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ユーザインタフェース(以下、UI)は、デジタル機器やサービスがユーザと接する境界面を指す。 UIを通じてユーザが得る体験のことを、ユーザエクスペリエンス(以下、UX)と呼ぶ。このUX/UIの意味を 一言で説明するなら“おもてなし”の心である。なぜなら、UX/UIの設計技法を研ぎ澄ます目的は、 ユーザに対して、時間的にも精神的にも負担をかけない操作性を実現することだからだ。 スマートフォン(以下、スマホ)の普及で、ユーザは高度な情報機器を肌身離さず持ち歩くようになった。 情報処理技術の進歩も目覚ましい。こうした条件がそろった今、新鮮な驚きをもたらす 操作感やサービス体験を実現するUX/UIに、新たな“おもてなし”の可能性が見え始めている。 ユーザの心を動かす UX/UI より快適な操作感と新たなサービス体験の可能性 2

56 ユーザの心を動かす - NTTCom · ux/uiとは ux/uiという単語は、ともすれば 狭義のデザイン=デコレーションの流行・ 好みの話で、デザイナーやプログラマー

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Page 1: 56 ユーザの心を動かす - NTTCom · ux/uiとは ux/uiという単語は、ともすれば 狭義のデザイン=デコレーションの流行・ 好みの話で、デザイナーやプログラマー

ユーザインタフェース(以下、UI)は、デジタル機器やサービスがユーザと接する境界面を指す。UIを通じてユーザが得る体験のことを、ユーザエクスペリエンス(以下、UX)と呼ぶ。このUX/UIの意味を一言で説明するなら“おもてなし”の心である。なぜなら、UX/UIの設計技法を研ぎ澄ます目的は、

ユーザに対して、時間的にも精神的にも負担をかけない操作性を実現することだからだ。スマートフォン(以下、スマホ)の普及で、ユーザは高度な情報機器を肌身離さず持ち歩くようになった。

情報処理技術の進歩も目覚ましい。こうした条件がそろった今、新鮮な驚きをもたらす操作感やサービス体験を実現するUX/UIに、新たな“おもてなし”の可能性が見え始めている。

ユーザの心を動かすUX/UI

より快適な操作感と新たなサービス体験の可能性

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▼近年、企業の経営戦略分野で頻繁に登場するワードが「ビッグデータの分析と活用」だ。既にデータベース化されているお客さま情報や経理、販売、在庫など通常の業務上のデータを"構造化データ"と呼ぶが、「ビッグデータ」とは、インターネットをはじめとしたさまざまな通信から得られる“非構造化データ”を指すことが多い。

▼“非構造化データ”とは、IC乗車カードの乗降データ、ECサイトの購買履歴、SNSに投稿されるコメントや写真など、社会全体のICT化によって生成されている膨大なデータ群のことだ。大規模かつ多様な非構造化データは、そのままではデータベースに格納できないため、従来は活用が難しかった。ところが、サーバーの高性能化など、高速処理のための基盤が整い、「ビッグデータ」の収集・分析が可能になったことで価値が見出され、注目されるようになったのだ。

▼SNSの普及に伴い、TwitterやFacebookへ投稿するユーザの情報をもとにして消費者の動きを予測することは、インターネットマーケティングの上で常識となりつつある。ここ数年は、店内カメラの動画や、スマートフォンなどから出されるユーザの位置情報から、消費者の購買行動を分析したいというニーズが高まってきた。企業戦略やプロモーションにビッグデータをどう活用するか、プライバシーに配慮しながら研究が進められている。

▼政府のIT総合戦略本部でも、新しい産業の創出を目指したビッグデータの活用が検討されている。付加価値の高いサービスを生み出し得るビジネスの宝の山として、個人情報を保護しながら積極的に有効活用を図るためのガイドライン策定が進みつつある。

CO

NT

EN

TS

NTT COMWARECORPORATEMAGAZINE

2013 vol.

『てら』には2つの意味があります。1つは、数量単位で「兆=10の12乗」。これはギガビットの次の大容量伝送処理能力のこと。もう1つは、「地球・大地」(ラテン語)の意味で、環境にやさしい企業活動を続けたいということです。

明日につながる基礎知識COLUMN

ビッグデータ▶びっぐでーた ▶Big Data

コムジン詳しくは… 検索 http://www.nttcom.co.jp/comzine/

5601 COLUMN 明日につながる基礎知識 ビッグデータ

02 特集

ユーザの心を動かすUX/UI 07 社長対談[5]

グローバルトータルICTアウトソーシングの 提供を通じお客さまの経営改革に貢献 エヌ・ティ・ティ・コミュニケーションズ株式会社 代表取締役社長 有馬 彰 氏 NTTコムウェア 代表取締役社長 海野 忍

11 COMWARE'S EYE 流通BMS対応のEDI基盤サービス『C

カ ッ プ ス バ ン

UPSVAN』 従来型EDIから次世代EDIへ流通業界の受発注業務標準化を支援

15 研究開発部技術レポート Bluetoothと携帯電話基地局情報の活用で より便利で使いやすいO2Oサービスを実現

17 ニッポン・ロングセラー考 〈上履き〉半世紀にわたって進化を続けるベストセラー

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サービスユーザ

楽しい♪

使いやすい!

同僚から、ある動画配信サービスを勧められる。よさそう! 使ってみたい。

昼休み、早速アプリをインストール。見たい動画をリスト登録できて便利!

帰りの電車で早速1本目を見る。これは通勤が楽しくなりそうだ!

明日は何を見ようかな…

気に入った。満足した!

利用前

予期的UX(経験を想像する)

利用中

瞬間的UX(経験そのもの)

利用後

エピソード的UX(経験を内省する)

利用時間全体

累積的UX(利用期間を回想する)

UX

UI

さっきまでの続きが居間のTVで見られる。大画面でも画質満点だ!

▼例えば、ある動画配信サービスの場合

明日も使おう!何見よう?

WebビジネスにおけるUX/UIとは

 UX/UIという単語は、ともすれば狭義のデザイン=デコレーションの流行・好みの話で、デザイナーやプログラマーだけの仕事と捉えられかねない。そこでまずその定義について伺った。 「UIとは、デジタル機器およびその機器で提供されるコンテンツやサービスを、ユーザと結び付ける境界面です。そしてUXとは、ユーザの望みを早期に検知して望み通りの情報を適切に表示することに加え、再び利用したくなるようなフォローアップを行うことまでも含めた概念です」(篠原氏) UIは、その製品・サービスの利用中に表示されるもので、多くの場合画面だ。一方、UXの扱う範囲は利用中にとどまらない。UXを考えるということは、利用する前後にユーザの置かれる状況をも踏まえ、ユーザが体験する一連の流れ自体を価値あるものとして提供することである。そのようなコンセプトに基づいてもたらされた体験の総称をUXと呼ぶ。UIへの配慮はもはやWebビジネスに必須の常識だが、さらにUXにも配慮すると「使っていて心地よい」「楽しい」「気が利いている」と好印象を強くし、ユーザの心をつかむことができる。UX/UI、特にUXが今注目される理由について、篠原氏は次のように語る。 「UX/UIの改善は以前からサイト

設計上の重要なテーマでしたが、やはりスマホなどが、暮らしに密着した情報ナビゲーション機器として普及したことが、脚光を浴びる契機となりました。デスクトップPC・ノートPC・タブレット・スマホと、特性の異なる機器の併用が当たり前になると、ユーザはどこでも同じサービスを同じように使いたい、ある機器でしていた操作を、移動しながら別の機器で続けたいと思い始めます。そうした状況を踏まえて心地よい利用環境を設計し、ユーザに主軸を移した活動が必要になります。たとえユーザの不満がまだ表面化していなくても、操作時間の長さ、作業効率、誤操作誘発の可能性など客観的にシビアに検分して改善します。すると、ユーザの満足度も、購入や会員登録といった、企業にとって望ましい行動を取ってもらえる割合(=コンバージョン率)も、目に見えて向上します。つまりUX/UIの改善は、事業に対して直接的にプラスの成果をもたらすのです」(篠原氏) ごく近い将来、スマホにも増して人間が肌身離さず持ち歩く新しい機器が普及するとも見られており、そうなればさらに高い水準でのUX設計が求められるだろうと篠原氏は語る。

ユーザにとって心地よいUXとは

 事業系Webシステム開発において、ユーザが心地よく感じるUXを設計するにはどうしたらよいだろうか。前述の

通り、デザイナーとプログラマーの見る範囲を超えた、サービスや事業への深い理解が必要である。篠原氏は次のように説明する。「Webで情報やサービスを提供する事業の場合、事業そのものの分析、つまり要件定義が重要になります。UXを重視した定義では『利用者にどのような体験をさせるのか』といった『世界観』を『UIデザイン』として早期に描き出すのが特徴です。こうして組み込んだサービスには、具体的な数値目標(KPI=Key Performance Indicators:重要業績評価指標)を評価軸として設定して確認します。例えばEC事業で、サイトの直帰率を減らすことをKPIとした場合、直帰の原因や改善ヒントの発見に向け、ユーザの行動を詳細に観察するといった施策が必要になってきます」(篠原氏) UX/UI設計のように目に見えるものの場合、事業課題や価値観の共有を確実に行わないと、最終決裁者や担当者のデザインの好みに依存するといった失敗に陥りがちだ。それは多くの場合、狭義のデザイン=デコレーションとしてしか考えられていないからだ。そうではなく、あくまでユーザ・マーケティング・業務プロセスなど多様な視点で自社業務の本質を捉え、その本質がWeb上に表現されるようにUX/UIを設計しなくてはならない。篠原氏は以下のように具体例を示した。 「動画コンテンツ提供サービスを想

定します。まず、『ユーザが動画コンテンツを視聴するとはどういうことか』を考えるところからスタートします。一言で“視聴”といっても、使用機器はPCかスマホか、ユーザはリビングでくつろいでいる最中か、電車内で立って移動中か、など状況により視聴の様子は大きく異なります。『そもそも各ユーザがどのような動画を、なぜ見たいのか』も関係します。動画コンテンツを配信する側から見ると、ユーザの姿や要求に対してどれだけ想像力を持てるかが重要なポイントとなります」(篠原氏) 動画配信のようにこだわるべきポイントがあると、コーデックの品質、メタタグ、検索といった汎用機能があればユーザに不満はないかもしれないが、それだけでは良いUXの提供は難しい。篠原氏は今1つ例を挙げた。 「もう1つ、インターネット通販サイトを考えてみましょう。サイトの運営側視点では、取り扱う製品の種類ごとに整理して並べがちです。ユーザが種類をメニュー階層でたどり、望みの条件に合う製品一覧にたどり着くというサイト構成はよくあります。論理上は正しそうですが、ユーザが運営側と同じ論理で捉えているとは限りません。こうした構成は、企業の製品ラインアップ、つまり価格・型式番号・発売順序や、縦割り

組織の事情が優先していることも多いものです。 逆にユーザの側から見てみましょう。家電製品なら、購入しようと探しているユーザは、独身か、家族がいるか、新規購入か、買い替え・買い増しか、求めるのは趣味性か実用性かといったさまざまな属性を持ちます。こうしたユーザ自身を取り巻く状況を優先して表示する並び順を構成した方が、探すストレスが少なく、誤購入もせずに済み、買い物体験自体を効率よく心地よく感じます。『またここで買おう』と思ってもらうことに成功するかもしれません。UXの満足度の追求が、事業成果に結び付くのです」(篠原氏) サービス提供者側の論理の組み立てとユーザ側の課題の持ち方には、大きな隔たりがあると認識することが重要である。

UX/UIを事業へ適用する“情報技術”こそ重要

 UX/UIに配慮しないWebサービスは、使い勝手のストレスで潜在的なお客さまを逃してしまうばかりか、本来不要なはずのユーザサポートのコストを増大させる。ユーザは、UX/UIへの配慮を明確に意識しなくても、何とな

く心地よく、何回でも訪れたくなるといった暗黙の感覚には目覚め始めている。現在世界で成功しているWebサービスは、確実にUX/UIを重視した設計を行っている。 今後もジェスチャー、音声認識など新技術を駆使した新しい製品・サービスが生まれ、新しいUX/UIが求められるようになるだろう。道を歩いているファッショナブルな人を見ると、その人のファッションを「マネキン買い」のようにそのまま注文できるようになったり、自動車の運転中なら、事故多発地帯で自動的に減速を促したりということもあり得る。だが、篠原氏は次のように指摘する。 「今後1年~2年の中期的なスパンで求められているのは、高度な技術をわれ先に導入することではありません。むしろ、背景にある情報処理技術、マーケティング技術をユーザを起点にUXとして統合して事業に適用し、いかに売上増などの具体的な成果に結び付けられるかが重要な課題です」(篠原氏) 具体的な成果とは端的には、ユーザがその企業の製品・サービスに、体験を通じて満足することから始まる。その意味で、優れたUX/UIを組み込むことは、まさに事業自体をWeb上に配備することそのものといえる。

特集 ユーザの心を動かすUX/UI図1 UXとUIの定義

U I:コンテンツやサービスをユーザと結び付ける境界面。

UX:UIを操作する前後にユーザの置かれる状況をも踏まえた、ユーザの体験全体。

UX/UIを味方に付けてユーザの心をつかむ

UX/UIを設計する際、Webの世界を熟知しているデザイナーとエンジニアの働きだけでは済まない。UX/UIを通じて、より快適な操作感や新鮮な驚きをユーザに提供するためには、マーケッターが重要な役割を果たす。その製品・サービスを取り巻く市場環境分析や、ユーザが何を求めているかという行動分析などによって初めて、具体的な成果に結び付くUX/UI改善が可能となる。UX/UIをWebビジネスの味方に付けるためにはどう考えるべきか、UX/UIコンサルタントで、関連書籍の翻訳や監修も手がけるソシオメディア株式会社代表の篠原稔和氏にお話を伺った。

UX/UIとは何か?

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未来のUX/UIは?

作やストレスを観察して、課題を発見

するところから生み出された。

 「モードを排除する結果としては、た

だ使い勝手に自由が生じ、ユーザがシ

ステムを自分の意思でコントロールし

ていると感じて心地よくなるだけにと

どまりません。ボタン押下を強いる設

計になっていなければ、ユーザの意図

しない誤操作の失敗も減ります。また、

データの再読み込みボタンを押さず

に非同期にデータを読み込み、リアル

タイムで情報に触れられるようになれ

ば、それは重要なUXの向上につなが

ります」(篠原氏)

 モードレスという新しい操作体系を

実践するには、設計者の視点を変え、

技術的課題に対処するといったハー

ドルもあるが、システム全体構成から、

入力フォームの振る舞いといった末

端まで、あらゆるレベルから適用を始

められる。UX/UI向上のために、まず

取り組む価値があるだろう。

国際企業のビジョンに見る近未来のUX/UI

 日本におけるUX/UI分野が、あらゆる面で世界レベルに向き合っていくために、何をすべきか。篠原氏は、世界のIT企業が事業方針を語るビジョンビデオによって、国際的長期的視点から未来のUX/UIの一端に触れることを勧める。 「1972年にアップル社フェロー、アラン・ケイ氏がパーソナルコンピュータのコンセプトを初めて映像で示したのをはじめとし、現在に至るまで多くの大企業が多額の予算を投じて自社のビジョンを映像化しています。ユーザに向け

て自社の先進性や製品・技術の開発コンセプトを示すプレゼンテーションツールの役割もありますが、自社内でさまざまな役職間・部門間で製品・サービス開発の方向性について共通認識を練り込む、ディスカッションツールの役割も重要です。 各企業は技術の研究・開発に日夜取り組みます。既に開発した技術をどう新製品・新事業化するかというシーズ志向は、あって当然です。これに対し、必要な技術の有無はさておき、ユーザの行動や要求を観察して、いまだ実現できていなくてもユーザが真に望む製品のイメージをまず作り、それを実現するのに必要な技術を導き出そうとするニーズ志向は、日本があまり得意ではない部分です。優れたUX/UIの開発や採用には、ニーズ志向での発想が不可欠です。こうした視点の転換のために、国際的ビジョンビデオには学ぶべき点があると思います」(篠原氏) 篠原氏は日本企業のビジョンビデオのコンサルティングも行っているが、シーズ志向での映像化が多いと印象を語る。 「映像制作過程の考察や議論をR&Dにフィードバックする仕組みが確立できていないように感じます」(篠原氏) これに対し、評価の高いビジョンビデオを有するような有名企業は、UX/UIの専門家を上級執行役などの重要な役職に擁し、あるべき製品やサービスの姿からジグソーパズルのピースを埋めるように技術を取り入れたり、新たに開発をしたり、場合によっては買収などの手段も使ったりして、全体の製品やサービスの質を高めているという。

日本の未来にもUX/UIのイノベーションを

 本章の冒頭でも述べたように、日本の企業では残念ながらUX/UI専門家が就くべき高いポジションも、そのポジションで具体的成果を挙げる人も限られている。UX/UIを事業成果に直結できるコンサルティング会社も多くはない。 「とはいえ、日本が得意とするゲームやエンターテインメントの分野ではUX/UIが進んでいます。例えばSNSやソーシャルゲームを国際的に提供する企業では、UX/UIに力を入れている事例が数多くあります。こうした企業では、国際的競争下、国際市場で受け入れられる製品やサービス作りが必須です。国際的なビジネスでは、ユーザの背景には多様な文化、教育、関心や嗜好、概念、思考があり、これにUX/UIで応えていかなければ満足される製品やサービスは実現しません。 UX/UIで満足される製品・サービスを実現するためには、技術の積み上げによる性能や、日本人にしか理解できないような高品質さを競うのではなく、実際に利用するユーザをより深く知ることこそ、鍵となるでしょう」(篠原氏)

 いやおうなく国際化を迫られる日本市場の技術開発の課題としては、ユーザの行動を観察して、分析を加え、UX/UIを軸にした製品やサービスの設計をしていくことが重要な要素となる。グローバルな競争で勝ち抜くために、優れたUX/UI開発力を持つかどうかが、成否を分ける時代になったといえる。

未来のUX/UIコンセプト「モードレスデザイン」

 篠原氏はUX/UIの国際的動向に精通し、企業へのUX/UIコンサルティングや海外情報の翻訳・出版を通じてUX/UIの重要性や方法論を啓発している。その篠原氏が提唱するコンセプトの一例に、「モードレスデザイン」がある。 「ここでいう“モード”とは、プログラムやUIが特定の“状態”を持っていることを示します。例えばCapsLockキーがオンになっているのは、モードがオンになっている(モードがある)ということです。

CapsLockキーをオフにしてモードを解除するまで、小文字の入力にShiftキーが必要となる不自由を強いられます。また、パソコン上で、ユーザが[OK][キャンセル][実行]など、何かボタンを押すまで他の操作に移れないのも、モードがある状態です。実はコンピュータ自体がモードの集合体で、数々のモードが複層として存在します。例えば、

・コンピュータ本体(=電源オン時しか動かない)・ユーザ管理(=ログイン中のアカウントに依存して、できることが異なる)・アプリ(=目的に応じて複数のアプリを使い分けなければならない)・ウィンドウ/画面(=目的に応じて複数のウィンドウや画面を切り替えなければならない)

こうしたモードについて、普段意識して

いるでしょうか。知らず知らず『パソコン

とはそういうもの』と納得して、システム

側に主導権を渡すストレスに、慣れて

しまってはいないでしょうか」(篠原氏)

 「モードレスデザイン」では、UX/

UIからできるだけこうしたモードを排

除していくという。

 「いろいろな場面にモードが存在す

るために、ユーザは好きなときに好き

な順序で操作できなくなり、1つの作

業を決められたやり方で終えるまでがっ

ちりと拘束されてしまいます。モードが

あることで発生するこの不自由さを軽

減させると、より使いやすく、使ってい

て心地よいと感じる操作性を生み出

します」(篠原氏)

 こうしたコンセプトは、ユーザの操

サブミットボタン(上記の「換算」ボタン)を排除して、入力と出力を区別しないUIが実現できれば、ユーザがシステムを自分の意志でコントロールしているという感覚を、より強めることができる。

入力用コントロールと出力用コントロールの区別がない=モードレス

入力用コントロールに入力しボタン押下で出力用コントロールに結果が出る=モーダル

図2 「モードレスデザイン」とは

UX/UIの未来に向けて国際市場に対峙するためのUX/UIとは先日、米Yahoo!社CEOに就任し話題となったマリッサ・メイヤー氏の前職は、GoogleのUX担当副社長である。Adobe社副社長のジェフリー・ビーン氏もGoogleのUXチーム出身である。このようにアメリカの大手IT企業ではUX/UIの専門家が要職に就き活躍中である。アメリカではUX/UIをいかに重視しているかを象徴する事実だろう。翻って日本のUX/UI分野では、人材の層の厚さも世間の認識も、そこまでには至っていない。こうした中、世界に向き合いつつ未来のUX/UIへと進化していくために、どのように考えたらよいだろうか。

篠原 稔和(しのはら としかず)氏ソシオメディア株式会社/代表取締役社長「UX Design Consulting」を標榜する専門家集団を率いると同時に、自らもイノベーションの実現に向けたUX設計のコンサルタントとして、UXマネジメントやUXメトリクスを専門に、各種のプロジェクトおよび研究・講演活動に従事している。

特集 ユーザの心を動かすUX/UI

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