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12・東レリサーチセンター The TRC News No.122(Mar.2016)
1.はじめに
駆動に伴う輝度劣化は有機エレクトロルミネッセンス(有機EL)デバイスにとって大きな課題の一つである。有機分子劣化の観点から輝度劣化のメカニズムを明らかにするには、有機薄膜積層構造の各深さ領域における分子構造変化を捉えることが重要である。 しかし、有機薄膜積層構造について、分子を直接観測可能で、深さ方向分析が可能な分析手法はほとんどなく、薄膜の斜め切削と飛行時間型二次イオン質量分析法(TOF-SIMS)などを組み合わせる方法が行われてきた1,2︶。 ただし、この方法では斜め切削の再現性や深さ方向分解能、空間分解能などに課題があった。 近年、エッチングガンとしてArのガスクラスターイオンビーム(GCIB、Ar1000+~ Ar3000+など)を使用すると、残存ダメージの少ない(1nm以下)エッチングが可能であることがわかってきた3︶。このGCIBをエッチングガンに用いたTOF-SIMSデプスプロファイル分析(以降GCIB-TOF-SIMS)では、従来より使用のエッチングガン(Cs+やO2+など)では困難な、有機分子に関する深さ方向分析が可能である。 ここではGCIB-TOF-SIMS分析を、駆動劣化前後の有機EL素子について適用し、評価を行った分析事例について紹介する。
2.Alq3/NPD/2TNATA系OLEDの駆動劣化解析
2.1 試料構成および駆動劣化条件 有機EL素子(ガラスITO/2TNATA(30nm)/α-NPD(40 nm)/Alq3(60nm)/LiF/Al:ガラス封止)を定電流駆動(初期輝度2000cd/m2)により、初期輝度に対して50%輝度劣化させた(図1, 2)。未劣化品、50%劣化品について、GCIB-TOF-SIMS分析を行った。TOF-SIMS測定には、ION-TOF社製TOF.SIMS.5を用い、GCIB(エッチングイオン)としてはAr2500+を用いた。測定の都合上、Al陰極を剥離後、測定に用いた。なお、これまでに同一構成の有機EL素子について、フォトルミネッセンス(PL)、液体クロマトグラフィー質量分析法(LC/MS)などで劣化品の解析をした結果、PL、LC/MSともにAlq3の強度低下が観測され、Alq3の分解が示唆されていた₄︶。
図1 試料構成
図2 輝度減衰曲線
2.2 有機EL試料へのGCIB-TOF-SIMS分析の適用確認 図3に未劣化品のGCIB-TOF-SIMSデプスプロファイルを示す。Alq3,α-NPD, 2TNATAの各層において分子イオンがおおよそ一定の強度で得られ、また、層の境界で強度がシャープに低下し、積層構成であることが十分捉えられた。なお、図3中で[Alq3]などは分子イオンを表す(以降も同様)。
図3 GCIB-TOF-SIMSデプスプロファイル(未劣化品、正2次イオン)
[特集]有機エレクトロニクス
(2)GCIB-TOF-SIMSによる有機ELの駆動劣化解析
表面科学研究部 柴森 孝弘
●[特集]有機エレクトロニクス (2)GCIB-TOF-SIMSによる有機ELの駆動劣化解析
東レリサーチセンター The TRC News No.122(Mar.2016)・13
図3のプロファイルでのAlq3層(GCIBエッチング有り)と、Al陰極剥離後のAlq3膜表面(エッチング無し)のスペクトルを図4に示す。強度比は異なるものの、 GCIBエッチング有りではエッチング無しと同様に、[Alq3]+,[Alq2]+,[Alq]+など分子構造に対応するイオン種が強く検出された。他の層についても分子構造に対応するスペクトルが得られ、これらのことから、GCIBエッチングによるダメージは比較的小さく、有機分子の劣化の詳細な解析が可能であると考えられる。
5x10
0. 5
1. 0
1. 5
2. 0
2. 5
Inte
nsity
6x10
0.2
0.4
0.6
0.8
1.0
Inte
nsity
Al
[Alq
50 100 150
Al [A lq
50 100 150
q] [AlqOH]
[Alq2
200 250 30
q] [A lqO H]
[Alq
0 200 250 3
2]
[Alq
00 350 400
q2]
[A lq
00 350 400
(a)
(b)
q3]
450
q3]
450
m/z
m/z
図4 エッチング有無でのAlq3層のスペクトル比較 (a)GCIB エッチング有り、(b) エッチング無し
2.3 駆動劣化前後の比較 50%劣化品のプロファイルを図5に示す。未劣化品(図3)ではAlq3層内で分子イオン[Alq3]+が一定の強度であるのに対して、50%劣化品(図5, 6)では表面近傍(0~ 10 cycle:図6の領域①)で強度が大きく低下し、10~30 cycle(図6の領域②)でも強度が低下している。したがって、Alq3層のうち陰極側の領域でAlq3の分解が進行していると考えられる。
図5 GCIB-TOF-SIMSデプスプロファイル (50%劣化品、主成分)
各層の主成分の他、不純物成分を含め、図6にプロファイルを示した。50%劣化品の領域①では、AlO2H2+、CxHy+が強く、領域②では[Alq2H2]+が強い傾向が認められた。各領域のスペクトル解析結果も踏まえると、AlO2H2+、CxHy+、[Alq2H2]+の増加はそれぞれAl酸化物、炭化水素系の成分、Alq2Hまたは類似成分の寄与であると考えられ、これらの検出成分はいずれもAlq3の分解物
であると考えられる。また、α-NPD層、2TNATA層、各界面についても、劣化前後で比較を行ったが、明確な違いは認められなかった。
図6 GCIB-TOF-SIMSデプスプロファイル (50%劣化品、主成分および分解物)
Nor
mal
ized
inte
nsity
1.E-06
1.E-05
1.E-04
1.E-03
1.E-02
1.E-01
1.E+00
[Alq33]+ [Alq2H2]
+ AlO2H2+
劣化品(領域①
劣化品(領域②
劣化品(領域③
未劣化品
C2H5+ C4H
①)
②)
③)
9+
図7 Alq3層の強度比較
Alq3層について、50%劣化品(図6の領域①~③)、未劣化品での強度比較を図7に示す。劣化品の領域③(Alq3
層のうち陽極側)では各イオン種の強度が未劣化品と類似していることから、この領域ではAlq3の分解は進行していないと考えられる。一方、領域①,②では、前述のような分解物が存在している。 以上より、GCIB-TOF-SIMS分析により、陰極/有機層界面近傍においてAlq3の分解が進行し、Al酸化物などの分解物が生成していることがわかった。このAlq3の分解により電子注入効率の低下が想定されることから、この分解が今回の有機EL素子での輝度低下の原因の一つであると考えられる。
3.りん光系OLEDの駆動劣化解析
3.1 試料構成および駆動劣化条件 りん光系OLEDについて同様なGCIB-TOF-SIMSによる駆動劣化解析を行った。長期駆動に伴う輝度低下の原因の一つとして、素子中微量水分による有機成分の構造変化が考えられる。本系では含酸素構造に着目し、水分由来の構造変化を各層ごとに捉えることを試みた。発光層はCBPとIr︵ppy︶3からなる構成であり、その他の試料構成は図8に示した。
●[特集]有機エレクトロニクス (2)GCIB-TOF-SIMSによる有機ELの駆動劣化解析
14・東レリサーチセンター The TRC News No.122(Mar.2016)
図8 試料構成
このりん光系OLEDを定電流駆動にて駆動劣化させ、GCIB-TOF-SIMS測定に用いた。駆動劣化条件を表1に示す。また、駆動劣化時の輝度減衰曲線を図9に示す。劣化品A(初期劣化)では輝度95%、劣化品B, C(長期劣化)では輝度34%まで劣化させた。また長期劣化については駆動電流値の異なる2条件にて実施した。
表1 駆動劣化条件
劣化条件(輝度減衰率) 電流(mA)
初期品 初期品(100%) 劣化品A 初期劣化(95%) 0.74 (3倍加速)劣化品B 長期劣化(34%) 0.74 (3倍加速)
劣化品C 長期劣化(34%)低倍加速 0.49 (2倍加速)
図9 輝度減衰曲線
3.2 駆動劣化前後の比較 初期品について、GCIB-TOF-SIMS分析による各層主成分の深さ方向分布を図10に示す。各層において主成分はおおむね一定強度となり、有機分子のデプスプロファイルが十分に得られていると判断される。ここでは図は省略するが、主成分の分布を駆動劣化前後で比較すると、駆動に伴う変化は認められなかった。
図10 GCIB-TOF-SIMSデプスプロファイル (初期品、主成分)
各層のスペクトルをデータ処理にて取り出したのち、同一層ごとに試料間で比較したところ、各層のスペクトルは試料間でほとんど一致していた。詳細な比較を実施したところ、EMLホスト成分のCBPに対してカルバゾール基の付加した分子(CBPカルバゾール付加物)、水酸基の付加した分子(CBP酸化物)の分子量関連イオン、カルボン酸またはエステルに特徴的なCHO2-、窒素と酸素を含む有機物に共通のCNO-の4点について、劣化品(長期劣化)で初期品よりも強度が増加する傾向が認められた。なお、CBPカルバゾール付加物などについては精密質量の値、同位体比の一致などから当該成分由来であるとの判断を行った。 初期品、劣化品B(長期劣化)について、これらの成分の深さ方向分布を図11に示す。EMLにおけるCBPカルバゾール付加物、CBP酸化物のプロトン脱離分子(図中にそれぞれ[CBP+Cz-2H]-、[CBP+O-H]-と示した)の強度は、劣化品Bで初期品よりも高い傾向が認められた。その他、CHO2-、CNO-についても劣化品Bで初期品よりも強度が一桁程度高いことがわかる。なお、[CBP+Cz-2H]-、[CBP+O-H]-についてはEMLのみで検出され、EML以外では妨害イオン(ピーク位置の重なるイオン種)の寄与である。 また、EML層内でのこれらの分解物の分布を見ると、EMLのうちHBL側やHTL側の界面近傍などのみではなく層全体で強度が増加している。このことから、駆動劣化に伴う分解物の生成はEMLのうち特定の界面近傍ではなく、層全体で進行しているとわかる。
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東レリサーチセンター The TRC News No.122(Mar.2016)・15
図11 GCIB-TOF-SIMSデプスプロファイル (初期品および劣化品B、分解物比較)
図12 EMLでの検出強度の試料間比較
EML中でのこれらのイオン種の積分強度を読み取り、4水準間で比較した結果を図12に示す。初期劣化(劣化品A)では初期品と違いが認められず、長期劣化の2水準(劣化品B,C)では前述のCBPカルバゾール付加物やCBP酸化物が初期品に対して1.5倍程度増加していることがわかる。CHO2-、CNO-については初期品に対して1桁程度増加する傾向が認められた。また、Ir錯体由来のイオン種については駆動劣化前後で強度変化がなく、Ir錯体の分解の進行は認められなかった。 以上より、GCIB-TOF-SIMS分析を適用することで、駆動劣化(長期駆動)後のEML中において、ホスト材料(CBP)の分解物としてCBPカルバゾール付加物やCBP酸化物が増加していることがわかった。これらの分解物の生成について推定構造変化を図13に示した。今回の系では、酸素供給源は素子中の残留微量水分(有機膜中やITO上)と推察される。
図13 長期駆動に伴う推定構造変化
4.おわりに
本稿では、GCIB-TOF-SIMS分析を駆動劣化前後の有機EL素子について適用し、評価を行った分析事例について紹介した。いずれの系でも特定層中の有機物の変化を捉えることができ、他の分析では得られない知見を取得できた。GCIB-TOF-SIMS分析では積層膜のうち特定層のみの有機物情報を取得可能という優位性が大きいと考えられる。今後は、他の手法との組み合せも含め、より詳細な駆動劣化解析に取り組んでいきたいと考えている。
5.謝辞
3項のりん光系OLEDに関しては、次世代化学材料評価技術研究組合(CEREBA)との共同研究に基づき、実施いたしました₅︶。この場を借りて、御礼申し上げます。
6.参考文献
1)永井直人,Analytical Sci., 17 suppl., i671,(2001)2) 柴森孝弘,関 洋文,松延 剛,中川善嗣,第65回応用物理学会学術講演会,2004,3p-ZR-20
3)松尾二郎,表面科学,31,564,(2010)4) 宮本隆志,大久保賢治,田口嘉彦,竹田正明,古島圭智,村木直樹,有機EL討論会第9回例会予稿集,2009,S5-1
5) 宮口 敏,片木京子,吉岡俊博,筒井哲夫,有機EL討論会第17回例会予稿集,2013,S3-4
■柴森 孝弘(しばもり たかひろ) 表面科学研究部 表面科学第三研究室 研究員 趣味:キャンプ、焚き火
●[特集]有機エレクトロニクス (2)GCIB-TOF-SIMSによる有機ELの駆動劣化解析