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東アジアの大気環境を常時監視する� -沖縄辺戸岬大気・エアロゾル観測ステーション-� 〔 高見 昭憲 〕� アジア自然共生研究グループ� 大気・エアロゾル観測ステーションの紹介� 急速な経済発展や工業化に伴い東アジア地域では大気汚染物質の排出が増大し、その影響は広範囲に広がっています。対策を立てるためには東 アジア各国が共通の認識を持ちながら議論を進めていく必要があります。このような背景のもと、東アジア地域での対流圏(地上から 10km 程度 までの空間)における大気組成の変動や気候への影響を総合的に観測するため、国立環境研究所「沖縄辺戸岬大気・エアロゾル観測ステーション」 (写真1)が 2005 年 6 月に竣工しました。� 辺戸岬は沖縄本島北端に位置し(地図参照)、周囲に民家もなく、また、中国、韓国、日本、太平洋からくる空気塊を捉えることができ、東アジ アの大気環境をモニターするには最適な場所です。観測ステーションでは、国立環境研究所を中心に、総合地球環境学研究所、千葉大学、大阪府 立大学など多くの関係機関と協力しながら、おもにエアロゾル(大気中を浮遊する数マイクロメートル(μm)程度の微粒子)について、その個 数濃度、重量濃度、光学的性質、化学的性質や鉛直分布を最先端の技術を駆使して測定しています(表1)。その結果をもとに日本や東アジア地域 での大気組成の変動や排出量の変化を研究し、今後の対策に役立つ情報を発信しています。� 沖縄に飛来した大気汚染物質と黄砂(2005 年 11 月 6 日- 10 日の事例)� 2005 年 11 月 6 日から 10 日にかけて沖縄に大気汚染物質と黄砂が飛来しました。黄砂とは中国大陸内部の砂漠地帯の土壌粒子が空中に巻き 上げられ季節風によって輸送されたものです。例年は沖縄ではほとんど観測されませんでしたが、昨年度は珍しく秋に観測されました。図 1 のラ イダーの観測によると 8 日まで主に球形粒子が観測され、それ以降は主に非球形粒子が観測されています。図 2 は粒径別の個数濃度ですが、7 日 から 8 日にかけては微小粒子(~ 0.5μm、赤紫)が多く、8 日をすぎると粗大粒子(~ 3μm、橙)が増加しています。その時期のエアロゾル 質量分析計(図 3)の結果を見ると人為起源といわれる硫酸塩、硝酸塩、有機物などが 7 日から 8 日にかけて非常に多くなっています。また 8 日 以降は硫酸塩、硝酸塩、有機物などが減少しています。ライダーで観測された球形粒子は大気汚染物質の SO2、NOx、VOC(揮発性有機炭素)が 化学的に変換され粒子化したものであり、非球形粒子は黄砂などの土壌粒子であると推定できます。この時期の空気の動きを計算で求めると、主 に空気塊は中国大陸から飛来したものでした(図 4 左)。天気図(図 4 右)を見てみると沖縄本島付近を前線が通過し、その後引き続き上海付近 には高気圧があります。硫酸塩などの人為起源微小粒子は前線に引きずられて中国大陸から輸送され、黄砂は高気圧の吹き出しによって輸送され たものと考えられます。� このようにいろいろな測器をもちいてエアロゾルを総合的に観測することによって、エアロゾルの光学的および化学的性質を明らかにし、大気 環境や温暖化の解明に貢献していきます。� 東アジアの大気環境を常時監視する� -沖縄辺戸岬大気・エアロゾル観測ステーション-� 図 4 後方流跡線解析図と天気図� 日付� 日付� 高度(km)� 高度(km)� 濃度[dv/dlnr (m 3 /m 3 )]� 重量濃度(μg/m 3 )� 日付・時刻� アンモニウム� 硝酸塩� 硫酸塩� 有機物� 表1 設置機器リスト� 気象要素(風向、風速、温度、湿度、気圧、雨量)も測定している。� 写真 1 ステーション全景� 辺戸岬と周辺地図� 写真 2 ライダー� 写真 3 エアロゾル� 質量分析計 (AMS) 図 1 球形粒子(下)と非球形粒子(上)の消散係数� 図 2 粒径別個数濃度� 図 3 微小粒子中(~ 1μm)の化学成分の濃度�

東アジアの大気環境を常時監視する · [dv/dlnr (m 3 /m 3 ) ] 重量濃度 (μg/m 3 ) 日付・時刻 アンモニウム 硝酸塩 硫酸塩 有機物 表1 設置機器リスト

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Page 1: 東アジアの大気環境を常時監視する · [dv/dlnr (m 3 /m 3 ) ] 重量濃度 (μg/m 3 ) 日付・時刻 アンモニウム 硝酸塩 硫酸塩 有機物 表1 設置機器リスト

東アジアの大気環境を常時監視する�-沖縄辺戸岬大気・エアロゾル観測ステーション-�

〔 高見 昭憲 〕�

アジア自然共生研究グループ�

大気・エアロゾル観測ステーションの紹介� 急速な経済発展や工業化に伴い東アジア地域では大気汚染物質の排出が増大し、その影響は広範囲に広がっています。対策を立てるためには東アジア各国が共通の認識を持ちながら議論を進めていく必要があります。このような背景のもと、東アジア地域での対流圏(地上から10km程度までの空間)における大気組成の変動や気候への影響を総合的に観測するため、国立環境研究所「沖縄辺戸岬大気・エアロゾル観測ステーション」(写真1)が2005年6月に竣工しました。� 辺戸岬は沖縄本島北端に位置し(地図参照)、周囲に民家もなく、また、中国、韓国、日本、太平洋からくる空気塊を捉えることができ、東アジアの大気環境をモニターするには最適な場所です。観測ステーションでは、国立環境研究所を中心に、総合地球環境学研究所、千葉大学、大阪府立大学など多くの関係機関と協力しながら、おもにエアロゾル(大気中を浮遊する数マイクロメートル(μm)程度の微粒子)について、その個数濃度、重量濃度、光学的性質、化学的性質や鉛直分布を最先端の技術を駆使して測定しています(表1)。その結果をもとに日本や東アジア地域での大気組成の変動や排出量の変化を研究し、今後の対策に役立つ情報を発信しています。�

沖縄に飛来した大気汚染物質と黄砂(2005年11月6日-10日の事例)� 2005年11月6日から10日にかけて沖縄に大気汚染物質と黄砂が飛来しました。黄砂とは中国大陸内部の砂漠地帯の土壌粒子が空中に巻き上げられ季節風によって輸送されたものです。例年は沖縄ではほとんど観測されませんでしたが、昨年度は珍しく秋に観測されました。図1のライダーの観測によると8日まで主に球形粒子が観測され、それ以降は主に非球形粒子が観測されています。図2は粒径別の個数濃度ですが、7日から8日にかけては微小粒子(~0.5μm、赤紫)が多く、8日をすぎると粗大粒子(~3μm、橙)が増加しています。その時期のエアロゾル質量分析計(図3)の結果を見ると人為起源といわれる硫酸塩、硝酸塩、有機物などが7日から8日にかけて非常に多くなっています。また8日以降は硫酸塩、硝酸塩、有機物などが減少しています。ライダーで観測された球形粒子は大気汚染物質のSO2、NOx、VOC(揮発性有機炭素)が化学的に変換され粒子化したものであり、非球形粒子は黄砂などの土壌粒子であると推定できます。この時期の空気の動きを計算で求めると、主に空気塊は中国大陸から飛来したものでした(図4左)。天気図(図4右)を見てみると沖縄本島付近を前線が通過し、その後引き続き上海付近には高気圧があります。硫酸塩などの人為起源微小粒子は前線に引きずられて中国大陸から輸送され、黄砂は高気圧の吹き出しによって輸送されたものと考えられます。� このようにいろいろな測器をもちいてエアロゾルを総合的に観測することによって、エアロゾルの光学的および化学的性質を明らかにし、大気環境や温暖化の解明に貢献していきます。�

東アジアの大気環境を常時監視する�-沖縄辺戸岬大気・エアロゾル観測ステーション-�

図4 後方流跡線解析図と天気図�

日付�

日付�

高度(km)�

高度(km)�

濃度[dv/dlnr(m3 /m3 )]�

重量濃度(μg/m3 )�

日付・時刻�

アンモニウム�硝酸塩�硫酸塩�有機物�

表1 設置機器リスト�

気象要素(風向、風速、温度、湿度、気圧、雨量)も測定している。�

写真1 ステーション全景� 辺戸岬と周辺地図�

写真2 ライダー�

写真3 エアロゾル�質量分析計 (AMS)

図1 球形粒子(下)と非球形粒子(上)の消散係数�

図2 粒径別個数濃度�

図3 微小粒子中(~1μm)の化学成分の濃度�