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東シナ海の黒潮域における現生放散虫の鉛直分布に関する研究 農学部生物生産科学科 植物生産学コース 地質研究室 品川 美里 1.研究背景および目的 現生放散虫は単細胞の動物プランクトンで表層から数千 m に至る深海層にまで生息し,熱帯から極 域の海域まで幅広く分布している.放散虫の水平・鉛直分布は水温や塩分,溶存酸素量などの物理・ 化学的条件と関連している.現生の放散虫の生態を解明することによって過去の水塊構造の復元や化 石群集から生態情報を得ることができ,古環境や古気候の復元に役立つと考えられる. 東シナ海の南西諸島海域,黒潮流域におけるプランクトン・ネットを用いた現生放散虫の鉛直分布 に関する研究は, 当地質学研究室では6年前から継続して研究を行なってきている.加藤(2011MS)は 修士論文で黒潮流域10地点における放散虫の現存量および種の鉛直分布を明らかにしている.その 後,佐々木(2012MS) は卒業論文で徳之島東方海域における放散虫の現存量および 4 深度帯での優占 種群を明らかにしている.本研究は,表層から 702m の水深までを従来よりもさらに細かく9深度帯 に区分し,各深度帯ごとの放散虫種の生体と遺骸を分けて産出個体を計数して,とくにナセラリア目 放散虫種の鉛直分布を明らかにすることを目的としている. 2.試料および処理方法 2011 年 7 月に,北海道大学水産学部に所属する附属練習船“おしょろ丸”が沖縄周辺海域の調査航海 を行なった.本航海により,沖縄トラフ付近の黒潮流域の OS11269(27°41.82‘N,126°16.85’E)の 1 地 点において鉛直多層式開閉ネット(VMPS)を用いて,9 深度別にプランクトン・ネット試料が採取され た.その深度帯は 0-25m, 25-50m, 50-75m, 75-100m, 100-150m, 150-250m, 250-375m, 375-500m, 500-702m である. VMPS のネットの開口目は 63μm サイズである. CTD 測定は 0m から 300m で行なっている.プランクトン・ネット試料は巻き上げ終了後に直ちに海水エタノールで仮固定を行 い,その後開口目 45μm のフルイで濾して 99.9%のエタノールで常温保存した.採取した試料はロ ーズベンガルで染色し,生体(染色個体)殻と死殻(非染色個体)を区分した. 3.結 本研究では,コロダリア,スプメラリア,ナセラリアの 3 目をポリキスティナ放散虫として扱って ている. OS11269 地点の全深度帯を通じてコロダリア目が 66 個体,ナセラリア目が 52 117 1732 個体 産出した.スプメラリア目については,今後も同定を続けて鉛直分布を比較検討していく予定である. ナセラリアについては生体の総個体数の鉛直分布は,0m から 25m でやや少なく,塩分躍層がある 25m から 50m で極めて産出が少ない.そしてクロロフィル a 濃度の極大値を示す 50m から 250mで 数多く産出している.死殻は 250m から 500m で多く産出している.500m から 702m にかけては生 体,死殻ともに産出量が少ない(図1)ナセラリアの同定を行なった結果,種ごとに多産する深度が異なることが確認できた.鉛直分布が 類似する種群として,次の 4 グループに区分した. グループ A:水深 0-702m までどの深度でも棲息する種グループ;Zygocircus productus group, Peridium spinipes , Lophophaena hispida, Lophophaena butschlii, Lophophaena variabillis, Botrycyrtis scutum, Pterocorys campanula, Pterocorys zancleus, Peromelissa phalacra, Pseudocubus obeliscus, Lithomelissa setosa など. グループ B: 水深 150-702m の中層下部に棲息する種グループLitharachnium tentorium, Theocalyptra bicornis, Cycladophora concia ,Botryopyle cribosa など. グループ C: 水深 50m-500m の中層部に棲息する種グループ Spirocyrtis subscalaris, Botryostrobus auritus

東シナ海の黒潮域における現生放散虫の鉛直分布に関す …agri.mine.utsunomiya-u.ac.jp/hpj/deptj/plaj/Labo/Geolog… ·  · 2013-07-05500-702mである. VMPSのネットの開口目は63μmサイズである.

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東シナ海の黒潮域における現生放散虫の鉛直分布に関する研究 農学部生物生産科学科 植物生産学コース 地質研究室 品川 美里

1.研究背景および目的 現生放散虫は単細胞の動物プランクトンで表層から数千mに至る深海層にまで生息し,熱帯から極域の海域まで幅広く分布している.放散虫の水平・鉛直分布は水温や塩分,溶存酸素量などの物理・化学的条件と関連している.現生の放散虫の生態を解明することによって過去の水塊構造の復元や化石群集から生態情報を得ることができ,古環境や古気候の復元に役立つと考えられる. 東シナ海の南西諸島海域,黒潮流域におけるプランクトン・ネットを用いた現生放散虫の鉛直分布に関する研究は, 当地質学研究室では6年前から継続して研究を行なってきている.加藤(2011MS)は修士論文で黒潮流域10地点における放散虫の現存量および種の鉛直分布を明らかにしている.その後,佐々木(2012MS) は卒業論文で徳之島東方海域における放散虫の現存量および 4深度帯での優占種群を明らかにしている.本研究は,表層から 702mの水深までを従来よりもさらに細かく9深度帯に区分し,各深度帯ごとの放散虫種の生体と遺骸を分けて産出個体を計数して,とくにナセラリア目放散虫種の鉛直分布を明らかにすることを目的としている. 2.試料および処理方法 2011年 7月に,北海道大学水産学部に所属する附属練習船“おしょろ丸”が沖縄周辺海域の調査航海を行なった.本航海により,沖縄トラフ付近の黒潮流域の OS11269(27°41.82‘N,126°16.85’E)の 1 地点において鉛直多層式開閉ネット(VMPS)を用いて,9深度別にプランクトン・ネット試料が採取された.その深度帯は0-25m, 25-50m, 50-75m, 75-100m, 100-150m, 150-250m, 250-375m, 375-500m, 500-702m である. VMPS のネットの開口目は 63μmサイズである. CTD 測定は 0mから 300mまで行なっている.プランクトン・ネット試料は巻き上げ終了後に直ちに海水エタノールで仮固定を行い,その後開口目 45μmのフルイで濾して 99.9%のエタノールで常温保存した.採取した試料はローズベンガルで染色し,生体(染色個体)殻と死殻(非染色個体)を区分した. 3.結 果 本研究では,コロダリア,スプメラリア,ナセラリアの 3 目をポリキスティナ放散虫として扱ってている. OS11269 地点の全深度帯を通じてコロダリア目が 66 個体,ナセラリア目が 52属 117種 1732個体産出した.スプメラリア目については,今後も同定を続けて鉛直分布を比較検討していく予定である. ナセラリアについては生体の総個体数の鉛直分布は,0mから 25mでやや少なく,塩分躍層がある25mから 50mで極めて産出が少ない.そしてクロロフィル a濃度の極大値を示す 50mから 250mで数多く産出している.死殻は 250mから 500mで多く産出している.500mから 702mにかけては生体,死殻ともに産出量が少ない(図1). ナセラリアの同定を行なった結果,種ごとに多産する深度が異なることが確認できた.鉛直分布が類似する種群として,次の 4グループに区分した. グループ A:水深 0-702m までどの深度でも棲息する種グループ;Zygocircus productus group, Peridium

spinipes , Lophophaena hispida, Lophophaena butschlii, Lophophaena variabillis, Botrycyrtis scutum,

Pterocorys campanula, Pterocorys zancleus,

Peromelissa phalacra, Pseudocubus obeliscus, Lithomelissa setosaなど. グループ B: 水深 150-702mの中層下部に棲息する種グループ; Litharachnium tentorium, Theocalyptra

bicornis, Cycladophora concia ,Botryopyle cribosaなど.

グループ C: 水深 50m-500mの中層部に棲息する種グループ; Spirocyrtis subscalaris, Botryostrobus auritus

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australis, Eucyrtidium acuminatumなど.

グループ D:水深 25m-375mの中層上部に棲息する種グループ;Acanthodesmia vinculata, Psilomelissa

galeata, Spirocyrtis scalaris, Eucecryphalus gegenbauriなどである.

グループ D

図 2. ナセラリアの各深度帯の放散虫種の生体と遺骸の産出個体数表

グループ A

グループ B

図 1. Nassellaria の深度別産出個体数と CTD測定値

0-25

25-50

50-75

75-100

100-150

150-250

250-375

375-500

500-702

0 2 4 6 8 10

30

0-25

25-50

50-75

75-100

100-150

150-250

250-375

375-500

500-702

0 5 10 15 20 25

Zygocircus productus group Peridium spinipes

0-25

25-50

50-75

75-100

100-150

150-250

250-375

375-500

500-702

0 1 2 3 4 765

Botrycyrtis scutum

0-25

25-50

50-75

75-100

100-150

150-250

250-375

375-500

500-702

0 2 4 6 8 10 12

Litharachnium tentorium

0-25

25-50

50-75

75-100

100-150

150-250

250-375

375-500

500-702

1 2 3 4 50

Cycladophora concia

0-25

25-50

50-75

75-100

100-150

150-250

250-375

375-500

500-702

0 1 2 3 4 5 6

0-25

25-50

50-75

75-100

100-150

150-250

250-375

375-500

500-702

0 1 2 3 4

Botryostrobus auritus australis

0-25

25-50

50-75

75-100

100-150

150-250

250-375

375-500

500-702

0 1 2 3 4 5 6 7 8 9

Psilomelissa galeata

グループ C

Spirocyrtis subscalaris

0-25

25-50

50-75

75-100

100-150

150-250

250-375

375-500

500-702

0 1 2 3 4 5

Spirocyrtis scalaris

Temperature

0

50

100

150

200

250

3000 0.2 0.4 0.6 0.8 1.0 1.2 1.4

Chlorophyl a (g/L)

33.0 33.5 34.0 34.5 35.0Salinity (PSU)

400

500

600

700

St. OS11269

0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 Dissolved oxygen(ml/L)

VMPSA

VMPSB

VMPSC

VMPSD

VMPSE

VMPSF

VMPSH

VMPSI

25m

50m

75m

100m

150m

375m

500m

702m

VMPSG

250m

クロロフィルa濃度塩分水温溶存酸素量

0 50 100 150 200 250 300 350

dead

0m

live

Nassellariaの総個体数

93 39

5024

122 77

170 50

134 91

157 94

127 168

80 112

89 55