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千葉県富津市地先ノリ養殖漁場における栄養塩濃度 (DIN,DIP)とノリ葉体の色調の関係について 誌名 誌名 千葉県水産総合研究センター研究報告 = Bulletin of the Chiba Prefectural Fisheries Research Center ISSN ISSN 18810594 著者 著者 林, 俊裕 長谷川, 健一 梶山, 誠 巻/号 巻/号 10号 掲載ページ 掲載ページ p. 19-25 発行年月 発行年月 2016年3月 農林水産省 農林水産技術会議事務局筑波産学連携支援センター Tsukuba Business-Academia Cooperation Support Center, Agriculture, Forestry and Fisheries Research Council Secretariat

千葉県富津市地先ノリ養殖漁場における栄養塩濃度 …千葉県富津市地先ノリ養殖漁場における栄養塩濃度(DIN,DIP)とノリ葉体の色調の関係について

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千葉県富津市地先ノリ養殖漁場における栄養塩濃度(DIN,DIP)とノリ葉体の色調の関係について

誌名誌名千葉県水産総合研究センター研究報告 = Bulletin of the Chiba PrefecturalFisheries Research Center

ISSNISSN 18810594

著者著者林, 俊裕長谷川, 健一梶山, 誠

巻/号巻/号 10号

掲載ページ掲載ページ p. 19-25

発行年月発行年月 2016年3月

農林水産省 農林水産技術会議事務局筑波産学連携支援センターTsukuba Business-Academia Cooperation Support Center, Agriculture, Forestry and Fisheries Research CouncilSecretariat

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千葉県富津市地先ノリ養殖漁場における

栄養塩濃度(DIN,DIP)とノリ葉体の色調の関係について

林 俊裕・長谷川 健一・梶山 誠

The relationships between nutrient concentration (DIN,DIP) and color tone of nori laver in Chiba prefecture futtsu coastal area

Toshihiro HAYASHI, Kenichi HASEGAWA and Makoto KAJIYAMA

キーワード:ノリ,色落ち,栄養塩

はじめに

 ノリ養殖では,瀬戸内海をはじめとする多くの海域で栄養塩不足による葉体の色調低下(いわゆる色落ち)が大きな問題となっている1)。この色調低下は,海域の栄養塩レベルの長期的な減少に加えて,珪藻赤潮の発生による溶存無機態窒素(以下DINと記載),溶存無機態リン(以下DIPと記載)などの栄養塩の消費が原因と考えられている。また,ノリの色調保持に必要な栄養塩濃度は海域の流動条件によって異なることが知られ,色調を保持するのに必要なDIN濃度は有明海では7μM,瀬戸内海では3μMと考えられており2, 3),海域の特性に応じた色落ち対策の検討が進められている4,5)。 千葉県でも,色調が低下した乾のり製品の出荷枚数が2000年度以降顕著に増加し,漁期の短縮や生産枚数・金額の減少が発生している6,7)。このノリの色落ちの主原因として,赤潮発生種の変化や発生頻度の増加によるDIPの長期的な減少が考えられている6)。 また,東京湾では出荷された乾のりの品質と海域の栄養塩濃度との関連や漁場全体の栄養塩濃度と色調の平均値を用いて関連を検討した事例は報告されているが6,8),局所的な栄養塩濃度の増減とノリの色調の変化について詳細に調べた例は報告されていない。 東京湾では2011年1~2月に,大規模な養殖ノリの色落ち被害が発生した。筆者らは,千葉県富津市地先のノリ養殖漁場で,漁場内の水質とノリの色調について詳細な調査を行い,栄養塩レベルの変動とそれに対応したノリの色調の変化をとらえることが出来た。この結果,栄養塩レベルとノリの色調変化の関係および

富津市地先におけるノリ養殖に必要な栄養塩レベルについての知見が得られたので報告する。

方 法

 調査は千葉県富津市地先大佐和漁業協同組合ノリ養殖漁場内6定点で行った(図1)。本漁場は千葉県のノリ養殖主産地である富津岬南側に位置し,St.1,2は近辺に流入する河川水の影響を受けやすい地点,St.3,4については漁場の中央付近,St.5,6については漁場の南端で外洋性の海水の影響を受けやすい特徴がある。 調査は2011年1~3月にかけて週に1~2回の頻度で実施した。調査日は1月12日,18日,26日,31日,2月3日,

千葉水総研報,№10,19-25,(2016)Bull. Chiba Pref. Fish. Res. Ctr.

図1 調査点図□はノリ養殖浮き流し漁場1区画(50×67m)を表す

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7日,10日,14日,17日,23日,3月1日,9日で各調査点において,表層の水温・塩分を測定するとともに,栄養塩量とクロロフィルa量を分析するための採水を行った。また各調査点で養殖中のノリ葉体を採取した。栄養塩量は,自動分析装置(QuAAtro 2-HR ビーエルテック株式会社)によりDIN,DIPを測定した。また,植物プランクトン量の指標となるクロロフィルa量の測定は,試水をガラスフィルター(Whatman社製GF/C)で適量ろ過した後,ろ紙をジメチルホルムアミドに24時間以上浸漬して色素を抽出し,分光光度計(日本分光社製V-550)により,750,663,630nmにおける吸光度を測定しSCORE/UNESCO法で算出した。色調は採取したノリ葉体(1調査点あたり10枚)について,基部から7/10近辺を色彩色差計(CR-400コミカミノルタ株式会社)で測定した。ノリの色調の評価は色の明度を表すL*値を指標とし,数値が低いノリを黒の色調が強い高色調のノリとして評価した。また,千葉県漁連乾のり共販上場のために大佐和漁協に出荷(概ね収獲の1~2日後)された乾のりのうち,等級格付け検査において色が浅いと判断された等級(A印)の割合を集計しL*値との関連を検討した。

結 果

水温

 水温は1月12日には10.4~12.4℃で調査点間の差は2℃であったが,18日には岸よりのSt.1が9.7℃に低下したのに対して,沖のSt.4では12.5℃に上昇し調査点間の水温差は2.8℃に拡大した。26日には北側のSt.1,2,3,4が9℃台であったのに対して,南側のSt.5,6は14℃台を示し,水温差は5℃まで拡大した。31日になっても同様の傾向が続き水温差は4.6℃であったが,2月3日になると11.7~12.6℃で調査点間の差は1℃以内に縮小した。7日以降は調査点間の差は0.9~1.3℃の範囲で10~12℃台の間で同様の傾向を示した(図2)。

塩分

 塩分は1月12日には33.2~33.6で調査点間の差は0.4,18日は33~33.6で,調査点間の差は0.6であったが,26日には北側のSt.1,2,3,4では33.5前後であったのに対して,南側のSt.5,6では34.6で調査点間の差は1.2に拡大した。31日になっても同様の傾向が続き塩分差は1.2であったが,2月3日になると塩分は34.0~34.1で調査点間の差が縮小した。7日以降は調査点間の差は0.1~0.5の範囲で33.0~33.7の間で同様の増減傾向を示した(図3)。

クロロフィルa

 クロロフィルa量は,1月12日は1.8~4.1μg/L,18日は2.7~5.1μg/Lで調査点間の差が少なく概ね5μg/L以下で推移していた。26日には南側のSt.5, 6では5.1~5.6μg/Lであったのに対して,その他の調査点では13.5~19.5μg/Lに増加した。31日にはSt.6では6.9μg/Lであったが,その他の調査点では11.5~15.8μg/Lと高い値が続いた。2月3日にはSt.3では12.6μg/Lで高い値が続いたが,その他の調査点では4.7~9.3μg/Lに減少した。その後,7日から10日までは5.0~9.9μg/Lの範囲で推移し,14日になると全調査点で2μg/L以下まで減少した。 17日以降は調査点間の差は2.9~3.6μg/Lの範囲で, 1~10μg/Lの間で同調的に推移した(図4)。

図3 各調査点の塩分の経過

図2 各調査点の水温の経過図4 各調査点のクロロフィルaの経過

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栄養塩

 DINは,1月12から18日にかけて,St.1,2では14.5~15.9μM,その他の調査点でも10.7~14.3μMで高い値を維持していた。しかし1月26日には調査点5,6で2.8~3.3μM,その他の調査点では0.2~0.3μMに著しく低下し,その後も1月31日~2月3日にかけて0.3~3.6μMの低い水準が続いた。2月7日になるとSt.1,2,5,6では0.9~2.3μMの低い水準が続いたが,St.3,4では5.7~7.2μMに上昇し回復傾向を示し始めた。その後,10日になると全調査点で3.4~9.5μMまで回復し,14日には12.2~14.9μM,17日には13.6~15.8μMまで上昇した。23日以降は4.8~13.7μMの範囲でほぼ同調的に緩やかに低下していった(図5)。

 DIPは,1月12日は0.38~0.47μM,18日には0.25~0.40μMに低下したものの高い値が続いていた。しかし1月26日にはSt.5,6で0.16~0.18μM,その他の調査点では0.01~0.04μMに著しく低下し,1月31日は0.04~0.13,2月3日は0.03~0.08,2月7日は0.00~0.06μMの低水準が続いた。その後,10日になると全調査点で0.11~0.25μMまで回復し,14日には0.39~0.47μM,17日には0.40~0.53μMまで上昇した。23日以

降は0.10~0.40μMの範囲でほぼ同調的に緩やかに低下した(図6)。ノリ色調

 L*値は,1月12日は48.8~54.6,18日には48.5~54.3を示す高色調であったが,26日には58~67.3へ上昇し色調が低下した。その後1月31日~2月3日にかけては60.4~70.9でほぼ横ばいであったが,2月7日には70.2~76.4,10日には65.9~74.6まで上昇し,色調が著しく低下した。14日になると58.8~68.3に低下し色調が回復を示し,17日には全域で60以下に低下し色調が回復した。23日以降は51.9~59.6の範囲で推移し色調が悪化することは無かった(図7)。

 大佐和漁協に出荷された乾のりのうち色調低下が見られた枚数(乾のり等級検査において色が浅いA印と評価された枚数)の比率は,1月25日までは0%であったが,26日には12.6%となった。そして,27日には27.1%,2月3日には37.3%まで上昇し5日には最も高い53%に達した。7日~13日にかけては漁業者の判断で収獲が休止されたため,10~14日は出荷が無く,出荷が再開した15日には6.4%に低下し,17日以降はA印の割合は0%となった(図8)。栄養塩濃度とノリ色調の変化

 千葉県水産総合研究センターによる大佐和漁協ノリ養殖漁場内の定期調査点(大貫ベタ)における2010年度のノリ養殖期間中(11~3月)の栄養塩濃度を見ると*(図9),DINは11~12月にかけて概ね10μM以上,DIPは0.3μM以上の値が続いていたが,1月下旬以降著しく低下し,2月中旬にかけてDINは0.9~3.8μM,DIPは0.00~0.06μMの低水準が続いた。2月中旬に入るとDINは12μM,DIPは0.4μMを上回る値に回復し, 2月下旬以降は著しい栄養塩濃度の低下は見られなかった。 このように,2011年1~3月に著しい栄養塩濃度の

* のり海況速報(2010年)第4報~第12報,のり養殖通報(2010年)第5報~第14報,千葉県水産総合研究センター http://www.pref.chiba.lg.jp/lab-suisan/suisan/suisan/index.html

図6 各調査点のDIP濃度の変化

図5 各調査点のDIN濃度の変化

図7 各調査点のL*の推移

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変化が生じており,この間の栄養塩濃度や水温,塩分の変化を調査点別にみると,隣接する調査点であるSt.1,2,St.3,4,St.5,6は同調して他の調査点と違う変動傾向を示していたことから,隣接する調査点ごとに,DINとDIPの推移とL*値の変化を検討した。 St.1,2では1月12~18日にはDINが14.5~15.8μM,DIPが0.38~0.47μM含まれていたが,26日にはDINが

0.2~0.3μM,DIPも0.03~0.04μMに低下し,2月3日まで低水準が続いた。L*値は12~18日は49.3~54.4の低い値であったが,26日には58.0~59.1,31日は60.4~64.8,2月3日には64.7~70.8に上昇した。そしてL*値の最高値が確認されたのは7日(L*値72.8~76.4)であった。また, 10日にはDINは3.4~5.3μM,DIPは0.14~0.15μMに回復したが,この時点のL*値は74.4~74.6と高い値が続き,14日になって65.7~68.3まで低下しているのが確認された。また,14~17日にかけては,DINは14.3~15.0μM,DIPは0.44~0.53μMと高い値が続き,23日にはDINは9.2~9.7μM,DIPは0.25~0.27μMに低下し以後はほぼ横ばいが続いたが,L*値には目立った変化は見られなかった(図10,11)。 St.3,4は1月12~18日にはDINが10.7~14.3μM,DIPが0.30~0.45μM含まれていたが26日にはDINが0.2μM,DIPも0.01~0.03μMに低下した。DINは31日には2.4~3.6μMに若干回復したが,3日には再び0.6~0.9

図8 大佐和漁協における乾のり出荷枚数と色落ちノリの割合

図9 定期調査点(大貫ベタ)における DIN,DIPの推移

図10 St.1, 2におけるL*値,DINの変化の比較 図11 St.1, 2におけるL*値,DIPの変化の比較

出荷枚数

*2月7日~13日は収穫が休止された。

色落ちノリ出荷割合

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μMに低下した。DIPは1月31日~2月3日にかけて0.03~0.05μMで増減は少なかった。一方,L*値は12~18日の48.8~51.8の低い値から26日には59.7~62.9まで上昇したが,その後2月3日までは64.0以下でほぼ横ばいが続き,最高値が確認されたのは7日(L*値70.4~72.2)であった。また, 7日にはDINは5.8~7.2μMに回復したが,DIPは0.04~0.06の低水準が続き,L*値も10日までは70.3~72.2と高い値が続いた。L*値は14日になって58.8~62.0まで低下しているのが確認された。また,14日~3月9日かけては,DINは10.2~15.0μM,DIPは0.29~0.49μMと高い値が続き,L*値には目立った変化は見られなかった(図12,13)。 St.5,6は1月18日にはDINが11.5~11.6μM,DIPが0.25~0.28μM含まれていた。26日にはDINが2.8~3.3μM,DIPが0.16~0.18μM,31日にはDINが1.7~3.2μM,DIPが0.04~0.13μMまで低下したが,減少の度合いは他の調査点と比較すると軽微であった。その後は2月3日にはDINは0.3μM,DIPは0.03μMまで低下し, 7日まではDINは0.9~1.8μM,DIPは0.00~0.01μMの低水準が続いた。L*値は1月12~18日は48.5~

54.6の低い値から,26日には58.9~67.3に上昇したが,31日~ 2月3日までは64.2~70.9の範囲で大きく上昇しなかった。そして最も上昇したのが確認されたのは2月7日(L*値70.2~74.1)であった。 2月10日になるとDINが5.5~7.0μM,DIPが0.11~0.14μMに回復したが,この時点のL*値は65.9~74.0と高い値が続き,14日になって62.8~65.5まで低下しているのが確認された。 また,14~23日にかけては,DINは11.7~15.2μM,DIPは0.35~0.49μMと高い値が続き,3月1日にはDINが8.3~10.2μM,DIPは0.33~0.36μM,9日 にはDINが4.4~4.8μM,DIPは0.10~0.11μM,に低下したが,L*値には目立った変化は見られなかった(図14,15)。

考 察

 栄養塩濃度と色調の変化の関連を見るとDIN,DIP濃度の変化が直ちに色調の変化を生じさせることは無く,栄養塩濃度が低下してから4~8日間程度遅れて色

図12 St.3, 4におけるL*値,DINの変化の比較

図13 St.3, 4におけるL*値,DIPの変化の比較

図14 St.5, 6におけるL*値,DINの変化の比較

図15 St.5, 6におけるL*値,DIPの変化の比較

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調が低下する傾向や栄養塩濃度が上昇してから4~7日程度遅れて色調が回復する傾向が見られた。白石ら9)が有明海福岡県地先のり養殖漁場で調査した結果では栄養塩濃度が回復し,色落ちが初期症状段階まで回復するまでの期間は,室内実験の3倍程度を要し,軽度な色落ちで3日間,重度な色落ちで7日間程度の期間が必要であったが,今回の結果はこの知見とほぼ一致した。 今回の調査では,栄養塩濃度低下によって1月26日にはSt.3,6でL*値が60を上回り目視で色調低下が確認され始めた。この日に出荷された乾のりのうち色調低下が見られた枚数(色が浅いA印と評価された枚数)の比率は全出荷枚数の12.6%となった。31日にはさらに色調が悪化しL*値の平均値は65.1(60.4~70.9)に上昇しA印の出荷割合は27.1%に,2月3日にはL*値が平均65.7(63.3~70.8)に上昇しA印の出荷割合は2月5日に最も高い53%に達した。このため2月7日~13日にかけては漁業者の判断で収獲が休止されたが,この時のL*値は平均72を上回った。その後,2月14日に収獲が再開され,その時のL*値は平均64.1に,A印の出荷割合も6.4%まで低下し,全調査点でL*値が60を下回った2月17日以降はA印の出荷は無くなった(図8)。 このように, L*値測定結果と目視での判断や乾のり等級検査との対応から,概ねL*値60以上が色落ち初期症状,65以上が色落ち,70以上が収獲休止を余儀なくされるような重度の色落ちと判断できると考えられた。 小谷10)は有明海福岡県地先ののり養殖漁場におけるノリ葉体の色調を,肉眼的に5段階に分類し,それぞれの葉体のL*値測定結果との対応を検討した。その結果,L*値60以上が色落ちの初期症状,73以上が色落ちの目安と判断した。この結果は概ね本県の結果とも合致し,L*値による色落ちの判断基準は他県産の乾のりにも共通する目安として利用可能と考えられた。 また,2月3日までは極めて低レベルで推移した栄養塩濃度は7日以降回復に転じ,10日にはDINが平均6.4(3.4~9.5)μM,DIPは平均0.16(0.11~0.25)μMまで回復した。これを受けてノリの色調も数日遅れて回復し,2月14日には収獲が再開された。このことから色が浅いと判断されない乾のりの生産には,2月10日の栄養塩レベルであるDIN 6.4μM,DIP 0.16μM(6地点の平均値),を上回る値で推移することが必要と考えられた。 一方で,St.1,2では2月23日にDINが9.2~9.7μM,DIPが0.25~0.27μMに低下し以後も同水準で推移し

たがL*値の目立った変化はなく良好な色調が維持された。St.5,6でも3月1日にDINは8.3~10.2μM,DIPは0.33~0.36μMに低下したが,8日後の9日になってもL*値の目立った上昇は無く良好な色調が維持された。このことから高色調のノリの生産にはDIN8μM,DIP0.25μMを上回る栄養塩レベルを維持することが目安になると考えられた。 栄養塩の変化と水温,塩分,クロロフィルa量を比較すると,概ねクロロフィルa量の増加に伴い栄養塩濃度が低下する傾向が見られ(クロロフィルaとDIN:R2=0.51,クロロフィルとDIP:R2=0.57),栄養塩濃度が低下した要因は主に植物プランクトンの増加であると考えられた(図16,17)。 しかし,1月26日にはSt.1~4の水温は9.4~10.3℃,塩分は33.4~33.6でクロロフィルa 量が13.5~19.5μg/Lに上昇し,DINは0.16~0.26μM,DIPは0.01~0.04

図16 調査期間中のクロロフィルaとDINの相関関係について

図17 調査期間中のクロロフィルaとDIPの相関関係について

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μMまで低下したのに対して,St.5,6においては,水温は14.4~14.5℃,塩分は34.6で他調査点より高く,クロロフィルa 量は5.1~5.6μg/Lと低めで,DINは2.8~3.3μM,DIPは0.16~0.18μMで比較的栄養塩濃度低下が軽微であった。このように急激な植物プランクトンの増殖による栄養塩減少が生じる場合には,外洋性の海水の影響を受ける地点の栄養塩濃度が比較的高くなる事例があり,環境変化に応じて漁場を上手く利用することによって色調低下を軽微に留めることが出来る可能性が示唆された。 なお,今回の試験期間中にはDIN,DIPがほぼ同調的に変化し色調変化が生じていたと考えられるが,東京湾ではDINは十分に含まれていても,DIPが不足して色調低下が生じると考えられる事例も報告されており11),今回の調査でも2月7日にはSt. 3,4ではリン不足による色調回復の遅れが確認された。今後はDIP不足によって生じる色調低下についても同様の解析を行い,詳細を明らかにしていく必要があると考えられる。

 本調査を行うにあたり,大佐和漁業協同組合の関係者の皆様に多大なご協力をいただいたことに感謝する。

要 約

1)2011年1~3月にかけて千葉県富津市地先ののり養殖漁場において,漁場内の栄養塩量とノリの色調に関する追跡調査を行い「栄養塩とノリの色調の変化の関連」「富津市地先におけるノリ養殖に必要な栄養塩レベル」について考察した。

2) DIN,DIP濃度が変化しても色調の変化はすぐには現れず,L*値の変化には4~8日間程度の遅れが見られた。

3)概ねL*値60以上が色落ち初期症状,65以上が色落ち,70以上が収獲休止を余儀なくされるような重度の色落ちと判断できると考えられた。

4) L*値が70を上回った2月7日~13日には収獲が休止され,65を下回った14日から収獲が再開された。色落ちと判断されない乾のりの生産には,2月10日の栄養塩レベル(6地点の平均値)DIN 6.4μM,DIP 0.16μMを上回る値が必要と考えられた。

5)高色調のノリの生産にはDIN 8μM,DIP 0.25μMを上回るレベルを維持することが目安になると考えられた。

6)東京湾ではDINは十分に含まれていても,DIPが不足して色調低下が生じると考えられる事例も報告

されており,DIP不足によって生じる色調低下についても同様の解析を行い,詳細を明らかにしていく必要がある

文 献

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