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12 技術士 2013.11 1 はじめに 最近,NIMBY *1 や BANANA *2 という用語が 日本国内においても使われることが珍しくなく なったが,一般廃棄物(家庭からでるごみ等)を 中間処理する清掃工場やごみ分別処理センターは 洋の東西を問わず,あまり住民には好まれない都 市公共施設の一つである。施設完成後において安 全で安定的な運営を実現しても,さらに,周辺住 民の理解を得ることは容易ではない。 本稿では,過去の安全安心の歴史を振り返える とともに,住民に安心してもらえる施設運営のあ り方について考える。 2 安全安心の経緯 安全とは,一定の確率以上には安全を脅かす要 因(リスク)が発生しないことである。しかし, 想定される安全を脅かす事象の種類や判断の基準 となる発生確率は時代背景や地域によって大きく 異なっている。もともとはごみの腐敗に起因する 害獣害虫の発生や伝染病の蔓延の防止を目的とし て埋め立てや焼却がはじめられた。身近に衛生的 な生活環境を確保することが安全で安心な生活の 条件であった。戦後の高度経済成長とともに大量 廃棄による埋立地の確保難や公害の深刻化が発生 し,住民のごみ処理に関する関心もばい煙や排気 ガスから,やがてダイオキシン類による社会的不 安へと移行していった。(表1 参照) 一般廃棄物処理施設の安全安心の経緯 The Facts on Safety and Security of Intermediate Waste Processing Facilities 二階堂 久和 Nikaido Hisakazu 廃棄物中間処理施設の安全な操業の確保,並びに住民が安心できる施設周辺環境の提供は,この一世紀の 間,常に課題であった。科学技術の進歩により衛生面や技術面での課題は着実に克服され,安全で安定的な 施設運営が可能になっている。住民が安心できる施設の実現には更なる努力が必要である。 Realizing safe services in operation for intermediate waste processing facilities and providing a secure surrounding environment for residents have been tasks for a century. Owing to the advancement of science and technology, sanitary and technological problems have been steadily solved, consequently safe and stable services in management and operation have come true. This paper also gives an overview of procedures to provide facilities residents can feel secure with. キーワード:NIMBY,一般廃棄物処理施設,安全な施設運営,住民の安心感,信頼 安全・安心シリーズ *1:Not In My Backyard(私の家の近くだけには建設 しないで欲しい。)の略語 *2:Build Absolutely Nothing Anywhere Near Anything(とにかく建設自体に絶対反対)の略語 表 1 東京における一般廃棄物処理と住民の生活の安全について 年代 安全を脅かす要因 事件,対策等 明治 伝染病 コレラの流行,埋め立て,ごみの野焼き 大正 悪臭,害虫,害獣 焼却処理(1923 年に最初の焼却施設が稼働) 昭和初期 ばい煙 深川ばい煙騒動(1933年),厨芥雑芥の分別収集 戦後高度成長期 埋立地の環境悪化 夢の島ハエ騒動,東京ごみ戦争,負担の公平化 排気ガス 光化学スモッグ,除去技術導入 平成 ダイオキシン不安 最新の除去技術の導入

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技術士 2013.11

1 はじめに最近,NIMBY*1やBANANA*2という用語が

日本国内においても使われることが珍しくなくなったが,一般廃棄物(家庭からでるごみ等)を中間処理する清掃工場やごみ分別処理センターは洋の東西を問わず,あまり住民には好まれない都市公共施設の一つである。施設完成後において安全で安定的な運営を実現しても,さらに,周辺住民の理解を得ることは容易ではない。

本稿では,過去の安全安心の歴史を振り返えるとともに,住民に安心してもらえる施設運営のあり方について考える。

2 安全安心の経緯安全とは,一定の確率以上には安全を脅かす要

因(リスク)が発生しないことである。しかし,想定される安全を脅かす事象の種類や判断の基準となる発生確率は時代背景や地域によって大きく異なっている。もともとはごみの腐敗に起因する害獣害虫の発生や伝染病の蔓延の防止を目的として埋め立てや焼却がはじめられた。身近に衛生的な生活環境を確保することが安全で安心な生活の条件であった。戦後の高度経済成長とともに大量廃棄による埋立地の確保難や公害の深刻化が発生し,住民のごみ処理に関する関心もばい煙や排気ガスから,やがてダイオキシン類による社会的不安へと移行していった。(表1参照)

一般廃棄物処理施設の安全安心の経緯The Facts on Safety and Security of Intermediate Waste Processing Facilities

二階堂 久和Nikaido Hisakazu

廃棄物中間処理施設の安全な操業の確保,並びに住民が安心できる施設周辺環境の提供は,この一世紀の間,常に課題であった。科学技術の進歩により衛生面や技術面での課題は着実に克服され,安全で安定的な施設運営が可能になっている。住民が安心できる施設の実現には更なる努力が必要である。

Realizing safe services in operation for intermediate waste processing facilities and providing a secure surrounding environment for residents have been tasks for a century. Owing to the advancement of science and technology, sanitary and technological problems have been steadily solved, consequently safe and stable services in management and operation have come true.

This paper also gives an overview of procedures to provide facilities residents can feel secure with.

キーワード:NIMBY,一般廃棄物処理施設,安全な施設運営,住民の安心感,信頼

安全・安心シリーズ

*1: Not In My Backyard(私の家の近くだけには建設しないで欲しい。)の略語

*2: Build Absolutely Nothing Anywhere Near Anything(とにかく建設自体に絶対反対)の略語

表1 東京における一般廃棄物処理と住民の生活の安全について

年代 安全を脅かす要因 事件,対策等

明治 伝染病 コレラの流行,埋め立て,ごみの野焼き

大正 悪臭,害虫,害獣 焼却処理(1923年に最初の焼却施設が稼働)

昭和初期 ばい煙 深川ばい煙騒動(1933年),厨芥雑芥の分別収集

戦後高度成長期埋立地の環境悪化 夢の島ハエ騒動,東京ごみ戦争,負担の公平化

排気ガス 光化学スモッグ,除去技術導入

平成 ダイオキシン不安 最新の除去技術の導入

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IPEJ Journal Vol.25 No.11

ごみ処理技術は進歩を重ね,現在では住環境への影響を最小限に抑えながら,ごみの中間処理を行うことが可能になっている。(図1参照)

実際の施設操業においては法規制値よりも厳しい自己規制値や協定値を施設運営側で設定することにより施設の安全な運営を確実にしている。具体的な例として,表2に2012年度の東京23区内の全清掃工場の排ガスの状況を挙げる。

3 安心とは安心とは,これから起きるかもしれない安全を

脅かす要因(リスク)を心配しなくてもよい状況が,継続的に実現されることである。

また,想定されるリスクが非常に小さいか,または,それを上回るメリットがある場合にも不安感を少なくできる可能性がある4)。

施設の技術的な安全性を説明していくことももちろん大切であるが,施設の建設に併せて焼却熱を利用した入浴施設や温水プールを設けるなどの目に見える具体的な地域への貢献や,ごみ焼却熱による発電(写真4参照)や地域冷暖房への熱の供給,小学校の社会科教育の場の提供などの社会的な貢献について理解を促すことも,住民の安心

図1 最近の排ガス処理施設例2)

表2 安全で安定的な施設運営例(排気ガス)

項目 法規制値*3 実績値*4 単位 主な除去抑制対策

ばいじん 0.04~0.08 不検出~0.001 g/m3N ろ過式集塵機

塩化水素 430 不検出~11 ppm か性ソーダ,消石灰

硫黄酸化物 28~185*5 不検出~3 ppm (塩化水素と同じ)

窒素酸化物 59~250 23~56 ppm アンモニア,燃焼制御

ダイオキシン類 0.1~1 6.9×10-6~4.2×10-3 ng-TEQ/m3N 燃焼制御,ろ過式集塵機

*3: 法規制値は法律および都条例であり,より厳しい協定値等を含まない。ばいじん,硫黄酸化物,窒素酸化物の法規制値は工場ごとに異なる。

*4: 2012年度の23区内の19清掃工場の実際の測定値の範囲

*5:総量規制値

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技術士 2013.11

感につながるものである。

4 高度化する安心の条件最近では,処理施設の技術的な安全性について

は一定の理解が得られている場合でも,施設から相当離れた高層マンション等から,「視界に清掃工場の煙突や蒸気が見えるので不安だ」とか,

「近隣にごみの処理施設があると将来,不動産を売却する時に評価額が下がってしまうと思うと心配だ」5)などの声が寄せられることもある。施設や煙突の建設に際して,斬新なデザイン(写真5参照)を採用したり,壁面緑化(写真6参照)によるイメージアップを図るのもそのためである。東京23区内では,煙突からの排気ガスを再加熱して冬季に水蒸気が見えないようにすることにより,住民の心理的不安を軽減するとともに景観にも配慮している。

5 安心は信頼から安心は個人の主観に大きく依存するものであ

る。ゆえに,住民の安心感を得るためには,施設の運営に携わる側と住民との間に信頼関係を醸成することが必要条件である。双方の信頼がなければ,社会的に妥当な安全レベルを確保し,その事実を客観的にいくら伝えたとしても住民の安心感を得ることは難しい。

住民の信頼を得るには,以下の努力が継続的に必要である。

写真5 斬新なデザインの施設例(有明清掃工場と煙突)

写真4 蒸気発電用タービン羽根車

写真1 深川塵芥処理工場(1934年)1)

写真2 多摩川清掃工場建設反対運動(1957年)1)

写真3 ハエ騒動夢の島焦土作戦(1965年)1)

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IPEJ Journal Vol.25 No.11

1)積極的な情報提供を行うこと安全で安定的な施設運営を実現し,その内容に

ついて積極的な情報公開(運転,工事情報の開示,代表的指標のリアルタイムの情報提供等(写真7参照))を行い,さらに,要望,問い合わせの多い事項について適切に情報発信を行う。2)‌‌住民と施設運営側が交流できる場を提供すること

環境フェア,ごみ減量フェア,地域行事への参加,意見交換会,双方向の広報広聴などの場を設け,施設をブラックボックス化しない。3)住民との協働の機会を設けること

施設操業協定の締結と遵守,運営に関する協議

会の開催(写真8参照),住民の発言を尊重した苦情処理など,住民の意見が施設運営に反映される仕組みを構築する。

<引用文献>1) 東京都清掃局:東京都清掃事業百年史,東京都環

境公社,p.150,p.190,p.457,20002) 東京二十三区清掃一部事務組合:一般廃棄物処理

基本計画,p.16,20063) 東京二十三区清掃一部事務組合ホームページ http://www.union.tokyo23-seisou.lg.jp/

<参考文献>4) Fischhoff, B. et al. : How safe is safe

enough? A psychometric study of attitudes toward technological risks and benefits, Policy Science, p.127-152, 1978

5) 社団法人東京都不動産鑑定士協会:空間の多様性を考慮したヘドニック・アプローチの開発Ⅳ,2011

写真6 壁面緑化例(板橋清掃工場)3)

二階堂 久和(にかいどう ひさかず)

技術士( 衛生工学/情報工学/ 総合技術監理部門)

東京二十三区清掃一部事務組合有明清掃工場長e-mail:[email protected]写真8 運営に関する住民との協議会3)

写真7 リアルタイムの計測値掲示板