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中学校社会科のしおり 2017 ③ ほりさげ解説 次期学習指導要領へのかけはし 地理の楽しさを引き出す見方・考え方 世界や日本の各地を旅行したり,自然災害や 社会問題の原因と影響を考えたりする際に,私 たちはさまざまな視点で各自なりの思考や判断, そして表現を日々,何らかの形で行っている。 例えば,写真1写真2を見て,どこに着目 するかは見る者によってさまざまである。写真 が砂漠の中の一コマであることは多くの生徒 が気づいてくれることを期待はしたいが,なか なか考えが及ばない生徒もいるかもしれない。 写真2を含めてさらに気づくことや疑問に思う ことを生徒に問いかけると,どのような発言が でてくるだろうか。 写真2から砂漠では馬車やらくだだけでなく, 普通の車でも走行できるのだろうか,なぜ砂漠 でテントを張ってまで商売をしているのか,半 袖の人や長袖の人とともに全身を覆う服を着た 人々などがいる等々,この写真からだけでもさ まざまな視点で考えることができる生徒もいる 一方,それがどうしたのか,という生徒も少な くはないようである。 写真1写真2はエジプトのカイロ市街地か ら車で一時間弱での移動が可能なギザのピラ ミッド近くのようすを撮影したものであるが, このような砂漠の一コマにも,地理の楽しさを 引き出して感じるための必要な視点がある。そ れこそが,いま改めて注目が集まっている「理的な見方・考え方」である。 正確には「社会的事象の地理的な見方・考え 」になるが,新学習指導要領の改訂のポイン トである「育成を目指す資質・能力の明確化 」と, 『主体的・対話的で深い学び』の実現に向けた 授業改善の推進 」にかかわって,この「見方・ 考え方」を,生徒が自在に働かせることができ るようにすることが今後は求められる。 中学校社会科地理的分野では,この「社会的 事象の地理的な見方・考え方」は, 「社会的事象 写真1 砂漠の遠景(筆者撮影) 写真2 砂漠の近景(筆者撮影) 「社会的事象の地理的な見方・考え方」を 自在に働かせる授業の在り方 -5つの視点を活用した地理的な探究- 広島大学大学院教育学研究科 准教授 永田忠道 地理 - 32 -

「社会的事象の地理的な見方・考え方」を 自在に働かせる授業の … · 理的な見方・考え方」である。 正確には「社会的事象の地理的な見方・考え

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Page 1: 「社会的事象の地理的な見方・考え方」を 自在に働かせる授業の … · 理的な見方・考え方」である。 正確には「社会的事象の地理的な見方・考え

中学校社会科のしおり 2017 ③

ほりさげ解説 次 期 学 習 指 導 要 領 へ の か け は し

1 地理の楽しさを引き出す見方・考え方

 世界や日本の各地を旅行したり,自然災害や

社会問題の原因と影響を考えたりする際に,私

たちはさまざまな視点で各自なりの思考や判断,

そして表現を日々,何らかの形で行っている。

 例えば,写真1と写真2を見て,どこに着目

するかは見る者によってさまざまである。写真

1が砂漠の中の一コマであることは多くの生徒

が気づいてくれることを期待はしたいが,なか

なか考えが及ばない生徒もいるかもしれない。

写真2を含めてさらに気づくことや疑問に思う

ことを生徒に問いかけると,どのような発言が

でてくるだろうか。

 写真2から砂漠では馬車やらくだだけでなく,

普通の車でも走行できるのだろうか,なぜ砂漠

でテントを張ってまで商売をしているのか,半

袖の人や長袖の人とともに全身を覆う服を着た

人々などがいる等々,この写真からだけでもさ

まざまな視点で考えることができる生徒もいる

一方,それがどうしたのか,という生徒も少な

くはないようである。

 写真1と写真2はエジプトのカイロ市街地か

ら車で一時間弱での移動が可能なギザのピラ

ミッド近くのようすを撮影したものであるが,

このような砂漠の一コマにも,地理の楽しさを

引き出して感じるための必要な視点がある。そ

れこそが,いま改めて注目が集まっている「地理的な見方・考え方」である。

 正確には「社会的事象の地理的な見方・考え方」になるが,新学習指導要領の改訂のポイン

トである「育成を目指す資質・能力の明確化」と,

「『主体的・対話的で深い学び』の実現に向けた授業改善の推進」にかかわって,この「見方・

考え方」を,生徒が自在に働かせることができ

るようにすることが今後は求められる。

 中学校社会科地理的分野では,この「社会的

事象の地理的な見方・考え方」は,「社会的事象

写真1 砂漠の遠景(筆者撮影) 写真2 砂漠の近景(筆者撮影)

「社会的事象の地理的な見方・考え方」を自在に働かせる授業の在り方

-5つの視点を活用した地理的な探究-広島大学大学院教育学研究科 准教授 永田忠道

地理

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中学校社会科のしおり 2017 ③

を位置や空間的な広がりに着目して捉え,地域

の環境条件や地域間の結び付きなどの地域とい

う枠組みの中で,人間の営みと関連付けて」働

かせる「視点や方法(考え方)」と示されている。

例えば,エジプトの砂漠での人々のようすを,

位置や空間的な広がりに着目してとらえるには,

地球儀や衛星画像,地図などでの把握が必要に

なる。そのうえで,地域の環境条件や地域間の

結びつきなどの地域という枠組みの中で,人間

の営みと関連づけるには,日本の自然環境や社

会環境とは異なる砂漠の国での人々の生活のあ

り方に思いをはせて,そのような地域の中での

生活と,他地域との結びつきとの関係性につい

て考察を進めていくための「視点や方法(考え

方)」が,「社会的事象の地理的な見方・考え方」

ということになる。

 すなわち,これまでにないまったく新しい「見

方・考え方」がもちこまれて,従前とは異なる

地理授業を展開することが求められているので

はなく,これまでの地理授業でも当たり前に大

事にされてきた「視点や方法(考え方)」を,

意識化しながらの実践が期待されている。それ

は言い換えると,地理の楽しさをさらに意識化

できるような地理授業へと導くために,「社会

的事象の地理的な見方・考え方」を生徒が自在

に働かせることができるような授業展開を図る

ことが求められていることにもなる。

2 地理学の5大テーマと地理教育国際憲章

 これまでの学習指導要領では,一般的には各

教科等で求められる知識を中心とした学習すべ

き内容が明示されてきた。このたびの新学習指

導要領では,新たに「育成を目指す資質・能力

の明確化」として,各教科等で「知識及び技能」,

「思考力,判断力,表現力等」,「学びに向かう力・人間性等」の三つの柱にもとづいた目標が明記

されている。

地理的分野の目標(1)では「知識及び技能」に関

わる形で,「社会的事象の地理的な見方・考え方」

が明記されたが,目標(2)では「思考力,判断力,

表現力等」に関連して,次の5つの視点が示さ

れている。

・位置や分布・場所・人間と自然環境との相互依存関係・空間的相互依存作用・地域� など

 これは,「社会的事象の地理的な見方・考え方」

の具体的な視点の例示にもなっている。例示さ

れた5つの視点は,社会的事象を「地理に関わ

る事象」としてとらえる際に,社会にみられる

課題を「地理的な課題」として考察するための

視点となる。この視点に着目することで,社会

的事象を「地理に関わる事象」として見いだし

たり,社会にみられる課題を「地理的な課題」

として考察したりすることを可能にするもので

ある,とされている。この5つの視点は,新た

な学習指導要領の解説でも示されているように,

国際地理学連合地理教育委員会により1992年に

制定された地理教育国際憲章で明示された「地

理学研究の中心的概念」に即したものである。

地理教育国際憲章の中では,地理学者はつねに

ある問いかけを発しており,その問いに対する

答えを求めるために,「地理学研究の中心的概

念」が位置づくとされている。この中での地理

学者の問いかけとは,次のように示されている。

①それは,どこにあるのか。②それは,どのような状態か。③それは,なぜそこにあるのか。④それは,どのように起こったのか。⑤それは,どのような影響をもっているのか。⑥それは,人間と自然環境の相互便益のために,� どのように対処されるべきか。

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中学校社会科のしおり 2017 ③

 この地理学者の問いかけに即して,例えば写

真3と写真4を見てみると,次のような探究が

想定される。

①それは,大きな川とその周辺である。②それは,大型船が航行する近くで人々が食事や遊覧を楽しんでいるようである。

③それは,産業を支える水運とともに人々の日常生活にとっても重要な役割をもった場所なのだろう。④それは,古い時計台や左側の建物のようすからも長い歴史を積み重ねながらつくられてきている風景なのだろう。

⑤それは,遠方の近代的なタワーやビルのようすから産業や生活を支える都市の役割と影響力をもった地域でもあるのだろう。

⑥それは,今後も大きな川を中心に人々が産業や生活を営み続けていくためには,どのような対処が必要かを考える必要がある。

 写真3と写真4はドイツのデュッセルドルフ

市内を流れるライン川沿いのようすを撮影した

ものである。もちろん,この写真を単なる風景

写真として楽しむことも大事なことではあるが,

地理学者の問いかけのような視点で見つめるこ

とを通して,地理的な探究が始まり,そして深

まっていくことになる。

 本稿p.33の地理学者の問い①と③は,地理教

育国際憲章そして新学習指導要領に例示された

視点の中では「位置や分布」にあたる。問い②

は「場所」(注1),問い④~⑥は「人間と自然環

境との相互依存関係」,「空間的相互依存作用」,

「地域」に関連する。写真3と写真4を単なる

風景写真として眺めるだけでなく,例えば,地

理教育国際憲章で明示された「地理学研究の中

心的概念」のもとになっている地理学者の問い

を「視点や方法(考え方)」として意識化して,

授業を展開する際の主発問や補助発問になり得

るものが,①~⑥のような探究のあり方になる。

 なお,1992年に制定された地理教育国際憲章

のもとになったのは,1984年にアメリカ合衆国

で発行された『初等および中等学校用地理教育

ガイドライン』に明示された「地理学の5大テー

マ」である(注2)。そして, 1984年からは30年以

上,1992年からも25年以上の歳月をへて,2016

年には国際地理学連合地理教育委員会より新た

な国際地理教育憲章が起草されたが(注3),「地

理学の5大テーマ」を基盤とした1992年の地理

教育国際憲章における「地理学研究の中心的概

念」としての「位置や分布,場所,人間と自然

環境との相互依存関係,空間的相互依存作用,

地域など」は,わが国の地理教育において今後

もますます授業展開の大きな道しるべにもなっ

ていきそうである。

3 地図や地図帳と見方・考え方

 いまも昔も,世界や日本各地を実際に訪れた

りそこで体験したりすることが,地理学習に

とっては最善の活動である。その次善策として

写真3 ライン川沿いのようす(筆者撮影) 写真4 ライン川を航行する大型船(筆者撮影)

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中学校社会科のしおり 2017 ③

の画像や映像とともに,

「社会的事象の地理的

な見方・考え方」を自在

に働かせるための重要

なツールになるものは,

やはり地図や地図帳で

ある。

 『社会科 中学生の地

理』(以下,教科書)には

写真1~写真4に類す

る世界や日本各地の写

真とともに,さまざま

な種類の地図が数多く

掲載されている。教科

書とともに,これまで

以上に地図帳を有効に活用する手だてとしても,

「社会的事象の地理的な見方・考え方」の具体

的な5つの視点が,その効果を発揮する。

 例えば,『中学校社会科地図』p.144にある地

形図(図1)とその地域の防災マップについて

も,先の地理学者の問いかけを活用すると,次

のような探究が可能になる。

①それは,三重県の尾鷲市である。②それは,入り込んだ形の湾では津波が発生したときに津波が高くなる。③それは,入り込んだ湾だからこそ,普段は漁港としても養殖場としても良い場所である。④それは,過去に何度も津波の被害を繰り返し受けている。⑤それは,津波への対策のために,浸水の予想や避難場所などを重ね合わせた防災マップが作成されるにいたっている。⑥それは,地形図と防災マップとの対応関係を把握することによって,今後津波が発生した際の手だてを考え続ける必要がある。

 以上のように,「地理学の5大テーマ」と「地

理学研究の中心的概念」をもとに例示された5

つの視点は,地理学習のさまざまな場面で効果

的に活用することができれば,地理の楽しさと

ともに,「社会的事象の地理的な見方・考え方」

を自在に働かせる有効性を感じることも可能と

なる。

 しかしながら,この5つの視点は今後の地理

的分野においては,あくまでも例示された中心

的な視点であり,中心的な視点の下位にもさら

にさまざまな視点や,複数の視点にまたがるよ

うな視点が考えられてくることにも留意する必

要がある。これからの地理授業では,題材に応

じた多様な追究の視点が存在することも意識し

ながら,それらの「社会的事象の地理的な見方・

考え方」を授業のねらいに即して的確に活用し

て,自在に働かせるようになることが重要となる。

(注)1 .ここでの「場所」とは,現象としての状態の表出

ということになる。「場所」の解釈には,さまざまな見解もあるので,山𥔎孝史『政治・空間・場所-「政治の地理学」にむけて [改訂版]』ナカニシヤ出版,2013年などが参考になる。

2 .中山修一『地理にめざめたアメリカ:全米地理教育復興運動』古今書院,1991年を参照。

3 .井田仁康編『教科教育におけるESDの実践と課題~地理・歴史・公民・社会科~』古今書院,2017年を参照。

図1『中学校社会科地図』p.144 津波の模式図と尾鷲市の地形図

C

D

E

〔電子地形図 25000 平成26年4月調製〕

A

B

このような形の湾では波が高くなりやすい

湾の幅が狭く,浅くなると津波は高くなる。 A-B間の断面

A B

名称凡例

表記浸水が0.5m~1.0mの区域浸水が1.0m~2.0mの区域浸水が2.0m~3.0mの区域浸水が3.0m以上の区域収容避難所緊急避難場所市役所消防機関警察機関防災機関医療機関ライフラインヘリポート鉄道・駅舎国道

5m等高線10m等高線

1:25,0000 500m

1:25,0000 500m

・右の地形図で10mの等高線「 」を赤色でなぞろう。・津波がきたときには,Ⓒ~Ⓔのどこに避難するのがよいだろうか。

やってみよう

イ-ⓑ 防災マップ -尾鷲市-イ-ⓐ 地形図 -尾鷲市-イ 津つ

波なみ

-模式図-

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