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1 平成 25 年度 7回 環境・健康ビジネス研究会 平成 26 3 11 日(火)16301830 山梨総合研究所 6F 会議室 「姿勢バランスの維持メカニズム」 解説:永井 正則 (略歴)元山梨県環境科学研究所 副所長 1. 高齢者の増加とともに増える転倒・転落事故 村松先生の講演の前に、皆さんに運動に関連する研究を紹介します。調査により ますと、「不慮の事故」や「家庭内の事故」の死因の第 3 番目が転倒・転落です。 高齢者の増加とともに、転倒・転落が増加しています。 2. 姿勢の維持機能 転倒防止については、「姿勢バランスと維持」が大切です。姿勢の維持には、視 覚、体性感覚、前庭感覚の3つが作用しています。体性感覚は身体の表層組織(皮 膚・粘膜)や深部組織(筋・腱など)で知覚される感覚。前庭感覚はいわゆる平衡 感覚で、頭部の傾きや回転方向を内耳にある前庭器官で捉えます。この三つの感覚 が脳で統合され、姿勢維持がなされるのです。

「姿勢バランスの維持メカニズム」...3 3. 体性感覚と重心動揺 皮膚・筋肉などの組織も姿勢維持に作用します。たとえば、妊婦さんは体重が増

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    平成 25 年度 7回 環境・健康ビジネス研究会 平成 26 年 3 月 11 日(火)16:30~18:30 山梨総合研究所 6F 会議室

    「姿勢バランスの維持メカニズム」

    解説:永井 正則 氏 (略歴)元山梨県環境科学研究所 副所長

    1. 高齢者の増加とともに増える転倒・転落事故

    村松先生の講演の前に、皆さんに運動に関連する研究を紹介します。調査により

    ますと、「不慮の事故」や「家庭内の事故」の死因の第 3 番目が転倒・転落です。高齢者の増加とともに、転倒・転落が増加しています。

    2. 姿勢の維持機能

    転倒防止については、「姿勢バランスと維持」が大切です。姿勢の維持には、視

    覚、体性感覚、前庭感覚の3つが作用しています。体性感覚は身体の表層組織(皮

    膚・粘膜)や深部組織(筋・腱など)で知覚される感覚。前庭感覚はいわゆる平衡

    感覚で、頭部の傾きや回転方向を内耳にある前庭器官で捉えます。この三つの感覚

    が脳で統合され、姿勢維持がなされるのです。

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    人は身体のバランスを保持していますが、静止状態を測定すると常に動いていま

    す。これが重心動揺です。重心動揺周波数と感覚の関係については図のような研究

    があります。目を開いた状態と閉じた状態とを比較しますと、目を閉じた状態では

    左右に揺れています。目を閉じた状態ではバランスをとりづらいことは、皆さんも

    経験していると思います。

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    3. 体性感覚と重心動揺

    皮膚・筋肉などの組織も姿勢維持に作用します。たとえば、妊婦さんは体重が増

    加するとともに、重量バランスが変化します。妊娠前にできた運動や歩行、姿勢維

    持なども変化します。 妊婦さんの腹囲と重心動揺の関係を求めた実験によると、腹囲が大きくなるにつ

    れ、横方向、前後方向の動揺が大きくなります。つまり、姿勢維持が大変になり、

    咄嗟のバランス維持が困難になり、転倒などのリスクが増えるのです。

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    4. ストレスと姿勢維持

    重心保持機能は、心理的なストレスに影響され、容易に変動することは知られて

    います。 ストレスにより不安が高まると、直立姿勢も不安定化します。不安が高い時は、

    首の後ろの筋肉に力がかかり前傾気味になるためか、体の前後方向の揺れが大きく

    なります。こうしたことから、ストレス度を評価する指標として姿勢維持機能を位

    置づけることも可能と思われます。

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    5. 運動トレーニングと姿勢維持

    運動トレーニングの差異によっても、重心動揺が異なります。ミットパーカッシ

    ョンのケースを紹介します。この競技歴と姿勢維持の関係は、競技歴の長いグルー

    プほど姿勢維持ができるようになっています。ミットパーカッションは、音楽に合

    わせてカラダを動かし、リズム感・バランス感を身につけ、けがや事故を防ぐため

    の安全で効果的なカラダの使い方を学ぶ健康・安全のための楽しくて格好良い山梨

    発祥のプログラムといわれますが、その通りの効果があることが分かります。

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    「運動学から見た登山 ―安全な登山を目指して―」

    講師:村松 憲 氏 (略歴)健康科学大学理学療法学科 准教授

    平成 15 年 茨城県立医療大学卒業 平成 20 年東京医科歯科大学大学院修了、博士(保健) 日本理学療法学術大会会長賞受賞(平成 25 年)

    1. はじめに

    私は大学で理学療法の研究・教育を担当しています。理学療法の目的は生きてい

    くために最低限必要な運動を回復させることです。理学療法の扱う疾患領域は図に

    示すように3つあります。 通常の理学療法は骨折や怪我など筋・骨格系の運動機能を回復させることや、脳

    卒中などの機能回復(神経系理学療法)がありますが、新たな分野として内部障害

    理学療法(心臓病、肺の病気や糖尿病など)が注目されています。 健康科学大学では、内部障害理学療法として「循環器系理学療法・呼吸器系理学

    療法」「代謝系理学療法」それぞれの領域の専門家を迎え入れています。 理学療法士というのは、換言すれば運動のスペシャリストと言ってもよいと思い

    ます。

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    2. 山梨は登山天国

    山梨県には富士山や南アルプスを筆頭に大小さまざまな山があり,重要な観光資

    源となっています。 山梨県内には 401 座の山があります。南アルプスのような上級者向けの山塊か

    ら初級者向けの富士御坂の山々まで多様な山があり、山梨は登山天国と言っても良

    いほど、山岳資源に恵まれています。 富士山の登山客(8合目)は年間30万人ですが、標高 599m の高尾山には年間

    250 万人が訪れているそうです。高尾山に比して、県内には素晴らしい山が沢山あります。もっと、山梨に人が来てもよいのではないか?と思います。

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    3. 山岳遭難の特徴と理学療法

    近年、高齢者や女性の登山が増加するとともに、登山事故や遭難がマスコミで報

    道されるようになり、登山未経験者には登山は危険であるという認識が一般的とな

    っています。 登山には滑落,低体温症などの安全上の問題があり。登山の「安全」が確保され

    てこそ、観光資源が生きると思います。山岳事故の特徴は「事故の原因の約半数は

    転倒・転落,疲労など身体運動能力に起因する」ことであり、「事故者の半数は 60歳以上の高齢者」です。

    理学療法士は主に高齢者や障害者の歩行などの基本的な運動の回復に特化した

    専門家集団です。理学療法士の持つ知識や技術は主に「登山中に転倒を生じる 60歳以上の高齢者」の発生を予防することに役立つと思います。理学療法の視点から、

    安全な登山および装備などについての具体的な方法を考えていきたいと考えてい

    ます。

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    4. 山岳事故予防の取り組み

    山岳事故予防の取り組みは色々ありますが、代表例は注意喚起です。たとえば、

    富士登山オフィシャルサイトでは低体温症、高山病に対する注意が掲載されていま

    す。当然のことですが、山岳事故の多くが難度の高い山岳ですから、高山向きの注

    意喚起ばかりです。

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    <健康登山>

    登山はその人の体力や能力によって適切な場所を選択すれば喜びと感動を与え

    てくれますし、一方で、登ろうとする山に対して一定の体力や経験が必要になりま

    す。 登山には高い山を目指す「スポーツ登山」やレジャー・レクリェーションのため

    の「レジャー登山」もあれば、心身の健康づくりを目的とした「健康登山」がある

    のではないかと思います。 私なりの「健康登山」の定義は、運動を第一目的とした、健康維持の手段として

    の登山です。自分の実力にあった山に登ることが健康登山です。そうすると、中高

    年の登山、女性の登山の多くは「健康登山」ではないかと思います。

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    5. 安全登山のための目安とは?

    高尾山の例に見られるように、高山よりも低い山々のほうが登山客も多いのです

    が、一般的な山々に対する事故予防の取り組みはありませんし、身体能力や年齢に

    起因する事故予防の手段に言及する注意喚起はありません。 登山には未だに経験の要素が大きく、安全登山のための科学的判断材料がない、

    研究も少ないといった状況です。そこで、私どもの大学の理学療法を担当する同僚

    たちで山岳同好会をつくり、山梨の山歩きを楽しみながら、安全登山のための身体

    機能の目安づくりについて検討しています。 たとえば、急斜面を登るために必要な足関節の可動域などを調べ、指標として用

    いること、山梨の初級ルートを制覇することでさらに上級コースにステップアップ

    できるような安全登山、健康登山のプログラムづくりなどを想定しています。 将来的には、「道迷い」を防止するための標識のあり方について、作業療法や福

    祉心理の専門家などと共同研究を進めていきたいと考えています。また、山梨県内

    の観光業や自治体の関係者の方々と一緒に、健康登山・安全登山に適した登山・ト

    レッキングルートや案内標識の整備、情報提供ツールの開発などに参加できたらと

    願っています。

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