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NICU・小児病棟・重心施設での環境整備 特集2 子どもは大人からの支援を受けながら成長・ 発達します。小児看護に携わる私たちは,その 行動指針である「小児看護領域の看護業務基 準」で,医療を受ける子どもの教育・遊びの機 会を保障し,発達段階に応じた遊びや学習がで きる療養環境を整えることが必要とされていま 1) 。よって,子どもを感染症から守るための 環境整備をしていく必要があります。 病院紹介 当院は,小児医療・周産期医療の拠点病院と して,一般の医療機関では対応が困難な子ども に対して高度で専門的な医療を提供していま す。児童・思春期精神科病床202床を含む561 床の小児専門病院です。結核病床があり,病棟 全部を陰圧管理できる病棟があります。感染症 科では,診断困難な感染症の診療や先天性免疫 不全などの診療を行っています。 標準予防策 標準予防策は,感染の有無にかかわらずすべ ての患者に常に行うべき予防策であり,血液, 汗を除く体液,粘膜,損傷した皮膚は感染性が あるものとして対応します。具体的には,手指 衛生,防護用具,リネンの取り扱い,患者に使 用した器具,患者配置,咳エチケット,廃棄物 の処理,安全な注射手技,血液体液曝露防止な どの対策が挙げられます。標準予防策を徹底す ることは,成人・小児にかかわらずすべての年 代,すべての患者に必要です。 小児の特徴 小児領域での感染のリスクとして,の点が 挙げられます。小児は,生活の中で他者と接触 する機会が多く,免疫力の弱い疾患で入院して いる患者が多い病棟もあります。しかし,環境 整備の基本や標準予防策の遵守は,成人の病棟 と変わりありません。また,医療従事者も子ど もにかかわる環境要因としては重要な立場にあ ります。 小児病棟の環境整備 東京都立小児総合医療センター 看護部 感染管理担当看護師長 御代川滋子 みよかわ・しげこ 1988年都立病院に就職し,神 経病院,広尾病院,墨東病院などに勤務。2009年 に都立小児総合医療センターの前身の都立清瀬病院に勤務。2010年 3月の移転に伴い,都立小児総合医療センターに勤務。同年感染管理 認定看護師資格を取得し,2011年より現職。 •免疫機能が未発達で抵抗力が弱い •感染予防のための行動が自ら行えない(特に 乳幼児) •抱っこなどの濃厚接触が頻繁に行われる(特 に乳幼児) •食事や遊びなど集団生活を送るため,流行性 ウイルス疾患との接触機会がある •面会者が感染症を持ち込んでくる可能性があ る⇒スクリーニングが必要 •感染症の患者と免疫不全者が混在する可能性 がある •保育士,院内学級教員,ボランティアなど複 数の職種がかかわっている •感染の伝播経路,特に接触伝播する経路が多 く存在する •呼吸器感染症は飛沫感染対策に加えて,接触 感染対策も必要となる •身体が小さく,排出門戸と侵入門戸が近い •小児で承認されている薬剤が少なく,使用可 能な薬剤が制限される 小児領域の感染のリスク 38 こどもと家族のケア vol.15_no.1

特集2 小児病棟の環境整備特集2 NICU・小児病棟・重心施設での環境整備 子どもは大人からの支援を受けながら成長・ 発達します。小児看護に携わる私たちは,その

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Page 1: 特集2 小児病棟の環境整備特集2 NICU・小児病棟・重心施設での環境整備 子どもは大人からの支援を受けながら成長・ 発達します。小児看護に携わる私たちは,その

NICU・小児病棟・重心施設での環境整備特集2

 子どもは大人からの支援を受けながら成長・

発達します。小児看護に携わる私たちは,その

行動指針である「小児看護領域の看護業務基

準」で,医療を受ける子どもの教育・遊びの機

会を保障し,発達段階に応じた遊びや学習がで

きる療養環境を整えることが必要とされていま

す1)。よって,子どもを感染症から守るための

環境整備をしていく必要があります。

病院紹介 当院は,小児医療・周産期医療の拠点病院と

して,一般の医療機関では対応が困難な子ども

に対して高度で専門的な医療を提供していま

す。児童・思春期精神科病床202床を含む561

床の小児専門病院です。結核病床があり,病棟

全部を陰圧管理できる病棟があります。感染症

病院紹介科では,診断困難な感染症の診療や先天性免疫

不全などの診療を行っています。

標準予防策 標準予防策は,感染の有無にかかわらずすべ

ての患者に常に行うべき予防策であり,血液,

汗を除く体液,粘膜,損傷した皮膚は感染性が

あるものとして対応します。具体的には,手指

衛生,防護用具,リネンの取り扱い,患者に使

用した器具,患者配置,咳エチケット,廃棄物

の処理,安全な注射手技,血液体液曝露防止な

どの対策が挙げられます。標準予防策を徹底す

ることは,成人・小児にかかわらずすべての年

代,すべての患者に必要です。

小児の特徴 小児領域での感染のリスクとして,表の点が

挙げられます。小児は,生活の中で他者と接触

する機会が多く,免疫力の弱い疾患で入院して

いる患者が多い病棟もあります。しかし,環境

整備の基本や標準予防策の遵守は,成人の病棟

と変わりありません。また,医療従事者も子ど

もにかかわる環境要因としては重要な立場にあ

ります。

標準予防策

小児の特徴

小児病棟の環境整備東京都立小児総合医療センター

 看護部 感染管理担当看護師長

御代川滋子みよかわ・しげこ 1988年都立病院に就職し,神経病院,広尾病院,墨東病院などに勤務。2009年に都立小児総合医療センターの前身の都立清瀬病院に勤務。2010年3月の移転に伴い,都立小児総合医療センターに勤務。同年感染管理認定看護師資格を取得し,2011年より現職。

•免疫機能が未発達で抵抗力が弱い•感染予防のための行動が自ら行えない(特に乳幼児)•抱っこなどの濃厚接触が頻繁に行われる(特に乳幼児)•食事や遊びなど集団生活を送るため,流行性ウイルス疾患との接触機会がある•面会者が感染症を持ち込んでくる可能性がある⇒スクリーニングが必要•感染症の患者と免疫不全者が混在する可能性がある•保育士,院内学級教員,ボランティアなど複数の職種がかかわっている•感染の伝播経路,特に接触伝播する経路が多く存在する•呼吸器感染症は飛沫感染対策に加えて,接触感染対策も必要となる•身体が小さく,排出門戸と侵入門戸が近い•小児で承認されている薬剤が少なく,使用可能な薬剤が制限される

表●小児領域の感染のリスク

38 こどもと家族のケア vol.15_no.1

Page 2: 特集2 小児病棟の環境整備特集2 NICU・小児病棟・重心施設での環境整備 子どもは大人からの支援を受けながら成長・ 発達します。小児看護に携わる私たちは,その

 流行性ウイルス疾患(麻しん,風疹,水痘,

流行性耳下腺炎)のワクチンは,1歳にならな

いと原則接種できません。4種混合ワクチンは

生後3カ月から接種が始まります。しかし近

年,百日咳が流行し,当院でも4種混合ワクチ

ン接種開始前の月齢の浅い患者が百日咳を発症

し入院する事例を毎年経験しています。そのた

め当院は,職員が感染源にならないよう,流行

性ウイルス疾患の免疫を獲得するためのワクチ

ン接種を呼び掛け,実施しています。毎年,イ

ンフルエンザワクチンは病院で費用を負担し,

全職員が接種することを推奨しています。

小児病棟の環境整備療養環境の整備 日常の環境整備として,患者との接触,汚れ

の程度によって,環境表面の清掃の方針と手順

を確立すること2)が求められます。

 ベッドサイドの環境整備は,1日1回実施し

ています。通常は環境クロスを使用しています

が,ノロウイルスなどが流行する12月から3

月は,0.1%次亜塩素酸ナトリウムのクロスで

の環境整備に切り替えて療養環境の整備をして

います(写真1)。清掃以外に,ベッド上の整

理整頓も必要です。ベッド上での生活が多くな

るため,本や玩具のほか,おむつなどベッド周

囲にはさまざまな必要なものが置かれてしまう

ことがあります。療養環境を清潔に保つことも

環境整備の一つです。

 小児病棟では,クリスマスやお正月,ひな祭

りや端午の節句など季節に合わせた行事が欠か

せません。病棟内にはさまざまな飾りつけがさ

れ,クリスマス会,夏祭りなどが企画されます。

そこで,患者の状況に応じて,行事参加の有無

小児病棟の環境整備

ベッド柵は,子どもの唾液や咳の飛沫細菌が多数付着している。

子どもは手すりに触りながら歩くことが多い。

吸引が必要な患児のベッドサイドに防護用具(飛沫防止対策にフェイスシールドマスク)を設置

病棟の扉は不特定多数の人たちが触る高頻度接触面

写真1●ベッド周り・病棟内の環境整備のポイント

39こどもと家族のケア vol.15_no.1

Page 3: 特集2 小児病棟の環境整備特集2 NICU・小児病棟・重心施設での環境整備 子どもは大人からの支援を受けながら成長・ 発達します。小児看護に携わる私たちは,その

を検討する,病室で個別に行うなど,感染予防

にも配慮した対応をしています。

病棟出入り口の開閉ボタン 小児病棟は,子どもの安全を守るため患児が

病棟から不用意に出ないよう(迷子防止)自動

ドアの開閉ボタンがあります。開閉ボタンは,

面会者,医師,看護師,清掃職員,院内学級の

教員,リハビリテーション職員など不特定多数

の人が触ります。このような高頻度接触面の清

掃は1日1回行い,アウトブレイクなど感染症

が流行した場合は,1日2回以上に頻度を上げ

て環境整備をしていくことが必要です。

患者に使用した器具の取り扱い 患者に使用した物品は,感染症の有無に応じ

て対応するのではなく,標準予防策の原則に従

い,患者の感染の有無にかかわらず,感染性の

あるものとしての対応が求められます。使用し

た器具は,どのような場面で使用するかによっ

て,E. H. Spaulding(スポルディング)の分類

(編注:P.44の表2参照)に沿って一括して洗

浄・消毒・滅菌することが必要です。

 当院の洗浄・消毒・滅菌は中央化しており,

一部の物品を除いて病棟での一時消毒はありま

せん。患者に使用した器具は,単回使用が理想

ですが,コストの問題もあり各施設での協議が

必要です。当院では手術器械はほぼ単回使用に

できましたが,そのほかのケア物品では一部消

毒して使用しているものもあり,今後の課題と

して取り組む予定です。

玩具の管理 子どもの成長発達に必要な玩具の管理も重要

です(写真2)。CDC(米国疾病対策センター)

ガイドラインでは,患児のケアを行っている医

療施設では定期的に玩具をクリーニングし消毒

する方針と手順を確立すること2)とあります。

当院では,次のような対策を行っています。

①プレイルームなどの共有の場所では,ぬいぐ

るみの使用を禁止し,拭くことのできる玩具

を提供する

②患者が使用した玩具は回収ボックスに集め,

清拭してから再度使用する

③1日1回玩具を清拭する

④感染症流行時にはプレイルームの使用を禁止

するなど,院内での感染伝播防止策を行う

患者配置の工夫 院内感染防止として重要なのは,交差感染を

減らすことです。交差感染を減らすには,同じ

病原体を持つ患者を同じ部屋に配置し接触する

職員を限定することが必要です。

 小児専門病院では,免疫不全者と感染症の患

消毒が終わると本棚に戻される使用した玩具の収納ボックス

写真2●玩具などの管理

40 こどもと家族のケア vol.15_no.1

Page 4: 特集2 小児病棟の環境整備特集2 NICU・小児病棟・重心施設での環境整備 子どもは大人からの支援を受けながら成長・ 発達します。小児看護に携わる私たちは,その

者が極力混在しないよう努めています。感染性

胃腸炎患者や多剤耐性菌保有者などは,個室で

の管理を最優先にしています。そのほか,耐性

菌患者については,手指衛生の徹底を図ると共

に入浴時間や検査時間も配慮し,交差感染のリ

スクの低減を図っています。

医療的ケア児 新生児医療の発達により,在宅酸素療法,吸

引,経管栄養などの医療的処置を在宅で行う医

療的ケア児が増加しています。医療的処置が必

要ということは,医療従事者の交差感染のリス

クも高いということです。基本は,標準予防策

の徹底とケアに応じた防護用具の使用が院内感

染防止につながります。

スタッフ教育・家族教育 標準予防策・経路別予防策など医療関連感染

の教育は,医師,看護師だけではなく,コ・メ

ディカルや医療作業員,清掃作業員など病院に

かかわるすべての職員を対象に行うことが必要

です。放射線科や栄養科,薬剤科などコ・メ

ディカル個々の特徴に合わせた勉強会,PICU

(小児集中治療室)では,医師・看護師・臨床

工学士など多職種メンバーによる勉強会,医療

作業や清掃作業・医療事務職員への勉強会,保

育士への感染対策の教育など,各職種に合わせ

た勉強会を実施し,自分たちの仕事のどこのタ

イミングで手指衛生や防護用具を装着するかな

ど職種別での勉強会を実施し,院内感染対策の

強化を図っています。

 患者教育の一環で,院内学級の教員と協働

し,院内学級に通学する児童・生徒に毎年イン

フルエンザの流行前に「セーフティ教室」とし

て感染対策,手指衛生について授業を行ってい

ます。また,家族への教育として,東京都福祉

保健局製作の動画「ガチャピン・ムックの正し

い手洗い方法」3)を使用し,来院する患者や家

族に正しい手洗いの方法を知ってもらうために,

「手指衛生キャンペーン~インフルエンザ・ノ

ロウイルスを予防しよう!~」という手洗い

キャンペーンを実施し啓発活動を行っています

(写真3)。

 汚れに見立てた蛍光塗料を手に塗り,流水と

せっけんで手を洗った後に,ブラックライトで

汚れがどのくらいきれいに落ちているのかを確

認しました。「思ったより汚れが落ちなかった。

手を洗うって難しい」「正しい手洗いの方法が

分かってよかった」など,汚れを見える化する

ことで手洗いの大切さを知ることができ,子ど

もたちは楽しみながら手を洗うことを学んでい

ました。そのほか,患者家族に向けておむつ交

換の方法と廃棄方法を統一するためのリーフ

レット(資料)を作成し,配布することで感染

性胃腸炎の院内感染対策をしています。

まとめ 小児は,その特徴により常に感染症のリスク

と隣り合わせであることを認識する必要があり

ます。院内で発生した院内感染の事例はすべて

職員に情報を開示し,“他人事”ではなく“自

分事”としてとらえてもらうようにしています。

耐性菌を「持ち込まない,持ち出さない医療の

写真3●「手洗いキャンペーン」手洗いをしてブラックライトで汚れを確認

41こどもと家族のケア vol.15_no.1

Page 5: 特集2 小児病棟の環境整備特集2 NICU・小児病棟・重心施設での環境整備 子どもは大人からの支援を受けながら成長・ 発達します。小児看護に携わる私たちは,その

提供」が,未来ある子どもたちに対する私たち

医療従事者の役割と考え,日々感染対策を実践

しています。

引用・参考文献1)日本看護協会:日本看護協会看護業務基準集2005年,P.30~40,日本看護協会出版会,2005.

2)満田年宏訳・著:隔離予防策のためのCDCガイドライン―医療現場における感染性病原体の伝播予防2007,P93,94,ヴァンメディカル,2007.

3)YouTube東京都チャンネル「ガチャピン・ムックの正しい手洗い方法」

 https://www.youtube.com/watch?v=2DQSutXsLsY(2020年2月閲覧)

4)五十嵐隆監修:こどもの医療に携わる感染対策の専門家がまとめた小児感染対策マニュアル,じほう,2015.

5)洪愛子編:ベストプラクティスNEW感染管理ナーシング,P.150,学習研究社,2006.

6)東京都感染症情報センター:百日咳の流行状況(東京都 2020年)

 http://idsc.tokyo-eiken.go.jp/diseases/pertussis/pertussis/(2020年2月閲覧)

おむつの交換方法9.周囲にふれないように汚れたおむつを取り除き,丸めてくるりんぱの中に入れます。

10.新しいおむつを装着します。

11.衣服を整えます。

12.くるりんぱをくるっと巻き,足元へ置きます。

13.子どもがベッドから落ちないようにベッド柵を上げます。

14.擦式手指アルコール製剤での手指消毒をします。

15.ベッドの足元の柵の間から,くるりんぱに入ったおむつとビニール袋を取り出します。ビニール袋は口を閉じます。

16.おむつの入ったくるりんぱは,おむつ捨て用ボックスに,ビニール袋は感染性廃棄物容器に捨ててください。

17.石けんと流水での手洗いを十分に行いましょう。

1.手洗いをします。石けんと流水で手を洗います。または,擦式手指アルコール製剤を使用します。

2.ベッドの上に必要物品を用意します。おむつ,おしり拭き,ビニール袋。くるりんぱ(治療内容によってはビニール袋を使用)。

3.ベッド柵を下げます。

4.くるりんぱをひっくり返し,袋状にします。おむつが入れやすいように口を広げておきます。ビニール袋も口を広げておき,すぐ取れるようにその上におしり拭きを必要枚数出しておきます。

5.衣類を脱がせます。

6.シーツや衣類が汚れないように汚れたおむつを開ける前に,新しいおむつを広げて,汚れたおむつの下に敷きます。

7.汚れたおむつを開けます。

8.便や尿など汚れが周りにつかないように注意してビニール袋内に入れてあったおしり拭きでお尻を拭きます。使用したおしり拭きはビニール袋に捨てます。

家族用

資料●おむつ交換の方法と廃棄方法を示したリーフレット

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