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千葉県木更津市地先ノリ養殖漁場における栄養塩 (DIN,DIP)濃度とノリ葉体の色調の関係 誌名 誌名 千葉県水産総合研究センター研究報告 = Bulletin of the Chiba Prefectural Fisheries Research Center ISSN ISSN 18810594 巻/号 巻/号 11 掲載ページ 掲載ページ p. 31-37 発行年月 発行年月 2017年3月 農林水産省 農林水産技術会議事務局筑波産学連携支援センター Tsukuba Business-Academia Cooperation Support Center, Agriculture, Forestry and Fisheries Research Council Secretariat

千葉県木更津市地先ノリ養殖漁場における栄養塩 …下でのDIPの増減とノリ色調の変化について詳細に調 べた例は報告されていない。筆者らは,2011

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Page 1: 千葉県木更津市地先ノリ養殖漁場における栄養塩 …下でのDIPの増減とノリ色調の変化について詳細に調 べた例は報告されていない。筆者らは,2011

千葉県木更津市地先ノリ養殖漁場における栄養塩(DIN,DIP)濃度とノリ葉体の色調の関係

誌名誌名千葉県水産総合研究センター研究報告 = Bulletin of the Chiba PrefecturalFisheries Research Center

ISSNISSN 18810594

巻/号巻/号 11

掲載ページ掲載ページ p. 31-37

発行年月発行年月 2017年3月

農林水産省 農林水産技術会議事務局筑波産学連携支援センターTsukuba Business-Academia Cooperation Support Center, Agriculture, Forestry and Fisheries Research CouncilSecretariat

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千葉水総研報, No.II,31-37, (2017)

Bull. Chiba Pref. Fish. Res. Ctr.

千葉県木更津市地先ノリ養殖漁場における栄養塩 (DIN,DIP)濃度と

ノリ葉体の色調の関係

林俊裕科•長谷川健—* . 梶山誠*

Relationships between Nutrient Concentration (DIN, DIP) and Color Tone of

Nori Laver in Chiba Prefecture Kisarazu Coastal Area

Tos軍 o恥 YASHI*, Kenichi枷 EGAwA*and Makoto K叩 AMA*

2011年 1月から 3月にかけて千葉県木更沖市地先のノリ養殖漁場において,栄養塩量とノリの色調に関する追跡

調査を行っteo調査期間中のDINは14.4-56.3μMの範囲で,東京湾における色調良好な乾ノリの生産に必要とさ

れる値 (8μM) を大きく上回って推移した。一方DIPは一時的に色調良好な乾ノリ生産に必要な値 (0.25μM)

を下回る調査点があり,北部浮き流し漁場では色落ちが発生した。支柱柵漁場でも DIP濃度は一時的に減少した

地点があったが,短期間で回復し顕著な色落ちは生じなかっにこのように,木更津市地先ではDIP不足が原因

とみられるノリの色調低下が発生すること,短期間のDIP不足であれば色落ちを回腔できる可能性が高いことが

明らかとなった。

キーワード:ノリ,色落ち,栄養塩

はじめに

ノリ養殖では,瀬戸内海をはじめとする多くの海域

で栄養塩不足による葉体の色調低下(いわゆる色落ち)

が大きな問題となっている(渡邊 2009)。この色落ち

は, i卸或の栄養塩レベルの長期的な減少に加えて,珪

藻赤潮の発生による溶存無機態窒素(以下 DINと記

載),溶存無機態リン(以下DIP)などの栄養塩の消費

が原因と考えられている。また,ノリの色調保持に必

要な栄養塩量は海域の流動条件によって異なることが

知られ,色調を保持するのに必要なDIN濃度は有明海

では7μM,瀬戸内海では3μMと考えられており(渡

邊ら 2004,永田ら 2001),海域の特性に応じた色落ち

*千葉県水産総合研究センター東京湾漁業研究所

対策の検討が進められている(阿保ら 2015,川村ら

2011)。

千葉県でも,色調が低下した乾ノリ製品の出荷枚数が

2000年度以降顕著に増加し,漁期の短縮や生産枚数・

金額の減少が発生している(石井ら 2008,長谷川・林

2009)。このノリの色落ちの主原因として,栄養塩の長

期的な減少に加え,赤潮優占種の変化や発生頻度の増

加によるDIPの減少が考えられている(石井ら 2008)。

2011年 1,2月にも東京湾で大規模な養殖ノリの色落

ち被害が発生し,その際に千葉県富津市地先のノリ養

殖漁場で,漁場内の水質とノリの色調について詳細な

調査を行ったところ,栄養塩濃度の変動に対応したノ

リの色調の変化をとらえることができ,色彩色差計に

Tokyo Bay Fisheries Research Laboratory, Chiba Prefectural Fisheries Research Center, 3091 Kokubo, Futtsu, Chiba 293-0042

+ E-mail: thyshl [email protected]

31

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32 林• 長谷川・梶山

よる U値(色の明度を表す指標)が概ね 60以上が色

落ち初期症状, 65以上が色落ち, 70以上が収穫休止を

余儀なくされるような重度の色落ちと判断できると考

えられた。また富津市地先ではDIN,DIPがほぼ同調

的に変化し,色落ちと判断されない乾ノリの生産に必

要な栄養塩濃度はDINは6.4μM,DIPは 0.16μM,

高色調の乾ノリの生産に必要な栄養塩濃度はDINが8

μM, DIPは0.25μMを上回る値を維持することが目

安となると考えられた(林ら 2016)。

一方,東京湾では DINは十分に含まれていても,

DIPが不足して色調低下が生じると考えられる事例も

報告されているが(石井ら 2008,千葉県水産総合研究

センター東京湾漁業研究所 2012),十分量のDIN存在

下でのDIPの増減とノリ色調の変化について詳細に調

べた例は報告されていない。筆者らは, 2011年 1月か

ら3月に木更津市地先ノリ養殖漁場で,漁場内の水質

とノリの色調について詳細な調査を行い, DINが十分

に含まれる環境下でDIPの増減によるノリの色調の変

化をとらえることが出来たので報告する。

方法

調査は千葉県木更津市地先金田漁業協同組合ノリ養

殖漁場内で行い,調査点は漁場全体の傾向を把握でき

るように5点配置した(図 1)。本漁場は木更津市盤洲

干潟に位置し,岸側は支柱柵漁場 (St.1,2, 3), 沖側

は浮き流し漁場 (St4,5)が広がっているのが特徴で

ある。なお, St1は小櫃川の河口に近く,河川水の影

響を受けやすい場所に位置している。

調査は 2011年 1月から 3月にかけて週に 1回の頻

度で実施した。調査日は 1月 12, 17, 24日, 2月2,

7, 16, 23日, 3月 1, 8日で各調査点において,表層

の水温•塩分を測定するとともに,栄養塩濃度とクロ

ロフィル量を分析するための採水を行った。また各調

査点で養殖中のノリ葉体を採取した。

栄養塩濃度は,自動分析装置 (QuAAtro2-HR ビー

エルテック株式会社)により DIN,DIPを測定した3

また,植物プランクトン量の指標となるクロロフィル

a濃度の測定は常法に従って抽出した色素から,分光

疇計(日本分光社製V-550)により, 750,663, 630nm

における吸光度を測定しSCORFJUNESCO法で算出し

た。色調は採取したノリ葉体 (1調査点あたり 10枚)

をケント紙に張りつけ,基部から 7/10近辺を色彩色差

計 (CR-400コミカミノルタ株式会社)で測定した。色

調の評価は色の明度を表すE値を指標とし,数値が低

いノリを黒の色調が強い高色調のノリとして評価した)

また,千葉県漁連乾のり共販上場のために金田漁協に

集荷(概ね収獲の 1,2日後)された乾ノリのうち,等

級格付け検査において色が浅いと判断された等級 (A

印)の割合を集計しじ値との関連を検討した。

東京都

図1 調査点図

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ノリ養殖漁場における栄養塩量と葉体色調の関係

結果

水温・塩分の経過

水温は支柱柵漁場 (St1, 2, 3)が低く変動が大きい

傾向があった。特に Stlは浮き流し漁場 (St4,5)よ

り常に 1-3℃低い 6-9℃台で推移した。 St2, 3は 1月

17日を除いて浮き流し漁場との水温差は 1℃以内であ

ったが, 1月 17日にはSt2は浮き流し漁場より約5℃

低い6℃まで低下した。浮き流し漁場 (St4,5)では

水温差 0.5℃以内でほぼ同調的に変化し 9-11℃台で推

移した(図2)。

塩分はSt4がやや高い傾向が見られたが,調査点間

の差は0.5以内でほぼ同調的に変化した。 1月 12日か

ら2月22日は概ね32台で変化し, 3月以降は概ね31

台に低下した(図2)。

クロロフィルaの経過

クロロフィルa濃度は, St.Iでは調査期間中,他の

調査点より低い 0.1-6.7μg!Lで推移した。その他の調

査点では, 1月 12日に St5で50μg!Lを超える高い値

を示したのを除いて, 17日までは2.0-8.5μglLで調査

点間の差が少なく低い値で推移していたが 24日には

12.3-13.6μglLに上昇した。 2月2日には浮き流し漁場

(St4, 5)では20μg!Lを上回ったが,支柱柵漁場 (St

2, 3)では6.3-10.9μglLであった。 2月7日にはSt.4,

5は12.9μg!L前後に低下したが, St2, 3は12.3-17.5

μg!Lに上昇した。 2月 16日には全域で2.3μg!L以下

に低下し以後は lOμg!Lを上回ることなく低い値で推

移した(図2)。

栄養塩の経過

DINは, 1月 12日から 2月7日にかけて 16.4-24.0μ

Mの範囲で推移し高い値を維持していた。2月 16日以

降はさらに値が上昇し3月1日まで22.3-39.0μMの範

囲で推移した。 3月 8日にはさらに上昇し全調査点で

30μMを上回った。(図2)。

DIPは, 1月 12日に0.27-0.48μMと調査点間の差が

小さかったが, 17日から 24日には浮き流し漁場 (St

4, 5)では0.12-0.26μMに減少した。支柱柵漁場 (St

2, 3)については0.28-0.60μMであった。 2月2日に

はSt4,5では0.06μM,St2, 3も0.12-0.27μMに減

少し7日にはSt2,3, 4, 5ではO.lμM以下まで減少

した。一方,河川水の影響を受ける St1は 1月24日

から 2月 7日にかけて 0.4-0.67μMを示し他の調査点

より高い値で推移した。 16日には全調査点で O.SμM

以上に回復し, 23日から 3月 1日は 0.3-0.7μMの範

囲で推移した。 3月8日には0.8μMを上回る高い値と

なった(図2)。

ノリ色調の経過

U値は, St 1では調査期間中 45.3-52.4で推移し色

調の低下は生じなかった。その他の調査点では 1月 12

日から 24日は全調査点56以下の高い色調で推移した

が, 2月2日から 7日にかけて全体的に上昇し沖のSt

5の値は67-68を示す色落ち状態となった。 St2, 3,

4でも 57-59に上昇しやや色調が低下した。 2月 16日

にはSt5では60を上回る軽微な色落ちレベルの値が

続いたが St2, 3, 4は57以下に低下し色調が回復し

た。 23日以降も St5の値がやや高めで推移したが St.

2, 3, 4では概ね50以下で推移し色調が悪化すること

は無かった(図2)。

金田漁協に出荷された乾ノリのうち色調低下が見

られた枚数(乾ノリ等級検査において色が浅いA印と

評価された枚数)の比率は, 1月30日までは0%であ

った。 2月3,4日には0.3-1.7%, 14, 15日には2.7-

6.7%となったが,色調の低下したノリの割合は低く,

漁業者の判断で収穫が休止される事態にはいたらなか

った(図 3)。

考察

調査期間中の水温・塩分の経過についてはノリの生

育に顕著な影響を与えると考えられるような変化は見

られなかった。栄養塩とクロロフィルa濃度の変化を

比較すると,クロロフィルa濃度のピーク時にDIP濃

度は最小値を示すことが,浮き流し漁場の調査点 (St.

4, 5)では2月2日,支柱柵漁場 (St2,3)では5日

後の7日に確認され, DIP濃度が低下した要因は主に

植物プランクトンの増加であると考えられた。

そして, 1月24日から 2月7日にかけてクロロフィ

ルa濃度が lOμg!Lを上回った調査点ではDIPが一時

的に色調良好な乾ノリ生産に必要と考えられる値

(0.25μM)以下に低下した。

33

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34 林・長谷川・梶山

(3。)痣妥

2

1

0

9

8

7

6

5

1

l

l

33

2

3 念

31

塩分の経過

(Wュ)乙G

実線

点線

(Kュ)dIG

実線

点線

40

1.2

1.0

0.8

0.6

0.4

0.2

DIN濃度の変化

30

20

10

゜高色調の乾のり生産に必要な濃度 (8μg/L)

色落ちと判断されない乾のり生産に必要な濃度 (6.4μg/L)

DIP濃度の変化

0.0

高色調の乾のり生産に必要な濃度 (0.25μg/L)

色落ちと判断されない乾のり生産に必要な濃度 (0.16μg/L)

゜ー/

0 0 0 0 0 0 0

6

5

4

3

2

l

(苓ュ)尽こ‘Lロロへ

クロロフィルaの経過 ノリの色調 (L*値) の変化

羞入I

1/20 1/30 2/9 月日

-.-st.1

廻痔叶罪卓+9

(逗*1)匿氾S

[

¥

(起快)

緑迄据丑6

へ温

2/19

図2

3/1 3/11

70

65

60

55

50

45

40

1/10 1/20

実線

点線

-e-St.2 -st.2 -o-St.4

各調査点における調査結果の推移

1/30 2/9 月日

色落ちレベル (65)

色落ち初期症状 (60)

2/19 3/1 3/11

一St.5

゜ー/

00 000000000

0987654321

▲ 怠)

忽炉疸丑ミ湿心橡叫

゜19876543210 ーー/

3

図3

1/30 2/9 月日

金田漁協における乾ノリ出荷枚数と

色落ちノリの割合▲

1/20 2/19 3/1

こニコ出荷枚数

十色落ちノリ出荷割合

L*値 (5地点平均値)

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ノリ養殖漁場における栄養塩量と葉体色調の関係

一方DIN濃度は 14.4-56.3の範囲で色調良好な乾ノ

リの生産に必要とされる値 (8μM)を大きく上回って

推移した。

このように木更津市地先で今回生じたノリの色調

低下は十分量のDINが存在しているにも関わらずDIP

濃度が低下したために発生したと考えられた。

また,養殖スサビノリ葉体の窒素とリンの含有量の

比率は26:1であることが分かっており (J11口ら 2003),

DINとDIPの存在比 (DIN/DIP)が26を上回ればリン

が制限要因, 26を下回れば窒素が制限要因となって色

調低下が生じていると考察することできる(石井ら

2008)。解析の結果,調査期間中,存在比は全調査点に

おいて26を上回り(図4)'特に浮き流し漁場では DIP

が最低値となった 2月2日の存在比は St4では267,

St5では329まで上昇した。支柱柵漁場でも 2月7日

にはSt2で 190,St3で220まで上昇したが,浮き流

し漁場と比較すると数値は低めで推移した。このよう

に色調低下は DINとDIPの同調的な変化ではなく,

DIP濃度の著しい減少によって生じ,浮き流且魚場の

減少の度合がより高いことが本解析から裏付けられた。

そこで DIP濃度と色調の変化の関連を最も色調低下

が著しかった北部の浮き流し漁場 (St5)およびその岸

寄りに位置する支柱柵漁場 (St.3)においてそれぞれ考

察した。

浮き流し漁場 (St5)ではDIP濃度は 1月 17日に

0.16μMまで低下し高色調の保持に必要な0.25μMを

下回った。さらに 24日には O.llμMまで低下し色落

ちが生じる値 (0.16μM)を下回った。それに対応して

U値は 1月24日には54.8,2月2日には色落ちレベル

の値 (L*値 65)を上回る 68.2まで上昇するなど約 1週

間遅れて,色調の顕著な変化が確認された。その後,

DIPが2月 16日に0.54μMまで,じ値は23日には54

まで回復した(図5)。

支柱柵漁場 (St3)のDIP濃度は2月2日までは

0.25μMを上回る値で推移し,高色調の保持に必要な

値 (0.25μM)を上回っていたが, 2月7日には0.08μ

M まで減少し色落ちが生じる値 (0.16μM) を下回っ

た。その後DIP濃度は短期間で回復し 16日には 0.72

μ Mま讀加した。それに対応して,じ値は 1月 17日

から 24日までの低い値 (50.3-53.3)から 2月2日から

16日には56.9-57.8まで上昇したが,2月23日には47.7

まで低下し色落ち初期症状のレベル (L*値60)を上回

ることは無かった(図6)。このように浮き流し漁場で

は顕著な色調低下が生じたのに対してその岸よりの支

柱柵漁場では顕著な色調低下は生じなかった。

小池ら (2013)による室内試験の結果ではリン欠乏

状態における色調低下の速度は窒素欠乏と比較して遅

く,緩やかな変化を示し,色調良好なノリ葉体が色落

ち状態に至るまでの期間は窒素欠乏では3日間程度で

あるのに対してリン欠乏では7日間程度を要すること

が明らかとなっている。今回のノリ養殖漁場における

調査結果でも, DIP濃度の変化に対応してU値の変化

が明らかとなるまでの期間は概ね7日間程度であり,

ほぼこの知見と一致した。

そして,支由柵漁場では, DIP濃度が低下する期間

が短かったために色調低下が進行する前に回復し顕著

な色調低下を免れた可能性が考えられた。その結果,

浮き流し漁場では2月2日にU値が最も上昇し 16日

まで軽微な色落ちレベルの値 (60)が続いたため,漁

協に出荷された乾ノリのうち色調低下が見られた枚数

(A印)の割合は2月2,3日には0.3-1.7%,14, 15日

には2.7-6.7%となったが,支柱柵の色調低下が軽微だ

ったことや, 2月 16日にはDIP濃度が短期間で高色調

の保持に必要な値を上回るまでに回復したため色調低

下による収穫の自主的な休止には至らなかったと考え

られる。

支柱柵漁場におけるDIP濃度の低下が浮き流し漁場

と比較して軽微であった理由としてはクロロフィル a

濃度が比較的低く植物プランクトンの生息密度が低い

ことや陸域に近く河川水等からのDIPの供給を受けや

すいことなどが影響している可能性が考えられた。中

でも小櫃川河口に近いStlについてはクロロフィルa

濃度は調査期間中6.7μg/L以下で推移しDIP濃度は常

に高色調の保持に必要な値 (0.25μM)を上回り,色調

の低下は生じなかった)このような場所を上手く活用

することにより色調低下の被害を軽減できる可能性が

あることも明らかとなった。

以上のように木更津市地先漁場で生じたDIP不足に

よる色調低下は, DIN不足の場合と比較して進行が緩

やかであるため,短期間のDIP不足であれば多少の色

35

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36 林・ 長谷川・梶山

調低下はみられるものの,収穫休止などの被害には至

らないものと考えられた。

一方,色調低下が生じた葉体に十分量の栄養塩を添

加し色調回復を試みた試験では,窒素欠乏の葉体の色

調は5日間程度で回復したのに対してリン欠乏の葉体

では回復までに8日間程度を要することも明らかとな

っている(小池ら 2013)。このことから, DIP不足が

長期化し顕著な色調低下が生じた場合は、その回復に

は日数を要するため被害が長期化する可能性があり,

留意が必要である。

本調査を行うにあたり,金田漁業協同組合の関係者

の皆様に多大なご協力をいただいたことに感謝します。

350300250200150

113抵dIdニ

ZIO 100

50

゜1/10 1/20 1/30 2/9 2/19 3/1 3/11

図4 調査期間中のDINとDIP存在比

(DIN/DIP)の変化(点線は存在比26)

---St. I -------St.2~St.3 --0--St.4 -ts-St.5

1.2 70

^ :;E ュ 1.0 65

60 迫..... * ...:i — ......, 0.8

~~ 0.6 55

0.4 50

0.2 45

0.0 40 1/10 1/20 1/30 2/9 2/19 3/1 3/11

図5 浮き流し漁場 (St.5) におけるL*値

とDIPの変化(■ : DIP, 口: L*値)上実線色落ちレベル (65)

上点線色落ち初期症状 (60)

下実線 高色調の乾のり生産に必要な濃度 (0.25μ 哲L)

下点線 色落ちと判断されない乾のり生産に必要な濃度 (0.16μg/L)

1.2 70

1.0 65

ヘヽ:::E :::l.. 0 . 8 60迄...,. こ—

~I'.'.:) 0.6 ロ■ 55

0.4 l 口 ~I V ¥,

f :: 00..2 0 ~ ......... I ・・ニI I ........I ............ I ........ I

1/10 1/20 1/30 2/9 2/19 3/1 3/11

図6 支柱柵漁場 (St.3) におけるL*値と

DIPの変化の比較(● : DIP, □ : L*値)

上実線色落ちレベル (65)

上点線色落ち初期症状 (60)

下実線 高色調の乾のり生産に必要な濃度 (0.25μg/L)

下点線 色落ちと判断されない乾のり生産に必要な濃度 (0.16μg/L)

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付表調査点ごとの測定結果

水温クロロフ

DIN DIP 月日 調査点

(°C) 塩分 ィルa

(μM) (μM) {,μg心

1/12 Stl 8.3 32.0 2.0 24.0 0.3 1/17 8.3 32.5 6.7 17.6 0.3 1/24 8.4 32.3 1.4 19.5 0.5 2/2 6.4 32.4 1.0 22.8 0.7 2/7 9.4 32.3 0.5 19.5 0.4 2/16 7.8 32.3 0.1 26.9 0.7 2/23 9.3 32.4 2.1 27.3 0.6 3/1 7.7 31.6 1.7 25.6 0.6 3/8 9.0 31.5 0.3 31.9 1.1

1/12 St2 11.1 32.0 23.7 0.3 1/17 9.3 32.6 6.1 16.6 0.3 1/24 10.7 32.6 13.5 19.0 0.3 2/2 9.0 32.2 10.9 18.0 0.1 2/7 10.7 32.5 17.5 18.4 0.1 2/16 9.4 32.3 0.8 26.8 0.6 2/23 10.2 32.3 5.4 25.8 0.4 3/1 10.7 31.9 4.9 26.5 0.4 3/8 10.l 31.7 2.4 34.3 0.9

1/12 St3 11.0 32.l 6.5 25.1 0.5 1/17 6.0 32.5 3.5 22.7 0.6 1/24 10.2 32.5 12.3 21.2 0.4 2/2 8.9 32.2 6.3 18.5 0.3 2/7 10.5 32.4 12.3 17.1 0.1 2/16 9.1 32.2 0.6 28.9 0.7 2/23 10.3 32.3 6.3 27.5 0.7 3/1 10.1 31.9 3.5 28.1 0.6 3/8 9.3 31.1 1.5 39.0 1.2

L*値

52.2 45.3 48.6 50.1 52.4 49.1 49.6 49.1 47.2

54.4 45.9 47.8 57.4 57.8 47.7 50.7 49.1 43.6

55.8 50.3 53.3 58.1 57.6 56.9 48.8 52.3 47.9

渡 (2009) ノリ養殖と珪藻疇・栄養塩海洋

と生物, 181,112-117.

渡邊康憲•川村嘉応・半田亮司 (2004) ノリ養殖と栄

養塩ダイナミクス.沿岸海洋研究 42,47-54.

(2016年 12月 13日受付, 2017年3月3日受理)

水温クロロフ

DlN DIP 調

でC)塩分 ィルa

(μM) L*値

(μM) (pg/L)

St4 11.1 31.9 8.5 19.7 0.3 51.4 10.5 32.1 3.6 25.8 0.3 50.5 11.1 32.6 13.4 18.2 0.2 53.8 10.l 32.5 21.9 16.4 0.1 58.8 10.7 32.6 12.9 18.5 0.1 59.0 10.0 32.7 0.6 22.3 0.6 51.7 10.5 32.3 8.2 24.8 0.4 47.8 10.4 32.1 5.3 25.5 0.3 49.4 10.2 31.6 0.9 31.l 0.9 48.6

St.5 11.6 31.9 53.6 18.8 0.4 50.4 10.8 32.4 8.6 18.1 0.2 51.4 10.6 32.5 13.6 19.5 0.1 54.8 9.5 32.1 26.l 20.2 0.1 68.2 10.8 32.3 12.9 20.8 0.1 66.9 10.5 32.2 2.2 27.0 0.5 60.8 10.4 32.1 5.7 25.9 0.3 53.4 11.0 31.9 2.3 27.3 0.4 58.9 10.5 31.4 3.2 35.5 0.9 50.1

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