世の中にしたい。

人を育てることは楽しい。人が物事を理解し、生き生きとして、目を輝かせてくれるこ

とが何よりです。

この時代を生き抜いていく力を子どもたちが会得し、生き生きとした生きていける社会

を作って行ってくれたら、私たちは、安心して次の世代に社会を任せ、フェイドアウトし

ていけますね。

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平成30年11月 9日(金) 雨

朝から雨。寒冷前線が通過?一日雨の予想。

今日は、本校の“PTフォーラム”が午後からあり、外部の方も含めて80名強の方が

来校されます。雨の中、ご足労願わなければならず、申し訳なく思います。

また、関高掃除隊の活動は雨のため中止としました。準備のために尽力していただいた

方々申し訳ありません。

銀行の ATM で、時間外や他行の通帳からお金を下ろすときに手数料がかかるのが私には

腑に落ちない。他行の通帳からなら、まだ理解しようと思えないこともないが、自分が預

けている銀行から自分の金を下ろすのに、窓口でもないのに、何で手数料が?機械の維持

費?人件費?

思い切って、手数料を24時間無しにしたらどうかな?

顧客は増えるような気がしませんか?

これは確かな情報ではないが、銀行の本俸を安く見せて、顧客よりも給料は少ないこと

をアピールしてお金を集めながら、実は外に公表されていないボーナスや臨時的なお金を

時々出していて、総額はやっぱり“金融機関”だなという収入にするのだと聞いたことが

ある。

事実は確認していないが、もし、そうだったら、なおさらのこと手数料はやめてほしい

と切に願う。

平成30年11月 8日(木) 晴れ

朝から気温は高かった。

すっきりと晴れ、気持ちがよかった。

昼に外で車座になって太陽のもと昼食をしている生徒の集団がいくつかあった。

「今の紫外線は強いから気をつけてね。」というと、

「日焼け止め塗っているから大丈夫。」と笑顔で返ってきた。

ほのぼのとしたやり取りにほっこりとしました。

平成30年11月 7日(水) 晴れ

今日は立冬。

でも、気温は24℃まで上がるらしい。

インフルエンザもこの関市美濃市でやや流行しているようで、近隣の小学校でも学級閉

鎖のところもあります。まだワクチンがありますが、蔓延してくるとすぐに枯渇します。

早めに予防接種をしましょう。

今朝、我が家の小屋の屋根に“どん”と物が落ちる音がした。

「何事か?」と外を見ると、なんと、大きな野生のサル。

「どれほどの田舎や。」と言われるかもしれませんね。

そのサルは、慌てて電線を伝っていきました。すると、次から次と、計6匹。

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3匹は子ザルです。

昨日の夕方、他の家の屋根の上で運動会のごとく暴れていたことを今朝聞いた。

今朝も雲梯のように電線を伝い、電線が切れるのではないかと心配しました。よく感電

しないなとも思いました。

通勤途中に落葉樹が紅葉しきれいでしたが、その下には落ち葉がいっぱい。きれいなの

はいいけど、その世話をする人がいることを忘れないでほしいです。

以前住んでいたアパートの駐車場に、初期に住んでいた人たちが、自分の駐車位置に木

を植えたらしい。その後、その木は大きくなり、駐車場の邪魔をするようになった。朽ち

て切り倒したものもあった。

その頃、「以前住んでいたものだが、あの時の木はどのくらい大きくなりましたか?」と

尋ねて来られたことがあった。その人にしてみれば思い出かもしれませんが、残っている

ものにとってはお迷惑な話。無下に対応もできずに、「見て行ってください。」としか言わ

なかったことを覚えている。

屋敷に木を植えると手入れができなければどんどんと上に伸び、手入れができなくなる

ことがある。できるなら屋敷には木を植えない方がいい。スペースもなくなるし、手入れ

に困るからだ。実のなる木も植えない方がいい。一年物の野菜が適度かと私は思う。

ところで、以前にも書いたかもしれないが、小学校のイネの栽培。

田植えして、秋になったら、稲刈りをし、そのあと新米のおにぎりをほおばる姿が写真

や映像でよく紹介される。

しかし、米は“八十八”と書いて、そのぐらい手間暇がかかっているのだ。

田植えする前に苗を作る。

苗が枯れないように1日に何回もの水遣り。

夏の暑い日には圃場の草取りうぃする。

稲ができても、刈り取りには天気が良い日を選ぶ。

干して脱穀をする。脱穀しても、できるのは殻のついた籾だ。

そのあと籾摺りをし、玄米にする。

その玄米をついて、やっと白いお米になる。

それを炊き上げた後、おにぎりになる。

田植えをしたら、自動的におにぎりが出てくるわけではない。

一つ一つの成果物には多くの人の手間暇がかかっている。

農業の体験をさせるという意味では大切かもしれないが、どんなことも大変なことはい

っぱいあり、それを見て嫌になるかもしれないが、現実や本物を見せてゴマ化してはいけ

ない。

伝える方が、「これはきっと嫌だと思われ、嫌われるかもしれない。」と思うかもしれな

いが10人が10人そうは思わないかもしれない。

その現実を知って、素直に受け入れ、ややもすると、「やってみたい。」と思うようにな

るかもしれない。そういう意味では経験させることはいい。

でも、しっかりと、事実、現実を包み隠さず知らせ、そのあとは受け手が判断すればい

い。

だから。私たちは、いろいろなきっかけを与えることをしてあげればいいと思う。

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後は、与えられた者たちが、それをどのように判断し、何がしかの結論を出すはずだ。

その結果として、継続しなかったり、無くなったりしても、それは仕方ないと思う。

それが時代の流れというものなのではないだろうか。

平成30年11月 6日(火) 雨のち晴れ

朝から雨。

今日、他県の授業を見てきました。岐阜県の先生方の授業は、アクティブラーニングを

含めていろいろな手法で、わかりやすい授業展開を行っており、どの先生も技量は高いと

つくづく感じた 1 日でした。

ただ、よく考えてみると、最終的には、教えられる側がどのくらい定着し、そして、理

解し、使えるようになっているかが大切ではないかと感じました。

教え方がうまく見えても、生徒への理解度、定着度が図られていなければ、教える側の

自己満足になりかねない。言ってしまえば、生徒がきちんと答案が書け、問題がきちんと

解けていること、そして究極は、就職であれ、進学であれ、卒業時に本人の進路目標であ

るところに合格できていればよいのではないかと思ってしまった。

生徒が理解し、それを使いこなせるようになるためには、教えてもらった後、それに類

した問題を解き、そして、他の生徒に説明すること、隣の生徒や数人に向かってきちんと

説明し、相手に理解してもらえていたら大丈夫です。その事柄は自分のものとなっている

のではないかと思いました。

人に教えると損をするから、聞いても教えてくれない同級生がいました。

人に伝えたり、教えたりすることで、その知識や知恵が整理され、自分のものとなる。

以前話したように、自分の話が相手に伝わらなければ、その話は、話し手の自己満足で

終わることと同じである。

さあ、あなたが知ったことを他人に語り、どんどん知識の押し売りをしましょう。

平成30年11月 5日(月) 晴れ

天気が悪いと言われながらも朝から晴れている。

女心と秋の空。いや、実は江戸時代までは男心と秋の空だったそうだ。

江戸時代の俳人・小林一茶(1763-1828)は、変わりやすい自分の心を秋の空にたとえ

て、次のような句を詠んでいる。

『はづかしや おれが心と 秋の空』

これは「男心と秋の空」を踏まえた俳句となっており、そんな移り気な心が恥ずかしい

と内省的な心情が吐露している。

「秋の空」の「秋」は、「飽き」にも通ずる掛け詞であり、洒落好きな江戸文化にも受け

入れられ、定着していったようだ。

この「男心と秋の空」が「女心」へ変化していく動きは、江戸時代にも既に現れている

らしいが、「女心」の方へ大きく動いていくのは明治時代に入ってからのことのようだ。

明治時代の小説家・尾崎 紅葉(1868-1903)は、自身の小説「三人妻」の中で、「男心

と秋の空」に触れたうえで、それに関連するヨーロッパのことわざについても、“女心と冬

日和”というのを挙げている。

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この”女心と冬日和“というのは、英語圏の次のことわざから来ている。

A woman's mind and winter wind change often.

(女性の心情と冬の風はよく変わる)

ここでは「秋の空」ではなく「冬の風」だが、女性の変わりやすい心情を描写した同じ

意味の格言であり、その後の大正デモクラシーや女性の地位向上に伴い、日本独自のこと

わざ「女心と秋の空」として定着していくことになったのだそうだ。(諸説いろいろあると

のこと)

平成30年11月 2日(金) 晴れ

最近はよく晴れて秋めいています。実りの秋の収穫物もちらほらと出回っています。

朝晩は寒く、ストーブの季節です。

年賀状も昨日から売り出され、いよいよ年の瀬が近づいているという実感が出てきまし

た。

平成30年11月 1日(木) 晴れ

いよいよ11月です。

朝から晴れています。ひんやりしていて、起きるには覚悟がいるようになってきました。

でも、気持ち良い空気に触れると、心も体もリフレッシュする。

さあ、今日も一日がんばろう!

自分が生きていくことで、社会の中で役に立っているという実感が沸くと嬉しい。自己

有用感というものです。

でも、なかなか実感できませんね。自分なんか、いてもいなくても変わらないじゃない

かと思うことの方が多いかもしれません。

いいえ、そうではないと思います。

人は、いるだけでいいのです。何の影響を与えなくとも存在しているだけでいいのだと

思います。

人生は生きているからこそいろんな経験できるのです。いろんなことが味わえるのです。

生きていくこと自体を楽しみましょう。

今、教育では「生きる力」を身に着けるように言われていますが、私は「生きていく力」、

さらに言うと、「生き抜いていく力」ではないかとも思っています。

生きていれば嫌なこと、辛いこと、悲しいこと、うれしいこと、楽しいこと、いろんな

ことが降りかかってきます。できれば悲しいことや辛いことは避けたいけれど、生きてい

くには避けて通れないこといっぱいあります。

ポジティブシンキングで行きましょう。

いろいろなことがすべて、つながっていると思います。世の中に無駄なことはありませ

ん。無駄だと思っているのは、あなたの中の一方的な見方・考え方であって、その事柄を

いろんな角度から見てみると、実はとっても重要なことであるかもしれません。いろんな

角度から物がみられるような思考を持ちたいものです。

とにかく、考えて、考えて、そして、自分でしっかりと判断ができるようにしましょう。

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でも、その判断が、時には自分の思惑と違う結果を招き、いわゆる、失敗したと思われる

ようなときには、他人に責任を擦り付けず、自分で責任が取れるような生き方できるとい

いですね。

平成30年10月31日(水) 晴れ

朝から晴れて気分がよい。今日で10月も終わりです。年月の経つのは早いですね。

AIが世界を席巻しても、人にしかできないことはいっぱいある。この先に無くなる職

業は多くあると言われているが、人にしかできないことを探っていけば自分の選択肢はお

のずと決まるかもしれない。その判断をするための今は勉強をしているのかもしれない。

平成30年10月30日(火) 曇りのち晴れ

ちょっと朝は曇っていたが、崩れることもなく秋だなあと感じさせる日が続きますが、

朝晩は少し寒くなり、季節は冬に向かっているのだなあと実感しています。

厚生労働省が「健康日本21」で示した「健康のため摂るべき野菜の量は 1日350g」

という数字には科学的根拠はなかったと、武田邦彦中部大学教授はメルマガで根拠の浅さ

を暴露するとともに、日本でも実践者の多い「糖質制限ダイエット」がいかに人情に反す

る行為かについても怒りをもって語っている。

『厚労省が「野菜 1 日350g」と言い出したので、そのまま「野菜を取らなければな

らない」と思っていましたが、フトしたことでその根拠を調べてみたら、「日本人がおおよ

そ 1日 280 グラムを食べていること、野菜は多めに摂る必要がある」というたった 2つの

根拠で 350 グラムとしたことがわかりました。』とのこと。

肉はたんぱく源として大切だし、みそ汁もご飯も必要なもの。また人間だから甘いもの

を食べるのも楽しみで、「楽しむのは良くない」などともいえない。

またさらに調べると、もともと「1日どのぐらいの野菜を食べている人が健康か」とい

うデータはないとのことだ。それは1日にどのぐらいの野菜を食べているかということは

測定していないからだそうだ。病院などで調べている例もあるのだが、それは健康な人で

はないし、個性もあるので、基礎データとしては使えないらしい。

つまり、最初から、「野菜は健康に良い」という先入観で決めているようだ。

さらに、ある時期に「緑黄色野菜は健康に良い」ということが言われた時期がある。し

かし、ある大学の教授で栄養学の専門家に「緑黄色野菜が体に良いと聞いていますが、現

在より多くとる必要があるというデータはありますか」とお聞きしたら、「特にない」との

ことだったそうだ。

さらに最近では「糖質忌避」がある。

人間は米や麦などの炭水化物や少量の砂糖、果糖などの糖分を取って生きるようにでき

ている。栄養が不足するときには、もっとも生産が楽な炭水化物で生存するに必要な糖質

を取るのが標準的で、それで人の体ができているはずだ。

ところが、最近では「むやみに食べたいので、栄養価の低いものでダイエットする」と

いう考えもある。しかし、世界はまだまだ食料が不足し、常時8億人程度の人が極度の飢

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えに苦しんでいる。その多くが発展途上国であり、そこには「日本向けの畑」というのが

ある。飢えて困っている人がいるのに、日本人がお金を払ってくれるからということで、

食料が日本に輸出されているのだ。実におかしい。自分は余計に食べたい、食べると太る、

だからといって食べる量は減らしたくないから、世界で飢えている人が多くても、太らな

い食べ物を余計に食べる、そして糖尿病などにならないように糖質を制限し、上質の牛肉

を食べるという、とんでもないことにもなっている。

たとえば牛肉は1㎏生産するのに、穀類を11㎏使うらしい。つまり米やトウモロコシ

を食べる代わりに牛肉でカロリーを取ろうとすると、11倍の食料が必要になるというこ

とだ。

とにかく、穀類や肉をバランスよく食べて、食料を浪費することをせず、その分で飢え

た子供を救おうとするのが人情ではないかと思う。

平成30年10月29日(月) 晴れ

ちょっと休憩。

笑点のお題から、18歳と81歳の違いについて。

〇心がもろいのが18才、骨がもろいのが81才

〇偏差値が気になるのが18才、血糖値が気になるのが81才

〇受験戦争を戦っているのが18才、アメリカと戦ったのが81才

〇恋に溺れるのが18才、風呂で溺れるのが81才

〇まだ何も知らないのが18才、もう何も覚えていないのが81才

〇東京オリンピックに出たいと思うのが18才、

東京オリンピックまで生きたいと思うのが81才

〇自分探しの旅をしているのが18才、

出掛けたまま分からなくなって 皆が探しているのが81才

〇「嵐」というと松本潤を思い出すのが18才、

鞍馬天狗の嵐寛寿郎を思い出すのが81才

〇ドキドキが止まらないのが18歳で、動悸が止まらないのが81歳。

〇早く「二十歳」になりたいと思うのが18才、

出来る事なら「二十歳」に戻りたいと思うのが81才

〇恋で胸を詰まらせるのが18歳、餅で喉を詰まらせるのが81歳

〇道路を暴走するのが18歳、逆走するのが81歳

〇社会に旅立つのが18歳。あの世に旅立つのが81歳

ついでに、イチローと1浪の違い?

〇 点を取れるのがイチロー、点を取れないのが一浪

〇 狙った所に落とせるのがイチロー、狙った所を落ちるのが一浪

〇 広角にヒットを打つのがイチロー、合格に嫉妬をするのが一浪

〇 一年間棒を振るのがイチロー、一年間を棒に振るのが一浪

〇 隙あれば本塁を狙うのがイチロー、隙だらけなのに本命を狙うのが一浪

〇 塁を盗んでチャンスを広げるのがイチロー、類と連んでチャンスを潰すのが一浪

〇 アナウンサーと結婚したのがイチロー、アナウンサーで結構するのが一浪

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〇 札を稼ぐのがイチロー、札がかかるのが一浪、札になったのが一葉

〇 鈴木はイチロー、代々木は一浪

〇 紳士な play をするのがイチロー、真摯に pray をするのが一浪

〇 二郎に変わらないのがイチロー、二浪に変わるのが一浪

〇 二塁に近いのがイチロー、二浪に近いのが一浪

〇 1 番イチロー、留守番一浪

〇 ホームに舞い戻るのがイチロー、マイホームに舞い戻るのが一浪

〇 かっこいいのがイチロー、(E)が一浪

〇 侍なのがイチロー、浪人なのが一浪

〇 一流なのがイチロー、一留するのが1浪

〇 コースを見極めるのがイチロー、講師を見定めるのが一浪

〇 独特の打法なのがイチロー、独学は無謀なのが一浪

〇 球場で疾走するのがイチロー、窮状で失踪するのが一浪

〇 また出塁するのがイチロー、また出願するのが一浪

〇 センターに足を警戒されるのがイチロー、センターの足(切り)を警戒するのが一浪

〇 球をこぼさないのがイチロー、たまに愚痴をこぼすのが一浪

平成30年10月26日(金) 曇りのち雨

2年生理系は大宰府と九州国立博物館。文系は柳川下りを予定していましたが生憎の雨

で大刀洗町平和祈念館に行きました。これで文理同じになりました。

大刀洗町平和祈念館では同じ年代の子たちが特攻で死んでいった話を食い入るように見

ていました。

絶対に戦争という愚かな行為をしてはいけないと誓ってくれていると思います。

平成30年10月25日(木) 晴れ

2年生は選択別研修。午前中はペーロンか九十九島、軍艦島のどれかのコース。午後か

らハウステンボス。夜9時まで。

1 年生は校外研修で、各方面の大学へ行っています。最終的には名古屋集合。

平成30年10月24日(水) 晴れ

2年生の修学旅行。今日は平和講演と長崎の原爆資料館見学、午後から市内見学です。

実力の差は小さい。でも、努力の差は大きい。

高校の時、ある同級生Оに言われた。「僕は中学校の時から、胃液を吐くほど勉強してい

るから、君たちには絶対に負けないし、負けられない。」と。すごい奴だった。勉強してい

るОの横に近寄るのも怖い、オーラを出していた。当然、Оは東京の大学に行って、官僚

にはならなかったものの、今は大手の金融機関の転勤族で、全国を飛び回っているらしい。

Оは田舎の長男で、家を継がせたかった父親はやっとそれを諦めた。力がなく、散々バ

カにしてきた次男が、今は家を継ぎ、田んぼの世話もし、両親の世話もしている。

その親の心中は如何なものかな?

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子が生まれた時、親にさせてもらい、その親は、自分の子は何でもできるスーパーマン

ではないかと思ってしまう。他の子より少しでも何かが勝っていると天才じゃないかと勘

違いしてしまう。

やがて、時が経つにつれ、「自分の子なんだから、大したことないな。」と徐々に冷静を

取り戻し、大人に成長したころには、「普通でいい。皆と同じぐらいがちょうどいい。」と

落ち着いて、子どもを見られるようになる。

平成30年10月23日(火) 晴れ

今日から2年生は修学旅行で長崎に行きます。3泊4日、いい思い出ができるといいで

すね。

私事ですが、2番目の子に言われたことがある。

「お父さんは入学式が2回目(1回目はお兄ちゃんの時)かもしれんけど、私は初めて

やでね。」

その通りです。機械のようなルーティーンワークなら、こういう時はこうだと勝手に決

め込み、その通りに進んでいくのがいわゆる常識。

でも、子育ては違う。

「どんなときも子どもと同じように、同じ目線、同じような立場で気持ちを持たなけれ

ばいけない。」と自戒したことを覚えている。

ただ、“前の時はこうやったなあ”という参考資料にはなりますね。

“口には出さず、自分の中で手持ちの資料として持っておけばいい。”という気持ちでい

ればいいかな。

そうだ!

みんな、初めての人生をやっているんだ。最初で最後の人生を。

その人の人生は、他のどの人とも同じなものは一つもない。みんな違っているのが当た

り前。それでいいんだ。

どんな人生にするかは自分で決めていこう。

自分で考え、自分で結論を出し、最後は自分で責任を取って、旅立っていくのかな。

平成30年10月22日(月) 晴れ

晴天が続いています。

明日から2年生は修学旅行で長崎に行きます。天気がよいといいなあ。

ふと、グラウンドを見ていたら、陸上のトラックって左回りに走っているよな、なぜ左

回りなんだろう?って、ふと思った。

近代陸上の歴史をたどると、昔は右回りだったそうだ。近代陸上は19世紀後半のイギ

リスで始まり、1896年の第1会オリンピックアテネ大会でもイギリスのルールを採用

したため、陸上のトラック競技は右回りで行われたともこと。

左回りとなったのは1912年に、国際陸上競技連盟が誕生したときにトラックのまわ

り方を左回りに統一したからだそうだ。左回りに決められた理由についてはいろいろな説

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があるみたいだ。

そんな中で、もっともらしい説は、「足の機能による違い」ではないかと言われている。

足は左と右で機能が異なるらしい。左足は体を支える役目を持ち、右足はドライブをかけ

て推進する働きをするとのことで、これは、右利き、左利きに関係ないらしい。トラック

のカーブを曲がるとき、左足で体を支えながら、右足で加速して走るので、左回りのほう

が理にかなっているとのこと。その真偽を確かめるべく、いろいろ調べてみるのも面白い

かと思う。

平成30年10月19日(金) 晴れ

晴天が続いています。

一週間、晴れました。穏やかな秋日和。収穫を終え、これからいろいろな場所で収穫祭

が行われます。“実りの秋”ならぬ、“実った秋”の展示会がいろいろな場所で行われます。

楽しみです。

ところで、“レジリエンス”という言葉を聞いたことがありますか?

“レジリエンス(Resilience)”とは、「回復力」「復元力」あるいは「弾力性」とも訳さ

れる言葉です。元々は物理用語や生態学の用語ですが、最近ではとりわけ心理学の分野で

よく聞かれる言葉だそうです。

簡単に言うと、「打たれ強さ」、「折れにくさ」、「しなやかな強さ」のことです。

日常生活においては、“少々のことにへこたれるな。”、“悔しいと思ったら、「なにっ、く

そっ」って思え。”、“人をバカにしたり、いじめてきたやつがいたら、そいつを見返してや

れ、やり返してやれ、負けていてはだめだ。”と言うことかな?

“レジリエンス”には明確な定義はありません。分野によっても定義が異なっているし、

そういった意味では定義が曖昧な言葉とさえ言えます。明確な定義がないからこそいろい

ろな分野において注目されているのかもしれません。つまり、“レジリエンス”という言葉

そのものが、とても“レジリエンス”がある言葉なのではないでしょうか。だからこそ、

柔軟に個人や組織といった様々な状況、環境に対応できるのだと思います。

レジリエンスを理解する上で、もっとも適切な言葉は「しなやかさ」という言葉だと思

います。例えば海を泳ぐ魚が水中に「強い」という特性があっても、地上ではその強みが

「弱さ」に変わります。会社では部下に恐れられる厳格な上司が、家庭では奥さんに頭が

あがらないことなんてよくあります。つまり「強さ」の概念とは状況によって変わるもの

です。木の枝も堅い場合、「ポキッ!」折れますが、しなやかな枝はなかなか折れません。

「しなやか」というのは、釣竿のようなものです。釣竿は大きな負荷がかかっても簡単

には折れません。しかも負荷がかからなくなれば、通常の形状に戻ってしまいます。

レジリエンスとは簡単にいうと「しなやかな強さ」のことなのです。

折れない心、しなやかに対応できる心を持って、雄々しく生きていきたい。

平成30年10月18日(木) 晴れ

晴天が続いています。

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今日、他校へ行って、若い先生方の前で、話をしました。

今、自分が語れることを語ってきましたが、その先生方には伝わったのか、それとも、

無駄な時間だったのかはわかりません。感想を聞きたかったなあ。

平成30年10月17日(水) 晴れ

朝からさわやかな朝です。

インターネットを見ていたら、昨夜、こんな記事があった。

本当なのかな?

「小中学校などでの教員不足の深刻化を受け、文部科学省は、教員免許が失効した教員

退職者や民間企業に勤務した免許保持者らに対し、一定の条件で「臨時免許」を与え、教

員として採用することを認める方針を固めた。教員が足りず必要な授業が行えない学校も

あり、教員免許制度の弾力的な運用が必要だと判断した。教員免許を巡っては、2009

年度に有効期限を10年間とする更新制が導入され、大学などで30時間以上の講習を受

けなければ免許が失効して学校で教えることができなくなった。しかし、今後は、教員を

採用する都道府県教育委員会の判断で3年間有効な「臨時免許」を与え、授業を行えるよ

うにする。」とのこと。

現在、いろいろな場合の代替の講師がなかなか見つからず、やむなく授業を畳むしかな

い状況があちこちで起きている。

免許更新制度ができて教員免許を所持していても、10年過ぎて免許が失効している人

が多い。特に女性の多い教科は“絶滅危惧教科”になっていると思う。

教壇に立つためには,自費(3万円手続きに3千円)を出して更新講習を申し込み、必

要科目に合格しなければならない。これは現役教員にも負担になっているし、講師とて同

じだ。

実際に期限を間違えて失効して、失職する現役教員も出ている。65歳以上の永久免許

の高齢者は授業中に命をなくすかもしれないから不安。高齢で、自分で費用を払ってまで

教員免許の更新をしないという方もいるでしょう。若い人だって、免許を持っていても、

教員をしていなければお金を払ってまであえて更新する方も少ないでしょう。

こうなることは、火を見るより明らかだったと思う。

もともとは不適格教員を排除することから始まった政策が思いもよらぬ方向に進展して

いっているような気がする。

法律などは刻々と変わっている。それを扱う弁護士、裁判官には、なぜ更新講習はない

のか?

技術も日進月歩しているこの時代に、医師の免許更新は、なぜないのか?

おかしい? 何か別の力が働いているような気がしてならない。

「3年有効の臨時免許状」を発行すると、更新講習で自費はかからなくなる。

現役教員の免許状更新制度は何なのか、そして、失効してしまった元教員はどうなるの

か。

その場しのぎの政策でしかないように思うのは私だけでしょうか?

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平成30年10月16日(火) 晴れ

朝、ひんやりとしていたが、さわやかな朝でした。

最近の子どもたちを見ていると、スマートでおとなしく、年齢よりも幼く感じるのは私

だけでしょうか。

もっと、がつがつとして荒々しく感じさせる場面が少ない。なんか寂しい。

相手の痛みを知るということは、自分が痛い目に合わないと実感できない。

失敗してみないと、成功したときの実感がわかない。

経験することは何物にも代え難いものだと私は信じている。

取り返しのつかないようなことはしてはいけないが、子どもならもっと悪さをしてもい

いのではないか。その時に注意されることで成長していくような気がする。それがその子

の生き方につながっていくと思う。

“転ばぬ先の杖”ではないが、昨今は親が杖を出しすぎて、子どもが上手に転べない。

力をうまく逃がして怪我しないように体が反応しない。その結果、大きな怪我に繋がって

いる。

転んだときにどう立ち上がるかが大事だと思う。何回も転んだっていいじゃないか。そ

の都度起き上がればいい。何度でもやり直せる。若いということは時間があるし、何度で

もやり直せる時間があるということ。それが若者の特権だと思う。

時間と言えば、一生を24時間で表現するとどうなるかを、以前、担任の時にLHRで

行ったことがあった。

当時は計算しやすいように、人の一生を72歳の寿命と考えてやってみた。それでやる

と1時間は3歳の計算だ。18歳は午前6時。まだまだ朝が始まったばかり。当時30歳

の私は午前10時だった。

それから時は経ち、平均寿命も延びた。今、計算しやすいように84歳とすると、1時

間は3.5歳。高校生は午前5時ぐらいになる。私はというと、午後・・・時だ!ガーン!

自分がどの位置にいるのか見てみると面白い。

でも、寿命は人それぞれ。明日の命はわからない。いつ死ぬかはわからない。100歳

を超えて生きるかもしれないし、明日いないかもしれない。人の生きた価値は年数ではな

く、いかに中身の濃かった人生を全うするかが大事なのかもしれない。

長生きすれば、辛いこともいっぱいあるだろう。でも、うれしいこともいっぱいあるか

もしれない。とにかく、長く生きて、いろんなことをまだまだ味わいえたらいいな。

平成30年10月15日(月) 曇りのち晴れ

今週は、いつもの秋らしく、晴天が続きそうです。

秋は稲刈りのシーズンなので、毎年、秋は毎日天気を気にしながら、しかも土日の休み

にできるかを気にしながら生活していました。

でも、個人的には、もう来年からは気にしなくても良さそうです。

これで私の稲作を終わりにしました。

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小さいときは家族でやっていた稲作。

今でもそうですが、大した面積の土地でなければ、米作りだけでは食べていけるような

世の中ではありません。

当然、当時の我が家も兼業農家であり、父が中心でやっていました。

私は手伝いで、頼まれたらやる程度。責任もあまりありませんでした。

でも、中学の時、母が亡くなり、すぐに祖父もなくなり、父が一人で農作業をこなすの

は大変なことはわかってはいたので、弟と進んでやりました。中学3年の時、月曜日に試

験があったけど日曜日に田植えがあり、ビニール袋に本を入れて休憩時に勉強したことを

今でも覚えています。

大した面積ではないが3人で苗を植えることの大変さは、もう二度と味わいたくない。

その後、貧乏であった我が家は、すぐではないが、なけなしのお金をはたいて田植え機

を買った。あの時はうれしかった。

稲刈りも鎌で刈り取り、竹の稲架(はざ)にかけ、2,3週間干し、脱穀をする。かま

すと言ってむしろを二つ折りにして縄で縫った袋に籾を入れて家に持ち帰った。11月ぐ

らいに自宅で籾摺りをして、やっと玄米になった。

小学生の時、脱穀機は稲をいれると、籾をすごいてくれる機械がすでにあった。

やがて、稲を鎌で刈り取ることはなくなり、バインダーという、耕運機に似た刈り取り

機を買った。その後、数年して脱穀機は自走式のキャタピラーで動くハーベスタに買い替

えた。稲架から降ろしながらの脱穀は画期的だった。やがて、バインダーとハーベスタが

一緒になりコンバインになった。父が亡くなる直前に買った。

父はそのコンバインを使うこともなく旅立った。

そのコンバインを、私が使うことになった。

脱穀して、籾にした後、乾燥させて籾摺りをするのだが、小さい頃、自宅でやっていて、

そのほこりが近所に行くので、よく文句を言われた。

最近は義親のところへ持っていき、乾燥と籾摺りをやってもらっていた。

父が亡くなってからの稲作は、何をするにも自分で決めて自分で動くしかなかった。

だから、亡くなってしばらくは、父が隣にいつもいるような錯覚を起こし、ふと尋ねて

いた自分がいたが、当然、父はいないので返事もない。

今、毎年手伝ってくれている義親にも田んぼがあり、その合間の我が家の田んぼの手伝

い。お互いに寄る年波もあり、私の、人をあてにした稲作は迷惑千万だと思いながら、ず

るずるとここまで来てしまった。

今年の田植えの前に、ある人から、「あんたは趣味でやっているのか知らないけれど、子

どもをあてにしたらあかん。子どもに迷惑をかけたらあかん。子どもには子どもの人生が

ある。子どもには子どもの生活がある。」と言われ、決心が着いた。ある意味、背中をして

もらえたと思った。

6月、田植えをしている時、「来年は、この作業、もうしてないな。」と思いながらやっ

た。

夏のくそ暑い中での草取りも、「これで来年はないな。」と思うと、感慨深げで、いつも

より頻繁に田んぼに出かけた。

稲刈りは、コンバインに乗りながら、父が亡くなって13年。自分が主となって14回

目。機械の劣化もあり、「最後まで無事に終わってくれ。」と思うと同時に、「今までありが

とう。」という感謝の言葉が頭の中を駆け巡っていた。

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最後は1反(1000㎡)あたり10俵(1 俵は60㎏)もできたらすごいと言われて

いるが、9俵のお米がとれました。それもとてもいい粒でした。

最後に有終の美を飾れました。

私の田んぼの周りも、多くの方が田んぼをやめ、宅地になり、住宅が建っていっていま

す。

昔、「じいちゃん、ばあちゃん、母ちゃん」の3ちゃん農業と言われて久しかったが、農

業を継ぐ者もいなくなり、土地は荒れ地になる前に売られていく。

親の跡を継ぐなどというのは時代錯誤かもしれない。そんな悠長なことは言っておられ

ない。

後を継いで生活ができるならよいが、多くは親と違う職業を選択する場合が多い。

だから、生活するために、地元から旅立つのだろう。

親を面倒見るために、親に縛られていてはいけない。その子にはその子の人生がある。

その子の人生を、「長男だから」とか、「長女だから」と言って、縛ってはいけない。

「婿養子を取る」とか「嫁にもらう」などという言葉はすでに死語になる。

子どもたちの生活や結婚は、子どもたちのものであり、“家”のものではない。“親”の

ものでもない。

こうして日本の農業は、そして日本の田舎は荒廃していき、都会に人が集中していくの

だなと感じています。

平成30年10月12日(金) 晴れ

晴れた。うれしいな。

嫌なことは賢くなるチャンス。

いい日もあれば悪い日もある。でも、それは自分の心の持ち方一つだと思う。

自分にとっていい日だったら「ラッキー」だと思い、よくない日だったら、「神様が賢く

なるチャンスをくれた」んだと思うとよいかな。

平成30年10月11日(木) 曇りのち雨

今日も雨は降らないでほしいなあと思っていたが、寒冷前線の通過に伴い雨が降ります

が、その通過が遅いので、明日の未明にずれ込むかな? 個人的には困った。

ところで、本校の姉妹校である、イギリスのヘイドン高から、「来年、関高校を訪問した

い」とのメールをもらった。大歓迎だ。私たちも楽しみです。

さて、“挨拶”は自然にできるといいと思います。

「おはようございます」、「こんにちは」、「こんばんわ」、「ありがとうございます」、「ご

めんなさい」など、会釈と笑顔など表情もまじえるといいなあ。

無理やりやらされている感のある挨拶は、どこか空々しさを覚える。

先輩が校舎の角を曲がって見えなくなるまで、45度に腰を曲げて頭を下げるあいさつ。

それって礼儀なのかな。先輩や年長者を敬う方法って別にもあると思うけど。どこか、軍

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隊のようにきちんとしないといけないと、勘違いしているところもある。

勘違いといえば、考えの堅い先生(若くても考えが凝り固まっている、若年寄もいる)

が、「この学校に入学させた以上は、この学校で卒業させるのが当たり前であり、転学させ

たり、退学させるのは、教師として使命感がない」と、以前勤務した学校で、意見された

ことがあった。

多くの生徒はその学校のすべてを知って入ってくるわけではない。

「こんなはずじゃなかった」と思っても、我慢して在学している生徒も多いはずだ。

この学校に我慢できなくなったり、ミスマッチだと感じたら、居場所を変えればよい。

その子が一番居やすい場所を考えてあげるのも、教師ではないかと思っている。この世の

中のどこか自分が居やすい場所があれば安心して生きていけると思う。生きていけること

自体が大切であって、苦しんで生きていくことを是としなくてもよい人がいたっていいで

はないか。ある意味、自己満足に近い、凝り固まった考え方を教師が持って、それを生徒

に押し付けるのは、生徒にとっては、迷惑な話であることもある。その子その子にあった

指導法は百人百様。子どもたちが生きていきやすい場所を作ってあげることも大切だと、

私は思う。

ちなみに、「ありがとう」と「ごめんなさい」は自分が先に言うといいかな。

自分が先に言うことで、誰とでも良好な関係が作られるのではないでしょうか。

だまされたと思って実践してみてください。

平成30年10月10日(水) 曇り

今日、雨は降らないでほしいなあ。

今日から14日まで、関市文化会館で関高OB展(芸術関係)が開催されます。

以前、祝日法が改正される前までは、10月10日は体育の日で祝日だった。

ハッピーマンデーとやらで、体育の日は10月10日ではなくなった。

「10月10日が東京の晴れの特異日であったことから、1964年の東京オリンピッ

クの開会式の日に選ばれた」と俗説では言われているが、どうも、10月10日は統計的

に晴れが多い日とは言い難いらしい。

1959年発行「気象学ハンドブック」によれば、10月の特異日は14日とされてお

り、事実、1971年から2000年までの30年間のデータをみても、雨が全く降らな

かった日は、10月9日が17回、10日が19回、11日が14回と大きな差はないっ

とのことだ。

ちなみに、他の特異日は次の通りだそうだ。

1月16日 - 晴れの特異日。

3月14日 - 晴れの特異日。

3月30日 - 雨の特異日。

4月 6日 - 花冷えの特異日。

6月 1日 - 晴れの特異日。

6月28日 - 雨の特異日。東京では50%以上の確率で雨が降るとのこと。

7月17日 - 雨の特異日。

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8月18日 - 猛暑の特異日。

9月12日 - 雨の特異日。

9月17日 - 台風襲来の特異日。統計上、台風が日本列島に上陸する回数が多い。

9月26日 - 台風襲来の特異日。統計上、台風が日本列島に上陸する回数が多い。

11月 3日 - 晴れの特異日。好天に恵まれています。明治天皇の誕生日で明治節と

も言われていた。

1959年に日本オリンピック委員会から気象庁に、「日本の戦後の復興を世界に見せる

ために、絶対に晴れる日を開会式に選びたい」との依頼があり、秋晴れの10月がまず選

ばれた(5月の五月晴れではヨーロッパの選手が寒い時期に調整となるため配慮されたら

しい)。気象庁の調査結果では、10月に最も晴れる確率が高いのは15日、次点が10日

であった。

日本オリンピック委員会は、1964年10月15日は木曜日で平日なのに対し、10

日は土曜日であることを重視し、10月10日に決定したとのことだ。10月10日は「特

異日」というほど晴れが多いわけではないが、日本オリンピック委員会の絶対に晴れにし

たいという思いから、晴れる確率ができるだけ高い日が選ばれたと考えられる。

また、7月7日は七夕にもかかわらず晴れる確率が低いことで知られているが、雨や曇

りの特異日というわけではない。これは、梅雨時のために、前後の日も同様に雨や曇りが

多いからである。ただし、本来、七夕に当たる日は旧暦で判断されて然るべきであり、も

っともだとも言われる。

天気の特異日が起こる原因についてははっきりしないが、いつか原因がわかると、天気

予報の確率も格段に上がることが期待される。

平成30年10月 9日(火) 晴れ

好天に恵まれています。

暑い。

台風25号も大きな影響がなくホッとしました。

今日、イギリス研修から30名の生徒と引率の2名の先生が帰国しました。

無事に帰国し、まずは一安心です。お疲れさまでした。

ぜひ、残っていた生徒に還元してくれることを期待しています。

平成30年10月 5日(金) 曇り

1 日曇りか? 蒸し暑い。

台風25号がまた日本に接近しています。三連休は台風25号が日本海を進み、南風で

季節外れの暑さになるとのこと。標高の高い山は紅葉シーズンへ向かう。

給食の時の出来事。私の見た体験談ばかりではありませんが、

〇 小学2年生の時。チーズの嫌いな子が、「いい天気だなあ。」と言ってそっと、外に向

かって、捨てた。

溝に落ちた。

一緒に給食を食べていた先生はすかさず見ていて、こう言った

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「拾ってきなさい。」

彼は渋々、外に出て行って、拾ってきた。

戻ってきた彼に先生はすかさず言った。

「食べなさい。」

溝は、汚れた水でいっぱいになっていた中に落ちて、それを食べさせるのかと子ども

心に怖かった。

〇 厳しい家庭科の先生が担任のクラス。

反論することを許さず、「残さず食べなさい。」と言われていた。

ある日のこと。

ホワイトスープが出た。瞬く間に給食の時間が終わった。

その先生に怒られるのが怖くて、ある男の子は、服のポケットに流し込んだ。

当然、その子のポケットの中どころか、外からも見えるほど、べたべた。

でも、その担任の先生は素知らぬ顔。

「うちのクラスは皆、給食時間内にたべています。」と言っておられた。

〇 何年生か忘れたが、当時、給食のあとに掃除の時間があった時があった。

給食が終わっても食べ切れてない人は、掃除の時間を使ってでも給食を残さず食べる

ような指導があった。だからほこりの立つ中で給食を食べていた。不衛生だったし、掃

除の子に悪い気がすると言っていた。

このように、「給食が拷問だった。」と言っていた人もいた。

また、休んだ子のところへ、パンや持っていけるものを包んで、その子の近くの子が

持って行っていたことがあったなあ。

今は昔となってしまった話です。

今、給食は、バイキング給食、リクエスト給食など、給食が楽しいことばかりじゃな

いかな? 給食を楽しみにして言っている子が多いとも聞くし、給食だけ食べに行って

いる子もいると聞く?

ちなみに、こんなこともありました。

〇 ある男の担任の先生。

給食の時間は日替わりで各グループを回っていた。

ある日、話に夢中になり、カレーうどんの器の中にネクタイが入ってしまった。

それを見ていた子どもの中の一人がたまたま牛乳を飲んでいた。

“バァーッ”と霧状に吹き出してしまい、周りの子が給食を食べられなくなってしま

ったことがあった。

平成30年10月 4日(木) 雨

朝から曇って、また雨が降る予想です。台風25号がまた日本に接近しています。

『アンパンマン』の「本当に信じられる正義」について

昨日、10月3日はアンパンマンの日。

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1988年のこの日に日本テレビでアンパンマンの第一回が放送された。

日本のヒーローはほとんどの場合犯罪者を自分で裁き私刑を行う。アンパンマンは違う。

『絶望の隣は希望です!』(やなせたかし著/小学館)の中で、やなせたかし先生はこん

な話をされています。

やなせ先生は、『アンパンマン』まではマンガ家としての代表作が自分にはないことがコ

ンプレックスだったそうです。

生活が苦しいわけではないけれどこのまま年を重ねていくのは寂しい。そんな中、描か

れたのが『あんぱんまん』でした。(第一作は、ひらがなで『あんぱんまん』)

やなせ先生は、お兄さんを戦争で亡くしておられます。

先生自身も、運良く戦闘が行われなかった地域を転々としていたそうなのですが、そう

やって悲惨な戦場を体験することもなく生き延びてしまったことは、客観的にみれば幸運

ではあっても、本人にとっては辛くもあったのだそうです。

軍の命令で中国に派兵され、遥か上海にまで行ったけれど、そのとき教えられたのは、

中国の民衆が困って苦しんでいるから助け、彼らを解放しなくてはならない。これは正義

のための戦いなのだということでした。

ところが戦争が終わると、「日本軍が中国民衆を苛めた悪魔だ」ということになり、向こ

うが正義で、こっちが悪だとすり替わってしまった。正義というのはある日を境に、いと

も簡単に逆転してしまう。いかに正義というものが信じ難いものか。青春を犠牲にしてま

で信じてきた正義とはいったい何だったのかと、やなせ先生は大きな衝撃を受けました。

「正義とは何か?」と自分自身に問いかけた結果生まれたのが、『アンパンマン』だった。

”覆らない正義”というのは、「ひもじい人を助ける」ということだ。ひもじい人をこの

世からなくすことじゃないかって。これは日本にいようが、アメリカにいようが、どこへ

行っても正しいこと。どこの国でも唯一、変わらぬ正義です。たとえ戦争のまっただ中で

も困っている人には手を差しのべ、飢え死にしそうな人には食べものを分けてあげたいと

いう気持ちは共通のはず。そう信じたくて、そんな思いから、困っているという人には自

分の顔をちぎって食べさせる、心優しいアンパンマンを誕生させることに繋がりました。

『あんぱんまん』が、はじめて世に出たのは、1973 年。やなせさんは 50 代半ば。ただ、

『あんぱんまん』の船出は、大変厳しいものでした。

最初の絵本に登場した『あんぱんまん』は、ボロボロのつぎはぎだらけのマントを着て

います。なぜかといえば、正義のために戦う人は、多分貧しくて新しいマントは買えない

と思ったからだそうです。

この絵本で描きたかったのは、お腹を空かせている子どもに顔を食べさせて顔がなくな

ってしまった『あんぱんまん』が空を飛ぶところです。けれど、顔がなくなった『あんぱ

んまん』はエネルギーを失って失速する。この部分をいちばん描きたかったのだそうです。

でも、こんなカッコ悪いヒーローに子どもたちが拍手をするはずがない。この絵本はき

っと売れないだろうと思われました。編集部でも顔をしかめる人ばかりでした。

「やなせさん、こんな絵本はこれっきりにしてください。」そういわれて散々でした。

やなせ先生自身も自信がなく、初版本のあとがきに、「さて、こんな『あんぱんまん』を、

子どもたちは好きになってくれるでしょうか。それとも、やはりテレビの人気者のほうが

いいでしょうか?」と心細いことを書いています。『あんぱんまん』は誰にも期待されない

でひそやかに出発したのでした。当初は売れないどころか大バッシングを受けたそうです。

「顔をちぎって食べさせるなんて、あまりにもひどすぎる。絵本というのは、子どもた

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ちに夢を与えるものでしょ。この作者は、いったい何を考えているのかしら」

幼稚園の先生からすぐ文句が来ました。出版社からも、

「顔を食べさせるなんて荒唐無稽だ。もう二度とあんな本を描かないでください」

と、ダメ押しをされ、児童書の専門家からは、

「ああいう絵本は、図書館に置くべきではない」

とまでいわれました。

でも正義を行い、人を助けようと思ったなら、本人も傷つくことを覚悟しないといけな

いのです。自己犠牲の覚悟がないと正義というのは行えないのです。

こうして、『アンパンマン』は生まれてすぐに大ピンチに陥りました。

ところが、出版されて5年経ったくらいから、『アンパンマン』を取り巻く状況が、変わ

ってきました。やなせさんは、もう60歳目前。

ところが、3~5歳児の間でじわじわと人気が出てきたのです。図書館ではいつも貸し

出し中で、保育園や幼稚園でも、みんな『アンパンマン』ばっかり読むから、何度買い替

えてもボロボロになるというのです。

絵本の出版元であるフレーベル館は一行の宣伝もしない地味な出版社でしたが、一人で

に子どもたちの間でその輪を広げるようになったのです。

やなせ先生が講演の仕事で地方へ行くと、幼稚園の先生がニコニコ笑いながら「お待ち

しておりました。うちの園では、『アンパンマン』が大好評なんですよ」、なんてまるで手

のひらを返すように態度が変わり、扱い方が違ってきました。コーヒーなんか出されたり

して、いったい、どうなっちゃったのだろうかと面食らってしまったそうです。

そうなると出版社側もたちまち方針が変わって「やなせ先生、どんどん描いてください」

と。1年で25冊もアンパンマンシリーズを描かなければならなくなりました。

平仮名の『あんぱんまん』はこうして片仮名の『アンパンマン』になり、読者の中心が

2~3歳児だったので、『アンパンマン』の体形も変化し、三頭身の幼児体形になりました。

大人たちから、さんざんバッシングされ、消えていこうとしてた『アンパンマン』のピ

ンチを救ったのは、子どもたちだったのです。

やなせ先生は、子どもを子ども扱いしていません。子どもが対象だからといってレベル

を下げる必要はないとも言い切っておられます。

「覆らない正義というのは、『ひもじい人を助ける』ということ」

「正義を行い、人を助けようと思ったなら、本人も傷つくことを覚悟しないといけない。

自己犠牲の覚悟がないと、正義というのは行えない」

『アンパンマン』が子どもたちに愛されているのは、「単純な勧善懲悪」だけではなくて、

そこに「痛み」や「残酷さ」が秘められているからなのではないかという気がします。

平成30年10月 3日(水) 晴れ

朝からさわやかです。

朝、7時、生徒30人がイギリスへ研修に旅立ちました。

10月9日までです。

いっぱいの思い出と土産話を持って帰ってきてください。

「向き不向きより、前向き」

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その仕事が自分に向いているのかいないのかなんて、なってみないとわからない。

ずっと以前の、ある実習生の話。

「自分はこの職業に向いているかわからないから、教員になるか迷っている。」と言って

いた。

どんな職業でも自分に向いているのかいないのかなんてわからないと思う。

自分を客観的に見て、その職業に向いていると思って、その職業を選んでいる人ってど

のくらいいるのだろうか。

多くの人はその仕事に対して好感を持ち、好きだからとか、興味があるからとかの理由

ではなかろうか。

その職業を長く続けていくことで、それが自分に合っていくのではないだろうか。

やってみてわかることだが、自分が思っていたことと違うからと投げ出すのか、いや、

頑張って我慢して続けるか、それが分岐点だ。

“人生、分岐の連続”である。

分岐点で、方向を変えるか、継続するか、右に行くか左に行くか、選択に迫られる場面

が往々にしてある。

選択するための情報は、過去の経験と手持ちの情報。

失敗経験を多くした方が、後々の人生にプラスになると思う。

たまたま成功するのは、成功体験にはなるが、“ビギナーズラック”というもので再現性

がない場合が多い。

分岐点に来た時に多くの情報と過去の経験で、結果論において、ベストではないかもし

れないが、その時のベターな選択ができればいいと思う。

そのことが、自分にとって向いているのか向いていないかよりも、真正面から向き合い、

前向きでありたい。

目の前に立ちはだかった問題には、そのことが自分にとって意味があるかどうかよりも

一生懸命立ち向かう姿勢とバイタリティを持ちたいと思う。

平成30年10月 2日(火) 晴れ

朝からさわやかですが、日に日に夜明けが遅くなり、日暮れが早くなっている。しばら

くすると秋から冬へ。

今週末に台風が接近している。25号だ。心配です。

長続きする晴れ間が欲しい。

ノーベル医学生理学賞の発表が昨日午後にあった。

本庶佑・京大名誉教授が受賞した。

先生は、研究で大事なのは「自分の目で確信ができるまでやること」と言われました。

さらに、著名な科学誌「ネイチャー」と「サイエンス」を挙げてこう語った。

『私自身のモットーは、「なにか知りたいという好奇心」と、もう一つは簡単に信じない

こと。よくマスコミの人は「ネイチャー、サイエンスに出ているからどうだ」という話を

されるけども、「ネイチャー、サイエンスに出ているものの9割は嘘で、10年経ったら残

って1割だ」といつも言っているし、大体そうだと思っています。

まず、論文とか書いてあることを信じない。自分の目で確信ができるまでやる。それが

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僕のサイエンスに対する基本的なやり方だ。』

つまり、自分の頭で考えて、納得できるまでとことんやるということです。

また、子どもたちに育んでほしいのは、「不思議だなと思う心」だそうです。

そして、将来、研究者の道に進む夢を見る子どもたちに、こんなメッセージを語った。

『研究者になるにあたって大事なのは「知りたい」と思うこと、「不思議だな」と思う心

を大切にすること、教科書に書いてあることを信じないこと、常に疑いを持って「本当は

どうなっているのだろう」と。 自分の目で、ものを見る。そして納得する。そこまで諦め

ない。そういう小中学生に、研究の道を志してほしい。』とのことです。

ところで、この免疫療法で思い出したが、気になっていることがある。

日本医科大学丸山先生が考案した、「丸山ワクチン」です。ずいぶん前からこの免疫療法

があるのですが、国の承認を得ていません。治験薬にはなっているのですが。何か別の力

が働いているような気がしてなりません。人のためになるものはすべての垣根を越えるべ

きだと思います。

平成30年10月 1日(月) 曇りのち晴れ

台風一過の晴れ。でも。昨晩は9月4日の台風のトラウマになり、ものすごい風が吹く

のではないかと案じていました。台風の中心もこの付近を通り大きな被害が出なければい

いなと不安でいっぱいでしたが、朝、お日様を見て、そして周りを見て、私は安堵しまし

た。皆さんお回りではどうですか?

今日は後期の始業式でした。

始業に際し、失敗をどんどんしよう、そして何度失敗してもその都度、起き上がろう、

経験をいっぱいして、これから自分の前に立ちはだかる問題を解決していこう。

それから、

〇自らで考え、行動し、その結果は人のせいにせず、自分で責任を持つ、すなわち自分

でじぶんの尻を拭くこと。

〇察するということ。なぜあの人はこう言うのか、こういう行動をするのか、いろいろ

なことから察して欲しい。「見えないものを見る力」を養ってほしい。

〇最後に、謙虚に生きよう。そして、どんなことにも感謝して生きていこう。

ただ、こう考える人がいるが、そうでなくても構わない。

目標をもって生きていってほしい。なくてもかまわないが、あれば指針ができ、生きて

いくのに張りが出るのではないかと思う。

そして、もっと、自分が関高生であることに自信をもち、前に向かって雄々しく生きて

いってほしい。君たちは“できる人”だと思う。でも、さらにその上の、人として、“でき

た人”を目指してほしいと切に願う。

平成30年 9月28日(金) 晴れ

嵐の前の静けさ。台風24号が刻一刻と近づいてきています。9月30日から10月1

日にかけて日本列島を縦断し、岐阜県の上空を通過するような予報です。

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今日は期間休業。SGHでいくつかのツアーに分かれて大学巡りをする生徒や、中学校

へ授業アシスタントに行く生徒、部活動をする生徒がいます。先生たちは採点にかかりっ

きりかな?

平成30年 9月27日(木) 雨のち曇り

前期末考査最終日。今日、明日と中学校へ授業アシスタントに行く生徒が40名強いま

す。ぜひ教員になりたいという気持ちを持ってくれるといいと願っています。

台風24号が本当に日本に近づき、9月30日か10月1日にかけて日本列島を縦断す

るような予報です。この前の9月4日のようなコースを通らなければよいがと心配してい

ます。

いろいろな情報を結び付けて、生きていく知恵をつけましょう。

例えば、「日本国内で取引されるかぼちゃは、北海道産のものとオーストラリア産のもの

が多い。オーストラリアからかぼちゃが輸入されている理由を答えなさい」という問題が

あったとしましょう。

今、かぼちゃは年間を通して食べられるし、煮物やサラダ・スープなど、春夏秋冬いつ

でも食べられるものだと思います。かぼちゃは秋から冬にかけて収穫できますが、春や夏

に食べたい需要もあります。

キーワードは、多分、「南半球は季節が逆」という知識だと思います。だからこそ、オー

ストラリアなのです。オーストラリアなら、日本とは季節が逆ですから、日本が春や夏の

タイミングで収穫できるのです。これがこの問題の答えではないかと思います。

多くの問題は、「すごく単純な知識をうまくつなげれば解ける問題」だと思います。

「豊富な知識量」≠「頭がよい」のではなく、「関連づける力」=「つなげる力」=「頭

がよい」ということ、即ち、「頭がよい」人というのは、「持っている知識を関連づけて問

題を解決することができる能力のある」人のことではないでしょうか。

いくら知識量が多くたって、それらが関連付けられて活かせられなければ、ただの情報

です。少ない知識でもいいから、それらを使いこなし、「つなげる」力があれば、頭のよい

ということになるのではないでしょうか。

たとえば、「オーストラリア」→「南半球」→「季節が逆」とつなげられれば、先程の問

題は解けます。または、普段食べている野菜の原産地を、一度でも自分の持っている知識

とつなげて考察してみた経験のある人なら解けます。

科目や分野にかかわらず、何かと何かをつなげて思考を深めることができる状態が「頭

がよい」ということなのではないでしょうか。

ニュースや日常の出来事など、どんな些細な身の回りのことでもいいから、まったく関

係ないと思われるような情報と情報とをつなげる実践をしてみましょう。

平成30年 9月26日(水) 曇りのち雨

台風24号が日本に近づくように進路を変えつつあります。

前線も停滞し、台風の動きがゆっくりなので大雨に注意しなければなりませんね。

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笑顔は人を幸せにする。

1.「笑顔の挨拶に勝るものなし」

朝、下足場所で挨拶をしていると、全員の生徒がきちんとこちらを見て会釈し、

挨拶を返してくれます。しかも多くの生徒が笑顔です。作り笑いでもなければ、強

制されてもいない、自然な笑顔で、清々しい気持ちになれます。

ところで、人に会った時と別れ際の笑顔は、相手の心に強く残るものです。爽や

かな笑顔で挨拶できる人はとても魅力的です。この時の笑顔は、相手を大切に思っ

ている証拠。作り笑顔ではなく、心から笑っていることを意識するといいですね。

2.「嬉しい! 楽しい! をアピール」

表情が豊かな人は一緒にいるだけで楽しくなり、周りの人を魅了します。特に「嬉

しい」「楽しい」といったポジティブな気持ちを素直に表情に出せる人は、明るく華

やかにみえます。ずっと同じ笑顔でいるのではなく、会話の内容によって表情を変

えられれば、さらに好印象を持たれるのではないかと思いますが、無理しないこと。

3.「おいしいものを笑顔で食べる」

おいしいものを食べている時の幸せそうな笑顔も、人を魅了する素敵な表情です。

しかし、わざとらしく大げさに表現する必要はありません。一緒に食事をする相

手が笑顔で食べていてくれたら、それだけでも幸せな気分になれるものです。自然

に出てくる表情が豊かな人ほど、充実した生活が送れているように見え、より魅力

的な印象を与えてくれます。

笑顔だけでなく、悲しい時や怒っている時など、人は色々な感情で表情が変わります。

人間ですからそれは当然のことです。しかし、できれば、どんなときも周りの人が幸せ

になれるような笑顔で接する事ができるといいですね。

平成30年 9月25日(火) 雨

今朝も雨。台風24号の動きが気になる。秋雨前線が停滞?

明日は、天気は回復するかな?

日照時間が今月は少なく、また雨も多いので農作物に影響があるのでは。

野菜などの秋が旬の野菜の高騰が懸念されそう。

先日、こんな話を聞いてなるほどと思いました。

危機管理の「さしすせそ」の(さ)は最悪を想定してということですが、その先をさら

に想定してその後どう進展、展開していくかを予見することが大事だということです。

なるほど。最悪を想定することはできる。でもそれが最悪なのかどうかはわからない。

自分が思っているだけかもしれない。最悪を想定しても想定外なことはいっぱいある。い

くつかのパターンを想定し、その後の顛末がどうなるかまで予見し、そのいくつかのパタ

ーンで、全体が丸く収まるか最小限の被害で終息するように、全体を俯瞰する必要がある

と思う。

いつも言っているように、各論はベストでも、総論がベストであるとは限らない。最終

結果が個々にとってはベストでなくとも、全体的に見てベターであればよいのではないか。

皆が100%ウィンウィンであることは少ない。多くの皆が80%ずつぐらいウィンウィ

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ンであれば、結果はよしとしたい。

平成30年 9月21日(金) 雨

今朝も雨。秋雨前線が停滞?この雨、しばらく続くようです。日照時間が今月は少なく、

また雨も多いので農作物に影響があるのでは。野菜などの空きが旬の野菜の高騰が懸念さ

れそう。

今日から前期末考査が始まります。集中して取り組めるといいですね。ややもすると心

が折れそうになったり、思うように回答ができず失敗したと思って引きずっていると次の

日のテストに影響し、墓穴を掘って、負のスパイラルに陥るかもしれない。終わったこと

は忘れられないかもしれないが、気持ちを切り替えてリセット! なるようにしかならな

いと腹をくくろう。

ところで、話は変わりますが、言葉は、“言霊”と言って、一度口から発せられたら、言

葉が意思をもって、自分の意思とは関係なく動いていくような気がする。

これは私たち人間と同じで、お母さんとつながっているへその緒から栄養をもらって生

かされている時は自分の命は母親に一手に責任を負ってもらっているが、生まれるとき、

母親からとの絆であるへその緒を切られたら、あとは自分で責任を負って生きていかねば

ならないことと同じである。

つまり、私たちの存在は、母親から発せられた言葉と同じであると思う。だからこそ、

私たちに魂があるのと同様に、発せられた言葉にも魂は宿っているような気がする。

たった一言が人の心を気付つけることもあるけど、たった一言が人の心をあっためるこ

ともある。だったら、お互いにあったかい言葉をかけあおうよ。

いがみ合わず、相手の気持ちを“察して”、お互いが気持ちよく、この世の中を生きてい

こうよ。ぎすぎすした、とげとげしい言葉で相手に不快な気分にさせるのは嫌だ。相手に、

または誰に言うともなく嫌味を言って自己満足したとしても、自分はスッキリするかもし

れないが、相手は嫌な気分になるだけだ。

お互いがいい気分になって、気持ちがほんわかとなれたらいいな。

平成30年 9月20日(木) 曇りのち雨

今朝、曇り空。いまにも泣きだしそうな空。

ところで、文化祭において行った米粉パスタを使った料理コンテストの、表彰を昨日行

いました。5つの賞のうち3人が男子でした。意外だというと、性差別かと言われるかも

しれませんが、料理は食べること。男とか女とか関係なく皆ができればいいですね。

料理といえば、段取りが悪いと効率よく作られず、食べる時間に間に合わなかったり、

品数を多く作ろうと思っても、自分の思い通りに行かないことが往々にしてある。効率よ

く、かつ、目標をしっかりと見据えて、目標までを見据えて、それを逆算することが大切

だと、いつも思っている。5月8日にも書いたかと思うが、僕はこれを“段取り力”だと

いつも言っている。

料理だけでなく、すべてのことを逆算して、計画を立てるといいと思う。

ただし、計画しても、思い通りにすべてが行くとは限らない。でも、無計画だったら、

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なおさらうまくいかないことが多いと思う。うまくいったときは、たまたま、ビギナーズ

ラックの時ではないかと思う。次回、同じように行ったり行動したりしてもうまくいかな

いことが多いのではないかと思う。

“努力”も同じだと思う。

努力しても報われないことはよくある。でも、努力しなければ必ず報われないと信じて

いる。

皆さんはこの意見に対していかが思うでしょう。考えてみてください。

平成30年 9月19日(水) 晴れ

火曜日からの週明けだと一週間が短く感じられます。

明日から、また雨が降るようである。前線が下りてくるそうだ。

天気がコロコロ変わると体調管理が大変だが、幸運にも、体が気候に合わせてうまく順

応してくれている。有難いことだ。

平成30年 9月18日(火) 晴れ

3連休が明け、授業日に。朝から晴れて気持ちがいい。

近隣の中学校の体育祭は日曜日に終わりました。今日は代休のところが多いです。

平成30年 9月14日(金) 雨

朝から雨模様。近隣の中学校の体育祭は明日みたいだが、3連休雨らしい。グランドと

空をにらめっこの毎日が続きますね。自然には勝てないなあ。

ところで、今、ふと昨年の7月にあった出来事を思い出しました。

普通の人なら知らないある分野のことですが、私はそのことを詳しく知らなかったので、

それがわからず質問しました。

「もう少し、一般常識を身に付けた方がよいのでは。」という回答だったのです。それが

答えか?と思いました。

二度と質問なんかするもんか、こんなやつとは口もききたくないとも思ってしまった。

わからないことを質問しようという気持ちがなえる回答でした。授業ではこんなことして

はいけないですね。

その道について精通している人にとっては、それが常識かもしれませんが、その道に精

通していない素人にとっては常識ではない。徳の高い方ならば、わからない人がわかるよ

うに説明するのが“常識”だと思います。それを、「あなたは常識がない。」と一言で片づ

けるあたり、まだまだ“徳”が積めてない方だと、その人に対して、ある意味がっかりし

ました。しかも、私よりはるかに年下にもかかわらず、年上に対してもっと謙遜して話し

をするならまだしも、上から目線で人を小ばかにしたような態度と、口のきき方。『お前こ

そ“常識”を知らないじゃないか。』と言いたかった。でも、ぐっと飲みこんで、こらえて、

「すみません。もっと勉強します。」と言ったら、「その年になって常識も知らないとは情

けない。今からでも遅くないけど。」と言われてしまいました。

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そもそも、ことの発端は、できそうにない難題をその人から吹っ掛けられたことにある。

「そんなことはできないので、困りました。どうしたらよいですか?」と言ったら、「そん

なことその年になってもわからないのか?その裏の意味を読み取れないのか?」とも言わ

れました。

そんなに私は賢くない。はっきりと、「こういうことがいけない。」とか、「こういう場合

はこうしなさい。」などと、あなたが徳のある人なら導いておくれよ。

せっかく、足を運んで伺ったのに、なぜか悲しい気分になった一日でした。その日は一

日ずっと嫌な思いをしたことを思い出した。

平成30年 9月13日(木) 曇りのち晴れのち雨

朝から曇り。すぐに晴れた。でも夕方には雨が降るみたい。

意味のないものにも意味はある。

ある番組での養老孟司さんのインタビューより。

「現代の人は意識(アタマ)がすべてだと思っているが、そうではない。感覚(カラダ、

五感で感じるもの)が大切だということを忘れてしまうとおかしなことになる」

例として挙げたのが、相模原市の障害者施設で起きた 19 人殺害事件の犯人。意識(ア

タマ)だけが先行してしまうと、意味のあるものにのみ価値を置くことになってしまう、

そしていつの間にか、自分にとって意味がないと思えるものの存在が許せなくなる。あの

犯人はそういう人間だったのだろう、というのが養老さんの見方だ。

「障害があって動けない人たちの生存に、どういう意味があるのか」、そう犯人は問うた。

その裏には、すべてのものには意味がなければならない、という(暗黙の)了解がある。

さらにその意味が『自分にわかるはずだ』という、これも暗黙の了解がある。前段の『す

べてのものには意味がなければならない』までは信仰として許される。しかし第2段の暗

黙の了解が問題である。

『私にはそういうものの存在意義はわかりません』。そう思うのが当然なのに、自分がわ

からないことを、『意味がない』と勝手に決めてしまう。その結論に問題がある。なぜそう

なるかというと、すべてのものに意味があるという世界を作ってしまい、その中で暮らす

ようにしたからである。意味のあるものしか経験したことがない、そういってもいい。意

味あるものにしたいのなら、意味を考えればよい。

山に行って、虫でも見ていれば、世界は意味に満ちているなんて誤解するわけがない。

「なんでこんな変な虫がいなきゃならないんだ。そう思うことなんて、日常茶飯事であ

る」(『遺言。』養老孟司[著]新潮社)

言葉で説明できないことは、「からだに訊け!」と一言。

インタビュアーをつとめた男性アナウンサーは、即座に「具体的にどうすればいいんで

しょうか?」と聞いたという。養老さんの答えは、「そうやってすぐ答を求めるのがアタマ

だけで考えている証拠だ」、「話せばわかる」なんて大ウソ! イタズラ小僧と父親、イス

ラム原理主義者と米国、若者と老人。互いに話が通じないのは、そこに「バカの壁」が立

ちはだかっているからである。いつの間にか私たちを囲む様々な「壁」。それを知ることで

世界の見方が分かってくる、とも。(『バカの壁』養老孟司[著]新潮社)

ここで例として挙げているのは、大学の薬学部で、ある夫婦の妊娠から出産までを追っ

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たドキュメンタリー番組を見せた時のエピソード。ビデオを見た女子学生のほとんどが「新

しい発見があった。勉強になった」と答えたのに対して、男子学生は一様に「こんなこと

は保健の授業で知っているようなことばかりだ」という反応。

なぜ同じものを見てこんなに差が出るのか。男子学生は「知識」でしか見ていなかった。

だから「知っているようなことばかりだ」と反応した。一方、女子学生は切実な問題でも

あるから、自分の身に置き換えて、妊婦の痛み、喜びといった感情、さらに付随するディ

テールにも興味を持った。

アタマでのみ考えた男子学生と、カラダの感覚込みで見た女子学生の差が出た、という

のが養老さんの出した結論だ。

「安易に『わかっている』と思える学生は、また安易に『先生、説明して下さい』と言

いに来ます。しかし、物事は言葉で説明してわかることばかりではない。いつも言ってい

るのですが、教えていて一番困るのが『説明して下さい』と言ってくる学生。

もちろん、私は言葉による説明、コミュニケーションを否定するわけではない。しかし、

それだけでは伝えられないこと、理解されないことがたくさんある、というのがわかって

いない。そこがわかっていないから『聞けばわかる』『話せばわかる』と思っているのです。

そんな学生に対して、私は、『簡単に説明しろって言うけれども、じゃあ、お前、例えば

陣痛の痛みを口で説明することが出来るのか』と言ってみたりもします。もちろん、女性

ならば陣痛を体感できますが、男性には出来ない。しかし、それでも出産を実際に間近に

見れば、その痛みが何となくはわかる。少なくとも医学書だの、保健の教科書だのの活字

のみでわかったような気になるよりは、何かが伝わって来るはずである。

「何でも簡単に『説明』さえすれば全てがわかるように思うのはどこかおかしい、とい

うことがわかっていない」(『バカの壁』より)

意識(アタマ)が優先して、感覚(カラダ)が置き去りになってはいないか。現代人は

アタマでっかちになっているのではないか。これは『バカの壁』の頃から一貫して養老さ

んが提起してきた問題である。

「どうすればいいか」を安易に聞く前に、まずは体を動かす。感覚を磨く。外に出る。

自然と触れ合う。それで自分がどう変わるかを経験してみるのが大切だ、ということなの

だ。

平成30年 9月12日(水) 曇り

朝から曇り。多分一日曇りになるだろう。

赤ちゃんを見ると、「今、一番幸せなんだよ。」って思うことがある。

母親に抱っこされ、スヤスヤと寝息を立てている。

これから、徐々に物心がつき、保育園、学校などの集団の中で揉まれ、ストレスも増え

ると同時に悩みも増えてくる。周りとのコミュニケーションをとるためにわがままな自分

を抑え、同調したり、または腹を立てたり。生きていく限り、悩みは尽きない。自分の中

で上手に調整しながら、バランスを取りながら、生き抜いていく。このバランスが崩れた

ら病気になる。

親になる。子どものことで悩みは尽きぬ。結局、生きていくということは、死ぬまでい

ろんなことで悩み、いろんなことに翻弄されていくのだということではないのか。

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だから、何も知らず、母親の手に抱かれている赤子の時が一番幸せなのではないかと、

ふと思ったのだろう。

でも、ここまで生きてきている自分を振り返ると、命の危険にさらされることもあった

だろうに、きっと親や周りの人が守ってくれたのだろう。今、生きているということは、

多くの人に大切にされてきた証拠なのではないかと、改めて感謝の念を抱いた。

平成30年 9月11日(火) 曇り時々晴れ

昨日の天気とは違い、さわやかな秋の気配。やや曇っているが晴れてほしいなあ。体育

祭が流れている学校がある。グランドコンディションもあり、こんな状況では実施するか

否かの決断に苦慮されていることだろう。また、近隣の中学校の体育祭も今週末に多くが

実施される予定であり、その練習がなかなかできていなくて苦労されているのではないだ

ろうか。

9 月 11日は、17年前、アメリカ合衆国内で同時多発テロ事件が起きた日だ。

2001 年 9 月 11 日の朝、アメリカの国内便4機がアラブ系のグループにハイジャックさ

れ進路を変更、ニューヨークのシンボルである世界貿易センタービル2棟とアメリカ国防

総省本庁舎(通称ペンタゴン)に突入し、明らかになっているだけでも 3,000 人以上の死者

を出した。現地と 13 時間の時差がある日本でも、11 日の深夜ごろから盛んに報道され、

事実が明らかになるにつれ全世界を衝撃の渦に巻き込んだ。

あのビルに航空機が突っ込んでいく光景はテレビで何回も放映され、今でも鮮明に覚え

ている。

話は変わりますが、切り替えをうまくできる人は賢い人だ。

過去のことを引きずって、いつまでも、グチグチと言っている人がいる。

終わったことは取り返しがつかない。時間は一方通行。過去に戻れるはずもない。

過去のことを引きずって、ウジウジしている時間はない。時は常に動いている。

それよりも、どうしたら過去のことを取り戻せるのかを前向きに考えたい。

いろいろな事柄は、できればすべての人に受け入れられるように考えたい。しかし、そ

んなこと、そうそうできない。全体を見渡し、冷静に、少しでも多くの人にうまくいく方

策を考えていきたい。

ただ、すべての人にとってのベストな方法はあるのかを常に考えたいが、多分皆無だろ

う。

だったら、できるだけ、ベストに近いベターを選ぼう。

いろいろな立場を考え、他者の目線で物事を俯瞰し、腹が立つこともぐっとこらえて、

冷静に判断し、前に進まねばならないことも多々ある。

ところで、最近、「無駄も必要である。」ということを耳にした。

すべてのことに意味を持たせなくてもよいという意見も聞いた。

でもよく考えてみると、無駄だと思われる時間を過ごしたとしても、その人にとっては

それは必要な時間であったわけであり、決して無駄ではなかったのではないかと思う。

だから、世の中には無駄なことは何一つなく、無駄だと考えるのはその人の主観である。

その人が無駄だと思うことも、他者から見れば、それは立派な意義あることではないかと

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思う。

平成30年 9月10日(月) 雨

昨日から警報が出ていて、今朝、やはり警報は継続中だった。

気象台の方にも聞いたが、警報解除にはなかなかならないとのことだった。

むしろ、近くの地域に警報が発令され、広範囲に警報が出た。西の雨が次第に東に移っ

てきたからだ。

午前11時を過ぎても警報が解除にならず、結局、休校になってしまった。

今年度5日目です。まだ今年度、半年も経っていないのに。

生徒諸君は、今日一日、前期期末考査の勉強、はかどったかな?

そういえば、9月の月曜日の授業がことごとくありません。

先週は文化祭、今日は大雨警報で休校、来週は敬老の日、再来週は秋分の日の代休。テ

ストは21日からなので、今月は9月に一度も授業を行わないことになる。週1時間しか

ない授業が月曜日にあったとしたら、前期末テストの範囲は大丈夫かなと思ってしまう。

平成30年 9月 7日(金) 雨時々曇り

予想通りの雨。昨日体育祭を行っていてよかったです。

唐突ですがボランティアということばに最近違和感を覚えています。

以前に勤めた学校で、休日などに、「生徒を何人か出してほしい」とか、「こんな行事を

やるから生徒を参加させてほしい」とかよく言われた。とある施設の作業に「ボランティ

アとして生徒を参加させてほしい。」といわれた時には、その作業に応募した大人には日当

が払われ、参加した生徒には何もなしのタダ働き。

ボランティアって「奉仕」という意味合いであって、強制に参加させることはボランテ

ィアではないと考えるのは僕だけでしょうか?

二歳の子どもを助けて尾畠さん。真のボランティアだと思います。

以前、「ボランティアで出てください。」と言われたので、「都合が悪いので出られない。」

というと、「何で出られないのか。」と意見されたことがあった。

ボランティアという美名の服を着たタダ働きの強要なのか。

何か行事をするのに、運営側は経費を掛けたくないのはわかる。

しかし、大人であろうが、子どもであろうが、労働に対する対価を考えた上での行事運

営を考えるべきだと思う。

実行した後の段階で、その方たちが報酬を辞退されるのは構わない。

ただ、初めからボランティアという美名のもとでのタダ働きをあてにした行事運営は考

えてもらいたいと、私は思う。

平成30年 9月 6日(木) 晴れ

絶好の体育祭日和。暑すぎず、雲も若干あって、最高の天候でした。

学校祭はすべて終了。個々のことについて見てみるといろいろなことがあったけど、総

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じてみれば、素晴らしい学校祭でした。あらためて関高生の素晴らしさを実感させてもら

いました。

話は変わりますが。以前にも書いたかもしれませんが、世の中に無駄なことはないと思

っています。さらに言うと、どんなことも、あるだけで十分に意義があると思っています。

今、自分にとって無駄だと思われるかもしれないことも、実はすべてのことがつながっ

ていて、あなたのとっては無駄の思えることも、他の人にとってはとても重要なことにな

っているのかもしれません。自分にとって無駄かどうかではなく、今ある自分の目の前の

ことに一生懸命になり、存在意義を見出すことも大切なのではないでしょうか?

余地という言葉があります。

平地を歩くのに、20㎝ほどの幅さえあれば大丈夫ですよね。ところが、川の上、高さ

2mぐらいのところにかかっている橋を想像してみてください。手すりがなく、大した高

さではないかもしれませんが、幅20㎝の床板一枚だったらその上を歩けますか。私は怖

くて歩けません。それがもし、その底板が1mぐらいの幅があったらどうでしょう。ひょ

っとしたら、安心して歩けるかもしれません。この余地である 80㎝は無駄でしょうか?

一見無駄のように思われるかもしれないことがいろいろな場面を支えていることがあり

ます。この余地のようなことは世の中にいっぱいあります。

以前にこんな事件がありましたが覚えていますか?

2016 年 7 月津久井やまゆり園 19 人殺傷事件。まだ裁判中なのですが、彼は障がい者は

世の中には無駄だと決めつけたと思われます。障がい者は無駄ですか? そんな考え、私

は許せない。

小さい頃、私の母が亡くなった時、父は、「例え意識がなくても、息だけでもしていてい

てくれたら話しかけられるのに。返事がなくても、いてくれるだけでよかったのに。」と、

夜、布団の中で、私たち子どもに聞かれないように嗚咽していたのを、聞いてしまったこ

とがあります。人は、命は、存在しているだけでいいんですよね。

命に、生きていい命と生きてはいけない命という区別はありません。

どんな命も大切です。

「世の中には無駄なことなど一つもない」とも思っています。

無駄だと思うのは私たちのその見方が一方向だけなのかもしれない。

あなただってわたしだって、そして世の中のすべてが、なくてはならないものだと私は

思っています。

平成30年 9月 5日(水) 晴れ時々曇り

昨日の台風21号はすごい風でした。昨日は午後から先生方に早めに帰っていただきま

した。すぐに風が強まり2時から6時ぐらいまでは本当に暴風でした。

本校の敷地内でも倒木がありました。また、サッシの間からは雨が漏れて教室に入り込

んでいました。ガラスが風の振動で割れたところもありました。大きな被害はなかったよ

うです。

関市は朝、警報が解除されていましたので、朝6時前に文化祭二日目を行うことを決め、

すぐメールで配信しました。

ただ、郡上市には警報が継続中であり、さらに、長良川鉄道は全線で不通。美濃北濃間

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は台風21号の影響、多分倒木かな。美濃太田美濃間は停電のため不通。また、岐阜高山

間の高山線は不通。

この中でやっていいのかとの判断に大変困りました。でも、本日行わないと、金曜日は

雨の確率が高いので、体育祭が来週になる可能性もあります。体育祭は明日、必ず行う必

要があります。ですから、安全を確保し、登校できれば登校してくださいともしました。

もし、公共交通機関がなく物理的に登校できなくても遅刻しても配慮は当然します。ま

ずは安全第一が大原則です。

でも、すごいことにほとんどの生徒が登校しました。改めて感激しています。

平成30年 9月 4日(火) 曇りのち雨、暴風雨

今日、6時11分に暴風警報が発令されました。台風21号は午後に最接近する予報で

す。気を付けたいが自然の猛威にはなす術がありません。不要不急でなければ家から出な

いのが安全なのかと思います。

平成30年 9月 3日(月) 曇り時々小雨のち晴れ

今日から学校祭が始まりました。

第1日目、盛り上がって、楽しくできています。

注意しなくても一人一人が節度ある行動をし、考え、そして、楽しい。こんな学校祭が

あるんですね。いろいろなことの切り替えもうまい。

賢いということは、機転が利き、切り替えがうまく、いろいろなことが察することので

きることだと思っています。

明日、台風21号が本州に上陸します。しかも岐阜県の近くを通る予想。だから休校と

します。皆さん気を付けましょう。

明後日は文化祭2日目ができるといいなあ。

大雨警報が出ていないことを祈ります。

平成30年 8月30日(木) 曇りのち晴れ

台風21号がまた本州に上陸か?しかも岐阜県の上を通る予想。

今日も午後から学校祭の準備です。

こんなのを読みました。

中学時代にいじめを受けていた漫画家・蛭子能収さん。「友達は無理につくらなくてもい

い」と話します。つらい学校生活を経て、編み出した蛭子流「友達論」。学校や人付き合い

に悩む 10 代に向けて、

【蛭子能収さんのメッセージ】

・無理して人に合わせるのはつらい。ひとりぼっちでもいい

・学校やクラスなど環境が変われば、いじめはなくなります

・微動だにせず、好きなことをしよう

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そういえば、金子みすゞの、「みんな違って、みんないい。」の言葉を思い出した。いろ

んな子がいるよね。一人でいるのが好きで、友達はめんどくさい。それが生きやすいのな

らそれでいい。周りに合わせることないよね。

小さいとき、友達いっぱい作りましょうと言われた。でも、友達を無理して作ろうと、

かえってそれに疲れる子だっているよね。

いろんな考えがあり、それを堂々と言える社会がいいですよね。

そういえば、今、こんなことを思い出した。

小学校5年生の時、夏休みに 1 泊の野外学習があり、そのグループ決めのときのこと。

学年全体で、好きな子どうしでのグループを作ることになった。

しかし、誰でも思い付くことだが、あふれた子たちが数人出てきた。

私はこういうグループ決めは大反対です。自分が溢れる立場だったら、傷つくのになあ

と思っていた。そして、もう一つ嫌なことがあった。

その嫌な思いは的中した。

ある先生(A)が、私に、「君はあの子たちをまとめたグループの長になってくれないか。」

と言ったのです。それは、「なれ。」ということなのですよね。

その時、仲の良かった子たちがグループに誘ってくれていた。

その子たちは、私に、「どうしてこっちのグループに来ないの?」って言ったけど、A先

生から、「このことは言わないように。」と言われていたので、「ちょっと。」とだけとしか

言えなかった。そのおかげで、仲の良かった子たちは口をきいてくれなくなり、私を遠ざ

けるようになった。A先生に、友達を切り離されたのだ。先生たちの都合で。

野外学習のいろいろな取り組みを話し合ったりするとき、私たちのグループ以外は楽し

そうにしているけれど、私たちはちっとも楽しくない。しかも、私はグループの長だから、

いろいろなことがのしかかってくるけれど、グループ内の話し合いなどできないし、みん

な話さないから、私が自分で決めて、自分でやっていくしかなかった。本当に辛かった。

私は、早くこの行事が終わらないかと願うしかなかった。学校にも正直行きたくなかっ

たが、学校に行かないと親を悲しませるような気がして、無理して行った。

夏休みの、その嫌な行事も終わった。本当に嫌だった。

でも、行事は終わっても、学校には行かなければならない。

学校には行きたくなかった。

その行事が終わっても、崩された友達関係は崩れたままなのだから。

先生は修復などしてくれない。自分で何とかするしかなかった。

その後も元の友達関係にはなかなか戻らず、かなり時間がかかった。私の状況に気が付

いてくれた子もいて、少しずつ、以前の関係に多少戻ったが、先生に崩される前とまった

く同じ状況にはならなかった。先生方はそんなこと気が付いていなかったと思う。

だから、教員になった時、グループ決めは絶対に好きな子どうしにすることは決してあ

りませんでした。誰かが楽しくて、誰かがつらいグループなら、いっそのこと、機械的に

例えば、出席番号順で単純に分けた方がかえって平等だと思います。

皆が我慢すれば、平等だと思います。

以前、こんなことを耳にしたことがあった。今もあるのかな?

ある中学校では、立候補で班長を決めて、その班長が、野球で行われるドラフトのよう

に生徒を指名して、グループに入れるということが行われているところがあった。

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班長は、自分の好きな子と一緒の班になりたいから、あえて立候補し、自分の都合のい

いように班決めをしようとするそうです。見え見えだと思いませんか?

そんなことはないと否定される方がありましたが、子供の腹の内はそうではないと思っ

ていました。

平成30年 8月29日(水) 晴れ

朝から蒸し暑い。台風21号も発生し、体育祭のあたりが不安だ。

昼からの応援練習はばっちり外でできるが、熱中症にならないように気を付けたい。

平成30年 8月28日(火) 曇り時々雨

朝晩は涼しくなってはいるものの、蒸し暑い。今日は途中で雨が降る予想。

昼からの応援練習は雨が降りそうだったので屋内にしたけれど思ったほど降らなかった。

関市の未来プロジェクトの参加証をもらってきました。

平成30年 8月27日(月) 晴れ

朝晩は涼しくなり、秋の気配はしますが、日中は相変わらずの猛暑みたいです。

先週の金曜日の午前中に行うはずのテストを今日、月曜日に行います。そのため本日の

午前中の授業は今週の水曜日に行います。

平成30年 8月24日(金) 雨のち晴れ

未明に台風が最接近しました。

大雨警報が発令され、9 時に解除になりました。

13時に SHR、午後から 5,6限のテストを行いました。

午前中に行うはずのテストは月曜日に行います。

平成30年 8月23日(木) 晴れのち雨。台風20号接近

今日から始業です。

夕方から台風のための影響があり、5限で終了しました。そして、早く帰宅。

平成30年 8月17日(金) 晴れ

朝、少しひんやりとし、秋かなと思う気分でした。暑くなると言う予報も、今までの猛

暑とは違うかな?

平成30年 8月15日(水) 曇りときどき雨

朝からどんより。九州には台風15号が上陸しました。

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今日は終戦記念日。73年前に戦争は終わったはずですが、いろんな人の心の中にはい

まだ終戦とはなっていない人も多いはずです。

人と人が殺しあうなんて、最悪です。

何が目的なのだろう。人はおろかな動物ですね。もっと賢くならないといけないですね。

上に立つ人はなおさら、ね。

そういえば、ふとテレビをみていて、過去のいやだったことを思い出した。

子どもが19歳で下宿をしていたとき、いきなり玄関を開けられ、受像機(テレビ)を

確認されて、強制的にクレジットカードを出させられ、カード読取装置にカードを入れら

れて、手続きを強制されたことがあった。

後日、そのことを子どもから聞かされ、「未成年だから親の同意がいるはずではないか。」

と言ったら、法律により未成年でもその行為はできると言い張って一歩も引かない。

子どもが未成年だから、あらためて、親が手続きするから、これを一回、破棄して、申

込書を送るように言って何とか解除させた。

でも、これには時間がかかった。

申し込みの窓口は広いが、解約や質問の問い合わせなどはつながりにくくさせていると

しか思えないほど、つながらない。あえてそうしているとしか思えない。つながらないか

らどこにもいえず、遠吠えにしかならない。鯨に立ち向かう蟻のような感覚だった。こち

らが金を払うのに、変だと感じた。自分たちの努力とは裏腹に法律を盾に、弱者から金を

巻き上げていく。そんなところって、必要かな?。

時々聞くのだが、一度契約すると、解約にはなかなか応じてもらえなくて、通帳さえあ

れば、その本人が亡くなっていても引き落とされているそうで、意外とその人数は多いそ

うだと聞きます。気をつけたいものです。

先日、夜遅くまでの取立て業務に巻き込まれ、ある娘さんが怖い目にあったと聞いた。

そのことに関する苦情相談などは営業時間内にしろと言っている。

もし、怖い目にあったら、すぐ110番するのがいいけど、逆上されたら怖いし、機を

見て、とにかく逃げるしかないか。夜は出歩かず、早く家に入って鍵かけて。

平成30年 8月13日(月) 晴れ

日本はお盆の帰省ですね。

今日も暑かった。でも、40℃を超えるような暑さではなかった。

久しぶりに昨日雨が降った。

道徳の教科書で話題になっている話で、「手品師」というものがあります。

あるところに、腕はいいのですが、あまり売れない手品師がいました。もちろん、暮し

向きは楽ではなく、その日のパンを買うのも、やっとというありさまでした。

「大きな劇場で、はなやかに手品をやりたいなあ。」

いつも、 そう思うのですが、 今のかれにとっては、それは、夢でしかありません。そ

れでも手品師は、いつかは大劇場のステージに立てる日の来るのを願って、腕をみがいて

いました。

ある日のこと、手品師が町を歩いていますと、 小さな男の子が、しょんぼりと道にしゃ

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がみこんでいるのに出会いました。

「どうしたんだい。」

手品師は、思わず声をかけました。男の子は、 さびしそうな顔で、 おとうさんが死ん

だあと、おかあさんが、働きに出て、ずっと帰ってこないのだと答えました。

「そうかい。それはかわいそうに。それじゃおじさんが、おもしろいものを見せてあげ

よう。だから、元気を出すんだよ。」

と言って、手品師は、帽子の中から色とりどりの美しい花を取り出したり、さらに、ハ

ンカチの中から白いハトを飛び立たせたりしました。男の子の顔は、明るさを取りもどし、

すっかり元気になりました。

「おじさん、あしたも来てくれる?」

男の子は、大きな目を輝かせて言いました。

「ああ、 来るともさ。」

手品師が答えました。

「きっとだね。きっと、来てくれるね。」

「きっとさ。きっと来るよ。」

どうせ、暇な体、 あしたも来てやろう。手品師はそんな気持ちでした。

その日の夜、少しはなれた町に住む仲のよい友人から、手品師に電話がかかってきまし

た。

「おい、 いい話があるんだ。今夜すぐ、そっちをたって、ぼくの家に来い。」

「いったい、急に、どうしたと言うんだ。」

「どうしたもこうしたもない。大劇場に出られるチャンスだぞ。」

「えっ、 大劇場に?」

「そうとも、二度とないチャンスだ。これをのがしたら、もうチャンスは来ないかもし

れないぞ。」

「もうすこし、くわしく話してくれないか。」

友人の話によると、今、ひょうばんのマジック・ショウに出演している手品師が急病で

たおれ、手術をしなければならなくなったため、その人のかわりを探しているのだという

のです。

「そこで、ぼくは、きみをすいせんしたというわけさ。」

「あのう、一日のばすわけにはいかないのかい。」

「それはだめだ。手術は今夜なんだ。明日のステージに穴をあけるわけにはいかない。」

「そうか…………。」

手品師の頭の中では、大劇場のはなやかなステージに、スポットライトを浴びて立つ自

分のすがたと、さっき会った男の子の顔が、かわるがわる、浮かんでは消え、消えては浮

かんでいました。

(このチャンスをのがしたら、もう二度と大劇場のステージには立てないかもしれない。

しかし、あしたは、あの男の子が、ぼくを待っている。)

手品師は迷いに、迷っていました。

「いいね、そっちを今夜たてば、明日の朝には、こっちに着く。待ってるよ。」

友人は、 もう、すっかり決めこんでいるようです。

あなたならどうしますか?

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考えて見ましょう。

この続きは、教科書では、以下のようになっています。

手品師は、受話器を持ちかえると、きっぱりと言いました。

「せっかくだけど、明日は行けない。」

「えっ、 どうしてだ。きみがずっと待ち望んでいた大劇場に出られるというのだ。

これをきっかけに、 きみの力が認められれば、手品師として、売れっ子になれるんだぞ。」

「ぼくには、あした約束したことがあるんだ。」

「そんなに、たいせつな約束なのか。」

「そうだ。ぼくにとっては、 たいせつな約束なんだ。せっかくの、きみの友情に対して、

すまないと思うが……。」

「きみがそんなに言うなら、きっとたいせつな約束なんだろう。じゃ、残念だが……。

また、会おう。」

翌日、小さな町のかたすみで、たったひとりのお客さまを前にして、あまり売れない手

品師が、つぎつぎとすばらしい手品を演じていました。

(出典 小学校 道徳の指導資料とその利用1)

この授業のねらいは、「手品師がなぜ友人の誘いを断って男の子との約束を果たしたのか

を考えることを通して、誠実に人に接しようとする態度を養う」と書かれてあった。

これが生きていくために、社会の一員として生きていくために、正しい答えなのだろう

か?道徳ではこれが正当なのかもしれないけれど・・・・。

話し合った中で、この男の子を連れて、大劇場に行き、見せるという意見も出たそうだ

が、その舞台の時間と男の子と出会う時間の関係もある。また、約束を守るために、披露

してもお金にならない男の子の前で演じるのがいいのか、今後の生きていくためにも、男

の子との約束を反故にするのか、道徳としての正解と生きていくための最善解と異なる場

合は存在するような気がします。

とにかく、考えて、考えて、結論を出す。結論を出す前にいろいろな意見を聞いて、判

断材料にしましょう。

さて、あなたならどうしますか?

平成30年 8月 8日(水) 晴れ

今日も暑かった。美濃ではまたまた41℃。日本一でした。関はもっと暑かったような

気がします。ちなみにベスト10の中に8地点、岐阜県が入っていました。

平成30年 8月 7日(火) 晴れ

今日も暑かった。いつまで続くのだろう。

ところで、今、甲子園で高校野球が行われています。

野球の話でひとつ。道徳の教科書で話題になっている話で、「星野君の二塁打」というも

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のがあります。6年生の道徳の教科書などに収録されているものです。

この中で、星野君のチームは少年野球チームで隣町の野球チームと 1点を追いかける試

合をしていました。最終回7回裏、星野君の打席になった時、監督はバントの指示を出し

ます。しかし、その命令に納得できないままにバッターボックスに入った星野君は、「打て

る」と思ってバントをやめて、バットを振りました。ボールは内野を越え、二塁打となり

ました。チームは逆転勝利して市内野球選手権大会出場を決める。

物語の中では、最後の攻撃のノーアウト 1 塁で星野君の打順が回ってきた。「星野は明

るい、すなおな少年だった。しかし、今日の命令だけはどうしても納得ができなかった」

とあった。

翌日、野球選手権のために練習に集まったところで、監督は選手たちに次のことを告げ

る。

いくら結果が良かったとはいえ、チームで決めた作戦であるバントのサインを破ったこ

とは「チームの作戦として決めたことは、絶対に従ってもらわなければならない」という

規則を破ったことになる。規則を破り、チームのまとまりを乱した者(星野君)を、大会

に出すわけにはいかない、と。

これを聞いてあなたはどう考えるでしょうか?

これの考え方次第で、道徳の成績が付くのです。なんかおかしいなあ。いろんな考えが

あっていいのに。何が正しいのでしょうか?どういう答えが正解でしょうか?

平成30年 8月 6日(月) 晴れ

下呂市金山で41℃を記録しました。

広島に原爆が投下されてから73年目。被害にあわれた当事者は徐々に減っていき、風

化されるのが心配です。人が人を殺すなんて最低だ。戦争は絶対にしてはいけない。

平成30年 8月 3日(金) 晴れ

相変わらず、朝から気温が上がっています。昨日の天気の予想では、関市の最高気温予

想は40℃だそうです。聞いただけでもめまいがしそうです。体調管理に心がけましょう。

ちなみに美濃市がアメダス観測では日本一でした。

ところで、こんな話を聞きました。

ある地方の中学校の教員の話です。

年度替りの3月末に、婚姻届を提出して正式に結婚する教員同士が、住居の関係で4ヶ

月前倒して11月から一緒に住むことにしました。

それを聞いた男性側の上司である管理職は、「何とふしだらなことをするんや。結婚して

から一緒に住むべきや。親は何を考えているんや。非常識にも程がある。」と言って、その

男性の親に電話をして、とうとうと持論を述べたそうです。

また、女性側には、職場の管理職に電話し、「婚姻届を出してから一緒に住むように指導

しなさい。」と述べられたとのこと。さらには、「職場の事務職員が手続き(どういう手続

きか知らないが)に困っているから、早く婚姻届をすぐに提出するように。」とも言ったと

のこと。婚姻届は事務職員の仕事のために出すものなのでしょうか?

今は結婚にいろんな形態があって、ずっと以前からも、婚姻届を提出しない、事実婚と

いうカップルだっています。

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また、ある意味、順番が違うと言って婚姻届の提出を強制するのは、その方の価値観で

あり、それを押し付けるなんて、パワハラですよね。

結婚するもの同士の考え方で結婚をすればいいのであって、それを押し付けるものでは

なく、たとえ自分の子どもであっても、それをしてはいけないと、私は思います。この時

代にあって、時代錯誤も甚だしい方もおいでになるんだとあらためて認識しました。

これには、さらに後日談があって、その若い男女二人は、夏休みに、新婚旅行をかねて、

結婚の特別休暇を申請しました。

すると、男性側所属の事務職員は「結婚式をしないのなら休暇はありません。この休暇

は結婚式をするものだけが取れるのだ。」と言う始末。この休暇をまったく履き違えていて、

この職場では、この職員がいるあいだは、結婚式を挙げるものしか結婚休暇を取れていな

かったのだそうです。

このことが、管理職の耳に入っていないのか、耳を閉ざしているのか、または伝えられ

ていないのかわかりませんが、この職場はきっと風通しが悪いのでしょう。もしくは管理

職が休みを取らせないというための確信犯なのでしょうか?

結局、女性側だけ結婚の休暇が取れたそうですが、男性側は認められず、二人の旅行の

調整はできなかったとのことです。それを聴いても調整すらしない、間違っているとさえ

思わない上司って変ですよね。

私も意見すべきかと思いましたが、頑なな方のようで聴いてもらえないだろうから、男

性から言って欲しくないと言われ、言うのを諦めました。

ちなみに、教育職員は、通常は授業等があるので、おおむね6ヶ月を経過する日までの

授業に支障のない時期に管理職は申請されたら承認もできるのです。

「こんな学校早く替わりたい。」とその男性は言っていました。

そうだろう。この管理職の元ではだめだ。

学校は管理職の考え方ひとつで職場の雰囲気が変わるものだとも思います。

職員集団は、お互いに、一つ一つの言葉、行動を慎重にし、働きやすい職場、風通しの

よい職場、雰囲気のよい職場、明るい職場を心がけたいものです。

明るい職場を見て、子どもたちはきっとその学校に進学したい、通学したいと思うので

はないだろうか。先生たちも職場に来たくなるような、明るくて、楽しい職場にしたいも

のです。

平成30年 8月 2日(木) 晴れ

相変わらず、朝から気温が急上昇中。

今日から5日間の夏季集中学習会に3年生35名ほどの生徒が参加しています。他の生

徒の勉強する姿を見て、それを互いの刺激に変えて、これが終わってから、さらにスパー

トをかけてもらいたいです。

文化祭の準備もしています。

熱中症にならないようにね。それにしても学校の好きな生徒の多いこと多いこと。

平成30年 8月 1日(水) 晴れ

8月になりました。一段と暑さが増したような気分です。

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まだ、補習をやっています。

文化祭の準備もしています。

なかなか、気分は夏休みになりません。

平成30年 7月31日(火) 晴れ

今日も、関高校のオープンキャンパスがあります。

暑さ対策をしっかりとし、十分に水分を補給してください。よろしくお願いします。

今日は 1日目と同じぐらいの生徒さんと保護者の方が見えました。暑い中、大変でした

がありがとうございました。

火星が大接近。望遠鏡できれいに見えるそうですよ。

暑くなりそうで、さらに来週はもっと暑くなるとのこと。

どうなっちゃうのかな?

地球は。

平成30年 7月30日(月) 晴れ

今日も、関高校のオープンキャンパスがあります。

暑さを考慮して、プログラムを変更することも考えながらも、全体会を早めに終わるよ

うにして、予定通りで行うことにしました。今日は金曜日よりも多い、230人ほどの生

徒さんと110人ほどの保護者の方が参加される予定です。暑さ対策をしっかりとし、十

分に水分を補給してください。よろしくお願いします。

平成30年 7月27日(金) 曇りのち晴れ

今日と30日(月)、31日(火)の三日間、関高校のオープンキャンパスがあります。

暑さを考慮して、プログラムを変更することも考えながら、今日のところは予定通りで

行うことにしました。156人の生徒さんと87人の保護者の方が参加されました。あり

がとうございました。

台風12号が接近していますが、少し西よりになっていますが、侮れません。台風の進

路予報に注意していかないと。

平成30年 7月26日(木) 晴れ

今日から夏季休業。

でも・・・・、補習はあります。多くの生徒が登校していて、なんら今までと大きな変わり

がないが、でも夏休みだな? なんとなく気分は緩い。

台風12号が接近しています。

28日(土)の夜から29日(日)の朝にかけて最接近する予報です。

オープンキャンパスが明日の金曜日と30日(月)、31日(火)にあります。

明日は大丈夫だと思いますが、月曜日、火曜日の台風の動向が心配です。

中学校には、あすは日程どおり行う旨の連絡をしました。30日(月)、31日(火)につ

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いては、当日の朝判断し、中学校へメールで連絡をするとともに、このホームページにも

アップすることを中学校へ連絡しました。また、そのことをこのホームページにもアップ

しました。

嬉しいことがありました。

今朝、補習のために登校中の3年生の生徒が、熱中症で倒れていた中学生の救急搬送を

手助けしたそうです。補習に遅れることよりも、優先順位を間違えず、きちんとした行動

をしてくれたことに頭が下がります。流石です。

平成30年 7月25日(水) 晴れ(酷暑)

今日も暑いです。朝からエアコンをしっかりとつけました。

今日は終業日。

相変わらず暑いので、体育館での式はなくし、放送による式にしました。

四月から約4ヶ月。いろいろとありましたが何とか皆無事に夏休みを迎えられます。

でも、実質は補習や学校祭の準備などいろいろとあり、先生も生徒も休めませんね。す

みません。

4週間後の8月23日の始業日には、皆、元気な笑顔で登校して欲しいです。

ところで、9月27日(木)(場合によっては28日(金))に、また、中学校への授業アシ

スタントに参加する生徒を募りました。なんと、1,2年生合わせて42人もの生徒が参加

を希望してくれました。

教員を目指す生徒が一人でも増えてくれたらと願って、6月に第1回目を行ったところ、

小・中学校側からも大好評で、再びの開催に背中を押してもらえました。

この企画は、教員を目指す生徒を増やし、地域の生徒が大人になり、その地域の子ども

たちを育てる、“教育の地域世代循環”を目指しています。生徒たちが体験してみて、先生

の仕事の一端でも触れてみることで教師に興味をもち、教師を目指して欲しいと願ってい

ます。

でも、やってみて、やはり合わないのならやめるもよし。体験することでキャリア教育

の一端になればと勝手にやっているものなので、参加するからには、大いに楽しんで来て

欲しいものです。

ちなみに今年度4回企画しており、3回目は11月で、4回目は3月です。

それから、生徒会を中心に、関市の水害に対する募金を本校で行ってくれました。

短期間ながら結構な額のお金が集まりました。中には被災した生徒もしてくれたと聞き

ました。自分の小遣いの中から、少しでも協力できればという気持ちの積み重ねが、この

金額になったのでしょうか? 生徒たちの気持ちに感動してしまいました。

この募金は関市に寄贈するため、生徒会の代表が26日に関市役所を訪れることにして

います。

台風12号は、少し速まり、28日(土)から29日(日)にかけて、上陸する可能性が高

まりましたが、消えて無くならないだろうか? 予想は当たって欲しくないなあ。

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平成30年 7月24日(火) 晴れ(酷暑)

朝から蝉の大合唱。きっと暑くなったら鳴くのも大変なので、木陰で休息?

今、思いっきり鳴いているのでしょうか?

今日も、午後からの活動を、例外を除いて、中止しました。

ホームページ上にも、また、“すぐメール”でも連絡しました。

午後10時でも30℃を下回らないそうです。

ところで、こんなに暑いのに、今度は台風12号が発生しそうです。

二つの高気圧が日本の上空から去り、高気圧に挟まれて切れ目となる日本列島に、29

日(日)から30日(月)にかけて、台風12号が上陸するかもしれません。しかも、静岡か

関東に。その後、北西に進んで中部地方から日本海に抜けるのではないかと思います。こ

の予想が当たらなければいいが・・・。

平成30年 7月23日(月) 晴れ(酷暑)

先日の20日で、多くの学校が夏季休業に入りました。ラジオ体操に出かける小学生を

見ながら気持ちは休みのような、でも、出勤という複雑な気分でした。

多治見では40℃を超え、40.9℃。美濃のアメダスも39.8℃と酷暑。午後から

の活動を、例外を除いて、中止しました。

夕方になっても30℃を下回らず、大変です。

平成30年 7月20日(金) 曇りのち晴れ

相変わらず暑いですが、今朝、一瞬、雨が降りました。蒸し暑さを増すだけだったのか、

少し暑さを和らげたのか定かではありませんが、そんな一日のスタートでした。

昨日、アメダスの美濃市で38.2℃を記録し、岐阜県内1位でした。

JAの方が見えて、本校の家庭科の手助けをいただけることになりました。

本校の熱中症への対応について

昨日(7/23)に引き続き、本日(7/24)午後の、生徒の諸活動については中止としま

した。大会前の部活等、やむを得ず活動する場合は、活動時間2時間以内を原則と

し、教員が常に生徒の健康状態を観察し休憩、水分補給を指示すること、室内の活

動はエアコンが作動する環境で行うことなどを徹底し、生徒の健康安全の確保に留

意して実施しています。

明日終業日以降の活動についても、生徒の体調や気象状況に応じて、慎重に進め

る予定ですので、ご理解ください。

ご家庭でも、お子様の体調観察にはご留意いただき、熱中症が疑われる場合は医

療機関での早めの受診をお願いします。

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平成30年 7月19日(木) 晴れ

昨日、美濃市で40.6℃を記録しました。日本一は多治見市の40.7℃でした。

ベスト10の中に岐阜県は7つのアメダスポイントが入りました。ちなみに関市が入っ

ていないのは関市内にアメダスポイントがないからです。多治見市は高速を降りた、イン

ターの辺り。美濃市は新美濃橋の北の前野という、川風が来てる?あたり。本当に暑いの

は美濃ではないかな?それよりも関のほうが暑そうだよ。

外での部活動も一旦休止し、日陰で休憩し、水分補給させました。室内の部活はエアコ

ンをつけての活動だったので、電気の使い過ぎだという警告音が鳴りっぱなしでした。

朝、皆さんに伝えました。午後の部活のあり方を考え、2時間で部活動を打ち切りにし

ました。外の部活も中の部活も。

平成30年 7月18日(水) 晴れ

異常な暑さです。日本だけでなく、世界的規模のようです。

体育を外で行うことにも躊躇しなければならないのかな?

ちょっとでも体調が優れなかったら、すぐ休憩をしたほうがよいのでしょうか? 体育

だけでなく、教室のエアコンをつけているだけでも脱水症状にもなるし、とにかく、自分

からSОSが気楽に出せるようにしておかないといけないな。先生たちだって目配りはし

ているものの、神様ではないから、すべてに目配りはできないので、物理的にも精神的に

も、風通しのよい環境の整備を行っておかなければならないと思いました。

暑い日になりました。ふと、今、思い出してしまいました。

小学校低学年の頃の、夏の暑い日のことです。

夏風邪をひきました。当時扁桃腺がすぐ腫れるので、風邪を引くと 1週間ほど休むのが

私には普通でした。(ちなみに、小学4年生で扁桃腺を切ったので、そのあとはほとんど休

んだことがありません。)

でも登校するということで、親が心配して、長ズボンと長袖を着させてくれて登校しま

した。雨が降っていたので、しかも長靴で。

小学校は分団登校。同じ分団の子に、「この暑い夏に長袖、長ズボン。」だとはやし立て

られた。通学途中に、他の分団の子が混入し、私は長靴を川に捨てられ、裸足で学校に行

くも、誰一人、助けてくれませんでした。子ども心に悔しかった記憶があります。

別の日のことです。

新しい靴を買ってもらった。

我が家ではちょっとした贅沢。

その日の学校帰りに、「お前が新しい靴を履くのは生意気だ。」と言って、靴を脱がされ、

腹をけられ、靴の跡が服の真ん中に付いたまま帰ってきた。

蹴ったやつは、今も存在している、ある店の息子。今は、経営者。

巡り巡って、そいつが他のやつに言っていた話が聞こえてきた。

“貧乏人の分際で、私が新しい靴を履いてきたことに腹が立った”とのことだった。

今でも、その店の前を通ると嫌な思い出がよみがえるので、通らないようにしている。

以前、立場上、そいつと会う機会があった。

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多分、そいつは私のことを覚えていないだろう。

でも、私はそいつの顔をしっかりと覚えている。

そんなことも知らないで、楽しそうに笑顔を見せて話してきた。

でも、私は笑顔になれない。

随分前のことで、そいつは忘れてしまっているだろうけれど、私は覚えている。今、こ

うやって思い出しているもんね。

そんなこと、そいつは知らないだろう。

でも、“された側”はいつまでも覚えているものだ。

“する側”や、“した側”は、したことをすぐ忘れてしまう。

でも、“された側”はいつまでも覚えているものだ。

私も、相手を傷付けていることがあるかもしれない。

謙虚に生きていかねばいけないと自戒しました。

平成30年 7月17日(火) 晴れ

三連休はいかがでしたか?

各部活動では、大会やらコンクールやら、練習やらと忙しくて3日間活動をしていたと

いうところがほとんどではありませんか?

14日には東大、京大のための勉強会が各務原でありました。本校の生徒も8名ばかり

参加していました。

相変わらず、朝から暑いです。すぐにエアコンをつけました。

今週は、明日から保護者懇談会。午後からですがよろしくお願いします。

応援練習やら、学校祭の準備やら、皆忙しく活動しています。

平成30年 7月13日(金) 晴れ

朝から暑いです。雷が来そうな雲行きです。今日も猛暑日かな?

今日で夏休み前の一日フル授業は終わりです。

来週は海の日をはさみ、18日(水)から24日(火)まで、保護者懇談会があります。

3年生諸君。夏休みを制するものは受験を制するですよ。

<教え子から学ぶ>⑧

卒業生からこんな相談を受けました。どう思われますか?

二人の学生がいる。二人とも、同じ地域から、同じ大学に行っている。

一人(Aさん)は学校の近くに下宿した。その学校には、多くの実習があり、その実習

が大変だということで、実習中は朝早く実習場所に行かなければならなかったり、または、

夜遅く帰宅することもあるだろうからと、Aさんの親御さんは、学校の近くに下宿を借り

たそうだ。

もう一人(Bさん)は片道2時間かけて公共交通機関で通っているとのこと。

ちなみに、Aさんは私の教え子でよく知っている。おとなしくて慎重派で、言いたいこ

とを我慢する子。それに対して、Bさんは、私は会ったこともないのでわからないが、A

さんによると、社交的であっけらかんとしていて何でも思いつくまましゃべる子だそうで

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ある。

実習の日が近づいてきた。

実習に行く場所が遠く、通うのには時間がかかり、1番電車で行っても、ひょっとする

と遅刻するかもしれない。

そこで、Bさんは、「実習中の1ヶ月ばかり、泊めてもらえないか。」とAさんにお願い

をしたそうだ。特に、BさんはAさんと親しいわけでもなく、また、一度もAさんの下宿

には来たこともない子だというのだ。

この場合、あなたは、Bさんが困っているからと言って、実習中の1ヶ月、泊めてあげ

ることはできるでしょうか?

Aさんの立場で考えると、実習という、特に大事で、神経を遣う期間なので泊めたくは

ないと思うのではないだろうか。ましてや、実習中、今までまったく一緒に住んだことも

ない子と1ヶ月一緒にいて、レポートや予習をしたり、それから生活習慣も違うから、た

ぶん息が詰まって、苦痛以外の何ものでもない日常がおきると思う。だから、なおさら泊

めたくないと思うに違いない。でも、性格上、Aさんは、自分自身は苦しむかもしれない

が、困っている子を見過ごすわけに行かないとも思うのではないだろうか。

Aさんの頭の中を、天使と悪魔がうごめき、悩むだろうなと私は思う。

Bさんの性格では、単純に頼んだだけかもしれないが、そのくらいAさんを苦しめてい

るということは、きっと思っていないだろう。

その学校では、一般的に公共交通機関を使って遠くから通っている子は、実習中には、

近くにビジネスホテルなどを借りて実習に行く子が多いそうだ。マンスリーマンションを

1ヶ月借りる子もいると聞いた。

そういう子が多い中、考えた挙句の決断なのかもしれないが、Bさんはそういう手立て

を考えないで、安易に、他の子に甘えようとしたのではないかと思う。

結局、Aさんはいろいろ悩んだ末、Bさんに断った。

でも、Aさんは、“Bさんが困っているから頼んできたのに断ってしまった。”という罪

悪感を強く持って、悩んでいるとのことだ。

私はその話を聞き、Aさんに、「まず、Bさんが、実習場所が遠くて通うには時間がかか

るので、親に、ビジネスホテル等を借りるように話をしたのだろうか?」と聞いたら、「B

さんはそんなことするはずがない。一人で住むのはもったいないし、一人では住みたくな

いということで、たぶん、親には話してないと思う。」とのことだった。さらに、あえて、

「Bさんに、『親に話した?』と聞くのもいやだ。」とも言っていた。

Bさんは、ビジネスホテル等を借りる努力もせずに、安易に、Aさんに頼んで、何とか

なると思ったのではないかなと推測される。

さらによく聞いてみると、細かいことだが、1ヶ月の部屋代、光熱費、食費等の話は何

も出なかったし、どうも、1ヶ月、ただで泊めてもらおうとしたような雰囲気が感じ取ら

れたとのことだ。

勝手すぎると私は思う。

Bさんの親はそういう事実を知っているのだろうか?

たぶん、Aさんの話では、「親には言っていないと思うから、たぶん親は知らないと思う。」

と言っていた。でも、もし、Bさんの親が、そのことを知っているにもかかわらず、「友達

に頼んでみたら、どうなの?」などということを言っていたら、私としては、親の対応は

「×」です。

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私が親なら、他人に迷惑をかける前に、自分の子どものために何とかしようとするし、

なんとかしようと四方八方手を尽くし、何とかするつもりだ。

さすがに、何ともならなかったとしても、自分が1ヶ月、送迎をするぐらいの覚悟を持

つつもりです。

親の態度、姿勢、価値観、考え方って、大事だと思う。

育てるということは、いろいろな考え方が、子どもに伝わる、繋がる、繋げるというこ

とだと思う。

後日談だが、ずっと以前に、Bさんとのやりとりに、こんなこともあったそうだ。

Bさんに、「講義のノートを貸して。」と言ったら、「あなたは、代わりに何をしてくれる

の?」と交換条件を出してきたそうだ。冗談ではなく、本気で。ギブアンドテイクかもし

れないが、Bさんにとっては、「される側」と「する側」では、論理が違うのだなと私は感

じた。

もし、Bさんが、Aさんの立場で、「実習中の1ヶ月ばかり、泊めてもらえないか。」に

対して、どう返答したのだろう?

私は思う。たぶん、即答で、「NO!」と言っていただろう。

多分、推測するに、Bさんは自己中心的な子ではないかと思う。現実には違うかもしれ

ないが、たとえ、Bさんがそういう子ではなかったとしても、第三者にそう思わせている

現実は否めない。

そんな子に悩まされ、罪悪感を感じて、辛い思いをしたAさんがかわいそうだ。

でも、はっきり断ったことで、Aさんは、今後は楽になると思う。そう思いたい。

しかし、多分、何も深く考えていないBさんは、また頼んできそうな気がする。

今後、Aさんが辛い気持ちになるようなことがないように、祈らずにはいられない。

あなたがAさんだったらどうしますか?

平成30年 7月12日(木) 曇りときどき雨

朝、少し雨が降りました。蒸し暑くなりそうな予感がします。一日曇りの予報ですが、

雷が来そうな雲行きです。今日も猛暑日かな?

昨日、「まるっと!ぎふ」で、関高校SGHの取り組みのひとつの“LGBT”について

放送されました。10分程度でしたが、取り上げていただき、感謝です。

<教え子から学ぶ>⑦

Cさんは、高校に入学し、4月にいきなり数学で躓いたらしく、それをずっと引きずっ

て、1年生の終わりの数学の成績は、5段階で2。5段階の1は、合格点ではないので、

2というのは合格ぎりぎりの成績です。

私はCさんの1年生の担任ではなかったが、2年生で担任することになった。

Cさんは、担任が数学担当なので、はじめから斜に構え、睨んでいるようにさえ見え、

いつも表情は険しかったことを覚えている。

それでも、折に触れ、声をかけ、数学の教員と言うよりも、一人の担任として、心を解

すように努めた。

徐々にCさんも心を開き、わからないところは授業中も聞いてくれるようになった。

とにかく、気長に応対し、どんな初歩的なことと思われることでも、“聞いてくれてあり

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がとう”と言う気持ちで対応していた。

すると、数学の時間だけでなく、放課後や、通学列車の関係で早く登校していたので、

朝早くからも聞きに来てくれるようになった。

次第に数学の問題が解けるようになってきたのか、授業中の表情も穏やかで前向きな姿

勢になってきた。

よく見ていると、他のわからない生徒に教える姿さえ見られるようになった。

何かができるようになると、続いて何かができる。まさしく正のスパイラルとなる。良

循環である。

問題を解くと正解である。楽しくなって、また問題を解く。するとまた正解であるから、

解くことが楽しくなる。この繰り返しから、Cさんは、見る見る明るく、いい表情になっ

ていった。

2年生の学年末には数学の成績は、5段階で5。1年生から比べてみるとものすごい成

長。保護者の方もびっくりしておられました。

でも、Cさんの将来の職業は保育士志望。だから、3年生は文系を選択し、担任も私で

はなくなった。高校生活最後の3年生は、あまり数学には関わらず、卒業していった。

私が担任した、あの2年生の1年間は、Cさんにとってどうであったろうか?

私は担任させてもらって、成長を見させてもらい、とても感動させてもらった。

子どもは、“わかる”とか、“できる”とかを実感すると、眼は輝き、表情は明るくなり、

その喜びをともに味わわせてもらえました。

どの子も、“わかりたい”、“できるようになりたい”という思いは必ずあります。

“達成感”、“充実感”を味わいたいと思うのは当然です。

教師だからこそ、それをともに歩みながら、味わわせてもらえたのだと、Cさんから教

えてもらいました。

平成30年 7月11日(水) 晴れ

朝から晴れています。

今日は猛暑日(最高気温が35℃以上)になるそうです。

本日、午後6時30分からのNHK岐阜放送局「まるっと!ぎふ」で、関高校SGHの

活動において、性的マイノリティのことを表す“LGBT”について学習を深めている生

徒たちのことが放映されます。5分?程度と短いらしいのですが、ぜひ見ていただきたい

です。どのように編集されているか誰も知らないのでドキドキです。

話は変わりますが、こんな文を読んだので載せます。

昨日、母が亡くなった。

病気ひとつしない元気な母だった。

僕が保育園に入る頃には、もう父はいなかった。

母は早朝4時に起きて俺たち兄妹の弁当を作り、朝から夕方まで弁当屋でパート。

帰って来たら晩飯を作ってすぐに出て行き、深夜までパチンコ屋での掃除のバイト。

休日は月に3回あればよい方だったと思う。

そうやって僕と妹は育てられた。

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反抗期なんてほぼ無かった。あるはずがない。

あんなに頑張る母親を見て、反抗などできるはずがなかった。

いや…、一度だけあった。

クリスマスの二、三日前に当時流行っていたゲームボーイが欲しいとねだったのだ。

友達がみんなゲームを持っているのに、自分だけ持っていないと虐められるからと。

何故、あんな嘘をついたのだろう…。

母は、

「ごめんね…」

と泣いた。僕も何故か悲しくなって、家族三人でボロボロ泣いた。

その日は三人とも同じ布団で抱き合って寝た。

クリスマスの日の夕食は、おでんとケーキだった。

母親は子どものようにはしゃぎ、歌い、最後に

「はい」

とプレゼントを渡してくれた。古いゲームソフトだけ・ ・

を買って来たのだ。

“これだけじゃできないんだよ。”と、言おうとしたけど、嬉しそうな母の顔を見ると言

えなかった。

あれから二十年、兄妹揃って、大学まで出してくれた。

「俺も妹ももう就職したし、これからは楽をさせてあげるから仕事辞めなよ」

と言ったのに。働いてなきゃボケるって…そんな年じゃないだろう。

どこか三人で旅行に行こうよと言っていたのに。

妹の結婚式を見るまでは死ねないと言っていたのに。

何で末期癌になるまで働くんだよ…。

何度も病院行こうって言ったじゃないか。

先生も、

「あんなに我慢強い人見たことない。」

と言っていたよ。

看護師さんに

「迷惑掛けてごめんね。」

ばかり言ってたんだってね。

いつも人のことばっかり気にして…。

震える手で書いた、枕元の手紙、読んだよ。

『○○ちゃんへ

小さい頃はいつもお手伝いありがとう。

あなたはわがままをひとつも言わないやさしい子でした。

妹の面倒もたくさん見てくれてありがとう。

あなたが生まれてきてくれてほんとうにうれしかったよ。

あなたのお嫁さんを見たかったなあ。』

『△△へ

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女の子なのにおしゃれをさせてあげられなくてごめんね。

いつも帰ったら「ぎゅっとして」と言ってくるあなたに、私は何度救われたかわかりま

せん。

あなたは、あなたを愛する人を見つけなさい。

そしてその人のために生きなさい。

死は誰にでも訪れるものです。

悲しまないで。

あなたがもし辛いことがあったら、いつでもあなたの枕元に立ちますよ。なんてね。

あなたたちの母親で良かった。

また生まれ変わってもあなたたちの母親でありたい。

それが私の唯一つの願いです。

体に気をつけて。

寒いからあたたかかくして。

それから…、それから…、きりがないからやめとくね。

たくさん、たくさん、ありがとう』

お母さん…。手紙は涙で滲んでボロボロだったよ。

だから、“紙を買って来てくれ”って言ってたんだね。

お母さん…。ありがとう…、ありがとう…、ありがとう…。

まだ遊んでるよ。プレゼントしてくれたスーパーマリオランド。

平成30年 7月10日(火) 晴れ

朝から晴れています。

今週は暑くなるようです。

日曜日まで、特別警報が岐阜県に出されました。

昨日も夕方突如大雨警報が出されました。不安定な天気が続いています。

また、昨日この地方に梅雨明け宣言が出されました。これから蒸し暑くなります。

<教え子から学ぶ>⑥

高校に入学したばかりの頃、Bさんは一日中機嫌が悪かった。どうして機嫌が悪いのか

わからなかった。でも、顔で判断してはいけないが、明らかに不機嫌そうで声がかけ辛か

った記憶がある。

4月の教育相談の時期。Bさんとの懇談。

「申し訳ない。違っていたらごめんね。どうして不機嫌そうにしてるの?笑顔の方が素

敵なのに。」と言ったら、実は、“高校に行かないで美容師になるつもりでいたのに、親に

説得されて、高校だけは出ておきなさいと言われた。何の目的もないまま、どうせ美容師

になるのだから、高校なんて行く必要がないと言う思いでずっといた”とのことだった。

それなら、いっそのこと、“いつも行っている美容室で何日か働かせてもらったらどうか”

と提案しました。土曜日か日曜日ならば、学校にも来ない日なので。そして、お金もらわ

なければアルバイトではないし。

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Bさんの話では、実際には3週間。毎土曜日、日曜日に行ったそうです。

行ってみたら、Bさんの肌に合わなかったのか手が荒れて、また、一日立ち仕事で足が

パンパンになり、一日いるだけでぐったりとしたそうです。趣味で自分が好きなように人

の髪の毛を触って、いじっているのはいいけど、お客さんのいうとおりにするのって大変

で、しかもいつもニコニコしていることの大変さや働くって大変だということが身にしみ

たそうです。お店の人にいろいろ話を聞いているとやはり高校を出ておいたほうがよいと

のアドバイスも受けたそうです。

本来なら私たちがすべきところをその方たちにしてもらいしました。ありがたいことで

す。いろいろな方からの話を伺い、自分の将来を見据えるって大切ですな。

今で言うインターンシップ?を終え、Bさんは気持ちが吹っ切れたのか、不機嫌そうで

もなく、自然な笑顔で過ごしていました。皆もBさんの笑顔を見ると自然に笑顔になれま

した。

その後、Bさんは高校を卒業し、短大に行った後、保育士になり、結婚して、今は専業

主婦です。自分のかわいい娘の髪を編みこみしたり、三つ編みにしたり、カットしたりし

ているそうです。

自分の趣味がそのまま仕事になればそれにこしたことはないけれど、どの仕事も大変で

すね。自分が思っているだけではなく、踏み出して体験することでまた違った見方ができ

ます。将来の自分のキャリアのためにも、いろいろな体験をしておく必要があると思いま

した。

平成30年 7月 9日(月) 晴れ

朝から晴れています。

今週は暑くなるようです。

昨日まで、特別警報が岐阜県に出されました。

川が氾濫し、床上浸水、床下浸水など、大変な地域もあったようです

被災した生徒がいないか、学校としても何か協力できることはないかと考え、とりあえ

ず、生徒からの情報収集をすることにしました。

今は何事もなかったかのように静かに時は流れています。でも、昨日までの大変な状況

下の中、まだ、片付けに追われておられる方もいるかと思います。

暑くなっています。熱中症に気をつけましょう。

もうすぐ梅雨明けか?雷がごろごろと鳴っています。

平成30年 7月 6日(金) 雨

昨日から継続して、大雨警報が出ています。規定により自宅待機。

11時に買っても解除にならず、結局、土日を含めて5連休になってしまった。

補充授業日を設定しなければならないかな?

各地で記録的な雨。岐阜県も大変なことになっている。

昨日の課題の連絡で、課題やってますか?

まだ、明日も続くようです。

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大丈夫かな?

台風 8 号も発生し、来週もまた心配。

平成30年 7月 5日(木) 雨

朝から大雨警報が出ていました。規定により自宅待機。

昨日の夕方警報が出ていたところも、未明に一時、注意報に変わっていたところがあり、

関市もそうでした。5日は学校再開かと思いきや3時50分頃、警報に切り替わりました。

このまま自宅待機になるかなと・・・・。

ところで、自宅にいる生徒諸君は、各自、このときとばかりに、きっと、自分の思い通

りの学習をしているという生徒もいると小耳に挟みました。すごいですね。無理せず、焦

らず、頑張り過ぎないようにね。

でも、もっとやって欲しいから、申し訳ないけど、“すぐメール”で月曜日までの課題を

出しました。明日、警報解除で登校することがあっても課題の量は減らないので、早めに

やっておくほうが無難かな? まだまだ雨が続いています。土に含むことができるキャパ

を超えたら大きな災害になります。大きな災害にならなければいいと願っています。

<教え子から学ぶ>⑤

言葉は魔物である。

生徒を指導しているとき、生徒のことを思って、熱く語っていた。今思えば自分の言葉

に酔っていたのかもしれない。自己満足だったのではないだろうか?

その“説教”が終わった途端、彼は、「おまえが、“生きる価値ない”と言ったから、お

前の思っているとおりに辞めりゃいいんやろ?辞めたるわ。」と言った。(5月18日に書

いた生徒とは別の生徒です)

そんなつもりなど毛頭なかった。

本人には理解できない言葉や、くどいことを言っていたのかもしれない。“生きている価

値がない”と言うところだけが、彼の頭の中に残ったのだろう。

もう一度、丁寧に言葉を選んで、ゆっくり、やわらかく話した。

「私の本当の気持ちをわかってくれるかな?」って、あらためて聞いたら、彼は、「ええ

よ。」と即答した。“えっ?そんなに軽いの?”と思ったけれど、まずはホッとしました。

何とか、事無きを得たのですが、彼の理解の範疇を超える言葉のオンパレード(大して

難しい言葉は使わなかったのだが、彼にとっては、日本語ではないとのことだった)だっ

たのだろう。だから、彼はどうしていいのかわからず、理解できるところだけ、言葉を切

り取って、面倒臭いから、「やめりゃいいんだろ」と言う短絡的な回答になったのだろうと

推測できる。

私はそれ以来、言葉は難しく話して権威付けることよりも、相手にこちらの本意がきち

んと伝わっているのかどうかを気にするようになりました。

都合のいい部分だけ切り取られるのも悔しいから、無駄に長く、余分に、くどくどとし

ゃべらないようにもしている。

相手に自分の本意が思い通りに伝わるならばそれでよい。

簡単な言葉で、誰にでもわかるようにするのが、相手とコミュニケーションをとるため

に本当に大事だと、私なりに気付かせてもらった。そうすれば、話は的確に伝わるし、話

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も短くてすむから一石二鳥です。

言葉は言霊です。発せられた言葉は魂を持って相手に届くのですね。一言一言を大事に

したいものです。

教え子に大切なことを教えてもらいました。

平成30年 7月 4日(水) 雨

台風7号が日本海を北上し、暴風圏は無くなったが、暖かい空気が太平洋上から供給さ

れて、雨が降っています。

午前中にも大雨警報が発令される予測なので、早朝に休校と、“すぐメール”を出しまし

た。災害が起こらないことを祈ります。

<現状維持は後退である>

最近の子どもたちは元気がないように見えます。

若者らしく、いろいろなことにチャレンジしてほしいと願っています。

しかし、多くの若者は失敗を怖れ、敢えてチャレンジをしていないのではないでしょう

か。

現状のままでは後退と同じです。(5月10日にも書いてあります)

失敗するということは、何か行動をしたという証です。

失敗したっていいじゃないですか。

失敗した後、どのようにすればよかったのか、また、今後どのようにすればよいのかを

考えることの方がとても大切だと思います。

失敗したことが節となり、その節がいっぱいある竹こそが、どんな困難にも打ち克つこ

とができる、しなやかで丈夫な竹になるのです。

節のない竹は、見た目はきれいかも知れませんが、重い雪などが乗るとその重さに耐え

かねて、折れてしまいます。

子どもたちには、失敗を怖れず、常に前向きで、チャレンジして欲しいと願っています。

<人間万事塞翁が馬>

ところで、失敗とか成功とか言っておりますが、何を持って失敗とするのか、または成

功とするのかの基準は人それぞれであって、定かではありません。

成功だと思っていたものは、実は失敗の前触れであったり、失敗だと思っていたものは、

実は成功への足掛かりになっているのかも知れません。

それはまさしく「人生万事塞翁が馬」。

いずれにせよ、若者の特権は、失敗を怖れず、常に何かにチャレンジができるというこ

とだと思います。

平成30年 7月 3日(火) 晴れときどき曇り

朝から蒸し暑い。

台風7号が九州に接近しています。梅雨前線が刺激されて大雨に警戒しなければいけな

いか?4日(水)から週末にかけて、天気を気にしながらの毎日になると思います。

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<教え子から学ぶ>④

4月からも担任を持つことになり、いろいろな思いを胸にクラスの準備をしていたとき

のこと。

あるところから電話があった。

「今度お宅の学校に入学する生徒Aさんを連れて帰って欲しい。」とのことだった。

まだ、入学もしていない4月はじめ。かといって、4月からの新入生は中学校を卒業し

て高校に合格し入学予定なので、在籍は高校になる。

その生徒の親は不在で連絡が付かないとのこと。

まだ、皆に公表されていないけど、その生徒の担任になるであろう私が行くことになっ

た。

その後、いろいろあって、Aさんは学校を去った。

Aさんのことは気にはなっていたものの、転居したらしく、その後の消息はわからなか

った。

ところがそれから20年後、偶然、その当時とは別の、私の勤め先で出会った。

Aさんに向かって、私が、「Aさんやない?」と言うと、Aさんは、びっくりした顔で、

でも、はにかんで、「○○高校の時にお世話になった先生?」と、あのときのとげとげしい

印象はまったくなく、丁寧に返してくれた。

その日の仕事の終わりに、時間を忘れて、Aさんといろいろ話した。

“退学した後は、最終学歴は中卒なので、資格を取るのに大変苦労したこと”、そして、

“大変だったがゆえに、私がとにかく「やめないで続けるように」と言ったことが、いつ

も脳裏をよぎっていたこと”などを話してくれました。

また、“あの時は、勢いでやってしまったけど、その後にこんなに大変苦労するとは思わ

なかった。今思えば、先生の言うことを聞いておけばよかった”とも言ってくれました。

しばらく話していましたが、その当時のあどけない15歳のAさんが蘇り、懐かしさで

いっぱいでした。

人は苦労して失敗して成長していくものなんですね。

Aさんと再会し、時が人を大人にしてくれたんだと実感しました。そして、あらためて、

何年かして大人になった生徒たちと思い出が語れるのも、教師冥利に尽きるものだとも感

じました。

でも、今思うと、当時、まだ駆け出しの教員で、偉そうに生徒たちに語っていた自分が

恥ずかしいです。生徒にとって満足のいく、納得の行く指導ができたとはおおよそ言いが

たいかもしれませんが、それを許してくれていた、いや許さざるを得なかった、当時の生

徒たちに申し訳なさでいっぱいです。

平成30年 7月 2日(月) 晴れ

晴れていますが、台風7号の影響で、少し蒸し暑いです。

今週の水曜日4日の朝、大雨にならないといいですが。

今週は、3週間の教育実習を終える卒業生の研究授業があります。

頑張ってください。

今朝、岐阜新聞に教員が足りないと言うニュースが出ていました。人づくり、子どもと

の触れ合い、そして、教育に携わっているという責任感と充実感。いつまでも若い生徒た

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ちと関わっていることで若さが保たれています。

毎回言いますが、ぜひ本県の教員になりたいという志望が強くなってくれることを期待

しています。

関市は「LGBT フレンドリー宣言」をして約2年になります。

高齢者、障がい者、若者、性別などいろいろなことにとらわれることなく、多様な市民

がお互いを尊重し合い、みんなが暮らしやすく、認め合い活躍することができるようにと、

「ダイバーシティ(多様性)」について考える会が、昨日、7月1日日曜日13時から16

時、関市わかくさ・プラザ「総合福祉会館」3階の会議室で行われました。

この会は、関高校と関市市民協働課と中部学院大学が協働開催です。

関高校の担当は、SGH の研究の一環として、LGBTの研究を進めているグループが事

例発表、イベントの運営、ワークショップの進行でした。

関高生の発表の後、中部学院大学の竹之下祐二教授から「霊長類の性」について、同大

学の水野友有准教授から「障がい者の性」についての講演が行われました。

この後、ワークショップでは、団体メンバーや当事者、高校生、一般参加者の方々が、

多様な個性を認め合えるまちづくりの必要性などについて意見交換をしました。特に、時

間のない中でテーマを絞り、「制服」や「トイレ」について、6つのグループに分かれ、討

議がなされました。

その司会進行も関高生。

生徒諸君の発表から、段取り、進行が素晴らしく、大人顔負けだったと思います。

いろいろな生き方が認められ、そして、自分の居場所があれば安心できますね。誰もが

安心して、ありのままの自分でいられると、生きやすいですね。

ありのままの自分と言えば、こんな生徒がいました。

<教え子から学ぶ>③

A子さんは、何度も確認したり、いつもおどおどしている態度の生徒でした。

生い立ちを聞くと、小さい頃から「いい子」として頑張ってきたようです。A子さんのお

母さんは、お姑さんに気を遣い、また、弟たちのことでお姑さんによく叱られていました。

それを間近で見ていたA子さんは、自分がいい成績を取ることで、また、優等生として努

力し続けることで、お姑さんから、お母さんを守ろうとしていました。

でも、やがて、A子さんは、お姑さんやお母さんの期待に応えられず、『自分はいない方

がましだ。』と思うようになりました。

本来、A子さんは音楽が好きで、勉強よりも、音楽を聴いて過ごしていたかったのです。

しかし、周りの評価が気になり、いい子にしているのが、本当は窮屈でたまらなかったの

です。

本人は苦しくなりました。

どうしてよいかわからなくなり、担任である私に相談に来ました。

私は、A子さんの話を聴くだけでしたが、彼女が自分で話していく中で、少しずつ本当

の自分の気持ちに気づきはじめました。

“自分自身の姿をあるがままに受け入れ、優等生じゃなくてもいいんだ”と思えるよう

になったら、気分が晴れたようでした。

それから、A子さんはありのままの自分を受け入れることが出来るようになり、表情も

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生き生きと輝き、笑顔も出るようになりました。

「ありのままの自分」を受け入れるということは、背伸びせず、身の丈に合った生き方を

すればよいということ。いい子でなくとも、完璧でなくとも、存在しているだけでいいの

だということ。

大人から、『どんなあなたでも、あなたのことが大好きだよ。』と、存在価値を認めても

らいながら育つことによって、それは可能になっていくものだと、私は思います。

『どんなことがあっても、時には、親に反抗しても、我が子は我が子。あなたは自分た

ちにとって、かけがえのない存在なんだよ。』という親の、無言のメッセージが、「どのよ

うな自分であっても、生きていていいのだ。」という安心感を育てるのではないでしょうか。

人は、それぞれ得意・不得意があります。

不得意なことを出来るように努力することは大切なことですが、不得意な自分を責める

のではなく、「これが出来なくても自分は自分」と受け入れることも大切なことだと思いま

す。

今まで着ていた、「人の期待に合わせる」というコートを脱いで、ありのままの自分を見

つめ直し、その自分と素直に生きてみませんか?

平成30年 6月29日(金) 雨ときどき曇り

2週間の教育実習を終えた卒業生が今週で本校を去ります。3週間の卒業生はまだ残っ

ていますが。

この教育実習期間、どんな思いを持ってくれたのだろうか。

ぜひ、本県の教員になりたいという志望が強くなってくれたことを期待しています。

ところで、教員免許更新制度は、田舎にとって、都会との教育の機会均等を徐々に奪っ

ていくひどい制度だと私は思っています。法律で決まっているから仕方ないですが、この

国は人材教育を、田舎ではやらなくてもいいと言うのでしょうか?

昔なら、“資格は重荷にならないから取って置くか”程度で、多くの方が教員免許を取得

しておいてくれた。それでも構わなかった。そして、「免許持っているなら勤めてもらえま

せんか?」と言えば、「ではいいですよ。」と言って、すぐに教壇に立ってもらえた。

ところがこの制度のおかげで、「教師をやってもらえないか。」と言っても、すぐにやっ

てもらえない。

免許更新してなければできないからだ。

更新のために、5日間×6千円=3万円の受講料と更新講習を受けた後の手続きに3千

円、日数的にも、受講期間が限られているので、講習を受け、合格後、手続きも含めれば、

少なくとも1年は掛かる。

さらに、指導の大変な学校からの講師のオファーならやりたくないと思われるだろう。

そんなことなら。更新するのを辞めたほうがいい、無理して更新することないと思われる

だろう。3万円かけて面倒なことをするくらいなら、更新しないほうがいいということに

なるだろう。

教科によっては、絶滅危惧教科が出てきそうだ。

以前、1年間ずっと探し続けて、見つからず、結局、授業を開講できなかったことを思

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い出す。そのとき、ハローワークに求人広告をすればよかったのだが、それ以前に、そう

したことで、私自身が痛い目にあったことがトラウマになっており、踏み出せなかった。

人探しに奔走しなければならないのは、火を見るより明らかである。

早くこの制度が無くなってくれないかな?と個人的に思うが、10年続いたから、もう

無くならないのかな?

本当に深刻な問題だと思う。

“都市部ではすぐに見つかるから、何の問題もない”と答えられるだろう。自分たちに

は問題として降り掛かってこないからだ。

田舎には、物理的に人が居ない。子どもたちは、進学して、どんどん都会に出て行って

しまう。便利な生活に慣れ、そして、田舎には、戻ってこない。鮭のように戻って来て欲

しいが、一度便利な生活に慣れると無理だ。

教員は黙って、黙々と働く人種である。

文句は言われながらも、寡黙に働く人種である。

議員を使って、金に物言わせて、制度やルールを作られる職業の方たちとは、おおよそ

正反対の人種である。教員は黙って言われるがままになっていくのだろうか。

国づくりは人づくり。

その人を作るための人材がいない。とにかく、国を繋いでいく、地域を繋いでいくため

には、これからの社会を背負っていく人材を育成していかねばならない。

急務だ。こんなことでいいのかと嘆いていても、時は過ぎていくだけか。

何とかせねばと思う毎日で、力のない、金のない私には無力感だけが残るが、私のでき

ることをやっていこう。

平成30年 6月28日(木) 雨ときどき曇り

今日は8の付く日。先生方、早く帰ってくださいね。

昨日から今朝にかけて、少し雨が降りました。今も少し降っています。蒸し暑いです。

昨日、エアコンを午後、入れました。さすがに4階は暑かった。今日は蒸し暑くて、熱

がこもりそうです。熱中症にならないようにこまめに水分補給も忘れずに。

<教え子から学ぶ>②。

私がある学校で教えた生徒。この生徒は入学時から公務員志望。市役所勤務にあこがれ

ていました。

2年生のとき、私が担任になった。

4月の二者面談のとき、「私は高校を卒業したら、市役所に勤めたいのですが、いいです

か?」と聞かれた。

私は、“いいね。目標があって。頑張って”というような内容のことを言ったと思います。

彼女は怪訝な顔をして、「いいんですか?」と言う。

“どうしてこんなことをいうのだろう”と理由がわからず、私自身“?”でした。

話していく中で、“この高校では、必ず大学進学をしなくてはいけない、大学受験をしな

ければならない”と、1年生のとき、担任の先生からずっと言われていたとのこと。

本人は、高校卒業後に就職することはいけないことだと思い込んでいて、その話をされ

て以来、その生徒は、気持ちがふさぎこんでいたというのでした。

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私は、“高校を卒業してすぐに公務員になったって構わないし、むしろ目標を持って生き

ていることは素晴らしいことだ”というようなことを話しました。“ただ、公務員の試験は、

絶対受かるという保証もないから、もし、受けさせてもらえるなら、大学受験もするとい

うのもひとつの方法で、第1希望は公務員としておき、第2希望は大学進学とでもしてお

いたらどうだろうか”などと話した。“もし、3年生になって、僕以外の担任になって、理

解してもらえない場合は、第1希望の公務員は内に秘めておいて、あなたの第2希望の大

学受験を、名目上、第1希望にしたらどうだろう”などとも話した。

今思えば、その場しのぎ?のアドバイスみたいでした。

私は次の年、転勤することになりました。

彼女にそのようなアドバイスをしたことをすっかり忘れて、何年か経ったある日、所用

があって、ある市役所を尋ねました。

受付で、書類交付の手続きをして、カウンターに持っていったときのことです。

「先生ですよね?○○高校のとき、2年生で担任をしてもらった△△です。覚えておられ

ますか?」と言われ、一瞬、ドキッとしましたが、名前がすぐに出てきて安堵。ホッと胸

をなでおろしました。何とその彼女でした。

時間があるかと言われたので、少し待っていると、休みを取ってわざわざ話に来てくれ

ました。

彼女の話だと、あれから、3年生になり、生徒全員が大学受験に向かっている中、やは

り担任の先生の理解が得られず、公務員が第1志望であることを前面に出せなくて苦しか

ったとのことでした。

彼女は、私が言ったように、表向きは、第1希望は大学受験にしたとのことでした。で

も、家では、9月の公務員試験に向けて、問題集や公務員対策の講座なども積極的に受け

ていたとも言っていました。

公務員試験に、無事、合格という通知をもらった後は、公務員になることは決めていた

ものの、大学にも受かりたいとの思いも強くなり、他の生徒と歩調をそろえて受験勉強を

頑張りました。

その結果、自分が公務員になれなかったら行こうと決めていた大学にも合格することが

できたとのことでした。

でも、卒業後は合格した市役所の職員として就職したとのことでした。

まさか、私の言った言葉を実践していたとはびっくりでした。

生徒の進路相談だから、もっと、しっかりとしてあげるべきではなかったか、たまたま

うまくいったけれど、今思うと、苦い思い出です。

今、彼女は活き活きと働き、若いながら、管理職として働いています。

私としては嬉しい限りですが、子どもたちの一生を左右する出口の指導には、もっと真

剣に関わらなければいけなかったと、今は反省しきりです。

平成30年 6月27日(水) 雨ときどき曇り

昨日から今朝にかけて、少し雨が降りました。今も少し降っています。蒸し暑いです。

昨日、エアコンを午後、入れました。さすがに4階は暑かった。今日は蒸し暑くて、熱

がこもりそうです。熱中症にならないようにこまめに水分補給も忘れずに。

Page 237: 1月令和2年 1月 7日(火) 曇りのち雨 朝から曇っている。 気持ちも晴れないが気力でカバーかな。 いよいよ今日から始業です。 近隣のある学校では昨日が始業日だったとか。

5月21日にも書きましたが、あらためて「ピンチはチャンス?」。

ピンチはどう見てもピンチです。でも、気持ちを切り替えて、ピンチに真正面からぶつ

かってみてはいかがでしょうか。

それは次へのチャンスに、きっとつながります。

ピンチからいつも逃げてばかりいては成長もしないし、一生逃げ通せることなどあり得

ません。ピンチを楽しめるような心の余裕がある、寛い心を持ちたいですね。

人はいろいろな場面に遭遇します。

ピンチは人を鍛えてくれます。ピンチに動ぜず、どのようにしたら解決するのか、させ

なければならないのかを常に考えることが大切です。

そのためには次の「かきくけこ」を大切にしてほしいです。

「かきくけこ」とは、すなわち“観察”、“記録”、“工夫”、“継続”、“心”です。

何事もじっくりと“観察”し、それを“記録”し、情報を蓄積する。その情報を元に、

いかに“工夫”して、そのピンチから脱却するか。それを解決するかを考えましょう。

そして、“続ける”こと。さらに“心を込めて”。

どんなことも地道に続けていれば何かを得るものです。

“継続は力なり”です。

小さなことでも、粘り強く続ければ、何がしかの成果は得られるものです。

よい結果であろうが、悪い結果であろうが、続けてみて、初めて分かることもあります。

それが次の成功に導いてくれるはずです。

諦めず、こつこつと続けましょう。

誰にでもできそうですが、意外とできないものです。

でも、誰にでもチャンスはあります。

ずっとピンチばかりが続くわけでもないし、ずっと幸運が続くこともないと思います。

冷静に、頭を冷やして考えれば、必ず何かひらめきが頭に浮かんでくることでしょう。

平成30年 6月26日(火) 晴れ

今日も暑くなるようだ。昨日は県内で真夏日になったところもある。熱中症にならない

ようにこまめに水分補給をしよう。

<教え子から学ぶ>①

3年生の担任のとき。

ある生徒T君。彼は自分の進路では、迷うことなく大学進学を目指していました。

秋頃。本格的に受験先や今後のことを考えている矢先、急にお父さんが交通事故に遭い、

亡くなってしまった。

葬儀も終わってしばらくしてから、生活していかねばならないので、母親はパートに出

ました。近くのスーパーです。

交通事故の補償もないまま、また、母親も専業主婦であったため、今後、金銭的に困窮

するであろうから、はたして、進学してよいものかと、彼は途方にくれました。

それまで、父親の稼ぎが十分であったため、進学のために蓄えを残してあったわけでは

なく、安心しきっていたとのことでした。

まだ、下に妹弟2人います。

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いろいろ、家庭で話し合ったのでしょう。彼は進学を断念することにしたと言ってきま

した。

今の母親の稼ぎでは、毎日の生活をしていくのがやっとだと、母親も涙ながらに話して

くれました。

彼も泣く泣く進学をあきらめ、就職することにしました。

しかし、急な進路変更と、もう就職試験も終わっていたので、なかなか自分の希望する

職種が探せませんでした。

母親を助けたいとのこともあり、何とか、近くの工場で働くことになりました。

でも、やはりいつかは進学したいから、勉強は細々とでもやっていくと彼は言っていま

した。しばらくして、風の便りで、一家はどこかに引っ越したとのこと。今どうしている

のだろう。

その後、担任をしていく中で、親が、急にシングルで育てなければならない状況がでて

くる場合が多くなりました。

それを垣間見るたびに、女性でも男性でも、たとえシングルになっても子どもの夢をあ

きらめさせるような事態になってはいけないなと思っています。

そのためにも、とにかく、資格を取っておこう。資格を持っていることは重荷にはなら

ないと思います。その資格が必要な職業に就いていれば、辞めた後でも、いつでも再就職

が可能ではないかとも思っています。

平成30年 6月25日(月) 晴れ

暑くなるようだ。34℃の予報です。

先日6月23日は沖縄戦の終結の日。沖縄県が制定している「慰霊の日」である。

沖縄県民の4人に一人が犠牲となった太平洋戦争。

この慰霊の日に中学生の詩の朗読を聞きました。

感動しました。言葉の力を感じました。

全文がいろいろなところで紹介されていましたので、打ちました。

ぜひ、読んでみてください。

「生きる」

沖縄県浦添(うらそえ)市立港川中学校3年 相良倫子(さがらりんこ)さん

私は、生きている。

マントルの熱を伝える大地を踏みしめ、心地よい湿気を孕んだ風を全身に受け、草の匂

いを鼻孔に感じ、遠くから聞こえてくる潮騒に耳を傾けて。

私は今、生きている。

私の生きるこの島は、何と美しい島だろう。

青く輝く海、岩に打ち寄せしぶきを上げて光る波、山羊の嘶き、小川のせせらぎ、畑に

続く小道、萌え出づる山の緑、優しい三線の響き、照りつける太陽の光。

私はなんと美しい島に、生まれ育ったのだろう。

ありったけの私の感覚器で、感受性で、島を感じる。心がじわりと熱くなる。

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私はこの瞬間を、生きている。

この瞬間の素晴らしさが、この瞬間の愛おしさが、今と言う安らぎとなり、私の中に広

がりゆく。

たまらなく込み上げるこの気持ちを、どう表現しよう。

大切な今よ。

かけがえのない今よ。

私の生きる、この今よ。

七十三年前、私の愛する島が、死の島と化したあの日。

小鳥のさえずりは、恐怖の悲鳴と変わった。

優しく響く三線は、爆撃の轟(とどろき)に消えた。

青く広がる大空は、鉄の雨に見えなくなった。

草の匂いは死臭で濁り、光り輝いていた海の水面は、戦艦で埋め尽くされた。

火炎放射器から吹き出す炎、幼子の泣き声、燃えつくされた民家、火薬の匂い。

着弾に揺れる大地。血に染まった海。

魑魅魍魎の如く、姿を変えた人々。

阿鼻叫喚の壮絶な戦の記憶。

みんな、生きていたのだ。

私と何も変わらない、懸命に生きる命だったのだ。

彼らの人生を、それぞれの未来を。

疑うことなく、思い描いていたんだ。

家族がいて、仲間がいて、恋人がいた。

仕事があった。生きがいがあった。

日々の小さな幸せを喜んだ。手をとり合って生きてきた、私と同じ、人間だった。

それなのに。

壊されて、奪われた。

生きた時代が違う。ただ、それだけで。

無辜の命を。あたり前に生きていた、あの日々を。

摩文仁の丘。眼下に広がる穏やかな海。

悲しくて、忘れることのできない、この島の全て。

私は手を強く握り、誓う。

奪われた命に想いを馳せて、心から、誓う。

私が生きている限り、こんなにもたくさんの命を犠牲にした戦争を、絶対に許さないこ

とを。

もう二度と過去を未来にしないこと。

全ての人間が、国境を越え、人種を越え、宗教を越え、あらゆる利害を越えて、平和で

ある世界を目指すこと。

生きる事、命を大切にできることを、誰からも侵されない世界を創ること。

平和を創造する努力を、厭わないことを。

あなたも、感じるだろう。

この島の美しさを。

あなたも、知っているだろう。

この島の悲しみを。

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そして、あなたも、私と同じこの瞬間を一緒に生きているのだ。

今を一緒に、生きているのだ。

だから、きっとわかるはずなんだ。

戦争の無意味さを。本当の平和を。

頭じゃなくて、その心で。

戦力という愚かな力を持つことで、得られる平和など、本当は無いことを。

平和とは、あたり前に生きること。

その命を精一杯輝かせて生きることだということを。

私は、今を生きている。

みんなと一緒に。

そして、これからも生きていく。

一日一日を大切に。

平和を想って。

平和を祈って。

なぜなら、未来は、この瞬間の延長線上にあるからだ。

つまり、未来は、今なんだ。

大好きな、私の島。

誇り高き、みんなの島。

そして、この島に生きる、すべての命。

私と共に今を生きる、私の友。私の家族。

これからも、共に生きてゆこう。

この青に囲まれた美しい故郷から。

真の平和を発進しよう。

一人一人が立ち上がって、みんなで未来を歩んでいこう。

摩文仁の丘の風に吹かれ、私の命が鳴っている。

過去と現在、未来の共鳴。

鎮魂歌よ届け。悲しみの過去に。

命よ響け。生きゆく未来に。

私は今を、生きていく。

平成30年 6月22日(金) 晴れ

朝は涼しいけど、これから30℃を超える暑さになるとの予想です。

いよいよ夏か?

いや、その前に、梅雨明けの大雨がないと?

そんなの困るなあ。

とりあえず、本日はこまめに水分補給をしましょう。

また、本日3年生は校外研修で京都方面へ行きます。月曜日に大阪の北部で地震があっ

たので心配です。から暑いですね。

教育実習生も 1週間を終わりました。早いものですね。この 1 週間でどんなことを感じ

てくれたでしょうか?

Page 241: 1月令和2年 1月 7日(火) 曇りのち雨 朝から曇っている。 気持ちも晴れないが気力でカバーかな。 いよいよ今日から始業です。 近隣のある学校では昨日が始業日だったとか。

一昨日、ある方とお話していた中で、ドキッとすることがあり、気になったので書きま

す。

昨今、携帯電話やスマホを操作することが多くなっていませんか?

そのときのあなたの姿勢ってどうでしょうか?

画面を見るために下向き、つまりうつむき加減になってはいないでしょうか?

これをずっと続けていると、あなたの脳は、あなたの体の状況を察して、ふさぎこんで

いる状態、言い過ぎかもしれないが、うつ状態だと認識し、体が不調になることもあるの

ではないかということです。

確かに、体が勘違いするのも頷けます。

話が少しずれているかもしれませんが、私が以前担任していた生徒で、暗い雰囲気で、

生徒たちも声をかけづらく、いつも一人でいる生徒がいました。いきがっているのではな

く、多分、自信がないので、髪の毛を前に垂らし、額はおろか、眼まで髪を伸ばして隠し、

さらには下を向いてうつむきかげんにしているのではないかと推測しました。

傍目にも、元気がなさそうにしていたし、よく、体調不良を訴え、よく欠席や遅刻、早

退をしがちでした。

担任としても気になり、よく懇談をしました。

なかなか自分の本音を出してくれなかったのですが、やがて、時が経つにつれ、徐々に

打ち解け、話してくれるようになりました。

懇談していく中で、やはり、“誰かに見られている”とか、“どういう風に言われている

のか不安で仕方がない”などと言っていました。

私自身も、“自分でも、どういうように見られるのか、また、じろじろと見られているの

ではないか”と思いすぎるところがあります。自分でも引っ込み思案なのに、他人には、

冷静を装って、偉そうに言ってしまいました。

「君が思っているほど、他人は、君に関心なんか持ってないし、意外と見てないんだよ。」

とか、「どうせ生きていくんだったら、髪を上げて、顔をしっかり出して、堂々と胸張って

いこうか?」などとも言いました。

その後、すぐには、彼もなかなか変わりませんでしたが、ある日、前髪を少し切り、額

を見せて、学校にやってきました。

しばらくすると、少しずつ、クラスの仲間と話ができるようになっていました。

さらに、見ていると、話の輪の中心にいることが多くなったのです。

彼の笑顔が増え、ますます活発になり、元気になり、当然、体調不良を訴えることなど

無くなりました。

一昨日の会話の中で、多少違うかもしれませんが、ふと、このことを思い出しました。

人は脳でコントロールされて生きているんだ、姿勢って大事だなあって、改めて感じま

した。

ここらで、ちょっとスマホから離れて、上を見上げ、視線を上方にして、堂々と胸を張

ってみよう。目を開いたら、今までと違った世界が広がっているかもしれませんよ。

脳には、“私は元気だよ”って思わせましょう。

平成30年 6月21日(木) 雨のち晴れ

今日は夏至。梅雨に入ってから晴天が長続きせず、昨年同様、また、野菜が高騰するの

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ではないかと懸念しています。

人それぞれの個性。

その特性を個性として見極め、生きる術をつけて上げるのが、親であり指導者なのかも

しれませんね。

誰でもできないことはある。不得意なこともある。不得意なことを得意にすることも大

切かもしれませんが、得意なことを伸ばすことでそれが生きていく力になればいいと思う。

こんな先生っていいなっていう文を見つけたので読んでみてください。

小学生のとき、やや知的に遅れのあるA君がいた。

足し算、引き算の計算や、会話のテンポが少し遅い。でも、絵が上手な子だった。

彼は、よく空の絵を描いた。抜けるような色遣いには、いつもびっくりしていた。

担任のN先生は算数の時間、解けないと分かっているのに、答えをその子に聞く。なん

てひどい先生だと、子どもながら思った。

A君は、冷や汗をかきながら、指を使って、「ええと、ええと・・・。」と、答えを出そう

とする姿を、周りの子どもたちは笑う。

N先生は答えが出るまで、しつこく何度も言わせた。

そんなN先生が、私は大嫌いだった。

クラスもいつしか代わり、私たちが小学6年生になる前、N先生は違う学校へ転任する

ことになったので、全校集会で先生のお別れ会をやることになった。児童代表でお別れの

言葉を言う人が必要になった。

先生に一番世話をやかせたのだから、「A君が言え。」と、言い出したお馬鹿さんがいた。

お別れ会で一人立たされて、どもる姿を、その彼は期待したのだ。ひどいやつだ。

でも、私は、そのお別れ会のA君の言葉を忘れない。

「ぼくを、普通の子と一緒に勉強させてくれて、ありがとうございました。」

A君の感謝の言葉は10分以上にも及んだ。

“水彩絵の具の色の使い方を教えてくれたこと”、“放課後つきっきりでそろばんを勉強

させてくれたこと”など。

その間、おしゃべりをする子どもはいませんでした。

N先生がぶるぶる震えながら、嗚咽をくいしばる声が、体育館に響いただけでした。

教員が少なく、子供たちが家から2時間ほどかけて登校しなければならないような過疎

地へ、N先生は自ら望んで赴任されたそうです。

N先生のお家には、毎年夏に、A君から絵が届くそうです。

A君はその後、公立中高を経て、美大に進学しました。

お別れ会でのN先生の挨拶が思い浮かびます。

「A君の絵は、ユトリロの絵に似ているんですよ。みんなはもしかしたら、見たこと無

いかもしれない。ユトリロっていう、フランスの人でね、街や風景をたくさん描いた人な

んだけど。空が、綺麗なんだよ。」

「A君は、その才能の代わりに、他の持ち物がみんなと比べて少ない。だけど、決して

取り戻せない物ではないのです。そして、A君はそれを一生懸命自分のものにしようして

います。これは、簡単なことじゃありません!」

A君は、空を描いた絵を送るそうです。その空はN先生が作り方を教えた、美しいエメ

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ラルドグリーンだそうです。

先日、デパートのポストカードに美しい水彩画と、A君のサインを発見いたしました。

N先生は今、僻地の小学校で校長先生をしているそうです。

平成30年 6月20日(水) 雨

朝から雨。大雨注意報が出ています。

地震のあとによく雨が降ります。なぜかその印象が強いです。

昨日、SGH講演会がありました。1,2年生対象ですが、飛騨古川の渡邉酒造店のコ

ディさんと木元さんがお見えになりました。アメリカから日本やってきて、杜氏として日

本で頑張っているコディさん。その方がいるのを知って、地元飛騨に帰ってきた木元さん。

いろいろな話が聞け、また、生徒が英語で質問をし、コディさんも英語で答えてくれまし

た。とても意義のある講演会でした。

その中でやはり海外で働くグローバルというのもキーワードだけれど、もうひとつは、

地元に戻るということも、キーワードなのかなとも思いました。

コディさんはアメリカから日本の伝統に挑戦している。まさしくグローバルだ。

でも、生活のために、仕事をしなければ生きていけない。仕事は何があるのかいろいろ

探したのであろう。それが杜氏だったのかも。

木元さんは、大学では地元を離れた。

彼女はたまたま戻って来たけれど、田舎から出て行った多くの生徒は、大半はそこで就

職する場合が多いのかな?

なぜならば、戻ってくるにも、地元における情報収集や就職活動にものすごいエネルギ

ーとハンディを背負う。それが面倒なので、行った先の近辺や都会の便利な生活に浸って、

就職は、結局、そのあたりで落ち着くのだろう?

田舎にとっては、これは由々しき問題である。子どもがどんどん流出し、ゆくゆくは限

界集落になってしまうだろう。ある自治体では、進学に熱を入れすぎたがために、子ども

が出て行ってしまい、子どもたちが戻って来ず、町が消滅してしまったところもあると聞

く。やはり出て行っても、安心して戻ってこられるような準備を自治体も含めて考えるべ

きかな。

就職先がある、働き先があるって大事ですね。

今、地域循環型社会を構築していかないといけないと思って少しでも君たちの多くが戻

ってこられるようにしたいと考えています。そうしないと町は無くなってしまいます。

でも、最近、インターネットの普及で、その場所にいなくても在宅ワークができるよう

になっていっている。だから、地方だとか、都会だとか。あまり関係なく仕事ができるよ

うになっていくのかな。

今、産後休暇や育児休暇など、仕事場から物理的に離れなくてはいけないことがあるけ

れど、ひょっとすると、在宅ワークになれば、特段に休暇をとらなくても、仕事は家で子

どもを面倒見ながら可能になるのではないだろうか。

まさしく働き方改革なのかな?

直接、人と人とが接しなければならないような仕事はしかたがないけれど、そうでなけ

れば、webカメラなどのTV会議システムを使っての会議などで対応できれば、出張だ

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ってしなくていいし、時代はこれから大きく変わるのではないかと思う。

これからの世の中の変化が楽しみでもある。

平成30年 6月19日(火) 晴れのち雨

昨日は大阪で大きな地震がありました。何かあるとすぐ滞ってしまう現代。

明日は何があるかわからない。毎日、悔いのないように生きなければ。

2人で一緒にいると、喜びは2倍になり、悲しみは半分になる。

他人の喜びを、自分のものと思えば、喜びは2倍になる。

他人に嫉妬すれば、その喜びは半減する。

喜びのおすそ分け。

どんな人の喜びも、自分のことのように喜べば、自分も幸せになれる。

ところで、今は、家族と一緒に住んでいる子どもたち。

でも、今後、下宿したり、親から離れたりしたら、あと何日、親と会える日があるのだ

ろうか?

学生や社会人で一人暮らしをしている人は、年に何日、実家に帰ってるかな?

仮に、仕事が忙しくて、お盆休みに3日、正月休みに3日の、年間6日くらいの人もい

るだろう。

親が今40代後半とする。

男性、女性の平均寿命から考えて長くてもあと30年。

単純計算すると、あと6×30=180日くらいしか会えないことになる。

考えてみたら、もう半年しかない。

考えてみると、あまりない。

いつ亡くなるかわからないから、実際はもっと短いのではないだろうか?

今を大切にしなければいけないね。

こんな文章を見つけました。読んでみてください。

私の母は昔から体が弱くて、それが理由かは知らないが、母の作る弁当はお世辞にも華

やかとは言えないほど質素で見映えの悪い物ばかりだった。

友達に見られるのが恥ずかしくて、毎日、お弁当はゴミ箱へ捨てていた。

ある朝、母が嬉しそうに「今日は、〇〇ちゃんの大好きな海老入れといたよ。」と、私に

言ってきた。

私は生返事でそのまま学校へ行き、こっそり中身を確認した。

すると確かに海老が入っていたが、相変わらず彩りも悪いし、とても食べられるもので

はなかった。

家に帰ると、母は私に、「今日の弁当美味しかった?」と、しつこく聞いてきた。

私はその時、イライラしていたのと、いつもの母の弁当に対する鬱憤も溜っていたので、

「うるさいな! あんな汚い弁当捨てたよ!もう作らなくていいから。」と、つい、き

つく言ってしまった。

母は悲しそうに、「気付かなくてごめんね…。」と言った。目には涙が浮かんでいた。

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それから、母は弁当を作らなくなった。

半年後、母は死んだ。

私の知らない病気だった。

母の遺品を整理していたら、日記が出てきた。

中を見ると、弁当のことばかり書いていた。

「手の震えが止まらず、上手く卵が焼けない・・・。」

日記はあの日で終わっていた。

後悔で涙がこぼれた。

平成30年 6月18日(月) 雨のち晴れ

朝から雨。

昨日は40数名ほどの保護者、生徒の除草ボランティアが集まりました。皆さん、本当

に一生懸命で、短時間なのに、あっという間に、多くの場所がきれいになりました。あり

がとうございました。

さて、今日から教育実習が始まりました。

私自身、30数年前のことを思い出します。

いろいろあって、教育とは縁のない学部から教員を目指しました。人に教えることは好

きだったので問題はなかったのですが、他人より遅れて教育実習に行きました。

実習のオリエンテーション。

知り合いもなく、さびしい思いの中、温かく迎えていただいた指導教官の S先生や実習

生仲間。そして、実習中には温かく見守ってくれていることを肌で感じさせてくれた母校

の生徒。

人って、人の中で生きているんだなって実感させてもらえました。すぐに皆と打ち解け

ました。

あの2週間で本当に、“教員になりたい”と思えました。

あのときの実習ノート。その最後に、「君といつか同じ学校で働いてみたい。」と書いて

くれた指導教官の S先生。

その十数年後に、そのことが現実に起こるとは夢にも思いませんでしたが、実際に起こ

って本当にびっくりしたことを昨日のことのように覚えています。

本当に“縁”を感じます。S 先生とは2週間の接点だったのですが、実習中、いろんな

ことを教えてもらい、物理的な2週間という時間以上の濃密な時間を過ごさせてもらいま

した。

他の実習生以上に、授業を受け持たせてもらいました。演習や講義など少なくとも20

時間以上はさせていただいたような記憶です。ますます教員になりたいと思わせてくれた

先生に本当に感謝です。

ただ、いまだに、教員が、私に向いているのか、向いていたのかはよくわからないまま、

来てしまいました。でも、ここまでやってこられたということは、向いていたのかなと思

いたいですね。

実習生の皆さん。ぜひ、実習を通して、教員になりたいという意をさらに強くしてくだ

さい。教師って楽しいですよ。この年になると、若い生徒諸君からいっぱいのエネルギー

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をもらっていると実感します。

さらに、もっと言うと、岐阜県の教員になってもらい、この地域の子どもたちの教育に

携わって欲しい。“教育の地域循環”。

今、私の中でも、“将来の地域を支える教員をいっぱい作ろうキャンペーン”を実施して

います。

本校の生徒が世界へ飛び出すグローバルな人材と、地域の核となるローカルな人材の両

方を育てたい。いわゆる、“グローカル人材”を育てたいと考えています。

でも、まずは、教育実習を通して、人に教えることや子どもたちと関わることの大変さ、

楽しさを味わい、私たちの仲間になりたいと思って欲しいなあ。

平成30年 6月15日(金) 曇りのち雨

梅雨らしく今日は雨が降りそうです。

17日は、“ボランティア除草”があります。

保護者の方だけでなく、生徒の皆さんも自主的に出てくれる子もいて、嬉しい限りです。

日曜日は、天気もそこそこ、よさそうですが、暑くなる予報で、熱中症にならないように

注意して行いたいです。

ちょっと一服。

<素晴らしい友人>

私が財布から紙幣を出していると、表のガラスドアが開いて、5、6歳くらいの女の子

が店に入ってきた。

顔を赤くし、必死の面持ちで、

「あのう、すみません。」

と言った。私の相手をしていた店員の女性が、

「はい。」、

と言って、女の子の方に向き直ると、女の子は、

「あのう、イチゴのショートケーキはひとつ何円でしょうか」

と丁寧な口調で尋ねた。

「430円です。」

女の子はかわいらしい財布の口を開け、200円、300円・・・、 と声を出して、お

金を数えていたが、

「ああ。ないー。」

と、悲しそうな声を出した。

そして、「どうもありがとうございましたー。」

と、泣きそうな顔で言うと、財布の口も閉めず、一礼してガラスドアの方へ向かって駆

け出した。

すると、女の子はドアの前で人とぶつかり、財布からお金がばら撒かれてしまった。

ぶつかった相手を見ると、なんと、一緒に来た私の友人だった。

友人も、急いで屈み込むと、

「ああ、ごめんね」

と言いながら、女の子と一緒にお金を拾い集め出した。

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「200円、300円、400円・・・・・。あれえ、ほら、480円あるじゃないの?」

「チーズケーキが買えるね。」

と、友人は、女の子の小さな手に、拾ったコインを渡しながら、微笑んで言った。

「あれえ、本当だー?!」

と女の子は、不思議そうに、でも、きらきらした目で言った。

「だめだよ、きちんと数えなきゃ。」

と、友人はやさしい笑顔で言った。

女の子は嬉しそうにコインを握りしめ、私のうしろに、また並んだ。

どうやら、女の子はケーキを買うことができるようだった。

平成30年 6月14日(木) 晴れ

梅雨の合い間のひと時の中休み?さわやかな風が吹き、気持ちのよい朝を迎えました。

また、今日は美濃加茂西中学校の保護者70名ほどの方が本校を訪問されました。ぜひ

本校の一端を見ていただいて、進路選択の一助としてください。

関高校は、安心してお子様を預けていただける学校と自負しています。

さて、話は替わりますが、とてもいい話を目にしましたので紹介します。

<親切のチェーン>

北海道でのある出来事です。

終電の発車間際に切符なしで飛び乗り、車掌さんが回って来た時に切符を買おうと財布

を出そうとしたが、財布がなかった。小銭入れもない。

どこかで落としたのだろうか。

途方に暮れたけれども、そのことを正直に車掌さんに言いました。

「すみません。明日、必ず営業所まで行きますから、今日は乗せてください」

ところがこの車掌さん、なかなか許してくれない。当然ですが、「次の駅で降りろ。」と

言うのです。

次の駅で降りても家に帰る手段はない。

ホームで寝るにしては、北海道の夜は寒過ぎる。

どうしようもなくて困っていたら、横に座っていた同じ年格好の中年の男性が回数券を

くれたのです。

「お礼をしたいから。」と言って、その男性に名前や住所を尋ねたけど、ニコニコ手を振

って教えてくれない。

最後は、借りたことを忘れて、「なぜ教えてくれないのか。」と文句を言ったら、次のよ

うな話をしてくれたのです。

「実は私もあなたと同じ目に遭って、傍に居た女子高校生にお金を出してもらったんで

す。

その子の名前を何とか聞き出そうとしたけれど、絶対に教えてくれない。

すると彼女がこういうのです。

「おじさん、それは私のお小遣いだから返してくれなくて結構です。」

「それより、今、おじさんが『お礼だ。』と言って私に返したら、私とおじさんだけの親

切のやり取りになってしまいます。」

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「もし私に返す気持ちがあったら、同じように困った人を見かけたら、その人を助けて

あげてください。そうしたら、私の一つの親切がずっと輪になって北海道中に広がります。

そうするのが、私は一番嬉しいんです。そうするようにって、私、父や母にいつも言わ

れてるんです。」

と私に話してくれました。

いい親御さんですね。子どもは親の背中を自然と見ていると思います。また、それを実

行しているこの高校生もできた人やね。いい教育をしていますね。自分を振り返ってみる

と、親として子どもにいい背中を見せてきたのかと自問しました。

“できる人”と言われると嬉しいですが、“できた人だ”と言われると、もっと嬉しいか

もしれませんね。

平成30年 6月13日(水) 晴れ

梅雨の中休みか、はたまた、夏の到来か、熱さを感じます。多治見では昨日、30度を越

え、真夏日。今日も越えそうとのこと。

昨日、薬物乱用防止講話がありました。さすが関高校の生徒だとお褒めの言葉をいただ

きました。しっかりと聞くことは当然ですが、話し手が一生懸命話したくなる雰囲気を作

ってくれていたとのこと。嬉しかったです。最後に生徒会長のお礼の言葉。いつもすごい

なって感心して聞いています。

テストも終わり、久々にグランドや体育館などから生徒の元気な声が聞こえて、学校ら

しい日常が戻ってきました。

2 年生 40 名ほどが小中学校に出かけていった一日インターンシップ。

各小中学校に温かく迎え入れていただき、感謝です。また、とても好印象で、好評で、

お礼の言葉まで頂き、やってよかったと思っています。参加してくれた生徒の皆さんの活

躍に感謝です。

昨日、帰り際に、「いつも関高ダイアリー読んでます。」と声をかけてくれた彼女。私が

書いていることを、どのように知ったんだろう。何か嬉しくて、動揺して、名前を聞くの

を忘れてしまった。またの機会でいいので教えてください。

私を元気付けてくれて、ありがとう。

こんな文章を見つけました。読んでみてください。

「私を大学に通わせてくれた母へ」

あなたは私を産むまで、ずっと父の暴力に苦しんでいましたね。

私が産まれた時、あなたは泣きながら喜んだんですね。

私が一歳の誕生日に、借金を抱えたまま、父が自殺しましたね。

借金を返すために、昼はパート、夜は居酒屋で、仕事の毎日でしたね。

保育園では、遠足のおやつは雑穀のおはぎでしたね。

小学校の給食費を払えない月もありましたね。

修学旅行のおみやげは、ご当地キーホルダーだけでしたね。

中学の制服は、親戚のおさがりでしたね。

高校のお弁当は、いつもご飯に梅干しと海苔でしたね。

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無理を承知で、大学に行きたいと頼んだ時、あなたは反論しませんでしたね。

ごみ処理場から、捨てる予定の参考書をもらいに行きましたね。

お金がかかるから私立は受けられず、国立専願受験でしたね。

センター試験の前日には、初めて特上寿司を食べさせてくれましたね。

センター試験に失敗したけど、あなたは最後まで諦めないよう励ましてくれましたね。

前期に落ちて、一度私は自殺しかけましたね。

あなたは怒ることもなく、ずっと私に謝り続けていましたね。

私もあなたにずっと謝り続けましたね。

そして、私は気持ちを切り替えた後、その後も頑張って勉強して、なんとか後期に合格

することが出来ましたね。

あなたは、ずっと「おめでとう、おめでとう」と泣き続けてくれましたね。

でも、あなたは入学の準備の時に、急に倒れて病院に運ばれましたね。

医者が、癌が全身に転移していて、これから一週間が峠だと告げましたね。

私が、ただただ泣き続けている時に、あなたは

「この体の傷や癌の一つ一つが、あなたを育てあげた立派な勲章なのよ」

と微笑みながら、言いましたね。

あなたは最期まで、泣くことも、苦しむこともなく、静かにこの世を去りましたね。

今、私は医者になるために、毎日、一生懸命に勉強していますよ。

あなたの命を奪った癌に苦しむ人々を治療して助けたいから。

私が育った環境は、決して恵まれてはいなかったけれど、あなたに生まれ、育てられて

本当によかったよ。

ありがとう、お母さん。

親の子に対する無償の愛。

決して見返り、代償を求めない。

子どもには、してもらわなくていい。親が子にさせてもらうだけで十分です。子にして

あげられることが親の喜びです。

私のところに生まれてきてくれてありがとう。数ある人の中で、偶然にも私を選んでく

れた。それだけで十分です。

子を育てさせてもらえるのが喜びです。

だから、いつも言うようだけれど、子どもは、まだ見ぬ自分の子どもに愛をささげてく

れればいいです。

私たち親は、もうすでに私たちの親から十分に愛をもらったから大丈夫です。

子どもからもらう必要はありません。

愛を順に送ってくれれば、それでいいのです。

私はそう思います。

平成30年 6月12日(火) 晴れ

台風が接近しつつありましたが、それたようです。

中間考査最終日。

Page 250: 1月令和2年 1月 7日(火) 曇りのち雨 朝から曇っている。 気持ちも晴れないが気力でカバーかな。 いよいよ今日から始業です。 近隣のある学校では昨日が始業日だったとか。

朝、PTA の大学見学会で静岡大学へ 70 名ほどが出かけました。保護者の方の進学に対す

る関心の高さに驚いています。

また、本日、2 年生の約 40 名が美濃地区内の中学校や小学校にいわゆる一日インターン

シップに出かけます。いい思いを持ってくれるといいなあ。

<しょっぱい豆>

ご主人が交通事故を起こし、加害者となり、亡くなられた。

残されたのはお母さんと子供たち、上の子が小学 2 年生、下の子が 5歳の男の子の兄弟

でした。

この方たちは、事故の補償などで家も無くなり、土地も無くなり、住む家もやっとのこ

とで四畳半の狭い所に住めるようになりました。

お母さんは朝 6時 30分から夜の 23時まで働く毎日です。

そんな日が続くある日、三人でお父さんの居る天国に行くことを考えてしまっていまし

た。

以下、お母さんの手記から引用です。

朝、出掛ける前にお兄ちゃんへ置き手紙をした。

「お兄ちゃん、お鍋にお豆が浸してあります。それを煮て、今晩のおかずにしなさい。

お豆が柔らかくなったら、お醤油を少し入れなさい」

その日も一日働き、私は本当に心身共に疲れ切ってしまった。

みんなでお父さんのところに行こう。

私はこっそりと睡眠薬を買って来た。

二人の息子は、粗末な布団で、丸く転がって眠っていた。

壁の子供たちの絵に少し目を遣りながら、枕元に近付いた。

そこにはお兄ちゃんからの手紙があった。

「お母さん、ぼくは、お母さんのてがみにあったように、お豆をにました。

お豆がやわらかくなったとき、お醤油を入れました。

でも、けんちゃんにそれをだしたら、

『お兄ちゃん、お豆、しょっぱくて食べられないよ』

と言って、つめたいごはんに、おみずをかけて、それをたべただけでねちゃった。

お母さん、ほんとうにごめんなさい。

でもお母さん、ぼくをしんじてください。

ぼくのにたお豆を一つぶたべてみてください。

あしたのあさ、ぼくにもういちど、お豆のにかたをおしえてください。

でかけるまえに、ぼくをおこしてください。

ぼく、さきにねます。あした、かならずおこしてね。

お母さん、おやすみなさい」

目からどっと、涙が溢れた。

お兄ちゃんはあんなに小さいのに、こんなに一生懸命、生きていてくれたんだ。

私は睡眠薬を捨て、子供たちの枕元に座りました。

そしてお兄ちゃんの煮てくれたしょっぱい豆を、涙と共に一粒一粒、大事に食べました。

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交通事故は被害者家族だけでなく、加害者家族も不幸です。

あらためて、交通事故は、しないように、あわないように、細心の注意を払っていきた

いと思いました。

そういえば、教員になってすぐの担任のときだったかな? ある家庭に訪問しなければ

ならない事情がありました。

その母親には、頑なに拒否されたものの、私としてはルールだからの一点張りで、向こ

うの気持ちも考えないで、押し切って、家庭訪問することにしまいました。

その家庭に行ってびっくりしました。

土蔵の中に筵を敷いて、みかん箱のテーブル。

その中で勉強をしている子。

よく聞いてみると、夫のひどい家庭内暴力に耐えかねて、離婚され、実家に戻ってきた

ものの、弟夫婦が家にいて、居る場所がない。でも、行く場所もお金もない。

やむなく空いていた蔵。

窓も冷房もなく、“夏は大変な思いをしていたのだろう”と想像はつきます。

母親にとって、この現状を見せたくなかったのだろう。

それを強引に、“ルールだから”と言って、突破してしまった私は、“何と情けのない人

間なのだろう”と、情けなくなって、自分を責めた。

そう言えば、私自身にも思い出すことがあった。

小中学校では家庭訪問があります。

母が亡くなった後、雑然とした時間と空間の中で、家庭訪問は、“家の中の子どもの勉強

環境を見る”という理由?で、家の奥の内部まで見られたことを思い出し、自分にとって

本当に不愉快で、“家庭訪問なんかなくなればいいのに”と思っていた自分がいました。そ

んなこともすっかり忘れ、される側ではなく、する側になった途端に忘れてしまっていた

自分がいました。本当に情けない。

これらのことを肝に銘じ、この後、家庭訪問するときは必ず、相手の都合、意向を伺い、

無理強いすることはなくしましたし、よくある、家庭での反省は、学校での反省に切り替

え、“学校で学習させた方が効果がある”と確信もしましたので、できる限りそのようにし

てきました。ただ、保護者の中には、“家庭でもう一度見直したい”と言われる方もありま

したので、そのときは申し出通りにさせてもらいました。

いずれにせよ、相手の立場、気持ちを察することはとても大事だし、コミュニケーショ

ンをとる上でもとても大切なことです。この感情は人にしかありえないですよね。

平成30年 6月11日(月) 曇りのち晴れ

台風が接近しつつありましたが、それるようです。ただ、そのせいで生暖かい空気が流

れ、蒸し暑くなっています。

中間考査 3 日目。無事迎えられています。

アメリカの、とある地方に野球観・

戦の大好きな、でも、目の見えない少年がいました。

少年は大リーグ屈指のスラッガーである、ある選手にあこがれています。

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少年はその選手へファンレターをつづりました。

「ぼくは、めがみえません。でも、毎日あなたのホームランをたのしみにしています。

しゅじゅつをすれば見えるようになるのですが、こわくてたまりません。 あなたのよう

なつよいこころがほしい。ぼくのヒーローへ。」

少年のことがマスコミの目にとまり、二人の対面が実現することになり、 カメラのフラ

ッシュの中、ヒーローと少年はこう約束します。

“今度の試合でホームランを打ってくれれば、少年は勇気をもって手術に臨む”、と。

そして、その試合、そのヒーローの最後の打席。

3ボール2ストライク。いよいよ最後の一球か?

テレビや新聞を見た多くのファンが、スタジアムで固唾をのんで見守っています。

少年自身も、テレビの中継を祈る思いで聞いています。

ピッチャーが投げた最後のボールは・・・。

無常にも、大きな空振りとともに、キャッチャーミットに突き刺さりました。

全米から大きな溜め息が漏れようとした、正しくその時、スタジアムの実況が、こう伝

えました。

「ホームラン! 月にまで届きそうな、大きな大きなホームランです!」

なんとすばらしい対応。咄嗟に思いつかないですね。思わず拍手。いい話ですね。

平成30年 6月 8日(金) 晴れのち雨

今日は8の付く日。先生方、早く帰ってくださいね。

朝は晴れているけれど、これから雨が降るようです。梅雨に入ったので、天気が不安定

です。

普段、地球上に生きていて、地面が移動しているなどとは感じませんが、地球は自転、

太陽の周りを公転しています。

<地球の自転速度>

地球を球と仮定し、24 時間で1回転するとします。

緯度0度つまり赤道上にいる人にとって、自転速度は最大である。最大の自転速度は、

最大自転速度=赤道の周長÷自転1周にかかる時間.です。赤道面での直径を 12,800 km

とすると、赤道の周長=赤道面での直径×π≒40,000 km なので、最大自転速度=40,000

÷24=時速 1667 km、即ち時速およそ 1700 km となります。

音速が分速約 340m、時速 1225 km なので、地球は超音速で自転していることになります。

日本の北緯を 35 度とすると、難しい計算は省いて、約時速 1374 km。日本に暮らす人に

とって、地球の自転速度は、時速およそ 1400 km。やっぱり超音速です。

<地球の公転速度>

次に、地球の公転速度を求めてみます。ほんとうは楕円軌道で、軌道はやや揺らいでい

ますが、仮に円軌道だとします。

Page 253: 1月令和2年 1月 7日(火) 曇りのち雨 朝から曇っている。 気持ちも晴れないが気力でカバーかな。 いよいよ今日から始業です。 近隣のある学校では昨日が始業日だったとか。

地球と太陽の距離を 150,000,000 km とすると、

公転軌道の長さ=2×地球と太陽の距離×π=942,000,000 km、

地球は1年で太陽の周りを1周すると、

公転速度=942,000,000÷(365×24)=107,534

およそ時速 10 万 km、3600 秒で割ると、秒速約 28 km です。

人類がつくった最速ののりものであるスペースシャトルは秒速8 km だそうです。

ちなみに、太陽系は秒速 217 kmで銀河系を公転しているそうです。

考えてみると、すごい速度で移動中の物体に乗っかって生きているのですね。

そこにとまっていることが不思議なくらいです。

平成30年 6月 7日(木) 雨のち晴れ

少し雨が残ったものの、晴れ間があり、暑かったです。

今日から前期中間考査です。この1週間、朝、登校後から皆の勉強に励む姿に、「すごい

なあ。」と感心させられるとともに、勉強した分だけ成果が出て欲しいと思いました。ただ、

ビギナーズラックではなく、躓いて、次は二度と失敗しないように、竹の節を作って欲し

いなあ。複雑な思いです。

ところで、君たちは、将来の夢を持っていますか。

一人ひとりの子どもたちが、将来に夢と希望を持てるようにするためには、どうすれば

よいのでしょうか。

社会がどんなに変化し、どんな時代を迎えたとしても、“生きていく力”が備わっていれ

ば、人生の選択の幅が広がり、自分の希望する進路を自分で選び取ることが可能なのです。

そのことを、われわれ大人は子どもたちにしっかりと伝える義務があります。

「○○になりたいけど、△△のカがないから諦めざるを得ない」。

そんな消去法で進路を決めるのではなく、たくさんの選択肢の中から、自分自身で希望

する進路を選び取って、自分の夢を実現してほしいと思います。

子どもたちが自分なりの夢や希望を持ち、それを実現しようと頑張れるためにも、われ

われ大人自身が変わらなければなりません。

大人自身に“生きていく力”がなく、夢を持っていないのに、子どもにだけ、“生きてい

く力”をつけろ、“夢”を持てと言っても、説得力がありません。

家庭の中で、地域の中で、自信にあふれた元気な大人の姿、いくつになっても成長して

いく、喜びにあふれた、生き生きとしている大人の姿を、子どもたちに見せようではあり

ませんか。

大人に、「人生ってすばらしい!」という充実感がみなぎっていれば、子どももきっと「人

生ってすばらしいんだ」と思ってくれるに違いありません。

大人は(親は)子どもの鏡です。そのためにも、生き生きとした、元気な大人となり、

子どもたちの手本とならなければ・・・・・、と、自分に鼓舞しています。

こんな詩があったので載せます。

子どもは、自分のことを分かってくれる人のために伸びようとするのです。

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子どもは、自分のしたことを本当に喜んでくれる人のために伸びようとするのです。

そしてまた、その人の笑顔を見たくて、がんばるのです

その人とは、もちろん、親のことです。

平成30年 6月 6日(水) 雨

雨が降りました。今日、入梅のようです。

体中がべたつくようで不快感たっぷり。来週あけ、台風が接近かという情報もあり。注

意したいです。

話は変わりますが。

席替えのくじを引くとします。

「くじを引いたのに席が、前(の位置)と変わっていない。」という言葉をときどき聞き

ませんか?

くじをランダムに引いて、少なくとも一人は、前と同じ席である者の確率は一体どれぐ

らいだろうか、知っていますか?

難しいことは抜きにして、結論だけ言うと

1-(1/e)≒1.718/2.718=0.632。

(理系で数学Ⅲを取っている者ならご存じの、eは数学Ⅲの教科書に出てくる自然対数

の底です。)

つまり、約63%の確率で起こるということです。この確率を考えてみると、かなり高

い。つまり、かなり起こりやすいということになります。

実は、誕生日についても同じようなことが言えます。

クラスの中に誕生日が同じ人が他に一人でもいるという確率は、クラスの人数が30人

で、約73%になります。ちなみに、40人だと90%、50人だと97%です。

一年は365日もあるから、誕生日が同じ人が少ないのではないかと思われますが、一

人でも同じ人がいるという確率は大きいみたいです。

個々に誕生日を聞いてみると「あっ、僕と同じだ。」「私と一緒だ。」等という子が出てく

るはずです。クラスのみんなに聞いてみたらどうですか?

こう考えてみると起こりにくそうであって、確かめてみると実は起こりやすかったとい

うことが数学的な理論で確かめられることが多いものです。

そもそも確率論というのはギャンブルにおいてどちらが勝つか、勝ちやすいかという、

ちょっと神聖な学問とはかけ離れているようなことから発生しているらしいのです。

さらにこの確率論というのは、他の数学に比べまだ歴史的に浅く、新しい分野であり、

身近でおもしろいところでもあります。

私たちの身近な確率として”降水確率”なるものがあります。

降水確率30%というのは、こういう日が10日あったら、3日ぐらいは1mm以上の

雨が降るということなのです。

ちなみに降水量1mmというのは1㎡に1リットルの雨が降るということです。すなわ

ち、1㎡に1リットルパックの牛乳をこぼしたことになるのです。だから、台風シーズン

に1時間に1000mmの集中豪雨と聞くと、1㎡に1000リットルの水を、1時間に

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ぶちまけたことになるからものすごい水の量です。しかもそれがそこら中にぶちまけられ

るのだから、ものすごい量です。

降水確率が50%ということは、実はすごく雨が降りやすいということなのです。です

から、30%の降水確率が出たら、傘を持つぐらいの気持ちでいるとよいですね。

もう一つ。こんな話を見つけました。どのように感じられますか?

幼い頃に父が亡くなり、母は再婚もせずに俺を育ててくれた。

学もなく、技術もなかった母は、個人商店の手伝いみたいな仕事で生計を立てていた。

それでも当時住んでいた土地は、まだ人情が残っていたので、何とか母子二人で質素に

暮らしていけた。

娯楽をする余裕なんてなく、日曜日は母の手作りの弁当を持って、近所の河原とかに遊

びに行っていた。

母が給料をもらった次の日曜日には、クリームパンとコーラを買ってくれた。

ある日、母が勤め先からプロ野球のチケットを 2枚もらってきた。俺は生まれて初めて

のプロ野球観戦に興奮し、母はいつもより少しだけ豪華な弁当を作ってくれた。

野球場に着き、チケットを見せて入ろうとすると、係員に止められた。母がもらったの

は招待券ではなく、優待券だった。

チケット売り場で一人 1000 円ずつ払ってチケットを買わなければいけないと言われ、

帰りの電車賃くらいしか持っていなかった俺たちは、外のベンチで弁当を食べて帰った。

電車の中で無言の母に「楽しかったよ」と言ったら、母は「母ちゃん、バカでごめんね」

と言って涙を少しこぼした。

俺は、母につらい思いをさせた、貧乏と無学が、とことん嫌になって、一生懸命に勉強

した。

新聞奨学生として大学まで進み、いっぱしの社会人になった。結婚もして、母に孫を見

せてやることもできた。

そんな母が去年の暮れに亡くなった。

死ぬ前に一度だけ目を覚まし、思い出したように「野球、ごめんね」と言った。

俺は「楽しかったよ」と言おうとしたが、最後まで声にならなかった。

この文を読んだとき、父と母は違えど、我が家も同じようでした。

子どもに苦労させたくないという親の思いは、いつの世も同じだと思います。

親がいなくなっても、自分の足で立って生きていけるように育てていくことが、親の大

きな使命ではないでしょうか?

こういうことを経験したものでないと、本当の意味で、この意識は共有できませんが、

経験してなくとも、この意識に近づくことはできます。

でも、早かれ遅かれ、親を亡くすという経験はいつか訪れるかもしれませんが、子ども

のときではなく、覚悟ができたずっと後がよかったなあ。

平成30年 6月 5日(火) 晴れ

朝から晴れていますが、西日本では雨模様とのこと。まもなく入梅かな。貴重な晴天を

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生かしたいな。でもどのように?

<自然への畏敬>

奈良の法隆寺五重塔は建立されてから1500年ほど経ちます。

これは世界最古の木造建築として有名です。

この木造建築の真ん中に、でんと立っている”大黒柱”は、まだこれから1500年は

もつそうです。木は切られて、いのちはなくなったとはいえ、しかし、木は生きていると

いうのです。今までは少しずつ縮み、これからはまた少しずつ伸びていき、元に戻り、や

がて朽ちるのだそうです。

建て方も、木が生えていたような向きに、すなわち、南に向いていた方を南に向けて木

を立てたのだそうです。日本の気候の中で、何百年、何千年と生きながらえてきた木を切

り、さらに何千年と生かすという工法は先人の知恵なのでしょう。また、人間の寿命のス

パンから考えると、自然は偉大です。自然の摂理に逆らうことなく、上手にそれを生かし

てきた先人たちもまた偉大だと思います。

阪神淡路大震災は平成7(1995)年1月17日に起こりました。また東北大震災は

平成23(2011)年3月11日に起こりました。

一瞬のうちに人間だけでなく、いろいろな尊い命を奪い、すべてのものを破壊し尽くし

ました。自然の前に、人間の無力さをあらためて印象づけました。自然はすごい力を持っ

ています。人間などほんとにちっぽけな存在ですね。

地球の大気や大地を汚すことはできても、再生することはできません。かつて、広島に

原子爆弾が投下されたとき、今後50年間は草木も生えない不毛の土地になったといわれ

ましたが、すぐに草木は生え、木々は青々としたまばゆいばかりの緑を呈し、そして、広

島は著しい発展を遂げています。

自然は素晴らしい。無限の力を持っています。自然に対して、人間は立ち向かっても、

結局、歯が立ちません。

私たちは自然から発生しました。人が生まれる前の、母親の胎内の中では、進化の過程

をたどるのだそうです。人が羊水の中にいるということは、地球上で生まれた初めての生

物は海の中で発生したということであり、水生動物を経て、陸に上がり、進化を遂げたも

のとも考えられています。

だから、”孫悟空”ではありませんが、自然という”お釈迦様”の手のひらの中で、”孫

悟空”という私たち人間が遊んでいるのであって、人間は決して自然を自由に扱えるもの

ではないことを認識しなければいけないと思います。

傲慢な心を捨て去り、自然の中で生かされていることをあらためて悟り、自然の恵に感

謝したいものです。

平成30年 6月 4日(月) 晴れ

好天に恵まれ、朝からテンションはあがっています。

今週末から前期中間考査があります。1年生にとっては初めての定期考査。頑張ってね。

先週末、うれしいことがありました。卒業生に偶然会えたからです。

実家のある場所に、田植えの準備をしにいきました。(と言っても待ってくれている両親

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は他界していませんが。)

行くと、家の横の、自治会所有の土地がきれいにされていました。さらに、私の家の土

地の一部分もきれいに笹竹が刈られていました。

細かいこというと、人の土地に勝手に入ってきて、勝手に笹竹を刈って行ってしまった

という事です。暗い気持ちになりました。

「隣を刈るけど一緒に刈っていい?」と一言あれば、「いいよ。よろしくお願いします。」

と、きっと答えたであろうが、ときすでに遅し。刈られたものは元には戻りません。でも、

刈ってもらってよかったとはいえ、この現実を誰に相談することもできません。だって、

私はそこの住民ではないし、その自治会には私は入っていないのだから。

ひょっとして、私の土地を自治会の土地と勘違いしているのかもしれないのか、とか、

いないから何をしてもかまわないと勝手に思っているのかとか、と思うと、どうしてよい

かわからず、途方にくれていました。

そこへ、当の工事をしていた業者の人が近づいてきて、「自治会の人ですか?」と聞かれ、

「いいえ、このうちのものですが」という会話。

この人に事情を話しても仕方がないけれど、「実は、・・・・・・で。」という話をしまし

た。私は、特に波風を立てるわけではなく、一言言ってくれればよかったのに“というこ

とだけを話しました。

そのとき、急に、私に向かって、「ひょっとして、先生ではないですか?」といわれ、私

も、「君は見たことがあるけど、どこかで教えたかな?」と。

彼が名刺をくれて、数十年前にタイムスリップ。

思い出しました。「○○君やね?」と。

“こんなことあるのやな”と。

私は、本当は、昼から自宅を出て、実家に行く予定だったのだが、急遽、午前中に行く

ことにした。

彼は、工事現場が狭い現場だから、普段は現場に立ち会わないけれど、たまたま来たと

のこと。

こんな偶然があるのですね。私が自宅を出るのが遅かったり、また、彼が来なかったら、

会うことはなかった。

久しぶりに話しに盛り上がり、肝心の話は最後に忘れないうちにできましたが、うれし

いサプライズに興奮しました。

平成30年 6月 1日(金) 晴れ

朝から晴れて気持ちがよかったですが、気温がぐんぐんと上がり暑くなりました。

今日は一日出張で学校にいませんでした。学校で聞く、生徒の元気な声が、あらためて、

私の原動力なんだなあと思いました。

ある場所に行って眺めていたら、家康の遺訓というものが額に掲げてあった。

数十年前に学級通信に書いたことを思い出しました。懐かしくて、つい、書いてみまし

た。

人の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし。急ぐべからず。

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不自由を常と思えば不足なし。

こころに望みおこらば困窮したる時を思い出すべし。

堪忍は無事長久の基、いかりは敵と思え。

勝つ事ばかり知りて、負くること知らざれば害その身にいたる。

おのれを責めて人をせむるな。

及ばざるは過ぎたるよりまされり。

この意味は、大体こういうものかなっと思って下に書きます。間違っていたら言ってく

ださい。

人の一生というものは、重い荷を背負って、遠い道を行くようなものです。

急いではいけない。

不自由が当たり前だと思えば、不満は生じない。

心に欲が起きたときには、苦しかった時を思い出すことだ。

がまんすることが無事に長く安らかでいられる基礎であり、「怒り」は敵と思いなさい。

勝つことばかり知って、負けを知らないことはその危害が自分に迫ってくる。

自分の行動について反省し、他人を責めてはいけない。

足りないほうが、し過ぎ、やり過ぎよりは優れている。

でも、これは徳川家康の言葉ではなく、水戸のご老公として有名な、徳川光圀公の遺訓

『人のいましめ』が元となったといわれています。

苦は楽のたね楽は苦のたねと知るべし。

主人と親とは無理なるものと思ひ恩を忘るることなかれ。

下人はたらわぬものと知るべし。

子程に親を思い子なきものは身にくらべて近きを手本とすべし。

掟に怖ぢよ 分別なきものに怖ぢよ。

朝寝すべらかす 長座すべからず。

小事もあなどらず 大事も驚くべからず。

慾と色と酒はかたきと知るべし。

九分は足らず十分はこぼるるとしるべし。

分別は堪忍にありと知るべし。

正直は一生の宝、堪忍は一生の相続、慈悲は一生の祈祷と知るべし。

似ているかな?

いずれにせよ、どちらも、生きていく上でのひとつの指針にはなります。

今一度考えさせられました。

平成30年 5月31日(木) 雨

朝からどんよりと曇り、時々雨が降っています。

昨日の命を守る訓練。整然と静かにそしてスムーズに体育館に集まれました。すごいな

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あ。

でも、実際に、非常事態のとき、どこに集まるとか、どう行動するかは自分の判断です。

家族のあいだでも、何かあったら、どこに集まるか、どう連絡するか、など、話しておく

のもいいかもしれません。何かのきっかけにして欲しいです。

自分の命は自分で守り、そして、できればみんなが助かるといいですね。絶えず、危機

管理意識を持ち、最悪を想定し、シミュレーションする癖をつけておいて欲しいです。

私も、かつて、ある事件に遭遇しました。私の方にはまったく非がありませんでしたが、

事件は、突然降ってきました。

あれよ、あれよと言う間に、全国ニュースになってしまいました。

でも、対応はしなければなりませんし、加害者の会社はすべての質問をシャットアウト。

学校の方に問い合わせばかりが来ました。

そのとき、危機管理の「さしすせそ」が、とにかく、頭の中をぐるぐると回っていまし

た。

(さ)最悪を想定し、(し)慎重で、かつ(す)すばやく判断し、行動を起こし、(せ)

誠意を持って対応し、または精一杯事実と向き合い、そして、(そ)組織で一丸となって対

応しました。

今となっては過去の話ですが、思い出すたびに、事件は現場で起こるんだと言うことを

しみじみと感じています。

話は変わりますが、こんな話を最近聞きました。

この地域ではありませんが、ある小学校の低学年の児童に、他の児童が「臭い」と言う

ので、「そんなこと言うもんじゃありません。」と言いつつも、先生自らその児童のもとへ

行くと、ほんとうに“臭い”状況でした。

その子に事情を聴くと、一週間、風呂に入っていないということだそうでした。

もし、お金がなく、水道もガスも電気も止められて、何の手立てもないからもしれませ

んが、そうではなく、これがいつものことだそうです。

いわゆる親の“ネグレクト”なんです。それがこの小学校には一人だけではないのだそ

うです。

やがて、中学、高校と学齢を重ねます。でも、“臭い”と言われた子供が、学校が嫌にな

って、やがて学校へ行かなくなる。そして、ひきこもりになっていかなければいいなと思

います。また、そのように育てられた子供たちが大きくなり、その生活が当たり前だとい

うことになりかねません。

負のスパイラルが始まっています。

生活困窮の連鎖です。

子どもを産みっぱなしですか?

少子化の折、子どもをうめる世代の人には産んでいただき、歯止めをかけていただきた

いのはやまやまなんですが、産んだからにはしっかりと育ててもらいたいと切に願います。

子を産めば、人は物理的に親になれますが、本当の“親”には努力しなければなれない

と思います。失敗しながらも、子どものために精一杯頑張ることで、子どもが育てながら、

親は、真の“親”にならせてもらっているのではないでしょうか?

子どもを育てながら、親は、真の“親”にさせていただいているといっても過言ではあ

りません。

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立派な大人、社会人となれるように、日々、研鑽したいものです。

平成30年 5月30日(水) 雨

朝から雨です。今日は命を守る訓練があります。いろいろなお膳立てはせず、ありのま

まに訓練をし、その結果を一人ひとりが受け止め、どのようにしたら安全に避難できるか

を考えたい。訓練のための訓練ではなく、もし、その事態になったらどう行動するかを常

に意識させておくべきだと思います。まさしく、命は自分で守るという意識を持ってもら

いたい。常に危機管理意識を持っていて欲しい。

話は変わりますが、子どもたちにとって難しい話だと思われたり、理解できないような

ことは、子どもたちがわからないだろうから聞かせないのではなく、子どもたちにとって

は難しいのではないかと思われそうなことも、聞いてもらい、考えてもらわなければなら

ないと思います。こちらがこうだと決め付けてはいけないのではないでしょうか。

子どもたちにきっかけを与えて、それをどう受け止めるかは一人ひとり違います。

たとえば、戦争に関する話。自分の身に降りかかるとしたら、どう対処すればよいのか、

数十年前に起こった戦争が、ひょっとしたら、いつ起こるかもわからないという現在の状

況の中で、戦争をすることは愚かなことであり、皆が不幸になるということを理解してほ

しいです。だから、何かを感じ、そして戦争に断固反対し、そして何よりも命を守ること

を常に考えていて欲しいと願っています。

大事なことは、子どもたちが、話を聞くか聞かないかよりも、私たちが大人として、聞

かせなければならないということです。

子どもたちの現状を見て、きっと、「聞くわけないから」とか、「聞かせたって聞くわけ

ないかもしれない」という先入観ではなく、どんなことも聞かせたり、経験させたりして、

機会を与えてあげなければいけないということです。

聞かないと思っていた子どもたちが、実はしっかりと考えているのです。子どもたちを

過小評価しないでほしい。私たちの勝手な思い込みや、先入観を捨て、真に聞かせたいと

か、聞くべきだとか、やらせるべきだとかを考えたものに対しては、まず、聞かせましょ

う、やらせましょう。それが先人である私たちの責務だと思います。

ところで、学習について、「自分の子どもが、やる気が出るまで待つ。だから、今は静観

している。」という言葉を、先日、久々に聞いた。この言葉は以前からよく聞く。

子どもも含めて、人は楽をしたいもの、遊びたいもの。

小さい時は、親がある程度お膳立てをしてやらない限り、または、本人が、余程意図し

ない限り、楽な方に流れて、遊び呆け、当然、学習はしないだろう。

小さい頃の学習習慣は、親が作ってやらなければいけない。

子どもがそうなるように仕向けてやらなければいけない。

子どもは、勝手に育つわけではない。

小さい子供のやる気が出るまで待っていたら、そのうち、年を取ってしまう。

年をとってしまって、あわてても、もう、時、すでに遅し。

“本人にやる気が出ない限り、何をやってもうまくいくわけはない。”

確かに理屈はそうだ。本人がやる気にならない限り、成果は当然出ないだろう。

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でも、どんなことでも、やらせてみることで、興味がわき、やる気になるかもしれない。

やる気にならなかったら、やめて、別の方法を考えればよい。

まずやらせてみたらいいじゃないか。

失敗して気付くこともあるし、失敗したら、どう起き上がればよいかも自分で考えなく

てはならない。

親はいつまでも見守っていられるわけではない。親は通常先に逝くもの。

子どもが、自分の足で立ち、自分で歩いていかねばならない。

自分で考え、判断し、行動し、自分で責任を持つ。これが大人の基本だと思う。

平成30年 5月29日(火) 曇りのち晴れ

朝から蒸し暑い。雨が近づいているのかな?入梅間近?

高等教育の無償化って、今の緊急の課題かな?

税金は広く浅く多くの人に分配されるべきだと思う。だから、多くの人が恩恵を受ける

ように使って欲しいと思う。

高校のとき、模試を受けた。

ある大学のオープン模試。

ある同級生が私に向かって言った。

「お金のないやつは大学に行かずに働けばいいんだ。」、

「塾にも予備校にも行かないで、俺と同じ大学を受けようとするのは生意気だ。100

年早いわ。」とまで言われた。

「遠くの大学に行っていいだろうか。」と父親に話したら、答えてくれなかったが、家計

が逼迫していて、それどころではない状況は目に見えていて、私は、親に頼らず、自分の

力で行ける大学に行こうと、いろいろと探した。

結局、家から通えるところを受け、そこがたまたま受かったので大学に行けたけど、も

し、受かっていなかったらどうなっていたかな?

生まれたところが貧乏人だったら大学には行けない。確かにそうかも。でも、大学に行

かなければ人生が終わりではない。確かに貧困のスパイラルを打ち切らねばならないが、

打ち切る方法は大学に行かなくたって、貧困のスパイラルを打ち切れる方法はあるはずだ

と思う。

無理してまで行くべきものかな?と、最近は思う。大学へ行かなければ取れない資格も

ある。

授業料を、大学に何百万円と払う価値はあるのかな、そこまでして高等教育を受けさせ

なければならないものかなって、疑いたくなる大学、学部ってありませんか?

今一度、本当に行くべきものなのかを問うてみるべきだ。

結論として、払うべき価値のあるということなら、行けばいい。払ってでも行けばいい。

よく考えて判断しよう。

平成30年 5月28日(月) 曇りのち晴れ

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なんだか蒸し暑い。

いよいよ梅雨かな? ねちっこく暑苦しい梅雨。

子どもには、「お父さんと同じやな。」と言われそう。気をつけようっと。

先週末で球技大会は終わった。

切り替えを上手にしよう。引きずらないで、「パッパッ!」と切り替えのうまい人は、い

ろいろなことをうまく乗り切れるような気がします。

次は定期テスト、かな?

話は変わりますが…。

金曜日、本校で、いじめに関する委員会を行いました。

本校では、いじめはないと信じていますが、目に見えてないだけで、潜んでいるかもし

れません。いじめは、いつでも、どこでも、起こりうるものとして考えていかなければな

らないと思っています。いつ、何時、その事態に遭遇してもいいように、常に子どもたち

を見て、準備だけはしていなければなりませんね。危機管理意識を常に持っていたいです。

いじめは、いじめを受けた側はよく覚えています。

私自身も小学生のとき、いじめに遭いました。いまだにそのことは心に残っていて、思

い出したくもありません。

以前の学校で、いじめたやつが、私を訪ねてきました。私はフラッシュバックしました。

当然、いじめた側の彼は、そういうことなどまったく覚えていないような素振りでした。

でも、私は鮮明に覚えています。

話の中で、いろいろと私に頼んでいきました。

でも、私は、・・・。

された側はずっと覚えています。どの面下げて頼みに来たのかと思ってしまった。(一応、

大人の対応はしましたが)

だから、私もひょっとすると何気ない言葉やしぐさで人を傷つけているのかもしれない

し、いじめととられていることがあるかもしれないと思うと怖いです。日頃の言動や態度

に気をつけて、どんな人にも、真摯で、丁寧に応対しなければいけないと自分に言い聞か

せました。

松谷みよ子 作 「私のいもうと」という話を知っていますか?

私が当時在勤していた、岐阜県総合教育センター長より紹介されたもので、よく、研修

の題材にさせていただきました。全文は載せませんので本を買って読んでみてください。

わたしのいもうと

松谷みよ子

この子はわたしのいもうと

むこうをむいたままふりむいてくれないのです

いもうとのはなしきいてください

いまから七年まえわたしたちはこの町にひっこしてきました

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トラックにのせてもらってふざけたりはしゃいだり

アイスキャンディをなめたりしながら

いもうとは小学校四年生でした

(中略)この間にいじめが・・・・

ある日いもうとはひっそりと死にました

つるをてのひらにすくって花といっしょにいれました

いもうとのはなしはこれだけです

わたしをいじめたひとたちは

もうわたしをわすれてしまったでしょうね

あそびたかったのに

べんきょうしたかったのに

「あとがき-松谷みよ子

数年前、一通の手紙がきた。わたしのいもうとのはなしを聞いてください、という手紙

であった。いじめにあい、登校を拒否し、心を閉ざしてしまった子。最後の『わたしをい

じめたひとたちは、もうわたしをわすれてしまったことでしょうね』という言葉まできた

とき、わたしはこみあげてくるものをとどめることができなかった。ある時期、わたしも

いじめにあっている。その辛さは、地獄のそこをはうようであった。幼い日の記憶に、あ

れはたしかイソップだったと思うのだが、池のカエルが子供に叫ぶのである。「おねがいだ

から石を投げないで。あなたたちには遊びでも、わたしには命のもんだいだから。」わたし

もさけびたかった。手紙はさらにつづく。自分より弱いものをいじめる。自分とおなじで

ないものを許さない。そうした差別こそが戦争へとつながるのではないでしょうか。そう

ですとも、そうなのよとわたしは、手を握りたい心持ちであった。おなじ日本人のなかで

の差別は、他民族への差別とかさなり、人間の尊厳をふみにじっていく。アウシュビッツ

も、太平洋戦争でのわたしたちが犯した残ぎゃく行為も、ここにつながる。そしておそろ

しいのは、おおかたの人が自分でも知らないうちに、加害者になっている、またはなり得

ることではなかろうか。・・・(あとがき続く)」

いじめている側は忘れてしまっていても、いじめられている側はいつまでも覚えていま

す。される側の立場でいつも考えられる人になりたい。絶えず他者の立場に身をおける人

が素晴らしいと思います。

自分で考え、自分で行動し、最後は人のせいにしないで、自分でしっかりと責任がとれ

る大人になりたいと願う。

ただ、この世に生れて、この世に生きていることだけでも、とてもうれしいことだと、

皆が少しでも思えたらいいなあ。

「どうして私は生まれてきたのだろう? 何のために生まれてきたのだろう?」などの

答えは簡単です。

「生まれてきてくれてありがとう。その存在だけで十分です。」

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この世に生まれてきてくれたことだけで有難いことです。

何の理由もありません。どんな命も尊いものです。この世に生まれて来られたことに感

謝したいものです。

平成30年 5月25日(金) 晴れ

今日は待ちに待った球技大会。

朝から暑い。差すような紫外線。熱中症にならないようにしたいね。

理科は面白い。

現象がある。

なぜそうなるのかを突き止め、そしてその後きっとこうなるだろうと予測でき、その予

測どおりに現象が再現できると、達成感が沸く。

自分で予想を立て、その実証し、結論に導く。

でも、必ずしもうまくいくわけがない。むしろ、うまく行かないことのほうが多い。

私の失敗談のひとつ。

大学院のとき、私の研究に科学研究費が付いた。

「よし!」と、意気込んで研究を開始。

こうなってほしいという仮説を立て、シミュレーションするために、当時は今よりも性

能ははるかに低いが、大きさだけは立派なコンピュータで、2次元用のプログラムを組み、

実験と平行して、仮説理論を検証するための実験をした。

ところが、思い通りの実験結果にならない。

なぜだろう。

実験に問題はないのか?仮説がよくないのか?

悩んだ。

結論は簡単だった。検出器の感度が悪かったのだ。実験データの数値が、検出機器の雑

音に埋もれ、誤差が大きくて、結局、思い通りの結論に至らず、失敗に終わった。

でも、これは検出器の精度が上がれば、仮説が正しいか否かは、いずれはわかることで

あった。

私が卒業後、何人かの後輩がその実験を引き継いでくれた。

でも、それより別の方法、別の理論の方が簡便で、正確にデータが測れることがわかり、

私のその方法は、露と消えてしまった。今思うと、無駄であったが、やってみなければ。

それはわからなかった。

ときどき、何かをしようとすると、ためらう自分がいる。どうしようかと、ああだ、こ

うだと悩む。悩むより踏み出せばいいのにというもう一人の自分がいる。

せめぎ合いだ。

悩んだら、まず、やってみよう。結果はどうなるかはわからないが、何もしないで手を

こまねいていても、現状は何も変わらない。

何でも、まず、挑戦してみよう。失敗が怖くて躊躇せず、踏み込んでみよう。動きなが

ら考えて、修正して、また動く、そして、また考える。

ひょっとすると自分が思ってもいない方向に進んでいくかもしれないが、また、それも

面白い。

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「日々変化する毎日を楽しもうじゃないか。」と、自分に鼓舞しました。

平成30年 5月24日(木) 晴れ

朝から暑い。昨日とはまったく違う。体温調節がうまくいかなくて、風邪気味のものい

ませんか?

ふと思ったことです。

子どもは親を選んで生まれてきたわけではありません。

親も子どもを選んだわけではありません。

お互いのこの偶然が、この世で親子として存在しているのですね。

自分に問いかけました。

親として、子どもたちの手本となり、見本となる親となっているのだろうか、と。

子どもたちの前で、親であるということを誇示せざるを得ず、その行動や言動がパフォ

ーマンスのみに終わっていないだろうか?

きっと、子どもたちはそこをしっかり見ていると思います。

私たち親の行動、言動が、本当に自分達のためにしてくれていることなのか、そうでな

いのかを。

子どもたちのことを思って、私たち親はいろいろとやっているのに、肝心の子どもたち

がちっとも分かってくれないなと思うとき、それは、きっと私たち親の独りよがりのせい

なのかも知れません。

絶えず、このことは誰のためにしていることなのか、されている子どもたちは本当に喜

んでいてくれているのか、などを常に意識していきたいものです。

反省、反省。

平成30年 5月23日(水) 曇りのち雨

朝から曇り、雨が降ってきました。最近の天気予報はよく当たります。

平成30年 5月22日(火) 晴れ

気持ちのいい朝です。

明日は球技大会なのですが、朝から雨模様。準備の関係もあるので、あさっての25日

(金)に延期しました。

本日は、県内の国語の初任者15名の方が来校され、本校の国語の先生の示範授業を受

けました。すばらしい授業で、「こんな授業を私も高校のときに受けたかったなあ。」と思

いました。

初々しい先生方を目の前に、自分の初任の頃を思い出しました。

でも、今の先生方のように、紳士的でスマートではなく、生意気だったあの頃の私。

先輩の先生方の、大きくて寛い心に、どんなにか救われてたことでしょう。

そのときは、そんなことなど微塵も思わず、勝手気ままに振舞っていた自分が、今とな

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っては恥ずかしさでいっぱいです。

先生方には教員のすばらしさ、生きているからこそいろいろなことに出会えること、毎

日サプライズな事が起きても、生きているからこそ味わえるのだと言うこと、そして、夢

を大いに語って欲しいです。これからの子どもたちの人生に、先生方がちょっとした味付

けになって、先生方と出会えた喜びを感じてもらえるような先生になってください。先生

方の教員生活に幸多からんことを願います。

4時間目、早めに授業に行ったとき、ある生徒から、「うちのお母さん、先生に習ったっ

て言ってたよ。」と、ニコニコ顔で言ってきました。

その笑顔はどういう意味だったのだろうと疑心暗鬼になりながらも、穴があったら入り

たいと顔を赤らめてしまいました。

家に帰ったら、彼女は母親にどんな風に報告しているのだろう。

「全然わからない授業やったわ。」とか、「あんな眠たい授業、だめやわ。」なんて言われ

てないかな。何か怖いなあ。

もし、保護者の方で、私が教えたことがあるということに気づいた方は、もっと早く言

ってきてください。恥ずかしい過去は消せませんが、小出しにされると、ボディブローの

ようにじわりじわりと影響が来ます。私の心はチキンハートです。

平成30年 5月21日(月) 曇りのち晴れ

朝から晴れだと思ったら、曇っていました。土曜日あたりから空気が入れ替わったのか

さわやかです。いや、夜はむしろと寒いと感じませんか?

体温調節がうまくいかないと風を引くので気をつけましょう。

さて、一般的な話ですが、多くの人を見ていると、面倒な手続きって、避けることが多

いのではないかと思います。

でも、今までの私の経験ですが、意外と、踏み込んで、面倒だけれど手続きをしてみる

と、恩恵にあずかる場合が多いことがありました。

面倒だから諦める人が多いと言うのも、実は、わざとそうしている向きもあるかと思わ

れるものがあるのではないかと疑ってしまいます。穿った見方かもしれませんが、手続き

される側も、件数を減らしたいと言う思惑もあるのではないかと。

ところで、「ピンチはチャンス」と言う言葉を聴いたことがありませんか?

人はピンチに陥ったとき、その人の本性が現れます。

どんなに平静を装い、取り繕っていたとしても、ピンチになったときには慌てふためき、

そのピンチを予想だにしていなければ、絶対にうろたえるでしょう。

そういうときこそ、そのピンチに鍛えてもらえるのです。

そのピンチをどう打開し、乗り切るか。

そのためには、その人の真価が発揮できるように、常に危機意識を持ち、いろいろなシ

ミュレーションをしておくとよいでしょう。

また、人はいろいろな場面で常に選択する岐路に立たされています。

右か左か、その次も右か左か。

フローチャートを描いていくと、いろいろな場面で選択を迫られているのです。

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最適な選択はなかなかありません。「どちらかと言うと、こちらの方かな」と言う、ベタ

ーな選択を選ぶ場合が多いかな?

そのときの基準となるのは、その人の過去の経験であり、その人の失敗体験、成功体験

ではないでしょうか?

だから、いろいろな場面で、自らが選択する機会を多く持ちましょう。

その経験が、「生きていく力」になると思います。

いろいろなことに積極的に関わりましょう。

あえてピンチを作り、自分に負荷をかけて、自らの力を試すのもいいかもしれませんね。

平成30年 5月18日(金) 曇りのち雨

今日は朝から、どんよりと曇っています。蒸し暑い。もうすぐ梅雨の季節かなと思われ

る感じです。来週の23日(水)の球技大会は雨のようだが、どのくらいの雨かな?状況に

よってはできるといいが・・・。

言葉は、自分の意図が相手に伝わってこそ、コミュニケーションツールとして機能する

ものだと思う。言霊と言って、言葉は魂を持っていると思う。言葉は発せたれたら、一人

歩きするものではないでしょうか。だから、言葉は慎重に発せられるべきものですね。

以前、その子のためだとおもい、その子に向かって一生懸命、熱く話していたら、自分

の真意が伝わらず、挙句の果てに、「お前は、やめろと言いたいのか」と逆切れされた。

そんなこと一言も言っていないけど、相手にそう思わせたことは事実であり、そう取ら

せるように話していないのに、相手がそう思ったことは私の責任です。

その子にすぐに誤り、自分の真意をストレートに話した。

彼は理解してくれて、私自身もホッとしたことを思い出しました。

どれだけ自分が一生懸命話しても、自分の意図が伝わらなければ、それは自己満足の世

界です。

難しい言葉を並べて、煙に巻き、権威を振りかざす、どこかの偉い人たちは最低です。

本当に賢い人は、難しいことを、どの人も理解できるような簡単な言葉にし、説明でき

る人だと、私は思う。

だからこそ、自分の真意を伝えるには、短くて、そして簡単に、誰にでも理解できるよ

うに話すことが大切だと思っています。

だらだらと中身のない話しをするのは、聞く側にとって、迷惑以外のの何者でもないと

思います。その時間を返せと言われても仕方がないとも思います。

自己満足に終わらないように、そして、話を聞いてくれた人たちが、何かひとつでも、

聴いてよかったなと思ってもらえたらいいなと思います。

今までの自分を振り返り、自分に言い聞かせました。気をつけなきゃいけないぞって。

お前の話は大丈夫かと・・・・。

平成30年 5月17日(木) 晴れのち曇り

今日は1年生の自転車運転講習会が中濃自動車学校を会場に行われました。技能、学科

とも全員合格でした。交通事故の加害者にも被害者にもならないように、今後も気をつけ

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てもらいたいです。

また、2年生対象の進路説明会が午後ありました。3年生と同様、平日の午後にもかか

わらず、多数の保護者の方(生徒数の 8 割)がお見えになりました。ありがとうございまし

た。

昨日、嬉しいことを聞いた。

これを読んでくれている人、いますよと教えてもらえた。

そういえば、カウント数が一日経つと予想より増えている。他のページを見てくれてい

ると思うけど、ぜひ、ここも読んでもらえるような書きぶりにしなきゃと思いました。も

し、こんな感想を持ったよとか、こんなこと書いてみたらどうですか、などのアドバイス

もください。

「やればできる」というけれど、やらなければ、できないのです。

やればできるのにと言われるということは、よく考えると、やっていないのではないの

かな?

やれるかどうかは、やってみないとわからないものです。

まずは走り出しましょう。

本来なら、「細心の注意を払って綿密に計画を立て、行動は大胆に」かもしれませんが、

失敗を怖れていては何もできません。

失敗したっていいじゃないですか。失敗したらそこで考えましょう。

臆病にならず、慎重すぎず、大胆に行動をしましょう。

なるようになるさ。何とかなるんじゃないの?

平成30年 5月16日(水) 晴れ

少しずつ暑くなりつつあります。

朝から球技大会に向けて練習している生徒達が外にいます。

外にいると紫外線が突き刺さりそうです。若いうちは黒く焼けているのが若者らしくも

ありそうに見えますが、それがしみとなり、年をとるとそばかすのように・・・。紫外線は

やはり有害放射線。役に立つこともありますが、生命にとっては有害な部分が多いもので

す。やはり若いうちから紫外線対策をしなきゃ。

平成30年 5月15日(火) 晴れ

今日は3年生の進路説明会があります。例年、平日にもかかわらず、多くの保護者の方

(3年生の約8割)に来ていただき、感謝にたえません。

いよいよ出口の入試を踏まえて、保護者の方、受験生である3年生諸君への説明と、エ

ールを送る会です。

「先んずれば制す」、「準備万端、難を怖れず」

平成30年 5月14日(月) 晴れ

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さわやかな晴天。外の日差しは強く、紫外線が突き刺さる感がある。校舎内はまだひん

やりすることもある。すごしやすいですが、もうすぐ暑い夏がやってくる。

「いいかげん」より「いい・ ・

、加減」。「恕」の精神で。

人は失敗をします。私も、自分で、よく、「いいかげんだなあ」と思うことがある。

「いいかげん」より、「いい・ ・

、加減」でありたい。

多少、ミスってもいいじゃない。お互い、気を張らず、ミスしても許そう。

「恕」の精神で。気楽にやろうよ。

「完璧」って何なの?

上を見ればきりがない。際限がない自縛にとらわれるな。

適度に、適当に。

平成30年 5月11日(金) 晴れ

さわやかな晴天。気持ちいい。

連休も明けて、もう 1週間が経ちます。連休前のペースに戻ったでしょうか?

今日は、第 1回命を守る訓練。

ふと、テストで思った。間違っていたら、ご容赦を。

テストを受ければ、結果は点数で返ってくる。どうしても点数だけが一人歩きを。他人

との比較もその点数だ。

どこができていて、どこができていないかは、皆違うのに。その合計点数のみで順位付

けされ、判断される。

本来、テストは、今、どこができていなくて、どこができているのか、どこがわかって

いて、どこがわかっていないのかを確かめるためのものでありたいし、自分の弱点やわか

っていないところを克服していく材料でありたいと思う。

しかし、模擬テストや入学試験となると、すべての生徒を順位付けして判断せねばなら

ないから、そんなこと言ってはいられないのだろう。これは仕方がないことなのかもしれ

ない。

テストで、たまたまできてしまったところは、ラッキーだったと言うだけで、あまり振

り返らないことが多いのではないか。ビギナーズラックなのに、そのままなおざりにして

しまう。

そこが盲点だ。そういうところがその人にとって弱点なのに、おろそかにしてしまう。

さらに、よくあることだが、そこが本番に出て、しくじる場合が往々にある。

テストは、テストをやった後が肝心だと思う。振り返りが大切だ。テストをやった直後

の記憶の鮮明なうちに、もう一度確認をすると、必ずその知識は記憶に定着すると思う。

点数という結果にこだわりを持つのも必要だが、できていないこと、できていること、

わかっていないこと、わかっていることをしっかりと区別でき、把握していること、つま

り、自分の現状をしっかりと把握し、今後どうして行くかを考えることこそ重要だと、私

は思う。

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平成30年 5月10日(木) 晴れ

さわやかな晴天。気持ちよく、朝、校舎内を回りました。朝早く登校して勉強をしてい

るものが多く、また、廊下掃除をしている生徒もいて、頭が下がりました。

「努力しても報われないかもしれないが、努力しなければ絶対に報われない」

と言う言葉を耳にしたことがある。

私はできるほうではない。能力もさほどない。ただ、ひたすらこつこつと取り組むこと

はできそうだ。続けることはやがては、それが能力となるのかな。続けられることこそが

能力なのかもしれないと自分で自分を褒める。

できるかできないかと考える前に、まず、やってみよう。

踏み出してみよう。結果がどう出るかはそのときの運もある。

でも、なぜそうなったかを必ず分析しよう。

自分にとって、よい結果でも悪い結果でも、結果が出ると言うことには変わりがなく、

何かをしたと言う証だ。

現状維持は後退であると思う。

挑戦することで新たなる展開が生まれる。結果が出たらそこで考えればよいではないか。

まず、踏み出してみよう。

と、自分を鼓舞してみた。

平成30年 5月 9日(水) 雨のち晴れ

雨が少し残った朝。すぐに天気も回復し、晴れてきました。

3年生のクラス写真を撮っていました。卒業アルバムの写真かな?

18歳という年は二度と帰ってこない。もっと言うと、今日という日、今と言う“時”

は二度と戻らない。若いときは、早く大人になりたいと、背伸びをします。事ある毎に、

「子どものくせに」とか、「近頃の若い者ときたら・・・」などと言われ、腹が立つ時期もあ

るだろう。でも、その若者も、やがては大人になる。

伝統って何?

先日、相撲の土俵上で市長が倒れ、女性が土俵に上がって助けようとしたところ、「女性

は土俵から出てください。」と言うアナウンスがあり、物議を醸した事があった。

伝統っていったい何だろう。

時代とともにいろいろなものは変わって行く。それほどまでに縛られなければならない

伝統って、本当に意味があるの?

よく、「その伝統を守らなかったから祟られたのだ。」とか、「悪いことがおきたのはその

せいだ。」などと言うものがいる。ややもすると、魔女狩りのようなことにもなりかねない。

伝統に縛られることで、時代の流れに取り残され、消えていった物もあるはずだ。

変化に柔軟に対応する力がなければ、生き延びては行けない。

生物の“種”もそうだ。

その時代、そのときの環境、いろいろなこと、ものにうまく対応できたものだけが、生

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き延びている。伝統にこだわり縛られていてはいけない。むしろ打ち破らなければならな

い。

こだわるな、とらわれるな。

「何百年と続いている伝統には、それなりの理由がある」と言う人がいる。

いや、それは、ただ、やめるにやめられないだけのことじゃないのかと思う。

やめたら、その後で何を言われるかわからないから。

こんなことを思い出した。

小さい頃住んでいた実家の寄り合いで、念仏講なるものがあった。

父は若くして妻を亡くしたので、頻繁にある当番が回ってきたときには、準備から後片

付けまで、仕事から帰ってきてから、一人で何もかもしなければならず、大変だと嘆いて

いた。

他の家では夫婦が揃っていて、皆、専業主婦だったので、準備は妻が行い、夫は会に出

るだけ。

そこで、父は思い切って、その念仏講を辞めることを提案した。

当然、皆は大反対。でも、父はその会を抜けた。

すると、会自体がなくなってしまった。一人抜けただけなのでやめなくていいものを。

実はきっと、皆もやめたがっていたのだろう。何となく予想がついた。

しかし、近所によくないことが立て続けに起きた。これは、「やめた祟り」だと言われた。

父が非難された。その後も、父は亡くなって随分経つのに、未だに言われることがある。

父が言い出したことで長年続いていたものがなくなって祟られたのだと相変わらず言う。

皆はやめたいと思っていても言い出しづらく、父が言い出したことが渡りに船になり、父

のせいにできているのだと思う。

臨機応変に立ち振る舞いができる人になりたい。いろいろなしがらみ、縛りにこだわる

ことなく、また、とらわれることなく、気楽に生きて行きたい。子どもたちにも、いろい

ろなしがらみにとらわれることなく、生きて行って欲しいと願っている。

伝統のものってなくなったってしかたがないと思う。それが時代の流れならば。

今ある職業だって、何年か先にはもうなくなっているかもわからない時代だ。

時代を読み、流れを読み、こだわることなく、またとらわれることなく、臨機応変に生

きていかなければ、逆に伝統は消えていくのではないか。

いろいろなものは、少しずつ変化しながらも永らえていけばよいのではないかと思う。

平成30年 5月 8日(火) 晴れのち曇りのち雨

昨夜、降り続いた雨も、朝は止んで、水はけのよい本校のグランドは、ところどころ、

ぬかるみはあるものの、本日の体力測定には使用可能です。すごいグランドだ。

生徒は登校してから、すぐに自分の持ち場で準備をしていました。言われなくても考え

て段取りできる“段取り力”。すばらしい。これこそ、“生きていく力”だ。

午前中、天候がこの状態で何とかやり終えた。

午後から雨がまた降ってきた。セーフ。

平成30年 5月 7日(月) 雨

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朝から雨です。一日続くようだ。

3日から6日までの4連休は、いろいろなところで、試合、大会、コンクール、演奏会

など、ありました。

今日は連休明けのテストもありました。

明日の午前中は、体力テスト・身体測定があります。

平成30年 5月 2日(水) 曇りのち雨

今日は5時限まで授業。5時限目は、公開授業で授業参観 OK。

天気が悪くなっています。午後から雨。駐車場はグランドを予定。今にも降り出しそう

な、空が泣き出しそうな、そして、これから雨が降るぞっと言う、なんともいえない風。

授業参観の後、PTA 総会があります。その後は学級懇談会です、予定がギュッと詰まっ

ています。

大雨の予報です。被害がないことを祈ります。

明日から4連休。でも、各地で各競技、試合、大会。コンクールなど目白押し。

有意義?な休みであるといいですね。

平成30年 5月 1日(火) 晴れ

ゴールデンウィークの前半も終わり、今日、明日を終えれば後半の4連休になります。

あすは、PTA 総会があります。夕方には雨。3日も雨。後半は寒暖の差も激しいとの予想。

今日から五月。あっという間の4月でした。生活に慣れたかな?

来年の今日は、新しい元号になっています。何になるのか楽しみですが、昭和生まれの

私にとっては、年齢や年数の計算が平成をはさむので面倒です。それでなくとも記憶力や

能力が減退していくのに・・・・。は西暦のほうがし易くなりますね。

平成30年 4月27日(金) 晴れ

暑くも寒くもなく、春らしい一日。もうすぐ目の前に夏が来てる。

ところで、昨日の疲れを感じさせない元気な生徒。昨日の強歩大会の後、部活動で思い

っきり走っていた生徒。

若いってすばらしいな。若さはもう戻ってこない。時間は巻き戻せないですね。

今日は金曜日。いよいよ、明日からゴールデンウィークに入ります。

でも、提出課題はあり、テストがある。また、部活動の大会もありと、高校生の休む暇

はありませんね。私もうかうかとしてはいられない。

自分のペースで時間調整をし、自分のペースで生活をしましょう。

時間に振り回されるな。諸用事に振り回されるな。自分が主体となるような時間の使い

方をしよう。

自分が自分の人生の主役だ。

すべてに正直に生きなくてもよい。

大人になるためには、人を傷つけてはいけないが、時には自分を取り繕うことも必要だ。

人との付き合い方は難しい。でも、自分を苦しめてはいけない。

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上手なコミュニケーションのとり方も学んで欲しい。

平成30年 4月26日(木) 晴れ

絶好の強歩大会日和。

朝から快晴。昨日の雨がうそのようです。

24kmの長丁場。怪我も泣く安全に行事が終わりました。一安心。

さわやかな風が吹き、でも、紫外線はつよかったが、若い生徒たちの顔は生き生きとし

ていました。私も若者に混じって24kmを完歩できました。

途中で挨拶を交わしたり、また、いろいろな話をさせてもらいました。私にとっては、

とても有意義なひと時でした。気を遣って話をしてくれてありがとう。

明日は筋肉痛かな?

でも、それは若い人の話。

私は、いつ出るのだろう?

ひょっとしたら私の筋肉は忘れているかもしれないな。

平成30年 4月25日(水) 雨のち晴れ

朝から大雨警報が出ていた。

8時 10 分過ぎに解除。通常は2時間後からのスタートだが、きりのよいところで、11

時半の4時限目から始めるメールを出した。

しかし、長良川鉄道は美濃以北で止まっていた。

すぐに全線開通したが、美濃以北の生徒は 12時 55 分の5時限目からのスタートとした。

でも、非常変災時なので、出欠については便宜を図るつもりでいます。

午後からは好天に恵まれました。

あすは、第68回強歩大会が開催されます。

天気がよすぎて、熱中症や過度な日焼けにならないことを願います。

平成30年 4月24日(火) 雨

朝からぱらついていた雨もすぐに本降りになりました。

午前中に関市に危機管理課の方と消防団の副団長の方がお見えになりました。

傘 10 本と、合羽 10 セット、合羽をかけるラックをいただきました。将来の消防団員の

高校生への寄贈だということです。

まさかの雨のときに、本校の他の“愛の傘”とともに使わさせていただきます。ありが

とうございました。

また、明日の予定では強歩大会ですが、この空模様です。このまま、ひょっとすると大

雨になるかもしれません。次の日の予備日である木曜日は、必ず天候がよいと言う予報が

出ているので、生徒の安全を最優先して、あさって 26 日に延期する決断をしました。

すぐメールでも配信し、7 時間目の説明会でも連絡しましたので、生徒の皆さん、あす

は、授業ですよ。準備をよろしく。

明日の朝、大雨警報等、警報が出てる場合には、生徒手帳に書いてある手順に従って行

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動してください。

とにかく自分の命は自分で守りましょう。

平成30年 4月23日(月) 晴れ

今日は、サン・ジョルディの日。

知ってましたか?

この日は「本の日」とも呼ばれ、スペインのカタルーニャ地方では、親しい人に本を贈

る記念日とされています。この風習は 20 世紀後半に「サン・ジョルディの日」の名とと

もに日本へも紹介され、ユネスコでは、スペインからの提案に基づき、4月23日を「世

界図書・著作権デー」いわゆる、“世界本の日”に制定しています。

日本では4月23日が「子ども読書の日」と定められています。

ちょっと、手軽に読書でもいかがでしょうか?

本校では、朝読書をしています。

生徒が落ち着いて一日に始まりを迎えています。

平成30年 4月20日(金) 晴れ

金曜日。

大体の人が 1週間の疲れを感じるのか、気持ちに余裕がなく、ぼんやりとしている人も

多く見受けられる。そんなことない!と言われるかもしれないが、少しずつ蓄積してるも

のですよ。疲れと言うものは。この土日でリフレッシュできるといいけれど、予定が詰ま

っている人も多いですよね。時間に振り回されないようにしたいものです。

平成30年 4月19日(木) 晴れ

1日天気もよく、お客さんの多い日でした。

平成30年 4月18日(水) 雨のち晴れ

朝から雨です。でも、午後には晴れるという天気予報。

実際に晴れた。最近の天気予報はすごくよく当たる。

本日は8のつく日。

平成30年 4月17日(火) 曇りのち雨

どんよりとした曇り空。気分が晴れないかもしれないが、気持ちを入れていきましょう。

今日の夜、PTA本部役員会がありました。

平成30年 4月16日(月) 晴れ

土、日で雨が降りました。草木が一気に生えて、雑草が生い茂り、草刈をしなければな

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らないと思いつつも、また、1週間の始まりです。

生徒の様子を見ていると。新年度、新学期の始まりのときよりも落ち着いてきていますね。

新鮮なときの気持ちを忘れず、頑張っていきましょう。

平成30年 4月13日(金) 晴れ

相変わらず、すばらしい陽気。

これで9日の月曜日以来、1週間が終わります。

あなたは、この1週間を長く感じましたか?それとも、短く感じましたか?

時間の長さは1週間なのに、感じ方によって、長かったり、短かったり、人さまざまで、

面白いですね。極端に言うと、1分が1時間のように感じられたり、また、1秒のように

も感じられたり・・・。心のもち方次第で、感じ方はどうにでも変わるんだね。

まだ始まったばかりです。来週も頑張りましょう。

まだまだ、4月。交通安全に気をつけてください。被害者にも加害者にもなりえます。

慎重で安全第一の通学・通勤を心がけましょう。

平成30年 4月12日(木) 晴れ

すばらしい陽気。きっと、花粉がバンバン飛んでいるような気がします。

今日は、LHR で役員決めがありました。話し合って決めているクラスや、黒板に早く書

いたもの順?などさまざま。でも、きっと、皆その役に頑張ってくれるだろうから何も心

配はしていない。

また、担任による教育相談が始まりました。環境が変わった中で、どんなことでもよい

から相談してくれるとうれしいな。

幼、保、小、中、高、どこも新入生あり。交通事故に気をつけて何よりも安全第一に登

校、出勤しましょう。

平成30年 4月11日(水) 曇りのち雨

部活動紹介がありました。

どんな部に入って活躍してくれるのかな、楽しみです。

平成30年 4月10日(火) 晴れ

午後に、体育館で、生徒会主催の対面式がありました。

生徒会の工夫を凝らした演出が、場を和ませてくれました。

また、生徒会長の挨拶と、1 年生の代表の挨拶。どちらも、しっかりとしていて、感激

しました。

平成30年 4月 9日(月) 晴れ

午前中は新任式がありました。今年度関高校に着任された先生方の紹介です。

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新任式に続いて始業式が行われました。その後、新学年、新学期、新たな気持ちで、神妙

な面持ちでホームルームに望んでいました。ドキドキ感が伝わってきますね。

午後からは入学式。今年は小中高が同日になったため、高校は1時間いつもより時間を

遅らせ、午後 2時からの開始としました。真新しい制服に身を包み、初々しさたっぷりの

1 年生。

明日は対面式です。これで、また1年から3年まで皆揃います。2、3年生は1年生の

手本となるような先輩として、また、1年生は2,3年生を見習って、ともに関高校を盛

り上げていってほしいです。