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3回生「材料組織学1」 緒言 2013 年度 担当:辻 77 (ii) 置換型原子の拡散の場合 空孔機構で生じる置換型原子(またはマトリクス原子)A の拡散係数 D A も、前述 した(3.5)式と同様に、 D A = 1 6 Γ α 2 (3.15) と考えることができる。しかし、空孔機構による拡散の場合、ある原子が移動するた めには、隣接位置が空いている(空孔である)必要がある。したがって、ジャンプ頻 度は(3.9)式に空孔の濃度 X V をかけたものとなり、 Γ = z ν X V exp ΔG m RT (3.16) いま、平衡空孔濃度 X V e 2.6.9 節)を考えるとすると、(2.58)X V e = exp ΔG V RT (2.58) より、 D A = 1 6 α 2 z ν exp ΔG m + ΔG V RT (3.17) ΔG = ΔH T ΔS より、 D A = 1 6 α 2 z ν exp ΔS m + ΔS V R exp ΔH m + ΔH V RT (3.18) これを書き直して、 D A = D 0 exp Q SD RT (3.19) ただし、 D 0 = 1 6 α 2 z ν exp ΔS m + ΔS V R (3.20) Q SD = ΔH m + ΔH V (3.21) すなわち、置換型元素の拡散の場合、拡散の活性化エネルギー Q SD は、侵入型元素の 場合に比べて、空孔の形成エンタルピー ΔH V だけ大きくなる。 多くの金属で、 ν は約 10 13 であり、FCC 金属の場合、z=12α = a 2 a は格子 定数)である。

A の拡散係数 も、前述3回生「材料組織学1」 緒言 2013年度 担当:辻 77 (ii) 置換型原子の拡散の場合 空孔機構で生じる置換型原子(またはマトリクス原子)Aの拡散係数

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77

(ii) 置換型原子の拡散の場合 空孔機構で生じる置換型原子(またはマトリクス原子)A の拡散係数

DAも、前述

した(3.5)式と同様に、

DA =16Γα 2 (3.15)

と考えることができる。しかし、空孔機構による拡散の場合、ある原子が移動するた

めには、隣接位置が空いている(空孔である)必要がある。したがって、ジャンプ頻

度は(3.9)式に空孔の濃度

XVをかけたものとなり、

Γ = zν XV exp −ΔGm

R T⎛

⎝ ⎜

⎠ ⎟ (3.16)

いま、平衡空孔濃度

XVe(2.6.9節)を考えるとすると、(2.58)式

XVe = exp − ΔGV

R T⎛

⎝ ⎜

⎠ ⎟ (2.58)

より、

DA =16α 2 zν exp − ΔGm + ΔGV

R T⎛

⎝ ⎜

⎠ ⎟ (3.17)

ΔG = ΔH −T ΔSより、

DA =16α 2 zν exp ΔSm + ΔSV

R⎛

⎝ ⎜

⎠ ⎟ exp −

ΔHm + ΔHV

R T⎛

⎝ ⎜

⎠ ⎟ (3.18)

これを書き直して、

DA = D0 exp −QSD

R T⎛

⎝ ⎜

⎠ ⎟ (3.19)

ただし、

D0 =16α 2 zν exp ΔSm + ΔSV

R⎛

⎝ ⎜

⎠ ⎟ (3.20)

QSD = ΔHm + ΔHV (3.21) すなわち、置換型元素の拡散の場合、拡散の活性化エネルギー

QSDは、侵入型元素の

場合に比べて、空孔の形成エンタルピー

ΔHVだけ大きくなる。 多くの金属で、

νは約 1013であり、FCC 金属の場合、z=12、

α = a 2(

aは格子定数)である。

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(iii) 実際の例 実際の例として、Ni 中の種々の元素の拡散係数の 1/T プロットを Fig.3.6 に、Fe中の侵入型元素の拡散係数のデータを Table 3.1に示す。H, B, Cは Ni中で侵入型に固溶するが、Fig.3.6より、これら侵入型固溶元素の拡散係数が、Co, Cu, Al, Wなどの置換型固溶元素や Ni そのもの(自己拡散)の拡散係数よりも非常に大きい値を有していることが分かる。

Fig.3.6 ニッケル中の種々の元素の拡散係数

Table 3.1 α-Fe(BCC)中の侵入型固溶原子の拡散データ Solute D0 [mm2 s-1] Q [kJ mol-1]

C 2.0 84.1 N 0.3 76.1 H 0.1 13.4

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3.5 高速拡散経路

これまでの議論では、完全度の高い結晶格子中における拡散を考えてきた。これを

体拡散(body diffusion)または格子拡散(lattice diffusion)という。一方、時祭の材料中には種々の格子欠陥(lattice defects)が存在し、そうれら格子欠陥に沿ってより高速の拡散が生じうる。 (i) 粒界および表面拡散 物質の自由表面とは、片側で原子による拘束がない状態であるから、原子の移動(拡

散)は物質内部(体拡散)よりも容易に生じる。これを表面拡散(surface diffusion)という。また、多結晶体(polycrystal)における隣接結晶粒間の境界である結晶粒界(grain boundary)は、Fig.3.7に模式的に示すように、一般的に結晶粒(格子)内部よりも原子が疎である。したがって、粒界に沿った粒界拡散(grain boundary diffusion)(あるいは多相材料における異相間の界面拡散(interface diffusion))も、体拡散よりも容易に生じる高速拡散の一種である。

Fig.3.7 粒界の模式図

粒界拡散係数

DGB、表面拡散係数

DSも、先に述べた体拡散係数

DL = D( )と同様に、

DGB = D0GB exp −Q

GB

R T⎛

⎝ ⎜

⎠ ⎟ (3.22)

DS = D0S exp − Q

S

R T⎛

⎝ ⎜

⎠ ⎟ (3.23)

と表すことができる。一般的に、ある温度においては、

DS > DGB > DL (3.24)

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である。非常に高速な表面拡散は材料の拡散を考える場合に非常に重要であるが、一

般的に、バルク多結晶金属材料においては、平均結晶粒径は 100μm以下であり、粒界の総面積の方が表面積よりも大きい。したがって、粒界拡散を考察することも重要

である。

Fig.3.8 単結晶金属 Aと多結晶金属 Bからなる拡散対中の拡散

粒界拡散の影響は、Fig.3.8のように、単結晶金属 Aと多結晶金属 Bからなる拡散対を用いて考えることができる。金属 B の粒界に沿って拡散する A 原子は、格子を通って拡散するものよりもより深くまで到達することができる。また、溶質濃度は粒

界の方が高くなるから、粒界から粒内の格子に向かう A原子の拡散も生じる。粒界に沿った高速拡散により、Fig.3.8 における厚さ dx の断片中の溶質(A)濃度は単結晶中の拡散の場合よりも増加し、金属 A全体としての拡散能(diffusivity)も増加する。 簡単のために、Fig.3.9のように厚さ

δの平面状の粒界を感覚 dで含む材料中の定常拡散を考える。x方向の溶質濃度勾配は、格子(粒内)と粒界とで等しいものとする

と、格子を通る溶質原子の流量

JLと、粒界を通る流量

JGBはそれぞれ、

JL = −DL dCdx

JGB = −DGB dCdx

(3.25)

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したがって全体としての流量

Jは、

J =JGB δ + JL d

d= −

DGB δ +DL dd

⎝ ⎜

⎠ ⎟ dCdx

(3.26)

よって、この場合の見かけの拡散係数

Dappは、

Dapp = DL +δdDGB (3.27)

または

Dapp

DL =1+DGB δDL d

(3.28)

すなわち、比

DGB δDL d

の大きさによって、考える材料中における粒界拡散の重要性が決

まる。

DGB δ >> DL dの場合、材料全体の拡散におよぼす体拡散の影響は、粒界拡散に

比べ無視できる。つまり、

DGB δ > DL d (3.29) の場合(例えば粒径が小さい場合)、材料全体の拡散に、粒界拡散が重要な寄与をお

よぼす。一般に粒界領域の厚さは

δ ≈ 0.5 nmであり、粒径は

d =1 ~ 1000 µmである。

Fig.3.9 粒界拡散の寄与を考えるためのモデル

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Fig.3.10 多結晶体における拡散係数

DGB δと

DL dの相対的な大きさは、Fig.3.10に示すように、温度により大きく影響される。全ての温度で

DGB > DLであるが、粒界拡散の活性化エネルギー

QGBは体拡散

の活性化エネルギー

QLよりも小さいので、その差は低温ほど大きくなる。例えば FCC結晶の場合、一般に、

QGB ≈ 0.5QLであることが知られている。したがって、Fig.3.10に模式的に示すように粒界拡散係数を

δ d倍してやると((3.27)式)、高温では全体あるいは見かけの拡散係数におよぼす粒界拡散の影響は無視できるが、低温では支配的

になる。一般的に、粒界拡散は

0.75 ~ 0.8 Tm以下の温度で重要になる事が知られている(

Tmは融点)。 粒界に沿った原子の流れは常に一様ではなく、粒界に構造により大きな影響を受け

る。例えば、整合性(coherency)の良い双晶境界(twin boundary)や対応粒界(coincidence site lattice )CSL) boundary)における拡散能は、体拡散により近くなる。

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(ii) 転位芯拡散 例えば刃状転位(edge dislocation)の芯(core)近傍は、Fig.3.11に示すように原子の配列が大きく乱れ、完全結晶の格子に比べるとやや疎になっている。したがって、

転位に沿っても高速拡散が生じる。これを転位芯拡散(pipe diffusion)という。

Fig.3.11 刃状転位の周りの原子構造

Fig.3.12 転位芯拡散を考えるための簡単なモデル

Fig.3.12に示すような簡単なモデルにより、転位芯拡散の寄与を考えてみる。転位芯拡散係数を

DPとすると、

Dapp

DL =1+ g DP

DL (3.30)

ここで gは、マトリクスの単位面積を貫く転位芯の(パイプの)面積である。十分焼きなまされた金属柱の転位密度は、おおよそ 1011 m-2である。マトリクスが 1 m-2あ

たり 1019個の原子を含み、1つの転位の芯(パイプ)の断面がおおよそ 10個の原子からなるとすると、

g ≈10−7である。

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高温では体拡散が早く起こり、

g DP

DL が非常に小さくなるので、転位芯拡散の影響

は無視できる。しかし、転位芯拡散の活性化エネルギーは、やはり体拡散の活性化エ

ネルギーよりも小さいので、低温では転位芯拡散の寄与が重要となる。特に加工材に

おいては転位密度が大きく増加しているので、転位芯拡散の影響を考えることは重要

である。

3.6 Fick の第2法則

(i) 定常拡散 物質中の各点の濃度が時間が変化しても一定であるような場合の定常拡散

(steady-state diffusion)を考えてみる。例として、非常に薄い壁を有する容器中に水素を含む場合を考える。容器の内壁近傍の水素濃度は、内圧によって

CHのレベルに

保たれるが、容器の外壁近傍では水素が周囲に拡散するため、濃度はほぼゼロである。

このような場合、やがて容器の壁の内部を含めあらゆる地点の水素濃度が一定となり、

定常状態が達成される。

DHが濃度に依存しないとすると、容器壁中の濃度勾配は、

容器壁の厚さを

lとすると、

∂C∂x

=0 −CH

l (3.31)

容器壁を通る水素の流れは、

JH =DH CH

l (3.32)

となる。

(ii) 非定常拡散 一般的に上記のような定常状態が達成されることは稀であり、物質中の濃度は時間

とともに(拡散の進行とともに)変化する。このような場合には、Fickの第一法則はもはや使えない。簡単のために、Fig.3.13 のように、濃度勾配が一方向(x 方向)のみに存在するような場合を考える。各点における物質の x方向の流れは、各点における局所的な

DBの値と

∂CB ∂xに依存する(Fig.3.13(b))。各点におけるB濃度の時間変化を計算するために、Fig.3.13(c)に示すような、断面積 A、厚さ

δxの体積を考える。

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Fig.3.13 Fickの第二法則の導出

微小時間

δtの間に断面①を通って厚さ

δxの体積に流れ込む侵入型溶質原子Bの数は、

J1 A δtと書ける。一方、微小時間

δtの間に断面②を通って厚さ

δxの体積から流れ

出す侵入型溶質原子Bの数は、

J2 A δtである。濃度差から

J2 < J1であるので、微小体

積中のB濃度は、

δCB =J1 − J2( ) A δt

A δx (3.33)

だけ増加する。 ところで、

δxは小さいので、

J2 = J1 +∂J∂x

δx (3.34)

と書け、

δt →0の極限を取ると、これらの式より

∂CB

∂t= −

∂JB∂x

(3.35)

が得られる。Fickの第一法則を代入することにより、

∂CB

∂t=∂∂x

DB∂CB

∂x⎛

⎝ ⎜

⎠ ⎟ (3.36)

が得られる。これは Fickの第二法則と呼ばれる。

DBの濃度依存性が無視できるのな

らば、

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∂CB

∂t= DB

∂ 2CB

∂x 2 (3.37)

これらの式は、濃度プロファイル

CB x( )に応じて濃度がどのように時間変化するか

を表している。

∂ 2CB

∂x 2は、濃度プロファイルの曲率であるから、Fig.3.14(a)のように、

濃度プロファイルが常に下に凸の曲線を示せば(曲率が常に正:

∂ 2CB

∂x 2> 0)、各地点

の濃度は時間とともに増加し(

∂CB

∂t> 0)、Fig.3.14(b)のように濃度プロファイルが常

に上に凸であれば(曲率が常に負:

∂ 2CB

∂x 2< 0)、各地点の濃度は時間とともに減少す

る(

∂CB

∂t< 0)。