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304 整形 外科 と災害外科 38: (1) 304~307, 1989. Fabellaが 原因と考えられた腓骨神経麻痺の一例 済生会熊本病院整形外科 ・高 ・城 熊本大学整形外科 佐久間 A Case of Peroneal Nerve Palsy Caused bythe Fabella by Hidetoshi Koda, Ken Takara, Kazumori Arimura and Keiji Shiroma Department of Orthopedic Surgery, Saiseikai Kumamoto Hospital Katsuhiko Sakuma Department of Orthopedic Surgery, Kumamoto University Medical School A case of a26-year-old woman who had peroneal nerve palsy caused by the fabella is reported. She had complained of weakness of the right ankle and pain of t}le right knee. After examination we suspected that her peroneal nerve palsy was caused by the fabella. Therefore we performed surgical exploration of the peroneal nerve and removal of the fabella. Postoperative result was gocd at first, but the peroneal nerve palsy relapsed about six mon- the after operation. Fabellaは,通 常 腓 腹 筋外 側 頭 に存 在 す る種 子 骨 で, 本 来無 害 な もの で あ る.し か し,何 らか の誘 因 によ り 腓骨 神 経 麻痺 を引 きお こす と考 え られ て い る. 今 回,我 々 は こ の よ うなfabellaが 原 因 と 考 え られ た腓 骨 神 経麻 痺 の 一 例 を経験 した の で,若 干 の 文献 的 考察 を加 えて 報告 す る. 26才,女性,家 事手伝 い 主 訴:右 足 関節 背 屈低 下,右 膝痛 家族歴:特 記すべ きことなし 既往歴:昭和61年8月~10月慢性膵炎 現病歴:昭 和62年8月腰痛及び左下肢 の痛 み としび れで 某 医 に入 院 す る も,ミ エ ロ グラ フ ィー で異 常 な く, 保 存 的 治療 で軽快 した.昭 和62年12月15日 過 ぎ,歩行 中右 足 関 節 を捻 挫 し,そ の時 右 膝 もガ ク ッ とな り地 面 にっ き そ うに な った.そ の後 よ り右 膝 痛 出現 昭 和63 年2月 初 め頃 よ り右 足 関 節背 屈 低 下 に気付 き,同 年2 月24日当科 初 診.翌2月25日入 院. 入 院 時 現症:身 長157cm,体 重62kg.栄養良でや やobesity.腰 部 の圧 痛,運 動 痛,運 動 制 限は なか っ た.右 下腿 外 側 か ら足背 に か け て知 覚鈍 麻 を認 め た. 筋 力低 下 は前 脛 骨 筋,長 母 趾 伸 筋 に著 明(3)に 認 め, さ ら に長 短 腓 骨 筋 に も軽 度 認 め た(図1).腱 反射 は PTR, ATRとも右 側 が 対 側 よ り若 干 減 弱 し,下腿 周 径 に約1cmの左 右差 を認 めたが,大 腿周 径 に左右差 は なか っ た.右 腓 骨骨 頭 付 近 に圧 痛 とTinel徴 候 を認 め た. X線所 見:腰 椎 単純X線 像 で は 異 常 な く,膝X線 像 で,右 側 の み に大 腿 骨 外顆 後 面 に 楕 円 形 のfabellaが み られ た(図2). 脊 髄 造 影 所 見:側 面像 でL3/4,L4/5に 前方からの -304-

Fabellaが 原因と考えられた腓骨神経麻痺の一例

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Page 1: Fabellaが 原因と考えられた腓骨神経麻痺の一例

304

整 形 外 科 と 災 害 外 科

38: (1) 304~307, 1989.

Fabellaが 原 因 と考 え られ た腓 骨神 経 麻 痺 の一 例

済生会熊本病院整形外科

香 田 英 俊 ・高 良 健

有 村 一 盛 ・城 間 啓 治

熊本大学整形外科

佐久間 克 彦

A Case of Peroneal Nerve Palsy Caused by the Fabella

by

Hidetoshi Koda, Ken Takara, Kazumori Arimuraand Keiji Shiroma

Department of Orthopedic Surgery,Saiseikai Kumamoto Hospital

Katsuhiko Sakuma

Department of Orthopedic Surgery,Kumamoto University Medical School

A case of a 26-year-old woman who had peroneal nerve palsy caused by the fabella isreported. She had complained of weakness of the right ankle and pain of t}le right knee.After examination we suspected that her peroneal nerve palsy was caused by the fabella.Therefore we performed surgical exploration of the peroneal nerve and removal of the fabella.Postoperative result was gocd at first, but the peroneal nerve palsy relapsed about six mon-the after operation.

は じ め に

Fabellaは,通 常腓腹筋外側頭 に存在す る種 子 骨で,

本来無害 なものである.し か し,何 らかの誘因 によ り

腓骨神経麻痺 を引 きおこす と考えられている.

今回,我 々はこのよ うなfabellaが 原 因 と考え られ

た腓骨神経麻痺の一例 を経験 したので,若 干の文献的

考察 を加 えて報告す る.

症 例

26才,女 性,家 事手伝 い

主訴:右 足 関節背屈低下,右 膝痛

家族歴:特 記すべ きことなし

既往歴:昭 和61年8月 ~10月慢性膵炎

現病歴:昭 和62年8月 腰痛及び左下肢 の痛 み としび

れで某医に入院す るも,ミ エ ログラフィーで異 常なく,

保存的治療 で軽快 した.昭 和62年12月15日 過 ぎ,歩 行

中右足関節 を捻挫 し,そ の時右膝 もガクッとな り地面

にっ きそうになった.そ の後 よ り右膝痛出現 昭和63

年2月 初 め頃 よ り右足関節背屈低下 に気付 き,同 年2

月24日 当科初診.翌2月25日 入院.

入院時現症:身 長157cm,体 重62kg.栄 養良 で や

やobesity.腰 部の圧痛,運 動痛,運 動 制 限は なかっ

た.右 下腿外側 から足背 にかけて知覚鈍麻 を認めた.

筋 力低 下は前脛骨筋,長 母趾伸筋 に著明(3)に 認 め,

さらに長短腓 骨 筋 にも軽 度認 めた(図1).腱 反射 は

PTR, ATRと も右側が 対側 より若干 減弱 し,下 腿周

径 に約1cmの 左 右差 を認 めたが,大 腿周 径 に左右差

は なかった.右 腓骨骨頭付近 に圧 痛 とTinel徴 候 を認

めた.

X線 所 見:腰 椎単純X線 像では異常な く,膝X線 像

で,右 側のみに大腿骨外顆後 面に楕 円形のfabellaが

み られた(図2).

脊 髄 造影 所見:側 面像 でL3/4,L4/5に 前方 からの

-304-

Page 2: Fabellaが 原因と考えられた腓骨神経麻痺の一例

305

図1入 院時

足関節の背屈 が困難 であ る.

右 左

図2膝 関節X線 像

右 にのみfabellaを 認め る.

小圧排像は認 め られ るも,前 後 像ではL4, L5神 経根

像 は両側 とも明瞭 に認 められた(図3).

電気生理学的所見:膝 より遠位 の腓骨神経 の伝導速

度は,48.6m/secと 正常 で あ ったが,膝 窩 部 での

fabellaを は さんでの結果は不明.

以上の事か ら,腓 骨神経麻痺 の明確 な原因が不明の

まま,ビ タミン剤投与 と局所のホ ッ トパ ックや低周波

治療で経過観察す るに,連 日夜 間の膝痛 と末梢への放

散痛が持続 し,麻 痺症状の悪 化傾向 がみ られた.こ の

ため,再 度局所症状 を見直すに,膝 窩部腓腹筋外側頭

図3脊 髄造影像

L4, L5神 経根像の欠損 はない.

a b

図4術 中所 見 と摘 出 したfabella

aピ ンセ ッ トで 示 した の がfabella

b摘 出 したfabella(7×5.5×3mm)

図5術 後3ヶ 月

足関節の背屈 がほ"正 常 となる

部にfabellaと 思 われる骨性 腫瘤 を触れ,同 部 に圧痛

とTinel徴 候 を認めたため,fabellaに よる腓骨神経麻

痺 を疑 い,昭 和63年3月23日 手術 を施 行 した.

手術時所見:駆 血帯使用下に右膝窩部 を展 開す るに,

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Page 3: Fabellaが 原因と考えられた腓骨神経麻痺の一例

306  Fabellaが 原因 と考 えられた腓骨神 経麻痺の一例

表1 Fabellaの 発現頻 度

表2報 告 例

総腓骨神経直下 にfabellaと 思 われる骨性 腫瘤 あり,

神経は明 らかに前方か ら圧排 されていた.特 に神経の

肥厚,癒 着等 はなか ったが,膝 伸展位では神経 が同部

で強 く緊張す るのが認 め られた.こ のため,fabellaの .

摘出術 と神経剥離術 を施行 した(図4a).

摘 出 したfabellaは7×5.5×3mmの 大 きさで,肉

眼的に も病理学的に も異常はみ られなかった(図4b).

術後経過:術 後1日 目より術前の ような痛みは消失

し,術 後5日 目頃 よ り筋 力の回復 が認め られた.術 後

12日 目に抜糸 し,低 周波,ホ ッ トパ ックなどの治療 も

併 用 し,症 状 は次 第に軽快 し,術 後3ヶ 月には筋 力も

ほぼ正常化 した(図5).そ の後,比 較的症状 は安定 し

ていたが,術 後約6ヶ 月頃よ り腓骨神経麻痺 の再発が

み られ,現 在 経過 観 察 中 で あ る.

考 察

Fabellaの 発 生 頻 度 は 表1の 如 く,白 色 人種 で15%

前後,黄 色 人種 で20%前 後 と され て い る.日 本 人 では

20%台 の報 告 が 多 い が,杉 山 の48%や 松崎6)の32.9%

とい う高 い報 告 もあ る.ま た70~80%が 両側 性 とい わ

れ る.そ の 位 置 は通 常腓 腹 筋 外 側 頭 で あ るが,稀 に内

側頭 の こ と もあ る.

Fabellaは 本来 無 害 な種 子 骨 で,骨 折,腫 瘍,chon-

dromalacia,炎 症 以 外 は 余 り臨 床 の対 象 と な るこ とは

なか っ た が,時 と して腓 骨 神 経 麻 痺 を引 き起 こす と考

え られ て い る.こ の よ うなfabellaに よ る腓 骨 神 経 麻

痺 の例 は,1963年 の 田島 ら9)の 報告 以 後,現 在 ま で23

例 あ る(表2)1-11).こ れ らの報 告 例 をみ るに,渡 辺 ら11)

が述 べ て い る よ うに殆 ん どが男 性 例 で,本 例 の よ うな

女性 例 は,こ れ ま で わず か3例 しかみ られ ない5)10)12).

Fabellaが 腓 骨神 経 麻 痺 を引 き起 こす 誘 因 と しては,

武部 ら8)が 述 べ るよ うに膝 窩 部 に お け る外 力,肢 位 の

急激 な変 化,長 時 間 の圧 迫 な どが考 え られ る.ま た,

fabellaの 位 置 と大 き さ も重 要 で,Mangieri4)の 例 の

よ うに大 きい程,ま たfabellaが 腓 骨 神 経 直 下 か 密 接

して い る程,こ れ らの誘 因 を伴 って麻 痺 が起 りや す い

とい えよ う.fabellaの 大 き さは,小 島 によ れ ば,男 性

は4.5×3.5×3mmか ら12×9.8×6.gmm大,女 性 は

1.8×1.2×1.2mmか ら12×9.8×6.2mm大 とされ,本

例 の場 合 も この 範 囲 内 に入 る が,こ れ ま での 腓 骨神 経

-306-

Page 4: Fabellaが 原因と考えられた腓骨神経麻痺の一例

307

麻痺 の例 と比べ るとやや小 さいと思 われる.ま た,本

例の場合fabellaが 腓骨神経直下 にあり,足 関節捻 挫

に伴 う急激 な膝折れの際,腓 骨神経が伸展 され麻痺 が

出現 したもの と思 われ る.

鑑 別すべ き疾 患 として,L5神 経根障害,double her-

niation, lateral L5 syndrome,腓 骨神経麻痺 を主体

とする坐骨神経麻痺 な どがある.fabellaに よる腓骨神

経麻痺 の例で も,坐 骨神経刺 激症状 を伴 った り,腰 椎

椎間板ヘ ルニ アを合併す ることがあ り注意が必要 であ

る7)8)11).これ らの場合,ミ エ ログラフィー などの検査

が必要 と思われ る.

本症の診断 には,腓 骨神経麻痺症状以外 に膝窩部 に

おいてfabellaを 触 知 し,圧 痛 や下腿へ の放 散痛 を認

め る他,筋 電図や神経伝導速 度の検査 が有用である.

特にfabellaを は さんだ膝 窩部での狭い範 囲で,神 経

伝導速度の低 下 を認 めることが必要 である.

これまでの報告例 では,殆 ん どがfabella摘 出術 を

受けてお り,保 存 的 治療のみで良 かったのは武部 ら9)

の報告 した4例 のみである.ど ちらの治療 を選択す る

かについては,筋 電図や神 経伝導速度な どの電気生理

学的検査 が有用で ある.こ れ ら検査で正 常なものに対

しては保存的治療 で良いが,異 常 なものに対 しては1

~2ヶ 月の保存的治療で症状 の軽快 がみられない場合

に,fabella摘 出術 と神経剥離術が必要 と思 われる.

本症 の予後は一般 に良 く,こ れ まで特 に再発 したと

い う報告 はない.我 々の例 では,術 後約6ヶ 月頃 より

腓骨神経麻痺症状 の再 発がみ られているが,術 後3ヶ

月には筋 力も一度正常化 し臨床症状 の軽快 をみてい る

ことか ら,術 後創瘢痕 な どに伴 う腓骨神経の癒着 など

によるもの と考 え経過観察 中である.

結 語

Fabellaが 原 因 と考え られた腓骨神経麻痺 の一例 を

経験 したので,若 干 の文献的考察 を加 えて報告 した.

文 献

1)飯 田尚生ほか:Fabellaの 圧迫による腓骨神経麻痺

の1例,整 形 外 科,27:299-302, 1976.

2)糸 満 盛 憲 ほ か:Fabellaに よ る と 思 わ れ る腓 骨 神 経

麻 痺 の 一例.整 形 外 科 と災害 外 科,25:322-325, 1976.

3) Kubota, Y. et al.: Common perQneal nerve palsy

associated with the fabella syndrome. Anesthesio-

logy, 65: 552-553, 1986.

4) Mangieri, J.V.: Peroneal-nerve injury from an en-

larged fabella. J. Bone and Joint Surg., 55-A: 395-

397, 1973.

5)増 田重夫ほか:Fabellaが 誘 因 と思 われる腓 骨 神 経

麻痺 について.整 形外科,26: 1517-1522, 1975.

6)松 崎昭 夫ほか:Fabellaが 原 因 の一 部 をな した と思

われる腓 骨神 経麻痺.整 形外科,23: 209-212, 1972.

7)志 鎌 明大ほか:坐 骨神 経 痛 を主 訴 と したfabellaに

よる腓骨神 経麻痺.整 形 ・災害外科,25: 1488-1491,

1982.

8)武 部恭一 ほか:Fabellaを 原因 とす る腓骨 神 経 麻痺

症例 につ いて.整 形外 科,32: 1169-1174, 1981.

9)田 島達也 ほか:Fabellaの 圧迫 に よる腓骨 神 経麻 痺

の1治 験例.東 北 整 形 災害外科 紀要,7: 310-314,

1963.

10)山 広健三:フ ァベ ラが誘因 と思 われ る腓骨神経麻痺

の1症 例.整 形外科,18: 145-150, 1967.

11)渡 辺勝典 ほか:フ ァベ ラによる腓骨神 経麻痺 の1例.

整形 外科,36: 436-439, 1985.

発 言  福岡大学筑紫病院 松崎 昭夫

Fabellaは 麻痺 発現の重要な要素 であります がこの

部分は解 剖 学的に神経障害が起 り易い場所でFabella

がな くても腓腹筋の稚部 だけでもお こります.神 経背

側 に筋胞 がありますので之と腓腹筋起始部(腱 部,fabe-

lla,腱膜 など)の 間で膝 を伸展位 にすることで圧迫 し不

全麻痺 を起すことがあ ります し,膝 後方痛の原因にも

な ります.私 は手術例,手 術部に血流 測定した例 もも

っておりますがこの部分 の神経は1本 のたて に走 る血

管支配 を受け周囲 より入 る血管がない事 も原因の 一っ

と思 われます.教 科書 には腓骨頚部 が麻痺 の好発場所

とありますが,こ のFabella部 も上 に述 べた様 な要因

をもっている事 を知 っておく必要 があります.軽 症は

腰痛 の鑑 別にもあげる必要がある事 を追 加 したいと思

います.

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