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111 石油技術協会誌 第 85 巻 第 2 (令和 2 3 月)111 115 Journal of the Japanese Association for Petroleum Technology Vol. 85, No. 2March, 2020pp. 111115 講   演 Lecture Copyright © 2020JAPT 1. 変貌する LNG 市場 近年,国際 LNG 市場は大きな変貌を見せている。その 背景には,米国のシェール革命に端を発する供給サイドの 変化,先進消費国における市場自由化や新興国における需 要増加など需要サイドの変化の両方がある。 従来の LNG 市場においては,日韓台や欧州のユーティ リティ企業などに対して,特定の LNG プロジェクトから 20 年程度の長期販売契約に基づき LNG を供給するという ビジネスモデルが中心であった(図 1)。LNG セラーは, 多くの場合上流ガス田探鉱の投資者であり,天然ガスを発 見したら,これを液化してバイヤーに届けるまでに必要な 膨大な開発投資を行う。その多くは長期ファイナンスで資 金調達するのが一般的で,そうした長期ファイナンスを組 成するためにも長期の販売契約は必須であった。他方, LNG セラーは,受入基地建設をはじめガスパイプライン やガス火力発電所など,輸入した LNG をエンドユーザー に届けるまでのインフラ投資を受け持つ。LNG の海上輸 送のための船舶については,セラーが手当てする場合とバ イヤーが行う場合の両方があるが,その長期のよう船契約 LNG の長期販売契約とパッケージで構成された。 ところが近年,米国のシェールガス革命を契機として世 界的な LNG の供給過剰状態が続く一方,先進国において は電力・ガスの自由化,原発の不確実性拡大,再エネの拡 大などにより,従来の LNG バイヤーの中心であったユー ティリティ企業にとっては,自社の LNG 需要を長期的に 見通すことが困難となってきた。このため,LNG 長期契 約における契約期間の短縮化,仕向地条項撤廃など契約の 柔軟性重視に加え,中短期・スポット調達の拡大,価格に ついても従来の石油価格リンクから多様な価格指標を取り 込むといった変化を求めるようになってきた(図 2)。こ うした要求に対応し,供給サイドでも米国 LNG 輸出者は 天然ガス・LNG のグローバルバリューチェーン 東   伸 行 **,† Received Januar y 10, 2020accepted February 25, 2020The Global Gas/LNG Value Chain Nobuyuki Higashi AbstractRecently the global LNG market is evolving. In the conventional business model, long-term contracts were key for both sellers and buyers to decide their large investments. But now more flexible transactions are expanding due to several reasons such as the shale gas revolution in US, over supply market, and the liberalization of gas and electricity in LNG consuming countries. Then, new business models are needed, particularly for LNG suppliers who must decide the investment without enough long-term commitments by off takers. On the other hand, LNG demand is expected to increase in emerging Asian countries. But to realize these potential demands, it is necessary to build LNG- related infrastructures in those countries such as receiving terminal, gas pipeline network, gas-fired power plant, and so on. It means that building a gas value chainis essential to expand LNG market. So, one of new business models for LNG suppliers is to create the demand in such emerging countries with contributing to building a gas value chain. INPEX will proceed this global gas value chain strategyin order to develop LNG demand, especially for our next challenge for Abadi LNG project in Indonesia, following the successful start-up of Ichthys project. For this new approach, we believe we can utilize our expertise and experience of integrated operation from upstream to middle and downstream of gas business, including LNG production, shipping, receiving terminal in Naoetsu, and domestic pipeline gas supply in Japan. INPEX will contribute to building the gas value chain in emerging Asia by investment, operation and human resource corporation. KeywordsLNG market evolution, Changing business model, Gas value chain strategy 令和元年 10 17 日,令和元年度石油技術協会秋季講演会「変貌 する石油・天然ガス開発 -最近の資源経済のトレンド」で講演 This paper was presented at the 2019 JAPT Autumn Meeting entitled Transformation of oil and natural gas development: recent trends in resource economicsheld in Tokyo, Japan, on October 17, 2019. ** 国際石油開発帝石㈱ INPEX CORPORATION Corresponding authorE-Mail[email protected]

天然ガス・LNG のグローバルバリューチェーン2020/04/01  · 114 天然ガス・LNG のグローバルバリューチェーン 石油技術協会誌 85 巻2 号(2020)

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111

石油技術協会誌 第 85巻 第 2号 (令和 2年 3月)111~ 115頁Journal of the Japanese Association for Petroleum Technology

Vol. 85, No. 2(March, 2020)pp. 111~115

講   演Lecture

Copyright © 2020, JAPT

1. 変貌する LNG市場

近年,国際 LNG市場は大きな変貌を見せている。その背景には,米国のシェール革命に端を発する供給サイドの

変化,先進消費国における市場自由化や新興国における需

要増加など需要サイドの変化の両方がある。

従来の LNG市場においては,日韓台や欧州のユーティリティ企業などに対して,特定の LNGプロジェクトから20年程度の長期販売契約に基づき LNGを供給するというビジネスモデルが中心であった(図 1)。LNGセラーは,多くの場合上流ガス田探鉱の投資者であり,天然ガスを発

見したら,これを液化してバイヤーに届けるまでに必要な

膨大な開発投資を行う。その多くは長期ファイナンスで資

金調達するのが一般的で,そうした長期ファイナンスを組

成するためにも長期の販売契約は必須であった。他方,

LNGセラーは,受入基地建設をはじめガスパイプラインやガス火力発電所など,輸入した LNGをエンドユーザーに届けるまでのインフラ投資を受け持つ。LNGの海上輸送のための船舶については,セラーが手当てする場合とバ

イヤーが行う場合の両方があるが,その長期のよう船契約

も LNGの長期販売契約とパッケージで構成された。ところが近年,米国のシェールガス革命を契機として世

界的な LNGの供給過剰状態が続く一方,先進国においては電力・ガスの自由化,原発の不確実性拡大,再エネの拡

大などにより,従来の LNGバイヤーの中心であったユーティリティ企業にとっては,自社の LNG需要を長期的に見通すことが困難となってきた。このため,LNG長期契約における契約期間の短縮化,仕向地条項撤廃など契約の

柔軟性重視に加え,中短期・スポット調達の拡大,価格に

ついても従来の石油価格リンクから多様な価格指標を取り

込むといった変化を求めるようになってきた(図 2)。こうした要求に対応し,供給サイドでも米国 LNG輸出者は

天然ガス・LNGのグローバルバリューチェーン*

東   伸 行**,†

(Received January 10, 2020;accepted February 25, 2020)

The Global Gas/LNG Value Chain

Nobuyuki Higashi

Abstract: Recently the global LNG market is evolving. In the conventional business model, long-term contracts were key for both sellers and buyers to decide their large investments. But now more �exible transactions are expanding due to several reasons such as the shale gas revolution in US, over supply market, and the liberalization of gas and electricity in LNG consuming countries. Then, new business models are needed, particularly for LNG suppliers who must decide the investment without enough long-term commitments by off takers. On the other hand, LNG demand is expected to increase in emerging Asian countries. But to realize these potential demands, it is necessary to build LNG-related infrastructures in those countries such as receiving terminal, gas pipeline network, gas-�red power plant, and so on. It means that “building a gas value chain” is essential to expand LNG market. So, one of new business models for LNG suppliers is to create the demand in such emerging countries with contributing to building a gas value chain. INPEX will proceed this “global gas value chain strategy” in order to develop LNG demand, especially for our next challenge for Abadi LNG project in Indonesia, following the successful start-up of Ichthys project. For this new approach, we believe we can utilize our expertise and experience of integrated operation from upstream to middle and downstream of gas business, including LNG production, shipping, receiving terminal in Naoetsu, and domestic pipeline gas supply in Japan. INPEX will contribute to building the gas value chain in emerging Asia by investment, operation and human resource corporation.

Keywords: LNG market evolution, Changing business model, Gas value chain strategy

* 令和元年 10月 17日,令和元年度石油技術協会秋季講演会「変貌する石油・天然ガス開発 -最近の資源経済のトレンド」で講演 This paper was presented at the 2019 JAPT Autumn Meeting entitled “Transformation of oil and natural gas development: recent trends in resource economics” held in Tokyo, Japan, on October 17, 2019.

** 国際石油開発帝石㈱ INPEX CORPORATION † Corresponding author:E-Mail:[email protected]

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石油技術協会誌 85巻 2号(2020)

仕向地フリーで価格はヘンリーハブ連動といった新しいビ

ジネスモデルを提案,IOC(International Oil Company)もポートフォリオ取引を拡大,さらにトレーダーを中心に短

期・スポット取引も拡大するなど,LNG市場の流動化に向けた動きが加速してきている。こうした市場の変化は,

LNGのセラーに対し新たな対応を求めているのみならず,ファイナンスを提供するレンダーにとっても大きな課題を

投げかけている。

一方で,供給過剰に加え,近年の石油価格低下に伴う

LNG価格の低下を契機に,中国,インド,東南アジア,南アジアなど新興国における LNG需要が急速に拡大していくことが見込まれている。FSRU(Floating Storage and Regasification Unit)や小口輸送システムの発展も,こうした動きを後押ししている。こうした新興バイヤーの登場に

より,LNG市場の拡大とともに,契約の小口化,短期化,価格体系の多様化などが一層進むと見込まれるが,同時に,

信用力の低いバイヤーに対してセラーやレンダーはどのよ

うに対応できるかといった新たな課題も生じている。

図 1 従来の LNGビジネスモデル

図 2 最近の LNG市場の変化

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J. Japanese Assoc. Petrol. Technol. Vol. 85, No. 2(2020)

2. ビジネスモデルの多様化

上述の「ポートフォリオ取引」を行う者を「ポートフォ

リオプレイヤー」と呼ぶが,これは「自社および他社から

のMultiの供給元とMultiの Outletを確保しているプレイヤー」と定義される。Shell,TOTAL,BPなどの IOCはすでにポートフォリオプレイヤーであるが,最近では,元来

バイヤーである日本・韓国・欧州のユーティリティ企業も,

仕向地条項撤廃を背景として,余剰分の LNGを第三者にresaleすることなどによりセラーとしての側面も持ってきており,セラーとバイヤーの垣根が低くなってきている。

余剰 LNGはスポット取引を拡大させ,これを仲介するト

レーダーのビジネスも拡大させている。

今後,日韓台の LNG需要は頭打ちとなる見通しである一方,中国をはじめとするアジア新興国では大幅な需要増

加が見込まれている。ただし,そうした潜在需要を実際に

掘り起こすためには,各国において LNG受入基地からパイプライン,都市ガス,ガス火力発電所までをつなぐイン

フラ整備,いわゆるガスバリューチェーンの構築・拡充

が必要であり,そのための大規模な投資と,それらを効

率的に運営するエクスパティーズが必要となる。このた

め,IOCや日本の商社,さらに最近ではユーティリティ企業なども含め多くのプレイヤーがこうした新興国のガスバ

リューチェーン事業への参画を図っており,技術,資金,

図 3 多様化する LNGビジネス

図 4 LNGプロジェクトのビジネスモデルの変化

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石油技術協会誌 85巻 2号(2020)

人材などで協力することにより事業機会拡大を狙っている。

その背景の 1つとして,こうした国々における規制緩和という要素もある。例えば,電力供給を国営電力企業が独

占運営していた国では,規制緩和によって IPP(Independent Power Producer)など外資の参入チャンスが出てくる。一例として,インドネシアのタングー LNGプロジェクトでは,PLN(国営電力会社)向けに年間 100万トンの LNG長期販売契約を締結し,これが Train-3を立ち上げる起爆剤になったが,この LNGはプルタミナと外資が実施するIPP事業であるジャワ 1プロジェクトに供給されるものだ。このプロジェクトでは,発電所に供給するための LNG受入施設として FSRUが導入されたが,その建設・運営も外資参加により行われている。LNGの開発・生産・供給から,海上輸送・受入基地・パイプライン・発電のそれぞれの建

設・運営が切れ目なく計画・実施されなければ,実際の需

図 6 INPEXの長期事業戦略「Vision 2040」より国際石油開発帝石株式会社,2018:ビジョン 2040,エネルギーの未来に応える,https://www.inpex.co.jp/company/pdf/vision.pdf(accessed 2020/02/28).

図 7 INPEXの「直江津モデル」

図 5 INPEXの長期事業戦略「Vision 2040」より国際石油開発帝石株式会社,2018:ビジョン 2040,エネルギーの未来に応える,https://www.inpex.co.jp/com-pany/pdf/vision.pdf(accessed 2020/02/28).

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J. Japanese Assoc. Petrol. Technol. Vol. 85, No. 2(2020)

要は生まれない。こうしたガスの中・下流事業投資による

需要創出戦略を業界では Demand Creation,略して「デマクリ」と呼んでいる。これからの LNGセラーは,こうした中・上流事業までを含むガスバリューチェーン全体にコ

ミットしなければ,新たな需要開拓はできない時代となっ

てきている(図 3)。図 4はある LNGプロジェクトが最終投資決定(FID)し,

生産開始してから終了するまでの生産プロファイルを表し

ている(図の緑色部分)。上述のとおり,従来のビジネス

モデルでは,生産量の大半につき,セラーとバイヤー間の

長期販売契約(20年程度)が締結されることが,最終投資決定の要件であった。しかし,市場の変化とともに,長

期契約の期間短縮化・小口化が進み,従来型のバイヤーの

引取りコミットメントだけでは生産プロファイルの大半を

埋め合わせることは難しくなってきている。このため,新

たな需要を創造(図の青い矢印)しなければ FIDに到ることは難しく,生産開始後も,契約期間短縮化に対応して

常に新たな需要をつかむ販売努力をし続けなければいけな

い時代となってきた。

3. INPEXのガスバリューチェーン戦略

当社としても,今後 LNGのグローバルプレイヤーとして生き残るために,グローバル展開によるガスバリュー

チェーンの構築が必要と考えている。昨年,当社は,2040年までを見通した当社の長期事業戦略「Vision 2040」を 発表したが,この中で以下の 3つの基本目標を掲げている(図 5)。① 石油・天然ガス上流事業の持続的成長により国際大手

石油会社トップ 10へ② グローバルガスバリューチェーンの構築によりアジア

大洋州におけるガス開発・供給の主要プレイヤーへ

③ 再生可能エネルギーの取り組みを強化しポートフォリオの 1割へ

このうち,②のグローバルガスバリューチェーン構築に

ついては,当社の上流天然ガス権益の価値を最大化しつ

つ,今後加速するであろう LNG市場の変化に柔軟に対応できる体制の整備が必要で,そのためには,日本国内への

LNG/ガスの安定供給・拡大に加え,アジアなど成長市場におけるガス需要開拓と需給調整・トレーディング機能の

強化が重要と考えている(図 6)。当社にとって,イクシス LNGプロジェクトに続く次の

最大の挑戦が,インドネシアにおけるアバディ・プロジェ

クトだが,LNG市場の変化を踏まえれば,アバディのビジネスモデルは,イクシスのそれとは劇的に違うものにな

ると予想している。アバディの生産開始は 2027年頃を想定しているが,その時点でのインドネシア国内の LNG需要とその様態を想定しながらさまざまな検討をしていく必

要がある。上流生産から海上輸送,受入基地,国内パイプ

ライン,発電や都市ガス,産業など各セグメントの最終ユー

ザーの施設までの同国国内のガスバリューチェーン構築を

現地の実情に応じ整備していくことが求められる。その用

途や地域は多角化し,輸送方法も大型 LNG船輸送だけでなく小規模で柔軟なロジスティックが必要となると想定し

ている。

今後,こうしたガスバリューチェーン戦略をグローバル

に展開していく上で,当社の強みを 1つ挙げるとすると,当社は旧帝石時代から日本国内で天然ガス開発・生産を

行い,全長 1,500 kmにわたる高圧ガスパイプラインを通じ供給してきたというガスの中下流事業者としての国内

での実績があり,一方で海外では豪州イクシス LNGプロジェクトにおいてオペレーターとして LNGの上流開発を成功させ,さらにはイクシスからの LNGを輸送するための Shipping,直江津における受入基地の建設・運営まで,つまりガスバリューチェーン全体について自社で行ってい

る世界でも数少ない企業であるということだ。特に,国産

ガスと LNG気化ガスの両方を最適な形で混ぜ合わせ供給する体制を確立しており,さらに地下貯蔵システムや第三

者とのパイプラインネットワークを通じたバックアップ体

制も整備している。当社では,このオペレーション・シス

テム全体を「直江津モデル」と称している(図 7)。インドネシアをはじめ,タイ,ベトナム,フィリピン,

ミャンマー,バングラデシュ,パキスタンなどのアジア各

国は,もともと産ガス国であるが,国産ガスが減退し国内

ガス需要が賄えないため新たに LNGを導入しようという国が多い。こうした国々にとって,当社の「直江津モデル」

は大いに参考になるものと考えられ,当社としては技術 協力や人材協力を含めこうした国々でのガスバリュー

チェーン構築に貢献し,需要を開拓していきたいと考えて

いる。

引 用 文 献

国際石油開発帝石株式会社,2018:ビジョン 2040,エネルギーの未来に応える,https://www.inpex.co.jp/company/pdf/vision.pdf(accessed 2020/02/28).