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京都精華大学紀要 第三十二号 -237- サウンドスケープからサウンドスケープ・デザインへ ―― 近江八幡で行われた芸術祭典の音活動報告 ―― 小 松 正 史 KOMATSU Masafumi 1 はじめに 琵琶湖東岸にある,近江八幡。ヨシ原が広がる水郷や,堀沿に立ち並ぶ白壁の土蔵など,日 本の原風景のような表情がなつかしい。2004年8月の1ヶ月間,この地で人とまちをつなげる 芸術祭典―BIWAKO ビエンナーレ2004―が展開された。約30名の作家が現地に滞在し,空き町 家などを舞台に作品を制作展示する芸術活動と,地域住民とのかかわりを重視したワーク ショップなどの社会活動が,同時並行的に開催された。まちがまるごと美術館や芸術活動の拠 点になる祭典として企画された。 著者が BIWAKOビエンナーレで設定した活動軸は,「サウンドスケープ(音風景)研究」「音 のワークショップ」「サウンド・インスタレーション制作」「ピアノ演奏」「住民との意見交流 会」である。本論考では,まず,近江八幡市で行ったサウンドスケープ研究とビエンナーレ活 動を報告し,「サウンドスケープ・デザイン」の提案を行う。 2 近江八幡市サウンドスケープ調査 2.1 調査の実際 近江八幡市の旧市街地区と中心とする7地点(近江八幡駅前・八幡池田郵便局前・市立資料 館前・酒遊館前・ヴォーリズ記念館前・かわらミュージアム前・白雲館前)を,定点観察場所 に選んだ(図1) 。旧市街地区は,近江八幡市の中でも,数多くの歴史的文化財が残存してお り,多くの観光客が訪れる場所である。まちなかの共同体の絆も深く,左 ちょう 祭をはじめと した無形文化財の運営と保全が行われている。近江八幡駅前は,近江八幡旧市街地から2キロ ほど離れているが,新市街地と旧市街地を対比させるために設けた。他の地点は,近江八幡の 生活空間の中心となるものや,観光客の利用が多いところ,歴史的な様相が現れやすい場所を 選定した。調査概要は「身体的記録」「器械的記録」「意識調査(アンケート)」「ヒアリング

サウンドスケープからサウンドスケープ・デザインへ · 車のターミナルという機能が主 で、人通りも多い。周辺にはホテ ルや大規模スーパーなどが立ち並んでいる。

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Page 1: サウンドスケープからサウンドスケープ・デザインへ · 車のターミナルという機能が主 で、人通りも多い。周辺にはホテ ルや大規模スーパーなどが立ち並んでいる。

京都精華大学紀要 第三十二号 -237-

サウンドスケープからサウンドスケープ・デザインへ――近江八幡で行われた芸術祭典の音活動報告――

小 松 正 史

KOMATSU Masafumi

1 はじめに

琵琶湖東岸にある,近江八幡。ヨシ原が広がる水郷や,堀沿に立ち並ぶ白壁の土蔵など,日

本の原風景のような表情がなつかしい。2004年8月の1ヶ月間,この地で人とまちをつなげる

芸術祭典―BIWAKOビエンナーレ2004―が展開された。約30名の作家が現地に滞在し,空き町

家などを舞台に作品を制作展示する芸術活動と,地域住民とのかかわりを重視したワーク

ショップなどの社会活動が,同時並行的に開催された。まちがまるごと美術館や芸術活動の拠

点になる祭典として企画された。

著者が BIWAKOビエンナーレで設定した活動軸は,「サウンドスケープ(音風景)研究」「音

のワークショップ」「サウンド・インスタレーション制作」「ピアノ演奏」「住民との意見交流

会」である。本論考では,まず,近江八幡市で行ったサウンドスケープ研究とビエンナーレ活

動を報告し,「サウンドスケープ・デザイン」の提案を行う。

2 近江八幡市サウンドスケープ調査

2.1 調査の実際

近江八幡市の旧市街地区と中心とする7地点(近江八幡駅前・八幡池田郵便局前・市立資料

館前・酒遊館前・ヴォーリズ記念館前・かわらミュージアム前・白雲館前)を,定点観察場所

に選んだ(図1)。旧市街地区は,近江八幡市の中でも,数多くの歴史的文化財が残存してお

り,多くの観光客が訪れる場所である。まちなかの共同体の絆も深く,左さ

義ぎ

長ちょう

祭をはじめと

した無形文化財の運営と保全が行われている。近江八幡駅前は,近江八幡旧市街地から2キロ

ほど離れているが,新市街地と旧市街地を対比させるために設けた。他の地点は,近江八幡の

生活空間の中心となるものや,観光客の利用が多いところ,歴史的な様相が現れやすい場所を

選定した。調査概要は「身体的記録」「器械的記録」「意識調査(アンケート)」「ヒアリング

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サウンドスケープからサウンドスケープ・デザインへ――近江八幡で行われた芸術祭典の音活動報告――-238-

(インタビュー)」である。

2.2 調査の実際

調査時期は2004年2月・6月・7~8月の3回で,同地点の季節変化を調べるための定点観

察を行った。近江八幡市の空間代表性がみられる7地点を観察場所とした。調査時間は10分間

で,それぞれの調査で各地点1回ずつ,合計21回分の調査を行った。身体的記録は,「音種」

「好きな音/嫌いな音」「特徴的音種」である。器械的記録は,「LAeq(等価騒音レベル)」「DAT

による環境音の録音」,その他は「SD法」「音源および周辺の写真撮影」である(図2)。

図1 近江八幡市旧市街地の調査地点

図2 音環境の観察調査写真

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京都精華大学紀要 第三十二号 -239-

2.3 身体的記録の結果(図3~9)

生活音の占める割合が高かったことが,最大の特徴であった。近江八幡駅前は例外として,

「白雲館前」や「資料館前」といった観光要所でも,自転車の音や話声などの,生活音の存在

が数多くあった。「八幡池田郵便局前」では,多種多様な生活音がききとれた。近江八幡旧市

街地内は観光地であるとともに,地域住民が連綿と生活を行っている場所であることが,音か

らも確認できた。それに並行して,交通音の割合が生活音に次いで多く,「八幡堀前」を除く

すべての地点で,多くの交通音が確認された。季節変化については,「カエデの葉擦れ音(落

葉樹)」「観光客の音(冬少なく,夏多い)」「石焼き芋の音」,「落葉樹であるカエデの葉擦れ音」

などの季節特有の音が確認された。

2.4 器械的記録の結果(図3~9)

7調査地点の LAeq値を眺めると,季節変動は少ないが,場所ごとの類似性がみられる。特

にレベル差の違いが激しい。「八幡堀前」は自然環境豊かな場所で 50dB 程度の音環境である

一方,「白雲館前」は三叉路で交通量が多く,70dB程度となっている。

どの地点に関しても,5dB前後の数値差があり季節による数値の変化は少ない。例外的に,

「八幡池田郵便局」と「酒遊館」では,2月と7月の数値差が,両方とも 12dB程度であった。

3度の調査でレベル差が少なかった地点は,「八幡堀」と「近江八幡駅前」「白雲館前」である。

「八番堀」は騒音レベルが低く静かである一方,「近江八幡駅前」「白雲館前」は,60dB以上の

値が確認された。

全体的な特徴としては,場所ごとに一定の値が現れることである。この要因には「特定場所

における道路の交通量」と「空間構成」があるものと推測される。

2.5 SD 法の結果(図3~9)

正のイメージ,つまり良い印象があるのは「ヴォーリズ記念館前」と「八幡堀前」の2カ所

であった。負のイメージ,つまり悪い印象があるのは「近江八幡駅前」と「白雲館前」の2カ

所であった。

これらの場所に共通している特徴は,交通音が多く自然音が少ないこと,そして,LAeq値

も季節を通して高いことである。同時に,そうした場所では交通音やメディア音が常時存在し,

両者の音は特徴的音種にも挙げられていた。

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サウンドスケープからサウンドスケープ・デザインへ――近江八幡で行われた芸術祭典の音活動報告――-240-

J R

JR近江八幡駅近江八幡駅

概略地図

定点調査地:近江八幡駅前  近江八幡の新市街地内から唯一選出した場所である。調査地点はJR東海道本線の近江八幡駅の北側。

車のターミナルという機能が主で、人通りも多い。周辺にはホテルや大規模スーパーなどが立ち並んでいる。

生活音:28(56%)

自然音:0(0%)

交通音:13(26%)

機械音:1(2%)

サイン音:6(12%)

メディア音:2(4%)

音種合計:50

騒々 しい

人工的な

不快な

緑が乏しい

汚い

小さい

単調な

ものたりない

よそよそしい

平凡な

派手な

新しい

どこにでもある

ごみごみした

かさついた

せまくるしい

静かな

自然的な

快い

緑豊かな

美しい

大きい

変化に富んだ

迫力のある

親しみやすい

個性的な

地味な

古くからある

近江八幡らしい

すっきりした

うるおった

のびのびした

2月 6月 7月

60.1dB63.7dB 63.9dB

40

50

60

70

80

7月 6月 2月

N

等価騒音レベルの季節変遷

等価騒音レベル

SD法グラフ

音種円グラフ

現況写真(2004年6月撮影)

JR近江八幡駅

図3 近江八幡駅前の調査結果

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京都精華大学紀要 第三十二号 -241-

定点調査地:かわらミュージアム前(八幡堀前)  八幡堀が視覚的に見える。車が通行可能な道路はなく、歩行者専用の石畳の道がある。堀を巡る観光船の乗り場も近くに

ある。堀に沿って柳やカエデといった樹木が多数植えられ、葉擦れ音が発生する。

概略地図

50.2dB

46.1dB 44.9dB

40

50

60

70

80

7月 6月 2月

生活音:18(51.4%)

自然音:12(34.3%)

交通音:4(11.4%)

機械音:0(0%)

サイン音:0(0%)

メディア音:1(3.9%)

音種合計:35

騒々 しい

人工的な

不快な

緑が乏しい

汚い

小さい

単調な

ものたりない

よそよそしい

平凡な

派手な

新しい

どこにでもある

ごみごみした

かさついた

せまくるしい

静かな

自然的な

快い

緑豊かな

美しい

大きい

変化に富んだ

迫力のある

親しみやすい

個性的な

地味な

古くからある

近江八幡らしい

すっきりした

うるおった

のびのびした

2月 6月 7月

N

等価騒音レベルの季節変遷

等価騒音レベル

SD法グラフ

音種円グラフ

現況写真(2004年6月撮影)

ヴォーリス記念館

かわらミュージアム

近江八幡市立資料館

八幡池田郵便局

八幡堀 酒遊館 白雲館

新町通

新町通

永原町通

永原町通

ヴォーリズ記念館

かわらミュージアム

近江八幡市立資料館

八幡池田郵便局

八幡堀 酒遊館 白雲館

新町通

永原町通

図4 かわらミュージアム(八幡堀前)の調査結果

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サウンドスケープからサウンドスケープ・デザインへ――近江八幡で行われた芸術祭典の音活動報告――-242-

定点調査地:白雲館前  白雲館はヴォーリズ設計の建物であり、現在は観光案内所として利用されている。道路をはさんで、観光名所である日牟礼

八幡宮がある。観光客の行き来が絶えない。また、車の行き来も非常に多い。

概略地図

ヴォーリス記念館記念館

かわらミュージアム

近江八幡市立資料館近江八幡市立資料館

八幡池八幡池田郵便郵便局

八幡堀八幡堀 酒遊館酒遊館 白雲館雲館

66.1dB68.8dB

66.1dB

40

50

60

70

80

7月 6月 2月

生活音:19(45.2%)

自然音:7(16.7%)

交通音:14(33.3%)

機械音:1(2.4%)

サイン音:1(2.4%)

メディア音:0(0%)

音種合計:42

騒々 しい

人工的な

不快な

緑が乏しい

汚い

小さい

単調な

ものたりない

よそよそしい

平凡な

派手な

新しい

どこにでもある

ごみごみした

かさついた

せまくるしい

静かな

自然的な

快い

緑豊かな

美しい

大きい

変化に富んだ

迫力のある

親しみやすい

個性的な

地味な

古くからある

近江八幡らしい

すっきりした

うるおった

のびのびした

2月 6月 7月

N

等価騒音レベルの季節変遷

等価騒音レベル

SD法グラフ

音種円グラフ

新町通

新町通

永原町通

永原町通

現況写真(2004年6月撮影)

ヴォーリズ記念館

かわらミュージアム

近江八幡市立資料館

八幡池田郵便局

八幡堀 酒遊館 白雲館

新町通

永原町通

図5 白雲館前の調査結果

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京都精華大学紀要 第三十二号 -243-

定点調査地:酒遊館前  酒遊館は、個人の所有する建物で、喫茶店と多目的に利用されるホールからなり、旧市街地の新名所といった趣である。

観光客や地元住民も数多く集まる。前面道路は広く、車の行き来が非常に多い場所である。

概略地図

ヴォーリス記念館記念館

かわらミュージアム

近江八幡市立資料館近江八幡市立資料館

八幡池八幡池田郵便郵便局

八幡堀八幡堀 酒遊館酒遊館 白雲館雲館

55.0dB

67.9dB

60.8dB

40

50

60

70

80

7月 6月 2月

生活音:13(34.2%)

自然音:8(21.1%)

交通音:9(23.7%)

機械音:7(18.4%)

サイン音:1(2.6%)

メディア音:0(0%)

音種合計:38

騒々 しい

人工的な

不快な

緑が乏しい

汚い

小さい

単調な

ものたりない

よそよそしい

平凡な

派手な

新しい

どこにでもある

ごみごみした

かさついた

せまくるしい

静かな

自然的な

快い

緑豊かな

美しい

大きい

変化に富んだ

迫力のある

親しみやすい

個性的な

地味な

古くからある

近江八幡らしい

すっきりした

うるおった

のびのびした

2月 6月 7月

N

等価騒音レベルの季節変遷

等価騒音レベル

SD法グラフ

音種円グラフ

新町通

新町通

永原町通

永原町通

現況写真(2004年6月撮影)

ヴォーリズ記念館

かわらミュージアム

近江八幡市立資料館

八幡池田郵便局

八幡堀 酒遊館 白雲館

新町通

永原町通

図6 酒遊館前の調査結果

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サウンドスケープからサウンドスケープ・デザインへ――近江八幡で行われた芸術祭典の音活動報告――-244-

定点調査地:資料館前  近江八幡市立資料館は、町の歴史や資料を展示している。バス停が近いこともあり、旧市街地の観光地として多くの

観光客が訪れる場所である。道幅が広く、車の往来が多い。

概略地図

ヴォーリス記念館記念館

かわらミュージアム

近江八幡市立資料館近江八幡市立資料館

八幡池八幡池田郵便郵便局

八幡堀八幡堀 酒遊館酒遊館 白雲館雲館

生活音:25(47.2%)

自然音:6(11.3%)

交通音:14(26.4%)

機械音:1(1.9%)

サイン音:4(7.5)

メディア音:3(5.7%)

音種合計:53

騒々 しい

人工的な

不快な

緑が乏しい

汚い

小さい

単調な

ものたりない

よそよそしい

平凡な

派手な

新しい

どこにでもある

ごみごみした

かさついた

せまくるしい

静かな

自然的な

快い

緑豊かな

美しい

大きい

変化に富んだ

迫力のある

親しみやすい

個性的な

地味な

古くからある

近江八幡らしい

すっきりした

うるおった

のびのびした

2月 6月 7月

53.8dB

60.2dB58.1dB

40

50

60

70

80

7月 6月 2月

N

等価騒音レベルの季節変遷

等価騒音レベル

SD法グラフ

音種円グラフ

新町通

新町通

永原町通

永原町通

ヴォーリズ記念館

かわらミュージアム

近江八幡市立資料館

八幡池田郵便局

八幡堀 酒遊館 白雲館

新町通

永原町通

現況写真(2004年6月撮影)

図7 資料館前の調査結果

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京都精華大学紀要 第三十二号 -245-

定点調査地:八幡池田郵便局前  八幡郵便局は商店街の中にある。この商店街は、空いている数も店も少なく、人の行き来もまばらで、活気がないという

印象を受ける。計3回の調査のうち、6・7月の2回の音調査では、商店街内でBGMを鳴らしていた。

概略地図

ヴォーリス記念館記念館

かわらミュージアム

近江八幡市立資料館近江八幡市立資料館

八幡池八幡池田郵便郵便局

八幡堀八幡堀 酒遊館酒遊館 白雲館雲館

65.1dB61.7dB

53.6dB

40

50

60

70

80

7月 6月 2月

生活音:27(51.9%)

自然音:7(13.5%)

交通音:10(19.2%)

機械音:5(9.6%)

サイン音:1(2%)

メディア音:2(3.8%)

音種合計:52

騒々 しい

人工的な

不快な

緑が乏しい

汚い

小さい

単調な

ものたりない

よそよそしい

平凡な

派手な

新しい

どこにでもある

ごみごみした

かさついた

せまくるしい

静かな

自然的な

快い

緑豊かな

美しい

大きい

変化に富んだ

迫力のある

親しみやすい

個性的な

地味な

古くからある

近江八幡らしい

すっきりした

うるおった

のびのびした

2月 6月 7月

N

等価騒音レベルの季節変遷

等価騒音レベル

SD法グラフ

音種円グラフ

新町通

新町通

永原町通

永原町通

現況写真(2004年6月撮影)

ヴォーリズ記念館

かわらミュージアム

近江八幡市立資料館

八幡池田郵便局

八幡堀 酒遊館 白雲館

新町通

永原町通

図8 八幡池田郵便局前の調査結果

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サウンドスケープからサウンドスケープ・デザインへ――近江八幡で行われた芸術祭典の音活動報告――-246-

定点調査地:ヴォーリズ記念館前  ヴォーリズ記念館は建築家ヴォーリズの旧自邸であり、現在は記念館として、観光地の一つとなっている。

旧市街地の中心(白雲館周辺)から離れているせいか、交通量が少なく、静かな印象を受ける。

概略地図

生活音:23(44.2%)

自然音:11(22.2%)

交通音:9(17.3%)

機械音:0(0%)

サイン音:5(9.6%)

メディア音:4(7.7%)

音種合計:52

騒々 しい

人工的な

不快な

緑が乏しい

汚い

小さい

単調な

ものたりない

よそよそしい

平凡な

派手な

新しい

どこにでもある

ごみごみした

かさついた

せまくるしい

静かな

自然的な

快い

緑豊かな

美しい

大きい

変化に富んだ

迫力のある

親しみやすい

個性的な

地味な

古くからある

近江八幡らしい

すっきりした

うるおった

のびのびした

2月 6月 7月

53.1dB50.1dB

47.1dB

40

50

60

70

80

7月 6月 2月

ヴォーリス記念館記念館

かわらミュージアム

近江八幡市立資料館近江八幡市立資料館

八幡池八幡池田郵便郵便局

八幡堀八幡堀 酒遊館酒遊館 白雲館雲館

N

等価騒音レベルの季節変遷

等価騒音レベル

SD法グラフ

音種円グラフ

新町通

新町通

永原町通

永原町通

現況写真(2004年6月撮影)

ヴォーリズ記念館

かわらミュージアム

近江八幡市立資料館

八幡池田郵便局

八幡堀 酒遊館 白雲館

新町通

永原町通

図9 ヴォーリズ記念館前の調査結果

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京都精華大学紀要 第三十二号 -247-

2.6 意識調査の概要と結果

質問票は,2004年7~8月に配布と回収を行った。旧市街地居住者に加え,近隣の中学校・

高等学校の生徒を含め,計50部を回収した。内訳は,旧市街地在住者24名(地域内居住者:内

部者)と,新市街地・その他の地域在住者(地域外居住者:外部者)26名であった。代表的な

設問回答結果を,以下に示す(表1)。

今回の意識調査においては,内部者と外部者で,音環境の意識が大きく違うことがわかった。

外部者は,琵琶湖の水郷関連音(水・櫓・舟等)や「左義長祭の音」,さらに,昔の商店街の

(こんにゃく屋をはじめとした)製品製造音を,音の記憶として強い印象をもっていることが

うかがえた。一つの音の記述であっても,抽象的で具体的な記述がみられない。旧市街地区に

長年在住する人びとにとって,地域特有の音は,特別の意識をもって捉えていることが,強く

表れる結果となった。

以上の近江八幡旧市街地区のサウンドスケープ調査から,大きく二つの軸がかいまみられ

た。

一つは,定点観察地点である7カ所は,互いの類似性がほとんどなく,それぞれの場所の音

環境に明確な個性があることである。個性を形成している要因は,季節・時間・空間の違いで

地域外居住者(外部者)地域内居住者(内部者)

近 江 八 幡 ら し い 音

旧市街地の好きな音

旧市街地の嫌いな音

無 く し て ほ し い 音

残 し て ほ し い 音

季 節 を 知 る 音

時 間 を 知 る 音

遠くからきこえる音

近くからきこえる音

最も心に残っている音

琵琶湖の水郷関連音(水・櫓・舟等)・左義長祭の音・寺や教会の鐘・自然音(鳥・葦・蝉など)

鳥・虫・左義長祭(山車・太鼓・笛・囃子)・花火

JRの通過音・寺の鐘・教会の鐘・救急車・サイレン・バイク・篠田の花火

八幡堀の葉・虫

新幹線・木魚・金属音や工事音

工事音・バイク

寺の鐘・左義長祭・葉擦れ・波・蝉

八幡教会の鐘・学校のチャイム・工場のアナウンス

風鈴・人の声・サッカーボールを蹴る音

教会や寺の鐘・左義長祭

暴走族のバイク・車

暴走族のバイク・家を壊すブルドーザーの音・車

寺の鐘・左義長祭・町で昔から引き継がれてきた音(古道具屋さんの修理するトントンという音,こんにゃく屋の混ぜている音や蒸している音)

寺の鐘

こんにゃく屋の機械の音・虫

昔の靴の手作りのトンカチの音・ブリキ屋の金属音

表1 近江八幡音環境・代表的な設問回答結果

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サウンドスケープからサウンドスケープ・デザインへ――近江八幡で行われた芸術祭典の音活動報告――-248-

あり,条件が微妙に変わるだけで,音の生成が多種多様に織りなされている。

二つは,近江八幡市旧市街地区の内部者は,音に対して敏感な意識をもっていることである。

一つの音から詳細な意味づけを行い,様々な情報を引き出し,生活のための指標にしている。

音の存在は自身の価値観に深く浸透しており,車やバイクなど騒音の増加は,生活をおびやか

す要素として,内部者は辛辣に捉えている。現在の旧市街地内の町づくりでは「伝統的建築物

保存」をはじめとした,視覚重視の景観資源に配慮したまちづくりが行われているが,音の側

面にも積極的に言及する必要性が確かめられた。

3 BIWAKOビエンナーレ活動の概要

外部者によるサウンドスケープ調査(定点観察・意識調査・ヒアリング調査)が終わると,

調査の結果を活かした実践活動に進む。「BIWAKOビエンナーレ2004」は,そうした現場であ

る。人とまちをつなげるこの芸術祭典は,たんなるハコ型作品展示でなく,作家たちが現地に

長期滞在し,地域固有の環境を生かした制作展示を目指している。地域住民との交流活動も積

極的に行い,ワークショップや意見交流会も数多く実施された。有志・ボランティアの協力が

数多くあり,一ヶ月間のビエンナーレは滞りなく終了した。

筆者の設定した活動内容は,「聴覚からのまちづくり」である。その背景にはサウンドス

ケープ概念(思想・調査・実践)がひそんでいるのだが,そうした専門用語を現場でひけらか

せることは,逆効果である。できるだけ,身近な環境につなげながら,音の関心を高めていか

なければならない。

会期を通し,筆者は,一時的な活動であるイベント形式を取って,住民に近づこうと試みた。

その手法は,「音のワークショップ」「サウンド・インスタレーション」「ピアノ・ライブ(紹

介は省略)」「意見交流会」である。

3.1 音のワークショップ

地域外者(ソト者)と地域内者(ウチ者)のそれぞれが,音の存在に目を向けるために,

「サウンド・マップ(音地図)」ワークショップを会期中に5回行った。ワークショップの最終

日には,外部者と内部者が成果を発表し,交流会を実施した。

毎回のワークショップは,町家の会場に参加者が集い,自己紹介からはじまる。会場から約

百メートル離れた八幡堀に場所を移すと,各自が思い思いに座り一人たたずむ。約5分間,環

境音をききながら音地図を描く。筆記具は,琵琶湖特産のヨシ紙とヨシでできた墨筆である。

その後,町家に戻り,音地図をもとに意見交流を行う。そのとき大切なのは,全員でワーク

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京都精華大学紀要 第三十二号 -249-

ショップを通して感じたことや思ったことを,包み隠さず伝え合うことである。

描かれた数々の作品の中には,音源を表現した絵や,音の波形をあしらった図などがあった

(図10)。作品を見ながら参加者の感性の違いを確かめあう。地域外者にとって未知なまちの音

があれば,住民が自発的に説明する。「ウチ者」が考えもつかなかった音の印象を,「ソト者」

が伝える場面もあった。音をきっかけに,参加者がまちのことを自発的に語り出す場面にも遭

遇した。両者が音の印象を伝えあい共振する行為は,感性を蘇生させる共同作業であった。

3.2 サウンド・インスタレーション

会場となったのは,ヴォーリズ建築で有名な近江兄弟社学園の旧付属幼稚園ハイド館2階の

主要空間4カ所である。空間演出家・写真家・筆者(サウンドスケープ・アーティスト)の3

作家のコラボレーションである。この建物は2003年まで幼稚園として使用された。時空を超え

た場がもつ空気感の痕跡を伝えるために,新校舎で収録した園児の声を編集し,外部スピーカ

で再生した。横の部屋では,琵琶湖畔に自生するヨシを素材に構成された立体作品に,ヨシの

葉擦れを外部スピーカで再生した。展示空間では住民の語りを約3分間に編集した作品を設置

した。空間全体に音を流さなかったのは,聴取行為が個人的な意識の営みであるからで,ヘッ

ドフォンによって選択的に音をきけるようにした(図11)。

図10 ヨシ紙上にヨシ筆で描かれた音地図

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サウンドスケープからサウンドスケープ・デザインへ――近江八幡で行われた芸術祭典の音活動報告――-250-

図11 ハイド館内のインスタレーション空間 図12 意見交流会

3.3 地元住民との意見交流会

ワークショップ活動の最終日,作成された音地図や音の調査結果について,地域外者と地域

内者が意見交流する会を開催した。参加者全員で近江八幡の音風景作品をきき,音環境の現状

を体感する。作品に登場した語り部も参加した。地元産業や商店の具体的活用方法など,まち

づくりのこれからについて激論が交わされ,まちの将来や生活環境のことをダイレクトに共有

しあえる時間となった(図12)。話が話を呼び,予定時間を大きく超え,会は終了した。音と

いう生々しいメディアは,日常空間から身を引いた旅人のようなまなざしで,地元の姿を見つ

め直すきっかけになる。音から生まれたディスカッションの論点が現場の具体的事物に連鎖し

たことが,会で得られた成果であった。

このような音活動によって,地域外者と地域内者が「音環境」を共有し,その重要性に気が

つくということが確かめられた。そのことが,BIWAKOビエンナーレ2004での最大の成果と考

えている。

4 近江八幡サウンドスケープ・デザイン

これまでシェーファーによって提唱されてきた「サウンドスケープ・デザイン」は,最良の

音世界を追求するあまり,抽象性が高すぎたのではないかと,私は懸念する。むろんデザイン

活動は,何かを企画し設計することではあるものの,従来のサウンドスケープ・デザインの意

味は,あまりにも観念的に走りすぎる印象がある。今のところ,サウンドスケープ・デザイン

の範囲は多岐に渡っている。サウンド・アーティストたちが行う「サウンド・アート」にして

も,建築家などが手がける「空間デザイン(の音領域の設計)」であっても,サウンドスケー

プ・デザイン活動として,認識されている。

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なにがしかの作品を制作するという意味では,「サウンド・アート」と「空間デザイン」は

類似している。だが,両者の間で決定的に異なる点は「時間性」である。サウンド・アートは

音楽演奏にも似ており,特定の場所と空間で,一過性(短期)での非日常的なイベントとして

計画される。そして,音に対する疑問や突発的な発想を観客に投げかけ,受け手の認識の再生

を促す。その一方で,空間デザインは,日常的で持続的に存在し,具体的で役に立つ機能を利

用者に提供する。

今回の近江八幡サウンドスケープ・デザインでは,実現されるべき具体物を,時間の継続性

を考慮しながら,構想・企画・計画した。近江八幡市で行ってきたサウンドスケープ調査とビ

エンナーレ活動の経験を鑑みながら,サウンドスケープ・デザインの具体的提示をしてみた

い。

4.1 新しいデザイン過程の構想

サウンドスケープ・デザインに具体的事物を設計するノウハウが希薄だとすれば,これに近

似した分野を探し,その要素をうまく取り入れる作業が必要である。そこで,類似分野である

「建築環境デザイン」の方法論を参照した。両者は二つの点が類似している。一つは,「空間」

を軸にして「具体性のある環境」を捉える点である。もう一つは「デザイン過程」である。

建築デザインとは,「単位空間」を起点にして,その組み合わせによるプログラムを作成す

ることを通して,人間が活動するための器をつくりあげる行為を指している。サウンドスケー

プ・デザインと共通する点は,気候・風土・歴史・文化などの「人間を取りまく環境的要素」

を取り入れていることである。

両者のデザイン過程を眺めると,三つの段階が存在する(図13)。第1段階は,土地(環境)

の現状を把握し調査を行う。土地固有に存在する要素を細かに読み取り,さまざまな基礎デー

タを集積させる作業である。第2段階は,調査などで得られた結果やコードをもとにして,そ

サウンドスケープ・デザイン

両者の共通項目

建築環境デザイン

第 1段階

音環境の現状把握

土地コードの解読

土地の現状把握

第 2段階

音環境の機能決定

場の機能決定

建物の機能決定

第 3段階

住民との音活動実践

活動の現実化

具体デザインを住民に公表

図13 建築環境デザインとサウンドスケープ・デザインの過程

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の場に相応しい音環境や建物の機能を決定する作業である。第3段階は,具体的な実践活動を

行う場面である。音活動であれば,住民とワークショップなどの共同作業をとおして,音につ

いての認識を深める段階である。環境建築デザインであれば,図面や模型などを作成して,具

体的デザインを他者に公表し,決定されたコンセプトを現実化する段階である。

両者ともに共通している点は,不定型な「環境」をデザインの対象としており,具体的な

「空間」にはたらきかけていることである。サウンドスケープ・デザインの弱点は,不定型な

対象を,具体的なカタチやモノへと置き換えることだが,それを補う力が,環境建築デザイン

にはある。

これまで述べてきたように,音環境は時々刻々変化する。場所が違えば,音は変化し,足を

踏み入れた人間は,異なった印象で音環境を経験する。そうした「環境を認識する機能性」は,

建築分野と,非常に類似している。

建築分野で空間を捉える基礎的な考え方は,特定の空間を一つの「単位空間」として,ある

いは,まとまりのある「ゾーニング」として対象化させることである。単位空間によって構成

された建築は,空間内で発生する音はもちろん,周辺環境の音を取り込み,その場所にいる人

間に,その空間内での音の経験を可能にさせる。そうした両者の類似点と相違点に配慮しなが

ら,新しいデザイン過程を構想した(図14)。

第1段階は,土地の環境を認識し,調査を行うことである。音環境はもちろんのこと,地域

の気候・風土・文化を加味し,地域独自のデザイン・コードを発見する段階である。第2段階

は,単位音空間のプログラムを作成することである。具体的には,サウンドスケープ・ワーク

ショップの技法を用いて,環境教育的な気づきを地域住民と共有することである。第3段階は,

具体的デザインの実践である。地域に存在する様々な制約や条件に対峙しつつ,現実的なカタ

第1段階

第 2段階

第 3段階

第 4段階

(デザイン対象)

音環境の認識・調査

単位音空間のプログラム作成

具体的デザインの実践

環境要素のスムージング化

(デザイン・プロセス)

地域のデザインコードの解読

ワークショップ等による、住民とのかかわり

現実的なカタチやモノへの変換

土地固有要素を新環境に組み込むことの模索

図14 サウンドスケープ・デザインの新過程

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チやモノへ置き換える過程である。そのさい,ハード的側面と,ソフト的側面の双方に配慮す

ることが重要である。第4段階は,環境要素のスムージング化である。新たな建物を建築する

場合は,音をはじめとした土地の既存要素をどのように新環境に組み込むかの模索が必要であ

る。そのとき,建築寄りのハード的な活動だけでは限界がみられるので,地域住民が共有する

想いを取り入れながら,土地固有の音環境(あるいは具体物)をともに手入れする社会活動が

求められる。音をになうすべての人間が,現実の環境に「折り合い」をつける行為である。最

も難しく,かつ最も充実感を得られる段階である。

こうした概念をもとに,近江八幡市旧市街に構想したサウンドスケープ・デザインを紹介し

たい。

4.2 サウンドスケープ・デザインの実際

サウンドスケープ・デザインに取りかかるときの最初の手だては,マクロ・メソ・ミクロの

3空間スケールを意識して,対象地域の具体案を模索することである。対象の範囲を,マクロ

からミクロに絞り込む方向が,最も明快である。

4.2.1 土地選定・音環境調査・問題提起(マクロ・スケール)

はじめに,地域を面的・広域的に捉えてみる。まず,デザインを施す場所の範囲を決定する。

そのためには,調査結果のマイナス・イメージをもとにして,対象地区に切り込んでみる。住

民(特に近江八幡市旧市街地区)は,「音環境の活気のなさ」「産業音の衰退」「コミュニティ

の衰退」という現状を,音から感じているので,そうした印象を改善(解決)する策を考えた

(図15)。

そこで,「活気ある音環境の形成」を実現させる方向を構想した。「産業音(こんにゃく工場)」

と「左義長祭」の活動を保全・強化することが一点。地域外者である「観光客」が,地域にか

かわる仕掛をつくることが,もう一点である

4.2.2 音空間計画(メソ・スケール)

建物および(庭園などの)建物まわりをメソ・スケールの対象として捉える段階である。調

査で得られた問題提起をもとに,建物の機能や役割を設定し,現実の空間に落とし込んでみる。

そのために,三つの音区画に分割してみた。

【こんにゃく工場の音設計】

「音環境の活気のなさ」や「産業音の衰退」の解決に向け,「産業の活気」を形成・強化する

ために,『こんにゃく工場の設計』を試みた。近年,産業音がきこえなくなってきているが,

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S E A O F S O U N D _ C o n c e p t  

音環境調査の結果、「音に活気がない」ということが問題点として挙げられた。その解決のために、

音を起点とした建築計画をたてた。地域に音を開くためのプログラムである。

ヒューマンスケールな音が飛び交う活気ある音環境の形成へ

3. コミュニティー音響の形成

・左義長祭の伝統の希薄化

・公共空間の不足

・地味で印象値が薄い音環境

→宿泊施設の設計

2. 既存音響と観光客のにぎわい

・観光客の声が地域の活気を形成

・旧市街地に宿泊施設がない

・最も旧市街地らしい音環境

→地域の公共施設の設計

1. 地元産業音の再活性化

・産業音が聞こえなくなってきている

・現在でもこんにゃく産業は健在

・音環境が賑やかな印象値

→こんにゃく工場の設計

図15

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現在でもこんにゃく産業は顕在しており,住民は,こんにゃくの製造音に対し,にぎやかでプ

ラスの印象をもっている。そうした観点から,白雲館の裏手に位置する仲屋町元地域の空き地

に,産業音のにぎわいを発生させる『こんにゃく工場』の設計を試みた(図16)。

【地域の公共施設の設計】

「コミュニティの衰退」の解決に向け,「コミュニティの復興」を形成・強化するために,

『地域の公共施設の設計』を試みた。近年,左義長祭の伝統が希薄化し,公共空間も不足して

いる。そこで,地域の中でも地味で静的な印象のあるヴォーリズ記念館前の空き地(児童公園

前)に,『地域の公共施設』の設計を試みた。地域の伝統行事である左義長祭の準備場所が不

足しており,その解決が,公共施設設計のもう一つの理由である(図17)。

【宿泊施設の設計】

「音環境の活気のなさ」の解決に向け,「観光客の活気」を形成・強化するために,『宿泊施

設の設計』を試みた。近年,まちのにぎわいが減少する印象を,住民たちはもっている。そこ

で,活気をとどまらせるため,伝統建築物保存地区に指定されている八幡堀沿に,地域の活気

を形成する観光客の声や雰囲気を生かすような,『宿泊施設の設計』が重要である(図18)。

4.2.3 音空間計画(ミクロ・スケール)

人の接する機会がもっとも多い建物空間での,具体的な音空間計画に進める。そのねらいは,

具体的な図面の作成や,適切な建築材料の選定である。三つの音区画にわけて,整理してみ

る。

【こんにゃく工場の音設計】

まちの活気を印象づける作業音発生の場である,こんにゃく工場。こんにゃくの生産プロセ

スに合わせ,建物を「商店空間」「機械作業空間」「手作業空間」の三つに分けた。「商店空間」

は静かなイメージを形成するために,生産空間と分離した。「機械作業空間」は作業音を遮り

作業風景は見られるように,格子や木を用いた。「手作業空間」は職人による作業音が外部に

伝わるように,通りのファサードと面して配置した。工場を訪れる人が,生産順序に沿って商

店にたどり着くような動線を想定した。

【地域の公共施設の設計】

地域コミュニティ音を活性させる機能をもつ,公共施設。大空間と小空間が一つの建築に組

み込まれるような配置を試みた。大空間は,住民が左義長祭をはじめとした地域の祭祀儀礼の

作業空間で,山だ

車し

づくりに用いることを想定した。小空間は,住民同士のかかわりを深めるた

めの,気軽に利用できる「集い空間」としての機能を果たす。建物内部で音響的な活気があふ

れると,活動音は近隣公園に拡散し,住民の居住場所に間接的に届いていく。

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S E A O F S O U N D _ L O O P (こんにゃく工場) 

白雲館の裏手の地域にこんにゃく工場を計画した。空間はこんにゃくの生産過程の際に発する音の種類で分節し、

「手作業空間」「機械作業空間」「倉庫・商店」の3つに分け、「手作業空間」をファサードに開き、「機械作業空間」

は格子と常緑樹によってマスキングを試みた。ここに訪れる人はこんにゃくの生産順序に沿って歩いていく。この音空間では

「地元産業音」を直に感じることができる。

図16

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S E A O F S O U N D _ S O O N (宿泊施設) 

旧市街地には音環境に活気を与える観光客がとどまるための施設が少ないので、八幡堀に宿泊施設を計画した。

伝統建築物保存区域内での計画なので、伝統的なファサードを採用した。音環境としては「近江八幡らしい」音環境とし

て感じられる地域なので、植栽は柳を植え、周辺環境との調和を目指した。建築は宿泊施設とカフェで構成されており、宿

泊客以外の人も建物に気軽に入れるようにした。

図17

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S E A O F S O U N D _ T R E M O L O (公共施設)

ヴォーリズ記念館前の空き地に、地元住民のための公共施設を計画した。この地域には、誰もが気軽に利用できる公共

施設が少なく静かで、地味な音環境である理由から、まちのにぎわいを演出させる音の計画を試みた。

左義長祭の準備をするための大空間や、会議等を行うための小空間を設定した。また、南側の公園の音を入りやすくす

るために、南面ファサードに格子を用いた。地元住民が起点となって音の活気を生み出す建築である。

図18

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【宿泊施設の設計】

観光客をはじめとした地域外者が八幡堀の(音)環境を味わい,宿泊する施設である。八幡

堀界隈は,最もよい印象が得られる場所であることが得られたので,音を加えることはせずに,

周辺の音環境を積極的に聴取できることを目標にした。しかも,伝統建築物保存地区にも指定

されているので,柳などを植樹して,宿泊施設と周辺環境を調和させた。「宿泊空間」「設備・

ホール空間」「カフェ空間」に分け,それぞれを少し離して配置した。建物全体にまとまりを

もたせるために,中庭・格子・うだつなどの伝統建築要素を当てはめた。そして,カフェ空間

には蔵を,宿泊空間には旧市街地の伝統的なデザインを施した。

5 おわりに

サウンドスケープ・デザインにとって最も大切なことは,そこに住まう人が,ほんとうにそ

のデザインを必要としているかどうかだ。このようなデザイン活動は,ともすれば地域外者の

想いや表現欲がつよい傾向にある。今回の近江八幡での活動も,地域外者と地域内者との意識

の温度差が,きわめて高い印象を受けた。デリケートな問題がはらんでいる地域内に入り込む

地域外者は,サウンドスケープ・デザインのエッセンスを地域内者に伝え,行動を支え,見守

るという立場を忘れてはならない。

近江八幡での活動を終えてつよく感じたことは,日常生活の中で新たな世界を見いだすむず

かしさだ。けれども,そんな常識の扉をうがつきっかけが,地域外者がもつ「ソトの眼」や

「サウンドスケープ」にはある。部外者が地域にコミットすることで住民の意識が変わり,習

慣や行動が飛躍的に変化する徴しるし

が芽生える。そうしたサウンドスケープ活動が,各地のまち

づくりに必要な切り口ではないか。

人やまちの精神をつなげる音活動の手応えをほかの地域でもひろめたい。

参考文献

1) R.マリー・シェーファー(鳥越けい子ほか訳)『世界の調律―サウンドスケープとはなにか』平凡

社,1986。

2) 小松正史『サウンドスケープの技法 ―日本の調律―』昭和堂,2007(印刷中)。

3) 内井昭蔵『健康な建築―イマジネイティブな生活空間を求めて―』彰国社,1985。

謝辞

筆者の近江八幡での芸術祭典活動の中で,サウンドスケープ調査やサウンドスケープ・デザインの提案,

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本論考の作図を行うにあたり,多大な協力を戴いた,滋賀県立大学生(当時)・東尚史氏に,感謝します。

また,BIWAKOビエンナーレに参加するご縁を戴いた NPO法人エナジーフィールド代表・中田洋子氏

に,感謝します。