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????? 57 [特集:アジアの核開発と拡散防止レジーム] 中東における核拡散の現状と問題点 立山良司 はじめに イランの核兵器開発疑惑は北朝鮮問題と並び、核拡散問題の最大の焦点となっている。 国連安保理は 2006 7 月、イランに対しウラン濃縮および再処理に関係するすべての行 為を停止するよう求めた決議 1696 号を採択し、同年 12 月と 2007 3 月、イランに対する 制裁決議を相次いで採択した。しかし、決議を受け入れる姿勢をイランはまったく示して おらず、核をめぐる国際社会とイランとの対立は激しさを増している。イランのケースが ユニークなのは、あくまで NPT(核不拡散条約)が加盟国の固有の権利として認めた核の 平和利用を目的に研究・開発を行なっているとの立場を一貫して主張していることだ。そ の意味で、NPT から脱退し核兵器の製造・保有を公然と目指している北朝鮮のケースと異 なっている。 イランとは異なる次元で現在の NPT 体制の有効性に根本的な疑問を投げかけているの がイスラエルである。イスラエルは NPT に加盟していないが、200 発程度の核弾頭を保有 していると見られておりIISS, 2007: 228、運搬手段も多様化している。にもかかわらず、 イスラエルは核兵器の保有を肯定も否定しない「曖昧政策 ambiguity policy」をとっている。 イスラエルのこの政策が中東における核を含む WMD(大量破壊兵器)の拡散防止への取り 組みを著しく阻害していることは否定できない。加えて、イスラエルの核保有を黙認して いる米国の対応は、アラブ諸国やイスラーム世界に「二重基準」という不公正感を生み出 し、イランを含め核問題への国際社会の取り組みをいっそう難しくしている。 中東ではイラクのサッダームフセイン体制が核兵器開発をひそかに進めていたことが 湾岸戦争で明らかになり、イラク戦争の結果、体制そのものが崩壊した。一方、リビアは イラク戦争直後に核を含む WMD の開発計画を全面廃棄した。イラクとリビアのケースが 核不拡散体制の中でどう位置づけるかは今後、十分な検討が必要だろう。 本稿ではまず、イスラエルとイランの核問題を概観する。さらに中東における核を含む WMD の拡散問題とその背景を、中東の紛争構造の特殊性、およびアラブやイスラーム世 界における政治的象徴の問題と核との関連を検討する。その上で、中東非核地帯構想をめ ぐる議論を踏まえつつ、中東における核不拡散体制の問題点を指摘したい。

中東における核拡散の現状と問題点 - JAAS57 [特集:アジアの核開発と拡散防止レジーム] 中東における核拡散の現状と問題点 立山良司

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????? 57

[特集:アジアの核開発と拡散防止レジーム]

中東における核拡散の現状と問題点

立山良司

はじめに

イランの核兵器開発疑惑は北朝鮮問題と並び、核拡散問題の最大の焦点となっている。

国連安保理は 2006年 7月、イランに対しウラン濃縮および再処理に関係するすべての行

為を停止するよう求めた決議 1696号を採択し、同年 12月と 2007年 3月、イランに対する

制裁決議を相次いで採択した。しかし、決議を受け入れる姿勢をイランはまったく示して

おらず、核をめぐる国際社会とイランとの対立は激しさを増している。イランのケースが

ユニークなのは、あくまでNPT(核不拡散条約)が加盟国の固有の権利として認めた核の

平和利用を目的に研究・開発を行なっているとの立場を一貫して主張していることだ。そ

の意味で、NPTから脱退し核兵器の製造・保有を公然と目指している北朝鮮のケースと異

なっている。

イランとは異なる次元で現在のNPT体制の有効性に根本的な疑問を投げかけているの

がイスラエルである。イスラエルはNPTに加盟していないが、200発程度の核弾頭を保有

していると見られており(IISS, 2007: 228)、運搬手段も多様化している。にもかかわらず、

イスラエルは核兵器の保有を肯定も否定しない「曖昧政策(ambiguity policy)」をとっている。

イスラエルのこの政策が中東における核を含むWMD(大量破壊兵器)の拡散防止への取り

組みを著しく阻害していることは否定できない。加えて、イスラエルの核保有を黙認して

いる米国の対応は、アラブ諸国やイスラーム世界に「二重基準」という不公正感を生み出

し、イランを含め核問題への国際社会の取り組みをいっそう難しくしている。

中東ではイラクのサッダーム・フセイン体制が核兵器開発をひそかに進めていたことが

湾岸戦争で明らかになり、イラク戦争の結果、体制そのものが崩壊した。一方、リビアは

イラク戦争直後に核を含むWMDの開発計画を全面廃棄した。イラクとリビアのケースが

核不拡散体制の中でどう位置づけるかは今後、十分な検討が必要だろう。

本稿ではまず、イスラエルとイランの核問題を概観する。さらに中東における核を含む

WMDの拡散問題とその背景を、中東の紛争構造の特殊性、およびアラブやイスラーム世

界における政治的象徴の問題と核との関連を検討する。その上で、中東非核地帯構想をめ

ぐる議論を踏まえつつ、中東における核不拡散体制の問題点を指摘したい。

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58 アジア研究 Vol. 53, No. 3, July 2007

Ⅰ イスラエルの核

1. 核兵器保有の背景

イスラエルの核開発の経緯については多くの文献が発表されているため(Hersh, 1991; Cohen,

1998; 池田、2001; 木村、2006など)、ここでは詳述しない。ごく簡単に振り返れば、1950年代

後半からフランスの協力を得て南部ネゲブ砂漠の町ディモナで原子炉を含む核関連施設の

建設を開始した。その結果、1960年代末までには核弾頭を保有していたと見られ、現在で

はミサイルなどの運搬手段を含め世界でも有数の核保有国とされている。独立間もないこ

ろからイスラエルが核兵器の開発に乗り出した最大の理由は、アラブ諸国からの実存的な

脅威に晒されている故に、絶対的な抑止力が必要だという認識にあった。この認識はイス

ラエルの原子力エネルギー委員会初代委員長のアーンスト・ダヴィッド・ベルグマンが核

兵器を「我々が再び屠殺場に連れて行かれる羊にならないための保障」と述べたことに端

的に示されている(Bahgat, 2006: 114)。

加えてフェルドマンによれば、核は初代首相ダヴィッド・ベングリオンが発展させた

「蓄積的抑止(cumulative deterrence)」策を構成する重要な要素だったという(Feldman, 1997:

95–95)。蓄積的抑止という概念は、アラブ側に繰り返し軍事的な敗北を加えることで、イ

スラエルを壊滅するという選択肢は非現実的だという認識を持たせ、最終的にはイスラエ

ルの存在をアラブ側に受け入れさせることにある(Feldman, 1997: 95; Maoz, 2006: 15–16)。こ

の議論を敷衍すると、イスラエルの核がアラブ・イスラエル紛争を安定化させ、和平への

動きを生み出したとの主張につながる。例えばカルシュらは、1977年にエジプト大統領ア

ンワール・サダトが初めてイスラエルを訪問し和平を呼びかけた背景には核兵器があった

として、イスラエルの核保有が和平を促進したと論じている(Karsh and Navias, 1995: 85–88)。

しかし後述するように、イスラエル国内を含め、こうした見方への反論も強い。

イスラエルはNPT未加盟であり、小規模な実験炉 1基を除き IAEAの保障措置の下にな

く(CNS, 2006)、その全体像は依然として明らかになっていない。イスラエルがNPT体制

の枠外にいることをアラブ諸国やイランは絶えず問題視してきた。一方、イスラエルは、

イラクに対する IAEAの査察が実効性を持たなかったことに示されているように、NPT体

制は核兵器の拡散防止に決して有効とはいえないと主張し署名を拒否し続けている。た

だ、1996年にはCTBT(包括的核実験禁止条約)に調印し、1998年にはカットオフ条約(核

兵器用核分裂物質生産禁止条約、FMCT)をジュネーブ軍縮会議で検討することを受け入れた。

このことはそれまで背を向け続けてきた国際的な核の管理・軍縮体制に一定程度、参画す

る姿勢をイスラエルが示したものと注目された。しかし、イスラエルは依然としてCTBT

を批准しておらず、カットオフ条約にも積極的ではない。むしろNPT延長問題にからみ

1990年代に強まったエジプトなどからのNPT加盟圧力をかわすために、こうした対応を

したものと見られている(池田、2000: 61; Landau and Malz, 2000)。

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中東における核拡散の現状と問題点 59

2. 核政策への批判

イスラエルの核政策を特徴づけているのは、核の保有を肯定も否定もしない曖昧政策で

ある。曖昧政策が確立されたのは、核保有に関する「暗黙の了解」がイスラエルと米国の

間で形成された 1960年代から 70年代初頭にかけてだった(Cohen, 1998: 214)。この曖昧政策

は、核兵器の存在と核の戦略ドクトリンを明確に示すことによって抑止効果を最大化する

という通常の核戦略から大きくかけ離れている。にもかかわらずイスラエルが曖昧政策を

とり続けている理由としては、核保有を公然化すると①米国政府もイスラエルに対する制

裁措置など何らかの対応策を迫られ両国関係を大きく損なう、②アラブ諸国の核開発努力

を促進する、の両方の危険を回避するためと説明されている(Barnaby, 1995: 105)。

過去にイスラエルの政治家が核兵器保有を示唆する発言をした例はかなりあるが、曖昧

政策は依然として堅持されている。しかし、イスラエルの核保有が公然の事実となり、か

つ相当数の弾頭や運搬手段を有している以上、曖昧政策といった表現はむしろ実態を反映

していないとして、コーエンはイスラエルの核政策を「核の不透明性(nuclear opacity)」と

呼ぶべきだと主張している。コーエンによれば「核の不透明性」とは、「国家の指導者が

核兵器の存在を認めていなくでも、その存在は明らかで、そのことが他の国家の認識や行

動に強い影響を及ぼしている」状態を意味している(Cohen, 1998: IX)。さらにコーエンは、

「核の不透明性」がイスラエルの国家安全保障に関する思考や規範の一部になっている結

果、イスラエル国内では核に関する議論や情報、批判、検証などがまったく行なわれず、

民主主義の基本原則を根底から掘り崩していると批判している(Cohen, 1998: 343–344)。

マオズも同様に「国民不在」の視点から核の曖昧政策を厳しく批判している。マオズに

よれば、イスラエルが保有する核兵器の能力は相当程度オーバーキルとなっているにもか

かわらず、政治や国民によるチェックがない。その結果、軍・技術・産業の複合体である

イスラエルの「核連合(nuclear coalition)」が何の制約も受けることなくフリーハンドで核

の開発や政策を推し進めている(Maoz, 2006: 342–345)。

さらにマオズはイスラエルの核戦略に次のような根本的な疑問を投げかけている(Maoz,

2006: 322–323, 337–338, 354–356)。

① どのアラブの国もイスラエルを壊滅させるだけの軍事攻撃を仕掛ける意図や能力を

持っておらず、アラブ側はイスラエルの抹殺を最終目標としているから核を保有すべ

きだというベングリオンらの主張には根拠がない。むしろイツハク・ラビンらが主張

したように、イスラエルは通常兵器によっていかなる脅威にも対処できる。

② イスラエルの核は抑止効果を十分に発揮していない。1991年の湾岸戦争の際、イラ

クは確かに化学兵器搭載ミサイルをイスラエルに撃ち込まなかった。しかし、その原

因がイスラエルの核抑止力にあったとの証拠はない。むしろイスラエルの核戦略は通

常弾頭、WMDどちらの攻撃も抑止するとの考えに立脚していたのであり、通常弾頭

搭載であってもミサイル攻撃を受けたことは抑止政策としては不十分だった。

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60 アジア研究 Vol. 53, No. 3, July 2007

③ アラブ側はイスラエルが核兵器を持つ以前にもイスラエルとの和平の機会を探ってお

り、イスラエルの核がアラブ側を和平へと動かしたという主張には根拠がない。

④ むしろイスラエルの核保有が中東における非通常兵器およびミサイルの開発・配備競

争を激化させた。イラクは 1981年にイスラエルによってオシラク原子炉を攻撃・破

壊されて以降、核兵器開発をいっそう促進させた。また、イランもイスラエルが中東

において唯一の核兵器保有国であるという状況を甘受していない。

こうした議論を踏まえマオズは、イスラエルが自分から核兵器保有の実態を明らかに

し、かつ核兵器廃棄の意思を示すことにより、中東における包括的な軍備管理・軍縮のた

めの地域的な安全保障レジームの構築に努めるべきだと提言している(Maoz, 2006: 356–357)。

同様の視点からバールヨセフも、核兵器保有を含め絶えず軍事的な優勢を保ち続けよう

としてきたイスラエルの政策が、イランの核開発を促進するなど、むしろイスラエルに

とっての実存的脅威を強めるというパラドックスを生み出していると指摘している(Bar-

Joseph, 2004: 147–149, 152)。しかし、現在のところ核兵器に関するイスラエル政府自身の政

策や、米国の対応に変化の兆しはない。

Ⅱ イランの核兵器開発疑惑

1. 問題の背景と経緯

イランはパーレビ体制時代の 1960年代後半から、米国の協力で原子力発電プロジェク

トを開始した。その理由は、いずれ枯渇する石油資源の利用可能期限をできるだけ長引か

せる一方、石油をエネルギー源ではなく石油化学工業に振り向けるとともに、原発で確保

した大量の電力で海水淡水化を行なうというものだった(木村、2006: 24–25)。この構想に

基づきイランはブシェールで 2基の原発の建設を進めたが、1979年のイスラーム革命とそ

れに続くイラン・イラク戦争によって建設計画は中断した。しかし、1980年代半ばごろか

らイランは再び核開発計画を活性化させた。この結果、1992年には中国との間で原子炉建

設を含む広範な科学技術・経済協力協定が締結された。また、1995年にはロシアとの間で

ブシェールの原発を完成させる契約を結ぶとともに、低濃縮ウランや核関連技術の提供を

受けることが合意され(Eisenstadt, 1996: 14)、核開発分野でのロシアとイランの関係は大きく

拡大した。このほかイランは核開発に関しパキスタンやアルゼンチンとも関係を持った。

米国やイスラエルは 1990年代初頭ごろから、イランがひそかに核兵器の開発を進めて

いるとの疑惑を持ち続けている。例えばクリントン政権時の国家安全保障担当大統領補佐

官アンソニー・レークは 1994年に、イランが秘密裏に核兵器や他のWMDを獲得しようと

活発に動いていると批判している(Lake, 1994: 52)。こうした立場からクリントン政権はロ

シアに対し繰り返し核開発分野での協力を停止するよう働きかけた。これに対しロシアは、

建設される原発は軍事利用に適さない軽水炉であり、かつ IAEAの保障措置を受け入れて

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中東における核拡散の現状と問題点 61

いるなどイランの核開発は平和利用目的であるとして、米国の停止要求に応じなかった。

イラン政府も平和利用目的であると一貫して主張している。特にイランは IAEAによる

査察で問題が発見されていない以上、イランの核の平和利用努力を妨害し、技術移転を阻

止しようとする試みは、NPT第 4条に違反する非合法な行為であると非難していた(Jones,

1998: 40–41)。このイランの立場は現在に至るまで基本的に変わっておらず、NPTから脱退

し、公然と核実験を行った北朝鮮とは異なり、体制内部から現在のNPTが抱える問題を

突いているといえる。

2. 新たな展開

2002年 8月、イラン在外反体制派の「国民抵抗評議会(National Council for Resistance)」が、

ウラン濃縮施設や重水製造プラントなど IAEAに申告していない核関連施設が建設中を含

めナタンツとアラークにあると暴露した。これを契機にイランの核兵器開発疑惑が一気に

拡大した。イランも暴露内容を完全に否定することはできず、未申告施設があったことを

認めた。これ以降、イランと IAEA、および英国、フランス、ドイツからなる「ユーロ 3」

との間で交渉が断続的に行われた。IAEAとユーロ 3がイラン側に求めたのは基本的に、

追加議定書の調印・批准、濃縮に関するすべての物質・機材の完全申告、情報の開示、関

係施設や人物へのアクセスの保証、濃縮や再処理関連活動の自発的な停止などであり、見

返りとしてユーロ 3側は貿易協定の調印やWTO(世界貿易機構)加盟支援などをイランに

提示した。

一連の協議を通じイランは一定程度、情報の開示や査察の受け入れを行ない、2003年

12月には追加議定書に調印した。しかし、イランの対応はあくまで部分的、小出しに過ぎ

ず、説明にも多くの矛盾があった。また、追加議定書の批准も行わなかった。さらに 2004

年 2月にはパキスタンの核科学者アブドゥル・カーディル・カーンがイランへ核関連技術

を提供したことを認めたこともあり、イランに対する疑惑はますます強まっていった。

IAEAが特に問題視したのは① P1遠心分離機の増設やウラン濃縮実験の継続、② P2遠心

分離機の研究・開発、③少量だが高濃縮ウランの存在、④研究用重水炉建設の継続、⑤プ

ルトニウム製造実験の実施などである(田中、2004; IAEA, 2004: 2–20; IAEA, 2005: 2–4; Shire and

Albright, 2006)。

こうした疑惑をめぐり IAEA内では、米国が討議の場を早急に安保理に移し制裁を実施

すべきと主張したのに対し、イランとの関係を重視するロシアと中国は安保理への付託そ

のものに強く反対した。一方、ユーロ 3に代表される EUも早期の安保理付託には慎重な

姿勢をとった。しかし、上記のような問題点が解明されないまま疑惑が深まり、さらに

2005年 8月に対外強硬路線を主張するマフムード・アフマディネジャードがイラン大統領

に就任し、国際社会との対決姿勢を強めた。こうした中で、安保理付託もやむを得ないと

の意見が IAEA内で大勢を占めるようになり、2006年 2月 4日の緊急理事会で IAEAはイ

ラン問題を安保理に付託する決議を採択した。

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3. 制裁決議の採択

安保理では 5常任理事国とドイツからなる「P5+1」がイランの核問題の対応に当たった

が、事態が打開されないまま 2006年 7月 31日、決議 1696号が全会一致で採択された。決

議は国連憲章 40条に基づく暫定措置として、イランに対し研究開発を含むすべての濃縮

関連および再処理行為の停止を要求し、かつイランが要求に従わない場合、憲章 41条(非

軍事的措置)に基づく「適切な措置をとる」として、二段構えをとった。また、平和利用

のためのイランの核開発計画を支援する措置を交渉を通じ策定するとの項目を入れ、イラ

ンの主張に対しても一定の配慮を示した。

しかしイランは決議を受け入れる姿勢を見せず、エルバラダイ IAEA事務局長は 8月 31

日に安保理に対し、イランは①検証・透明性の問題に対応していない、②ウラン濃縮活動

を停止していない、③追加議定書に則った行動をしていない、などを骨子とする報告書を

提出した。この報告に基づき P5+1で対イラン制裁決議案の内容に関する協議が行なわれ

た。協議では再び、イランに厳しい制裁を課すべきだとする米国と、宥和的な姿勢をとる

ロシア、中国の対応が分かれ、間に立ったユーロ 3が妥協案を模索する動きが続き、最終

的に 12月 23日、イランへの制裁を盛り込んだ決議 1737号が全会一致で成立した。

決議は国連憲章 41条に基づいてイランに対しすべての濃縮関連および再処理行為を即

座に停止することを求めるとともに、加盟国に対し①イランの濃縮、再処理、重水、およ

び核兵器運搬手段に関係する物質、機材、技術の輸出・移転の禁止、②決議付属に記載さ

れた核やミサイル開発計画に関係する組織 10団体と個人 12名の海外資産の凍結、③個人

12名の自国領通過の監視強化などを命じている。また、60日以内にイランが決議に従わ

なければ、憲章第 41条に基づきさらなる措置をとるとしている。このようにしてイラン

は国連決議の制裁対象となった。ただ、米国とロシア、中国との合意形成を優先させたた

め、制裁内容そのものはそれほど厳しいものではなく、原子力供給国グループ(NSG)や

ミサイル技術管理レジーム(MTCR)の規制を上回るものではないとの指摘もある(Fitzpatrick,

2007: 44)。米国務省次官(政務担当)のニコラス・バーンズが決議成立直後にコメントした

ように、米国は決議の意義を、全会一致で採択されかつ国連憲章第 7章に基づいているこ

とに見出している(Burns, 2006)。

もともと米国はイランに対し極めて厳しい姿勢を示してきた。その一方で、ユーロ 3が

イランと交渉することを支持し、協議の舞台が国連安保理に移ったあとの 2006年 6月ご

ろにはイランとの直接協議の可能性を示唆した。その意味でイランの核問題に対するブッ

シュ政権の政策は、北朝鮮への対応と同様、次第に国際協調的な取り組みに軸足を移して

いるといえるだろう。

いずれにしてもイランは核開発の凍結を拒否しており、安保理はさらに 2007年 3月 24

日、対外資産の凍結対象を 13団体、15名に拡大し、かつ加盟国にイランへの武器輸出や

移転の制限を求めるとともに、新規経済援助供与の自制などを呼びかけた追加制裁決議

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中東における核拡散の現状と問題点 63

1747号を採択した。

4. イランの対応と主張

国連安保理を中心に国際社会のイランへの対応はこのように 2006年以降、かなり厳し

くなったが、イランは依然として核兵器開発疑惑を否定し、あくまで平和利用であるとの

立場を崩していない。例えば決議 1737号が採択された際、イラン政府は「平和利用を目

的としたイランの核開発を拒み、シオニスト政権の核兵器を認める安保理の二重基準を絶

対に容認しない」という声明を出した。またイランは、最高指導者アリー・ハーメネイ師

が核兵器を製造・貯蔵・使用することはイスラーム教に反するとのファトワを出している

ことを 1つの根拠に、核兵器の開発を行なっていないと主張している1)。

一連の主張に基づきイランは安保理決議の受け入れを拒否し、2007年 4月 9日にはイラ

ン側の核交渉責任者である国家安全保障最高会議書記ラリジャニが、ナタンツの地下施設

にある遠心分離装置に 6フッ化ウラン(UF6)を注入しウラン濃縮を開始したことを明ら

かにした。IAEAもまた、イランがナタンツで濃縮作業を開始したことを確認している。

こうしたことから現在では、イランが核兵器の開発・保有を目指していることは明らかだ

との見方が支配的となっている。また、イランが IAEAと一定の関係を保ち、断続的であっ

ても P5+1との協議を続けていることは、P5+1内の足並みの乱れや北朝鮮問題に対する米

国や国際社会の対応ぶり、石油価格の高騰を斟酌しながら、時間稼ぎをしているにすぎな

いと見られている。

では、イランが核兵器の製造・保有を意図しているとすれば、その動機は何であろうか。

考えられる最大の動機は、やはりイランの脅威認識であろう。イラン革命以降、イランと

米国、イスラエルとの関係は完全に敵対的となり、イラクとは 8年にわたり戦火を交え

た。核兵器を保有するに至ったパキスタンとの関係は対立的ではないが、同国内やアフガ

ニスタンのシーア派住民の問題などで時折摩擦が生じている。このようにイランを取り巻

く状況は決して安定的ではない。それでも 2000年ごろまでは、米国やイスラエルといえ

ども、イランにとって差し迫った実存的脅威ではなかった。それ故、イランとしては中東に

おける将来の核拡散に備えた保険として核開発を進めていたとの指摘もある(Jones, 1998:

47; Chubin, 2002: 74)。

9.11後、状況は大きく変化した。ブッシュ米政権は2002年1月の一般教書でイランを「悪

の枢軸」と非難し、同年 9月に発表した「米国の国家安全保障戦略」では一般論としてだ

が先制攻撃論を正当化した。さらに 2003年には核を含むWMDの開発・保有を理由にイ

ラクを攻撃し、サッダーム・フセイン体制を力で転覆した。この結果、イランは今や米軍

にほぼ完全に包囲された状況となっている。また、イスラエルないし米国がイランの核施

設を軍事攻撃するとの観測が繰り返し流されている。これら一連の事態がイランの脅威認

識をいっそう高め、抑止力としての核兵器の開発に拍車をかけたということは十分にあり

得るだろう(Sagan, 2006: 47)。

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64 アジア研究 Vol. 53, No. 3, July 2007

もう一つの考えられる動機は、国家的な威信の高揚や地域での覇権の追及だ(Fitzpatrick,

2006: 6)。革命前のパーレビ国王がペルシャ湾地域での覇権を目指したように、イランは伝

統的にナショナリズムに基づいた国威の発揚を外交の大きな柱にしている。加えてホメイ

ニー師が米国を「大悪魔」と呼んだように、革命後のイランは米国を中心とする国際秩序

に敢然と挑戦する者というセルフイメージを重視している。その意味でイランの核開発は

脅威への対処だけではなく、中東においてイスラエルが唯一の核保有国であるという現状

に終止符を打ちたいという意識の現われともいえよう(Bar-Joseph, 2004: 149)。

加えて核開発に関する自国の主権をあくまで守るという原則論を堅持することで国家的

な危機意識を醸成し、イスラーム革命体制の延命を追及しているとの見方もある(鈴木、

2006; 150)。特に現在の大統領アフマディネジャードは革命の原点への回帰とともに、経済

の建て直しや腐敗の根絶などを政策として掲げているが、経済面ではこれといった実績を

挙げていない。こうした内政上の動きが核をめぐる対外強硬姿勢を生み出しているとも考

えられる(Schake, 2007: 9)。

Ⅲ 中東における核およびWMD

1. イラクとリビア

中東ではイスラエルとイラン以外に、イラクとリビアが核兵器の開発を行なってきたこ

とはよく知られている。イラクの場合、2003年の開戦理由とされた核兵器を含むWMDの

開発・保有というブッシュ政権の主張には根拠がなかったことが、その後の米上院特別委

員会の報告などで明らかにされている。しかし、イラクが 1980年代に核兵器や他のWMD

の広範な開発を秘密裏に進めていたことは、1991年の湾岸戦争後に行なわれた国連イラク

特別委員会(UNSCOM)と IAEAの調査で実証された。イラクの核開発は保障措置に基づ

く IAEAの通常査察の限界を明らかにし、その後の査察強化の 1つの要因となった。

一方、リビアは 1975年にNPTに加入し、イラク同様、IAEAの通常査察を受けていた。

そのリビアが 2003年 12月、突然、核を含むWMDの開発・製造計画を全面廃棄すると宣言

し、翌 2004年には IAEAなどの支援を受けWMD開発関連機材・資材を全廃した。IAEAの

調査などで明らかになったのは、リビアが IAEAに無申告のまま、1980年代からカーン博

士のネットワークを含む国際的な闇市場などを通じ核関連機材やノウハウを入手し、核開

発を秘密に進めていた事実だった。このこともまたNPT体制に重大な抜け穴があること

を明らかにした。

突然の政策変更について、リビアの最高指導者カッザーフィ大佐の息子で後継者と目さ

れているサイフルイスラーム・カッザーフィは、西側から見返りに約束された政治的・経

済的利益が魅力的であったと述べている(木村、2006: 31)。実際、米国と英国は廃棄宣言の

1年前から見返りなどの条件に関する秘密交渉を行なっていたといわれ、ブッシュ政権は

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中東における核拡散の現状と問題点 65

2004年 4月、リビアを「対イラン・リビア制裁法(ILSA)」の適用対象から除外すると発

表した2)。

リビアの突然の変心のもう 1つの理由として考えられるのは、イラク戦争でサッダー

ム・フセイン体制が簡単に崩壊したことを目の当たりにし、核を含むWMD開発計画の完

全放棄に踏み切った可能性である。この見方に従えば、イラク戦争は「ならず者国家」の

核開発に一定の歯止め効果をもたらしたとの評価もできる。しかしリビアの場合は、イラ

クやイランなどと違って実存的な脅威に直面しているわけではなく、むしろ後に述べる象

徴としての核や他のWMDの開発・製造を目指していた公算が強い。また、イラク戦争が

かえって北朝鮮やイランの脅威認識をいっそう高め、核開発を促進させる要因になったと

の見方から、WMDに関するイラク戦争の「効果」は必ずしも一様ではないという指摘も

ある(Walker, 2004: 63-65)。いずれにしてもカッザーフィの行動については従来から予測が

困難なことが多く、突然の変心の真意は明らかではない。

2. 中東における WMD拡散

核以外のWMDの拡散も中東では深刻な問題となっている。イラクとリビアのWMDが

廃棄された現在、CNSのレポートによれば、化学兵器の開発や保有が疑われているのはア

ルジェリア、エジプト、スーダン、シリア、イスラエル、イランの 6カ国であり、生物兵

器ではアルジェリア、イスラエル、イランの 3カ国である(CNS, 2006)。このうち化学兵器

に関しては、1960年代にはイエメン内戦に介入したエジプトが、1980年代にはイラン・

イラク戦争およびクルドの内乱に対しイラクが実際に使用した例がある。

一方、WMD不拡散体制への中東諸国の加盟状況は表 1とおりで、CWC(化学兵器禁止条

約)未加盟国はエジプト、シリアなど 4カ国で、イスラエルは 1993年に署名したが批准し

ていない。BWC(生物兵器禁止条約)未加盟国はイスラエルだけだが、エジプト、シリア、

アラブ首長国連邦(UAE)は未批准である。また、弾道ミサイル拡散防止のための行動規

範であるHCOC(弾道ミサイルの拡散に立ち向かうためのハーグ行動規範)に参加しているのは

トルコ、ヨルダン、モロッコなど中東ではまだ少数の国でしかない(松本、2006: 193)。

このうちシリアの場合、1980年代末期にソ連からの援助が止まったことが化学兵器の開

発・保有に拍車をかけ、ミサイル搭載能力の向上など、戦術的な使用よりも、イスラエル

からの攻撃を抑止するという戦略的な位置づけに変化したと見られている(Normark and

others, 2004: 41–42; Jouejati, 2005: 55)。エジプトは 1981年にイスラエルと平和条約を締結し関

係を正常化した。しかし、エジプトは依然としてイスラエルを潜在的な脅威と認識してい

る。また、エジプトは自国のCWCへの加盟と引き換えにイスラエルがNPTに参加すべき

であると主張し、1990年代前半には他のアラブ諸国にもCWCへ加盟しないよう呼びかけ

た経緯がある。結局、他のアラブ諸国はエジプトの呼びかけに同調しなかったが(Feldman,

1997: 214–220; 池田、2000: 61)、エジプトは現在に至るまでCWCに加盟していない。

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3. 複雑な紛争構造と象徴政治

このように中東では核を含むWMDとミサイルの拡散が憂慮すべき状態となっている。

その主要な背景の 1つは、中東における紛争構造が複雑で、対立軸が冷戦時代の米ソ対立

のように一元化されていないことにある。中でもアラブ・イスラエル紛争の継続とイスラ

エルの核兵器の保有は、平和条約調印後もエジプトがイスラエルを脅威と見なしている例

に示されているように、中東におけるWMDの拡散の主要因となっている。1990年代以降、

中東和平プロセスには一定の進展が見られたものの、パレスチナ問題解決の糸口はつかめ

ず、包括的な和平達成の見通しはまったく立っていない。

さらに 1979年のイラン革命以降、中東域内の国際関係は大きく変化した。従来、イラ

ンは米国と同盟関係にあり、イスラエルとも良好な関係を保っていたが、革命後のイラン

は180度政策を転換し、米国を「大悪魔」と呼ぶなど、両国を徹底して敵視している。また、

イスラーム共和政下のイランの「革命の輸出」政策とそれに対抗したサッダーム・フセイ

ン政権の拡張主義的な政策はペルシャ湾の安全保障環境を大きく塗り替え、イラン・イラ

ク戦争、湾岸戦争、さらにはイラク戦争を引き起こす遠因となった。

加えて中東では地域的な安全保障システムや軍備管理を協議する場がまったく存在して

いない。1990年代には中東和平プロセスの 1つの柱だった多国間交渉の枠組みのひとつと

して、軍備管理・地域安全保障を協議する作業部会(ACRS)が設けられた。しかし、シリ

アは多国間交渉をボイコットし、イランやリビアは参加を求められず、当初から不完全な

表 1 中東主要国の大量破壊兵器関連条約への加盟状況

NPT IAEA包括的保障措置協定

IAEA追加議定書 CWC BWC HCOC

アフガニスタン 〇 〇 〇 〇 〇 〇アルジェリア 〇 〇 × 〇 〇 ×エジプト 〇 〇 × × △ ×イラン 〇 〇 △ 〇 〇 ×イラク 〇 〇 × × 〇 ×イスラエル × × × △ × ×ヨルダン 〇 〇 〇 〇 〇 〇クウェート 〇 〇 〇 〇 〇 ×レバノン 〇 〇 × × 〇 ×リビア 〇 〇 〇 〇 〇 〇モロッコ 〇 〇 △ 〇 〇 〇サウジアラビア 〇 × × 〇 〇 ×スーダン 〇 〇 × 〇 〇 〇シリア 〇 〇 × × △ ×チュニジア 〇 〇 △ 〇 〇 〇トルコ 〇 〇 〇 〇 〇 〇UAE 〇 〇 × 〇 △ ×イエメン 〇 〇 × 〇 〇 ×

〇=加盟(締結)、△=署名国(未批准)、×=未加盟(未締結)(出所) 外務省ホームページなど。

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中東における核拡散の現状と問題点 67

ものだった。加えて後に述べるように、イスラエルの核をめぐる対立が原因でほとんど協

議らしい協議を行なわないまま、3年ほどで立ち消えになってしまった。

また、国威発揚という核の象徴性が、マイケル・バーネットのいうアラブ世界の「象徴

政治(symbolic politics)」と結びつき、中東・アラブ世界で核を含むWMDの拡散を促進し

ていると考えられる。バーネットによればアラブ世界における象徴政治とは、アラブの政

治指導者が自国内外の政治的な影響力や支持基盤の拡大、大衆動員などを実現するため、

絶えず「アラブは一つ」「アラブの団結」といったアラブ主義(アラブ民族主義)の象徴を

獲得する必要に迫られ、結果的にいつも象徴をめぐり競争状況にあることを指している

(Barnett, 1998: 10–11)。換言すれば、アラブの指導者は自国民を含むアラブ民衆全体に対し、

自分こそがアラブ全体の利益や連帯を最も代弁していると訴え続けなければならない。そ

うでない限り、自国民からもアラブ世界全体からも「アラブの指導者」としての資質を疑

問視され、支持を失ってしまうからである。

バーネットがいうアラブの象徴政治はパレスチナ問題、アラブ・イスラエル紛争の局面

で最も顕在化しており、多くのアラブ諸国がイスラエルとの対決姿勢を強調することで

「アラブの盟主」という象徴獲得を目指してきた。1990年初めにイラクのWMD開発疑惑

が急浮上した際、サッダーム・フセインが「(イスラエルの)全占領地の解放を実現するた

めの戦争を開始する」などと発言したのは、WMD問題をイスラエルとの対決姿勢に結び

つけようとした好例といえる。中東和平プロセスの展開があった 1990年代半ば以降、パ

レスチナ問題やアラブ・イスラエル紛争が持つ象徴としての意味は幾分薄れた。それでも

アラブ世界におけるアラブ・イスラエル紛争の占める位置は依然として大きい。エジプト

がイスラエルのNPT未加盟問題を繰り返し取り上げアラブ全体の論点にしようと努めた

ことも、この文脈で理解できる。

イスラエルとの関係やパレスチナ問題は近年、アラブ世界だけでなくイスラーム世界で

も象徴性を持ち始めている。アラブの論理ではなくイスラームの論理でイスラエルの存在

を否定し、パレスチナ全土の解放を呼びかけているイランの主張は、今やスンナ派、シー

ア派の違いを超えて世界各地のイスラーム主義運動の中心的なテーマになっている。それ

だけに、安保理決議 1737号が採択された際の「平和利用を目的としたイランの核開発を

拒み、シオニスト政権の核兵器を認める安保理の二重基準を絶対に容認しない」というイ

ランの論理は、イスラエルを支援する米国への強い不満や不信感とあいまって、中東・イ

スラーム世界で一定の支持を得ている。イランの主張への支持が端的に表れているのが、

核問題に関する国別の意識調査の結果である。表 2のとおり、「イランが核兵器を保有す

ることに賛成か、反対か」という質問に対し、パキスタンやエジプト、ヨルダンでは回答

者の半数前後がイランの核兵器保有に「賛成」と答えている。また、インドネシアやトル

コでも一定の支持があり、全体として日本や欧米諸国と際立った違いを見せている。

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Ⅳ 今後の展望―中東非核地帯構想をめぐって

中東における核拡散に関する最も深刻な問題は、イランの今後である。すでに見たよう

に、イランへの制裁を決めた国連安保理決議 1737号と 1747号にもかかわらず、イランは

核開発計画を停止する姿勢をまったく示さず、むしろナタンツでのウラン濃縮活動を拡大

するなど対抗姿勢を強めている。そのイランの核関連施設に対し米国かイスラエルが単

独、または協力して軍事攻撃を加える可能性が各方面で取り上げられている。

しかし、軍事攻撃によってイランの核開発を阻止ないし大幅に遅延させることはでき

ず、むしろイランの核開発を促進し、さらに中東全体により大きな混乱を招くとの見方が

大勢を占めている。特に指摘されているのは、①イランの核関連施設は全土に拡散してお

り、かつ重要施設は地下化されているため、空爆によって決定的な被害を与えることは不

可能、②イランがさまざまな手段で報復を行なう危険が極めて高く、イラクやアフガニス

タン情勢を含め、中東域内が一気に不安定化する、③イランの核兵器開発に関する評価は

定まっておらず、攻撃を正当化できる十分な証拠を提示できない、④イスラエルによるイ

ラクのオシラク原子炉空爆(1981年)が、結果的にはサッダーム・フセイン体制による核

兵器開発を促進する結果になったと同様、攻撃を受ければイランも核開発をいっそう推進

する、⑤反米感情がいっそう強まり、イスラーム過激主義がより活発化する、⑥石油価格

のさらなる高騰を招き、世界経済を悪化させる、などの問題点や危険性だ(Evental, 2006:

27–29; Fitzpatrick, 2007: 46–48; Sagan, 2006: 54–55)。

その一方で外交的な関与や安保理決議に基づく制裁が、イランの「変心」を招くという

見方もほとんどない。もともとイランは核兵器開発疑惑を真っ向から否定しており、平和

利用のための核の研究・開発は主権国家として固有の権利であり、NPTに違反するもので

表 2 イランの核に関する意識調査―「イランが核兵器を保有することに ?」

反対 賛成

米国 92 3英国 89 5フランス 92 7ロシア 82 11インドネシア 59 30パキスタン 15 52エジプト 42 44ヨルダン 42 45トルコ 61 23日本 95 4

(出所) Pew Research Center, Pew Global Attitudes Project: America’s Image Slips, But Allies Share U.S. Concerns Over Iran, Hamas, 2006.6.13 (http://pewglobal.org/reports/display.php?PageID=824, 2006年 6月 28日ダウンロード).

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中東における核拡散の現状と問題点 69

はないという立場を貫いている。その意味で、イランに対し研究開発を含むすべての濃縮

関連および再処理行為の停止を要求している一連の安保理決議の基本的な立場と、イラン

の一貫した主張には接点がない。

もし、外交的な関与で接点を求めるとすれば、イランが従来から主張している中東非核

地帯構想への取り組みかもしれない。中東非核地帯構想は 1974年にイランとエジプトに

よって初めて提案された。それ以降、中東非核化を呼びかける決議が国連総会や IAEA総

会で繰り返し採択されている。イランは現在も、機会あるごとに中東を非核地帯にすべき

だと主張しており、ユーロ 3や P5+1との協議でも中東非核地帯構想実現への取り組みを

信頼醸成措置のひとつとして提示している。

中東非核化を訴えるイランの最大の標的はイスラエルだが、そのイスラエルもまた、中

東非核地帯構想を国連総会などに提案している。しかし同じ中東非核地帯構想といって

も、エジプトなどアラブ諸国やイランの主張と、イスラエルの立場とはそもそも入り口論

で異なっている。エジプトやイランは、まずイスラエルの核兵器廃棄とNPT加盟を実現

することが中東非核化への第一歩と主張しているのに対し、イスラエルはイランを含む中

東諸国がイスラエル国家の正統性を認め、和平の意志を明確にした後で初めて核問題が協

議の対象になり得るとして、中東和平プロセスでの決定的な進展を前提条件としているか

らだ(木村、1995: 43; Baumgart and Müller, 2004: 46–48)。この立場の相違は中東和平多国間交

渉の軍備管理・地域安全保障作業部会(ACRS)での討議でも、最初から議論が紛糾する原

因となり、ACRS部会は早い段階で行き詰った。結局、現状のままでは、中東和平の実現

が先かイスラエルのNPT加盟が先か、という入り口論での膠着状態を乗り越える見通し

はなく、中東非核地帯構想は政治的スローガンの域を出ていない。

しかしその一方で、中東における核をめぐる状況はいっそう悪化する兆しを見せてい

る。すでにイランの核開発を止めることは軍事的にも外交的にも不可能だとの見方から、

最近では「核を保有したイラン」とどう付き合うかという論考も多い(Fitzpatrick, 2007; Sagan,

2006; Schake, 2007)。また、2005年ごろから中東の多くの国が次々に、核開発への取り組み

を表明し始めた。これまで伝えられるところでも、トルコ、エジプト、サウジアラビア、

アラブ首長国連邦(UAE)、イエメン、アルジェリア、チュニジア、モロッコなどである。

もちろん、これらの国はすべて核の平和利用を掲げている。これほど多くの中東諸国がほ

とんど同時に核開発に取り組む意向を表明した 1つの背景は、ここ数年の石油価格上昇で

財政的な余裕ができた今の時期に、国内のエネルギー供給源を多様化し、石油の可採年数

を引き伸ばしたいという思惑があるのだろう。それ故、中東での核開発国の増加が直ちに

NPT体制への新たな挑戦を意味しているわけではない。しかし、中東の象徴政治を考える

と、イランをめぐる核問題の先鋭化が他の中東諸国を刺激していることは否定できず、イ

ランが主張しているような主権国家の固有の権利としての核燃料サイクルの確立を目指し

た競争が激化する恐れはある。また、NPT体制とそれに基づく IAEAの査察が多くの問題

を抱えていることは事実であり、管理が不十分なまま核開発が中東の多くの国で行われれ

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ば、過激派による核テロの危険性も増大する。

現状の打破する 1つの可能性は、マオズが提案しているように、イスラエルがまず自ら

の核保有を明らかにすることで、イランを含めた中東全体の非核化やWMDの管理システ

ムの構築に正面から取り組むことだろう。そうすれば、イスラエルが最も懸念している検

証問題に関しても、NTP体制の強化に加え、地域的な検証システムの導入などへの取り組

みも可能となる。

(注)1) ファトワとはイスラーム法学者が提示したイスラーム法学に基づく裁定。ハーメネイのファトワは

2005年 4月に IAEA理事会に提出された声明で引用された(Payvand’s Iran News, 2005.10.8, http://www.payvand.com/news/05/aug/1113.html)。なおハーメネイは 2006年 6月にも、核兵器の使用はイスラーム法に反すると発言している。

2) 対イラン・リビア制裁法(ILSA)は 1996年に成立した米国内法で、イランかリビアでの石油・ガス開発に年間 4000万ドル以上(その後 2000万ドルに引き下げ)の投資を行うなどした第三国企業・個人に対し、大統領が米政府調達からの排除などの制裁を課すことを義務付けている。5年間の時限立法だったが、2001年に 5年間延長され、2006年にはイランの民主化支援なども盛り込んだ「イラン自由支援法」に姿を変えた。

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(たてやま・りょうじ 防衛大学校国際関係学科 E-mail: [email protected]