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気候変動が農業生産に与える影響に関する経済分析~米のケーススタディ
環境経済・政策研究室 日引 聡
長期的な研究の方向性1.気候変動(気温上昇、降水量の変化)は、農業部門にどのような経済的な影響を与えるだろうか?①個別作物の生産性への影響
②より生産性の高い他の作物種への転換(土地利用の変化)は起こるだろうか?その場合どの程度のスピードで生じるか?また、それによって、どの程度経済的な不利益が緩和されるだろうか?③①と②を通じた総合的な経済影響はプラスだろうか?マイナスだろうか?
2. 気候変動の影響(①、②、③)に地域格差(市町村レベルで)があるだろうか?その場合、どの程度の地域格差か?
3. 今回の発表では、上記1と2の黒字部分について、米を対象に分析結果を紹介する。(米以外の作物については、今後の課題)
今回の研究の目的
①米を対象に、農作物別土地生産性(単位作付面積あたりの生産量)モデルの構築
気候条件(気温、日照、降水量など)が各農作物の土地生産性に与える影響を分析
パネルデータ(市町村レベルのデータ及び過去20年程度の暦年データ)を用い、統計的手法を用い、モデルのパラメータ推計
先行研究と本研究の位置づけ(1)2つのタイプの先行研究
→①気候変動が特定の作物の生産に与える影響を分析する研究、
②ヘドニックアプローチを使った研究
(2)「気候変動が特定の作物の生産に与える影響を分析する研究」の特性と問題点
気候変化と生産量との関係が明示的に分析可能
特定の作物い限定した分析であり、作物転換のプロセスを考慮していないため、気候変動のマイナス効果が、過大に評価されてしまう可能性がある。
(例)気温上昇によって、米の生産は打撃を受けるが、より付加価値の高い農作物(たとえば、マンゴー?)へ転換することで、付加価値ベースで見るとむしろ農業部門全体ではプラスの効果が働く可能性がある
先行研究 水稲の生産と気候との関係に着目した研究は明治以降数多くある。
昔は統計学的な分析が多かったが、近年では、農業試験場などの特的の環境において管理された実験結果を分析したものが多い。(大谷ら2008、堀江ほか1985、長田ら2004、佐川ほか1999、若松ら2007,2009)
実験に対する批判
→人為的に制御された環境条件に基づく予測は、実際の水田で発生
する高温障害の発生率を大きく見積もっているのではないか、と疑問を呈する研究者もいる(Angus1997)
松井(2009)は、研究者の間で見解が異なるのは、
実際の田畑において、どのような条件で高温障害が発生するのかが明確でないため
現状では温暖化によって高温障害の発生が大きな問題になるのか、ならないのか、またどのような地域で問題になる可能性があるのか、を断言できる科学的根拠は十分でない、としている。
先行研究 河津ら(2007)→都道府県レベルの分析
下野(2008)→13地点(札幌、旭川、八戸、盛岡、仙台、酒田、福島、富山、水戸、神戸、高知、鹿児島)の分析
横沢ら(2009)→都道府県レベルの分析
林( 2001)→地域レベル(11地域(北海道日本海側、北海道太平洋
側、東北日本海側、東北太平洋側、北陸、甲信、関東、東海・近畿、中国、四国、九州)の分析
Furuya and Koyama (2005)→国レベルの分析
(以上は、環境省適応委員会報告書「気候変動への賢い適応」でレビューされた論文)
Yokoya et al.(2009)中部地方を対象に市町村単位の分析を行っている。
先行研究(登熟期の適温について)
若松ら(2007)→玄米品質からみた登熟適温を、約24℃と報告
岡本(1964)→登熟期の気温(出穂後30日間)において、コシヒカリの食味試験に基づく粘り値には適温があり、25.5℃がその最適値
佐藤(2005)→食味と登熟温度との関係に、出穂後35日間の日平均気温25.6℃を頂点とした有意な二次回帰曲線を報告
内島ら(1967)→全国42地点の気象感応試験成績を基に回帰分析を行い、出穂後40日間の最適気温を21.4℃
森田(2008)→これまでの研究結果をふまえ、白未熟粒が増加する出穂後20日間の日平均気温の閾値をおおむね26~27℃としている。
先行研究(温暖化影響について)
林ら(1999)(地域レベル(11地域)→日本と韓国の水稲の収量変動
について、都道府県単位の気象要素について回帰分析。その結果、7~9月の平均気温が±1℃変化すると、±7%収穫量が変動するとした。
河津ら(2007)(都道府県レベルの分析)→出穂盛期後10から30日ま
での平均最低気温が1℃上昇することにともない、一等米比率が平均で3.57%低下する
横沢ほか(2009)(都道府県レベル)→3℃以上の気温上昇までは、
全国平均の米収量は現在と同程度か、あるいはやや増加し、それ以上になると北海道・東北地域を除いて米収量は減少すると推計している。
先行研究 いずれも都道府県単位の分析が多く、市町村レベルの分析はほと
んどない。農作物の多くは気候変化に特に敏感。都道府県内の気候地域差が無視すべきではない影響を持つ
水稲の単位あたり収量に影響を与える要素は、気候以外にも、種苗費、肥料費、人件費といった投入資本量などが考えられるが、こうした経済的な変数を考慮した重回帰分析を行った分析は過去の日本の研究ではほとんどみられない。特に、空間的な相関を考慮した分析は皆無である。(将来予定)
先行研究と本研究の位置づけ(3)ヘドニックアプローチの特性と問題点
(特性)土地生産性が地価に反映するという性質を用いて、分析する手法
①将来の現象を適確に認知しており、かつ、②作物転換の費用が小さい、という条件が成立すれば、地価には、気候変動による将来の農業への経済影響(現在の作物を生産することによる生産性の低下の影響や作物転換による生産性の向上のメリット)は、現在の地価に反映
→気候条件と農業地価との関係を分析することで、将来の気候変動による農業部門への影響を明らかにできる
(問題点)
人々(特に、農業従事者)が将来の気候変動の現象をどれだけ適切に認知しているか非常に疑わしいし(①の条件)
作物の転換費用(作物生産の習熟プロセスを含め)は通常大きい
→農業地価が気候変動による将来の農業への経済影響を適切に反映していると考えにくい
日本を対象にした先行研究→なし
アメリカを対象にした先行研究→Menderson et al.(1994), Deschenes et al.(2007)など
アメリカを対象に、気候変動がアメリカの農業に対してプラスの効果をもたらすことを明らかにしている。
計量モデルによる分析のメリットは何か?
実験室的な分析では、必ずしも実態(たとえば、植えられている品種)を反映していない。
米の種類によって、気温に対する感度は異なる。計量モデルによるパラメータ推計だと、パラメータが平均的な品種を反映した気候感度を推計することになる
代替的な手法によって、さまざまな角度から気候変動の要因を探ることは不確実性を減らすうえで重要
先行研究では、必ずしも適切な統計的手法が用いられていない。
米の被害報告例
⇒玄米の全部または一部が乳白化する現象・・・登熟期の平均気温が27℃を上回ると多く発生
⇒粒に割れ目を生じた米
・・・登熟初期の気温が高くなるほど発生しやすくなる。
・白未熟粒(しろみじゅくりゅう)
・胴割れ米(どうわれまい)
高温障害1番の原因
※農林水産省2007
全国でこういった現象が確認されている
気候変動と米生産への影響
米と気候との関係について• 米のこよみ
苗作り田植え
分けつ茎が伸びる
開花・穂が出る穂が実る
収穫
4~6月 6~8月 7~9月 9~11月
米にとって気候が最も重要な時期
・日照時間が十分でない ⇒ 不稔状態(米粒できない)
・平均気温が適温でない ⇒ 未熟米の発生
この時期に・・・
登熟期(とうじゅくき)
出穂期と登熟期
出穂期(しゅっすいき):穂を形成する作物において、4~5割の穂が出穂した時期。
登熟期:穂に炭水化物を送り込んで溜め込む時期
■登熟期の時期
出穂前:全国的には7、8月(今回は出穂最盛期の前10~40日を考慮)
出穂後:全国的には8、9月(今回は出穂最盛期の後10~40日を考慮)
■影響
出穂前:1平方あたりの穂数、穂籾数、籾のサイズを決定するなど米の量を決める重要な期間
出穂後:高温登熟障害(未熟米の発生)、胴割れ米、など主に米質にとって重要な期間
出穂期と登熟期(つづき)
■先行研究
出穂前・・・一次相関について言及した研究があるが、高温限界について言及した研究はなさそう。
(羽生(1970)では近いことをやっているが、データ不足で閾値は示していなかった)
出穂後・・・品種・地域によりさまざまな報告があるが、近年の研究では、高温限界は24~27℃であると、ほぼ集約できそう。
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窒素投入量賃金
その他投入固定資本日照日照
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基本モデル
気候変数
・雨・・・・・月の積算降水量(mm)
・気温・・・登熟期(とうじゅくき)前後40日の平均気温(℃)
・日照・・・月の日照時間(時間)
・j :市町村(1727市町村)
※2010年3月31日・t :年(1996~2005年)
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米生産量
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基本モデル
気候変数の2乗項を入れるのはなぜか?
・降水量 ・・・・・水田の洪水被害、台風の代理変数
・気温・・・高温障害の影響
・日照・・・湿度低下、水田の水位減少等の影響
気候データ・・・「アメダス年報」を参照
全国840地点のアメダス(約21km平方に1地点)
全国1727市町村の代表点
それぞれの経度緯度情報を取得
各市町村代表点に最も近いアメダスを対応させる。
97.7%の市町村で代表点から20km以内のアメダスの値を利用。
収穫量、作付面積:農林水産省の「作物統計」
都道府県平.7年産(1995)
8(1996)
青 森 8. 9 8.11 岩 手 8.11 8.14 宮 城 8. 7 8.12 秋 田 8.10 8.10 山 形 8.10 8. 9 福 島 8.14 8.12 茨 城 8. 8 8. 8 栃 木 8.12 8.11 群 馬 8.25 8.27 埼 玉 8.20 8.19 千 葉 7.31 7.31 東 京 8.25 8.22
神 奈 川 8.20 8.21
水稲の耕種期日(最盛期)(都道府県別)(データ例)(農林水産省資料)
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タイムトレンド
窒素投入量賃金
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気温気温降水量降水量
作付面積
米生産量
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基本モデル
・固定資本・・・・・「建物及び構築物、農機具、生産管理機器」の調査作物の負担部
・その他投入・・・「種苗費、農業薬剤費、光熱動力費、その他の諸材料費、土地改良及び水利費、賃借料及び料金、など
(データ出所)農林水産省の「農業経営統計調査」(都道府県レベル)
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タイムトレンド
窒素投入量賃金
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気温気温降水量降水量
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米生産量
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基本モデル
賃金:「家族労働費」と「雇用労働費」の合計
→農林水産省の「農業経営統計調査」
窒素投入量:都道府県別の各年の窒素施肥量(kgN/ha)
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タイムトレンド
窒素投入量賃金
その他投入固定資本
日照(地域ダミー)日照
日照(地域ダミー)日照
気温(地域ダミー)気温
気温(地域ダミー)気温
降水量(地域ダミー)降水量
降水量(地域ダミー)降水量
作付面積
米生産量
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地域性を考慮したモデル
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データの整理・市町村合併 ⇒ 加算により1727市町村に統一
米収穫50t
米収穫30t
米収穫80t
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A町 B村
C市
A町とB村が合併し、C市になるケース
※2010年3月31日時点
2010年
基本モデルの主要な推計結果(固定効果モデル)
説明変数 推計値 標準偏差(気温) 2.33799000 0.0409258(気温)の2乗 -0.04737740 0.0008808(降水量) -0.00102390 0.0001007(降水量)の2乗 0.00000072 0.0000002(日照時間) 0.01018380 0.0006630(日照時間)の2乗 -0.00002000 0.0000023(固定資本) 0.00000002 0.0000000(その他投入) -0.00000015 0.0000001(賃金) -0.00000056 0.0000001(窒素投入量) 0.00415060 0.0015631タイムトレンド 0.03166430 0.0023767
1%有意で符号がマイナス1%有意で符号がプラス
有意でない
分析結果と考察
・平均気温 ⇒ 正に有意 ・平均気温の二乗 ⇒ 負に有意
気温
米の土地生産性土地生産性が最大になる気温 24.7℃
高温障害
(気温と収量)
・日照時間 ⇒ 正に有意 ・日照時間の二乗 ⇒ 負に有意
日照時間
米の土地生産性 土地生産性が最大になる日照時間約256時間
(日照時間と収量)
気温上昇とi市の土地生産性の変化
( ) ( ) ( )[ ]2243 上昇前の気温上昇後の気温気温上昇
作付面積
米生産量
−+=
∆
ββ
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気温上昇とi市の米生産量の変化(土地利用が変化しない場合)
( ) ( )作付面積作付面積
米生産量米生産量 ×
∆=∆
jt
気候変動(例えば、気温変化)による土地生産性への影響や米生産量への影響は、推計されたパラメータと気候のシナリオを与えることで、下記の式から計算できる。
今後の課題
• 基本モデルの拡張(地域性を考慮した分析)
• 空間的自己相関(空間統計)の考慮
• 地域的な気候変動のシナリオを与えて、米生産への影響をシミュレーションする
• 土地利用モデルの構築(動学モデル)
→短期的な効果と長期的な効果を推計可能
・他の作物(50品目程度)への応用と総合的な分析
・生物多様性への応用(特に、土地利用モデル)
参考文献
Angus, J.,(1997):“A book review on ‘Modeling the Impact of Climate Change on Rice Production in Asia’”. Field Crops Res. 52 : 286-287.
Deschênes, O. and M. Greenstone(2007) “The Economic Impacts of Climate Change: Evidence from Agricultural Output and Random Fluctuations in Weather”, American Economic Review, Vol. 97, No. 1, pp. 354-385
Menderson, R., W. Nordhaus and D. Shaw (1994) “The Impact of Global Warming on Agriculture: A Ricardian Analysis” American Economic Review, Vol. 84, No. 4, pp. 753-771
Yokoya, M. and T. Aoyama (2009)“Climatic water balance and climatic division of rice producing districts in the Chubu region, Japan”.J.Agric.Meteorol,65(4): 357-363
大谷和彦・吉田智彦(2008):「送風時期が水稲「白未熟粒」発生に及ぼす影響」. 日本作物学会紀事,77(4):434-442.
河津俊作・本間香貴・堀江武・白岩立彦, (2007):「近年の日本における稲作気象の変化とその水稲収量・外観品質への影響」.日本作物学会紀事,76 (3) :423-432.
長田健二・滝田正・吉永悟志・寺島一男・福田あかり, (2004): 「登熟初期の気温が米粒の胴割れ発生におよぼす影響」. 日本作物学会紀事,73(3): 336-342.
佐川了、坂本甚五郎・西政佳, (1999) 「水稲の収量・収量構成要素に及ぼす施肥成分と気象要因」. 日本作物学会紀事,68(4):519-523.
参考文献
下野裕之, (2008):「地球温暖化が北日本のイネの収量変動に及ぼす影響」.日本作物学会紀事,77(4):489-497
堀江武・桜谷哲夫, (1985):「イネの気象的評価・予測法に関する研究・(1)個体群の吸収日射量と乾物生産の関係」.農業気象,40(4) :331-342.
松井勤, (2009): 「開花期の高温によるイネの不稔」. 日本作物学会紀事,78(3):303-311.
横沢正幸・飯泉仁之直・岡田将誌(2009)「気候変化がわが国におけるコメ収量変動に及ぼす影響の広域評価」地球環境Vol.14 No.2 199-206.
若松謙一・佐々木修・上薗一郎・田中明男,(2007)「暖地水稲の登熟期間の高温が玄米品質に及ぼす影響」. 日本作物学会紀事,76(1):71-78
若松謙一・佐々木修・田中明男,(2009)「暖地水稲における高温登熟条件下の日射量および湿度が玄米品質に及ぼす影響」. 日本作物学会紀事,78(4):476-482