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実験動物の感染症 その影響と対策 自治医科大学 動物実験委員会 委員長 國田

Jichi - 実験動物の感染症...実験動物の感染症 その影響と対策 自治医科大学 動物実験委員会 委員長 國田 智 本日の講習内容 1)実験動物の微生物統御分類と感染症対策の重要性

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実験動物の感染症その影響と対策

自治医科大学動物実験委員会

委員長 國田 智

本日の講習内容

1) 実験動物の微生物統御分類と感染症対策の重要性

2) マウス・ラットの主要感染症

特徴,疫学,症状,感染コントロール(侵入・

拡大防止,診断,清浄化),実験への影響

3) 人獣共通感染症

特徴,動物への影響,ヒトへの影響

4) 動物実験施設における感染症対策

検疫・モニタリング・清浄化

感染症に注意! なぜ?<病原体固有の理由>

ある種の感染症は人獣共通(zoonosis)

ある種の感染症は発症率や致死率が高い

ある種の感染症は伝播が速い

不顕性感染が多く、実験成績に影響する

実験処置や特定動物種・系統で発症する

<一般的な理由>

動物の移動に伴う汚染拡大(施設内・施設間)

商業的供給や共同研究の障害

感染症発生時の研究遅延、人的・資金的負担

実験動物は生きた試薬/測定系

コンタミしている試薬・培養容器や

洗浄の不十分な試験管

ウイルス感染している測定機器の

コンピュータ

その微生物(汚染物質・コンピュータ

ウイルス)はすべての測定に影響する

わけではないが、ある種の実験には

影響を及ぼす可能性がある。

実験に使っても大丈夫ですか?

⇒ 微生物学的品質の重要性

実験動物の微生物学的コントロール

微生物の状態 作出方法 維持方法

無菌動物: 検出可能なすべての 帝王切開 アイソレータ

Germ free animals 微生物を保有しない

ノトバイオート: 保有している微生物叢 無菌動物に アイソレータ

Gnotobiotes が明らか 同定された

微生物を定着

SPF動物: 特定の微生物を保有して 無菌動物・ノトバイ バリアシステム

Specific pathogen いないことが明らか オートに微生物を

free animals (多くの動物実験に使用) 自然定着

コンベンショナル動物: 上記のような微 SPF動物を オープンシステム

Conventional animals 生物コントロール 非バリア環境で飼育,

がなされていない 帝王切開を経ていない

微生物学的コントロールのための実験動物飼育設備

アイソレータ: 封鎖方式の飼育装置、飼育装置内部・飼料・水・器材はすべて無菌処置(滅菌)、作業はグローブ越し

バリアシステム: 野生動物・病原微生物との接触を避けるための隔離施設、飼料・器材はすべて滅菌、空気はフィルター濾過し差圧管理、水は濾過・塩素添加・滅菌、ヒトは滅菌衣類(マスク・手袋・帽子・靴)に着替えて入室

Barrier systemIsolator

実験用マウスで汚染率の高い病原体Agents 日本

(2006-2008)

北米(2009)

欧州(2009)

台湾(2007)

ペットのマウス(New York)

MNV 13.1% 32.6% 24.0% N.R. N.R.

MPV N.R. 1.8 3.6 11.7% 78%

MHV 2.7 1.6 3.3 3.4 100

Sendai 0.2 0 0 0 N.R.

H.hepaticus 4.5 12.5 10.2 N.R. N.R.

M.pulmonis 0.6 0.01 0.2 1.8 33

P.Pneumotr

opica

7.6 13.2 4.0 N.R. N.R.

Pinworm 5.1 0.3 1.3 0 44

Intestinal

protozoa

15.5 8.1(Entamoeba)

8.9(Trichomonads)

N.R. N.R. N.R.

N.R.: not reported.

実験用ラットで汚染率の高い病原体

Agents 日本(2006-2008)

北米(2009)

欧州(2009)

台湾(2007)

Parvovirus N.R. 2.0% 3.3% 6.8% (RPV)

9.2 (KRV)

SDAV/RCV 0.5% 0.3 0.6 11.2

Sendai 0.2 0.01 0.5 0.4

M.pulmonis 0.2 0.2 2.6 5.4

P.pneumotropica 6.0 4.9 4.0 0 (0/2)

Pinworm 4.2 0.3 1.3 11.1

Intestinal protozoa 2.4 3.2(Entamoeba)

1.6(Trichomonads)

N.R. 5.3

N.R.: not reported.

マウス肝炎ウイルス(MHV)

Coronavirus (ssRNA, enveloped)

自然感染例はマウスのみ

*Respiratory strain (古典的,現在は稀):多臓器

向性polytropic(肝炎など)

*Enterotropic strain (一般的):腸管のみに感染

成熟マウスでは不顕性感染がほとんど

幼若個体では肝炎や腸炎を発症

免疫不全マウスは持続感染し、wasting syndrome, cachexiaで死亡

MHV - 感染コントロール 腸上皮で増殖し、糞便中に感染性ウイルス排出

(床敷・ケージ・排気フィルター・ダクト・グローブ等が

感染源となる)

伝搬力が強い(汚染率高い)

-コンベンショナル施設では汚染施設が多い

-汚染施設内の陽性個体率は高い

-SPF施設でも汚染事故が散発

抗体検査(ELISAなど)で容易に診断可能

PCRで糞便や粉塵、腸間膜リンパ節のMHVを検出

胚移植や帝王切開で排除可能

アルコール系等の消毒薬が有効で、環境中で長期間感染力を保持できない

MHV - 実験への影響

長期に渡り免疫機能を修飾する

- ConA刺激やMLRによるT細胞増殖を抑制

- NK細胞を減少させる (apoptosis and syncytia formation)

- 単球・マクロファージ・樹状細胞に感染

- アロ移植片拒絶の遅延

多くのウイルス・細菌・寄生虫感染の経過に影響を及ぼす

IFN-γ 欠損マウス(C3H background)はMHV感染により肉芽腫性腹膜炎を伴うwasting syndromeを発症する

Coronavirus

自然感染例はラットのみ

成熟ラットでは、唾液腺の炎症・腫脹と涙腺炎によるポルフィリン分泌(red tears, red nose)が主徴

幼若ラットでは眼症状が強い

死亡率は極めて低く、1週間程度で回復

伝搬力が強い

-コンベンショナル施設で汚染例あるが、近年激減

-汚染施設内の陽性個体率は高い

抗体検査(ELISAなど,MHVと交差反応性あり, 感染7~10日以降)で診断・モニター

唾液腺涙腺炎ウイルス(SDAV)

SDAV - 実験への影響

頚部腫脹による摂餌量・体重の減少、繁殖成績の低下

急性~慢性の眼病巣・呼吸器病巣の形成

マクロファージによるIL-1産生の低下

Mycoplasma pulmonis 等との混合感染で呼吸器病巣を増悪

Murine Norovirus (MNV)

Caliciviridae (ssRNA, nonenveloped)

マウスのみが感染

免疫の正常なマウス、獲得免疫の不全系統(RAG-KO,Scidなど)は無症状

自然免疫の不全系統の一部(STAT1-KO,IFN αβγR-

KO)で肺炎、肝炎、脳炎を伴う致死的感染

糞口感染で伝播(少量のウイルスで感染成立)

感染直後は糞便中に多量のウイルス排出,少量ながら長期間ウイルス排出が持続(同居感染には十分量、床敷を介した感染が成立するとは限らない)

MNV - 感染コントロールと実験への影響

抗体検査やPCRで診断可能

胚移植や帝王切開で排除可能

環境中のMNVは感染力を数週間保持し、多くの消毒薬に抵抗性(塩素系が有効)

MNV感染がマウスの表現型に影響を及ぼすという明確な証拠は現在のところない

マクロファージや樹状細胞で増殖するため、これらの細胞の機能解析に支障を及ぼす可能性あり

IFN応答等の自然免疫系の解析に影響する可能性あり

Helicobacter hepaticus

(その他の病原性ヘリコバクターとしてH.billis など)

マウスのみが感染

菌の定着部位は大腸(盲腸)粘膜の陰窩部で、

肝臓の毛細胆管にも侵入し、持続感染

感染動物の臨床症状は明確で

なく、ヌードマウスやscidマウス

などの免疫不全動物で直腸脱

が報告されている程度

肉眼病変の認められる主要臓器

は肝臓で、慢性の肝炎を誘発し、

肝癌の報告もある

ヘリコバクター感染症

Helicobacter - 感染コントロール

糞口感染で伝播(持続感染し、糞便中に感染性菌体を排出)

菌体は乾燥に非常に弱い

個別換気ケージ(IVC)による飼育システムで適正に管理すれば汚染拡大を防ぐことが可能

糞便サンプルのPCRによるモニタリングが有効

胚移植、帝王切開、出生直後の里子

で排除可能

薬剤処置*による除菌では再発の報告も

*AMB(amoxicillin-metronidazole-bismuth),

TMB (tetracyclin-metronidazole-bismuth)などの

多剤併用

Helicobacter - 実験への影響

大腸・肝臓におけるリンパ濾胞の発達などを含む免疫システムの広範な活性化

腸内細菌叢の変動

盲腸におけるIL-12等の炎症性サイトカイン発現を増加させる

炎症性疾患や癌発生率の上昇傾向

- A/Jマウスにおける肝がん発生率を高める

- IL-10欠損マウス等におけるIBD様疾患・結腸がんの発生率

を高める

- RAG2-/- Apc(min/+) マウスにおける乳がん発生率を高める

Spironucleus muris Entamoeba muris

Giargia muris Trichomonas muris

消化管内原虫非病原性原虫の汚染率: 高い

ネズミ大腸ぎょう虫 Aspicluris tetraptera

(♀,成虫) (♂,成虫)

蠕虫(線虫)ぎょう虫の汚染率: 高い

(♀,成虫) (♂,成虫)

糞便中に虫卵排出 → 感染性獲得に6~7日間

感染後23~25日で成虫になり産卵

ネズミ盲腸ぎょう虫 Syphacia obvelate

(♀,成虫)

(♂,成虫)Syphacia obvelate の虫卵(肛門セロハンテープ法)産卵後数時間で感染性獲得

感染後12~15日で成虫になり産卵

ぎょう虫症のコントロール 感染性虫卵の経口摂取(汚染物への接触→舐める)

ぎょう虫卵は環境中で数か月間感染性を保持

ぎょう虫卵は通常の消毒薬に耐性だが加熱に弱い

→ 飼育器具・実験器具の高温処理・滅菌が有効

虫卵検査、盲結腸内容物の鏡検(虫体)でモニター

イベルメクチンやパモ酸ピランテルで駆虫可能

ぎょう虫症の実験への影響 大腸粘膜への侵入による炎症誘発

Th2免疫応答の誘導(IgG,IL-4などの産生上昇)

羊赤血球に対する抗体産生やOAに対するアレルギー反応の上昇

通常マウス・ラット: 病原性は基本的にないが、

汚染率は高い

免疫不全マウス・ラット: 肺膿瘍・結膜下膿瘍などを

形成し、発症した動物は死亡する。

免疫不全動物のみ発症

免疫正常動物では発症せず

肺パスツレラ感染症Pasteurella pneumotropica

肺パスツレラ - 感染コントロール

伝播: 同居感染が効率的であり、環境中では長時間

生存できない

床敷を介した感染は成立し難い

→ モニター動物の汚染床敷内飼育では検出できない場合も多い

診断: 培養・・・気管・眼結膜・鼻咽頭・膣・子宮

PCR・・・糞便など

清浄化: 胚移植,抗生物質(Enrofloxacin)による

除菌も有効

リンパ球性脈絡髄膜炎:zoonosis

Arenavirus (LCMV)

南北アメリカとヨーロッパの野生マウスに常在

成熟マウス・ハムスターにおいては不顕性感染

子宮内感染した子供は持続感染が成立して終生ウイルス血症を呈するキャリアーとなり、糞尿中にウイルスを排泄し続ける → 感染源として重要

ヒトに感染した場合、通常は無症候だが、免疫の低下した患者ではインフルエンザ様症状(発熱・頭痛・筋肉痛)を発症したり、髄膜炎・脳脊髄炎を起こすことがある

ハンタウイルス感染症 (ハンタウイルス肺症候群,腎症候性出血熱): zoonosis

Hantavirus (Bunyavirus科)

野生げっ歯類が自然宿主で、感染ドブネズミは全世界の都市部に分布

ラット: 不顕性で、持続感染が成立してキャリアーとなり、糞尿中にウイルスを排泄し続ける → 感染源

ヒト: 肺症候群(北南米)・・・発熱・頭痛・咳・呼吸困難

→ 約50%の高い死亡率(急性)

出血熱(全世界)・・・発熱・頭痛・腎機能障害・全身性

出血 → 1~10%程度の死亡率

日本では1960年代に、大阪でドブネズミから感染する患者の発生が119例あった(死者2名)・・・梅田熱

実験用ラットからの感染例も、1969年~1984年までに国内24研究機関126名の感染者が確認された(死者1名)

「予防(侵入防止策)が最も重要」 Biosecurity program

①ヒト: 施設管理や利用ルールの教育・遵守,実験動物感染症や人獣共通感染症に関する教育

②建物・飼育器材: 適切な滅菌・消毒の励行,汚染された飼育器材・実験器材を持ちこまない,清潔な物品と汚染された可能性のある物品の動線管理

③実験動物: 感染動物を導入しない(検疫による不顕性感染の摘発,微生物クリーニング),定期的な微生物モニタリング

実験動物の感染症対策

検疫とは: 動物の健康状態を観察,検査することにより異常動物や不顕性感染動物を摘発し,施設への病原体の侵入を防止するための作業

隔離飼育(検疫室,アイソレータで飼育して既存動物への感染を防止する)

臨床症状の観察(望診,触診,体温)

体重測定

微生物検査(培養,血清反応,寄生虫・原虫の鏡検)・・・不顕性感染を摘発

※マウスやラットなどのSPF動物を生産施設から導入する場合,

生産施設で実施した微生物モニタリングの成績を書類審査するだけで済ませることが多い.

導入動物の検疫方法

動物供給機関から提供される微生物検査成績(微生物モニタリング成績)の確認

導入動物の隔離・観察(4~6週間)

微生物検査・抜き取り検査・おとり動物(sentinel animals)の検査

検疫終了

導入動物の一部を検査に使用

一定期間同居飼育した「おとり動物」を検査に使用

導入動物のクリーニング(SPF化)方法動物供給機関から提供される微生物検査成績(微生物モニタリング成績)の確認

動物個体で導入 凍結胚で導入

導入動物の隔離

帝王切開レシピエントによる

SPF里親による哺育 出産・哺育

里親やレシピエントの微生物検査

クリーニング終了

♂ ♀

×交配♂ ♀

×体外受精 融解

SPFレシピエントの卵管内に胚移植

微生物モニタリング

実験・繁殖に使用している動物の一部あるいはモニター用に配置した動物を使用し、飼育中の動物集団における微生物学的状態を間接的に確認

検査対象微生物,検査頻度,検体数,検査方法をあらかじめ設定

実験動物の感染症対策上、不顕性感染の摘発が重要

目的: 飼育期間中には常に病原微生物が侵入する危険性があるため,飼育中の実験動物が病原体に感染していないことを定期的な検査で保証する

※実験動物を他機関に譲渡する際、事前に微生物モニタリング成績の提出を求められる

微生物モニタリング項目の例(ICLASモニタリングセンターのコアセット)

通常マウス 免疫不全マウスリンパ球性脈絡髄膜炎ウイルス(A) ● ●

センダイウイルス(B) ● ●

マウス肝炎ウイルス(B) ● ●

エクトロメリアウイルス(B) ● ●

肺マイコプラズマ(B) ● ●

ティザー菌(C) ● ●

サルモネラ(A) ● ●

肺マイコプラズマ(B) ● ●

ネズミコリネ菌(C) ● ●

腸粘膜肥厚症菌(C) ●

肺パスツレラ(D) ●

黄色ブドウ球菌(D) ●

緑膿菌(D) ●

消化管内原虫(C,E) ● ●

ぎょう虫(C,E) ● ●

外部寄生虫(C,E) ● ●

カリニ肺炎(D) ●

Helicobacter hepaticus /bilis ●

血清

培養

鏡検

PCR

市販ELISAキット “モニライザ”検査項目:

HVJ 抗体M. pulmonis 抗体MHV/ SDAV 抗体Tyzzer's organism 抗体Hantavirus 抗体

ML ⅣA

繁殖を行う施設の場合、マウス・ラット共通の抗体検査4項目だけでも最低限モニタリングすることを推奨する。

感染症の特徴 発生状況:

①複数の個体で類似症状・病変が見られる

②各個体の発病時期に数日から数週間の差がある

③発症した個体で自然回復例が見られる

④死亡率は20~30%程度までで50%に達すること

は極めて稀

剖検所見:

①臓器に局部的な病変が形成される

②様々なステージの病巣が混在する

「拡大防止のための初期対応が重要」

「病原体のレベル・特性を考慮した対応」

早期発見: 感染症を疑う異常動物の発見,臨床症状・発生

状況・剖検所見・一次検査から推定診断

隔離: 確定診断を待たずに暫定的隔離措置(個体単位ではなくケージ・飼育室単位で)

確定診断: 病原体の特定は専門家に依頼

病原体のレベル・特性に応じた対応: 人獣共通・強病原性・

強伝播性 → 淘汰(一部の個体を犠牲にしても感染拡大

を防止,処分できない貴重系統は微生物クリーニング)

焼却・滅菌・消毒: 死体・器材・飼育室は汚染物として処置

感染症発生時の対応

動物実験に係る書類の提出について(平成25年1月17日動物実験規程改正)

動物実験に係る書類の提出期限1) 平成25年度動物実験計画承認申請書: 平成25年2月1日(金)

2) 平成24年度動物実験実施結果報告書: 平成25年5月10日(金)

申請書様式の変更を行いました。1) 動物実験計画承認申請書(様式第1号)

2) 動物実験実施結果報告書(様式第2号)

3) 飼養保管施設設置承認申請書(様式第4号)

4) 実験室設置承認申請書(様式第5号)

年度途中での計画変更を簡略化しました。1) 動物実験計画変更承認申請書(様式第9号)の追加

2) 動物実験実施者(実験責任者を除く)の変更、実験実施期間の変更、施設の変更、実験動物の系統(遺伝子組換え動物の追加は除く)および使用数の変更については、様式第9号を委員長が確認したのち学長が承認する