9
聖マリアンナ医科大学雑誌 Vol. 45, pp. 85–93, 2017 聖マリアンナ医科大学 救急医学 院内急変対応システム (RRS) の概論 ふじ たに しげ しも ざわ のぶ ひこ (受付 平成 29 7 21 ) RRS とは序論 院内急変対応システム (Rapid Response System: RRS) 1995 年に豪州から世界で初めて報告され て以来22 年が経過している1999 年に米国医学 研究所 (Institute of Medicine: 以下 IOM) 医療に おける有害事象の半数強は回避可能であると報告し 1) この報告に基づき年間で 10 万人弱の死亡を 回避できるとして 2005 年から 2006 年の 18 カ月間 にかけ 米国医療の質改善研究所 (Institute for Healthcare Improvement: 以下 IHI) が推進した国家プ ロジェクト10 万人の命を救うキャンペーンによ 米国では医療の質が劇的に向上したとされる 2) 院外心停止 (Out-of-hospital cardiac arrest: 以下 OHCA) の蘇生率の向上が脚光を浴びている中内心停止 (In-hospital cardiac arrest: 以下 IHCA) に伴 う生存率が改善していないという事実はあまり注 目されていない過去 10 年間本邦でも ICLS BLSACLS を中心とした蘇生教育が盛んに行われ るようになってきたためか蘇生教育を行うことで 蘇生後の死亡率は低下し院内の安全管理は改善し たように錯覚されているしかしながら米国で 65 歳以上の患者の 1992 年から 2005 年までの 13 年間 分の院内心肺停止の成績を調査したところ院内で 心肺蘇生が行われても13 年間で生存率が改善して いないことが報告されている 3) 院内死亡の原因とし て多いとされる無脈性電気活動や心静止から蘇生さ れる率は 11%程度であり必然的に院内の蘇生率は 低い状態にある 4) 心停止した後の医療コストは急性 期にも慢性期にも必要であることを考えると心停 止をさせない取り組みすることが医療コストの余計 な支出を防ぐことにつながるその一環として国ではIHI RRS の病院への導入を推奨してお 同様の理由で本邦でも医療安全全国共同行動に より RRS の導入が始まっている 5) 米国における死 因頻度として推定によると心疾患がん医療過 誤の順になっており相当数の医療過誤に死亡が実 は表に出てきていないだけという報告がなされてい 6) 本邦の多くの病院でもコードブルーが機能してい しかしこれらのコードブルーチームおよび蘇 生教育は基本的には心停止から全てが始まること を前提にしているこのギャップに対応するために急変の兆候から心停止およびほかの病態の悪化も未 然に防ぐシステムとして RRS を導入することで患者が必要としているものと病院が提供できる対応 の乖離を是正することができる2015 年に発行された2015 American Heart As‐ sociation Guidelines Update for Cardiopulmonary Resuscitation and Emergency Cardiovascular Care ではAHA の発行する CPR&ECC のガイドライン として初めて院内心停止の救命の連鎖を院外心停 止と分けその救命の連鎖の 5 つの輪の 2 番目に RRS の活用を推奨した 7) RRS の定義 RRS とは院内で患者に対する有害事象を軽減す るためにバイタルサインの重大な増悪を含む急激 な病態変化を覚知し迅速に対応するために策定さ れた介入手段である 8)9) コードブルーと混同される ことが多いが全く異なるコードブルーの院内死 亡率は 7090%RRS での院内死亡率は 020%あり早期に気づき対応することが最大の違いであ 8) (1)関連する用語について簡単に説明する 1 85

院内急変対応システム RRS の概論 American Heart …igakukai.marianna-u.ac.jp/idaishi/www/452/45-2-05Fujitani...総説 聖マリアンナ医科大学雑誌 Vol. 45, pp

  • Upload
    others

  • View
    0

  • Download
    0

Embed Size (px)

Citation preview

Page 1: 院内急変対応システム RRS の概論 American Heart …igakukai.marianna-u.ac.jp/idaishi/www/452/45-2-05Fujitani...総説 聖マリアンナ医科大学雑誌 Vol. 45, pp

総 説 聖マリアンナ医科大学雑誌Vol. 45, pp. 85–93, 2017

聖マリアンナ医科大学 救急医学

院内急変対応システム (RRS) の概論

藤ふじ

谷たに

茂しげ

樹き

下しも

澤ざわ

信のぶ

彦ひこ

(受付: 平成 29 年 7 月 21 日)

RRSとは序論

院内急変対応システム (Rapid Response System: 以下 RRS) が 1995 年に豪州から世界で初めて報告されて以来,22 年が経過している。1999 年に米国医学研究所 (Institute of Medicine: 以下 IOM) は,医療における有害事象の半数強は回避可能であると報告した1)。この報告に基づき,年間で 10 万人弱の死亡を回避できるとして 2005 年から 2006 年の 18 カ月間にかけ,米国医療の質改善研究所 (Institute forHealthcare Improvement: 以下 IHI) が推進した国家プロジェクト「10 万人の命を救うキャンペーン」により,米国では医療の質が劇的に向上したとされる2)。

院外心停止 (Out-of-hospital cardiac arrest: 以下OHCA) の蘇生率の向上が脚光を浴びている中,院内心停止 (In-hospital cardiac arrest: 以下 IHCA) に伴う生存率が改善していないという事実は,あまり注目されていない。過去 10 年間,本邦でも ICLS,BLS,ACLS を中心とした蘇生教育が盛んに行われるようになってきたためか,蘇生教育を行うことで蘇生後の死亡率は低下し,院内の安全管理は改善したように錯覚されている。しかしながら,米国で 65

歳以上の患者の 1992 年から 2005 年までの 13 年間分の院内心肺停止の成績を調査したところ,院内で心肺蘇生が行われても,13 年間で生存率が改善していないことが報告されている3)。院内死亡の原因として多いとされる無脈性電気活動や心静止から蘇生される率は 11%程度であり,必然的に院内の蘇生率は低い状態にある4)。心停止した後の医療コストは急性期にも慢性期にも必要であることを考えると,心停止をさせない取り組みすることが医療コストの余計

な支出を防ぐことにつながる。その一環として,米国では,IHI が RRS の病院への導入を推奨しており,同様の理由で本邦でも医療安全全国共同行動により RRS の導入が始まっている5)。米国における死因頻度として,推定によると心疾患,がん,医療過誤の順になっており,相当数の医療過誤に死亡が実は表に出てきていないだけという報告がなされている6)。

本邦の多くの病院でもコードブルーが機能している。しかし,これらのコードブルーチームおよび蘇生教育は,基本的には心停止から全てが始まることを前提にしている。このギャップに対応するために,急変の兆候から心停止およびほかの病態の悪化も未然に防ぐシステムとして RRS を導入することで,患者が必要としているものと病院が提供できる対応の乖離を是正することができる。2015 年に発行された「2015 American Heart As‐

sociation Guidelines Update for Cardiopulmonary

Resuscitation and Emergency Cardiovascular Care」では,AHA の発行する CPR&ECC のガイドラインとして初めて,院内心停止の救命の連鎖を院外心停止と分け,その救命の連鎖の 5 つの輪の 2 番目にRRS の活用を推奨した7)。

RRSの定義

RRS とは,院内で患者に対する有害事象を軽減するために,バイタルサインの重大な増悪を含む急激な病態変化を覚知し,迅速に対応するために策定された介入手段である8)9)。コードブルーと混同されることが多いが,全く異なる。コードブルーの院内死亡率は 70-90%,RRS での院内死亡率は 0-20%であり,早期に気づき対応することが最大の違いである8) (表 1)。関連する用語について簡単に説明する

1

85

Page 2: 院内急変対応システム RRS の概論 American Heart …igakukai.marianna-u.ac.jp/idaishi/www/452/45-2-05Fujitani...総説 聖マリアンナ医科大学雑誌 Vol. 45, pp

表 1 コードブルーと RRS の違い

コードブルー RRS

チーム起動 意識なく、脈・呼吸なし血圧低下、頻脈、呼吸数増加、

意識変容

対象疾患心停止、呼吸停止、

気道閉塞

敗血症、肺水腫、不整脈、

呼吸不全、アナフィラキシー

チーム構成麻酔科、救急部、ICU、内科

医師・看護師

ICU医師・看護師、呼吸療法士、

内科医

呼び出し回数

(回/1000 入院患者)0.5~5 20~40

対応時間(分) >30 20~30

院内死亡率(%) 70~90 0~20

表 2 RRS の対応チームに関する用語

用語 略語 定義

Medical Emergency Team MET医師を 1 名以上含み、気管挿管などの二次救命処置をベッドサイドで開始できる能力を備えた対

応チーム。

Rapid Response Team RRT医師を必ずしも含まず、起動された患者を評価し基本的な初期対応を行った上で、必要に応じて

患者の院内トリアージや医師の緊急招請を行うチーム。

Critical Care Outreach Team

CCOT集中ケアの訓練を受けた看護師らが主体となって、ICU 退室患者と何らかの懸念のある入院患者

を定期的に訪床して回り、起動基準に抵触する患者を早期発見することを目指した対応チーム。

(表 2)。Rapid response system (RRS) そして critical

care outreach (CCO) は体制のことを指し,rapid re‐sponse teams (RRT),CCOT (critical care outreachteam),medical emergency teams (MET) はそれに対応するチームを指す。MET とは医師主導のチームであり,RRT とは,非医師 (多くは看護師) 主導のチームである10)。本稿で,これらを総合して指す場合には「対応チーム responding team」と呼ぶことにする。いずれの場合においても,システム全体を指す用語としては,共通して RRS として呼ばれる場合が多い。CCOT は重症患者ケアに慣れた集中治療室の看護スタッフが集中治療に習熟していない病棟看護スタッフに対して教育を行い,集中治療室と一般病棟の橋渡しを行うことで,一般病棟においてもある程度の重症患者ケアを安全に行うようにするものである10)。しかしこれら各システムの有用性を比較した検討はほとんどない。

RRSで必要な 4つのコンポーネント (表 3,図 1)

RRS には 4 つのコンポーネントがある。以下の 4

つのコンポーネントは相互に関連があり,院内でシステムを継続していく上で,どのひとつのコンポーネントが欠けても成り立たない。1.気づき (患者のバイタルサイン等の異常への気づきと RRS の起動)

2.MET/RRT の活動 (急変に対応できるチームであり,事前にトレーニングが必要)

3.活動データの集積・解析 (医療安全対策室でのデータの取りまとめとフィードバック)

4.医療安全管理部門からのサポート (病院全体としてデータや採算面からのサポート)

第 1のコンポーネント: 気づきの重要性重篤な有害事象や院内の予期せぬ死亡は突然発生

2

藤谷茂樹 下澤信彦86

Page 3: 院内急変対応システム RRS の概論 American Heart …igakukai.marianna-u.ac.jp/idaishi/www/452/45-2-05Fujitani...総説 聖マリアンナ医科大学雑誌 Vol. 45, pp

表 3 RRS のシステムに関する用語

用語 日本語訳 定義

Afferent limb/component 起動要素(求心路)病棟スタッフが患者の状態悪化を認識し、あらかじめ定められた起動基準に従って

対応チームを起動すること。

Efferent limb/component 対応要素(遠心路)

病棟からの起動に応じて迅速に(15 分以内が望ましい)現場に急行し、患者の評価

と初期対応を行うこと。重篤な患者の安定化と管理に必要なスキルを備えたスタッ

フと、必要な資機材から成る。チーム構成により MET、RRT、CCOT に大別され

る。

Patient safety/process improvement limb/component

システム改善要素発生した事案をデータ集積し、将来同様の事案を回避できるよう、管理・ケアの改

善に役立つようフィードバックすること

Governance/administrative structure limb/component

指揮調整要素RRS を計画、導入し、維持運営する母体組織。スタッフへの教育や対応チーム構成

の選任、資機材の整備などを司る。

CCOT, critical care outreach team; MET, medical emergency team; RRS, Rapid Response System; RRT, rapid response team.

図 1 RRS を構成する 4 要素 (図中の①〜④)

引用元 Crit Care Med. 2006; 34: 2463–78. をもとに改変。

するのではなく,66〜95%の症例では心停止の 6〜8 時間前に急変の前兆 (呼吸,循環,意識の異常・悪化の SOS サイン) が認められている11)。この事実から,入院患者の「呼吸」「循環」「意識」の変化を見逃すと,数時間後には心停止に陥る場合が多いということ,早期の急変対応により予期せぬ死亡を未然に防ぐことは可能であるということが容易に想像できる。それゆえ,多くの施設ではバイタルサインの異常が起動基準になっている。図 2 にピッツバーグ大学の起動基準をもとに改変したものを示す。起動

基準は,予め小児を除き院内で統一すべきである。理由として,医療従事者は配属の変更が多く,また,病棟には複数科が混在していることが有り,統一していないと混乱をきたすことになる。バイタルサインの異常は客観的な指標となるが,患者と比較的多くの時間を費やしている看護師の “勘” は,鋭いものがあり,この “勘” は看護師の状況認識力の一つの武器になる。実際に主観的指標 (何らかの懸念) で起動された事例が全体の 29%であり,そのうち 51%で生命に直結するABCD のバイタルサイン異常に関連し

3

院内急変対応システム (RRS) の概論 87

Page 4: 院内急変対応システム RRS の概論 American Heart …igakukai.marianna-u.ac.jp/idaishi/www/452/45-2-05Fujitani...総説 聖マリアンナ医科大学雑誌 Vol. 45, pp

図 2 エビデンスのあるコール基準

ていたという報告もある12)。早期気づきを座学で指導するには限界がある。そ

こで,トレーニングとして,我々はシミュレーショントレーニングを利用している。米国集中治療学会が開発した FCCS コースは,1994 年米国集中治療医学会 (SCCM) の教育プログラムに始まり,現在世界中で開催されている。目的は,『患者の重症化をいち早く認知して評価し,集中治療専門医に引き継ぐ』までの教育コースで,非集中治療医のみでなく看護師やコメディカルスタッフ (薬剤師,理学療法士,臨床工学技師など) まで幅広く対象としている。Ver‐

sion 5 では,新たに Recognition and Assessment という項目がスキルステーションに追加された。一例を挙げると意識障害患者にどのような異常なバイタルサインが隠れているかを,高次機能シミュレーターを使用して指導している。この症例では,GCS や,瞳孔サイズや対光反射,経皮的動脈血酸素飽和度,誤嚥による下肺野のラ音,皮膚所見などを観察させ,続いてこの患者のさらなるバックグランドを説明する。蘇生の A (エアウェイ) B (呼吸) C (循環) D (中枢神経異常) E (環境,衣服脱衣) の項目について,見て,聴いて,感じていろいろなバイタルサインの異常を自分で探してもらい,その異常な所見でどのような病態が説明できるかというトレーニングをしている。このスキルステーションは医師のみならず,看護師やコメディカルからも高評価を得ている。

第 2のコンポーネント: MET/RRTの活動この RRS に関するチームを育成するうえで,Non-

technical skill を指導していく必要があり,シミュレーショントレーニングを積極的に用いている。MET/RRT は,現場レベルでチームが到着する前

にどのような対応が必要かということも現場レベルの看護師やコメディカルに指示を出す必要がある。図 3 に,患者の異常な状況を把握して,RRS を起動してから実際にチームが到着するまでの 5 分間になされるべきことを示した。MET/RRT では,多くの医師,看護師,その他の

スタッフが集まる可能性が高い。そのメンバーの中で,如何に情報伝達,適切な指示,処置が遅滞なくできるかは,明確な指示命令系統の確立 (Team

Building),適材適所の人員配置及び医療資源の有効利用 (Crew Resource Management),SBAR-I (Situa‐tion, Background, Assessment, Recommendation,

Identify yourself) や closed loop communication と言われるコミュニケーションスキルが必要であり,これらの Non-technical skill は,On-the-Job トレーニングではリスクが高く指導できないため,シミュレーショントレーニングが必要となってくる。

様々な重症度の病態に対応する必要があり (図 4),軽症から重症までカバーしなければならない。また,ときに心肺停止症例に遭遇することもあり,特に気道管理などは,しっかりとした事前トレーニングが

4

藤谷茂樹 下澤信彦88

Page 5: 院内急変対応システム RRS の概論 American Heart …igakukai.marianna-u.ac.jp/idaishi/www/452/45-2-05Fujitani...総説 聖マリアンナ医科大学雑誌 Vol. 45, pp

図 3 The first 5 minutes

図 4 MET/RRT と心肺蘇生チームの範囲LOMT: Limitation of Medical Treatment, DNAR: do not resuscitate, EOLC: End of LifeCare

北里大学 RST/RRS 室より提供

5

院内急変対応システム (RRS) の概論 89

Page 6: 院内急変対応システム RRS の概論 American Heart …igakukai.marianna-u.ac.jp/idaishi/www/452/45-2-05Fujitani...総説 聖マリアンナ医科大学雑誌 Vol. 45, pp

表 4 National Early Warning Score: NEWS (The Royal College of Physicians 2012)

生理学的パラメータ 3 2 1 0 1 2 3

呼吸数 回/分) ≦8 9~11 12~20 21-24 ≧25

SpO2 % ≦91 92-93 94-95 ≧96

酸素投与 Yes No

体温 ℃) ≦35.0 35.1-36.0 36.1-38.0 38.1-39.0 ≧39.1

収縮期血圧 mmHg ≦90 91-100 101-110 111-219 ≧220

脈拍 回/分) ≦40 41-50 51-90 91-110 111-130 ≧131

意識状態 A V, P, or U

A: Alert, V: response to verbal, P: response to pain, U: unresponsive to stimuli

)(

)(

必要となる。

第 3のコンポーネント: 活動データの集積・解析医療安全に対して素晴らしい活動をした証として,

院内には積極的にアピールすることを勧める。具体的な clinical indicator がなければ,病院全体としてどこに重点的にサポートするべきか判断できない。施設毎に活動データを集積し,そしてその解析データをもとに,気づきの主役である看護師やコメディカルにもフィードバックをすることができる。

第 4のコンポーネント: 医療安全管理部門からのサポート

院内で専属の RRS チームや部署をおいている施設は,あまり多くなく,医療安全にとって RRS の有用性が院内管理部門に認識がなされていないもしくは,診療報酬に反映されていないために,費用対効果が国内ではコンセンサスが得られていないのが実情である13)。今後,国内でのデータを集積,解析をすることで,診療報酬に繋げ,より多くの施設が医療安全管理部門からのサポートを受けることで,安定した RRS が確立される。

海外でのエビデンス

RRS の効果として,2005 年に報告された,Med‐

ical Early Response Intervention and Therapy

(MERIT) 研究14)では臨床アウトカムである予期せぬ死亡数の改善は認められなかった。しかし,以降の単施設における研究では,Jones らが RRS 導入による,院内心停止の減少15),Howell らが予期せぬ死亡数の改善16),Chen らが院内心停止に関連する死亡の

改善17),Davis らが ICU 以外での心停止と院内死亡率の減少18)が認められるといった報告が増加してきた。2015 年に報告されているオランダでの前後比較研究で,国内を挙げて,早期警告システム (NationalEarly Warning Score system: 以下 NEWS) (表 4) を導入することで,1000 入院あたりの心肺停止・予期せぬ ICU 入室・死亡数を有意に減少させることができたと報告している。また,2015 年のメタアナリシスにおいて,院内心停止の発生に改善が示されている19)。現時点で,臨床アウトカムはあることが示されおり,コンセンサスが得られてきている20)。

日本での流れ

医療安全全国安全共同行動日本でも医療安全全国共同行動5)の 2008 年の立ち

上げにより啓蒙活動が積極的に行われてきたおかげで,行動目標項目 6 である RRS のコンセプトは普及しつつある22)。2017 年 7 月 31 日現在,日本集中治療医学会/日本臨床救急医学会 Rapid ResponseSystem 合同委員会で,オンライン RRS レジストリを行っており,現在までに,41 施設,5,638 件が登録されており解析が行われている5)。

日本でのエビデンスIHCA の発症状況は各国の医療体制に大きく影響

を受けため,IHCA の原因疾患,誘因となる病態,院内蘇生活動の状況,治療効果を評価解析するためには,日本において多施設共同発症登録調査を実施し予防策を立案することが肝要である。すでに,2011 年に Yokoyama らの JRCPR 研究により,12 施設 491 の成人 IHCA 症例の解析が行われている 22)

6

藤谷茂樹 下澤信彦90

Page 7: 院内急変対応システム RRS の概論 American Heart …igakukai.marianna-u.ac.jp/idaishi/www/452/45-2-05Fujitani...総説 聖マリアンナ医科大学雑誌 Vol. 45, pp

表 5 RRS のアウトカム評価に関する用語日集中医誌 2017; 24: 355–360.

用語 日本語訳 定義

Unexpected cardiac arrest予期せぬ心停止(事

前 DNAR なし)

ICU 外に入院中に、DNAR が合意されていない、ないしは記載されていない患

者で起こった心停止。

Unexpected death予期せぬ死亡(事前

DNAR なし)

ICU 外に入院中に、DNAR が合意されていない、ないしは記載されていない患

者で起こった死亡。

Unexpected ICU admission ICU 予定外入室 ICU 外に入院中の患者の、予定外での ICU 入室。

Serious adverse event (SAE)

重篤有害事象 予期せぬ心停止、予期せぬ死亡、および ICU 予定外入室。

DNAR, do-not-attempt-resuscitation; RRS, Rapid Response System.

が,より大規模研究をすることで本邦での院内医療安全対策に寄与できる。Fujiwara らは,10 施設の予期せぬ院内心停止の後ろ向き研究で,1000 入院あたり,3 症例の予期せぬ院内心停止が発症しており,約 7%が生存退院となっていると報告している 23)。Nishijima らは,modified EWS を導入することで,院内死亡率を有意に減少させたという報告を本邦からしている24)。本邦でも今後,更に RRS や IHCA の報告が集積されるであろう。

研究の目的と必要性

OHCA における国際的な標準登録システムは,1991 年に提言された25)ウツタイン様式が数多くの登録作業に使用されている。本邦では,2005 年から総務省により,OHCA の登録が開始され,世界最大規模のデータとして,すでに自動体外式除細動器(AED) の有用性が実証され26),さまざまな対策がエビデンスにもとづき提唱されるものと期待されている27)。IHCA 例の登録も,院外と同様にウツタイン様式を用いて 1997 年に提唱された28)。これまでに,数多くの報告がなされているが,病院単位での登録によるものが多く,また少数例の解析であり,病院間で扱われている疾病の種類,心停止発生場所の違い,救急器材の配置,スタッフの ACLS トレーニングの有無などにより,生存率に差異がある。米国ではアメリカ心臓病協会 (AHA) がスポンサーとなり,ウツタイン様式に準じて,2000 年から IHCA のデータをウェブ収集し,評価するために Get With TheGuidelines-Resuscitation database の登録が開始され

た29)。現在までに,570 施設,119,978 人の成人症例が登録されており,様々な研究成果が報告されている30)。RRS のアウトカムを正確に評価するには,前述し

た登録データによる RRS 導入前後の評価が必要である。すなわち,院内急変事例の全例が収集可能なシステム構築と,多施設データとの比較から自施設への改善点を検討したうえでの取り組みが必要である。RRS のアウトカムは,①院内総死亡率,②予期せ

ぬ心停止や死亡,③ICU 予定外入室,④ICU 外心停止率,⑤重篤有害事象などであり,これらが低下することが目標である (表 5)。

ま と め

入院患者の病態増悪や急変の前兆を迅速に覚知し,遅滞なく適切な介入を行う RRS が,既に欧米では多くの病院で導入され,実際に実績を上げている。我が国でも導入する医療機関が少しずつ増えているが,その大半は大学病院などの大規模病院である。現在我々は,多施設での中小規模の病院を対象にRRS の導入を計画し,そのための研修や協力体制を構築しつつある。このような世界情勢の中で,徐々に RRS が浸透しつつある本邦のデータをきちんと集積し,日本独自の実態を把握することが重要である。そして,日本独自のエビデンスを示すことが出来れば,日本において RRS の普及を更に加速することが可能となる。

7

院内急変対応システム (RRS) の概論 91

Page 8: 院内急変対応システム RRS の概論 American Heart …igakukai.marianna-u.ac.jp/idaishi/www/452/45-2-05Fujitani...総説 聖マリアンナ医科大学雑誌 Vol. 45, pp

文 献

1) Kohn, L., J. Corrigan, and M. Donaldson,

Building a Safer Health System. To Err Is Hu‐man, ed. I.o.M. Committee on Quality of

Health Care in America. 2000, Washington,

D.C.: National Academy Press.2) Institute for Healthcare Improvement: IHI,

Overview of the 100,000 Lives Campaign 2006.3) Ehlenbach, W.J., et al., Epidemiologic study of

in-hospital cardiopulmonary resuscitation in theelderly. New England Journal of Medicine

2009; 361: 22–31.4) Weil, M.H. and W. Tang, Rhythms and out‐

comes of cardiac arrest*. Critical care medicine

2010; 38: 310.5) 医療安全全国共同行動.http://kyodokodo.jp/

10mokuhyou/ [Acessed 2017 July 20].

6) Makary, M.A. and M. Daniel, Medical error-thethird leading cause of death in the US. BMJ

2016; 353: i2139.7) Kronick, S.L., et al., Part 4: Systems of Care

and Continuous Quality Improvement: 2015

American Heart Association Guidelines Updatefor Cardiopulmonary Resuscitation and Emer‐

gency Cardiovascular Care. Circulation 2015;132(18 Suppl 2): S397-S413.

8) Jones, D.A., M.A. DeVita, and R. Bellomo,

Rapid-response teams. N Engl J Med 2011;365:. 139–146.

9) Devita, M.A., et al., Findings of the first con‐sensus conference on medical emergency

teams. Crit Care Med 2006; 34: 2463–2478.10) 日本集中治療医学会/日本臨床救急医学会 Rapid

Response System 合同委員会,日本集中治療医学 会 Rapid Response System 検 討 委 員 会,Rapid Response System に関わる用語の日本語訳と定義. 日集中医誌 2017; 24: 355–360.

11) Van Voorhis, K.T. and T.S. Willis, Implement‐

ing a pediatric rapid response system to im‐

prove quality and patient safety. Pediatr ClinNorth Am 2009; 56: 919–933.

12) Santiano, N., et al., Analysis of medical emer‐

gency team calls comparing subjective to “ob‐

jective” call criteria. Resuscitation 2009; 80:44–49.

13) 小池朋孝,中川雅史,下澤信彦,et al, 本邦で院内救急体制 (RRS) を普及する際の障壁とその解決策. Journal of Japanese Association for AcuteMedicine 2017;. (In press).

14) Hillman, K., et al., Introduction of the medical

emergency team (MET) system: a cluster-rand‐omised controlled trial. Lancet 2005;

365(9477): 2091–2097.15) Jones, D., et al., Introduction of medical emer‐

gency teams in Australia and New Zealand: amulti-centre study. Crit Care 2008; 12: R46.

16) Howell, M.D., et al., Sustained effectiveness ofa primary-team-based rapid response system.

Crit Care Med 2012; 40: 2562–2568.17) Chen, J., et al., The impact of implementing a

rapid response system: a comparison of cardio‐pulmonary arrests and mortality among fourteaching hospitals in Australia. Resuscitation2014; 85: 1275–1281.

18) Davis, D.P., et al., A novel configuration of atraditional rapid response team decreases non-intensive care unit arrests and overall hospitalmortality. J Hosp Med 2015; 10: 352–357.

19) Maharaj, R., I. Raffaele, and J. Wendon, Rapidresponse systems: a systematic review and

meta-analysis. Crit Care 2015; 19: 254.20) Ludikhuize, J., et al., Outcomes Associated

With the Nationwide Introduction of Rapid Re‐sponse Systems in The Netherlands. Crit CareMed 2015; 43: 2544–2551.

21) RRS/院内心停止レジストリ (日本集中治療医学会・日 本 臨 床 救 急 医 学 会 ). http://hospital-

em.net/. [Acessed 2017 July 20].

22) Yokoyama, H., et al., Report from the Japaneseregistry of CPR for in-hospital cardiac arrest (J-RCPR). Circ J 2011; 75: 815–822.

23) Fujiwara, S., et al., A retrospective study of in-hospital cardiac arrest. Acute Medicine & Sur‐gery 2016; 3: 320–325.

24) Nishijima, I., et al., Use of a modified earlywarning score system to reduce the rate of in-hospital cardiac arrest. J Intensive Care 2016;

8

藤谷茂樹 下澤信彦92

Page 9: 院内急変対応システム RRS の概論 American Heart …igakukai.marianna-u.ac.jp/idaishi/www/452/45-2-05Fujitani...総説 聖マリアンナ医科大学雑誌 Vol. 45, pp

4: 12.25) Recommended guidelines for uniform reporting

of data from out-of-hospital cardiac arrest: the‘Utstein style’. Prepared by a Task Force ofRepresentatives from the European Resuscita‐tion Council, American Heart Association,

Heart and Stroke Foundation of Canada, Aus‐tralian Resuscitation Council. Resuscitation

1991; 22: 1–26.26) Kitamura, T., et al., Nationwide Public-Access

Defibrillation in Japan. New England Journal ofMedicine 2010; 362: 994–1004.

27) 総務省消防庁 平成 22 年版 救急・救助の現況.

http://www.fdma.go.jp/. [Acessed 2017 July 20]

28) Cummins, R.O., et al., Recommended guide‐lines for reviewing, reporting, and conducting

research on in-hospital resuscitation: the in-hos‐pital ’Utstein style’. American Heart Associa‐tion. Circulation 1997; 95: 2213–2239.

29) Get With The Guidelines®-Resuscitation Over‐view. http://www.heart.org/HEARTORG/Profes

sional/GetWithTheGuidelines/GetWithTheGui

delines-Resuscitation/Get-With-The-Guidelines-

Resuscitation-Overview_UCM_314497_Arti

cle.jsp#.WXP2EoTyjb2. [Acessed 2017 July

20]

30) Donnino, M.W., et al., Time to administration

of epinephrine and outcome after in-hospitalcardiac arrest with non-shockable rhythms: ret‐rospective analysis of large in-hospital data reg‐istry. BMJ 2014; 348: g3028.

9

院内急変対応システム (RRS) の概論 93