86
Ⅲ-2-3-(8) e. AFM による表面状態の評価 Au 薄膜の膜厚 1 nm および 2 nm のものについて AFM により薄膜表面の形状を観察した。その観 察像を図Ⅲ-2-3-1.6 からⅢ-2-3-1.9 に示す。SEM の場合と同様に島状の構造が現れている。分解能 を考慮に入れると、より大きな構造が生じていることがわかる。 図Ⅲ-2-3-1.7 Au/SiO2/Si 薄膜試料(膜厚 1nm)の AFM 画像 図Ⅲ-2-3-1.6 Au/SiO2/Si 薄膜試料(膜厚 1nm)の AFM 画像

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Ⅲ-2-3-(8)

e. AFM による表面状態の評価

Au 薄膜の膜厚 1 nm および 2 nm のものについて AFM により薄膜表面の形状を観察した。その観

察像を図Ⅲ-2-3-1.6 からⅢ-2-3-1.9 に示す。SEM の場合と同様に島状の構造が現れている。分解能

を考慮に入れると、より大きな構造が生じていることがわかる。

図Ⅲ-2-3-1.7 Au/SiO2/Si 薄膜試料(膜厚 1nm)の AFM 画像

図Ⅲ-2-3-1.6 Au/SiO2/Si 薄膜試料(膜厚 1nm)の AFM 画像

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Ⅲ-2-3-(9)

図Ⅲ-2-3-1.9 Au/SiO2/Si 薄膜試料(膜厚 2 nm)の AFM 画像

図Ⅲ-2-3-1.8 Au/SiO2/Si 薄膜試料(膜厚 2 nm)の AFM 画像

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Ⅲ-2-3-(10)

f. X 線吸収分光による Au の面密度の評価

吸収端近傍の構造を取り除いた正味の孤立原子の特定の内殻電子の励起確率(吸収端ジャンプ)

は、光路上の原子数に比例し、元素 1 g/cm3 の密度の光路長1 cm あたりの吸収端ジャンプを質量

吸収端ジャンプ係数、CΔμ (cm2/g)とすると、

Δμ=CΔμD l

(Δμは測定された吸収端ジャンプ量、D は元素の密度(g/cm3)、l は光路長(cm))の関係が成り

立つ。

この関係を用いて金の標準液を用いて Au L3 の吸収端ジャンプ係数を決定し、図Ⅲ-2-3-1.10 に

示す SiO2上の Au 薄膜の吸収端スペクトルから Au の面密度(g/cm2)を決定した。面密度と金の密

度を 19.32 g/cm3 と仮定したときの厚さの結果を表4.2.2.3に示す。ここで求められた面密

度は膜の状態に関わらない量である。原理的に電子の有効減衰長に関わるのは膜厚ではなく面密

度となる。

表Ⅲ-2-3-1.3 標準液基準 吸収端ジャンプ係数 CΔμ=119.79 cm2/g

Δμt 面密度mg/cm2 膜厚 nm(Auの密度を 19.32 g/cm3として)

50nm Au/SiO2 0.01209 100.9 52.24

10nm Au/SiO2 0.00238 19.9 10.3

5nm Au/SiO2 0.00122 10.2 5.27

2nm Au/SiO2 0.00059 4.9 2.5

1nm Au/SiO2 0.00026 2.2 1.1

図Ⅲ-2-3-1.10 Au/SiO2薄膜試料の Au L3 吸収端

11800 11900 12000 12100 12200 123000

0.005

0.01

eV

ABS

ORB

AN

CE Δμ 50nm Au 0.01209 10nm Au 0.00238 5nm Au 0.00122 2nm Au 0.00059 1nm Au 0.00026

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Ⅲ-2-3-(11)

(5-2) 光電子有効減衰長の高精度化

1) 放射光ステーション BL13C の性能評価

本研究の有効減衰長測定については高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所放射光科

学研究施設の軟X線ステーション BL13C から得られる放射光を利用して実験を行っている。分光

光として得られる単色X線の強度や分解能が大きく変化すると測定して得られる光電子分光スペ

クトルの安定性や再現性が保てなくなる。そのためにステーションから得られる分光X線の強度

と分解能の評価を定期的に行っている。

放射光の強度と分解能はステーションにおいて放射光強度モニタを用いて行った。強度はフォ

トダイオードにX線を照射し生じる電流をピコアンメーターで測定し、得られた電流値を規定さ

れた係数で規格化して光子数を求めることができる。

得られたエネルギーごとの光子数を図Ⅲ-2-3-1.11 に示す。全エネルギー領域においてほぼ通常通

りの値が得られている。

Bl13C ステーションから得られる分光X線の分解能は放射光強度モニタに 1x10-5 Pa 程度の圧力

で N2ガスを導入し、X線が通過した時に生じる N2 イオン収量することで求める。図Ⅲ-2-3-1.12

に示した N2のイオン化分光スペクトルの 1s→π*の遷移の部分について自然幅を 121 meV として

デコンボリューションしたところ、X線の線幅は 60 meV となり分解能 E/ΔE は 6000〜7000 とほ

ぼ常に一定の値を示した。

図Ⅲ-2-3-1.11 軟X線ステーション BL13C の光子数プロファイル

5x1012

4

3

2

1

0

phot

on fl

ux (p

hoto

ns/s

ec)

1000800600400200

Photon Energy (eV)

2006.10.20G 750L/mmU Gap 161.5mmS1=50μ, S2=50μ

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Ⅲ-2-3-(12)

2) 有効減衰長の測定法

光電子の脱出深さを示す減衰長(Attenuation Length)として従来は光電子が物質内部を進行すると

きに強度が指数関数的に減少することを仮定して主に非弾性散乱平均自由行程(Inelastic Mean

Free Path, IMFP)が用いられていた。この IMFP については物質の密度やバンドギャップなどから

値を求める理論的な解析式がいくつか提案されている。しかし近年になり薄膜試料の測定などを

通じて光電子の脱出深さが弾性散乱の効果のために単なる指数関数で表されるものでなく膜厚な

どに依存することが明らかになり、IMFP にかわる減衰長として弾性散乱による効果を考慮した有

効減衰長(Effective Attenuation Length, EAL)が提案されている。EAL についてもいくつか理論計

算式が提案されている。

a. Overlayer film method

従来から有効減衰長を求めるために用いられてきた手法 1)であり、膜厚既知の薄膜試料および参

照試料として基板のみの試料、薄膜層が充分に厚く作られた試料の三種類の試料を用いてX線光

電子分光スペクトルの測定を行う。薄膜試料については基板層からの光電子強度および基板層か

らの光電子強度、各参照試料からの光電子強度の合わせて四種のデータを測定する。

図Ⅲ-2-3-1.12 BL13C の N2 イオン化分光スペクトル

Ion

Yie

ld

403.0402.0401.0400.0

Photon Energy (eV)

N2 9x10-6PaG 750L/mmS1=10μ,S2=10μΔE=60meV

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Ⅲ-2-3-(13)

このようにして得られた四つの光電子強度データから有効減衰長を求めるには以下のような計算

式を用いる。各パラメーターを

d : 薄膜層の膜厚

C1,C2 : 放射光強度

nfilm,nsub : 薄膜および基板の密度

σfilm, σsub : 薄膜および基板の光イオン化断面積

θ : 光電子取り込み角 λ film

film : 薄膜で生じた光電子の薄膜中での EAL

λsubfilm

: 基板で生じた光電子の薄膜中での EAL

λ filmsub

: 薄膜で生じた光電子の基板中での EAL

λsubsub

: 基板で生じた光電子の基板中での EAL

λconfilm

: 薄膜で生じた光電子の表面汚染層中での EAL

λconsub

: 基板で生じた光電子の表面汚染層中での EAL

としたとき、まず薄膜試料からの光電子強度については以下のように表わせる。

I film = C1nfilmσ filmλ film

film cosθ exp −t /λconfilm cosθ[ ]× 1− exp −d / λ film

film cosθ( )[ ]{ } (3.1.1)

Isub = C2nsubσ subλsub

sub cosθ exp −t /λconsub cosθ[ ]× exp −d / λ film

sub cosθ( )[ ] (3.1.2)

また参照試料である薄膜層のみの試料および基板のみの試料からの光電子強度は

I∞, film = C3n

filmσ filmλ filmfilm cosθ exp −t /λcon

film cosθ[ ] (3.1.3)

I∞,sub = C4nsubσ subλsubsub cosθ exp −t /λcon

sub cosθ[ ] (3.1.4)

と表わせる。

X-ray X-ray X-ray

Ifilm

IsubI∞,sub

I∞,film

膜厚d

図Ⅲ-2-3-1.13 Overlayer film method のモデル

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Ⅲ-2-3-(14)

ここで基板からの光電子と薄膜からの光電子のそれぞれのエネルギーが近い場合を考えると λ film

film ≈ λsubfilm = λ film

、λ filmsub ≈ λsub

sub = λsubと置くことができる。

式(3.1.1)と(3.1.2)、(3.1.3)と(3.1.4)のそれぞれの比をとると

Isub

I film

=C2n

subσ subλsub exp −d / λsub cosθ( )[ ]C1n

filmσ filmλ film 1− exp −d / λ film cosθ( )[ ]{ }= Rd (E,θ)

(3.1.5)

Isub

I film

=C4nsubσ subλsub

C3nfilmσ filmλ film

= R∞ (E,θ) (3.1.6)

が得られる。

上の式(3.1.5)および (3.1.6)から

λ film (E,θ) =d

cosθ⋅

1ln R∞ (E,θ) /Rd (E,θ)[ ]+1{ } (3.1.7)

が導かれ、三つの試料からの光電子スペクトルの強度を用いて薄膜層を構成する物質の有効減衰

長を求めることができる。

b. Modified overlayer film method

上記 a.で述べた Overlayer film method では三つの試料を用いて、しかも参照試料を二種類用いなけ

ればならず、薄膜層の参照試料と基板層の参照試料とを個別に測定するために試料の配置の誤差

や、表面組成の違いによる経時的な表面汚染の差異などを充分に相殺することが難しく有効減衰

長の実験的な測定についての誤差の大きな要因であると考えられる。そこで膜厚に違いにより得

られる有効減衰長の値について無視できるほど小さいと仮定して膜厚の異なる二種類の薄膜試料

を用いて参照試料を用いずに有効減衰長を求める解析式を導き出し、それを用いて有効減衰長を

求めた。

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Ⅲ-2-3-(15)

図Ⅲ-2-3-1.14 のように膜厚が d1、d2 と異なる二つの試料を用意し、それぞれの薄膜層と基板層の

光電子強度の比を前節に倣って Rd1、Rd2 とする。また実際には測定をしないが、薄膜層のみの試

料および基板のみの試料の二つの参照試料を用いたときにそれぞれの試料から得られるであろう

光電子強度の比を仮定して R∞とする。これは当然のことながら二種類の薄膜試料に対して共通に

用いられる。

a.で示した計算式(3.1.7)からそれぞれの薄膜試料の膜厚は Rd1、Rd2と仮想的な R∞とを用いて

d1 = λcosθ ln R∞(E,θ)Rd1

(E,θ)+1

⎧ ⎨ ⎪

⎩ ⎪

⎫ ⎬ ⎪

⎭ ⎪

d2 = λcosθ ln R∞(E,θ)Rd 2

(E,θ)+1

⎧ ⎨ ⎪

⎩ ⎪

⎫ ⎬ ⎪

⎭ ⎪ (3.1.8)

と表すことができる。ここから式を変形して

d1

λcosθ= ln R∞(E,θ)

Rd1(E,θ)

+1⎧ ⎨ ⎪

⎩ ⎪

⎫ ⎬ ⎪

⎭ ⎪

d2

λcosθ= ln R∞(E,θ)

Rd 2(E,θ)

+1⎧ ⎨ ⎪

⎩ ⎪

⎫ ⎬ ⎪

⎭ ⎪ (3.1.9)

が得られ、さらに

exp d1

λcosθ⎛ ⎝ ⎜

⎞ ⎠ ⎟ =

R∞(E,θ)Rd1

(E,θ)+1

図Ⅲ-2-3-1.14 Modified overlayer film method のモデル

X-ray

Ifilm

Isub

膜厚d1

X-ray

Ifilm

Isub

膜厚d2

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Ⅲ-2-3-(16)

exp d2

λcosθ⎛ ⎝ ⎜

⎞ ⎠ ⎟ =

R∞(E,θ)Rd 2

(E,θ)+1 (3.1.10)

が得られる。上記の式から以下のように 終的に

R∞ /Rd1

R∞ /Rd 2

=exp d1

λcosθ⎛ ⎝ ⎜

⎞ ⎠ ⎟ −1

exp d2

λcosθ⎛ ⎝ ⎜

⎞ ⎠ ⎟ −1

(3.1.11)

という形で R∞に依存しない式が得られ、二種類の膜厚既知の薄膜試料の光電子分光から有効減衰

長 λ を求めることができる。ただしこの式は λ について解析的に求めることができないので計算

機を用いて Rd2/Rd1、に合うように λを探索する方法をとった。

c. Practical EAL

これまで光電子分光法において試料内から表面までの非弾性散乱による強度の減衰は指数関数的

であり非弾性平均自由行程(IMFP)と同一であるとされてきたが、近年では薄膜測定では弾性散乱

による効果を含むため強度は必ずしも指数関数的には減少しないことが明らかになっている。そ

こで有効減衰長(EAL)が ISO18115 で定義されている。EAL を定義するために DDF(Emission Depth

Distribution Function, 深さ方向放出分布関数)が用いられる。この DDF(φ(z,α))は深さ z と検出角

度αの関数であり、ある深さ z における EAL は DDF のφ(z,α)の傾きであると定義されている。

しかし、これでは DDF がわからなければ、表面分析実験には適用しにくいので、C.J.Powell と

A.Jablonski2)により提案されたものが local EAL と practical EAL である。図Ⅲ-2-3-1.15 に示したよ

うに、local EAL は上記の定義と同じくφ(z,α)のある深さ z での接線での傾きで表される値であ

り、Practical EAL はφ(z,α)で表面(z=0)からある深さ z までの値を直線で結んだ時の傾きである。

図Ⅲ-2-3-1.15 local EAL と practical EAL

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Ⅲ-2-3-(17)

pratical EALは図Ⅲ-2-3-1.16に示したように膜厚 dの薄膜試料の基板からの光電子強度と基板のみ

の試料からの光電子強度を用いて

(3.1.12)

として求められる。

3) Al の有効減衰長測定

a. 光電子分光スペクトルの測定

光電子分光スペクトルの測定は高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所放射光科学研

究施設(KEK-PF)の軟X線ビームライン BL-13C において放射光用光電子分光装置を用いて行った。

試料は上述のように作製した Al/Si 薄膜試料および参照試料として Si 基板のみの試料および充分

に Al を厚く蒸着した Al/Si 試料を用いた。励起エネルギーは 160e V、200e V、250e V、389e V、

498 eV、560 eV、650 eV、750 eV、860 eV、1000 eV、1100 eV の 11 点を選択した。励起X線の分

解能は約 1000 になるよう入射スリットおよび出射スリットを設定した。各エネルギーでそれぞれ

の試料の Al2p および Si2p スペクトルを測定した。パスエネルギーは 23.5 eV、エネルギーステッ

プは 0.1 eV とした。電子アナライザは図Ⅲ-2-3-1.17 に示すように試料法線から 55°の位置となる

ようにした。励起X線の強度はビームラインと光電子分光装置との間に置いた金メッシュにX線

を通過させることで得られる電流の強度としてモニタした。

図Ⅲ-2-3-1.16 practical EAL を求めるモデル

X-ray X-rayIsIos

膜厚d

( )ss

d

IId

dzzdzz

d

lnlncos1

),(ln),(lncos1

0

0

−=

⎥⎦⎤

⎢⎣⎡ −

=∫∫

∞∞

α

αφαφλ

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Ⅲ-2-3-(18)

いくつかの励起エネルギーで測定した Al/Si 薄膜試料の光電子スペクトルを図Ⅲ-2-3-1.18 に示す。

励起エネルギーが大きくなるほど基板の Si からのシグナルが強く現れるようになっており、分析

深さが変化していることがわかる。Al2p および Si2p のそれぞれのピークをカーブフィッティング

によりピーク面積を強度として Overlayer film method で求めた EAL および NIST Database3)で計算

した理論計算値とを重ねて図Ⅲ-2-3-1.19 に示す。全体的な傾向は理論値に近い変化を示している

が低エネルギー側で有効減衰長が大きくなっている。

図Ⅲ-2-3-1.17 光電子分光測定

55°

X線(放射光)

光電子

試料

図Ⅲ-2-3-1.18 Al/Si 薄膜の光電子分光スペクトル

Phot

oele

ctro

n Y

ield

(a.u

.)

110 100 90 80 70

Binding Energy (eV)

(a) hν=250eV

(b) hν=550eV

(c) hν=750eV

(d) hν=850eV

Si2p

Al2p

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Ⅲ-2-3-(19)

2.0

1.5

1.0

0.5

0.0

EAL

(nm

)

10008006004002000

Kinetic Energy (eV)

experiment theory

図Ⅲ-2-3-1.19 Al の有効減衰長の実験値および計算値

4) Au の有効減衰長測定

a. 光電子分光スペクトルの測定

光電子分光の測定は高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所放射光科学研究施設

(KEK-PF)の軟X線ビームライン BL-13C において放射光用光電子分光装置を用いて行った。励起

エネルギーは 160eV から 200eV までは 10eV 刻みで、250eV から 1050eV までは 50eV 刻みで変化

させて各点での Si2p 領域のX線光電子分光スペクトルを測定した。励起X線の分解能は約 1000

になるよう入射スリットおよび出射スリットを設定した。パスエネルギーは 23.5eV、エネルギー

ステップは 0.1eV とした。試料表面に対するアナライザの検出角度については試料法線に対して

0°(図Ⅲ-2-3-1.20)となる配置で測定を行った。励起X線の強度はビームラインと光電子分光装置と

の間に置いた金メッシュにX線を通過させることで得られる電流の強度としてモニタした。

X線(放射光)

光電子

試料

55°

図Ⅲ-2-3-1.20 Au/SiO2/Si(100)薄膜試料での配置

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Ⅲ-2-3-(20)

b. 有効減衰長の計算

異なるエネルギーのX線を用いて得られた光電子分光スペクトルの一部を図Ⅲ-2-3-1.21 に示す。

基板の SiO2からのピークと薄膜層の Au からのピークが現れている。SiO2 層が 100 nm と厚いがチ

ャージアップは起こらず、またさらにその下の Si 基板からの光電子は現れていない。またスペク

トルを比較すると励起エネルギーの違いによる変化が表れる。励起エネルギーが高くなると分析

深さが深くなり基板からの強度が強くなるが、この Au/SiO2/Si(100)の場合はこのエネルギー範囲

で Siのイオン化断面積が大きく変化するために励起エネルギーが低くなっても強度は逆に強くな

って分析深さが深いように見える。このようなイオン化断面積の補正を行うために 2)で述べたよ

うに参照試料が必要となる。この解析では SiO2/Si 基板と同じ基板上に Au を膜厚 100 nm で成膜

した試料の二つを用いた。

2) a.で示した Overlayer film method で光電子分光スペクトルから求めた Au の有効減衰長を図

Ⅲ-2-3-1.22 に示す。また有効減衰長の計算値を算出するときに広く使われている NIST Reference

Database 82 による理論計算値を図Ⅲ-2-3-1.23 に示す。図Ⅲ-2-3-1.22 に示した光電子分光スペクト

ルから求められた値は左下がりの傾向は示しているものの変化の傾きは理論計算値とは大きく異

なっている。膜厚の誤差だけでは説明できない違いが現れている。

図Ⅲ-2-3-1.21 Au/SiO2/Si(100)の光電子分光スペクトル

Phot

oele

ctro

n In

tens

ity (a

rb. u

nit)

110 105 100 95 90 85 80Binding Energy (eV)

Au 4f

Si 2p950eV

550eV

350eV

200eV

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Ⅲ-2-3-(21)

2.0

1.5

1.0

0.5

0.0

EAL

of A

u

120010008006004002000

Kinetic Energy (eV)

1.4

1.2

1.0

0.8

0.6

0.4

0.2

0.0

EAL

(nm

)

120010008006004002000

Kinetic Energy (eV)

calc. EAL

2nm 1nm

5) 島状薄膜での見掛けの有効減衰長

前節で述べた実験値と理論計算値との違いについて、薄膜の性状がどのように影響するか検討す

るために図Ⅲ-2-3-1.24 に示したような島状薄膜のモデルを考えた。図の左側は理想的な薄膜で膜

厚が d でその有効減衰長が λ とする。右側に島状薄膜の も簡単なモデルを示す。薄膜層が成長

している部分としていない部分がはっきりと別れていて被覆率がxのモデルである。被覆されて

いる部分が x、被覆されていない部分が(1-x)となる。この場合薄膜層全体の物質量は同じである

図Ⅲ-2-3-1.22 スペクトルから求めた Au の有効減衰長

図Ⅲ-2-3-1.23 NIST database から求めた Au の有効減衰長

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Ⅲ-2-3-(22)

ので、島状に被覆されている部分の膜厚は d/x となる。

substrate substrate

d d/x

島状薄膜モデルにおいて薄膜層に被覆されている部分の薄膜層および基板からのからの光電子強

度はそれぞれ

IAu = C1nAuσ AuλAu cosθ{1− exp[ −d

xλAu cosθ]} × x (3.1.13)

ISub = C2nSubσ SubλSub cosθ exp[ −d

xλAu cosθ] × x (3.1.14)

と表せる。

また薄膜層で被覆されていない部分は薄膜層および基板からのからの光電子強度はそれぞれ

IAu′ = 0 × (1− x) (3.1.15)

ISub′ = C2′nSubσ SubλSub cosθ × (1− x) (3.1.16)

と表せる。式(3.1.13)から(3.1.16)までの式を合わせるとこの島状薄膜試料の薄膜層および基板から

の光電子強度は以下のように表せる。

IAu′ = C1nAuσ AuλAu cosθ{1− exp[ −d

xλAu cosθ]} × x (3.1.17)

図Ⅲ-2-3-1.24 島状薄膜のモデル

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Ⅲ-2-3-(23)

I sub′ = C2nSubσ SubλSub cosθ exp[ −d

xλAu cosθ]× x

+C2′nSubσ SubλSub cosθ × (1− x)

= C2nSubσ SubλSub cosθ{exp[ −d

xλAu cosθ]× x

+(1− x)}

(3.1.18)

参照試料を考えた時に二種類の参照試料からの強度は

IAu,∞ = C3nAuσ AuλAu cosθ (3.1.19)

ISub,∞ = C4nSubσ SubλSub cosθ (3.1.20)

式(3.1.17)と式(3.1.19)から薄膜層からの光電子強度は

IAu′ = IAu,∞ ×{1− exp[ −dxλAu cosθ

]} × x (3.1.21)

式(3.1.18)と式(3.1.20)から基板からの光電子強度は

I sub′ = Isub ,∞ × exp[ −dxλAu cosθ

] × x + (1− x)⎧ ⎨ ⎩

⎫ ⎬ ⎭

(3.1.22)

と表わされる。

薄膜層の膜厚が d で有効減衰長が λ の場合、被覆率 x の島状薄膜で測定した光電子分光スペクト

ルを元に 2) a.で示した overlayer film method に従って計算して得られる見掛けの有効減衰長 λ’は

Page 17: e. AFM による表面状態の評価 薄膜の膜厚 および のも ……¢-2-3-(8) e. AFM による表面状態の評価 Au 薄膜の膜厚1 nm および2 nm のものについてAFM

Ⅲ-2-3-(24)

′ λ =d

cosθ⋅

1

ln(R∞ Rd′ +1)

=d

cosθ⋅

1

ln 1

1− x 1− exp[ −dxλAu cosθ

]⎧ ⎨ ⎩

⎫ ⎬ ⎭

⎢ ⎢ ⎢ ⎢

⎥ ⎥ ⎥ ⎥

(3.1.23)

となる。

この式(3.1.23)を元に Au 薄膜(膜厚 2 nm)の場合について、被覆率 x をいくつか変えてシミュレー

ションした結果を図Ⅲ-2-3-1.25 に示す。

2.0

1.5

1.0

0.5

0.0

appa

rent

EA

Ls o

f Au

120010008006004002000

Kinetic Energy (eV)

x=1.0

0.90.8

0.7

0.6

0.5

被覆率xにともなう見掛けの有効減衰長の変化を見ると、被覆率が低くなるほど光電子分光スペ

クトルから実験的に求める有効減衰長は大きくなっていき変化の傾きも小さくなって行く傾向が

見られる。

6) SiO2薄膜試料の有効減衰長測定

a. SiO2/Si 薄膜試料

SiO2/Si薄膜試料として産業技術総合研究所計量標準総合センター(NMIJ)で頒布されている認証

標準物質 NMIJ CRM5204-a 極薄シリコン酸化膜(膜厚認証値 3.49±0.19 nm)を用いた。

また同センターNMIJ 計測クラブ内ナノ計測クラブで頒布されている共同分析用 SiO2/Si 薄膜のう

ち膜厚 2 nm および 4 nm のものを測定に用いた。この三つの SiO2/Si 薄膜試料の他に参照試料とし

図Ⅲ-2-3-1.25 島状薄膜の見掛けの有効減衰長

Page 18: e. AFM による表面状態の評価 薄膜の膜厚 および のも ……¢-2-3-(8) e. AFM による表面状態の評価 Au 薄膜の膜厚1 nm および2 nm のものについてAFM

Ⅲ-2-3-(25)

て SiO2/Si 薄膜(膜厚 100 nm)および洗浄した Si 基板を用いた。Si 基板の洗浄は H2SO4と H2O2の

1:1 の混合液に約 10 分浸して試料表面の炭化水素を主とする汚染物を除去したあと純水で洗う操

作を二回繰り返し、 終的に 5%フッ化水素酸溶液に 15 分間浸して表面の酸化膜を除去すること

で清浄な表面を得た。

b. 光電子分光スペクトルの測定

光電子分光の測定は高エネルギー加速器研究機構放射光研究施設(KEK-PF)の軟X線ビームライ

ン BL-13C において放射光用光電子分光装置を用いて行った。

励起エネルギーは 160 eV から 200 eV までは 10 eV 刻みで、250 eV から 1050 eV までは 50 eV 刻

みで変化させて各点での Si2p 領域のX線光電子分光スペクトルを測定した。励起X線の分解能は

約 1000 になるよう入射スリットおよび出射スリットを設定した。パスエネルギーは 23.5 eV、エ

ネルギーステップは 0.1 eV とした。励起X線の強度はビームラインと光電子分光装置との間に置

いた金メッシュにX線を通過させることで得られる電流の強度としてモニタした。

試料表面に対するアナライザの検出角度については Au 薄膜の場合(図Ⅲ-2-3-1.20)と同様に試料法

線に対して 0°となる配置で測定を行った。

c. 光電子スペクトルスペクトルの解析

三つの SiO2/Si 薄膜試料について励起エネルギーを変化させながら光電子分光スペクトルを測

定した。また Overlayer film method での解析を行うために参照試料についても同様の測定を行った。

スペクトルの一部を図Ⅲ-2-3-1.26 に示す。

いずれにスペクトルにおいても 98 eV 付近に Si 基板からのピークが、103 eV 付近に SiO2薄膜

層からのピークが現れている。膜厚の違いによる薄膜層と基板からのピーク強度比の変化、また

励起エネルギーを変化させることで分析深さが変化することによるピーク強度比の変化が観察さ

れる。

それぞれのスペクトルは Shirley 法により求めたバックグラウンドを差し引いた後、Gaussian と

Lorentzianの混合関数をもちいてカーブフィッティングを行い、薄膜層である SiO2からのピーク、

基板層の Si からのピークのそれぞれの面積を求め強度とした。

Page 19: e. AFM による表面状態の評価 薄膜の膜厚 および のも ……¢-2-3-(8) e. AFM による表面状態の評価 Au 薄膜の膜厚1 nm および2 nm のものについてAFM

Ⅲ-2-3-(26)

Nor

mal

ized

Inte

nsiti

es (a

rb. u

nit)

108 106 104 102 100 98 96 94

Binding Energy (ev)

hν=950eV

750eV

450eV

SiO2(2nm)/Si(100)

SiO2

Si

Nor

mal

ized

Inte

nsiti

es (a

rb. u

nit)

108 106 104 102 100 98 96 94

Binding Energy (ev)

SiO2(4nm)/Si(100)

SiO2

Si

d. Overlayer film method による SiO2の有効減衰長測定

認証標準物質である極薄シリコン酸化膜(膜厚認証値 3.49±0.19 nm)およびナノ分析計測クラブ共

同分析用薄膜試料のうち膜厚約 2 nm を用いて Overlayer film method による有効減衰長の解析を行

った。これらの試料と参照試料について得られたX線光電子分光スペクトルから 2)で示した解析

式を用いて有効減衰長を求めた。共同分析用薄膜試料については公称値(2nm)を膜厚として用いた。

各励起エネルギーごとに得られた有効減衰長を図Ⅲ-2-3-1.27 に示す。低エネルギー側では運動エ

ネルギーが下がるにつれて有効減衰長が小さくなるような比較的スムーズな変化を示しているが、

高エネルギー側で乱れが生じている。膜厚約 2 nm の試料では 50 eV 以下の領域ではエネルギーが

低くなるにつれ逆に有効減衰長が大きくなる傾向が現れており、弾性散乱による効果が実験的に

得られたものと考えられる。

図Ⅲ-2-3-1.26 SiO2/Si 薄膜の光電子分光スペクトル

Page 20: e. AFM による表面状態の評価 薄膜の膜厚 および のも ……¢-2-3-(8) e. AFM による表面状態の評価 Au 薄膜の膜厚1 nm および2 nm のものについてAFM

Ⅲ-2-3-(27)

4

3

2

1

0

EAL

(nm

)

10008006004002000

Kinetic Energy (eV)

EAL_2T EAL_CRM

e. Modifiled overlayer film method による SiO2の有効減衰長測定

4.2.3.2 で述べたように Overlayer film method では参照試料を含めた三つの試料から四つのデー

タを用いて解析を行うために誤差要因が多くなる。特に参照試料については薄膜の基板としての

状態と基板のみでの状態の違いや、二種類の参照試料の表面状態が経時的に変化することなども

あり、参照試料からのスペクトル強度の測定を行う際には実験条件などにかなり注意を払う必要

がある。そこでそのような影響を避けるために二種類の SiO2薄膜を用いて有効減衰長を求めるこ

とを試みた。

極薄シリコン酸化膜(膜厚認証値 3.49±0.19 nm)およびナノ分析計測クラブ共同分析用薄膜試料

(膜厚約 2 nm)および極薄シリコン酸化膜、共同分析用薄膜試料(膜厚約 2 nm)と共同分析用薄膜試

料(膜厚約 4 nm)との組み合わせで解析を行ったものを図Ⅲ-2-3-1.28 に示す。

全体としてスムーズな変化を示すデータが得られている。NIST Database で理論計算した SiO2 の

有効減衰長を図Ⅲ-2-3-1.29 に示す。二つの系列のデータはほぼ同じような変化を示しているが全

体としてのずれが見られる。全体的には理論計算値のおよそ 7 割の値を示している。また二つの

系列間にも差が見られるが、この違いは極薄シリコン薄膜と共同分析用薄膜との薄膜層の形成方

法の違いによる SiO2薄膜層の密度や界面層の違いによるものと考えている。

図Ⅲ-2-3-1.27 SiO2薄膜から overlayer film method により求めた有効減衰長

Page 21: e. AFM による表面状態の評価 薄膜の膜厚 および のも ……¢-2-3-(8) e. AFM による表面状態の評価 Au 薄膜の膜厚1 nm および2 nm のものについてAFM

Ⅲ-2-3-(28)

2.0

1.5

1.0

0.5

0.0

EAL

(nm

)

10008006004002000

Kinetic Energy (eV)

3.5nm / 2nm 4nm / 2nm

2.0

1.5

1.0

0.5

0.0

Cal

cula

ted

EA

L (n

m)

10008006004002000

Kinetic Energy (eV)

Calc. EAL EAL x 0.7

f. SiO2の practical EAL の測定

2) で述べたように practical EAL は薄膜試料と基板からの光電子強度の比で求められるもので、実

験上でももっとも実用的なものである。厚さが分かっている標準物質の測定により実験的に決定

することができる。詳細は不確かさの評価とともに時節で述べるが、ここでは IMFP と practical

EAL について説明する。SiO2 薄膜について NIST Reference Database 82 を用いて計算した IMFP と、

図Ⅲ-2-3-1.28 Modified overlayer film method で求めた有効減衰長

図Ⅲ-2-3-1.29 NIST database で求めた有効減衰長の理論値

Page 22: e. AFM による表面状態の評価 薄膜の膜厚 および のも ……¢-2-3-(8) e. AFM による表面状態の評価 Au 薄膜の膜厚1 nm および2 nm のものについてAFM

Ⅲ-2-3-(29)

いくつかの異なる膜厚に対して計算した practical EAL を図Ⅲ-2-3-1.30 に示す。1000 eV 以下の範

囲では practical EAL の方が IMFP より 0.3 程度、短く膜厚が小さくなるとわずかに長くなること

がわかる。

g. 放射光を用いた有効減衰長測定法の不確かさの評価

ここまでいくつかの方法で SiO2薄膜の有効減衰長について求めた。本節では放射光を用いた光電

子分光法を用いた実験的な有効減衰長についてその不確かさを評価した結果を示す。ここでは SI

トレーサブルな膜厚認証値を有する認証標準物質の光電子分光スペクトルから各エネルギーでの

有効減衰長を求めて、その得られた有効減衰長と共同分析用 SiO2薄膜試料の光電子分光スペクト

ルから共同分析用 SiO2薄膜試料の膜厚を評価する。複数の励起エネルギーで、また同じ実験を複

数回行うことで得られた多数の膜厚値から不確かさを評価した。

認証標準物質の光電子分光スペクトルから求めた各エネルギーでの有効減衰長を図Ⅲ-2-3-1.32 に

示す。同じ試料で二回測定を行ったので二つの系列がある。共同分析用 SiO2薄膜試料についても

光電子スペクトルを二度測定し、図Ⅲ-2-3-1.32 に示した有効減衰長を元に薄膜の膜厚を評価した。

それぞれの試料について二度ずつ測定をしたので四つの組み合わせを作り、その解析結果を図

Ⅲ-2-3-1.33 に示す。結果の平均値は 1.83 nm、測定不確かさは 0.06 nm であった。

図Ⅲ-2-3-1.30 NIST Database から求めた SiO2 の EAL と IMFP

6

5

4

3

2

1

0

EAL/

IMFP

(nm

)

10008006004002000

Kinetic Energy (eV)

IMFP EAL(1.0nm) EAL(2.0nm) EAL(3.5nm)

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Ⅲ-2-3-(30)

SiO2(CRM)光電子スペクトル

CRM膜厚3.49nm

SiO2のEALSiO2(?nm)

光電子スペクトル

SiO2(?nm)膜厚決定

6

5

4

3

2

1

0

EAL

(nm

)

10008006004002000

Kinetic Energy (eV)

EAL from CRM (1st) EAL from CRM (2nd)

図Ⅲ-2-3-1.31 有効減衰長測定の不確かさ評価

図Ⅲ-2-3-1.32 認証標準物質からもとめた SiO2薄膜の有効減衰長

Page 24: e. AFM による表面状態の評価 薄膜の膜厚 および のも ……¢-2-3-(8) e. AFM による表面状態の評価 Au 薄膜の膜厚1 nm および2 nm のものについてAFM

Ⅲ-2-3-(31)

2.2

2.0

1.8

1.6

1.4

EAL

(nm

)

10008006004002000

Kinetic Energy (eV)

CRM(1st) - 2T(1st) CRM(1st) - 2T(2nd) CRM(2nd) - 2T(1st) CRM(2nd) - 2T(2nd)

(5-3)有効減衰長データベースの開発

データベース化できるほど多くの有効減衰長の決定はできなかったが、試料ごとに元になるデー

タをデータベースとしてまとめ有効減衰長決定法および膜厚決定法とともに標準スペクトルデー

タベースとリンクして、参照できるように準備を進めている。

(5-4)深さ方向分析用標準薄膜試料の開発

本研究においては深さ方向分析用標準薄膜試料の開発を目指して、いくつかの金属について薄膜

試料を作製しその膜厚や表面状態の評価を行いつつ、光電子の有効減衰長を求めてきた。Al薄膜、

Au 薄膜については膜厚の評価や、薄膜の一様性についての課題がまだ充分に解決されていない。

一方 SiO2薄膜については膜厚が一様で表面の平面度の高い薄膜が比較的容易に得られやすい。今

回膜厚がSIトレーサブルな手法で評価された薄膜試料を元に有効減衰長を介してより膜厚の小さ

い別の薄膜試料の膜厚評価を 0.2 nm 以下の不確かさで行うことができた。試料に依存する部分は

あるが、安定して得られる標準薄膜試料があれば、従来の方法では困難なより膜厚の小さい試料

についての膜厚評価を行うことが可能となり有効減衰長を介して値付けした標準試料を作製する

筋道を作ることができた。

図Ⅲ-2-3-1.33 有効減衰長を元に求めた膜厚

平均=1.83 nm

繰り返し測定標準偏差=0.06 nm

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Ⅲ-2-3-(32)

(5-5)調査報告

1) 第11回表面および界面の分析の応用に関するヨーロッパ国際会議(ECASIA05)調査報告

表面評価の最新情報収集を目的として、9月にウィーンで開催された国際会議(ECASIA05)に参加し

て調査を行った。また、触媒等の機能材料表面について高い評価技術を有するフランス CNRS IRC 触

媒研究所(Lyon)およびヨーロッパ最大の放射光施設である ESRF ヨーロッパ放射光施設(Grenoble)を訪

問し、表面評価技術について調査を行った。

11th European Conference on Applications of Surface and Interface Analysis(ECASIA‘05)(H17年 9

月 26 日-29 日、オーストリア ウィーン工科大学)調査、発表(3 件)

・Experimental Determination of Electron Effective Attenuation Length in Al in Low Energy Region

・Depth profiling surface analysis study on Ce-Zr-Y oxide nanoparticule catalysts by variable excitation

XPS using synchrotron radiation

・R.F. Plasma-polymerized Polymer and Co-polymer Films: Comprehensive Surface

and in depth Chemical Characterization by XAS, XPS and ToF-SIMS

H17 年 9 月 30 日グルノーブル(フランス)にある ESRF 放射光施設を訪問

H17 年 10 月 3 日 フランス CNRS 触媒研究所(IRC)Dr. Geantet 訪問 IRC 調査

ECACIA’05 はヨーロッパを中心とする表面と界面の応用分析に関する国際会議で、ヨーロッパ各国の他、

アメリカ、カナダ、メキシコ、日本、中国、等、ほとんど世界中の表面関係の研究者約 400 名程が参加して

いた。特徴的なのは大学等だけでなく企業からの参加者も多かった。

会議では光電子分光関係を中心に聴講したが理論とナノ材料薄膜触媒等への応用が中心であった。

基礎的な実験データに関する報告は少なく、発表した電子の有効減衰長に関する報告は多くの質

問を受け関心を集めていた。理論の検証の元となるしっかりとした実験データが不足していると

感じた。また、放射光を用いた光電子分光による顕微鏡等イメージング技術の進展には興味をひ

かれた。アカデミックな内容と実用的な内容が程よくミックスされ、各国研究者や企業からの参

加者との議論を通じて表面分析技術の 先端の実情、ニーズ、論文では読み取れない問題点など

有意義な情報が得られた。

ESRF では Hazemann 博士に新規建設したビ-ムラインについて説明していただいた。

新しいビームラインの建設が一通り完了し、ほぼ全てのビームラインが完成していた。新しい技

術を導入したビームラインは非常に高性能で、特にスポットサイズは 0.1X5μm 以下にまで絞れる

という。

CNRS IRC 触媒研究所では Geantet 博士に触媒の表面解析を中心とするアクティビティの情報を

得た。また、同研究所ナノ科学と界面グループのアクティビティのレポートを入手した。

放射光を用いた X線光電子分光および軟 X線吸収分光法による触媒表面解析について議論を行っ

た。共同で放射光施設に対して課題申請を行うことになった。

2) 第12 回表面および界面の分析の応用に関するヨーロッパ国際会議(ECASIA07)調査報告

表面評価の 新情報収集を目的として、9月にブリュッセルで開催された下記国際会議に参加し

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Ⅲ-2-3-(33)

て調査を行った。

12th European Conference on Applications of Surface and Interface Analysis(ECASIA‘07)(H19 年 9

月 9 日-14 日、ベルギー ブリュッセル)調査、発表(2 件)

・Study on quantitative analysis for Au thin films using XAS

・Study on surface properties of transition metal carbides by X-ray Photoelectron Spectroscopy

European Conference on Applications of Surface and Interface Analysis(ECASIA)が H19 年9月9日か

ら9月14日までベルギーのブリュッセルで開催された。2年に一度行われるこの学会は今回が

12回目で46各国から600名の人が参加した。口頭発表164件、ポスター発表330件、

また、装置メーカの展示会もかねて ECASIA コンファレンスとしては過去 大の規模であった。

日本からは、44名の人が参加されアジアからの参加人数としては一番多い数でした。今回の会

議において調査とともに当研究室から薄膜、金属化合物分析、データ解析関連の3件のポスター

発表が9月11日と9月13日に行われた。

全体のスコープとしてバイオマテリアル、薄膜コーティング、ナノマテリアル、表面機能性、触

媒、測定評価、腐食、磁性・マイクロエレクトロニクスなど10の大分類において金属、酸化物、

バイオマテリアル、デバイス材料関連の様々な発表がなされた。測定ツールとしては XPS 及び

AES を中心として ToF-SIM、AFM,TEM、EPMA、PEEM など表面関連の測定方法や RAMAN、

FTIR、ELLIPSO など光学測定ツールを利用した評価技術などが発表された。

初日のプレナリセッションではハーバード大学の George Whiteside 教授が “Unconvensional

Nanofabrication“ と言う題で発表された。ナノファブリケーションにおいて半導体分野の集積回路

用微細加工ではフォトリソグラフィ及び電子ビームリソグラフィが中心となるのは変わらないも

のの 近ナノスケール製品が様々な分野で応用されているため用途によっては必ずしも高級なリ

ソグラフィ技術を利用なくても低コストの新技術が適用できることを議論した。例として

Nnanoskiving と名称した精密機械的スライシング方を利用してアスペク比の良いナノ構造のパタ

ンニングが大学の研究室レベルでも可能であることを示した。

全体の流れとして表面分析ツールが従来の材料や工学関連の表面分光分析分野に止まらずバイオ

や環境などこれまで表面分析があまり使われなかった新しい分野でも分析ツールとして急速に使

われているのが見受けられた。それに関連して計測装置の開発においても従来のスペクトロスコ

ーピック分析に加わってイメージングツールとしての機能を可能とする研究開発が注目されてい

た。特に XPS のマッピングやイメージングに関する新研究開発がいくつか発表された。例として

Southern Denmark 大学の Sven Tougaard 教授らのグループから高速でスペクトルデータを分析する

新アルゴリズムソフトが開発され表面深さ 10 nm の3次元イメージングが可能であることを示し

た。また、イギリスマンチェスター大学の John Walton らから特定領域の分析スペクトルとイメ

ージの相関関係を精密に制御することによる深さ方向のイメージング解像度の向上の発表及び装

置メーカ Kratos からディレイラインディテクターと SMA アナライザを兼用することにより表面

横方向イメージの解像度を向上させる方法などが発表された。また、バイオ系機能性材料の開発

に伴い表面吸着が重要となり表面改良(Surface Modification)方法の発表が多くなっているよう

に見受けられる。ポリマーセッションではイオン照射によるバイオ系ポリマー材料の表面改良方

Page 27: e. AFM による表面状態の評価 薄膜の膜厚 および のも ……¢-2-3-(8) e. AFM による表面状態の評価 Au 薄膜の膜厚1 nm および2 nm のものについてAFM

Ⅲ-2-3-(34)

法及びプラズマ蒸着のよる表面改良方法など表面吸着の評価が XPS, ToF-SIMS, AFM などを利用

して行われた。また、データ解析セッションでは XPS、AES、ToF-SIM などを利用して測定され

た酸化物及び遷移金属の分析結果を様々なバックグランドデータ削除方法を利用して解析した結

果が発表された。プレナリセッションではハーバード大学の George Whiteside 教授が

“Unconvensional Nanofabrication“ と言う題で発表された。ナノファブリケーションにおいて半導体

分野の集積回路用微細加工ではフォトリソグラフィ及び電子ビームリソグラフィが中心となるの

は変わらないものの 近ナノスケール製品が様々な分野で応用されているため用途によっては必

ずしも高級なリソグラフィ技術を利用なくても低コストの新技術が適用できることを議論した。

例として Nnanoskiving と名称した精密機械的スライシング方を利用してアスペク比の良いナノ構

造のパタンニングが大学の研究室レベルでも可能であることを示した。

材料の標準化に関する話題はあまりなかったがドイツの国立研究機関 BAM の W.E.S Unger から

将来複雑な材料系あるいは薄膜の表面分析においてレファレンスとなる標準試料の必要性が重要

であることを話され多くの研究機関の協力を呼びかけたことが印象的であった。

二日目の薄膜ポスターセッションで “Quantitative analysis for thin films by X-ray absorption

spectroscopy ”の題でポスター発表を行った。発表の内容として国家標準規格に準じて測定された

様々な元素の XAFS 法による吸収端ジャンプの測定結果から独自計算プログラムを利用して金を

含む様々な元素の吸収係数が求め得られた。得られたトレーサビリティのある吸収係数を利用し

て薄膜の標準化に関連して数ナノオーダーの Si 基板上の Au/薄膜の平均自由行動(EAL)を求め

た。数ナノオーダーの標準化試料の製作において簡単ではない物の作製方及び計算両立して進め

ることなどが大切など助言された。

四日目の金属ポスターセッションでは“Study on Surface Properties of Transition Metal Carbides by

X-ray photoelectron Spectroscopy”の題でポスター発表を行った。発表の内容として触媒あるいは車

やエレクトロニクス産業において工業用材料として用途が期待されている VC、Cr3C2、HfC 等の

遷移金属カーバイト化合物の分光分析を行い比較評価した。分析評価において ISO 標準に準じて

装置のエネルギー軸の校正及びスパッタによる表面洗浄などを行った。また、独自の解析ソフト

を用いてバックグランド削除を行い精密な組成変化を評価した。3d族の金属に関して金属メー

カや大学、外国機関から用途について注目された。

今回初めての参加だったが各国から表面分野で名前知られている人たちと話す機会があり情報交

換することが出来た。等グループで進めている研究開発においても感心を持って貰え早期のスペ

クトルデータベースの公開や薄膜標準化に伴う助言などが得られた。

(5-7)放射光を利用した励起エネルギー可変 X 線光電子分光法標準化のための検討委員会

本プロジェクトにおける技術的な成果を標準化の観点から検討するために表Ⅲ-2-3-1.3 に示す光

電子分光に関する外部の専門家に委員を委嘱して放射光を利用した励起エネルギー可変 X 線光電

子分光法標準化のための検討委員会を開催した。

H18 年度は平成 19 年 1 月 16 日に、H19 年度は平成 20 年 2 月 5 日につくばにおいて開催した。H18

年度は、放射光を利用した励起エネルギー可変光電子分光法に関して、測定、解析、試料作成、

データベース等の関連技術に関して、標準化の必要性、可能性について調査検討を行い、研究成

Page 28: e. AFM による表面状態の評価 薄膜の膜厚 および のも ……¢-2-3-(8) e. AFM による表面状態の評価 Au 薄膜の膜厚1 nm および2 nm のものについてAFM

Ⅲ-2-3-(35)

果の標準化に関する助言を得た。

H19 年度は放射光を利用した励起エネルギー可変 X 線光電子分光法に関して、測定、解析、試料

作成、データベース等の関連技術に関して、ナノ計測基盤プロジェクトで得られた技術的知見の

成果を他の研究者と共有し、将来の標準化に向けて生かすべく、詳細な技術報告としてまとめる

ために、励起エネルギー可変 X 線光電子分光法による深さ方向分析技術報告案を作成し委員会で

検討し、ご意見をいただいた。報告案はいただいと意見をもとにさらに精査しまとめたものを何

らかの形で公表することになった。

表Ⅲ-2-3-1.4 放射光を利用した励起エネルギー可変 X 線光電子分光法標準化のための

検討委員会委員

氏名 所属 部署(役職)

委員長 田沼 繁夫 (独)物質・材料研究機構 分析支援ステーション

ステーション長

委員 鈴木 峰晴 アルバック・ファイ(株) 分析室

フェロー

委員 河合 潤 京都大学大学院 工学研究科

教授

委員 馬場 祐治 日本原子力研究開発機

量子ビーム応用研究部門

グループリーダー

委員 間瀬 一彦

大学共同利用機関法人

高エネルギー加速器研

究機構

物質構造科学研究所

准教授

(5-8) まとめ

本テーマにおいては、光電子分光法による定量分析の高精度化を目的としてこれまで放射光を

利用して光電子の有効減衰長を実験的に求める研究を行ってきた。おもに Au, Al, Si の金属および

酸化膜について、運動エネルギー100〜1000 eV となるエネルギー範囲で光電子スペクトルを測定

し、その強度変化から有効減衰長を求めた。有効減衰長を実験的に求める方法として、いくつか

の方法を比較検討し、不確かさについても検討した。約 2 nm のシリコン酸化膜について測定不確

かさ 0.06 で決定することができた。

有効減衰長を実験的に決定するためには、薄膜試料の膜厚や表面状態の評価が重要な課題であ

ったが、SEM、TEM、AFM、エリプソメトリー、化学分析、X 線反射率測定、X 線透過法等によ

る詳細な膜厚評価を行った。今後、標準薄膜試料を供給するためには、 適な評価手順を開発す

るとともに実用に耐える安定な試料開発が必要であると考えている。

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Ⅲ-2-3-(36)

参考文献

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Ⅲ-2-3-(37)

2.3.2 (3-b) 表面分析法標準スペクトルデータの確立 2.3.2.1 表面分析法標準スペクトルデータの確立

(1)概要

本節冒頭で取り上げた電子分光の克服すべき問題点のうち、次の2点の解決に取り組んだ。

i) 電子分光スペクトル自身の信頼性。

電子分光が表面敏感な手段であることはとりもなおさず、汚染や損傷など、表面のわずかな変質

にも敏感であることを意味する。このため、目的の物質のスペクトルとして、どのようなものが

「真」であるか、という基本的な点さえ分かっていない。また、一般に使われている市販の分析

器は、各製造元固有の透過率を持つため、理想的なスペクトル形状が、どのようなものか、も分

かっていない。そこで本テーマでは上記問題を解決するために出来うる限り理想的な標準スペク

トルデータデータを求め、データベース化してユーザーに提供する。

標準スペクトルデータベースの構築では、X 線光電子分光法(XPS)およびオージェ電子分

光法(AES)による無機化合物スペクトルデータ集積作業を行っている。スペクトル測定に際

して技術的な問題点として1)測定時に試料表面を清浄な状態にするために通常用いられるイオ

ンスパッタリングを行うと試料表面の化学状態が変化してしまう。2)無機化合物には導電性の

乏しい物が多く、試料のチャージアップ(帯電)現象のために正常なスペクトル取得ができない

ものが多々ある、といった問題点がある。これらの問題を軽減するため、各試料ごとに種々の技

術的対策を組み合わせて、できる限り試料バルクの真の状態を反映したスペクトルを取得できる

よう努力してきた。

XPSスペクトルは原則として高いエネルギー分解能の得られる単色光源によって測定してい

る。ただし一部試料では非単色光源も併用した。AESスペクトルについては、現在の段階では

すべてCMA(同心円筒鏡エネルギーアナライザ)分光器により測定を行ったものである。

データベースの収録対象となる試料は基本的に無機化合物に限定し、主として遷移金属の酸化

物、窒化物、ケイ素化物(シリサイド)、炭化物などを選定した。化学状態の差異を比較できるよ

うにするため、同一の金属について入手可能な範囲でなるべく多種の化合物を測定する様にした。

出来る限りペレット状の焼結体を入手して測定したが、入手できないものは粉末をインジウム箔

に包埋する方法で測定した。

データの取得と併せて標準スペクトルを利用した定性・定量分析に不可欠なエネルギー軸校正

技術および強度軸(分光器透過関数)補正手法に関する研究を行い、成果をデータベースに付属

する情報として提供するべく態勢を整えている。

ii) スペクトル解析上の問題。

仮に表面汚染や変質の影響が除かれ、真のスペクトルが得られたとしても、それはなお固体内

の電子による非弾性散乱の影響をうけ本質的に歪んでいる。そこで、さらにこの歪みを除去する

ために非弾性バックグラウンド解析法を同時に行っている。本年度までに、計算アルゴリズムの

高度化を行い、プロジェクト開始以前には困難であった広い範囲にピークが分布する場合の解析

が可能になった。また、表面の存在に起因すると思われる深さ方向の不均一性を捉えることがで

きた。さらに、当初想定外であった、電子線励起スペクトルでの同様な解析が可能であることが

わかった。

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Ⅲ-2-3-(38)

(2)中間目標(平成 15 年度末まで)

① 終目標の 40 物質中金属元素 5~7 元素の酸化物、窒化物、ハロゲン化物など約 20 物質について、100 種の

遷移のスペクトルを取得しデータベース化する。

②任意の装置を任意のアナライザー分解能で運転した際のスペクトル強度比を補正可能にする技術の開発を行

う。

③表面に存在する数 nm 厚の層状構造(Si 上の SiO2極薄膜等)の表面層と下地からの信号を識別し、元素分布、

及び、非弾性散乱機構の変化を決定できるアルゴリズムを開発し、このモデルを適用し、実スペクトルを解析す

る。

(3)最終目標

7年間で金属等 15 元素の化合物 40 物質について 400 本の標準スペクトルを取得する。非弾性散

乱機構解析法を組成分布が一般の場合に発展させ,表面近傍にナノメートルオーダーの構造をも

つ材料を解析してデータベースを構築する。

(4)本研究開発の構成

上記目標を達成するため、本研究開発では次の項目について研究を行ってきた。

(i) データベース用スペクトルデータの取得

(ii) 付属技術文書作成

(iii) インタラクティブ閲覧システムの開発

(iv) 非弾性散乱バックグラウンド解析法

(v) アルゴリズムの高度化

(vi) 表面の存在による励起異方性の検出

(vii) 電子線励起によるスペクトルへのアルゴリズム拡張とその根拠

(viii) ユーザープログラムの開発

(i)(ii)は標準データベースのためのデータ取得、(iii)はデータベース利用のための環境整備関連の開

発である。(iv)~(vii)は 2-3-1 および(i)(ii)で得られたデータ等を対象とした解析法の開発であり、

2-3-1 で得られた光電子の有効減衰長の情報等を取り入れて、高精度の解析法を開発するものであ

る。(viii)により一般ユーザーへの解析法の普及を図った。

(5)これまでの成果

(5-1)H16 年度までの成果

(i) データベース用スペクトルデータの取得

電子分光分析では、どのようなスペクトルが試料表面に存在する目的元素から直接放出された

電子由来のもの(これを「真のピーク」とよぶ)を反映したものであるか、という基本的な点さ

え十分に判っていないのが現状である。これは電子分光スペクトルがおおむね固体試料の表面か

ら数 nm~20 nm 程度(固体中の電子の相互作用を含む過程が関与するため、測定する試料および

測定条件にも依存する)までの領域の組成に関する情報のみを反映するという特性に由来してい

る。このことは、とりもなおさず汚染や損傷など表面のわずかな変質もスペクトルの形状を大き

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Ⅲ-2-3-(39)

く変化させてしまうことを意味する。また、一般に使われている市販の分析器は、機種ごとに独

自の設計思想を反映して制作されているので、各社または各機種ごとに固有の透過特性率を持つ。

さらに検出器などの構成要素の経年による特性の変化も避けられないが、この変化の程度は同一

の機種であっても使用履歴や電子増倍管などの構成部品の個体差によって大きく異なってくる。

このような理由のため、「真のピークに由来するスペクトル形状」がどのようなものであるか、と

いうことを正確に理解することは大変困難になっている。

実用上は多くの場合、冊子または装置付属ソフトウエアに予め組み込まれた電子データの形態

で供給される装置メーカーの提供する参照スペクトルを比較対象として利用するか、自己の蓄積

した類似の測定条件でえられたデータ相互の比較に限定して利用するため、この問題が顕在化し

ないで済んでいる事例が多い。しかしながらこの方法ではデータ集に収録されているスペクトル

と同じで測定するか、予め標準データを取得する必要がある。同一または類似の物質を反復して

測定する場合以外は、毎回実試料と参照試料の両方を測定する必要がある。これでは、データベ

ースなどにある他者の測定したデータを参照用に使用して定量を行う場合に比べ多くの労力を要

することになる。この問題を解決すべく、分析ユーザーの測定データと比較可能なデータベース

を構築することを目指して研究を実施した。図Ⅲ-2-3-2.1 に標準スペクトルデータベースの概念図

を示す。

図Ⅲ-2-3-2.1 定性・定量分析用標準スペクトルデータベースの概念図

各研究機関等の分析ユーザーは自己の分析計を用いて通常の分析操作手順で未知試料のスペク

トルを測定する。得られたスペクトルをデータベースに収録された既知試料のスペクトルと比較

することにより試料中の成分の種類や存在量を知ることが出来る。

装置関数・測定条件補正

What?

各研究機関等 標準スペクトルDB

Mo3+ !

How much?

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Ⅲ-2-3-(40)

これまでは、はじめに標準スペクトルデータベースに収録する X 線光電子分光法(XPS)およ

びオージェ電子分光法(AES)による無機化合物スペクトル測定に際する技術的な問題点の解決

と装置間のスペクトル特性の差異を校正する手法の研究から着手した。測定に際し頻繁に発生す

る可能性のある技術的な問題点として、具体的には次のようなことがある。

(1)無機化合物は高絶縁性の試料が多く、試料のチャージアップ(帯電)現象のため、測定不能に

なったりスペクトル形状が変化したりする。

(2)測定時に試料表面を清浄な状態にする必要がある。イオンスパッタリングが多用されるが、条

件によっては試料表面の物理的または化学的状態が変化する。

(3)測定に使用する励起源(X 線や電子ビーム)が試料の化学状態などを変化させる。特に有機化

合物では励起ビームによる試料の分解が問題になる場合がある。また励起ビームによる発熱で試

料の温度が上昇し、相転移などの物理的な変化を生じ、その結果としてスペクトルの形状が変化

する場合もある。

(4)試料によっては真空中に長時間放置することにより成分の一部が揮散する。

本研究では、プロジェクト開始直後より(1)の試料帯電の軽減の対策に取り組んだ。電子分光法

など荷電粒子の照射または放出を伴う分析手法を用いて絶縁性の試料を分析する手法の場合、試

料表面が帯電する問題は不可避なものである。特に帯電が著しい場合には、スペクトルが全く得

られなくなることも珍しくない。また、それほど顕著でない場合でも、試料表面の測定対象領域

内で不均一な電荷が蓄積されると、スペクトルの形状が変化する。このような状態で取得したス

ペクトルは参照用として利用することが不可能となる。このような問題を軽減するために多様な

対策が知られているが、いずれの方法も緩和の程度は試料や測定条件によって異なり、また一種

類の方策だけでは不十分なことが多い。そこで各試料ごとに複数の対策を組み合わせ、装置の使

用条件や試料装着方法などの 適化をして、できる限り試料バルクの真の状態を反映したスペク

トルを取得できる条件を探索してきた。オージェ電子分光については電子ビームの電圧、ビーム

スポット径や電流および試料に対する励起ビーム入射角を試行錯誤的に変化させて 適化する方

法で帯電の軽減を行った。

次に(2)の試料前処理に伴う試料の変質の軽減策について検討を行った。電子分光は表面に極め

て敏感な分析法で、数原子層程度の吸着も試料本来の情報を損ねることになる。通常は1~5 keV

程度に加速したイオン(多くの場合 Ar イオンが用いられる)による「イオンスパッタリング」が

用いられるが、イオン照射による変性でスペクトルの半値幅が広がるなどの影響が生じる場合が

ある。イオンスパッタリング以外に試料の破断や引っ掻き処理によって清浄な表面を得る方法も

試みた。破断直後の面は活性が高く再汚染されやすいので、真空中で破断を行うのが理想的だが、

無機化合物には機械的強度が高いものが多いため強力な破断装置が必要になるなど実装は容易で

はない。いくつかの試料については大気中での破断でも清浄な表面が得られる場合や、窒素充填

ボックス中で破断後に一旦取り出して直ちに真空中に導入することでさらに良好な結果が得られ

る物もあった。図Ⅲ-2-3-2.2 は SiO2(溶融シリカガラス)について未処理の場合、スパッタリグを

行った場合、大気中で破断した場合および窒素充填環境で破断した場合の Si2p ピーク形状の変化

を示している。詳細な議論は略すが、スパッタリング時のピーク幅の広がりが視認できる程度に

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Ⅲ-2-3-(41)

発生している。

真空中での引掻き法もいくつかの試料について有効なことが確かめられた。引掻きは分析装置

に直接接続した副チャンバー内で行い、処理後大気に晒すことなく分析を行った。引掻き用の刃

物にはダイヤモンド圧子を用い、ベローズを介して真空容器の外側から手でアームを操作して行

った。図Ⅲ-2-3-2.3 は SiC 焼結体について未処理、スパッタリング、高真空環境での引掻きの結果

を比較した物である。未処理の物では SiC としての C と表面汚染に由来する炭化水素系の C のピ

ークがみられている。スパッタリングを行うことで炭化水素由来のピークは大幅に減少している

がスペクトルが非対称になっていることから完全には無くなっていないことが判り、SiC 由来の

ピークもピーク幅が増加していると推定される。一方引掻き研磨を行った物は SiC 由来のピーク

と残存する炭化水素ピークの両方が見られるが、ピーク幅は増大しておらずピーク分離計算によ

り明瞭に両成分を分離することが可能であった。炭化水素ピークが消失しない理由としては、引

掻きによって表面の汚染物が内部に押し込まれたことが推定されるが、試料内部まで不純物が存

在している可能性もある。

引掻き装置を長期間継続して使用する場合には引掻きに使用する刃物類の汚染が問題となるの

で、刃物部分を容易に清掃または交換できる構造の物とするのが望ましい。具体的な方策として

は、刃物部分を切り欠きのあるセラミックで製作して、汚染が生じた場合は適宜刃を折りながら

使用する事が考えられる。本プロジェクトではその様な装置を製作することは行わなかったが、

今後データベースを拡充する際にその様な前処理装置を導入することを検討している。

(3)および(4)の励起ビームによる試料の変質や成分の揮散については、高分子材料などの有機化

合物や昇華性の成分を含む試料では深刻な影響を与えることが知られている。一方、本研究で対

象としている遷移金属や無機化合物を取り扱っている場合には大きな問題とならない場合が多い

事が知られている。データベース収録用のスペクトル測定を行った際にも、このような事態が発

生していることをうかがわせるデータは見られなかった。

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Ⅲ-2-3-(42)

図Ⅲ-2-3-2.2 図Ⅲ-2-3-2.3

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Ⅲ-2-3-(43)

(5-2) 平成17-19年度の成果

1) 概要

データベース用スペクトルデータの取得

データベースの収録対象としては主として遷移金属およびその酸化物、窒化物、珪素化物(シ

リサイド)、炭化物などを選定した。第 1 期に測定条件の 適化などのノウハウの開発を行いなが

らデータベース用スペクトルデータの収集に着手した。AES スペクトルについては、初期の段階

では既存装置を使用したためすべて CMA(同心円筒鏡エネルギーアナライザ)分光器により測定

を行った。それとともに、XPS測定に使用している半球型電子エネルギー分光器(CHA)を装

着した装置に第 1 期の後半で励起用電子銃を付加して、化学状態の差異が判別可能な高分解能オ

ージェスペクトルを測定した。データベースの収録対象となる試料は基本的に無機化合物に限定

し、主として遷移金属の酸化物、窒化物、珪素化物(シリサイド)、炭化物などを選定して測定し

た。

2. 付属技術文書作成

異なる装置で測定したデータを比較可能とするためには、スペクトルの横軸(エネルギー)と

縦軸(強度)を校正する必要がある。分光器のエネルギー軸校正については公設研究機関の協力

を得て ISO に準拠した方法で比較実験を行い、十分な技量を有する測定者が適正に校正すること

で、十分な再現性と直線性を確保できることが確認できた。強度軸については複数のピークを有

する遷移金属など(実用的には銅が便利である)を参照試料に使用することで実用的にほぼ満足

な精度が実現できるという知見を得た。これらの成果は「標準化のための技術指針」としてデー

タベースに付属する情報として提供するため文書化した。

3. インタラクティブ閲覧システムの開発

データベースはWEBサーバ上に置かれ、そこで専用の閲覧表示用スクリプトが運用されてい

る。ユーザー側は汎用のWEBブラウザのみでデータの閲覧を行うことが出来る。自己の研究目

的で使用する範囲に限りデータをダウロードすることも可能で、任意のソフトウエアでデータを

扱うことが出来る。一部の分析装置に付属しているデータ処理用ソフトウエアでは、ダウンロー

ドしたデータを自分が測定したものと同様に扱うことが可能である。

2) 標準スペクトルデータの取得とデータベース化

a. データベース用スペクトル測定

第 1 期での前処理及び測定条件の 適化などの研究成果を踏まえ、第 2 期では XPS を重点に本

格的にデータベース用スペクトルデータの収集を推進した。同一金属について、試料が入手可能

な範囲でなるべく多種の化合物を測定するよう配慮した。試料の形態はペレット状の焼結体(特

定の物質を除きフルウチ化学製)を入手して測定することを基本にした。焼結体が入手困難な場

合や特にオージェ分析で帯電が除去しきれない場合などには、粉末をインジウム箔に包埋する方

法で測定した。測定した物質の一覧表を表 4.3.1 に示す。

XPS測定は産業技術総合研究所に設置された2台の測定装置(アルバックファイ製 ESCA

5500 及びVGサイエンティフィック製 ESCALAB220i XL )を使用した。XPSスペクトルは化学

状態分析の差異が顕著に反映するよう、高いエネルギー分解能の得られる単色光源によって測定

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Ⅲ-2-3-(44)

を行うようにした。ただし、一部の試料では十分な感度を得るためなどの理由で非単色光源も併

用した。どちらの装置も Al 単色X線源と Mg 非単色X線源を装備しており、ほとんどのスペクト

ルを Al 単色光源で取得した。これは線源の自然幅の影響を小さくすることで、よりエネルギー分

解能の高いスペクトルが得られ、化学状態の差異によるスペクトルの形状変化が容易に観測でき

るためである。ただし、実用分析では、それほど高いエネルギー分解能が必要なく、また目的成

分の濃度が低く感度が得られない場合など、非単色光源の方が適している場合もある。オージェ

スペクトルは同じく産総研に設置された、FE 電子銃と同心円筒アナライザを装備したアルバック

ファイ製 Auger680およびXPS測定に利用した ESCALAB 220i XL に本プロジェクトで購入した

走査型電子銃を装備したものを使用して測定した。電子励起オージェスペクトルは、100nm 程度

のビームを利用した微小領域分析が可能であるなどの特徴を有し、XPSスペクトルと並んで固

体材料の表面分析として重要であり、電子デバイス等の故障解析や微細加工材料の評価などの場

面で多用されている。そのため「電子分光スペクトルデータベース」としては、電子励起オージ

ェスペクトルも収録対象に含めることが妥当である、と判断して取り扱ったが、本研究課題のデ

ータベース開発計画においては、当該スペクトルは数値目標の対象外となっているため、上述の

スペクトル数および一覧表には含められていない。

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Ⅲ-2-3-(45)

b. 前処理に伴う試料の変質の軽減策

第 1 期に引き続き試料の表面汚染を除去する際に生じる問題の軽減策を検討した。電子分光分

析法は試料の表面近傍(おおむね表面から 20 nm 以内の領域)の状態だけを反映する分析法であ

表Ⅲ-2-3-2.1 データベース測定試料一覧

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Ⅲ-2-3-(46)

る。そのため、数原子層程度の吸着があっても、試料本来の情報がほとんど得られなくなってし

まう場合も少なからずある。通常は、試料の前処理として 1~5 keV 程度に加速したイオン(多く

の場合 Ar イオンが用いられる)ビームを試料の表面に照射して、表面の汚染物を吹き飛ばして取

り除く「イオンスパッタリング」が用いられる。ただし本法は条件によっては、表面の汚染物を

試料内部に「押し込む」ような現象や、試料表面近傍の層状構造などの試料の状態を変化させて

しまったり、イオン照射による変性でスペクトルの半値幅が広がるなどの影響が生じてしまった

りする場合がある。照射時間を汚染を除くために必要 小に抑制する様に配慮した上、イオンの

加速電圧や電流密度、イオン発生源として供給するアルゴンのガス分圧を変化させるなど測定条

件の 適化を試み、それによってこの問題を回避できた事例もあった。また試料の破断や引っ掻

き処理によって清浄なな表面を得る方法も試みた。破断直後の面は活性が高く再汚染されやすい

ので、真空中で破断を行うのが理想的だが、装置の構造上強度が高い無機化合物の真空中での破

断は行うことが出来なかった。大気中で破断した面を速やかに分析装置に導入し、短時間のスパ

ッタリングを行う方法は比較的有用と考えられる。真空中での引っ掻き法もいくつかの試料につ

いて有効なことが確かめられたが長期間継続して使用するには圧子を容易に交換できる構造の物

とする必要がある。本研究課題では、限られた期間内で多くの試料のスペクトルを取得する必要

があったため、研究の優先順位として清浄表面を得る手法の開発に多くの時間を費やすことは適

当ではないと判断された。そのため前処理法としては基本的にイオンスパッタリングを採用する

こととし、イオン銃の加速電圧やスパッタリング時間の管理でダメージを 小とするように配慮

して測定を実施した。

c. 試料帯電対策

第 2 期でも第 1 期の成果に基づき、既知の帯電対策を組み合わせて試料毎にケースバイケースで

適な条件の探索を行い、特にスペクトル形状の変化を引き起こす、分析領域内での不均一な帯

電が出来る限り生じないような条件での測定を行った。

図Ⅲ-2-3-2.4 絶縁試料の帯電防止用に銅製マスクを使用した例(試料:SiO2)

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Ⅲ-2-3-(47)

図Ⅲ-2-3-2.5 帯電防止用マスクを使用て測定したスペクトル例 左:中和電子銃の電流が不足し

ている場合。右:適正な運転条件で測定した場合。

XPS分析法においては、励起に荷電粒子ではなく電磁波(X 線)を使用し、電子の放出がと

もなう。そのため、外部からの電子補給がおこりにくい絶縁性の試料では電子不足状態となり、

試料表面は正に帯電しその結果スペクトルのピークエネルギーが変化する、あるいはスペクトル

そのものが変形する場合や、全く測定不能になる場合もある。この問題に対する対策として、中

和銃と呼ばれる低加速電子銃(加速電圧 1 eV~20 eV 程度)を用いて電子照射を行い不足する負

電荷を補う方法がよく用いられている。多くの試料でこの方法により効果的に補償可能であるこ

とから、XPSでの帯電の軽減は比較的容易であるとされている。低速電子照射は試料へのダメ

ージが軽微であることも、絶縁性試料のXPSスペクトル測定時の帯電補償法として有効である

とされている理由である。しかしながら実際の測定では試料ごとに電子銃の運転パラメータ(加

速電圧、電流等)の 適化を行っても、中和用電子銃の照射だけでは十分に電荷の補償を行えな

い場合が多々存在した。その様な場合にはX線照射エリアより少し広い 2 mm 四方程度の窓を開

けたアルミニウム箔または銅箔を用いた金属マスクあるいはステンレスや銅製のメッシュを試料

表面に装着した状態で中和電子銃の照射を行うことで、その効果が 良となるような測定条件を

見出してスペクトルの測定を行った。また、VGサイエンティフィック製 ESCALAB220i XL はX

PS測定の際に高感度を実現するため、静電レンズに加えて磁場レンズを併用出来るようになっ

ている。静電レンズだけを使用する場合は特に問題とならないが、磁場レンズを併用する場合に

は、レンズの発生する磁場が電子の軌道に干渉する場合があるので、運転条件に注意する必要が

あることが判明した。この点については装置メーカー側でも技術情報を有しており、メーカーに

相談することにより静電レンズの電極印加電圧と中和電子銃の加速電圧の 適値の決定法などの

情報を得ることが出来た。磁場レンズを使用しないと感度が 1/4 以下に低下するが、磁場レンズ

を使用した状態で十分な帯電補償が行えない場合には静電レンズモードに切り替えて測定を行っ

た。

一方、電子励起オージェ分析の場合においては、励起・検出とも電子を使用するためそのバラ

ンスにより正または負いずれの帯電が生じる場合も存在する。一定電圧の電子ビームを同一の電

流値で照射しても試料の表面状態及び電子の入射角などが影響して、帯電の程度が変わってくる。

そのため帯電対策としては試料の角度を変化させて 適値を探索する方法が用いられる。また数

十 eV の低速イオンを照射したり、イオン銃を運転せずに微量のアルゴンガスを導入して真空度を

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Ⅲ-2-3-(48)

低下させる、などの方法も一部の試料では有効であった。(この場合、何らかの理由で導入された

アルゴンがイオン化して、帯電の緩和に寄与しているいることも考えられる。)いずれの場合でも、

帯電補償の 適条件は試料や分析装置ごとに大きく異なっており、 適な帯電防止条件という点

について汎用的な解決策を示すことは出来なかったが、適正条件の探索方法及び確認方法につい

ては一定の知見が得られたので、とりまとめを進めている「標準化のための技術指針」の中に含

めて、分析ユーザーの利便をはかることとした。

実際にデータベース用スペクトルデータの測定を行う際に、汚染物質を十分除去するまでスパ

ッタリングを行うとスペクトルが変化したり、測定条件の 適化だけでは十分に帯電を除去する

ことが困難であったりする試料も少なからずあった。これらについては、問題をできるだけ軽減

するよう条件の 適化に努力したが、一部の物質については、十分に帯電が除去できていないこ

とや汚染ピークが共存することを明記した形でデータベースに収録することした。

3) 電子分光法の標準化のための諸検討

電子分光分析は固体中の電子の移動を含む過程が使用されるため、表面から 20 nm 程度までの

非常に浅い領域の情報を得るため試料の表面状態などによりスペクトルの形状が大きく変化し

「理想的なスペクトル形状」がどのようなものであるか、ということも十分には理解されていな

い。研究経過の項で述べたように実際に取得されるスペクトルは、本来の測定目的である「真の

ピーク」に固体内で非弾性散乱過程を経てエネルギーを失った電子や、それらが固体中の原子を

再励起して発生した電子さらに測定機器内での電子の散乱などで発生する偽の成分といったバッ

クグラウンドやノイズと総称される成分が重畳した形で得られる。試料中の定量対象元素の存在

量は電子ピークの面積から得られるが、正確な定量分析を行うためにはバックグラウンドと真の

ピークを正確に分離する必要がある。このバックグラウンドの形状は試料中の目的元素の存在状

態や分析装置を構成する各要素の幾何学的配置など様々な要因により変化するため、それを正確

に決定し分離するためには詳細な検討が必要となる。この点については 4)で述べる。データベー

ス収録用スペクトルデータの取得と併行して、標準スペクトルを利用した定性・定量分析に不可

欠なエネルギー軸校正技術および強度軸(分光器透過関数)補正手法に関する研究を行った。こ

の成果は本プロジェクトの成果情報として提供するため、「技術指針」として文書化をすすめてい

る。

a. エネルギー軸の校正

エネルギー軸校正については ISO 15472 に基づき測定された純金属の結合エネルギー値が所定

のエネルギー値に対してどれだけの偏差をもつか、という方法で評価するのが一般的である。本

規格に準拠した校正を実施することで、通常XPS分析に使用される結合エネルギー0~1000 eV

程度の範囲内にあるピークについて、0.1 eV 程度の実用的な精度で測定されたピークのエネルギ

ー値を校正することが出来る。校正は金銀銅の3種類の清浄な高純度金属を用意して、金及び銅

を用いて分光器の結合エネルギー目盛りのゼロ点及びスパンを決定し、銀を用いて直線性の確認

を行う、という方法で実施する。規格に従うと初期校正には3点での測定を7セット反復する必

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Ⅲ-2-3-(49)

要があり、おおよそ丸 1 日あるいはそれ以上の時間が必要となる。

実際に使用されているXPS分析装置のエネルギー軸校正について、産総研に設置された「知

的基盤部会分析分科会」の活動を通して公設研究機関約 20 所の協力を得て数年間に亘る分析技

術共同研究を行い、ISO に準拠した方法で比較実験を継続して行った。本共同研究の成果のうち、

初期の段階の部分については本プロジェクト第�期の報告書に掲載したが、その時点で「十分な

技量を有する測定者が適正に校正することで、製造後相当年数の経過した物も含め市販装置のほ

とんどで十分な再現性と直線性を確保できる」ということが確認できた。また、その後の継続し

た共同研究により、装置に大きな改変がない場合には、反復2回程度の簡便な校正を2~4ヶ月

を超えない間隔で行うことで、初期校正を行った直後と同様の精度を維持できることが確認され

た。

b. 強度軸の校正

分光器の透過関数とは、分析対象領域から単一の運動エネルギーをもつ一定量の電子が放出さ

れた場合に、検出される信号の強度が電子の運動エネルギーに対してどのように変化するか、を

記述した関数である。同一の装置であってもアナライザーの分解能や分析対象領域の広さを変化

させると透過関数の形状が変化する場合があるほか、装置の経年変化にも影響される。実際に装

置間の透過関数特性の差異を比較するには、清浄な純金属などを使用して、アナライザーの透過

エネルギー(分解能)を変化させたときの結合エネルギーの高いピークと低いピークの強度比を

プロットした物の形状を比較することが行われる。理想的な分光器ではこの強度比がパスエネル

ギーに依存せず一定値となるが、実際の装置では装置毎に異なる形状となる。低結合エネルギー

側として金 4f7/2 や銅 3p3/2 が、項結合エネルギー側としては銅 2p3/2 がよく用いられる。

市販の電子分光分析装置は、各社または各機種ごとに固有の設計方針によって感度や定量性な

ど様々な要因のバランスを配慮して製造されている。そのため機種毎に異なる透過特性率を持つ

ほか、同一個体であっても経年により透過特性は変化する。しかしながらその特性を定量的に把

握して記述する手法は十分には確立していない。また前述のように本法は試料の表面から 20 nm

程度までの領域のみに感度を有しているため、汚染や損傷など表面のわずかな変質もスペクトル

の形状を大きく変化させてしまう。これらのことが「真のピーク」の形状や正確な強度を知るこ

とを困難にしている。実用上は 初から高い精度での定量性は得られないことを承知で使用して

いたり、定量が必要な場合には類似の条件でのデータの相対比較に限定して使用するため、この

問題が顕在化しないで済んでいる事例が多いというのが現状である。強度軸校正に際しては、装

置の応答直線性を確認することと、透過関数補正を行うことの2点が重要となる。応答直線性に

ついては十分整備された市販装置を適正な運転条件で使用する限り深刻な影響は生じないと考え

るが、測定対象ピーク以外に由来するバックグラウンドが高い場合や検出器の経年劣化で高計数

率での応答が低下している場合などに注意が必要である。

強度軸についても、公設機関や装置メーカーなどの民間企業の協力を得て、異なる4社の製造

した装置について透過関数特性を評価するためのデータを収集し検討を行った。その結果、図

Ⅲ-2-3-2.6 に示すように、メーカーごとに装置の設計の差異を反映したと考えられる透過関数の差

異が認められた。

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Ⅲ-2-3-(50)

本研究で収集されたデータを解析した結果、装置の運転が適切な条件で行われて直線性が確保

されていることを確かめた上で、複数のピークを有する参照試料を測定することで実用的にほぼ

満足な精度が実現できるという知見を得た。この目的には遷移金属などが適しており、実用的に

は銅が便利である。更に精度が必要な場合は、手数は掛かるが複数の参照試料を用いることで、

透過関数補正の精度を上げられることも確認した。

そして、減速比{=(検出するピークの運動エネルギー)/(アナライザの透過エネルギー)}

が著しく大きいか小さい(おおむね 10~100 の範囲を外れる)とき、透過関数の影響が顕著とな

り、実用的な定量分析でも無視できないほどになる、ということが判明した。具体的には「運動

エネルギーの大きなピークを高い分解能で測定したとき」および、逆に「運動エネルギーの小さ

いピークを低分解能で測定したとき」がこのケースにあてはまり、装置透過関数のピーク強度へ

の影響が無視できなくなる。

図Ⅲ-2-3-2.6 異なる4メーカーの装置で比較した透過関数特性

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Ⅲ-2-3-(51)

図Ⅲ-2-3-2.7 簡素化した関数で記述した近似透過関数の例(ULVAC-PHI 5500 型装置での測定デー

タによる)

この問題については一定の補正式を用いることで実用的な解決が可能であることが示された。

図Ⅲ-2-3-2.7 に単純化した透過関数の一例を示す。この近似透過関数はなめらかに接続された指数

関数と一次関数のみで記述されている。金銀銅の3点のピーク強度の実測結果を関数にあてはめ

て、係数を決定することで近似式が得られる。データベースに収録されているスペクトルのほと

んどは、このような荒い近似で透過関数を記述しても影響が比較的軽微になるような条件で測定

されていると考えてよい。またユーザーの使用する測定条件も、特に結合エネルギーの高い遷移

を測定する場合や、特に高い感度を得るためエネルギー分解能を低くして測定するような場合を

除き簡易的な透過関数補正で十分な精度が得られることが判った。

c. 電子分光分析の標準化のための技術指針作成

この様な背景から、データベースとして蓄積するデータの取得と併せて、標準スペクトルを利

用した定性・定量分析を行う際に必要な情報を提供する態勢を整えてきた。電子分光分析ユーザ

ーが本研究で構築された標準スペクトルデータベースを用いて自らの測定したデータと比較する

ことが可能となるようにするための技術情報を「標準化に向けた技術指針」としてとりまとめる

研究を進めている。

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Ⅲ-2-3-(52)

4) WEBサーバー上でのスペクトルデータベース閲覧環境の提供

本研究課題で開発したデータベースは UNIX ベースのレンタルサーバ上で稼働させている。本

システムではWEBサーバー上にスペクトルデータファイルとPHP言語を使用して記述された

データベースアクセス用のスクリプトを格納し、HTTPによりインターネット上に公開してい

る。ユーザーはブラウザ画面上で登録された物質の中から希望する物質を選択することで、目的

のスペクトルを画面上に表示させることが出来るようなシステムとした。物質の選択に際しては

周期表から元素を選択した上、その元素を含むデータの収録された化合物のリストを表示してそ

図Ⅲ-2-3-2.8 データベースサーバーの入口画面のイメージ。(試作版に付き公開運用される物

と一部仕様が異なります。)

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Ⅲ-2-3-(53)

の中から目的のスペクトルを表示するようにした。またスペクトルの部分拡大や重ね書きなどの

機能を搭載した。

図Ⅲ-2-3-2.10 スペクトルの重ね書き表示画面の一例。エネルギー範囲を任意に変更して一部

分を拡大することもできる。

図Ⅲ-2-3-2.9 元素周期表からの選択画面(試作版)

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Ⅲ-2-3-(54)

全ての処理をサーバー側で行い、ユーザー側では汎用 WEB ブラウザのみを用意することでデ

ータの閲覧を行うことが出来るような構成にした。国際標準 ISO14976 に準拠した形式でデータ

が公開用サーバーに掲載されているので、ローカル環境にダウンロードしたデータを対応ソフト

ウエアで表示するような利用形態も想定している。ISO14976 に対応したハンドリング用ソフトウ

エアとしては「表面分析研究会」から無料で頒布されている COMPRO など がある。市販の分析

装置に付属しているデータ処理用ソフトウエアでも扱うことが可能なものがある。

5) 成果のまとめ

電子分光分析ユーザーが参照標準として利用しうる電子分光スペクトルを集積したデータベー

スの構築を行い、無機化合物を中心に 22 元素の化合物等 52 物質のスペクトル 500 本余りをデー

タベース化した。データの量や標準スペクトルとしての品質については実用的に一定のニーズに

対応できる物となっていると考えている。

データベースを構築するのに必要な、清浄表面のスペクトルデータを取得するために、既存の

XPSおよびオージェ分光分析装置を用いて金属およびその酸化物、窒化物、炭化物などの無機

化合物について、高精度スペクトルの取得技術を開発した。具体的には試料帯電の除去方法につ

いて検討を行うとともに従来から用いられている、イオンスパッタリング法のスペクトル形状へ

の影響について定量的に検討し、スパッタリング条件の適正化についてノウハウを得た。あわせ

て、いくつかの試料についてイオンスパッタリング以外の前処理法を試み、その実用性の検討を

行った。データベースに収録されたスペクトルはこれらの成果を反映したものである。本研究で

得られた成果は他の研究課題で同様のデータ取得を行う際に有効に活用されることが期待される。

また装置のエネルギー軸校正及び透過関数評価の手法について検討を行い、その成果を踏まえ

高精度の定性・定量分析の際に参照スペクトルとしてデータベースを利用するために必要な技術

情報について、「標準化のための技術指針」として取りまとめた。当文書は将来的に ISO など何ら

かの規格の提案を行う際に基礎となることが期待される。

開発したデータベースをインターネット経由でユーザーがWEBブラウザを使用して閲覧表示

するためのインタラクティブな表示ソフトウエアの開発を行い、サーバーに実装して運用を開始

した。表示ソフトウエアには元素周期表からのスペクトル選択やスペクトルの部分拡大・重ね書

き表示などの機能を装備しユーザーの利便を図った。データベース収録データ及び表示用ソフト

ウエアについては本課題終了後も経常的に増補・更新を継続する。

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Ⅲ-2-3-(55)

2.3.2.2 (3-b)バックグラウンド解析法の開発

(1) 概要

精密化校正技術では減衰長さに注目しているが、これは、信号の強度の絶対値の校正に関係して

いる。減衰長さは本方法で求まる損失関数の絶対値を規定しているため科学的にも本方法とは相

補的な関係がある。また、標準スペクトルデータベースでは、電子分光スペクトルの信頼できる

データを求める実験的手法の吟味を行うが、本方法では、結果得られた信頼できるデータのその

先の処理で系から情報を導き出そうとする。このように、本方法は他の 2 項目とあわせることに

より、表面分析の高度化に重要な部分をカバーすることになる。

本項目には以下の 3 つの目標が含まれる。 ④ 実スペクトル解析と非弾性散乱データベース

⑤ 非一様試料、より難しいデータへの拡張アルゴリズム開発

⑥ エンドユーザー使用のための解析プログラムの公開と改良

④ 実スペクトル解析と非弾性散乱データベース

目標 b.で行ったアルゴリズム開発に伴い実際に解析したデータが蓄積されている。ただし、アルゴリズム

改良に伴い同じ試料に対する結果も更新を要するため、現在は、最新のバージョンでの結果を誌上発表

用にまとめているところ。これら結果は研究のオリジナリティにかかわる部分があるので、発表後に標準ス

ペクトルデータベースと同様に公開する。

⑤非一様試料、より難しいデータへの拡張アルゴリズム開発

拡張アルゴリズム開発の必要性は次の 2 点による。ひとつは対象自体の難易度で、ピークの形状、分解

能、その他、解析が容易なものから困難なものまで多岐にわたる。他の一つは、アルゴリズムの収束性能

にかかわるもので、収束の早さ、安定性、などである。開発過程において、これらの開発、コーディングに

は最も多くの時間を費やした。

⑥エンドユーザー使用のための解析プログラムの公開と改良

こうして開発されたものは、実際に使用されないと意味がないので、開発に用いているものとほ

ぼ同じ機能を有するバージョンのプログラムをネット上で公開することにした。

以下、(4)節では⑤の、(5)節では⑥の、(6)節では④の結果を主に述べる。

(2)開発経緯と現在の機能

バックグラウンド 適化法の発端は 1994 年に遡る 1)。当初 XPS スペクトル上の軌道角運動量 l ≥

1 の閉殻順位(p, d, f ,,) のみを対象にしており、また、扱うピークの定義範囲や相対強度比も既知

の場合に限られた。また、データも十分高い分解能で測定されている必要があった。その後、本

プロジェクト発足時までには損失関数の取り扱い方法と収束アルゴリズムの改良が行われた 2)。

さらにその後アルゴリズム改良と仕様拡張を経て現在の形になった。この変遷を表1にまとめた。

なお、具体的な新機能に固有でないためにこの表には現れていないが、細かなコードの改良によ

る収束性の向上に相当の労力が費やされている。

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Ⅲ-2-3-(56)

本方法は、図Ⅲ-2-3-3.1 に示すように、固体内から発生する光電子およびオージェ電子ピークに

付随するバックグラウンド成分の除去に用いる。この図では励起源として X 線または電子ビーム

図Ⅲ-2-3-3.1

表Ⅲ-2-3-3.1

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Ⅲ-2-3-(57)

を想定しているが、本解析法はこれらに固有の性質を用いないため、陽電子プローブの場合のオ

ージェピークなど、他の励起源を用いたスペクトルも解析可能と期待される。解析には同じ元素

に属する 2 本以上の異なるピーク領域(Peak と定義)の組が必要である。各 Peak が実際に 2

本以上の通常の意味でのピークを含むことは構わない。(図の例では光電子ピークが 2 本であるの

に対し、オージェピークは 3 本あると仮定している。この場合、片方の Peak には 2 本のピーク

が含まれる。)一般にこれらのピークの位置の信号強度は以下の 3 つの成分からなる。1) エネ

ルギー損失を受けない no-loss 部分、2)本来 no-loss ピークであったものが固体中で散乱されて

エネルギーを失った非弾性バックグラウンド、3)偶然エネルギーが一致しているが、そのピー

クに由来しない成分(無関係バックグラウンド)。本方法はこれら 3 成分を分離するために開発さ

れた。ただし現状3)の分離は非常に限定的である。この方法で解析できない領域を図中に示し

た。まず、ごく運動エネルギーの低い左端の領域はスペクトルの勾配が極めて急になり、また信

頼すべき IMFP 値が得がたいので、現状では解析が困難である。電子ビーム励起 AES における弾

性散乱ピーク近傍は、ピークが 1 本しか存在せず、また、そのピークが固体中で発生したもので

ないために手法の適用範囲外である。これらの両極の間に同じ元素に属する複数のピークがあれ

ば解析を試みることができる。分解能に関する要求は緩く、精密測定の前段階で行う survey scan

程度のデータでも解析可能である。ただし、後述するように実際の問題の難しさはケースバイケ

ースである。

(3)問題の難易度

実際のスペクトルではピークの本数、形状、無関係バックグラウンドの形状、予想される元素

分布などによって、扱う問題の難しさは大きく異なる。これを図Ⅲ-2-3-3.2 に示す。 初は図の

図Ⅲ-2-3-3.2

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Ⅲ-2-3-(58)

右上、ピーク形状が単純で、高分解能のデータのみが解析可能であったが、次第に複雑な場合が

適用可能になってきた。言うまでもなく、高い分解能でピーク形状が単純な場合がもっとも簡単

である。ピークの幅の増加、含まれるピーク数の増加、無関係部分の影響の増加はどれも解を求

めるのを難しくする。表Ⅲ-2-3-3.1 には明示されないが、より安定したアルゴリズムに向けての改

良が全開発工程での も大きな部分を占めている。

(4)アルゴリズム

この節では本方法の原理を簡潔に説明する。まず「真のスペクトル」が普遍的に持つべき性質

を抽出し、それを 適化問題に定式化する。1)ではアルゴリズムの基本部分を、2)では拡張

部分について解説する。2) 後半 I(E) の変数化以降が目標�に対応する新しく開発された部分で

ある。

1)基本的仮説と 適化コードへの翻訳

いま分析器の透過特性が補正された「真のスペクトル」が与えられたとする。このスペクト

ル中のあるピークに着目すると、全信号強度 Jtotal(E)は、先に述べたように、no-loss 部分 J(E)、非

弾性散乱部分 g(E), 及び無関係部分 I(E)の和である。ピークに関係する部分を改めて

J0(E) ≡ J(E)+g(E) (3.3.1)

と書くと、

Jtotal(E) = J0(E) + I(E) (3.3.2)

となる

ここで、E は観測する運動エネルギーである。ひとまず I(E)が何らかの方法で正しく除去できた

とすると、J0, J と g の間には次の式が成り立つ。

EdEEKEJEgE

′′′= ∫∞

),()()( 0 (3.3.3)

)()(/)()( 0 EgEEJEJ −= λ (3.3.4)

ここで、λ(E) は運動エネルギーE の電子の非弾性平均自由行程である。また K(E', E) は電子がエ

ネルギーE' から E ( < E') へ非弾性散乱される(エネルギーを失う)確率を電子の単位走行距離、

単位時間であらわしたもので、ここでは損失関数と呼ぶ。一般に固体の誘電率をε としたとき、

Im[-1/ε] を損失関数と呼ぶが、これがバルクの値であるのに対し、K は表面近傍の影響を取り入

れた量と考えられる。K はさらに初期エネルギーE' に依存する項と、エネルギー差 (E'-E)のみ

を含む項に分離できると仮定する。

)()(

1),( 0 EEKE

EEK −′′

=′λ

(3.3.5)

本方法はλ は別途与えられるものとし、規格化された部分 K0 の関数形状を求める。よく知られ

ているように、λ の運動エネルギー依存性(E > 100 eV)は単調であるのに対し、K0 は(E'-E)の複

雑な関数であるためこの分離が正当化される。K0 をエネルギー損失(E'-E) に対してプロットした

ときのピークは系にそのエネルギー値に対応する励起が存在することを意味する。すなわち物性

の指紋に相当する。K0 はこのように物質固有の量であるから、一般には未知である。したがって、

このままでは式(3.3.3) の積分は計算できない。非弾性散乱を扱う通常のアプローチでは K0(ま

たは K)を他の計算や実験で別途求める必要があるのに対し、本方法の 大の特長は未知な K0の

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Ⅲ-2-3-(59)

形状を計算の中で同時に探索する点にある。実際の計算では適当な K0の初期形状から出発し、条

件をよりよく満たすようにこの関数を変形し、もはや改善されなくなった時点で計算を終了する。

次にこの定式化を具体的に説明する。K0は未知であるが、もし、真の K0が見つかり、式*で正

しいバックグラウンド除去が行われたとすると、除去後のスペクトル J(E)がどのようなものにな

るかを考えると、以下に挙げる4点はどのようなスペクトルであろうと成り立っていると期待さ

れ、各々の項にあるような、 適化問題に適合した数量に翻訳される。

1)仮定によって J(E)には 低2つのピークが含まれる(バックグラウンド除去した後のno-loss ピ

ーク)。これを Peak1, Peak2、それらのピーク面積強度を A1, A2 とする。A1, A2 は no-loss ピーク

のそれであるから原子の光電子励起確率や、オージェ電子放出確率に比例しているはずである。

これから得られる Peak1, Peak2 の真の強度比が S:1 とすると A1:A2=S:1 になるであろう。K の関

数 P を次のように定義すると、真のバックグラウンドが引かれたときは0( 小)になるのが明

らかである。

01

)( 12 →−≡SAAKP (3.3.6)

すなわち、真の K、K0 はこの式を0にする関数の中から選ばれる。

2)こうして真の J(E) から計算されたあるピークの面積 A と、元のスペクトル J0(E)から推定で

きるおなじピークの面積 A0を比べてみる。ただし、後者は本方法によらない簡単な計算で見積も

ったものとする。たとえば、バックグラウンドを、ピーク両端を結ぶ直線で近似した場合の面積

である。これら二つを比べると、もし実際に no-loss ピークであるなら、A と A0 は等しくはない

ものの、極端な大小関係にはならないと期待できる。たとえば A = 0.01 A0 なら、no-loss ピーク

は無いに等しい。また一方 A >2A0 となることも実際上考えにくい。このように、A が大きさの

程度として、A0とそんなに違わないことを次のような不等式で表現する。

0)(0

, ≥−≡ LLR R

AAKc (3.3.7),

0)(0

. ≥−≡AARKc U

UR (3.3.8)

RU, RL は、A0で規格化したときの A として許される上限(Upper Limit)、下限(Lower Limit)の値

である。与えられた RU, RL に対し、上式は K が満たすべき拘束条件となる。これらの値はや

はり不明であるが、定義よりその可能な範囲はごく狭いと期待される。たとえば RL >> 1 , RU >>

2 は考えにくい。また、もちろん、RL < RU でなければ意味が無い。

3)仮定によって、Peak1, Peak2 と同様に、これらの低運動エネルギー側にピーク強度の期待で

きない領域があり、Tail と呼ぶ。この部分の絶対値の面積

∫=Tail

dEEJQ )( (3.3.9)

を考えると、顕著なピークがないからこの値は大きくならない。ただし、小さいものの連続的な

intrinsic な no-loss ピーク(サテライトによる)がありうるから0になる必要はない。また、この

領域の幅が長く取られれば、A0 より大きな値になることもありうる。ここで絶対値を取っている

のは大きな正負の打消しで積分が見かけ上小さくなる場合を排除するためである。この上限を QU

とすると、前項と同様に

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Ⅲ-2-3-(60)

0)(0

, ≥−≡AQQKc U

UQ (3.3.10)

という条件が得られる。

4)J(E)は no-loss ピークの強度であるから物理的に負になることはない。したがって

∫ =≡ 0))(,0min()( dEEJKcneg (3.3.11)

であるといえる。

以上をまとめると、真のスペクトルと K0 を探す問題は、拘束条件 (3.3.7, 3.3.8, 3.3.10, 3.3.11)

のもとでの関数 P の 小化問題として定式化されたことになる。この概要を図Ⅲ-2-3-3.3 にまと

めた。

ここまでの式で関数の引数を K と書いたが、この意味を説明する。上記関数群は K、すなわ

ち K0の形が決まると値が決まるものである。したがって、この K はその形状を決める変数をまと

めて表したものである。形状を表す変数は図Ⅲ-2-3-3.4 のようにとると も単純で、任意の形状

を表現できる。離散的な損失エネルギーの値 ΔE、2ΔE, .. ,n*ΔE に対するK0の値 K01, K0

2, .. K0n, ..

とし、K0 をこれらの点を結んだ折れ線で表す。折れ線とは粗い近似のように見えるが、スペク

トルデータも点の集まりであり、ΔE をデータ点の間隔に等しくとれば、現データから望みうる

も詳細な近似になるからこれで十分である。この変数の個数は K0の有効な範囲をカバーするか

ら数十から数百程度になる。このように、K の形状を表す変数を {K0i, i=1,2, ...} と定義すると、

上記 P, c の意味が明らかになった。

図Ⅲ-2-3-3.3

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Ⅲ-2-3-(61)

(5)アルゴリズムの拡張(I(E)以降の結果が目標⑤に対応)

も主要な変数は上記 K0i だが他の変数も存在する。ただし、上の式では煩雑を避けるため

に省略されている。これら残りの変数について説明する。

式 (3.3.6 - 11) を完全に計算するために決めなければいけない量は次の通りであるが、どれも

未知試料に対しては未知である。そこで、それぞれに以下のような対処をとる。

Peak, Tail , A0 の範囲: 適化変数化

Peak, Tail などの範囲は、ピークが十分細く、重なってない場合には自明に見えるが、通常測

定される分解能の元では完全に分離されないのが普通である。したがって境界の位置が前もって

知られているとは言えない。そこでこれらの境界のうち、明確でないものを適当な初期値を出発

点とする 適化変数とする。

ピーク強度比 S: 適化変数化

ピーク強度比 S は原子の励起断面積の比に近いものと予想されるが、ピークの重なりや電子放出

の空間的異方性を考慮すると、あらかじめ定められた境界に挟まれた部分の面積強度がちょうど

に比例するとは必ずしも言えない。そこで S を 適化変数にする。初期値は 適化しない単純な

バックグラウンド除去法(直線法など)でもとめた同じピークの比の値とする。

I(E) の形状: 適化変数化

I(E) は今考えているピークと無関係であり、原因もさまざまであるからその形状はわからない。

これも 適化変数化を試みる。形状の変数化は損失関数の場合と同様にとる。

定数 RU, RL, QU :一括計算のパラメータ化

定数 RU, RL, QU もそれぞれの問題によって適当な値があると予想されるがあらかじめ知られては

いない。これらは 適化変数にするのは現状では難しい。それは、たとえば RU, QUを十分大きく、

RL=0 とすると明らかに条件式 (3.3.7, 3.3.8,3.3. 10,3.3. 11) がすべて満たされてしまうからである。

このとき、解の適切性の判定ができないので意味のある解に収束しなくなる。ここでは、代わり

図Ⅲ-2-3-3.4

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Ⅲ-2-3-(62)

に、これらの適当な値の組を系統的・網羅的に生成し、それぞれに対し 適化計算を一括処理で

行うことにした。ピーク面積は A0を基準に測るから、RU >2 , RL >1 などとなる可能性は小さい。

つまり、正しいバックグラウンド除去後のピークが見かけより非常に大きくなることは考えにく

い。また RU< 0.1 となることもあまり起こらないであろう。すなわち、除去後のピークがほとん

どなくなるなら、そのピークはすべてエネルギー損失の結果の可能性が高い。 QU についても同

様である。これらのことから、これら定数の取りうる上限は高々2の程度であることがわかる。

このようにして、たとえば、RL=0.4, 0.6, 0.8, RU=0.5, 0.7, 0.9, 1.1, QU=0.4, 0.6, 0.8, 1.0 とすると 36

種類の組み合わせができる。ただし、RU ≤ RL の場合は意味が無いので除外した。この各々の値の

組に対する条件式 (7, 8, 10, 11) を拘束条件として問題を解き、その結果を比べる(図Ⅲ-2-3-3.5)。

このように系統的な概観を行うとおおよそ次のような傾向があることがわかった。上限 RU, QU

が大きいときは解に対する制限が緩やかなので、 適化が進行せず、ほとんど、初期値のままと

どまる。逆に小さいときは制限が激しくなり、ピークの大半が除去されてしまう。RL が大きいと

きは、満たす条件が見つからず 適化はほとんど行われない。これらの値が適当な範囲にあると、

損失関数の形状に物質に特徴的な励起構造が出現し、バックグラウンドも良好に除去される。す

なわち、解析の初めには、試料の物性に関して特段の仮定をしないのにも関わらず、結果にその

物質固有の情報が現れる。

ここまで、値が不明の因子を扱う方法について述べたが、もちろん、不明な因子が多いほど計算

は難しくなる。とくに I(E)を再現性求めるのは依然として難しい。信頼できる値があるなら変数

化せずにそれを用いることが推奨される。

図Ⅲ-2-3-3.5

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Ⅲ-2-3-(63)

(6)プログラムと使用法(目標⑥)

1) プログラム解析手順

公開したプログラムとヘルプファイルはサイト

http://nano.s102.xrea.com/xps/xps_program_form.html

から自由にダウンロードできる 4)。ただし、名前、所属、電子メールアドレスの入力が必要。(図

Ⅲ-2-3-3.6)

プログラムはグラフィカルユーザーインターフェース (GUI) と計算エンジン(Optimizer) か

らなる。前者は通常のウィンドウズプログラム、後者は DOS コマンドプロンプトで動作する。

扱えるデータサイズの大きさは、初期化ファイルの中で変更でき、メモリの許す限り無制限であ

る。また、パフォーマンスが許す限り、複数の計算を同時に行うことも可能。GUI ではコアとな

る 適化計算以外の必要な機能をすべて持つもので、当所において独自に開発してきたものであ

る。計算エンジンは福島による、逐次 2 次近似法(Successive Quadratic Programming)ルーチン 3)

を、本問題用に改造したもので、 適化に関わる関数の計算部分は当所においてコーディングさ

れたが、解の探索アルゴリズム本体はオリジナルの通りである。

図Ⅲ-2-3-3.6

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Ⅲ-2-3-(64)

一連の解析の流れを図Ⅲ-2-3-3.7 にまとめた。

全体はステップ 0 - 13 から成る。以下のステップは何度でも繰り返すことができる。一括計算で

は 10 - 12 が繰り返される。

ステップ0:GUI プログラムが立ち上がるときファイルサイズなどのパラメータを初期化ファイ

ルよりロード。初期化ファイルは通常の Windows の ini ファイルなので、ユーザーが好みの値

に設定可能。

ステップ1:必要に応じて分析装置固有のデータファイルを直接プログラムがロードできるフォ

ーマット(npl フォーマット)に一括変換。

ステップ2:新しく解析を始める場合は npl フォーマットのファイルをロード。

ステップ3:過去に一度解析したデータ(独自のデータフォーマット)を再読み込み。

ステップ4:新しいデータの場合、分光器の透過関数補正を行い、補正したデータを生成。

ステップ5:式5で用いる非弾性平均自由行程(IMFP) を設定。

ステップ6:Peak, Tail 等の初期範囲、初期 S、必要に応じて一括計算用パラメータを設定。境界、

S を変数にする場合にはそれを指定。

ステップ7:損失関数の初期形状を設定。

ステップ8:I(E)を変数とする場合に初期形を設定。

ステップ9:すべての計算条件をファイルに保存して、 適化エンジンを起動。

図Ⅲ-2-3-3.7

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Ⅲ-2-3-(65)

ステップ10: 適化エンジン(DOS プログラム)が計算を実行。

ステップ11:結果を一時ファイルに保存。GUI が結果を再読み込み。

ステップ12:結果を再利用可能な形式で保存。

ステップ13:必要に応じて結果をエクセルに自動転送して吟味。現在のバージョンでは、結果

の印刷や詳しいグラフ化はエクセルを通じて行うことを想定している。

2) プログラムの付加機能

プログラムの主な機能を表Ⅲ-2-3-3.2 にまとめた。その多くは、バックグラウンド 適化に必要な

ものであるが、他の目的にも使える付加的機能も含まれる。主なものは以下の通り。

npl ファイルへのフォーマット変換:現在PHI 社の ネイティブフォーマットである、 *.pcs, *.spe

フォーマットのファイルを一括して npl フォーマットに自動で変換できる。

npl ファイルビューア:npl フォーマットのファイルをメモリの許す限りひとつの GUI 内にロー

ドして閲覧できる。このとき、画面上の任意の部分の拡大表示ができる。

npl ファイル測定条件の一括整理:ファイル内の測定条件に関係する部分、エネルギー範囲、ス

テップサイズ、などを一括してエクセルに転送できる。これにより、大量のファイルがあるとき

の整理が簡単になる。

スペクトルへの演算:1 つまたは 2 つのスペクトルデータに対して、点ごとの演算を数式、また

はスプライン関数を用いて行う。

スペクトルを j(E), j1(E), j2(E) と書くと、点毎に,

1 つのスペクトルの場合

表Ⅲ-2-3-3.2

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Ⅲ-2-3-(66)

f(E)*j(E)+const(E)

2 つのスペクトルの場合

f1(E)*j1(E)+f2(E)*j2(E) +const(E)

を計算して結果を保存する。

f, f1, f2, const には、関数として sin, cos, arctan, tan, sqr, exp, log, abs, step、及び、同じ点での与えら

れたスプライン関数の値を用いた任意の数式が使える。スペクトル固有の値としては、その点の

運動エネルギーのほか、領域の両端のエネルギー値、 大、 小、IMFP, パスエネルギーなども

使えるので、ほとんどどのような変形も可能である。これを使うと例えば、透過関数補正の式が

複雑なときにも対応できる。

領域の複製:読み込んだスペクトル領域が広すぎるとき、望みのエネルギー範囲のみを複製でき

る。

データの間引き:データ点が不必要に稠密でステップサイズが小さいとき、データ点を間引いて

粗い系列を生成。例 0.01 eV step のデータ点を間引いて 0.1 eV step にする。

(6)結果(目標④)

1) 一括計算による予備知識を用いない解析 - 予備知識不要の解析へ向けて

本方法では系に関する情報をできるだけ用いないで問題を解くことを一貫した開発原理として

いる。この一見奇妙な発想の意味するところは何か。先に述べたように、よく信頼できる物質固

有の情報、たとえば、ピークの完全な形と強度、がわかっている場合はそれを利用できる。しか

しながら、情報が完全に知られた試料はもはや分析する必要がないのは明らかである。(物理の問

題としては、知識を総動員して、対象を詳しく調べるのは正しいが、それではひとつの物質に対

しても膨大な時間を費やすことになる。)そもそも対象を分析するのはそこに未知の部分があるか

らである。表面分析では表面の物性が問題となるあらゆるタイプの試料を扱い、その表面近傍の

元素分布もバルクと同じではないことが普通である。また、同じ製法で作った試料も表面近傍の

状態までまったく同じになっていることはほとんどあり得ないことである。加えて清浄化などの

影響もある。これらの事情により、表面分析の試料は、たとえバルク組成や設計上の構造が同じ

でも試料ごとに違うものと考える必要がある。本方法のアプローチはこのような状況でも使える

ことを想定して開発された。

図Ⅲ-2-3-3.8, 図Ⅲ-2-3-3.9 に実例を示す。金属 Ni の 2p3/2 と 2p1/2 ピークを用いて計算し

た。A0 は小さい方 2p1/2 から計算する。Tail はこれらピークの左側の領域である。図Ⅲ-2-3-3.8

はこのときの定数パラメータの一括計算の各ジョブの値を示す。(ここで、パラメータ 'Linear

Search Step Width' についての説明は本報告書では省略した。これは 適化計算のアルゴリズムに

関するもので先に定義した RUなどとは意味合いが違う。計算の中で次の繰り返し点を探索すると

きの 大の半径と考えればよい。)図に示すように RU, RL, QU は与えられた変域内を網羅的に

数えつくす。これらの各条件の結果を全てプロットすると図Ⅲ-2-3-3.9(a)のようになる。左側に損

失関数。右側にバックグラウンド除去後のピークを示す。それほど、大きく乱れているものはな

いが、2p ピーク近傍では強度が負になっている場合があることがわかる。これはバックグラウン

ド除去がうまくできなかったことを示している。ためしに、負になっている良くない場合のみを

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Ⅲ-2-3-(67)

図Ⅲ-2-3-3.8

図Ⅲ-2-3-3.9

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Ⅲ-2-3-(68)

除いて表示すると(b) となる。ここでは負になる部分が改善されるのみならず、そのほかの部分

の一致も良くなっているのが明らかである。注意すべきは今、バックグラウンドや、ピーク形状

に関する仮定は使わず、定数の変域にもとくに予断は持たず、ただ、負になる解を機械的に排除

するだけでこのような結果が得られた点である。もちろん、直ちにわかるように依然として不定

性は残っている。これはまだ吟味が足りないからであるが、少なくとも、予備知識なしでここま

で解析できることは驚くべきことである。

2) 非一様な系の解析

同じ解析を表面層のある物質 InGaP(1nm)/GaAs(bulk)の例で見る。この場合深さ方向に組成の変化

があるため、物質全体を一様だとする仮定は成り立たない。図Ⅲ-2-3-3.10 はこの系の Ga2p を使っ

て解析した図Ⅲ-2-3-3.9 と同様の図である。強度が負にならない場合を選び出すだけでひとつの結

果に収束するのがわかる。このとき損失関数 K0には明瞭にプラズモン位置のピークも認められる。

ところが、この K0を他のピークの存在するスペクトル全体に適用すると、決してバックグラウン

ドが良好に除去できない(図Ⅲ-2-3-3. 11)。特に In3d ピーク近傍がどうしても引かれ過ぎてし

まうのがわかる。これは、In が表面層にしかない元素であり、そのピークとバックグラウンドを

図Ⅲ-2-3-3.10

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Ⅲ-2-3-(69)

記述する損失関数は、試料全体に分布する Ga で求めたそれとは明確に異なることを意味してい

ると思われる。すなわち、二つの元素の分布が同じかどうかの判定が簡単な本解析からできるこ

とがわかる。

3) 元素濃度

ここでは、前節のような深さ方向の構造はなく、元素分布は一様である場合を考える。以前に行

われた純金属の解析では、あるピークを用いて求めた K0 は確かにスペクトル全体のバックグラ

ウンドを良好に除去することが示されている。同じことが 2 元系でも成り立つことを示すのが図

Ⅲ-2-3-3.12 である。多結晶炭化バナジウム表面を as-received の状態からイオンスパッタによって、

表面の汚染層を除去し、スペクトルが変化しなくなったところで、V2p ピークを使って解析した。

(a) はこのとき各ピークの面積を対応する原子の励起断面積で割り、さらに V2p 強度で規格化し

た。ただし、簡単のため V LMM オージェピークの断面積は1とおいた。(ここでは比の安定性

図Ⅲ-2-3-3.11

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Ⅲ-2-3-(70)

だけを考えている)条件を変えた一括計算の間、この比の値は安定している。このときのピーク

の絶対強度の変化は(b) でわかる。(b) の一番上が測定データ、下の二つが、異なるジョブの結果

を示している。V 2s, V LMM に着目するとピークの絶対強度が変わっているのがわかる。このよ

うに一括計算の定数による制限をうけてピークの強度は変わっているが、その比は保存されてい

る。つまり、ピークの比がこの方法で推定できる。

4) I(E)

I(E) の計算は も難しくこれまで述べた他の結果ほどクリアなものにはなっていない。これはし

ばしば Peak の強度と干渉してしまうからである。図Ⅲ-2-3-3.13 は先に示した InGaP/GaAs の Ga 2p

に対する I(E)の予備的結果である。(全ての結果をプロットした。)この結果には、Ga2p 直下の盛

り上がり、全体のばらつきなど、検討すべき点が多々あるが、左側低運動エネルギー側の発散傾

向や、Ga2p 以外のピークを I(E)の構造として同定する点などは、この手法の可能性を示唆してい

る。

図Ⅲ-2-3-3.12

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Ⅲ-2-3-(71)

5) 実データ解析

今まで解析を行っているもの物質系は以下の通り。

Ag3d; Au4f; Cu 2p; CuLMM; V2p; Cr2p; Al2p&2s; AlKLL;

Fe2p; FeVB; Ni2p;

VC V 2p; Cr3C2 Cr 2p; HfC Hf 2p;

InGaP/GaAs In 3p; InGaP/GaAs Ga 2p; InGaP/GaAs As LMM;

また、今後行う予定のものは以下の通り。

Ga, Mo, Pt, Si, Soot, Ta, W, Zn, VSi2, ITO, LiNbO3, MoC, MoS2, HfO2, SiO2

系の難易度については図Ⅲ-2-3-3.2 に示したとおり。純粋な金属は も易しいが、それ以外の場合

は具体的なピークの個数、幅、やその他の複雑さによりケースバイケースである。

(7) 調査出張

プロジェクト期間中、以下の調査出張を行い、そこで得た情報を開発の上でのヒントとした。

ECASIA** はヨーロッパで開催されるこの分野 大の学会である。 この分野のリーダーと呼べ

る研究者が多く参加している。参加者の中には本研究項目に関連する者も相当含まれ、彼らとの

議論が非常に参考になった。

2005 年 1 件

11th European Conference on Applications of Surface and Interface Analysis (ECASIA05), Vienna, Austria,

Sep. 26, 2005.

2007 年 1 件

12th European Conference on Applications of Surface and Interface Analysis (ECASIA07), Brussels,

Belgium, Sep. 13, 2007.

図Ⅲ-2-3-3.13

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Ⅲ-2-3-(72)

(8) 目標の達成状況と今後の課題

本項目にかかる目標は ④実スペクトル解析と非弾性散乱データベース

⑤非一様試料、より難しいデータへの拡張アルゴリズム開発

⑥エンドユーザー使用のための解析プログラムの公開と改良

の 3 つである。 特に⑤、⑥については世界レベルの技術開発を行えた。

④実スペクトル解析と非弾性散乱データベース

(6)5)節で述べたように、実スペクトル解析は順次行い、結果は蓄積されてきているが、各結果自体に研

究上のオリジナリティが含まれ、また、アルゴリズムの改良に伴い結果も変遷したので、一般公開は今後

論文発表を行ってからになる。その代わりに公開中のプログラムを使えば、ユーザーは同じ結果を得るこ

とができる。(3-a) で得られる非弾性平均自由行程を用いて確率の絶対値を求めることはできなかった。

これは、対象試料が次項の非一様な構造を持つものであるので、現状難しいためである。

今後の課題はできるだけ速やかに解析データの最終版を得て公開することである。

⑤非一様試料、より難しいデータへの拡張アルゴリズム開発

拡張アルゴリズム開発についてはすでに述べたように、予備知識なしの一括計算が可能になり、順調に

開発が進んだといえる。これは世界で唯一の技術である。非一様試料の解析については限定的であるが、

二つの異なる元素の解析結果を比べると同じか違うかを判定できる結果を得た。I(E)の解析にも前向き

の感触を得ている。

⑥エンドユーザー使用のための解析プログラムの公開と改良

すでに述べたように公開は完全達成されている。今までダウンロードされた件数は数件ほどと、

多くはないが、米国国立研究所、ヨーロッパの装置メーカも含まれている。ヘルプファイルを同

時に配布しているものの、その記述を理解することに相当の時間を要することが普及への大きな

障害になっていると認識している。さらに改訂するとともに、使いやすさの改良も行う。今後、

論文発表等により、より多くの読者の興味を惹き多くのユーザーの実用に供したいと考えている。

本方法の ISO 化、JIS 化の予定はいまのところない。これは、本技術がまだ「枯れて」いないから

である。ただ、ユーザーの増加に伴い、たとえば、解析対象に 適な初期条件や、パラメータの

設定法などに手順共通化の要望が出てくればそのときに検討されるかも知れない。

参考文献

1) M. Jo, Surf Sci. 320,191 (1994).

2) M. Jo, Surf. Interface Anal. 35, 729(2003)

3) M. Fukushima, Math. Program. 35, 253 (1986).

4) M. Jo, J. Surf. Anal., to be published

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Ⅲ-2-3-(73)

(2)達成状況と今後の課題 「表面深さ方向分析法の精密化」のサブテーマでは光電子分光法による定量分析の高精度化を

目的としてこれまで放射光を利用して光電子の有効減衰長を実験的に求める研究を行ってきた。

終目標として表面から 2 nm 以内の深さ方向分析を不確かさ 0.2 nm 以内で行うことを目標とし

て、Au および Al の有効減衰長をそれぞれ 100~1000eV の範囲で測定した。実験的に有効減衰長

を決定するためには薄膜試料の膜厚や表面の性状の評価することが大変重要であることから、試

料の表面状態の解析に関して、種々の評価手法を検討し 適な評価手順を開発することに力を入

れてきた。Au の薄膜の面密度を非破壊で定量するために X 線吸収端ジャンプ法を開発し、標準

液を用いて校正することにより国家標準にトレーサブルな手法として 1-50 nm の金薄膜の定量に

成功した。

Au の薄膜はナノメートルオーダーでは島状に分布していることがわかり、表面形状の影響の評

価をシミュレーションにより行った。今後は実用材料について精度をさらに向上させるために表

面の形状を考慮した解析技術の改良を行う。また、Alの薄膜については基板との間で相互作用や、

表面酸化、有機物汚染による影響があったため、これらの影響を定量的に評価することに務めた。

H19 年度になって、3.5 nm のシリコン酸化膜の薄膜について NMIJ 認証標準物質が開発され、

これを用いてシリコン酸化物の有効減衰長を決定することにより国家標準にトレーサビリティー

をとることができた。また、有効減衰長の決定手順や測定方法についても再検討し、測定の再現

性の向上を図り、良好な再現性が得られ、不確かさを評価した結果、約 2 nm の酸化膜の厚さの測

定で測定の拡張不確かさ 0.12 nm(k=2)が得られ、 終目標値 0.2 nm を達成することができた。

将来の標準化に役立つように放射光を用いた励起エネルギー可変光電子分光法の技術的な報告書

としてまとめて公表する。

「電子分光分析標準スペクトルデータベースの構築」に関しては、

電子分光スペクトルデータベースの構築については、無機化合物を中心に 22 元素の化合物等

52 物質のスペクトル 500 本余りをデータベース化し目標を達成した。データの量や標準スペクト

ルとしての品質については現段階で実用的に一定のニーズに対応できる物となっていると考えて

いるが、更なる改善の余地のあるものも含まれており、今後も他の研究課題で得られる成果を利

用して増補して行く方針である。 本研究で得られたスペクトル取得のノウハウに関する成果は

他の研究課題で同様のデータ取得を行う際に有効に活用されることが期待される。

また装置のエネルギー軸校正及び透過関数評価の手法についての検討の成果を「標準化のため

の技術指針」として取りまとめ、標準化検討委員会で検討した。当文書は暫定的なものであるが、

将来的に ISO など何らかの規格の提案を行う際に基礎となることが期待される。

開発したデータベースをインターネット経由でユーザーがWEBブラウザを使用して閲覧表示

するためのインタラクティブな表示ソフトウエアには元素周期表からのスペクトル選択やスペク

トルの部分拡大・重ね書き表示などの機能を装備しユーザーの利便を図った。データベース収録

データ及び表示用ソフトウエアについては本課題終了後も経常的に増補・更新を継続する。

「バックグラウンド解析法の開発」に関しては

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Ⅲ-2-3-(74)

非一様試料、より難しいデータへの拡張アルゴリズム開発 とエンドユーザー使用のための解析プ

ログラムの公開と改良を行い、世界レベルの技術開発を行えた。

予備知識なしの一括計算が可能になり、順調に開発が進んだといえる。これは世界で唯一の技術

である。非一様試料の解析については限定的であるが、二つの異なる元素の解析結果を比べると

同じか違うかを判定できる結果を得た。公開された解析プログラムは既に米国国立研究所、ヨー

ロッパの装置メーカ等によってダウンロードされている。より利用されるようにヘルプファイル

わかりやすくし、使いやすいように改良を加え、今後、論文発表等により、より多くの読者の興

味を惹き多くのユーザーの実用に供したいと考えている。また、実スペクトルの解析についても

順次行っており、結果は蓄積されてきている。公開中のプログラムを使って、同じデータに対し

ては各ユーザーが同じ結果を得ることができるようになっている。今後はできるだけ速やかに解

析データの 終版を公開できるようにしたい。

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Ⅲ-2-4-(1)

(Ⅲ-2.研究開発項目毎の成果 続き)

Ⅲ-2.4 熱物性の計測基盤

熱拡散率、比熱容量、熱伝導率、熱膨張率などの熱物性値は熱設計・構造設計を行うために不

可欠である。しかし、従来の熱物性計測技術は主にバルク材料を対象としており、ナノ構造を対

象とする信頼性の高い計測技術は極めて未成熟な段階にある。従って、ナノコーティング等の断

熱性・耐熱衝撃性、微小なアサーマルガラスの熱膨張率および nL 積(光学的長さ)・屈折率の温

度変化など、薄膜、微小領域、界面などのナノ構造を対象とする熱物性計測の校正技術を緊急に

開発する必要がある。さらに、熱物性値の標準値が与えられた標準物質を用いてその信頼性評価

を行うことが必要である。

この要請に応えるために本サブテーマでは下記の3課題の研究開発への取り組みを行った。

(1)薄膜・界面熱物性の高精度校正技術の開発(1)、(2)

ピコ秒パルスレーザ光加熱法による薄膜・コーティング熱物性計測装置に対して、サーモリフ

レクタンス法および高速赤外放射測温法による高精度測温校正機能を付加することにより高精度

熱物性校正装置システムを整備・評価する。これを用いて薄膜の熱拡散率及び薄膜間界面熱抵抗

を校正する技術を確立し、薄膜・コーティングの熱拡散率を合成標準不確かさ(1σ)10%以内

で絶対測定する技術基準を作成する。

(2)熱物性標準物質の開発

コーティング標準物質として熱拡散率・比熱容量・熱伝導率の熱物性の均質性、安定性に優れ

たものを作成する技術を開発し、その製造プロセスを管理するとともに組成および構造を同定し、

それらの情報が開示された熱拡散率・比熱容量・熱伝導率標準物質を供給する。

(3)熱光学特性の高精度校正技術の開発

レーザ干渉式熱膨張率測定装置に対して、温度、屈折率、レーザ波長の校正機能を付与するこ

とにより、固体材料の熱膨張率、NL積膨張率・屈折率温度変化率などの熱光学特性を高精度で

校正するシステムを確立し、膨張率等の熱光学特性を 0.02×10-6K-1の分解能で校正する技術基準

を作成する。また、これらの標準物質を整備し、上記で開発したシステム適用による校正を施し

標準物質を確立する。あわせて、材料ナノプログラムにおいて開発された材料の上記諸特性の高

精度評価を行う。

また、本プロジェクトを進める中で、ピコ秒サーモリフレクタンス法による薄膜熱拡散率測定

技術の波及的な実用器として熱物性顕微鏡が実用化され、国内の研究機関や依頼試験機関へと普

及が進んでいる。このような状況に対し、測定手法や解析手法のニーズが顕在化したため、本プ

ロジェクトにおいて、下記の同装置の計測手法に関する標準化に向けた調査研究が行われた。

(4)周期加熱サーモリフレクタンス法の標準化に関する調査研究

サーモリフレクタンス法をレーザによる高速周期加熱技術と組み合わせた実用測定法/装置

(周期加熱サーモリフレクタンス法)の標準化に向けた調査研究を行う。

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Ⅲ-2-4-(2)

2.4.1 薄膜・界面熱物性の高精度校正技術の開発(1)

(1)はじめに

近年の科学技術の進展に伴い、厚さがナノメートルスケールの薄膜や広がりサブマイクロメー

トルの微小領域における熱物性値が求められている。半導体素子や光ディスク、ハードディスク、

光磁気ディスクなどの大容量記録媒体の熱設計、積層複合材料などの多層膜内の熱エネルギー移

動を把握するためには、各層の熱物性値や層間の界面熱抵抗の値を知ることが不可欠である。本

プロジェクトの進行中においても、次世代光記録ディスクの製品化や CPU の LowK 層間絶縁膜の開

発、熱アシスト型 HDD 開発など薄膜の熱物性と直接関係する数多くのトピックがあり、産業から

の計測技術に対する要請は年々増している。

薄膜の熱物性値を測定するには、薄膜内部の熱エネルギー移動を非接触で高速に観測すること

が不可欠である。非接触の手段として励起及びプローブに光を用いる手法は、レーザ技術の発達

によりフェムト秒からマイクロ秒の時間スケールの高速加熱と高速時間応答の観測を実現できる

ことから、薄膜の物性計測に適している。特に光を照射した結果生じる熱エネルギーによって引

き起こされる測定対象の変化を測定する方法は、一般に光熱変換法と呼ばれ、分光や物理化学の

分野では多様な方式で盛んに行われている[1]。本プロジェクトでは、産総研の有するピコ秒サー

モリフレクタンス法の性能向上に端を発し、厚膜用のナノ秒サーモリフレクタンス法の開発、フ

ェムト秒サーモリフレクタンス法の開発へと展開した。特にピコ秒、ナノ秒サーモリフレクタン

ス法については国家標準として確立するに至っている。また、ピコ秒サーモリフレクタンス法計

測技術の波及効果として薄膜用の実用器開発が行われ、その結果上記の国家標準を頂点とした薄

膜熱物性標準のトレーサビリティ体系の構築までが視野に入ることとなった。実用器を構成する

ための薄膜標準物質の開発が進展しており、さらに別の NEDO プロジェクトでの活動であるが JIS

測定規格「光パルス加熱サーモリフレクタンス法による薄膜熱拡散率の測定方法」の素案作成が

2004-5 年度にかけて行われた。

以下には、本プロジェクトにおける技術開発成果の詳細を下記の 3項目に分けて説明する。

(4-1) ピコ秒サーモリフレクタンス法における成果

(4-2) ナノ秒サーモリフレクタンス法における成果

(4-3) 加速資金によるテーマ:フェムト秒サーモリフレクタンス法の開発

(2)中間目標

ピコ秒サーモリフレクタンス法薄膜熱拡散率計測技術を改良し、金属薄膜のみならず、半導体

薄膜、酸化物薄膜など非金属薄膜の熱拡散率と薄膜間界面熱抵抗の計測を実現するために、サー

モリフレクタンス信号の検出感度の向上、局所的・過度的温度上昇絶対値の評価技術の開発、及

びピコ秒パルス加熱後の過度温度変化観測時間領域の拡大を実現する。

(3)最終目標

ピコ秒サーモリフレクタンス法薄膜熱拡散率計測技術を改良し、金属薄膜のみならず、半導体

薄膜、酸化物薄膜など非金属薄膜の熱拡散率と薄膜間界面熱抵抗の計測法を実現する。上記の技

術を体系化し、薄膜の熱拡散率を標準不確かさ 10%以内で絶対測定する技術基準を作成する。

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Ⅲ-2-4-(3)

(4)薄膜・界面熱物性の高精度校正技術の開発(1)における成果

(4-1) ピコ秒サーモリフレクタンス法における成果

1)電気遅延計測システムの開発[14]

産業技術総合研究所では、厚さサブミクロンオーダーの薄膜に対して熱拡散率を定量的に計測

するために、ピコ秒サーモリフレクタンス法薄膜熱物性計測システムを継続的に開発してきた

[4-11]。図Ⅲ2.4.1.1 に産総研で開発した計測システム原理図を示す。図示されたように、加熱光

として超短パルス光を基板・薄膜界面に照射すると、薄膜・基板界面の温度は瞬間的に上昇し,

その後は薄膜内部へ熱が拡散していく。薄膜表面の温度変化を観測するために、プローブパルス

光を薄膜表面に照射し、温度変化に依存した測温光の反射率変化から薄膜表面温度変化を観測す

る(サーモリフレクタンス法[12,13])。この温度変化に比例した反射率の変化は1K の温度変化に対

して約 10 万分の 1 程度である。通常、1パルス光あたりの温度変化は 0.1K 程度である。

典型的なピコ秒サーモリフレクタンス法熱拡散率計測システムを図Ⅲ2.4.1.2 に示す。光源は

チタンサファイアレーザーが使用され、パルス幅2ピコ秒のパルスが 76MHz の繰り返しで発振さ

れる。発振されたピコ秒レーザーパルスはビームスプリッタにより加熱パルス光と測温パルス光

に分離される。加熱パルス光は AOM で 1MHz の強度変調を受けた後、遅延ラインを通過して薄

膜と透明基板の界面に集光される。測温パルス光は照射領域の反対側の薄膜表面に集光され、反

射光が検知器に入射する。検出された信号のうち、加熱光の強度変調周波数1MHz に同期した成

分がロックインアンプによって検出される。

パルス加熱による薄膜試料表面温度の時間変化は、加熱パルス光に対する測温パルス光の試料

到達時間差を制御することで得られる。この時間差は加熱パルス光に対する測温パルス光の行路

長の差を制御することにより実現される。行路長差が 0.3mm の場合、相当する試料到達時間差は

1ps である。本法は薄膜の熱的性質を観測する上で極めて有効な方法であるが、以下の課題があっ

た。

測温光2ps

加熱光

2ps

Film Substrate

測温光2ps

加熱光

2ps

加熱光

2ps

Film Substrate

図Ⅲ2.4.1.1 裏面加熱・表面測温型ピコ秒サーモリフレクタンス法の原理図

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Ⅲ-2-4-(4)

1.測定時に行路長を変化させるが、ビームに広がりがあるために光路長が変化すると照射位

置にずれが生じる。行路長を30センチメートル(1 ナノ秒の時間差に対応)以上動かすとスポット

の中心が約 10 マイクロメートルずれ、ロックインアンプで検出されるサーモリフレクタンス信号

のドリフト要因になる。このような制約から、行路長差は 1 ナノ秒程度が限界であった。

2.一方、膜厚が 100 ナノメートル以上の薄膜材料や、低熱伝導薄膜、界面熱抵抗の大きい多

層膜材料では裏面から表面に温度が伝わる時間が 1 ナノ秒以上ある場合があるために、光路長を

大に動かしても、1 パルスによる温度上昇の定常状態を確認することができず、熱物性値の定

量的な測定が困難であった。光路長の調整による遅延時間制御の限界を解決するために、産業技

術総合研究所では電気的に測温光の加熱光に対する遅延時間を制御するシステムを開発した。図

Ⅲ2.4.1.2 に電気的遅延型のピコ秒サーモリフレクタンス計測システムのブロック図を示す。こ

のシステムは、遅延ラインの持つ制約を解決するために、加熱(励起)パルス光と測温(プローブ)光

を別々の光源とし、パルス光の発振時における両光のタイミングを電気的な信号で制御する構成

となっている。

光源は具体的にはレーザーパルスを生成するパッシブモードロック型ピコ秒チタンサファイア

レーザー、パルスの繰り返し周期を一定且つ安定に制御するコントローラ、コントローラが参照

する基準信号を生成する信号発生器で構成される。

図4中のピコ秒チタンサファイアレーザー1(図Ⅲ2.4.1.2 内ピコ秒 TiS レーザ 1)は試料加熱光

として用いられ、ピコ秒チタンサファイアレーザー2は測温光として用いられる。パルス幅は各々

2ps であり発振周波数は76MHz(繰り返し周期 13.2 ナノ秒)である。ピコ秒チタンサファイアレー

ザー1の発振周波数を76MHz で維持するために、コントローラ 1 によってピコ秒チタンサファ

イアレーザー1の共振器長を一定に制御する。コントローラ1は制御するための76MHz の基準

信号は、信号発生器2の「出力 1」から供給される。同様に、ピコ秒チタンサファイアレーザー

2の発振周波数を76MHz で維持するために、コントローラ2によってピコ秒チタンサファイア

レーザー2の共振器長を一定に制御する。共振器長を制御するための76MHz の基準信号は、信

号発生器2の「出力2」から供給される。基準信号とパルス発振の位相の関係は各レーザで一定

に保たれる。「出力1」と「出力2」の位相差は信号発生器2の信号波形を設定する設定パネル、

又はパーソナルコンピュータで遠隔制御可能である。

加熱光は音響光変調素子を通過する際に、周波数1MHz で強度変調される。1MHz の強度変調

用の信号は信号発生器1によって供給される。強度変調用の信号はロックインアンプに参照信号

の入力としても用いられる。変調された加熱光は、薄膜・基板界面に集光される。一方、測温光

は、加熱された領域の正反対側の薄膜表面上に集光される。(図Ⅲ2.4.1.1、図Ⅲ2.4.1.2 参照)

試料表面で反射した測温光は、シリコンフォトダイオードによって検出され、ロックインアン

プの信号入力端子へ送られる。試料表面の温度は加熱光の強度変調により1MHz で変化する成分

があるので、試料で反射した測温光も微小ながら1MHz の周期的成分を含む。この強度変調周波

数1MHz に同期した測温光の交流成分が、ロックインアンプによって検出される。

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Ⅲ-2-4-(5)

パルス加熱による表面温度変化に比例したサーモリフレクタンス信号の時間変化は、加熱光に

対する測温光の試料到達時間の遅れを制御することで記録される。この遅延時間制御は図4内の

信号発生器2を制御することで実現している。信号発生器2は出力 1 と出力2の二つの出力を持

つ正弦波発生器であり、二つの出力とも周波数76MHz の正弦波を発振し、且つ二つの信号間の

位相差を制御できるものを用いた。加熱パルス光の発振するタイミングは出力 1 の信号に対して

一定であり、プローブパルス光の発振するタイミングは出力 2 からの信号に対して一定であるの

で、信号発生器2における出力 1 に対する出力 2 の位相を変えれば、測温光パルスの加熱光パル

スに対する試料到達時間の遅れを制御できる。76MHz の正弦信号における位相差の 1°は 36.4

ピコ秒の試料到達時間差に対応する。

従来の計測技術より長い遅延時間が実現可能であることを検証するために、ガラス基板上に DC

スパッタリングにより成膜された厚さ 140, 200, 300 ナノメートルのタングステン薄膜を用意し、

実際に測定を行った。図Ⅲ2.4.1.3 にタングステン薄膜のサーモリフレクタンス信号を示す。横

軸は測温光の加熱光に対する遅延時間を示し、縦軸はロックインアンプの信号出力を示す。50 ピ

コ秒の遅延間隔で測定した全遅延時間領域は図左側が 65 ナノ秒、図右側が 13.2 ナノ秒であり、

信号発生器2の位相に換算するとそれぞれ 1800°、360°に相当する。図で示されるように加熱

光パルスの繰り返し周期(1/76MHz=13.2 ナノ秒)でパルス加熱に対する温度応答が繰り返される様

子が観測できる。このように従来の光路長可変型の遅延時間領域の制約を超えて温度応答の時間

変化を観測することに成功した。

ピコ秒TiSレーザー

ピコ秒TiSレーザー

コントローラ2

コントローラ1

試料加熱用

プローブ用

試料PC

音響光変調器

76MHz

76MHz

信号発生器1

ロックインアンプ

参照信号IN

1MHz

信号IN

検知器

2つの信号の位相差φを制御

f=76MHz

出力1

出力2

信号発生器2

1MHz

)2cos( φπ +ftA

)2cos( ftA π

加熱光側

プローブ光側

出力

設定パネル

データ取り込み

ピコ秒TiSレーザー

ピコ秒TiSレーザー

コントローラ2

コントローラ1

試料加熱用

プローブ用

試料PC

音響光変調器

76MHz

76MHz

信号発生器1信号発生器1

ロックインアンプ

参照信号IN

1MHz

信号IN

検知器

2つの信号の位相差φを制御

f=76MHz

出力1

出力2

信号発生器2

1MHz

1MHz

)2cos( φπ +ftA

)2cos( ftA π

加熱光側

プローブ光側

出力

設定パネル

データ取り込み

図Ⅲ2.4.1.2:電気的遅延制御システムを採用したピコ秒サーモリフレクタンス計測システムのブロック図。

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Ⅲ-2-4-(6)

本システムの開発によって観測時間領域が大幅に広がったので、ピコ秒サーモリフレクタンス

法を金属・非金属界面多層膜や低熱伝導率材料に適用することが可能となった。また光路長の変

化がないので測定中に加熱光、測温光の照射位置が測定中にずれることもない。この電気遅延を

用いた観測手法はパルス幅もピコ秒やフェムト秒である必要は無く、繰り返し周期も選ばないの

で、様々な測定に応用可能である。一例としてポンプ・プローブ法による薄膜の音速測定や動的

ラマン分光測定、過渡格子緩和法等が挙げられる。現在、特願2002-128426として出

願中である。

薄膜が断熱されている場合、単独のピコ秒パルス加熱に対する温度応答はレーザフラッシュ法

の試料裏面温度変化と同様に一定値に収束する。ところが、パルス加熱に対する初期の温度上昇

の時間変化は、 大温度上昇値を過ぎてから、直線的に初期温度レベルに戻っていく。この温度

応答曲線から熱拡散率を算出するために、図Ⅲ2.4.1.4 左側に示すように薄膜と基板の界面にパ

ルス的な熱源 Q[Jm-2/pulse]と基板が奪う熱を表す定常的なヒートシンク-q[Wm-2]を仮定する。この

とき、薄膜内部の熱伝導は以下の式で記述される[15-17]。

2

2 ),(),(x

txTt

txTf ∂

∂=

∂∂ κ (1)

qntQx

txT n

nrep

xf −−=

∂∂ ∑

∞=

−∞==

)(),(

0

τδλ (2)

図Ⅲ2.4.1.4 右側に示すように加熱パルスは発振周期τrepで離散的に加熱されつつ、ヒートシン

クにより連続的に熱が奪われる事により、加熱パルスの発振周期τrepの間に初期温度レベルに戻る

ので、q=Q/τrepの関係が成り立つ。薄膜表面での境界条件は断熱であるとすると、時間 t が 0 から

パルスの発信周期τrepまでの温度応答 T(t)は、パルス的な熱源に対する温度上昇[18]と定常的に熱

を奪うヒートシンクに対する温度応答の重ねあわせによって表すことができる。

Delay / ns0 10 20 30 40 50 60

Ther

mor

efle

ctan

ce s

igna

l / a

.u.

-1

0

1

2

140 nm

200 nm

300 nm

Delay /ns0 2 4 6 8 10 12

Ther

mor

flect

ance

sig

nal /

a.u

.

-1

0

1

2140 nm

200 nm

300 nm

Delay / ns0 10 20 30 40 50 60

Ther

mor

efle

ctan

ce s

igna

l / a

.u.

-1

0

1

2

140 nm

200 nm

300 nm

Delay /ns0 2 4 6 8 10 12

Ther

mor

flect

ance

sig

nal /

a.u

.

-1

0

1

2140 nm

200 nm

300 nm

図Ⅲ2.4.1.3:電気遅延システムで計測した DC スパッタによりパイレックス基板上に成膜した薄膜のサーモリフレクタンス信号。左が約パルスの繰り返し 5 周期分の時間領域を観測したもの。右側が 1 周期分(13ns)の時間領域を観測したもの。

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Ⅲ-2-4-(7)

rep

tTtTtTτmax)()( Δ−Δ= (3)

( )⎥⎥⎦

⎢⎢⎣

⎡+

−⎟⎟⎠

⎞⎜⎜⎝

⎛−⎟⎟

⎞⎜⎜⎝

⎛×

Δ=Δ

∑∞

−∞= i

f

n ii

i

f

tt

ntnt

TtT

ττ

ττ

ττ

212erfc12expexp

)( max

(4)

ここで、ΔTmaxは薄膜の両面が断熱のときのパルス加熱による温度上昇の 大値で、ΔTmax=Q/ρfcfdf

で定義される。ρfは薄膜の密度、cfは薄膜の比熱容量、dfは膜厚である。τiは初期温度緩和時間で

加熱光の波長に対する薄膜の吸収係数αと熱拡散率κfを用いてτi=1/(α2κf)と定義される。また、τf

は熱が膜を横切る特性時間でτf=d2/κf で定義される。

光学定数に文献値を用い、(1)式を厚さ 300 nm に対してパルスの繰返し周期分の時間領域で

再測定し、カーブフィッティングした結果を図Ⅲ2.4.1.5 に示す。厚さ 300 nm のタングステン薄

膜の熱拡散率は 2.6x10-5m2s-1 であり、バルクのタングステンに対して 39%であった。(3)式右辺の

第 1 項は薄膜の両表面が断熱的である場合の応答なので、測定したサーモリフレクタンス信号か

ら(3)式右辺第 2 項の線形に温度が下がる寄与を差し引くことにより、図Ⅲ2.4.1.5 内の白丸で示

すように、薄膜の両面が断熱境界条件に対する温度応答に変換することができる。

図Ⅲ2.4.1.6 にDCスパッタでガラス基板上に成膜した厚さ 140 nm, 200 nm, 300 nm のタング

ステン薄膜に対し、同様に各薄膜に対し、上記(3)、(5)式を用いて断熱薄膜の温度応答に変換した

結果を示す。 大温度上昇の半値に注目すると、膜厚が約 1.5 倍になると表面温度が半値になる

時間は約 2 倍になり、膜厚の自乗に比例していることがわかる。これはタングステン薄膜内部の

熱伝導が拡散的であることを示唆している。それぞれの膜厚に対して熱拡散率を算出したところ、

表Ⅲ2.4.1.1 に示すようにどの薄膜も約 2.5x10-5 m2s-1 程度であり、バルクのタングステンの熱拡

散率[19]の約 40%であった。

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Ⅲ-2-4-(8)

max

max

0 d x

-q

-QProbeside Pulse heat source

0

Steady heat sink

Pulse heat source

ΔT

−ΔT

tτrep steady heat sink

Film Substrate

図Ⅲ2.4.1.4:電気遅延システムにより計測された信号を記述するモデル。薄膜・基板界面で周期的にパルス加熱が繰り返され、定常的に基板から熱が奪われると仮定する。

Delay /ns0 2 4 6 8 10 12

Ther

mor

efla

tnce

sig

nal /

a.u

.

0.0

0.5

1.0

図Ⅲ2.4.1.5:厚さ 300 nm のタングステン薄膜のサーモリフレクタンス信号。黒丸が検出されたサーモリフレクタンス信号、鎖線が(5)式でカーブフィッティングした温度応答曲線、白丸は薄膜両面が断熱としたときの温度応答に変換したものを示す。

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Ⅲ-2-4-(9)

Delay /ns0.0 0.5 1.0 1.5 2.0

Nor

mal

ized

ther

mro

efle

ctan

ce s

igna

l /a.

u.

0.0

0.5

1.0140 nm 200 nm 300 nm

Nominal thickness d κf κf /κb

nm nm 10-5m2s-1

140 139 2.5 0.38200 184 2.8 0.42300 275 2.5 0.38Bulk - 6.6

図Ⅲ2.4.1.6:DCスパッタにより成膜されたタングステン薄膜に対する断熱薄膜の温度応答に変換した後のサーモリフレクタンス信号。

表Ⅲ2.4.1.1:タングステン薄膜の熱拡散率

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Ⅲ-2-4-(10)

2)位相検出法の開発[20]

図Ⅲ2.4.1.7に膜厚の公称値が 75 nm, 120 nm, 200 nm のモリブデンをパイレックス 7740 ガラス

基板上にスパッタ成膜した試料に対する温度応答を示す。装置は光学遅延型の装置を用いた。図

Ⅲ2.4.1.7 から明らかなように遅延時間に対する応答は位相成分のほうが振幅成分より雑音が小

さく、形はバルク材料に対するレーザフラッシュ法の温度応答曲線と相似である。特に膜厚が

200nm の場合は、振幅成分ではドリフト成分に重なり、有意な熱的応答が観測されなかったにも

関わらず、位相応答では熱的応答のみならず、音響パルスのエコーと考えられる信号まで観測さ

れた。位相成分を用いて、パルス加熱による温度応答式に基づいて熱拡散率を計算すると、熱拡

散率は 4.4×10-5 m2s-1 となり、バルクのモリブデンの熱拡散率 5.4×10-5 m2s-1 に近い値になった。

振幅検出法の原理(従来の検出原理) 振幅成分より位相成分が優れている理由を考察するために、従来の検出原理を振り返ってみる。

従来の検出原理を図Ⅲ2.4.1.8 に示す。実際の実験装置に即してパルスの繰返し周期は 13ns、強

度変調の周期は 1μs としている。強度変調に同期した微小な反射率の変化は、ロックイン出力の

振幅成分の変化に現れる。加熱光パルスに対する温度応答の時間変化は、加熱光パルスに対する

測温光パルスの試料到達時間差を調節することで得られる。この検出原理では、一つの加熱パル

ス光による温度上昇は次のパルス光が試料に到達する前に十分に減衰して元の温度に戻ることを

仮定しており、ロックインアンプで検出される振幅成分はパルス加熱による温度上昇ΔT に比例し、

変調周波数に同期したサーモリフレクタンス信号の位相成分はパルス加熱光に対する変調と同位

相である。

位相検出法の原理

次の加熱パルス光が到達するまでに前のパルス加熱光による温度上昇がパルス加熱前の初期温

度レベルに戻らない場合、熱の蓄積が考えられる。このため、従来の検出原理で説明される単一

パルス光による温度変化に比例した成分のみならず、測温光の加熱光に対する遅延時間に依存し

ない自発的に生成された「参照信号」が生成される(図Ⅲ2.4.1.9)。この参照信号は通常加熱光に

加えられた強度変調に対してある位相遅れを伴う。その位相遅れは基板の熱浸透率と薄膜の単位

面積あたりの熱容量に依存して変化し、一般的に以下の式で定義される薄膜・基板系に対する温

度応答の特性時間τsによって説明できる。

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Ⅲ-2-4-(11)

2

⎟⎟⎠

⎞⎜⎜⎝

⎛=

s

fffs b

dcρτ (5)

ここで、bsは基板の熱浸透率である。例えば基板の熱浸透率が薄膜の熱浸透率に比べて大きい

場合やまた、薄膜の単位面積あたりの熱容量が小さい場合は、参照信号の位相は強度変調された

加熱光の位相に近づく。定性的にはτsが大きいほど参照信号の位相遅れは大きく、τsが小さいほ

ど参照信号の位相遅れは小さい。ただし、この特性時間の表式では薄膜・基板界面の熱抵抗は無

いと仮定している。

ロックインアンプの出力を理解するために更に以下の事柄を仮定する。

変調周期 1μs に対しパルス光の繰返し周期が 13ns と十分短いので、変調周期に対しする温度応

答に対しては、連続したパルス光ではなく連続光とみなす。観測される遅延時間 tppは 大でも10ns

程度で、変調周期 1 μs に対して十分小さいので、遅延時間が変調周波数1MHz に同期した信号の

位相シフトに与える影響は十分小さい。図Ⅲ2.4.1.9 においては方形波で変調しているが、以後

一般化して正弦的な周期変調で議論する。このとき、ロックインアンプで検出される信号

Acos(ωt−θ ) は、図Ⅲ2.4.1.10 に示すように、自発的に生成された「参照信号」とパルス加熱に比

例した信号との重ね合わせによって表現することができる。

Delay time /ps0 100 200 300 400 500 600

Am

plitu

de c

ompo

nent

/a.u

.

5

6

7

8

9

10

11

12

200 nm

120 nm

75 nm

Delay timd /ps0 100 200 300 400 500 600

Pha

se c

ompo

nent

/deg

ree

-105

-100

-95

-90

-85

-80

-75

75 nm

120 nm

200 nm

図Ⅲ2.4.1.7:DC スパッタでガラス基板上に成膜したモリブデン薄膜のサーモリフレクタンス信号。左側がロックインアンプで検出された信号の振幅成分、右側がロックインアンプで検出された位相成分。

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Ⅲ-2-4-(12)

図Ⅲ2.4.1.9:位相検出法の原理図。パルス加熱によって上昇した温度が次の加熱パルスが試料に到達するまでに初期温度レベルに戻らない場合の試料表面の温度変化と反射後の測温パルス光。一点鎖線で示された箇所が自発的に生成された「参照信号」を示す。

ReflectedProbe pulses

Pump

2 ps

τ 13 ns

f-1 1 μs

tpp (Delay time of the probe pulse to the pump pulse)

T

ReflectedProbe pulses

Pump

2 ps

τ 13 ns

f-1 1 μs

tpp (Delay time of the probe pulse to the pump pulse)

T

Reflected probe pulse intensity

ΔT

Pumpintensity

2 ps13 ns

1 μs

t (Delay time of the probe pulse to the pump pulse)

Reflected probe pulse intensity

ΔT

Pumpintensity

2 ps13 ns

1 μsPumpintensity

2 ps13 ns

1 μs

t (Delay time of the probe pulse to the pump pulse)図Ⅲ2.4.1.8:従来の検出モデル。パルス加熱による温度上昇は次の加熱パルスが到着するまでに初期温度レベルに戻ることを仮定している。

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Ⅲ-2-4-(13)

( ) ( )⎭⎬⎫

⎩⎨⎧

−+Δ

=− δωωθω tTttT

MtA pp coscos2

)(cos 0 (6)

ここで A とθはそれぞれ、ロックイン出力の振幅成分と位相遅れである。(6)式から、参照信号

に対するロックイン出力の位相変化φ= δ − θ とロックインアンプで測定される振幅 A は、以下の

ように導かれる。

4/)(cos)( 20

20 pppp tTtTTTMA Δ+Δ+= δ (7)

δδ

θδφcos)(2

sin)()tan()tan(

0 pp

pp

tTTtT

Δ+

Δ=−= (8)

特にパルス加熱による温度上昇ΔT cosδが参照信号の振幅 T0に比べて十分小さい場合、下記の式

で表される。

⎪⎭

⎪⎬⎫

⎪⎩

⎪⎨⎧ Δ

+≈ δcos2

)(0

pptTTMA (9)

02

sin)(

T

tT pp δφ

Δ≈ (10)

図Ⅲ2.4.1.10:ロックインアンプで検出される加熱光の変調に同期した信号(実線)の構成。遅延時間に依存しない「参照信号」(鎖線)と遅延時間に依存して変化するパルス加熱に比例して変化する成分(一点鎖線)で構成される。

Phase /degree-180 -90 0 90 180

Am

plitu

de /

a.u.

θ

δ 2Τ0

ΔΤ

φ

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Ⅲ-2-4-(14)

(10)式から、自発的に生成された「参照信号」に対するロックイン出力の位相変化φは、参照信

号の振幅 T0に対するパルス加熱による温度上昇ΔT の比で表されるので、加熱パルス光源に含ま

れる強度揺らぎや遅延ライン由来のドリフトに対して、振幅成分より安定であることがわかる。

位相検出法のまとめ ピコ秒サーモリフレクタンス法において、ロックイン出力信号の位相変化がパルス加熱による

温度変化に比例することを発見した。位相変化の大きさは、オフセット信号の振幅に対するパル

ス温度応答の比として表されるため、従来の振幅成分を用いた手法よりも加熱光強度自体のドリ

フトや遅延ラインの掃印に伴うドリフトなどの影響を受けにくい。

SN 比に優れていることから、応答時間の長い多層膜材料や低熱伝導材料等の熱物性測定に有効

である。また、この方法は薄膜微小領域の熱物性測定のみならず超短パルスレーザを用いた微小

時間内の過渡応答測定一般に適用可能であり、今後の応用範囲の拡大が期待される。位相検出法

に関する技術は特願2001-339582「微小信号測定方法ならびに装置」として出願中で

ある。

3)薄膜標準物質の開発

電気遅延システムの開発と、位相検出による信号雑音比

の飛躍的改善により適用可能範囲が飛躍的に拡大した、ま

た、前節で述べたように装置の不確かさ評価も進み、算出

された熱拡散率の信頼性も高まった。さらに、特許をはじ

めとする本プロジェクトで開発された技術的ノウハウは

企業に移転され、本プロジェクトの波及効果として実用薄

膜熱物性測定装置のプロトタイプが開発された[21]。この

ような実用測定器の普及が実現すれば、薄膜熱物性データ

は量産されることが見込まれるが、実用測定器で測定され

た値の信頼性を担保するための仕組みが必要である。バルク材料に対してはレーザフラッシュ法

が実用計測器として既に普及しており、産総研から標準物質の供給が予定されている。薄膜の熱

物性値に関しては将来見込まれる実用計測器を校正するための薄膜標準物質の開発を進めている。

図Ⅲ2.4.1.11 に示す薄膜熱拡散率標準物質テストサンプルを試作し、評価を行った。

基板はパイレックス 7740 ガラスで 15 mm×20 mm×1 mmt で、基板上に厚さ 100 nm、200 nm、400

nm、600 nm、1 μm、1.5 μm、2 μm、3 μm のモリブデン薄膜をマグネトロン DC スパッタリングに

より成膜したものを準備した。試料パターンを図Ⅲ2.4.1.12 に示す。各膜厚の薄膜は 2 mm×4 mm

の膜にパターン成形され、触針式段差計により膜厚を測定することが可能である。各膜厚のモリ

ブデンとも成膜条件はスパッタ時間が異なる以外は同一である。同一のガラス基板上に成膜した

ことにより、基板の熱物性は全ての膜に対して同一とみなして解析が可能である。

図Ⅲ2.4.1.11 試供品サンプル

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Ⅲ-2-4-(15)

同一バッチで成膜された 20 片のサンプルのうち、測定に有効な 18 片の薄膜に対して光学定数

の測定したものが図Ⅲ2.4.1.12 である。もう一つは試料に欠け及び剥離が確認されたので測定を

行っていない。図中には Palik の光学ハンドブック[22]にある値を比較のために示したが、n、k と

も Palik の値に比べて低い値を示した。図のエラーバーは測定した 18 サンプルに対する標準偏差

σを示している。ばらつきの要因は表面粗さが一つの要因と考えられるが、現在検討中である。

熱拡散率測定結果と膜厚のばらつきを示したものが図Ⅲ2.4.1.13 である。厚さが 100 nm の

平均値は 3.6×10-5 m2s-1 であるが、それ以外の 200 nm、400 nm、600 nm の薄膜に対する平均値は、

膜厚に依存せず、ほぼ 3.0×10-5 m2s-1 であった。標準偏差は 4 水準全ての膜厚について、約 10 %

程度あり、1σの範囲では 100 nm だけ熱拡散率の値が大きい傾向が得られた。2σの範囲では 100 nm

も含めてばらつきの範囲内となる。前節の不確かさ評価によれば、厚さ 100 nm の薄膜では k=1 で

8.9 %の不確かさがある。これは k=2 で考えると 17.8 %の不確かさである。サンプルのばらつきよ

り測定の不確かさの方が大きくなるので、測定の不確かさの範囲内と考えることもできるが、100

nm の場合だけ結果が大きめに出る原因については、調査中である。

なお、熱拡散率の算出にあたっては、加熱光の浸透深さを考慮した解析を行っており、先に

示した各サンプル表面に対してエリプソメータで光学定数を計測し、加熱光の浸透深さを算出し

ている。なお、本サンプルは NEDO サンプルマッチング事業に参加しており、2006 年 2 月にあっ

た事業説明会で紹介されている。

設定膜厚 ①3000 nm ⑤1500 nm ② 600 nm ⑥ 400 nm ③ 200 nm ⑦ 100 nm ④1000 nm ⑧2000 nm

図Ⅲ2.4.1.11 試供品のパターン図。

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Ⅲ-2-4-(16)

Thickness /nm0 500 1000 1500 2000 2500 3000

n

2.0

2.2

2.4

2.6

2.8

3.0

3.2

3.4

3.6

3.8

4.0

3.77 (Palik)

3.41 (Palik)

Thickness /nm0 500 1000 1500 2000 2500 3000

k

2.8

3.0

3.2

3.4

3.6

3.41 (Palik)

図Ⅲ2.4.1.12 エリプソメータで測定したモリブデン薄膜に対する光学定数。

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Ⅲ-2-4-(17)

図Ⅲ2.4.1.13 Mo 薄膜標準物質試供品 18 サンプルの熱拡散率と膜厚のばらつき。エラーバーは 2σを示す。

Thickness /nm0 100 200 300 400 500 600 700

Ther

mal

diff

usiv

ity /1

0-5 m

2 s-1

2.6

2.8

3.0

3.2

3.4

3.6

3.8

4.0

Nominal thickness/nm Average 2σ Average 2σ100 103 5.4 3.6 0.34200 198 9.5 3.1 0.20400 396 14.6 3.0 0.24600 596 18.5 3.0 0.25

Thickness /nm κ / 10-5

m2s

-1

表Ⅲ2.4.1.2 試供品熱拡散率並びに膜厚の平均値と標準偏差(2σ)

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Ⅲ-2-4-(18)

4)ピコ秒サーモリフレクタンス法による標準供給 2005 年度から、ピコ秒サーモリフレクタンス法による薄膜の熱拡散時間の標準供給が産業技術

総合研究所計量標準総合センターを通して開始された。厚さ 100nm 前後の金属薄膜を対象とし、

熱拡散時間の範囲により、光学遅延方式と電気遅延方式を選択して値づけを行う。両測定方式で

は、それぞれ時間に対してのトレーサビリティが確保されており、熱拡散時間の拡張不確かさ( k =

2)として、7.3 %(光学遅延方式)と 4.2 %(電気遅延方式)での校正が可能である。

校正手数料は、光学遅延方式において 1 件 155,900 円、電気遅延方式において 1 件 177,400 円で

ありこれまでに多数の校正実績を有する。次ページに、本依頼試験のパンフレット(図Ⅲ2.4.1.14)

を示す。

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Ⅲ-2-4-(19)

図Ⅲ2.4.1.14 ピコ秒サーモリフレクタンス法による依頼試験パンフレット