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372 日本傳染病學會雜誌 第27卷 第9・10號 Salmonella blegdam に關する臨床的並に細菌學的研究* Gaertner氏 菌 及 び 其 の類 似 菌 は,食 物 中毒 の 原 因菌 と して,Salmonella菌 屬 中最 も早 く檢 出 さ れ た もの で あ る が,研 究 の初 期 に於 て は これ等 相互 間の鑑 別は もとよ り,S.typhir muriumと ら混 同せ られ,こ れが明か に區別 されるに到 るま で の過 程 は實 に複 混 灘迷 を極 めで い る . Gaertner氏 菌 と其 の 類 似 菌 との鑑 別 に關 す る 研 究 は,H.Davit1),L.Bahr2),J.Hohnu.He- rrmann5)及 びF.Kauffmann u. C. Mitsui6)等 の努 力 に依 り長 足 の 進 歩 を來 した が,殊 にS. enteritidisか らこれ と 抗 元 構 造 は甚 だi類 似 す る S.dublin,$rostock,S.moscow,S.b!egdam 等 が 區 別 さ れ た こ と は,長 い間混迷の裡に在つた 此 の方面 の研究 に曙 光 を もた ら した もの と考 え ら れ る. S.blegdamは,始 めM.Kristensen(1929)に 依 りCopenhagenのblegdam病 院 で 分 雜 せ られ そ の 後F.Kauffmann7)(1935)に り,獨 立せる 菌 型 で あ る こ とが 認 め られ る まで は,相 當の期間 S.enteritidisの 中 に 包 含 され て 來 た.而 し て, 本 菌 型 の共 の後 の檢 出 状 況 を見 る と,歐 米では其 の 檢出 は極 め て 稀 有 な もの ゝ樣 で あ る.例 え ば, E.Boeker20)(1937)の 獨逸に於ける廣汎な調査報 告 を見 る と,獨 逸 各 地 か ら6年 間に亙つて蒐集さ れ たSalmonella菌 屡1495株,13型 中 に 於 て,本 菌型は全 く檢出 せ ら れ て い な い.更 にR.B.Li- ndbergandM.Bayliss40)(1949)は 西南太平洋諸 地 域(Hawaian lslands, Marianas, Guadalcanal, Iwo-Gima等)が 蒐集 した る2菌 型,465菌 株中に も本 菌 型 を認 め な か つた.又 米 國 に於 ては,S Bornstein,1。Saphra&L.Strauss21) 26菌 型876株 に本 菌型 を全 く檢 出 していない. 以上 の各報告か ら見 て も,歐 米 で は本 菌 型 の檢 出 は極 め て稀 有 な もの で あ る こ とが 首 肯 され る. 故 に本 菌 型 に關 す る各 種 の所 見 を,歐 米 の業 績 か ら これ を覗 い知 る こ とは殆 ん ど 不 可 能 で あ る. 然 る に,日 本 及 び 中 國 各地 域 に於 て は,本 菌型 の檢出 頻度 は決 して歐米 に於 けるが如 くに稀有 な もの で は な い.即 ち 人體 感 染 例 と して,金 野14), (1936),苅 谷15)(1937),廣 木,山 下,大 (1941~1944),溝 上16)(1940),梅 本13 木17)(1943)及 び 柔 波 田18)(1940)等 多 數 の報 見 る.又 動物 よ りの檢 出例 と して,中 黒8)(1936), 井 手9)(1936),前 田10)(1937)等 は海 瞑 よ り, 岩 田,横 山11)(1942)は「ハ タリス」,板 橋,渡 邊, 田 島,西12)は 海 狼 及 び 犬,梅 本13)(1942)は 家 鼠 り檢 田せ る報告例 があ る.併 し以 上 の諸 報 告 例 は 本菌型に關 し夫 々部分的の記述を試みているに過 ぎす.こ れ を以 て本 菌 型 に關 す る全 般 的 な見 解 を 把 握 す る こ とは不 可能 で あ る.依 つ て余 は 當教 室 關 係 者 及 び余 自身 の經 驗 例 を經 と し,本 邦及び中 図 に於 ける前述 の各種 の 報 告例 を緯 と して,S. blegdamの 血清學的並びに生物學的性状を精密に 檢査 して,こ れ を先 人 の業 績 と比 較 檢 討 し,更 本菌型の入體感染病像に關 して詳細なる考察を試 み,鼓 に興 味 あ る所 見 を得 た の で,そ の大 要 を報 告 す ること ゝす る. 第1章 實驗方法 I 供試菌株の由來 供試菌株は,余 自身 の分離 せ る もの ゝ外 に,當 教 室 關 係 者(廣 木,岩 田,山 下,天 河,大 平 等)に よ り分離 され保存 せ られて居 た 人體 由來菌株 及び 動物由來菌株並びに舊奉天獸疫研究所田島博士よ *本 研究は舊滿洲醫科大學微生物學教室(主 任贋木教 授)に 於 て 實施 した も ので あ る。

臨 牀 實 驗 - 感染症学雑誌 ONLINE JOURNALjournal.kansensho.or.jp/kansensho/backnumber/fulltext/27/372-384.pdf · 日本傳染病學會雜誌 第27卷 第9・10 ... の 獨逸

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372 日本傳染病學會雜誌 第27卷 第9・10號

臨 牀 實 驗

Salmonella blegdam に關する臨床的並に細菌學的研究*

廣 瀬 朝 夫

緒 論

Gaertner氏 菌 及 び 其 の類 似 菌 は,食 物 中毒 の

原 因菌 と して,Salmonella菌 屬 中最 も早 く檢 出

され た もの で あ る が,研 究 の初 期 に於 て は これ等

相 互 間 の鑑 別 は もと よ り,S.typhir muriumと す

ら混 同せ られ,こ れ が 明 か に區 別 され る に到 る ま

で の過 程 は實 に複 混 灘迷 を極 めで い る .

Gaertner氏 菌 と其 の 類 似 菌 との鑑 別 に關 す る

研 究 は,H.Davit1),L.Bahr2),J.Hohnu.He-

rrmann5)及 びF.Kauffmann u. C. Mitsui6)等

の努 力 に依 り長 足 の 進 歩 を來 した が,殊 にS.

enteritidisか らこれ と 抗 元 構 造 は甚 だi類 似 す る

S.dublin,$rostock,S.moscow,S.b!egdam

等 が 區 別 され た こ とは,長 い 間混 迷 の裡 に在 つ た

此 の方 面 の研 究 に曙 光 を もた ら した もの と考 え ら

れ る.

S.blegdamは,始 めM.Kristensen(1929)に

依 りCopenhagenのblegdam病 院 で 分 雜 せ られ

その 後F.Kauffmann7)(1935)に 依 り,獨 立 せ る

菌 型 で あ る こ とが 認 め られ る まで は,相 當 の期 間

S.enteritidisの 中 に 包 含 され て 來 た.而 して,

本 菌 型 の共 の後 の檢 出 状 況 を見 る と,歐 米 で は 其

の檢出 は極 め て 稀 有 な もの ゝ樣 で あ る.例 えば,

E.Boeker20)(1937)の 獨 逸 に於 け る廣 汎 な 調 査 報

告 を見 る と,獨 逸 各 地 か ら6年 間 に 亙 つ て蒐 集 さ

れ たSalmonella菌 屡1495株,13型 中 に於 て,本

菌 型 は全 く檢出 せ られ て い な い.更 にR.B.Li-

ndbergandM.Bayliss40)(1949)は 西南 太 平 洋 諸

地 域(Hawaian lslands, Marianas, Guadalcanal,

Iwo-Gima等)が 蒐 集 した る2菌 型,465菌 株 中 に

も本 菌 型 を認 め な か つた.又 米 國 に於 て は,S

Bornstein,1。Saphra&L.Strauss21)(1941)は

26菌型876株 に本菌型を全 く檢出 していない.

以上の各報告か ら見て も,歐 米では本菌型の檢

出は極めて稀有な ものであることが首肯 される.

故に本菌型に關する各種の所見 を,歐 米の業績か

らこれを覗い知ることは殆んど不可能である.

然るに,日 本及び中國各地域に於ては,本 菌型

の檢出頻度は決 して歐米に於 けるが如 くに稀有な

ものではない.即 ち人體感染例として,金 野14),

(1936),苅 谷15)(1937),廣 木,山 下,大 平,長澤23)

(1941~1944),溝 上16)(1940),梅 本13)(1941),長

木17)(1943)及び柔波田18)(1940)等多數の報告例を

見る.又 動物 よりの檢出例 として,中 黒8)(1936),

井手9)(1936),前 田10)(1937)等 は海瞑 より,廣 木,

岩田,横 山11)(1942)は「ハ タリス」,板 橋,渡 邊,

田島,西12)は 海狼及び犬,梅 本13)(1942)は 家鼠 よ

り檢田せる報告例がある.併 し以上の諸報告例は

本菌型に關 し夫 々部分的の記述を試みているに過

ぎす.こ れを以て本菌型に關する全般的な見解を

把握することは不可能である.依 つて余は當教室

關係者及び余自身の經驗例を經 とし,本 邦及び中

図に於ける前述の各種の報 告例 を緯 として,S.

blegdamの 血清學的並びに生物學的性状を精密に

檢査 して,こ れを先人の業績と比較檢討 し,更 に

本菌型の入體感染病像に關 して詳細なる考察を試

み,鼓 に興味ある所見を得たので,そ の大要を報

告することゝする.

第1章 實驗方法

I 供試菌株の由來

供試菌株は,余 自身の分離せるもの ゝ外に,當

教室關係者(廣木,岩 田,山 下,天 河,大 平等)に

より分離 され保存せ られて居た 人體由來菌株及び

動物由來菌株並びに舊奉天獸疫研究所田島博士よ

*本 研究 は舊滿洲醫科大學 微生物學教室(主 任贋木教

授)に 於 て實施 した ものであ る。

昭和28年12月20日373

第1表

り分與せ られた 動物由來菌株等通計25菌 株 であ

る,一其の由來を第1表 に一括表示する.

即ち,人體 由來菌株 としては,患 者 より分離 し

た もの9株,保 菌者 より檢出 した もの6株 の計15

株,又 動物由來'菌株 としては「ハ タリス」より分離

した もの4株,海 狸 より分離 した もの5株,大 よ

り分離 した もの1株 の計10株,通 計25菌 株であb

これ等の菌株は何れ も奉天及び その近邊に於て分

離せ られた ものである.

II 實驗手技

供試せる標準菌株は,凡 で廢木博士がCopenh-

agen國 立血清研究所F.Kauffmannよ り直接

分 與せられたものであ り,診 斷用免疫血清は,上

蓮の各標準菌株 を用いて製作 し,詳 細な抗元分析

的吟味 を經た ものである.

生物學的並びに免疫學的檢査の一般手技は,記

載の煩混を遲 けてこれを省略する.但 し生物學的

性状の檢査に使用 した各種含水炭素類 その他の試

藥類は大部分はMerk製 品一部は 日本製品を使

用 した.實 驗にあたつては其の都度嚴密なる對照

を設 け不測の誤謬に陷 らぬことを期 した。

第2章 實 驗 成 績

I S.blegdam檢 出頻 度

本 菌 型 がF.Kauffmann7)に 依 り獨 立 した1菌

型 で あ る こ とを確 認 せ られ て 以 來 の,歐 米 に於 け

る本 菌 型 の檢 出状 況 に就 て は,既1こ 述 べ た通 り,

E.Boecker20)(1937),R.B. Lindberg and Ba-

yliss21)(1939~1940)等 の業 績 か ら見 て も歐米 各地

に於 て は 比 較 的 稀 有 な 菌 型 と考 え るべ きで あ るが

東 洋 に於 て ば 必 す し も稀 有 な もの とば 謂 え な い.

今 参 考 まで に 當 教 室長 澤27)(1939~1942)(滿 洲

地 域),長 木17)(1943)(北 支 地 區)及 び 桑 波 田18)

(1941)(中 支地 區)等 の各 報 告 よ り本 菌 型 の檢 出頻

度 を覗 つ て見 る.

第2表

即 ち,長 澤 はSairnonella菌 屬700株 中7株(1.0

%),長 木 は250株 中1株(0.4%),桑 波 田は216株

中1株(0.5%)を 夫 々檢 出 して い る.若 し長 澤 の

報 告 に於 てS.typhiを 險 外 す るな らば,199株 中

實 に7株(3.5%)に 上 つ て い る.

惟 うに,Salmonella菌 屬 の菌 型 檢 出頻 度 に關

する 調 査 成 績 を考 察 す る に あ た つ て,其 れ を構 成

374 日本傳染病學會雜誌 第27卷 第9・10號

する基礎資料の蒐集樣式に依 り著 しい差異を生す

る場合があ り得ることは看過 し得ない.斯 かる點

を考慮するとき當教室長澤の調査報告は最 も信頼

を置 ぐに値するものと思われる.何 故なれば,本

報告奉天及び周邊地域に於て,急 性熱性傳染病 と

診定せ られ收容 された一切の入院患者及び食物中

毒患者に就 き3年 間(1939~1942)に 亙 り,同 一の

檢査施設に依 り,系 統的に調査 されたものであつ

て,單 に各地檢査機關か ら任意に蒐集せるものと

は全 く趣 きを異に しているか らである.

部ち,以 上の檢査成績か ら,中 國に於ては本菌

型がSalmonella菌 屬全體の約0.5%~1.0%の 割

合 に證明 されるものと考 えられる.

本邦に於ては,坂 崎41)が三重縣北部地方に於け

るSalmonella菌 屬の分布 を調査 した際,「 チフ

ス」性疾患1905例 か ら353菌株のSalmonella菌 屬

を檢出 したが,そ の中Sblegdamは1例 も證明

していないとは錐え,本 菌型の本邦 に於ける檢出

率 を覗 うには,將 來尚多 くの調査 を必要 とする.

假令中國各地に於 けるが如 き高頻度の檢出率は經

驗 されぬにせよ,既 述の通 り,金 野(1936)及 び苅

谷(1937)の 東京に於ける入體 よりの檢出例,中 黒

(1936),井 手(1936)及 び前田(1937)等 の動物(海

狸)よ りの檢出例 より,本 菌型が本邦に存在する

ことは明白な事實であると謂える.

II 生物學的性状

1. 形態並びに染色性

供試菌25株 は孰れ も兩端鈍圓なる短小桿菌であ

つて,二普通染色法に依つてよく染色せ られ,「グラ

ム」陰性.活 濃なる固有運動を營み,芽 胞及び黄

膜を缺 く.

2. 一般性状

供試菌はすべて乳糖及び「サツカローゼ」を分解

せす,「 イン ドール」反應陰性,硫 化水素産生著明

牛乳培地は凝固せす,葡 萄糖高暦培地に於ては瓦

斯 を産生す る.

遠藤氏培地上では,正 圓形,無 色透明,濕 潤,

比較的小なる集落を形成する。

第3表

昭和28年12月20目 375

3. 含 水 炭 素 分 解 試 験 並 び に 特 殊培 地 に於 け る

培 養 所 見

各 種 含 水 炭 素 分 解 状 況 並 び にBitter氏 培 地,

Stern-glycerin-bouillon培 地 に於 け る培 養 所 見 を

一 括 表 示 す れ ば第3表 の如 き結 果 とな る.

部 ち,含 水 炭 素 分 解 試 験 に於 てDulcitの 分 解

が遲 延 す る こ と,lnosit非 分 解 な る點 並 び に,特

殊 培 地 に於 てBitter-dulcit陰 性 な る こ と,Stern-

glycerin-bouillonに 於 て 遲 れ て 陽 性 とな る こ と も

亦 注 目す べ き所 見 で あ る.

以 上 の成 績 所 見 は す べ て 從 來 のF.Kauffmann

等 の記 載 と一 致 す るが,唯 だNo.6,No.12及

びNo.13の 三菌 株 はStern-glycerin bouillon陰

性 で あつ た こ とは 從 來 の所 見 と 一致 して い ない.

印 ちF.Kauffmann及 び 日本 に於 け る研 究 業 績

並 び に從 來 籐 等 の教 室 の 經 験 例 の多 くは 少 し く遲

れて 陽性 とな る を通 例 とす る が,只 だ 溝 上 はSt-

ern-glycerin-bouillon陰 性 株 の存 在 を報 告 して い

る.

故 に 余 及 び 溝 上 の 報 告 例 を 併 せ 考 え る と き

Stern-glycerin-bouillonの 陰 性 株 の 存 在 も亦 肯 定

せ られ る.

以 上,余 の供 試 せ る 入體 由來 株 及 び 動 物 由來 菌

株 謝25株 が,生 物 學 的 性 歌 か ら見 て 何 れ も安 門 強

株 な るS.blegdamに 一 致 す る こ とは,疫 學 的 に

聊 か 注 目す べ き所 見で あ る.

III 血 清 學 的性 状

1. H― 及 びO― 凝 集 反應

表 示 す る様 な9種 の 免 疫 血 清 を使 用 し,H― 及

びO― 凝 集 反 應 を實 施 し,第4表 及 び第5表 の如

き結 果 を得 た.

邸 ちH― 定 量 凝 集 反應 に 於 てS.blegdam,

S.enteritidis及 びSmoscow等 の 免 疫 血 清 に3200

~6400倍 まで 極 め て 著 明 に凝 集 し,O― 定 量 凝 集

反 應 に於 てS.typhi, S.enteritidis,及 びS.bl-

egdamに 明 らか に凝 集 す る.

2. 因 子 血 清 に依 る豫 備 凝 集 反應

13種 の 因子 血 清 を用 い て 供 試 菌25株 の抗 元 構 造

を豫 備 試 験 的 に検 索 した結 果 は,凡 て の供 試 菌 株

はg,m,q等 の 各 抗 元 因 子 を有 す る こ とを認 め た.

第4表

備考:× はH― 凝集反應 を示 し最初 の

稀釋倍數 は100× とす

第5表

備考:+はO― 凝 集 反應 を示す.但 し

最初 の稀釋倍數 は50× とす.

第6表

但 しZ1,Z2,Z、 等の各因子については實際的にそ

の必要を認め得ないので これを省略 した.

3. 抗元分析的考察

各菌株の抗元構造を更に詳細に究めるためIX―

376 日本傳 染病學會雑 誌 第27巻 第9・10號

因 子 血清,m-因 子 血 清,更 にq-, p-, u-, s-, t-,等 の

因子 血 清 を以 つ て 次 の如 く定 量 的 凝 集 反 應 を實 施

した.

i IX-因 子

Senteritidisの2時 間 加 熱 浮 游 菌 液 を以 つ て

作 製 した家 兎免 疫 血 清(IX血 清)に 對 し,供 試 菌25

株 は 著 明 に凝 集 す る.

ii m-因 子

S.Oranienburg免 疫 血 清 をS.senftenberg及

びS.bertaを 用 いて 吸 牧 せ るm-因 子 血清 に依 つ

て定 量 凝 集 反 應 を實 施 した 結 巣,第7表 の 如 く,

全 菌 株 は 明 らか に 本 抗 元 因子 を有 す る こ と を證 明

した 。

第7表

第8表

iii q-因 子

S.moscow免 疫 血 溝 をS.enteritidis及 びS .

essenで 吸 牧 し,q-因 子 血清 を調製 しこれ に依 つ

て定 量 凝 集 反 應 を行 つ た結 果 は,第8表 の 如 く供

試菌株は全べて本抗元因子を有することを證明 し

た.

iv p-, s-, t-各因子

これ等の各因子血清 を調製 し夫 々,全 供試菌株

に對 して定量凝集反應を試みた結果,こ れ等の各

因子に對應する抗元は全菌株共有 していないこと

を證明 した,但 し記述を簡明にするためこれ等の

成績の詳細は省略することゝする.

v I-,II-各因子

供試25菌 株の 中にS.paratyphi Aは 免疫血.

清に對 し弱度の凝集を示す ものがあたに 鑑み,

I-及びII-の 各因子についても検索 を行つたが,各

實験成績は何れ も陰性 に歸 した.前 蓮の如 き現象

は蓋 し本菌株が所謂XII-因 子を屡 ゝ不定に有する

ことに因るものと考 えられる.

第3章 臨床的所見

S.blegdamの 人體感染病像に就ては,僅 かに

M.Kristensen7) (1929)がCopenhagenのBlegdam

病院に於て,1肺 炎患者(50歳)か ら分離 したと云

う記載以外には,歐 米の支獻か らこれを覗い知 る

ことは殆ん ど不可能である.

然 るに東亜に於 ては,金 野14)(1936),苅 谷15)

(1937),溝 上16)(1940),梅 本13)(1941)及 び廣木,

山下,大 不,天 河,長 澤23)24)(1941~1944)等 の若

干例の報告 を見る.

余は余 自身の經験例及び前記の各報告例 を参考

として,本 菌型の感染病像の詳細について以下分

析的に考察 して見 ることゝする.

I 發生季別概見

上述 の通 り本菌型の感染症 として現在 までに擧

げ られている例數が僅少であるため,こ れ等に基

いて決定的にこれを蓮べることは不可能であるが

試みに余及び教室關係者 の9例 及び梅本の7例,

計16例 に就いて本菌感染症の發生季別を考察すれ

ば第9表 の様な結果 となる.

即ち,11月 ~4月 間の寒冷なる6ヵ 月間に於て

は3例 の發生例 を見 るに比 し,5月 ~10月 の温暖

なる6カ 月間に於ては13例 の發生例を示 してい

る.少 數例なが ら本菌の感染症が年間の温暖なる

季節に於て多 く發生する傾向を明 らかに看取 し得

昭和28年12月20目 377

ることは,本 症の疫擧上に も若干の示唆 を與 えて

いるものと考え得 られる.

II 臨床細菌擧的所見

第9表

i 菌檢索所見

原因菌 を檢査材料 と檢盗の病期 との關係を明 ら

かにすることは,臨 床的に本症の診斷を確定する

上 に極 めて重要な點である.但 し斯か る觀點に於

ける考察は又多數の症例に基いて行われるべ きで

あつて,從 來の溝上及び梅本等の報告を以て して

も荷不充分である.何 故な らば,氏 等の症例は所

謂「チフス」型及び腸炎型に殆ん ど限 られた觀があ

るためである.

余等の教室に於ては,更 に腦膜炎型其の他の若

干の興味ある症例を經驗 したので,前 述の2氏 の

報告に併せてこの點を考察することゝする.

これを要約 して第10表 に掲げた通 り,余 及び梅

本の報告 より見るとき,本 菌が最 も確實にに檢出

せ られる檢査材料は血液 であ り,而 か も血液材料

に於ては相當初期(No.6, No.3, No.8及 び田村

第 10 表

備考: +nは 第n病 日に菌 を檢 出せ ることを示す-(n)はn囘 菌檢 を試 みすべて陰性 に了つてい ることを示す

第 11 表

378 日本傳 染病擧會雑誌 第27巻 第9・10號

某等)に 多 く檢出せ られ,尿 に於ては梢 遲ゝれ(12

病 日乃至33病 日)て 證明せ られる.

尚No.6に 於て41,46,及 び55病 日に膽汗内に

於て,又No.4は58病 日に於て腦脊髄液中に夫々

本菌 を證明せる點 より見れば,本 菌が屡 ゝ長期間

に互つて體内 より浩失 しない事が知 られて聊か留

意に値する點である.

本菌型の感染に依る化膿性腦膜炎 の場合には,

發病初期(3,5,8或 は12病 日)に 於て既に腦脊髄

液内に本菌を容易に證明 し得 るものである.

荷糞便材料に依る本菌の檢出率は梅本,溝 上に

依れば,大 體に於て尿の場合に似ている様である.

然るに余の各例に於ては,糞 便材料に依つて數囘

反覆 して檢索を試みたが,如 何なる理由に因る も

のか,全 例共に本菌の檢出を見るに到 らなかつた.

ii Widal反 應

Widal反 應の檢査に於ては,多 くの場合S.pa-

ratyphi A, B, C,及 びS. typhiを 以て實施 し,

特別の場合のみ更にS.Iondon, S.aberdeen及

びS.blegamを 使用 した。 その實施成績は第11

表の通 りである.

即ち,15病 日前後 まではS.typhiに 對する凝

集價 も400× 前後で比較的低 く,20病 日以後に到

って漸 く800× ~1600× に上昇する點よりWidal

反應に依 る本症の早期診斷は「チフス」に於ける場

合 に比 して困難であると考 えられる.

III 臨床的諸檢査事項

各症例について臨床的諸檢査成績 を縷述するこ

とは徒 らに煩雑を來たす恐れがあるので,茲 に其

の主要なる項目を取纏めて第12表 を以て一括表示

することゝする.

但 し供試せる9例 は,同 表の通 り大體に於て「チ

フス」様病型6例 と化膿性腦膜炎型3例 とに類別

することが出來る.

「チフス」様病型6例 中2例 は,さ きに當教室廣

木,山 下,天 河,尾 形等に依 り報告せ られた もの

を再整理 し,こ れに余の4例 を追加 し,更 に梅本

溝上の報告を参考 として考察に資 した ものである

が,本 菌感染症 としての化膿性腦膜炎型は余等の

教室に於て報告 せ るを以 て嚆矢 とするものであ

る.

術,其 の他金野,溝 上の報告 よりすれば所謂胃

腸炎型の存在が首肯せ られる.

i「 チフス」様病型に就て

本病型の場合 に於ては,初 發症状 として悪寒發

熱を主訴 として突然 に發病 し,多 くの例に於て相

第 12 表

昭和28年12月20目 379

當激 しい頭痛を伴 う,從 つて斯かる初發症状は腸

「チ フス」症,「 パラチ フス」A症 と殆ん ど差異を認

め得ない場合が多いゝ.

發病時體温は39℃ ~41℃,脈 搏は體温 と略 ゝ併

行 して増加し(90~120),特 に徐脈等は證明 されな

い.

熱型は1日1.5℃ 前後の弛張を示す もの もある

が,一 般には稽留性である.有 熱期間は8~23日

で,6例 の平均は15日 となる.長 澤の奉天に於け

る調査 に依れば,腸 「チフス」症の平均有熱期間は

27.6日,「 パラチフス」A症 は25.6日,「 パ ラチ フ

ス」B症 は15.0日,「 パ ラチフス」C症 は12.5日 と

なつているか ら,大 體「パラチフス」B症 のそれに

近似 している.

發疹は余等6例 に於ては何れもこれを證明 しな

かつたが,梅 本は7例 中5例 の極めて高率に於て

これを證明 している.尚,溝 上は各種Gaertner

氏菌感染症例に於て40例 中發疹 を認 めた ものは僅

かに1例 に過 ぎなかつた,余 等の例に基 き,併 せ

て溝上の報告を参照すれば,本 菌型の感染症に於

て,發 疹の發現頻度は寧ろ稀なものであると考 え

られる.因 に長澤 の奉天に於ける調査に依れば,

薔薇疹の發現率は腸 「チフス」症68%,「 パラチフ

ス」A症,58%,B症38%,豚 「コレラ」菌症33%

となつている.

腦症に就いて 見るに,余 の6例 中No.6及 び

No.1の2例 に於て相當著明な腦症状を呈した.

これは又主 として體温の高い時期に證明 される.

脾腫及び肝腫について考察するに,余 の場合6

例中脾腫を認めた もの2例,肝 腫を認めた もの1

例であ り,腸 「チフス」症,「 パラチフス」A症(脾

腫46%,54%,肝 腫33%,51%)に 比較すれば寧

ろ低頻度の感があ り,本 症状 も亦鑑別上の意義を

認め難い.

尿のDiazo反 應は余の場合6例 共に全 く陰性

に了つている.梅 本は7例 中2例 に於て本反應陽

性を認めている.當 教室の長澤の奉天に於 ける調

査に依れば,腸 「チフス」症84%,「 パラチ フス」A

症67%,B症 並びに豚「コレラ」菌症45~50%に 於

て本反應の陽性率を示 してを り,こ れを参照すれ

ば,本 症に於けるDiazo反 應の陽性出現は極めて

稀で,寧 ろ例外的 と考 えるべ きであろう.

白血球は一般に減少症を例す(3600~4800).特

にNo.1の 例について見 ると15病 日に3600,20病

日に4100,39病 日に5700と 病症の輕快 と共に白

血球の増加を示 していることは興味ある例であろ

う。

病期經過については,6例 に於て22~70日 に互

つて居 り,有 熱期間の8~23日 に比すれば,平 熱

とな り全治退院 し得 るに到る迄何れ も相當の長期

問安静臨床 を餘儀な くされる事に依つて思 うに,

本菌型の感染が生體に與 える影響は根當著明な も

のがあることを覗い得る.

但 し死亡率に就ては余の場合6例 共何れも全治

退院 している.略 ゝ同一の療病條件下に在る奉天

に於て,當 教室の長澤は腸 「チフス」,「パラチフ

ス」その他のSalmonella菌 屬の感染症700例 の統

計に於て,各 死亡率は腸「チフス」症に於て37%,

豚「コレラ」菌症20%,「 パラチフス」B症7%,A

症4%の 結果を得て居 り,そ れ等 に對比すれば,

本菌型感染に因る「チフス」様病型の場合に於ける

豫後は甚だ良好な ものと考 えられる.尚 梅本は7

例 中2例(29%),溝 上は各種Gaertner氏 菌感染

例に於て,そ の「チフス」様病型28例 中1例(3.6%)

の死亡例を報告 しているが,こ れ等の2報 告は共

に從軍 と云 う,特 殊な環境に在つたことも考慮 さ

れなければな らない.

之 を要するに,S.blegdamの 感染に因 り,所

謂「チフス」様病型を呈する場合,初 發症状,熱 型

血液像,更 に又發現頻度は稀ではあるとしても,

發疹,脾 腫及び尿Diazo反 應等の臨床的症候に

依つて腸「チフス」症,「 パラチフス」A症 及びB症

更に豚 「コレラ」菌症の或る種の病型 と,本 質的に

鑑別することは殆んど不可能 と看做すべ きであつ

て,本 症診斷の最後の決定は全 く檢出菌の血清學

的追求に俟つ外に途が無い ことは極めて注意に値

する點であると謂 える.

ii 化膿性腦膜 炎型 をこ就て

S.blegdamに 因る化膿性腦膜炎は,余 等の教

室に於て,廣 木,山 下,天 河 大平,長 澤等に依

380 曰本傳染病學會雑誌 第27巻 第9・10號

り始 め て報 告 され た が,余 は茲 に諸 氏 の記 録 を總

括 して 考 察 す る こ と ゝす る.

抑 々Salmonella菌 屬 に 因 る腦 膜 炎 に關 す る報

告 は,歐 米 及 び 日本 に於 て も相 當 多數 に達 して い

る.併 しこれ等 の 原 因 菌 と して擧 げ られ て い る も

のは,S.paratyphi Bに 因 る と 思 わ れ る場 合

(Hundeshagen, K28)., Brahdy, M. B29)., Gundel,

I30)., Bahrenburg, H. & Ecker E31).等)と

Gaertner氏 菌 に 因 る 場 合(Syrnmers, W. S.

& Wilson, W32)., Smith, J33)., Stuart, G. &

Krickorian, K34)., Pesch, K. L35)., Claudius,

M36)., Lynch, F. B. & Shelburne, S. A37)., Stev-

enson, F. H. a. Wills, L. K38).,早 川,大 城39)等)

とが 報 告 され て い る.

發 生 頻 度 よ りす る時 は,Gaertner氏 菌 に因 る

場 合 がS.paratyphiBに 因 る もの よ りも遙 か に

多 く,其 の他 の菌 型 に因 る ものは 殆 ん ど寥 々 た る

もの で あ る.

但 しGaertner氏 菌 に 因 る場 合,こ れ 等 の報 告

の大 部分 が,複 雑 な るGaertner氏 菌 間 の分 類 形

式 の確 立(F. Kauffrnann, 1935年)以 前 に於 て行

わ れ た た め,残 念 な が ら如 何 な る菌 型 に因 る もの

な るや 精 確 な點 に つ い て は殆 ん ど不 明 で あ る.只

だ 菌型 の 確 定 さ れた もの は,僅 か にS.dublin

(J.Smith33) 1934)其 他1,2の 菌 型 に因 る例 を見

るの み で あ る.J.SmithはSalmonella菌 屬 に

因 る化 膿 性 腦 膜 炎 は 其 の大 多數 はS.bublinに 因

る もの な らん と推 論 して い る が,こ の見解 は安 當

な もの とは 考 え られ な い 。余 等 の教 室 に於 てS

blegamに 因 る化 膿 性 腦 膜 炎 の3症 例 を場 告 せ る

こ とは,本 方 面 の研 究 に極 め て 重 要 な 資 料 を提 供

し得 た もの と信 す る.

Salmonella菌 屬 に因 る化 膿 性 腦 膜 炎 は,從 來

殆 ん ど乳 兒 乃 至 は 幼 兒 に の み見 られ て い る.例 え

ば 生 後7週 間(Bahrenburg, M. & Ecker, E.) .

生 後9週 間(Stevensen, F. H. & Wills, L. K.).

7カ 月(Smith,J.),2歳(Smith,J.)等 で あ る.

然 る に 余 等 の3例 に 於 て は1例 の み 生後5カ 月

(No.2)で あ り,他 の2例 は20歳(No.5)と28歳

(No.4)な る こ とは 從 來 の例 に見 な い と こ ろで あ

る.(但 し早坂,大 崎の例は特殊の患者 に於ける

場合 と考 うべ きである).

初發症状は突然悪寒職慄を伴つて體温上昇 し,

本菌型に因る1チ フス」様病型の場合 とは稍 異ゝ な

り.各 例に於て共に激 しい頭痛,嘔 吐等 を伴い急

激に譫語,意 識障碍其の他著明なる腦症状 を發す

る.

發病時に於ける體温は38℃ ~39℃,脈 搏は大體

これに伴つて増加 し90~148を 算する.

熱型は 「チフス」様病型 に比 して,著 しく弛張性

(37℃ ~39℃)を 呈する.

發疹は3例 中1例 のみに於て極めて輕度に少數

出現するを認めた.

脾腫及び肝腫 も亦3例 中に於て各々1例 を認め

たが前節の病型の場合と同様診斷的根據 とするに

足 らない.

尿Diazo反 應 も亦3例 共に陰性 であ り重要症

状ではない.

白血球は3例 中1例 のみについて見れば,9病

日2000,14病 日3100,20病 日4800と 變動 し,白 血

球減少症と見做 し得る ものである。

腦症は各例に於て共通 して認め られるが,其 の

他膝蓋腱反射及びAchilles腱 反射の亢進,Babi-

nski氏 現象の陽性,Koernig氏 現象陽性,項 部

強直著明等所謂腦膜炎症候を顯著に認め得ること

は,前 節の病型と著 しく異る點である.

特に腦脊髄液は特有の所見を呈する,即 ち壓の

亢進(250mm, H2O, 150", 5病 日),著 明なる膿

様溷濁,糖 反應の減少,Globulin反 應については

Pandy氏 反應(++)~(+++),白 血球數の著明な増

加等 を見 る.

参考迄にNo.2の 腦脊髄液檢査所見を第13表 に

揚げる.

第表從來 の報告に依れば,一 般にSalmonella

菌屬に起因する腦膜炎の豫後は極めて不良とせ ら

れているが,本 菌型に因る化膿性腦膜炎の死亡率

について も,前 節の「チフス」様病型の場合と著 し

く異 り極めて高率を示す.

余等の教室に於 ける3例 も何れ も死 の轉歸をと

つている.經 過 日數 も一般に短 く,例 えば10日

昭 和28年12月20日 381

第 13 表

(Bahrenburg, H. & Ecker, E.) 3日 目(Smith,

J.)12日 目(Stuart, C. & Krickorian, K.)34日 目

(Smith, J.)等 で あ るが,當 教 室 の經 驗 例 に於 て は

No.2(5歳 ♀)は18日 目に死 の轉 歸 を と り,No.4

(28歳 ♂)は60日,No.5(20歳 ♂)は47日 目 と何 れ

も從 來 の報 告 例 よ りは長 い 經 過 を とつ て い るが,

年 齡 の大 な る場 合 に は 一般 に生 存 日數 も長 い もの

ゝ様 で あ る.殊 にNo.5の 症 例 に於 て は,一 次 的

な腦 膜 炎 は 殆 ん ど治 退 して し まつ た に も拘 らす,

二 次 的 に全 身 諸 臓 器(殊 に腎 臓 及 び 肺 臓)の 化 膿 を

惹 起 し,途 に死 の轉 歸 を採 つ た もので あ つ て,斯

か る症 例 か ら考 え る と年 齢 の大 な る場 合 に は,假

令Salmonella菌 屬 に因 つて 腦 膜 炎 を起 して も治

癒 す る場 合 もあ り得 る こ とを示 唆 す る 興 味 あ る症

例 で あ る.

本 病 型 も亦 臨 床 的症 候 は前 述 の 如 く一 般 の化 膿

性 腦 膜 炎 に於 ける 共 れ と 何 等 異 る所 は無 い様 に考

え られる.從 つて決定的診斷にあたつては檢出菌

の細菌學的檢査に俟つ必要がある.

IV 本菌型による保菌者に就て

從來Salmonella菌 屬保菌者に關する報告は極

めて多數に達 しているが,血 清學的に詳細な檢討

を途げて菌型決定を實施せるものは決 して多 くは

ない.こ れ等の報告に於てS.enteritidis保 菌者

に關する事例は若干認め得 るが(大 橋,溝 上其の

他),S.blegdamに 就ては寡聞殆んどこれあるを

知 らない.

余等の教室に於て各種 の條件(民 族別,年 齢別

性別,職 業別等)を 考慮 して4年 間(1940~1944)

に亙 り,實 に100.676名 の廣範圍に及んでSalm-

onella菌 屬保菌者の檢索調査を實施 した,其 の結

果通計131名 に上 るSalmonella菌 屬の健康保菌

者 を檢出 し,こ れ等の各分離菌株について詳細な

る 菌型分類的考察を行い,そ の中の6秣 がS.

382 日本傳 染病學會雑誌 第27巻 第9・10號

第14表

blegdamで あることを證明 した.即 ち第14表 に

揚げる通 りである.

これに依つて覗 うに,本 菌型保菌者が斯かる頻

度を以て發見 し得た事實は,本 菌型が實際的には

相當の濃度に分布 しているものであることを推定

するに足る一根據 を與えているものと考 える.

總括並びに結論

1) S. blegdamはM. Kristensen (1929)に

依 りCopenhagenのBlegdam病 院で分離 され

F. Kauffmann (1935)は 更にこれが一獨立菌型な

ることを認めて以來,歐 米では其の後殆ん ど本菌

型 を檢出せる報告に接 しない頗る稀有な菌型と考

えられる.

然るに東亜に 於ては,長 澤(193~1942満 洲地

區),長 木(1943,北 支地區),及 び桑波田(1941,

中支地區)等 に依る中國各地域に於ける調査成績

金野(1936)及 び苅谷(1937)等 の日本に於ける各例

報告 より按する時,本 菌型の檢出頻度は少 くとも

中國及び日本に於ては決 して歐米に於ける様に稀

有なものではない點に於て,留 意せ らるべ き一菌

型であると考え られる.特 に中國各地域に於ては

各研究者の報告を綜合する と,本 菌屬の檢出頻度

はSalmonella菌 屬の全檢出率 の約0.4~1.0%を

占めるものと信ぜ られる.尚 本菌型は入體のみな

らす動物體 よりも檢出 されることは,廣 木,岩 田

横山(1942,ハ タリス),板 橋,渡 邊,田 島,西(海

1冥,犬),梅 本(1942,家 鼠)等 の報告に明白であ

る.

2) 人體 由來株15株(患 者系9株,保 菌者系6

株)及 び動物由來株10株(ハ タリス系4株,海 冥系

5株,犬 系1株)計25菌 株 につ き生物學的性状並

びに免疫學的性状を檢状 を檢 し次の様 な結果を得

た.

先づ生物學的性状に於ては,供 試菌25菌 株は全

てDulcit分 解遲延,Inosit非 分解Bitter-dulcit

陰性,Stern-glycerin-bouillon培 地は遲れて陽性

Simons氏 培地は1日 にて陽性等の所見か ら,何

れ も所謂安門強株と判斷 される.但 し3菌 株(No.

6,No.12及 びNo.13)の みはStern-glycerin-

bouillon陰 性であることは,從 來 の所見と一致せ

す,新 知見 と考えられる.

次に血清學的性状に於ては,全 供試菌株共 にIX,

g,m,q,な る抗元構造を有することを證明 した.

3)臨 床的所見に就てはS.blegdam感 染病像

は其の主要症候に依つて,「 チフス」様病型,胃 腸

炎症及び腦膜炎型の3種 の基本型に分類すること

が出來 る.

發生季節に就いては,余 等の教室に於ける9例

梅本の7例 計16例 に依つて覗 うに,11月 ~4月 の

比較的寒冷なるβカ月間に於ける發生3例 なるに

對 し,5月 ~10月 の温暖なる6ヵ 月間に於ては13

例 の發生を見ている點か ら,本 菌型 に因る感染症

は比較的温暖なる季節に多發するものと考えられ

る.但 し腸「チフス」症,「 パ ラチフス」A症 等につ

いて見 られる如 き著 しい季節的差異は本症につい

ては認められないものゝ様である.

菌檢出状況を考察するに,病 型の如何を問わず

概 して檢出頻度の高いのは血液であり,而 か も相

當初期(3~4病 日)に於て既に檢出 される.

更に化膿性腦膜炎型に於ては,腦 脊髄液中より

發病初期(3~5病 日)に既に確實にこれを證明 し

得 る.

次に注意すべ きは,46病 日,55病 日に膽汁内

(No.6),58病 日に腦脊髄液(No.4)に 本菌 を證明

せる事實 と,溝 上の得たる所見を参酌 して考察す

るとき,本 菌は屡 腸ゝ 「チフス」症に見 らるゝ如 く

極めて長時 日に互つて體内より沿失せざることは

事實であり,更 に又余等の證明 したる6例 に及ぶ

本菌型の健康保菌者 の存在 と併せて 一考 すると

き,本 菌型症の疫學的性質 について も聊か興味あ

る知見をもた らしているものと考 えられる.

更に臨床的所見を各病型にづいては考察するに

(a)「 チフス」様病型:本 病型の場合は初發症

昭和28年12月20目383

状としては悪寒,發 熱(39℃ ~41℃)を 訴え,多 く

の場合可 なりの頭痛を件 う點は,腸 「チフス」症,

1パラチフス」A症 と殆んど差を認め得ない.

熱型は大體に於て稽留性であ り,有 熱期聞は8

日~23日(6例 の平均15日)で ある.發 疹は梅本 の

報告に於ては比較的高率(7例 中5例)に 認め られ

ているが余等の6例 及び溝上の報告か らすれば,

本症候 の發現頻度はむしろ稀な ものと思われる.

脾腫は6例 中2例,肝 腫は1例 に於て證明 した.

尿Diazo反 應は余等の場合6例 について全て

陰性 である.梅 本は7例 中2例 に本反應陽性を認

めているが本菌型症の場合は腸1チ フス」,「パ ラチ

フス」A症 等に比すれば,そ の陽性出現率は遙か

に低いものと思われる.

血液像に於ては白血球減少症(3600~4800)を 示

す.

病症經過については,有 熱期間が比較的短い(8

日~23日)に も拘 らず,全 治に到る迄の期間が概

して長 く(23日~70日)本 菌型の感染が相當著 しく

生體に影響をもたちす ものと考えられる.そ れに

も拘 らす死亡率については,余 等の場合6例 共に

全治 している點よ り概 して可良な ものと見做 し得

る,但 し特殊な環境に於ては若干の死亡例(溝 上,

梅本)も 認められるものゝ様である.

(b) 化膿性腦膜炎型:Salmonella菌 屬感染

に因る化膿性腦膜炎は從來の報告に於ては,殆 ん

ど乳幼兒に限 られている(Bahrenburg, H. & Ec-

ker, E., J. Smith).然 るに余等の3例 に於ては

1例 は生後5ヵ 月(No.2)で あるが他の2例 は20

歳(No.5)及 び28歳(No.4)の 成人であることは斯

かる感染例が必す しも從來報告 されている如 く乳

幼兒のみに限 らるもので無いことを示す ものであ

る.

本病型の場合,初 發症状は「チフス」様病型の場

合に比 して遙かに急激で,突 然悪寒乃至は悪寒職

慄を以て發病 し,體 温は急速 に上昇 し(38℃ ~39℃

C),激 しい頭痛,嘔 吐を訴 え,次 いで譫語,意 識

障碍其の他著明なる腦症を發する.

熱型はむ しろ弛張性(37℃ ~39℃)を 墨する.發

疹,脾 腫,肝 腫,並 びに尿Diazo反 應の發現状

況は 「チフス」様病型の場合に於けると大差を認め

難い.

血液像を見るに,化 膿性炎症なるにも拘 らす白

血球減少症(2000)を 示す。

腦症は例外な く各例に認め られ,其 の他膝蓋腱

反射及びAchilles腱 反射亢進,項 部張直Babin-

ski氏 現象,Koernig氏 現象の陽性等,所 謂各種

腦膜炎症候 が共通 して顯著 に認 められる.腦 脊

髄液の所 見については概 して化膿性腦膜炎に見 ら

れる如 く,壓 の上昇(250mm. H2O, 150". 5

病 日),著 明なる膿様溷濁,糖 減少,Globulin反

應,Pandy氏 反應(++~+++),白 血球數 の著 しい培

加等が見 られる.

死亡率に就ては余等の3例 は悉 く死 の轉歸をと

り,此 の點 「チフス」様病型の場合の豫後可良なる

と著 しい對照をなしている.

從來Salmonella菌 屬の感染に因る豫後は頗る

不良なものとせ られて居 り,乳 幼兒の場合につい

て殆んど死の轉歸を免がれ得ない ものとされてい

る.余 等 の報合 も亦こゝに同様の結論に到達 した

ものであるが,.唯 だNo.5の 症例の如 く成入患者

の場合に於ては,治 癒に一縷の希望を抱か しめ ら

れるもの もある.特 に各種抗生物質の使用が一段

と此の希望を裏付 けるものと信ぜ られるが,本 作

業の當時に於てはこれを實施することが不能であ

り,此 の點については將來の研究に俟たざるを得

ない.

生存の經過 日數 も亦從來の各報告に於ては一般

に短い ものとされて い るが,余 等の場合No.2

(5歳 ♀)18日,No.5(20歳 ♂)47日,No.4(28歳

♂)60日 であつて,大 體 に於て成入の場合は生存

日數 も亦比較的に長い もの 様ゝである.

これを要するに本菌型の感染症の病像に就いて

は,「 チフス」様病型を呈する場合に於ては各種の

病候が腸 「チフス」症乃至は 「パラチフス」A症等の

夫れとの間に本質的な差異 を認め得ない,又 化膿

性腦膜炎型 を呈する場合には一般の化膿性腦脊髄

膜炎との間に著 しい相違を求め難い.從 つて本菌

型感染症の確診を下すためには檢出菌についての

精細な」血清學的檢査を必要 とする ものであること

384 日本 傳染病學會雑誌 第27巻 第9・10號

が特 に留意せ られなければならぬ.

4)本 菌型の健康保菌者の存在について,.余 等

は満洲 に於て各種の條件(民 族,年 齢.職 業,性別

等)を 考慮 した大衆を對象 として4年 間(1940~

1944)に 互 り,100,676名 の入員について保菌者檢

索 を實施 した結果,Salmonella菌 屬14菌 型131菌

株 を得たが,其 の中6菌 株(4.6%)は,精 細なる生

物學的並びに免疫學的檢査 を經てこれがS.bleg-

damに 一致するものであることを確認 した.

而 して本菌型 の保菌者を檢出せる報告は從來 こ

れを見す本報告を以て嚆矢 とするものである.斯

かる保菌者が檢出 されたことは,本 菌の分布が,

實際的には必す しも稀有な ものでは無いことを立

證るす ものであ り,本 菌型の疫學上にも注目すべ

き事實 と謂 える.

以上を要するに,余 は余及び教室關係者に依つ

て分離蒐集 されたS.blegdam25菌 株に就いて,其

の生物擧的並びに免疫擧的性状 を考究 し,本 菌型

に關する先入の業績 と比較檢討 し,余 の得た若干

の新知見を追加 した.更 に從來全般的には闡明を

缺 いていた本菌型 の感染病像に就いて分析的に考

察 し,こ れが感染症として,「 チフス」様病型,化

膿性腦膜炎型,胃 腸 炎型の3種 の基本型の存在す

ることを指摘 し,更 に各病型に就いてこれを其他

のSalmonella菌 屬の感染病像と比較 して詳細な

考察を試みた.更 に本菌型について健康保菌者が

存在する事實 を示 し,S.blegdamの 分布は實際

的には必すしも稀有なものとは謂い難い根據を明

らかにし,臨 床上に於て も,乃 至は疫學的見地に

於て も本菌型の感染症が相當留意 せ らるべ きもの

である所以について論蓮 した.

文 獻

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醫 團 雑 誌, 283號, 1695, 昭11. -9) 井 出: 日本 醫 事

新 報, 744號, 昭11. -10) 前 田: 治 療 及 び 處方, 204

號, 昭12. -11) 廣 木, 岩 田, 横 山: 日本 醫 學 及 び 健

康 保 險, 3281號, 昭17. -12) 板 橋, 渡 邊, 田 島, 西:

未 發 表 田島 氏 手 記. -13) 梅 本: 軍 醫 團雑 誌, 345號,

昭17. -14) 金 野: 日傳 會 誌, 12巻, 1號, 昭12. -

15) 苅 谷: 海 軍 醫 學, 27巻, 10號, 昭13. -16) 溝 上:

軍 醫 團 雑 誌, 340號, 昭16. -17) 長 木: 細 菌 學 雑 誌,

567號, 昭18. -18) 桑 波 田: 長 崎 醫 學 會 誌, 20巻, 6

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下, 高 木, 天 河: 日本 醫 學 及 び健 康 保 險, 3290號, 昭

17. -24) 廣 木, 山 下, 天 河: 日本 醫學 及 び 健 康 保 險,

3296號, 昭17. -25) 山 下, 大 平: 満 洲 醫 誌, 41巻, 5號

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