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2006年度 上智大学経済学部経営学科 網倉ゼミナール 卒業論文 「越えられない壁」 ~どうして携帯キャリアを変えないのか~ A0342448 山下麻衣子 2007年1月15日提出

2006年度 上智大学経済学部経営学科 網倉ゼミナール 卒業論文pweb.sophia.ac.jp/amikura/thesis/2006/yamashita2006.pdf · 朝起きて着る洋服を選ぶところから、夜寝る前

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2006年度

上智大学経済学部経営学科

網倉ゼミナール

卒業論文

「越えられない壁」

~どうして携帯キャリアを変えないのか~

A0342448

山下麻衣子

2007年1月15日提出

<はじめに>

このテーマを選ぶきっかけとなったのは、常々私が抱いていた疑問にあった。

ケース①:友人と携帯の話をしていた時、旧 V 社(現 S 社)の携帯を使っていた彼女は、自分

の携帯の電波が悪く、誤作動が多いという不満をもらしていた。そこで、私は繰り返し彼女に

対して私が使っている D 社の電波のよさを説き、変更をすすめた。しかし彼女は結局キャリア

を変更することなく機種変更をし、今もまだ不満を持ち続けている。

ケース②:わたしと同じ D 社の携帯を使っている友人が、「料金が高い」とぼやいていた。そ

んな彼に対して他の友人が「学割があるから A 社は安い」という提案をしたが、彼はキャリア

を変えることなく D 社の携帯を使い続けている。

上の2つは日常的によく見られるケースである。私も他にも同じような例をいくつも体験し

てきた。そこで、「どうして不満があり、それを解消してくれる他のキャリアがあるのに、今の

キャリアを変えないのか」という疑問を抱き、その答えを探っていこうと思ったのがこの卒業論

文のきっかけである。少しでもその真相に近づけたら幸いである。

2

<目次>

第1章 なぜ変えないのか

<1-1> 「変えない」の理由 <1-2> 携帯電話キャリア業界について <1-3> どうして携帯のキャリアを変えないのか <1-4> 具体的な移行しない要因

第2章 携帯のメールと変えない理由

<2-1> メールアドレスの変更とその連絡

<2-2> 弱い紐帯

<2-3> 携帯のメール機能

<2-4> 携帯のメールとキャリアの移行

第3章 検証

<3-1> 仮説

<3-2> アンケートとその結果の考察

第4章 まとめ

<4-1> 検証についての考察

<4-2> 全体的なまとめ

3

第1章 なぜ変えないのか

<1-1> 「変えない」の理由 私たちの生活は「選択肢」であふれている。朝起きて着る洋服を選ぶところから、夜寝る前

にどんな音楽を聴くかまで様々なことを選ぶ必要がある。そのような「選択」の中で、「どうし

て自分はこれを選び続けているのか」というものがひとつくらいあるのではないだろうか。不満

はいくつかあるけど変える気にもならないもの。そのようなものは身近にいくつかあるだろう。

「どうしてそれを変えないの?」と聞くといくつか理由は出てくる。「面倒だから」「これが気

に入っているから」「変える機会がないから」「お金がかかるから」など理由は様々である。この

論文では自分自身だけの問題ではなく他者が変えない理由にからんでくるケースに注目してい

きたい。具体的には携帯電話のキャリアを変えない理由について注目していこう。

<1-2> 携帯電話キャリア業界について 自分自身の携帯のキャリアに不満を抱いている人は多い。電話機を作っている「メーカー」

と混同している人が多いのだが、この「キャリア」とは携帯電話の通信サービスを提供している

会社を指す。日本では NTT Docomo、au、SoftBank などが消費者に知られ、利用されている

キャリアである。

キャリアごとのシェア

55%27%

2%

16%

NTTドコモ

au

ツーカー

ソフトバンク

(電気通信事業者協会のグループ別月末契約数2006年12月のデータを元に作成)

4

さらに業界について M.ポーターの業界構造分析を使って調べてみよう。

携帯のキャリア業界

新規参入業者

・イー・モバイル

・アイピーモバイル

既存企業

・NTT Docomo

・au

・SoftBank

ウィルコム

(PHS)

買い手

誰でも

供給業者

・携帯端末メーカー

・回線保有企業

代替品

なし

まず、既存企業について述べたい。携帯電話のキャリアの会社は徐々に増加したものの、認

可が下りないと商売が成り立たない業界なので寡占の状態にある。しかし、2006年1月での

人口が約1億2800万人に対して(総務省統計局の人口統計より)2006年1月での携帯電

話の契約台数は約9050万台(電機通信事業者協会の統計より)、つまり単純に計算すれば日

本人の70パーセントが1台ずつ携帯電話を持っていることになる。携帯電話はたくさん必要な

ものでもないし、この普及率の高さなので、業界は飽和状態にあり、競争が激化しているのが現

状である。

5

携帯電話契約台数

0

20,000

40,000

60,000

80,000

100,000

1996

1997

1998

1999

2000

2001

2002

2003

2004

2005

2006

千台

(電機通信事業者協会の統計データを元に作成)

次に新規参入業者だが、1994年にデジタルフォン(現 SoftBank)とツーカーグループ

(現在は KDDI に統合)が参入して以来に約12年ぶりに総務省から参入の認可が下りた。こ

のように新規参入には総務省の認可を受けて周波数を割り当てられる必要があるため、非常に参

入しにくい業界である。この新規参入業者もイー・モバイルは現行の携帯電話と同じ FDD(周

波数分割複信)方式を使う1.7GHz を割り当てられてデータ・音声通信への参入を表明して

いるが、アイピーモバイルは TDD(時分割複信)方式を使うための2GHz を希望し、割り当

てられたので携帯電話の音声通信などを利用する人にとっては新規参入ですらない。

供給業者は携帯の端末メーカーなどが挙げられるが、メーカー側の価格交渉力もあまり高く

なく、供給メーカーがたくさんいるためにあまり影響力は高くない。むしろ端末の発売時期など

キャリアに合わせてメーカーが動いているのでキャリアのメーカーに対する影響力は高い。

買い手は減りつつあるが、ドコモの SA800i のような GPS 搭載のキッズケータイや高齢者

にも使いやすいシンプルならくらくホンなど携帯を使用する幅広い年齢に携帯電話を普及させ

ることで多様化かつ増加させようとしている。ただし、ユーザーの ARPU(Average Revenue Per

User、月間電気通信事業収入)も音声通話は頭打ちの傾向にある。データ通信は伸びているが、

キャリア各社ともパケット定額制を打ち出しているので、その普及によりこちらも伸び悩む可能

性がある。ちなみにパケット定額制とはパケット通信においてパケット通信料を使った分だけ従

量課金するのではなく、一定額とするという料金プランである。各社ともに基本料金にプラスし

てこのプランをつけることができ、第 3 世代携帯電話(3G)でのみ適応されるプランである。

かつ新規契約者には端末の費用を負担(<1-4>で詳しく述べる)しているので、買い手から

の収入自体は伸び悩みの傾向にある。

6

ARPUの推移(3事業者平均)

0

2,000

4,000

6,000

8,000

10,000

平成13年3月 14年3月 14年12月 15年3月 15年12月

データ収入のARPU

音声収入のARPU

(平成16年3月の総務省の「ネットワークの現状と課題に関する調査」より引用)

このように、携帯電話キャリアの業界自体はもうかりやすい業界ではあるのだが、ユーザー

のニーズの変化や技術の進歩により徐々に楽にもうかる業界ではなくなりつつあるというのが

現状である。

<1-3> どうして携帯のキャリアを変えないのか さて、そのキャリアに対して「電波が悪い」や「料金が高い」など不満を抱いている人は多

いのだが、不満があるなら変えればいいのではないだろうか。

ここで、 近世間を騒がせたナンバーポータビリティ制度について少し触れておきたい。

ナンバーポータビリティとは「携帯電話の加入者が別の事業者(キャリア)に契約を切り替え

ても、元の番号がそのまま使える制度およびシステム」(IT用語辞典より)のことである。携帯

の普及率が上がり、新規契約者の減少により停滞し始めた携帯業界において契約者の利便性の

向上と業界の競争を活発にするために導入された制度である。1999年にイギリス、200

3年にアメリカのように世界各国でこの制度は導入されている。

そのような便利なサービスが導入された結果、携帯電話の契約者たちはどのような行動を

とったのだろうか。その利用者は1ヶ月で約50万人、このペースでいくと約9400万人い

る携帯電話の利用者の6%がナンバーポータビリティ制度を利用することになるという。これ

は総務省の予想していた10%より低い数字となっている。今利用しているキャリアに不満が

あってもこの制度を利用しないのはなぜだろうか。その理由には移行事務手数料の高さや手間、

新規機種の費用、そしてメールアドレスの問題などが挙げられるだろう。

7

<1-4>

具体的な移行しない要因

上記のナンバーポータビリティ利用率の低さの例を見てもわかるように、携帯電話とはし

がらみのかたまりなのである。そのしがらみの代表例をいくつか挙げてみよう。

「各種割引」

どこのキャリアもやっているのが、家族で入ると基本使用料金が割引されるという「家族単位

での割引」と年次ごとの契約で基本使用料金が安くなるという「1年ごとの割引」である。

au を例にとってみてみよう。

au における家族単位での割引は「家族割」である。この家族割に申し込むことによって同一

家族内は基本使用料が25%オフ、なおかつ家族内 Cメール(インターネットを利用することな

く電話回線を通じてやりとりされるショートメッセージ)が無料、家族の誰かの無料通話が余っ

たらそれを他の家族に分配することもできる。

1年ごとの割引は「年割」と呼ばれている。この年割は加入することで1年目は15%、2年目

は16%、3年目は17%と契約年数が長くなるほど基本使用料の割引率が上昇し、家族割と

併用すれば 大基本使用料が50%割引になるというサービスである。(図参照)

(au の料金・割引についての HP より)

そのほかにも au は「MY 割」という加入者が1人でも家族割と年割と同じ割引率の割引サービ

スを提供している。

(au の料金・割引についての HP より)

8

これらの各種割引はたいてい自分が現在使用しているキャリアから退出しようとする時の障

壁となる。家族割は家族と同じキャリアではなくなると基本使用料の割引がなくなり、なおか

つ無料通話の適当な分配ができなくなるし、年割は途中で他のキャリアに変えてしまうとそれ

までの割引率は適用されない上に他のキャリアの割引は1年目からスタートなのである。しか

もこの年割は1年単位の契約のため契約期間中に解約などをすると税込み3150円、MY 割は

2年単位の契約のため契約期間中に解約などをすると税込み9975円の契約解除料を請求さ

れる仕組みになっている。そしてこれらの割引契約は自動更新なので、気づかない内に契約月

を過ぎてしまい、自動更新されていたという契約者も多いのではないだろうか。しかもこの各

種割引はとても仕組みが複雑で、自分が使っているキャリアの割引のことはもちろん、他社の

割引サービスのことはさらにわかりづらいので、他のキャリアへの転出を妨げる大きな要因と

なっているのである。

「新規端末費用」

キャリアを変えると当然移行先のキャリアの端末を買う必要がある。しかしこの費用は日本

ではあまり意識されていない。なぜならキャリア側が携帯電話端末販売店にリベートを渡し、

端末価格を下げるというのが一般的に行われているからである。キャリア側にとって、端末費

用を下げて契約してもらうことで安定的かつ継続的な収入が見込めるのである。そのため、同

じキャリア内で機種変更するよりも違うキャリアで新規契約するほうが安いという新規契約者

にとってメリットが多いようになっている。

「SIM ロック」

上記のように新規端末費用が安いかわりにユーザーはデメリットをこうむっている。それが

SIM ロックである。SIM ロックとは携帯電話が特定の SIM カード(Subscriber Identity Module

Card、携帯電話用の IC カード)しか使えないようになっていることを指している。キャリアが

リベートを払っているのはこの SIM ロックがかかっている端末に対してである。日本ではドコ

モ・au・SoftBank がそれぞれ SIM カードを使っているが、どれも同じ規格を採用しているのに

ドコモの端末に au の SIM カードを指すなどという違うキャリアのカードを違うキャリアの端末

に差し込んでも作動しないようになっている。これによりキャリアを移行するときには現在使

用しているSIMカードを使うことはできず、新たなSIMカードを使用する必要がある、というよ

うに必要以上に手間がかかるのである。

「メールアドレスの変更と連絡」

ナンバーポータビリティ制度の導入で番号が変わることなく他のキャリアに移行できるよう

になったのは事実である。しかし、@以下のメールアドレスは強制的に変わってしまうのであ

る。

9

わたしがインタビューを行った人たちの中でもこの変更と連絡を面倒だと考えている人は少な

くなかった。

このメールアドレスの変更は自分にメールをくれる人たちへの変更連絡のわずらわしさと、

もし連絡漏れがあった場合、その連絡できなかった人とは連絡がとれなくなるという危機感が

あるためにキャリアの移行をにぶらせているのである。

「他のキャリアの魅力不足」

現在自分の使っているキャリアに不満があったとしても、他に移行したいと思えるキャリア

がなければ人はキャリアを変えることはない。そして特に強く不満を訴えることなくユーザー

でいてくれるのでキャリア側にとっては都合のいい層である。しかし、そのように他に選択肢が

ないから移行しない人は、例え価格が上昇しても他社が品質の高いサービスを提供してきたらす

ぐ移行する人ともなりうるのである。

このように具体的な要因を見ていくと、携帯のキャリアの移行を妨げているのは全体的に「契

約者の退出障壁の高さ」なのではないだろうか。

各種割引やメールアドレスの変更連絡や SIM ロックや新規端末費用などは現在使用している

キャリアから退出することで大きなコストが伴うといういい例である。携帯のキャリアという

のは移行するのに多大なコストがかかるのである。

10

第2章

携帯のメールと変えない理由

<2-1>

メールアドレスの変更連絡

<1-4>で挙げた具体的な要因は大きく2つに分けられる。各種割引や他キャリアの魅

力不足など、自分自身にかかわる問題と、メールアドレスの変更連絡のような自分と他者と両

方にかかわる問題である。今回の論文では自分と他者にかかわる、すなわちメールアドレスの

変更連絡の問題について述べていきたい。

私がインタビューをさせてもらった人たちの中で「どうしてキャリアを変えないのか」とい

う問に対して「メールアドレスの変更とその連絡が面倒だから」という理由を挙げている人が少

なからずいた。しかし、この変更は各携帯電話キャリアのサイトで簡単に行えるし、変更の連

絡も機械的にメールを送るだけである。さらに、各キャリアのショップにはたいていメールア

ドレスを変更したときに自分の電話帳データのメンバーにお知らせメールを送ってくれる端末

がおいてあり、無料で利用することができる。

そうすると、本当に携帯メールはキャリア移行の大きな要因となりうるのかという疑問もあ

るかもしれない。少し話が戻るが、ナンバーポータビリティ導入の際総務省が主催した番号ポー

タビリティ研究会というのがあり、ここでもメールアドレスのポータビリティは話し合われたと

いう。しかしメールアドレスのポータビリティには至らなかった。携帯のメールはキャリア移行

においてさほど重要ではないとみなされたのである。これにはインターネットを介するので技術

的に転送が面倒、という理由もあるのだが、ユーザー側がメールアドレス変更に対してあまり支

障を感じていないというアンケート結果があったという理由がキャリア側にとっては大きいよ

うである。確かに、旧ボーダフォンが番号ポータビリティ研究会第2回で提出したアンケートで

も過去メールアドレスを変えた人の中でもあまり支障を感じていない人が大多数を占めている。

11

(ボーダフォンが番号ポータビリティ研究会第2回に提出した資料より。赤い丸は執筆者による)

しかしこの会議が行われたのは2003年11月で、導入された2006年の3年前である。携

帯電話の私たちの生活への浸透度合いもまた違ってきているのは事実で、この状況は異なるだろ

う。また、メールアドレスを変更したことがない人たちに対してこのアンケートは着目していな

いのではないだろうか。やはり私は携帯のメールはキャリアの移行の際の大きな要因になりうる

と考えているのである。

前で述べたように、メールアドレスの変更連絡というのはそこまで面倒で煩雑な手続きがあ

るわけではない。にもかかわらずこれをキャリアを変えない理由としてあげる人が多いのはな

ぜだろうか。これはつまり、ユーザーにとってメールアドレスの変更・そしてその連絡という行

為自体の内容が面倒なわけではないのではないだろうか。

<2-2>

弱い紐帯

ユーザーはメールアドレスの変更・そしてその連絡という行為自体の内容ではなくて行為

自体を嫌がっているのではないだろうか。少し本題からずれるが、マーク・グラノヴェッターと

いう社会学者が社会ネットワークに関して「弱い紐帯の強み(”The strength of weak ties”)」

という論文を1972年に発表している。簡単に説明すれば、ネットワークにおいて古くから

の知り合いや家族のような強い紐帯で結ばれている人たちよりも、普段あまりかかわりのない

どちらかというと疎遠な人たちから受ける影響の方が大きいというものである。彼が行ったア

メリカでの研究の中で、転職する際、強い紐帯よりも弱い紐帯を頼って転職した人のほうが転職

先への満足度は高いという結果も得られている。これは普段自分が属しているコミュニティに

はない情報を、身近でない、つまり弱い紐帯でつながれている人が持っているためであると説

12

明される。

この強い紐帯・弱い紐帯という概念を携帯のメールに取り入れていきたい。前で少し触れ

たように、強い紐帯とは普段からよく接する、かかわりの深い家族や友人などを指し、弱い紐

帯というのは普段かかわりのあまりない、ただの知り合いに近い疎遠な人物を指す。携帯電話

の電話帳にはもちろんこの強い紐帯も弱い紐帯も両方含まれている。そして、ここで注目した

いのは、携帯電話の電話帳にはこの弱い紐帯の関係にある人物が多く存在するということなの

だ。 近の携帯電話の端末には赤外線通信機能がついているものが多い。この機能を使えば、

自分の番号やメールアドレスなどを同じ赤外線通信機能がついている相手の携帯電話に数秒で

送ることができ、また受信することができるのである。この携帯電話のデータのやりとりの容

易さがデータ交換をしやすくし、さほど親しくない相手とのデータ交換をすすめているのは事

実である。携帯電話とはそのように弱い紐帯の相手が多いものなのだが、その弱い紐帯の関係

において特に注目したいのがメール機能である。

<2-3>

携帯のメール機能

緊急の連絡を取りたいとき私たちが使用する通信機能は電話であることが多い。救急車や

警察を呼ぶ時、使用するのは電話であるという事実もそれを後押ししている。ではメールはど

のような場合に使う通信機能なのか。

パソコンのメールはパソコンを起動しインターネットに接続してメールボックスをチェッ

クする必要があることから、緊急に連絡を取りたいときにはあまり使われていない通信機能で

ある。しかし手元に自分の送った文書のコピーが残ったり、通信記録がサーバーに残ったりす

るという利点もあり、そこまで急を要さないが確実に相手と通信したいときに用いられる通信

手段である。

携帯のメールはパソコンのメールと違っていちいち起動する必要もなく、手軽に簡単にメー

ル機能を使うことができる。また、携帯はいつも持ち歩いている人がほとんどなため、電話と同

じくらいすぐレスポンスが返ってくる場合もあるので、急ぎの用事を伝える場合にも用いられる。

そして、電話と違って周囲に音を発することなく通信できるので、移動中やほかの事をしている

ときにでも使用できる。かつ通信費も電話より安い。

携帯電話の電話機能は用件を伝えるため、もしくは親しい人(親しくなりたいと思っている

人、親しいと思っている人も含む)と雑談をするためのものである。そしてメール機能も用件を

伝えるため、雑談をするため、と使用用途は同じなのだが、使う相手と場面が異なるのである。

使う相手と場面が違うというのは自分の携帯電話を見てみても明らかである。私の携帯の着信履

歴20件を見てみると、家族が5件と友人が9件アルバイト先からが6件という内訳で、家族は

6件とも用事のため、友人は雑談をするための電話が1件であとは待ち合わせのための電話であ

った。バイト先からの電話はシフトの確認と提案であった。そして日付が新しい送信メールの2

13

0通は家族が1通、友人が17通とメールマガジンが2通であった。家族からのメールへの返答、

友人へは雑談が3通で、残りは飲み会や会う約束の誘いと日時の提案と具体的な待ち合わせにつ

いての内容だった。ちなみにこの着信履歴と送信メールの相手は家族と友人一人のみ同じで、他

は電話だけ、メールだけ、の人であった。このように携帯のメールは友人のようなプライベート

で付き合っている相手が多く、返信はそこまで急がないという場合に用いることが多い。そして、

わざわざ電話をかけるほどの熱意はないがメールだったらしてもいい、というように気軽に人と

つながることができる通信手段なのである。他にも携帯のメールは簡単に数人に一斉送信ができ

るという点も含めて、弱い紐帯をつなぐのに携帯のメールは適しているのではないだろうか。

<2-4>

携帯のメールとキャリアの移行

携帯のメールアドレスを変更することは弱い紐帯を切ってしまうことにつながると私は考

えている。だからユーザーはキャリアを移行するのを嫌がるのである。

今までのキャリアを移行することはメールアドレスの変更を伴う。そしてメールアドレスを

変更は、全員にその変更連絡をすれば手間がかかるくらいで済むが、しなかった場合もしその連

絡をしなかった相手(強い紐帯の関係にあれば当然連絡するので、この場合弱い紐帯の関係にあ

る人物)からメールが送られてきてもそのメールを受信できない。メールアドレスを変更しなけ

ればつながっていた弱い紐帯が、変更したことで切れてしまう可能性があるのだ。ドイツの政治

経済学者 A.O.ハーシュマンの「離脱・発言・忠誠(原題は”Exit, Voice, and Loyalty”)」で

も「組織への参入費用を高くし、離脱に対して高いペナルティを設定することが、離脱あるいは

発言、もしくはその両方を抑えつける忠誠を生みだし、それを強化する主な方策のひとつであ

る。」(「離脱・発言・忠誠」A.O.ハーシュマン著、矢野修一訳、ミネルヴァ書房、p、100よ

り引用)という考えもそれを裏付けのひとつである。前のメールアドレスの変更という高い参入

費用を払って入った新しいキャリアから退出することは再びメールアドレスを変更し、弱い紐帯

を切ってしまうというペナルティを伴う。そのため、ユーザーは今のキャリアから退出もキャリ

アに対して大きな不満を直接ぶつけることもなく現在のキャリアを使い続けるのである。

もちろん、誰かから連絡が来なくなるのが嫌なら全員に変更連絡をすればいいし、ほとんど

連絡を取らなかった相手から突然メールが来ることなどないに等しい。しかし、<2-2>の冒

頭で述べたように、ユーザーは行為の内容をいやだと考えているわけではない。行為自体がいや

なのである。「このような事態が起こるかもしれない」という考えとそれを自分がやることの面

倒くささを思うとその行為をする気にはならない。これがメールアドレスの変更とその連絡がキ

ャリアを移行しない理由になっている根本的な理由であると私は考えている。

14

第3章

検証

<3-1>

仮説

私の考えを検証するために仮説を考えてみる。メールアドレスの変更・連絡の行為の内容で

はなく携帯のメールが持つ弱い紐帯が切れてしまうのがいやだから、ユーザーはキャリアを変え

ないというのが私の考えである。では、携帯のメールくらいでつながっているような弱い紐帯を

多く持っている人ほどキャリアを変えるのをいやがるのではないだろうか。つまり、「あまり連

絡取らない、取るとしても携帯メールでしか連絡をとらない人が多いほど、キャリアが変わるの

に抵抗がある」という仮説を立ててみる。

<3-2>

アンケートとその結果の考察

この仮説を検証するために私は大学生・30代社会人(未婚)・30代社会人(既婚)・30

代主婦・50代主婦にインタビューとアンケートを行った。アンケートは次のページにあるもの

である。

15

<携帯電話についてのアンケート> Ⅰ、

携帯電話の電話帳の個人(お店や病院などをのぞく)を

4、よく(月2回以上)会い、電話やメールもする

3、それなりに(2ヶ月に1回以上月2回未満)会い、電話やメールもする

2、ほとんど会わない(2ヶ月に1回未満)が、メールや電話はする

1、メールくらいする(連絡をとる場合はメール程度)

0、まったく連絡をとらない

にわけて、それぞれの人数を教えて下さい。

4( )人 ・3( )人 ・ 2( )人 ・ 1( )人 ・ 0( )人

Ⅱ、

1、現在使っている携帯電話のキャリア(ドコモや au など)に不満が

①非常にある ②少しある ③普通 ④あまりない ⑤まったくない ( )

2、1で⑤以外の人(少しでも不満がある人)は具体的な不満を教えて下さい。

<複数回答可>

( )

3、携帯電話のキャリアを変えるのに抵抗が

①非常にある ②少しある ③普通 ④あまりない ⑤まったくない ( )

4、3で⑤以外の人(少しでも抵抗がある人)はその理由を教えて下さい。

<複数回答可>

( )

5、今の携帯は家族割引に

①加入している ②加入していない ( )

6、①の場合

①主回線 ②副回線 ( )

7、携帯の電話帳に入っている人と携帯以外に連絡をとる手段があったら教えて下さい。

例:PC メール、固定電話など

( )

ご協力ありがとうございました。

16

このアンケートとインタビューのデータを用いて、仮説の検証と、世代別・未婚既婚の差が

あるのかということを中心に調べていきたい。

まずⅠの数値を用いて「携帯メールくらいでしか連絡をとらない人」を調べていく。

以下がその数値のグラフと、平均値である。平均値はそれぞれの番号と人数をかけたものを

人数で割って算出している。

大学生

0

20

40

60

80

100

120

140

160

4 3 2 1 0

平均:0.85(全体:200人)

17

30代会社員(未婚)

0

5

10

15

20

25

4 3 2 1 0

平均:1.42(全体:68人)

30代会社員(既婚)

0

20

40

60

80

100

120

140

160

4 3 2 1 0

平均:0.44(全体:166人)

18

30代主婦

0

20

40

60

80

100

120

140

160

1 2 3 4 5

平均:0.41(全体:180人)

50代主婦

0

2

4

6

8

10

12

4 3 2 1 0

平均:1.97(全体:30人)

19

この平均値が一番高かったのは50代主婦である。彼女のⅡ-3「携帯電話のキャリアを変

えるのに抵抗が」の回答は⑤「まったくない」であった。さらにインタビューを重ねると、彼女

は5年前から携帯電話を持っているのだが、その間に2回キャリアを変更している。もともとド

コモを使っていたのだが、あまり使わないのに料金が高いのがもったいないという理由で1度プ

リペイド携帯のボーダフォンに変更し、その後飽きてまたドコモに戻したという。現在は家族割

引があるので特に変更するつもりはないとのことだが、何かあったらすぐ変えるとのことだった。

彼女は携帯電話に対してあったら便利だけどなくても困らない存在だという認識を持っていた。

また、彼女はこの中では電話帳の登録人数が も少なかった。

逆に、一番低かったのは30代主婦である。彼女のⅡ-1「現在使っている携帯電話のキャ

リア(ドコモや au など)に不満が」の回答は①「まったくない」で、Ⅱ-3「携帯電話のキャ

リアを変えるのに抵抗が」の回答は①「非常にある」となっていた。

世代別に全体の登録人数に着目すると、やはり大学生の登録件数がもっとも多い。これは、

携帯をいつから持ち始めたのかということに関わってくるのではないだろうか。この大学生にイ

ンタビューをすると、携帯を持ち始めたのは高校1年生の頃とのことだった。50代主婦が40

代後半になってから持ち始めたのと比較すると、大学生の方が人生において携帯電話という通信

手段が占めるウェイトが大きいと考えられる。

既婚・未婚に何か差はあるのだろうか。このⅠについてのデータを比べると、平均値に大き

く差がある。その原因は0の「連絡をまったくとらない」割合の違いにあった。30代会社員(未

婚)の登録人数にしめる0は約30.9%なのに対して、30代会社員(既婚)の0は約83.

7%にも上った。やはり生活環境の変化は携帯にも影響を与えるのである。ちなみに、30代会

社員(未婚)はⅡ-3「携帯電話のキャリアを変えるのに抵抗が」の回答は②「少しある」であ

った。しかも彼女は過去に1度キャリア変更をしているとのことだった。それに対して30代会

社員(既婚)はⅡ-3には①「非常にある」と回答していた。

アンケート・インタビューの結果からは「携帯メールでしか連絡をとらない人が多いほど、

キャリアが変わるのに抵抗がある」という仮説が少し証明できたのではないだろうか。

20

第4章

まとめ

<4-1>

検証についての考察

前章では仮説を立て、実施したアンケートについて述べたが、それについて少し振り返りた

い。

仮説を証明するためのアンケートだったのだが、サンプル数が少ないのは事実である。ただ

し、アンケートには現れないような深いインタビューも行いたかったため、あまりサンプル数を

多くはできなかったのである。また、その人との関係を知るために電話帳の個人をランク付けし

てもらうというのは弱い紐帯を調べるのに適切だったと考えている。しかし、他のキャリアを変

えない要因(長期割引がある、など)をうまく排除できなかったのがこの検証の欠点である。そ

れを排除して純粋にメールアドレスの変更と連絡についての検証を行うことが今後の課題であ

る。

このように、残念ながら仮説の完全な証明には至らなかったが、少しは検証できたと考えて

いる。

<4-2>

全体的なまとめ

この論文は人々が何かを変えない理由、中でも携帯電話のキャリアを変えない理由について

着目してきた。その数多くある理由の中でも「メールアドレスの変更とその連絡」に注目し、こ

の要因を物理的(メールアドレスの変更や連絡が面倒)ではなく社会的(変更によりつながりが

変化する)な側面から捉えてきた。

人々は何かを変えないで選び続ける際、具体的な理由を挙げることができる。しかし、本当

にその理由が真の理由なのだろうか。確かにそれは理由になっているものなのだが、その理由に

はさらに理由が隠されているのではないだろうか。今回私が注目した「メールアドレスが持って

いる弱い紐帯」というのはそのような裏にある理由の一つなのではないかと考えている。

日本において携帯電話というのは1985年にドコモが発売したのが始まりで、まだ導入か

ら20年しか経過していない。それどころか本格的に一般消費者の間で普及が始まったのはまだ

ほんの10年前くらいのことである。それなのに今はすでに生活の一部となっている。携帯電話

の特徴は通信機器としての便利さだけでなく、個々人が様々な使い方をし、1台として同じ通信

をしている携帯電話はないということである。道具としての便利さと、コミュニケーションの力

を併せ持っている機械というのは携帯電話の大きな特徴である。それがこれからどう生かされて

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いくのか、そして時代が変わるのとともにキャリア移行のスタイルは変わるのか。キャリア移行

のスタイルが変わった場合、キャリアを変える要因もまた変化するのか。もしくはこれから人間

同士の付き合い方や心理的なものが変化し、携帯のキャリア移行に影響することもあるのではな

いか。今後も携帯電話とその背景に注目していきたい。

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<参考文献>

新ネットワーク思考~世界のしくみを読み解く~ アルバート=ラズロ・バラバシ著 青木薫訳

NHK 出版 2002

Granovetter, Mark;(1973)"The Strength of Weak Ties"; American Journal of Sociology, Vol.

78, No. 6., May 1973, pp 1360-1380

離脱・発言・忠誠 A.O.ハーシュマン著 矢野修一訳 ミネルヴァ書房 2005

体系的に学ぶ 携帯電話のしくみ 神埼洋治・西井美鷹 日経 BP ソフトプレス 2006

競争優位の戦略 M.E.ポーター著・土岐坤訳 ダイヤモンド社 1985

<参考サイト> 電気通信事業者協会

http://www.tca.or.jp/

IT 用語辞典 e-words

http://e-words.jp/p/c-cellphone.html

総務省

http://www.soumu.go.jp/

IT media

http://www.itmedia.co.jp/