1

イチゴ雌ずいの形態と受精能力の開花後の変化 - …...イチゴ雌ずいの形態と受精能力の開花後の変化 347 果実先端部と基部の種子不稔による奇形果の発生に及

  • Upload
    others

  • View
    13

  • Download
    0

Embed Size (px)

Citation preview

Page 1: イチゴ雌ずいの形態と受精能力の開花後の変化 - …...イチゴ雌ずいの形態と受精能力の開花後の変化 347 果実先端部と基部の種子不稔による奇形果の発生に及

園 学 雑.(J.Japan.Soc,Hort.Sci.)60(2):345-351 .1991,

イチ ゴ雌ず いの形態 と受精 能力の開花後 の変化

吉 田裕 一1・ 後藤 丹 十郎2・ 中條 利 明1・ 藤 目幸擴1

1香川大 学農 学部  761-07  香川 県木 田郡 三 木町

2京都大 学農 学部  569  大 阪府 高槻 市

Changes in the Anatomy and Receptivity of Pistils after Anthesis in Strawberry

Yuichi Yoshida1, Tanjuro Goto2, Toshiaki Chujo1 and Yukihiro Fujime11 Faculty of Agriculture

, Kagawa University, Miki-cho, Kita-gun, Kagawa 761-07 2 Faculty of Agriculture, Kyoto University, Takatsuki-shi, Osaka 569

Summary

Changes in anatomy and receptivity of pistils of strawberry (Fragaria •~ ananassa Duch.)

cv. Ai-Berry and Nyoho after anthesis were investigated.

1. In the cymose truss of the 'Ai-Berry', the distal pistils of the primary (first) flower to

open are small and immature, whereas proximal pistils near the base of the receptacle are

fully mature and receptive to pollen. In some cases, the stigma of distal pistils are not recep-

tive even 10 days after anthesis. Contrarily, on the tertiary (5th) flowers of 'Ai-Berry' and

primary flower of 'Nyoho', the differences in size and the stage of development between the

distal and proximal pistils are small and the pistils are equally receptive to pollen at anthesis.

2. The number of undeveloped distal achenes on the fruit decreased if pollination was

delayed in 'Ai-Berry', but the stigma on the basal pistils lost their receptivity 4 days after

anthesis. Thus, on flowers pollinated 4 or more days after anthesis, the basal pistils failed

to set seeds and developed poorly, giving rise to malformed fruits.

3. Malformed fruits in 'Ai-Berry' may be reduced by controlling the timing and the dura-

tion of the pollination period, but this is difficult because of the wide range in pistil maturi-

ty from the apex to the base of the receptacle. To overcome this problem of malformation

in 'Ai-Berry', cultural conditions which might narrow this range during flower development

need investigation.

緒 言

イチ ゴ(Fragaria×ananassa Duch.)'愛 ベ リー'は大

果 性 であ り,収 量性 も高 いが,特 に頂 花房 の上 位果 に

奇 形果 が 多発 しやす い特 性 を持 ち,当 品種 の 生産上 大

きな問題 とな って い る(11,14).奇 形果 の 多発 す る頂

花 房 の1次 あ るい は2次 の花 では,花 床頂 部 の雌 ず い

が 小 さい うえに色調 も異 な り,未 発育 で あ るこ とが肉

限 で観 察 され る.既 報(14)に おい て,奇 形果 発生 の

原 因 は花床 頂部 の雌 ず いの発 育 が基部 の雌 ず い と比較

して遅 れ てい る こ とに あ り,開 花 後6~8日 間人工 受

粉 を続 け るこ とに よ って,発 生が 軽減 され るこ とを明

らか に して い る.森 ・庄 下(7)は 花床 頂部 の雌 ず いの

受 精能 力 が開花7日 後 頃に最 も高 くな る としてい る.

この こ とか ら,発 育 の進 ん だ基部 の雌 ず いの受粉 時期

を遅 らせ,頂 部 の雌 ず いの発 育が 進 んでか ら一 斉 に受

精 させ るこ とに よって奇 形果 の発 生 を防止 し得 る可 能

性 が考 え られ る.

そ こで今 回 は,イ チ ゴ雌 ずいの 開花 後の受 精能 力 の

変 動 と奇形 果発 生 に対 す る受 粉時 期 の影響 につ い て調

査 し,あ わせ て,雌 ず いの発 育様 相 につ いて走査 型電

子顕微 鏡 に よる観察 を行 った結 果 につ い て報告 す る.

材 料 お よ び 方 法

供 試品種 と して先 端不 稔 によ る奇形 果の 多発す る'愛

ベ リー'と 先端不 稔 に よ る奇形 果発 生 がほ とん ど認 め ら

れ ない'女峰'を用 いた.育 苗 は京都 大学農 学部 附属 農場

で行 い,前 報(15)の 無 窒素育 苗 区 と同様 に,親 株 に

1990年4月19日  受理.大 果系イチゴの奇形果発生に

関す る研究.(第3報).本 報告の概要は昭和63年 度 園芸

学会秋季

345

Page 2: イチゴ雌ずいの形態と受精能力の開花後の変化 - …...イチゴ雌ずいの形態と受精能力の開花後の変化 347 果実先端部と基部の種子不稔による奇形果の発生に及

346 吉 田裕 一 ・後 藤丹 十 郎 ・中條 利 明 ・藤 目幸擴

のみ窒 素施 肥 を行 って無仮 植 育苗 した苗 を,1987年11

月20日 に香 川大 学農 学 部 の無加 温 ガ ラス室 内に 畦幅

120cm,株 間20cmで 定植 した.

元肥 施肥 量はN-P2O5-K2O=15-10-10kg/10aと し

て,硫 安,過 燐 酸石 灰,硫 酸加 里 で施 与 した.3月 下

旬 以 降は,追 肥 として液肥(N-P2O5-K2O=10-4-8%)

を適宜 施与 した.発 らい し始 め た翌 年1月20日 よ り保

温 を開始 した.し か し,定 植 時期 が遅 か っ たため に,

両品種 と も2月 上旬 か ら3月 上旬 にか け て開花 した頂

花房 と第1次 え き花 房 は株 の発育 が不 十分 であ り,花

器 も貧弱 だ ったの で開 花時 に除去 し,3月 下旬 か ら4

月上 旬に 開花 した第2次 え き花房 を実 験 に供 試 した.

開 花後 の雌 ず いの受精 能 力の変 動 につ いて,第2次

えき花房 の1,3,5番 花 を対 象 として処 理 を行 っ た.

それ ぞれの 花の うち,開 花 当 日か ら人工受 粉 を行 い,

開花2日 後 に除雄 した後,袋 掛 け を行 う処理 区 を0日

区 と した.さ らに,開 花予 想 日の前 日に除雄 ・袋 掛 け

を行 い,開 花2,4,6,8,10日 後 の朝(午 前9時

か ら10時)に 袋 を除 去 し,毛 筆 によ る人工受 粉 を行 う

処理 区 をそれ ぞれ2,4,6,8,10日 区 と した.上

記の処 理 区 は袋 を除去 した2日 後の 午前 中 に再度 袋掛

け を行 った.

人工 受粉 は,毎 日午 前午 後の2回 行 い,再 度 袋 を掛

け る前に も行 っ たため1花 につ いて 計5回 行 ったこ と

に な る.対 照 区 は開花 後約1週 間毎 日人工 受粉 し,袋

掛け は行 わ なか った.供 試 した花 の数 は'愛ベ リー'につ

いて は各処 理 区10~15,'女 峰'が5~7で あ った.

果 実 は,完 全 に着色 した段 階 で収穫 し,種 子不 稔の

程 度 を先端 不 稔 に よる もの は既 報(14)の 基 準 に基づ

いて判 定 し,奇 形程 度5の 果実 と花床 の 肥大 が ほ とん

ど認 め られ ない果実 に つ いては 無肥大 果 と した.ま た,

基部 の不稔 に よ る奇形 は第1表 と第1図 に示 した よ う

な基準 で0~3の4段 階に分 け て判定 した.

雌 ず い形 態 の観察 は,同 様 に,第2次 え き花房 の1,

3,5番 果 につ い て行 った.開 花 当 日か ら採取 す るま

で1日2回 毛 筆 に よ る人工 受粉 を行 う人工受 粉 区 と開

花 前 日に除雄 袋掛 け を行 って受 粉 を妨 げ た無受粉 区 を

設 け た.開 花 当 日か ら開花10日 後 まで2日 毎 に花 を採

取 し,2%グ ル タル アル デ ヒ ドで 固定 した.な お,開

花 当 日の花 は人工 受粉 を行 う前 に採 取 した.固 定 した

サ ンプ ルにつ い てエ タ ノー ル系列 で脱水 し,臨 界点乾

燥 を行 い,白 金:パ ラ ジウム(80:20)を 蒸着 した後,

走査 型電 子顕微 鏡(日 立S-800)に よ って雌ず いの 形態

と柱頭 上 の花 粉の 着粒状 態 につ い て観 察 を行 った.

結 果

1.種 子 不 稔 に よ る 奇 形 果 発 生

果実 基部 の種 子 不稔 による奇 形果 の形態 を第1図 に,

第1表.果 実基部の種子不稔程 度の判定基準z.

第1図.花 床基部不稔果実の発生様相(左 か ら基部不稔程度0~3) .

第2表.受 粉 時期 と果実形質 との間の相 関係 数.

Page 3: イチゴ雌ずいの形態と受精能力の開花後の変化 - …...イチゴ雌ずいの形態と受精能力の開花後の変化 347 果実先端部と基部の種子不稔による奇形果の発生に及

イチゴ雌ずいの形態 と受精能力の開花後の変化 347

果実先 端 部 と基部 の種 子不 稔 に よる奇形 果の 発生 に及

ぼす受粉 時期 の影響 につ いて第2図 に示 した.'愛ベ リー'

に つい ては各 花序 毎 に示 したが,'女 峰'につ いて は,花

序 間に大 きな差 が認め られ なか ったの で1,3,5番

果 を合 わせ て示 した.

'愛ベ リー'の1番 果 では開花後 受 粉 を行 うまでの 日数

が 多 くな るに したが って 先端不 稔 に よ る奇形 果 の発 生

とその程 度 は軽 減 され る傾 向に あ った.3,5番 果 の

0~4日 区 で は,1番 果 と比 較す る と発生 は わずか で

あ った.'女 峰'では1,3,5番 果 と もに先端 不 稔は'愛

ベ リー'と 比較 して少 な か った.一 方,基 部 不稔 の発 生

は'愛ベ リー','女 峰'と もに1番 果 で4日 区か ら,3,

5番 果 で2日 区か ら増加 し始め,開 花 後受粉 まで の 日

数 が長 くな るほ ど激 し くな る傾 向が認 め られ た.

'愛ベ リー'の1番 果 にお いて発 生 した基部 不稔 は,4,

6日 区 では 多 くの場 合 軽度 で あ り,基 部 の数列 の 雌ず

いが不 受精 とな り,花 床 頂部 と基部 の両 方に 不稔種 子

を持 つ果実 が 多か った.1番 果 の8,10日 区や3,5

番 果の4,6日 区で は,花 床 基部 が肥大 発育 不 良 とな

る果 実 が 多発 した.ま た,'愛 ベ リー の3番 果 で は10日

区 で,5番 果 では4日 区か ら,'女 峰'の3,5番 果 で は

6日 区 か ら無 肥大 果 の発生 が 認め られ た.

第3図 に示 した よ うに,対 照 区 と比較 す ると受 粉期

間 を制 限す るこ とに よ って果 実重 は小 さ くな った.ま

た,開 花後 受粉 までの 日数 が経過 す るほ ど,果 実 重 は

小 さ くな り,果 実 の肥大 は劣 った.1番 果 で は開花8

日後か ら,3,5番 果 では それ ぞれ6,4日 後 か ら顕

著 な果 実重 の低 下 が認め られた.成 熟 日数(第4図)

につ いて は,1番 果 で は対照 区 と0,2日 区 の間 には

差 が認 め られ なか っ たが,4日 区以後 長 くなる傾 向が

認め られ た.ま た,3,5番 果 では すべ ての処 理 区 で

成 熟 日数 は対 照 区 よ り有意 に長 か った.

2.雌 ず い 形 態 の 走 査 型 電 子 顕 微 鏡 観 察

先 端不 稔発 生の 多い'愛ベ リー'の1番 花では開花 当 日

に頂 部 と基部 の雌 ず いの発 育 に大 きな差 が認 め られ,

頂部 の雌 ず いは 明 らか に 未発育 で柱 頭粘 液の 発生 も認

め られ なか っ た(第5,6図A,B).し か し,先 端 不

稔 発生 の少 な い'愛ベ リー'の5番 果 お よび'女峰 では頂

部 と基部 の 雌ず いの 間 に発育差 は ほ とん ど無 く,開 花

当 日に先端部 にお いて も柱 頭粘 液 の発生 が認 め られ た

(第5,6図C).ま た,開 花2日 後 には頂 部 の雌 ずい に

も花粉 が付 着 し,発 芽 が 認め られ た.柱 頭 の形態 に 品

種 間差 が認 め られ,'愛 ベ リー'で は成熟 した柱 頭 は杯 状

に広が るのに対 して,'女 峰'の柱 頭 は先 端が丸 か った(第

6図A,C).

開花4日 後 にお いて,'愛 ベ リー'1番 花 の基部 の柱 頭

に は多 くの花粉 粒 が付 着 し,多 数 の花 粉 の発芽 が認 め

られ た(第7図).し か し,頂 部 の柱頭 は 未熟 な状 態 で

あ り,花 粉 の着粒 は認 め られ なか った.開 花8日 後 に

お いて も頂部 の雌 ず いは,開 花 当 日の基 部の 雌ず い と

比較 して未発 達 な状態 であ った.無 受 粉 区の 基部 の柱

頭 は粘 液 がや や乾 燥 し,荒 れ た状 態 で あ り,受 粉 区で

は付 着 した花 粉 の周 囲の柱 頭粘 液 は完全 に乾燥 し,海

綿状 に な ってい た(第8図).受 粉 区の基 部の 子房 は8

日後 には明 らか に肥大 を始 め てお り,開 花 当 日の約2

倍 の大 きさで あ った.た だ し,無 受 粉 区に お いて も,

子 房 は幾分 肥大 してい た.し か し,受 粉 区 で は花 柱が

収 縮 していたの に対 して,無 受粉 区の 花柱 に は開花 当

日との 間に形 態的 な差 異 は認 め られ なか った(第9図),

第2図.花 床頂部 お よび基部の種子不稔 による奇形果発生に対す る受粉 時期 の影響.C:対 照 区,

0:開 花 当 日~開 花2日 後 まで受粉,2:同2~4日 後,4:同4~6日 後,6:同6~8

日後,8:8~10日 後,10:同10~12日 後.

Page 4: イチゴ雌ずいの形態と受精能力の開花後の変化 - …...イチゴ雌ずいの形態と受精能力の開花後の変化 347 果実先端部と基部の種子不稔による奇形果の発生に及

348 吉 田裕 一 ・後藤 丹 十 郎 ・中條 利 明 ・藤 目幸擴

考 察

愛 ベ リー'の1番 果 では受粉 時期 を遅 らせ ることによっ

て果実 先端 部の不 稔種 子が減少す ることか ら,'愛ベリー'

に おい て 多発 す る奇形 果の 発生 原 因は花床 頂 部の 雌ず

いの発育 の遅 れ であ る こ とが確 認 され,前 報(14)の

結果 と一致 した.し か し,開 花4日 後か ら基 部不 稔が

増加 し始め,6日 後 以降 の受粉 で は花床 基部 が肥 大不

良の奇 形果 とな った.ま た,'女 峰'にお いて も同様 の傾

向が 認め られ た こ とか ら,3月 下 旬か ら4月 上 旬 の比

較 的 温度 の高 い時期 に は,イ チ ゴの花 床基 部 の雌ず い

は開花4日 後位 か ら受精 能 力が低 下 し始め る と考 え ら

れ る.

また,1番 果 で は発生 が認 め られ なか ったが,3番

果 では 開花10日 後か ら,5番 果で は4日 後か ら無 肥大

果 の発 生が 認め られ た こ とか ら,雌 ず いの受 精能 力 は

下位 の 花(花 房 の高次 分枝 上 に着生 した花)ほ ど早 く

失 われ る と考 え られ る.こ の こ とは,下 位 の 花ほ ど早

くか ら基部不 稔が 発生 した こ とか らも裏 付け られ る.

しか し,そ の原 因が,下 位 の花 で は開花 時の 雌ず いの

発育段 階 が進 ん でい る こ とに よ るの か,花 房 内の競 合

等 に よって雌 ず いの生理 的 活性 が早 くか ら低下 す るこ

とに よって い るの かは 明 らか にで きなか った.除 雄 袋

掛け を行 い,受 粉 時期 を遅 らせ るこ とは,栽 培 上実 行

で き る方 法 では ないが,こ の方法 に よ って も,奇 形 果

の発生 が 防止 で きない こ とが明 らか に なった.

イチ ゴ花 床 の肥大 に は受粉 受精 した雌ず いか らの 刺

激 が必 要 であ り,そ の作 用は オー キ シンに よ ってあ る

程 度代 替 され るこ とが知 られ てい る(2,3,9,10,12).

また,イ チ ゴの果 実重 は花床 上 の痩 果数 と強 い相 関が

あ り,痩 果数 の 多い花,同 一 花房 内で は,通 常 は上位

の花 ほ ど大 きな果実 とな る(4).た だ し,果 実重 を痩

果 数 で割 った値 に は 品種 間にか な りの変 異が 認め られ

る(13).

'愛ベ リー'の1番 果 は花床 上 に500~700の 雌ず い を

持 ち(8),他 の品種 と比較 して か な り多い.ま た,果

実 表 面積 当た りの痩 果数 は,女 峰'と変 わ らない こ とか

ら(5),'愛 ベ リー'果 実 サ イズの 大 きさは,そ の雌 ず い

数 の 多 さに強 く支配 されて い る と考 え られ る.イ チ ゴ

の花器 は が く片が最 初 に形成 され,雌 ず いは外 側,す

なわ ち,花 床 の基部 か ら順次 形成 され,頂 部 と基部 の

間 に は当然 時 間差が 存在 す る.愛 ベ リー'につ いて は雌.

ず い数 が他 の 品種 と比較 して 多いこ とが,こ の 時 間差

が 大 き くな る一 つの 要 因で あろ う.

第2表 に示 した よ うに,受 粉 時期 と果 実 形質 の間 に

は 強 い相 関 が認 め られ,受 粉 時期 が遅 くな り,花 の 齢

が進 む に従 って,頂 部 の 雌ず いの受 精能 力 が増加 し,

基部 の雌 ず いの受 精 能力 が減 少す る.ま た,Moore(6)

の結 果 と同様 に 果実 の肥 大能 は低下 し,果 実の成 熟 に

も多 くの時 間 を要 す るよ うに な る.た だ し,先 端 不 稔

に つ いては,1番 果 と3,5番 果 では 異 なっ た傾 向 が

認め られた.

第2図 に示 した よ うに,'愛 ベ リー'の1番 果 以外 で は

基部不 稔 の増加 に伴 って,6,8,10日 区で先 端不 稔

程度 も高 くな った.こ れ は除雄 が不 完 全 であ り,除 雄

第3図.'愛 ベ リー'の 果 実 重 に 対 す る受 粉 時 期 の 影 響.左 か ら対

照 区,0,2,4,6,8,10日 区.

*異 な る 文 字 間 に5%水 準 で 有 意 差 が あ る こ と を 示 す

(Duncan'smultiple range test).

第4図.'愛 ベ リー'の 登熟 日数(開 花 日または推定開花 日か ら収

穫 までの 日数)に 対す る受粉 時期 の影響.左 か ら対照 区,

0,2,4,6,8,10日 区.

*異 な る文字 間 に5%水 準 で有 意 差 が あ る こ と を示 す

(Duncan's multiple range test).

Page 5: イチゴ雌ずいの形態と受精能力の開花後の変化 - …...イチゴ雌ずいの形態と受精能力の開花後の変化 347 果実先端部と基部の種子不稔による奇形果の発生に及

イチゴ雌ずいの形態 と受精能力の開花後の変化 349

の際 にや くか ら飛散 した花粉 また は,他 の花 の花粉 に

よって基部 の 雌ず いの一 部 が受粉,受 精 したか,あ る

いは,袋 を除 去 した後 も花床 基 部の 一部 の雌 ず いが弱

い なが ら も受精 能 力 を保 持 してい たため,受 粉,受 精

し,結 果 として先端 不稔 の形 態 を示 した と考 え られ る.

ま た,無 肥 大 果につ いて は先 端 不稔程 度5と して相 関

の計 算 に用 い た.こ のため,全 体 の相 関 として は1番

果 と逆の傾 向 を示 したの であ ろ う.

走査 型 電子顕 微鏡 によ る観 察 に よ って,開 花 当 日の

'愛ベ リー'1番 花 の花床 頂部 の雌 ず いは小 さ く,形 態的

に も明 らかに 未成 熟 であ るこ とが確 認 され,不 稔種 子

の発 生結 果 とよ く一致 した.ま た,基 部 の子房 が 旺盛

な肥 大 を開始 す る開花8~10日 後 であ って も,頂 部 の

雌 ず いは柱 頭先 端部 が杯 状 に広 が らず,花 粉粒 も付 着

してい ない場合 が 認め られ た.森 ・庄 下(7)は 花床 基

部 の雌 ずいは開 花10日 後 には受精 能 力が完全 に失 われ

るが,頂 部 の雌 ず いは 開花7日 後 に受精 能 力が最 も高

く,19日 後で も受精 能 力 を保 持 して い るこ とを認め て

い る.

これ らの こ とか ら,花 に よ っては花床 頂 部 と基部 で

雌 ず いの発 育段 階 に10日 以上 の差 があ るもの と考 え ら

れ る.実 際 に,開 花6~10日 後か ら受粉 した果実 で は,

果 実 先端部 と基 部 の双方 に不 稔種 子 を持 ち,中 央部付

近 だ けが肥 大着 色す る果 実が 多 く発生 した.

前報(14)で 述べ たよ うに,開 花8日 後 までは 人工

受 粉 の期 間が長 い ほ ど奇 形果 の発 生 は軽減 され るこ と

か ら,開 花 後10日 以上人 工受 粉 し,先 端 部 の雌 ず い ま

で受粉 受精 させ るこ とに よって奇 形果 の発 生 を防止 し

得 る可 能性 は あ る と考 え られ る.し か し,開 花後2~10

日間連 続 して 人工受 粉 を行 った実 験 にお いて,先 端不

稔 に よる奇 形果 発生 には6~10日 間の受粉 処理 区 間に

大 きな差 は認め られ なか った(デ ー タ省略).

第5図.'愛ベ リー'と'女 峰'1番 花 の開花当 日の雌ず いの形態.A:'愛 ベ リー'花 床基部,B'

愛ベリー'花 床頂部,C:'女 峰'花 床頂部.

第6図.'愛 ベ リー'と'女 峰'1番 花の開花 当 日の柱頭 の形態.A:'愛 ベ リー'花 床基部,B:'愛

ベ リー'花 床 頂部,C:'女 峰'花 床頂部

Page 6: イチゴ雌ずいの形態と受精能力の開花後の変化 - …...イチゴ雌ずいの形態と受精能力の開花後の変化 347 果実先端部と基部の種子不稔による奇形果の発生に及

350 吉 田裕 一 ・後藤 丹 十 郎 ・中條 利 明 ・藤 目幸擴

トマ トに おい ては,同 一 果房 内で,上 位 果 と下位 果

の 間に光合 成産 物 の競合 が あ り,上 位 果 ほ ど肥 大 がす

ぐれ るこ とが知 られ てい る.実 際に,'フ ァー ス ト'等で

は着 果数 が 多い と下位 の果 実 は肥大 不 良 とな る.イ チ

ゴで も花房 内の上位 の 果実 を摘 果す ると,無 摘 果 の場

合 よ り,下 位 の果 実 は大 き くな り(4),果 実 間 には明

らか な競 合 が認め られ る.イ チ ゴでは花房 内の下 位の

花 は開花 はす るが,肥 大せ ず未発 育 に終 わ るこ とが よ

く見受 け られ る.こ の よ うな果実 では,花 床 だけ で な

くすべ ての痩 果が 明 らかに発 育不 良 であ る場合 と,ご

く一 部 の痩果 の みが順 調 に発育 して い る場合 とが あ る

が,多 数 の痩 果 が正 常 に発 育 して い る こ とは ほ とん ど

ない.

本実 験 にお いて基 部不 稔の 発生 が認 め られ た1番 果

の4~10日 区 の果実 につ い て,先 端不 稔 と基部 不稔 程

度 の間 の相 関 を求め た ところ,r=-0.4213(ρ<0.01)

と高 い負 の相 関係 数 が得 られた.従 来,イ チ ゴ花床 上

の雌 ずい 間の発 育差 は考 慮 され ず,斉 一 に受粉 受精 が

起 こる と考 え られ てい たため,雌 ず い間 の競合 は 問題

とされ なか った.し か し,果 実 間の競 合 と同様 に,イ

チ ゴ花 床上 の 雌ず いの 間 に も競合 が あ る と考 え られ,

基 部 の雌 ず いが受精 し,子 房 が旺 盛 な発 育肥大 を開始

す る時 期 以降 では頂 部 の雌 ず いで正常 な受 粉受 精 がお

こ って も光 合 成産物 の不 足 の ため に順 調 な発育 が 阻害

され るの では ない か と思 われ る.

Darnell・Martin(1)の 結 果 に よる と,イ チ ゴ果 実

は受粉2日 後 か ら乾物 重が 増加 し始 め,6日 後 には強

い シン ク能 を示 してお り,イ チ ゴの 雌ず いは受 精 後,

急速 に発育 し始め るもの と考 え られ る.実 際 に,開 花

8日 後 には基 部の 雌ず い の子房 は旺 盛 な生育 を示 して

い たの に対 して,頂 部 の雌 ず いに は花粉 の付 着 も認め

られ ず,子 房 の大 きさ とい う点 で はその 発育段 階 の差

は開 花時 よ りも大 き くな って いた.こ れ らの こ とか ら,

発育 の遅 れ た頂 部 の雌 ず いは強 い シ ンク能 を持 つ 基部

の受精 した雌 ず い との競 合 の結 果,さ らに発 育が 抑制

され,そ の発 育差 が大 き くな る こ とが予 想 され る.ま

た,た とえ受精 能 力 を持 つ段 階 まで発育 が進 み受 粉受

精 が起 こっ た と して も,競 合 のため に受 精後 の発 育 は

阻 害 され るので あ ろ う.

以上 の よ うに,受 粉 時期 を遅 らせ るこ とに よって,第7図.'愛 ベ リー'工 番花(受 粉 区)の 開花4日 後の柱頭(A)

と柱 頭上 の発芽 した花粉(B).

第8図.'愛 ベ リー'1番 花の開花8日 後の柱 頭 と花粉.A:無 受粉 区花床基部,

B:受 粉 区花床 頂部,C:受 粉 区花床基部.

Page 7: イチゴ雌ずいの形態と受精能力の開花後の変化 - …...イチゴ雌ずいの形態と受精能力の開花後の変化 347 果実先端部と基部の種子不稔による奇形果の発生に及

イチ ゴ雌ずいの形態 と受精能 力の開花後の変化351

先 端不 稔 に よ る奇形 果発 生 は あ る程 度抑制 され る.し

か し,開 花後4日 以上経 過す る と基部 の 雌ず いの受 精

能 力 が低 下 し,不 稔 とな って花床 基部 が 肥大不 良 とな

るため,奇 形 果発 生防 止対 策 とはな りえない.'愛 ベ リー'

の 果実 サ イ ズは花床 上 の雌 ずい数 の 多 さに起 因す る も

の ではあ るが,雌 ずい数 の過 多が奇 形果発 生 の主 な要

因で あ る と考 え られ るこ とか ら,奇 形果発 生 を抑制 す

るため に は,花 床 上 の雌 ず い数 をあ る程 度 少 な くし,

花床 頂 部 と基部 の発 育差 を小 さ くす る栽 培 管理 技術 に

関 す る検 討 が 必要 であ ろ う.

摘 要

イチ ゴ(Fragaria×ananassa Duch.)'愛 ベ リー'と'女

峰'を用 い て雌ず いの受精 能 力 と形 態の 開花後 の変化 に

つ い て検討 した.'愛 ベ リー'の1番 花 では 開花時 に お い

て花床 頂部 の 雌ず い は小 さ く未 成熟 で あ り,受 精 能力

を持 た なか った.ま た,開 花10日 後 にお い て も受精 能

力 を持 た ない場 合 が あっ た.一 方,'愛 ベ リー'の5番 花

や'女峰'では花床 基部 と頂 部の雌 ずいの発育 差は小 さく,

頂 部 の雌 ず いは開 花直後 か ら受精 可 能で あ った.

受粉 時期 を遅 らせ る と,'愛ベ リー'1番 果の花 床頂 部

の不稔種 子は減 少 した.し か し,花 床 基部 の雌 ず いの

受 精能 力 は開 花4日 後 に は低 下 し始 め,開 花4日 後以

降に受 粉 した場 合,花 床 基 部の種 子 が不 稔 とな り,花

床 基部 が肥 大不 良 となっ た.

以上 の よ うに,受 粉 時期 と期 間 を調 節す るこ とに よっ

で'愛ベ リー'の奇 形 果発 生 は軽減 され る.し か し,開 花

時に お いて花床 頂 部 と基 部 の雌 ず いの発 育差 の大 きい

花に つい ては,奇 形果発 生 を完全 に 防止 す るこ とは難

し く,花 器 発育 段 階に お いて その発育 差 を小 さ くす る

栽培技術に関する検討が必要であると考えられる.

謝 辞 本論文の作成に当たり,御 指導,御 助言

を賜った元京都大学農学部教授藤本幸平博士に深 く感

謝の意を表します.

第9図.'愛 ベ リー'1番 花花床基部 の開花8日 後の雌ず い.A:無 受粉 区,B:受 粉 区.

引 用 文 献

1. Darnell, R. L. and G. C. Martin. 1988. Role of assimilate translocation and carbohydrate accu-mulation in fruit set of strawberry . J. Amer. Sci. Hort. Sci. 113 : 114-118.

2.藤 本 幸 平 ・木 村 雅 行 ・中村 重 蔵 .1969.イ チ ゴの 果

実 発 育 に 関 す る 研 究.園 学 要 旨.11召44秋:

158-159.

3.倉 田久 男.1969.イ チ ゴ早 だ し栽 培 に お け るホ ル モ

ン処 理 の 実 用 的 揚 面.農 お よ び園 .44:1241-1244.

4. Janick, J. and D. A. Eggert. 1968. Factors affecting fruit size in strawberry. Proc. Amer. Soc. Hort. Sci. 93 : 311-316.

5.三 浦 周 行 ・施 山 紀 男 ・清 水 明 美 ・今 田成 雄.1988 .

イ チ ゴ果 実 の発 育 ・成 熟 に伴 う糖 濃 度 の 推 移.園 学

要 旨.昭63春:414-415.

6. Moore, J. N. 1960. Duration of receptivity to

pollination of flowers of the highbush blueberry and the cultivated strawberry. Proc. Amer. Soc. Hort. Sci. 85 : 295-301.

7.森 利樹 ・庄 下 正 昭.1988.大 果 系 イチ ゴ 品種 ア イ

ベ リー の 先 つ ま り果 発 生 原 因 と そ の 対 策 .(第1

報).開 花 後 の受 精 能 力 の 変 化 につ い て.園 学 要 旨.

昭63秋:720.

8.森 利樹 ・庄 下 正 昭 ・西 口郁 夫.1989.大 果 系 イ チ

ゴ 品種 ア イベ リー の先 つ ま り果 発 生 原 因 と その 対

策.(第2報).関 連 要 因 の 解 析 と種 子 数 につ い て.

園学雑.58(別1):420-421.

9. Nitsch, J. P. 1950. Growth and morphogenesis

of the strawberry as related to auxin. Amer. Jour. Bot. 37 : 211-215.

10. Nitsch, J. P. 1955. Free auxins and tryptophane in the strawberry. Plant Physiol. 30 : 33-39.

11.桜 井 勝 美.1988.イ チ ゴ'愛 ベ リー'.p,73,日 本 園

芸 生 産 研 究所 編.蔬 菜 の 品 種10.誠 文 堂 新 光 社.

東 京.

12. Thompson, P. A. 1964. The effect of applied

growth substances on development of the straw-berry fruits. Jour. Exp. Bot. 15 : 347-358.

13. Webb, R. A., J. V. Purves and B. A. White. 1974. The components of fruits size in straw-berry. Scientia Hortic. 2 : 175-184.

14.吉 田裕 一 ・大井 美 知 男 ・藤 本 幸 平.1987.大 果 系 イ

チ ゴの 奇 形 果 発 生 に 関 す る研 究.(第1報).奇 形 果

の 発 生 様 相 と雌 ず いの 発 育 に つ い て.農 お よび 園.

62:1095-1097.

15.吉 田裕 一 ・大 井 美 知 男 ・藤 本 幸 平.1991.大 果 系 イ

チ ゴ'愛 ベ リー'の 果 実 形 質,収 量 と窒 索 施 肥量,苗

質 との 関 係.園 学 雑.59:727-735.