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62 November 2018  Volume 25  Number 9 NSCA JAPAN Volume 25, Number 9, pages 62-68 メニエール病:疾患の概要と トレーニングの留意点 Meniere's Disease: An Overview and Training Considerations Timothy J. Piper, Ed.D., CSCS  Trevor D. Paulsen, M.S., CSCS  Laurie Black, M.S. Taryn N. Brees, M.S.  Jefree J. Schulte, M.D. Department of Kinesiology, Western Illinois University, Macomb, Illinois Department of Kinesiology, Arkansas State University, Jonesboro, Arkansas Department of Pathology, University of Chicago Medicine, Chicago, Illinois メニエール病の特定 健康管理専門職は、まだ診断されて いないクライアントに接する可能性が あるため、メニエール病の初期の徴候 を把握していなくてはならない。メニ エール病の症状を認識することは、特 に疾患の初期においては困難な場合が ある。メニエール病初期の主な徴候は、 めまいと難聴である(15)。しかし、い ずれも他の疾患でもみられる症状であ り、メニエール病に固有のものではな い。めまいの訴えは、 「頭がくらくらす る」 「目が回る」など、漠然としている場 合があり、また、それらは重篤な疾患 とは関連しない、様々な原因によって 説明できることが多いため、めまいを 訴える人の診断を下すことは多くの場 合、困難である。例えば、そのような 訴えの原因として、めまいの他に、失 神、前失神、または起立性低血圧が考 えられる。メニエール病の患者が経験 するめまいは、部屋がぐるぐる回って いるような回転感や動揺感である。メ ニエール病のもうひとつの潜在的な徴 候は、難聴である。メニエール病のほ 要約 メニエール病は、聴覚と平衡 機能に影響を及ぼす慢性疾患 で あ る。現 在、 米 国 で の 患 者 数 は 61 万 5,000 人に上るが、患者向 けのトレーニングの手法や実践方 法に関する情報は少ない。そこで本 稿では、メニエール病患者を対象と した疾患の特定、管理プロセス、お よびトレーニングに関する推奨事 項と留意点について論じる。 メニエール病とその有病率 メニエール病は、内耳の慢性疾患で あり、患者の聴覚と平衡機能に影響を 及ぼす。臨床的観点から、メニエール 病は、めまい(回転感または動揺感)、 耳鳴り(低音域のうなるような耳鳴 り)、難聴、および患側の耳の閉塞感 といった症状を特徴とする(29)。これ らのうち、めまいのみを生じ、耳鳴り や難聴を伴わない場合もあるが、時間 とともに病状は進行し、やがて典型的 な 症 状 が 出 揃 う よ う に な る(8,13,23)。 メニエール病は、一般的な疾患とはみ なされないことが多いが、決して稀な 疾患ではない(28)。レビュー文献によ ると、メニエール病の有病率は世界の 各地域で異なる(32)。米国では現在、 約 61 万 5,000 人がメニエール病と診 断されており、また、毎年 4 万 5,500 例 が新たに診断されていると米国国立 聴覚・伝達障害研究所(NIDCD)は推計 している(25)。メニエール病の疫学レ ビューによると、米国における有病率 は 10 万人当たり 190 例である(1)。標 準的な発病年齢は、40~60 歳であ る(7,32)。また、小児の症例も報告さ れている(6)。小児における有病率は、 10 万人当たり 9 例ほどと考えられる (1)。以上のように、メニエール病は米 国において珍しい病気ではないため、 健康管理専門職は、この疾患の複雑さ を理解し、疾患管理における現行で最 も良い方法について知ることが、メニ エール病患者の指導に伴う特有の課題 に対応する上で重要である。 Special Populations

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62 November 2018  Volume 25  Number 9

C NSCA JAPANVolume 25, Number 9, pages 62-68

メニエール病:疾患の概要とトレーニングの留意点Meniere's Disease: An Overview and Training Considerations

Timothy J. Piper, 1 Ed.D., CSCS  Trevor D. Paulsen, 2 M.S., CSCS  Laurie Black, 1 M.S.Taryn N. Brees, 1 M.S.  Jefree J. Schulte, 3 M.D.1Department of Kinesiology, Western Illinois University, Macomb, Illinois2Department of Kinesiology, Arkansas State University, Jonesboro, Arkansas3Department of Pathology, University of Chicago Medicine, Chicago, Illinois

メニエール病の特定 健康管理専門職は、まだ診断されていないクライアントに接する可能性があるため、メニエール病の初期の徴候を把握していなくてはならない。メニエール病の症状を認識することは、特に疾患の初期においては困難な場合がある。メニエール病初期の主な徴候は、めまいと難聴である(15)。しかし、いずれも他の疾患でもみられる症状であり、メニエール病に固有のものではない。めまいの訴えは、「頭がくらくらする」「目が回る」など、漠然としている場合があり、また、それらは重篤な疾患とは関連しない、様々な原因によって説明できることが多いため、めまいを訴える人の診断を下すことは多くの場合、困難である。例えば、そのような訴えの原因として、めまいの他に、失神、前失神、または起立性低血圧が考えられる。メニエール病の患者が経験するめまいは、部屋がぐるぐる回っているような回転感や動揺感である。メニエール病のもうひとつの潜在的な徴候は、難聴である。メニエール病のほ

要約 メニエール病は、聴覚と平衡機 能 に 影 響 を 及 ぼ す 慢 性 疾 患で あ る。現 在、 米 国 で の 患 者 数は 61 万 5,000 人に上るが、患者向けのトレーニングの手法や実践方法に関する情報は少ない。そこで本稿では、メニエール病患者を対象とした疾患の特定、管理プロセス、およびトレーニングに関する推奨事項と留意点について論じる。

メニエール病とその有病率 メニエール病は、内耳の慢性疾患であり、患者の聴覚と平衡機能に影響を及ぼす。臨床的観点から、メニエール病は、めまい(回転感または動揺感)、耳鳴り(低音域のうなるような耳鳴り)、難聴、および患側の耳の閉塞感といった症状を特徴とする(29)。これらのうち、めまいのみを生じ、耳鳴りや難聴を伴わない場合もあるが、時間とともに病状は進行し、やがて典型的

な症状が出揃うようになる(8,13,23)。メニエール病は、一般的な疾患とはみなされないことが多いが、決して稀な疾患ではない(28)。レビュー文献によると、メニエール病の有病率は世界の各地域で異なる(32)。米国では現在、約 61 万 5,000 人がメニエール病と診断されており、また、毎年 4 万 5,500 例が新たに診断されていると米国国立聴覚・伝達障害研究所(NIDCD)は推計している(25)。メニエール病の疫学レビューによると、米国における有病率は 10 万人当たり 190 例である(1)。標準的な発病年齢は、40 ~ 60 歳である(7,32)。また、小児の症例も報告されている(6)。小児における有病率は、10 万人当たり 9 例ほどと考えられる

(1)。以上のように、メニエール病は米国において珍しい病気ではないため、健康管理専門職は、この疾患の複雑さを理解し、疾患管理における現行で最も良い方法について知ることが、メニエール病患者の指導に伴う特有の課題に対応する上で重要である。

Special Populations

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63C National Strength and Conditioning Association Japan

門職に照会できるようにしなくてはならない。図 1 に示した治療段階は、メニエール病の管理を 4 つの段階に分けたものである。例えば、健康管理専門職のクライアントが医学診断を必要としている場合、そのニーズは職務の範囲を超えており、耳鼻咽喉科医、かかりつけ医、または理学療法士(PT)に照会すべきであることを図 1 は示している。 治療の第 1 および第 2 段階において、クライアントのニーズに対処するための適切な能力を有するのは、医療専門

とんどの症例において、患耳(両側の場合も)に進行性の難聴が生じる(12)。これら難聴やめまいの症状を個別にみても、背後にある疾患について得られる知見は少ない。1995 年に、米国耳鼻咽喉科・頭頸部外科学会(AAO-HNS)の聴覚・平衡感覚部会が、メニエール病の診断基準に関するガイドラインを発表した(表 1 )。この診断基準では、メニエール病である可能性を、高い順から「確認」「確実」「疑い」「見込み」に分類している(15)。その後 2015 年には、複数の臨床学会から、国際的な専門家委員会が招集された。表 2 は、この委員会が新たに提案したメニエール病の診断基準である(20)。新しい診断基準は、メニエール病である可能性を「確実」と

「疑い」に分類している(20)。1995 年のガイドラインと同様に、2015 年の診断基準も、聴力検査によって確認された低~中音域の感音難聴、めまいの症状、および変動する耳の症状が、診断提供者によって把握されることを基準に含めている(15)。また、メニエール病の医学診断を下す前に、一過性脳虚血発作や前庭性片頭痛など、他の前庭疾患の可能性を否定する必要がある

(15)。メニエール病の診断を受けていると知ることで、健康管理専門職はクライアントに合わせて、より効果的にトレーニングプログラムを調整することが可能となる。

管理プロセス 健康管理専門職が慢性疾患の管理のために雇用された際、自分たちの仕事がクライアントの治療と生活の質

(QOL)にどのような影響を及ぼすかを理解することが重要である。また健康管理専門職は、自らの職務の範囲を知り、クライアントのニーズが職務の範囲を超えている場合には、適切な専

職のみである。最優先事項は適切な医学診断を下すことであり、それを行なうのは耳鼻咽喉科医である。クライアントがメニエール病と診断されたら、主治医と治療チームのメンバーが治療方策の作成にあたる。この治療方策は、投薬、外科治療、生活習慣改善、および身体と前庭のリハビリテーションなどで構成される。 医師の監督による投薬治療には通常、ヒスタミン類似物質、利尿剤、副腎皮質ステロイド、血管拡張薬、およびアミノ配糖体(ゲンタマイシン)系抗生

表 1 以前のメニエール病の診断基準

分類 診断基準

確認・メニエール病確実例

・組織病理学的に確認されている

確実

・20 分以上続く回転性めまい発作が 2 回以上

・聴力検査による聴覚障害が確認されている

・患耳の耳鳴りまたは耳閉感

疑い

・1 回の回転性めまい発作

・聴力検査による聴覚障害が確認されている

・患耳の耳鳴りまたは耳閉感

見込み・聴力障害を伴わない回転性めまい

・非定型的な平衡障害を伴う聴力障害

出典:Committee on Hearing and EquilibriumAmerican Academy of Otolaryngology—Head and Neck Surgery

表 2 改訂されたメニエール病の診断基準

分類 診断基準

確実

・20 分~ 12 時間続く、2 回以上の回転性めまい発作、浮動性めまい

・変動する耳症状

・他の前庭疾患に該当しない

・聴力検査による難聴が確認されている

疑い

・20 分~ 24 時間続く、2 回以上の回転性めまい発作、浮動性めまい

・変動する耳症状

・他の前庭疾患に該当しない

出 典:Classification Committee of the Barany Society、Japan Society for Equilibrium Research、European Academy of Otology and Neurotology(EAONO)、Equilibrium Committee of the American Academy of Otolaryngology-head and Neck Surgery(AAO-HNS)、The Korean Balance Society

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物質が用いられる(13)。健康管理専門職は、処方された薬剤がストレングス&コンディショニング(以下S&C)活動に影響を及ぼす可能性のある副作用について把握しておかなくてはならない。起こりうる副作用として、低血圧

(ヒスタミン類似物質、利尿剤、および血管拡張薬)、高血圧(副腎皮質ステロイド)、喘息の悪化と肺活量の低下(ヒスタミン類似物質)、骨粗鬆症(副腎皮質ステロイドの長期使用)、および耳毒性(アミノ配糖体系抗生物質)が挙げられる(7)。 また、一次治療としては考慮されないが、メニエール病の治療に、迷路破壊術や前庭神経切断術といった外科的介入が用いられる場合もある(9,13)。副作用として、迷路破壊術では聴覚喪失、前庭神経切断術では慢性平衡障害が起こりうるため、これらの介入は再発を繰り返す重篤な症例に限定される

(9)。 その他、メニエール病の症状を管理する方法として、複数の生活習慣改善策が提案されている。例えば、1 日の塩分摂取量を 1,000 mg以下に抑える、十分な量の水分を摂取する、食物と水分を 1 日を通して均等に摂取する、カフェインを避ける、グルタミン酸ナトリウムを摂取しない、アルコール摂取を 1 日 1 杯に制限する、といったことである(12)。ただし、これらの介入の効果を裏付ける決定的な根拠はないため、前述した生活習慣改善策を推奨する際には注意が必要である(13)。平衡関連障害の症状のコントロールに生活習慣改善のアプローチを取り入れる場合は、管理栄養士による指導が有益であることが、研究において示唆されている(22)。 第 3 段階は、医療チームの作成する治療計画に盛り込まれない場合があ

る。しかし、PTが実施する前庭リハビリテーションプログラムは、前庭障害を有する人の平衡機能およびその他のコーディネーション関連能力を改善する可能性のあることが、研究により明らかになっている(10,24,26)。一般的に、前庭リハビリテーションが重点を置くのは、前庭動眼反射(VOR)機能の改善である(10)。VORリハビリテーションのエクササイズは、頭部、頸部、および目の小さな筋を強化するものであるため、前庭リハビリテーションのエクササイズは、一般的なエクササイズとは区別しなくてはならない(10)。PTがVOR機 能 に 重 点 を 置 く の は、VOR機能が低下すると、日常生活動作

(ADL)に重大な悪影響が生じうるためである(24)。なお、高齢であることは、前庭リハビリテーションプログラムの効果を抑制する原因にはならないとみ

られる(34)。 第 4 段階は、メニエール病の管理におけるエクササイズの重要性に対応するものである。エクササイズとメニエール病に関する研究は少ないが、1 件のコホート研究によると、50%ものメニエール病患者が、何らかの形式のエクササイズを疾患の管理に利用している(17)。しかし、表 3 に示すように、メニエール病の管理にエクササイズがもたらす効果を調査した研究は限られるため、さらなる研究によって、特定の運動介入の効果を明らかにすることが推奨される。第 4 段階の主な目的は、PTが構築した基礎をさらに発展させて、適切な動作パターンを強化し、健康増進を目的とした一般的なフィットネスのガイドラインを満たすことである。

図 1 メニエール病に対するエクササイズの効果に関する知見

メニエール病の管理における治療の各段階

第 1 段階

目標:医学診断

担当する専門職:耳鼻咽喉科医

第 2 段階

目標:治療計画の作成

担当する専門職:主治医または治療チーム

第 3 段階

目標:高度なリハビリテーション

担当する専門職:理学療法士

第 4 段階

目標:体力と生活の質の向上

担当する専門職:認定資格を有するフィットネス分野の専門職

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トレーニングに関する推奨事項と留意点 トレーニングプログラム作成の第一歩は、一連の効果的なスクリーニングやテストを実施することである。メニエール病患者の評価で何より重要なのは、その人の平衡機能やコーディネーションに関する制限と能力を把握することである。平衡関連障害を有する人は、ADLの能力が低下する可能性があり、それは自立性の喪失につながる(24)。トレーニングプログラムを作成するにあたっては、評価で収集したデータを、目標の設定、安全性の評価項目の設定、禁忌となるエクササイズの特定、エクササイズの修正、および進捗度の追跡に用いるとよい。クライアントが治療段階を最初から順に進んできたのなら、すでに別の健康管理専門職によって評価を受けているはずである。そのため、クライアントの治療チームとの協力を重視して、そのような評価の情報を入手しなくてはならない。例えば、PTが実施した評価のデータを入手できることは、同じレベルの臨床教育を受けていないエクササイズ専門職にとって大きな利益になる。PTは、医学訓練を受けていない多くの健康管理専門職の職務範囲にない評価を実施することが可能だからである。なお、スクリーニングの情報を求める際は、処方されている薬、姿勢の制限、これまで実施したリハビリテーションプログラム、クライアントにとって重要なテスト、およびクライアントが有する心理的障壁といった項目に注意を払う。 また、これまでの評価データも重要な検討材料であるが、メニエール病患者向けにS&Cプログラムを作成する健康管理専門職は、クライアントの機能的能力を評価する必要がある。この

ことは、クライアントの能力を様々な専門的見地から評価することを可能にし、それまでの評価で発見されなかった心理的問題や動作関連の問題が見つかる可能性があるという点で重要である。治療チームの他のメンバーが決定した推奨事項に反する大きな相違点が発見された場合、健康管理専門職は、クライアントの医療提供者またはPTに相談する。エクササイズの処方や禁止事項はクライアントのかかりつけ医やPTが処方するとしても、他の健康管理専門職が機能的能力のさらなる評価を実施することで、それまで発見また

は認識されていなかった能力的要素が明らかになる可能性がある。なお、医療専門職の決定に従わない場合、健康管理専門職は責任を問われ、法的問題に発展するおそれがある。疾患の適切な治療と管理には、ひとつのチームとして取り組むべきであり、メンバー各自はそのプロセスにおいて重要かつ固有の役割を果たす。 事前評価を実施するにあたって、健康管理専門職は、全米ストレングス&コンディショニング協会(NSCA)やアメリカスポーツ医学会(ACSM)といった業界の専門職団体が提供する一般

表 3 エクササイズの重要性

著者被験者/対象集団

知見

Changら( 2008 年)(5)

めまい患者・前庭リハビリテーションは、めまい患者における平衡機能の指標を向上させる可能性がある

Kvåleら( 2008 年)(18)

めまい患者

・めまい患者は多くの場合、筋を緊張させることによる可動域の障害を有している

・その他、次のような問題がみられる:呼吸の制限、不適応性の姿勢変化、および弛緩不全による筋張力の増大

Loprinziら( 2013 年)(21)

耳鳴りを訴えている患者

・身体活動と耳鳴りは負の相関関係にある

・身体活動は、耳鳴りに伴うフラストレーションや集中力低下を緩和する可能性がある

・身体活動は、耳鳴り患者の睡眠の質を高める可能性がある

Meliら( 2006 年)(24)

慢性のめまい患者

・前庭リハビリテーションプログラムは、コーディネーションの主観的および客観的指標を向上させる可能性がある

・前庭リハビリテーションプログラムは、家庭でのエクササイズプログラムと組み合わせると効果が高まる

・前庭リハビリテーションは、自立性を高める可能性がある

Savastanoら( 2007 年)(30)

メニエール病患者

・メニエール病患者は、心理的障害(うつや不安感など)のレベルが高い

Šumecら( 2015 年)(31)

パーキンソン病患者

・エクササイズは、慢性的な平衡機能およびコーディネーション関連疾患の患者の心理的健康を改善する可能性がある

Whitneyら( 2009 年)(33)

前庭障害患者

・仮想現実(VR)を用いたエクササイズプログラムは、平衡機能と姿勢コントロールの主観的および客観的指標を向上させる可能性がある

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的ガイドラインに従って、適切なテストの選定を行なう。また、それらに加え て、Dizziness Handicap Inventory

(DHI)、Activities Specific Balance Confidence(ABC)スケール、およびBerg Balance Scaleといった、メニエール病に特異的なテストも組み込まなくてはならない。DHIは、めまいの深刻度を身体、感情、および機能の 3 つの分野で評価する質問票である(16)。ABCスケールは、16 項目のADL動作パターンについて、本人が遂行にどの程度の自信があるかを評価する質問票である(27)。いずれのツールも、主観的な能力低下の程度に関して有益な知見を得られるものであるが、一方では、クライアントを直接的に評価することも重要である。そのような評価方法として一般的なBerg Balance Scaleは、様々なADLを通じて被験者の能力をテストするために考案された、動作のスクリーニングツールである(3)。ただし、これらの評価法は、クライアントが有する制限全般を大まかに知る上では役立つが、病状の短期的な変化に対応するものではない。前庭リハビリテーションを提供するクリニックでは、多くの場合、0 ~ 100 の主観的尺度( 0 はめまいなし、100 は最大レベルのめまい)を用いて、リハビリテーション時のめまいの程度を患者に評価させている(2)。同様の尺度を用いて、メニエール病を有するクライアントのその日のエクササイズプログラムを修正

(症状の重さに合わせて強度を調整するなど)することが可能である。 事前評価は、個人差を明らかにする上で重要である。しかし、動作に関する異常のいくつかは、多くのメニエール病患者に共通してみられることが明らかになっている。メニエール病患者は多くの場合、異常な視覚依存性を生

じ、そのため視覚刺激に対して過敏になる(19)。この視覚過敏によって周囲の環境が過度の刺激となるため、車の運転などのADLが困難になりうる。前庭リハビリテーションは、このような患者における視覚、体性感覚、および前庭からの情報利用のバランスを回復させるのに役立つことが明らかになっている(11)。これら 2 種類の情報のバランスを取り戻すのに役立つのが、仮想現実(VR)を用いた治療法である(33)。健康管理専門職は、最新式のVRシミュレータを利用できる環境にないかもしれないが、代わりに、運動感覚的な動作要素を伴う消費者向けビデオゲームを用いるのでも、リハビリテーションで行なわれるVORエクササイズと一般的なエクササイズの差を埋めるのに役立つ可能性がある(31)。メニエール病患者にみられるもうひとつの主な代償動作は、脊椎、特に頸椎の筋を過度に緊張させることである

(18)。この代償動作は、前庭刺激を抑制し、頭位の予測をつけやすくすることによって、頭部の動作速度を制限するものであるが、長期に実施していると、疼痛や張りの原因となる可能性があり、場合によっては構造的損傷と可動域の問題を引き起こす。健康管理専門職は、筋の緊張パターンが存在することをクライアントに認識させ、筋群のバランスを回復させることで、恒常的な緊張がもたらす影響を抑制しなくてはならない。 メニエール病患者のためのエクササイズに関して、推奨される頻度、強度、量、およびエクササイズ選択を決定づける具体的なデータは存在しない。相反するエビデンスが見つかるまでは、メニエール病患者にも一般的なガイドラインを適用するとよい。ただし、考慮すべき所見がいくつかある。まず、

メニエール病患者には、他の平衡機能およびコーディネーション関連疾患に有効な運動様式が効果をもたらす可能性があり、それには、太極拳、ヨガ、ビデオゲーム、ダンス、水中療法、およびバランスと転倒予防のトレーニングが含まれる(31)。なかでも、回転動作を行なうエクササイズは、前庭リハビリテーションにおいて非常に重要な役割を果たすことが明らかになっているため重要性が高く(26)、また、バランス不足を有するクライアントのリハビリテーション後のコーディネーションを改善する上でも、そのようなエクササイズは重要である(4)。フリーウェイトはコーディネーションを向上させる可能性があるが、安全性を考慮した上でプログラムに組み込むべきであり、実施レベルを引き上げるのは、十分な習熟度が確立されてからにする。その他、水中エクササイズも、バランスに問題を抱えた人に有益な効果をもたらす可能性がある(31)。ただし、健康管理専門職は、そのようなクライアントがめまいを起こしやすいことを認識し、その上で、水中エクササイズ実施中の安全性を確保するための適切な対策を講じなくてはならない。 急性の発作の管理については、発作の前兆や具体的なガイドラインを把握しておき、患者が発作を管理する手助けを行なうことが重要である。典型的な発作は、まず症状の悪化に始まり

(例:耳閉感の増大、低音域の耳鳴りの増大、聴覚の低下)、続いて激しいめまい発作と、通常はそれに伴って強い吐き気と嘔吐を生じる(14)。また突如、意識の消失を伴わずに転倒することも少なくはなく、これは学術的にはドロップアタックとして知られる現象である。典型的な発作は 20 分~ 4 時間継続し、その後、症状は通常レベルに戻っ

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ていく(14)。発作は通常、群発的に発生する時期と、発作の間隔が長い時期とを繰り返し、発作の少ない時期には症状も軽減する。発作が起きたら、患者は処方された薬を服用し、床に寝るなど、転倒のリスクが低い体勢をとる

(12,14)。転倒のリスクを低減したら、なるべく安定感があって楽な姿勢をとり、頭を振らずに可能な限りじっとしたままで過ごし、めまいを抑えるために一点を見つめるようにする(12,14)。めまいを起こした人には、直観的に水や食物、カロリー飲料を与えるべきだと思うかもしれないが、強い吐き気に消化が重なると嘔吐につながることが多いため、そのようなものを与えることは控える(12)。

結論 メニエール病は、平衡機能と聴覚に影響を及ぼす慢性疾患であり、それに伴って動作関連の能力低下を生じうる。初期には症状が漠然としているため、病気の徴候に気付くことは困難である。クライアントが難聴やめまいの症状を繰り返す場合には、有資格の医療専門職に照会し、適切な医学診断を仰がなくてはならない。すでに診断を受けているクライアントを指導する場合は、治療チームとの協力が効果的な指導に不可欠であり、また健康管理専門職は、自らの職務の範囲を理解して、クライアントが最善の治療を受けられるように努める。メニエール病とエクササイズについて取り上げた研究が少ないため、健康管理専門職は、症状の程度を含むメニエール病患者に固有の要素と体力レベルを考慮した上で、トレーニング計画を作成する。また、患者はバランスを崩す可能性が高いため、安全対策を講じておくことが不可欠である。適切に計画されたS&Cプロ

グラムは、疾患の管理と治療を通じてQOLの向上をもたらす上で、きわめて重要な役割を果たす可能性が考えられる。◆

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Timothy J. Piper:Western Illinois Universityのキネシオロジー学准教授で、NSCA-ERP(認定プログラム)の責任者。大学院課程でストレングス&コンディショニング学を教える。様々な身体的制約を有するアスリートやクライアントのトレーニングを25年以上指導している。

Trevor D. Paulsen:Armed Forces Services Corporationに勤務するMRT(マスター・レジリエンス・トレーナー)パフォーマンス・エキスパート。

Laurie Black:Western Illinois University教務課でNCAA学業資格の認定業務を担当。

Taryn N. Brees:Western Illinois Universityでストレングス&コンディショニングおよび身体運動分野の修士課程を修了。

Jefree J. Schulte:University of Chicago病理学部の医師。

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